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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第6話
45/596

6-3






     6-3




 何だか、体が強ばってる。

 ずっと緊張下にあったので、仕方ないんだけど。

「うー」

 ぐっと伸びて、呼吸。

 ふぅと縮んで、呼吸。

 少しは、楽になった。

「肩凝ったわ」

 私と同じ感想を洩らす沙紀ちゃん。 

 この胸なら、多分普段も凝ってるんだろう。

 私なんて、軽い軽い。

 悲しいくらいに。

 でもいいんだ。

 理由はないけどさ……。


 ちなみに、廊下を歩いている私達の側にショウはいない。

 何だかんだといって、結局シスター・クリスのお供になったのだ。

 さっきまでの直衛ではなくて、次のスケジュールが始まるまでという期限付きで。

 随分気に入られたね、気持は分かるけど。

「それ、持ってきたの」

「へへ。こそっと」

 ポケットから、ナプキンの包みを取り出す。 

 中身は食パン。

 シスター・クリスから頂いた、彼女の食べ差し。 

 さっき彼女達が瞑目していた時に、ちゃちゃっと包んでしまったのだ。

「遠野ちゃん、喜びそうね」

「本当、私も友達思いだ事」

「汝、盗む事なかれ。とか言われなかった?」

「十回くらい?」

 そうしたら「つまんない、それ」と言われた。 

 やな子だな。

「ガーデンパーティ中止は、ちょっと残念ね」

「だって、雨降るから。沙紀ちゃんも、そう思うでしょ」

「もしかして、というくらいは」


 ドアを開けオフィスに入る。

 するとそこには、ゲームをやっているケイと柳君の姿が。

 舞地さんと池上さんもいて、何か雑誌を読んでいる。

「みんな、どうしたんですか」

「遠野に呼び出された」

「何度も何度も、端末に連絡入れるのよ。参ったわ」

「僕の見て」

 柳君から端末を受け取り、画面を見てみる。 

 そこにはサトミからの連絡が、それこそ5分おきくらいに入っている。

 オートリダイヤルでやったんだろうけど。

 怖い子だ。

「訳の分からん人の相手は疲れる。で、ショウは」

「シスター・クリスのお供。しばらくは戻ってこない」

「その内、専属のSPになったりして。そういう意味では、おじさんの跡を継げるな」

 ケイの話が冗談なのは分かる。

 でもあの気に入りようからすると、あり得ない話でもない。

 ショウの気持は分からないが。

「雪ちゃん、どうかした」

「いえ、別に。お腹空いたなと思って」

「私達、パンと牛乳しか口にしてないので」

 さっきの事を、手短に話す。

「ガーデンパーティまで持つのか?」

「真理依さん知らないんですか。あれは、中止ですよ」


 ついさっきの事だ。

 VIP用の食堂を出て、ふらふらと中庭を歩いていた私達。

 シスター・クリスは食後のお祈りだか何かで、それを遠慮したショウも私達に付いてきていた。

「のんきにお散歩?」

「会場のチェックよ。あなたこそ、恥かかなかったでしょうね」

「多分」

 自信がないので、そう答える。

 サトミは手にしていたバインダーで自分を扇ぎ、その前髪をなびかせた。

 気温はそう高くないけど、彼女は燃え上がっているから。

「いいわ。時間があるなら、ユウ達も手伝って」

「悪い、俺はちょっと」

「玲阿君は、お忙しいのよ」

 意味ありげに微笑み沙紀ちゃん。

 ここであれこれ言うとまた大変なので、彼女もそこで止める。

「そうなの……。どうします、天満さん。やはり一般生徒から、有志を募りましょうか」

「悪くないわね。その報酬は、アテェリの食事券。あそこなら、みんな文句無いでしょ」

 シスター・クリス歓待委員会副委員長にして、運営企画局局長。

 天満さんは、自分で何度も頷いた。

 相変わらず、ちゃかついてるな。

 そして端末を取り出し、操作を始めようとする。


「……待って下さい」

 手を上げ、私はそれを止めた。

 訝しげな視線を向ける、サトミや天満さん。

「どう思う」

「少し、かな」

 空を見上げ、ショウが鼻で空気を吸い込む。

 雲は殆ど無く、風も穏やか。

 その風に乗る、微かな湿り気。

 近くにプールや池があるのは知っている。

 気にし過ぎ、大げさ、勘違い。

「……雨が降るかもしれない」

「え?」

 勿論サトミ達は、怪訝そうな顔をする。

 学校付近の天気予報は、終日晴れ。

 どう空を見ても、降る気配はない。

「雪野さん、確信はあるの」

 引き締まった表情を見せる天満さん。

 今までの明るさや、慌てた雰囲気は微塵もない。

 その顔は、私を責めているのではない。

 責任者としての、天満さんの顔なのだ。

「……可能性は少ないかもしれません。何となく、空気が湿ってるだけなので」

「玲阿君は」

「雨風なのは、確かです。降る降らないまでは、俺も分かりません」

 天満さんは額を抑え、その姿勢で動かない。

 空は晴れ渡り、どこまでも青い。

 彼方に見える雲は白く、小さい。

 気持のいい、秋晴れだ。

「……室内も、悪くないか」

 端末を取り出し、連絡を始める天満さん。

「美和ちゃん、ガーデンパーティは中止。……そう、全責任者へ連絡して。……大丈夫、場所を変えるだけだから。……うん、私もすぐ行く」


 一通り連絡をし終え、端末がしまわれる。

 小さなため息と共に。

 ずっと準備していたんだろう。

 この日のために、一所懸命。

 でもそれは、私達の一言で終わってしまった。

 雨は降らないかもしれない。 

 もし降っても、すぐ止むかもしれないのに。

「決断したのは私。それは覚えておいて」

 はっきりした、力強い口調。

 前髪を横へ流し微笑む、年上の女性の仕草。

 胸の奥が、少し熱くなった。

「後は、警備の人達へ連絡が必要ですね。ガーディアンではなく、軍と警察に」

「あ、そうか。助かるわ、元野さん」

「いえ」

 彼女の後ろに控えていたモトちゃんが、小さく頭を下げる。

 さすがに落ち着いてる。

 こういう時には、向いてる人なんだ。

 ケイみたいに醒めているのともまた違う、一定の視線。

 この人といれば、何があっても安心だと思えるような。

 頼りにしてます、お姉さん。



「……といった、訳です」

「雨、か。丹下はどう思う」

「感覚的な話をするなら、優ちゃん達に賛成です。現実的には、かなり怪しいですけどね」

「私も、同意見だ」 

 くすっと笑い、束ねた髪へ手を触れる舞地さん。

「それにしても、呼び出されてこんな所にこもってたら意味無いね」

 ケイのキャラを消し飛ばした柳君が、朗らかに笑う。

「……面白くない。全ての意味で」

 連戦連敗の男の子は、コントローラーを机に置いてドアへ歩き出した。

「あれ、浦田君帰るの」

「寮でゲームやってます」

「同じじゃない、それ。サトミに怒られるわよ」

「結構。端末の電源落とすから」

 そう言って、振り返りもせず出ていった。

 どっちにしろ負けたので、また柳君に貸しが出来たらしい。

 結果は分かってるんだから、止めればいいのに。

「それで、シスター・クリスは今何をやってるんだ」

「生徒による学内自治というテーマで、ディスカッションに参加してます。それが終わるまでは、玲阿君も付き合わされるとか」

「ここへ慰問に来たら、笑うわね」

 大笑いする池上さんと沙紀ちゃん。

 笑うというか、困る。

 そうそう、さっきのパンを隠しとかないと。

 誰も食べないと思うけど、シスター・クリスが慰問に来たら困るから。

 来ないけどね。


「彼女、今幾つなのかな。僕、知らないんだけど」

「18か9よ。前の大戦で孤児になったのを、先代のシスター・クリスが見つけて育てたんですって。それこそ、本当の親のように」

 表情を和ませて語る池上さん。

 サトミが彼女達へ思いを寄せるのは、その辺りも理由の一つだろう。

 ”家族”に。

 それとは対照的に、柳君の顔が翳りを帯びる。

 だけど舞地さんも池上さんも、彼に声を掛ける様子はない。

 優しさは上辺の行為だけじゃない。

 二人はきっと、そう思ってるはずだ。

 そして柳君も、分かっているだろう。

 時には自分一人で超えなければならない事があると。

 でも、私達はいつも柳君の側にいる。

 それだけを、知っていてほしい……。



 何となく感慨に耽っていると、ドアが開き鬼が入ってきた。

「……みんな、何してるの」

 正確には、鬼のような顔をしたサトミが。

「あ、あなた。委員会の仕事は」

「私が聞いてるのよ」

 切れ長の瞳が、さらに細くなる。

 綺麗と言えば、綺麗。

 それこそ、怖い程に。

「聡美ちゃーん、そう怒らないの」

「映未さん、ふざけている場合じゃありません。直属班の人は、全員最前列で警備して下さいと通達を出していたはずです」

「そうだった?真理依」

「私に振るな」

 机に伏せて寝た振りをしていた舞地さんが、気まずそうに起きあがる。

「前も聞いたと思うが、警備は軍や警察に任せばいい。私達の存在は、却って足手まといになる」

「塩田さんからも、そう言われました。ですが、形にしないと分からない事もあります。多少の不自由をかけるにしても、私達が彼女を歓迎しているという意志を伝えないと」

「彼女のファンではない私達もか?」

「……では、こう思って下さい。高校生としての、思い出作りだって」

 柔らかな、少し悪戯っぽい笑み。

 それには舞地さんも、少々呆気に取られたようだ。

「舞地さんだって、高校生ですよ。それを、忘れてはいませんか」

「授業にあまり出ないから、つい。学生らしい事をやる時間も、滅多になかったし」

「だったら余計に。たまには無駄な事をやるのも楽しいですよ。大勢の人と騒いで、屈託無く笑うのも」

「口は立つな。……池上の親戚みたいだ」

 それは説得されたという意味か。

 立ち上がった舞地さんはロッカーを開け、鏡で身だしなみを整え始めた。


「素直に、分かりましたっていえばいいのに。でもそこが、真理依の可愛い所よ」

「すると映未さんも、可愛いところを見せてくださるんですよね」

「私は可愛いじゃなくて、綺麗な方がいいわ」

 切り返す池上さん。

 しかし。

「今警備の前列が、男の子中心で少し見栄えが良くないんです。そこに映未さんのような、綺麗な方が入って下さると助かります」

「仕方ない。おだてに乗りますか」

 断る素振りを見せたのは聡美と遊ぶためで、最初からその気だったのだろう。

 彼女も舞地さんと一緒に服装を整え始めた。

 今度は、残る男の子へ視線が飛ぶ。

 にこっと笑い、ゲームを指さす柳君。

「僕、ここで遊んでいたいな。人が多い所は、好きじゃないし」

「そんなわがままが、通用すると思ってる?」

「思ってる。浦田君が、現にそうだよ。彼が来るならともかく、僕だけ連れて行かれるのは納得出来ない」

 自分でも上手く言ったと思ったのだろう。

 勝ち誇った笑顔を浮かべる柳君。

 しかしそれは、所詮子供のそれ。

 サトミは口元を微かに緩め、ドアを後ろ手でノックした。


「……お呼びでしょうか」

 のそっと入ってくるケイ。

「これで問題ないわね、柳君」

「も、問題ないというか。浦田君、何やってるの」

「行く道行く道で待ち伏せられたら、付いてくるしかない。警棒持って追いかけてくる奴までいたんだからさ」

 「そうだったんだ……」と呟き、柳君はその肩に手を置いた。

 何故か神妙に頷くケイ。

 面白いけど、止めてほしい。

「はいはい。みんな、行くわよ」

 いつもよりも弾けた笑顔で、サトミが手を叩く。

「はーい」

 それとは違う重い唱和。

 私は特に否も無いので、普通に返事をする。



 サトミに引率され、ぞろぞろと会議室に入る私達。

 ここは現時点で待機中のガーディアン達の一部が、詰める場所である。     

 いくら何でも2千人を超える人間が、シスター・クリスの後を付いていく訳にもいかない。 

 直衛の人達と同様、周囲の警備もローテ制なのだ。

「これなら、あっちでゲームやってても一緒だよ。ねえ、浦田君」

「そう、遠野さんへ言って下さい」

「僕は、口下手なんで……」

 サトミの怖さが分かったらしく、みんなの後ろに回る柳君。

 ケイもこそっと、その後に付いていく。

 多分、逃げる気だろう。

「仕方ない子達ね」

 襟のリボンを結び直していた池上さんが、彼等を目線で追いながら苦笑する。

 サトミは打ち合わせがあると言って、今はここにいない。

「暇だな。池上、紙出して」

「落書き、ね。雪ちゃん達も描く?」

「私は、あまり得意じゃないんだけど」 

 とはいえ他にやる事もないので、池上さんが持ってきていたプリントを広げる私達。

 いい年して何やってるんだと言われそうだけど、これが意外と面白い。

 自分の描いた絵に、他の人が付け足していく。 

 さらにはそれがストーリーになったり、ゲームになったり。

 時を忘れる程楽しいとは、まさにこの事。


 熊がお月様でスケボーをやり始めた所で、ふと我に返った。

 気づけばプリントが、10枚くらい脇の机に置かれている。

 余程力を込めていたのか、ペンを掴んでいた手が痛い。

「あー、馬鹿馬鹿しい」

 うしゃうしゃ笑いながら、みんなのペンをしまう池上さん。

「どうして、狸が100匹なんだ」

「増えたんですよ、狸算で」

 舞地さんと沙紀ちゃんは、良く分からない会話を続けている。

 スルメ家族とは何なのか、私はその方が知りたい。

「……ただいま」

「あれ、柳君。浦田君も。君達、帰ったんじゃないの」

「関所で捕まった」

 彼等の後ろから現れる、ショウと名雲さん。

 ショウはシスター・クリスのお供から開放され、名雲さんはローテーションがまだなので休憩していたとの事。

 サトミから連絡を受け、二人を捕まえたと言っている。

「ったく、体制に日和りやがって。断固闘争を貫くべきだろ」

 訳の分からない事を言うケイ。

「……どうでもいいけど、あっちで何か騒いでない」

 池上さんの言葉に、全員の視線が壇上へと向けられる。

 さっきまでは各ガーディアンの責任者が集まっていたのだが、今はさらに人数が増えている。 

 どうも、揉めているようだ。

「気になるな」

 しなやかな仕草で立ち上がった舞地さんは、階段状になっている通路を下り始めた。 

 やはり気になった私達も、後へと続く。



「……どうした」

 輪の中にいたモトちゃんへ声を掛ける舞地さん。

「分かりませんけど、見慣れない箱があるので」 

 彼女にしては、曖昧な返事。

 壇上にある机の下には、「蒲郡みかん」と印刷された段ボールが置かれている。

 時期的に早い、という訳ではなくて。

 教室にみかん箱というのが、かなりの違和感を放っている。

「警備。ガーディアンではなくて、軍の警備担当者は呼んだか」

「いえ。まだ何かがはっきりしないので。それに、もし……」

「分かった。名雲、全員を下がらせろ。遠野は警備担当者と歓待委員会へ連絡」

 きびきびと指示を出していく舞地さん。

 最後に「静かに」と付け足して。


「よし。一旦、全員下がれ。教室の一番後ろまで」

「はいー、下がってー」

 壇上にいた生徒達を、大ざっぱに下げていく名雲さんと池上さん。

 釈然としない人もいたが、取りあえずは周囲に人がいなくなった。

 これで一安心と思っていたら。

「ば、爆弾?」

「う、嘘」

「そんなっ」

 突如浮き足出す教室内。

 静かにと釘を差しておいたのに、壇上を囲んでいた人の誰かが洩らしてしまったようだ。

 もし音量で反応するタイプなら、これ以上はまずい。 

 無造作に誘導しようとした、名雲さん達の考えが甘かったのか……。


「爆発するぞー」

 突然上がる叫び声。

「逃げろーっ」

 それに煽られ、一斉にドアへと向かう生徒達。 

 彼等を扇動した張本人は、一足早くドアへ取り付いている。

「逃げ……」 

 言葉がそこで止まる。

 鈍い音がして、彼の体がドアへと叩き付けられる。

 ショウの重い前蹴りが、その背中へとめり込んだのだ。

 床に転がる彼を、丹下さんと舞地さんが容赦なく蹴り付ける。

 叫び声は呻き声と変わり、やがて動きすらなくなる。


「……まだ、騒ぎたい奴はいるか」

 冷たく響く、ショウの言葉。

 応えは無く、全てが無になったような静けさが訪れる。

「分かったら、ゆっくりと下がって。もし文句があるなら、こいつみたいになるわよ」

 醒めた口調で言い放ち、床に転がる彼を足蹴にする沙紀ちゃん。

 それに反応して微かに体が揺れ、すぐに動かなくなる。

「丹下さん、モト。そいつを外へ運んでくれ」

「了解」

 手足を持ち、彼を引きずっていく沙紀ちゃん達。 

 あまりにも非情かつ事務的な行動に、みんなは言葉も出ない。

 後はただ、黙って教室の後ろへと下がるだけだ。


「……どう」

「大した事無い。花火みたいなもんだ」 

 慎重に箱を開けた名雲さんが、口元を緩める。

 避難した生徒達からは、壇上の机が邪魔になって見えていない。

「軍の処理班もいるだろうが、その世話になる必要もないだろう。それより、変に運んだり時間を掛ける方が怖い。名雲」

「分かった。何か、固い箱でもあれば……」

 教室の隅にある、ロッカーを指さす舞地さん。

 私達はそれを横倒しにして、箱の中身をそっと入れた。

「振動で行くタイプだからな。おーい、みんな机の下に隠れろ」

 口答えすらせず、言う通りにする生徒達。

 しゃがみ掛けた彼等の顔が、一瞬強ばる。

 ロッカーを締めた音への、過剰な反応だ。

 室内が異様に静かだから、ちょっとした物音にすら敏感になっているらしい。

「遠野。警備は」

「繋がりません。ジャミングではないようですが、例の会場変更で全回線をチェックしてるのではないかと」

「仕方ない。やりたく無いが」

 私達も下げさせる名雲さん。

 唯一ショウだけが、彼の側に残る。

「揺するぞ。すぐ走れ」

「遅れるなよ、先輩」

「お前もな」

 さすがに二人の顔には緊張の色が現れる。

 屈んだ彼等の手がロッカーに掛かり、小さく頷く。

「行くぞ」

「いつでも」

「せーのっ」

 タイミングを合わせて、ロッカーが大きく揺すられる。

 そして風のごとく駆け出す。

 時が止まったような感覚。

 彼等の動きが、まるでスローモーションに見える。

 私は手を差し伸べ、必死で机の下へと引き込んだ……。



 慣れない事はする物じゃない。

 大体、机の下は狭い。

 人が、二人入るには。

「お、重い」

「苦しいな、ちょっと」

 唸りながら外へ出るショウ。

 今度は私に手を差し伸べ、引っ張り出してくれる。

「何やってんだ、お前ら」

 呆れた顔で私達を見ている名雲さん。

 彼は、机の下には隠れなかった。

 どうしてか。

「この程度」

 ロッカーを開けた池上さんが、うしゃうしゃ笑う。

 私も、中を覗き込む。

 壁面にこびりつく、微かなすす。

 白い煙と、鼻を突く火薬の香り。 

 市販の花火その物の、あの焦げた匂い。

「……そ、その。ユウが手を出すから、つい」

「だ、だって。大爆発したら、危ないじゃない」

「最初に言っただろ、大した事無いって」

 そうだけどさ。

 念に念を入れたの。

 「忘れただけでしょ」という内なる声は、この際気にしないでおこう。

「とにかく……」

 何か言いかけた舞地さんの顔が、ドアへと向く。

 そして避難した生徒達の顔が、一気に強ばった。

 ドアが開き、沙紀ちゃん達が戻ってきたのだ。

 先程の印象が強かったので、恐怖というか不安を感じているのだろう。


 しかし彼女は気にした様子もなく、私達の所へとやってきた。

「大丈夫、みたいね」

「向こうは」

「問題ない。でも今は、一般生徒の通信システムが使えないの。パーティの会場変更で、軍と警察が優先に使ってて」

 普通の使い方ならその程度でネットワークがふさがるはずはないが、傍受やジャミングの防止措置を取っているのだろう。

 それが済むまで、ネットワークは使えないという訳だ。

「直接軍へ出向けばいい。遠野、案内してくれ」

「あ、はい」


 ちなみに教室に残っていた彼等には、連絡があるまでこの事を黙っておくよう言ってある。

 今度は、それを守ってくれるだろう。

 あれを見た人なら。

「痛い」

 顔のガーゼを押さえながら睨んでくる男の子。

「蹴るか、普通」

「騒ぐからだ」

 ショウが消毒スプレーを掛ける真似をする。

 男の子は顔をしかめて、それを追い払うように手を振った。

 彼の傍らに置かれる、汚れた制服。

 ショウ達の蹴った足跡が、くっきりと残っている。

「だって、怖かったから」

 自分で言って、自分で笑っている。

「演劇部に入れば」

 くすっと笑い、彼の顔を指さすモトちゃん。

「誰が慌てないって、君が一番慌てないタイプじゃない。良いアイディアよ、自分が犠牲になって騒ぎを抑えるなんて」

「おかげで、俺達は楽出来た」

 大笑いする名雲さんと池上さん。

 ケイは無愛想に顔を背け、少し赤くなっている右頬をさすった。


結局さっきのは彼のお芝居で、名雲さん達が何もしなかったのもその辺りを予想していたからだろう。

 そして事は万事上手く運び、怪我人を一人も出さずに済んだ。

 目の前にいる子は例外として。

「一応、急所は外したじゃない」

「私は外してない」

 済まさそうな沙紀ちゃんと、平然と言ってのける舞地さん。

 冗談だと思うけど、違うかもしれない。

「これは、貸しですよ。今まで俺が一方的に負けてたけど、今度は」

「はいはい。分かったから」 

 沙紀ちゃんが、笑顔と共にガムを差し出す。

「こんなので、ごまかされると思ってるのか」 

 しかし、ガムはしっかり持っていく。 

 ちょっと嬉しそうに。

 ごまかされてるんだよ。


「大体さ。俺より柳君だろ、問題は」

「僕は、名雲さんに言われただけだよ」

「ん、どうしたの」

 何となく言い辛そうな柳君。

 代わって名雲さんが、口を開く。

「もし浦田が失敗した場合を考えて、柳に何人か殴らせるつもりだった。こいつなら、ダメージ無しで気絶させる事が出来るし」

 事も無げに言う名雲さん。

 しかしこっちは、言葉にならない。

 こういう発想が出来るのか。

 そして、実行出来るのか。

 おそらくケイなら、可能かもしれない。

 でも私やサトミ、ショウには無理だろう。

 非情、それとも自らの行為への圧倒的な自信。

 彼等が「ワイルドギース」と呼ばれる片鱗を、垣間見た気がした。



 ケイの手当てを簡単に済ませ、軍と警察合同の警備本部へやってきた私達。

 事情を話したら、すんなりと通してくれた。

 さすがにここでは軍や警察である事を隠す必要はないので、様々な通信装置や配置図があちこちに置かれている。

 待機する警備の人達の傍らには、口径の大きな銃が幾つも揃っている。

 機敏に行き交う人々と、途切れなくかわされる命令と通信。

 まさに、軍の前線司令部といった感じである。

 そんな光景を横目に、私達は別室へと通された。


「……爆発物を処理、か。怪我人は」

 引き締まった表情をしたスーツ姿の男性が、その鋭い眼差しを向けてくる。

 年齢的にはまだ壮年といった感じ。

 威厳のある雰囲気からして、佐官クラスだろう。

「一人もいません。勝手に爆発させたのは申し訳ないと思ってますが……」

「こちらで検査した結果によると、処理班を呼びに行く間に爆発するくらいのタイミングだった。君達の判断に、間違いはない」

 落ち着いた、重い声。 

「手口や爆発物の構造から見て、プロではなく素人の悪戯程度の物だ。シスター・クリスのスケジュールを変更する必要もない」

 それを聞いて、私達にも安堵感が広がっていく。

 特にサトミは、微かに吐息を漏らして胸の辺りを押さえている。

 歓待委員会の委員としてより、彼女に憧れを抱く少女としての気持ちからだろう。


「とにかく、報告してくれて助かった。君達が「犯人探し」をしなかった事にも」

 苦笑する男性。

 要は、私達がヒーローを気取って「探偵ごっこ」を始めなかったのを言っていると思う。

 皮肉や馬鹿にしている訳ではなくて、ちょっとした冗談のようだ。

「ただ、今警備の変更をしているので人を割けないんだ」

「爆発物を仕掛けた人間に、危険性は無いんですか?」

「無くはないが、君達が処理したおかげで陽動も無駄になっている。シスター・クリスに危険が及ぶ程ではない」

 彼の判断だけではなく、警備本部としての意見だろう。

「とはいえ、このまま放っておくのも問題だ。もし君達の手が空いているなら、お願いしたいのだが」

「探偵ごっこを、ですか」

「学校のデータベースで調べたところ、君達はかなり優秀のようだ。この手のトラブルにも十分対応出来ると、私は考えている」

 出来なくはないけど、危なくはないのか。

 その辺りの疑問を読みとったのか、彼は腰に下げていた銃を机の上に置いた。

「何なら、持っていってもかまわない。発砲許可も、私が出す」

「そこまでの相手ではないと思います」

 席を立つ名雲さん。

 舞地さん達も、すでにドアへと歩き始めている。

 即決即断タイプなのだ。

 そして、即行動の言葉が続く。

「君達の端末にのみ、通信を可能にする。連絡は、それでするように」



 という訳で、仮設警備隊になった私達。

 最初は冗談かと思ってたけど、誰も呼び止める事無く廊下まで出てしまった。

「簡単に言えば、その程度の事で動きたくないんだろう。子供のお遊びだから、勝手にしろといったところだ」

 面白くなさそうに髪をかき上げる舞地さん。

「後は、軍が動くより私達の方が目立たないって事よ。上手くいけば、ご褒美でもくれるんじゃない」

 それとは対照的に、陽気な池上さん。

 二人は何となく顔を見合わせ、同時に肩をすくめた。

「さっき教室で聞いた話だと、怪しい奴らがいたそうだ」

「データは、警備本部にも提出してあるけど」

 柳君が端末を取り出し、疑似ディスプレイを起動させる。

 そこに映る、段ボールを抱えた男性。

 何人かが彼を囲んでいるが、その隙間から例の段ボールが見えている。

「データベースで検索したら、名前も分かった。だからこいつらと、その仲間を探し出せばいい」

 事も無げにいう名雲さん。

 そして私達の端末に、彼等のデータが送られてくる。

「全員、寮にいないのを確認してある。ガーディアンや委員会連中からの報告は、こうなってる。半分が映像部、残りは移動中。俺達は3人一組で……」


 説明もそこそこに、視線がショウへと集まる。

 彼の端末が、メロディを鳴らし始めたのだ。

「……はい。……ああ、はい。……ええ、今行きます」

 端末をしまい、軽く咳払いする男の子。

「その」

「また呼ばれたんでしょ」

「どうして分かる」

「誰でも分かるわよ」

 私の言葉に、全員が頷く。

「悪い。そっちは任せるから」

「行ってらっしゃい」 

 走り去っていく彼の背中に、手を振る私。

 彼が見ている見ていないではない。 

 振る事に、見送る事に意味がある。

 などと、古風ぶってみた。

「お姫様のお守りも大変だ」

 サトミに聞こえないよう呟くケイ。

 彼ではないけれど、私もそれ程いい気持ではない。

 少なくとも、もうショウのローテは終わっているんだから。

 これ以上拘束される必要はない。

 とはいえ、ショウがそれを断る必要も無いんだけれど。


「それじゃ、振り分けるぞ。舞地、いいな」

「任せる」

 舞地さんは軽く頷き、壁際へともたれた。

 さっきみたいに自分で指示をする場合もあるけれど、大抵は名雲さんに一任している。

 彼女はあくまでも精神的な支えであり、それを自分でも分かっているのだろう。

 無論能力として、名雲さんに負けてないという前提であるが。

「池上、遠野、元野さん。3人は、映像部に行ってもらう。仲間が、そこにたむろしているらしい。そいつらの拘束と、警備本部への連行。抵抗しそうな奴はいないから、大丈夫だろう」

「はい」

 頷くサトミとモトちゃん。

 池上さんは嬉しそうに微笑んで、二人を招き寄せた。

「丹下、柳、浦田。こっちは、男子寮前。爆発が無いと分かった数名が、そっちに逃げてる。どうするかは、丹下に任せる」

「はい」

 きびきびした返事をする沙紀ちゃん。

 柳君はニコニコしていて、ケイは壁にもたれたまま軽く手を上げた。

「残った舞地と雪野は、俺と一緒に爆弾魔探しだ」

「でも、その人達はどうしてそんな事するんだろう」

 柳君の素朴な、そして私も抱いていた疑問。

「爆発でガーディアンを引きつけて置いて、人気が減った所でシスター・クリスを撮影。何なら彼女の前で派手に爆発をさせて、驚く彼女の映像を収める。売るにしろコレクションにするにしろ、結構な価値になる」

 ぼそぼそと呟くケイ。

「理由はどうだっていい。問題は、その連中が爆発物を仕掛けたという事実だ。無差別といってもいい方法で」 

 反対側の壁際にいた舞地さんが、淡々と語る。

 普段キャップで隠れているその眼差しは、射るような鋭さを湛えている。

「容赦はするな」

 感情を押し殺した、いや様々な思いが重なり合った純粋なまでの透明さ。

 理屈ではなく、感情を語る彼女。

 私達は一言も話さない。

 ただ、視線をかわす。

 お互いの気持を、同じ思いを抱く相手に向かい。

「行くぞ」



 3班に別れ、行動を開始する私達。

 目的がはっきりしているサトミ達、少なくとも場所は特定出来る沙紀ちゃん達。

 でも私達は、当ても何もない。

 私は、そう思っていた。

「そんなに難しくない。俺達が爆弾を処理したのは、向こうも掴んでるはずだ。この手の連中は、逆恨みが得意でな。歩いていれば、向こうから寄ってくる」

「危なくないの」

「銃までは持ってない。それ以前に、この状況では持ち込めないさ」

 確かに。

 軍が一人一人のボディチェックから、教棟の全ブロックを見て回っているのだ。

 うかつな物は、そう簡単には持ち込めない。

 そうすると、爆弾はどうやって持ち込んだのか。

 これは、簡単だ。

 一つ一つのパーツなら、危険物とは思われない。

 それを組み立てるのは、少し知識があれば子供でも出来る。

 事前に備品扱いで学内に置いておいて、後からという手口だろう。

「せいぜい、改造警棒かスタンガン。どっちにしろ、問題じゃない」

 無愛想に言ってのける舞地さん。

「怒ってるの?」

「別に」

 素っ気ない言葉。

 いつものそれとは違い、本当に機嫌が悪いようだ。

 代わって、名雲さんが苦笑気味に答えてくれた。


「別に、隠す程の事じゃない。昔、この手の事がよくあってな。関係ない奴がそれに巻き込まれたって、少し想像してみろ」

「……いい気持はしない」

「雪野が気にする事はない。私、……私達は許せない。ただ、それだけだ」

 肩に華奢な手が置かれる。

 小さな、私と同じくらいの。

 彼女の思いを乗せて、その思いが痛いほど伝わる 

 前を行く名雲さんの背中も、そう物語っている。 

 そして、きっと私も……。


 教棟の至る所に軍や警察の警備が配置され、事前のチェックも入念に済んでいる。 

 名雲さんの推測。

 ただ歩いていればいいという考えがどうかなと、思い始めていた時。

 周囲から、警備の人が消える。

 この先は、シスター・クリス達の控え室。

 警備は厳重で、幾重ものチェックが続く。

 現に私達も、少し前までは何度も呼び止められた。

 「ここへ、逃げ込んできたな」

 名雲さんが、ぽつりと洩らす。

 それに頷く舞地さん。

「警備本部にも、映像は渡してあるじゃない」

「その前に逃げ込んでたら、もうお手上げだ。軍は、この辺りでの行動をかなり制限されている」

「多少歓待委員会やガーディアンがいるだろうが、そいつらは通信システムが使えないから同じ事だ。口頭での連絡はあっても、教室を一つ一つチェックする訳にも行かない」

 シスター・クリスの警備嫌いを、逆手に取ったのか。 

 余程の事でない限り、軍や警察は踏み込めない。

 「素人が爆弾持ってます」、くらいでは何ともならない。

 なにせ、紛争地帯へ平気で出掛けていく人達なのだから。

 代わって彼女達を守るガーディアンもいない。

 もしいたとして、爆弾を持つ連中とやり合えるかどうか。

 普通なら、無理だ。


「……俺だ」

 レシーバーに向かって話す名雲さん。

 多少耳元が気になるが、両手はフリーになる。

「……分かった。ああ、そうしてくれ」

 通信を終え、軽く息を吸い込む。

「2人捕まえた。さっきのと合わせて、5人。残りは、7人だ」

 かなりの大声。

 それこそ、廊下の隅々まで響き渡るような。

「……単純な手だけど、一番手っ取り早い」

 今度は声をひそめ、周囲へ視線を配る。

 舞地さんの手は、すでに警棒へ触れている。

「相手は、爆発物を持ってる可能性がある。二人とも、気を付けろよ」

「ああ」

「了解」

 それとなく背中合わせになる私達。

 ドアが一つ、そしてまた一つ開く。

 警棒を持った男を伴って。


 前後から挟まれる格好になる。

 名雲さんの予想通り、7名。

 何の問題も無い数だ。

 爆発物という部分を除けば。

「お前らのやった事は、犯罪だ。学内だけで片付くとは思ってないよな」

 答えは返らず、じりじりと距離が詰められる。

「刑事事件として立件されて、場合によっては軍事裁判もあるぞ。国際法廷に持って行かれる可能性も」

 止まりかける動き。 

 しかし一人の男が警棒を伸ばし、それはすぐに元へと戻る。

「俺達を倒せば助かるなんて思うなよ。軍や警察にお前らのデータは届けてある。ただし、ここで自首すればまだ間に合う」

「無駄だ、名雲。骨の一本でも折れば、嫌でも分かる」

 素っ気ない口調。

 だが却って、それが彼女の本心を物語っていると理解出来る。

「警告はした。この映像も送信中だ。それでも、まだ来るか」

 ついに名雲さんが、腰の警棒を抜く。 

 手首を返し、小気味いい音と共に先端が伸びる。

 この学校のガーディアンが持っている物より、やや細い。

 同じく警棒を伸ばす舞地さん。

 彼女のは、私のスティックと同じくらいの長さを持っている。

 当然私も、彼等に倣う。

 普段なら、いきなりは使わない。

 でも、今は……。


 乾いた音がして、金属片が飛んでくる。

 相手の警棒が、指向性を持ってこちらに弾けたのだ。

 爆発物を扱っていたから、この手の事は軽いのだろう。

 そして私達も、それを避けるのは軽い。

 左右に飛び、壁を蹴って高く舞い上がる私と舞地さん。

 名雲さんは半身の姿勢になり、警棒を振り下ろした。

 すさまじい風圧もあって、彼のスペース分破片が叩き降ろされる。 

 後は放っておいても、後ろへと飛んでいく。

 同時に舞い降りた私達は、上下で打ち込んだ。

 声さえ上げず倒れる男。

 無論、加減はしている。

 こちらが受けた攻撃と、同程度には。


 おそらく彼等には、一瞬の出来事に思えたのだろう。

 だから、動きが完全に止まった。

 背後で、鈍い音がする。

 警棒を受けて倒れ込んだ二人を、名雲さんが真上に蹴り上げたのだ。

 まるで人形のように倒れていく連中。

 その後ろで棒立ちになっていた男が、パニック状態で突っかかる。

 1、2、3……。

 足から首まで、等間隔で蹴りが入る。

 左右で同じ位置を打たれているので、倒れられない。

 止めに前蹴りを叩き込み、息も乱さず警棒をしまう名雲さん。


 それを見届け、私達も残りの3人を見据える。 

 遠慮していた訳ではない。

 意味も分からずにではなく、これから自分達がどうなるかをはっきりと教えるためだ。

 彼等も、悟ったのだろう。

 一人の手が、袖へと消える。

 そこから、ニードル式のスタンガンが発射された。

 ワイヤー付きで、5mは飛ぶ。

 改造法によっては、周囲30cmまで電撃が放たれる。

 無駄だが。

 警棒を振り、ワンアクションでそれを跳ね返す舞地さん。 

 倍の速度で戻っていき、ワイヤーが彼に巻き付いた。

 煙を上げ卒倒する男。

 耐電コーティングは、大抵の警棒にしてある。

 要は、跳ね返す能力と勇気があるかどうかだ。

 残りの二人は、目付きが違っている。

 とにかく私達しか見えていない。

 この先の事など、何一つ考えていないだろう。 

 元々そういう連中だから、あんな所へ平気で爆発物を仕掛けられるのだが。

 彼等の持つ警棒が、気味の悪い音を立てる。

 スタンガンが内蔵されているのだ。

 どうやって持ち込んだのかは不明だが、そんな事はどうでもいい。

 それが振り下ろされる現実の前では。


 胴を薙ぐ。

 一切の技も、フェイントもない。 

 ただ、スティックを横へ流す。

 吹っ飛ぶ男。

 反対側から飛んできた男とぶつかり、二人の間で重なった警棒が火花を散らす。

 崩れ去った彼等に一瞥すら見せず、私は舞地さんと目線を交わした。

 何の感慨もない。

 こみ上げる怒りを抑えるだけで精一杯だった。

 彼女も同じ気持ちなのか、珍しく深呼吸を繰り返している。

 こういう連中の相手だけは、本当にしたくない。

 怖いとか、嫌だという感情ではない。

 ただひたすらに、後味が悪いだけだから。

 彼等の行為に、それを戦う事でしか止められない自分が。

 他に方法が無いのは分かっている。

 だから余計に……。



 目の前を、人が吹き飛んでいく。

 続いて聞かれる、鈍い音。 

 顔を上げると、さっき警棒を爆発させた男が壁に叩き付けられていた。

 あの時は持っていなかった、新しい警棒を床に落して。

「気を付けろと言っただろ」

 いつの間にか私の前に立っていた名雲さんが、真剣な顔で見据えている。

「あ……。ご、ごめん」

「悪い」

 舞地さんも、少し気の抜けた返事をする。

 どうやら彼女も、物思いに耽っていたようだ。


 完全に動きを止めた連中を置き去りにして、私達は来た道を戻っていた。

 後は警備の人達に、今の経緯を連絡すればいいだけだ。

 何となく空気が重い。

 だがそれを破ったのは、やはり名雲さんだった。

「……お前らに怪我でもさせたら、俺の立場がない」

「立場って」

「玲阿に怒られる」

 真面目な顔して、そう答える。

 私は何と言っていいのか分からず、舞地さんに救いを求めた。

 意味を分かってくれたらしく、彼女は名雲さんへ向き直った。

「雪野はともかく、私が怪我をすると何が困るんだ」

「お前も女の子だって事さ。な、真理依さん」

 その何でもない言葉に、彼女は口を閉ざした。

 野性味を湛えた綺麗な顔。 

 どちらかと言えば、無表情な彼女。

 その無表情のまま、頬が赤らむ。

「連絡してないんだろ、あれから一度も」

「する必要がない」

 ぶっきらぼうに言い、先を急ぐ舞地さん。

 怒っているようにも、逃げているようにも見える。

「聞いたら、まずい事なの」

「そうでもないが、他人が話す事でもない」

 小さくなった舞地さんの背中を、名雲さんは優しい眼差しで見つめている。

 仲間を、家族を見守るように。

「別れってのは辛くてな。仲が良くなった連中と離ればなれになるのは、そう楽しい物じゃない。あの時のあいつは何やってるのかなって、時々思い出す」

 その眼差しが遠くなる。

 遥か過去、戻れないあの日へと。

「こうやって流れ歩いてると、そんなのばっかりだ。一度休みを取って、そういう連中に会いに行かないとな」

「行けばいいじゃない」

「これでも、多少は忙しいんだ」

 少しむっとする名雲さん。 

 もっと、簡単に考えればいいと思うんだけど。

 変に深刻振る癖があるからな、この人達。

 でも、会いたい人と会えないのは寂しいだろう。

 私には、きっと無理だ。

 別れは苦手だし、寂しいのも好きじゃない。

 それに、そういうのを好きな人がいるはずもない。

 見えなくなった舞地さんの胸の奥には、一体どんな思いが詰まってるんだろう……。



 私達は警備本部で報告を済ませ、ラウンジで一休みしていた。

 早足で逃げていった女の子は、どこかへ行っている。

 そして前の席には、名雲さんが座っている。 

 少し話し足りない気分だったので。

 多分、彼もそうだったのだと思う。

「他の「渡り鳥」というか、アシスタントスタッフの人とは揉めないの。沢さんみたいに」

「大抵の奴とは仲間だからな。それに沢とだって、別に仲が悪い訳じゃない。例えばあいつと対立する組織に分かれた場合でも、最低限のルールは守ってる」

 何でも「裏切らない、信頼する、助け合う」だそうだ。

 それに名雲さん達は、おかしな相手とは契約しないとの事。

「だから敵味方に分かれても、お互い相手の言い分は分かってる。そういう場合は、両者が協定を結ぶ結果になる。そうじゃない場合も、勿論あるけどな」

「ふーん。殴り合いばっかりしてると思ってた」

「あいつとそんな事出来るのは、柳くらいだ。池上は勿論、俺や舞地でも相手にならん」

 そんなに強いのか。

 そうなると、私達で立ち向かえるのはショウだけかな。

 別に、立ち向かう必要はないんだけど。


「とはいえ世の中ってのは広くて、その沢と互角にやり合える奴が何人もいる。とにかく、普通じゃない」

「大変じゃない、全国を渡り歩くのって」

「好きでやってる事さ。舞地や池上は多少無理してる部分もあるけど、俺と柳は結構楽しんでる」

 男と女の違いだろうか。 

 それとも、性格的な物かもしれない。

 池上さんはともかく、舞地さんってのんびりするのが好きそうだから。

「前も話したけど、俺は親父を目標にしててな。だからあちこちの学校で色んな事を勉強して、少しでも親父に近付きたいって思ってる」

「どういう人だったの。覚えてる?」

「いや。ただ、うっすらとはその背中を見た記憶がある。だから、何だって訳じゃないけど」

 はにかむ名雲さん。

 お父さんを追い続ける小さな子供のような、可愛らしい笑顔。

 きっとショウも持っている、男の子の部分。

「目の前にいないから、美化してるんだよな。頭の中で親父の絵を勝手に描いて。立派で、強くて、でも家族には優しいって」

「……偉いね、名雲さんは。そんな事が想えるなんて」

「ガキなんだよ、俺は」

 苦笑する名雲さん。

 でも素直に自分の親をそう言えるのは、決して簡単な事じゃない。

 大抵は照れたり、何も言わなかったり。

 サトミやケイのような例外はともかく、あまり身内を褒めたりはしない。

 心の中では、そう思っていても。

 私は、口に出せるタイプだが。

「さてと、俺はそろそろ戻る。直衛のローテが、もうすぐだし」

「そういうところは、真面目なのよね。普段の態度は、もっと砕けてるのに」

「人間、けじめは付けないとな」

 引き締まった表情を見せ、歩み去っていく名雲さん。

 私は一人ラウンジに残り、その背中を見送った。 

 大人の男性の背中を。


 彼に惹かれる気持があるのも、正直認める。

 もしショウがいなかったらという、前提が付くが。              


 名雲さんより後に出会っていたらとか、普段一緒にいるとかではなく。

 彼という存在が、この世界に無かったという話。 

 あり得ない話。 

 無論そんな事は、絶対口に出さない。

 好きとか愛してるとかとは、また違う気がする。

 男の子としての感情と、人間的な魅力。

 彼にそのどちらを抱いているのか、自分でも分からない。

 好きという意味が、私の中で消化しきれていない。

 今日シスター・クリスと彼の二人を見ていた時の気持は、もっと分かってない。

 その存在が大きいのを、改めて分かったというだけで。

 だから彼の事では、色々迷うんだけど。











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