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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第41話
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   41-4




 自警局へ戻ったところで、終業時間。

 荷物をまとめ、教棟を出る。

 途端に押し寄せてくる冷気。

 日が落ちると一気に寒さが強まり、温かい飲み物でも欲しくなってくる。

 逆に昼間はまだ暖かいので、その辺のギャップが上着などで少し困る。



 自宅に到着したところで、着替えを済ませクローゼット内を捜索。 

 目当ての物が見つからず、階段を駆け下りリビングでくつろいでいたお母さんに尋ねてみる。

「上着ってあれだけ?」

「どれだけか知らないけど、他にどこかしまった?」

「記憶ある?」

「さあ?」

 はかばかしくない会話。 

 しまっているような気もするし、いない気もする。

 ただ押し入れの奥や衣装部屋のラックは見ていないから、その中にはあるかも知れない。

「厚手の上着が欲しかったんだけど、見当たらなくて」

「冬物はまだ出してないから、そこにあるのかしら」

 出しましょうとは言わないお母さん。

 私も探す気になれないというか、どこにあるのかが分からない以上探しようがない。

 全てをひっくり返して目当ての上着を見つけても、その後片付けをする気力がない。



 上着の捜索は一旦止めて、お茶を飲む。

「スクーター、さっき御剣君が届けにくれたわよ」

「ああ、忘れてた。夜は乗れないから、乗っていくんじゃなかったな」

「前はどうだったの」

「多分、明るい内だけ乗ってたと思う」

 初夏を過ぎれば夕方を過ぎてもまだ明るく、私の視力でもスクーターを走らせるのには問題がなかった。

 だが今は日暮れが早く、授業が終わると少し切なくなるくらい。

 冬はそういう意味では苦手だな。 

 まだ、秋だけどさ。




 お風呂に入り、宿題を済ませたところで寝る時間。 

 多少余裕のない生活だが、暇で何もする事が無いよりは良いと思う。

 ベッドに入り電気を消し、後は目を閉じるだけ。

 明日も一日頑張ろう。



 夜中。

 中途半端な時間に目が覚める。 

 起きる必要はないが、取りあえずトイレへ向かう。

 用を済ませて手を洗い、腕をさすりながら部屋へと戻る。

 前に比べて、ある程度慣れれば暗いところでも平気で歩けるようになってきた。

 家の中だからというせいもあるが、一歩歩くたびに汗を掻く事はない。

 という油断が怖く、一応は壁に手を添えて慎重に進む。

 視力が完全に回復するのは、数年先の話。

 これについても、少しずつ前に進みたい。




 朝。

 夜中起きた割には、目覚めは良い。

 服を着替え、髪を整え、まずはご飯を食べに行く。

「おはよう。……ああ、お弁当」

 買い物するのを忘れていたので、冷蔵庫を確認。

 今から作るのはちょっと面倒。

 夜の内に、下ごしらえをしておけば良かったな。

「いいや。学食にしよう」

「あっさり諦めるのね」

「人間、あきらめが肝心なの」

 適当な事を言い、ハムエッグをかじる。

 学食での戦いに備え、今から気合いを入れておこう。



 地下鉄に揺られ、神宮駅へ到着。

 階段を飛び越える事もなく、エレベーターに乗って地上へ出る。

「……あれ」

 見慣れた景色。

 ビル街と、それ越しに見える大きな杜。

 ただ、今日私が見るはずの景色とは少し違う。


「えーと」

 まずは自販機に近付き、温かいお茶を買う。

 近くにあったベンチへ座り、それを一口。

 少し落ち着いた所で、端末を取り出し路線図を確認。

 素で間違えたな、これは。


 自宅から草薙高校へ向かう際、乗り換えは必要ない。

 一方名古屋港へ向かいたい時は、金山で乗り換えが必要。

 名古屋港へ向かう便も出てはいるが、一時間に一本か二本。

 とはいえ間違えたのは二駅分。

 時間に余裕を持って家を出ているので、大した問題ではない。



 すぐに駅へ戻り、今度は南循環線へ乗る。

 しばし揺られ、今度こそ名古屋港へ到着。

 幸い遅刻する程の遅れではなく、普通に他の生徒と混じって地上に出る。

 気を抜いていると、何が起きるか分からないな。




 教室で筆記用具を取り出し、軽く一息。

 疲れたし、少し寝よう。

 地下鉄の中でも寝てたけど、それはこの際気にしない。

「一時間目、体育よ」

 通り過ぎ様呟くサトミ。

 その前にHRがあるじゃないと、心の中で返す。

「着替えの時間があるから、HRはやらないわよ」

 ある意味、エスパー顔負けだな。



 心地良い風と、澄み切った青空。

 潮の香りがふっと漂い、切なさを少し覚えてしまう。

 秋の深まりと潮の香りが重なって作用したんだろう。

「男子は野球。女子は見学。適当にやってなさい」

 なにやら投げやりな指示。

 ただこの学校は、そういう学校。

 その辺りがここに半年間通えてた理由の一つ。

 堅苦しくなく押しつけがましくなく、自治ではないが自由度が高い。

 無軌道に走る訳ではないにしろ、開放感みたいな物は結構感じる。


 チームに分かれ準備運動を始める男の子達。

 こっちは見学なので、サトミとモトちゃんとで固まり風が来ない後者の壁際まで移動。

 そこにしゃがみ、日差しを浴びて体を休める。

「眠くなるわね」

 小さく欠伸をして、膝に顔を埋めるモトちゃん。

 サトミはいつの間にか手にしていた文庫本を開き、それを読み始める。

 他の女子生徒も似たような物。


 ただ全員という訳でもない。

 中には立ったまま、黄色い声を上げたり熱い視線を向けている子もいる。

 気になるがいれば、誰でも自然とそうなるだろう。

「ユウも応援したら」

「もう少し暖かくなったらね」

 凍える程さむい訳ではないが、薄着で立つには風が冷たい。

 その点こうして日向で丸まっていれば、春が訪れたような気分。

 実際は冬がひたひたと近付いてきてるんだけど、気持ち的には。



 白熱してるのかしてないのか良く分からない試合。

 つまりは両チームともレベルはそれ程高くなく、ただ和気藹々とした雰囲気は伝わってくる。

 こういうとなんだが、たかが学校の授業。

 多少の真剣さは必要だと思うけど、勝負にこだわりすぎるのも無粋。

 楽しく体を動かせれば、それで良いと思う。


 ただそう思えていたのもつかの間。

 やけに声を張り上げ、チームメイトを叱咤する生徒が一人。

 見た顔ではなく、隣のクラスの生徒だろうか。

 あれこれ指示を出し、なじり、一人興奮して騒ぎ立てている。

「何、あれ」

「お金でも賭けてるんでしょ」 

 さっきの教師以上に、投げやりに答えるサトミ。

 モトちゃんに至っては、寝息で答えてくる。

「ああいうのが、いたんだ」

「私は自分のために戦ってるだけよ」

 なにやら言い訳っぽい台詞。

 彼女も勝負事には気合いを入れる方。

 ただ本人が言うように、それは非常に個人的なレベル。

 もしくは、私やモトちゃんとの勝負の時くらい。

 今目の前で繰り広げられている光景とは少し異なる。


 異なるからこそ見ていて面白くないし、私が文句を言われる立場ならとても大人しくはしていられない。

 とはいえ私が口を挟む事ではないし、そういう理由も特にない。

「ん」

 大きなファール。

 そういう事もあるなと思いつつ、手の届かないはるか先を転がるボールを視線だけで追う。

「見てないで取れよっ」

 声を荒げながら、そのボールを回収するさっきの男。

 立ち上がって走れば、多分手に取る事は出来ただろう。

 もしくは私が、試合に深く関わっていたのならそうもしただろう。


 ゆっくりと立ち上がり、体を解して息を整える。

 座り続けるのも、もう飽きた。

「止めなさいよ」

「止めない。ああいうのは絶対に許せない」

「本当に沸点が低いわね」

 サトミに言われたくないと思いつつ、ジャージの上を脱いでモトちゃんに被せる。

 風の冷たさも、今は何も感じない。

 体の中で薪が焚かれてるような感じ。

 それはそれで、確かにどうかとは思うけど。




 男と戦っている側のチームに向かい、代打を申し出る。

 当然怪訝そうな顔をする男の子達。

 女子は見学。

 でもって、この体型。

 本人でも意味が分からないくらいだ。

「別に良いでしょ、代打くらい」

「打てる?」

「というか、持てる?」 

 この試合で使っているのは金属バット。

 ただ鬼の金棒ではないんだから、心配をされる程ではない。

「ほら」

 苦笑気味にバットを差し出してくるショウ。

 それを受け取り、持ち上げようとしてすぐに返す。

 持って持てない事はない。

 持ちたいと思わなかっただけで。

「木製のバットがあるでしょ。そっちで良い」

「打ちにくいよ」

「持ち上がらないよりはましでしょ」

「じゃあ、代打って何」

 本当、それは私も知りたいな。



 私が騒いでいる内に攻守交代。

 次の攻撃で、代打出場をさせてくれるらしい。

「何がしたいんだ」

 笑いながら尋ねてくるショウ。

 ただ彼も、相手チームで叫んでいる男の事は見えているはず。

 私がそれに不快感を覚えているのも。

 それを含めての発言だろう。

「ああいうのは我慢出来ないの」

「しろよ」 

 陰気に呟いた男を睨み、バットを担いで軽くスイング。

 少し体は泳ぐけど、特に問題はない。

 金属バットでも慣れれば同じ事で、今はその時間が惜しいだけ。

 何より、金属バットを使ったから打たれたと言われても面白くない。

「デットボールに気を付けろよ」

「狙われない限りは気にしない」

 逆を言えば、狙ってくればこっちもそれなりの対応をさせてもらう。



 相手チームはあっさり三者凡退。

 対して味方は、ヒットとファーボール。

 塁が埋まり、チャンスが巡る。

「代打、代打」

 私の声に、嫌そうな顔で振り向く男の子。

 せっかくのチャンスを無駄にしたくないと言いたげに。

「大丈夫。ホームラン打つから」

「……ルール知ってる?ホームランって、バットを振る事じゃないよ」

 つくづく失礼だな。

 気持ちは分からなくもないけどさ。

「ああいう変な男を黙らせたいでしょ。というか、あれは何」

「うっとうしいとは思うけどね。良い球は投げてる」

 満を持してと言いたげにピッチング練習を始める例の男。

 男の子の言う通り、それなりに走った球。

 野球が得意だからこその、尊大な態度。


 ただ本当に出来る人は、むしろ謙虚。

 試合にも相手選手にも味方にも、敬意を持って行動をするはず。

 それがこの男には一切無い。

 人の心を思いやる気持ちが。


 次の打者は三振。

 時間的に、この攻撃が終われば授業は終了。

 そして次の打者もショートゴロ。

 点数は3-1で相手チームが勝っている状態。

 もう後がない。

「代打は、代打」

「……別に勝ち負けへこだわりはしないけど、でもさ」

「だからホームランを打つって」

「良いけどね」

 あまり納得しない様子で、それでも代打が告げられる。


 わっとどよめくクラスメート達。

 ちょっとした冗談。

 イベントめいた騒ぎ方。

 私も、こんな場面に子供が出てくれば同じ反応をすると思う。


 まずは足場をならし、スタンスを広めに取る。

 狭くとっても大して変わりはないけど、気分的に。

「ストライクゾーンが狭くない?」 

 何か失礼な事を言ってくる審判の子。

 狭いも広いも、小さいんだから仕方ないじゃない。

「だったら、頭から足先まで全部ストライクゾーンで良いって」

「そういう問題じゃないんだけどね」

「だったら、どういう問題なのよ」

「雪野さんって、そういう性格だったんだ」

 少し呆れ気味に返してくる審判の子。

 前は猫を被ってましたとは言わず、軽くバットを振って改めてバッターボックスへ入る。


「プレイ」

 いきなり胸元への鋭い変化球。

 なるほどねと思い、左へスイッチ。

 審判の子は、さらに声を掛けてくる。

「打ち方、分かってる?」

「打ち方も持ち方も分かってる。打つのは両利きだから問題ない」

「どうでも良いけど、俺達を殴らないでよ」

 不安そうに見上げてくるキャッチャー。

 それは大丈夫と答える前に、再び胸元へボールが飛んでくる。


 マウンド上では例の男がにやけた顔でキャッチャーの返球を受け取っている所。

 色んな意味で気合いが入ってきたな。

「今のはノーカウントで良いからね」

「情けは受けないのよ」

「何時代なんだよ、一体。とにかくぶつからないよう……」

 審判との会話中に、三度飛んでくるボール。

 内角どころか、明らかに顔の辺りへと。


 スピードはそこそこだが、避けるのはたやすい。

 だがこのボールは明らかに故意。

 だとすれば、私から避けるいわれはない。


 すぐさまバットを上段に振りかぶり、目を細める。 

 タイミングは一瞬。

 勿論狙いは外さない。



「せっ」

 気合いと共に、バットの重さを利用してそれを力任せに振り下ろす。

 真芯とは行かないが、十分な手応えが手の平を通じて肩の辺りにまで伝わってくる。

 ボールは矢のような速度で跳ね返り、にやけていた男の足元。

 プレートに当たって跳ね返る。

「走ってっ」

 自分も走り様、そう叫ぶ。 

 棒立ちになっていたランナーもようやく気付いて走り出し、まずは一人生還。

 その間に自分はファーストを周り、セカンドへ到達。

 次のランナーも生還し、これで同点。

 ベースの角を踏んで最短距離でのベースランニング。

 相手チームがボールを見失っている間に、ホームベースを駆け抜ける。



 劇的かどうかはともかく、ランナー一掃のサヨナラホームラン。

 私達が勝ったのは間違いない。

 ピッチャーライナーがかすめた男は、依然としてマウンドの上で腰を抜かしたまま。

 これ以上は、関わる必要もないだろう。

「何がしたいんだ」

 グラウンドへしゃがみ込み、鼻で笑うケイ。

 その真後ろにボールが落下し、さすがに彼も声を上げる。

 オチも付いたし、チャイムも鳴った。

 後は気分良く着替えて、これの先の授業に望むだけだ。




 昼休み。

 お弁当を持ってこなかったので、授業が終わると同時に教室を飛び出し学食へと向かう。

 草薙高校なら余程の人気メニューか限定メニューでもない限り、売り切れる事はまずあり得ない。

 ただここは生徒数が少ないため、特にパンやおにぎりは元々の仕入れ数が限られている。

 それを手に入れられるかどうかは、完全に先着順だ。


 そう思ったが、学食はすでに修羅場。

 大勢の生徒がカウンターに殺到し、我先にとパンやおにぎりを奪い合っている。

 私より教室が近いのか、授業が終わったのが早かったのか。

 そもそも授業に出ていないのか。

 こうなるともはや、諦めムード。

 押しのけて入りたいが、潰されるか弾き出されるか。

 カウンターへ到達するのは、多分明日の朝だと思う。


「わ」

 私の出した声ではない。

 パンを買って、意気揚々とテーブルへ向かっている勝者。

 体格の良い生徒が私を見て出した声。

 でもって慌てて身を引き、道を譲られた。

 親切ともまた違う態度。

 少し嫌な予感をしつつ、パンは諦め食券売り場へ向かおうとする。


 こちらも当然行列。

 それでもパン売り場ほどではない。

 味も列に比例した物にはなっているが。

「わ」

 再びの声。

 トレイにうどんを載せた女の子達の。

 今度も明らかに私を見ての発言。

 いや。発言ではないか。


 どうもあまり歓迎されてなさそうなので、再びパン売り場へ移動。

 気付くと、その中央に一本道が出来ている。

 余程柄の悪い生徒でもいて、それを避けているんだろうか。

「どうぞ」

 後ろから聞こえる声。

 何がと思って振り向くと、硬い笑顔でパン売り場を指さされた。

「どうぞ」

 意味は分からないが、優先的に買って良い様子。

 売り場に殺到していた生徒達も同様の、固い笑顔。

 これは逆に針のむしろだと思いつつ、生徒の間を通ってパンを選ぶ。

 あまり人気のなさそうな菓子パンを一つと、サンドイッチ。

 とにかく空気が悪いので、お金を払ってすぐに逃げ帰る。

 勿論パンは離さない。



 サトミ達が集まっているテーブルを見つけ、今の話をしようとする。

 というか、当然見ていたらしく向こうから話を振られた。

「何者なのよ、あなたは」

「みんなが勝手に譲ってくれただけでしょ。それに、これだけしか買ってない」

 テーブルの上に安っぽい揚げパンと、ハムサンド。 

 それに、自販機で買ったジュースを置く。

 食事としてはかなり慎ましやか。

 非難を受けるいわれはないと思う。

「野球のあれが効いたんでしょ」

「野球?夏休みの話?」

 お手製のお弁当から、磯辺揚げを箸でつまみながら尋ねてくるモトちゃん。

 ずっと寝てたな、この人。


 サトミがさっきの事を、モトちゃんへ説明。

 多少脚色が加わってる気はするが、それ程違ってもない。

 改めて聞かされると、自分の事ながらどうかとも思うが。

「だからって、あんなに避けられる事かな」

「ヒーローなんだろ」

 じめっとした声で呟くケイ。

 それにむっとしつつ、揚げパンをかじって牛乳を飲む。

 過剰な甘さが程よく加減され、しっとり感が口の中に広がっていく。

 本当、牛乳って偉大だな。

「私が悪いの?」

「さっき張り切ってた男がいただろ。あれがそうだ」

「どういう事」

「普通とは言わないまでも、スポーツ自慢の良くいるタイプ。でも、場の空気を読まずに二打席連続ホームランを打った馬鹿がいただろ」

 すっとショウに集まる視線。

 ただ、馬鹿では無いと思うけどね。

「その後で、6人連続三振をとった馬鹿もいただろ」

 ショウから離れない全員の視線。

 勿論馬鹿ではないと思うけど。


 ケイはコンビニの袋におにぎりの包装紙を入れ、紙パックのお茶を飲み始めた。

「その結果があれだ。反発だよ、反発。ヒーローへの」

「ショウが悪いの、それって?」

「悪くはないだろ。ただ世間はそんなものだ。草薙高校とは違う」

 最後は小声で呟くケイ。


 草薙高校は全国から優秀な生徒が大勢集まってきている学校。 

 それぞれのジャンルでなら、ショウを上回る生徒はいくらでもいる。 

 彼も無論優れてはいるが、その分多少はすごさが薄れる。 

 対してここは地元に住んでいる子が通う学校。

 また仮にずば抜けた存在がいても、生徒数が少ないため何をやってもとにかく目立つ。

 ある程度通えば、全校生徒の顔を覚える人もいるだろう。 

「街灯に集まる蛾と同じだ。あれも好きで近付いてる訳じゃない。でもって最後は、熱にやられて地面に落ちる。……俺の話じゃないぞ」

 むっとして声を低くするケイ。

 それはどうかなと思いつつ、ただ納得が行かない事はまだある。

「ショウの事はともかく、私が避けられたのは何よ。さっきのは普通の生徒でしょ」

「好意的な人間も、たまにはいるだろ。でも、近付きたいとも思わない」

「何で」

「自分達は、ヒーローでもヒロインでもないって思ってるからさ。あー、普通の人間に生まれてきて助かった」

 馬鹿げた詠嘆をしながらおにぎりをかじるケイ。

 まず言っておきたいが、普通じゃない。

 大体、人間かどうかも怪しいんじゃないの。




 教室に戻っても、独特の雰囲気は同じ。

 中等部の頃、サトミが周りから疎外されていた感じとよく似ている。

 自分にそれが降りかかってようやく気付くというべきか。

 学校と戦っていた時も感じた、あの感覚

 この気まずさ、いたたまれ無さに少し胸が痛む。

「意外とナイーブなのね」

 何となく沈んでいた私に話しかけてくる取手さん。 

 そうかなと思いつつ、端末を手に取り時間割を確認。

 次は数学か。

「それに意外と勉強熱心よね」

「普通だよ、私は。何もかもが」

「冗談は良いけど、程々にした方が良いわよ。このクラスはともかく、あなた達を敵視してる人も多いから。呼んだ私の責任でもあるんだけど」

 そんな事はないと去っていく彼女の背中に呟き、教科書を用意する。


 嫌な顔をされれば当然心は傷付く。

 ただいつまでも下を向いていても仕方ない。

 傷付こうと倒れようと、私は前に進むしかないんだから。




 目が覚めると休憩時間どころか、古典の授業が終わりかけ。

 体育の後に食事。

 でもって数学なら、寝ない方がどうかしてる。

 ただクラスメートの殆どは起きているので、多分どうかしてるのは私だけだ。

「では光源氏は、紫の君をどういう目的で世話するようになったのでしょう」

 そんなの、不埒な目的以外の何者でもない。 

 などと答えそうになる。


 少しして卓上端末にその設問が表示され、回答欄も現れる。

 確か光源氏の初恋である藤壺の宮と紫の君が、縁戚関係。

 それが理由の一つだとされている。

 私からすれば、それはそれで不埒としか言い様はないが。


 よその国は知らないが、現代日本は一夫一婦制。

 結婚をしなくても、相手は一人だけというのが普通。

 私もそういう環境で過ごしてきた。

 何よりこの手の話に関しては、保守的であり慎重。

 あの人も好きでこの人も好きなんて事はあり得ない。

 まして自分の好きな人が、別な女性を囲ってるなどとは冗談ではない。

 気付くと机を指で叩いていて、サトミに後ろからはたかれた。

 分かってるわよ、私だって。




 一応は模範的な回答を書き込み、小テストはそれで終わらせる。

 ただいつも思うけど、この源氏物語を学校の授業で勉強するのはどうかという気がする。

「そうじゃないの?」

 筆記用具を片付けているサトミに尋ねるが、反応は薄い。

 また訳の分からない事を言い出したくらいの顔はしたが。

「ハーレムを作って喜んでる男の話でしょ」

「優れた文学作品の話よ」

「根本的に価値観が違うな」

「付いて行けないわ」

 しみじみため息を付いてリュックを背負うサトミ。

 そこまで変な事を言ったつもりはないが、彼女の常識とは相容れなかったようだ。

「だったらこれが現代に書かれてたらどうなの。読まないでしょ」

「読まないかも知れないわね」

「そういう事を言ってるの。三人も四人も女の人を囲って、何時代の人間よ」

「平安時代じゃない」

 それもそうか。



 いまいち納得出来ないまま、源氏物語の抄訳本を職員室で読む。

 読めば読むほど腹が立つ。

 大体最愛の人が紫の君とか言いながら、今度は女三宮。

 でもって今度も、藤壷の宮の親戚。

 この藤壷の宮自体、お父さんの側室。

 本当、どうなんだろうかこれは。

「勉強熱心だね」

 感心した様子で私達の側を通り過ぎていく若い男性教師。

 そういう訳ではないが、端から見てると勉強しているように見えるらしい。

「あーあ」

 さすがに馬鹿馬鹿しくなり、本を閉じて肩を揉む。

 ただこれで、試験には多少良い影響が出るかも知れない。 

 そういうために読んだ訳ではないが。



 本を閉じるとやる事が無く、どうも時間をもてあます。

 しかし職員室のため、さすがの私も横になる事は出来ない。

 とはいえ暇という事は、学内が平和である証。

 それは素直に喜ぶべきだろう。

「もう傭兵はいないのかな」

 希望的観測を込めつつ尋ねるが、ケイは半笑い気味に首を振った。

「タイプは色々だけど、しつこい奴はしつこい。引き際が分かってない奴は特に」

「引き際?」

「分かってる奴なら、俺達が来た時点で逃げてるよ」

 そんな物かと思いつつ、スティックを取り出し少し磨いてみる。

 表面には傷一つ無く、持った感じおかしな所も見当たらない。

 ただ、それと手入れは別。

 汚れていなくても、愛情は常に込めていたい。

「仲間を引き連れて一気に攻めてくるとか、そういう事はないの?」

「マンガの話でもしてるのか」

「現実の話よ」

「そんな事やれば、警察を呼ばれて全員逮捕。警察に甘い物でも送ってるなら別だけど」

 何を言っても否定されるというか、はかばかしい返事は返ってこない。

 もしかしてこれって、持久戦なのかな。



 こもっているのは性に合わず、何より場所が職員室。

 お茶を買いに行くと言って、一旦外に出る。

 職員室とは比べものにならない開放感。

 一気に気分が楽になり、大きく息を付く。

「さてと」

 自販機を求めて廊下を歩く。

 幸い迷うような広さではなく、どこへ行こうと職員室へは戻ってこられる。

 そう考えると草薙高校の広さは尋常ではないな。


 中庭を横切る形に伸びている渡り廊下の手前で自販機を発見。

 お茶を買い、近くになったベンチに腰掛けて一休み。

 職員室で飲んでも良いが、急いで戻る必要は別にない。

 端末も持ってきているし、あそこへこもっているのは少し飽きてきた。


 背後に気配。

 猫とか友達とかそういう物ではなく、明らかな敵意を持った存在の。

 振り向くより先にペットボトルを後ろへ投げて、取りあえずの牽制。

 植え込みの辺りから変な声がして、警棒を持った男が数人現れる。

 そんなに熱くはなかったと思うが、いきなりお茶を浴びせかけられればこういう反応になるのだろう。


 空になってしまったペットボトルを拾い、ゴミ箱へ捨てて廊下を歩く。

 お茶を飲めばここに留まる理由はなく、少し寒くなってきた。

 職員室で、改めて飲むとしよう。

「何しやがる」

「自分達こそ、何がしたかったの」

 手には木刀。

 敵意は丸出し。

 そして人の背後をつけ狙う。

 そう言いたいのはこっちの方だ。


 傭兵か、学内の不良か。

 判別は出来ないが、どちらにしろ同じ事。

 襲ってくるなら立ち向かうし、誰かに危害を加える気なら阻止をする。

 ただそれだけだ。

「今すぐ学校から出て行った方が身のためだぞ」

 特に返事を返す気にもなれず、相手の人数を数える。

 全部で5人。

 その内、武器を持ってるのが3人。

 強そうなのは、一人もいない。

 徒党を組んで気が大きくなっているくらいの印象しかない。

「用が済めば、いつでも出て行くわよ」

「今すぐと言ったんだ」

「だったら、自分達が出て行ったら。私もそれで用は済む」

「交渉決裂だな」 

 どこが交渉かと思いつつ、グローブをはめる。

 戦いに備えてではなく、少し寒くなったから。

 それが格闘用のグローブというのも、味気ないが。



 いきなり振り下ろされる木刀。

 この容赦のなさは、おそらく傭兵。

 とはいえ感心する事でもなく、半歩下がって切っ先を眺める。

 あくまでも木刀を振り回しているだけで、技術も何もない力任せの攻撃。

 一降りで力を無駄に使ったのか、いきなり隙だらけ。

 木刀を引き上げるタイミングに合わせて前に出て、下から腕を蹴り上げる。

「ぐぁっ」

 そのまま木刀が上に跳ね上がり、自分で顔を打って後ろへ倒れた。

 武器は持てば良い物では無く、使い方次第。

 そしてこれでは、意味がない。

「やりやがったな」

 そんな事を言われる筋合いはないが、まだ下がる気はない様子。

 一応ショウには連絡し、ただその頃には解決しているだろう。


 左右からの同時の打ち込み。

 やはり単なる力任せの、連携も何もない動き。

 ぎりぎりまでためて息を吐き、軽くフェイントを付けて後ろへ下がる。

 お互いが私の動きに反応し、木刀を振り下ろす。 

 ただ、そこにいるのは自分の仲間。 

 振り下ろした木刀が止まる事はなく、相手の肩を激しく打ち合い地面に転がる。

「貴様っ」

 残りの二人は素手で来た。

 スティックを使う気にもなれず、地面の木刀を足で拾い上げて突っ込んできた男の足に転がす。

 先頭の男が倒れ、後ろの男がそれにもつれてやはり倒れる。

 気付けば全員倒れていて、呻き声を上げている。



 廊下を歩いていると、ショウが正面から走ってきた。

「どうしたの」

「どうしたって、呼んだだろ」

「……ああ、そうか」

 事情を彼に話し、当たり前だが現場に引き返す事はせず職員室へ戻る。

 何と言えばいいのか、あまりにも軽い相手。

 軽んじてる訳ではないが、気合いを入れるには程遠い心境。

 別に、骨のある相手を求めている訳ではない。

 しかしあれでは、自分達が悪者のような気分すらしてくる。

「ケイが言うように、過剰に考えすぎてるのかな。傭兵の事を」

「それはあるだろ。実際草薙高校でも、驚くような奴を見た記憶がない」

「気合いが空回りしてる気がする」

「気を抜くよりは良いんじゃないのか」

 慰めとも付かない言葉。

 私も無用なトラブルを求めてはいないし、平穏無事ならそれで良い。

 ただこうなると、私達の存在の方が問題という気にもなる。




 そしてあっというまに下校時間。

 これ以上は学校に残れず、そもそも傭兵自体帰って行くだろう。

「少しは分かっただろ」

 地下鉄の車内。

 吊革に掴まりながら私を見下ろすケイ。

 こっちは、何がという顔で彼を見上げる。

「さっき叩きのめした傭兵の事だよ」

「全然分からないけど」

「つまりその程度の認識。気にも留めないし、意識もしない。道端に大きめの石が落ちてて。ああ邪魔だな、程度の」

「そこまでではないと思うよ」

 ただあながち間違えた意見でもない。

 さっきの連中の事など殆ど忘れていたし、あの段階でも気にすらしていなかった。

 良くいる連中、程度にしか。

「食物連鎖の頂点に立ってるんだから仕方ない。シャチや虎はいちいち、自分の強さを考えもしない」

「何、それ」

「例えばの話。狩られるだけの連中は哀れだな」

 しみじみ呟き、軽く伸び上がるケイ。


 分かったような、分からないような話。

 彼の隣にいたショウを見るが、多分私と同じ顔。

 何となく理解はしたが、自分の口では説明しづらいといったところか。




 混み合う電車を降りて、今日はエレベーターに乗り外へ出る。

 すでに日は大きく傾き、西日が私達の影を長く伸ばす。

 ただ切なさよりも寒さが先に来て、いまいち感慨めいたものはない。

「そろそろ焼き芋とか鯛焼きが恋しいね」

「焼き芋はともかく、鯛焼きは年中手に入るだろ」

 何とも即物的な答えを返すショウ。

 この手の話題に関しては、いまいち意思の疎通が難しいな。


 その鯛焼き屋さんが見つからなかったため、コンビニで肉まんとあんまんを買って自警局へとやってくる。

「お土産」

 まずは肉まんを確保。

 後はあんまんの欠片でももらえば、それで満足。

 この肉まんも、二口食べれば十分だけど。

「食べないの?」

「さっき、ピザを食べたばかりなので」

「夕ご飯?」

「ええ。仕事が忙しくて、外に出る時間がないんです」

 書類の山を見ながら、小さくため息を付く小谷君。

 大変だなと思いつつ、一枚手に取り鼻を押さえる。

「いい加減、この備品使用状況書って廃止出来ないの?」

「その手続き自体が煩雑なんですよ。どうにかしたいにはしたいですが」

「私暇だから、今日中に片付ける」

「それは無理だと思うんですけどね。自警局としては廃止で問題ないため、他の局へお願いします」




まずは知り合いのいる局から周り、承諾書をもらって回る。

 思ってる事は皆同じらしく、断る人はいない。

「もらってきた」

 私一人ではなく、ショウとケイも別な局から承諾書を取得。

 すぐに、全局分集まった。

「では、備品使用状況書を撤廃する理由を書いて下さい」

「不必要だから」

「データも添えてお願いします」

 堅苦しい事を言い出す小谷君。

 大体、データってなんだ。


 理由とデータはサトミに任せ、その間に学校の事務局へ連絡。

 書類の廃止を要請する。

「……無くさなくても良いですよねって。無くしても良いんですよね」

 しばらく続く、同じ会話の繰り返し。

 それでもどうにか押し切り、やはり理由とデータを求められる。

「これで終わり?」

「遠野さんが書いた理由とデータを各局に配布して、改めて了承を得て下さい」

「承諾書はもらってるけど」

「つくづく面倒ですよね」

 書類の山越に答える小谷君。

 今の彼を見て、「もう止めた」とは言いづらい。

 それに私は、書類を持ってあちこちを走り回るだけ。

 大した手間とは言い難い。



 改めて各局を回り、廃止理由とデータの閲覧。

 それに対する了承書を取得。

 全部揃えて、小谷君へ提出する。

「学校はどう言ってますか?」

「書類さえ揃えば、検討するって」

「では、生徒会としては廃止を要請すると連絡して下さい」

「これで終わり?」

「俺達の出来る事は」

 廃止出来る、とは言わない小谷君。

 ただそれに向かって一歩でも二歩でも前に進んだのは確か。

 後は学校の出方次第で、その返答によって改めて行動すればいい。

「でも、すごいですね」

「何が」

「書類。すぐに集まりましたよ。手間って言うのは走り回る事より、誰も書いてくれないからその説得に時間が掛かるんです」

 書類を片付けなら話す小谷君。

 自分は本当に、ただ走り回っただけ。

 何の実感も、特にはないが。



 私としては知り合いに書類へサインを頼んでもらったという意識。

 とはいえ新妻さんや黒沢さんは生徒会組織の幹部。

 友人でなければ、気軽に会うのは確かに難しいかも知れない。

 この辺りもケイの言う、自覚の無さに繋がっているんだろうか。

「まあ、いいや。それで、理由って何を書いたの」

「手続きの煩雑さと、備品の有効活用に役立っていないというのが論点ね。使用状況について検討したが無いから、書類だけが形式的に存在してるだけよ」

「元々無駄な事をやってたの?すごい虚しくない?」

「始めるのも大変だけど、止めるのも難しいの。ユウくらいよ、何でも簡単に考えるのって」 

 そんなしみじみ言われても困るが、単純な思考。

 簡単に考えてるのは確かだろう。

「それで、いつ廃止になるの」

「学校次第でしょうね。向こうは権威主義の固まりだから、この手の書類は大好きよ」

「生徒会自体が提出しなければ問題ないでしょ」

「そういう発想が羨ましいわ」

 だったらため息は付かないで欲しい。













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