40-1
40-1
忙しそうに目の前を行き交う人達。
それをぼんやり眺めつつ、お茶をすする。
そろそろ秋の気配も漂いだし、暖かいお茶が美味しい時期になってきた。
「暇なの?」
書類を抱えながら声を掛けてくる神代さん。
それに頷き、スティックを磨く。
少なくとも、殺気だってまでする仕事は任されていない。
「手伝えって言うのなら、手伝うけど」
「それは良いよ」
おい。
どうも人を過小評価してるというか、見る目があるというか。
しかし、ここまで言われて黙ってる訳にも行かないな。
自警局の奥にある広めの会議室。
こんな場所があったんだと思いながら、神代さんに付いて中へと入る。
その途端飛んでくる、いくつもの視線。
いまいち歓迎されてないように思えるのは、気のせいか。
「それで、何しよう」
「お茶入れますね」
静かに立ち上がり、マグカップにコーヒーを注ぐ真田さん。
飲んできたばかりだとは言えず、一応口を付ける。
「今度生徒会内で総会があるので、資料を作っています」
「ふーん」
「議題と、自警局の主張がこちら。一度、読んでみて下さい」
余計な仕事はさせずに、資料だけ渡してくる真田さん。
この辺はさすが昔なじみ。
私の事をよく知ってるな。
適当に資料をめくり、表面的に理解をしていく。
議題は良くある話ばかりで、風紀粛正や予算削減という文字が目立つ。
組織にとっては永遠のテーマだろうが、いまいち興味は覚えない。
もう飽きた。
とは言わず、資料越しに部屋を見渡す。
神代さんと真田さん。
緒方さんに、小谷君。
そしてエリちゃん。
後は何となく顔を覚えている、人達。
「……全員、1年生と2年生?」
「そうなりますね」
資料の束から顔を上げる小谷君。
ただそれ程驚く話でもない。
普通なら、後期に入った段階で3年生は引退か一線を退く。
むしろこうあるのが、本来の姿。
3年生が前に出ている今の状況こそがおかしいと言える。
「ふーん」
ここに紛れ込んでいる3年生は私だけ。
場違いとは思うが、来たからには仕方ない。
「私、何かやろうか」
「え」
一斉に声を上げる神代さん達。
信用が無いどころか、マイナス評価ときたものだ。
「大丈夫だって。私も3年生だよ」
「では、これはどう思います?」
遠慮気味に、別な資料をそっと置いていく小谷君。
虎に餌でもあげてるのか。
字が小さいので顔を近づけ、集中して読んでいく。
内容としては、管理案の延長みたいな話。
あそこまで厳格でもなければ罰則も厳しくないが、基本的には同じ。
破り捨てたくなったところで、全員の視線に気付き咳払いする。
「これ作ったの、誰」
「生徒会長と総務局です。行くんですか?」
見せなければ良かったという顔の小谷君。
それに構わず立ち上がり、サングラスを掛けて息を整える。
「で、生徒会長室ってどこ」
エレベーターを降り、人気のない廊下を歩く。
正確には、後輩の後ろを付いていく。
部屋数が多くて、ドアが等間隔。
多分昔は一般教棟で、ここは教室だった様子。
だから何だと言う訳でもないけれど、感慨めいた気持ちを抱かなくもない。
時は流れ、自分一人が取り残された。
なんて心境だ。
通路を駆け抜けてすぐに追いつき、ドアの前に立つ。
いきなり開けようとするが、反応無し。
センサーはあるが、ロックされている様子。
でもって監視カメラと来た。
「入れないの」
「連絡を取りますね」
私がドアを壊すとでも思ったのか、慌て気味に連絡を取り出す小谷君。
そんな真似はしないし、した事もない。
いや。無くもないか。
「会ってくれるそうです」
「会わなくてどうするのよ」
「理屈としては、そうですね」
虚しそうな笑顔。
そんなに変な事を言ったかな。
さすがに警備は厳重で、ドアも二重。
中にも監視カメラが付いていて、ついそれを睨み付ける。
奥のドアが開いたところで、カメラを避けるように中へと入る。
監視カメラに罪はないが、嫌な物は仕方ない。
「ようこそ」
書類の山から声を掛けてくる生徒会長。
ただ声しか聞こえないので、スピーカーだけ置いてあっても分からない。
「規則、おかしい」
「単語で話されても困る」
それもそうか。
取りあえず机を回り込み、書類に目を通している生徒会長にさっきの資料を突きつける。
「これ、これ。こんなの認められない」
「決まった訳ではないが、学内世論はそれ程否定的ではない。自治より秩序を重んじる傾向があるようだ」
「ああ?」
「怒られても困る」
少し嫌な顔をする生徒会長。
別に怒ってはない。
気分は決して良くないが。
それでも諦める気にはなれず、机を叩いて抗議する。
「これは、自警局として反対する」
何勝手な事をと言いたげな後輩達。
確かに、それは言い過ぎか。
「少なくとも、私個人は反対する。何のために、学校と戦ったと思ってるの」
「それは君の都合で、今の学校の総意ではない」
「私が間違ってるって言いたいの」
「正しいかも知れない。ただ、今の学校とは合ってないだけだ」
ストレートに告げてくる生徒会長。
耳の痛い、自分でも薄々感じていた話。
なるほど、よく分かった。
なんて答えるようなら、始めからここには来ていない。
「だったら現状を認めるって事?」
「この案を提出している以上、そうはなる」
「分かった。もう頼まない」
資料を机に置き、背を向けてドアへと向かう。
これ以上ここにいて話す事は何もない。
「また学校と戦う気か」
「戦う?考え方の違いじゃないの。私達は自分達の主張を貫くだけよ」
「それを世間では戦うという。混乱を招くのは、好ましくない」
「こういう案が施行される方こそ、好ましくないと思うけど」
多分これは、基礎的な考えの違い。
私はあくまでも自治。
生徒の自主性に重きを置いている。
対して彼はより秩序を求めている。
それには管理案の再来と言われようと、規則は厳格化すべきとの考え。
出発点が違う以上、少し話して解決する問題でもない。
生徒会長執務室を後にして、エレベーターに乗り込む。
それが動き出しても、皆無言。
妙な緊張感が漂っている。
もしかして、私が怒ってると思ってるのか。
「別に怒ってないよ。そこまでの事でもない」
そう告げて笑うが、反応は薄い。
こうなると、評判の悪さを改めて実感するな。
「それと前みたいに暴れ回るつもりもない。あくまでも、話し合いで解決する」
「へぇ」
平坦な調子で返事をする神代さん。
まさか、ここまで信用されて無いとも思わなかった。
自警局へ戻ると、サトミが出迎えてくれた。
言いたい事は顔を見なくても分かっているので、自分から声を掛ける。
「この案は認めない。だから、戦う」
「戦わないって言ったじゃない」
後ろの方から聞こえる声。
敵は身内にありとは、良く言った。
「意見を戦わせるって事。警備員が導入されたり、ロックアウトされた訳でもないんだから」
「だったら、されたらどうする訳」
「その際は、暴れるかもね」
処置無しといった顔で首を振るサトミ。
ただあの時も、無茶をしたのは決して私一人ではない。
彼女も退学したのが、その良い証拠だ。
どうも話はサトミだけでは済まないらしく、局長執務室まで連行される。
待っていたのはモトちゃんと沙紀ちゃん。
でもって北川さん。
「何がしたいのかしら」
静かなトーンで尋ねてくる北川さん。
それ程深くは考えていない。
とは答えず、規則改正の件を告げる。
「その件に関しては自警局としても取り組んでいて、今度の総会でも話はするの。今すぐ行動して解決出来る問題ではないでしょう」
「分かってるけどさ」
「一つ一つの行動が周囲に及ぼす影響を考えて。昔とは違って、今は自警局の幹部でもあるのよ」
言わんとしている事は分かる。
自分の行動が、それ程賢くなかったのも。
ただ我慢が出来なかったのも確か。
退学した事は、誰かに責任を取ってもらうつもりはない。
それは十分覚悟の上だった。
だけど現状を受け入れられる程、落ち着いた考えも持っていはない。
仮にそうなら、あの時に行動はしなかっただろう。
「北川さんの言う通りよ。気持ちは分かるけど、少し自重して」
真面目な顔でたしなめるモトちゃん。
友達としてではなく、自警局局長の立場として。
そして自分は北川さんの言うように、自警局の幹部。
昔とはそれぞれ立場も変わった。
気ままに行動し、ただ日々を過ごしていた頃が今はただ懐かしい。
「思い出に耽ってないでしょうね」
すかさず釘を刺してくるモトちゃん。
鋭いな、どうにも。
その後もこってり絞られ、叫び出しそうになったところでようやく開放された。
今更ながら生徒会長のところへ行かなければ良かったと、つくづく後悔する。
「北川さんも、悪気がある訳ではないから」
私の肩に触れながら話しかけてくる沙紀ちゃん。
基本的に北川さんは、私に注意をする事が多い。
ただそれは立場上の事。
言われる私の方に問題があるとは分かっている。
「別に気にしてないよ。サトミに比べれば、そよ風みたいなものだしね」
「そうなの?」
「そうなの。とにかく、もう」
なおも言葉を並べ立てようと思ったが、遠くからじっとこちらを見てるので止めた。
盗聴器でも仕掛けてあるのかな。
「私にしろ北川さんにしろ、やっぱり規則を守るのが前提なのよね。それを飛び越える事は、あまり好ましいとは思わない」
「分かるけどさ。規則が間違ってるというか。それとも私がこの学校で浮いてるって事?」
「優ちゃんだけじゃなくて、自警局としては現規則とその改正には反対を表明している。その意味では、この組織自体が浮いてるのかな」
くすくすと笑う沙紀ちゃん。
でもってそれは、笑いごとなのか。
みんなに迷惑を掛けたり気を遣わせたり。
今更だけど、少し行動を改めた方が良さそうだ。
「毎日楽しそうだな」
にやにや笑いながら近付いてくるケイ。
そこまで楽しいとは思わないけど、他人からすればお気楽な人生に思えてるのかも知れない。
「だったら、何。大人しく頭を下げてろっていうの」
「下げた事はあるのか」
「無いけどさ」
ほら見た事かという顔。
実際そこまで素直で従順なら、退学もしていなければ絞られもしない。
学習能力がない、という気はしないでもないが。
「ただ生徒会長は、今の学内はこういう規則や改正を認める雰囲気だって。そんなに私達は浮いてるの?」
「他校から流入してきた生徒が多いから、自治の感覚が掴みにくいんだろ。その点自警局は、ほぼ生え抜き。特に南地区出身者も多い。浮き上がるのは仕方ない」
褒めてるのかけなしてるのか、よく分からない話。
分かったのは、自分達が学内の意見とはかなり乖離してる事か。
卓上端末を使い、情報局のデータベースにアクセス。
これは一般生徒も見られる、通常画面。
そこからアンケート結果を選択し、学内状況や規則について調べてみる。
結果は今まで周りから聞いていたように、現状に満足という意見が多数。
規則も受け入れられている。
比率としては、半数以上が現状に肯定的。
規則も同じ。
明確な反対意見は少数派になっている。
数字で示されると、また違う説得力がある。
データが改ざんされてるとは思えないし、実際不満を持ってるのは私達だけの様子。
改めて、自分達が少数派であると認識をさせられる。
「キャンペーンとかやらないの」
「誰がやるんだ」
「そう言われると困るけどさ」
というか、私にやれと言われても困る。
自分で言い出しておいてとは思うが。
「良いんだよ。学校の隅っこで、大人しくしてれば。あと半年すれば卒業なんだし」
「私達はそれで良いかも知れないけど。渡瀬さん達はどうするの。後輩達は」
「それは自分達で解決するしかないだろ。本来なら2年生が主流になってる時期なんだから」
そう言われると返す言葉もない。
だけど、今私がここにいるのも事実。
だとすれば、何もしない訳にはいかない。
では何をするのかと聞かれると、かなり困るが。
分からなければ動く。
という訳でも無いが、トレーニングルームで体を動かす。
サンドバッグに軽くジャブ。
少し揺れたところで膝打ち。
戻りを肘、向こうへ触れたタイミングを見て前蹴り。
大きく揺れたのを見て、跳び後ろ蹴り。
着地間際に渾身のストレートを決めて、サンドバッグを吹き飛ばす。
息は上がったが、そこそこの動きは出来た。
でもって、サンドバッグがすごい勢いで戻ってきてるのは気のせいか。
「何してるんだよ」
肩からサンドバッグに当たり、その動きを止めるショウ。
私の方には風一つ来ず、彼は至って笑顔。
とてつもないな、何もかもが。
「軽く様子を見ようと思ってね。暴れる訳じゃないけど、結局動かないと始まらないし」
そう言って床に座り、一休み。
疲れたよ、もう。
「動かないのか」
「限界に達した」
「猫か」
猫ではないが、体力的にはそんな所。
黙々とジャブを叩き込むショウを、床から眺める。
「後輩のために、何か出来るのかな」
「は?」
ジャブを止め、声を裏返して振り返るショウ。
そこまで変な事は言ってないと思う、多分。
唐突感は、自分でも否めないが。
彼も床へ座ったところで、もう少し説明を加えて話す。
本来なら3年は引退。
だけど自分達は、まだ留まっている。
それなら、自分達はどうすべきか。
何が出来るのかと。
「出来ないだろ、何も」
「どうして」
「少なくとも俺は、自分の面倒すら見れてない」
なるほどね。
それは彼だけではなく、私も同じ。
他人の世話を焼いてる場合ではないか。
「じゃあ、何もしないの」
「求められれば、出来る事もあるだろうな」
いまいち消極的な台詞。
ただそれに、違うと反論すら出来ない自分。
自分のふがいなさを改めて痛感する。
何より疲れたので、トレーニングルームを引き上げる。
精神的に盛り上がっていた分、沈んでいくのも早い。
一応、目薬は差しておこう。
これを使って予防出来る訳ではないが、それこそ気休めにはなる。
「大丈夫ですか」
平坦な口調で尋ねてくる真田さん。
私のサングラスや眼鏡を掛けた姿は、彼女にとってはかなり奇異に映るのかも知れない。
「問題ない。念のため使っただけだから」
「まだ治りません?」
「10年後じゃないの」
これは冗談ではなく、実際の話。
10年は大げさにしても、人並みに回復するのは数年かかると医者から聞いている。
完治するかどうかは分からないとも。
ただ生活には、それ程不自由もない。
元がどうだったのかは、忘れてしまったくらいだ。
それ以外に話があるのか。
単に場所が空いてたからか、目の前の席に座る真田さん。
そして黙々と、書類を片付け始めた。
こちらは激しく動いて、シャワーを浴びた後。
正直眠くなってきた。
でもって、少し思う。
自分は何もしてないなと。
これでは後輩の世話を焼く話どころではない。
「何か手伝う?」
「手伝う?」
怪訝そうに尋ね返す真田さん。
これも、昔の私しか知らない彼女なら当然。
2年の後期に彼女と少し共には過ごしたが、あの時はただ暴れ回っていただけだ。
「大丈夫、任せて」
「はぁ」
不服そうな彼女の腕をかいくぐり、適当に書類を手に取る。
……備品使用状況書か。
今すぐ半分にしたいところだが、大見得を切った手前何もしない訳にはいかない。
必要な記入場所を確認。
内容に不備がないかも、同時に。
品物名を見て、期限や個数を見る。
……湯飲み二つ。
悲鳴を上げたいところだが、期限は年度末まで。
更新申請を出すなと言いたいところで、決済済みの箱へ入れる。
「ちょっと」
「念のためです」
私が入れた書類を改めて確認する真田さん。
彼女から見ても不備はなかったらしく、書類は再び決済済みの箱へと戻る。
「次はこれを」
言ってみれば、今のは初級編。
見ればすぐに分かる内容。
今度はトラブルの報告書。
これは一瞥して終わりではなく、場合によってはデータベースや本人への聞き取りも必要となってくる。
ただ基本はどれも同じ。
丹念に読んで、内容を確認するだけ。
その手順や複雑さが違うだけで。
えーと。いきなり窓から侵入か。
あり得ないが、あり得ない状況の場合もある。
ドアが封鎖され、通路にも人が多数。
よって、窓ガラスを割って中へ進入か。
緊急避難的には問題なし。
訓告程度かな、せいぜい。
「どうですか」
「問題ないでしょ」
今度は決済済みの箱には入れず、直接真田さんへと渡す。
入念という程でもないがしばし目が通され、今度も決済済みの箱に入れられる。
「勉強したんですか」
「去年、色々あってね。真田さんが戻ってくる前に」
単純な人出不足が主な理由ではあるが、ある程度事務仕事をこなせるようになったのは確か。
その意味では、私も多少は成長をしていると思う。
「ショウも、似たような事なら出来るよ」
「分かりました」
納得はしたが、書類は回してこない真田さん。
私のペースの遅さが不満なのか、仕事ぶりその物が不満なのか。
わざわざ書類を奪ってまでとも思わないので、それは彼女に任せる。
「弁護士はどうなったの」
「大学に入って法科大学院に進んで。まずは学校の勉強が大事ですから」
彼女が弁護士を目指す理由はいまいち分かっていない。
真面目ではあるけど、正義感に燃えるという印象はそれ程無い。
ただ進路として難関なのは間違いなく、彼女なりに思う何かがあるんだろう。
「雪野さんは、将来どうするんですか」
「RASのインストラクター。弁護士よりは、多分簡単だと思う」
資格試験自体は、基準さえ満たせば取得可能。
就職先は最悪、先生に頭を下げて雇ってもらう。
駄目なら、その時考える。
「将来って、なんでしょうね」
急に難しい事を聞いてきたな。
ただ彼女は答えを期待していた訳ではないらしく、仕事に没頭していった。
邪魔をしても悪いので、席を立って受付へと向かう。
そういえば、ここの仕事は経験無いな。
というか、現場以外は殆ど経験無いんだけど。
「私もやろうか」
「え」
露骨に驚く、受付の男の子。
気分を害したとは言わないが、面白くないのも確か。
カウンターを周り、受付に立つ。
昔のようにカウンターで視界が遮られる事はなく、多少見にくい程度。
カウンターの下にはパンフレットや書類が種類分に置かれていて、警棒やバトンも隠されている。
「聞かれた事に答えれば良いだけでしょ」
「ええ、まあ」
「大丈夫。私も中等部の頃から、ずっとガーディアンだから」
「そうですか」
何とも硬い表情。
受付って、笑顔が基本じゃないのかな。
何とも気まずい空気の中、お客さんがやってくる。
こういう言い方であってるかどうかは、分からないが。
「どうかしましたか」
「階段のところに、柄の悪い子が集まってるんですけど」
「分かった」
カウンターを飛び越えたところで、受付の子に指を差される。
ああ、そうか。
「えーと。誰かを向かわせればいいのね。今空いてるのは」
卓上端末で、本部にいるガーディアンのリストを表示。
稼動可能リストに変えて、数名を選択。
端末に連絡を入れる。
「すぐに向かうから。私は行かなくて良いのかな」
「受付はどうするんですか」
「そうだけどさ」
いまいち納得は行かないが、多分それは受付の子も思ってるはず。
仕方なくカウンターを回り込み、元の位置に戻る。
でもって、誰も来ないとやる事がない。
ちょっと眠くなってくるな。
「寝てないでしょうね」
「まさか」
慌てて口元を押さえ、欠伸をかみ殺す。
というか、どうかしてる。
「ここは、一応自警局の顔ですよ」
「分かってるって。あーあ」
書類を一枚取って、裏返してカウンターの上に置く。
後はペンを持って、線を引く。
つまりは落書きをする。
「あの、俺の話聞いてました?」
「誰か来たら、仕事する」
「いや。そういう意味ではなくて」
もどかしげに手を動かす男の子。
それに構わず、ペンを走らせる。
舞地さんが飼っていた猫は、どこに行ったのかな。
彼女に付き従って、大学の敷地へ移動したんだろうか。
猫、猫、猫。
取りあえず、猫で埋め尽くしてみよう。
「随分、楽しそうね」
唐突に掛けられる声。
いや。実際はかなり前からそこにいたのかも知れないが、猫にかまけて気付いてなかった。
「ああ、新妻さん。予算でも増やしてくれるの?」
「削減ならいつでも応じるわよ」
軽く切り返す新妻さん。
増やしますと言われても、使い道がないけどね。
「何か用?」
「それは私も知りたいんだけど。あなた、いつから受付になったの」
「何でも経験しようと思って。モトちゃん。……局長に用事なら、私が案内するけど」
隣から感じる視線。
逃げるかと言われてるような気もする。
とはいえ実際逃げるので、この際は気にしない。
以前より自警局のエリアが狭くなり、また最近はここに常駐。
迷う事もなく、通路をすたすたと歩いていく。
「仕事はしなくて良いの?」
「基本はモトちゃんの警備で、やる事が無いんだって。直属班とかいって、ここに軟禁されてる気がする」
「あなたを外に出してもね」
暗に私が暴れると指摘する新妻さん。
これは否定しようが無く、取りあえずは黙っておく。
「それに3年生だから、現場に出るのは控えても良いんじゃなくて」
「塩田さん達は、ずっと現場にいたじゃない」
「あれは非常事態でしょ」
一言で終わらせる新妻さん。
ますます、私の居場所が無くなっていくな。
局長室にはモトちゃん。
そしてサトミと木之本君がいた。
二人は局長補佐なので、いて当たり前。
別に不思議な事ではない。
「何かご用かしら」
書類に視線を落としながら尋ねるサトミ。
新妻さんは一瞬眉を動かし、どうにか笑顔を作り上げた。
「ガーディアン削減の件がどうなったか聞きたくて」
「随時報告はしているけれど」
「削減されてない報告ばかり届いてる」
「結局は馘首でしょ。難しい問題なのよ」
大げさに振られる首。
誰が見ても演技なのは明らかで、オーディションなら一番に失格だ。
「半減しろとは言わない。でも、過剰なのは確かでしょ」
「分かった。では、20人削減する。ただし予算の削減は、その1/2に。引き継ぎやら備品の共有で、予算自体が半減する訳ではないから」
「……取引?」
「まさか。あくまでもお願いよ」
両者の間で飛び散る火花。
ただ削減する権限が自警局にしかない以上、これは勝負にはなり得ない。
無論強制的に予算を削減するのは可能だが、それは当然批判を招く。
新妻さんが苦い顔をするのも仕方ない。
サトミでは相手が悪いと思ったのか、モトちゃんに向き直る新妻さん。
「とにかくガーディアンが予算を使っているのは確かなのよ。その事は、どう思ってる?」
「最低限、来年度のガーディアン採用は大幅に控える。今のガーディアンを削減するのは、サトミがいたようにかなり難しい問題よ」
「来年度、誰がここにいるの」
「いないでしょうね。でも、後輩達は助かる」
「後輩」
この言葉は意外と効果的だったのか、一瞬押し黙る。
私はいまいちよく分からないので、木之本君に尋ねてみる。
「削減って、本当に出来るの?ガーディアンなんて多いに越した越した事はないでしょ」
「結局人件費が、一番かさむんだよね。僕が予算局なら、やっぱりガーディアンに目を付ける」
「来年度から減らすのは?」
「生徒も減るし、削減自体は問題ないと思う。後は、後輩達次第だね」
結局は削減前提。
そして後輩か。
話し合いも彼女達に任せ、本棚を眺めてみる。
基本的には資料ばかり。
それが年度ごとに並んでいて、取り出してみると数字が延々と並んでいる。
「データーベースで良いんじゃないの、こういうのって」
「データ処理する時はね。ただ資料として配付する時やみんなで話し合う時、これを机の上に置いた方が見やすい時もあるから」
実際に空いている机の上に、資料を置く木之本君。
私とすれば結局数字が並んでいるだけ。
何が見やすいのかも、よく分からない。
「机にディスプレイをはめ込めば済む話じゃないの」
「それこそ予算の問題だし、物を置くと見えなくなる」
「ふーん」
結局あれこれ言っても、紙の利便性が優位という事か。
また何か描こうと思ったが、新妻さんと話し込んでいたサトミがこちらを見てきたので止めた。
見てないようで見てるな、本当に。
「予算か。これは、どこから出てるの」
「学校。つまりは自治体であり、出資企業。後は教育庁。施設や設備は寄付も多いけどね」
「そこを増やしてもらえば?」
「例えば、電機メーカーから出資金を増やしてもらったとする。そうなるとどうしても、その企業寄りの姿勢になる可能性がある。だから、簡単には増やせない。自治体は向こうも慢性的に資金不足だから、難しいよ」
すらすらと説明をしてくれる。
でもって分かったのは、打ち出の小槌はどこにもないという事。
お金の成る木もね。
気付くと床にまで資料を広げ、それに見入っていた。
意識をしていないと数字の羅列だが、考えを持ってみれば分かる事もある。
分かったからといって、何も解決しないけれど。
「何か、調べ物?」
「そうでもないけどね。年ごとに追っていくとこうなった」
サトミに。
正確には、目の前に見えているサトミの足に話しかける。
「そういう場合は、データベースで見た方が早いのよ。本で見るのは、もっと個別の事だけとか年だけを見るの」
「広げきった後で気付いた」
広げた後は、片付けるだけ。
新しい年から順番に閉じていき、本棚へと戻す。
これだけでも一苦労で、息が上がってきそう。
「紙は、ない方がいいかもね」
「何、それ」
「重いし、かさばる」
「使い方次第よ。端末だとどうしても目が疲れるでしょ。それに無駄な情報が目に付かない。偶然何かを見つける楽しみが無いじゃない」
目を輝かせて話すサトミ。
そんな物かと思いつつ、最後の一冊をしまって満足をする。
何が駄目って、これだけで一仕事やり終えた気になる事も知れない。
声がする方へ顔を向けると、モトちゃんと新妻さんが話し込んでいた。
何を話してるのかは知らないが、結構楽しそう。
サトミの時とはかなりの違いがある。
これはモトちゃんの優しさや丸い人間性もだけど、多分サトミとの相性が悪いんだろう。
彼女と相性が良い人間というのも、あまり想像は出来ないけど。
「……これ、並べ替えるのか」
本棚の前へいた私に話しかけてくるショウ。
どうも最近、雑用癖が付いてないか。
「いや、もう終わった」
「やる事が無くて困るな」
「本を片付けるのが仕事じゃないでしょ」
「それはそうだが。体がなまる」
そう言って、本棚に組み付くショウ。
でもって、腰を入れて押し始めた。
地震対策用に固定されてるはずで、何より本が入った本棚。
押してどうこうなるものではない。
誰もがそう思ったはずだが、思ってない人が一人いる。
思いの力か、単純に力その物か。
本棚の隅が一瞬浮き上がり、続いてとてつもない振動が伝わってきた。
「浮くんだね、これ」
「それ以前に浮かせる意味があるの」
至って醒めた視線を送るサトミ。
それに関しては、私も同感。
色んな意味で、感心する以外にする事がない。
「下に、紙が挟まらなくて良かったよ」
なんて言ってる人もいるけどね。
どちらにしろ自分が暇なのは変わりなく、また特に出来る事もない。
問題が起きなければ必要とされない。
本当は違うのかも知れないが、少なくとも現状はそんな所。
自分の居場所、なんて事も考えてしまう。
「悩み事ですか」
小首を傾げ、私の顔を覗き込んでくるエリちゃん。
そこまで深刻な顔をしたつもりはないが、声を掛けてくるくらいだから人にはそう見えているのだろう。
「悩みというか。居場所がないなと思って。やる事もないし、出来る事もないし」
「そうですか?」
「少なくとも、ここで私がいても足手まといでしょ」
「それは考え方の違いだとも思うんですが」
控えめに異議を唱えるエリちゃん。
もしかするとマスコット的な役割があるなんて思ってるのかも知れないが、そこまでして自分の居場所を確保したいとも思わない。
そう思う人がいればのはなしだけど。
するとエリちゃんは少し真剣な顔になって、私の顔を正面から見据えた。
「では言い方を変えましょうか。優さんは、何かしたいって思ってます?」
「別に。日々を惰性で生きてる」
「どうして惰性なのか、理解出来ますか」
何か厳しいというか、難しい事を言ってきたな。
ただ、それが分かってれば惰性で過ごしてないと思う。
「全然、全く理解出来ない」
「それでは、もう少し言い方を変えてみましょうか。優さんが、やりたい事は?」
「お腹空いたかな。うどん食べたい」
「学校の話です」
にこりと笑うエリちゃん。
サトミなら、定規を振り上げてるところだな。
学校の事。
やりたい事?
「別にない」
「では、さらに変えてみましょう」
どこにあるんだろうか、この根気は。
彼女本来の性格と、先輩であるモトちゃんや木之本君の影響だろうか。
間違いなく、私やサトミの影響でないのは分かる。
「不満は無いですか」
「不満?あるよ。いくらでもある。山ほどある」
今すぐ爆発しそうになるが、それを求めてる訳では無い様子。
私としては、机をひっくり返したいくらい。
持ち上げるだけでもやっとだけどね。
「箇条書きにしてみます?それとも、一つずつ上げてみましょうか」
「きりがないから止める」
「やる事がたくさんあるじゃないですか」
くすくすと笑い、白紙の紙とペンを渡してくるエリちゃん。
本当、誰が先輩かって話だな。
とにかく、これ以上の規則変更は認めない。
生徒の自治拡大。
生徒会の権限縮小。
教職員の監視緩和。
敷地の拡大。
「昔はどうやって、自治を確立したんだろう。……ショウ、本棚。本棚」
「また動かすのか」
腰を入れて本棚に組み付くショウ。
というか、もう浮いてるじゃない。
「そんな事は頼んでない。創設前後の資料集めて。前、どこかにあったよね」
「よく分からんな」
手当たり次第に本を抜き、床へ積んでいくショウ。
私なら一冊抜くだけでため息を付きたくなるような厚さの物もあるが、彼は紙を重ねるように積んでいく。
ここまで来ると、注意のしようもないな。
結局数冊が机に置かれ、残りはショウがせっせとしまう。
取りあえず一枚めくり、軽く頷く。
草薙高校前身の高校の写真。
これは前見た気がする。
小さな、前期まで通っていた高校と同じくらいの規模。
「いや。写真を見てる場合じゃない」
ページをめくり、年表を読む。
これも前見たな。
「自治って書いてないかな。自治は」
ページをもう少しめくり、それっぽい箇所を見つける。
「えーと、これか」
「自治は生徒の権利であり、生徒が勝ち取った物である」
良い事書いてあるな、これは。
でもって続きがあった。
「自治には権利同様、責任も付随する」
それもそうだ。
「その維持と継続は困難を極める。道は茨にして、艱難辛苦。生徒による自治は、決してたやすくはない」
……何も、ここまで書かなくても良いだろう。
ただ、言いたい事は分かった。
その難しさ。
大切さも含めて。
大勢の先輩達が、その困難さを乗り越えて貫いてきた自治制度。
それを私の代で費えさせる訳には行かない。




