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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第41話
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     41-3




 終点を告げる地下鉄のアナウンス。

 欠伸混じりに席を立ち、ホームへ降りる。

 乗客はさほどおらず、目立つのは制服姿の生徒。

 名古屋港駅の周辺は観光施設ばかりで、サラリーマンの姿はそれ程見かけない。

 閑散とまでは言わないが、平日はそれ程活気のある駅ではない。


 それは駅の外。

 地上へ出ても同じ。

 片側3車線の道路に走る車はまばら。 

 この先が海なので、行き止まりのせいもあるが。

 逆に土日や祝日は、かなり先まで渋滞が出来る。

 地下鉄の駅もひっきりなしに人が乗り降りして、その辺りは他の街とは違う所だろう。


 駅への階段から、すでに高校が見えている。

 雨が降っていても走れば大丈夫なくらいの距離。 

 通うには楽な学校でもある。


 のたのた歩く太い黒猫の後ろを付いていくと、高校の前を通り過ぎていた。

 時間に余裕があるのでもう少し追ってみたいが、遅刻した時の言い訳が思い付かない。

 何より、付いていく理由がない。

 付いていきたい気持ちはあるが。


 すぐにきびすを返し、塀に沿って正門を目指す。

 昨日は変な連中がいたが、今日は至って普通。

 生徒指導の先生が数名立っている程度。

 とはいえ校則はあってないようなもの。

 制服を着ていて普通の恰好をしていれば、咎められる事はない。



 そう思ったのもつかの間。

 聞こえてきたのは教師の怒号。

 こういうタイプはいなかったはずだが、聞こえてきたのは確か。

 スティックをリュックから取り出し、背中のアタッチメントへ装着。

 周囲を確認し、誰もこちらを見てないのを確認して塀を乗り越える。


 背の低い木々の間を通りながら、塀の内側を走る。

 足元は落ち葉で乾いた音を立てるが、そこまで隠密行動という訳でもない。

 何よりあの怒鳴り声なら、この程度の音など聞こえないだろう。


 やがて木々が途切れ、足元は落ち葉と土からコンクリートに変わる。

 同時に視界が開けて、正門前に並ぶ教師の背中が見えてきた。

 怒鳴っているのは一人、二人。

 生徒は目を付けられないよう、小さくなってその前を通り過ぎる。

 怒鳴っている理由は下らなく、スカートの丈が短いとか髪型がどうと言った話。

 ただ文句を付けられる程派手な服装をした生徒はおらず、半ば言いがかりに近い。

 それでも罵倒される生徒が楽しい訳はなく、空気は重苦しく笑顔もない。 

 私がこの学校へ来たのは、傭兵を排除するため。


 だが排除するのが目的ではない。

 排除して、生徒達を守るのが目的。

 つまり相手を傭兵に限る必要はない。 



 怒鳴っている教師の後ろに立ち、スティックで地面を叩く。

 正確には、叩き割る。

 その音と振動に気付いたのか、教師が怪訝そうな顔で振り向いた所でスティックを鼻先へ突きつける。

「度が過ぎるんじゃないの」

「だ、誰だお前は」

「転校生。注意するにしろ、もう少し穏やかにしたら」

「せ、生徒が教師に逆らうのか」

 この学校では良く聞く理屈。

 いや。世間一般ではと言うべきか。

 子供は黙って、大人に言う事に従う。

 それが常識なのは私も理解しているし、無闇に逆らう事はない。

 だけどこの男の行為を見過ごす事こそ、その常識に反する。

 もしくは、私の常識に。


 逃げるように距離を置き、竹刀を振り上げる教師。

 辺りから悲鳴が上がり、それに気をよくしたのか教師の顔に陰湿な笑みが浮かぶ。

 最低の人間としか言いようが無く、お陰でこちらも遠慮する気がなくなった。

「段持ちの俺に刃向かうとは、良い度胸だな」

 構えは確かに様になっているが、圧倒される雰囲気はない。

 自分より弱い相手をいたぶるのがせいぜいで、それ以前に何段だろうと興味もない。


 一瞬上がる竹刀の切っ先。

 何かのフェイントか牽制。

 そんな事は構わず、スティックを鍔の根本に添えて上から強く押しつける。

 抵抗したところでスティックを下へ滑り込ませ、後は上へと跳ね上げる。

 竹刀はあっさり宙を舞い、目の前に落ちてきた所をスティックで横に薙ぐ。

 真っ二つに折れたスティックは乾いた音を立てて地面へ転がり、後は呆然とする教師が目の前に現れるだけだ。

「それで、段がどうしたの」

「え、あ。それは」

「今度騒いでる所を見たら、竹刀だけで済むとは思わない事ね」

 スティックを背中に戻し、脂汗を流している教師の前を通り過ぎる。

 もう一人いた怒鳴り声を上げていた教師は逃げた後。

 それはそれで不快だが、後を追うのも馬鹿馬鹿しい。

 何よりこの場の空気は、さっきよりも重め。

 多少やりすぎた気はしないでもなく、むしろ私が逃げるべきか。




 教室のあちこちから感じる視線。

 そして、ささやき声。

 私が何をやったかは、すでに伝わってる様子。

 棒を持って教師に襲いかかるなど、この学校の常識とはかけ離れているのだろう。

「今日も、朝から大活躍みたいね」

 くすりと笑いながら現れるモトちゃん。

 彼女の後ろからは、冷ややかな笑みを湛えるサトミ。

 さっきの竹刀の迫力とは雲泥の差。

 抜き身の日本刀でも、もう少し穏やかだと思う。

「調子に乗って騒いでたから、少し注意しただけ。怪我はさせてない」

「草薙高校とは違うんだから、程々にね。それと草薙高校でも、褒められた事ではないわよ」

「それはあの教師に言ってよ」

「呼び出し決定ね」 

 サトミが冷ややかに呟いた途端、教室に若い男性教師が飛び込んでくる。

「雪野、雪野優はいるか」

「いますよ」

 私が立った途端、廊下まで飛んで逃げる教師。

 一体、どんな噂を聞いたんだ。

「お、俺は呼びに来ただけだ。しょ、職員室に来なさい」

「分かりました」

「お、俺は、本当に呼びに来ただけだからな」

 分かったって言ってるじゃないよ。



 サトミとモトちゃんに付き添われ、職員室へ出頭。

 さっきの教師を捜すが姿はなく、また誰も私と目を合わせようとはしない。

「ここに来なさい」

 私を手招きする体格の良いジャージ姿の教師。

 周りには似たような教師が数名いて、隠しているが警棒を持ってる人もいる。

 万が一に備え、背中のスティックを確認。

 無くても大丈夫だけどね。

「そこへ座りなさい」

 言われるまま椅子へ座り、教師を睨む。

 向こうは一瞬たじろぎ、軽く咳払いをして私を見下ろしてきた。

「君は一時的に転校しているだけだから当校の校則は関係ないと言えば関係ない。ただ、教師に反抗するとはどうなんだ」

「スカートがどうとか髪型がどうとかって。朝から怒鳴るような事じゃないでしょう。それも竹刀を振り回しながらって。教育者として、そんな事が許されるんですか」

「度が過ぎるのは認める。ただ生徒は、教師に従うべきなんだ」

「誰が決めたんです、そんな事。間違えてるのが分かってて従うなんて、あまりにもおかしいでしょう」

 机を手で叩き、小さく叫ぶ。

 ここまで当たり前の話を改めて口にする事自体馬鹿馬鹿しい。

 しかし教師達は納得した様子もなく、難しい顔で話し込んでいる。


 そうしている間に担任の先生が到着。

 ジャージ姿の教師達に声を掛けながら、私の前に立つ。

「気持ちは分かるけど、暴れないでね」

「無理です」

「言い切らないで。……授業が始まるから、お昼にまた来るように」

 意外とあっさり解放され、ただ不満は残ったまま。 

 結局私は悪い事をしたという結論で終わった気がする。

 勿論良い事をしたとまでは言わないが、非難される覚えもない。

 それは教師達も思ってるようだけど。



 授業中は苛々して集中出来ず、すぐに昼休みが訪れる。

 ご飯を食べたいが呼び出しを受けている身。

 サンドイッチをショウへ渡し、急いで職員室へ向かう。


 私の前を通り過ぎていくピザの箱。

 昼から豪勢な人もいるな。

 何となくその後ろに付いていき、せめて匂いだけでも味わう。

「食べる?」

 配達してきたピザ屋さんの店員にお金を払いながら話しかけてくる担任の先生。

 それに頷き、彼女に促されて教室の隅にある応接セットに収まる。

 すでにジュースも用意されいて、始めからそのつもりだったようだ。


 シーフードの部分を半切れ切り取り、海の幸を満喫。 

 チーズの焦げ具合が何とも言えず、つい笑みがこぼれてくる。

「それで朝の事だけど。あれは、草薙高校では普通なの」

 お茶を飲みながら尋ねてくる担任。

 普通かどうかと聞かれたら、多分普通ではない。

 ただ、決して私だけが例外という訳でもない。

 という事を伝える。

「自治だった?それが理由?」

「まあ、一応」

 サトミでもいれば、私の性格と言い出しそう。

 だけど今は私しかいないので、何を言っても問題はない。

「ただ少しはこの学校のやり方にも慣れてもらわないと。1学期の時は、大人しくしてたじゃない」

「その代わり、あんな教師もいなかったでしょう」

「それもそうね」

 小首を傾げる担任。

 やはりあの行動は突発的というか、突然の行動。

 理由は何となく分かってきた。


 とはいえ私より詳しい人がいるので、そっちから説明をしてもらう。

「昼休みくらいゆっくりさせてくれ」

「ピザピザ」

「なんだよピザって」

 それは私にも分からないが、とにかくケイにもピザを取り分け朝の出来事を説明する。

「学内の混乱を口実に、立場を強めようとしてるんでしょう。案外ここの教師が傭兵を雇っての、自作自演かも知れませんね」

「どうしてそんな事が言えるの」

「よく似たケースを他校で見たので。ありがちなパターンです」

 ほぼ私の推測通りの答え。

 彼も推測で言ってるんだけど、おそらく間違いではないだろう。



「……それは憶測?それとも証拠があっての話?」

 さすがに真剣な顔で尋ねる担任。

 ケイはピザの耳を少しかじり、憶測だと告げた。

「どうしても証拠が欲しいなら、雪野さんが注意した教師に聞いてみてはどうでしょうか」

「早退したのよ」

「だったら確かめようがありませんね。困ったな」

 全く困った様子もない素振り。

 担任は疑わしそうに彼を見て、私に話しかけてきた。

「とにかく、無闇に暴れるような真似は慎むように」

「はぁ」

「それとピザは持って行って。食欲が無くなったわ」

 深いため息。

 そこまで落ち込むような事があったかなと思いつつ、ピザの箱を確保。

 私としては、お土産が出来て嬉しいだけだ。




 放課後。

 昨日と同様、職員室の隅で時間を過ごす。

 今朝の事がどう捉えられたのか、常に視線を向けられた状態。

 しかし気にして顔を向けると、すぐに視線を逸らされる。

 もしかしなくても、あまり歓迎されてないようだ。

「待ってないで、こっちから捕まえに行けないの?」

「出来なくは無いでしょ。プレハブ小屋だった?怪しい場所はいくつもあるんだから、そこに行けば良いだけよ」

 コンビニへ買い物へ行く、くらいの口調で答えるサトミ。

 私も気負うつもりはなく、ただ油断している訳でもない。

 あくまでも平常心を貫き通す。

 感情が過剰にどちらかへ触れても良くはない。


「何か起きて行動するより、先に捕まえた方が早い。行こう」

「簡単に言うわね、あなた」

 小さくため息を付くモトちゃん。

 さっきの担任に少しに似てると思いながら、立ち上がって背中のアタッチメントにスティックを装着。

 インナーのプロテクターを確認し、学内の地図を見る。

「プレハブ小屋がここで、職員室がここ。……分かった」

 さすがに迷う事もない距離。

 草薙高校なら、同じ教棟内を移動する程度の。

 それでも迷う時は迷うけどね。



 地図を頼りに学内を移動。

 半年通っていたし、大丈夫だとは自分でも思う。

 それでも行きすぎるよりはましで、一応は転校生。 

 地図を見ていても恥ずかしくはない、はずだ。

「ここだね」

 校舎の裏に開けたスペース。 

 そこにぽつんと立つプレハブ小屋。

 汚れた壁と周囲にはゴミ。

 思い出されるのは旧クラブハウス。

 あれの縮小版といったところか。

「俺が入る。ユウは外で待っててくれ」

「分かった」

 革のグローブを装着し、腰の警棒を抜くショウ。

 彼は無造作にドアへ近付き、その警棒でドアを叩いた。


 こちらの様子は窓から見ているのか、逆に人が出てくる様子はない。

 どうするのかなと思った途端、彼はドアを蹴破って中へと入った。

 私もスティックを抜いて、窓の前へ移動。

 ケイは他に出口がないか確認。

 サトミとモトちゃんは、すぐに逃げられるよう少し離れる。


 小さい悲鳴を3度くらい聞いたところで、何事も無かったようにショウがドアから出てくる。

「大丈夫だった?」

「ああ」

 怪我をした様子はなく、息も乱れてはいない。

 そんな彼の肩越しに、ドアの中を覗き込む。


 悲鳴の数を少し上回る人間が床に倒れている。

 とはいえ大怪我をしてる訳ではなく、軽く転がされた程度。

 ショウの実力を見て、中には自分で倒れた人間もいるだろう。

「これで終わりって訳じゃないよね」

「調べてみないと分からないな」

 一応は慎重に中へと入るケイ。

 あまり立ち入りたい雰囲気ではないが、仕方ないのでその後に続く。



 ゴミと雑誌と煙草の吸い殻。

 空のペットボトルがとにかく目立つ。

「もう少し綺麗に使えないのかな」

「言っただろ、真面目な不良はいないって」

 倒れている連中から端末を回収し、机に詰まれていたゴミを床へ落とすケイ。

 でもって倒れていた男の一人から上着をはぎ取り、それを机の上に広げて端末を置いた。

「無茶苦茶ね」

「理にかなってるだろ。それとも、ハンカチでも置く?」

「絶対嫌」

 珍しく強い口調で拒絶するモトちゃん。

 今は隠れているが、机の汚れも相当な物。

 それは机だけではなく、正直この床に足を乗せている事自体嫌な気分になってくる。


 こればかりはさほど汚れていない端末が調べられ、床に倒れている連中の身元が判明。

 元々この学校にいる生徒だと分かる。

「無駄って事?」

「いや。前は大人しくしてたのに、最近になって行動が活発化してる。そそのかした奴がいるって事だろ。……それっぽいメールも残ってる。消せよな、こういうのは」

 ケイの言う通り、それでは証拠をわざわざ残してるような物。 

 ただこういう事態が起きなければ、メールを見られる事もない。

 それなら残しておく事は、大して不思議ではない。

 賢くもないとは思うが。




 あの小屋に残りたいという意見は誰からも出なかったので、すぐに場所を移動。

 誰もいない教室を使って話し合う。

 職員室はやはり気詰まりで、使い勝手はあまり良くないとこれもみんな思ってるんだろう。

「学内のデータベースとも一致する。間違いなく、ここの生徒ね」

「じゃあ、傭兵はどこにいるの?」

「逃げた奴もいるだろ。そういう勘が働く奴は」

 意外に褒めるような口調で話すケイ。

 ただ危険を前にして逃げるのは当然の話。

 それは分からなくもない。

「残ってる連中はどこにいるの」

 ケイが何か答えようとしたところで、携帯に着信。

 相手は生徒指導の教師。

 プレハブ小屋の話かなと思いつつ通話に出る。

「……あれは君達の仕業か」

「プレハブ小屋ですか?」

「何の話だ。学校中で生徒が暴れてる」



 興奮してまくし立てる教師から話を聞き、地図を広げて暴れている場所にマーク。

 全10カ所で、何らかのトラブルが起きている。

 私達は全員で5人。

 実際行動出来るのは、私とショウ。

 後はケイ。

 手の打ちようが無く、指をくわえて眺めるしかない。

 などと思われたようだ。

「モトちゃん、応援を呼んで。サトミは通信の傍受と攪乱。私達が行動してる間、二人は職員室で待機」

「了解」

「ショウは近い所から、一つずつ対応。ケイは二人を職員室まで送ってから、同じように一つずつ対応」

「分かった」

 すぐに教室を飛び出ていくショウ。

 サトミ達もそれに続き、私も軽く肩を回す。

 考えとしては悪くない。

 実際有効な手段だろう。

 私達に対してはどうなのか、今から身をもって知ってもらうが。




 端末のイヤホンを付けながら廊下をゆっくり走る。

 迷わないように、サトミの誘導を受けながら。

 というかすでに、今自分がどこを走ってるのかもよく分かってない。

 気付けば一階の正面玄関に到着。

 傘を持って暴れている数名の生徒と出くわす。

「一グループ発見」

 サトミに報告し、そのまま一気に走り出す。


 慌てて傘を振り回してくる男。

 その下に潜り込み、鳩尾に横蹴り。

 大きく体が振れたところで傘が開き、周りの仲間を巻き添えに倒れる。

「鎮圧完了。次は?」 

 サトミの指示を受けながら、スティックを横へ薙ぐ。

 突きつけられた傘は全てへし折れ、男達は青い顔で下がり出す。



 IDと端末だけを回収し、それを持って次の場所へ移動。

 校舎沿いに少し走った所で、今度は窓ガラスに石を投げている生徒を見つける。

「また見つけた」

 軽く振りかぶり、さっき回収した端末を投げつける。

 窓ガラスに向かっていた石はそれと当たり、そのまま落ちてきて男の一人にぶつかった。

 すると今度は私に狙いを定めたのか、大きな石を持ち上げた。

 鈍い動きに付き合ってる暇はなく、そのまま右へステップ。

 さらに左へ移動し、男がまごついている間に目の前へ到着。

 肘で腕を叩き、上半身が崩れた所で膝を背中に落とす。

「鎮圧完了。次は?」

 倒れた男を踏み台にして、残っていた男に跳び蹴り。

 肩を軽く蹴り、地面に倒して視線を周囲に向ける。

 これが演技で窓から何か降ってくるかとも思ったが、そこまでは考えていないようだ。




 スティックを振りかぶって壁を少し削ったところで、戦意喪失。

 やはりIDと端末を回収し、サトミに連絡。

「持ちきれない。誰か連れてきて」

「お呼びですか」 

 リュックを背負って現れる御剣君。

 草薙高校とここは、バイクで走ればすぐの距離。 

 草薙高校内を走り回ると考えたら、移動時間はそれ程変わらないくらいかもしれない。

「少し落としたかも知れないけど、これ」

 IDと端末を彼が差し出したリュックへ入れる。 

 サトミからは全てのトラブルを鎮圧完了したとの連絡。

 あっけないどころの話じゃないな。

「傭兵って、こんなものですかね」

 物足りなそうな顔の御剣君。

 私はそこまでは思わないが、脆いと感じたのは確か。

 ケイが言うように、気を張って挑む相手では無かった。

 少なくとも今回は。



 さっきの教室へと戻り、結果の報告。

 サトミ達に怪我はなく、ケイも同様。 

 ショウは言うまでもない。

「……傭兵半分、ここの生徒半分か」

 端末とIDのデータを、学校のデータベースと照合するモトちゃん。

 私からすれば、どちらだろうと同じ事。

 学内を荒らす不逞の輩という言い方しか出来ない。

「さてと、学校からも連絡が」

 モトちゃんは大して慌てた様子もなく端末を手に取り、そこは愛想良く話を始めた。

 おそらく私達の行動に対する質問。

 もしくは叱責だと思う。


 ただ私達の行動が頭ごなしに否定されるべきでない事は、彼女も承知している。

 力に力で対抗するのは馬鹿らしいかも知れないが、現実を考えればそれ以外に方法が無い時もある。

 相手が話し合いに応じず、一方的に暴力を振るおうとする場合は。

 例えば今回のようなケースで悠長に話し合いをしていれば、とりあえず学内の窓ガラスは半分以上割られていただろう。

 それでも話し合いの姿勢を貫くというなら、私から言う事はないが。 



 机に置かれる端末。

 モトちゃんはペットボトルに手を伸ばし、お茶を一口に飲んで息を付いた。

「怒られた?」

「少しね。でも、それが私の仕事だから」

 さらりと言ってのけるモトちゃん。

 この懐の深さ。

 彼女の慕われる理由がよく分かる。

 少なくとも私は、この子がいなければ今の自分になっていないだろう。

 それは私だけではなく、この場にいる全員だと思うが。


「相手は、誰」

 気のない素振りで、しかしペンを片手に尋ねるサトミ。

 復讐する気を隠そうともしないな、この人は。

「誰でも良いの。あなたは、そういう無駄な事に力を使わないで」

「無駄ではないでしょ」

「十分無駄よ。良いからユウ達が持ってきたIDの一覧と組織図を作って。ケイ君は傭兵のプロフィールを調査」

「まあ、いいわ」

 仕方なさそうに仕事へ取りかかるサトミ。

 ケイは相変わらず興味がないといった顔。

 私はやる事もないので、机に伏せて少し休む。

 さっき走ったせいか、少し疲れたな。



「雪野さんって、どこでも寝てるんですね」

 何気ない呟き。

 それに反応して体を起こし、声の主を睨む。

 御剣君はびくりと体を揺らして、大げさに手を振った。

「見たまま。見たままを言っただけです」

「……思っても口にしないで。それより帰らなくて良いの?」

「スクーターはどうします」

「ああ、そうか」

 サトミが彼を呼んだのはトラブルに対する応援もだが、それも理由の一つ。

 今の私が、夜にスクーターへ乗るのは危険。

 全く見えない訳ではないにしろ、安全とは言い難い。

「制限速度を守ってね」

「壊しませんよ。俺だって、まだ死にたくない」

 交通事故の事を言ってるのかな。

 それとも、私の事を言ってるのかな。

 これは後でじっくり話を聞くとしよう。




 結局大した事をしない内に、下校時刻が訪れる。

 終わるのが早くて、何も出来ないとも言える。

 それなら傭兵はいつ暴れてるのかと、少し疑問にも思う。

「さっきはともかく、傭兵って本当にいるの?」

「あれで十分だろ。過大評価するなって言わなかったか」

「聞いたよ、何度でも」

「そういう事だ。連中も一応はTPOを考えてる。誰もいない学校で暴れても意味が無いのは分かってるんだ。思春期の子供じゃないんだから」 

 変なところで理解がある事を言い出すケイ。

 この人が連中の一味ですと言われても、普通に信じるな。

「勿論暴れないとは言わないし、明日の朝になったら窓ガラスを全部割られてても不思議はない。ただその場合自分達がやったという証拠がないから、大したインパクトにならない」

「下らないけど大変なんだね」

「意外と割に合わないんだよ、傭兵は。余程あこぎにやるか、センスがないと」

 本当にこの人、何もやってないだろうな。




 スクーターを御剣君に任せ、自分はモトちゃん達と地下鉄で帰る。

 始発駅のため、ホームに滑り込んでくる地下鉄は誰一人として乗っていない。

 運転手さんは別だけどね。

 乗り込む客自体も少なく、我先にと争う事無く椅子へと座る。

「東回り、南部循環線発車します」

 これはアナウンス通り、名古屋市南部を循環する路線。

 座っていれば、後は勝手に神宮駅まで行ってくれる。


 程よい揺れと暗いままの景色。

 少しまぶたが重くなってくる。 

 御剣君の言う通り、寝てばかりだな。

「寝過ごすわよ」

 隣でささやいてくるサトミ。

 それは分かったけど、だったら起こしてくれれば済むんじゃないの。



 という訳で結局サトミに起こされ、神宮駅で降りる。

 この子に言えば、「神宮西駅よ」と訂正されそうだが。

 薄暗いホームを歩き、エレベーター前に到着。

「階段もあるよね」

「あるでしょうね」

 迷わずエレベーターのステップに足を掛けるサトミ。

 モトちゃんとケイもすぐに続く。

「ユウ」

「たまには動かないと駄目じゃない」

「また寝るだけでしょ」

 なるほどなと思いつつ、二段飛びで階段を駆け上る。

 エレベーターが真横にあるのに階段を上る人は今時いないらしく、行く手を遮る物は何もない。

「遅いぞ」

 3段とばしで私を追い抜いていくショウ。

 面白いな、それは。


 足首に力を入れ、姿勢を低くして速度を上げる。 

 歩幅の短さは、回転でカバー。

 深く踏み込まず、階段の端だけに足を掛けて滑るように駆け上がる。

 脚力では劣っても、走る速さは決して彼に負ける事もない。 

 すぐに後ろへ追いつき、スティックを伸ばして階段に突き立てる。

「よっと」

 それを伸ばし、軽く押して一気に5段飛ばし。

 ショウの姿はあっと言う間に後ろへ流れ、胸の空く少しの浮遊感がやってくる。

「よいしょっと」

 その調子で5段とばしを繰り返し、あっという間に地上へ到着。

 やれば出来るんだって、私でも。

「卑怯だろ」

「努力と言ってよね。そんな事言ったら、体格の時点で卑怯じゃない」

「もう一度、もう一度だ」

 階段の下を指さすショウ。

 やってやろうじゃないのさ。

「やらないわよ」

 横から聞こえる低い声。

 それもそうか。




 草薙高校へ到着し、自警局で一休み。

 というか、寝てしまう。

 本当、つくづく馬鹿な事をしたな。

「何がしたいの、あなたは」

「それは、私も知りたい」

 ホットミルクを飲み、まずは栄養補給。

 体に暖かさが染みこみ、心が癒される気分。

 後はお菓子でもあると言う事無いな。

「幸せそうですね」

 くすくす笑いながら、薄焼きのクッキーを机に置いてくれるエリちゃん。

 お礼を言ってそれをかじり、ミルクを一口。

 本当、幸せという以外に言葉が見つからない。

「向こうの学校はどうですか」

「あれこれうるさいね。何をやっても文句を言われる」

「草薙高校よりも厳しいと」

「間違いなく制約は多いと思うよ。規則としても、慣習としても」

 向こうに通っていた時は猫を被っていた。

 というか普通の生徒として振る舞っていたし、目に見えるようなトラブルは殆ど無かった。

 わざわざ暴れる必要もなく、結果制約はあってもそれを不便に感じなかった。


 だけど今回のようにガーディアンとして赴くと、話は違う。

 行動の一つ一つに枷が掛けられる感じで、身動きが取りにくい。

 ただ取りにくいだけで、動かない訳ではないが。

「結局草薙高校の方が合ってるのかもね。向こうが悪い訳でもないけど」

「この学校も制約はたくさんありますよ」

「気にしなければ良いだけじゃないの」

「はは」

 乾いた声で笑うエリちゃん。

 冗談で言ったつもりだが、彼女は真剣に捉えてしまった様子。

 つくづく、日頃の行いが身に染みる。

「エリちゃんも行ってみる?」

「時間があれば、いつか。他の学校を見るのも、参考になるでしょうし」

 殊勝な台詞。

 私とはそもそも発想の土台からして違う。

 ただこればかりは、今更やり直しようもない話。

 もう諦めてるので、嘆きもしない。

「さてと。一休みしたし仕事でもしようかな」

「北川さんが出かけるから、付いていってもらえますか」

「了解。ショウ」

「今行く」

 Tシャツ姿で近付いてくるショウ。

 夏だったかな、今。




 何となく私達と距離を置こうとする北川さん。

 私と距離があるのは分かっているが、ショウとも近付きたくないらしい。

 確かにこの時期になっても半袖は、ちょっと考えてしまう。

「どこ行くの」

「総務局。矢田局長の所へ」

「中止出来ない?」 

 怖い顔で振り返る北川さん。

 冗談も言ってはいけないらしい。


 以前とは違い、自警局と総務局自体もかなり近く。

 連合のように別な建物でもないため、すぐに到着。

 受付を済まし、すぐに奥へと通される。

「あー、昔は良くこの辺で揉めたな」

「あったな、そんな事も」

 しみじみ呟くショウ。

 北川さんは、何がという顔をする。

「私達は連合だったじゃない。だから生徒会の特別教棟に入る時点で、アポだIDチェックだって止められたの。その後も受付でチェックされたり、露骨に妨害されたり」

「されて、どうしたの」

「用事があるから、入ったけどね」

「そう」

 それ以上は深く尋ねない北川さん。

 さすがに賢明な判断だ。



 総務局長執務室の前。

 そこにたむろする数名の男女。

 正直あまり良い雰囲気を私達に向けてはおらず、自然とこちらも目付きが悪くなる。

「北川さんの知り合い?」

「生徒会にも、色んな人がいるのよ」

 知り合いではないが、誰かは知っている様子。

 それも、友好的ではない関係として。

「誰でも問題ないけどね。さっき言ったように、用があるなら入らせてもらう」

「そういう問題なの?」

「私は北川さんの護衛に来てるんで、それを妨害する人は排除するだけよ」

「まあ、今回はお願いするわ」

 意外に止めない北川さん。

 だったら仕事はやりやすい。

 自分達を信頼してくれるなのなら、相手が虎でも戦って見せよう。

 勿論本当に虎が出てきたら困るけど、気持ち的にね。


 どうも私は身長的にも視界に入ってないようなので、ショウを前に押し立てる。

 半袖のモデルもかくやという美少年。

 彼が目に入らない訳はなく、そこからにじみ出す敵意も当然伝わっているだろう。

「道を空けてくれ」

 いきなり男達を投げ飛ばしはしないショウ。

 この人も人間の出来方が、私とは違うからな。

「臆病者の息子が、何の用だ」

 昔ならこの時点で、床に血が溢れていた。

 だが最近はこういう挑発にも自重する。

 それを見越しての発言かも知れない。


 スティックを伸ばし、ふざけた事を言った男の喉元にその先端を押しつける。

 気道を圧迫し、呼吸自体を押さえ込む。

「臆病者以外は前に出て。私が相手になる」

「……俺が我慢したんだ。少しは堪えろ」

「嫌だ」

「もういい。そういう訳らしいから、戦いたい奴は前に出ろ。男でも女でも、容赦せずに叩きのめす」

 体を半身に開き、左肩を前に出して構えを取るショウ。

 私ならこの時点で逃げ出すか、すぐに謝る。

 しかし連中は何を思ったのか、私に喉を押さえられている男を残してニヤニヤと笑っている。

 余程頼りになる仲間でもいるようだ。


 それならこっちも、遊んでる暇はない。

 スティックを戻し、グローブを装着。

 息を整え、体を軽く温める。

「北川さん、本気出すよ」

「あれだけ自信があるんだから、警備員を連れてくるかも知れないわよ。大丈夫なの?」

「逃げた方が良いぞ、今の内に」

 北川さんの台詞に被せて話す男達の一人。

 だが喉を押さえてうずくまっている男は、少しずつ仲間から距離を置く。

 誰しも実際に危険な目に遭わないと、真実には気付かない。



 執務室のドアが開き、装備を身につけた警備員が数名現れた。

 銃と警棒。ゴーグルに、肩には端末。

 警察のような装備で、以前学内で見かけた警備員に似ている。

 もしかして再導入という話かな。

「こいつらが生意気なんで、ちょっと懲らしめてやって下さい」

「……そういう事はしませんし、俺達では勝てませんよ」

 意外な事を言い出す警備員。

 もしかして学校との抗争の祭、この学校に赴任していた事があるのかな。

「本当に落ち着いてね。俺達は何もしないから」

「それなら私も別に」

「大丈夫。不意も付かない。絶対に何もしないでね」

 両手を頭の後ろに組み、壁沿いに歩いていく警備員達。

 そういう事も、逆に止めて欲しいんだけどな。

「警備員を再導入するんですか」

「案としてはあるらしい。だけど、俺達は君達に逆らわないから。本当、何もしないでよ」

 最後は早足になって逃げていく警備員。 

 色んな意味で最悪だな。


「何なのよ、あれは」

「自業自得って事だ」

 腕をさすりながら呟くショウ。 

 それは私達に対して。

 何より、青い顔をして立ち尽くしている男達へと向けられる。

 今更追い打ちを掛けるのも馬鹿らしいが、警告はしておいた方が良いだろう。

「今度同じ事をやったら、一切手加減しない。それで、続きがしたい人は」

「あ、いや。その」

 口ごもりながら、さっきの警備員のように壁際沿いへ逃げていく男女。

 本当に、馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。

「雪野さん達ってすごいのね」

「私は別に。ショウがすごいのは認めるけどね」

「俺は何もしてないぞ。今回に関しては」

「あ、そう。それより私は、どうして警備員がここから出てきたかが気になるけどな」 

 開いたままの、総務局長執務室のドア。

 良い予感は少しもしないが、私の仕事は北川さんを守る事。

 彼女が中に入ったのなら、それに付き従うだけだ。



 当たり前だが私達を出迎えたのは、矢田局長。

 以前なら小谷君がいたり矢加部さんがいたりしたが、今は一人。

 ただ側近自体はいるはずで、たまたま留守にしてるのだろう。

 彼の意志に賛同するとか慕ってではなく、目的や利益が同じという意味において。

「先程の警備員について、詳細なお話を伺えますか」

 冷静な口調で質問を突きつける北川さん。

 ここへ来たのも、おそらくはそれが理由の様子。

 局長は事前に用意してあったらしい、警備会社のパンフレットを見せてきた。

「自警局をないがしろにする訳ではなく、負担を軽減するだけです。また生徒に過剰な権限を持たせるのは良くないと、学校からも通達が来ています」

「警備員の導入が何を呼び起こすかは、昨年来学んで来たはずですが」

「ああいった過激な行動は取りません」

「前回導入の際も、そう伺いましたね」

 改めての指摘。

 局長は押し黙り、彼女の視線を避けるように机の書類へ視線を落とした。

「とにかく我々自警局は、警備員の導入にはさらなる検討が必要と判断しています。強引な導入を行った際は、断固たる姿勢で臨みますので」

「それはあなたの」

「自警局のと申し上げました。当然元野さんと丹下さんとの共通認識。自警局としての総意です」

 軽くはねつける北川さん。

 彼女は話は済んだとばかりにきびすを返し、ドアへと歩き出した。


 そうなれば私も用はなく、スティックを抜いて警戒しながら彼女の前へ小走りで移動する。

「話はまだ」

「お前、少しは周りを見た方が良いぞ」

 忠告とも取れる台詞を残して彼の前から立ち去るショウ。

 私はそこまでの気持ちもなく、廊下に出て不審者をチェック。

 さっきの警備員が戻ってこないか警戒をする。

「大丈夫みたい。えーと、定時連絡か」

 この前の渡瀬さんを思い出し、端末でサトミに連絡。

 すぐに了承したとの返信が返ってくる。

「玲阿君って、矢田君の事は嫌ってると思ってた」

「あいつの立場は、多少なりとも理解はしてる。損な役回りではあるだろ」

「優しいのね、あなた」

 何となく甘くなる声。

 誰もが初めは、彼の外観に魅了される。 

 だけど側にいれば、それは本当にごく一部の事。

 彼の本質はその性格の良さ。 

 真っ直ぐでひたむきで思いやりのある所。

 北川さんの視線が熱くなるのも無理はない。

 私も、違う意味で熱くなってくるが。



 ただ私はショウとは違い、そこまでの理解は示せない。

 モトちゃんは今自警局長だが、矢田局長と同じ道は歩んでいない。

 つまりそれ以外の選択肢があった事の証明になっている。

 無論当時と状況は違うが、だとしてもやりようはいくらでもあったはず。

 言い訳をする余地はあまりない。


 何にしろ私は彼等を守り、立ちふさがる全ての物を排除する。

 それが私の使命であり、進むべき道。

 その事を改めて胸に刻む。













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