40-7
40-7
平穏に過ぎていく日々。
なんて事を思う時もたまにはある。
そう願いたい、自分の心境かも知れないが。
学校へ登校し、教室に入って筆記用具を机の上に並べていく。
いつもと変わらない朝の始まり。
異変は何もない。
今日も昨日と同じ。
明日もそんな日々が続く。
変化のない、だけど穏やかな一日が。
ただ結局、それは私の願望にしか過ぎないと思い知らされる。
朝のHR。
半分くらい夢の世界に住みながら、村井先生の連絡事項を聞き流す。
聞いても聞かなくても、あまり困らない内容ばかり。
寝ているので、その判断すら付いていない気もするが。
「騒がしいわね」
教室内は至って静か。
騒がしいとしたら、窓の外かドアの向こう。
防音設備が整っているとはいえ、完全という訳でもない。
余程大きな音や至近距離からだと、それなりの音は聞こえてくる。
こちらもせっかくの眠りが妨げられ、いまいち面白くない心境。
そう思っていると、視線が向けられた。
「……私は関係ないですよ」
「そこまでは言ってない。ちょっと確かめてきて」
結局叩き起こされ、偵察を命じられる。
この人、生徒を一体何だと思ってるんだろうか
寝ている人間を生徒と思ってないのは間違いないとは思うが。
窓の外に問題がないのは、あらかじめ確認済み。
だとすれば、音が聞こえてくるのは必然的に廊下。
慎重にドアを開け、木之本君がカメラの付いた細いケーブルをそっと差し入れる。
「……何人かいるよ」
「太鼓でも叩いてるの?」
「その方が、まだましかもね」
端末に転送されてくるカメラの映像。
そこに映っていたのは、数台のバイク。
エンジンを改造してあるのか、かなりの爆音が廊下中に響いている。
音の原因は判明。
どうして廊下をバイクが走ってるかまでは知らないが。
「バイクが走ってました」
そう報告し、机へ戻る。
戻ろうとしたところで、改めてドアを指さされた。
「あなた、ガーディアンでしょ」
「……後でやりすぎたとか言わないで下さいよ。バイク相手に戦うんだから」
「今回は大目に見る」
取りあえず言質は得た。
やりすぎるつもりはないが、制約が外れた分やりやすくはなっただろう。
スティックを構えて外へ出ようとしたところで、ケイが近付いてきた。
あまり品の良くない顔。
端的に言えば、何かを企む顔で。
「何かあるの?」
「ユウが暴れるまでもない」
「暴れるとは言ってないけどね」
「これ一つで十分だ」
彼が差し出したのは、ジュースのペットボトル。
キャップは開けて無く、新品そのもの。
何の変哲もない、普通のジュースでしかない。
「転ばすって事?」
「それも一つある。ショウ、タイヤを狙って転がしてくれ」
「ああ」
ドアの隙間から手を差し出し、ペットボトルを投げつけるショウ。
それは壁に当たって角度を変え、床で弾んでタイヤの下へと潜り込んだ。
小さいとはいえ、障害物。
あっさりとバランスを崩すバイク。
それに周りの仲間が笑ったのも一瞬。
ペットボトルから吹き出たジュースが周りに散乱し、床を濡らす。
雨の日は、車でも滑りやすくなる。
ましてここは、学校の廊下。
タイヤのグリップ力など大して保てず、それが濡れれば結果は言わずもがな。
周りのバイクもあっさり横倒しになり、かろうじて耐えたバイクも倒れたバイクに激突して同じ事になる。
閉められるドア。
欠伸混じりに席へ戻るケイ。
今度は、その彼が呼び止められる。
「あれで終わる気?」
「音は止みました。連中が何者かまで詮索する気はありません」
「詮索して。これは、自警局顧問としての命令よ」
「命令なら仕方ない」
すぐにきびすを返し、外へ出るケイ。
どうも、その一言を待っていた様子。
魂を狩る悪魔に、神様が免罪符を授けた気がしないでもない。
バイクは合計で5台。
倒れているのは、8人。
人数が合わないのは、二人乗りをしていた連中がいるようだ。
床の濡れている部分を避け、バイクに足を挟まれ呻いている男の側へと近付く。
当然だが見た顔ではなく、何者かも不明。
何がやりたいかは、もっと不明だが。
「今エンジンを掛けたら、どうなるかな」
ぽつりと呟くケイ。
男達は全員、バイクの下敷きかタイヤが目の前。
バイクは倒れているので走りは出さないが、エンジンが掛かれば動きはする。
タイヤは触れた部分を地面と思い、それ本来のパワーを開放しようと思うだろう。
呻き声が悲鳴に代わり、さながら地獄絵図といった状況。
それが自業自得と来ては、言葉もない。
「一つ、質問だ。まず、ここの生徒の奴は」
一斉に上がる手。
ケイは軽く頷き、足下にいる男に声を掛けた。
「誰かに命令されたのか、それとも自分の意志か」
「め、命令された」
「誰から」
「そ、それは。その、言えないんだけど」
途端に口ごもる男。
言えないのではなく、言う相手がいないという雰囲気。
この期に及んで、なお責任転嫁か。
笑えるどころの話じゃないな。
「俺達が狙いか。それとも、ただ暴れてただけか」
「た、ただ暴れてただけです」
素直に答える男。
当然好感を感じるはずも無く、その身勝手な考えにいらだつだけだ。
「どうやってバイクを持ち込んだ。どうして暴れた。目的は」
矢継ぎ早の質問。
男は何も答えられず呻くだけである。
「ああ、無理に答えなくて良い。大体予想は付いてるから」
「え」
「眠気覚ましに外へ出てきただけさ。もうしばらく付き合ってくれ」
小さく欠伸をして、壁にもたれるケイ。
それきり何をするでもなく、尋ねる事すらしない。
廊下には呻き声だけが響き、虚しく時が過ぎていく。
「い、言いますっ。言いますから、バイクをっ」
「聞きたくないって言っただろ。手足が取れても、死ぬ訳じゃないんだ。安心しろよ」
「お、お願いしますっ」
最後は泣かんばかりの懇願ぶり。
追い込むどころの話じゃないな、これは。
ケイは鼻を鳴らし、ようやく壁際から離れて一番近くにいた男へ近付いた。
「目的は」
「ち、治安を乱せと言われて」
「誰に」
「こ、この生徒です」
「バイクはどうやって持ち込んだ」
「夜の内に、パーツを分解して建物の中へ」
すらすらと、淀みなく答える男。
苦痛で何も言えないかとも思えるが、それを上回る何かを今は感じているようだ。
一通り聞き終えたところで、サトミが端末にその情報を打ち込む。
彼女にすれば、今程度の情報量ならメモを取る必要もない。
これは報告用といったところか。
ケイはサトミが打ち込み終えたのを確認して、ショウに視線を向けた。
「こんなところに転がしておいても邪魔だ。バイクをどかしてくれ」
「ああ」
倒れたバイクを引き起こし、廊下の隅へ寄せるショウ。
しかし倒れた連中はそのまま。
心情的には、分からなくもないが。
「ユウから、何かある?」
「全然。時間を無駄に過ごしたなと思っただけ」
「それは申し訳ない。HRも終わっただろうし、そろそろ教室へ戻るかな」
一時限目が終わったところで、眠そうなケイに疑問をぶつける。
「どうしてあの連中の身元を知ってたの」
「知る訳無いだろ。初めて見た奴の事なんて」
「さっきと言う事が違うじゃない」
「向こうが勝手に話したんだ。本当扱いやすい連中で助かった」
欠伸をして、サトミからさっきのデータを送信してもらうケイ。
それを見て鼻を鳴らし、モトちゃんに話しかける。
「どうだよ、これ」
「困った問題ではあるわね」
しみじみと呟くモトちゃん。
連中を雇ったのは、生徒会の構成員。
いわゆる反乱分子。
証拠ははいくつか入手し、証言も取れている。
そこから糾弾する事は可能である。
「何が問題なの。この事実を突きつけて、その連中を追い出せば良いだけでしょ」
「それ自体は簡単よ。ただ、私達が前に出すぎるのはどうかしら」
「別に良いじゃない。前でもどこでも出れば」
「他の局もだけど、自警局は徐々に1、2年生に権限を移しつつある。無論私達のバックアップ前提でね。ここでユウなり私が連中を叩き出すのは良いけど、そうなると後輩達の立つ瀬がないでしょ」
深謀遠慮。
大所高所に立った意見。
色んな意味で、私は低いところからしか見てないな。
「それに問題は、私達が以前としてターゲットになってる点ね」
「狙われるのが問題って事?」
「つまり、結局私達が未だに目立っているって事よ。かといって、渡瀬さん達だけ狙われるのが良いとも言えないんだけど」
小さく漏れるため息。
これは反論したいというか、むしろそうであるべき。
仮に渡瀬さん達が自警局を率いるようになっても、狙われるのは私達だけで十分。
彼女達を守るために私はいるんであって、そこまでして彼女達の成長を望みたくはない。
「ユウは、何もしないでね」
「まだ、何も言って無いじゃない」
「顔に書いてあった」
別になにも書いては無いと思うが、見る人が見れば分かるのかも知れない。
そうでない人が見ても、分かるのかも知れないが。
放課後。
自警局でさっきの連中の身元を改めて確認。
北川さんと沙紀ちゃん。
七尾君にも見てもらう。
「俺としては、叩き潰して終わりだと思うんだけどね」
「心情的にはみんな同じよ。でも、それではいつまで経っても彼等は成長しない」
「しない事は無いだろ」
「言い方を変える。成長はするけど、私達の陰から抜けられない」
淡々と語る北川さん。
そこまで大げさな事とは私は思えないが、完全に否定する事も出来ない。
何となく重くなる空気。
するとモトちゃんが席を立ち、笑い気味に私達を見渡した。
「一つ、提案があるんだけど」
「何」
「私達が、後輩の下に付くっていうのはどう?」
唐突な。
ただ、それ程悪くはない考え。
後輩に経験を積ます事が出来、かつ私達も彼等をサポート出来る。
「私は構わないけどね。今でも似たようなものだし」
「俺も、別に」
すぐに賛同する私とショウ。
七尾君と沙紀ちゃんも同様。
北川さんは思案の表情を浮かべて、それでも微かに頷いた。
残るは木之本君とケイ。
そして木之本君が否と答える訳が無く、どうやら最後に残ったケイの答えを待っているようだ。
「浦田君は、どう思う?」
「異論はないよ。後輩のお手並み拝見だな」
底意地の悪い魔女のような顔。
この場合男なので、魔男か。
いや。それはまた、違う意味になってくるな。
何にしろ、釘は刺しておいた方が良さそうだ。
「余計な事しないでよ」
「当たり前だろ。可愛い後輩に、どうして。さて、誰が誰の下に付くか決めようか」
完全に乗ってきたな、この男。
もしかして、小姑にでもなるつもりか。
いや。それはケイだけじゃない。
腕を組み冷ややかに彼を見つめている美少女。
問題はむしろこちらだが、そこはそれ。
彼やサトミの出方も想定もしているのか、モトちゃんはにこりと笑って手を振った。
「それについては、後輩に一任する。誰の下について何を命令されても、文句を言わない事」
「不満があった場合。もしくは、後輩に不手際があった場合は」
「そこは先輩の度量と才覚でフォローして」
サトミの質問を軽やかに流すモトちゃん。
この辺は、まさしく度量の広さを感じるな。
それでも、サトミの質問はなおも続く。
「誰を、どの役職に就けるの。これを後輩に一任という訳にも行かないでしょ」
「構わないでしょ。あくまでもリハーサルなんだから」
「見通しが立ってるんでしょうね」
「ハプニングも込みよ。実際に後輩だけになった後で問題が分かっても困るじゃない」
相変わらず、先までを見通している沙紀ちゃん。
少し楽しそうだな、くらいの私とは根本的に視点が違う。
「生徒会長や総務局の了承は得てるの。それとも、あなたの一存」
「私の一存。まさか、駄目とは言わないでしょ」
「どうかしら」
「それなら、確認を取ってみるわね」
端末で連絡を取り始めるモトちゃん。
会話はすぐに終わり、表情に再び笑顔が訪れる。
「問題はないって。他の局でも参考にしたいから、報告書も作るように言われた」
「それは私がやっておく」
「お願い」
なんとなく逸れる、サトミの意気込み。
ある意味、単純な人だからな。
という訳で今度は後輩が呼び出される。
居並ぶ先輩達の前へと呼び出される。
殆どの子が恐縮するか警戒する中、落ち着いているのは真田さんとエリちゃん。
私達の出方。
さらに言うなら、モトちゃんの思考に詳しい子達。
御剣君も詳しいが、彼は怒られるイメージが先に立つのだろう。
「今話したように、少しの間自警局をあなた達に任せてみる。運営に支障がない限り口は出さないし、あなた達の命令に従う。一度、好きにしてみて」
「好きにとは、どの程度」
「言葉通り。やりたいようにやって」
エリちゃんの質問へ、穏やかに答えるモトちゃん。
真田さんは緒方さんとささやき合い、意見交換し始めた。
モトちゃんは言葉通り、基本的に干渉しないと思う。
ただ彼女の隣で醒めた表情を浮かべているサトミは別。
誰が扱いにくいって、多分この人が筆頭。
つまりこの人を部下にするのは、かなりの難題。
それこそ、ジョーカーを引き当てるような物だ。
「役職は固定しても良いし、数人で兼任しても良い。日替わりでも構わない。私達をどう割り振るかも自由。ただそれぞれ得意分野があるから、それは考慮してね」
「後で、何らかのペナルティは」
「一切無い。考査でもないし、試験でもない。将来を見据えてのプレテストと考えて。ここで問題点を洗い出して、今後の参考にしてくれれば良い」
「分かりました。一度、私達だけで話合わせて下さい」
私達に背を向け、輪になって相談し始めるエリちゃん達。
後は少し待つとするか。
待つ事しばし。
小谷君が前に出て、モトちゃんへ報告に来た。
「お話は分かりました。詳細は改めて決めますが、言われた通りにやってみようと思います」
「お願い。初めに役職と、役割分担。それと、私達をどの部署に配置するかを決めて」
「それについては、これを」
差し出されるプリント用紙。
どうやら、今モトちゃんが言った事が書いてあるらしい。
無言でプリント用紙を閲覧をしていくモトちゃん達。
私のところに来たのは、一番最後。
特に異論は上がらなかったので、問題はないんだろう。
局長職は小谷君。
これは予想通りであり、来期の予定とも同じ。
局次長が真田さん。
自警課課長は渡瀬さん。
局長補佐が、神代さんと緒方さん。
ガーディアン筆頭に御剣君。
多少意外だったのが、エリちゃんの扱い。
彼女も補佐かと思っていたが、局長代理。
役職としては、課長級。
1年としては相当の抜擢とも言える。
「エリちゃんは偉いって事?」
「代理ですからね。実質的にNO.2と思って下さい」
意外ではあるが、妥当でもある。
私なら、彼女を局長に据えるかも知れないな。
次に目を通したのは、私達の配置。
まず見たのが、サトミの扱い。
とにかくこの子がキーというか、難題。
部下にしたいと思う子はいないだろう。
彼女を扱えるとしたら、エリちゃんくらい。
だけどリストを見ると、彼女は小谷君直轄の補佐。
エリちゃんの補佐ではない。
「これで良いの?サトミは厄介だよ」
そう言った途端、すごい目で見てくるサトミ。
本人を目の前にして言う事ではなかったな。
「及ばずながら頑張ります」
特に気負いもなく答える小谷君。
本人が良いというなら、私が言う事は何もない。
という訳で、次は自分がどこに配置されてるかを確かめてみる。
「護衛って何」
「一応、俺の護衛で。普段は、御剣君の下についてもらいます」
「ふーん」
視線を御剣君に向けると、慌てて目を逸らされた。
そんなに私は、厄介な先輩かな。
他の子も、大体順当。
モトちゃん達は、真田さんの補佐。
ショウと七尾君は渡瀬さんの補佐。
ケイはエリちゃんの補佐。
最後は一番順当だと思う。
サトミとは違う意味で厄介だから。
「これでいかがでしょうか」
「問題ないわよ。誰か、意見がある人は」
モトちゃんの問い掛けに反応はない。
つまり、これを了承したとの事。
小谷君は小さく頭を下げ、よろしくお願いしますと呟いた。
「こちらこそよろしく。取りあえず、明日からお願い。各部署には、私から話しておく」
「分かりました。済みませんが、準備がありますから」
「ええ、頑張って。楽しみにしておくから」
執務室で私物を整理するモトちゃん。
私も部屋はあるが、私物は置いてないので片付ける必要はない。
「明日から、私は何をやればいいの」
「言われた通りに動けばいいだけよ。ただ、何かあっても怒らないでね。それとみんなが困ってたら、フォローしてあげて」
「分かった。まあ、やる事は今までと同じか」
護衛の対象がモトちゃんから小谷君に変わっただけ。
それも常時彼を護衛してる訳ではないだろうし、暇な日々が続くというところか。
「サトミはどう思う?」
「問題はないでしょ。少なくとも、何も出来ませんって人間はいないはずよ」
なかなかに厳しい意見。
これでは、何も出来ませんとはとても言えなくなってきた。
一番言いたいのは私だけど。
仕事も終わり、リュックを背負って歩き出したところで渡瀬さんに呼び止められる。
「お時間よろしいですか」
随分固い入り方。
特に断る理由はなく、こくりと頷く。
「済みません。私達に任せるという件ですけど、本当に大丈夫でしょうか」
「不安って事?」
「色んな意味で」
素直な告白。
単純に、仕事を任される事への不安。
それとモトちゃんは否定したけど、考査としての意味があるのではという疑問。
何より、どうして今なんて事もある。
深くはモトちゃんに聞いてみないと分からないが、おそらくはある程度事前に予定していたはず。
少なくとも思いつきで行動するタイプではないし、それに沙紀ちゃんと北川さんも乗ってこないだろう。
3人の間である程度計画があり、それが今実現しただけの話だと思う。
「気持ちは分かるけど、大丈夫だと思うよ。特に深い意味はないって、モトちゃん達も言ってるから」
「試されてる訳ではないんですよね」
「あくまでも予行演習でしょ。それに半年すれば、嫌でも私達は卒業するからさ。結局今回と同じ事になるじゃない」
「それは確かに」
控えめに頷く渡瀬さん。
意外に慎重というか、色々考えてるんだな。
同じような質問をしばらく受け、多少は納得した顔になる。
「そんなに不安?というか、私達って怖い?」
「やっぱり雪野さん達には敵いませんから」
「そうかな。退学になったり、停学になる人間だよ。モトちゃんや北川さん達はともかく、私やサトミ達はどうしようもないんじゃないの」
「まさか。そんな事は全然」
笑い気味に首を振る渡瀬さん。
何が全然かまでは言ってくれないが。
「やっぱり私達がどうあがいても、皆さんの足下にも及びませんからね。それが一番の不安材料かも知れません」
「考え過ぎじゃないの。普通だよ、私達は。いや。サトミやショウはともかく、私は普通だよ」
「そうでしょうか」
私より、私の事を知ってそうな顔。
そんなに度が過ぎてるのかな、私は。
間が悪い事に、そうして話しているところにサトミが現れた。
彼女にその気はなくても、周りに威圧感を与えるタイプ。
最近は比較的大人しいが、言いたい事はいくらでもあるはず。
それを我慢しているようにも見えるし、我慢出来るだけ彼女も大人になったと言える。
「まだ何かあるの?」
今は終業時間後。
単に質問をしただけだと思う。
それでも渡瀬さんは恐縮気味に首を振り、少し後ずさった。
「……尋ねただけよ」
さすがに気分を害した様子。
日頃の行いがとは、私の口からはとても言えない。
「二人とも帰らないの」
「帰るよ。渡瀬さんは?」
「もう少し、明日の準備をしておきます。お疲れ様でした」
「ええ、さようなら」
「頑張って」
ぺこりと頭を下げ、ぱたぱたと駆けていく渡瀬さん。
彼女達のためによかれと思ってやったつもりだけど、これはむしろ負担を掛けただけの気もしてきた。
ただモトちゃん達が普段している事を肩代わりするだけで、それなら彼女達の負担はどうなのかという話にもなるが。
「帰るんじゃなかったの」
「ん、ああ。帰る」
サトミに促され、リュックを背負い直して受付を後にする。
差し入れでもしてあげたいところだが、多分今は後輩だけで頑張る時。
そういう事は、また今度にしておこう。
翌日。
バスを降りて正門へ辿り着いたところで、例の挨拶が聞こえてくる。
本当にこれは程度問題。
ただ挨拶をしてくれるだけならいいが、声を張り上げられるからたまらない。
それも集団でやられると、さすがに文句の一つも言いたくなる。
とはいえそこまでやるのは言いがかりにも近いので、どうにか堪えてはいるが。
善意でやっている分、却って物を言いにくいというのも困った話だな。
「おはようございます」
正門に居並ぶ生徒や教職員ではなく、声を掛けてきたのは御剣君。
もしかして待ってたのか、この人。
「おはよう。どうかした?」
「今日、昼に警備の予定があるんでしょ。それをお願いします」
「良いよ、何でも言って」
「いえ。雪野さんはどっしり構えていてくれれば、それで」
慌てて手を振る御剣君。
そんなに変な事を言ったつもりはないし、どっしり構えるタイプでもない。
とはいえ無用のプレッシャーを与えても仕方ないので、ここは取りあえず頷いておく。
「お昼に警備って何。試合じゃないよね」
「ラウンジで、即売会をやるみたいです。秋の味覚フェアって言ってました」
「もうそういう時期か。でもそれって、警備が必要?」
「警備を頼むとだけ、内局から連絡があったので。タイムセールでもやるんじゃないんですか」
「ふーん。とにかく、分かった。端末に場所と時間を入れておいて。またお昼に会いましょ」
そのお昼。
頼まれたのは私だが、サトミ達も暇なのか付いてくる。
ラウンジはすでにかなりの活況。
壁際には売店や試食コーナーがいくつも並び、そこに生徒が列を作っている。
あちこちから結構良い匂いも漂ってきて、秋は良いなとしみじみ思う。
「……雪野さん、こっちです」
大勢の生徒を器用に避けて近付いてくる御剣君。
インカムを装着し、首からは端末が二つ。
珍しい光景というか、もしかしてこの子が指揮を執ってるのか。
「何か」
「いや、別に。私は暴れてる生徒を取り押さえればいいの?」
「まあ、そういう連中がいたらお願いします。取りあえずここに座って、何か食べてて下さい」
「はは、良い仕事だな」
げらげら笑うケイ。
別に好きで座る訳ではないし、笑われる程の事でもないと思う。
「い、いや。急に決まったから、部署がないだけで。何かあれば、すぐに呼びます。……ああ、今行く」
インカムに向けて話ながら人混みに消える御剣君。
少なくとも、問題は特にない様子。
だったら彼の言う通り、ここは大人しく秋の味覚を楽しむとするか。
キノコご飯とキノコのみそ汁。キノコの天ぷら。
後は佃煮と炒め物。
「毒キノコはないよね」
いまいち見た記憶のないキノコを炒め物の中から拾い上げ、ケイの小皿に移す。
別に変な色はしてないけど、毒キノコは意外に地味な外見とも言う。
「御剣君も、なかなか上手いな」
毒キノコ。
じゃなくて、見覚えのないキノコをかじりながら薄く笑うケイ。
さっそく効果が現れたのかな。
「何が」
「ユウをここに呼んで、一応総大将みたいな位置に付ける。でも実際は何もさせないから、問題は起きない。それでもユウを使っているという言い訳は出来る」
「そんな物?」
「さあね」
自分で言った割には興味もないという顔。
私としては、御剣君がそこまで物事を考えている事に少し驚く。
昔の彼はいまいち気が利くタイプとは言えず、がさつというか粗雑。
私以上の直情型で、とにかく前しか見ていなかった。
周りに気を遣うとか気を回すとか、そういう事とは無縁な性格。
それが少しは改まったという事か。
「ショウはどう思う?何が食べたいとかじゃないよ」
「そんな事は分かってる」
ゆでた栗を器用に剥き食べていくショウ。
特に意見はないらしく、彼は再び栗に没頭し始めた。
「聞いてる?」
「あいつにはあいつの考えがあるんだろ。俺達は、それを見守るだけさ」
何か、格好良い事を言い出した。
栗を剥いてなかったら、多分もっと格好良かったと思う。
幸い何事もなく即売会は終了。
お土産に、秋の味覚セットを渡される。
「お疲れ様でした」
インカムを外しながら挨拶をしてくる御剣君。
別に疲れてはないが、取りあえず頷き私達も彼の労を労う。
「問題はなかった?」
「ええ、これといって」
ごく自然に答える御剣君。
何かを隠したり取り繕っている様子は感じられない。
実際見ていて大きな混乱もなく、進行も警備も滞りなく進んでいた。
取りあえずは一安心と言ったところか。
ただ私の隣では、サトミが卓上端末に何かを打ち込んでいる。
再三彼等にも答えたように、採点もしなければ考査もしない。
今サトミが打ち込んでいるのは、まずはレポート作成のため。
後は、個人的な採点のためだろう。
「俺は、後片付けがありますので」
「ご苦労様。また、放課後に」
「ええ。失礼します」
軽く会釈をして、小走りで人混みの中へ消える御剣君。
こういう事は不得手だと思っていたが、意外と無難に乗り切った。
彼だって、いつまでも子供ではないという事か。
「如才ないのは確かだな」
半笑い気味に呟くケイ。
何がと思ったら、私とショウの顔を指さした。
「二人をここに置いておけば、暴れる馬鹿もそうそうはいない。魔除けだ、魔除け」
もう少し違う言い方があっても良いと思うが、言いたい事は理解出来た。
ただ扱いはどうあれ、彼の役に立ったのなら別に構わない。
それも座って美味しい物を食べていただけなら、なおさらに。
私もショウも特に反応を見せないのが不満なのか、改めて魔除けと言い出すケイ。
本当に魔除けだったら、自分が近付いてこれないじゃないよ。
「先輩の扱いがなってないだろ。怒ったらどうだ」
「なってないって程でもないでしょ」
「俺もそう思う」
「日和見やがって。草薙高校も、そろそろ終わりだな」
終わりどころか始まりと思うけど、馬鹿馬鹿しすぎして突っ込む気にもなれない。
というか、終わってるのは自分じゃないの。
放課後。
自警局にやってきて御剣君を捜すと、彼はデスクで書類を書いていた。
多分、さっきの警備の方向書を書いてるはず。
人の事は言えないが、以前はこういう事を全部人任せだった。
お昼に見た仕事ぶりや今の姿を見ると、別人とすら思えてしまう。
それは勿論、良い方向で。
邪魔をするのも悪く、遠巻きに彼を眺めてから局長執務室へと向かう。
こちらは、さらなる違和感。
小谷君が大きなデスクで仕事をして、少し離れたところにある小さな机でサトミとモトちゃんが仕事を始める。
今までとは逆の光景。
そして驚くのは、小谷君が意外と彼女達に仕事を振って行く事。
無理矢理とか、度が過ぎるほどではない。
ただ昨日までは彼が彼女達を支えていた訳で、この期間が過ぎれば関係も元へ戻る。
それでも彼は、二人に仕事を振っていく。
相手が誰だろうと態度を変えない彼の姿勢に、逆に感心をする。
「雪野さん、出かけるのでお願いします」
今度は私を指名。
これも勿論、私の腕を見込まれての話。
私が断る理由も当然無い。
私とショウで彼を挟み、廊下を歩く。
やはり彼が恐縮した様子はなく、今はそれどころではないのか書類を読みながら歩く小谷君。
私達は行く手を阻まれないよう、前方を注意する。
「転ばないでね」
「ええ。大丈夫です」
若干生返事。
一応ショウに目配せして、万が一に備える。
恐縮はしていないが、肩に力が入りすぎてるかも知れない。
それだけ局長の座は重責であるとの証。
そう考えると、モトちゃんは良く普段から笑っていられるなとも感心する。
私はつくづく楽なポジションにいるなとも。
やがて予算局へ到着。
受付を済ませ、そのまま局長執務室へやってくる。
出迎えてくれた新妻さんは私達の後ろを確認し、すぐにドアを閉めるよう促した。
「遠野さんはいないのね」
「ご用なら、お呼びしますけど」
「私からは、卒業まで用はない」
そこまで警戒しなくても良いと思うけどな。
気持ちとしては、分からなくもないが。
「取りあえず、削減するガーディアンの人数と余剰する予算の総計です」
「……何かの冗談?」
「至って真剣ですが」
「後で遠野さんが何を言っても知らないわよ」
目付きを鋭くさせ、書類に目を通す新妻さん。
内容に不備はなかったらしく、それはすかさずサインがされて決済済みの箱へと入れられる。
サトミもこの事は知ってるはずだけど、よく文句を言わなかったな。
私なら後の事を恐れて刺激はしないんだけど、彼はそれこそ至って平気。
改めて見直した。
余程ガーディアンを削減したのが嬉しかったのか、臨時に予算が振り込まれた。
額としては少額だが、あって困るものではない。
私が使う訳ではないけどね。
「今は、あなたが局長?」
「臨時に勤めています。少しの間ご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」
「普通なら2年が局長なんだし、問題はないでしょ。遠野さん達を使いこなすのは、大変そうだろうけど」
「自分の力不足を痛感するばかりです」
なにやら立派な事まで言い出した。
これからは、小谷さんって呼んだ方が良さそうだな。
「良い後輩が育ってるわね」
「私が育てた訳じゃないけどね。モトちゃんのお陰でしょ」
「俺は雪野さんや玲阿さんからも、色々学んでますよ」
「反面教師でしょ」
取りあえず新妻さんを睨み、この件はサトミに報告する事とする。
自分でも気付いてるわよ、そのくらいは。
次は内局。
久居さんと、警備スケジュールを確認。
それ以外にも人出が要りそうなイベントにガーディアンを貸し出す約束を、いくつかかわす。
非常に慣れた様子で、突然局長職を任されたとは思えない程。
元々矢田局長の下で働いていたため、こういう事に慣れているんだろう。
それと本人の、日々のたゆまぬ努力の結果か。
「悪いわね、色々と」
「いえ。ガーディアンと言っても警備だけに仕事を限定する必要はないと思いますから」
「ただあまり手を広げると、反感も買うわよ」
「気を付けておきます」
殊勝に頷く小谷君。
久居さんは優しく微笑み、書類を整理して私を見上げて来た。
「立派な後輩がいて助かるわね」
「私はずっと助けられてばかりだけど」
「いやいや。俺は雪野さんの背中を追うので精一杯です」
慌てて取り繕う小谷君。
変なプレッシャーでも与えてるのかな、私は。
今度はSDC。
やはり警備のスケジュールを確認。
日程や時間が被らないかを入念に確かめる。
これは局長の仕事でもないと思うが、彼には彼の考えがあるんだろう。
「雪野さんは、何しに来てるの」
「小谷君の護衛」
「仕事はしないわよね」
慎重に尋ねてくる黒沢さん。
別に皮肉ではなく、余程私が仕事に関わるのが困るらしい。
「しても良いなら、何でもするよ」
「何もしなくて結構。頼りになる後輩もいるんだから、大人しく構えてなさい」
「いつでも大人しいけどね、私は」
「それって、本気で言ってるの?」
何も、本気で尋ねられても困るけどな。
最後にやってきたのは総務局。
ここでは報告書の提出だけ。
受付で済ませば良いと思うが、どうやらそうも行かないらしい。
「頑張ってるようですね」
報告書を受け取り、そう声を掛ける矢田局長。
それへ素直に頷く小谷君。
二人は中等部からの先輩と後輩。
色々と、感慨深い部分もあるんだろう。
「彼の事を、よろしくお願いします」
不意に頭を下げてくる矢田局長。
それに少し戸惑いつつ、了承した旨を告げる。
彼に言いたい事はいくつもあるが、小谷君を思う気持ちは変わらないと思うから。
総務局を後にし、自警局へと戻る。
小谷君はやはり書類を読みながら。
「根を詰めない方が良いよ」
「ええ、大丈夫です。少しは先輩達の大変さも分かりましたよ」
そう言って、冗談っぽく笑う小谷君。
この時点で、彼を局長の経験をさせた意味は十分にあったと思う。
本当、今は後輩の成長がただまばゆいばかりだな。
「モトちゃんはともかく、サトミは使いにくくない?」
「多少は。ただ駄目なら駄目と言ってくれるでしょうし、失敗に関しては安心してられますよ」
なんとも頼もしい言葉。
多分彼は、私のはるか前を歩いているんだろう。
そして私には見えない、はるか先を見てるんだろう。
私はサトミ達のような手助けは出来ない。
出来るのは、彼らの進む道を守る事。
彼らを阻もうとする手をはねのける事。
それは私はがなすべき事でもある。




