エピソード(外伝) 39-4 ~浦田永理(ケイの妹)視点~
目標
4
いきなり目の前を飛んでいく人影。
何事かと思う間もなく、優さんが廊下の角から現れた。
「大丈夫?」
吹き飛んで、床に転がっている男にではない。
バインダーを抱えて呆然としている私に対しての言葉である。
「え、ええ。大丈夫ですけど」
「なら、いいや」
何が良いのか、全く不明。
でもって倒れた男を、ショウさんが足を掴んで部屋の外へと放り出す。
「今のは、一体?」
「知らない。いきなり襲いかかってきたから」
それなりの対応をしたと告げる優さん。
多分、間違えてはいない。
突然襲われて、すぐに反応出来るかどうか。
何より、ここまでやる必要があったかどうか。
とにかく、優さんにも怪我がなかった事を幸いと思おう。
そう思わないと、やっていられない。
自警局自警課受付。
そのカウンター前で、お菓子を食べながら楽しそうに喋っている優さん。
先程の出来事など無かったような雰囲気。
実際、何があったのかすら気にもしてないようだ。
「参ったわね」
呆れ気味な口調で呟く元野さん。
その視線は、ふ菓子を食べている優さんへと向けられている。
「さっき殴り飛ばしたの、内局の課長よ」
「え」
「向こうが先に襲ってきたから、ユウは悪くない。事には一応なるんだけど」
「でも、その課長がどうして」
逆恨みでも何でも、物理的手段で彼女達に対抗するのは愚の愚。
虎に、竹刀を持って襲いかかるような物である。
「元々内局と自警局は仲が良くないのよね。北地区は」
「その余韻ですか」
「前期に自警局の不穏分子がどうって話があったでしょ。それを裏で操ってるのがその課長だったらしいけど。あっさり一件落着ね」
首を振りながらため息を付く元野さん。
「襲ってきたのは、どうして?」
「この日のために体を鍛えて、道具も揃えて、人も集めたらしいわよ。それが一瞬にして終わったみたいだけど」
何とももの悲しい話。
でもって、今まで自分がやってきた事。
悩んで来た事は何だったのかと考えたくなる。
執務室へ消えた元野さんと入れ代わり、丹下さんが私へと近付いてきた。
「後で、内局へお願い」
「え」
「大丈夫。話は通してあるから。むしろ、向こうから謝ってくるわよ」
「そうですか?」
自分のところの身内を殴り飛ばされて、謝ってくる。
事情としてはそうだろうが、心情的には信じがたい。
「優ちゃんを連れて行くと、内局でまた暴れそうだから」
「それは確かに」
「悪いけど、お願い」
爽やかに笑い肩に手を置く丹下さん。
こちらは、ただ気が重くなる一方だけど。
「そうね。あなたのお兄さんも連れていって。揉めたら、彼が対処してくれるから」
「それこそ大丈夫ですか」
「普段なら駄目だけど。相手の出方次第ね。久居さん……。内局の局長は分かってくれてるけど、向こうも不穏分子が全員いなくなった訳でもないから」
単なる連絡役でもなければ、厄介ごとを押しつけられた訳でもない。
具体的に何がまでは分からないが、私の力を見込まれての仕事。
また意味が何であろうと、与えられたからには全力でそれを果たすだけだ。
「分かりました。護衛はいた方が良いですか?」
「ええ。チィちゃんか御剣君でも連れて行って。あの二人に勝てる子も、この学校にはいないでしょう」
「多分」
いるとしたら、今受付でふ菓子を食べている優さんかショウさんくらい。
そう考えると、自警局もかなりすごい組織ではある。
その二人も伴い、内局へと向かう。
場所としては同じ建物内だが、フロアは別。
向こうは最上階で、生徒会長執務室や総務局と同じフロア。
これは端的に、各局の生徒会における地位を示している。
自警局も本来なら上位に入ると思うが、フロアとしてはかなり下。
空いている部屋が無かったという理由。
もしくは建前。
実際のところは、元野さんの主張を嫌った生徒会内の仕打ちとも聞く。
逆を言えば、そういう人間と接触する機会が無くて済む。
当たり前だが、特に何事もなく内局へ到着。
総務課のブースで受付の女性に話をして、中に通してもらう。
一斉に私達へ視線を向ける、仕事をしていた生徒達。
好意的な物もあるが、露骨な敵意も肌で感じる。
課長を叩きのめした以上、仕方はないが。
「熱烈歓迎だな」
比較的小さな声で呟く珪君。
さすがに聞かれないようにするくらいの分別はあるようだ。
「御剣君、何人か投げ飛ばしてくれ」
「そういう事はやりません」
「反抗的だな、最近」
「関係ないでしょう、それとこれとは」
むっとして言い返す御剣君。
それは彼の言う通りで、今ここで暴れる理由は何一つ無い。
当然ながら、反抗期以前の問題だ。
「つまらん。渡瀬さん、何か頼むよ」
「ストレスでも貯まってるんですか」
「それは勿論。大体、どうして俺達はここに来たのか。あの小さい女のせいだ。あの女こそ取り締まるべきだ」
「はは」
朗らかに笑ってごまかす渡瀬さん。
ここで言う小さい女とは、優さんの事。
言い方はひどいが、全く無茶な事を言ってる訳でもない。
彼女が暴れなければ、私達は内局へ来る必要は確かになかったのだから。
ただ襲われて自分の身を守るだけというのも納得は行かないし、何より彼女らしくない。
とはいえ暴れて全てが解決するはずもなく、元野さんが頭を抱えるのも理解は出来る。
視線を浴びる以外は特に何もなく、局長執務室に到着。
特に警備も無く、せいぜい監視カメラが私達の動きを追う程度。
襲撃には無関心か、初めから無いと考えているのか。
不用心という言葉が思い付く。
「済みません。自警局の浦田ですが」
「聞いてるわ。中へ入って」
端末から聞こえる久居局長の声。
ドアのロックが解除され、わずかに隙間が出来る。
すぐに入ろうと思ったが、一旦下がって御剣さんを先に行かせる。
「悪い女だ」
一人げらげら笑う珪君。
どうせなら、この人を放り込んだ方が良かったな。
幸い待ち伏せなどはなく、局長と例の3人が待っていただけ。
人を疑うのは良くないが、このくらい警戒をしても本来は悪くない状況。
そう自分に言い聞かせておこう。
「話は聞いてる。全面的にとは言わないけど非はこちらにあるんだから、大丈夫よ」
「課長なんですよね」
「ええ。学校推薦の。結構多いわよ、そういう連中」
鼻で笑う久居局長。
学校推薦。
つまりは、コネで生徒会に参加した生徒。
彼等が全員駄目な人間という訳でもない。
ただ総じて駄目な場合が多く、一緒に仕事をしたいと思える人は数人しか思い浮かばない。
「でもここより、SDCに行った方が良いんじゃなくて。雪野さん、向こうでも暴れてるんでしょ」
「火薬庫だ、火薬庫。草薙高校の火薬庫だ」
別に何も面白くないが、一人で笑う珪君。
いや。それには、例の3人組も少し笑っているか。
しかしもう少し違う言い方があっても良いと思う。
私にはその違う言い方が、今は思い付かないが。
久居局長は醒めた目で珪君を見つつ、卓上端末を操作してモニターに内局の組織図を表示した。
「SDCは現在、内局の傘下にある。そして雪野さんが殴り飛ばした課長は、そこを統括する部署にいた。つまり、そういうライン。グループが関わってると見るべきね」
「雪野さん、次はどうするのかしら」
「片っ端から殴り飛ばして、正座させる?」
「あー。あるわね、それは」
無責任に盛り上がる3人。
口調としては冗談だが、確かに彼女ならやりかねない。
そうなる前に止めるのも、私の仕事だと思う。
今は特に。
頭の中で少し整理をして、久居局長にお伺いを立てる。
「各局、各組織の不穏分子に関する情報。その全体像って分かります?」
「ある程度はね。ただ情報局へ行った方が正確だと思うわよ」
「情報局」
「内局よりも面倒かな。自警局というか、元野さん達とは仲が悪いから」
そう言って、くすくす笑う久居局長。
私自身、特に悪い印象は持っていない。
ただ隣にいた珪君は、薄い笑みを浮かべて鼻を鳴らした。
酷薄、とでも言い換えた方が良さそうな表情で。
情報局も、内局と同じフロア。
そして情報局局長は総務局局長を兼任するのが通例。
しかし私が聞いた話では、元野さんを総務局局長へ推す声が大きかったとの事。
結局その慣例を守るために彼女が就任する事は無かったが、その辺りも関係がしているのだろう。
「私も良いイメージはありませんよ」
珍しく敵意を示す渡瀬さん。
彼女が初めからここまで否定的なのは、少し意外というか驚いた。
「仕方ないさ。向こうはエリート。こっちはただのガーディアン。初めから、相手にならない」
「そうですけど。元野さんや雪野さんが悪い訳でもないでしょう」
「情報局に関しては。大体、会ってくれるのかな。……御剣君、先に言ってアポ取ってきて。多少強引でもいい」
「お任せを」
風を切って、飛ぶように走っていく御剣さん。
大丈夫だと思う。
いや。大丈夫であって欲しい。
情報局一般閲覧ブース。
いくつも並ぶ机と端末。
今も大勢の生徒が利用し、友達同士で楽しそうに盛り上がっている。
生徒会は一般生徒を受け付けない傾向が強いけれど、ここは別。
華やいだ雰囲気に包まれている。
「浦田さん、会ってくれるそうです」
のしのし。
なんて言葉が似合いそうな調子で、机の間をすり抜けてくる御剣さん。
特に問題はなさそうで、取りあえずは一安心か。
「局長はなんて?」
「時間がないから、手短にと」
「それは相手次第だろ」
「確かに」
にやりと笑い合う二人。
こういうところで気があるのは、ちょっと止めて欲しい。
今度は視線を浴びせられる事もなく、局長執務室に到着。
警備員はやはりおらず、ドアの前で連絡を入れる。
「……もう少し待てですって」
「待つさ、明日の朝までだって。寒くなる前に、たき火でもするか」
「この辺の物でも燃やします?」
壁を無造作に指さす御剣さん。
特に燃えそうな物はないが、彼には枯れ木の山に見えてる様子。
でもって珪君がライターを取り出したところで、すぐにドアが開く。
「ドア、開きましたね」
「待てって言われたんだ。たき火はするよ」
「めくります?」
「片っ端からいこう。スプリンクラーが作動すれば、水も飲める。便利な世の中になったもんだ」
血相を変えて飛び出てくる矢田局長。
しかし御剣さんは、すでに壁紙を少し剥がした後。
来るのが遅すぎるし、何より彼等の行動を読み誤っている。
引き込むように中へと通され、応接セットに案内をされる。
矢田局長は怒っているのか呆れているのか、かなりの仏頂面。
とはいえ、私達の中にそれを気にする人間はいないようだが。
「それで、何の用ですか」
のんきにお茶を飲んでいる私達にじれたのか、自分から切り出す矢田局長。
それでも誰も何も言わないので、私が答える事にする。
「自警局、内局などに存在する不穏分子の存在について、お聞かせ願えますか」
「そういう人間はいないと……」
「建前は聞いてないんです」
彼が話し終える前に口を挟み、先手を制する。
憶する理由はないし、下がる気もない。
何より今は、そういう場面ではない。
矢田局長は軽く咳払いをして、私ではなく珪君へ視線を向けた。
しかし睨み返されて、慌てて視線をそらす。
どうやら彼が、私を操る黒幕だと疑っているようだ。
「局長、お話の続きを」
「え、えと。なんでしたっけ」
「不穏分子。反体制分子と言い換えても良いですが、その存在についてです」
「報告は若干受けてますが、気にする程ではありません。これだけ組織が多ければ、反抗的な人間もいるでしょう」
「見落としが甘いのでは。彼等は別に草薙高校打倒や、生徒会打倒を訴えてる訳ではありません。利権をあさり、権力を欲してるだけです。表面上問題が無いからと言って見過ごすおつもりですか」
多少きつめの言葉を放ち、反応を待つ。
まずは相手を見極めるのが肝心。
出方、対応。その人間性も含め。
視線を伏せ、間を置く矢田局長。
もう一度被せた方がと思った時、彼の顔がわずかに上がる。
「その不穏分子を、どうなさるつもりですか」
「排除あるのみです」
「排除?」
半笑い。
出来もしない世迷い言を聞いたという顔。
それには、こちらも笑顔で答える。
肉食獣の微笑みでもって。
「頭を低くして嵐が過ぎるのを待つか。それに立ち向かうか。道を選択するのは個人の自由です」
「……でしょうね」
この挑発には乗ってこない矢田局長。
一転落ち着いた態度。
大丈夫だとは思うが、警戒はしておこう。
私の意図を察し、すぐに立ち上がりドアへと向かう御剣さん。
渡瀬さんは適度に私へ寄り添い、またすぐにでも立ち上がれる姿勢を取る。
いきなり物理的手段に訴えるタイプとも思えないが、世の中例外は多々ある。
後悔して嘆くくらいなら、そしられようと備える方がよほどましだ。
「何もしませんよ、私は」
「では、情報をお願いします」
「……絶対に、外部へは漏らさないように」
卓上端末へDDを差し込み、データを読み込ませる矢田局長。
初めからこれを出すか、総務会で報告すれば済む話。
個人で解決出来る事ではないと思うし、何より彼にその意志があるとは思えないのだが。
日和見も良いが、それが誰のためになるのかを少しは考えてもらいたい。
DDを受け取り、内容を確認。
その場でバックアップも取る。
時間でデータが消滅したり、部屋を出た途端暗号化されても困る。
相手を信用していない行動だが、それは今更だ。
「どうもありがとうございます。それで生徒会として、彼等にはどう対応するおつもりですか」
「監視はしているし、目に余る場合については処分も行っています」
「目に余る事ばかりですけど、最近は」
「何もかも力に訴えればいい訳でもありません。意にそぐわなくとも協調していく必要があれば、その道を選ぶ時もあります」
なにやら政治家の答弁でも聞いてる心境。
組織の幹部としては優秀かも知れない。
また実際優秀だから、この地位にいるんだろう。
あまり親しみたいタイプ。
共感を覚えるタイプでもないが。
「分かりました。では私達は私達なりに、彼等へ対応していきますので」
「自警局も生徒会の一組織。勝手な真似は出来ませんよ」
「ご心配なく。生徒会規則に則って行動いたします」
心の中で舌を出し、頭を下げて立ち上がる。
振り返ると御剣さんが軽く手を挙げ、ドアの外の様子を窺う。
そして振り返り、口元だけを軽く緩める。
「何人かいる。木刀持ってる奴もいる」
笑いながら言う事ではないが、彼には楽しくてたまらない様子。
獲物を見つけた虎が、こんな顔をするかも知れないな。
「私は知りません。その不穏分子でしょう」
「総務局内を、武装してうろつく?取り締まりの対象ではないんですか」
「……すぐに警備を呼びます」
端末を手に取り、苦い顔で連絡を取り出す矢田局長。
この場合の警備とは、警備員を差す。
自警局は総務局に関してはノータッチ。
これを見る限り、元野さんサイドではなく総務局から出た話のようだ。
「出てくるのを待ってるみたいだけど、どうする?」
「軽くやって下さい。警備を待つまでもありません」
「それもそうだ」
肩を回して外へ出て行く御剣さん。
それこそ、コンビニへジュースでも買いに行くような気軽さで。
ドアは閉まり、外の様子はここからは見えない。
結果はすでに見えていて、わざわざ外へ確認するまでもなく彼がすぐに戻ってきた。
「死ねって言われたよ」
「それで?」
「言ったきり動かないから、俺には分からん」
なにやららすごい返答。
矢田局長の顔が苦くなるのも致し方ない。
「警備は無駄だったようですね。それとも、私達を拘束します?」
「皮肉は結構。お引き取りを」
「では、失礼します。不穏分子に関しては、随時報告を求めますのでよろしく」
最後に釘を刺し、席を立って頭を下げる。
渡瀬さんも私を守るように立ち上がるが、頭を下げはしない。
彼女にしてはかなり珍しい態度で、矢田局長への心情が理解出来る。
帰ろうとドアへ向かったところで、その足が止まる。
ドアが開かず、押しても引いてもびくともしない。
足止めにしては陳腐。
ただ、開かないのだからそれなりの意味は持つか。
「……壊れてるだけです。故意ではありません」
慌てて駆け寄り、ドアを蹴りつけようとしていた渡瀬さんを止める矢田局長。
そんな都合良くとも思ったが、それも悪意で考えすぎか。
「御剣さん、外は?」
「問題なし。こっちから開けようか」
「故障、だそうです。一応、少し待ちます」
「壊しがいがありそうだな」
すでに壊す事前提の話。
放っておけば、止めてもドアと戦い出しそうである。
「すぐ直しますから。……済みません、ドアのロック解除を。……ええ、そちらからのコントロールで」
どこかと連絡を取る矢田局長。
渡瀬さんは私の前に立ち、周囲を警戒。
これが何かの罠だとでも言うかのように。
私はそこまで思ってないが、彼女は学校との抗争を生き抜いてきた一人。
私にはない経験をいくつも積んでいて、今が決して油断出来ない状況だと分かっているのだろう。
「……時間があるので、もう一つ。SDC内の不穏分子についても情報を」
「先程渡したデータに含まれています」
少し意外な反応。
気が利くなと思いつつ、だったらどうして放置しておくのかとも問いたくはなる。
そのリストも確認し、なるほどと頷いてしまう。
黒沢代表への協力を申し出たクラブの部長が数名、名を連ねている。
中には本当に、彼女へ協力する気になった人もいるだろう。
だが、人の善意を全て信じられるほど幸せな生き方もしていない。
油断させておいてというのは、あながち冗談ではなさそうだ。
「予算局に圧力掛けて、内局の予算を削減。SDC自体を解散させよう」
突然、唐突な提案をする珪君。
矢田局長は心底嫌そうな顔をして、彼を見る。
「そういう権限は、私にはありません」
「一番平和的な解決手段と思ったんだけどな。いいさ、こっちの好きなようにやらせてもらう」
「自警局も生徒会の一組織。何でも好きにやれる訳ではありませんよ」
厳しい口調で警告する矢田局長。
その途端一変する空気。
背筋に冷たい何かが走り、全身が総毛立つ感じ。
人ではない存在が間近にいると知らしめるような。
「俺も大人しくしたいんだ。もうすぐ卒業。3年生が出しゃばる時期でもない」
淡々とした口調で話し出す珪君。
矢田局長はすでに目を反らし、彼を見ようともしない。
「降りかかる火の粉は払いのける。そう言っただけだ」
「そんな権限があるとでも?」
「一つ言っておこうか。俺は自警局自警課代理。ガーディアンを動員する権限がある。どこにガーディアンを配置するのも、俺の自由。一度、見せてやるよ」
取り出される端末。
珪君は短く言葉を告げ、すぐに通話を終えて端末をしまった。
大して待つ事もなく鳴り響く、矢田局長の端末。
卓上端末も連絡がしきりに入り、ドアの外にもかなり人がいるようだ。
「……何をしたんですか」
「生徒会からガーディアンを引き上げただけさ。不穏分子が何をするのか、見てみたくてさ」
「すぐに戻して下さい」
「ガーディアンの指揮監督権は自警局自警課にある。意見があるなら、生徒会長を通してくれ」
足を組み、ソファーへもたれる珪君。
端末の着信音は鳴りやまず、ドアは何で叩いているのか振動が音となって伝わってくる。
「俺達は、自分達のやり方を曲げて今の体制に従ってる。別に生徒会のためでもないし、教職員のためでもない。だからって、いつでも我慢してると思われても困る」
「何の話です」
「もう一つ言っておく。俺達がその気になれば、今すぐ生徒会を壊滅してこの学校を支配下に置く事も出来る。冗談だと思うなら、試してみればいい」
珪君が顎を振ったと同時に御剣さんがドアから戻り、矢田局長の後ろへと回り込んだ。
彼は何もしない。
ただ何もしない分、そのプッシャーは尋常ではないだろう。
「これは、脅しじゃない。事実を言っているだけだ」
「……僕にどうしろと」
「不穏分子を野放しにしておいて、何が生徒会かと言いたいだけさ。上に尻尾を振りたいなら、ペットショップにでも行ってこいよ」
いつにない挑発的な台詞。
これには矢田局長も険しい顔をするが、珪君は態度を改めようとしない。
御剣さんも、渡瀬さんもまた。
両者の決定的な違い。
それは前年度、どういう立場にあったかによる。
珪君達は徹底的な抗戦を貫き、理事をも放逐した。
対して矢田局長は、基本的に学校側。
しかしそれでいて、どう立ち回ったのか今は総務局局長。
生徒会のNO.2。
優さん達も自警局の幹部ではあるが、格としては彼の方が上。
また自警局が主流から外れており、やり遂げた成果とは裏腹な結果としか言いようがない。
彼女達がそれに不満を感じていないのが、せめてもの救いと言える。
珪君は席を立ち、矢田局長を振り返る事無くドアへと向かう。
「話はまだ」
「終わったよ。警備員の数でも増やした方が良いぞ」
軽く押すだけで開くドア。
御剣さんがすぐに外へ飛び出て、渡瀬さんは私に付いたまま。
確かに、これ以上ここに留まる理由もない。
「では、失礼します」
「僕は」
「自警局としての立場は、今示した通りです。ご不満でしたら、一度自警局へお越しを」
「そ、それは」
あっさりとひるむ矢田局長。
結局は、この程度の意識。
自身を投げ出す覚悟もない。
それには無論賛否両論あるが、今は否定的な気持ちしか湧いてこない。
通路を歩いていくが、荒れてもいなければ誰かが殺到する様子もない。
壁紙が剥がれ、木刀を持った生徒が数名倒れているくらいで。
「騙したの?」
「人聞きが悪い」
鼻で笑い、早足になる珪君。
間違いなく、騙したな。
「俺はあくまでも代理で、ガーディアンを動かす権限はないよ。丹下の許可が下りない限りは」
「着信は?」
「ソフトを使えば、一斉に通話を入れるなんて難しくない」
振動も外からではなく、今考えると御剣さんが内側から叩いていたと考えるべき。
悪い以外の言葉が浮かんでこない。
では、悪い事をすればどうなるか。
当然、その報いを受ける事となる。
「反省した人は」
床に正座し、手を挙げる珪君と御剣さん。
私と渡瀬さんは積極的に荷担しなかったので、保留となっている。
「取りあえず始末書。それと、資料室を整理してきて」
穏やかに微笑み、ドアの外を指さす元野さん。
あれだけの事をした割には、意外に緩い対応。
彼の行動に理解を示したと取るべきか。
それとも、資料室に虎でもいるかだ。
元野さんは足を崩すよう伝え、今度は私達に向き直った。
「止めろとまでは言わない。この二人を連れて行った時点で、結果は見えてるから。ただ、自分からは関わらないように」
「でも、元野さん」
まなじりを上げて抗議をしようとする渡瀬さん。
最近は落ち着いた印象が強く、感情的になる場面は殆ど見た記憶がない。
だが今日は、これで二度目。
一度は矢田局長に会った時。
そして二度目は今、その件に関して話している時。
これは彼女にとっての譲れない部分という事か。
「あなたの気持ちは分かる。でも自警局は以前の連合でもないし、独立組織でもない。生徒会の一組織で、ここのルールに従う必要があるの」
「そうですけど」
「不満は私にもあるし、行動を起こしたくもなる。でも、やっていい事と悪い事があるでしょ」
床へ流れる視線。
珪君は下品に笑い、分かりやすくその例を見せてくれた。
という訳で再び正座。
懲りないどころの話ではない。
「今度挑発したら、屋上から吊すわよ」
「はいはい」
「強固な面を見せるのも、悪くはないけどね」
そう言い残し、私達の前から去っていく元野さん。
珪君の真意を理解した上での発言と考えるのが妥当。
とにかく、懐が深いとしか言いようがない。
「さてと、SDCはどうなってるかな」
床へあぐらをかき、端末を操作する珪君。
表情を見ている限りろくでもなく、屋上から吊されるのは決定だな。
別室にこもり始末書を書く。
あくまでも名前と定型文を書くだけの事で、反省の気持ちを抱きながらでもない。
結局は形式、建前だ。
「……スケジュールは」
始末書を脇へ置き、SDCのスケジュールを端末で確認。
各部長を招集しての会議が明日開催される事になっている。
これはSDCとしての統一見解を出す場。
同時に、不穏分子の行動が気に掛かる。
無愛想な顔で部屋を訪れる緒方さん。
彼女からの報告を受け、頭の中で案を練る。
「どうする気」
「何もないようにするだけです」
「感謝されないわよ」
「目立つために行動してる訳ではないですからね」
SDCの入っている建物の見取り図を卓上端末で呼び出し、配置を確認。
必要な人数を算出し、そちらのスケジュールも確保。
具体的な行動計画も考えていく。
「傭兵は?」
「使いますよ。むしろそちらがメインです」
「お金はあるのかしら」
「打ち出の小槌を手に入れまして」
矢加部さんから借りているカードを彼女へ提示。
本来は自警局や生徒会のために使うものだが、今回は許容範囲内だと思う。
傭兵の人選と確保は彼女に一任。
全体の動きを頭の中でシミュレーションし、細部を調整。
現場の裁量に任せる部分もあるが、何事も無いのが目指す形。
現段階で出来る事は済ませておきたい。
「情報の攪乱って出来ます?」
「一通りわね」
「では、それもお願いします」
何か言いたげな彼女の視線を浴びつつ、具体的な方法を伝える。
後は、明日の自分の行動を考えるくらいか。
正直、この件に関して私が行動するのが正しいかどうかは疑問が残る。
僭越であり、大義もなく、根拠もない。
SDCの不穏分子なる連中が、実際に行動を起こすとも限らない。
逆に起こさなければ、私の行動は無意味。
むしろ咎められるくらいだろう。
ただ、それで済むならむしろ幸い。
私一人罰せられるだけならば。
何もないのが一番だ。
総会の当日。
SDC本部の小さな会議室にこもり、卓上端末と端末を並べて状況を確認。
監視カメラの映像と、ガーディアンが携帯しているカメラの映像。
音声は自動認識にして、特定のキーワードのみを検出。
それとは別に、各ガーディアンと傭兵からの報告にも目を通す。
今のところ不穏な動きは無し。
ガーディアンは基本的に私服で、相手にそうとは気取られない。
一方傭兵が動くとの噂を流してはいるが、その傭兵も一部を除いては目立たないよう行動。
噂は抑止力となりうるし、ガーディアンや傭兵自体は現実的な抑止力を持つ。
後は、事態の推移を見守るだけだ。
「どう思う?」
「みんな甘くて助かるね」
私の後ろからモニターを見ながら、鼻で笑う珪君。
意見は述べるが、自分では何もしないと初めに宣言をされている。
責任を取る気は無いとも。
それはこちらも求めてはおらず、兄といえど甘えるつもりはない。
「甘くて良いんじゃないの」
「悪くはないさ。自分の学校でなかったら」
「つけ込まれるって意味?」
「実際、つけ込まれているだろ。取りあえず、不穏分子なる連中のお手並み拝見と行くか」
TVでも見ているような気楽さ。
放っておけば、床に転がりそうですらある。
総会が始まり、会議室周辺に人は集まったが特に問題は無し。
注意人物はあらかじめマークしており、彼等にだけはガーディアンの存在を示している。
ただ彼等以外には、ガーディアンの存在は徹底的に秘匿。
相互不干渉の件もあるし、今はガーディアンが全面に出る場面ではない。
「……何も無さ過ぎ無い?」
「何もない方が良いんだろ」
「理屈としてはね」
今度はこっちが同じ台詞で返し、モニターを注視。
不審な動きが無いか、改めて確かめる。
聡美姉さんなら。
それとも優さん達なら、ここから何かを読み取れるのだろうか。
頭一つ抜きんでた、彼女達なら。
でも、結局は凡人でしかない私には分からない。
同時に複数の人間を認識し、行動を理解する事は出来ない。
感覚が危険を訴える事もない。
私は、彼女達にはなり得ない。
そして、なる必要もない。
私個人が彼女達に及ばないのは、今更の話。
ここで嘆き悲しんだところで、能力が上がるはずもない。
私は私に出来る事をする。
ただ、それだけだ。
インカムを付け、ガーディアンに情報のより詳細な収集を指示。
その情報は私ではなく、別な場所にいる神代さん達に送信。
彼女達が分析した結果を参考にし、不審者を絞り込む。
一人では無理でも二人なら。
それでも駄目なら三人で。
力不足なら、それを認めればいい。
駄目なのは諦める事。
前に進むのを止める事。
私は決して、その道を選びはしない。
やがて不審者を完全に特定。
ガーディアンを周囲に配置し、周りを囲んで拘束。
騒がれる前に、会議室から遠ざける。
連れて行くのは、指揮系統の人間。
それ以外は傭兵を配置して威圧。
彼等のプレッシャーを受けながら、自分の判断だけで行動するとは思えない。
また仮に行動しても、それは傭兵達の敵では無いだろう。
本部前に渡瀬さんと御剣さんを、若干時間をずらして姿を見せてもらう。
それに反応して不穏分子が露骨に動き出し、特定はよりしやすくなる。
先輩を囮役に使うのは気が引けるけれど、今は非礼をわびている場合でもない。
やがて総会は終了。
ガーディアンは最低限の人数を残して撤退。
傭兵は全員下がらせる。
会議室を出てきた黒沢代表達は、優さん達が護衛。
こちらに手助けする必要は全くなく、むしろガーディアンや傭兵を近づける方が危険である。
総会は無事に終了したとの報告。
残っていた不穏分子も散開。
取りあえず、無事に事は済んだ。
課題は考え出せばきりはないが、結果が全てと今は思いたい。
とはいえ達成感に浸っている暇はない。
撤収の指示と、報告のまとめ。
傭兵への報酬の支払い。
そしてまだ、本当に何もないと完全に言い切れる訳でもない。
気を抜くのは全てが終わってからだ。
SDC本部にも殆ど人は残ってないとの報告を受け、ガーディアンも完全に撤収させる。
黒沢代表達も、すでに帰宅した後。
残っているのは一部の生徒くらいで、彼等も戸締まりと共に帰るはず。
さすがにそこまで警戒する必要はなく、何より誰もいないなら暴れる意味がない。
しかし、仕事はまだこれから。
報告書を書き、今後の課題と反省点も書き添える。
今回の手順と報告のデータベース化。
掛かった費用と備品の確認。
傭兵だけではなく、ガーディアンへの報酬も計算。
この時間では、さすがに人の力を借りるとも言ってはいられない。
許されるなら、今すぐベッドに潜り込み横になりたい時間。
何の役に立つのか分からないデータベース化など、私でも付き合いたくはない。
気付くと朝になっていた。
どうやら寝ていたらしく、報告書は書きかけ。
意味を成さない文字が羅列され、ペンが床に落ちている。
「寝るなよ」
私の前に座り、鼻で笑う珪君。
どうやら、ずっと見守ってくれていたようだ。
だったら報告書を書いて欲しかったが、それはさすがに甘えすぎか。
「学校は?」
「休みだよ、今日は」
「……報告書って、それなら週明けで良いって事?」
「気を張り詰めすぎるのも考え物だな」
なかなかに楽しい話を教えてくれる兄。
それなら初めから言って欲しい。
ただそれも、少し考えれば気付く事。
結局は自分の余裕の無さの現れ。
冷静なようでいて、やはり色々と力が入りすぎていたようだ。
「後で、みんなに手伝ってもらう」
「自分でやらないのか」
「私には力不足だから」
「都合の良い言葉だな」
なんとも耳の痛い台詞。
だけど今は何も考えたくはなく、顔を洗うために外へ出る。
休日。
しかも早朝とあって、廊下には誰もいない。
自分の靴音が小気味よく響き、ただ多少の虚しさ。
馬鹿馬鹿しさは感じなくもない。
全部終わった時点で寮に戻れば、もう少し心地の良い朝を迎えられたはず。
着替えどころかシャワーも浴びて無く、一旦寮へ戻った方が早いだろうか。
建物を出たところで、正面の通路に人影が見えた。
クラブ生か、学校の職員。
朝から大変だなと思いつつ、欠伸混じりに歩いていく。
その人影が徐々にこちらへと近づき、私に向かって手を振ってくる。
太陽を背負う彼等の姿は逆光に消え、ただ誰かははっきりと分かる。
こんなに朝早くから学校に来る人は限られる。
クラブ生か、学校の職員。
それとも。
「どこ行くの」
「寮で着替えようかと思えまして」
「すぐ戻ってきなさいよ」
そう言って笑い、私の肩に触れる緒方さん。
他のみんなは挨拶だけをして私の前を通り過ぎていく。
私は無力で大した事も出来ないけれど、こうして支えてくれる人がいる。
理解をしてくれる人達がいる。
だから何の心配もいらない。
今も、そしてこれからも。
私の道は、輝きに満ちているから。
了
エピソード 39 あとがき
浦田永理編でした。
浦田珪の妹にして、元野智美の懐刀。
視野が広く、己を弁え、自己の考えを実現する力を持つ人物。
非常にバランスの取れた子なんですが、やはりまだ1年生。
現3年生には及ばないようです。
また彼女はユウシンパ。
モトちゃんや木之本君のガーディアンズに所属していたため系統としてはそちらなんですが、ユウをアイドルと思う一人。
作中でもあるように、渡瀬さんやニャン(猫木明日香)と同じ心情ですね。
性格は非常に冷静。
荒れた行動もその裏に意図があっての事。
自分が無軌道に走らない分、ユウに憧れを抱いているのかも知れません。
将来の局長候補で、現在はモトちゃんの元で修行中。
実績、経験、人脈など。
彼女に敵う人間は、ちょっといないようです。
ただそんな彼女なりに、悩みは色々あるようです。
ユウ達に敵わない事、結局は優等生的な自分の発想や行動、周囲からのやっかみ。
それらを乗り越えるだけの力量も気概もありますけどね。