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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第39話
451/596

エピソード(外伝) 39-3   ~浦田永理(ケイの妹)視点~





     目標





     3




 本棚を見て回り、壁を触れ、ソファーに座り。

 机に置いてあった最中の箱を開けたところで、手を握る。

「じっっとしてなさい」

「どうして」

「私が落ち着かない」

「落ち着かなくたって良いじゃない」

 朗らかな笑顔でそう言ってのける優さん。

 元野さんはしみじみとため息を付き、私と目を合わせた。

「内局に行って、これを渡してきて」

「あ、はい。分かりました」

「ユウも一緒に。……箱は開けないで」

「良いじゃない、開けたって」

 結局最中を手に入れ、足早に執務室を出て行く雪野さん。

 元野さんは改めてため息を付き、宙に浮いていた書類を渡してきた。

「あの子から、目を離さないように」

「大丈夫でしょう。優さんも、子供ではないんですから」

「私は10年後も、同じ台詞を言う自信がある」

 そういう自信は持たれても困る。



 鼻歌交じりに廊下を歩く優さん。

 復学したてで気分が良いのか。

 普段からこうだったのか。

 さまよい歩こうとする彼女に付いていくのでやっとの私には、よく分からない。

「優さん、仕事は良いんですか」

「特にやる事もないしね。まずは、今の学校に慣れないと」

 以前に比べ、敷地は半分へ減少。

 東側は大学になり、今は西側の敷地のみが高校。

 将来的には市内に系列校を増やし、さらに敷地を縮小していくという。

「何にしろ、広いよね。この前までいた学校は、校舎が二つだけだった。グラウンドも一つしかなかったし」

「迷わなくて助かると」

「まあ、それはそれで迷うけどさ」

 冗談で言ったつもりだが、意外と真剣に返された。 

 そういった辺りは、相変わらずか。


 やがて内局へと到着し、資料を受付で渡して仕事を終える。

 ただ本来の目的は、優さんを少し外へ連れ出す事。

 それもある程度果たしたと思う。

「……どうかした?」

 受付から離れようとしない私を振り返る優さん。

 離れないのは、受付のカウンター越しに見えた集団のせい。

 春先緒方さんから受け取ったリストに載り、しきりに挑発をしてきたグループ。

 それが今もここに在籍し、私を見ている。

 小馬鹿にした表情で、それとなく武器をちらつかせながら。

「知り合い?」

 少し剣呑になる優さんの物腰。

 それに答えるより早く、彼女はカウンターを飛び越え机の間を走り抜けて相手の前へと到達した。


 若干距離があり、具体的なやりとりは不明。

 全員の顔が青ざめ、背を向けて逃げ出したのを見れば大体の想像は付くが。

「何よ、あれ」

 スティックを担ぎながら戻ってくる優さん。

 でもって、頭を飛び越えられた受付の生徒が彼女を睨む。

「な、何よ」

「どういった用があるにしろ、飛び越えないで」

「ああいう人間をのさばらせてる事こそ、問題じゃないの」

「そういう話は、局長にでもして」 

「分かった」

 素直に返事をして、今度は受付の横にある通路を歩く優さん。

 どうやら、その局長へ会いに行くらしい。

「ちょっと、本気?」

「私はいつでも真剣よ」

「つくづく幸せな人生ね」

「よく言われる」



 局長執務室へ優さんが到着したところで、後ろから控えめに声を掛ける。

「本当に話すんですか」

「そのために来たからね」

「それとさっきの受付の人は?」

「クラスメート。後二人、厄介なのがいる」

 インターフォンを押し、監視カメラを睨み付ける優さん。

 中等部の頃こんな光景をたまに見かけたが、今はそれと何もかもが同じ。 

 体型まで同じというのは、色々思う事もある。



 意外にもあっさりと中へ通される私達。

 そこには内局の久居局長と、二人の女子生徒が待っていた。

 そして気付くと後ろに、受付にいた女性が立っている。

「来た来た」

「行けって言われたから来たんじゃない」

「それで、何」

「何って、何が」

 二人の女性と、かなり意味の分からない会話を交わす優さん。

 しかし彼女達はそれに慣れているらしく、また楽しそう。

 いかにも優さんらしいとも言える。


 とはいえこれでは話が進まず、一旦優さんを落ち着かせて先程の経緯を説明する。

「不穏分子、ね。いるでしょう、そういう手合いは」

 以前元野さんに話した時と同じ反応をする久居さん。

 言ってしまえば、生徒一人ずつで考え方も行動も違う。

 それをいちいち気にしていては始まらないという事か。

「いると分かってるなら、どうにか出来ないの?」

 即座に突っかかる優さん。

 久居局長は苦笑して、今執務室内にいる人数を数えだした。

「これだけいれば、意見も違う。グループも出来る。それに一つずつ関わっていいても仕方ないでしょう」

「問題行動を起こしてるって、私は言いたいの」

「それは懲らしめたんでしょ」

「まあね」

 だったら話は終わったと言わんばかりに席へ着く久居局長。

 元野さん同様の器の広さ。

 さすがとしか言いようがない。


「それで、懲らしめた後はどうなったの」

「さあね」

 急に言葉を濁しだす優さん。

 どうなったかは彼女と本人達のみが知る。

 暴力を振るったようには見えなかったが、おかしな音は聞こえてきた。

 多分今はもう、内局内にはいないだろう。

「済みません。机が半分に割れたんですけど」

 卓上端末から聞こえる、乾いた声の報告。

 当然意味が分からないのか、久居さんが聞き返す。

「それって、何かの例え?」

「いえ。机が半分に割れました」

 同じ言葉を繰り返す相手。

 首をかしげる久居さん。

 ただ優さんのクラスメートは、肩を揺らして笑っている。

 机が実際のところどうなっているのか。

 それを誰がやったのかを分かった上での反応。


 とはいえこれも、必ずという訳ではない。

 優さんのこうした行動へ反発するものも当然多く、今回の相手にしろおそらくはそういう部類。

 それは暴力の否定ではなく、抜きん出た存在への嫉妬。

 こればかりはどうしようもなく、優さん達も今は割り切っているようではあるが。


「接着剤で引っ付けたら」

「お米でいいんじゃない。雪野さん、ご飯好きだし」

「いっそ、一日押さえてれば」

 好き勝手に言う3人と、むきになって反論する優さん。

 少なくともここには、彼女へ悪意をを持つ者はいない。




 内局を出た途端重くなる優さんの足取り。

 いたずらをしでかし、家に帰りたくない子供のような顔。

 とはいえいつかは露見し、家に帰らなければならないのは分かっている。

 そしてあまり帰りが遅ければ、迎えが来るのも。

「机って、何から出来てるか知ってる?」

 廊下の中央で腕を組み、笑顔で優さんを見つめる聡美姉さん。

 また、随分な入り方だな。

「安いところならオーク材やメープル材。ナラ、マホガニーなんて、良く聞くわよね」

 でもって、自分から語り出した。

 何より、これは聞きたくなくても聞かされる。

「ただ最近では木製はあまり使われず、無機質の素材が基本。脚や棚はスチール。天板にはメラミン化粧板。つまり樹脂を使う事が多い。では、樹脂の原料とは何か。分かるかしら」

「さあ」

「石油よ、石油。枯渇が叫ばれて久しい、貴重な地下資源。あなた、いつからそれを無駄に使えるようになった訳。石油王にでもなったのかしら」

「叫ばれて久しいのに枯渇してないんだから、良いんじゃないの」

 健気にも反論をする優さん。

 聡美姉さんは薄く笑い、小さな紙切れを彼女に見せた。


「紙は植物繊維でしょ」

「……素材の話はもう良いのよ」

 むっとして言い返す聡美姉さん。

 それなら、さっきの話は何だったのかと聞きたいが。

「これは、請求書。勿論、意味は分かるよね」

「多分」

「誰が払うか知ってる?」

「考えたくは無い」

 雑に逃げる優さん。

 つまり、払う気は一切無いようだ。

「だったら、これはどう処理する訳」

「机の一つや二つ。どうでも良いじゃない。いや。良くはないけど、あそこで何もしないという選択肢もあり得ないでしょ」

「言ってる意味、分かってる?」

「」いや。良くは分かってない」

 もはや話し合いにもなっていない会話。

 こうなるとすでに優さんのペースで、聡美姉さんの論理的な追求は役立たない。

 結局請求書は自警局が預かり、その代わり始末書を書かされる事で決着が付けられた。

 それを認めさせるのも、認めるのもどうかとは思うのだが。




 自警局へ戻り、その始末書を書く優さん。

 不名誉ではあるが、実害は特にない。

 署名と数行の反省文だけで済むのだから、条件としてはむしろ悪くない話。

 これが100枚200枚と積み重なるのは、ともかくとして。

「また書いてるのか」

 呆れ気味に声を掛けるショウさん。

 優さんは明るく笑い、彼の体に触れた。

「そういう事もあるって」

「あってどうする。大体、内局へ何しに行ったんだ」

「書類を届けてきた」

「意味が分からんな」

 さすがに呆れるショウさん。

 書類を届けに行き、机を二つに割り、帰ってきて始末書を書く。

 しかもその書類を届ける事自体は、彼女を外へ出すための方便。

 それで自警局内の平和は保たれたが、自警局外の平和はかき乱された。

 その辺りをどう捉えるかは、判断が難しい。


「少しは大人しくしろよ」

「じゃあ、それは何」

 ショウさんが後ろに隠していた書類へ目を向ける優さん。

 彼の後ろにいる私からは、はっきりと「始末書」という文字が読み取れる。

「知ってるか。始末書って、一日に3枚書いても良いんだぞ」

「馬鹿じゃないの。というか、何したの」

 それには答えないショウさん。

 実際3枚では、どうにも答えようがないだろう。


「本当、始末に負えないな」

 げらげら笑いながら下らない事を言ってくる珪君。

 優さんが険しい目付きで彼を睨むが、それに憶する事は全くない。

 彼女にこういう挑発的な事を言える人物は非常に限られ、彼はその一人。

 ただそれに見合うだけの制裁も受けているので、問題はない。

 受けると分かっていて口にする神経は、妹の私にも理解不能だが。

「私の事はどうでも良いの。というか、ああいう輩を野放しにしておくのが問題でしょ」

「どういう輩かは知らないけど。机を割る程の事だったのか」

「人間を割るよりは良いんじゃないの」

「それもそうだ」 

 普通に納得する珪君。

 ここまで来ると、会話の意味すら理解出来ない。




 資料の整理でもと思い局長執務室に向かうと、北川さんに出迎えられた。

 やはり、角を生やしそうな雰囲気の彼女に。

「何をしに行った訳」

「それは私にも。ただ不穏分子は排除されたかと」

「自警局が関わる問題ではないでしょう。あの子って、今何才なの?」

「多分、北川さんと同い年ですよ」

 誕生日の関係で少しずれる事はあっても、学年が同じなら年齢も同じ。

 精神的な成熟度は、ともかくとして。

「もう、ため息も漏れないわね。彼女がSDCに出向するから、一度向こうに顔を出して」

「ガーディアンとは相互不干渉では?」

「私も、最近まではそう思ってた」

 しみじみ呟く北川さん。

 その内、胃薬でも飲み出しそうだな。



 資料を整理し、送られてくるメールをチェック。

 書類を少し書いて、報告書に目を通す。

「あなた、誰」

 今度はくすくすと笑い出す北川さん。

 局長の机に座り、仕事をしている私を見ながら。

「ああ、済みません」

「そこを使うのは良いんだけど。あなたも成長したわね」

「そうでしょうか」

「自覚はないものよ、大抵」

 褒められてるんだろうか、これは。

 さりげなくお茶が出されたところを見ると、多分そう思って間違いはなさそうだが。

「確かに、いつまでも子供ではいられないわよね」

「いる人もいますよ」

「それは例外でしょ」

 苦笑する北川さん。

 私達が思い描いている人物は、当然一人しかいない。


 そして私も彼女の言うように、何も出来ずまごついていた子供ではもはやない。

 成長したのかどうかはともかく、世を渡る術を身につけてきた。

 ただ子供らしくありたいと思う気持ちも、心の中には残っている。

 こうして責任を任される事があるとは言え、自分は高校1年生。

 年相応の遊びや過ごし方をしたいと思う時もある。

 私にもそれなりに、心の……。



「どうかした?」

 何故かライター片手に現れる珪君。

 自分の心の動きに押し流されていたとは答えず、書類を整理して首を振る。

「局長候補も大変だ。北川さん、あまりいじめないでね」

「だったら、代わりにいじめられる?」

 薄く微笑み、警棒に手を触れる北川さん。

 どういう意味か、全く理解不能だな。

「少しここをお願い。私、総務局へ行ってくるから」

「分かりました」

「浦田君。何かあったら私の代わりに指揮を執って」

「無いよ、何も」

 笑いながら彼女を見送る珪君。

 しかし振り向いた時に、その笑顔は全くそぎ落とされていた。



 ここへ来た時点で気付くべきだったか。

 二人きりになった理由を。

「SDCの事、聞いた?」

「ええ。優さんが出向するとか」

「向こうにも不穏分子がいるらしい。流行だな、どうにも」

 いつも通りの皮肉っぽい口調。

 そして話は、さらに続く。

「モトは、話し合いでそれをまとめるとか言ってる。黒沢代表も」

「良い事じゃないの」

「建前としては。ただそんな理想が通用するなら、誰も退学なんてしてない」

 そう言って、鼻で笑う珪君。


 彼等が退学したのは、その理想論が通用しなかったから。

 話し合いでの解決が出来なかったからこそ、彼等は実力行使に及び戦い抜いた。

 その結果が退学であり、半期遅れの復学。

 彼等自身それを後悔はしてないようだが。

「無論話し合いなり、説得はしてもらう。それでまとまるのが一番良い」

「まとまらない場合って事?」

「黒沢さんが嫌な顔をするから、表だっては動かない」

「それと私と、何か関係ある?」

 今の話を聞く限り、特にはない。


 また私も、話し合いには賛成。

 力を振るっての解決は簡単でも、根本的な解決ではないと思ってる。

 当然それは、優さん達も分かってはいるだろうが。

「今すぐ何かする必要はない。気が向いたら手伝ってくれればいい」

「何するの」

「口には出せないような事だろ」

 自分で言って、自分で笑う珪君。

 何一つ面白くないし、多分実際に口には出せないような事をする。

 人が嫌がり、眉をひそめるような。


 だが誰かがそうしなければならない時もある。

 その時嫌だからという理由で避け続けていては、事態の解決自体不可能。

 世の中、残念ながらきれい事だけでは勤まらない。




 彼女達が復学して以来、少なくとも自警局の空気は変わった。

 緊張感が出てきた。

 もしくは淀みが無くなった。

 元野さんが何もしなかった訳ではないし、規律も保たれてきた。

 ただそれだけでは収まらない何かを、彼女達が補ったのは間違いない。



 やがて珪君が部屋を出て行くのと入れ替わりに、北川さんが戻ってくる。

「特に、何もなかったみたいね」

「ええ。滞りなく業務は進んでいます」

 軽い調子で答え、席を立つ。

 そういえば、最近聞いてなかったな。

「自警局内の不穏分子はどうなったんですか」

「話は聞かないわね。大人しくしてるのかしら」

「優さん達の影響でしょうか」

「虎と戦いたい人は、誰もいないでしょう」

 虎、か。


 彼女達は言葉も通じるし、人の心も理解する。

 勿論本物の虎とは違う。

 ただ虎は虎。

 人の敵う相手ではない。

 まして人の心を理解する虎に敵う相手など。

「SDCはどうなってます?」

「一度行ってみれば。苦労してるみたいだから」

「不穏分子に」

「さあ、どうかしら」




 SDCの本部前に到着。

 その正面玄関を守るのは、格闘技を習得した屈強な男達。

 しかし彼等は、私を見ると慌てて道を譲り愛想笑いまで浮かべてきた。

 こういう人達との面識はないし、名も売れていない。

 後ろを振り向くが、特に誰かがいる訳でもない。

「入って良いですか」

「ど、どうぞ。是非とも、穏便に」

 卑屈に腰を屈める大男達。

 これではさながら、悪代官だな。



 案内の申し出を丁重に断り、SDC内を歩いていく。

 生徒会とはまた違う、体育会系独特の緊張感。

 上下関係に関しては生徒会の日ではなく、上が白と言えば白という世界。

 廊下のあちこちで耳を押さえたくなるような挨拶が行き交っている。

 ただここは本部と言っても、事務的な場所。

 各部が本来持っている部室の内部では、より厳しい情景が見られるのかも知れない。


 やがて挨拶の声が遠ざかり、廊下からも人気が消える。

 最上階のフロア。

 それは分かりやすく、権力の位置をも示す。

 例えば社長室は一階でも業務として困りはしないが、威厳はあまり保てない。

 代表執務室のインターフォンを押すと、すぐに中へ入るよう促された。

 特に監視カメラを睨むような真似もせず、言われるままドアをくぐる。



 まずは出迎えてくれた黒沢代表に挨拶。

 その端正な顔が、少しやつれ気味に見えなくもない。

「お待たせしました」

 多少空気を読まないとも思ったが、朗らかに笑い声を掛ける。

 すると何を感じ取ったのか、黒沢さんはすがるような表情で私の手を取ってきた。

「何か、ありました?」

 つい横へ。

 つまりは優さんへと流れる視線。

 どう考えても、何かあったとしか思えないので。


 ただ私も、ここへ手ぶら出来た訳はない。

 短い人生だけれども、学んだ事も少しはある。

 今は、わずかな時間すら惜しい事も。


「では、行きましょうか」

「どこへ」

「柔道部とアポイントを取ってあります。条件はいくつか出されましたが、修正後合意は可能かと」

 すでに既定事実として語り、皆の反応を待つ。

 黒沢さんは感心したような、優さんはそのくらいはやってもらわないとという顔。

 比較的好意的な反応が多い中、一人違う人もいる。

「誰が認めたの、そんな事。私は認めないわよ」

 こういう人は放っておいて、柔道部に行くとするか。



 その柔道部へ向かう間、ずっと絡んでくる聡美姉さん。

 それを軽く受け流し、ただあくまでも自分の正当性は主張する。

 主張には耳を傾ける。

 だけど、自分を曲げる事はしない。

 相手が例え誰であろうとも。

 私はそれを、彼女達から教わった。



 とはいえ残念ながら、彼女達は決して人格者ではない。

 いや。人格者もいるにはいるが、だとすれば絡んでは来ないだろう。

「交渉は私達がしてるのよ。それを頭ごなしにされても困るわ」

「予算局から、臨時予算に関する報告が来てたけど。まさか、脅したり騙したりしてないよね」

「何を言ってるのか、全然分からない」

 これ以上分かりやすい言い方もないと思うんだけどな。




 幸い柔道部ではこれと言ったトラブルはなく、こちらが用意した誓約書にサインももらう。

 本来こういう真似は好まないが、状況が状況。

 後で言った言わないとなるよりはましだ。

 苦い顔で誓約書のあらを探してる聡美姉さんよりも。

 学校創設以来の天才少女らしいけど、この姿を見ている限りはおおよそ信じがたい。



 柔道部の部室を出たところで、再び聡美姉さんが声を掛けてきた。

「何をしたの、一体」

「特別な事は、全然。誠心誠意、ねばり強く交渉しただけ」

「その通りよ」

 突然声を張り上げる黒沢さん。

 それにはこっちも驚いて、思わず小さく飛び退いてしまう。

「そう言えば、あなたは?」

「申し遅れました。自警局自警課1年、浦田永理と申します」

「浦田?浦田って、あの浦田君と親戚?まさかね」 

 途端にぎこちなくなる笑顔。

 そこまでひどい兄だったかな。

 間違いなくひどいだろうな。



 黒沢さんがしきりにSDCへの勧誘を呼びかけていると、聡美姉さんが私と彼女の間に割って入ってきた。


「永理は将来の局長候補なのよ。どうしてわざわざSDCに」

 左右から私を引っ張り合う二人。

 優さんはそれをおかしそうに見ているだけ。

 確かに、端から見ていれば笑い事。

 それなりに光栄と思えなくもない。

「私を引き抜こうとか、思わないの」

 不意にそんな事を言い出す優さん。

 これには黒沢さんが慌てて手を離し、私の後ろへ逃げ込んだ。

 別に、そこまでおかしな事を言っているとは思えない。

 彼女を扱いこなせる組織が自警局以外にあればの話だが。


「希望でも出してるの?」

 青白い顔で尋ねてくる黒沢さん。

 優さんは明らかにむっとした顔で、それでも言葉を続ける。

「言ってみただけ。でも陸上部に籍を置けば、SDCの傘下に入るって事でしょ」

「無理無理。陸上部は、今後3年間募集しない」

 一刀両断。

 断固拒否といった台詞。

 その辺の気持ちは分からなくもない。


 彼女達への移籍希望は各組織から多いが、実現した試しはない。

 試しに彼女達が出向しても、大抵持てまして連合に戻ってきていた。

 無闇に暴れたり、さっきのように食ってかかる訳ではない。

 ただ能力が桁外れで、間近にいると自信を喪失する事が多い。

 何より暴れないのは、あくまでも「無闇に」というだけ。

 着火点がどこにあるかは、多分元野さんでも正確には把握していない。

 その消火。

 後始末を考えたら、彼女達を遠ざけたくなるのが普通。

 その意味で黒沢さんは常識人。

 冷静な判断を下していると思う。

 それを口に出して言う勇気はないが。




 SDCの代表執務室へ戻ったところで、今度は襲撃。

 相手はしようとしたつもりだったが、あえなく撃退されて逃げ帰った。

 考えが浅いどころか、あまりにも無意味。

 徒歩で世界一周を試みる方が、よほど可能性がある。

 ただそれは、私の意見。

 黒沢さんは、あまりこういう方法が好きではないらしい。

 話し合いを重用しているのだから、当然といえば当然。

 その原則を貫き通す姿勢には、むしろ好感が持てる。 



 翌日。

 今日もやはり、SDCを訪れる。

 優さん達の姿はなく、そこにいたのは黒沢さんと小柄な女性。

 黒沢さんは、昨日同様疲れ気味の顔。

 代表という重責。

 今彼女の置かれている状況。

 そして。

「夏ばてですか」

「その方が良かったわよ」

「雷ですかね、雷」

 彼女の隣で苦笑する小柄な女性。

 落ち着いた雰囲気の優しげな人で、黒沢さんの側近らしい。

 また雷というのは、隠語というか例え。

 それが誰を差しているかは、私にも分かる。



 どうやら雷は、現在代表執務室から遠ざかってる様子。 

 ただ、相手は電気。

 まさしく電光石火で、いつ何時頭上に降ってきてもおかしくはない。

「優さんは、悪い人ではないですよ」

「悪いとは言ってないわよ。ただ、私には彼女を扱うには荷が重いだけ。誰、連れてきたのは」

「本人の希望だとか」

 しみじみ呟く小柄な女性。

 青木さんと言うらしい。

 彼女達に悪意がないのは私も知っている。

 ただ本人達が認めているように、その扱いは非常に難しい。

 使い方を間違えれば一巻の終わり。

 何より怖いのが、使い方を間違えなくても勝手に終わってしまう場合がある事だ。




 それでも各部の説得工作は順調に進み、殆どの部活が誓約書にサインをしてくれた。

 努力は報われる。

 黒沢さんの行動には批判も多かったが、ひたむきな彼女の行動が最後には実を結んだ。

 私も微力ながらその支えになれた事を、誇らしく思う。


 苦労話に盛り上がる黒沢さん達。

 それを少し離れて眺めていると、珪君に声を掛けられた。

「終わったとか思ってる?」

「見ての通りじゃない」

「普通はそうだ」

 暗に普通ではない。

 つまりまだ終わってはいないと告げられる。


 誓約書は集まり、殆どの部活は黒沢さんへの協力を申してでくれている。

 これで終わりでなくて、何が終わりというのだろうか。

「紙に名前を書いただけだろ。何の意味があるんだよ」 

 誓約書の意味を根底から覆す発言。

 それを否定したい一方、心の中でそうだと頷く自分もいる。

 多分大半の部活は、誓約書通り黒沢さんへ協力をしてくれるだろう。

 普通は。

 しかし世の中、普通でない人間も多い。 

 だからこそ優さんはSDCに駆けつけ、私達もここにいる。

 そういった人間を相手にするため。



 執務室の隅へ行き、改めて話を聞く。

 それがいつもの冗談と思いたい気持ちを込めて。

「信じたいのは勝手だけど、馬鹿はどこにでもいる。油断させて後ろから、なんて考えてるんだろ」

「今更、どうして。ここまで協力するクラブが増たなら、そんなの自殺行為じゃない」

「だから馬鹿なんだ」 

 結局はそこへ行き着く話。

 付ける薬もないと行った所か。

「緒方さんに連絡して」

「何する気」

「大した事じゃないさ」

 薄い笑みを浮かべ、壁にもたれる珪君。

 私は見た事はないが、もしこの世に悪魔がいるならこうして人の中に溶け込んでいるんだと思う。



「何か用か。浦田」

 出会ってすぐの台詞がこれ。

 でもって、その台詞を放った緒方さんは至って真剣。

 悪魔も思わず顔をしかめるというものだ。

「先輩を呼び捨てにするのは止めろ」

「傭兵としては、私の方が先輩です。それで」

「前に永理から頼まれた傭兵のリスト。あれって、まだ使える?」

「今期に入ってからのリストもありますけど」

 若干警戒気味の態度。 

 珪君はそれに構わず、机の上にカードを置いた。


「多少だけど、入ってる。これで契約だ」

「多少では困ります」

「草薙高校のため。モトのためと思って」

「情で動けと」

 剣呑になる物腰。

 やはり珪君は動じず、転送されたリストを眺めだした。

「使えそうなのと、駄目なのをリストアップ。まずは、情報だけ流そうか」

「情報戦ですか」

「そんな大げさな話でもない。それにやり方によっては組織図や人間関係も分かってくる。対傭兵以外ににも役立つよ」

 発言を聞く限り、もはやSDCとは無関係な展開。

 現在SDCで世話になっている私からすると、多少面白くない事ではある。



 そんな私の心情に構わず、流す噂の文章を考える珪君。

 緒方さんは口を挟まず、ただあまり友好的とは言えない視線を彼に向けている。

「あなたも、嫌なお兄さんを持ったわね」

 並んで座っている私達に向かって話す緒方さん。

 嫌なお兄さんの方は薄く笑い、それに応えた。

「私は別に。緒方さんは、この事態をどう考えてますか」

「油断したところを突くのは常套手段でしょ。しかも素人だから、どういうがさつな行動を取るか分からない」

「やりすぎる可能性があると」

「まあね」

 暗に混乱を認める緒方さん。


 私も人を信じたい。

 説得を重ね、学校のために尽くすという思いを共にしたと信じたい。

 でもそれは、建前の話。

 誰もがその理想に共感して、協力しているとは限らない。

 SDC内での立場。

 周囲の状況。

 保身。

 必ずしも、涙を流して抱き合うような理由だけではない。


 だからこそ、その思いを陰で支えるのが必要となる。

 蔑まれようと、罵られようと。

 そもそも、それ自体気付かれなくても。

 下らない思惑などで、真っ直ぐな道を歩む人達を妨げてはならない。




 緒方さんを帰し、不審なクラブのリストアップに入る珪君。

 出てくるのは空手部。

「ショウに恨みがあるし、次期部長も上昇志向が強い」

「具体的に何をする気?」

「会合で暴れるのか、もう一度ここを襲うのか。いっそ自警局を襲うのか。つついて反応を見ても良いけど」

 それこそ将棋の棋譜でも並べるような表情での分析。

 実際相手には、その程度の関心しか払ってないようだ。

「軽く揺さぶってみるか。……御剣君?……いやいや、君こそ草薙高校の誇りだよ」

 綿菓子よりも軽そうな台詞。

 それでも御剣さんは同意したらしく、端末はすぐにしまわれる。

「相手を襲うの?」

「軽く脅すだけさ。そうすれば向こうで勝手に反応する」

「こっちに反応してきたらどうするの」

「願ってもないね」

 罠を仕掛けた猟師でも、もう少し品がある顔をすると思う。

 ただしこの場合、罠に置かれた餌は自分達。

 決して笑い事ではない。




 幸い終業時間までに、SDCや私達が襲撃を受ける事は無かった。

 とはいえそれは、今までの話。

 これからを保障する訳ではない。


 正門へ続く並木道。

 さすがに冷たくなり始めた夜風を浴びながら、肩を並べて歩く。

 こうして二人きりで歩くのも久し振り。

 特に感慨もないが、そんなに悪い気分でもない。

 生き方はともかく、信念を持って行動しているのは確か。

 それは誰にも否定は出来ないし、しようもない。

 私にはそこまでの強さも自信もなく、ただ漫然と日々を過ごすだけだ。


「彼氏とかいる?」

 唐突な質問。

 ただ私の恋愛事情に、それ程興味があるとも思えない。

 男性関係を通じて、私がコントロールされる危険性を考えてのかも知れない。

「特にいないけど」

「ふーん」

 天気予報を聞いても、もう少し関心を示してくれると思う。

 今なら、私が襲いかかっても全然後悔しないだろう。


 女子寮に到着したところで、寮を指さしながら声を掛ける。

「寄っていく?」

「兄として、たまには良いかもな」

 闇夜に消えるその表情。

 背中に冷たい何かが走ったけど、多分気のせい。

 警備員さんがすごい顔で睨んでいるのも、気のせいだろう。


 廊下を並んで歩いていると、突然珪君が悲鳴を上げて床に倒れた。

 理由は簡単。

 スティックを担いだ優さんが、そんな彼の後ろに立っていたから。

「こ、この」

「不法侵入で訴えるわよ」

「兄として来たまでだ。……女子寮の床というのもたまらんな」 

 嫌な仕草で床を撫で出す、自称兄。

 スティックで突いたくらいでは、緩すぎると思う。



「用がないなら、帰ったら」

「つれない事言うなよ、ユウユウ」

「今度そう呼んだら殺す」

 スタンガンを作動させ、火花を彼に浴びせる優さん。

 また、すごい殺意の理由だな。

 気持ちは分からなくもないが。

「エリちゃんも、この男は信用しない方がいいよ」

「おい」

「じゃあ、何よ。信用出来るの?」

「無理だと思うよ」

 不意に聞こえてくる聞きなじみのある声。

 振り向くと、そこには光兄さんが立っていた。

 しかし、弟に対して良くそんな事が言えるな。

 気持ちは分からなくもないが。

「大丈夫。僕だけは信じてるから」

「金なら無いぞ」

「そこを曲げて」

「今まで渡した金を返してから、そういう事を言え。財布を持っていくな、財布を」

 なんだか楽しそうな二人。

 ただそれは端から見ていればの話で、全財産を持って行かれて楽しいかどうかは分からない。


 そんな様子を眺めていると、聡美姉さんがそれとなく近付いてきた。

 微笑を湛え忍び寄る。

 といった方が正確だろうか。

「何してるの」

「何って、寮に帰ってきただけよ」

「分かってるだろうけど、言い直すわ。学校で何をしてきたの。傭兵に何か用?」

 気の弱い人間なら、ここで口を割る場面。

 ただこちらは、こういう事にはすでに免疫が出来ている。

 彼女がどういう情報網を持っているのかは知らないが、答える理由は何もない。

 勿論、答えない理由も特にはないけれど。

「大した事でもない」

「悪い事、ではなくて?」

「それはどうだろう」

 十分悪い事だとの確信はある。 

 だが、だからと言って逃げ出すつもりはない。

 誰かがやらなければならないなら、私が前に進むだけだ。

「どうでも良いけど、足下をすくわれない事ね」

「経験でもあるの?」

「そんな無様な真似をする訳はないでしょ」

 それならいっそ死んだ方がましと言い出しそうな顔。

 どうもこの辺の妙な美意識は付いていけない。




 自室では狭いため、多目的ルームで改めて話し合う。

 私は何も話す事はないけれど、ラウンジで集まるよりはましだろう。

 優さんと聡美姉さんだけでも目を引くのに、加えて双子。

 注目を引かない方がどうかしている。

「不穏分子、か。良く飽きないね」

 苦笑する光兄さん。

 これが私達に向けられているのか、その不穏分子に向けられてるかは分からない。

「具体的にはどうする気?片っ端から叩きのめす?」

「そんな野蛮な事はやらないんだ。あくまでも、知的にだよ」

 何とも皮肉っぽい笑顔。

 おそらく、知的といえば知的。

 ただ、そこにどんな意志がこもっているかは分からない。


「どっちにしろ、相変わらずなのは変わらないのかな」

「何が」

「こういう下らない事が、いつまでも続くのが」

 ため息混じりに呟く優さん。

 聡美姉さんも仕方なさそうに首を振り、それに応える。


 彼女達が学校と戦い、退学してまで勝ち取った結果がこれ。

 全てが、彼女達の望み通りに行くとは私も思ってはいない。

 だけど、これではむしろ悪化してるような物。

 何のためにこの半年間、自分なりに頑張っていたのかと嘆きたくなる。


 しかし、それも現実。

 私のふがいなさも、私利私欲に走る生徒が幅をきかせているのも。

 今はまず、それを受け入れよう。

 そして、進もう。

 自分の道を。

 まだ定まってもいない、だけどそこにあるはずの道を。












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