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いつも通りに地下鉄へ乗り、名古屋港で下車。
朝日を浴び、潮風を感じながら高校へ向かう。
初めは新鮮さや緊張もあったが、今はこれが普通。
気負いや力が入りすぎる事はない。
ただ違うのは、春先のように楽しい気分ばかりではないという事。
新しい学校での戸惑いや不安を乗り越え、穏やかに過ごしていた頃とは。
正門を抜け、草薙高校よりも短い並木道を歩く。
すでに校舎は目の前に見えていて、迷うとか探すという事はない。
生徒は真っ直ぐその校舎へと向かい、一つの流れが出来ている。
そう思っていると、一人の生徒が並木道から外れて校舎の裏手へと回っていった。
授業はまだだが、その先に何もないのは私でも分かっている。
少なくとも、こんな時間に用は無いとも。
人気のない校舎の裏手。
そこで見てのは、お定まりの光景。
柄の悪い連中と、気の弱そうな男子生徒という。
ただそう思っていたのは私くらい。
男子生徒は下品に口元を緩め、仲間に何かささやき一緒になって笑い始めた。
目的は知らないが、私を誘い出す罠だったようだ。
「正義感が強いみたいだな。ヒーロー気取りか」
軽口には付き合わず、スティックを取り出し軽く体を動かす。
貴重な朝の一時。
こんな事で無駄にしたくないし、HRにも遅れてしまう。
「おい、聞いてるのかっ」
聞いてはいないし、連中が何をしたいのか意味不明。
話があるのなら午後からにしてくれといいたい。
「このっ」
ようやく突っかけてくる一人の男。
がら空きの足にローを放ち、体を翻す。
それだけであっさり地面に倒れ、走ってきた勢いのまま滑っていく。
「あ、慌てるなっ。一斉に掛かれっ」
指示を出す、気の弱い演技をしていた男。
しかし自分はすでに逃げ腰。
おおよそリーダーの資格はないな。
校舎の壁を蹴り、突っ込んできた連中をパス。
背後から飛び後ろ蹴りを放って将棋倒しにさせ、棒立ちになっていた男の前に舞い降りる。
「……ち、違う。俺達は頼まれただけだ。す、すぐ転校する。もう、何もしない」
地面に放られるIDと端末。
変に物わかりが良すぎて、却って警戒をしてしまう。
ただ気付けば全員走り去り、残っているのはこの男だけ。
私もいちいち構うつもりはない。
「もう、二度と来ない。だ、だから追ってこないでくれ。本当、俺達が悪かった」
一方的に攻撃を仕掛けてきて、今度は一方的に謝り逃げていく男。
残ったのはIDと端末。
そして馬鹿馬鹿しさと虚しさだけ。
朝から嫌な気分を味わった。
昼休み。
ケイに、その事を説明。
HR後にも話したが、その時はあまり乗ってこなかったので改めて。
「聞いてる?」
「朝も聞いた」
明日の天気予報を聞いても、もう少し関心を示すだろうという態度。
とにかくこの件には、関わろうとしないな。
「何度も言うけど、その程度の連中なんだよ。組織化もされてないし、腕もない。あるのはせいぜい、勢いだけか」
「そんな傭兵っているの?」
「このくらいの規模の学校なら、結構通用するんだ。暴力に慣れてない学校は、特に」
カレーパンをかじりながら説明するケイ。
私達がこの学校へ通っている間、彼は傭兵として全国の学校を点々としていた。
当然知識も私達以上で、傭兵の行動やその思考には詳しい。
ただ私はどうしても舞地さん達のイメージが先行してしまい、つい過剰に考えてしまうが。
「橋頭堡にしようとしたら、虎が住んでた。普通はここで下がるけど、下がらない」
「何か意図があるって事?」
「陰謀説を採るなら。とはいえ実際あっても、別に大した事じゃない。連中を排除するより、備品使用状況書を廃止する方がよほど難しい」
そんな訳はないと思うが、この学校で出会った傭兵が軽いのは確か。
草薙高校なら、ガーディアンが普通のトラブルとして簡単に処理してしまうレベル。
「3年の雪野優さん、3年の雪野優さん。生徒会室までお越し下さい」
一斉に集まる視線。
おそらくは私の事で、呼び出されるからにはあまり良い予感はしない。
何より生徒会という名前自体に、良い記憶がない。
それでも名指しで呼ばれたからには来るしかなく、地図を頼りにその生徒会室へ到着。
専用の建物やブースではなく、あくまでも部屋。
学校の規模に見合った大きさで、フロア一つ占有されても困るが。
まずはノック。
名前を名乗り、中へと入る。
長方形の机がいくつか並ぶ、少し広めの資料室といった雰囲気。
壁際には本棚が並び、それが多少の圧迫感を生んでいる。
「座るように」
上からの口調で促してくる、神経質そうな男。
それに従う気もなく、椅子には座らずドアを背ににして立つ。
付いてきたサトミ達も同様で、気まずい空気が流れ出す。
「雪野さんは、誰かな」
「私ですが」
「そのようだね」
プロフィールらしい資料に視線を落として呟く男。
分かってるなら尋ねるなと言いたいが、取りあえずは我慢。
ただし、いつまでもという訳ではない。
会議室にいるのは数名の男女。
全員他人だとは思うが、似たような雰囲気。
草薙高校の生徒会にいる、典型的なエリートタイプと同じ。
自分達の立場。
権力を鼻に掛けたというべきか。
男は軽く咳払いをして、視線を上げた。
こちらもそれを睨み返し、言葉を待つ。
少し避けられる視線。
だったら見るなと言いたいが、まだ我慢する。
「朝、他の生徒と揉めたようだが」
「これは生活指導ですか。生徒会に、そんな権限はあったでしょうか」
静かに問いかけるサトミ。
男は露骨に嫌そうな顔をして、しかしわずかに首を振った。
「あくまでも質問だ。尋問ではない」
「校内放送で呼び出す程、緊急かつ重要な?」
「君達の置かれている立場を考えてだ」
「晒し者にする気ですか」
あくまでも責め立てるサトミ。
男は勝手が違うという様子で、仲間に救いの視線を向けた。
草薙高校ほどではないにしろ、この生徒会もそれなりの権限を有しているはず。
その一言に普通の生徒は頭を低くして従うしかない状況があってもおかしくはない。
またそう感じさせる、先程からの態度。
私達だって聞くべきところがあれば素直に耳を傾ける。
だがサトミが言うように、単に自分達の権限をひけらかしたいだけなら付き合ってはいられない。
そんな事に、貴重な昼休みを使いたくはない。
「帰って良いですか」
「話はまだ終わってない。学内の治安は我々が守ると言っただろう」
「それは止めませんよ。というか、やって下さい」
私がこの学校に来たのは、友達に頼まれたから。
そして自分なりに、もう一つの母校という思い入れがあるから。
別にヒーローを気取る気はないし、ここの生徒で解決出来るならそれが一番。
私が出しゃばる理由はない。
その言葉を待っていたのか、端末で話を始める男。
すぐに私達が背にしていたドアが開き、武装した男達が入ってきた。
草薙高校のガーディアンで言うなら重装備。
プロテクターに着られてるような、かなりぎこちない動き。
ただこれを着ていればある程度の攻撃は防げるので、全く無意味な事ではない。
「装備も揃っているし、人材もいる。君達の助けは必要ない」
「だったら、後はよろしくお願いします」
軽く頭を下げ、生徒会室を出て行くケイ。
そんな勝っては許さないとばかりに、ショウが彼の襟を掴んで引き戻す。
ケイは締まったらしい喉を軽く押さえ、プロテクターを来ている男に外へ出るよう声を掛けた。
「逃げる訳じゃない」
これは私達への断りだろう。
どうだかと思いつつ、確にこの部屋で大勢が集まるのは少し無理がある。
ここは素直に従うか。
廊下に出て、暇そうに壁へもたれるケイ。
思った通り、ただ外へ出たかっただけらしい。
「大体君達は、装備も満足に持ってないだろう」
完全装備の男達を指さしながら、嫌みっぽく告げる男。
私達は制服か私服。
プロテクターはインナーの物だけで、警棒を下げているのはショウとケイだけ。
サトミとモトちゃんは、何も持っていない。
「草薙高校では知らないが、何も無しで戦えると思っているのか」
「彼等の実力は?」
例により、気のない調子で尋ねるケイ。
その言葉も待っていたのか、男は薄く微笑み彼等を改めて指さした。
「空手部や柔道部の有志だ。その辺の不良に負ける訳はないよ」
「集団戦の経験は?」
「研修は積んでる」
「頼もしい限りだ」
ケイは皮肉で言ったようだが、男はそれを屈服と思った様子。
この際はどうでも良く、こんな事で昼休みが潰れたかと思うと馬鹿馬鹿しくなってくる。
小さく鳴り響く着信音。
端末を取り出して通話を始めた男の顔が、意味ありげに緩む。
「トラブル発生だ。君達は、我々の手際を見ていればいい」
「参考にさせてもらうよ」
慇懃に答えるケイ。
こういう時の彼は大抵ろくでもない事を考えていて、多分私と同じような推測をしているはず。
すでに初動が遅れているけど、それはこの際目をつむろう。
生徒会の後に付いて、トラブルが起きている学食へと移動。
何しろ昼休み。
小さい学校でもここに人は集中し、それこそ立ち入るのも難しいくらいの混雑。
入り口はほぼ完全にふさがれ、中の様子を窺う事も困難である。
「無理だな、これは」
私達よりさらに後ろで、ぽつりと呟くケイ。
言いたい事は大体分かり、やはりそれは同感。
ただ、お手並み拝見という状況でもない。
危険に晒されている生徒がいるのならば。
金切り声を上げ、どうにか生徒の間を抜けていく生徒会一行。
ある意味礼儀正しいなと思いつつ、彼等に続く。
学食内も当然の混雑具合。
しかし食事時の喧噪は一切無く、悲鳴と怒号の飛び交う嫌な状況。
暴れているのは数名の男女。
警棒と木刀を持って、テーブルの上に乗って騒いでいる。
「後は、我々に任せたまえ」
女も混じった軽い相手。
そう判断したのか、余裕の笑みを浮かべる生徒会長。
彼は武装した自分の部下に指示を出し、騒いでる連中の前へと進ませた。
向こうは私服で、プロテクターは無し。
こちらはプロテクターを装着し、武器も持っている。
しかし足取りは重く、そもそも勢いがない。
仲間の様子を見つつ、一歩一歩進む感じ。
そして連中の挙動に反応して、時には動きを止めたりもする。
かなりの間延びした時間があって、ようやく騒いでいる連中の前へと到着する生徒会一行。
生徒会長はさすがに側へは近寄らず、端末でしきりに指示を出している。
「早く、捕まえろ。……それは分かってる。……良いから、早くしろ」
繰り返される会話。
それでも意を決した一人がテーブルへ飛び乗ろうとしたところで、上に乗っていた男が軽く足を振り上げ尻餅を付く。
失笑の笑い声が響き、倒れた生徒は仲間に起こされ後ろへ下がる。
結局彼等は手出しが出来ないまま、そのまま連中を見上げるだけ。
一度きっかけを失った以上、再度挑むのは難しいだろう。
自分達を馬鹿にして来た人達の事。
私には関係ない。
そんな事を言うつもりはなく、ショウに視線を向けて歩き出す。
「な、何を」
「黙ってみてなさい」
生徒会長へ、たしなめるように声を掛けるモトちゃん。
そんな彼女へ手を振り、加速を付けて走り出す。
未だに騒ぎ続ける馬鹿連中。
それを遠巻きに囲む生徒会の武装グループ。
彼等の脇を駆け抜け、床を踏み切りテーブルへ飛び乗る。
私の動きに反応し、横へ薙ぐ警棒。
顎を引いてそれを避け、つま先で警棒を蹴り上げ後方宙返り。
その勢いのままスティックを抜き、真下に振り下ろす。
狙うのは警棒と木刀。
人数分の手応えを確認し、もう一回転してテーブルの反対側へと降りる。
床に警棒と木刀の落ちる音がして、それを聞きながらの着地。
その間にショウがテーブルの上へ飛び乗り、別な音が床から響く。
落ちてきたのは、暴れていた連中の一人。
もはや抵抗をする素振りはなく、足元に転がった警棒をつま先で拾い上げる。
「傭兵?それとも、ここの生徒?」
「よ、傭兵です」
「一回だけ言う。今からは、もう待たない」
「はい?」
意味が分からないのか、愛想笑いをする傭兵。
それに構わず、警棒を眉間に突きつけ話を続ける。
「姿を見かけたら、すぐに倒す。この学校にいても、学校の外にいても」
「え」
「暴れるのを待つ事も止めた。居場所が分かれば、そこに乗り込んで全員倒す。例えじゃないわよ。その言葉の意味通り、全員倒す」
喉を鳴らしてのけぞる男。
警棒を床に捨てただけだが、それを勘違いしたらしい。
テーブルの上は、すでにショウが制圧。
暴れている者は誰一人としておらず、学食には秩序が戻る。
刺すような静けさも、今は気にしない。
私は、私に出来る事をするだけだ。
放課後。
私を遠巻きに見て、逃げるように教室を出て行くクラスメート達。
こうなるのは分かっていて、それを踏まえての行動。
寂しくないと言えば嘘になるが、彼等が傷付くよりはまし。
そう、自分に言い聞かせる。
「後悔してないか」
陰気に呟くケイ。
ここまで分かりやすい態度なら、分からない方がどうかしてる。
「してるかもね。でも、今更遅い」
「頼もしいよ」
いつもよりは穏やかに笑うケイ。
私だって落ち込んでばかりもいられない。
この学校へ通える時間も無限ではないし、草薙高校でやり残した事もある。
のんびりと、なんの憂いもなく過ごしていた春先の事を思い出す。
この学校へ転校し、友達を作り、たわいもない事でふざけあった。
ささやかな。
だけどかけがえのない思い出を。
今はもうそれに手は届かないけど、守る事は出来る。
誰でもない。私自身の力で。
職員室は出入り禁止になったらしく、ただそれはむしろ幸い。
空き教室の方が、こちらも気兼ねなく使える。
「家庭科室は?」
「鍵がないだろ」
ごく当たり前の事を指摘するショウ。
なるほどねと思い、サトミに視線を向ける。
「ここはカードキーではなくて、普通の鍵でしょ」
開けるのは難しいと匂わせるサトミ。
ただそういう鍵でも、今まで普通に開けてきた。
方法はどうあれ、開けるのは難しくない。
この時点で、すでに使う事前提の意識になっているが。
家庭科室前に到着し、ドアの前に立つ。
不法侵入という気もするが、もはや今更。
多少は無茶もさせてもらう。
そう考えるのは、今は気分が変に高揚してるから。
明日になれば、この行動を後悔してるかも知れない。
「仕方ないな」
頼んでもいないのに、ドアへ取り付くケイ。
そしてパーカーのポケットから鍵を取り出し、それを鍵穴へ差し入れた。
すぐに小さな音がして、彼が手を掛けるとドアはあっさりと開く。
合い鍵か。
「どうしたの、それ」
「全然難しくない。夜中に学校へ来て、マスターキーを借りるだけ。すぐに作れる」
「犯罪じゃないの」
「そういう事も出来るって話。これはただの、鉄の棒だ」
無茶苦茶な言い訳をして中へ入るケイ。
言いたい事はいくつもあるが、ここへ来ようと言ったのは自分。
それについては、少し後悔をし始めた。
取りあえずお湯を沸かし、湯飲みを用意してお茶を飲む。
職員室とは違い、何をするのも自由。
こうしてお茶も飲めるし、冷蔵庫もある。
鍵さえ閉めれば誰も入ってこられないし、意外と良いな。
のんびりお茶を飲んで落ち着いていたいが、威勢良く宣言をしてしまった後。
今はとにかく勢いに任せた方が良い。
「この学校に、傭兵は後どのくらいいるの」
「大して残ってないだろ。暴れるたびに鎮圧されるんだから」
「その残りだけでも良い。今すぐに追い出す」
「困った話だ」
ニヤニヤと笑い、学内の地図を取り出すケイ。
プレハブ小屋はすでに赤いペンで×が付けられている。
学食と、いくつかの教室も。
「クラブハウス。といっても草薙高校のとは規模が違うんだけど、使ってない部室にいるらしい」
「それで最後?」
「いるにしろ、隠れる場所は限られる。点々とされれば居場所の特定は難しいし、何より連中もそこまでしてここに居座ろうとは思わないだろ」
それは傭兵の都合。
私が気にする事ではないし、何よりこの学校に傭兵は必要ない。
私達の存在自体必要ないと言われている気もするが、私も居座り続けるつもりはない。
そう考えると立場は大して変わらない。
ここの生徒達からどう見られているかも、きっと。
薄々とは分かっていた展開。
舞地さん達や沢さんの言葉を、改めて思い出す。
自分達は良い事をやったつもりでも、常に感謝される訳ではない。
むしろ疎まれ、恐れられる。
呼ばれたはずなのに、最後は追い出されるようにして学校を去るのも希ではない。
私達はすでにその段階に入っているのかも知れない。
それでも私は前に進む。
非難されても、蔑まされても。
私にしか出来ない事を貫き通す。
ただそれだけだ。
クラブハウスの位置を確認。
自分の装備も、同時に。
体調は普通。
絶好調とは行かないまでも、多少の無理は利く。
サングラスを外し、ゴーグルに変えて視界を確認。
多少の違和感はあるが、見えにくい程でもない。
「よし、行こう」
「本気?」
いまいち乗り気ではないモトちゃん。
言いたい事は分かるが、何かあって行動するパターンはもう止めた。
不穏な行動をすると分かってる人間がいるなら、先に押さえ込む。
過剰防衛だと言われても構わない。
後で誰かが傷付き後悔するくらいなら、非難を受けた方が余程ましだ。
「考え方を変えた。もう、自分から動く」
「前からそうじゃない」
「だったら、元に戻った。悩むのは後にする」
「それって良い事なの?」
どうにも答えにくい質問。
取りあえず聞こえなかった振りをして、家庭科室を飛び出す。
校舎の外に出て、それに沿ってグラウンドへ出るとクラブハウスがもう見えた。
横へ長い、いくつかの部室が入った長屋みたいな物。
草薙高校にも似たような施設はあるが、あちらは2階建てだったり3階建て。
それも、着替えや備品を置く場所。
それぞれのクラブは、そことはまた別な部室をSDCの建物内に所有。
改めて草薙高校の特殊性を認識する。
ただ、それはそれ。
今はクラブハウスへ突入する事へ意識を集中。
装備を再度確認し、ショウと視線を交わす。
「この前のプレハブ小屋と同じだろ。後ろに窓があれば、そっちから逃げられるくらいで」
「今日は、私が先に行く」
「大丈夫か?」
私の妙なやる気を危ぶむ表情。
そんな彼の肩に触れ、クラブハウスの側面。
ドアからの死角に立つ。
監視カメラくらいありそうだが、今のところ動きは無し。
とにかく、こちらから仕掛ける以外にない。
クラブハウスに沿って走り、傭兵がいると推測されたドアを叩く。
ドアが開く事も無ければ返事も返ってこない。
構わずドアノブにスティックを叩き落とし、ノブが落ちて出来た穴に先端をねじ込む。 そのまま手前に引いてドアを開け、スティックを引き戻して中へと入る。
部屋の中では警棒を構えようとしていた男が数人。
後は卓上端末を見ていたのが一人。
後ろの窓から逃げ出そうとしているのが一人。
そちらはショウに任せ、善人が動き出すより先にスティックを振り下ろす。
中央で二つに割れる大きな机。
床にそれが落ちたところで振動が伝わり、全員の動きが止まる。
「抵抗するなら容赦しない。武器を捨てるか戦うか、選んで」
今度はもう少し小さな衝撃。
床に警棒の落ちた音だ。
ただそれでも油断は出来ず、一人一人の動きに注意を払いながら外へ出るよう促す。
その間にショウが後ろ側の窓を叩き割って、室内に入ってきた。
「もう終わった」
「早いんだよ」
「悠長に時間を過ごすのは止めたの」
「だからやり過ぎだって言われるんだ。俺達は」
一応は最後の一言を付け足すショウ。
というか、窓を割る必要はあったのかと少し思った。
それも含めて、やり過ぎという事なんだろう。
傭兵を引き連れ。
露骨に拘束するのではなく、後ろから逃げないように監視だけをして校舎の裏まで連れてくる。
人気はないし、物静か。
誰か来ればすぐに分かって、意外と使い勝手が良い。
悪い連中の気持ちが何となく理解出来る。
あくまでも、ここを利用したいという点においてだが。
「まずは正座しようか」
連中のIDを見ながら呟くケイ。
傭兵の一人が鼻で笑い、ケイも笑う。
彼はポケットからライターを取り出し、男の鼻にライターを突きつけた。
「ここで火を付けたらどうなると思う?」
「や、や」
「体の中から暖まる。ちょっと冷えてきたし、試してみるか」
素早く正座をする男。
腰が抜けたようにも思えるが、深くは追求しないでおこう。
ケイはIDを捨て、今度は端末を手に取った。
「依頼主を聞こうか。無理に言う必要はないよ。指は10本、目は2つ。足の指を足してもいい」
「ほ、他の高校の奴に頼まれた。せ、生徒じゃなくて、教師か職員に」
「学校と依頼主の名前。顔写真。勿論、無理はしなくて良い」
堰を切ったように話し始める男。
ケイは端末の画面を見つつ、小さく頷いた。
「草薙高校へ直接行かない理由は?」
「ここを足がかりにした方が良いとアドバイスされて。この学校を掌握すれば、攻めやすいと」
「系列校だからね。まあ、好きにしてくれればいいよ」
地面に捨てられる端末。
それで仲間を呼ぶか。
もしくは、なおもこの学校に留まるか。
どうするかは男達次第。
ただ選択肢は、自然に限られると思うが。
予想通り、即座に逃げていく傭兵達。
これで残る道を選べば、ある意味見上げた覚悟。
そうすればどうなるかは、私にも覚悟はあるが。
「でも、逃がして良いの」
「下らない事に労力を裂いても仕方ないだろ。むしろ逃がして、この学校に来る危険性をアピールした方が良い」
「ふーん」
よく分からないけど、こういうのは彼の分野。
ここは任せておこう。
「それに逃がして、仲間の情報を得る事も出来る」
「スパイって事?」
「死ぬよりましだろ」
私を見ながら答えるケイ。
この人、私を何だと思ってるのかな。
すっきりしたのかどうか分からないまま、草薙高校へと戻ってくる。
自警局のブースに入った途端、完全武装のガーディアン達とすれ違う。
何がと尋ねる間もなく、彼等は廊下を走り去っていく。
「どうかしたの?」
「さあ。誰かが暴れてるのでは?」
興味なさげに答える受付の女の子。
その間にも私の目の前を、ガーディアンが行き来する。
さっきまでとのギャップに戸惑いつつ、受付前のソファーに座って一息つく。
「お帰りなさい」
お茶を出してくれるエリちゃん。
彼女の気遣いに感謝しつつ、マグカップを手に取りその温かさも一緒に味わう。
「向こうの学校はどうでした」
「傭兵はかなり減ったと思う。ただ、生徒からは嫌われた。暴れたのが良くなかったみたい」
「かなり特殊ですかね、草薙高校は」
私達が会話をしてる間も、やはりガーディアンが自警局内を行き来する。
この時間になっても、まだそれだけトラブルが起きている事の証。
向こうはすでに、生徒自体が学校にいない。
「みんなは?」
「普通に仕事をしてます」
「普通、か」
私も普通に。
つまりは草薙高校の流儀で振る舞っていた。
それが向こうの学校にはいまいち合わなかっただけ。
今更やり直す事は出来ないし、その気もない。
私が嫌われて平和が戻ってくるのなら、それでいい。
結局反動が来て、再び内向きの思考に陥りかける。
これはもう性格で、仕方ないな。
取りあえず目薬を差し、眼鏡を掛ける。
無くても良いが、今は精神的な負担を少しでも減らしたい。
眼鏡を掛けているという意識が、多少は気持ちを和らげてはくれるから。
気を抜いていると、端末に着信。
相手は名古屋港高校の生徒。
私を呼び寄せた、取手さんの名前になっている。
「……はい。……ん、別にそうでもないけど。……ありがとう。……そうだね。……うん、、また明日」
通話を終え、お茶を一口。
もしかして文句でも言われるかと思ったが、それは杞憂。
むしろ逆に、気を遣われた。
「調子はどう?」
今の通話も聞いていたモトちゃんが、眼鏡へ指を向けながら尋ねてくる。
この半年あまり、視力に関して不調になった事はない。
過信は禁物だが、余程のショックでもない限りは視力を失う事は無いと思う。
また今までそれなりに落ち込む事があっても悪くはなっていないので、多分大丈夫のはず。
そう思いたい願望も込められてはいるが。
「取りあえず大丈夫」
「無理しない方が良いわよ。向こうの学校でも」
「でも、頼まれて行った訳だからね」
「義理堅いのは良いけど、自分の調子を悪くしてまでの話?」
そう尋ねられると答えに困る。
私が向こうの学校に行ったのは、まさしく義理。
友情と言い換えても良いが、責任や義務ではない。
あくまでも請われて赴いたのであって、モトちゃんが言うように行かないという選択肢もあるにはある。
状況が落ち着きつつある今は、その潮時と考えても良いだろう。
「もう二三日通って、問題なさそうなら行くのは止める」
「今日の事もだけど、ちょっと安定してないのよね」
「元々不安定でしょ」
それまで文庫本を読んでいたサトミが、ぽつりと呟く。
聞いてないようで聞いてるな、この人も。
もう一度目元に手を当て、異状がないか確認。
触って分かる物でもないが、気持ち的に。
やはり視力が低下する事はなく、普通に見えてはいる。
若干沈みがちでも、何も出来ない程でもない。
今は、そう前向きに考えておこう。
少しリラックスするために、ガーディアンや自警局とは違う事を考えてみる。
机の上にあった生徒会の広報をめくり、これからのスケジュールに目を留める。
「文化祭と、体育祭か。警備はする?」
「それが仕事だから。やりたい事があるのなら、そっちに参加しても良いわよ」
「体育祭くらいかな。ニャンと走る」
そのためにトレーニングは一応積んでいるし、何と言っても高校生最後の体育祭。
ここを逃しては、もう彼女と戦う時はない。
あくまでも、高校生としては。
「勝てる見込みって、少しでもあるの?」
ごく不思議そうに尋ねてくるモトちゃん。
ただこれは、彼女の方が正しい。
ニャンは何と言っても、オリンピック指定強化選手。
国内に敵はおらず、すでに世界へ目を向けるレベル。
海外のGPにも出場していて、その辺の高校生が敵う相手ではない。
実際タイムを見れば私が及ぶべくもないが、それは数字の問題。
私は勝手に、彼女をライバルと思いこんでいる。
しかしそう答えても理解はしてもらえないか恥ずかしいので、適当にもごもご呟く。
勝てないのは分かっているが、だからといって負けを認めるのも納得がいかない。
「止めはしないけど、無理もしないでね」
「分かってる。その分、文化祭は普通に警備する」
「お願い。サトミは予定でもあるの?」
「特にないけど。いっそ自警局で模擬店でも出したら」
気のない調子で答えるサトミ。
とはいえこういうイベントではしゃぐ彼女も想像は出来ず、実際そんな姿を見た事もない。
中等部の頃からガーディアンだったせいもあるが、最近は特に裏方意識が私にも芽生えている。
あくまでもイベントは支える物であって、参加するのは二の次。
何となく、天満さん的思考になってきた。
あまり書きたくもない名古屋港での報告書と格闘していると、七尾君が笑いながら近付いてきた。
「傭兵退治はどうなってる?」
「よく分からないけど、殆どいなくなったみたい。何もしてないのに」
「それは雪野さんの主観だろうけどね」
彼が言ってるのは傭兵がいなくなった事ではなく、何もしてないという部分か。
私はあまり自覚がないけど、周りからすれば色々やっているように見えるようだ。
「居心地は?」
「あまり良くない」
「だろうね。俺も研修で何度か他校に行った事あるけど、むしろこっちが悪者扱いだから。そう考えると、沢さんとか名雲さん達ってすごいよな」
「確かにね」
あの人は仕事として割り切っていたから、平気だった部分もあると思う。
ただ沢さんは決して楽な道では無いとも言っていて、そんな彼等でも酷だと感じるような道。
軟弱な私が落ち込むのも無理はない。
「七尾君は、どうしてフリーガーディアンにならなかったの?」
「その制度自体廃止の方向に向かってるし、向いてないって沢さんに言われた。適当すぎるって」
「ふーん」
「あの人ほど緻密じゃないし、深く考えてもないからね。それに結局草薙高校へ愛着があるから」
最後は少し恥ずかしそうに呟く七尾君。
その気持ちはよく分かるので、私はにこやかに笑って頷く。
「結局そこに行き着くんじゃないの」
「だといいね。最近は嫌な事も多いけど」
彼の言う嫌な事はおそらく、朝の挨拶。
先頭に立って声を張り上げる。
もしくはそれに付いていくのは、私もあまり望みたくはない。
「どっちにしろ傭兵も大した事無いし、よその学校を回って戦うよりここにいた方が良いのかもね」
「ケイも言ってるけど、傭兵ってあんなもの?」
「どんな物かは知らないけど、過大評価されすぎだよ。この学校にいた舞地さん達は明らかに別格で、後はその辺のチンピラと大差ない。多少目端が利くとか、小ずるい程度で」
ケイと同じ評価を下す七尾君。
また名古屋港で出会った傭兵も、彼の評価通り。
難敵と思うような者は一人もおらず、まさにチンピラ。
傭兵という名前がなければ、気にも留めなかったと思う。
「雪野さんの名前を出せば逃げていくような連中だよ」
「……それ、何の話」
「向こうで名乗った事無い?」
「名乗る理由がないからね」
他校で多少名前が知られてるのは前から聞いている。
それも、あまり良くない評価と共に。
ただ、名前だけで逃げていく程とは思ってなかった。
「玲阿君、雪野さん、御剣君、渡瀬さん。この辺は、もう」
何がもうか知らないし、あまり知らない方がよさそう。
少なくとも、楽しい話にはなりそうにない。
「サトミとかモトちゃんは?」
「勿論有名だよ。草薙高校の顔だから」
何か私とは違う評価。
分かってはいたが、あまり分かりたくないな。
「だったら、ケイは?」
「浦田君は基本的に無名だからね」
苦笑気味に呟く七尾君。
ただ、基本的にという注釈は付いている。
彼の場合むしろその無名性がポイント。
暗躍という言葉にも重なってくる。
七尾君は警棒を抜き、私の前へと腰を下ろした。
「他校に攻めるとか考えてる?」
「え、なんで」
「傭兵を叩くのなら、そのくらいやる必要がある。浦田君の方が詳しいけどね」
「他校へ」
そこまで行くと、もはやガーディアンとか高校生の範疇を越えてる気がする。
ただ何らかの対応が必要なのも理解はしている。
連中が攻め寄せてくるのをただ待つか、こちらから講堂を移すか。
その場合は、それ相応の結果を覚悟しなければならないが。
「退学にならない?」
「方法はいくらでもある。伊達にフリーガーディアンの研修を受けてないよ」
むしろそうしたいと言いたげな顔。
ストレスでも貯まってるのかな。
ちょっと無理があると思いつつ、黙って書類に視線を向けているモトちゃんに尋ねてみる。
「今の話、どう思う?」
「論外じゃなくて」
あっさりと却下。
黙っているのではなく、そもそも考える必要すらない提案だったようだ。
この場合、彼女にとっては。
「固いな、元野さんは」
「固かくても柔らかくても良いけど。そんな事、許されるの?」
「言ったように、手段はある。俺のは正規の方法で、浦田君は不正規の方法を知ってるんじゃない?」
「馬鹿だなー。俺が、そんな事知る訳無いだろ」
爽やかに笑うケイ。
ここまで信用出来ない笑顔も珍しいな。
「それに自警局長が駄目って言うんだから、駄目だろ。馬鹿だなー」
何だろう、自分の事でも言ってるんだろうか。
「サトミは?」
「考えとしては理解出来るけど、常識としてはどうなの?」
それを言われては、返す言葉などある訳がない。
残ったのはショウで、彼の意見は少し興味がある。
常識的なのは分かっているが、やられっぱなしで我慢出来る性格でもないから。
「ショウは?」
「駄目って言うのなら、それに従うしかないだろ」
「ちっ。良い子ちゃん振りやがって」
とうとう馬脚を現したな。
というか、良い子ちゃんで何が悪いのよ。
「七尾君、駄目男は無視して俺達だけでやろう」
「反対じゃなかったの」
「一度やってみたかったんだ。大群を率いての他校侵攻って」
何か話が変わってきてないか。
大体、どこに大群がいるんだが。
いや。いたとして、誰が彼に付き従うんだろうか。




