40-4
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椅子に座り、机に足を掛けて書類を読む塩田さん。
机に座ると言っていたケイの言葉は、まだ控えめだったな。
「足は乗せないで下さい」
「相変わらず細かいな」
「口で言っても分かりません?」
「……いや、よく分かる」
何を感じ取ったのか、即座に足を下ろす塩田さん。
モトちゃんはため息を付き、彼に書類の感想。
つまりは、今の学内の状況の感想を聞いた。
「どう思われますか」
「よくやってるだろ。管理案は廃案。自警局も掌握。生徒会内にも協力者はいる。理事長。今は校長か。その妹も顧問に据えてる。何が問題かって逆に聞きたいな」
これは彼の経歴。
過ごしてきた時を感じさせる発言。
塩田さんは前回の学校との抗争以前から、学校とは対峙してきた。
その時は先輩を何人も退学や転校という形で失い、結果としては痛み分けに近い。
そんな状況から考えれば、今は彼の言うように良くやってる方。
ただ私達はそこまで最悪な状況は身をもって知らないので、いまいち納得しきれない。
「大体お前達は、どういう状況を目指してるんだ」
「みんな仲良く、住みよい社会でしょう」
唐突に口を開くヒカル。
でもってこれには塩田さんも渡瀬さんも、何とも言えない顔をする。
実際、それ以外にどんな反応をすればいいのかは私にも分からない。
「お前はどうしてここにいる」
「たまには顔を出そうと思って。奇遇ですね」
「勉強は良いのか」
「悪ければ来てませんよ」
至って自然に答えるヒカル。
彼は草薙大学系列の大学院生。
学歴だけを取れば、大学生である塩田さんの先輩にも当たる。
「で、お前から見て今の学校はどう思う」
「塩田さんと変わりないですよ。それ程問題があるようには見えません。あくまでも、今日見ただけの感想ですけどね」
「というのが、部外者の一致した意見だ。ただ中にずっといるお前達の意見は、また違うんだろうけどな」
これは私達が気にしすぎと言っているのだろうか。
ただ私も復学したばかりで、立場としては彼等に近い。
それでも問題だと感じるのは、そもそもの考え方の違いなのかも知れない。
私の場合は、特に内向的な面が強いのもあるが。
その後塩田さんは暇そうに、自警局内をうろつき始めた。
私達に指示を出すとか命令するとか、何かを要求するでもなくて。
彼らしいといえばらしい行動で、私達がこう育ってきた理由も少し分かる。
上から何かを押しつけられた記憶が無く、のびのびと勝手気ままに生きてきた。
それは塩田さんの教育方針というより、性格に寄るだろうが。
どちらにしろ制約は好まず、自由を求める。
結果として、多少の窮屈さを感じるだけで騒ぐようになっている。
ケイではないが、その原因の一端は彼にあるのかも知れない。
塩田さんからすれば、そこまで俺に背負わせるなと言いたいだろうが。
自由気まま。
言うなれば好き勝手に自警局内を歩き回る塩田さん。
そんな彼を見ながら、神代さんが呟いた。
「あの人、本当に連合の議長だったの?」
この疑問も当然。
彼女は今年度になってからはモトちゃん達。
その前は、沙紀ちゃん達の背中を見て過ごしている。
彼女達は真面目で仕事熱心。
後輩の面倒見も良く、好き勝手に行動する事は無い。
対して塩田さんは、見ての通り。
やりたい放題暴れている訳ではないが、そう褒められた行動でもない。
「塩田さんは塩田さんで、良いところがあるよ」
そう言ってフォローする木ノ本君。
ただ、何がどう良いのかまでは、語られない。
また彼が代表や議長の頃も、実際に仕事をしていたのはモトちゃんや木ノ本君。
塩田さんが何かをしていたという記憶は薄い。
「もう少し頼りになる人だと思ってた」
その内、幻滅したとでも言い出しそうな暴落ぶり。
気持ちは、分からなくもないが。
さまよい歩くのも飽きたのか、離れて様子を見ていた私達のところへ戻ってくる塩田さん。
ただ何か問題点を指摘するとか気になったところを注意するとか。
そういう雰囲気は一切ない。
暇が少し紛れた、くらいにしか私にも見えない。
白けた私達の空気を読み取ったのか、軽く咳払いして棚の端を指でなぞる塩田さん。
誰も、そんな姑じみた真似を期待はしていない。
軽い咳払い。
塩田さんは私達を振り返り、息を付いた。
「さっきも言ったように俺からすれば問題はない。規則が変わったと言っても、今は生徒会も学校の言いなりって訳でもないんだろ。それなら大丈夫じゃないのか」
楽観的な。
もしくは多少他人事な言い方。
自分でも認めていたように、彼は結局部外者。
また最悪な状況を経験しているだけに、今の状態は問題がないように見えるのかもしれない。
「状況の読めん奴だ」
小声でささやくケイ。
しかしそれが聞こえたらしく、塩田さんが目付きを鋭くする。
「お前、先輩に良い態度だな」
「先輩の教えが良いんでね」
「馬鹿が」
突然取っ組み合う二人。
埃は立つは騒がしいはで、迷惑な事この上ない。
何より、身内にこういう人がいるのは恥ずかしい。
「ショウ、どこかに連れて行ってよ」
「おう」
両手を振り上げ、二人の首を脇に抱え込んで一気に受付の外まで走るショウ。
ブルドーザーって、丁度あんな感じかな。
「本当に、頼りになるんですか」
今度は渡瀬さんも疑問気味の問い掛け。
確かに、床へ投げ飛ばされてる姿はそれ程褒められた物ではない。
「ガーディアンとしては優秀だと思うよ。組織のトップとしては、知らないけどね」
そちらではあまり優秀ではないとは、さすがに後輩の口からは言いづらい。
げんなりしているモトちゃんの顔が、全てを物語ってる気もするが。
「暇なら、後輩を連れてパトロールにでも行ってみては」
「今更、パトロールかよ」
「書類の整理でも、私は構いませんが」
「偉いよ、お前は」
ある程度は予期していたのか、良く見ると腰には警棒のフォルダーが装着されている。
私もと言いたいが、学内は見回ったばかり。
ここは渡瀬さん達に譲るとするか。
塩田さんが渡瀬さん達を連れて出て行くと、ケイが鼻を鳴らして壁際から立ち上がった。
「やっといなくなったな、あの馬鹿」
「馬鹿ではないと思うけどね」
苦笑気味にたしなめる木之本君。
ケイは含みのある感じでにやにや笑い、ただそれ以上言うのは止めた。
「さてと、私は何をしようかな」
特にやる事もなければ、仕事もない。
とはいえ、何もしない事のは仕方ない。
「ユウ」
「何、お使い?」
「そうじゃなくて。今度生徒会内で会合があるから、意見を書いて」
モトちゃんが差し出してきた資料を受け取り、目を通す。
ほとんどが罫線で、冒頭に短くタイトルが書いてあるだけ。
「規則に関する意見陳述書」
「何を書いても良いの?」
「常識の範囲内でね」
「それは任せて」
「冗談は聞いてないんだけど」
真顔で言われても、結構困るんだけどね。
暇そうにしていたショウにも渡し、まずは思いつくまま別な紙に書いてみる。
思い浮かぶのは、やはり規則の改正。
管理案程では無いにしろ、気にするなという方に無理がある。
後は、編入して来た生徒の言動。
これも以前からあった問題ではあるが、それがより顕著になった感じ。
基本はこの二つ。
その中で、私の中での問題点が細分化される。
「ショウは?」
「規則の事くらいかな。それ以外は、俺の捉え方に問題があるかも知れない」
なんとも大人の台詞。
文句ばかりあげつらってる場合じゃ無いな。
「他に無いの?食堂のメニューがまずいとかさ」
「そういう話じゃないだろ。それに、ご飯はまずくないI
なるほどね。
実際にメニューの事を、会合で発表されても困るけどさ。
「ユウは」
「私も一つは規則。後は編入生。この間のガーディアンみたいなの」
「あれは確かに、捉え方の問題って話でも無いな」
そこは納得してくれるショウ。
とりあえず、もう少し具体的に書いてみるか。
二人でそれなりに真剣に話し合っていると、受付の方が騒がしくなって来た。
どうやら塩田さん達が戻って来た様子。
でもって騒いでるのは、渡瀬さん達だ。
「すごい、すごいですよっ」
「何が」
「塩田さんが。あの人は、ガーディアンの鑑です」
熱を込めて話す渡瀬さん。
そんなに褒める程すごかったかな。
「何かあった?」
「何も無い」
苦い顔で渡瀬さんを制する塩田さん。
間違いなく、一暴れしたな。
獲物の匂いを嗅ぎつけて、とでも言おうか。
ふらりと彼に近付くケイ。
そして塩田さんはすぐに、それと同じだけの距離を開ける。
「大学生が高校で暴れるなんて、前代未聞ですよ」
「暴れたって、どうして分かる」
「別に咎めてはませんよ。ただ、恥ずかしいなって思っただけで。俺なら自殺しますね」
何も、そこまで大げさな話でも無いとは思う。
ただ、あまり褒められた事でないのには同意する。
「俺の話はいい。それより、あの反乱分子ってなんだ」
「本人に聞いたらどうですか」
「聞く前に逃げやがった」
やっぱり暴れたのか。
この人も、良くも悪くも成長はしてないようだ。
私も人の事は言えないけど。
ケイもさすがにからかうのを止め、改めてさっきの資料を彼に見せた。
「状況としては、昔と大して変わってませんよ。生徒会を運営する主流派と、それに不満を持つ連中という構図。こっちは以前の主流派と、編入組じゃないんですか」
「お前達は」
「言ったでしょう、昔から変わってないって。俺達は、万年非主流派です」
そんなに言い切られても困るが、実際そうなのも確か。
そう思うと、自分達の主張が本当に正しいか多少疑問に思わなくもない。
「まあ、いい。それはお前達の問題だ。好きにやってくれ」
「先輩としてのご意見は」
モトちゃんの質問に、首を振る塩田さん。
また彼女も期待していなかったのか、それ以上尋ねはしない。
「せいぜい、退学にならないよう気を付けるんだな。今度はさすがに後がないぞ」
結局忠告は、これ一つか。
あまりにも現実過ぎて、ちょっと泣けてくるな。
塩田さんが帰っても、渡瀬さん達の熱は覚めやらない。
醒めているのは、元々彼を知っている御剣君くらい。
その彼を呼び寄せ、具体的に何があったのかを聞いてみる。
「いつもの事ですよ。訳の分からん連中が暴れてたから、それを取り押さえただけで」
「相手はどうなったの。塩田さんは、逃げたって言ってたけど」
「窓から落ちました。一応目の前からはいなくなったので、逃げたと言えば逃げたんでしょうね」
淡々と話す御剣君。
対してモトちゃんとサトミは、頭を抱えてため息を付く。
これはさすがに、クレームが来るな。
「塩田さんは?」
張り付いたような笑顔を浮かべて現れる沙紀ちゃん。
その本人が逃げるように帰ったのは、このせいか。
「もういない。私達も、状況は今聞いた。窓から生徒を投げ捨てたんでしょ」
「何の話?床に穴が3つ空いてるわよ」
「それは聞いてない」
さらに苦い顔をするモトちゃん。
ただ、本気になった彼ならやりかねない行為。
やって良いかどうかはともかくとして。
沙紀ちゃんは深くため息を付き、頭を押さえながら呟き始めた。
「これって、誰が責任を取るの?」
「あの下忍本人だろ。請求書を回してやればいい」
手際よく、塩田さんの住所と連絡先のメモを渡すケイ。
よく見ると印刷してあるメモ書きで、こういう時のために持ってたんじゃないだろうな。
「支払わないって言ったら」
「証拠はないんだし、ガーディアンが帯同していた以上自警局の責任でしょう。当然支払い義務も生じる」
もはやため息も出ないのか、静かに答えるモトちゃん。
サトミは沙紀ちゃんの言っていた、床の穴を卓上端末でチェック。
写真を見る限り、警棒で開けたらしい穴が確かに三つ空いている。
「どうやってこんな穴が空くの」
「コツというか、タイミングというか。私も、出来なくはないよ」
スティックを抜き、その先端で床を軽く叩く。
これなら強度は警棒以上で、倍の大きさは開けられる。
開けないけどね、今は。
「つくづく困った……」
「塩田さんっているかしら」
全身から怒りのオーラを発しながら現れる北川さん。
いないと告げると、彼女はため息を付いて首をうなだれた。
「窓から投げ飛ばしたんですって」
「それは聞いた。暴れた生徒をでしょ」
「自治体の職員を。あの人って、私達の先輩よね」
それには誰も答えず、押し黙るだけ。
やるだけやって満足して、自分は帰る。
北川さんが嘆くのも無理はない。
「塩田さんには、私の方で改めて注意しておく。それで神代さん、暴れた原因は?」
「良くある話です。目に余る生徒達がいたので注意したら反抗してきて。それを拘束しようとしたら、職員が出てきてという」
「その職員がバックにいったって事?」
「窓から逃げたので、詳しくは分かりませんが」
あくまでも逃げたと主張する神代さん。
明らかに、塩田さんの言い訳に感化されてるな。
相手から聴取しようにも、窓から逃げた。
ではなく、落ちた後。
神代さん達も、相手の身元までは詳細には把握してない様子。
とはいえやり過ぎにしろ、相手に問題行動があったのも事実。
神代さん達が言うように、最近よくあるパターン。
いや。以前から良くあるパターンか。
「生徒会の会合で、これは話し合わないの?塩田さんは部外者なんだし、関係ないって言い張れるでしょ」
「どうかしら。ただ、職員の介入が目立つのも確かね。議題として提案する価値はあると思う」
「そこまで見越してたんですか、塩田さんは」
目を輝かせて尋ねる渡瀬さん。
サトミは寂しげに微笑み、曖昧にごまかした。
何も考えていないはずだと答えるには、あまりにも不憫だと思ったようだ。
「会合用の資料を書いてる時も思ったけど、編入してきてる生徒に問題はないの?」
「今回は相手が特定出来ないから、全てを編入生に押しつけるのもね。それに元々の生徒との軋轢はどうしても生まれる。大体ユウ達も、正確には編入生よ」
「ああ、そうか」
それは指摘されて、今気付いた。
自分では生え抜きのような意識でいたが、立場としては編入生。
どっちつかずで、もしかしてどちらからも疎まれてるのかも知れないな。
「学校は、どこを支援してるの?」
「基本的には現生徒会執行部。一部が、その反乱分子と呼ばれるグループ」
「私達は?」
「さあ」
知らないとばかりに首を振るモトちゃん。
私も支援を受けた覚えはなく、むしろ反感を買ってばかりの気はする。
「村井先生は?あの人、創設者の孫でしょ」
「血筋としてはね。ただ学内の地位は、単なる一教師。理事でもなければ、教務主任でもない。発言権はそれ程大きくないでしょ」
「そんなものか」
少し残念だとも思ったが、もし彼女に強大な権力があればそれが私に向けられる可能性だってある。
だとすれば、単なる一教師である事を喜んだ方が良さそうだ。
という訳で、さっき書いた書類をモトちゃん達にも見せる。
書きかけだし、それ程突飛な事は書いてないつもり。
私としては、と注釈は付けたいが。
「まあ、こういうラインね」
「ええ」
納得をするサトミとモトちゃん。
沙紀ちゃんと北川さんも黙って頷く。
私もやれば出来るんだって。
「これを書き直して、発表して」
「誰が」
「書いた本人がよ。あなた、自警局の幹部でしょ」
たまに聞くな、この台詞。
でもって私も、自覚がないな。
「そういう柄じゃないんだけど」
「柄じゃなくてもやるの。サトミ、教えて上げて」
「仕方ないわね」
それこそ舌なめずりしそうな顔で近付いてくるサトミ。
この人だけは嫌っって人が選ばれたな、これもまた。
ただ塩田さんの行動や思考は、私と同一。
もしくは、私が同一。
その意味では、私達は間違いなく先輩と後輩。
少し嬉しく思えて来る。
「何、にやけてるの」
「あ」
「時間がないのよ。ペンを握りなさい」
時間は無限にあるような気もするが、サトミはすでに定規を握っている。
ここは、口答えをしない方が良さそうだ。
「まずは箇条書きにして、その一つ一つを検証していきましょう」
「それはいつ終わるの」
「出来ればすぐにでも終わるわよ。さあ、書きなさい」
取りあえず、猫の絵でも描いてみるか。
定規が猫の尻尾に振り落ちてきて、一旦休憩。
真田さんが持ってきたお茶を飲む。
「この子、怒りっぽいよね」
「私からはなんとも」
普段はサトミともやり合う彼女だが、今はかなり恐縮気味。
角の生えたサトミとは、さすがに向き合いたくないようだ。
「後輩に気を遣わせるなんて、良くないよ」
「冗談は良いのよ。遊んでないで、ちゃんと書きなさい」
「はいはい」
これ以上刺激するのは危険と判断。
思い付くまま箇条書きにする。
定規片手に凝視してくるサトミ。
どうにもやりにくいな、これは。
「規則、編入生、教職員、食堂のメニュー。……何、これ」
「ああ、消し忘れた。最後のは関係ない」
「では、規則から始めましょう。問題と思う点は」
「変に厳しくなってるし、まだ厳しくなりそう」
「具体的には」
調書でも取ってるのか、この人は。
定規に怯えつつ文字をちまちま埋めていると、モトちゃんが声を掛けてきた。
「ユウ。出かけるから護衛をお願い」
「分かった」
「ちょっと、逃げる気」
「仕事を優先させるだけでしょ」
我ながら都合の良い台詞だなと思いつつ、席を立ってスティックを背中のアタッチメントに取り付ける。
後は今日一日が、このまま過ぎるのを待つだけだ。
「戻ってこなかったら、これは宿題か明日の始業と同時に始めるわよ」
今の台詞は、取りあえず聞かなかった事にしよう。
まさに宿題を残して外へ逃げてきた子供の気分。
あれはもう性格というか、言って聞くような話でもないな。
「大変ね」
「でしょ」
「サトミがよ」
ああ、そうかい。
このままモトちゃんに組み付こうかとも思ったが、丁度廊下の向こうから人が来たので止めた。
「ショウも、何か反論してよ」
「俺から言う事は何もない」
この子は基本的に素直で従順。
逆らう事がない。
だからここでも、余計な事は口にしない。
それは美徳かも知れないが、今の私にはあまり嬉しくもない。
「だけどさ。あそこまで細かくしなくてもいいでしょう」
「性格はそうそう直らないものよ。案外今頃、全部自分一人で書いてるんじゃなくて」
それはそれでありそうだな。
「そういう部分を直さなかった、私達や先輩にも問題があるのかな」
「今、直しようがないって言ったじゃない」
「例えばの話。私達が自由すぎるのも、外部から疎まれる原因じゃなくて」
なるほどね。
でもって私は、内部からも疎まれてるような気もするけどね。
特に何事もなく、内局へと到着。
受付で話を済ませ、そのまま奥へと入っていく。
「明日の会合について、事前調整したくて。それに警備は、私達が担当だから」
「じゃあ、発表はしなくて良いの?」
「それはそれ、これはこれ」
結局、運命から逃れる術は無い訳か。
そんな大げさな話じゃないとしてもさ。
局長執務室ではなく、小さな会議室で話し合うモトちゃんと久居さん。
内局からは彼女以外にも数名の子が同席してる。
熱心に二人の話に耳を傾けメモを取り、しきりに頷く彼等。
そこまで聞くような話なのかと思いつつ、ショウを肘で突く。
「メモは取らないぞ」
「みんな取ってるのに?」
「逆に聞くけど、取ってどうする」
何とももっともな意見。
取るのは良いが、後で見直す事は間違ってもない。
今後の参考にするとも思えない。
確かに、取らない方が無難だな。
そうなると手持ちぶさたというか、やる事がない。
猫の絵でも描くか、また。
「暇そうね」
「年中暇そうね」
「幸せ?」
また来たな、この三人。
というか、自分達だって暇そうじゃない。
「元野さん、この子睨むわよ」
「自分達こそ、仕事すれば」
「3年生はもう引退。仕事なんて、あってないようなものよ」
そんな物か。
私は元々、あってないようなものだけどさ。
「じゃあ、何してるの」
「後輩を指導したり、仕事を少しずつ引き継いだり。そういう事じゃなくて」
「ふーん」
意味としては分かったが、私の場合はやらなくても済むと思う。
指導されるのはむしろこちらの方で、仕事は後輩達の方が確実にこなしている。
そうなると、ますますやる事がなくなってくるな。
やいやいうるさい3人から逃れ、受付にやってくる。
あの子達こそ、仕事をしてるところを見た事がない。
「……ああ、もうすぐか」
受付のカウンターに貼られている、文化祭と体育祭のポスター。
天満さんがいた頃はもう少し身近に感じていたが、意識するのはニャンとの試合くらい。
それ以外は、特にこれといった事もない。
始まれば楽しいだろうけど、企画の段階から参加する事はもう無いだろう。
「文化祭とかは、今どこが担当してるの?」
「運営企画課です」
「それって、前の運営企画局?」
「ええ」
局から課への格下げか。
天満さんは気にもしないだろうが、私は少し残念。
当時の活況や、彼女達の頑張りを思い出すと余計に。
パンフレットを読みながらしんみりしてると、モトちゃんが戻ってきた。
「終わったから帰る。……文化祭?」
「別に楽しみって訳じゃなくて。天満さんはもういないなと思ってさ」
「そう言われてみれば、昔が懐かしいわね」
あの頃は私達全員が天満さんの世話になったり、協力をしていた。
だけど今は、それも遠い過去の話。
彼女はすでに卒業。
運営企画局も存在しない。
当たり前だが私の意志に拘わらず、時は無情に過ぎていく。
物思いに耽りながら、廊下を歩く。
景色は少しくすんで見え、周りから聞こえる会話や笑い声もどこか遠い。
本当にそうだったかはともかく、ついあの頃は良かったなんて言いたくもなる。
客観的な状況としては、多分今の方が恵まれているはず。
学校と対立してる訳ではないし、管理案その物も存在しない。
四六時中トラブルが発生してる訳でもなく、いわば平穏な日々。
かといって刺激が無い訳でも、別にない。
ただ何かパーツが足りない。
空虚な思いを味わっているのも、また事実だが。
それは単に、刺激を求めたい私の悪い心の表れなんだろうか。
気付くと目の前に壁が迫っていて、ショウに肩を押さえられていた。
多分激突はしなかったと思うけど、あまり褒められた状態でもない。
「ごめん。考えごとしてた」
「大丈夫か」
「多分ね」
落ち込んで気が滅入るという事ではなく、少し考えすぎただけ。
結局はない物ねだりで、幸せを幸せと感じる気持ちが足りないだけとも思う。
それこそ客観的に考えれば、不満を感じる要素はない。
規則の厳しさもたかが知れていて、編入生の問題は今更。
頼りにいる仲間も大勢いて、学内生活において困る事は特にない。
「今のままでも良いのかな」
「何が」
「学校が。さっきはああやって、色々書いてたけどさ」
「どうだろう」
私の意図を測りかねてか、曖昧に答えるショウ。
モトちゃんは何も言わず、黙って前を歩いている。
こういう事を行っている時点で、多少情緒不安定。
安定しているとは言い難い。
「求め過ぎなのかなとも思って」
「じゃあ、妥協すれば良いのか」
「そういう訳でも無いけど」
反発気味に答え、口をつぐむ。
具体的な意見や考えがある訳ではない。
文化祭のポスターを見ての、一過性の反応。
今だけの意識とも言える。
「なんだか、良く分からなくなって来た」
「考え過ぎなんだろ」
「そうかな」
むしろ考えてこなかった結果という気はしないでも無い。
何も考えず行動して来た故の、なるべくしてなった現状とも。
だからといって、それならどう考えどう行動していたら今より良くなっていたかも分からないんだけど。
不意にモトちゃんの前に回り込むショウ。
それに反応し、私はスティックを抜いて後ろを振り返る。
精神的な淀みはともかく、自分の使命を完全に忘れた訳ではない。
「何があった?」
「気にしすぎかな。少し、廊下に人が集まりすぎてる。囲まれたら面倒だろ」
「誰が」
「さあ、誰だろう」
苦笑気味に答えるショウ。
周りを囲まれようが廊下を埋め尽くされようが、彼がその気になれば止められる人間などこの学校にはいない。
また、振り返った後ろにも結構な人数が集まっている。
休憩時間ならともかく授業が終わってかなり時間が過ぎ、さすがに生徒も家なり寮に帰っているはず。
「モトちゃん、念のために応援呼んで。少し大目に」
「分かった」
特に慌てもせず、落ち着いて連絡を取るモトちゃん。
これは修羅場を経験しているのと同時に、私達への信頼の証。
その期待に応えるだけの働きはしたい。
「取りあえず、御剣君が先行してくる。その後に渡瀬さん達が」
「この連中は、誰か分かる?」
「敵が多すぎて、絞り込むのも難しい」
なるほどね。
しかし自警局長を狙ってくるとは、世も末の話。
一度自分達が何をしたのか、体で知ってもらうしかないな。
ショウの嫌な予感は当たったらしく、すでに何人かは武器を構えている。
すぐに掛かってくる様子ではないが、歓待をしてくれてるとも思えない。
「元野さんですよね」
「あなたは」
「情報局電算課課長です」
よく分からないが、生徒会幹部なのは間違いない。
人を舐めたような表情。
武装した人間を連れての登場。
良く思う理由も、何もないが。
「是非ともお話をしたいと思いまして」
「公式な話なら、自警局なり情報局で聞くけれど」
「単刀直入に言いましょう。我々と、手を組みませんか」
唐突な協力の要請。
ただモトちゃんの表情はいつになく固く、決して嬉しい申し出ではないようだ。
「……何者?」
「現体制への不満を抱いてる、例の反乱分子」
「ふーん」
適当に頷き、人数と装備を確認。
全員の動きを観察し、問題はないと判断する。
徒党を組み、威圧しながら話し合いもないも無い。
思い出されるのが、SDCでの黒沢さんの一件。
彼女に抗議してきた連中と、行動としてはほぼ同じ。
そのまま、仲間と思って差し支えないだろう。
「同じ非主流派同士、仲良くしようじゃありませんか」
「非主流なのは認めるけど。仲良くする理由はない」
明確に拒絶するモトちゃん。
彼女がこういう態度を取るなら、私もそれに倣うだけだ。
「叩きのめす?」
「今は、まだいい」
モトちゃんは話し合いを重視し、力による解決を好まない。
ただそれを完全に否定する訳ではないし、力を行使する時も分かってはいる。
逆にそうでなければ、連合の議長や自警局局長は務まらない。
「あまり調子に乗らない方がいいですよ。その二人がいるから、どうにかなると思ってます?」
「どうにもならないと思ってるの?」
「多少は名前が売れてるようですけどね。たった二人で、何が出来るとでも?」
一応私達の事は知っている様子。
これは、先日拘束したガーディアン達とも共通する。
基本的な行動や思考は同じ。
自分達の要求だけを押し通そうとして、他人を軽んじる。
どうして自分達が、その非主流派にあるか考えもせずに。
私は自分が異端であると、今は特に理解をしている。
それを間違ってるとまでは思ってないが、力尽くで自分の主張を押し通す気もない。
多数を占めないのは、それなりの理由があるから。
しかしこの連中はその理由を自分自身にではなく、外部に求めようとする。
この時点で考え方が違うし、協力し合いたいとも思えない。
私達の意志を感じ取ったのか、笑顔を浮かべつつも嫌悪感を滲ませる男。
人の事は言えないが、この辺で度量が知れる。
多少反発されたからといって不快感を示している相手に、協力も何もない。
上に立つ人間がこれでは、なおさらに。
「一度、じっくり話し合う必要がありそうですね」
「私は、そんな必要を感じていないけれど」
「護衛が二人しかいなかった事を、せいぜい後悔すれば良い」
初めから拉致、連行が目的か。
無論そうさせないために私達はここにいるんであって、後悔するのは自分の方だ。
「大人しく付いてこれば、手荒な真似はしませんよ」
「仮にも草薙高校生徒会の幹部がやる事かしら」
「時間を稼いで応援を呼ぶつもりなら、止めた方が良い。このフロアは我々が完全に封鎖している。明日になっても誰も来ませんよ」
廊下に響く男の馬鹿笑い。
笑ってるのは連中だけで、こちらはくすりともしない。
これ以上付き合ってもいられない。
スティックを担ぎ、モトちゃんを後ろにかばって前に出る。
自然と男にぶつかるが、近付きすぎる前にスティックを振り下ろす。
後は男の方から勝手に避け、道が出来る。
「ま、待て」
「待たないわよ。一人で、壁相手に喋ってれば」
これ以上無駄な時間を過ごしていても仕方なく、この場にいる事自体無意味。
後は突破あるのみだと言いたいが。
「ユウ」
「少し待つ」
「何を」
私の言っている意味が分かっている表情。
となれば、後は彼女に時間を稼いでもらうか。
もしくは。
「ショウ君、少し時間を稼いで」
「明日の朝までか」
「そこまでは頼んでない」
苦笑気味にたしなめるモトちゃん。
だけどやれと言えばやってくれるだろうな、彼は。
当然彼も、今のは冗談。
必要なのは、時を稼ぐだけ。
無茶な行動は、取りあえず今は必要ない。
「たまには使ってみるか」
「何を?」
「警棒」
彼の腰を見ても、フォルダーは下がっていない。
だったらどうやってと聞く間もなく走り出し、漫然と立っていた男の取り巻きの一人を担ぎ上げた。
突然の出来事に全く反応出来ない相手から警棒を奪い、彼は悠然とこちらへと戻ってきた。
ひどいというか、この時点ですでに無茶な気もする。
「そこまでだ。全員掛かれ」
悠長に、今頃指示を出す男。
拉致しろ、こういう事はとにかくスピード勝負。
のんきに話している暇があるなら、まずは相手を拘束してから。
今は、その考えの無さが逆に助かるのだが。
警棒を力任せに横へ薙ぐショウ。
巻き込むような風圧が横一線に走り、突っ込んできた男達の鼻先を過ぎていく。
「次は当てるぞ」
低い声での警告。
男達の足は完全に止まり、後続はそれ以上前には出てこられない。
反対から突っ込もうとしていた連中も同じ事。
後は睨み合ってるだけで、時間が勝手に過ぎていく。
待つ事しばしと言う程もなく、連中の後ろの方から声がする。
その騒ぎは徐々に大きくなり、やがて間が割れて人の姿が現れる。
「遅かったね」
「走ってきたんですよ、これでも」
息を整えながら、私達の前に立つ御剣君。
封鎖していようがバリケードを築いていようが、彼には関係ない。
彼が収めているのは一対一を前提とする格闘技ではない。
一対複数。複数対複数。
市街や建物内。不規則なあらゆる条件を想定した、実戦的な武道。
またこの程度の連中の封鎖など、前回学校と戦った時に比べれば人が立っているだけに過ぎない。
「渡瀬さん達は」
「入り口で同時に入ったけど、人数を連れてきてるからもう少し掛かるでしょう」
「ご苦労様。後は任せるから、好きにして。怪我はさせないようにね」
「相手が何人いると思ってるんです」
言われてみれば、確かに人数はかなりの物。
今も御剣君が駆けつけただけで、事態がそれ程好転した訳ではない。
などと、私達を囲んでいる連中は思ってるんだろう。
「モトちゃん」
「言いたい事は分かるけど、自重して。待つんでしょ」
「まあね」
「御剣君。渡瀬さんが来るまでここで待機。あなたも、待つ事を覚えなさい」
優しい声でたしなめるモトちゃん。
御剣君は、それに素直に頷くだけ。
後はここを突破して渡瀬さんと合流なんて考えていたが、それでは待つと宣言した意味がない。
という訳で、私一人が短慮に走ろうとしていただけのようだ。
「成長しないな」
「自分だって、警棒を振り回した癖に」
「ほんの出来心だ」
そういう言い方をする事なのか。
取りあえず握りしめていたスティックを背中へ戻し、気持ちを落ち着ける。
モトちゃんの言うように、私も少しは待つ事。
我慢を覚えた方が良い。
やがて反対側の通路から、ガーディアンを引き連れた渡瀬さんが到着。
完全武装かつ、統率の取れた無駄のない動き。
武器を持っているだけの連中が敵う相手では元々無く、人数だけに頼っていた彼等はあっさりと壁際に張り付き渡瀬さんに道を譲る。
「お待たせしました」
「全然待ってないよ」
「さっきと言う事が違いません?」
「良いから。今度はさすがに戻るんだよね」
モトちゃんにお伺いを立て、彼女が頷いたところで御剣君に先導を頼む。
後方はガーディアン達。
モトちゃんをその中央に守り、整然と前進をする。
電算課課長とやらは、もはや言葉も出ない様子。
何かを言われても、今度は私も大人しくはしていないが。
建物を出ても警戒はしたまま。
油断したところを襲うのは当然のセオリー。
ケイでは無いけれど、私ならここを狙う。
「二人いれば、十分突破出来たでしょう」
先頭を並んで歩いていると、御剣君が声を掛けてきた。
それは間違いないし、そういう選択肢もあった。
ただ、私達は今回それを選ばなかった。
「御剣君達を信頼したいと思ってね」
「はぁ」
「これからは、あなた達の時代なんだから」
「俺は、一生雪野さんの時代が続くと思ってますよ」
なんだ、それは。




