40-8
40-8
執務室ではやる事がないので、御剣君の所へ行ってみる。
書類の整理は終わったらしく、今は警棒を磨いている最中。
でもって私を見て、軽く会釈をしてきた。
「今は何も無いので、休んでて下さい」
「普段、七尾君と何してるの?」
「パロトールに出たり、後輩を指導したり。普通の事をやってます」
「後輩、指導」
その単語を繰り返し、思わずショウと視線を交わす。
彼は2年生なので、1年生は当然後輩。
指導をしてもおかしくはない。
ただ彼とそれとが、いまいち結びついてこない。
「私も連れて行ってよ、その指導に」
「良いですけど、何もしないで下さいよ」
「どういう意味」
「大した意味ではないんですけどね」
Tシャツとスパッツに着替え、トレーニングルームへとやってくる。
すでに後輩のガーディアンも集まっていて、アップも済ませた様子。
彼等は御剣君の姿を見ると、一斉に姿勢を正して敬礼をした。
「どう、これ」
「俺達には無理だな」
あっさり白旗を挙げるショウ。
ガーディアンの指導は経験が無い訳では無い。
ただここまで統制を取り、尊敬を集めるのは不可能。
理由はいくつかあるけれど、最も大きいのは私達に厳しさが欠けているから。
ショウはまだしも、私には絶対無理。
どうしても縦よりも、横のつながりを求めてしまう。
今までは、それで問題ないと思っていた。
でも本当に後輩のためになるのはどちらなのか。
この光景を見ていると、ふと考えさせられてしまう。
私も思いをよそに、御剣君は返礼をしてガーディアンに私達を紹介する。
「このお二人は俺の先輩で、草薙高校において最も優秀なガーディアンだ」
……ちょっと言い過ぎじゃないの。
しかもその言葉を真に受けて、後輩達の瞳が輝き出してるし。
「中にはお二人の事を知ってる者もいるだろうから、詳細な説明は省く。失礼の無いよう、今日一日を過ごすように」
「はいっ」
綺麗に揃う返事。
説明がないのは非常に助かるというか、彼の配慮に感謝する。
もし説明でもされた日には、優秀なガーディアンという肩書きは一瞬で消え去ってしまうから。
「まずは3人一組で拘束訓練。お二人は、しばらく見学してて下さい」
統制も取れているが、練度も高い。
無論個々の技術や体力に差はあるが、全員基本的なラインはクリアしている。
隊長を任せても問題ないレベルで、それにただ圧倒される他無い。
「すごいね」
「素質あるのかな」
素直に感心しあう、私とショウ。
たまたま優秀な人間が集まった。
もしくは元々優秀だったという可能性も無くはない。
それでもこれだけの人数がいれば、ガーディアンとしては十分学内の治安を維持出来る気もする。
人数もだが、私の考えではガーディアン一人一人の能力。
そして何より、気構えが重要だと思う。
彼等にはそれが備わり、身に付いている。
少数精鋭主義が、私に身に付いてるとも言えるが。
安心なのは、こういう時に良くいる人間がいない事。
ショウや御剣君に突っかかったり、一人輪を乱して無茶をするような人間が。
それも込みで、御剣君が指導しているのかも知れない。
「ある意味理想なのかな」
「何が」
「ガーディアンとしては、全体としてこのくらいの規模で」
「学内をカバー出来ないだろ。狭くなったと言っても、結構広いぞ」
私の言葉に苦笑するショウ。
確かに、今体育館内にいるガーディアンは50人程度。
以前の学内なら、オフィスに一人しか配置出来ない。
今でもそれは似たような物になる。
「オフィスって形態を取るから駄目とか」
「PBがあるから、犯罪を抑制してるって話もある。それと同じじゃないのか」
「なるほどね。ただ、やっぱりガーディアンは減らした方が良いと思う。全員が、このくらいのレベルなら」
最終的にはやはり、そこ。
能力と気概さえあれば、私が思ってる以上の削減は可能。
個々への負担も、それ程掛からないはず。
これは一度、モトちゃん達とも相談してみよう。
それにしても、後輩に教えられてばかりだな。
隅の方で膝を抱えて眺めていると、御剣君が近付いてきた。
「済みません。暇でしょう」
「そうでもないよ。色々、参考になる」
「お前、偉いな」
「はい?」
声を裏返す御剣君。
私達から褒められるのが、そんなに意外だったのかな。
「普通に指導してるし、全員素直だし。素質あるな、お前」
「それこそ普通だろ」
「いや、俺達には無理だ。そういうタイプじゃない」
「はぁ」
戸惑いながらも頷く御剣君。
人の事は言えないが、この人も褒められ慣れてないな。
それは勿論、自分達の過去の行動に問題があるんだけど。
「御剣さん、終わりました」
息を弾ませながら報告に来る女の子。
私ならにこりと笑って済ます所だが、御剣君は静かに頷き待機するよう指示を出した。
「冷たいね」
「いや。これこそ普通でしょう」
「じゃあ、私が甘いのかな」
「そこはどうとも」
曖昧に逃げる御剣君。
やっぱり私は向いてない。
そう考えると、RASのインストラクターはどうなんだと思ってしまう。
でも厳しいインストラクターもどうかと思うし、私が目指しているのはもっと小さい子供相手の指導。
その場合はむしろ甘い方が良いと考えてるので、大丈夫。
だと思いたい。
「雪野さん達も何かやります?」
「言われれば、何でもやるよ」
「……後が怖いので止めておきます」
一体、何をやらせようとしてるんだか。
整列したガーディアンの前に再び立ち、御剣君の話を後ろから聞く。
意外にそつがないというか、いかにもコーチと言った口調。
強面なタイプだけに、やっぱり向いているかも知れないな。
「四葉さん、お願いします」
「ああ」
彼が頷くと同時に、ガーディアンの中から出てくる大男。
三島さんを思い出すような、バランスの取れた巨漢。
ショウも決して小さい方ではないが、この体格の前には華奢にすら感じる。
「本物をその目で見て、よく学ぶように。……始め」
ゆったりと腰を落とし、左手を前に出して構えるショウ。
ケースにも寄るが、大抵は待つタイプ。
特に今回は指導が目的なので、自分から攻める事はしないんだろう。
牽制気味に飛んでくるジャブ。
それを肩で受けるショウ。
当たってダメージがある程でもないが、避けられない速度でもない。
御剣君が持ち上げた割にはこの程度。
少し失望した空気が、ガーディアン達に流れ出す。
彼を知らないガーディアン達からは。
見れば中等部で一緒に過ごしてきた子もちらほらと見える。
彼等は至って真剣。
むしろ冷や汗をかいているかも知れない。
決定的なダメージは受けないが、攻められる一方のショウ。
自分からはジャブとローを出す程度。
それも相手の体格に阻まれ、有効な打撃とは至らない。
「これで良いの?」
「俺が口出しする事ではないでしょう」
「大人だね」
「だと良いんですが」
苦笑する御剣君。
少なくとも今日一日で彼のイメージはかなり変わった。
普段の彼はやはりがさつで、昔通り。
ただガーディアンとしてなら、すでに私達を遙か追い越している。
その間も、ショウと男の子の攻防は相変わらず。
あくまでも防御に徹し、大きくは動かないショウ。
男の子は少し焦れてきたのか、逆に動きが大きくなる。
派手な技が繰り出されるが、それはやはり全てブロック。
ショウは避けずに、受け続ける。
「ちっ」
ミドルからハイへベクトルを変えるキック。
その動きを見きり、腕でガードするショウ。
かなりの勢いだが彼の体がずれる事はない。
さらに言ってしまえば、立ち位置が殆ど変化する事はない。
もし映像で撮っていれば、それはよりはっきりと分かっただろう。
「せっ」
打撃を諦め、半ば強引なタックルに出る男の子。
ショウはわずかに腰を落とし、それを受け止め脇の下に手を差し入れる。
何がと思う間もなく男の子の体が浮き上がり、足が天井を向く。
しかし床へ体が叩き付けられる事はなく、ショウはそっと彼の体を床へ転がした。
「そこまで。四葉さん、ありがとうございます」
「いや。俺では力不足だったな」
はにかみ気味に謙遜するショウ。
今の光景を見てそれを信じる者などおらず、床に転がされた男の子は呆然としている。
この体型。そして能力。
それなりの自信はあったはずで、場合によってはショウを倒す気もあったと思う。
だけど実際は、その実力差をこれでも言うかという程見せつけられた。
それは彼だけでなく、今の攻防を見ていたガーディアン全員にも言える。
ショウは全ての攻撃を受け止め、それをしのいだ。
圧倒的な実力差があるからこそ出来る事。
ガーディアンとしてそういった行為は必要ないが、現場にいる以上体術は必要不可欠。
強さは絶対的な武器であり、身を守る術でもある。
ガーディアン達の、ショウを見る目付きが自ずと違ってくるのも当然といえる。
「雪野さんはどうです?」
「私は見てるだけで良いよ。何も出来ないし」
あちこちから感じる、嘘だろという視線。
それは中等部からの繰り上がり組ばかり。
言いたい事は色々あるが、今はさすがに自制する。
「そう仰らずに。今度は俺とどうです」
「御剣君と?」
これは少しやりにくいな。
変にやりすぎて御剣君のメンツを潰しても悪いし、逆に一方的に彼が私をいたぶるのも印象が悪い。
勿論、いたぶられる気はないんだけど。
「それもどうかと思うけどね」
「助かりました。では、彼とお願いします」
そう言って、さっきの男の子を呼び寄せる御剣君。
今の台詞は、後でじっくり確認するか。
体格的には、まさしく大人と子供。
ショウと比べても大きかったのに、私と比べればどうなるかという話。
たださっきまで冷静だった顔に、若干不満の色が見て取れる。
一つはショウに完敗した事。
もう一つは、私みたいな小さい女の相手をさせられる事か。
いくら統制が取れ規律があると言っても、そこは人間。
少しは安心した。
「雪野さんも、たまには本気で」
「本気って、どの程度」
「骨は折らない程度にお願いします」
どっと笑うガーディアン達。
笑わないのは、やはり中等部からの繰り上がり組。
私だって折らないわよ、好きこのんでまで。
「お前も真剣に行け。手は抜くな」
「はい」
いや。手は抜いて良いんじゃないの。
というか、いきなり突っかかってくるってどういう事よ。
ミドルキック。
私にとってはハイキックをスェーでかわし、そのまま足に沿って後ろへと回り込む。
裏拳をヘッドスリップで避け、今度は右へ。
当たれば壁まで吹き飛ぶかも知れないが、当たらなければその辺に生えている木の枝と同じ。
気にする必要はまるでない。
実力的には、まあ強いといったところ。
ショウや御剣君のように、そのためだけに生きているレベルではない。
血を吐き、床にはいつくばり、体中に傷を負い。
それでも高見を目指す人達とは、明らかな差がある。
私も、到底彼等には及ばない。
ただ、目の前に男の子よりは彼等に近い。
結果、この程度の攻撃なら十分に余裕を持って対処出来る。
少しずつ速度が遅くなり、その分一撃でしとめようとする意識が強まるのか振りが大きくなっていく。
当たる気はしないが、万が一という可能性もある。
また彼だけに時間を割いている訳にも行かないだろう。
鼻先を過ぎていく前蹴り。
それが引き戻されるタイミングに合わせて前に出て、軸足にロー。
戻っていく足に下から手を添え、上に軽く持ち上げる。
後はその勢いと体重で、放っておいても後ろに倒れる。
床から伝わる軽い振動。
そこからの攻撃を警戒し、少し下がって距離を取る。
だが相手の動きはそこで終わり。
呆然とした表情で座り続けるだけだ。
「そこまで。雪野さん、その辺で勘弁してやって下さい」
「何もしてないけどね、私は」
私がやったのは、攻撃を避けて足を軽く払っただけ。
下はマットが敷かれていて、相手は怪我もしていない。
勘弁という言葉は、大げさだと思う。
「今のでお二人の実力が分かっただろ。こういう事が出来るようになれとは言わない。だが少し訓練を積んだくらいで、自分達の力を過信するな」
なかなかに厳しい訓辞。
ただこういうタイプに、少し覚えが無くもない。
それは、ガーディアンを指導している時の七尾君。
普段は穏和で明るいが、指導の際は別。
厳しいという言葉がそのまま当てはまり、かなり容赦がない。
勿論、理不尽な振る舞いはしてはいないが。
つまり御剣君のこういう態度は、七尾君譲り。
彼の下に付いていたからこそ芽生えた部分。
彼は中等部から私達の後輩だったが、その時は決してそういう面は見せなかった。
私達が、引き出せなかったとも言える。
そう考えると、つくづく私達は頼りないな。
「私達って、御剣君に何をしてやれたんだろう」
「昔と今とは状況も違う。暴れ牛を押さえるのも先輩の仕事だろ」
苦笑気味に呟くショウ。
どうでも良いけど、暴れ馬じゃないのかな。
そうこうする内に、訓練は終了。
私達は結局見学する格好で終わる事ともなった。
「お疲れ様でした」
「疲れてはないけどね。私達、役に立ってるのかな」
「え」
「いや。今もずっと見てるだけだし」
不満というか疑問。
指導とは名ばかりで、御剣君が指導しているのを傍観しているだけ。
だったら代わりにやれと言われても困るが、何もしないというのも結構困る。
「考え方の違いとも思うんですが」
「どう違うの?」
「二人は実践派でしょう、やっぱり」
そう言って笑い、ロッカールームへと引き上げる御剣君。
上手くごまかされた気がしないでもなく、いまいち納得が出来はしない。
とはいえいつまでも体育館に留まっていても仕方なく、自警局へ戻ってくる。
着替えるのも面倒になり、その辺にあったジャケットを上に羽織る。
そろそろ、半袖も厳しいな。
「小谷知らない?」
書類の束を抱えて尋ねてくる神代さん。
知らないと答え、ソファーに座る。
本当、私って役立たずだな。
「いないと困る?」
「今は一応、局長だからね。……まあ、いいか」
舌を鳴らし、端末を取り出す神代さん。
彼を呼び出すのかと思ったら、どうやら違った様子。
結構厳しい口調でやりとりをし始めた。
「それはあなたの都合でしょう。私達はスケジュール通りに行動してますし、報告書も随時提出しています。……ではご自由になさったらいかがですか。……分かって下さって助かります。……ええ、それではまた後日」
ため息混じりに切られる通話。
こんな人だったかな、神代さんって。
「誰?」
「教育庁の職員」
「……ああいう態度で良いの?」
「相手が、訳分かんないんだから。……次はこれか」
書類を机に置き、無造作に一枚を抜き出す神代さん。
それを見ながら、やはり端末で連絡を取る。
「……はは、それは違うけどね。……ええ、それは私が悪かった。……はい、ではそのように。……ええ、お願い」
「今度は?」
「中等部の自警局」
さっきとはまるで違う態度。
一般的にはむしろ逆だと思うが、彼女はそうしない。
相手によって、ある意味態度を変えてはいるが。
仕事が一段落付いたようなので、その事を彼女に尋ねてみる。
「良いの、さっきのは?」
「教育庁?あたしが悪いなら謝るけど、向こうが悪いんだから。それに相手が誰でも、頭を下げれば良い訳でもないでしょ」
「意外に過激だね」
「雪野先輩に言われてもね」
なるほど、それも一理あるな。
なんて納得すれば良いんだろうか。
「そういうのって、誰の影響?」
「元野さんとか北川さんかな、やっぱり」
中等部への接し方は、分かる。
モトちゃんは基本的に、誰へ対しても丁寧で物腰も柔らかい。
だから逆に、教育庁の職員に怒鳴るような事はない。
つまりそっちは、北川さんの影響か。
「大変だね、色々と」
「急に、何」
びくりとして身を引く神代さん。
それは言った私も、よく分かってない。
「毎日、楽しい?」
「……疲れてるの?」
心配された。
確かに質問が唐突かつ、漠然とし過ぎてたな。
「私は疲れた」
「何に」
「人生に。あーあ」
ソファーに横たわり、体を丸める。
何もしてないのに、疲れてきた。
いや。何もしてないからと言うべきか。
前は是非はあるにしろ、やる事はあった。
それはガーディアンとしてであったり、学校との戦いであったり。
今はこうして寝ていても、文句は言われるが誰かが困る事はない。
やっぱり、こういう所へこもるのが悪いのかな。
「寝てますか」
無愛想に尋ねてくる真田さん。
欠伸混じりに体を起こし、首を振る。
「寝ようかなと思っただけ。顔洗ってくる」
「仕事があるんですけど」
「何か運ぶ?」
「ええ、これをお願いします」
渡されたのは、大きな封筒。
自警局から、職員宛となっている。
「他には」
「向こうから同じような封筒を受け取るので、それを持って帰って下さい」
「分かった。行ってくる」
単なるお使い。
とはいえ、部屋にこもってるよりは彼女達にとっても良いだろう。
暇そうに私に、ごろごろ寝ていられるよりは。
「俺は忙しいんだ」
だるそうに後を付いて来るケイ。
それは悪い事をしたと思いつつ、廊下の真ん中で立ち止まる。
「……今、自警局には誰がいる?」
「大勢いるだろ」
「私とショウがここにいて、七尾君と御剣君もさっき出かけたよね。渡瀬さんもいないでしょ」
「隙を狙って襲ってくるとでも?その程度対処出来なくて、何のガーディアンだよ」
突き放すような台詞。
言いたい事は分かるが、気持ちは別。
少し心配になってきた。
「後輩の実力を試す良い機会だろ」
「そういう問題?」
「むしろ、俺から何か仕掛けたいくらいだね」
端末の画面を見ながら呟くケイ。
つまり、そう考える人間が他にいてもおかしくはない。
ただ彼が言うように、その程度は軽くはね除けないと自警局としてもガーディアンとしても存在意義が無い。
しかし無いのと、彼等への思いは別。
過保護でも何でも、彼等を危険に晒したくはない。
「戻れないの?」
「その封筒はどうする」
「今じゃなくても良いんでしょ」
言ってしまえば、封筒の事自体忘れてた。
指摘されても、これは私の行動の妨げとはならない。
たかが封筒。
届けなくて処分されても、別に困りはしない。
「……まあ、俺も色々考えなくもない」
「何を」
「色々って言っただろ。嫌な思いをするから、説明はしない」
怜悧とも呼べる醒めた表情。
これを見て、それでも話を聞きたいとは私もあまり思わない。
急いで職員室へやってきて、村井先生に封筒を渡す。
そして似たような封筒を受け取り、職員室を飛び出す。
「どこ行くの」
「自警局へ戻るんです」
「大変だったわね」
慰めるような口調を取る村井先生。
背中を伝う、冷たい汗。
そんな私に構わす、彼女は話を続ける。
「怪我人は出なかったみたいだけど」
「何か、あったんですか」
「知らないの?自警局に暴徒が押し寄せたって報告があったわよ。何時代なの、一体」
顔をしかめ、吐き捨てるように呟く村井先生。
咄嗟にケイと顔を見合わせ、彼もすぐに頷く。
サトミは机にあった書類を手に取り、その報告へ目を通した。
「相手は誰だか、不明なんですね」
「受付って言うの?あそこで軽く暴れて、すぐに逃げたみたい。映像もあるけど、顔はマスクやタオルで隠してるわね」
「これを実行した人間の処分は?それと、首謀者の処分は」
「停学か退学か、そういう所でしょう。つまり、どこかへ殴り込むのはそういう処分を受けるって事なのよ」
私を見ながら話す村井先生。
矛先が変わってきそうなので、適当に頷きすぐに逃げ出す。
色んな意味で、参考にはなった。
自警局へ戻ると、村井先生が言っていたように襲われたのが一見して分かる状況になっていた。
書類やパンフレットが散乱し、倒せそうな棚や机は全部床に寝ている。
また何かを投げつけられたのか、壁や床はあちこちが極彩色に染まる。
受付のカウンターでは女の子が青い顔で片付けをしていて、完全武装のガーディアンが周辺を警戒中。
「怪我人はいないんだよね」
「え、ええ。すぐにみんな逃げたので」
頼りなさげに微笑む女の子。
それもどうかと思うが、彼女はガーディアンではない。
むしろ賢明な判断か。
一応スティックを背負って警戒しつつ、中へと進む。
徐々に被害は減り始め、やがて何も変化がない景色になっていく。
「大した事無いね」
言ってしまえば、ガーディアンや自警局への襲撃は日常茶飯事。
受付を荒らされたくらいは、騒ぐ程の話でもない。
始めは心配したけど、少しナイーブになりすぎてたようだ。
「久し振りに、大騒ぎよ」
笑い気味に現れるモトちゃん。
学内なら、ドアにキーさえ掛ければ進入はほぼ不可能。
相手が疲れるのを待ってからゆっくり出て行けばいい。
ましてここには監視カメラもいくつか付いていて、室内にいれば状況も読める。
慌てる理由は何もない。
モトちゃんが差し出した現在の被害報告書に目を通すサトミ。
私も背を伸ばし、適当に流し読みする。
物は壊れたが、最初の報告通り怪我人は皆無。
走って転んだ子が一人いるだけだ。
「……誰よ、これ」
何度読み返しても、緒方と書いてある。
この程度の混乱で転ぶなんて、本当に元傭兵か?
「緒方さん呼んで」
「どうして」
「ちょっと許せない」
「怒らないでよ、どうでも良いけど」
少し顔をしかめつつ、受付にやってくる緒方さん。
可愛らしい膝に貼られたばんそうこう。
この程度で済んで良かったな。
という気持ちはあるが、言いたい事は言う。
「緒方さんって、傭兵だよね。ちょっと、無いんじゃないの」
「好きで逃げた訳じゃなくて、引っ張られただけです。私は前に出ようとしました」
「あ、そう。じゃあ、いいや。ケイ、お茶持ってきて」
「あーあ」
嫌なため息を付いて去っていくケイ。
取りあえず緒方さんを座らせ、改めて話を聞く。
状況としては良くある話。
武装した集団が大勢やってきて、好きに暴れて帰って行った。
偶発的衝動的行動にも思えるが、ガーディアンの隙を狙ったタイミングとも取れる。
目的や狙いはともかく、まずは相手の特定。
それを調べる方が先決か。
「相手は誰か分かってるの?」
「襲撃犯自体は、単なる不良グループ。背後関係は調べてる最中」
「で、その連中はどこに」
モトちゃんが答えるより先に、プロテクターを身につけた御剣君と渡瀬さんが見えた。
受付外の廊下には、やはりプロテクターを装着したガーディアンが整列している。
「準備出来ましたので、今から向かいます」
敬礼をしてモトちゃんに報告する御剣君。
モトちゃんはそれに頷き、後ろから現れた小谷君を振り返った。
「後は任せる」
「分かりました。報告は随時入れるように。一般生徒へ危害を加える事も厳禁。後はガーディアンとしての規律を守るように」
「了解」
改めて敬礼する御剣君。
小谷君とはそれ程友好的とも思えないがそういう素振りは一切無い。
またそれは、小谷君も同様。
お互いあくまでも仕事に徹し、今の事態に当たろうとしている。
ガーディアンを引き連れ出発する御剣君達。
視線を移すと、散らかった受付前で真田さん達が情報を分析中。
卓上端末がいくつも並べられ、真剣に話し込んでいる彼女達の元に他の生徒から情報が逐一もたらせれる。
「この分だと、任せておいて良さそうね」
腕を組み、その様子を見守るモトちゃん。
それに頷き、スティックを背中へ戻す。
任せてしまえば、後はやる事もない。
再びソファーで寝るくらいが、せいぜいだ。
「……これ、忘れてた」
受付の上に置きっぱなしだった封筒をモトちゃんへ渡し、自警局の奥へ行く。
それとも、後片付けくらいはした方が良いのかな。
足下に落ちている書類を拾っていると、モトちゃんがその奥へ視線を向けた。
その意味を理解し、書類をゴミ箱へ捨てて歩き出す。
よく分からないが、内密の話という事か。
局長執務室は今、小谷君の部屋。
という訳で、沙紀ちゃんが使っている自警課課長執務室へと集まる。
集まったのは3年生ばかり。
そして机の上に、封筒の中身が取り出される。
「……別に、大した内容でも無いけど」
「ただ、このためにユウ達は自警局を留守にしたでしょ」
「私はね。サトミ達は付いてきただけだから、絶対でもないし」
いわゆる陰謀説を言いたいかも知れないが、私達が留守にしたのは偶然。
ショウもサトミもここに残る可能性はあり、それは当てはまらないと思う。
「封筒は、全部で10通あった。つまり、10人外へ出せた可能性がある」
「一度に10通持って行けば済む話でしょ」
「職員室で決済が済んだと報告があってから、次の書類。つまり封筒を持って行く手順。丹下さんやガーディアンを率いた経験のある生徒が、全員外へ出た」
ここまで言われると、陰謀説も多少は信じたくなる。
ただ誰が、何のためにとは思う。
何より書類は、自警局から職員室という流れ。
自分から危機を招いているような物だ。
「ちなみに書類の始めは、職員室から。つまりコントロールはそちらで出来る」
「なるほどね」
疑問は一つ減った。
それ以前に、あれこれ悩む話かという気もするが。
「相手を特定して、何人か捕まえて終わりじゃないの。……いや、この場合はターゲットが1、2年になってるのか」
「そういう事」
苦笑気味に頷くモトちゃん。
それは当初私達が狙っていた事。
だが実際そうなってしまうと、話は別。
気が重いとまでは言わないが、それ程いい気はしない。
「任せると言ったんだから、ここは任せる以外にないでしょ」
力を込め、そう告げるモトちゃん。
私は黙ってそれを聞く以外にない。
「襲撃なんて今更だし、被害も大した事無い。後輩達もそれへ冷静に対応してる。今のところ問題はない」
「あったら?」
静かに尋ねる北川さん。
モトちゃんは私達全員を見渡し、微笑んで見せた。
「そのための先輩でしょ。だから私達は彼等の下にいる」
「手助けをすると?」
冷ややかに尋ねるケイ。
それに対しても、モトちゃんは微笑んでみせる。
「今更手助けが必要な時期でもないだろ。過保護すぎないか」
「駄目かしら」
「あまり賛成したくないな。大体指揮する人間が少しいないからって、良いようにやられる事に問題がある。平和なのも善し悪しだ」
辛辣に言い放つケイ。
とはいえそれはあながち間違ってはいなく、仮にも自警局を名乗る以上身を守る心構えは常に持っておくべき。
敵が来たから逃げたでは話にならない。
ただ彼の意見に肯定的なのは、私達くらい。
沙紀ちゃんや北川さんは、難しい顔をする。
「あなた達がどう思ってるか知らないけれど、自警局は生徒会の一部局。研修程度の訓練しか積んでないのよ」
「俺は気構えの問題を言ってるんだけどね。それに自分で戦わないからこそ、ガーディアンを傘下に置いてるんだろ。大体自警局へ辿り着くまでにはそれなりの距離がある。その間に気付いて止めるくらいの人間はいなかったのかな」
卓上端末に表示された自警局のリストに視線を落とすケイ。
現在の指揮権は2年生に委譲。
責任は必然的に、彼等が担う事となる。
今回の件に関しても、当然。
「育て方が悪かったのかな」
「誰の」
「ここにいる全員だろ。俺も含めて」
冷徹な指摘。
しかし私はそれに反論する言葉を持ちはしない。
彼の言葉は、私の思いとも重なる部分があるから。
「この中で厳しくやってたのは、七尾君と北川さんくらい。俺やユウ達に至っては、そもそも指導すらしてない。その辺のツケが回ってきたのかなと思ってね」
「みんな、良くやってるわよ」
「渡瀬さんや真田さん達は、そうかも知れない。ただあの辺は、元々の素質が良い。それ以外のガーディアンや自警局のスタッフは?」
これには答えないモトちゃん。
彼女も当然分け隔てなく後輩を指導し、接してきたつもりのはず。
ただそこはケイの言う通り、当人達の資質もある。
また精神的な近さ。
私的な付き合いも関係する。
誰もが等しく、高く伸びていくとは限らない。
少し重くなる空気。
ケイはそれに構わず、リストに冷ややかな視線を注ぐ。
「そこまで望む方が酷なのかな。実際、平均は超えてるんだろうし」
「それでは不満?」
「生徒会。自警局としてはいいさ。だけど前みたいな事があったら、どうだろう。一瞬にして学校へ尾っぽを振るんじゃないのか」
「それこそ、指導以前の問題でしょ。大体、そこまで無理強い出来る?」
「さあね。まあ、平和で何よりだ」
皮肉っぽく言って、鼻を鳴らすケイ。
もし今も学校と対峙し、生徒会との関係がもっと険悪だったとしたら。
果たして今の自警局の状態で、それに対抗しうるだろうか。
モトちゃんが言うように、そこまで彼等に強要出来ないとも思うが。
やがて渡瀬さんから報告が入り、不良グループを拘束したとの事。
背後関係は未だに不明だが、おそらくは良くある話になると思う。
腕試しや、私達個人への反感。
ガーディアンへの普遍的な反応。
いちいち気にしてはきりがないような。
しかしそれに、今の自警局が対応出来なかったのも事実。
それが連合だったらと思わなくもないが、あまりにも無意味な比較。
もはや連合は存在しないし、ここには旧連合のガーディアンも大勢所属している。
つまりは同じ事という訳だ。
「さて、どうする」
机に手を付き、私達を見渡すモトちゃん。
反応は特になく、ケイは私達から離れて壁にもたれている。
「ケイ君はああ言ったけど、私は後輩達を信じてる。いきなり襲われれば誰だって慌てる。それに指揮する人間がいなかったのは事実で、彼等は権限を移された後。私達の指示通りに従う事へ慣れていたせいもある。これだけを持って、彼等を否定する気は私にはない」
後輩への信頼。
自分の指導への自信。
彼女の信念は、微かにも揺るぎはしない。
「という訳で、何か意見は」
私達。
おそらくは、ケイに向けて尋ねるモトちゃん。
彼が適当に首を振ったのを確かめて、モトちゃんは改めた私達を見渡した。
「行動としては、今まで通り。彼等に委任してる間は、あくまでも後輩をフォローする。出来ない子達じゃないんだから」
「今日は偶然駄目だったって事?」
「それは後輩だけじゃなく、私達もでしょ。彼等がどんな状況においても対応出来るよう育ってこなかった私達の」
「なるほどね」
これは耳が痛いというか、今更悔いても仕方ない。
私の場合は指導と言っても、自分の気が向いた時に軽く訓練をするくらい。
それ以外に何かをした記憶はなく、仲間として楽しく彼等と過ごしてきた。
むしろそれで良いとさえ思っていた。
決して間違えていたとは考えたくない。
ただこういう事が起きてしまうと、少し胸は痛む。
自警課課長執務室を後にして、端末と向き合っている真田さん達の元へと向かう。
書類は殆ど無く、ただモニターにはいくつもの画面が展開されている。
「どう?」
「不良グループの暇つぶしのようですね。教師が関わってる可能性もありますけど、大した裏はなさそうです」
淡々と説明する真田さん。
緒方さんはソファーに横たわり、膝を押さえて苦い顔をしている。
「誰が引っ張ったの、あの子を」
「さあ。みんな勢いよく逃げましたからね。流れに乗れば良かったんですけど、あの子は前に出ようとしたから」
「それって、悪い事?」
「ガーディアンとしては良い事でしょう。ただ自警局、事務方のスタッフとしてはどうでしょうか」
相変わらずの冷静な判断。
私も逃げる事自体を否定する気はない。
圧倒的な実力差のある相手に挑む事は無意味。
ヒロイックな感情には浸れるが、得る物は何もない。
真田さんの話を聞く限り、背を向けて逃げ出す相手だったかどうかはともかく。
「今、自警局ってどうなの?この程度で逃げ出すような人達ばかり?」
「受付付近は、ガーディアンの経験が無い人達ばかりですから。結局油断もあるんでしょう」
「油断」
「連合の時は、即刻返り討ちじゃなかったですか。でも昔の自警局なら特別教棟の奥にブースがあって、そもそもそこまで賊が侵入出来なかった。そういう感覚が残ってるかも知れません」
なかなか参考になる意見。
真田さんはガーディアンとしての経験もあるし、私達と共に修羅場もくぐってきた。
今回程度の事は騒ぐ程でもない様子。
それには少し安心をする。
自分の直接の後輩は、取りあえず大丈夫だなと。
問題はケイが指摘したように、それ以外にあるんだろうけど。
「調子、どう?」
「つくづく駄目ですね。たるんでますよ」
吐き捨てるように答える緒方さん。
怪我の事を聞いたつもりだが、彼女は自警局の事を答えてきた。
転んだのが、余程面白くなかったようだ。
「抜き打ちの訓練とか、もう少し全体的に鍛えたらどうですか」
「今は緒方さん達が好きにしていいから、一度やってみたら。でもやっぱり、全体的に考えが甘いのかな」
「元傭兵から言わせてもらえば、たるんでますよ」
好きだな、この台詞。
言いたい事は、分からなくもないが。
遠慮気味にソファーの空いてる部分へ座り、聞きにくい事を聞いてみる。
「私達の指導が悪かったのかな」
「え。何ですか、それ」
怪訝そうに聞き返してくる緒方さん。
すぐに頷くと思っただけに、かなり意外な反応ではある。
「そんなの個人の問題ですよ。どう指導されたって、育つ人間は育ちます。大体先輩の指導なんて言い出したら、私達の先輩には浦田さんもいるんですよ。その時点で、もう終わってるじゃないですか」
「ああ、そうか」
これはかなり説得力のある台詞。
結構側にいたケイが嫌な顔でこっちを見ているが、気付かなかった事にしよう。
「神代さんはどう思う?」
「逃げるなって方が無理でしょ。真田さんが言ったように、慣れてなければ逃げたくもなるって」
二人とは少し違う意見。
彼女はガーディアンの経験は殆ど無く、現場に立つのも苦手なタイプ。
逃げるのを悪とは考えないだろう。
「結局ガーディアンなんていない学校の方が良いんだろうけどね」
「何それ」
「トラブルのない平和な学校って事。この高校では、夢物語だけど」
そう言って笑う神代さん。
彼女達の笑い声を聞きながら、その言葉を心の中で繰り返す。
生徒会改革。
ガーディアン削減も、行き着く先はそこにあるはず。
彼女の言うように、今は夢物語。
私がそれを成し遂げられる可能性は、能力的にも時間的にも皆無に等しい。
だからこそその下地を作りたい。
それを、彼女達に託したい。
自分のわがままだとは思っていても。
それは彼女達も抱いている願いだと信じたいから。
第40話 終わり
第40話 あとがき
生徒会編及び、権限委譲編ですね。
委譲は一時的な措置ですが。
ユウ達の立場は、以前とは本質的に変化。
まず、現在は生徒会所属。
生徒会に対抗したり反発していた過去とは、立場が逆転。
しかも生徒会幹部であり、その反発を確実に受ける側。
そして今は、最上級生。
下級生達の見本となり、率いて行く立場。
闇雲に、自分の事だけを考えて行く時期が過ぎたとでも申しますか。
ただ本人はそれ程自覚していないようですが、良い先輩。
面倒見が良く、頼りがいがあり、親しみやすい。
とはいえこれは、友人的な意味合い。
指導者としては、本人も認めているように疑問符が付きます。
後輩に厳しく接する事が出来ず、そもそも後輩が殆どいなかったので対応の仕方が分かってません。
普通の関係としては問題ないのですが、生徒会としてはどうなのかという話。
その分、モトちゃんや七尾君達が頑張ってるんですけどね。
ちなみに今後も、展開としてはこんな感じ。
ユウ達がトラブルの全面に出る機会は減り、大げさに言えば一線を退いた形。
2年編までとは違う内容になります。
その意味での「外伝」扱い。
ユウの戸惑いと試行錯誤が、今後のテーマとも言えます。




