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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第41話
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     41-2




 スクーターを駐輪場へ停め、サイドミラーで身だしなみを整える。

 少しの緊張と少しの期待。

 草薙高校へ戻ってきた時と同じような気分。

 そう。戻ってきたという思いが、胸の中に広がっていく。

 向かう先は、名古屋港高校。

 私が半年間通っていた、もう一つの母校。



 以前は地下鉄で通っていたが、今回は万が一に備えてスクーターで登校。

 ただ学内に駐車スペースがないため、ショウに頼んで近くの駐輪スペースを借りてある。

 周りが高級車ばかりでかなり浮いているけど、私のスクーターが劣るとは決して思わない。

 などと、朝から浮かれている場合でもない。


 スクーターを走らせている間に学校はもう見えていて、後はそこに向けて歩くだけ。

 時折漂う潮の香り。

 名古屋港は本当に目と鼻の先。

 学校の高いところへ行けば、きらめく港を見る事だって出来る。


 やがて歩道に制服姿の男女が現れ、彼等は一定の方向と歩いていく。

 後はその流れに乗れば良いだけで、迷う心配はない。

 視界の先に見える正門。

 込み上げる熱い思い。

 改めて、戻ってきという実感がわき上がる。

「……ん」

 突然停滞する生徒の流れ。

 何があったか見ようと思ったが、身長の関係上見えるのは生徒の背中だけ。

 仕方ないので、前にいたお下げ髪の女の子に声を掛ける。

「何かありました?」

「柄の悪い生徒が、正門前にいるみたい。嫌ね」

「本当ですね」

 そう答え、車道に出て渋滞する生徒達を追い抜いていく。

 朝から大声で挨拶される方が、よほどましだな。



 彼女が言った通り、正門前に座り込んで騒いでいる男子生徒。

 制服は一応着ているが、地面には木刀やらペットボトルやらが無造作に転がっている。

 柄が悪い以前に品が無く、一番嫌いなタイプ。

 声を掛けるのも馬鹿らしいが、一応警告だけはする。

「みんなが迷惑してるから、そこをどいて」

「なんだ、お前。小学校は、もっと向こうに……」

 指を遠くへ向けた男の喉元に、足先で拾い上げた木刀を突きつける。

 それをじわりとめり込ませ、言葉を止めて汗を出させる。

「邪魔だって言ってるのよ。それとも明日の朝まで、ここで寝てる?」

「てめぇ」

 一斉に色めき立つ仲間達。

 鈍い反応だなと思いつつ、木刀を引いて肩に担ぐ。

 人数は5人。

 時間を掛ける程もない相手。

 一瞬で片付ける。

「落ち着けよ」

 頭の上に被せられる大きな手。 

 でもって木刀が持って行かれ、それが半分にへし折られた。

「木刀より腕の骨が固い奴はいるか」

 静かに尋ねるショウ。

 もしかしたらいるかも知れないが、それを試したい人間はいないだろう。

 実行されると分かっていて、言葉にするような人間は。


 それこそ蜘蛛の子を散らすように逃げていく男達。

 たわいないどころの話ではなく、ただこれは草薙高校でも同じ事。

 徒党を組んで虚勢を張っている連中は。

「朝から大活躍だな」

「自分だって。それで、どこ行けばいいの」

「職員室じゃないのか」

「ふーん」

 でもって、職員室ってどこだ。




 生徒達の不安そうな視線を受けながら、ショウの先導で職員室へ到着。

 草薙高校から持ってきた書類を渡し、一時的な転校の許可を得る。

「ガーディアン、ですか」

 ぎこちなく頷く、若い女性教師。

 周りにいた教師も、反応は似たり寄ったり。

 私達が、新たな不良グループくらいに見えているのかも知れない。

「ご心配なく。用が済めば、すぐ戻りますから」

 思い出すのは、以前研修に行った滋賀の事。

 そして、沢さんの話。

 フリーガーディアンや渡り鳥は、成果はどうあれ常に感謝される訳ではない。

 不良グループを一層出来るだけの実力の持ち主。

 それが居座った場合を勝手に想像され、恐れられる。

 まだ大した事をした訳ではないが、すでに兆候自体は見えている。


 半ば追い出されるように職員室を後にして、指定された教室へ向かう。

 廊下で待っていたサトミとモトちゃんも、私達の後ろに付いてくる。

「来てたのなら、中に入ってきてよね」

「暴れたのはあなた達二人でしょ」

「問題を解決したといって」

 渡された書類には地図も書いてあり、これなら私も迷わない。

 ここに通ってる間は、ずっと携帯した方が良いかも知れないな。



 すぐに指定された教室に到着。

 廊下には半笑いの若い女性教師が立っていた。

「久し振りね」

「ご無沙汰してます」

 軽く頭を下げ、私も少しだけ笑う。

 この学校に通っていた時の、担任の先生。

 穏やかで優しくて、生徒のためを思ってくれる人。

 この人の生徒で良かったと思える人である。

「5人くると聞いてたんだけど」

「一人遅れます」

「そう。それで、雪野さん達はガーディアンですって?なに、ガーディアンって」

「それは、またおいおいと」

 私達が正門で一暴れしたのは聞いてるはずで、今話すと誤解をされそう。

 いや。誤解では無いかも知れないが。

「分かった。だったら、放課後にでも」

 にこりと笑い、教室のドアを開ける教師。

 そこから漏れていた話し声がすっと静まり、手招きする彼女に従い中へと入る。



 教室に並ぶ見覚えのある顔。

 胸の奥が熱くなり、だけど言葉が出てこない。

 もどかしさと、一抹の不安。

 戻ってきた私を受け入れてくれるだろうかという。

「……という訳で、ちょっとした事情によりしばらく彼女達はこの学校に通います。みんな、仲良くしてあげて下さいね」

「よろしく」

 先生の言葉を受けて初めに口を開いたのは、背の高い女の子。

 私に通話をしてきた、この学校へ通っている間一番仲の良かった取手さん。

 彼女はなんの迷いもためらいもなく、私達を見て微笑んでくれている。

「よろしくお願いします」

 控えめな、だけと暖かい拍手。

 私はただそれに頭を下げるだけ。

 胸の熱さが、暖かさに変わるのを感じながら。




 一時限目が終わり、私達の周りに集まってくるクラスメート達。

 元々仲の良かった子達で、戻ってきた理由も大体知ってる様子。

 私がガーディアンというのは意外だったようだが。

「雪野さんが、何かするの?」

「するって、ガーディアンだからね」

「警備員みたいな事でしょ?」

 大丈夫?と言わんばかりの雰囲気。

 それは、私が一番思ってる。

「問題ないわよ。ユウは、今まで猫を被ってただけだから」

 くすりと笑い説明をするサトミ。

 それはむしろ、自分じゃないよ。

「試しに、腕相撲でもやってみる?」

 サトミの視線が向けられたのは、ソフト部の部長。

 決して大柄ではないが、キャッチャーだけあり体型は相当引き締まっている。

 腕の太さなんて、もしかしたら私の倍はあるかも知れないな。

「引き際は考えてね。怪我をしたら大変だから」

「私は良いけど。雪野さんは?」

「大丈夫。遠慮は要らない」

 どうしてサトミが答えるんだと思いつつ、机に肘を突いて手を握り合う。

 いかにもパワー十分といった手応え。

 単純な力だけの勝負なら、それこそ赤子の手をひねるように負けると思う。

「では、始め」


 いまいち気の抜けた合図と共に始まる勝負。

 手首に掛かる負荷。

 軽く引きながらそれを受け流し、手首を外側へ押す。

 大事なのはタイミング。

 少しでも間違えればこっちの手首を痛めるか、相手の手首を痛めてしまう。

 ただ比較的上手く行ったらしく、部長は何か声を上げて上体のバランスを大きく崩した。

「こういう事」

 私が何をやったのか全然分かってないと思うが、勝手に話をまとめるサトミ。

 女の子は戸惑い気味に私を見て、体に触れてきた。

「柔らかいんだけど」

「筋力は普通だから」

「何者なの、一体」

「一応、RASレイアン・スピリッツを習得してる」


 そう答えた途端、ざわめきが聞こえた。

 総合格闘技でも、知名度の高い団体。 

 中には学んでいる人もいるだろう。

「雪野さんが?」

「やってるだけで、強い訳じゃないけどね」

「そうよね」

 安心したように頷き合う友人達。

 サトミが物言いたげに見てくるが、それはこの際気にしない。




 昼休み。

 食堂は混雑するため、教室でお弁当を広げる。

 おにぎりとおかずとデザート。

 もしかしてリュックの半分は、これだったかも知れないな。

「美味しそうね」

 じっと見てくるクラスメート。

 あははと笑い、ショウに箸を渡す。

 でもって再びどよめかれた。

 何か、変な事でもやったかな。

「付き合ってるの?」

「誰が」

「何でも無い、こっちの話」

 寂しげに微笑んで去っていく男の子。

 意味が分かんないな。


「スープ飲む?」

「飲む」

 カップに注いだスープを一気に飲み干すショウ。

 おにぎりはすでに、半分平らげられた状態。

 おかずも卵焼きとアスパラの豚肉巻きは無し。

 ポテトサラダが、端の方に残ってはいるが。

「サラダも食べて」

「俺は肉が好きなんだ」

「もう一度言おうか」

「野菜って大事だよな」

 一口で、残っていた半分くらいを口にするショウ。

 私はおにぎりを一つ手に取り、少しずつ食べていく。

 後は残りを少しずつ食べればそれで十分。

「いつも幸せね」

 しみじみと呟くモトちゃん。

 やはり意味が分からず、しかし彼女も何でも無いという顔で首を振る。


 デザートの桃を出した所で、その意味にようやく気付く。

 教室で昼食を食べているクラスメートは大勢いる。

 友達同士もいれば、二人きりの子達も。

 男女で仲睦まじく。

 ただそんな彼等達でも、同じお弁当を分け合って食べてはいない。

「そういう事」

 今頃気付いたというか、草薙高校ではなんの疑問にも思ってなかった。

 改めるつもりも、今更無いけどさ。




 午後の授業も滞りなく終わり、HRが終わった所でリュックを背負う。

 帰りに、水族館でペンギンでも見てこようかな。

「どこに行くの」

 数歩歩き出した所で、サトミに呼び止められる。

 腕を小さく動かし、軽くアピール。 

「ペンギンを見に行ってる暇なんて無いわよ」

 さすがに長い付き合い。

 この程度の事で、私の行動を理解してくれる。

「暇って……。ああ、そうか」

「分かってくれて助かったわ」

 何とも皮肉っぽく微笑むサトミ。

 ちょっと忘れただけじゃない、ちょっとだけ。


 ただ草薙高校のように自警局がある訳ではなく、生徒会に行くのもちょっと気が引ける。

 少なくとも、私は。

 取りあえず教室に残り、意見を集約する。


 決まったのは、結局生徒会に行くという事。

 嫌な予感しかしないが、それはもしかすると偏見という可能性もある。

 もしかするといい人達ばかりで、私達を暖かく迎えてくれるかも知れない。

 と、今は楽観的に思っておこう。



 生徒会の部屋は、職員室のすぐそば。

 一般の生徒も普通に立ち入れる場所で、その点は安心。

 立ち入り禁止なんて注意書きもない。

「ノックするのかな」

「常識的には」

 こくりと頷くモトちゃん。

 でも彼女がノックする様子はない。

 仕方ないので、手を伸ばしてドアを軽く叩く。

 もしかして私が責任者で、全ての責任が最後にのし掛かってくるのかな。


 冷や汗をかいてる間にドアが開き、女性が顔を覗かせた。

 いかにもインテリっぽい、ただあまり親しみたくはない表情で。

「どなたですか」

「草薙高校の生徒です」

「ああ。ガーディアンとかいう」

 冷笑とでも言うのか。

 少なくとも歓迎はしていないし、受け入れる気もない態度。

 それとも学内で暴れてるという連中に対処する責任は、生徒会にないとでも言いたいんだろうか。


 私の気配を察してか、後ろに下げさせるモトちゃん。

 彼女は穏やかに微笑み、ここに来た事情を簡単に説明した。

「私達だけで独自に行動するのも問題が多いかと思い、ご挨拶に参りました」

「ご丁寧にありがとうございます。ただ騒ぐ程の事では無いですし、皆さんの手を煩わすつもりもありません」

「ああいった集団に対して、有効な対抗手段をお持ちですか?」

「たかが不良グループでしょう。生徒達は恐れているようですが、運動部の有志が彼等を鎮圧すると言っています。すぐに終わりますよ」

 さっさと帰れと言いたげな口調。

 モトちゃんは改めて微笑んで、軽く頭を下げた。

「私達は職員室へ挨拶に行きますので、何かありましたらご連絡下さい」

「ええ。何かあったら」

 すぐに閉められるドア。

 もう一度叩こうと思ったが、馬鹿馬鹿しくて止めた。

 やっぱり来るんじゃなかったな。



 職員室の隅にある応接セットでお茶を飲み、揚げせんべいをかじる。

 結局思った通り。

 中学校であれ高校であれ。

 またどの学校であれ、生徒会とは相性が悪い。 

 彼等とは、相容れない。

「いいじゃない。自信があって」

「自信だけでもね」

 モトちゃんの言葉へ、辛辣に被せるサトミ。

 それは同感で、本当に彼等だけで対処出来るなら友達も私へ連絡を取らないはず。

 今朝も正門で、嫌な思いもしなかっただろう。

「まったりしてるけど、大丈夫なの」

 笑い気味に声を掛けてくる担任の先生。

 大丈夫ではないと思うが、やる事が無い以上仕方ない。

 また、丁度良い機会。

 私達の事も少し説明させてもらおう。



 ガーディアン制度と、私達の事。

 そしてここに来た理由を説明。

 担任は未だに半信半疑と言った顔。

 視線は主に、私へと向けられる。

「雪野さんも、何かするの?」

「一応ガーディアンなので」

「運動が得意なのは知ってるけど。何をするの」

 どこへ行ってもされる質問。

 そんなに私って、頼りにならないように見えるかな。

「ユウは先生が思ってるよりもすごいですよ。ただ小さいだけではありません」 

 笑い気味に説明するサトミ。

 でもそれって、フォローになってるのかな。

「だといいけど。でも未だに不良とかっているのね」

「先生の頃には?」

「私が高校生の頃は戦後の混乱期で、そのピークだったのかな。ガーディアンとは呼ばれてなかったけど、生徒の自警組織はあった。その頃は、どっちもどっちみたいな扱いをされてたけど」

 これは少し耳の痛い話。

 私も当時の彼等を笑えはしない。




 どちらにしろやる事も無いのでプリントを取り出し、宿題を始める。

 いきなり数学で、しかも草薙高校とは少し違う内容。

 高度ではないが、私のあまり知らない部分。

 となれば、私にとっては高度な内容とも言える。

「大して難しくないでしょう」

 二次関数をあっさりと解き、プリントに整然と数式を書き込んでいくサトミ。

 私も時間を掛ければ解けるかもしれないが、サトミのように作文のようなペースで書くのは不可能。

 本当数学って、恨みしか買わない教科だな。

「頑張ってるかな。……これ、君が?」

「ええ」

 静かに答えるサトミ。

 この宿題を出した教師は彼女のプリントを手に取り、「ほぅ」と小さく呟いた。

「授業ではやってない部分も乗せたつもりだけど」

「応用すれば解ける問題ですよね」

「まあね。ふーん」

 妙に感心する教師。

 私は授業でやった部分すら解けてないので、感心するどころの話ではない。


「数学は苦手って言ってなかった?」

「1学期まではそうでした」

 さらっと答えるサトミ。

 彼女こそ、この学校では猫を被っていた。

 理系は苦手で、それ以外の教科もごく普通。

 平均点良し少し上といった所をキープ。

 容姿以外では目立たない存在で、物静かな美少女という印象を大抵の生徒や教師は持っていたはず。

 少なくとも、一瞥しただけで数学の問題を解いていく生徒ではなかった。

 私はどちらにしろ解けないんだけど。



 何となく遠巻きに私達の様子を窺う教師達。

 以前ここに通っていていた時も、サトミとショウは目立っていた。

 あくまでもその外見。

 容姿において。

 今は明らかにそれだけではない注目のされ方。

 サトミは特に、以前とは違う異質な壁を自分の周りに構築しつつある。

「愛想がないわね」

「楽しくもないのに笑っていられないでしょ」

 素っ気なく返すサトミ。

 モトちゃんは肩をすくめ、お茶を持ってきてくれた若い女性教師に微笑みかけた。

「お気遣い無く。場所さえ教えて下されば、私達でやりますので」

「あなた達も傭兵っていう、あれ?」

「それに対応する学内の組織だとお考え下さい。いわゆる不良グループや学内の治安を乱す者全般についてもですが」

「変な事をしてるのね」

 妙にしみじみ語られた。


 ただ冷静に考えれば、その通り。

 私にしろモトちゃんにしろ、結局のところは普通の女子高生。

 生徒を取り締まる権限を持っている事自体、かなり異常。

 最低限、その自覚は持つべきだろう。



 なんて真剣に考えてると、猫背の男が視界によぎった。

「……もう、帰る時間だよ」

「俺は高校卒業資格を持ってるんだよ。授業を無理して受ける必要はないんだ」

「明日、朝に来なかったら覚えておいて」

「俺は自由なんだ。誰にも縛られないんだ」

 取りあえずショウへ視線を向け、彼を床に転がし指錠をはめる。

 いきなり縛られてるじゃない。

「……誰、これ」

「浦田圭。彼等と同じ転校生ですよ」

 床に転がったまま俯せで答えるケイ。

 その冷静な受け答えが、より一層気味悪さを演出するな。

「とにかく俺が来たからにはもう安心。大船に乗った気でいて下さい」

「何かの冗談、それって」

「後で分かります。ああ、あの子は見た目は地味だけど良い仕事をしたなって」

「どうでもいいけど、そこはさっき牛乳こぼしたわよ」

 一言言い残して去っていく女性教師。

 ケイは横に転がり、指錠を例のスプレーで溶かして立ち上がった。

「で、一人くらいは捕まえた?」

「朝見かけただけで、そもそも出会ってない」

「仕方ない。巣穴を探すか」




 学内の簡素な地図片手に、廊下を歩いていくケイ。

 特に当てがあるようには思えず、ただ無意味な行動をするタイプでもない。

「私達を囮に呼び寄せるつもり?」

 静かな口調で尋ねるサトミ。

 ケイは地図に視線を向けたまま、微かに頷いた。

「狭い学校。5人も同時に転校してくれば嫌でも気付く。向こうは向こうで様子見してるんだろ」

「あまり賢くない方法ね」

「それはお互い様さ」

 鼻で笑い、足を止めるケイ。

 周りには何もなく、普通に廊下が続くだけ。

 ここで止まる理由がない。


 何気なく後ろを振り向くと、数名の男女が気まずそうに私達を追い抜いていった。

「それっぽいのかな」

 確証はないが、雰囲気としては少し普通の生徒とは違う。

 また私達を気にしているというより、警戒している感じ。

 気に留めておいた方が良いのは確かだろう。

「後は任せる」

 そう言って、地図をしまうケイ。

 こんな所で任せられても困るが、確かにここから先は私達の仕事か。

「ショウ、気付かれないように付いていって」

「分かった」

 すぐに頷き、連中の後を追うショウ。

 見た目は非常に目立つ人だが、隠れて後を追う事が苦手な訳でもない。

 場合によっては、建物の外からでも追ってくれるだろう。




 職員室で地図を広げて待っていると、ショウから連絡が入った。

 連中は今は使われていない古いプレハブ小屋に集まっているとの事。

 どうしてもこういう場所を好むのか、こういう場所以外に居場所がないのか。

 ただケイの言う巣穴は、取りあえず一つ見つかった。

「ここを襲うも良し。他の連中を追い込むも良し。気になる点はいくつもあるけど」

「何、それ」

「学校が放置してる点、生徒会が無力な点。前も言ったように、草薙高校へ来ない点。ただ連中にどんな思惑があっても関係ない。ここで全員潰せば終わる」

 あっさりと、なんの気負いも無く告げるケイ。

 ただそれは彼が言う通り。

 私達が、連中の考えに付き合う必要はない。

 何かをする前に叩きのめせば良いだけの話だ。



 気付けば下校時間。

 草薙高校ではまだこれからだが、この学校ではここが限界。

 私達も残ってはいられず、荷物をまとめて職員室を後にする。

 つまり今日はここまで。

 後は、明日以降に持ち越しとなる。


 日の明るい内とは行かないが、夕暮れが私達を染めるくらいの時刻。

 正門へ続く並木道には、部活帰りらしいジャージ姿の生徒が少しいるだけ。  

 後は私達くらいしか見当たらない。

「終わるのが早いのね」

 意外そうに呟くモトちゃん。

 草薙高校なら、場合によっては学校へ泊まり込むくらい。

 それが普通だと私達は思っていたが、それは草薙高校を基準にした場合。

 学校によって、何が普通かは当然のように異なってくる。

 ただ何が正しいかはきっと一つのはず。

 そう思いたい。




 時間をもてあました訳ではないが、そのまま草薙高校へとやってくる。

 こちらはやはり、まだまだこれからといった雰囲気。

 さすがに昼間ほど生徒の姿は見当たらないが、下校時間はまだ先。

 廊下には生徒達が普通に行き来し、忙しそうに走り回っている人も珍しくはない。

「どっちがいいんだろうね」

「早く帰った方が良いのは確かじゃなくて」

 腕時計に視線を向けながら呟くサトミ。

 向こうの学校で、下校時間を告げられて草薙高校へ移動。

 それでもここでは、下校時間はまだ迎えていない。

 さらに下校時間を過ぎても学校へ残るのは可能。

 一度外を見てしまうと、カルチャーショックではないが考えさせられる事も多い。


 自警局を尋ね、木之本君に話を聞く。

 特に今のところ、問題はないとの事。

 トラブルが数件ある程度で、至って平和。

 ある時点で平和では無いんだろうけど、その辺も感覚が麻痺してるのかも知れない。

「何もなくて良かったね」

 全く何も無かった訳ではないが、大きな混乱がなかったのは確か。

 彼も穏やかに微笑むというものだ。


 またあの学校の雰囲気は、どちらかというと彼向き。

 私が通っていた頃は大きな波風もなく、日々平穏。

 ゆったりと時だけが流れていた気がする。

 それが彼の性格や生き方に合ってると思う。

 ただかれは草薙高校でこれでもかと言う程頼りにされているので、決して叶わない夢ではある。

 何よりあと半年で卒業。

 彼だけではなく私も、さすがに今更戻るというのはかなり気まずい。

「浦田君は?」

「あの子、夕方から来てた」

「良くないね」

「制裁でも加えてよ」

 私の言葉に、「あはは」と笑う木之本君。

 彼は冗談だと思ってる様子。

 ただ私は至って本気。

 やると言えばやる女だ。



 まずは彼を呼び、次に質問。

 正座には、まだ早いか。

「卒業資格も何も関係ないでしょ。さっきも言った通り、明日は朝から来てよ」

「イルカ学校に興味はないんだ」

 だからそんな名前じゃないって言うの。

 というか、やけに関心がないというか興味を示さないな。

 元々他人に構わないタイプではあるが、今回はその振り幅が逆に大きい気もする。

「何で興味がないの」

「同じ答えになるけど、ユウ達が気にするような相手じゃない。もし背後に誰かがいても同じ。小物だよ、小物」

「大物だったらどうするの」

「ネズミから見れば、野良犬でも大物だろ。でも、虎から見れば小物だよ」

 分かったような分からないような例え。

 大体虎ってなんだ。

「私達が虎って事?」

「この学校は虎とか狼とか熊がごろごろしてるから、自分の実力が測りにくい。でも、外に出ればすぐに分かる。虎や狼なんて、街中を歩いてないって」

「私は普通だよ。ショウは知らないけど」

「そういう自覚の無さが、むしろ怖いんだ。向こうの友達に怖がられた後では遅いぞ」

 珍しい、忠告めいた言葉。


 怖がられる、か。

 これは私も、薄々感じていた事。

 だから夏休み前は、RASを習得しているとは明かさなかった。

 それはサトミやショウも同じ。

 もしありのままの私達を示したとして、彼女達が私達を受け入れてくれたかどうかは疑問が残る。

 ああした楽しい学校生活を送れたかどうかも含め。 



「ユウ、付いてきて」

 バインダー片手に私を呼び寄せるモトちゃん。

 どうやら、どこかへ出かける様子。

 背中のアタッチメントにスティックを装着し、端末もポケットに入れて準備を整える。

 そんな大げさな話でもないが。

「ショウ」

「ちょっと忙しい」

 部屋の隅で段ボールを積み上げてるショウ。

 何が忙しいのか知らないけど、他の人では難しそうな仕事。

 というか、天井に届くんじゃないの。

「御剣君は?」

「1年生の指導に出かけてます」

 各幹部のスケジュールを卓上端末の画面で示してくれる神代さん。

 空いているのは、渡瀬さんか。


 端末で呼び出すと、あまり楽しそうでは無い顔でその渡瀬さんが現れた。

「屋根には登りませんよ」

 余程前回の件が懲りたのか、まずはそこから入られた。

 私もさすがに、今から登るつもりはない。

「そうじゃない。モトちゃんが出かけるから、護衛に付いてきて」

「分かりました。準備をしますね」

 まずは警棒と端末を確認。

 カメラと予備の端末。

 よく分からないが、ウェストポーチも腰に付けた。

「そんなにあれこれいるの?」

「雪野さんは必要ないと思いますよ」

 うふふと笑う渡瀬さん。

 そう言われると、自分の軽装備が間が抜けてるように思われる。

 とはいえあれこれ持つ程の体力もない。

 朝からお弁当を運んで疲れたし。



 結局何も持たないまま自警局を出発。

 渡瀬さんもそれらの装備は、あくまでも万が一のため。

 常時携帯している訳ではないらしい。

「これだけあれば、一人でも対応出来ますからね」

「警棒と端末さえあれば大丈夫じゃないの」

「そうなんですけど。無くて困る物でもないですし」

 にこりと笑い、端末で現在位置を連絡する渡瀬さん。

 多分マニュアルに沿った行動で、そう言う文章を読んだ事はある。

 実行した事は、あまりないが。

「で、どこ行くの」

「職員室」

 この時点で引き返したくなってきた。

 少なくとも今日は何もしてないが、何も言われないとは限らない。

 いっそ、あのまま家に帰れば良かったな。



 幸い何事もなく職員室へ到着。

 モトちゃんはバインダーに挟んでいた書類の束を村井先生に渡し、決済のサインをもらった。

「あなた、名古屋港へ行ったんでしょ」

「早く終わったというか。向こうの下校時間が早かったので、様子を見に来ただけです」

「確かにこの学校は、遅くまでやってるわね。経費がかさんで仕方ないわ」

 ちらりと覗く、経営者としての顔。

 そう言われてみれば、多分電気代だけでも馬鹿にならないんだろう。

 ただ、今更という気はしないでもないが。

「さてと、私もそろそろ帰ろうかしら」

「え?」

「え、じゃないの。私も就業時間は過ぎてるの。残業してるのよ、残業を」

 指さされる壁に掛かった大きな時計。

 視力が低下しているためはっきりとは見えないが、サラリーマンなら帰宅時間を過ぎているのはよく分かった。

「あなた達も程々にして帰りなさいよ。というか下校時間自体を、もう少し早く出来ないの?」

「一度生徒会に諮ってみます。ただ、どうしても片付かない仕事もありますので」

「もう少し、外部委託が必要みたいね。それはまた明日にでも話し合いましょう」

 今から、とは言わない村井先生。

 こういう決断の早さというか割り切りの良さは助かるな。

 出もしない結論のために、日の出を見る気は私もない。




 ここに留まる理由はなく、挨拶を済ませて職員室を出る。

 すぐスティックへ手を伸ばし、周囲を確認。

 漠然とした敵意を感じ、渡瀬さんに視線を向ける。

「応援を呼びますか」

 即座に私の意図を読み取ってくれる渡瀬さん。

 少し思案し、連絡だけ入れてもらう。

「大丈夫だとは思うけど、早く戻ろう」

「誰もいないわよ」

 のんきに呟くモトちゃん。

 私の視界にも、不審な人影は見えていない。

 ただ敵意は依然として、感じている状態。

 あくまでも私達から見えないだけで、隠れる場所はいくらでもある。


 モトちゃんを間に挟み、早足で廊下を歩く。

 やはり不審な人影は無し。

 ただ緊張も集中力も、決して長く続く訳ではない。

 そこを狙われたら危ないな。


 相手の思惑がまさにそれだったのか。

 生徒会のフロアへ到達する寸前で背後から足音が迫ってきた。

 同時に廊下の窓が開き、数人の男が飛び出てくる。

「元野だな」

 警棒を担ぎながらにやつく男。

 気付けば周囲を囲まれ、絶体絶命の状況。

 迂闊としか言いようがない。

 私達が、ではなく。

 この連中が。


「まずは武器を、床……」

 肩にスティックを当ててバランスを崩させ、倒れたところで脇腹にロー。

 仲間が動揺したところでわずかな囲みを突破。

 モトちゃんの手を引いて走る。

 伸びてきた連中の手を渡瀬さんが後ろから警棒で叩きのめし、後続を断つ。

 後は適当に距離が開いた所で足を止め、息を整えて周囲の状況をゆっくりと見極める。

 襲うなら、あれこれ話す必要はない。

 相手を倒す。ただそれだけに集中すれば良いだけ。

 能書きは、その後でいくらでも言う事が出来るんだから。




 自警局へ戻り、渡瀬さんが撮影していた映像をデータベースで確認。

 不良グループの一員だとすぐに判明する。

 手口は杜撰で、計画性も皆無。

 本人達は違うと言うのかも知れないが、これで目的が達成されるなら誰も困りはしない。

 というかこんなやり方では、自分達の首を絞めて終わるだけだ。

「何がしたいのかな」

「元野さんを捕まるなりその護衛を倒すなりして、名を上げようと思ったんでしょう」

 醒めた口調で説明する真田さん。

 取りあえず襲われた理由は分かった。

 あくまでも彼女の推測だが、多分間違ってはいないはずである。

「たまにいるけどさ。そういう連中は、過去に成功した試しってあるの?」

「成功しないから、いつかはと夢見てるのでは」

「ふーん」

 それが可能なだけの実力と人数。 

 計画性があるのなら話は別。

 だがあれでは単なる自殺行為。

 今回のように襲おうとした証拠を残しただけで、後は処分を待つしかない。

 本人達は何も得る物はなく、何をやりたいのか全く分からない。

 そこまで考える人間なら、そもそも襲ってこないのかも知れないが。


 そんな事は全く顧みられもせず、それぞれの仕事に戻る真田さん達。

 モトちゃんも執務室へこもり、私は再び暇になる。

「いいや。帰り支度でもしよう」

 終業時間はもうすぐ。

 机の上に出していたわずかな私物をしまい、時計を確認。

「……ああ、スクーター」

 名古屋港まではスクーターで出かけたが、ここへ来るのは地下鉄。

 完全に忘れてた。

「あの駐輪場って大丈夫?」

「セキュリティは保たれてるし、いつまで使ってても問題ない」

 大きなゴムまりを握りつぶしながら答えるショウ。

 多分私は、握る事すら難しいだろうな。

「明日はサンドイッチの方が良いかな。軽いし」

「無理しなくても良いぞ。コンビニで買ってきても良いんだから」

「味気ないでしょ。それだと」

「それは、まあ」

 何となく照れ気味に頷くショウ。

 私も少し気恥ずかしくなり、ぺたぺた彼の肩を叩く。

 幸せって多分、こういう時を言うんだろうな。


 でもって、不幸はこういう感じで迫ってくるんだろうな。

「恋愛って、この世を滅ぼす悪行の一つだと思うんだ」

 真顔で呟きながら、さっきの連中のデータを見せてくるケイ。

 ただ見ても連中が誰かは分からず、単なるプロフィールと変わりない。

「昼というか、夕方の続きの話をしようか。名古屋港に来てる傭兵は、結局こいつらと大して変わらない。多少計画性があるように思えるだけで」

「そんなので傭兵としてやっていけるの?」

「連中はイナゴみたいなもの。成功しても失敗しても、すぐに次の学校へ移る。毎回成功する訳じゃないし、端から見てるほど楽な仕事じゃない」

 別に楽な仕事とは思わないし、そもそも仕事なんだろうか。 

 そんな私の疑問をよそに、ケイは話を続けた。

「何度も言うけど、大して気に留めるような連中でもない。ただ自分達のレベルを知るには良い機会かな」

「そんなに大した事無いって言うの、私は」

「俺も始めはそう思ってた。でも、春からあちこちの学校を点々として考えが変わった」



 彼は今年の春から渡り鳥として全国各地を渡り歩いてきた。

 だから傭兵については詳しく、私達とは彼等に対する見方も違う。

 好意的かどうかはともかく。

「舞地さんとか名雲さんみたいなレベルの人間と出会うかなと思って、それなりに緊張もしてたし警戒した。でも、そんな人間には一人も出会わなかった。少なくとも、傭兵には」

「そうなの?」

「伊達にワイルドギースだトップチームだとは呼ばれてなかった。というか、あの人達は例外中の例外。相当に珍しいよ、あのレベルは」

 多分褒めてるんだとは思う。

 それはつまり、傭兵全体の質は低いという事になる。

 私も彼等を過大評価しすぎているんだろうか。

 ただ傭兵や渡り鳥は、即舞地さん達のイメージに直結。

 過剰に考えてしまうのは仕方ない。

 それはケイも認めている事だ。




 ぼんやりしている内に、終業時間。

 帰る支度はしてあるので、リュックを背負って自警局を出るだけ。

 毎日思うけど、今日も何もしなかった気がする。

 充実した日々を熱望してる訳ではないが、必要とされない自分もそれ程は求めていない。

 ただそれは、私の考え。

 私が暇ならそれだけ学内の治安は安定してるはず。

 今は、そう好意的に解釈しておこう。


 バスを降り、家ではなくてスーパーに向かう。

 明日のお昼はサンドイッチ。

 贖罪を多少は揃える必要がある。

「ふーん」

 閉店間際のためか、パンは軒並み半額。

 取りあえず一斤買って、具材を探す。

 ハム、チーズ、ポテトサラダ、レタス、ソーセージ。

「まあ、これでいいか」

 朝から手の込んだ物を作るのも面倒で、あらかじめ出来ているハンバーグを一つ。

 家に帰れば卵くらいあるだろうし、あまり買っても持ち帰れない。

 後は自分のデザート用に、牛乳プリンでも買うとしよう。



 家に帰り、食材を冷蔵庫に収めてコンロに掛かっていた鍋を覗く。

 中華スープが少し底の方に残っていて、それをお玉で一口。

「行儀悪いわね。お皿で飲みなさい」

「もういらない。それとそのパン、明日のお昼だから使わないでよ」

「あなたも変なところでマメね。学食でパンを争って買うのが、また楽しいんじゃないの」

「別に楽しくはないでしょ」

 というか争ってる間に押しつぶされるか、はじき飛ばされる。

 少なくとも、そういう争いに勝つ体には出来てない。

「お弁当作るなら、早く寝なさいよ」

「お風呂に入って、宿題をやったらね」

「変なところで真面目なのね。誰に似たのかしら」

 別に変ではないと思うが、お母さんの基準と外れている様子。

 これは多分、お父さんからの遺伝だろう。


 いつもとは違うリズム。

 それによって考える、いくつもの事。

 一つずつ、それを考え片付けていこう。

 少しずつでも一つずつ、確実に。













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