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オフィスに戻ると、人数がかなり減っていた。
舞地さん達がいないのだ。
別にワイルドギースだからといって、どこかへ渡っていった訳ではない。
少々調子を崩した舞地さんがアパートへ帰り、池上さんがその付き添い。
柳君も一緒に。
池上さんはともかく、彼はどうしてか。
「鬼が学校にいたら問題だから」
鼻で笑うケイ。
「ちょっと荒れてたの。だから、帰って休んだ方がいいと思って」
しかし、あの柳君が荒れるとは。
いつもニコニコしてるけど、彼でもやっぱりそういう時があるんだ。
「あなたは、その時何やってたの」
「見てた」
「他には?」
「それ以外、何しろって?」
当然のごとく語るケイ。
何か言いかけたサトミは、すぐに首を振り机へとうつ伏せになった。
「シスター・クリスに会いたい」
「あなた、自分で直衛断っておいて。今さら何言ってんの」
「それは恐れ多いもの。だけど、会いたいのよ」
訳の分からない事を言ってくれる。
禅問答じゃないんだからさ。
しかも、モトちゃんを委員会へ置いてきたまま。
彼女が、天満さんに気に入られたというのもあるが。
大変だな、あの子も。
私のお守りもあるし……。
「だったら、警備に行ってくればいいだろ。遠巻きになら、見ら
れるんだから」
「彼女を、クマネコみたいに言わないで」
「それは失礼」
素っ気なく言って、ゲームを始める男の子。
ちなみにクマネコとは、数年前見つかった珍しい山猫。
噂では二本足で立つから、クマネコという話もある。
「大体さっきまで、俺達に警備行けとか怒ってたのに。自分は何やってんだ」
「そんな風に、彼女を見たくはないの。まるで見せ物よ、今のままでは」
「そういうのも含めて、彼女はシスター・クリスなんだろ」
さすがのサトミも、ふと我に返った顔をする。
私だって、不意を付かれた思いだ。
「たまにはいい事言うのね」
くすっと笑う沙紀ちゃん。
「別人が来てるんじゃない、今日は」
「本当は三つ子で、ここにいるのはヒケル君とか?」
大笑いするサトミ達。
「誰がヒケルだ。俺はいつでも、浦田珪なの」
「蒲田珪でしょ、あなたは」
沙紀ちゃんに指摘され、黙りこくるケイ。
その、蒲田君こそ誰よ。
「帰ろう、もう。ここにいても、仕方ないじゃない」
「駄目よ、ユウ。私達はシスター・クリスの警備を……」
「自分だって、何もしてないくせに。いいから、終わり終わり」
文句を言いたそうなサトミを押して、部屋を出る。
ケイ達もテレビを消して付いてくる。
そうだよ、最初からこうすれば良かったんだ。
さっさと帰って、のんきに過ごしてればさ。
ぐずるサトミを引きずって、どんどん歩いていく私達。
「あ、忘れてた」
端末を取り出し、コールする。
……繋がらない。
おかしいな、私達の端末は通信可能になってるはずなのに。
「来た、降って来た」
困惑する私をよそに、手の平を上へ向けるケイ。
空に立ちこめる黒雲、湿った西風。
小道に並ぶ背の低い常葉樹が、幾つもの音を立てる。
霧のような雨が、さらさらと舞い降りてきた。
「ガーデンパーティの中止は、当たりだね。ご褒美貰わないと」
「軍からも何か貰えるって聞いてるわ。さすがに、勲章は無理だろうけど」
興味なさそうに言うサトミ。
例の爆弾騒ぎを収めたので、そのお礼に何かしてくれるらしい。
とはいえここに軍は存在しない建前になっているので、シスター・クリス達が帰った後になるのだが。
当然爆弾騒ぎ自体、絶対に秘密の出来事。
いくら憂いが無くなったとはいえ、それが一般生徒に知れたらパニックは免れない。
そう何度も、ケイを殴り付ける訳にも行かないし。
それはそれで、面白いけど。
「後は……。あ、来た」
今度は、雨ではない。
例のマントを小脇に抱えた、玲阿四葉君がやってきた。
「どうした」
「帰るの」
「私は……」
サトミの脇に指を突き立て、口を封じる。
そして、やられる前に逃げる。
動きでは私の方が断然上なので、逃げなくてもやられない。
それ以前に、サトミが鈍いし。
「きゃっ」
思ってる側から、小さな段差で転びそうになっている。
私の手が届かない距離。
誰か、サトミを……。
「っと」
彼女の手を掴み、そっと立たせる男の子。
そして何も言わず、雨を避けるように近くの教棟へ足を向ける。
「駄目だわ」
艶やかな髪をかき上げ、大きなため息を付くサトミ嬢。
「何が」
「ケイに助けられるなんて」
真顔で言ってきた。
冗談だとは思うけど、それは私も同感だ。
「無茶苦茶言うな、サトミ」
「だったら、あなたは平気なの」
「俺?んー、やっぱり駄目だな」
どっと笑ったら、雨がどっと降ってきた。
天罰とは思わない。
偶然だ。
大体罰が当たるなら、ケイの方が先だから。
ほら。
「わっ」
濡れた枯れ葉を踏んで、すっ転んでる。
あの子も、結構鈍いから。
でも、危ない。
「面白いわね」
彼の手が掴まれ、結構強引に立ち上がらせる。
「あ、どうも」
ぎこちなく礼を言う男の子。
「どういたしまして」
何となく笑いを堪えている女の子。
そんな二人の姿が、教棟の中へと消える。
「ちょっと、おかしい」
「そうね」
「いいんじゃないのか」
それぞれの感想を洩らし、私達も彼等の後へと続いた。
ずっとそんなの見てたから、大分濡れたんだよね……。
タオルが欲しくて、購買部を目指す私達。
それ程濡れていないけど、このままだと少し寒い。
春雨ならともかく、秋雨は濡れて帰る様な物じゃない。
「雨、か」
廊下の窓から見える雨模様に、小声で洩らす沙紀ちゃん。
その表情は黄昏ているようにも、懐かしんでいるようにも見える。
「丹下ちゃん、雨が好きなの」
「ん、別に。よく降るなと思って」
「思い出あり、って顔よ」
サトミに茶化され、その凛々しい顔が少し柔らかくなる。
視線が一瞬ケイを捉えたようにも見えたが、気のせいだろう。
あの子は確かに、雨の日と同じでジメッとしてる。
でも、沙紀ちゃんの思い出と重なる様な人間じゃない。
少なくとも、今彼女が浮かべている素敵な表情とは関係ない。
あったら、私が許さない。
多分、舞地さんや池上さんも同意してくれるだろう。
「ど、どうした」
怯えたような顔で、ショウがこちらを見ている。
何、と思って自分の胸元を。
両手の拳を胸元で握り締めて、震わせていた。
どうも、感情を高ぶらせ過ぎていたようだ。
「そ、その。雨乞いを」
「は?」
「か、神様に、お願いしてたの。早く止んでって」
ぐずぐずな言い訳をして、ずぶずぶと埋まっていく。
助けて、神様……。
「人が、いないな」
階段を上ったところで、ショウが呟く。
そう言えば、さっきから誰ともすれ違っていない。
いくら警備が厳重とはいえ、その警備の人間とすら会わないのは少々変だ。
「また、爆弾があったりして」
妙に楽しそうなケイ。
所詮他人事だと思ってるから、こう笑っていられるんだろうけど。
さっき殴られたのも、さほど気にしてる様子もない。
本当、この人の頭の中はどうなってるんだろう。
その内、覗いてみたい。
方法が無いけどね。
「ピリピリするんだよな」
対照的にショウは、嫌な顔をしてあごの辺りを撫でている。
これは本当に感覚的な部分なので、多分理解出来ないだろう。
沙紀ちゃんなら、私と同程度には分かってくれてるにせよ。
「ショウ、何がピリピリするの?」
不思議そうに尋ねるサトミ。
ケイも、「何言ってんだ」という顔。
「聞かれると、俺も困る」
「困るって、あなた。霊感でも芽生えたの」
「そうじゃないけど。口で説明出来るような物じゃなくて、ぞろっとした感覚が……」
もうサトミは遠い眼差しで、ケイなんかあくびしてる。
「おい。聞けよ」
「聞かれても困るんでしょ」
「あ、ああ。だけどな」
自分でも無駄だと思ったのだろう。
ショウは「何でもない」と言い終え、やるせなさそうに肩を落とした。
「お、お化けでもいるのかな」
「え。何言ってるの、優ちゃん」
「丹下ちゃん、放っておいて。その子、どうかしてるのよ。いい年して、お化け信じてるんだから」
「信じてるとかじゃなくて、いたら嫌だなって思ってるの」
「いないよ、そんなの」
限りなく冷静に指摘するケイ。
言い切れるのか、君は。
あの存在を。
ふわっと、ひらっとやってくる彼等を。
彼女達かもしれないけど。
本当にいないと、言ってしまえるというの。
「大体、見た事あるのか」
呆れた口調で、ショウが聞いてくる。
「な、無い。でも、見えないからっていないとは限らないでしょ。空気だって見えないけど、現に存在するんだから」
「ふーん。一度、医者に行ったら」
うっ。
まさかケイに、そんな事を言われるとは。
さっきのサトミじゃないけど、「駄目」だ。
とはいえ、お化け存在説は否定しない。
というか、みんな分かってないのよ。
何が分かってないのかは、ともかくとして。
そんな下らない事を言っている間にも、人を見かける事はなかった。
気配自体が、感じられない。
それに代わって肌がひり付くような感覚は、ますます高まってきている。
もう、お化けがどうとか言っている場合でもない。
「……テロ、かな」
ケイが、さりげなく呟く。
別段本気ではなく、そうだったら嫌だなというくらいの顔付き。
これだけ警備が厳重なら、まずあり得ないだけに。
「例えばさ。警備関係者を全員眠らせて、この教棟を掌握。シスター・クリスの動きを監視ししつつ、どうにかここへ引き込んでくる。後は建物ごとでも、彼女個人でも」
「そんな簡単に行く?」
「さあね。俺は素人だから、素人なりの下らない推測」
彼の視線が、近くのドアへ向く。
「警備本部第4指令所」と、臨時のプレートが掛かっている。
「歩哨くらいいると思うんだけどな」
訝しげにドアを見つめるショウ。
人もいない、音もない。
別な意味で張りつめた、あまりにも違和感がある雰囲気。
「トラップで、ドアに爆弾があるとか。異変に気づいた他の警備関係者がドアを開けたら、大爆発って」
笑いながら、ドアへ手を掛けるケイ。
自動ではないらしい。
爆発はせず、すんなり開くドア。
そして、笑いながら振り返る。
「予言者になれたりして」
「え?」
「大爆発しそうだから」
全員の顔から血の気が引く。
ドアの後ろに付いている、小さな箱。
どこからどう見ても、爆発物だ。
しかも室内には、人が何人も倒れている。
他のトラップが怖くて奥には入れないが、多分同じ様子だろう。
幸いなのは、彼等が微かな寝息を立てている事。
ドアが吹き飛べば、どうなるかは別にして。
室内やドア周囲のセキュリティは、どうやら無効状態。
疑似データなり映像なりを、本部へ送っているかもしれない。
何にしろ、素人の私達にはどうしようもない。
「どう思う」
「動かない方が無難だろ」
爆発物らしき箱を見て、顔をしかめるショウ。
ケイは小さく肩をすくめ、自分の腕を揉んだ。
「誰か呼ぶなり、連絡するなり……・。もしかして、この教棟の出入り口にもあったのかな」
「どういう事?」
「入った後で、爆発物ありって気が付く仕掛け。いきなり爆発するとテロがばれるから、俺達みたいな馬鹿は取りあえずここに閉じこめる」
「それで」
「マンガだと、大抵そういう連中は始末される。もう相手方のセンサーは反応してるよ」
最も爆発物の側にいる割には、妙に落ち着いているケイ。
慌てても仕方ないけど、こっちの方が参ってくる。
「逃げた方がいいんじゃない、みんなは」
「浦田はどうするの」
「後で逃げる」
「……分かったわ」
はっきりと頷く沙紀ちゃん。
ヒーローぶっている訳ではない。
彼自身、逃げられると思っている。
私達への気休めや、その場の思い付きでは言葉。
それに応えるには、私達はこの場から離れるしかない。
沙紀ちゃんのように。
その後を追おうとした私達の視界に、人影がよぎった。
「下がれ」
壁に張り付くショウ。
私達は、ドアを開けたままにしているケイの後ろへ逃げ込んだ。
「どうかした」
「人が来たの。あなたが言ってた、始末する人かも」
「銃はないし、他の武器は……。トラップが仕掛けてあるかな」
ケイは顔をしかめ、その手をドアに取り付いている小さな箱へと伸ばそうとした。
しかし、それはすぐに戻される。
「……これは最後か」
「大丈夫だ、向こうは銃を手にしてない」
ドア越しにショウの声が届く。
それなら、勝機はある。
例え相手が、特殊部隊クラスの人間だとしても。
ショウだったら。
玲阿四葉なら。
無言。
規則正しい足音。
爆発物や、火器系統の乾いた音はしない。
それが却って、気を焦らせる。
彼を信頼する気持と、心配する思い。
胸が締め付けられる……。
「どうした」
だがその苦しみは、すぐ癒された。
聞き慣れた、落ち着きのある声。
ドアを回ってきた、引き締まった顔をした男性。
ダークグレーのスーツ姿が、よく似合っている。
「あ、あなたは」
「このブロックとの連絡が、若干不自然だったんでな。部下を派遣する前に、少し見に来た」
警備本部で私達の話を聞いてくれた壮年の男性は、ケイの肩へ軽く触れた。
「大丈夫か」
「腕が、多少痺れてきました」
「少し待ってくれ。今処理する」
小さなスプレー缶を取り出し、ドアに付いた箱へ何かを吹き付ける。
箱は一気に霜を降ろし、あっけなく床へと落ちた。
思わず飛び退いたが、何事もない。
後ろから私の肩を抱き止めたサトミが、くすっと笑う。
「簡単に言えば、物質が動かない温度まで下げたのよ。動けなければ、爆発のしようもないわ」
「その通り。もう、手を離してもいいぞ」
「あ、はい」
ぎこちない動きでドアから手を離すケイ。
緊張というより、ずっと同じ体勢を取っていたためだろう。
「さて、君達はどうしてここにいる」
「雨宿りをしようと思いまして」
「なるほど。運良く、向こうの警戒が途切れた時に入って来れたんだな」
「え?」
「今は、完全に封鎖されている」
厳しい顔で、私達を見渡す。
軍人として、私達民間人を守る人の顔として。
「私の端末は通信可能だが、おそらく傍受されている。ここへ踏み込むよう連絡すれば、結果はどうなる事か」
彼は、私達より以前からこの教棟に入っていたとの事。
そして行動を開始しようと思ったら、私達を発見したという。
まさかこれ程の事になっているとは彼も思っていなかったらしく、装備も簡単な物だけ。
彼の連絡が遅れれば、自動的に警備本部の方で怪しむだろう。
しかしそれは喜ぶべき事態ではなく、さっき言ったように待ち伏せの対象にもなりかねない。
また例の爆弾騒ぎも、警備本部を油断させる手の一つらしい。
所詮高校生の悪戯と思わせて、その後に本物が爆弾を仕掛けるという。
さっきの高校生自体かなり怪しい連中で、最近転校してきたとも分かっている。
以上の話は、あくまでも彼の推測だけど。
「どちらにしろ、連絡は取った方がよくないんですか」
「傍受されたら、建物ごと行きかねない。もしかしたら、学校ごと」
話している内容は相当だが、落ち着いた口調は崩さない。
「ただ君達だけなら、この建物から逃げられない事もない」
「自分が囮になるとか、言わないで下さいよ」
彼以上に落ち着いた口調を取るショウ。
その眼差しが、激しくぶつかる。
「君の名は」
「玲阿と言います」
「なるほど。父親の名は」
「瞬、ですが……」
すると男性の視線が緩み、その手がショウの肩へと伸びた。
「すると、父親譲りの性格だな」
「え?」
「私は北陸防衛戦に、突撃隊として参加した人間だ」
「ああ……」
ショウは曖昧に返事をして、微かに視線を落とす。
だが彼の肩は力強く揺すられ、その顔が上げられる。
「気にする必要はない。君の父親は、間違いなく勇敢だった。詳しい話は、ここを切り抜けてから話してあげよう」
「あ、はい」
「それにしても、君がいればかなりの戦力が期待出来る。玲阿流を修めているんだろう」
「修めるまでは行きませんが、幼い頃から学んでいます」
二人の会話が理解出来ないのか、サトミとケイは顔を見合わせている。
「知らないのか、彼等は」
「あの二人は、そういうのに興味がないので。彼女は別ですが」
ショウの視線を辿り、男性が私を見てくる。
値踏みよりは、戦いの素養を測っているような雰囲気。
「ただ彼女は玲阿流の人間ではないので、俺程の事は出来ません」
「一つ、聞いてもいいかしら」
「ああ。玲阿流がどうしたかって事だろ」
頷くサトミに、ショウは気まずそうな顔を見せる。
私は彼の側に寄りそった
何の意味もない、ただの気休めかもしれない。
でも、だけど……。
「要は、どこまで戦えるかって事さ」
普段より押し殺した声で、ショウが話し始める。
体に押し付けている拳が、小刻みに震えている。
「例えば、目を付く場合。玲阿流だと、眼孔に指を掛ける。そしてそのまま相手を引きつけ、顔ごと膝で砕く。蹴るんじゃない、砕くんだ」
淡々と語られる、玲阿流の戦い方。
正直耳を塞ぎたくなるような話もある。
現にサトミの顔は蒼白く、ケイは一言も言葉を挟まない。
私はただ彼に寄り添い、話を聞くだけだ。
ショウの辛い、でも現実の姿を確かめるように。
「……という訳さ」
小さく息を洩らし、窓の外を見つめるショウ。
後悔よりも、もっと悲しい顔。
自分が背負っている現実。
人を殺すために磨かれた技を持ち、日々それを精進している。
でも彼は、その辛さや苦しさを分かっている。
だから私は、彼の側から離れない。
何があっても、絶対に……。
「別に、普通なんじゃない」
そんな私の思いを吹き飛ばすような、あっさりしたケイの言葉。
「玲阿流は古武術だから、それがはっきりしてるだけでさ。どの格闘技だって、基本は相手を殺すための物じゃないの」
「理屈ではな」
「だったら、いつどういう時に使うかよ。違う、ショウ」
青ざめた顔はまだ戻っていないが、ショウを見つめるサトミの眼差しは真剣だ。
怯える気持と、彼への思い。
私の抱く物とは違うかもしれないけど、でもサトミだって。
「さっきの爆弾だって、人を殺す事にも土砂崩れの岩を砕く事にも使える。それをどう使うかは、あなた自身に掛かっているんじゃなくて」
「ああ……」
真っ直ぐ拳を伸ばすサトミ。
小さく頷き、ショウはその正拳を受け止める。
「それに私としては、どうして優ちゃんが驚かないのかに興味があるけど」
私の頬をつつく沙紀ちゃん。
「ユウには、大分前に話してあったから」
「出会った頃だったっけ。ショウの実家へ行った時」
「ああ」
それを聞いて、「ふーん」と頷くみんな。
私達に注がれる視線の意味は、取りあえず気にしない。
「いい仲間を持っているようだな。端から見ていると、少々恥ずかしいが」
一歩引いた所にいた男性が、笑っている。
渋い、大人の笑顔。
私達を見る瞳は、限りなく優しい。
「それで、話を戻すがいいかな」
「あ、どうぞ」
慌てて頭を下げるショウ。
さっきまでの重苦しい雰囲気はもうそこにはない。
でも消えたり、無くなりはしない。
それは、彼が玲阿四葉である限り付いて回る物だから。
男性は今回の警備責任者の一人で、階級はやはり中佐。
彼、山峰さんが言うにはテロリストの数は、決して多くはない。
チェックは完璧で、生徒、職員、当然軍や警察関係者にまで及んでいる。
だから推測だが、内通者もしくは寝返った人間がいたと睨んでいる。
とはいえチェック自体は厳しく、警備関係からではない。
仮にいたとしても1、2名。
すると結論は、シスター・クリスのSPからという結論に辿り着く。
確かにそれなら、人数は少ない。
そして、武器は持ち込める。
小火器なら、ほぼフリーパスで。
出入りも自由。
ただ自分の安全を確保する必要もあるから、表だっては彼女の警備に徹するはず。
らしい。
私は、話を聞いただけなので。
その推測が当たっているかより、自分達の身の危険が気になるのだ。
はっきり言えば死にたくない。
過去も何度か、危ない目に遭った事はある。
その時は助かったけど、今度も助かるとは限らない。
命は一つで、勇気と無謀は違う。
出来れば何もせず、この場から逃げたい。
彼はともかく、私達のような素人がプロにかなうはずがない。
唯一素手ならショウが何とかなるだろうけど、向こうの経験を考えたら無茶な真似はさせられない。
「とにかく、連絡を取るか」
「え、どうやって」
「君達の回線は、まだ生きている。向こうも高校生の会話まで聞く程暇じゃないはずだ」
山峰さんに指を差され、ケイが自分の端末を取り出す。
「繋がる相手で、信頼に足る人間は」
「全員です」
簡単にアドバイスを受け、ケイが連絡を取る。
その端末は、サトミへと渡された。
どうして私が、という顔のまま受け取る彼女。
「……あ、真理依さん。私よ。……シスター・クリスはどうなってる?……はは、名雲さんによろしく。……近くに行ったら、サイン頼んでね。……SPに怒られるかな。……あ、ごめん。回線の調子が悪いみたい。……雨がすごくて、外に出られないの。……よろしく」
明るい声でそう言い、連絡を終える。
「後は、向こうで分かってくれるかどうか」
「問題ない。池上さんもいるし」
「そうね」
頷き合うサトミとケイ。
私は小首を傾げ、ケイに手渡された端末に見入った。
「壊れてないのに、どうして端末叩いたの」
「この建物の場所を、それとなく入力したのよ。多少暗号めいてるけど、簡単に」
さらっと言ってのけるサトミ。
普段使わないような軽い調子で今の異変を告げ、会話の端々に情報を織り込んでいく。
私にやれと言われても絶対に出来ない、彼女だから出来る事。
しかも本人は、それを何とも思っていない様子。
さすがは、遠野聡美。
私達は部屋の奥に入り、全員が防弾ベストやパンツを身につけた。
フェイスカバー付きのヘルメットも、ついでに被る。
小火器なら多少は防げるが、大口径の弾や爆発物には気休め程度らしい。
他にトラップは仕掛けてなかったようで、山峰さんはまだ室内をうろつき回っている。
「警棒以外は何も持っていないのか」
「高校生ですから」
至って真面目に答える沙紀ちゃん。
彼もふと気付いた顔になり、一人で頷いている。
「銃は、私のが予備を含めて二丁ある。一つは私が持つとして、もう一つは」
首を振る女の子達。
残るはショウとケイ。
ここは無難に、ショウで決まりだろう。
そう思っていたら。
「君が持ってくれ」
ケイへと視線が向けられる。
銃のグリップも。
「扱った事無いし、彼の方がいいと思いますよ。海外でなら撃った事あるそうですし」
やんわりと拒否するケイ。
ショウは困惑気味に、二人を見つめる。
まさか彼だって、持ちたいとは思わないだろう。
とはいえ、ケイよりは自分の方が扱い方に詳しいとも分かっている。
しかし。
「当てる技術は、確かに彼だろう。だが、撃つ事が出来るかどうかはまた別だ」
「撃つって、トリガーを引けば」
「人を撃てるかどうか。さらに言うなら、人を殺せるかどうかだ」
何のためらいもなく、そう口にする山峰さん。
「彼は玲阿流を修めていて、人を殺す技術はある。しかしそれは、手加減が聞く物だ。そして銃に手加減なんてものは、存在しない。例え指先でも、当たれば死ぬ事がある」
「俺に、人殺しをしろと」
感情を交えない、静かな声。
醒めた眼差しは、机に置かれた銃へと注がれている。
「要は、それに耐えられるかどうかだ。見たところ、君なら大丈夫だと思ったんだが」
「血が通ってないとでも?」
「それだけ強い、という事さ。心配しなくても、そういう真似はさせない。最悪の場合は、君の判断で発砲してもらうが」
「結局撃つんじゃないですか」
ぎこちない手付きで銃を手にするケイ。
山峰さんは軽く手を添え、彼に構えを取らせた。
「トリガーを引けば、弾が出る。ゲームと同じだ」
「何発入ってるんです」
「15。それと、弾倉を持っておいた方がいい」
「そんなに撃ちませんよ。大体、込め方が分からない」
「こうすればいい」
どこかを押すと、グリップの下から小さな箱が落ちてきた。
それが、今入っていた弾倉のようだ。
「後は、その隙間にはめれば終わりだ。装填や薬莢の排出は必要ない」
「よく分からないけど……」
構えを取っているが、やはりぎこちない。
多少の緊張と、意外に重いのだろう。
腰にホルダーを付けられ、ますます固くなる。
いや、固くなっているのは私の方か。
まさかとは思うけど、彼が発砲した場合を考えて。
もし、それが当たったら。
とはいえ、向こうから撃たれたらこっちに当たる。
どちらにしろ、辛い状況だ。
結局この建物から脱出する結論を出した山峰さん。 テロリスト、そう確定は出来ないが、が見逃すとは思えないけど、戦ってどうにかなる相手でもない。
外部には連絡は取ってあるので、警部本部が手を打ってくれているという前提を踏まえてでもある。
脱出の方法は簡単で、爆発物のない窓から出るだけ。
下の階はともかく、上の階は大丈夫だろうと考えて。
逃げないでここに止まるという考えは、誰も持っていない。
シスター・クリスを暗殺する人間が、私達を殺さないという保証はないから。
慎重でもないが、周囲に気を配りつつ廊下を走っていく。
どこからか見られている雰囲気はない。
各種のカメラやセンサーは、山峰さんの持ってきたジャミング装置で無効状態になっている。
却って危険かもしれないが、こちらの行動を全て監視されるよりはましだろう。
「こっちはこっちで、幾つかトラップを仕掛けてある。時間稼ぎ程度だが、私達が脱出するだけなら十分だ」
そう言っている先から、廊下の壁に何かを貼り付ける山峰さん。
それはすぐに壁と同化して、姿を消した。
化学反応を起こす特殊なシートで、催涙ガスが出るとの事。
逆に向こうが神経ガスを撒く可能性は、おそらくない。
シスター・クリス個人だけならともかく、普通の高校生を多数巻き込んだ無差別テロはやらないという事。
要人の暗殺も高校生への殺人も、人の罪としては同列だ。
むしろ要人の方が、一般社会では重く罪を問われるだろう。
ただ何もしていない高校生への無差別テロとなると、話は違ってくる。
それは時として、国家首脳の暗殺よりも重要な意味を持つ。
しかし私達となると、話はもう一度違ってくる。
これだけの少人数なら、死体を始末する事が出来る。
後は行方不明にでも、シスター・クリス暗殺の実行犯としてでっちあげてもいい。
そういう訳だから、出来るだけ早くこの建物から脱出する必要がある。
見つかっているのかいないのか。
とにかく3階までたどり着いた私達。
窓の下は芝生。
私とショウなら、何も無しで下りられる距離。
無論、多少のアクションは要求されるが。
山峰さんと沙紀ちゃんも、おそらく大丈夫だろう。
例の箱とロープがあるので、一応それを使うけど。
「……おかしな物は付いてない。追っ手もまだ来ないようだから、どうにかなったな」
精悍な顔を少し緩ませ、窓を開ける山峰さん。
冷えた秋の風が吹き込んでくる。
「警備の連中は、まだ来てないか。最初は誰が……」
最後まで言葉が続かない。
突然窓ガラスが砕け、破片が周囲に飛び散ったのだ。
「くっ」
最も間近にいた山峰さんに、それが降り注ぐ。
「大丈夫ですかっ」
「ああ」
ヘルメットやベストのおかげで、怪我はないようだ。
しかし、どうして。
「窓ではなくて、反対側の建物に何かあるようだ。低出力の熱源装置か、光学機器が」
「レーザー?」
「ああ。どうも、窓からの脱出は不可能だな。今ので、私達の居場所も完全に把握されただろう」
引っかけようとしたラインやロープは、跡形もなく溶けている。
火力は大した事無かったけれど、細い物なのですぐに燃え尽きたのだ。
表情が一気に苦くなる。
彼のミスではないが、今私達を率いている責任は全てその肩に掛かっている。
「……ん?」
端末を取り出すケイ。
さすがに音はしなく、バイブ機能にしてある。
「……あ、はい。……え、シスター・クリスが?……俺達ですか?ちょっと、照明が眩しくて。……ええ。彼女が見えるまで、もう少し休んできます」
端末がしまわれ、彼の顔が珍しく強ばる。
「シスター・クリスが、スケジュール外の視察場所を回るようです」
「ここか」
「おそらくは」
一気に空気が重くなる。
床に散らばる破片が虚しく光り、窓からの冷たい風が頬を打つ。
「とにかく脱出しよう」
静かに告げる山峰さん。
下手をすれば私達を人質にして、シスター・クリスを狙う可能性だってある。
彼女の性格上、場合によっては人質交換なんて言いかねない。
または、私達を解放する代わりに自分を撃てとか。
どちらにしろ、状況は芳しくない。
「時間が無いですね。彼女はもう、すぐそこまで来ているそうです」
端末をしまい終えたケイが、顔をしかめる。
「ここで騒ぎを起こして、シスタークリス側の注意を促しますか」
「危険だな。彼女にとってではなく、君達が。ただ上手くいけば、どちらにも……」
サトミの提案を考慮しつつ、山峰さんが腰から銃を抜いた。
叫び声と共に。
「……伏せろっ」
乾いた音がして、ドアが激しく揺れる。
それに続く、炸裂音。
特殊合金で作られたドアは壊れこそしなかったが、いつまでも耐えられる物ではない。
だが幸いな事に音はすぐに止み、再び静けさが室内に戻ってきた。
「頑丈だな、相当に」
「昔の教訓だろ」
床から顔を上げたショウとケイが、安堵のため息を付く。
戦争が終わってもしばらくは廃棄処分されなかった武器は、当時高校生の間にも出回っていたらしい。
過去それに絡んだ事件が幾度かあり、建物の強度はかなりになっている。
この学校はお金があるので、余計に。
たまに困る時もあるけど、今回は助けられた。
「無理だと分かって、一旦引いたな。私は外で応戦するから、君達は隙を見て他の教室に逃げろ」
「でも……」
「軍人は、人を守る事を本分とする」
山峰さんは言葉を挟もうとする私達を手で制し、ドアへ手を掛けた。
「私だって、ここで死ぬ気はない。それにこの程度は、修羅場でもなんでもないさ」
強がりや見せかけの勇気ではない。
彼の確かな自信、強さが伝わる。
ここで頑張るのは他の誰でもない、自分なんだと。
「君、撃ち方は覚えたな」
「はい」
「それと玲阿君は、みんなを守ってくれ」
「はい」
素直に頷くケイとショウ。
山峰さんは二人の肩に手を置き、わずかに開けたドアの隙間から廊下へと出た。
音は何も聞こえない。
銃声も、炸裂音も。
時間の経過が理解出来ないが、おそらく1分も経っていないだろう。
気分的には、何時間にも思えるけど。
「……いいぞ。外へ出ろ」
廊下から、落ち着いた声がする。
ショウを先頭にして、慎重に出ていく私達。
廊下にはドアの破片やプラスチックケースが、散乱している。
しかしさほど威力は無かったのか、ドアの損傷は大した事がない。
「私はこのまま上に行き、敵を引き付ける。君達は出来るだけ下の階へ行って、大人しくしていろ」
山峰さんは銃を胸元へ構え、近くの階段を上っていく。
わざと足音を立て、壁や手すりを叩きながら。
それを確かめ、私達は彼と反対側へ走りだす。
素人なのでどうやっても足音は立つし、それなら最初から走った方がましだから。
カメラやマイクは山峰さんがジャミング装置を使っているので、この際は無視していい。
とにかく今は、逃げるしかない。
何度か階段を上り下りして、一つの教室に入る。
おかしな仕掛けも無く、室内は静かで特に嫌な感じもしない。
「後は彼がどうにかしてくれるか、警備が助けに来てくれるのを待つだけね」
また熱源で撃たれると大変なので、窓辺には立たない。
私達は窓際の机の下に身をひそめ、時折顔を出しては外の様子を窺っていた。
少しして、スーツ姿の人達が駆けてくる。
おそらくは軍と警察。
いきなり入ってこないのは、連絡が上手く伝わっているからだ。
あくまでも、シスター・クリスの警備を装っている。
私達ももどかしいが、彼等はもっともどかしいだろう。
今すぐにでも助けを求めたいが、そうすると建物が吹き飛びかねない。
言いたくはないが、シスター・クリスさえ話を分かってくれたら。
警備本部の意見を聞くか、この建物に近づかないか。
それとも自分の周りに、SP以外の警備関係者を配置するか。
そうすれば、彼女自身が安全になる。
私達だって、危険がこの身に及ぶ可能性が少しは減る。
シスター・クリスがこの建物に近付かなければ、私達の存在はさして意味がないから。
ケイが言ったように、馬鹿が入ってきたくらいの事だ。
警備の人間同様、眠らせでもしておけばいい。
でも彼女がl来れば、状況は一変する。
私達が脱出しようと騒げば、彼女の暗殺に支障をきたす。
だから騒がれる前に口を塞ぎに来るだろう。
それは睡眠ガスで事足りるのか、それとも。
「今騒げば、シスター・クリスも気づくかしら。ここが本当に危ないって」
「あの人も言ってたけど、五分五分さ。上手くいけばシスター・クリスは逃げられて、警備の人間がこの建物に強行突入する」
「悪くすれば私達は居所を知られて、テロリストに狙われる。でも……」
サトミが続けようとした言葉は、きっとこうだ。
「でも、シスター・クリスが助かる可能性は増える」
彼女一人なら、もしかするとそう出来るかもしれない。
だけどここには、私達がいる。
シスター・クリスに心酔していない私達を、彼女を救うためとはいえ危険に晒せるのか。
無理だ。
勿論同じような条件だとして、私達だって。
「……狙うなら、この位置だよな」
斜めになって窓の外を見ていたショウが、難しい顔で呟く。
雨は上がっていて、濡れた通路を人がごったがえしている。
シスター・クリスの姿はまだないが、確かに悪くない。
建物に凹凸があり、所々死角が出来ている。
無論軍や警察はそれが分かっているので、ここに警備関係者を駐在させていた。
今は眠らされているのはともかくとして。
誰でも味方だと思っていた人間には、油断するだろう。
現にシスタークリスのSPは落ち着いているが、警備担当者はしきりに建物を睨んでいる。
爆発、狙撃、ガス、電磁波……。
この建物に異変が起きているのは、すでに連絡済み。
当然警備担当者は、シスター・クリスを絶対にここへ近付けたくない。
それなのに、建物の下には人が集まってきている。
シスター・クリスを出迎えるために。
それすらも制止出来ない警備本部。
生徒達のパニックを恐れてだけではない。
警備を不必要と考える彼女は、自分の行動に口出しされるのを好まないらしい。
世界のどこにいても危険なのは変わりがない。
だから警備される事にどれだけの意味があるのか、と。
理屈ではそうだ。
しかし、現実は違う。
今彼女には確実な危機が迫っていて、それに自ら突き進んでいる。
最悪の事態すら覚悟している彼女はまだいい。
でももし、テロリストの攻撃が生徒に及んだら。
故意ではなくても、この状態だ。
わずかな事で、思わぬ事態になりかねない。
今すぐ引き返して欲しい。
自分自身の行動が、どれほどの影響力を持つのか。
それを、分かって欲しい。
みんなを巻き込むという事だけではなくて。
あなたに何かあったら、サトミがどう思うか。
それを防ぐために、彼女が何かしないか。
正直に言えば、私はそれの方が心配だ。
シスター・クリスの安全より、サトミの彼女への思いが。
今は耐えているけれど、もし彼女の姿が見えたら。
サトミの、熱い心が動かされたら……。
「ショウの言うように位置がいいから、この部屋に自動の狙撃装置があったりして」
「どこにもないじゃない」
「素人に分かるような場所へは設置しないだろ。大体、そんな装置が実在するかどうかも知らない」
素っ気なく答えるケイ。
サトミの視線がめまぐるしく室内を動くが、勿論何も無い。
仮に見つけたとしても、それを防ぐ手だてが私達には無い。
つまりは、大人しくしている他無いという事だ。
「……何の音?」
廊下側の机に隠れていた沙紀ちゃんが、小声で尋ねてくる。
私は耳を澄ませ、外の歓声を意識的に消した。
「足音、かな」
ショウも頷いている。
「猛烈に嫌な予感」
顔をしかめるケイ。
沙紀ちゃんが、不安げな視線をサトミに送る。
明らかに思い詰めている彼女へ。
「俺が見てくる。みんなは、ここで待ってろ」
サトミが言い出すより先に、ショウが動き出す。
慎重にドアへと近付け、オフにしてあった開閉のセンサーをオンに。
「まずい。誰か来た」
一気に緊張が走る。
ケイは銃を取り出し、ぎこちない動きでショウの元へと移動した。
「一つ一つドアを開けて調べてるぞ。ここへ来るのも、時間の問題だな」
山峰さんが引きつけているといっても、全員は無理だろう。
何人かは、侵入者である私達を捜しに来た訳か。
「……向こうがドアに入ったところで、俺が外に出る。銃さえ持ってなければ、何とかしてその辺の部屋に放り込む。その間にユウ達は逃げろ。ケイは一応俺の後ろに」
「分かった」
この時ばかりは、ケイも素直に返事を返す。
私達も、余計な事は言わない。
ただ自分達に出来る事を、彼等の邪魔にならないよう動くだけだ。
ドアの左右に張り付く私達。
ショウは防弾用のグローブの具合を確かめている。
集中力を高めているのが分かる。
瞳は閉じられ、呼吸は深くなっていく。
後は意識を研ぎ澄まし、戦いにその全てを賭けるだけだ。
「俺が出て、1分後に」
「了解」




