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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第39話
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39-3






     39-3




 翌日。

 サトミと一緒に登校し、正門で生徒や教職員の挨拶を受ける。

 これも過剰でなかったり押しつけがましくなければ、爽やかですがすがしい。

 何事も程々が大切だと思う。


「おはよう」

 気だるそうに声を掛けてくる七尾君。

 彼はそれ程積極的ではなく、むしろここから逃げたそうな様子。

 気持ちは分からなくもない。

「武器を持ってここを素通りする生徒がこの前いたけど。ああいうのは良いの?」

「良くないよ」

 七尾君がごく普通に答えてた矢先。

 長い袋を抱えた生徒がやってきた。

 柄の悪い、どう見ても部活とは無縁なタイプ。

 しかし正門を潜る前に七尾君と目が合い、そのまま引き返していった。

 どうやら、相手がどう行動するかを分かっているようだ。


 ただこれも、問題といえば問題。

 七尾君がいつもここにいる訳ではなく、いない時はこの間のような事になる。

 普遍性というのか、汎用性というのか。

 ガーディアンなら、誰でも相手がその力を信じてくれる事が必要。

 それが出来れば、苦労しないのだけど。


 馬鹿が引き下がったところで、七尾君に改めて尋ねてみる。

「ああいうのは、どうにかならないの」

「地味に実績を積んで行くしかないよ」

 どこかで聞いた話。

 結局は、これか。

「なんか、納得出来ないんだけどさ」

「分かるけどね。一応今は、新生草薙高校だから」

「前とは違うって事?」

「先輩に感謝かな」

 そう言って、明るく笑う七尾君。

 確かに彼等の努力、積み重ねてきた実績があればこそガーディアンは信頼されてきた。

 また、その下地もある。

 私達は一から始める必要はないだけ、まだ楽とも言える。



 そうなると、初めてガーディアンを組織した人はつくづく偉いと思う。

 昔はそれこそ学内に銃が横行してたとも聞くし、治安の悪さは今の比ではない。

 多分何もかもが困難で、組織を作り上げるだけでも一苦労だろう。

 それに比べれば、私達の苦労など苦労に入らない。

 比べればの話だけどね。




 何となく付き合いで、七尾君の隣に並び様子を窺う。

 どうやら知名度は抜群らしく、面と向かって逆らう生徒は一人もいない。

 態度が悪い生徒も彼を見るとすぐに大人しくなり、顔を伏せてあっという間に正門を通り抜けていく。

「これからは、七尾さんって呼んだ方が良いのかな」

「まさか。雪野さんに比べれば、全然」 

 この場合は、何と比べてるのかは分からない。

 あまり分かりたくもない。

「何しろ伝説だから」

「小ささが?」

 自分で言って笑っているサトミの脇腹を掴み、ストレス発散。

 確かに、自分でも驚くくらい小さいけどさ。

「半年前の学校との戦い。リーダーは元野さんだけど、象徴は雪野さんだから」

「それなら、顔くらい覚えてるんじゃないの」

「縮小した時に半分は地元の高校へ転校したし、3年は卒業。1年生は、新入学生だからね。雪野さんを知ってるのは2年と3年の半数。それと、1年生で南地区から繰り上がってきた子じゃないの」

「なるほど」


 つまりかなりの人が、私を知らない訳か。

 新しい生活を送る。

 新しい自分として生まれ変わるチャンス。

 これを機に、新雪野優として過ごすのも悪くない。

「今更、変われる訳無いわよ」

 人の心を読んだかのような発言。

 思わず睨み付けるが、すぐに鼻先へ指を突きつけられた。

「まずは、睨むのを止めたら」

「どうして」

 そう答えた所で、自分の中で答えが出る。

 これでは、変わるどころの話ではない。

「人間、そんな簡単に変わる訳無いって」

「それもどうなのかしら」

 しみじみと呟くサトミ。

 ころころ変わるよりは良いと思うけどな。

 まあ、悪い部分が残ったままもどうかとは思うけどさ。



 少し考え込んでいると、顔に影が差した。

 空は気持ち良く晴れたまま。

 上げた視線の先には、大きな雲ではなくショウが立っていた。

 これはこれで、気持ちの良い眺めではある。

「またやってるのか、挨拶」

「いや。何となく立ってるだけ。これからは、七尾さんって呼んだ方がいいよ」

「なんだ、それ」

 そこまでは私も分かっていない。

 彼の横で、私の言葉を聞きながら笑っている木之本君。

 私達は多少なりとも変化があったとも思うけど、この人は多分何も変わってないと思う。

 外見、体系的な変化はともかくとして。

 穏やかで優しくて、人を思う気持ちに溢れていて。

 そういった部分は、出会った時のまま。

 それは間違いなく、良い事だろう。



 やがてモトちゃんも登校してきて、私達を指さした。

「今日、当番だった?」

「いや。色々考える事があって」

「考える」

 世にも意外な言葉を聞いたという顔。 

 私だって、そういう時くらいあるっていうの。

「七尾さんって呼んだ方が良いよ」

「ああ。彼は強面で有名だから」

「強面って、七尾君が?」

「誰にでもって訳ではないけど。それに、昔のユウには敵わない」

 それは喜ぶべきか、悲しむべきか。

 結構迷うし、そこまで私はひどくない。

「すぐユウも、そうなるから」

「別に、望んでないけどね」

「じゃあ、大人しくしてくれるの」

「別に、それも望んでないけどね」

 そう答え、サトミに軽く睨まれる。

 自分だって睨むじゃないよ。


 二人でしばし牽制しあっていると、猫背の男の子がやってきた。

 挨拶どころか顔を上げようとすらせず、黙って目の前を通り過ぎていく。

「おはよう」

 声を掛けるが、返事無し。

 後ろからリュックを掴み、少し引っ張る。

「おはようって」

「だから、オウムでも連れてこいよ」

 なるほど。

 良い事言うな。

 なんて思う訳もなく、手を離す。

 力のバランスが崩れ、前のめりに倒れそうになるケイ。

 その前にショウが彼の腕を掴み、正門前で寝る事は防がれた。

「何してるんだ」

「後ろの女に言え。朝からおはようって、なんだよ」

 それ以外に、何を言えばいいのよ。




 HR寸前に教室へ入り、村井先生に睨まれる。

「まだ、遅刻じゃないです」

「……あなたが決めないで」

 そう言った途端、チャイムが鳴った。

 ほら、言った通りじゃない。

「では、連絡事項を伝えます。文化祭や体育祭が近いので、関わりがある人は早めに準備をしていくように」

「いつ、文化祭って」

「まだ先よ」

 後ろから答えるサトミ。

 それに頷き、端末で改めて確認。

 近いか先かは個人的な判断によるが、時期は来月。

 私の感覚では、もうすぐかな。

 関係はないけどね。


「……何してるの」

 端末に見入っていた私を見下ろす村井先生。

 HRはもう終わり、何をしていようと文句を言われる理由はない。  

「端末見てる」

「見てます」

「……見てます」

 わざわざ言い直し、もう一度端末を見る。

 クリスマスは、かなり先だな。

 当たり前だけど。

「座ってて良いの」

「だって授業」

「生徒集会があるわよ」

「誰がそんな事」 

 そう答えた途端バインダーが目に入った。

 どうやら、HR中の伝達事項に含まれていたらしい。

「サトミは……、いないか」

 サトミどころか、教室内には誰もいない。

 友達ってどういう意味か、一度辞書を引いてみたい。


 貴重品を身に付け、最後にスティックを背中に装着して教室を出る。

 廊下を歩いていくと、後ろから村井先生が付いてきた。

 走って逃げたいが、それはあまりにも不自然。

 とはいえ私が大股で歩いても、向こうはそれが普通の一歩。

 色んな意味で泣きたくなってくる。

「最近、どう」

 どうって、どうもこうもない。

 というか、何を聞いてるかが分からない。

「別に。可もなく不可もなしですけど」

「運動部と揉めてるって、本当?」

「揉めてませんよ」

 詳しいなと思ったが、自警局の顧問。

 このくらいの情報は知っていて当然か。


 とはいえ詳しく話しても、良い事は特にない。

 適当にもごもご言って、先を急ぐ。

「あなた、何がしたい訳」

「私は何もしてません」

「運動部の顧問と生徒が、話し合ってたわよ。小柄な女の子に殴られたって」

「小さい事を」

 別に私の体の事じゃない。

 殴ったと言っても、軽く足を払った程度。

 仮にも格闘技を倣っている者なら、それをいちいち告げ口する神経こそ疑う。


「あー」

 思わず壁を叩き、怒りを発散。

 今すぐ、その運動部とやらに走ってい行きたくなる。

「熱でもあるの」

「全然。とにかく、私達は間違ってません」

「言い切れるの?」

「間違う事もあるかも知れないけど。この件に関しては間違ってません」

 一応言い直し、ただ基本的な部分を変える気はない。

 これは私と格闘系クラブの問題ではない。

 黒沢さん達を守るための、私の気持ちの表れ。

 何がどうだろうと、これだけは絶対に譲れない。


「あまりおかしな事をやったら、停学にするわよ」

「な、なんの権限があって」

「私は教師で、校長の妹なの。権限は無駄にあるのよ」

 あっさりと権力乱用を口にする村井先生。

 しかし相手が相手。 

 とてもではないが、笑い飛ばす事は出来そうにない。




 出来るだけ早足で先を急ぎ、講堂に到着。

 サトミ達が見あたらないので、人がいない壁際に立つ。

 幸い教師は前にいくらしく、村井先生の姿も消えた。

 一気に開放感が出てきたな。

 でもって少し暗いし、寝るとするか。

「まだ、これからですよ」

 くすくす笑い、私の隣に立つ渡瀬さん。

 前は視線が並ぶ位だったが、今は見上げるくらい。

 眠気が一気に吹き飛んだ。

「渡瀬さんだけ?」

「ちょっと教室を出るのが遅れたので。雪野さんは」

「私も。少しぼんやりしてた」

「はは」

 この辺の感覚は、お互い昔と同じ。

 外見は変わっても、本質は何も変わらない。

 私は、外も中も変わってないけどね。



 渡瀬さんと話している間もなく、壇上に人が現れる。

 出てきたのは制服姿の生徒が数名と、スーツ姿の大人が数名。

 そしてさっき聞いた、文化祭や体育祭の話をし始めた。

 わざわざ集会を開く理由があるとは思えないし、教職員が並ぶ理由も不明。

 結局、再び眠気が襲ってくる。

「寝るんですか」

 笑い気味に話しかけてくる渡瀬さん。

 返事をするのもだるく、少し頷き目を閉じる。

 立っているので、熟睡は不可能。

 ただ少し休みたいだけ。

 もはや意識だけは、一足先に遠い彼方へ旅立とうとしている。



 体の感覚が薄れ始めた所で、体が軽く揺すられた。

「終わりましたよ」

「え、何が」

「生徒集会」

 遠くから聞こえる声。

 いや。声自体はすぐ近くだが、感覚的に遠く聞こえる。

 つまり私が寝ているせいで。

 欠伸をしながら軽く体を解し、壇上を見る。

 すでに後片付けを始めている所で、本当に終わったようだ。

 我ながらひどいと言いたいが、今は眠る方が先決。

 自分としては友好的な時間の使い方だと思いたい。


 通路は生徒で溢れかえり、迂闊にその流れに乗るのは危険。

 押しつぶされるか踏みつぶされるか。

 そう言って笑おうとしたところで、渡瀬さんが視界に入る。 

 彼女も小柄は小柄だが、以前程ではない。

 言われてみれば、小さい方という程度。

 私からすれば大きい方で、その意味では彼女を遠く感じてしまう。


 外見の変化はやはり大きく、前を通り過ぎていく生徒達は彼女を気にする人も多い。

 男子生徒は熱い眼差しで、女子生徒も羨望の眼差しで。

 サトミのように綺麗なタイプではなく、可愛く親しみやすい感じ。

 こんな子が彼女ならと自然に思えてしまうような。

 通り過ぎていく生徒に聞いた訳ではないが、私の考え自体はそれ程間違ってないはず。

 彼女がそれを自覚せず以前同様自然に振る舞ってる分、親近感はより増してくる。

 サトミとはまた違うタイプのヒロイン。

 私はその隣に、今いるのかも知れない。


「雪野さん、みんな行っちゃいましたよ」

「どこへ」

「……まだ、寝てます?」

 軽く目の前で振られる手。

 咄嗟にそれを掴み、小さな声が上がる。

「……ああ、講堂か」

 登校前に二度寝は良くあるが、立ったまま二度寝はあまりない。

 というか、我ながらよく寝られたな。

「ごめん、今行く」

 改めて体を解し、閑散とした通路を歩く。

 残っている生徒はまばらで、ただ次の授業に遅れる程でもない。

 サトミのように1時間前から準備をするタイプとは違い、余裕を持って今から帰るという人もいるだろう。


 完全に意識が覚醒しない中、渡瀬さんと一緒に講堂を出る。

 その途端押し寄せる熱気と湿気。

 講堂内も暑かったが、それとは比較にならない蒸し暑さ。

 残暑は、まだしばらく続くようだ。

「雪野さんは、変わりませんね」

 しみじみと呟く渡瀬さん。


 彼女も外見以外は変わってないと思ったが、どうもそれは私の考え違い。

 明らかに前より落ち着きが出て、物静かになった。

 ただそれは自然な変化。

 年を経れば、誰でもそこに至るだろうという。

 勿論彼女も以前の落ち着きの無さを垣間見せる事もあるが、常にではない。

 大人になった。

 もしくは成長したと言えば良いだろうか。


「私は成長しないからね」

 明るく笑い、髪を撫で付ける。 

 体型もそうだし、精神的にはどれほども変わっていない。

 多少判断力が付いたり、危機を回避する能力は成長したにしろだ。

 落ち着きとか冷静さとか、そういった類とは全く無縁。

 思慮深いなんて、一生自分を表する言葉にはならないはず。


 渡瀬さんはくすりと笑い、遠い目で日差しに照りつけられる並木道の緑を見上げた。

「私も、いつか雪野さんみたいになれるんでしょうか」

「もう追い越されてるんじゃないの」

「人間的にですよ」 

 決して冗談を言っている様子はない。

 表情も口調も至って真剣。

 間違っても笑い出しはしない。



 ただそれこそ冷静に考えると、私の過去を振り返れば同じ状況に巡り会う。

 つまりは私が相談する側。

 誰かに憧れを抱く側。

 その相手は塩田さんやショウのお姉さん。

 私は一生掛かっても、その人達には追いつかないと思っていた。

 今は年齢こそ当時の彼等を越しつつあるが、それだけの事。

 やはり私自身、今でも彼等を仰ぎ見る存在でしかない。



 それでも渡瀬さんの気持ちを突き放す必要はない。

 受け止める度量も器もないけれど、分かち合う事は出来るから。 

「私は、どうすればいい?」

「いや。それは私が聞きたいんですけど」

 声を上げて笑う渡瀬さん。

 確かに、台詞としては相当に間違えてたな。

「なんて言うのかな。私が渡瀬さんの頃というか、昔もだけど。とにかく周りに迷惑ばかり掛けてね。それは今もだけど」

「はぁ」

「渡瀬さんは、私よりも立派だと思うよ」

「立派」

 世にも意外な事を聞かされたという顔。

 これは決して間違えているとは思わず、実際その通り。


 彼女も多少は人に迷惑を掛けてるだろうけど、私に比べれば可愛い物。

 人付き合いも良いし、上下関係もしっかりしている。

 ガーディアンとしては申し分なく、むしろこちらが参考にしたいくらい。

 色んな意味で、渡瀬さんと呼びたい程だ。

 というか、改めて考えると私は相当にひどいんじゃないか?



「雪野さん?」

「え」 

「大丈夫ですか。急に沈んだけど」

「平気。私は全然問題ない」

 いや。問題だらけだけど、体調的には問題ない。

 なんか、一気にやる気がなくなってきた。

「あーあ」

「え」

「なんとなく。好きにやれば良いんだって、好きにやれば。あー」

 私から距離を置く渡瀬さん。

 そこまで変では無いと思う、多分。



 二人で通路を歩き、教棟へと戻る。

 戻るというか、彼女の後を付いていく。

 講堂から教棟へ戻るルートはいくつもあって、大げさに言えばどこを通ろうとその内教棟には辿り着く。

 問題なのはその時間。

 今の私だと、それが明日になってもおかしくはない。

「学校が半分になったのに、結構時間掛かるね」

「元々広いですから。大盛りのカレーが半分になっても、やっぱり多いですよ」

「なるほどね」

 何がなるほどかは知らないが、意味は分かった。

 少なくとも、私としては。


 並木道に差し込む木漏れ日。

 木々を抜ける風は涼しげで、一足早く秋を感じさせる心地よさ。

 枝葉から覗く空は高く、夏は少しずつ去りつつある。

「……来ましたよ、変なのが」

 機嫌の悪い声を出す渡瀬さん。

 見ると教棟の方向から、柄の悪い男達が歩いてきた。

 せっかくの良い気分も台無しで、ただ現時点で判断するのは総計。

 服のセンスは、個人の自由だ。


 でもってこちらが警戒する間もなく、向こうの方が来た道を引き返していった。

 明らかに、渡瀬さんを見て。

「知り合い?」

「私は全然」

 どこかで聞いたような台詞。

 まさに後輩としか言いようがない。

 とはいえ無用なトラブルは回避された。

 それが良いのかどうかは、ここでは判断は付きにくい。

 自分の人生も含め、じっくり考える必要がありそうだ。




 結局教室まで渡瀬さんに送られ、無事到着。

 お陰で助かったと言いたいが、背中に視線を感じなくもない。

 それも冷たく、鋭いものを。

「まだ迷ってるの?」

「途中が分からなかっただけ。教室の場所は分かってた」

 サトミにそう答え、渡瀬さんにお礼を言う。 

 彼女はにこりと微笑み、礼儀正しく頭を下げて帰って行った。

 しとやかというか落ち着きというか。

 改めて、人は成長するんだなと思う。

「後輩に送ってもらうなんて、普通逆でしょ」

「普通じゃないんだろ」

 即座にスティックを伸ばし、下らない事を言った男に制裁を加える。

 それは私も自覚してるのだが。

 だったら止めろという話でもあるが。



 陰気な男の視線を感じつつ、現国の授業を受ける。

 行と行の間を読み取れと言われても、そこには空白しか存在しない。

 なんて答えたらサトミにも睨まれるので、大人しく教師の説明に耳を傾ける。

 推測、理解、自分の気持ちの投影。

 後は読む時の心境で、文章の印象は変わる。

 それがいわゆる、行間を読む事にも関わってくるんだろう。

 私にはやはり単なる空白にしか見えず、そこまで求められても困るが。


 がさつでは無いにしろ、元々心の機微を察するのに長けている訳ではない。  

 さっきの渡瀬さんだって、もしかしたら私に何か言いたかった事がもう少しあるのかもしれない。

 ただそれを読み取り察するだけの力。

 もしくは余裕が、私にはない。

 サトミではないが、これでは先輩と名乗る事も出来はしない。

 年齢や学年という意味ではなく、気持ちの問題として。

 とはいえあれ以上彼女は言いたい事が無かったかも知れず、それを察する事も出来ていない。

 人の世話を焼くタイプでもないし後輩の面倒を見る方でもない。

 その辺は私の得意分野ではなく、あまり求められても正直困る。  

 何より、自分の面倒自体見切れていないんだから。




 身も蓋もない結論を得た所で、授業が終了。

 筆記用具を片付けながら、後ろを振り返る。

 そう考えるとモトちゃんは、私とは逆。

 先輩を立て、後輩を導き、私達を見守り。

 大勢の人に慕われ、その期待にも応えている。

 タイプが違うと言われればそれまでだが、おおよそ私が及ぶ存在ではない。


 だからといって彼女に相談するのもどうかとは思いつつ、話だけは聞いてみる。

「渡瀬さんって、どう?成長した?」

「落ち着きが出てきた。無闇に暴れる事は減ったし、行動する時を理解してる」

 耳が痛い話をしてくれるモトちゃん。

 それが普通と言われればそれまでで、少なくとも渡瀬さんは良い方向へ向かっている。

 私がどんな方向へ向かっているかは知らないが。

「変わったきっかけとかあるのかな」

「年を取れば、誰でも成長するわよ」

 そういうものなのかな。

 私もそれなりに年を取ってきたけど、そういう実感はない。

 むしろ後退してるのではと思う時もあるくらいだ。


「それにユウ達がいなかったから、自分で頑張ろうと思ったのかも」

「自分で?」

「自立っていうのかな。彼女は丹下さん達の後輩で、言ってみればあの子達の後ろに付いて行けば問題ない。ただ方向性は違うから、高校ではユウが一つの目標だったと思う。そのユウがいないなら、自分で頑張るしかないでしょ」

「ふーん」

 私が目標になってるという部分はともかく、彼女の考え方や姿勢は少し理解出来た。

 モトちゃんが、みんなを見守っている事も。

 私は何もしてないなとも。

「目標って、何が目標なんだろう」

「深く聞いてはないけど。ガーディアンとしてでしょ」

「人としては」

「それもあるのかしら」

 少し曖昧になる答え。

 どうやら私は、人としてはあまり参考にならないようだ。


 何となく自分の考えに浸っていると、軽く肩に触れられた。

「あなたも、そういう事を考えるようになったのね」

 くすくす笑うモトちゃん。

 別に私が、自己中心的に生きてきたという意味ではない。

 私達は元々先輩や後輩が非常に少なかった。

 中等部の頃、先輩と呼べるのは塩田さんや物部さん達くらい。

 後輩に至っては、御剣君くらい。

 自分達にその気はなくても、向こうから避けられていた気がする。

 結果その辺の付き合いに慣れていなく、正直後輩への接し方も未だによく分かっていない。

 まして目標になるとか模範になるなんて、意味が分からない。

 だから今頃、「先輩とは」とか「後輩とは」と考えてしまう訳だ。


 その点モトちゃんは先輩も後輩も大勢いて、慕い慕われ過ごしてきた。

 彼女にとっては今更考える事ではなく、むしろそういう関係は自然。

 意識する事ですら無いのかもしれない。




 午後の授業も終わり、帰り支度を始めているとサトミに肩を突かれた。

「行くわよ」

「どこへ」

「……SDCでしょ」

「なんのために」

 意味の分からない事を言う人だな。

 自警局へ行くのなら分かるが、SDCに何の用が……。

「ああ。黒沢さん」

「思い出したみたいね」

 それこそムチでも取り出しそうな顔。

 たまには忘れる事だってあるっていうの。


「良くやるよ」

 鼻で笑い、リュックを背負うケイ。

 スティックを伸ばし、取っ手部分に引っかけ彼を引き戻す。

「一緒に行くのよ」

「何のために」

「友達でしょ」

「誰の」

 誰のって聞かれると答えようがない。

 そう言おうと思ったが、すごい目で睨んできたから言うのは止めた。

 少なくとも今のは、友達を見る目ではなかったな。


 ショウは声を掛けるまでもなく、すでに準備済み。

 分かってくれる人は、分かってくれているようだ。

「ユウ、くれぐれも自重してね」

 不安そうに声を掛けてくるモトちゃん。

 彼女からすれば、私など出来の悪い後輩と同じかもしれない。

「大丈夫。問題ない」

「ちゃんとサトミの言う事を聞いてね」

 お母さんか。 

 でもって、私は子供か。

 勿論過去の私の行動が、そういう発言に繋がるんだけどさ。

「私は大丈夫だよね、木之本君」

「え?」

 すごい驚いた顔でこちらを見てくる木之本君。

 そこまで信用がないのかな、私という人間は。




 いまいち納得出来ないまま、教棟を出てSDCへと向かう。

 日差しは相変わらず厳しく、歩いているだけで汗が噴き出てくる感じ。

 気を抜いていると、意識が薄れていってしまう。

 冬が恋しいとは言わないが、それ程夏も嬉しくはないな。

「ユウこっち」

 途切れかかった意識に聞こえるサトミの声。

 何がと思ったら、雑木林へ突っ込む手前だった。

 出来れば、もう少し前に声を掛けて欲しいところだな。

「暑いよ」

「地球の地軸が傾いている以上、仕方ないわ」

 そういう事は聞いてないよ。




 さらに納得がいかない内に、SDCへ到着。

 この暑いのにドアを守る大男が数名。

 しかしさすがに辛いのか、日差しに晒されてへばった犬みたいにしおれている。

 これを見る限り、警備の役目はおおよそ果たせてないな。

「入りたいんだけど」

 IDを示すが反応無し。

 無視をしてるのではなく、暑過ぎて朦朧としてるようだ。

「構わないから、入りましょう」

 男達を一瞥もせずドアを通過するサトミ。

 私も彼等の許可を得る義理はなく、すぐにその後へと続く。


 乾いた空気と冷えた風。

 ドア一枚隔てただけで、途端に快適な空間が現れる。

 通路を歩く生徒の中には上着を着てる子もいるくらいで、これは多少考えさせられる。

「警備は警備で結構大変だね」

「階級社会なんだろ」

 なんか嫌な事を言い出すケイ。

 しかし外の警備をSDCの幹部や運動部の部長が行うとは思えない。

 結局そういった仕事は1年生や、命令を受ける立場にいる人の仕事。

 一昔前なら、私達がそうだ。

 先輩後輩という関係ではなく、階級は言い過ぎで上下関係。

 ただ意味合いとしては、それ程違わない気もするが。


 少し考えさせられる中、エレベーターに乗り込み上の階を目指す。

 でもって監視カメラと目が合い、思わず睨む。

 これこそ向こうの仕事かも知れないが、どうもこれは好きになれない。

 無遠慮というか、人の気持ちを考えないというか。

 向こうから一方的に見られているのは、決して面白い話ではない。

 可能なら叩き壊したい所だが、可能ではないので我慢する。

「何苛々してるの」

 サトミの質問に、無言でカメラを指さす。

 その動きに、カメラが微妙に動くのも気にくわない。

「放っておけばいいでしょ」

 さらりと答えるサトミ。


 彼女は、周囲からの注目を浴びるのは日常茶飯事。

 それは好意的な者ばかりではない。

 崇拝、敵意、好奇心。

 いちいちそれらに構っていても仕方ないと、ある意味悟っている。

 結果他人が彼女に壁のような物を感じるのは、それが理由。

 サトミはあくまでも自分。

 その心を守ろうとしてるだけ。

 悪いのは周りの人間で、彼女に罪はない。

 ただ彼女はそれを無視という形で対応するが、私は出来るだけ排除したい考え。

 だからこのカメラも、放っておけばいいとはどうしても思えない。

 実際は壊す訳にも行かないので、余計苛々するんだけど。



 ストレスを地味に貯めつつ、エレベーターが上の階へ到着。

 降りるところまでカメラがリモートで付いてきて、ついスティックへ手が伸びそうになる。

「煮干し食えよ」

 苦笑気味にたしなめるケイ。

 馬鹿らしいのは自分でも分かっているが、気にくわないのは仕方ない。

 怒りという感情を私から抜けば、それはもはや私ではない。

「ああいうのを無効にする装置を、沢さんが持ってたでしょ。どこかに売ってないの?」

「少なくとも、売り物ではないだろ」

「面白くないな」

 壁を叩こうとした所で、サトミに鋭く睨まれる。

 ここは連合でもなければ自警局でもない。

 モトちゃんに言われたように、普段以上に自重する必要がある。

 勿論、普段も壁を叩くのは良くないけどね。

「ストレスばっかり貯まるな」

「ショウでも叩けよ。壁より頑丈だろ」

 そこまで頑丈ではないと思うが、彼なら構わないと言いかねない。

 とはいえ私もそこまでの事をする気はなく、指を握り返す事でどうにかストレスを逃がす。

 とにかく面白くないな。




 ソファーに座り、冷たいお茶を飲み、お菓子を食べる。

 一気に気持ちが安らぎ、自然と笑顔も生まれてくる。

 単純だなと言いたげな視線は感じるが、嬉しいものは仕方ない。

 怒る時は怒る。笑う時は笑う。

 何事も、メリハリが必要だ。

「カメラは壊さないでね」

 結構真顔で注意してくる黒沢さん。

 ここはSDC代表執務室。

 私達はその応接セットでくつろいでいる最中。

 ただ彼女が私達を監視してた訳ではなく、そういう報告を誰かから受けたんだろう。

「監視カメラは好きじゃないの」

「警備上、無ければ問題でしょ」

「そうだけどね」

 あまり納得しないまま答え、お茶を飲む。

 体が冷えた分、怒りはさっき程ではない。

 それでも収まらないのは、これが一時の感情だけではないから。

 冷静になっても割り切れないだけの意識を、ああいった物には感じてしまう。


 ただそれは、黒沢さんからすればどうでもいい話。

 という訳で、すぐに資料が目の前に配られていく。

「私達に協力的なクラブと、非協力的なクラブの内訳」

「中立は?」

「基本的にないわね。日和見してる状況でもないのよ」

 若干辛辣な説明。

 そんな物かと思いつつ、書類をめくる。


 予想通り、格闘系クラブはほぼ非協力的。

 いわゆる改革派で、つまりは反黒沢派。

 対してそれ以外のクラブは協力的。

 多少は双方入れ替わっている部分もあるが、基本的に相手は格闘系クラブと考えて良いだろう。


 クラブの一覧を眺めていると、一つ気になる箇所があった。

「実戦系剣術も、非協力的なの?」

 このクラブを以前束ねていたのは鶴木さん。

 彼女はSDCの前代表でもあり、黒沢さんには理解があった。

 何よりこういった場面では、常に正義の側に立つ人。

 彼女は卒業してるし、正義とは何かと聞かれれば多少困る。

 それでもクラブの体質がそこまで一気に変わるとも思えない。

「ここは、私が話してみる」

「話す?何を」

「どうして非協力的なのかを」

 露骨に不安そうな顔をする黒沢さん。

 信用がないどころの話ではなく、まさか私が殴り込みに行くと思ってるんじゃないだろうな。


「鶴木さんの教えじゃないけどさ。そういう精神は受け継がれてるんじゃないの」

「当たり前だけど彼女はもういないんだから。当時と同じ事を望むのは難しいわよ」

「いや。違うね。それは違う」

「全く意味が分からないわ」

 すがるようにサトミへ視線を向ける黒沢さん。

 別に、そこまで変な事を言ったつもりもないけどな。

「彼女は放っておいて大丈夫。もう少し詳細なデータ。部長と幹部の一覧と、情報局のデータを見られるかしら」

「え、ええ。プロフィール程度なら」

「それと各クラブの成績と予算。顧問の履歴も。一つ一つ行きましょう」

 にこりと笑うサトミだが、要求は一気。

 普段通り、ある程度プランは立ててきたらしい。

 黒沢さんが用意しなければ、自分で作ったデータベースくらい出して来そうだな。



 細かい事は彼女達に任せ、私は実戦系剣術部の部室を地図で探す。

 この建物内にある事務局みたいな場所ではなく、部員が普段使ってる方。

 まずはそこで話を聞こう。

「今の部長は誰」

「小柄な女の子。雪野さんよりは大きいけど」

 普通に答える黒沢さん。

 だったら私は、どれだけ小さいんだ。

「青木さんより大きいの?」

「同じくらいですよ。私も、雪野さんより大きいけど」

 くすくす笑った青木さんに飛びかかり、後ろから羽交い締めにする。

 しかし見えているのは、彼女の首筋。

 つまりそれだけの身長差があるという訳だ。


 一気に気が滅入り、そのままソファーへ崩れ込む。

 やる気も何もかも、完全に霧散した。

 今日は一日寝て過ごそう。

「しみじみ馬鹿だな」

 正面のソファーでげらげら笑うケイ。

 しかし制裁を加える気にもなれず、枕を探して姿勢を変える。

 リュックで良いか、この際は。

「終業時間になったら起こして」

「あなた、何しに来たの」

 こちらを見ようともせず、書類へ視線を落としたまま尋ねてくるサトミ。

 私なりに目的はあったはずだが、それは過去の話。

 今は小さくなって寝るのが仕事。

 丸くなってれば良いんだ、私なんて。



「わっ」

 ソファーから転がり落ち、気付くと視界の隅に床が迫っていた。

 すかさず体をひねって手を伸ばし、足首を返して床に付く。

「猫か」

 鼻を鳴らして私を指さすケイ。

 動きも姿勢も、確かに言われるまま。

 ただ間抜けに床へ転がり落ちるよりはまし。

 彼の服で手を払い、取りあえず伸びをする。 

「もう終わり?」

「5分も経ってない」

「あ、そう」

 体感的には、朝になったと言われても信じてしまうくらい。

 お陰で気分爽快。

 今なら何でも出来る気がする。


 一人で屈伸をやっていると、黒沢さんがじっとこちらを眺めてきた。

「何」

「それはこっちの台詞なんだけど。元気ね」

「よく寝たしね。何でも出来るよ」

「良かったわね、それは」

 薄く、寂しげに笑う黒沢さん。

 欠伸混じりに私も微笑み返し、そのままソファーへ倒れ込む。

 今なら、まだ眠りのサイクル内。

 目を閉じさえすれば、すぐに眠れると思う。



 お茶も何もいらない。

 今欲しいのはタオルケットだけ。

 とにかく眠て起きれば、全ては良くなる。

 サトミの言葉も遙か遠く。

 この声を聞く限り、良い事が待っているようには思えないが。    






     







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