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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第39話
444/596

39-4






     39-4




 結局サトミに起こされ、執務室からも追い出される。

 しかし気持ちよく寝たので、気分は良いし体も軽い。

 そうなれば、目指す先は一つしかない。

「実戦系剣術部ってどこ」

「大抵武道館で練習してますけど。どうするんですか」

 私の答えを分かった上で聞いてる青木さん。

 そして私の答えは、勿論決まっている。

「鶴木さんに代わって、私が注意する」

「注意って何を」

「それは行ってから考える」

「冗談、ですよね」

 儚げに笑う青木さん。

 だけど笑ったのは彼女だけ。

 付いてきたショウもケイも、くすりともしない。

 実際、そんなに面白い事を言ったつもりもない。

 笑う気すら起こらないという顔に見えなくもないが。




 どこをどう通ったのかよく分からないまま、武道館に到着。

 背中からスティックを抜き、開けっ放しの扉を潜って中に入る。

「部長か副部長か。とにかく偉い人をお願いします」

 マットの上でへばっている男の子に声を掛けるが反応無し。

 聞いていないのではなく、動く気力もないらしい。

 つまり、最低限そのくらいの練習はしているようだ。

「一人ずつ倒していくとか、言うんじゃないだろうな」

 笑い気味に尋ねてくるショウ。

 それは自分じゃないのと言いたいが、私もそのくらいの心境。

 仮にも鶴木さんの下で過ごしてきた人が、道理にもとるような事をするのは許せない。

 あの人自身の道理が、世間の道理とずれてたのはともかくとして。


 今度はもう少し元気な子に声を掛け、改めて部長を呼ぶようにお願いする。

「どういったご用件でしょうか」

 礼儀正しい応対。

 こちらも姿勢を正し、スティックを低く構えてそれに応える。

「部長とお手合わせを願います」

「え」

 後ろで声を上げる青木さん。

 彼女には悪いが、私は初めからそのつもり。

 少なくともここで、言葉のやりとりは必要ない。

 必要なのは己の力、それのみだ。

「……分かりました。少々お待ち下さい」

 若干戸惑いつつも、こういう輩には慣れているのかすぐに取り次いでくれる男の子。

 後は体を解し、戦いに備えるだけだ。


「どういう事ですか」

 さすがに不安。

 もしくは不満そうな声で尋ねてくる青木さん。

 私だったら、スティックを振り回しながら聞いている所だろう。

「理屈じゃないのよ、これは」

「ケンカしに来たんじゃないんですよ」

「それは分かってる」

「分かってる?何を?」

 完全に冷静を欠く青木さん。

 勿論それは、私が彼女の冷静さを欠かせているのだけど。


 青木さんが悲鳴でも上げそうな顔をしている所に、ようやく部長が現れる。

 黒沢さんから聞いていた通りの、小柄な子。

 以前手合わせをした事もある、二刀流の。

 彼女は今も左右の腰に木刀を差し、私と視線を合わせて不敵に微笑んだ。

「道場破りですか」

「そう取ってもらって結構」

「鶴木さんがいれば、黒沢さんに協力していると?」

 私の考えもすでに承知済み。

 こうなると分かった上での振る舞いという事か。

「私も鶴木さんから、このクラブを預かった身。たやすく身を委ねる訳には行きません」

「それで」

「仰る通りお手合わせして、力を示してくだされば結構です。必要なのは力のみですから」

 私と全く同じ考え。

 日常生活においては、そんな事は思わない。

 力だけに頼るという事は。


 だけど彼女が所属しているのは実戦系剣術部で、ここは武道館。

 求められるのは、己の力のみ。

 議論を交わす余地は無い。

「武器は何を」

 素手で良いと答えようとも思ったが、彼女に敬意を表してスティックを担ぐ。

 これはすでに、私の体の一部。

 無論鶴木さんの教えも、私の体に溶け込んでいる。

「木刀でも良いけどね」

「そちらの方が慣れているでしょう」

「強度が違うから。冗談抜きで、簡単にへし折れる」

 挑発でもなければ、自慢でもない。

 素材や構造が本質的に木刀とは違い、これは物を破壊するために作られた道具。

 木刀も勿論固いが、それは人間の手足に比べればという話でしかない。

「結構です。私も、木刀に慣れてますから」

 あくまでも譲らない彼女。

 それなら私が言う事は何もない。


 無言で距離を置き、青眼に構えて向かい合う。

 開始の合図は必要ない。

 彼女が目の前に来たその瞬間から、私は戦う姿勢を整えている。

 それはまた、彼女も同じだろう。

「せっ」

 臑への鋭い一撃。

 当たれば骨折するような打撃をバックステップでかわし、頭上に振り下ろされた木刀をスティックで受け止める。 

 相手は二刀流。

 それも長い木刀の。

 巨人と戦っているような物で、リーチだけを考えればショウ以上。

 また片手で木刀を振り回すだけの体力を、彼女は持ち合わせている。

 長く打ち合えば、その体力がない私には不利。

 戦いを楽しみたい気持ちもあるが、今は勝負に徹するべきである。


 スティックを低く構え、タックルの要領で彼女に突っ込む。

 まずは突きを紙一重でかわし、横から薙いでくる木刀を下からスティックで跳ね上げる。

 木刀が長い分、懐は手薄。

 そう思った途端突いていた木刀の束が、鼻先に飛んできた。

 肘を振って強引にそれを押しのけ、前蹴りを膝でブロック。

 その上に飛び乗り、頭上へスティックを振り下ろす。


 木刀を交差させ、それを防ぐ彼女。

 スティックは木刀をへし折り、そのまま彼女を床へ押しつぶした。



「くっ」

 折れた木刀を、そのまま突き立てて来る彼女。

 ささくれだった先端が頬をかすめ、かすかな痛みを感じる。

 同時に全身の血がたぎり、逆に意識は醒めていく。

 元々ルールなどはなく、それはあくまでお互いの了解のみ。

 彼女がそれを望むなら、私は応えるだけ。

 だからこそ体は熱くなり、心は戦いに備えて冷静さを取り戻す。


 顔に膝を落とした所で、鳩尾に前蹴り。

 それではね飛ばされた勢いを利用して、前方宙返り。

 彼女の頭の上に降り立ち、今度はスライディング。

 逃げていく彼女の肩にかかとが当たり、動きが鈍くなる。

 その隙をつき、スティックで足を払い再度突進。

 投げられた木刀を肩で受け、スティックを上段に構えて振り下ろす。



「そこまでだ」

 静かに響くショウの声。

 その声が掛かる前にスティックを止め、背中のアタッチメントへと戻す。

 お腹は若干痛いが、スタミナ以外は特に問題はない。

 対して彼女は折れた木刀を頼りに立ち上がるのがやっと。

 青木さんの手を借り、ようやく姿勢を正す事が出来た。

「完敗です」

 少しの悔しさを滲ませ、しかしそう認める彼女。 

 私から言う事は何もなく、ただ頭を下げるだけ。

 ここまで熱くなったのは久し振り。

 むしろその事にお礼を言いたいくらいだ。


 部長は改めて頭を下げて、私と青木さんに微笑みかけた。

「負けてしまったからには仕方ありません。実戦系剣術部として、黒沢代表に従います」

「ありがとう」

「私も、まだまだですね」

「武器の性能差でしょ」

 これは謙遜でも何でもない。

 初めに言った通り、スティックと木刀では強度が段違い。

 木刀が折れなければ、あの後の展開も当然違ってくる。

 その時は私が床に倒れていても、おかしくはなかったはずだ。

「剣道部にも話を通しておきます。多分、黒沢さんに協力してくれると思います」

「分かった」

「やっぱり雪野さんは違いますね」

 気のせいでなければ、尊敬の眼差し。

 私としては大した事をしたとも思えないが、そう思ってくれるのは嬉しい限りである。

「また機会がありましたら、お願いします」

「私でよければ」

 軽く握手を交わし、再戦を誓う。

 血がたぎり、己の全てを掛けて挑むような戦いを。




 武道館を出た所で、げらげらと笑われる。

「馬鹿じゃなかろうか」

「何がよ」

「話し合いだろ、黒沢さんやモトが言ってたのは」 

 そんな事は言われなくても分かってる。 

 分かってるけど、世の中理屈だけでは通用しない事もある。

 と、思う。

「ずっとこの調子で回るんですか」

 何とも不安げに尋ねてくる青木さん。

 勿論そんなつもりはなく、今回はあくまでも例外。

 実戦系剣術部。

 鶴木さんが以前部長を務めていたから。

 何より、各部の説得は私の役目ではない。


 という訳でにこりと笑い、彼女の不安を払拭する。

「大丈夫」

「雪野さんって良く大丈夫って言いますけど。何が大丈夫なんですか」

 結構真剣な顔尋ねてくる青木さん。

 それは私も知りたいな。

「雪野さん?」

「え?ああ、大丈夫。問題ない」

「え、何が?」

 堂々巡りする話。

 いや。私が一人で回っているだけのような気もするが。



 青木さんの追求から逃れるように歩いてると、道に迷った。

 迷ったというのは、ここが根本的にどこか分からないという事。

 それが分かるなら、私の中では迷ってる内には入らない。

 人からすれば、その時点で迷子なんだろうけどさ。

「もうすぐ空手部の道場がありますけど」

 今すぐ引き返したいとでも言い出しそうな青木さん。

 少なくとも私は、空手部に関わりはない。

 私は。

「日を改めて、今度は黒沢さんと一緒に来て下さい」

「青木さんがいるじゃない」

「私には、荷が重いです」

 何もそこまでの仕事とは思えないし、責任を背負わせてるつもりもない。

 たた彼女からすれば、ゴムタイヤでも引きずってるくらいの心境なんだろうか。

 誰がゴムタイヤかは、この際気にしないでおくが。


 あまり納得は行かないが、来た道を引き返す。

 引き返したらどこへ行くかは、私には分かっていない。

「教棟に出るんだよね」

「え?」

「いや。引き返してるからさ」

「この先は西門で、一旦そこから出た方が早いです」

 並木道の先に見えてきた塀を指さす青木さん。

 こんな道があった事自体初めて知った。

 第一西門なんて、春に襲撃の下見で来たくらいだから。

「2年間通ってましたよね、この学校に」

「来た事のない場所もたくさんあるんだって。青木さんも全部は把握してないでしょ」

「それはそうですけど。でも、西門ですよ。西門」

 二回言われなくても分かるし、何が西門かという話。

 学校にある大きな通用口は正門と、それ以外の方位にある門の計4つ。

 それか学校の外周を走る運動部の生徒だと、ここを利用する機会もあるはず。

 だったら、私が知らなくても不思議はない。



 そして、運動部が今利用するのも不思議ではない。

 正門から校内に入ってくる道着姿の集団。

 でもって私達を見ると、足を止めて下がり始めた。

「……私は知らないわよ」

 青木さんの疑うような視線にそう答え、ショウを見る。

 彼はすぐに顔をそらし、自分は知っていると告げた。

「まあ、なんだ。空手部とはちょっと」

「ちょっとどころじゃないでしょ。とにかく、私は知らないから」

「人の事言えるのか」

 真上から声を掛けてくるショウ。

 彼に飛びかかろうとした所で、空手部は背を向けて逃げ出した。


「ほら、逃げたじゃない」

「逃げるってどういう事だ」

 舌を鳴らして走り出すショウ。

 でもって何をするかと思ったら、先頭に回り込んで彼等を止めた。

 どう止めたかとか何を言ったかは、離れているここからは全く不明。

 分かっているのは、空手部がとぼとぼとこちらに歩いて来た事。

 青白い、さながら刑場に向かう囚人のような顔で。


 私達。

 というよりは、青木さんの前に並ぶ空手部の一行。

 そして代表らしい一人が前に出て、もそもそと喋り出した。

「済みませんでした」

 ……全く意味が分からない。

 謝られる理由がないし、第一何もしていない。

「いや。謝られても困るんだけど」

「本当、済みません」

 冗談で言ってる訳ではなく、表情は至って真剣。

 それこそ、土下座でもしかねない勢い。

 だが謝られたからといって、こちらからはどうしようもない。


 そんな私達以上に困惑する青木さん。

 私はまだ空手部とショウの因縁を知ってるので、彼等が低姿勢になる理由は理解出来る。

 謝られても困るのは同じだが。

「明日までに、有り金持ってこい。貯金も何もかもだ」

 いきなり、吹き出しそうな事を言い出すケイ。

 これには空手部のみならず、青木さんも目を丸くする。

「そ、それは」

「無理なら、指を詰めろ」

 地面へ放られる包丁。

 後ろの方で叫び声が上がり、尻餅を付く子まで現れる。


「い、いや。それも」

「仕方ないな。だったら、これから空手部は何でも彼女の言う通りに行動しろ」

 笑顔で指を差される青木さん。

 あくまでも、もう少し愛嬌のある顔をすると思うけどな。

「言う通りって。だけど」

「文句がある奴から前に出ろ。親指からやってやる」

 喉を鳴らして激しく頷く代表の子。

 ケイは包丁を拾い上げ、刃で手の平を叩き出した。

「分かった奴から消えろ」

 悲鳴を上げて逃げていく空手部。

 後に残ったのは虚しさと馬鹿馬鹿しさだけ。

 というか、この包丁をまだ持ってたのか。



 ようやく我に返り、ケイへ詰め寄る青木さん。

 しかし話は済んだ後。

 今から何を言おうと、相手は聞く耳を持たないだろう。

「どうして私が」

「だって、SDCだろ」

「そうですけど。どうして」

「もういいよ。あーあ、話し合いって素晴らしいな」

 馬鹿げた詠嘆をするケイ。

 どう考えても話し合いの欠片もないやりとり。

 土佐犬を見て、可愛い三毛猫ですねと言ってるような物だ。

「本当に、お願いしますよ」

 何故か私に頼んでくる青木さん。

 この場合元々空手部が怯えたのは、ショウに対して。 

 その後彼等を脅したのはケイ。

 私は一切関わってない。

 しかし青木さんは聞く耳を持たないらしく、私を悪の元凶かのような目で見つめてくる。

「私は知らないって。それに、協力してくれるから良いじゃない」

「話し合いですよ、話し合い。話し合いの意味って分かってます?」

 三回言わなくても分かってる。




 青木さんから責め立てられながら、やっとSDCの代表執務室へ戻ってくる。

 でもって、サトミと黒沢さんに仁王立ちで出迎えられる。

「何がしたいの、あなたは」

 聞き飽きたよ、その台詞は。

 なんて答えられる訳もなく、適当に頷きショウとケイを前に出す。

「今回に関しては、私は関係ないからね」

「ユウは、責任者でしょう」

「何の」

「私達で一番地位が高いのはユウ。そして地位が高い人が責任を取る。当然の事じゃない」

 随分嫌な話になったというか、時の流れを感じてしまう。


 昔は何も考えず、思った通りに行動をしていれば良かった。

 責任を取るのは塩田さんであったり、物部さんであったり。

 それかモトちゃんであったりして、 余程で無い限り自分達が誰かの代わりに責任を取るなんて事はあり得なかった。

 それが今は、当然とまで言われている。

 つくづく、時は流れたなと感じて……。


「聞いてるの」

 耳でも掴んできそうな顔で睨み付けてくるサトミ。

 感慨に耽っていて聞いてなかったとは答えず、もごもご言って適当に頷く。

「とにかく、実戦系剣術部と空手部は協力してくれる」

「脅した結果、でしょ」

 嫌なところにこだわる黒沢さん。 

 向こうからすれば、自分達こそ嫌になってくると言いたいのかもしれないが。

「結果が良ければ、それで良いんだって。誰も困ってないでしょ」

「誰も?」 

 裏返る声。

 大きく見開かれる瞳。

 黒沢さんと青木さんは手を取り合い、見慣れぬ生き物と出会ったかのような視線を向けてきた。

「少なくとも、実戦系剣術部と空手部は困ってるのではなくて?」

「大丈夫」

「何が」 

 そんな事は知らないし、今更深く考えたくない。

 第一戦った後で、まだお腹も痛い。

「少し寝る」

「え?}

「すぐ起きるから、タオルケットお願い」

「誰か、助けてっ」

 とうとう悲鳴を上げる黒沢さん。

 そこまで変な事を言ったつもりはないけどな、自分自身としては。




 ぐっすり眠り、気分も最高。

 私を見下ろしている人達の気分はともかくとして。

「どうなった?」

「お菓子が届いてるわよ」 

 サトミが差し出したのは最中とケーキ。

 お中元はもう過ぎたはずだけど、もらえる物はもらっておこう。

「で、これ何」

「……あなたは、今何を聞いたの?」

 単語の意味は理解出来たが、まだ半分寝ているので状況は良く分かってない。

 お菓子をもらうような理由、か。


「ああ、空手部」

「何したの、あなた」

「私は見てただけだから。文句はケイに言って」

 ケーキの箱を開け、チーズケーキを確保。

 起きてすぐにケーキを食べるなんて、ちょっとしたお嬢様気分だな。

 随分安っぽいお嬢様とは思うけどさ。

「何でもやりますって言ってきたわよ、空手部の代表が」

「言うだろうね。私でも言う」

「話し合いって、初めにモトや黒沢さんから聞かなかった?」

「だから、私は関係ないんだって」

 あくまでも無関係を主張するが、サトミが矛先を収める様子はない。

 でもって視界の隅に、正座しているショウとケイの姿が見えた。

 間違ってもケーキは食べて無く、黒沢さんと青木さんから何か言われている。


 さすがに正座はしないが、ケーキを食べるのは一旦止める。

 冷房が効いてるはずなのに、変な汗が出てきたな。

「もう一度言うわよ。あなたはもう、自分の事だけをやっていれば済む時は終わったの。これからは他の人の面倒を見て、指導して、その責任を見る立場なのよ」

「いまいち実感がないんだよね。それにショウ達は、自分達で責任を取るべきじゃないの」

「だから取ってるじゃない」

 正座している二人に冷ややかな視線を向けるサトミ。

 こういう責任の取らせ方もどうかとは思うけどね。

「今回はともかく。1年生や2年生の場合だと、確実にユウが責任を取る立場になるんだから」

「向こうが悪くても?」

「悪くても。今までそうだったでしょ」

 冷ややかに言い放つサトミ。


 因果応報。

 悪行はそのまま自分に返ってくる。

 いや。そこまでひどいとは思わないが、塩田さんの嘆きが今になって分かるようになってきた。

「塩田さんって、よく怒らなかったね。怒ってたけど、大爆発なんてしなかったでしょ」

「あの人も、自業自得なんでしょ」

 それもそうか。

 話に聞いてる限りでは、塩田さんも私達と同類。

 昔は暴れるだけ暴れて、屋神さんに迷惑を掛けていたという。

 だったら文句は言っても、頭ごなしに怒る事は出来なかったんだろう。


「だからこそ、その連鎖をここで断ち切らないと」

「そんな大げさな話なの」

「幸い後輩に、そういう伝統はあまり受け継がれてないもの」

「御剣君は?あの子はあの子で相当だよ」

 暴れるという意味では、多分私達以上。

 私から見ていても、よくそこまでやれるなと思う時もある。

「あの子は力の使い加減を分かってないだけ。ユウとは違うのよ」

「何が違うのよ」

「あなたやショウは、意味が分かって行動してるでしょ。あくまでもその後の結果を深く考えないだけで」

 なるほどと頷けるような話。

 ただその話を前提にするなら、私達は御剣君よりひどいという事になる。

「とにかく模範になりなさい、模範に」

「そういう柄じゃないんだけどな」

 大体視線の先にあるのが、正座で説教を受けているショウとケイ。

 こういう人達が周りにいて、模範も何も無いと思う。



 それでも説教はようやく終わったらしく、足を揉みながら二人もこっちへとやってくる。

「大変だったね」

「結果的に空手部は協力するんだし、問題はないだろ」

 何かすごい事を言ってくるショウ。

 正座をして怒られて、それでもこの台詞が普通に出てくるのが玲阿四葉という男。

 本当に、格好良い以外の言葉が見つからないな。

「あの二人、覚えてろよ」

 でもってこっちは、救いがたいな。




 翌日。

 バスを降りて正門へと歩いて行くと、後ろから声を掛けられた。

「おはようございます」

 礼儀正しく挨拶をしてくる真田さん。

 この子は手間も掛からなければ、度が過ぎた事もしない。

 ただそれは私達の薫陶によってではなく、本人の性格や資質によるもの。

 そう考えると、こっちが何をしようと関係ない気もしてくる。

「どうかしましたか」

「私は、人を指導する柄ではないなって」

「指導。誰が」

 何も、そんな真面目に聞かなくても良いと思う。

 大体、そこまで変な事も言ってないと思う。

「いや。私も先輩としてそういう立場にあるって、サトミが言うから」

「意味としては分かりますけどね。立場としても」

「だったら、何が分からないの」

「やっぱりある程度の経験や下地がないと、いきなり指導すると言っても無理でしょう」

 非常に理屈の通った話。

 それもそうかと思いながら正門をくぐり、教棟へ続く並木道を歩いていく。


 確かにやった事が無いのに、今更やる方が無理な話。

 聞いて良かったというか、参考になった。

 ただこうなると、誰が先輩で誰が後輩かとも思えてくるが。

「私だけ駄目って事?」

「遠野さんも玲阿さんも、タイプではないでしょう。玲阿さんは人が良いからまだしも、遠野さんは自立独立型ですし」

 なかなかに冷静な分析。

 サトミも聞けば答えるが、自分から教えるタイプでは無い。 

 何より元々のレベルが高いので、教えを請うにもそれなりの水準が必要となる。

「ケイは」

「2年生には、意外と受けが良いようです」

「冗談でしょ」

「旧連合はともかく。生徒会内には、彼の信奉者みたいな子が結構いますからね。浦田チルドレンと呼ばれてます」

 随分嫌な子供達というか、一概には信じられない話。

 どうにも納得が出来ないな。



「どこ行くんですか」

「え」

 気付くと目の前に、「この先大学。高校生は立ち入り禁止」の立て看板が立っていた。

 向かおうとしていたのは、以前の一般教棟。

 昔の名残なのか、J棟へ行こうとしていたようだ。

 正門からの通路は途中でいくつかに分岐していて、右へのコースは基本的に大学へと続く。

 その通路はフェンスやバリケードで半分くらいふさがれ、通れない訳ではないが立ち入りを制限しようとしている意図が伝わってくる。

「変わったよね。この学校も」

「ああ、通行止め。確かに前は、向こう側も高校でしたから」

「私も来年の今頃は、向こう側にいるんだよね」

「だといいですね」

 いまいち薄い反応。

 先輩と離ればなれになりたくない。という訳ではなさそう。

 ただこちらは、一度退学した身。

 自分でも、絶対に向こう側にいるとは言い切れない。

「真田さんは東京へは戻らないの」

「生活のリズムが多少合わなくて。大学へ進学する時、もう一度考えます」

「先を見てるんだね」

「そこまで立派な話でもないですよ。夢を追いかけてるだけに過ぎません」

 軽く言ってのけ、通路を引き返していく真田さん。

 私に出来るのは、ただその背中を追うだけ。

 つくづく自分の小ささ。

 考えの無さを思い知らされる。



 教室へ入り、席について筆記用具を並べる。

 日々を漫然に過ごしているとは言わないが、彼女ほど考えて生きてないのも確か。

 とてもではないけど、彼女の前で先輩ですと胸を張る自信は無い。

 やっぱり私には、そういう事は似合ってないんだろう。

「重いわね、朝から」

 そう声を掛け、後ろに座るサトミ。

 自分で重いつもりは無かったが、ああいう事があった後で明るく振る舞える程は脳天気でもない。

「やっぱり私は、先輩ってタイプじゃないみたい」

 彼女に真田さんとの会話を説明し、手の中でペンを回す。

 それはサトミも耳の痛いところがあったらしく、答えはすぐに返っては来ない。


 私達が、いわゆる一般的な先輩像から離れているのは確か。

 先輩の範として見てきたのが塩田さん。

 それ以外に参考とする人が殆どいなく、また後輩も殆どいないため指導のしようがなかった。

 結果先輩としての経験なければ、振る舞い方自体よく分かってない。

「私達には無理なんだって」

「決めつけるのもどうかと思うけど。それに2年の間は、渡瀬さん達がいたじゃない」

「いつも一緒にいた訳ではないし、あの子は沙紀ちゃんの後輩でしょ」

「難しいわね、これは」

 さすがの彼女も、数式を解くようには解答が見つからない様子。

 私はすでに、匙を投げた状態。


 何より初めから、先輩としての自覚も無ければ気概もない。

 後輩である渡瀬さん達を守る意識はあるが、率いたり指導するつもりは殆ど無い。

 今更彼女達に教える事はないし、あの子達はすでに自分の足で歩いている。

 私達が、脇から声を掛ける必要はないと思うくらいだ。

「難しい顔してるわね」

 爽やかな笑顔と共に登校してくるモトちゃん。

 彼女と木之本君は、私達の中では例外。

 中等部の頃から上下関係の中で過ごしてきて、今も大勢の後輩に慕われ先輩達から頼りにされている。

 私達の悩みとは無縁の存在で、先輩とは何かとは考えるまでもなく意識すらしてないはず。

「私達は、先輩って柄じゃない」

「急にそんな事を言われても困るけど。何かあったの」

「特にないけどさ。そういうのは無理って分かった」

「特別変わった事をする必要はないわよ。ありのままのあなた達を後輩に見せてもらえれば、それで」

 頼もしい、ゆとりに満ちた発言。

 これには、私もサトミもただ頷く以外にない。



 二人して沈んでいると、ショウと木之本君も登校してきた。

 ショウはともかく、木之本君も立派な先輩。

 私自身、彼におんぶにだっこ。

 そんな事を考えると、ますます沈んでくる。

「何かあったの?」

「自分は小さいなと思って」

「何が」

 慎重に尋ねてくる木之本君。

 別に、背の事は言ってない。

「何でも無い。あーあ」

「大丈夫?」

「私はいつでも大丈夫」

「だといいけど」

 不安そうな視線。

 しかしモトちゃんが首を振り、これ以上は触れない方が良いと思ったのかすぐに後ろの席へ着く。



 それではこっちが収まらず、席を立って木之本君の机を叩く。

 ペンが少し跳ね上がったけど、そのくらいは許してもらおう。

「だってさ。今更先輩とか後輩とか言われても」

「僕は何も言ってないよ」

「ああ、そうか。とにかく、私はそういうタイプじゃない」

「そうかな」

 笑顔で小首を傾げる木之本君。

 買いかぶりすぎだと言いたいが、自分で言うのも結構間が抜けている。

「私は、自分の面倒を見るので精一杯だから」

「特に何もしなくたって、雪野さんは良いと思うけどね」

「どうして」

「その存在自体が、みんなの模範になってるよ」

 派手に筆記用具を落とすモトちゃん。

 そこまで変な事は言ってないと思うけどな、多分。



 やがて村井先生がやってきて、この話は打ち切り。

 どちらにしろ私には向いておらず、木之本君も好きにしろと言った。

 いや。好きにしろとまでは言ってないが、敢えて何かをする必要はないらしい。

 とにかく、そういう事にしてもらおう。




 昼休み。

 食堂へ入ろうとしたところで、張り紙を発見。

 松茸定食。数量限定とある。

 これは事前の情報が無く、自然と足も速くなる。

 どうしても食べたいとは思わないが、限定と書かれてはやはり弱い。


 カウンターにはすでに行列が出来ていて、松茸定食が次々と出されていく。

 私も最後尾に取り付き、背伸びして厨房を確認。

 見えないので、すぐに止める。

 その間に隣の列。

 つまり普通の食事を出すカウンターは、スムーズに列がさばかれていく。

 それは結構ストレスになるが、今更列を変えるのも結構馬鹿らしい。



 ようやく自分の番が回ってきて、にこりと笑ったら松茸定食がカウンターに置かれた。

 申し訳程度に使ってる感じだが、そこはそれ。

 例えこれが椎茸でも、松茸という響きを聞いた時点で私の中では完結している。


 ニコニコしながらサトミ達が確保していたテーブルへ向かうと、一人の少女とすれ違った。

 顔は見覚えがあり、ただ名前は出てこない。

 私には、良くある事だ。

 向こうもそれは同じらしく、私を見るとすぐに頭を下げてきた。

「ご無沙汰しています」

 丁寧な口調と態度。

 どうやら2年生らしい。

「もう、売り切れました?」

 松茸定食に熱い視線を注ぐ彼女。

 振り向いた先には、「完売」の文字が飛び込んでくる。

 たかが松茸。

 世の中には、これより美味しい食べ物はいくらでもある。

 ましてどれほども松茸は使われておらず、あくまでも風味付け程度。

 それでも欲しいと思えば、どこまでも欲しくなるのが人情だ。

 例えばさっきの私のように。



 トレイを差し出し、彼女が受け取ったのを確かめカウンターの列に並ぶ。

 今日はやっぱり、中華にするか。

「え、良いんですか」

「絶対食べたいって訳でもないしね」

「済みません」

「気にしないで」

 軽く彼女の肩に触れ、恐縮する気持ちを和らげる。

 ご飯一つでこれだけ思ってくれるなら、別に惜しい事は何もない。

 見ているだけで十分堪能したし、今度は中華。

 二度楽しめるような物だ。



 トレイをテーブルにおいて手を合わせ、肉団子を頬張る。

 程よい甘酢の加減と弾力のある肉団子。

 中にはウズラの卵が入っていて、思わず笑ってしまいそうになる。

「はは」

「楽しそうね」

 苦笑気味に見つめてくるサトミ。

 そこまで気楽な表情をしてたのかなと思いつつ、自分の頬を軽く撫でる。

「ご飯も譲るし」

 それこそ奇跡ねとでも言いそうな顔。

 食べる事にはこだわるが、そこまで固執はしないと思う。

「それとも先輩としての威厳」

「そんな大げさな話でもないでしょ。大体あの子、誰」

「前あなたが助けた、総務局の子。塀を一緒によじ登った」

 相変わらず、私より私の事に詳しいサトミ。

 とにかく、人の顔は覚えられないな。


 卵スープをちまちまとすすり、ご飯を食べて満足する。

「いらないのか」

 殆ど手つかずの餃子を見つめるショウ。

 いらないとは言ってないけど、今更食べますと言い出せる雰囲気でもない。

 仕方なく皿を彼のトレイへ移し、ついでに肉団子も移す。

 後はザーサイさえあれば十分だ。

「そういう欲は無いわよね」

 くすくすと笑うモトちゃん。

 確かに食べたいという意識は強いが、一口食べれば精神的にも肉体的にも満足。

 残すくらいなら誰かにあげた方がましで、幸い私の近くにはショウがいる。

 これはショウでなくても、あまり違いは無い気もする。


 最後は杏仁豆腐。

 これも一欠片二欠片食べれば十分。

 後は器ごとショウへ渡し、後片付けをする。

「……さっきは、ありがとうございました」

 丁度手を合わせたところへやってくる、さっきの女の子。

 どうでも良いけど、なんか拝んでるみたいだな。

「気にしないで。たまたま手に入っただけだから」

「優しいんですね」

 目の前でお茶を吹き出すケイ。

 後で絶対に制裁だ。

「そうかな」

「みんな言ってますよ。雪野先輩は優しくて可愛いって」 

 とうとう床へ転がり、涙を流すケイ。

 それはどっちも大げさだ。


「私は今予算局に出向してますので、良かったら一度遊びに来て下さい」

「分かった。新妻さんにもよろしく」

「はい。では、失礼します」

 笑顔で手を振り去っていく女の子。

 以前の薄さや陰った雰囲気はなく、どこにでもいる清楚な女の子という印象。

 むしろ、あの時が不自然だったのかも知れない。

「あー、死ぬかと思った」

 涙を手で拭いながら起き上がるケイ。

 だったらいっそ、本当に死んでもらおうかな。




 放課後。

 仮に社交辞令としても誘いは受けたので、予算局へとやってくる。

 ここの警備は、以前同様に厳重。

 ガーディアンよりも警備員の方が多く、全員銃を所持。

 発射されるのはゴム弾だと思うが、逃げ場も満足にない廊下や室内。

 至近距離用と割り切れば、撃つ側の精神的な負担もない良い武器だと思う。

 私は撃たれる側なので、あまり歓迎したい武器でもないが。


 どこに行けば良いのか分からないので、総務課の受付で話を聞く。

 私は知らないが、向こうはこっちを知っている様子。

 妙に愛想の良い笑顔で、案内を買って出てくれた。

「迷ったら困りますからね」

 くすくす笑う女の子。

 私にとっては笑い事ではないし、どうしてそこまで知ってるのかと思うくらい。

 一応、スティックは手に持っておこう。


 廊下を進んで辿り着いたのは、主計課の受付。

「予算の配分を決める部署よ」

 小声で教えてくれるサトミ。

 受付のカウンターの奥には机がいくつも並び、生徒に混じって大人が卓上端末に向かっている。

 生徒会でも他の局には無い光景。

 ここに所属する生徒はほぼ公務員と同じ立場で、生徒会と考える方が難しいかも知れない。


「来て下さったんですね」

 明るく笑い、私達を出迎えてくれる少女。

 案内してくれた女の子は軽く手を振り、すぐに引き返していった。

 統制の取れた空気。

 ただ闇雲に厳しいという印象もない。

 前はもう少し、緩い感じだったはずだが。

「なんか、カチッとしてるね」

「かち?」   

「規律正しいという意味よ」

「そう、それ」

 二度手間という気もするが、それは今更。

 少女は「ああ」と呟き、受付の上にあったパンフレットを几帳面に並べ直した。

「普通だと思いますが」

「ふーん」

「ユウがルーズすぎるのよ」

「あのね」

 否定しようと思ったが、否定する根拠がないので止めた。

 ルーズで何が悪いのよ。


 彼女は忙しいらしく、私達に構う余裕もなく仕事をこなしていく。

 見ている限り暇そうにしている生徒も大人もどこにもおらず、とはいえ無意味に忙しく振る舞ってる訳でもない。

 あくまでも必要な事を、最小限の人数でこなしている様子。

「元気みたいで良かった、のかな」

「その内、後輩に追い抜かれるわよ」

「もう抜かれてるでしょ」

「まあね」

 そう呟き、受付に背を向ける。


 私がいなくても、後輩は育っていく。

 彼女とのつながりはわずかだったが、それでも後輩は後輩。

 その成長は私にとっても嬉しい限り。

 今の私に出来るのは、彼女を見守る事くらい。

 その幸せを、ただ喜ぼう。





    







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