40-5
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会合当日。
緊張を解すため、ペットボトルのお茶を一口。
息を整え、身だしなみも整える。
「緊張しなくて良いのよ」
肩に手を掛け、優しく微笑んでくれるモトちゃん。
それに多少固い笑顔で返し、自分が発表する文章に目を通す。
「読むだけだろ」
取りあえず脇腹を一掴み。
少し緊張は解れたと思う。
彼も脇のこりが解れただろう。
そこが凝るかどうかは知らないが。
まずは会合場所である、総務局に到着。
受付でモトちゃんが挨拶を済ませ、私達も奥へと進む。
周りからの視線は、どことなく冷ややか。
先日から総務局とは色々あったけど、非が自分達にあるとは思っていない。
自然こちらも目付きが悪くなり、睨み返していく。
「印象が悪くなるから止めて」
モトちゃんがたしなめるが、もう遅い。
私達を見てた人は全員顔を伏せるか逃げ出した後。
何より、評判が悪くなるのは今更だ。
「つくづく、御しがたい女だな」
もう一度掴んでやろうと思ったが、ケイは何人かを間に挟んだ最後尾。
この件は保留にしておこう。
通されたのは、かなり広い会議室。
私達は非主流派。
また反対意見を主張すると思われているのか、ドアの側。
上座となる場所と相対する席を指定される。
席は机側にもあるが、数は限られている。
そこに座る人間も、必然的に。
私も後ろへ行きたいが、今日だけは許されないようだ。
「大丈夫?」
笑いながら私の肩を揉む沙紀ちゃん。
大丈夫だろうとは思うが、自信はない。
とても平常心とは程遠いので、間違いなく大丈夫ではないだろう。
「緊張するなって方が無理だと思うんだけど」
「慣れよ、慣れ。私も初めは嫌だった」
「今は?」
「それ程、好きではないわね」
参考になったような、ならないような。
生徒会ガーディアンズ幹部としてずっとこういう場に出席していた彼女でもこれ。
私がまごつくのも無理はない。
取りあえず沙紀ちゃんに肩を揉まれつつ、文章に目を通す。
以前学校と戦っていた時にも似たような経験はあるが、あの時はここまで緊張はしなかった。
やる事は同じだが違う点が一つ。
当時はとにかく怒りに燃え、それが全てを凌駕していた。
緊張も何も感じる余裕もなく。
対して今は、なんだかんだといってやはり平穏。
襲われはしてもそれは散発的で、本当に組織だった物ではない。
また話し合いで解決するというムードが強く、例の反乱分子は結局反乱分子。
問題視はされているが、主流にはなりえない。
初めから除外されている存在で、結局はこの場が主戦場。
不慣れな状況となれば、私が緊張するのも無理はない。
軽く突かれる肩。
それに構わず、目の前のホットケーキをじっと見据える。
メイプルシロップで食べるか、バターのみにするか。
ソーセージを添えるか。
夢はどこまでも膨らむな。
「寝てる?」
「誰が」
咄嗟に顔を上げて、口元に手を添える。
よく見ると、膝のところにタオルも置いてある。
寝てたな、完全に。
「誰よ、緊張してるのって」
これにはさすがに笑う沙紀ちゃん。
私も言い訳のしようがなく、サトミが差し出したティッシュで改めて口元を拭う。
「度が過ぎるわよ」
「マッサージが気持ちよかったの」
「甘やかしたら駄目なのよ」
だったら、今まで甘かった事はあったのか。
そんな事をやっている内に人が集まりだし、みんなモトちゃんや沙紀ちゃんへ挨拶をしていく。
その人に肩を揉ませてるなんて、私はどんな大物かという話ではある。
「何してるの」
「見ての通りよ」
私の肩を揉みながら答える沙紀ちゃん。
声を掛けてきた久居さんはくすりと笑い、私を見てきた。
「眠そうなんだけど」
「私は大丈夫」
ふにゃりと笑って、心地よさに目を細める。
後はこのまま帰って、ベッドに横たわりたいところだな。
「今日発表するのは雪野さん?」
「期待してて」
「させてもらうわ」
勝手に盛り上がられても困る。
それと、頭を撫でられても困る。
次にやってきたのは新妻さん。
彼女はサトミを避けるように大きく迂回して、モトちゃんに挨拶をした。
「いつも楽しそうね」
「私はそうでもないんだけど」
自然、私へと流れてくる視線。
止めてよね、そういうのは。
「人気者じゃない」
私達を見ながら話す新妻さん。
そしてその視線を、会議室全体へ移していく。
席は半分以上埋まっていて、ただ人の集まりには偏りがある。
上座である生徒会長のところにはスタッフもいれば、それなりに人もいる。
しかしその隣の総務局長のところは、本当にスタッフだけの様子。
話が盛り上がっている様子もなく、重い空気。
それぞれの局の人気。
もしくは、そこにいる人の人気が自然と伺える。
自警局はひいき目に見なくても、一番人が集まっている様子。
これもモトちゃんや沙紀ちゃん達の人柄故だろう。
「元気そうね」
笑いながら声を掛けてくる黒沢さん。
その隣には、青木さんの姿もある。
「いっそ、元野生徒会長にする?」
「無いわよ、それは」
あっさりと否定するモトちゃん。
ただこの人の集まりや雰囲気は、場の中心と言ってもおかしくはない。
「これを見る限り、非主流派とも思えないけど」
「パワーバランスは複雑。それに、多数決で決める訳でもないから」
静かに説明する北川さん。
何か、また嫌な話になりそうだな。
「だったら、何?上が言う通りに従えって事?」
「私に言われても困るんだけど。多数決になったら、困る人もいるんじゃなくて」
「困る人」
「誰とは言わないわよ」
流れていく視線。
その先にいるのは、総務局長。
結局は、こういう事か。
「どうして、そういう意見が通る訳」
「間違った事を言ってる訳でもないから。それに、上の受けは良い」
「上って、もしかして?」
「学校よ」
何か、一暴れしたくなってきた。
というか、あり得ないんじゃないの。
幸か不幸か、私が一暴れする前に会合が始まる。
緊張も何も、完全に吹き飛んだ。
「……書いてある内容以外の事は言わないで」
小声で諫めるモトちゃん。
それへ適当に頷き、机の下で手を握り返す。
我慢出来んな、これは。
叫び声を上げたくなるが、どうにかそれを押さえ込む。
「まあ、いいや」
別に我慢した訳でも、諦めた訳でもない。
怒りを炸裂させるのは簡単。
ただ、それは私がする事ではない。
後ろに控えていた神代さんに、私が読むべきだった書類を渡す。
「代わりにお願い」
彼女に仕事を押しつけたのでは、勿論無い。
後を託す思いを込めて。
これからの草薙高校を背負っていく彼女達だからこそ、書類を渡す。
「あたしが?」
ただ神代さんの方は、唐突な行動に戸惑うだけ。
当たり前と言えば、当たり前か。
ただこれは、神代さんだけにという訳ではない。
私が思いを託したいのは、彼女達全員。
自分の胸の思いを伝えたい。
それは私のわがままかも知れないけれど、でも。
「いいけどね、別に」
不承不承という顔で、それでも書類を受け取る神代さん。
私は立ち上がって席を彼女に譲り、後ろに下がる。
それと入れ替わる格好で真田さん達が彼女を囲み、相談をし出す。
そこに私は必要なく、彼女達だけでも十分やっていける。
後はただ、その背中を見守るのが私の仕事だろう。
やがて始まる会合。
簡単な挨拶と、型通りの伝達事項。
それが終わり、ようやく議題へと入っていく。
「今日は自警局から申し出があるので、それを取り上げようと思います」
淡々と話す矢田総務局長。
私が後ろに下がったのは見ていただろうが、そこまでは言っては来ない。
「現在の学内状況について、自警局としての意見を表明します。……神代さん」
「は、はい」
若干緊張気味に立ち上がる神代さん。
これに関しては、他の子に頼んだ方が良かったかな。
小さく揺れる肩。
深呼吸したと思ったところで、彼女が口を開く。
「神代直樹です。僭越ではありますが、自警局を代表して意見を述べさせて頂きます」
拍手しそうになり、サトミに振り向かれてそれを止める。
どうやら、そういう場面ではなかったようだ。
「まず根幹となる主張は二つ。一つは規則について。もう一つは、編入生の動向についてです」
私がサトミと一緒にまとめた内容を読み上げていく神代さん。
それに逐一頷き、満足をする。
多分私が読むよりも落ち着いていて聞きやすい。
また内容が理解しているからこその滑らかさ。
彼女に任せたのは、間違いではなかったと思う。
「規則の何が問題でしょうか」
神代さんが文章を読み終えたところで噛み付いて来る矢田局長。
思わず席を立とうとして、モトちゃんに軽く制される。
彼女に託したのは私自身。
ここで自分が前に出る事は、全てを台無しにしてしまう事へと繋がりかねない。
「前期に行われた規則改正。そして今後行われると発表されている、再度の規則改正です」
「規則改正は、生徒の同意を得て行われました。またある程度厳格になるのもやむを得ないでしょう」
先手を制する矢田局長。
神代さんはやや前傾姿勢を取り、彼を見据えた。
「生徒の同意と仰いましたが、それは誰を差しているのでしょうか。情報局のデータを解析しますと、母集団が非常に偏っていますけれど」
「人数は十分、統計学的に問題ない数を集めました」
「母集団の構成を問題視しているのです。意見を聞いたのは、生徒会メンバーと編入生。そして、以前からの生徒がごく一部。これを正当な意見聴取と言えるのでしょうか」
「生徒会メンバーも編入生も、草薙高校の生徒である事には変わりありません」
それはそうだ。
違う場面で聞いたなら、私も多いに納得するだろう。
今はただ、不快感しか残らないが。
神代さんが何か言いかけたところで、生徒会長が立ち上がった。
生徒会長というくらいなので、生徒の代表。
だが当然、生徒会の代表でもある。
また、矢田局長を総務局長に指名した人物。
この発言は、警戒した方が良いだろう。
「まず初めに、言っておく。規則の改正はすでに大勢の生徒に受け入れられている。不満があるのは承知しているが、意見として述べられた事はない」
「我々は再三主張していますけれど」
「君達は一般生徒ではないから、それには当たらない」
詭弁。
ただ、一つの見方でもある。
モトちゃんにしろ私達にしろ、今は自警局の一員。
つまりは生徒会の構成員。
その主張は生徒会内の意見で士しかなく、あくまでも内部の話。
一般の生徒の視点ではない。
細かい部分ではあるが、上手くやられた。
しかし、そう思ったのは私だけの様子。
神代さんは下がるつもりはないようだ。
「では、一般生徒の意見があればよろしいんですか」
「良いとは言っていない。あくまでも、君達の個人的な意見は参考にならないと言っているだけだ」
微妙に逃げる生徒会長。
神代さんは構わず、言葉を続ける。
「一般生徒のアンケートも当然取っています。我々が行った物もありますが、それは恣意的と指摘されそうなのでここでは取り上げません。取り上げるのは、情報局が行ったアンケートです」
「という事らしいが、矢田局長」
「極秘裏に行った物であり、公表はしていません」
「では開示を要求します。自警局名で」
そう言って、モトちゃんを伺う神代さん。
モトちゃんは静かに頷き、それに同意する。
「部外秘の情報に付き、開示請求には応じられません」
「自警局名での要求でもですか」
「一局だけでの要求には応じられません」
あくまでも突っぱねる矢田局長。
これはおそらく、規則を盾にした主張。
その規則までを問題とは思わないが、今はあまり好ましくはない。
改めて前に出たくなるが、ここは我慢。
何よりこれは私にも解決出来ない問題である。
「……では、私も情報の開示を要求します」
静かに手を挙げる久居さん。
続いて新妻さんと黒沢さんも。
これで要求しているのは4組織。
生徒会長は何も言わず、矢田局長の顔は厳しくなる一方。
ここまで明確に反抗されるとは思っていなかったようだ。
「総務会出席者の過半数を越えない限り、この情報は開示出来ません」
どうやらこの過半数とは、各局を一と換算した数。
全部で何局あり過半数がいくつかは知らないが、それには達していないらしい。
結局情報は開示されず、一旦休憩。
肩を落としている神代さんに声を掛ける。
「少し見直した。意外とああいう事も出来るんだね」
「好きでやった訳じゃないよ」
「あ、そう。でも、良いじゃない」
「何が良いの」
さっきよりも激しい剣幕。
いっそ、その勢いでやれば良かったんだ。
情報は開示されなかったが、神代さんの成長は見る事が出来た。
またそれに賛同してくれる人もいた。
今の私には、それだけで十分。
多くを望む必要はない。
「何もしないんですか」
皮肉っぽく笑う緒方さん。
元々傭兵である彼女にすれば、こういう議論自体が無意味。
まどろっこしいと思えるのかも知れない。
私は傭兵ではないけれど、それでも面倒だなと思うくらいだから。
「しないよ。今は、あなた達に任せてるから」
「先輩、ですよね」
「後輩を見守るのも仕事なの。自分こそ、何もやらないの?」
「指示がない限り、勝手に行動は出来ないでしょう。組織としても、傭兵としても」
非常にもっともな意見。
私が思っているよりも、彼女は常識人だったようだ。
もしくは、私の常識がずれてるかだな。
部屋にこもりっきりでは息が詰まるので、一旦廊下へ出る。
出たところで突然何かが変わる訳ではないけれど、人があまりいない分開放感は味わえる。
でもって視線の先に、生徒会長と矢田局長が見えた。
このまま引き返したくなったが、向こうの方から近付いてきた。
「用はないわよ」
今度は私が先手を制する。
裏取引をするような人間には見えないが、さっきの今。
親密に話し合いたい気分でもない。
私の不穏な空気を感じ取ったのか、生徒会長の後ろに隠れる矢田局長。
この時点で怒りが増幅するけれど、爆発させないだけの自制心はある。
と、思う。
「君達は、あくまでも反抗的なんだな」
「反抗したいだけの理由が、意味の学校にはあるんじゃなくて」
話し合いたくはなかったが、言われっぱなしも面白くはない。
また今ここにいるのは自分だけ。
だったら、好きな事の一つや二つは言っても問題はない。
「せっかく安定してきたのに、また一からやり直すとでも言うのか」
「全部が問題とは言ってない。ただ理不尽な事や首を傾げたる事は多い。それに黙っていられるほど、人間は出来ていない」
「世の中、妥協が必要なんだ」
「なれ合いじゃないの。それも、誰かに犠牲を強いた上での。生徒会長って言うから、もうちょっと器が大きいと思ってた」
言い過ぎかと思ったが、怒り出す様子はない。
少なくとも自制心は、私以上に備わっているようだ。
それと、器の大きさも。
一応言い過ぎたと謝り、ただそれまでの発言は撤回しない。
「私はもう卒業するから、自分の意見を押し通すのは無理だって分かってる。でも後輩は諦めない」
「彼等が3年生になる頃は、私も卒業している」
「あ、そう。とにかく、私達は諦めないから」
言いたい事はまだまだあるが、廊下にサトミが出てきたので止める。
これ以上ここにいたら、文句を言われるのは私の方だ。
「ユウがどうかしましたか」
抜き身の刃のような笑顔。
私にしろサトミにしろ、会議室では全く発言をしていなかった。
サトミに至っては、大人しく神代さんの話に頷くだけ。
生徒会長や矢田局長の話には、微かにも反応をしなかった。
だが内心で何を思っていたかは、この通り。
後輩に後は託したが、全てを押しつけた訳ではない。
「世間話をしていただけだ。そろそろ戻るとしよう」
余計な事は言わず引き返していく生徒会長。
矢田局長は、私達とは目も合わせずに逃げていく。
そういう表現は妥当でないかも知れないが、心情的にはそうとしか考えられない。
「何かあったの?」
「少し文句を言っただけ。いつもの事よ」
「あなたは、つくづく変わらないわね」
「お互い様でしょ」
二人して仕方なそうに笑い、ため息を付く。
相手はなんと言っても、生徒会長。
たてつく方が、どうかしている。
疲労を漂わせつつ、私達も会議室へと戻る。
先程同様、後輩達は集まって相談中。
そこに他局の人間も加わり、かなりの活況を呈している。
彼女達こそ公然と生徒会にたてついている訳だが、それに憶する様子はない。
本当、つくづく頼もしい限りだな。
休憩も終わり、議題は次の物へと移る。
神代さん達は大人しくそれに聞き入り、余計な口出しはしない。
とはいえ先程の光景を見ている限り、諦めていないのは明らか。
最後に何か仕掛けると見るべきか。
議題が進むごとに高まる緊張感。
自然と私も意識が集中されていく。
「落ち着けよ」
軽く肩に触れてくるショウ。
気付くとかなり前のめりになっていて、今にも飛び出しそうな姿勢。
私が興奮していても仕方ないか。
すぐに姿勢を直し、深呼吸。
託すとは言っても、そう簡単にはいかないようだ。
「意見はありませんね。それでは、今日はこれで」
「済みません」
手を挙げる真田さん。
矢田局長も予感はしていたのか、特に表情の変化は見せず彼女を指名した。
「全ての議題が終わったようなので、改めて先程の件を話し合いたいと思います」
「公開しない事で、結論は出たはずですが」
「この情報。一般生徒へのアンケートを公表出来ない理由をお聞かせ下さい」
「それも含めて、非公開となっています」
頑なに突っぱねる矢田局長。
先程同様の、堂々巡り。
このままでは何も変わらない。
勿論、そう思ってるのは真田さんも同じはず。
その口元が微かに緩み、矢田局長を鋭い眼差しで見つめる。
「では仕方ありません。我々が独自に集計したアンケート結果を公表させて頂きます」
「それは自由ですが、統計資料として採用はしませんよ」
「構いません。端末にデータを配信しますので、よろしければそれをご確認下さい」
少しのざわめき。
厳しさを増す矢田局長の表情。
表示されたデータは、現在の規則に否定的な意見が過半数を越える。
この時点で規則が支持されているという、矢田局長の論拠は揺らぐ。
ただ資料として採用されない以上、単なる数字。
インパクトはあるにしろ、規則改正を阻止するには至らない。
「参考意見として伺ってはおきます」
上からの台詞。
真田さんは微かに頷き、改めてデータを配信した。
「先程のは、以前のデータ。今配信したのは、休憩時間中に取得したデータです」
「……同じ事ですよ」
「手順、回答者数、質問内容。それらは、情報局のフォーマットに則って行っています」
「形式が同じだから良い訳でもありません」
それは悔しいが、当然の話。
形が一緒で良いなら、最初に公表したデータも採用されて然るべきだろう。
ただそう思ったのは、どうやら私くらい。
真田さんは目付きをさらに鋭くして、机に手を付いた。
「形式は同じだとお認めになるんですね」
「え、ええ」
「では、何が問題と仰るんですか」
「情報局のアンケートと事前に伝えない限りは意味がありません」
そう答え、血相を変える矢田局長。
理由は、アンケートに使われた文章を読んだから。
そこには情報局との文字も書き込まれている。
「詐称したデータには、何の根拠もありません」
「それ以外の問題点は」
「……ありませんよ」
ここは認める矢田局長。
ただ彼の言う通り、これは身元を偽って取得したデータ。
正式なデータとして採用する事は出来ない。
しかし、真田さんが言いたかったのはこの先の事のようだ。
「失礼しました。先程配信したデータは間違いで、今配信し直したのが正しいデータです」
端末で確認するが内容は同じ。
違うとしたら、調査主の部分。
それが情報局から、自警局、予算局、内局。そしてSDCになっている事くらいだ。
騙されたとは口にしないが、そう言いたげな矢田局長。
それでも無理矢理感情を押さえ込んだようで、ぉさえぎみに話しだした。
「情報局の調査だから、生徒の皆さんはそれを踏まえて回答して下さるんです。公式に情報を扱う組織と分かっているから」
「それは信頼性と考えて良いんですか」
「構いません」
「では、自警局と予算局と内局。そしてSDC。これらの4組織連名のアンケートには、信頼性が無いとでも」
じわりと追い込む真田さん。
矢田局長は険しい顔で首を振った。
「情報を扱うのは、情報局の専権事項。アンケートを取るのは自由ですが、公式な資料としては採用されません」
「信頼性を伺ってるのであって、されるされないは伺っていません」
「……それぞれ生徒会の主要な組織です。信頼性はあるでしょう」
かろうじて認める矢田局長。
真田さんは特に反応も示さず、端末を指で示した。
「形式は、情報局のそれと同じ。信頼性もある。それでも、このデータは無意味と仰るのですか」
「今言ったように、生徒達は情報局のアンケートだからこそ正確な解答をしてくれています」
「極秘裏のアンケートは、情報局名を出さないと聞いていますが」
「それは答えられません」
これは矛盾を突いた格好。
自然と会議室内もざわめき出す。
ここが勝負の分かれ目。
そう判断したのか、真田さんは静かに立ち上がって矢田局長を見据えた。
「今から配信するアンケート内容をご確認下さい」
「……知りませんよ、僕は」
端末の画面を一瞥し、舌を鳴らす矢田局長。
そこにあるのは、先程から再三出ているアンケートの内容。
調査主の項目も、「自警局」となっている。
「ちなみに自警局内で、この時期にアンケートを取った事はありません」
押し黙る矢田局長。
真田さんは構わず攻め続ける。
「送信データを解析したところ、送信元は情報局であると判明しました」
「ルート解析は規則に反します」
「詐称するのは、罪に当たらないんですか」
「それはお互い様でしょう」
勢いに乗せられてか、詐称を認めてしまう矢田局長。
それでも真田さんは突っ込まず、言葉を重ねていく。
「書類として配布されたアンケートも、事後調査をして情報局から送付された物だと判明しています」
「個人的に、そういう事をやった人間もいるかもしれません」
「では、情報局内での調査を要求します。これは自警局の名を騙った規則違反であり、厳罰名処分をしていただかないと困ります」
「調査には時間が掛かりますので、後日解答をします」
もはや、自警局名でアンケートを取った事前提での話。
矢田局長は防衛一方で、休憩前の勢いはまるでない。
「個人で収集したデータなら、公表しても問題ないのでは」
「所詮個人で集めた情報。正当性も信頼性もありません」
ここをとっかかりと感じたのか、ようやくの反論。
おそらくは規則改正に不満という意見が多数を占めるデータのはず。
矢田局長からすればそれが無意味なデータと主張出来る良い機会である。
「情報局としての調査なら問題はないんですね」
「無論です」
「それでは情報局名での再調査を要求します。これは同じ議論を繰り返さないよう、結果を公表する形を取って下さい」
「あくまでも部外秘に属する情報。それには応じられません」
堂々巡りとなる議論。
ただ話を聞いている限り、真田さんは敢えてそこへ話を持って行ってるようにも思える。
真田さんは視線を彼から話し、会議室に集まる生徒会の幹部達へと向けた。
「これが、今の生徒会の実体。草薙高校の状況です。常識的に考えて開示されて然るべき情報すら秘匿する。それを阻むのは、情報局長個人の意見ではありません。規則が、私達の行く手を阻んでいます」
大きく変わる風向き。
情報が開示されないのは承知済み。
いや。むしろされない事こそが重要。
果てしなく続くと思われた堂々巡りの議論は、話をここへ導くための導入に過ぎない。
誰がここの結末を予想しただろうか。
少なくとも、呆然としている矢田局長は思ってもいなかっただろう。
自分が頑なであればある程、自分の首を絞めている事には。
再びざわめき出す生徒会幹部達。
矢田局長への追求から、話は硬直化している規則へとすり替えられた。
そういう言い方が妥当かは分からないが、真田さんの狙いはそこ。
相手のコントロールと話の運び方は、さすがとしか言いようがない。
「私の意見は以上です。アンケートについては、よろしくお願いします」
「え、ええ」
おざなりに答える矢田局長。
真田さんは一礼して、静かに席へ着く。
勝負としては負けたかも知れない。
ただ実を取ったのは、間違いなく彼女。
少なくとも矢田局長を優勢と思った人間はいないだろう。
思わず拍手でもしたくなったが、空気が一瞬にして変わる。
生徒会長が立ち上がり、真っ直ぐに真田さんを見据えたからだ。
「言葉遊びをされても困る」
「では、規則改正について話し合う場所を設けて下さい。これは自警局としての総意です」
「混乱を招くと言わなかったかな」
「生徒に犠牲を強いてもたらされた安寧など、何か意味がありますか」
耳が痛くなる程に静まりかえる会議室内。
まさか彼女が、ここまで辛辣な意見を述べるとは思っても見なかったようだ。
私からすれば驚くには当たらず、何よりそれは私自身の意見でもある。
また考えが共通しているからこそ、私達は仲間だとも言える。
「元野さん。あなたの意見は」
「真田さんは総意と言ったでしょ。つまりは、そういう事」
「旧連合の頃とは、立場も責任も違うと分かっているかな」
「勿論。だからこそ余計に、私達は生徒の為を思って行動してる。生徒会は生徒の代表であって、別に生徒の支配者ではないでしょ」
真田さん以上の強烈な台詞。
彼女がここまで強気なのも珍しいが、本質的にこういう部分を持っている。
そうでなければ私達も彼女をリーダーとして扱わないし、付いていっていない。
ただ生徒会長は矢田局長よりは自制心もあれば、冷静さもある様子。
顔色を変える事無く、あくまでも淡々とした姿勢を崩さない。
だからこそ、余計に手強いのだが。
「君を解任する権限を、私は持っている」
「それはご自由に」
「再び学内を混乱させる気か」
「では、解任しなければいいだけでしょう」
醒めた口調で言い放つモトちゃん。
生徒会長は黙って首を振り、矢田局長へ視線を向けた。
「議題も全て終わりましたので、本日はこれで終了致します。皆さん、お疲れ様でした」
半ば強引に打ち切られる話。
ただ見方によっては、生徒会長が自警局。
モトちゃんとの決定的な対立を避けたとも言える。
「しばらく会議室は開放しておきますので、ご自由にお使い下さい」
席を立ちすぐに会議室を出て行く生徒もいれば、仲間内で集まり話し合い出す生徒もいる。
私達は後者の方。
私達というより、後輩が。
真田さんや神代さんを労うエリちゃん達。
そこに他局の生徒も加わり、暖かい空気が生まれる。
結束、一体感もまた。
「私がやるより、余程良かったね」
「そういうものか?」
笑いながら答えるショウ。
状況としては混乱を深めただけ。
決定的とはならなかったが、生徒会長との確執を生んだとも言える。
ただそれを避けて通る理由はどこにもなく、私がやり合ったとしたら対立どころでは済まなかった可能性もある。
何より、あそこまで論理的に話す自信はとてもない。
神代さん達に声を掛けようとしたら、彼女達越しに視線を感じた。
あまり好意的ではない視線を。
「何、あれ」
「面白くないんだろ」
特に怒りもせず、相手の心情を告げるショウ。
ただ、それは私も言いたい事。
神代さん達の発言が間違っているとは、私は思ってはいない。
それを否定される覚えもない。
「何もするなよ」
「私は冷静よ、いつだって」
「好きだな、その言葉」
ため息でも出そうな顔。
つくづく、信頼という言葉とも縁がなさそうだ。
視線を感じたのは私だけではないらしく、神代さん達も会話を止めてその集団に視線を向ける。
しかしこちらは生徒会の組織といえど、ガーディアン。
武装組織を傘下に置く。
迂闊に反発を招くのもどうかと思ったのか、向こうの方から愛想良く笑い出した。
だったら初めからそうしろとも言いたいが。
「良い議論でしたよ」
「どうも、ありがとうございます」
丁寧な口調で応じる神代さん。
相手が、本心から彼女達を褒めてないのは明らか。
私も一言言いたくなるが、サトミ達が目線で制するので大人しくする。
「あなた、2年生ですよね」
「ええ」
「なかなか立派ですね。あなたみたいな後輩が、我々にも欲しいところです」
皮肉っぽい笑い方。
神代さん達は調子を合わせるように、軽く笑ってみせる。
この程度のやりとりなら大丈夫だろう、多分。
社交辞令のような会話がしばし続き、それに飽きて来たところで矛先が急に変わった。
「3年生は、何をしてたんですか」
これを3年生への批判と取るべきか、単なる質問と思うべきか。
ただ神代さんの返答も淀みない。
「来年度からは、私達が3年生ですので。いつまでも、先輩達を頼ってはいられません」
私達の思いそのままの言葉。
心の中で拍手をして、小さく頷いてみせる。
しかし、そう思ったのは私達だけの様子。
ねちねち絡んできている相手は、違ったらしい。
「お言葉を返すようですが、未だに学内は混乱した状況にあります。そのために、我々3年生は引退せずに残ってる訳ですからね。その辺はどうお考えですか」
どうやらこれは、神代さんを通じてのモトちゃん達への批判か。
だったらと思って前に出るが、やはりサトミに首を振られて席へ戻る。
「私達の意志は、元野さん達3年生とほぼ共通をしています。全てが同じとは言いませんが、基本的な理念は変わりません」
「彼等のコピーですか」
随分面白い事を言うな。
取りあえず、スティックは用意しておくか。
「落ち着けよ」
「落ち着いてるじゃない」
「落ち着いて、戦いに備えるなと言ったんだ」
「なるほどね」
鼻を鳴らし、それでもスティックを彼に預けて深呼吸をする。
確かに神代さん達が落ち着いているのに、私が暴れて台無しにしても仕方ない。
「元野局長はどうお考えですか」
「神代さんが答えた通り。彼女の発言が問題とは思ってないし、仮にそんな発言をするならこの席に座らせていない」
軽く切り返すモトちゃん。
それに相手は満足出来なかったらしく、執拗に絡みついてくる。
「先程から再三言っているように、学内は混乱した状況にあります。後輩の指導もいいですが、その辺はどうお考えですか」
「私も何度も言うけれど、後輩達は自警局を背負うに足る存在だと信じてる。私達が今更、手取り足取り指導する必要もない。まして、先輩の顔色を窺って仕事をしてもらっては困るわ」
先程同様、強く言い返すモトちゃん。
これは男の後ろで大人しくしている、彼の後輩達への言葉。
所属する組織は違うが、彼女なりの叱咤激励とも取れる。
相手が悪かった。
私ならこの辺で諦め、挨拶をして会議室を出て行く。
場の空気を読むとでも言おうか。
ただそういう思考は無いらしく、非主流派とはいえ存在感を放つモトちゃん達がとにかく気にくわないようだ。
「あなたは前期、停学をされてますよね。その辺りは、どうなんですか」
どうもこうもないと言いたいが、モトちゃんは至って冷静。
激高するでもなく、静かに答える。
「私がこの場にいるのが不満なら、指名した生徒会長に言ってもらわないと」
まだ会議室に残っていた生徒会長は書類越しに、鋭い視線を相手へと向けた。
彼からすればただ見ただけかも知れないが、威圧感がありすぎる。
「そ、そういう訳では」
「だったら、そういう事。停学した者は生徒会に在籍してはならない。なんて規則も存在しないでしょ」
「倫理的な問題を言ってるんですよ」
下らない事ばかり言っておいて、倫理とはよく言えたな。
さすがにそろそろ限界で、少なくとも席は立っている。
立っても大して変化はないので、誰も気付いてはないようだけど。
「大体草薙高校の生徒でない人間が、どうしてここにいるんですか」
モトちゃんでは分が悪いと思ったのか、矛先を変える男。
これはそこそこ効果的だったのか、会議室に残り話を聞いていた生徒会幹部達もざわめき出す。
「元野局長は、どう思いますか」
「学校も在籍を認めているし、 生徒会に参加する権利も規則で保障されてる。不満なら、規則を変えてみたら」
かなりの皮肉。
男はぎこちなく笑い、その草薙高校ではない生徒を捜し出した。
どうや正確に誰かは知らないらしく、端末と私達を交互に見ながらの確認となる。
その視線はやがてモトちゃんの後ろにいる、私達へと向けられる。
暇そうに端末をいじっていたケイへと。
「ご自身では、どう思いますか」
「元野さんが言っただろ。不満なら規則を変えればいい」
「部外者は困るんですよね」
途端に鼻につくエリート意識。
今話している男は見た事の無い顔で、おそらく編入組。
他校でも生徒会かそれに類する組織に所属し、今は晴れて草薙高校の生徒会。
その立場に酔い、増長しているところか。
「大体どういうコネがあるのか知りませんが、後期に編入してきていきなり生徒会の幹部でしょう。我々が前期に、混乱した学内でどれだけ苦労をしたかご存じですか」
「さあ」
「この学校を建て直し、支えてきたのは私達ですよ。その辺を踏まえて行動していただきたい」
「それは失礼」
軽い調子で頭を下げるケイ。
鼻で笑う男。
だが、彼が笑えたのもそこまで。
顔を上げたケイは、怜悧な視線を彼ではなく矢田局長へと向けた。
「これが、生徒会の総意かな」
「違います。彼個人の意見と考えて下さい」
「総務局長。こういう人間を生徒会に残しておいて良いんですか。草薙高校は、草薙高校の生徒が運営すべきでしょう」
あちこちから起きる失笑。
それが自分へ向けられていると気付かないのか、男も一緒になって笑い出す。
「僕も高等部からの編入組で、立場としては彼と変わりません」
「……自分も今年からの編入ですよ」
軽くやりこめられる男。
ここに来てようやく、自分の置かれている立場に気付いた様子。
一人、おかしなところ浮き上がっているんだと。
「ちなみに彼は、中等部からの繰り上がり組。前期のみ、他校へいたに過ぎません」
「え」
「プロフィールには、その事は載せてないようですが」
きつい目で睨む矢田局長。
ケイは顔を背け、それを無視する。
「今でこそ草薙高校の生徒ではないですけど、在籍年数は私達より遙かに長いです」
「そ、それは」
途端に口ごもり出す男。
彼同様ケイの事を知らない人間は、似たような反応。
逆に知ってる者は笑うか、固唾を呑むか。
生徒会に対して彼が非常に攻撃的なのは、誰もが知るところ。
それは特に、こういうケース。
特権を振りかざすような相手に向けられる。
誰かに促され、慌てて駆け寄ってくる男。
顔は青く頬からは汗が垂れ、視線は定まらない。
「あ、あの。その、済みませんでした」
「謝られても困る。本当の事を言っただけだろ」
「い、いえ。決してそういう訳ではなく」
「困ると言ったんだ」
面倒げに答えるケイ。
男は何度も頭を下げ、逃げるように走り去っていった。
「なんだ、あれは」
「退学させられると思ったんじゃないの」
「俺は誰にでも優しいよ」
でもって嘘つきと来た。
ただ、彼を恐れるのは仕方のない話。
私がもし彼と対立する立場なら、徹底的に敵視するだろうし。
「助かりました」
小声でお礼を言う真田さん。
故意かどうかはともかく、モトちゃんや彼女に向けられていた怒りが消えたのは確か。
その事を、一言伝えたかったようだ。
「ほら、俺はこうは言いも優しいだろ」
「まあ、浦田さんの自業自得だとは思いますけどね」
「おい」
どっと笑う真田さん達。
これが私達の、先輩と後輩の関係。
昔から変わらない。
これからも続けたいと思う形。




