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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第39話
452/596

エピソード(外伝) 39-4   ~浦田永理(ケイの妹)視点~






     目標




       4





 いきなり目の前を飛んでいく人影。

 何事かと思う間もなく、優さんが廊下の角から現れた。

「大丈夫?」

 吹き飛んで、床に転がっている男にではない。

 バインダーを抱えて呆然としている私に対しての言葉である。

「え、ええ。大丈夫ですけど」

「なら、いいや」

 何が良いのか、全く不明。

 でもって倒れた男を、ショウさんが足を掴んで部屋の外へと放り出す。

「今のは、一体?」

「知らない。いきなり襲いかかってきたから」

 それなりの対応をしたと告げる優さん。

 多分、間違えてはいない。

 突然襲われて、すぐに反応出来るかどうか。

 何より、ここまでやる必要があったかどうか。

 とにかく、優さんにも怪我がなかった事を幸いと思おう。

 そう思わないと、やっていられない。



 自警局自警課受付。

 そのカウンター前で、お菓子を食べながら楽しそうに喋っている優さん。

 先程の出来事など無かったような雰囲気。

 実際、何があったのかすら気にもしてないようだ。

「参ったわね」

 呆れ気味な口調で呟く元野さん。

 その視線は、ふ菓子を食べている優さんへと向けられている。

「さっき殴り飛ばしたの、内局の課長よ」

「え」

「向こうが先に襲ってきたから、ユウは悪くない。事には一応なるんだけど」

「でも、その課長がどうして」

 逆恨みでも何でも、物理的手段で彼女達に対抗するのは愚の愚。

 虎に、竹刀を持って襲いかかるような物である。

「元々内局と自警局は仲が良くないのよね。北地区は」

「その余韻ですか」

「前期に自警局の不穏分子がどうって話があったでしょ。それを裏で操ってるのがその課長だったらしいけど。あっさり一件落着ね」

 首を振りながらため息を付く元野さん。

「襲ってきたのは、どうして?」

「この日のために体を鍛えて、道具も揃えて、人も集めたらしいわよ。それが一瞬にして終わったみたいだけど」

 何とももの悲しい話。

 でもって、今まで自分がやってきた事。

 悩んで来た事は何だったのかと考えたくなる。



 執務室へ消えた元野さんと入れ代わり、丹下さんが私へと近付いてきた。

「後で、内局へお願い」

「え」

「大丈夫。話は通してあるから。むしろ、向こうから謝ってくるわよ」

「そうですか?」

 自分のところの身内を殴り飛ばされて、謝ってくる。

 事情としてはそうだろうが、心情的には信じがたい。

「優ちゃんを連れて行くと、内局でまた暴れそうだから」

「それは確かに」

「悪いけど、お願い」 

 爽やかに笑い肩に手を置く丹下さん。

 こちらは、ただ気が重くなる一方だけど。

「そうね。あなたのお兄さんも連れていって。揉めたら、彼が対処してくれるから」

「それこそ大丈夫ですか」

「普段なら駄目だけど。相手の出方次第ね。久居さん……。内局の局長は分かってくれてるけど、向こうも不穏分子が全員いなくなった訳でもないから」

 単なる連絡役でもなければ、厄介ごとを押しつけられた訳でもない。

 具体的に何がまでは分からないが、私の力を見込まれての仕事。

 また意味が何であろうと、与えられたからには全力でそれを果たすだけだ。


「分かりました。護衛はいた方が良いですか?」

「ええ。チィちゃんか御剣君でも連れて行って。あの二人に勝てる子も、この学校にはいないでしょう」

「多分」

 いるとしたら、今受付でふ菓子を食べている優さんかショウさんくらい。

 そう考えると、自警局もかなりすごい組織ではある。




 その二人も伴い、内局へと向かう。

 場所としては同じ建物内だが、フロアは別。

 向こうは最上階で、生徒会長執務室や総務局と同じフロア。

 これは端的に、各局の生徒会における地位を示している。

 自警局も本来なら上位に入ると思うが、フロアとしてはかなり下。

 空いている部屋が無かったという理由。

 もしくは建前。

 実際のところは、元野さんの主張を嫌った生徒会内の仕打ちとも聞く。

 逆を言えば、そういう人間と接触する機会が無くて済む。



 当たり前だが、特に何事もなく内局へ到着。

 総務課のブースで受付の女性に話をして、中に通してもらう。

 一斉に私達へ視線を向ける、仕事をしていた生徒達。

 好意的な物もあるが、露骨な敵意も肌で感じる。

 課長を叩きのめした以上、仕方はないが。


「熱烈歓迎だな」

 比較的小さな声で呟く珪君。

 さすがに聞かれないようにするくらいの分別はあるようだ。

「御剣君、何人か投げ飛ばしてくれ」

「そういう事はやりません」

「反抗的だな、最近」

「関係ないでしょう、それとこれとは」

 むっとして言い返す御剣君。

 それは彼の言う通りで、今ここで暴れる理由は何一つ無い。

 当然ながら、反抗期以前の問題だ。

「つまらん。渡瀬さん、何か頼むよ」

「ストレスでも貯まってるんですか」

「それは勿論。大体、どうして俺達はここに来たのか。あの小さい女のせいだ。あの女こそ取り締まるべきだ」

「はは」

 朗らかに笑ってごまかす渡瀬さん。


 ここで言う小さい女とは、優さんの事。

 言い方はひどいが、全く無茶な事を言ってる訳でもない。

 彼女が暴れなければ、私達は内局へ来る必要は確かになかったのだから。

 ただ襲われて自分の身を守るだけというのも納得は行かないし、何より彼女らしくない。

 とはいえ暴れて全てが解決するはずもなく、元野さんが頭を抱えるのも理解は出来る。



 視線を浴びる以外は特に何もなく、局長執務室に到着。

 特に警備も無く、せいぜい監視カメラが私達の動きを追う程度。

 襲撃には無関心か、初めから無いと考えているのか。

 不用心という言葉が思い付く。

「済みません。自警局の浦田ですが」

「聞いてるわ。中へ入って」

 端末から聞こえる久居局長の声。

 ドアのロックが解除され、わずかに隙間が出来る。

 すぐに入ろうと思ったが、一旦下がって御剣さんを先に行かせる。

「悪い女だ」

 一人げらげら笑う珪君。

 どうせなら、この人を放り込んだ方が良かったな。



 幸い待ち伏せなどはなく、局長と例の3人が待っていただけ。

 人を疑うのは良くないが、このくらい警戒をしても本来は悪くない状況。

 そう自分に言い聞かせておこう。

「話は聞いてる。全面的にとは言わないけど非はこちらにあるんだから、大丈夫よ」

「課長なんですよね」

「ええ。学校推薦の。結構多いわよ、そういう連中」

 鼻で笑う久居局長。

 学校推薦。

 つまりは、コネで生徒会に参加した生徒。

 彼等が全員駄目な人間という訳でもない。

 ただ総じて駄目な場合が多く、一緒に仕事をしたいと思える人は数人しか思い浮かばない。

「でもここより、SDCに行った方が良いんじゃなくて。雪野さん、向こうでも暴れてるんでしょ」

「火薬庫だ、火薬庫。草薙高校の火薬庫だ」

 別に何も面白くないが、一人で笑う珪君。

 いや。それには、例の3人組も少し笑っているか。

 しかしもう少し違う言い方があっても良いと思う。

 私にはその違う言い方が、今は思い付かないが。



 久居局長は醒めた目で珪君を見つつ、卓上端末を操作してモニターに内局の組織図を表示した。

「SDCは現在、内局の傘下にある。そして雪野さんが殴り飛ばした課長は、そこを統括する部署にいた。つまり、そういうライン。グループが関わってると見るべきね」

「雪野さん、次はどうするのかしら」

「片っ端から殴り飛ばして、正座させる?」

「あー。あるわね、それは」

 無責任に盛り上がる3人。 

 口調としては冗談だが、確かに彼女ならやりかねない。

 そうなる前に止めるのも、私の仕事だと思う。

 今は特に。


 頭の中で少し整理をして、久居局長にお伺いを立てる。

「各局、各組織の不穏分子に関する情報。その全体像って分かります?」

「ある程度はね。ただ情報局へ行った方が正確だと思うわよ」

「情報局」

「内局よりも面倒かな。自警局というか、元野さん達とは仲が悪いから」

 そう言って、くすくす笑う久居局長。

 私自身、特に悪い印象は持っていない。

 ただ隣にいた珪君は、薄い笑みを浮かべて鼻を鳴らした。

 酷薄、とでも言い換えた方が良さそうな表情で。



 情報局も、内局と同じフロア。

 そして情報局局長は総務局局長を兼任するのが通例。

 しかし私が聞いた話では、元野さんを総務局局長へ推す声が大きかったとの事。

 結局その慣例を守るために彼女が就任する事は無かったが、その辺りも関係がしているのだろう。

「私も良いイメージはありませんよ」

 珍しく敵意を示す渡瀬さん。 

 彼女が初めからここまで否定的なのは、少し意外というか驚いた。

「仕方ないさ。向こうはエリート。こっちはただのガーディアン。初めから、相手にならない」

「そうですけど。元野さんや雪野さんが悪い訳でもないでしょう」

「情報局に関しては。大体、会ってくれるのかな。……御剣君、先に言ってアポ取ってきて。多少強引でもいい」

「お任せを」

 風を切って、飛ぶように走っていく御剣さん。

 大丈夫だと思う。

 いや。大丈夫であって欲しい。




 情報局一般閲覧ブース。

 いくつも並ぶ机と端末。

 今も大勢の生徒が利用し、友達同士で楽しそうに盛り上がっている。

 生徒会は一般生徒を受け付けない傾向が強いけれど、ここは別。

 華やいだ雰囲気に包まれている。

「浦田さん、会ってくれるそうです」

 のしのし。

 なんて言葉が似合いそうな調子で、机の間をすり抜けてくる御剣さん。

 特に問題はなさそうで、取りあえずは一安心か。

「局長はなんて?」

「時間がないから、手短にと」

「それは相手次第だろ」

「確かに」

 にやりと笑い合う二人。

 こういうところで気があるのは、ちょっと止めて欲しい。



 今度は視線を浴びせられる事もなく、局長執務室に到着。

 警備員はやはりおらず、ドアの前で連絡を入れる。

「……もう少し待てですって」

「待つさ、明日の朝までだって。寒くなる前に、たき火でもするか」

「この辺の物でも燃やします?」

 壁を無造作に指さす御剣さん。

 特に燃えそうな物はないが、彼には枯れ木の山に見えてる様子。

 でもって珪君がライターを取り出したところで、すぐにドアが開く。

「ドア、開きましたね」

「待てって言われたんだ。たき火はするよ」

「めくります?」

「片っ端からいこう。スプリンクラーが作動すれば、水も飲める。便利な世の中になったもんだ」

 血相を変えて飛び出てくる矢田局長。

 しかし御剣さんは、すでに壁紙を少し剥がした後。

 来るのが遅すぎるし、何より彼等の行動を読み誤っている。




 引き込むように中へと通され、応接セットに案内をされる。

 矢田局長は怒っているのか呆れているのか、かなりの仏頂面。

 とはいえ、私達の中にそれを気にする人間はいないようだが。

「それで、何の用ですか」

 のんきにお茶を飲んでいる私達にじれたのか、自分から切り出す矢田局長。

 それでも誰も何も言わないので、私が答える事にする。

「自警局、内局などに存在する不穏分子の存在について、お聞かせ願えますか」

「そういう人間はいないと……」

「建前は聞いてないんです」

 彼が話し終える前に口を挟み、先手を制する。

 憶する理由はないし、下がる気もない。

 何より今は、そういう場面ではない。


 矢田局長は軽く咳払いをして、私ではなく珪君へ視線を向けた。

 しかし睨み返されて、慌てて視線をそらす。

 どうやら彼が、私を操る黒幕だと疑っているようだ。

「局長、お話の続きを」

「え、えと。なんでしたっけ」

「不穏分子。反体制分子と言い換えても良いですが、その存在についてです」

「報告は若干受けてますが、気にする程ではありません。これだけ組織が多ければ、反抗的な人間もいるでしょう」

「見落としが甘いのでは。彼等は別に草薙高校打倒や、生徒会打倒を訴えてる訳ではありません。利権をあさり、権力を欲してるだけです。表面上問題が無いからと言って見過ごすおつもりですか」

 多少きつめの言葉を放ち、反応を待つ。

 まずは相手を見極めるのが肝心。

 出方、対応。その人間性も含め。


 視線を伏せ、間を置く矢田局長。

 もう一度被せた方がと思った時、彼の顔がわずかに上がる。

「その不穏分子を、どうなさるつもりですか」

「排除あるのみです」

「排除?」

 半笑い。

 出来もしない世迷い言を聞いたという顔。

 それには、こちらも笑顔で答える。

 肉食獣の微笑みでもって。

「頭を低くして嵐が過ぎるのを待つか。それに立ち向かうか。道を選択するのは個人の自由です」

「……でしょうね」

 この挑発には乗ってこない矢田局長。

 一転落ち着いた態度。

 大丈夫だとは思うが、警戒はしておこう。


 私の意図を察し、すぐに立ち上がりドアへと向かう御剣さん。

 渡瀬さんは適度に私へ寄り添い、またすぐにでも立ち上がれる姿勢を取る。

 いきなり物理的手段に訴えるタイプとも思えないが、世の中例外は多々ある。

 後悔して嘆くくらいなら、そしられようと備える方がよほどましだ。

「何もしませんよ、私は」

「では、情報をお願いします」

「……絶対に、外部へは漏らさないように」

 卓上端末へDDを差し込み、データを読み込ませる矢田局長。

 初めからこれを出すか、総務会で報告すれば済む話。

 個人で解決出来る事ではないと思うし、何より彼にその意志があるとは思えないのだが。

 日和見も良いが、それが誰のためになるのかを少しは考えてもらいたい。



 DDを受け取り、内容を確認。

 その場でバックアップも取る。

 時間でデータが消滅したり、部屋を出た途端暗号化されても困る。

 相手を信用していない行動だが、それは今更だ。

「どうもありがとうございます。それで生徒会として、彼等にはどう対応するおつもりですか」

「監視はしているし、目に余る場合については処分も行っています」

「目に余る事ばかりですけど、最近は」

「何もかも力に訴えればいい訳でもありません。意にそぐわなくとも協調していく必要があれば、その道を選ぶ時もあります」

 なにやら政治家の答弁でも聞いてる心境。

 組織の幹部としては優秀かも知れない。

 また実際優秀だから、この地位にいるんだろう。

 あまり親しみたいタイプ。 

 共感を覚えるタイプでもないが。


「分かりました。では私達は私達なりに、彼等へ対応していきますので」

「自警局も生徒会の一組織。勝手な真似は出来ませんよ」

「ご心配なく。生徒会規則に則って行動いたします」

 心の中で舌を出し、頭を下げて立ち上がる。

 振り返ると御剣さんが軽く手を挙げ、ドアの外の様子を窺う。

 そして振り返り、口元だけを軽く緩める。

「何人かいる。木刀持ってる奴もいる」

 笑いながら言う事ではないが、彼には楽しくてたまらない様子。

 獲物を見つけた虎が、こんな顔をするかも知れないな。

「私は知りません。その不穏分子でしょう」

「総務局内を、武装してうろつく?取り締まりの対象ではないんですか」

「……すぐに警備を呼びます」

 端末を手に取り、苦い顔で連絡を取り出す矢田局長。

 この場合の警備とは、警備員を差す。


 自警局は総務局に関してはノータッチ。

 これを見る限り、元野さんサイドではなく総務局から出た話のようだ。

「出てくるのを待ってるみたいだけど、どうする?」

「軽くやって下さい。警備を待つまでもありません」

「それもそうだ」

 肩を回して外へ出て行く御剣さん。

 それこそ、コンビニへジュースでも買いに行くような気軽さで。


 ドアは閉まり、外の様子はここからは見えない。

 結果はすでに見えていて、わざわざ外へ確認するまでもなく彼がすぐに戻ってきた。

「死ねって言われたよ」

「それで?」

「言ったきり動かないから、俺には分からん」

 なにやららすごい返答。

 矢田局長の顔が苦くなるのも致し方ない。

「警備は無駄だったようですね。それとも、私達を拘束します?」

「皮肉は結構。お引き取りを」

「では、失礼します。不穏分子に関しては、随時報告を求めますのでよろしく」

 最後に釘を刺し、席を立って頭を下げる。

 渡瀬さんも私を守るように立ち上がるが、頭を下げはしない。

 彼女にしてはかなり珍しい態度で、矢田局長への心情が理解出来る。



 帰ろうとドアへ向かったところで、その足が止まる。

 ドアが開かず、押しても引いてもびくともしない。

 足止めにしては陳腐。

 ただ、開かないのだからそれなりの意味は持つか。

「……壊れてるだけです。故意ではありません」

 慌てて駆け寄り、ドアを蹴りつけようとしていた渡瀬さんを止める矢田局長。

 そんな都合良くとも思ったが、それも悪意で考えすぎか。

「御剣さん、外は?」

「問題なし。こっちから開けようか」

「故障、だそうです。一応、少し待ちます」

「壊しがいがありそうだな」

 すでに壊す事前提の話。

 放っておけば、止めてもドアと戦い出しそうである。


「すぐ直しますから。……済みません、ドアのロック解除を。……ええ、そちらからのコントロールで」

 どこかと連絡を取る矢田局長。

 渡瀬さんは私の前に立ち、周囲を警戒。

 これが何かの罠だとでも言うかのように。

 私はそこまで思ってないが、彼女は学校との抗争を生き抜いてきた一人。

 私にはない経験をいくつも積んでいて、今が決して油断出来ない状況だと分かっているのだろう。

「……時間があるので、もう一つ。SDC内の不穏分子についても情報を」

「先程渡したデータに含まれています」

 少し意外な反応。

 気が利くなと思いつつ、だったらどうして放置しておくのかとも問いたくはなる。



 そのリストも確認し、なるほどと頷いてしまう。

 黒沢代表への協力を申し出たクラブの部長が数名、名を連ねている。

 中には本当に、彼女へ協力する気になった人もいるだろう。

 だが、人の善意を全て信じられるほど幸せな生き方もしていない。

 油断させておいてというのは、あながち冗談ではなさそうだ。

「予算局に圧力掛けて、内局の予算を削減。SDC自体を解散させよう」

 突然、唐突な提案をする珪君。

 矢田局長は心底嫌そうな顔をして、彼を見る。

「そういう権限は、私にはありません」

「一番平和的な解決手段と思ったんだけどな。いいさ、こっちの好きなようにやらせてもらう」

「自警局も生徒会の一組織。何でも好きにやれる訳ではありませんよ」

 厳しい口調で警告する矢田局長。


 その途端一変する空気。

 背筋に冷たい何かが走り、全身が総毛立つ感じ。

 人ではない存在が間近にいると知らしめるような。

「俺も大人しくしたいんだ。もうすぐ卒業。3年生が出しゃばる時期でもない」

 淡々とした口調で話し出す珪君。

 矢田局長はすでに目を反らし、彼を見ようともしない。

「降りかかる火の粉は払いのける。そう言っただけだ」

「そんな権限があるとでも?」

「一つ言っておこうか。俺は自警局自警課代理。ガーディアンを動員する権限がある。どこにガーディアンを配置するのも、俺の自由。一度、見せてやるよ」

 取り出される端末。

 珪君は短く言葉を告げ、すぐに通話を終えて端末をしまった。



 大して待つ事もなく鳴り響く、矢田局長の端末。

 卓上端末も連絡がしきりに入り、ドアの外にもかなり人がいるようだ。

「……何をしたんですか」

「生徒会からガーディアンを引き上げただけさ。不穏分子が何をするのか、見てみたくてさ」

「すぐに戻して下さい」

「ガーディアンの指揮監督権は自警局自警課にある。意見があるなら、生徒会長を通してくれ」

 足を組み、ソファーへもたれる珪君。

 端末の着信音は鳴りやまず、ドアは何で叩いているのか振動が音となって伝わってくる。

「俺達は、自分達のやり方を曲げて今の体制に従ってる。別に生徒会のためでもないし、教職員のためでもない。だからって、いつでも我慢してると思われても困る」

「何の話です」

「もう一つ言っておく。俺達がその気になれば、今すぐ生徒会を壊滅してこの学校を支配下に置く事も出来る。冗談だと思うなら、試してみればいい」

 珪君が顎を振ったと同時に御剣さんがドアから戻り、矢田局長の後ろへと回り込んだ。

 彼は何もしない。

 ただ何もしない分、そのプッシャーは尋常ではないだろう。

「これは、脅しじゃない。事実を言っているだけだ」

「……僕にどうしろと」

「不穏分子を野放しにしておいて、何が生徒会かと言いたいだけさ。上に尻尾を振りたいなら、ペットショップにでも行ってこいよ」

 いつにない挑発的な台詞。

 これには矢田局長も険しい顔をするが、珪君は態度を改めようとしない。

 御剣さんも、渡瀬さんもまた。


 両者の決定的な違い。

 それは前年度、どういう立場にあったかによる。

 珪君達は徹底的な抗戦を貫き、理事をも放逐した。

 対して矢田局長は、基本的に学校側。

 しかしそれでいて、どう立ち回ったのか今は総務局局長。

 生徒会のNO.2。

 優さん達も自警局の幹部ではあるが、格としては彼の方が上。

 また自警局が主流から外れており、やり遂げた成果とは裏腹な結果としか言いようがない。

 彼女達がそれに不満を感じていないのが、せめてもの救いと言える。



 珪君は席を立ち、矢田局長を振り返る事無くドアへと向かう。

「話はまだ」

「終わったよ。警備員の数でも増やした方が良いぞ」

 軽く押すだけで開くドア。

 御剣さんがすぐに外へ飛び出て、渡瀬さんは私に付いたまま。

 確かに、これ以上ここに留まる理由もない。

「では、失礼します」

「僕は」

「自警局としての立場は、今示した通りです。ご不満でしたら、一度自警局へお越しを」

「そ、それは」

 あっさりとひるむ矢田局長。

 結局は、この程度の意識。

 自身を投げ出す覚悟もない。

 それには無論賛否両論あるが、今は否定的な気持ちしか湧いてこない。


 通路を歩いていくが、荒れてもいなければ誰かが殺到する様子もない。

 壁紙が剥がれ、木刀を持った生徒が数名倒れているくらいで。

「騙したの?」

「人聞きが悪い」

 鼻で笑い、早足になる珪君。

 間違いなく、騙したな。

「俺はあくまでも代理で、ガーディアンを動かす権限はないよ。丹下の許可が下りない限りは」

「着信は?」

「ソフトを使えば、一斉に通話を入れるなんて難しくない」

 振動も外からではなく、今考えると御剣さんが内側から叩いていたと考えるべき。

 悪い以外の言葉が浮かんでこない。




 では、悪い事をすればどうなるか。

 当然、その報いを受ける事となる。

「反省した人は」

 床に正座し、手を挙げる珪君と御剣さん。

 私と渡瀬さんは積極的に荷担しなかったので、保留となっている。

「取りあえず始末書。それと、資料室を整理してきて」

 穏やかに微笑み、ドアの外を指さす元野さん。

 あれだけの事をした割には、意外に緩い対応。

 彼の行動に理解を示したと取るべきか。

 それとも、資料室に虎でもいるかだ。


 元野さんは足を崩すよう伝え、今度は私達に向き直った。

「止めろとまでは言わない。この二人を連れて行った時点で、結果は見えてるから。ただ、自分からは関わらないように」

「でも、元野さん」

 まなじりを上げて抗議をしようとする渡瀬さん。

 最近は落ち着いた印象が強く、感情的になる場面は殆ど見た記憶がない。

 だが今日は、これで二度目。

 一度は矢田局長に会った時。

 そして二度目は今、その件に関して話している時。

 これは彼女にとっての譲れない部分という事か。

「あなたの気持ちは分かる。でも自警局は以前の連合でもないし、独立組織でもない。生徒会の一組織で、ここのルールに従う必要があるの」

「そうですけど」

「不満は私にもあるし、行動を起こしたくもなる。でも、やっていい事と悪い事があるでしょ」

 床へ流れる視線。

 珪君は下品に笑い、分かりやすくその例を見せてくれた。



 という訳で再び正座。

 懲りないどころの話ではない。

「今度挑発したら、屋上から吊すわよ」

「はいはい」

「強固な面を見せるのも、悪くはないけどね」

 そう言い残し、私達の前から去っていく元野さん。 

 珪君の真意を理解した上での発言と考えるのが妥当。

 とにかく、懐が深いとしか言いようがない。

「さてと、SDCはどうなってるかな」

 床へあぐらをかき、端末を操作する珪君。

 表情を見ている限りろくでもなく、屋上から吊されるのは決定だな。




 別室にこもり始末書を書く。

 あくまでも名前と定型文を書くだけの事で、反省の気持ちを抱きながらでもない。

 結局は形式、建前だ。

「……スケジュールは」

 始末書を脇へ置き、SDCのスケジュールを端末で確認。

 各部長を招集しての会議が明日開催される事になっている。

 これはSDCとしての統一見解を出す場。

 同時に、不穏分子の行動が気に掛かる。


 無愛想な顔で部屋を訪れる緒方さん。

 彼女からの報告を受け、頭の中で案を練る。

「どうする気」

「何もないようにするだけです」

「感謝されないわよ」

「目立つために行動してる訳ではないですからね」

 SDCの入っている建物の見取り図を卓上端末で呼び出し、配置を確認。

 必要な人数を算出し、そちらのスケジュールも確保。 

 具体的な行動計画も考えていく。

「傭兵は?」

「使いますよ。むしろそちらがメインです」

「お金はあるのかしら」

「打ち出の小槌を手に入れまして」

 矢加部さんから借りているカードを彼女へ提示。

 本来は自警局や生徒会のために使うものだが、今回は許容範囲内だと思う。


 傭兵の人選と確保は彼女に一任。

 全体の動きを頭の中でシミュレーションし、細部を調整。

 現場の裁量に任せる部分もあるが、何事も無いのが目指す形。

 現段階で出来る事は済ませておきたい。

「情報の攪乱って出来ます?」

「一通りわね」

「では、それもお願いします」

 何か言いたげな彼女の視線を浴びつつ、具体的な方法を伝える。

 後は、明日の自分の行動を考えるくらいか。



 正直、この件に関して私が行動するのが正しいかどうかは疑問が残る。

 僭越であり、大義もなく、根拠もない。

 SDCの不穏分子なる連中が、実際に行動を起こすとも限らない。

 逆に起こさなければ、私の行動は無意味。

 むしろ咎められるくらいだろう。


 ただ、それで済むならむしろ幸い。

 私一人罰せられるだけならば。

 何もないのが一番だ。




 総会の当日。

 SDC本部の小さな会議室にこもり、卓上端末と端末を並べて状況を確認。

 監視カメラの映像と、ガーディアンが携帯しているカメラの映像。

 音声は自動認識にして、特定のキーワードのみを検出。

 それとは別に、各ガーディアンと傭兵からの報告にも目を通す。

 今のところ不穏な動きは無し。

 ガーディアンは基本的に私服で、相手にそうとは気取られない。

 一方傭兵が動くとの噂を流してはいるが、その傭兵も一部を除いては目立たないよう行動。 

 噂は抑止力となりうるし、ガーディアンや傭兵自体は現実的な抑止力を持つ。

 後は、事態の推移を見守るだけだ。



「どう思う?」

「みんな甘くて助かるね」

 私の後ろからモニターを見ながら、鼻で笑う珪君。 

 意見は述べるが、自分では何もしないと初めに宣言をされている。

 責任を取る気は無いとも。

 それはこちらも求めてはおらず、兄といえど甘えるつもりはない。

「甘くて良いんじゃないの」

「悪くはないさ。自分の学校でなかったら」

「つけ込まれるって意味?」

「実際、つけ込まれているだろ。取りあえず、不穏分子なる連中のお手並み拝見と行くか」

 TVでも見ているような気楽さ。

 放っておけば、床に転がりそうですらある。


 総会が始まり、会議室周辺に人は集まったが特に問題は無し。

 注意人物はあらかじめマークしており、彼等にだけはガーディアンの存在を示している。

 ただ彼等以外には、ガーディアンの存在は徹底的に秘匿。

 相互不干渉の件もあるし、今はガーディアンが全面に出る場面ではない。

「……何も無さ過ぎ無い?」

「何もない方が良いんだろ」

「理屈としてはね」

 今度はこっちが同じ台詞で返し、モニターを注視。

 不審な動きが無いか、改めて確かめる。


 聡美姉さんなら。

 それとも優さん達なら、ここから何かを読み取れるのだろうか。

 頭一つ抜きんでた、彼女達なら。


 でも、結局は凡人でしかない私には分からない。

 同時に複数の人間を認識し、行動を理解する事は出来ない。

 感覚が危険を訴える事もない。

 私は、彼女達にはなり得ない。

 そして、なる必要もない。

 私個人が彼女達に及ばないのは、今更の話。

 ここで嘆き悲しんだところで、能力が上がるはずもない。

 私は私に出来る事をする。

 ただ、それだけだ。


 インカムを付け、ガーディアンに情報のより詳細な収集を指示。

 その情報は私ではなく、別な場所にいる神代さん達に送信。

 彼女達が分析した結果を参考にし、不審者を絞り込む。

 一人では無理でも二人なら。

 それでも駄目なら三人で。

 力不足なら、それを認めればいい。

 駄目なのは諦める事。

 前に進むのを止める事。

 私は決して、その道を選びはしない。



 やがて不審者を完全に特定。

 ガーディアンを周囲に配置し、周りを囲んで拘束。

 騒がれる前に、会議室から遠ざける。

 連れて行くのは、指揮系統の人間。

 それ以外は傭兵を配置して威圧。

 彼等のプレッシャーを受けながら、自分の判断だけで行動するとは思えない。

 また仮に行動しても、それは傭兵達の敵では無いだろう。



 本部前に渡瀬さんと御剣さんを、若干時間をずらして姿を見せてもらう。

 それに反応して不穏分子が露骨に動き出し、特定はよりしやすくなる。

 先輩を囮役に使うのは気が引けるけれど、今は非礼をわびている場合でもない。




 やがて総会は終了。

 ガーディアンは最低限の人数を残して撤退。

 傭兵は全員下がらせる。

 会議室を出てきた黒沢代表達は、優さん達が護衛。

 こちらに手助けする必要は全くなく、むしろガーディアンや傭兵を近づける方が危険である。


 総会は無事に終了したとの報告。

 残っていた不穏分子も散開。

 取りあえず、無事に事は済んだ。

 課題は考え出せばきりはないが、結果が全てと今は思いたい。


 とはいえ達成感に浸っている暇はない。

 撤収の指示と、報告のまとめ。

 傭兵への報酬の支払い。

 そしてまだ、本当に何もないと完全に言い切れる訳でもない。

 気を抜くのは全てが終わってからだ。




 SDC本部にも殆ど人は残ってないとの報告を受け、ガーディアンも完全に撤収させる。

 黒沢代表達も、すでに帰宅した後。 

 残っているのは一部の生徒くらいで、彼等も戸締まりと共に帰るはず。

 さすがにそこまで警戒する必要はなく、何より誰もいないなら暴れる意味がない。


 しかし、仕事はまだこれから。

 報告書を書き、今後の課題と反省点も書き添える。

 今回の手順と報告のデータベース化。

 掛かった費用と備品の確認。

 傭兵だけではなく、ガーディアンへの報酬も計算。


 この時間では、さすがに人の力を借りるとも言ってはいられない。

 許されるなら、今すぐベッドに潜り込み横になりたい時間。

 何の役に立つのか分からないデータベース化など、私でも付き合いたくはない。




 気付くと朝になっていた。

 どうやら寝ていたらしく、報告書は書きかけ。

 意味を成さない文字が羅列され、ペンが床に落ちている。

「寝るなよ」

 私の前に座り、鼻で笑う珪君。

 どうやら、ずっと見守ってくれていたようだ。

 だったら報告書を書いて欲しかったが、それはさすがに甘えすぎか。

「学校は?」

「休みだよ、今日は」

「……報告書って、それなら週明けで良いって事?」

「気を張り詰めすぎるのも考え物だな」

 なかなかに楽しい話を教えてくれる兄。

 それなら初めから言って欲しい。


 ただそれも、少し考えれば気付く事。

 結局は自分の余裕の無さの現れ。

 冷静なようでいて、やはり色々と力が入りすぎていたようだ。

「後で、みんなに手伝ってもらう」

「自分でやらないのか」

「私には力不足だから」

「都合の良い言葉だな」

 なんとも耳の痛い台詞。

 だけど今は何も考えたくはなく、顔を洗うために外へ出る。



 休日。

 しかも早朝とあって、廊下には誰もいない。

 自分の靴音が小気味よく響き、ただ多少の虚しさ。

 馬鹿馬鹿しさは感じなくもない。

 全部終わった時点で寮に戻れば、もう少し心地の良い朝を迎えられたはず。

 着替えどころかシャワーも浴びて無く、一旦寮へ戻った方が早いだろうか。



 建物を出たところで、正面の通路に人影が見えた。

 クラブ生か、学校の職員。

 朝から大変だなと思いつつ、欠伸混じりに歩いていく。


 その人影が徐々にこちらへと近づき、私に向かって手を振ってくる。

 太陽を背負う彼等の姿は逆光に消え、ただ誰かははっきりと分かる。

 こんなに朝早くから学校に来る人は限られる。

 クラブ生か、学校の職員。

 それとも。

「どこ行くの」

「寮で着替えようかと思えまして」

「すぐ戻ってきなさいよ」

 そう言って笑い、私の肩に触れる緒方さん。

 他のみんなは挨拶だけをして私の前を通り過ぎていく。


 私は無力で大した事も出来ないけれど、こうして支えてくれる人がいる。

 理解をしてくれる人達がいる。

 だから何の心配もいらない。

 今も、そしてこれからも。

 私の道は、輝きに満ちているから。 




                          了











     エピソード 39 あとがき




浦田永理編でした。

浦田珪の妹にして、元野智美の懐刀。

視野が広く、己を弁え、自己の考えを実現する力を持つ人物。

非常にバランスの取れた子なんですが、やはりまだ1年生。

現3年生には及ばないようです。


また彼女はユウシンパ。

モトちゃんや木之本君のガーディアンズに所属していたため系統としてはそちらなんですが、ユウをアイドルと思う一人。

作中でもあるように、渡瀬さんやニャン(猫木明日香)と同じ心情ですね。

性格は非常に冷静。

荒れた行動もその裏に意図があっての事。

自分が無軌道に走らない分、ユウに憧れを抱いているのかも知れません。


将来の局長候補で、現在はモトちゃんの元で修行中。

実績、経験、人脈など。

彼女に敵う人間は、ちょっといないようです。


ただそんな彼女なりに、悩みは色々あるようです。

ユウ達に敵わない事、結局は優等生的な自分の発想や行動、周囲からのやっかみ。

それらを乗り越えるだけの力量も気概もありますけどね。


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