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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第40話
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40-6






     40-6




 放課後。

 自警局にやってくると、受付に生徒会各局からの宅配物が届いていた。

 その一番上にある、特別室室長宛と書かれた封筒。

 そんな人がいるんだと思いつつ、ふ菓子を食べる。

「開けないの」

 怪訝そうに尋ねるサトミ。

 どうしてと思い、彼女を見つめる。

「あなた、特別室室長でしょ」

「何が」

「前言ったじゃない。直属班隊長というのは肩書き。大体、班なのに隊長っておかしいと思わない?」

 それは確かにおかしいだろう。

 ふ菓子を、一匹二匹と数えるような物だ。


 自分でも意味が分からなくなってきたので、まずは封筒を開けてみる。

「机の引き出しにあるキーを、届けて下さい。予算局。机なんていくらでもあるじゃない」

 受付の周辺だけで、三つも四つも存在する。

 以前より狭いとは思うが、自警局全体では20も30も存在するだろう。

「あなたの部屋にあるんでしょ」

「寮の部屋って意味じゃないよね」

「特別室室長の部屋。一度見てみたら」



 サトミに連れてこられたのは、代表執務室の隣。

 ずっと資料室だと思っていたが、どうやらここがそうらしい。

「入って良いの?」

「ユウが入らずに、誰が入るの」

 カードキーをスリットに差し込み、中へと入るサトミ。 

 何が待ち受けてるのかよく分からないので、慎重にその後へと続く。


 当然だが鬼が待っている訳でもなく、机と本棚があるだけの簡素な部屋。

 その中でも壁際にある一番大きな机には、「特別室室長」というプレートも置いてある。

「いつからあるの、これ」

「先週くらいかしら。元々あれば、さすがに案内してるでしょ」

「なるほどね」

 取りあえず椅子に腰掛け、座り心地を確認。

 かなり位置を高くしてあり、机から顔しか出ないという事はない。

 その分椅子の上り下りが面倒な気もするが。



 まずは引き出しを開け、鍵を取り出す。

 さび付いた、中世を舞台にした映画に出てきそうな鍵。

 正直あまり良い印象はなく、指定された封筒に入れて遠ざける。 

 こういうのは財宝が隠された部屋の鍵か、お化けの潜んでる部屋の鍵。

 どちらもこの学校にはないと思うけど、だったらどうして鍵はあるのかと聞いてみたい。


 部屋の広さは、以前連合の頃に使っていたオフィスよりも広いくらい。

 キッチンはないが、その分スペースが取れているようだ。

「ここって、私一人が使うの?」

「ショウはあなたの補佐だから、二人でね」

「そんなラブコメ路線、許せるか」

 ドアの隙間から陰気に呟くケイ。

 言ってる意味が、根本的に理解不能だな。


 ただ二人きりはともかく、ここを使う気にはあまりなれない。

 デスクワークなら他でも出来るし、そこまでの仕事も特にない。

 何よりこもっているのが、性に合わない。

 塩田さんがすぐに執務室を抜け出していた心境が、今となってはよく分かる。

「どっちにしろ、使う用事がない無いんだけど」

「一度後輩を面接でもしてみたら」

「なんのために」

「先輩として、彼等の気構えを確かめるためよ」

 随分漠然とした話。

 しかし卒業はまだしばらく先とはいえ、後輩に道を譲る時はいずれ来る。

 モトちゃん同様私も彼等を信頼はしているが、彼等の気持ちはまた別。

 それを確かめるのも必要か。

「私一人でやるの」

「仕方ないわね。付き合うわよ」

 別に頼んではいないし、隣に椅子を持ってこいとも言ってない。  

 まさかとは思うが監視じゃないだろうな。




 まず入ってきたのは渡瀬さん。

 気付けば心身共に成長し、落ち着きのなかった昔と比べればまるで別人。

 本人はそれ程変わったとは思ってないようだが、私からすれば随分遠くに行ってしまったような気もする。

「最近、どう?」

「特に問題ないですよ」

 かなり曖昧な私の質問にも、普通に答えてくれる渡瀬さん。

 この辺りの呼吸は、昔と変わらない。

「渡瀬さんって、今は何やってる?」

「七尾さんの下で、ガーディアンの統括を。代理を任されてます」

「へぇ」

 そんな事初めて知った。

 七尾君はガーディアンの筆頭で、格としては課長クラス。

 つまり立場としては、私達とほぼ同格か。

 ますます、渡瀬さんと呼んだ方が良さそうだな。


「現状に不満はある?生徒会でも自警局でも、個人でも良いけど」

「無くもないですよ。ただその辺りは真田さんやナオが考える事だと思ってます。私は、その決定に従うだけですから」

「そうなの?」

「私は自分を、あくまでもガーディアンだと思ってますから」 

 控えめなのか、消極的というか。

 モトちゃん達の方針。

 事務方と現場を分離し、ガーディアンの独走を防ぐという考えには合致している。

 ただ自分の考えを私としては、もう少し出して欲しい。

「自分で行動したいとか思わない?自分自身の考えで」

「やりすぎるのは良くないですからね。歯止めという点からも、あまり自分の考えだけで行動するのもどうかと思いまして」

「ふーん」

 随分大人の意見。

 これは彼女の性格や思考もだけど、北地区出身者の特性かも知れない。

 調和を重んじ、規則に従うという。

 この場合は、組織と言い換えても良いだろうが。




 彼女を帰らせ、次に神代さんを呼ぶ。

 こういう形で呼び出される事は予想してなかったのか、かなり警戒気味というか怯え気味。

 まさか、怒られると思ってるんじゃないだろうな。

「緊張しないで。ちょっと質問するだけから」

「質問?」

「そこまで大げさな事じゃない。今の学校とか生徒会に不満はあるか聞きたかっただけ。それか、将来は自警局をこうしたいっていう希望でも良い」

「不満。希望」

 言葉をオウム返しする神代さん。

 これは非常に彼女らしい慎重さの現れとも言える。

「無いなら無いで良いけどね。それか、困ってる事は無い?」

「今の質問に困ってる」

 なんだ、それ。

 分からなくもないけどさ。

「今、神代さんはどういう仕事をしてる?」

「元野さんの手伝いを」

「局長とか狙ってる?」

「え」

 目を見開き、声を裏返す神代さん。

 冗談も通じないのかな、この人は。



 埒があかないので、次の真田さんを呼んでみる。

 彼女との付き合いは、中等部から。

 今更聞く事もあまりないが、以前とは違う面も少し見られる。

 その辺りは、興味が無くもない。

「最近、調子どう?」

「問題ありません」

 普段通りの素っ気ない口調。

 まあ、こんな物だろう。

「今って、どういう仕事をしてる?」

「元野さんの手伝いですけど」

 警戒気味に答え出す真田さん。

 付き合いが長い分、私達の思考もある程度は把握している。

 無意味な行動が多く、それが突飛な結果に結びつくとも。


「弁護士の方は、どう?」

「諦めてませんよ。前、言いませんでした?」

「聞いたね」

「私をどこかへ売り飛ばす予定でも?」

 人を疑うにも程がある。

 大体あれは、彼女を思っての事だ。

 それにしても、古い話をしてくるな。

「何もないなら、別に良い。少し話を聞きたかっただけだから」

「特に話すような事はないですよ。平々凡々と過ごしてますし」

 ちょっと冗談めいた口調。

 昔はもっと固いというか、とにかく寡黙だった。

 聞いてもろくに答えなく、サトミてとはまた違う壁を感じたものだった。

 それも遠い思い出か。

「私、仕事があるんですけど」

「私より仕事を取るっていうの?」

「意味が分かりません」

 それもそうだ。



 次は緒方さん。

 付き合いとしては一番短め。

 今でこそ草薙高校の生徒だが、元々傭兵。

 思考原理は、私達とは根本的に違う。

「最近、調子どう?」

「なんですか、急に」

 硬い表情で尋ね返す緒方さん。。

 警戒度合いは、もしかして真田さん以上。

 そうでなければ、傭兵として生き残れなかったのかも知れない。

「今って、どういう仕事してる?」

「傭兵としては活動してませんよ」

「自警局として」

「ああ。元野さんの手伝いを」

 神代さん、真田さんと同じ答え。

 今の事務方の主力は、彼女達3人という訳か。

「不満ってある?生徒会でも自警局でも学校でも。個人でも良いけど」

「別に。不満なら、すぐに解決しますから」

 これもまた、傭兵らしい思考。

 ただ彼女の性格的な部分が現れてるとも思うが。

「傭兵には、もう戻らない?」

「今更無理でしょう。浦田さんくらいですよ。3年生になって傭兵になるのって」

 鼻で笑う緒方さん。

 確かにそう考えると、あまり賢い行動ではないな。



 次は高畑さん。

 彼女は自警局と同時に、美術部にも所属。

 ここにいない時も多い。

「どう、最近は」

「元気にやってます」

 それは何よりだ。

 容姿が変わったのは、多分彼女が一番顕著だと思う。

 背は一気に伸びて顔つきも細くなり、それでいて体は女性的な丸みを帯び始めた。

 成長期って、本当にあるんだな。

「自警局では、今何してる?」

「木之本さんの、手伝いを」

「楽しい?」

「ええ」

 淀みのない反応。

 表情を見る限り、至って平穏に暮らしている様子ではある。

「絵の方はどう」

「今度、個展を開きます」

「嘘」

「嘘は言いません」

 真顔で返された。

 初めて聞いたな、この話は。

「どこでやるの?」

「美術館で。隅の方を借ります」

「へぇ」

 いっそ今の内、絵でも描いてもらった方が良くないか。 

 紙とペンって無かったかな。




 サトミに睨まれたので、それは諦め御剣君を呼ぶ。

 彼はまず、勧めても席へ座ろうとすらしない。

 警戒どころか、完全に疑ってるな。

「何もしないから。最近、調子は?」

「問題ないですよ。戦って来いと言われれば、今すぐにでも」

 誰と、何のために戦うのよ。

 つくづく頭痛の種というか、この子は変わらないな。

「今、仕事は何をしてる?」

「七尾さんの下で細々と」

「細々って?渡瀬さんは代理で、ガーディアンの統括でしょ」

「俺は、そういう柄ではないので」

 特に卑下する様子もなく語る御剣君。

 人の事は言えないが、指揮をしたり人をまとまるには不向きなタイプ。

 少人数ならともかく、ガーディアン全体を統括するのは無理だろう。

 それは即ち、私達の指導が悪かったとも言えるのだけど。


「不満ってある?生徒会とか自警局とか。個人にでも良いけど」

「前も言いましたけど。雪野さん達、丸くなりましたよね」

「そうかな。自分では意識してないないけど」

「大人になったって言うんですか。それって、良い事なんですか」

 知らないわよ、そんな事。

 どうもこれにこだわるな、この子。

「だったら、四六時中暴れてれば良いって言うの?」

「そこまでは言いませんけどね。昔は、もっと自由にやってたじゃないですか」

「昔は昔、今は今でしょ。暴れた結果、私達は退学。御剣君だって、停学になったんでしょ」

「俺は後悔してませんよ」

 私だってしていない。

 なんて答えては仕方なく、口先だけで否定する。

 基本的な思考。方向性は彼も私もそれ程の差はない。

 過激さの度合いが多少違うだけで。

 そう思うと塩田さんの苦労を、改めて思い知る。

 こんな後輩が何人もいたら、すぐにどこかへ逃げていくのも無理はない。

「分かった。とにかく、あまり無茶はしないように」

「雪野さんが言うんですか」

「何?」

「いえ、何でもありません」

 血相を変えて逃げ出す御剣君。

 それは至って正解だ。




 次に来たのはエリちゃん。

 彼女に言う事は何もなく、むしろこちらから相談をしたいくらいである。

「最近、調子はどう?」

「特に問題はないですよ」 

 何とも明るく、朗らかな笑顔。

 御剣君の時はただ頭が痛かっただけで、少し気持ちが癒される。

「今、仕事って何してる?」

「元野さんや聡美姉さんの手伝いですね」

「楽しい?」

「やりがいはあります」

 でもって前向きときた。

 お兄さんに今の言葉を聞かせてあげたいな。


「生徒会とか自警局とかに不満ってある?」

「ありますよ。やはり今の規則には問題が多すぎますし、学校が介入しすぎてますね。これは是非とも改善するべきです」

 私の意を汲んだような返事。

 ただ強要した訳でもなければ、彼女が私におもねった訳でもない。

 これはあくまでも彼女の考え。

 もしくは、南地区的な考えとも言える。

「具体的にどうしればいいのかな」

「地道に、自分達の意見を広めるしかないですね。近道はありませんよ」

 随分と立派な台詞。

 本当、この子が自分達の後輩で助かった。

「分かった。何かあったら、また話を聞かせて」

「私で良ければ」

 控えめに微笑むエリちゃん。

 本当、サトミにもこう言うところを見習って欲しい。




 最後は小谷君。

 ただこの子、よく考え見ると矢田局長の後輩でもあったな。

「最近、どう?」

「特に、これと言って。普通に過ごしてます」

 ごく自然な受け答え。

 警戒はしてるだろうが、それを極端に表へ出す事はない。

「小谷君って、矢田君の後輩でしょ。総務局には行かないの?」

「今は雪野さん達の後輩ですからね。いつまでも、矢田さんの後ろに付いていても仕方ありませんし」

 そう言って笑う小谷君。

 ただ出世を考えれば、矢田局長に付いていく方が得策。

 向こうは生徒会のNO.2。

 自警局にいるよりは、将来的な展望も開けると思う。

 それでも彼は、あえてここに残った。

 今は、その事に感謝をする。

「不満ってある?生徒会や自警局。個人にでも良いけど」

「無くはないですけどね。一つずつ解決していきますよ」

 エリちゃんと似たような答え。

 間違っても、御剣君的答えは返ってこない。

 これが人の上に立つ人の考え方。

 そう思うと、私は向いてないなとつくづく感じる。


「次期局長って本当?」

「さあ。俺が決める訳でも無いですし、生徒会長次第でしょ」

「ああ、そうか。でも、モトちゃんは小谷君を推薦するみたいよ」

「それはなった時に考えます」

 無駄な気負いもなく、静かに語る小谷君。

 覚悟は十分で、その立場になれば自分の力を振るうだけといったところか。

「生徒会長に立候補はしないの?」

「そういう柄ではないので」

 これはあっさり否定した。

 狙ってますよと言われても、ちょっと困るけど。

「大体分かった。仕事に戻って良いよ」

「これって、何かの参考にするんですか?」

「参考?何が」

「いえ。聞いてみただけです」 

 寂しげに笑い、背を丸めて部屋を出て行く小谷君。

 そんな事、今言われて気付いたよ。




 全員の意見を聞いたが、大体予想通り。

 みんな良い方向での成長を遂げている様子。

 だとしたら、自分はどうなんだと問いたくもなるが。

「別に、問題はないでしょ」

「そうみたいね」

 メモ用紙に視線を落としながら呟くサトミ。

 まさかとは思うけど、採点してないだろうな。

「それで、小谷君が局長で決定なの?」

「渡瀬さんにしろ御剣君にしろそういうタイプではないし、他の子も似たり寄ったり。彼は一番バランスが取れてるし、他の局にも知り合いが多い。誰かが留年しない限り、彼で決まりでしょ」

「留年して局長っていうのも、相当恥知らずじゃないの」

「だとしたら、彼で決まりね。指名するのは生徒会長でも、こちらの意向はある程度反映されるから」

 逆に、反映されなかったらどうなるかという話。

 私なら、一も二もなく従うな。


 少し疲れたので、一休みしたいところ。

 だけど、あるのは机と椅子と本棚だけ。

「ソファーって無いのかな」

「運び込めば」

「どこかにあの?」

「備品は余ってるわよ。連合とは違うんだから」

 笑い気味に机を指さすサトミ。

 ここは、さすが自警局。

 自警局と言うべきか。

「贅沢な話だね」

「ソファー一つで、何言ってるの」

「だって昔は、鉛筆一本無かったじゃない」

「鉛筆くらいはあったでしょ」

 それは確かに言い過ぎか。

 でも、その鉛筆一本をもらいに放浪の旅に出ていたのも確か。

 そう考えると、つくづく今は恵まれてるなと思う。


 ショウと御剣君に頼み、余っていたソファーを部屋の隅へと運び込む。

 勿論タオルケットとクッションもセット。

 後は横になって寝るだけだ。

「あー、疲れた」

 首を振りながら部屋に入って来るや、ソファーに倒れ込むモトちゃん。

 でもってタオルケットを頭から被って動かなくなった。

「ちょっと、何してるのよ」

「私、疲れてるの。邪魔しないで」

 なんだ、それ。

 この人まさかと思うけど、ソファーを運び込むのを待ってたんじゃないだろうな。

「どういう事、これ。こんな事がまかり通って良いの?」

「ユウだって寝ようとしてたんでしょ」

「だから余計に怒ってるんじゃない」

「どっちもどっちね」

 ため息を付き、椅子に座って卓上端末を操作し出すサトミ。

 ショウと御剣君は何が楽しいのか、本棚を押してはしゃいでる。

 もしかしてここって私の個室じゃなくて、たんなるたまり場じゃないだろうな。




 結局全員モトちゃんに部屋を追い出されたので、封筒を持って外に出る。

 しかしこの鍵って、一体何だろうな。

 一人で届けるのもあれで、サトミとショウとケイをお供に選ぶ。

 私がお供という意見は気にしない。


「……拷問部屋じゃないよね」 

 予算局とか、生徒会に関して思い付く不審な部屋はそれ。

 その部屋自体を見た事はないが、存在するのは事実らしい。

 正直これを持つのが嫌になり、ケイへと押しつける。

「おい」

「だって、気味悪いじゃない」

「だったら、俺が持つべきだな。なんて答えればいいのか」

「気味が悪い同士、仲良くしたら」

 薄く微笑むサトミ。

 良い事言ったな、今。


 陰気な男の愚痴を聞き流しながら、予算局へと到着。

 受付で、その封筒を見せる。

「局長にお届け願えますか」

「新妻さんに?なんなの、これ」

「さあ」

 知りもしなければ興味もないといった顔の女の子。

 良いんだけど、もう少し親身な対応をしてくれても良いと思う。

「変なところの鍵じゃないよね」

「意味が分からないんですけど」

「いや。私も分かっては無いけどさ」

「忙しいので、また今度」

 軽くあしらわれた。

 誰だ、私が生徒会の幹部って言ったのは。


 今度は私が愚痴を言いながら、予算局を歩いていく。

 こう軽く扱われるのは、やっぱりこの小柄な体型のせいだろうか。

「ユウ、どこ行くの」

「どこって、局長執務室でしょ。まだ、通り過ぎてないよ」

「新妻さん、そこにいるわよ」

 振り返った先に立っている、その新妻さん。

 完全に、自分の考えに没頭してたな。

「受付の子、私を馬鹿にするんだけど」

「意味が分からないし、そういう対応をする子はここにはいないわよ」

「だったらどうして」

「それだけ愛されてるんでしょ」

 ふーん。

 すると私の勘違いか。

 なんて納得すれば良いのかな。



 紅茶とマフィンが差し出され、少し機嫌が良くなる。

 現金だと言われそうだけど、いつまでも引きずっていても仕方ない。

 美味しいしね、マフィン。

「それで、鍵は」

「ケイが持ってる。私は知らない。というか、それ何」

「先代の忘れ物。私もよくは知らないの」

 予算局の先代と言えば中川さん。

 怪しげな事をやるタイプには思えないが、鍵の雰囲気からしてそれ程楽しくなさそうなのも確かではある。

「行ってみる?」

「遠慮しておく」

「すぐ済むわよ。さあ、立って」



 マフィンに別れを告げ、予算局を後にする。

 さらには建物の外に出て、高校の敷地の外にも出る。

 つまりは、今現在の大学の敷地へとやってくる。

「中川さんへ会いに行くの?」

「部屋を確認するだけよ。興味あるでしょ」

「全然無いけどね」

 とにかく良い予感は何一つせず、お化けは出ないにしろ楽しい物が待っている雰囲気は皆無。

 今目の前に広がっている、楽しげなキャンパスライフとはまるでかけ離れた場所だと思う。

「舞地さんとかいないよね」

「いてもいいでしょ」

「いなくてもいいんじゃないの」 

 別に会いたくない訳ではないが、彼女にからかわれるために生きてる訳でもない。

 出来るだけ小さくなって、ひっそり歩いていくとしよう。

 小さいのは得意だしね。



 幸か不幸か知り合いにも出会わず、教棟に辿り着く。

 かつてのJ棟との事で、だけど今は大学の教棟。

 正面玄関には学生がたむろし、高校とはまた違う少し大人な雰囲気を醸し出している。

 私がここにいるのは、改めて場違い以外の何物でもないな。

「よう」

 真上から聞こえてくる声。

 空が暗いなと思ったら、見上げるような大男が立っていた。

「お久しぶりです」

 柔らかく微笑む新妻さん。

 サトミ達もそれに倣って頭を下げる。

 確か河合さん。

 前の生徒会長だった人だな。

「見学にでも来たのか」

「古い鍵を手にいれたので、どんな部屋かと思いまして」

「拷問部屋じゃないだろ。あそこは、鍵穴もスリットも何もないからな」

 少しくらい顔で笑う河合さん。

 私は笑いどころではなく、このまま引き返したい気分。

 楽しい事は何一つ無い。


 かつては生徒会長。

 今はここの大学生とあってか、迷う事無く教棟内を歩いていく河合さん。

 やがて廊下から人がいなくなり、自分達の足音だけが寂しく響く。

 明らかに、嫌な兆候だな。

「大学って、八事の方はどうなったんですか」

「各部や講義によって違う。それと豊田にあった学部も、ある程度移転してる」

「楽しいですか、大学って」

「気楽なのは気楽だ。下らん事で悩む必要もない」

 彼の言う下らない事とは、おそらく学校や生徒会での軋轢。

 それは確かに、面白くはないだろう。

 私は、この場にいる事自体面白くないが。



 ようやく辿り着いたのは、廊下の突き当たりにある金属製のドア。

 錆が浮いて古ぼけていて、普段なら絶対避けて通る場所。 

 今でも避けて通りたい気分で一杯だ。


 ケイから鍵を受け取り、鍵穴へ差し込む河合さん。

 私はショウの後ろに隠れ、逃げ出す準備に入る。

 でもって後ろも振り向き、誰も来てないかも確かめる。

「大丈夫だろ」

「根拠は何」

「こんな古いドアだぞ。何年前から開いてないと思ってるんだ」

 根本的に分かってないな、この人は。

 だとすれば、その何年も前に閉じこめられた何かが潜んでる可能性だってあるって事を。



 鍵はすぐに開き、錆びた金属製のドアが手前に引かれる。

 耳障りな嫌な音。

 ただお化けが列をなして歩いてくる事はなく、薄暗い廊下が見えているだけ。 

 ここを歩くつもりか、まさか。

「照明は……、これか」

 ドアの内側の壁に手を触れ、明かりを灯す河合さん。

 これで廊下は明るくなったが、気味の悪さは相変わらずだ。

「私は入りませんよ」

「じゃあ、一人で残れよ」

 ニヤニヤと笑う男の臑を軽く蹴り、ストレス発散。

 どちらが怖いと言えば、無論そっちに決まってる。

「だって、入る理由がないじゃない。中川さんも入れとは言ってないでしょ」

「何を想像してるか知らないけど。単なる物置よ。古い資料や机が置いてあるだけ」

「それを、どうして今更」

「あなた、昔の事調べてなかった?」

 そういえば、そんな事をしていた時期もあった。

 だとしても、もう少し分かりやすい方法でやって欲しい。

 あんな鍵とか、こんな気味の悪い場所とは関係なしに。




 一番初めに現れたドア。

 多分大昔は教室として使っていたらしい部屋の中に入る。

 私がではなく、ドアを開けたショウが。

「誰かいる?」

「いる訳無いでしょ」

 頭から否定するサトミ。

 そんな事は分かってるけど、万が一って事があるじゃないよ。

 あっても困るけどさ。

「本当、物置だな」

「絶対、誰もいない?」

「人が住めるような環境でもない」

 だったらお化けはどうかと聞きたいが、サトミが醒めた目をしてきたのでそれを口走るのは止める。

 気は進まないけど、今は中へ入るとするか。


 照明はかなり薄暗く、床は埃がたまり壁も汚れている。

 換気システムが備わっていないのか、空気もかなりかびくさい。

 黒板の前には机と椅子が無造作に重ねられ、それでも掃除はしようと思ったのかホウキや雑巾の残骸らしい物が転がっている。

「これ、か」

 机の後ろを覗き込み、低い声を漏らすショウ。

 腕を伸ばした彼が拾い上げたのは、錆びた鉄の棒。

 いや。そうではない。

「警棒?」

「形から見て、間違いないだろ」

「錆びるの、これって?」

「戦後の物不足の時代でしょ。ステンレスは、贅沢品だったんじゃなくて」

 ぽつりと呟くサトミ。

 この警棒を誰が使っていたか知る由はない。

 分かるのは、それが私達の先輩だという事。

 名前も顔も分からない、だけど間違いなく私達の歩く道を作ってくれた人だと。



 別な教室に落ちていたのはプロテクター。

 破損が目立つ、ただプロテクターとしての機能はかろうじて果たせそうな形状。

 素材は私達が今使っている物より粗悪で、警棒どころか素手の打撃を防御出来るかも疑問。

 付けていた方が多少ましといった物である。

「まだ、そんな何年も昔でも無いでしょ」

「それだけ激しかったんじゃなくて。私達が初めに支給されたプロテクターって、どうなってる?」

「捨てたでしょ、あれは」

 中等部の段階で、すでに全損。 

 高等部の頃には、身に付ける事すら出来なかった。

 それでもすぐに捨てなかったのは、助けられたという思いとプロテクターへの思い入れから。

 これの持ち主が何を思ってここに置いていったのかは知らないが、このプロテクターにもその傷の分だけの歴史があるんだろう。

「少しは参考になったかしら」

 机の中を覗き込みながら尋ねてくる新妻さん。

 彼女はもしかして、この辺の事を中川さんから聞いていたかも知れないな。

「なった。何がどうなったかは、良く分からないけど」

「それで十分でしょ」

 静かな、それでいて優しい口調。

 背を向けている彼女に頷き、思いを胸に秘める。

 この場所に来た事を。

 この場所に置いてあった物を。

 ここで過ごした人達の思いを。




 ただ、そう思ったのは私だけの様子。

 新妻さんは、それ程上機嫌という訳でもない。

「ガーディアンの削減ってどうなったかしら」

「減ってるわよ、結構」

 さらりと答えるサトミ。

 そうなのかと思ったのも私だけ。

 新妻さんは静かな教室内に靴音を響かせ、ゆっくりと歩き出した。

「困るのよね、約束を守ってくれないと」

「書類ってあった?」

「書類?」

「そう、書類。大切な約束や決まり事は、文章化して残しておかないと」

 うっすらと笑みを浮かべ、平然と答えるサトミ。

 新妻さんは歩くのを止め、口を開けて彼女を指さした。

「そんなに驚くような話をしたかしら」

「減らすって言ったでしょ、あなた」

「間違いないわ」

 とてつもない自信を込めた言い方。

 だけど新妻さんの態度を見る限り、結構は減ってない様子。

 とてつもないな、この女。



「ここで闇討ちにでもされたいの?」

 途端に低い声を出す新妻さん。

 私達をここへ来るようし向けたのは、どちらかと言えば中川さん。

 彼女は私達の先輩であると同時に、新妻さんの先輩でもある。

 つまり、彼女に肩入れしてもおかしい理由は何もない。

 河合さんは黙って壁際に収まっているが、その存在自体がプレッシャー。

 中川さん同様北地区出身で、彼と出会ったのも偶然ではなく予定の一つだったのかも知れない。



 ただ机の間から人が飛び出てくる気配はないし、仮にいたとするならここの鍵を最後に締めた時に取り残された人間。

 それが何年前かは知らないし、そこまは考えたくもない。

「玲阿君、これはどう思う?」

 正面突破は無理。

 という訳か、絡め手から攻める新妻さん。

 その考えは、決して間違えてはいないと思う。

「口約束でも何でも、約束は守るべきだろ」

「裏切り者」

 何か言ってる人もいるけどね。

 新妻さんは口元に手を当て、くすくすと笑ってサトミを見つめた。

「彼は私の味方ですって」

「え?」

「あら、違う?」

 今度は一転、しおらしい表情で身をよじる新妻さん。

 この人のお姉さんは色々やり手だったらしいが、その血を間違いなく受け継いでるな。

「ん、まあ。この件に関しては」

「嬉しい」

 にこりと笑い、サトミには流し目。 

 それには私もストレスがたまる。


「河合さんは、どうお考えでしょうか」

「意見はない。何より、今更高校に口を出しても仕方ない」

「干渉しないと考えて、よろしいですね」

「俺もそこまで恥知らずじゃない」

 その言葉を聞いて、笑顔を深める新妻さん。

 今のところは、一方的に彼女のペースで事は進んでいる。


 また、悪くはない考えだと思う。

 ここにいるのは私達だけ。

 外部から邪魔は入らず、何かを仕掛けようにもあるのは古びた机やゴミばかり。

 純粋な話し合いだけの場。

 とも言いきれず、新妻さんはショウを味方に付けている。

 バランス的には優位に立ったと考えて良いかも知れない。

「雪野さんは、どう?あなた、ガーディアン削減の提案者よね」

「まあね」

 ショウをたぶらかしたのは面白くないが、言ってる事は確か。

 提案もそうだし、約束は約束。

 守らないのは、決して褒められた話ではない。

「友情は大切よ。それは私も分かってる。だけど、正しい事は貫き通す。そのために、あなた達は戦ったんじゃなくて」

「そうかな」

「そうに決まってるじゃない。何も彼女の敵に回る訳じゃない。この件に関してだけは、遠野さんが間違ってる。そう言いたいだけよ」

 間違えてるのは、多分この件以外もだと思う。

 どちらにしろガーディアン削減は、彼女の言うように私も提案した責任がある。

 ここは立場上、新妻さんに付くべきだろう。


 という訳で残されたのは、サトミ。

 そして、肩を揺すって笑いを堪えているケイ。

 そこまで行けば、笑ってるよりひどいと思うけどな。

「あなたに恥をかかせたくないと思って、絶対に人が立ち入らない場所を選んだのよ」

「これって、中川さんの提案かしら」

「そんなところね」

「へぇ」

 静かな、小さい呟き。

 極限まで研ぎ澄まされた氷の針が、丁度こんな感じだろうか。

「別に良いのよ、中川さんを交えて話し合っても。彼女はあなたに好意的だろうけど、予算局の出身者。どちらの意見を正しいと思うかしら」

 進退窮まった。 

 という程でもないが、追い込まれたのは確かである。


 一方私はショウの腕にしがみつき、周囲を警戒。

 新妻さんが何も仕掛けてないなら、サトミが仕掛けてる可能性もある。

 何より最近彼女と会えば、必ずガーディアン削減の話題が出てくる。 

 当然今回もその話になるのは明らか。

 サトミが漫然と、日々に流される生き方をしているなら別。

 だけどこの子は、それこそ秒刻みで自分のスケジュールを管理するようなタイプ。

 今髪をかき上げた仕草一つにも、何か意味があってもおかしくはない。


 新妻さんもそれを分かっていて、このフロア。

 この部屋を選んだんだろう。

 さすがにここまではサトミの手が及んでいるようには思えず、実際数年は人が立ち入った様子もない。 

 何かを仕掛けようにも、机やゴミが転がっているだけ。

 頼りとなるショウや私も新妻さん側。

 ケイは残っているが、どちらかと言えば初めから敵だ。



 新妻さんは小首を傾げ、優しい眼差しをサトミへと向ける。

「今すぐ半減しろとは言わない。ただ、もう少し明確なロードマップが欲しいの。いつまでに、何人削減するか。最終的にはどこまで減らすのかを示してくれない?」

「構わないわよ」

「今度は書面にするわ」

「それが良さそうね」 

 あっさりと折れるサトミ。

 新妻さんはにこりと笑い、彼女にすっと手を差し伸べた。

 私なら今すぐ逃げるか、まずは間違っても近付かない。

 サトミがそんな簡単に負けを認めるような人間なら、私達はここまで苦労はしていない。

 それは、彼女が言いたい事かも知れないが。




 河合さんと別れて予算局へ戻り、正式な書類を作成。

 新妻さんはそれを封筒へ入れ、改めてサトミに手を差し伸べた。

「ごめんなさい、騙すような事になって」

「気にしないで。私は平気だから」

「怒ってない?」

「まさか。怒る理由がない物」

 それこそ高笑いでもしそうな表情。

 新妻さんは笑顔を強ばらせ、封筒にしまった書類を取り出した。

 私も側で見ていたが、別におかしいところはなかったはず。

 文章もサインも。

「日付を改ざんしてるとか」

「消えるインクじゃないの」

「ああ、そうかもな」

 ショウと二人で適当な事を言って、サトミに睨まれる。

 その間にも新妻さんは書類を真剣にチェック。

 確認作業は何度もしたはずだが、サトミの余裕に不安が高まったようだ。



 そして小さく声が上がり、書類が机に叩き付けられる。

「どういう事、これは」

「書類を用意したのはあなたでしょ。文章を書いたのも。私は日付とサインを書いただけよ」

 自分を疑うのは心外だと言いたげなサトミ。

 何が問題かと思って、書類を覗き込んでみる。

 文面、サイン、日付。

 どれも問題は無いと思う。

「本当悪い女だな」

 あの部屋でも黙っていたケイが、笑い気味に口を開く。

 彼が指を差したのは、書類の一番上。

 局の名前が書いてある部分。

 予算編成局となっている。


 問題は何も無い。

 という訳でもないか。

「ああ、今は予算局」

 机を両手で叩き、怒りを表現する新妻さん。

 しかしこれに関しては、サトミが一枚上手。

 本当に、つくづく悪いとしか言いようがない。

 一体、どの時点で書類をすり替えたんだろうか。


 ただこの子の扱い方は、難しいようで意外と簡単。

 サトミやケイは、その辺が特に上手。

 私は怒ろうがどうしようが気にしないので、扱い方も何もない。

 それはそれで、どうかと思わなくもないが。











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