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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第40話
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40-2






     40-2




 少し道が開け、明かりが差してきた気分。

 ただ冷静になって考えてみると、私が学校に通えるのは後半年。

 実際には、すでに半年を切っている。

 それでも、何もしないという訳には行かないだろう。


 本を読むのも疲れてきたので、職員室で話を聞く。

 ここには昔の学校を知る人が大勢いるはず。

 サトミのお兄さんにも聞いた事はあるが、彼等も自治が確立された後の生徒。

 確立された以前ではない。


 出来るだけ年配。

 それでいて、話しやすい人。

 一瞬村井先生と目が合ったが、すぐに視線をそらして職員室内を彷徨う。

「……先生。今、時間は良いですか」

「構いませんよ」

 小テストの束から視線を上げ、穏やかに微笑む古文の老教師。

 この人が怒ったのを見た事はないし、村井先生のように私を目の敵にしていない。

 それに、昔から草薙高校にいると聞いた記憶もある。


 話をスムーズに進めるため、持ってきた本を見せて状況を説明。

 改めて、話を聞いてみる。

「自治制度って、どうやって確立されたんですか」

「基本的にはこれに書いてある通り、戦後の混乱が原因ですね。警備員を雇うにはお金がいるし、なり手もいなかった。それに高校へ警備員を導入する事への抵抗もあった。結果必然的に、生徒が自警団を組織する事になりました。これは、ガーディアンの設立経緯ですが」

「それは草薙高校だけが?」

「全国的にですね。勿論全ての学校ではなく、また経緯が違う場合もありますけどね。政治的に利用されたケースもあると聞きます。当時は左派の活動が活発で、総学が影響力を及ぼすために支部としてそういった組織を作ってました。今は、その総学自体、今は存在しないも同様ですが」

 遠い目で語る古文の先生。

 総学の下部組織である東学には私も会ったが、確かに組織の弱体化は否めない。

 あれでは単なる下請け業。

 社会主義の実践を目指す集団とは思えない。


「草薙高校の場合は、生徒間抗争や学校からの影響力排除という意味合いが強いですね」

「学校」

「これはどうしても、相容れない存在ですから。学校は生徒を支配下に置きたい。生徒は自立したい。生徒が教室に立てこもったり授業をボイコットしたりは当たり前。大抵の場合は学校側に折れて、普通の高校に戻った訳なんですが」

「草薙高校は違ったって事ですか?どうして?」

「私が記憶している限り、特別優秀な人がいたとか特別な出来事があった訳ではありません。地味な努力の積み重ね。つまりは、諦めなかったんでしょう」

 結局はこれに行き着く訳か。


 逆を言えば、今どうして規則が厳格化する方向に向かっているか。

 自治制度が脅かされつつあるかも理解出来る。

 私達は、言ってしまえばやりすぎた。

 学校と真正面から戦い、あらゆる意味で完膚無きまでに叩きのめした。

 今の状況は、明らかにその反動。

 あれは一時しのぎ。その場を収めるには効果的だった。

 だけど持続的な効果があるかと言えば、今にして思えば疑問が残る。


「私達の行動が間違ってたというか、自治の維持には良くなかったって事ですか」

「それはどうでしょう」

 意外にもそれを打ち消す古文の先生。

 何がと思っていたら彼は手を前に出し、その幅を広げ始めた。

「今は一時的に、そう見えるかも知れません。ただ10年後には雪野さん達の行動が、草薙高校の自治にとって大きな意味を持つのかも知れません」

「10年後?」

「自治制度が確立されてから10年。今回の件だけで判断するのは、まだ早いですよ」

 さすが年の功とは良く言った物。

 というか、10年後っていつの話よ。




 自治の大切さは改めて理解出来た。

 では私は何をすべきか。

 以前のように暴れ回るのは論外。

 ただ、何もしないという訳にも行かない。

「ユウ、呼んでるぞ」

「好きに読めばいいじゃない」

「……女の子が、ユウを指名して呼んでるぞ」

 そういう事ね。

 読んでいた本を閉じ、顔を上げて相手を見る。

 知り合いではないが、向こうは私を知っている様子。

 良い意味でか、悪い意味でかは知らないが。

「どうかした?」

「済みません。ドアの前に柄の悪い人達が集まってまして」

「ガーディアンを呼べば?別にそれは、私じゃなくても良いと思うけど」

「いえ。一度呼んだんですけど。どうも、駄目みたいで」

 いまいち要領を得ない女の子。


 少なくとも今この学校で、ガーディアンに対抗しうる勢力は存在しないはず。

 人数、装備、練度。

 SDCが一体して統一した動きをするならともかく、各クラブの連合体である以上それは不可能。

 そして私を呼びに来るという事は、訳ありか。

「人数は?それと装備」

「10名程度。警棒とバトンって言うんですか。あれを持ってます」

「……キャップ被ってないよね」

「ええ」

 それがどうしたという顔。

 もしかして舞地さん達の悪ふざけかと思ったが、そういう訳でも無い様子。

 しかしだったら誰がとも思う。

「分かった、準備する。ショウ」

「おう」

 頼もしく頷き、肩を回し出すショウ。

 私もインなのープロテクターを確認。

 サングラスを外し、眼鏡に変えて視界を確認。

 スティックを背中のアタッチメントから抜き、軽く振る。

「問題なし。案内して」

「二人、だけですか?」

 なにやら不安な顔。

 私は問題ないが、依頼者がこの顔ならもう少し増やした方が良いか。



 という訳で、御剣君と渡瀬さん。

 サトミとケイも連れてくる。

 この布陣なら、今すぐ学内を制圧するのも難しくはないな。

「誰だと思う、その連中」

「難しくないさ」

 考えてる事は違うが、同じ言葉を告げるケイ。

 この手の事に関しては専門家。

 彼の予想で間違いは無いともう。

「で、誰」

「傭兵だろ」

「傭兵って。別に、何もしないでしょ」

 真っ先に思い付くのが舞地さん達。

 後は小坂さんや、小牧さん。

 特に悪いイメージはない。

「例の金髪も、傭兵だぞ」

 不意打ちを食らったような感覚。


 いや。本来の傭兵は、そういうイメージも持つ。

 悪辣卑劣、外道。

 何となく、じっとケイを眺めてしまう。

「俺は、良い傭兵だ」

「良いも悪いも無いじゃない。でも、今更なんで」

「混乱あるところに傭兵あり。楽しくなってきたな」

 本質的に理解不能な思考。

 やはり、まずはこの男を駆逐すべきだな。

「この人数で、大丈夫ですか?」

 依然として不安げな女の子。

 人数としては、6人。

 ただいかにもというのは、ショウと御剣君。

 ケイはその辺にいる普通の生徒と変わりなく、私とサトミと渡瀬さんはは女の子。

 不安に思うのも無理はないか。

 とはいえ、実際のところはこの中の誰か一人だけでも十分過ぎるくらい。

 実際そうはいかないので、この人数で来てるんだけど。




 そんな彼女を元気づけるようにしながら、総務局のブースへ到着。

 しかし先へ進もうにも、廊下は野次馬で一杯。

 こういう眺めも久し振りだな。

「どかしますか」

 すでに数歩前に出ながら尋ねてくる御剣君。

 なんと言っても彼は現役。

 ここは一つ、任すとしよう。

「程々にね。怪我はさせないで」

「分かってますよ」

 本当かな。



 少し離れて様子を見ていると、御剣君は大きく手を叩いて注意を喚起。

 何人かが振り向いたところで、大きく拳を振った。

 当たりはしないが、当たったと錯覚するような距離と速度。

 すぐに人が割れ、異変に気付いた野次馬がそれに倣う。

 やり過ぎという訳でもなく、前の彼を知ってる分むしろ穏やかと思うくらい。

 成長なんて言葉を、しみじみと噛み締める。

「渡瀬さんとショウで、ゆっくり前に。サトミは総務局と連絡を取って」

「了解」

 私の指示通りに行動するみんな。

 今のところは、特に問題は無し。

 やがて野次馬が完全に排除され、その間をショウと渡瀬さんが抜けていく。

「退路が断たれるって事はないよね」

 この野次馬も、その傭兵と仲間。

 なんて可能性は0ではない。

 ただそういう雰囲気は特に無く、あまりにも警戒しすぎか。

「そこまでの知恵もないんだろ」

 参謀よろしく呟くケイ。

 彼がそう言うのなら、問題はないはず。

 一応女の子をかばいつつ、私も野次馬の間を抜けていく。




 すぐに見えてくる、ドアの前をふさぐ馬鹿連中。

 床に座り、木刀やバトンを床に突き立てて。

 ペットボトルやスナック菓子の袋が散乱し、馬鹿笑いが辺りに響く。

 とはいえこの程度は日常茶飯事。

 ガーディアンが手を出せない理由が、やはり分からない。

 以前は目に余る傭兵も排除対象で、それは今も変わらないはずだけど。

 その質問を、女の子へと向けてみる。

「何が問題な訳?」

「教育庁指定の傭兵だそうです」

「……そんなのいる?」

「フリーガーディアンは、広義に考えればそうなるわね」

 暗に、そんなのはいないと告げるサトミ。

 とはいえ教育庁の名前は重い。

 偽造でも証明書を見せられれば、下がってしまっても不思議はない。

 本物でも下がらないけどね、私達は。

 また彼女も、そう考えて私を指名したんだろう。


 人数と所持している武器を確認。

 これは初めに聞いていたのと変わりなく、際立っている人間も特にいない。

 せいぜいが単なる腕自慢。

 油断は禁物だが、不必要に緊張を高める相手では無い。

「御剣君、前に。渡瀬さん、そのフォロー。一応警告はするけど、相手が動いたら容赦しないで」

「了解」

 すっと私の前に立つ二人。

 前が見えないと言いたくなったが、自分で言った物は仕方ない。



 さらに前へ出る二人。

 ドアの前にいた集団は私達が今までのガーディアンとは違うのに気付いたのか、さすがにこちらを気にし始める。

「そのドアの前から移動しなさい」

 声を掛けたのは、私程ではないが小柄な渡瀬さん。

 男達は下品に笑い、ペットボトルを投げてきた。

 それに御剣君が即座に反応。

 跳び回し蹴りで蹴り返し、投げてきた相手の頭に直撃させる。

「構わず突っ込みます」

 静かに報告する渡瀬さん。

 止める理由は何もなく、今度は私とショウが二人のバックアップに入る。

「サトミ、総務局は」

「状況が読めない以上、手は出せないですって」

「悠長な事言って。ケイ、後ろは」

「大丈夫だろ。最悪、これもある」

 彼の手の中に見えるライター。

 確かに、これなら虎が出てきても問題はない。

 使った後どうなるかは、あまり考えたくはないが。


 警棒を抜き、一直線に襲いかかる渡瀬さん。

 床に座っていた分相手は初動が遅れ、いきなり数名がなぎ倒される。

 立ち上がった連中も、御剣君が片っ端から足を払い再び床へと戻す。

 時間としては一瞬にして制圧が終わり、ドアの前に到達した渡瀬さん達と向き合い男達をその間に据える。

「サトミ。総務局と自警局に連絡。制圧完了。後は私の一存で決める」

「何よ、一存って」

「容赦しないって事」

「屋上から吊すとか言わないでよ」

 ぽつりと呟くサトミ。

 それへ過剰に反応する男達。

 この程度の覚悟しかなくて、よくこんな真似が出来たな。


 拘束はショウと御剣君に任せ、戻ってきた渡瀬さんを労う。

「ご苦労様」

「全然。少し前に出ただけですよ」

 謙遜した様子も無く、静かに話す渡瀬さん。

 確かに行為としては、前に出ただけ。

 ただ相手は床に座っていたとはいえ、武装をしていた大勢の男達。

 同じ年代。

 いや。ガーディアンであっても、一人で前に出る事はためらわれる。

 まして彼等の素性が未だ性格ではない以上、後を引く可能性だってある。

 それでも彼女は迷わず前に出て、彼等を撃退した。

 この判断の良さ。潔さは性格的なものなんだろうか。

「で、誰を吊しますか」

 男の一人の襟首を持って、ずるずる引きずる御剣君。

 これは性格だろうな、間違いなく。




 勿論そんな真似はせず、身柄は駆けつけてきたガーディアンに引き渡す。

「大丈夫、だよね」

 笑い気味に尋ねて来る七尾君。

 連絡をしてやってきたのが彼。

 今は単なるガーディアンではなく、その筆頭。

 つまり、この連中はそういう立場の人間が連れて行く程の相手という事か。

「そんなに問題?」

 連れて行かれる男達を睨みながら、逆にそう尋ね返す。

 今見ている限りは、学内で暴れている生徒と何一つ違いはない。

「書類は一応、学校と生徒会に提出されててね。その真偽を確かめるのに手間取った」

「偽物でしょ」

「勿論。ただ審査する間は、迂闊に手が出せない。と、考える人間も多い」

 やはり笑う七尾君。

 少なくともこの場には手が出せないと思った人間はいなかったという事か。

「渡瀬さんも、程々にね」

「七尾さんに言われるようでは、私もまだまだですね」

「おい」

 何とも楽しそうで、微笑ましげな会話。

 お互いへの信頼、思いやりが伝わってくるような。


 この二人は北地区の、先輩と後輩。

 つまり渡瀬さんも、七尾君の背中を見て育ったという事か。

 彼は後輩に対しては意外と厳しく指導するのは、過去何度も見てきている。 

 多分渡瀬さんもその指導を受けてきてるはずで、だからこそこういう立派な人間になったのかも知れない。

 そう考えると、私達は後輩の指導とかそういう事に無縁だったからな。

「ん、何か」

 私の視線を受け、怪訝そうに尋ねてくる御剣君。

 彼は後輩ではあるし、格闘技の訓練は何度と無く行った。

 ただ指導なんて事をした記憶はいまいち無く、彼もそんな捉え方はしてないはず。

 それをしたからと言って全てが良くなるとは思えないが、御剣君が暴れ回るのは私達にも責任があるのだろうか。

「私達って、良い先輩だったかな」

「さあ。考えた事もありませんね」

 全くもって、聞くんじゃなかったな。




 自警局へは戻らず、総務局内で状況を説明。

 私がではなく、サトミが。

 私が話す事は何もないし、興味もない。

「偽造と分かった後で行動して下さい」 

 ため息混じりに呟く矢田局長。

 思わず反応しそうになるが、深呼吸してどうにか我慢する。

「ではそれが判別する前に、生徒に危害を及ぼす事があったらどうするおつもりでしたか」

「監視はしてました」

「及ぼす事があったらどうするおつもりだったかを聞いています。戯れ言は聞いてません」

 強烈に責め立てるサトミ。

 何しろ、先輩からしてこれ。

 後輩がどうなるかは、推して知るべしだ。


「無論いざという時は、ガーディアンなり警備員なりを呼びますよ」

「襲われた後で?怪我をしたら、誰がそれを治してくれるんですか?痛みを完全に中和する、無害な薬品でもお持ちでしたか?」

「……対応が後手に回ったのは認めましょう」

「ではその旨を、生徒会長と自警局局長に報告して下さい。今後こういった件に関しては、自警局の判断において行動します。総務局の意向は受け付けません」

 厳しい口調で主張するサトミ。

 しかし自分で対応のまずさを認めた以上、矢田局長に反論の余地はない。

「正式な報告を今日中に。異議があれば、この場で受け付けます」

「何もありません」

「結構です」 

 静かに頷き、一歩下がるサトミ。

 私から話す事は何もなく、黙って背を向けドアへと向かう。


 こんな当たり前の話を改めて告げなければならない事自体、馬鹿馬鹿しくなってくる。

 目の前に危機が迫っているのなら、それに対応するのが自然。

 ガーディアンや生徒会であれば、それは余計に。 

 書類が本物だろうと偽造だろうと、この際は関係ない。

 危険が及ぶか否か。

 問題はその一点のみだ。


 別にドアが開かない訳ではないが、帰ろうとしたのは私だけ。

 どうやら、まだ話をしたい人がいるらしい。

「俺からも一言」

 穏やかに笑ながら話し始める七尾君。

 渡瀬さんはその後ろに控え、大人しくしている。

「君には君の立場があるから、それについてはとやかく言わない。ただそれと同様、俺達にも立場もあれば役割もある。相手が誰だろうと、生徒に危害を及ぼす人物は見過ごせない」

「今回は例外です」

「例外は認めない。これは自警局の管轄であって、総務局の管轄じゃない。総務局として意見を述べたいなら、総務会を開いてもらおう。俺も自警局の一員として発言をする」

 サトミのように追い込む一方ではなく、多少は相手への逃げ道を作る七尾君。

 それは非常に細い道ではあるが、行き先に壁しか無いよりはましだろう。

「総務会で、この件を公表しろと?」

「噂はとっくに、学内中へ広まってる。それが嫌なら、総務局の指示で連中を排除した事にすればいい」

「……分かりました。ただ今後も、出来るだけ穏便な対応をするようお願いします」

「相手に言ってくれよ、そういう事は。みんな、帰ろうか」



 廊下を颯爽と歩いていく七尾君。

 私の周りにはいないタイプというか、そつがない。

 何より、相手の顔を立てるなんて事が私達にはあり得ない。

「単純にすごいね。というか、あれでいいの?」

「メンツもプライドも必要ないよ。大事なのは生徒を守る事だろ」

「雪野さん、今の言葉を聞きましたか」

 わざとらしく尋ねてくるケイ。

 彼が聞こえたんだから、私にも勿論聞こえてくる。

 それこそ耳が痛い程にね。



 そうして歩いていくたびに、すれ違う生徒達が挨拶をするか会釈をする。

 私に対してではなく、先を行く七尾君に対して。

 彼は前期から引き続いて学校に在籍し、ガーディアンの筆頭という重要なポジションを担っている。

 締めるところは締め、緩めるところは緩める。

 人当たりも良くて、腕も立つ。

 見た目も、まあ申し分なし。

 評価が高いのは当然か。

「存在その物が輝いてるね」

 そう言って、一人笑うケイ。

 ある意味対照的というか、対極に位置する存在。

 とはいえお互いが相容れないという訳でもなく、七尾君もケイの事は認めている様子。

 私はあまり、認めたくないけれど。

「俺は所詮小物だよ。玲阿君に比べれば」

「俺は別に」

「停学や退学がなかったら、元野生徒会長。遠野総務局長。浦田自警局長。なんて事もあったんじゃないの」

「嘘でしょ」

 元野生徒会長と遠野総務局長は良い。

 ただ、最後の浦田自警局長は許せない。

 例え神が許そうと、この私が許さない。

「意外と人気あるよ、浦田君は。今の2年生には、特に」

「来たな。とうとう、俺の時代が」

「一生来ないと思いますよ」

 大笑いして否定する御剣君。

 これに関しては、私も同感。

 彼の時代が来るなら、私は日本を出る。

 それでも駄目なら、月にでも行く。

 あり得ないんだって、そんな事は。




 自警局へ戻り、モトちゃんへ状況を説明。

 これが、生徒会長だったかも知れない人か。

「どうかした?」

「元野生徒会長だって」

「私が生徒会長なら、ユウは大統領よ」

 そう言って笑うモトちゃん。

 だけど大統領って、どこの国の話なのよ。

「総務局には私からも話しておく。不審者は構わず取り締まって。通達も、全ガーディアンに出すわね」

「責任は、誰が?」

 静かに尋ねるケイ。

 モトちゃんは自分の胸に手を添え、私達を見渡した。

「勿論、私よ。それ以外の、誰が取るの」

「生徒会長は言う事が違う」

「あなたには負けるわ。その傭兵のリストと、背後関係。支援してるグループ、教職員がいないか確認。サトミ、神代さん達にお願いしておいて」

「分かったわ」

 取りあえず、彼女が有能な事だけは良く分かった。

 少なくとも、暴れるだけしか役に立たない私よりは。



 とはいえそれも、今更の話。

 落ち込むには、数年のずれがある。

 出会った頃から、彼女に負けてるのは分かっている話。

 今から挽回しようにも、彼女は地球一週分くらいは先を行っている。

「難しい顔して、悩みでもあるの」

 こうして人の心にまで気を配れると来た。

 でもって私も頼ると来た。

「いや。私は役に立たないなと思って。卑下してる訳じゃなくて。後輩にも何も出来ないしさ」

「ユウは、存在自体が良いお手本よ」

 木之本君と同じ事を言ってくれるモトちゃん。

 でもってその時同様、床に転がって笑い転げるケイ。

 人の事は言えないが、つくづく頭が悪いな。




 すぐに帰るのもなんなので、執務室の隅にある机に収まり昔の資料を読みあさる。

 読むのは良いけど、よく分からない。

 結局これは、昔の話。

 今の事じゃない。

 これこそ、今頃言っても仕方ない。

「止めた」

 そう言って、サングラスを掛けて立ち上がる。

 でもって、視界が暗くなって一瞬よろめく。

 順番が逆だったな。

「様子見てくる。ショウ、付いてきて」

「様子?なんの」

「今の学内の様子を。ずっとここにこもってばかりで、世の中が見えてなかった」

「世の中」

 オウム返しをしてくるショウ。

 そんな深い意味は無かったんだけど、まあいいか。



 慣れてしまえば視界も良好。

 サングラスの分薄暗いが、目への負担はかなり減る。

 端から見て、私がどう映ってるかはともかくとして。

「ここ、どこ」

「B棟の最上階。前の、G棟か」

「ふーん」

 そう言われても、そのG棟がどうだったかよく分かってない。

 二年の時はG棟にオフィスがあったけど、正直言ってG棟もF棟も一緒。

 基本的な作りが同じなので、判別が付きにくい。

「特に荒れてないね。落ち着いてもないけど」

 廊下は生徒が行き交い、所々では会話が弾み、時折騒ぎながら人の間を走り抜けていく子達もいる。

 昔の学校と変わりない、多分100年先も見られるだろう光景。


 管理案が導入された頃の張り詰めた、重苦しい空気はない。

 規則が厳しいとはいえ、それは程々といったところなんだろうか。

 むしろ規律と秩序が保たれる程度に。

 そうなると、結局私一人が空回りとなってしまう。

「問題も、あるのかな」

「何が」

「ガーディアンが、生徒を脅してる」

 仕方なさそうに答えるショウ。

 サングラス越しの視線に見えているのは、野次馬の背中。

 彼は私の上から見ているので、もう少し違う景色が見えてるようだ。

「まさか、知り合いじゃないでしょうね」

「見た事ない顔だな。1年か」

「どちらにしろ、放ってはおけない。サトミに連絡して、身元を確認させて」

「分かった」

 背伸びして、端末のカメラで写真を撮るショウ。

 すぐに折り返し連絡が入り、ショウの推測通り1年だとの解答が返ってくる。

「まさか、身内だから見過ごせって言ってない?」

「好きにして良いって。あくまでも、常識の範囲内で」

「分かった」

 あくまでも、常識の範囲内で行動させてもらおう。

 世間の常識ではなく、私の常識で。



 まずはスティックを抜き、床を叩いて音を立てる。

 当然振動も床を伝わり、野次馬に走る。

 近い方からこちらを振り向き、私と目が合い逃げていく。

 自然道が開け、後はそこを歩いていくだけだ。

「床、割るなよ」

「加減はしてる」

「だといいけど」

 自分の髪を払いながら呟くショウ。

 何かの破片にも見えるが、気のせいだ。


 やがて野次馬が完全に割れ、件のガーディアンが見えてくる。

 見た感じ20人はいそうで、しかも全員完全装備。 

 バトンを担ぎ、少し驚いたが例のショットガンも見える。

「あれって、結局配備されてたの?」

「持ってるから、されたんだろ。盾を持ってくれば良かったな」

「その辺のドアでも外したら」

「遊んでるんじゃないんだぞ」

 笑いつつ、革のグローブをはめるショウ。

 私はスティックのスタンガンを作動。

 それをショウへ渡し、オープンフィンガーグローブを装着する。

「こっち見てる?」

「まあ、見るだろ。俺なら見る」

 スティックから火花を散らしながら、肩を叩くショウ。 

 何マッサージなのよ。



 徐々に張り詰めていく空気。 

 会話は自然と止み、妙な気まずさがたれ込める。

 ただそれは野次馬であったり、私達と対峙しているガーディアンが。

 私達は、緊張もしていなければ気まずさも感じない。

 どう戦うか、どう倒すか。

 それを考えるだけだ。



 軽い咳払い。

 リーダー格らしいガーディアンが、バトンを担ぎながらこちらへと近付いてくる。

 それに倣い、周りのガーディアンも付き従う。

 人数としては圧倒的な差。

 とはいえ数は数。

 現実は現実だ。

「その生徒が、何かやった?」

 相手が口を開くタイミングを制して、こちらから尋ねる。

 ガーディアンの後ろにいるのは、どう見ても普通の生徒。

 男女の数名のグループ。

 武装した集団に怯えているだけで、何かを出来そうな雰囲気はない。

「騒いでいたので、たしなめただけです。雪野さん」

 さすがにガーディアンだけあり、私の名前は知っている男。

 つまらない事になりそうだなと思いつつ、ショウからスティックを受け取りそれを担ぐ。

「武装して、取り囲む程騒いでた?」

「ガーディアンとしての力を示しただけですよ。よそで遊んでたあなたには分からないと思います」

 そう言って笑う男。

 追従する周りのガーディアン達。

 野次馬は静まりかえり、囲まれている男女は俯いたまま。

 こっちも鼻で笑い、スティックでガーディアンを指し示す。


「だったら、もう良いでしょ。その子達は解放したら」

「所持品の検査も必要ですので。これから、オフィスへ連行します」

「何の根拠があって」

「規則通りに行動してるだけです。規則を破ってばかりのあなた達には分からないと思いますが」

 皮肉っぽく指摘する男。

 なるほどねと思い、早足で歩き無造作に男との距離を詰める。

「そこまで分かってて、私に意見するんだ。覚悟は出来てるよね」

「武装したこの人数に勝てるとでも?」

「ガーディアンを軽くは見てないし、装備の優秀さも認める。でも、そういう人間に負ける気がしない。というか、勝つ気でいたの?」

「やってみましょうか」

 男女を囲んでいたガーディアンが素早く動き、私とショウの周りに集まる。

 見えるのはガーディアンのプロテクターとバトン。

 そして銃。

 本物ではないので、プロテクターで十分に弾ける衝撃。

 つまり同士討ちを気にする必要はない。

 進退窮まったとでも言おうか。



「で、どうするの」

「俺に聞くな」

 肩を回しながら答えるショウ。

 気を張り詰めてはいるが、緊張していなければ無論臆してもいない。

 この程度は修羅場とも言えず、単に周りを囲まれただけの事。

 騒ぎ立てる必要はなく、むしろここからどうするのか相手に聞きたいくらいだ。


 ショウと話している隙を狙って動くガーディアン。

 それを隙と考えるならの話。

 油断を誘う罠と考えない時点で、勝負は決まっている。


 踏み込むタイミングより一瞬早く前に出て、振り下ろされたバトンをかいくぐって懐に飛び込む。

 頭の上を通り過ぎるバトンを眺めつつ、がら空きの胸元を肘で軽く突く。

 相手はあっさりバランスを崩し、最後に足を払って終わり。

 追い打ちを掛けるまでもなく、後は自分が踏み込んだ分下がるだけだ。

「反抗する気ですか」

 バトンを振りながら、訳の分からない事を言ってくる男。 

 役職としては間違いなく私の方が上。

 課長級以上で、こんな顔は見た事がない。

 つまり、これだけの人数相手に抵抗するかと言いたいらしい。

「言葉は考えて使ったら。今ので十分分かったんじゃないの」

「一人倒したくらいで、随分な自信ですね。この程度で驚くとでも思いました?」

「何が」

「所詮草薙高校と言っても、名前だけ。レベルが低いって言いたいんですよ」

 なるほど、他校出身者か。

 別に草薙高校出身者だからと言ってまともな人間ばかりとは思わないが、それこそ反抗的な理由は理解出来た。


 腕に自信があり、装備も揃い、人も集まった。

 後は何がしたいか。

 自分達の知名度を上げるか、虚栄心を満たすか。

 その白羽の矢が立った訳ではないが、連中には良い獲物と映った様子。

 馬鹿馬鹿しすぎて、言葉もないとはこの事だ。

 とはいえ今までこういうケースがない訳ではなく、むしろ日常茶飯事。

 少なくとも、こういう人間は学内から消えていないのはよく分かった。


 愛想良く笑ってやり過ごすか。

 背を向けて逃げ出すか。

 それとも謝るか。

 選択肢はいくらでもある。

 ただ、私が選ぶ道は一つだけ。

 今までがそうだったように、これからも。

 前に進む以外、私の道は存在しない。


 スティックをしまい、グローブの具合を確認。

 少し大きいが、動くのには問題ない。

「スティックは良いのか」

「たまにはね。棒に頼ってると思われても癪だし」

 攻撃力を高めるだけなら、スティックの使用は不可欠。

 だが無いと戦えない訳ではなく、素手なら素手でこの程度は切り抜けられる。

 切り抜けられないような鍛え方もしていない。


「我々を、あまり舐めない方が良い」

「どうして」

「虚勢も良いが、恥をかくのは自分ですよ。いつまでも、自分達がヒーローだとは思わない事です。草薙高校程度が、我々に」

 今度は滔々と、自分が通っていた高校の自慢話を始める男。

 こうしてやる気を削ぐ戦法なのかと疑いたくなり、今なら逃げても後悔しないかも知れない。

 こちらの白けた空気をようやく理解したのか、長話を止めてバトンを構える男。

 構えた雰囲気や身のこなしは、ごく普通。

 無論訓練はされているようだが、言ってみれば並より少し上。

 それでここまでの自信を誇れるのだから、恐れ入る。


 不意に。

 おそらく本人はそのつもりで、後ろから振り下ろされるバトン。

 私が反応するより先に、ショウの後ろ回し蹴りがバトンを叩き折る。

 周囲から聞こえるどよめき。

 そこまで特別な事をしたとは思えず、声の大きさにむしろ驚いてしまう。




 そのまま身を翻し、漫然と構えていたガーディアン達のバトンにショウの足が振り下ろされる。

 一本二本三本。

 横一列になぎ倒し、バトンは二つに割れて宙を舞う。


 壁を叩いてもバトンは折れず、手を痛めて落とすくらいの強度。

 それをたやすく、しかもまとめて三本折る脚力。

 プロテクターなど単なる紙と変わりなく、彼等は裸で虎の前を歩いている心境だろう。

「やり過ぎじゃないの」

「怪我はさせてないだろ」

「身内には甘いって?」

「甘いのか?」

 ようやく怖じ気づくガーディアン達を見ながら、鼻で笑うショウ。

 バトンをへし折って、甘いも何もないか。

「な、何してる。拘束しろっ」

 一人金切り声を上げ、バトンを振り回す男。

 しかし今のを見て前に出たい人間がいる訳もなく、自然自分一人が浮き上がる。

「もう少し、分かりやすくやってみたら」

「何だ、それ」

「プロテクターを壊すとか」

「怪我をさせずに?ゆで卵の殻を割るんじゃないんだぞ」



 腰をため、足を天空へ向けて突き上げるショウ。

 そのかかとが男の鳩尾を捉え、顎に当たって引き戻される。

 正中線を結ぶように真っ直ぐ入るヒビ。

 これもやはり、バトン同様強度は相当なもの。

 使い込めば壊れる事もあるが、蹴っただけで壊れるような物ではない。

 日本刀で切られるとかなら、また別な話だとは思うけれど。

「う、撃てっ」

 これを警告と取らず、屈辱と感じる男。

 それに反応し、銃を持っていたガーディアンが銃口をこちらへ向けてくる。

「ここまでやっても分からないって事?」

「のんきに言ってる場合か。撃たれるぞ」

「打ち返せば良いだけでしょ」

「もういいよ」

 依然として気楽な会話を交わす私達。

 相手のレベル、状況、自分達の体調や能力。

 それらを勘案しての、この態度。


 囲んでいるのが七尾君であったり舞地さん達なら、私達も死力を尽くして戦い抜く。

 だがこれでは、本気になる事のも虚しいだけ。

 銃も使い方次第では有効な武器となるが、今は気にする理由もない。


 さすがにスティックを抜き、銃の数を確認。

 4丁あって、四方を囲む形。

 漠然と撃たれるのはリスクが高いので、こちらからコントロールを試みる。


 まずは後ろ。

 素早く下がり、動揺を誘う。

 思った通り慌てて引き金を引くが、その前にサイドステップしてゴム弾を避ける。

 そのまま前に出て、下から銃口を蹴り上げる。

 パニック気味に左右の銃口も向けられ、引き金を引きそうになったところで素早く床へ伏せる。

 後はお互いがゴム弾を受けるだけ。

 プロテクターを装着してるので被害は無いが、もう一度打ち合う勇気はないだろう。

 最後はスティックを振りかぶり、正面から飛んできたゴム弾を打ち返す。

 距離さえ取れば、ゴム弾と言ってもただの小さいゴムボール。

 威力も減れば速度も落ち、恐れるには足らない。

 金属弾や銃自体が改造されていたら、また別な話だが。




 完全に戦意を喪失するガーディアン達。

 リーダーの男は、呆然と立ちつくしたまま。

 後はこの場を去るだけだ。


 そう思ったところで、気の抜けていたガーディアン達がざわめき出す。

 何がと思ったら、御剣君がバトンを担いでやってきた。

 向こうは現役。

 知名度は彼の方が、圧倒的に上だろう。

「やり過ぎないようにと、元野さんに言われて見に来たんですが」

「見ての通り。全然問題無い」

「無い、ですか」

「文句あるの?」

「いえ、まさか」

 大げさに後ろへ下がる御剣君。

 それを見ていたガーディアン達が、先程以上にざわめき出す。

「おい、御剣が逃げてるぞ」

「やばくないか、これ」

「誰だよ、小さいだけって言ったのは」

 最後の一人とは、じっくり話し合ってみたいな。


 先程の傭兵同様、ガーディアンも全員拘束。

 御剣君が連れてきたガーディアンに連行されていく。

「あれは何」

「元々、他校で自警組織に所属してたみたいです。以前からいたガーディアンとは、たまに揉めてますよ」

「人ごとみたいに言うね」

「やっていいなら、今すぐ全員叩きのめしますけど」

 誰だ、彼が大人しくなったって言ったのは。



「ますます納得出来ないな」

「何が」

「今の学校の状況がよ」

「雪野さん達が戻ってきて、余計にひどくなった気もしますけどね」

 どうやら、彼ともじっくり話し合った方が良さそうだ。










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