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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第39話
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39-2






     39-2




 パトロールを終え、自警局へ帰還。

 今度は、報告書の作成が待っている。

「あーあ」

 まずはお茶を飲んで一服。

 この前みたいに倒れてもなんだし、この時期はこまめに飲んだ方がいいな。

「書かないの」

 何一つ書き込まれていない報告書に視線を落とすサトミ。

 彼女が書いてくれるのを待っていたけど、それは儚い夏の夜の夢だったらしい。

「書くよ。今書く」

 ペンを手に取り、名前と日付を記入。

 パトロールコース? 

 また、面倒な事を聞いてくるな。

「廊下って書かないわよね、まさか」

「はは。まさか」

 すぐに消しゴムで消し、机の上にあったガーディアン用の学内地図を見る。

 消しゴムで消えるペンで助かった。


 どうにかルートを把握し、地図に書いてある廊下の座標を記入。

 便利は便利だけど、結構面倒だな。

「終わった」

「何が」

「え」

 しばしサトミと見つめ合い、報告書へ視線を落とす。

 書いたのは、名前と日付とパトロールコース。

 それ以外は、白い空欄が目に眩しい。

「書くわよ、今から書く」

 報告書を書いたのは久し振り。

 正直、もう飽きた。

 このまま投げ出したいところだが、御剣君がこちらの様子を窺っている。 

 先輩の威厳を保つためにも、今挫折する訳には行かない。 

 そんな大げさな話かどうかは、ともかくとして。




 多少時間は掛かったが、どうにか報告書は完成。

 自分で読み返す限り、特に不備は見あたらない。

「……へぇ」

 妙に感心をする御剣君。

 それこそ、お手をする猫を見つけたような顔で。

「このくらいは普通なの。だから、さっきのも書き直してきて」

「ふーん。なんか、変わったな」

 だから、それはもう良いんだって。


 とにかく一仕事終えたので、しばらく休憩。

 というか、当分何もしたくない。

「先輩、さっきの書類は片付いた?」

 机に伏せた所で声を掛けてくる神代さん。

 そんな事、全然忘れてた。

「……結構残ってるけど」

「パトロールに出てたから」

「何のために」

「先輩としての威厳を保つために」

 醒めた。醒めきった視線。

 確かに、今言う事ではなかったな。

「すぐ片付けるから、お茶でも飲んでて」

「あたしはあたしで忙しいんだよ」

 妙に強硬な態度。

 と思ったら、エリちゃんがお茶を出した途端恐縮して小さくなった。

 本当、誰が先輩だって話だな。



 エリちゃんのフォローに感謝をしつつ、不備のある書類を全てチェック。

 再提出の箱に放り込み、やっと全部終わらせる。

「終わったよ」

「本当に?」

「先輩の言う事が信用出来ないの?」

「こういう事に関してはね」 

 なかなかに言ってくれるな。

 でもって、懸命な判断だな。

「大体これは、私の仕事じゃないんだからさ」

「だったら、先輩の仕事は何」

「何だろう」

 それは私も知りたいというか、明確なこれという事がない。

 いや。あるのかも知れないが、私が理解をしていない。


「ユウ。SDCに行くから付いてきて」

「どうして」

「あなた、私の護衛でしょ」

 笑いつつ指摘するモトちゃん。

 そういえば、そんな話も聞いてたな。

「護衛は良いけどさ。それ以外は、何してればいいの」

「ガーディアンへの応援が無い時は、後輩の指導をしてくれても良いわよ」

「指導」

「あなたも3年生で、自分が行動する時期では無いでしょ。パトロールに出るとか、そういうのはもう卒業じゃなくて」

 多分さっきの事は知らないはずだが、私の思考や行動はお見通しらしい。


 ただ私としては、自分で行動しない事自体考えられない。

 机にかじり付いてる以外に成すべき事があるにしろだ。

 口では先輩とか指導とか言っているが、今までそういう経験が殆ど皆無。

 理屈では分かっていても、自信もなければ経験もない。

「ユウ」

「ああ、今行く」

 スティックを背中へ装着。

 装備はさっきと同じ。 

 ただ、意識はより冴えてくる。

 目的が明確になった分、思い入れが強い分。

 一般の生徒やパトロールを軽く見ている訳ではない。

 しかしモトちゃんの護衛と比べる事も、正直難しい。

 比較する対象でないと言ってしまえばそれまででだが。




 そういう考え方が良いのかと自問しつつ、モトちゃんの隣を歩く。

 最近再び内向的というか、考えが内向きになりがちだな。

「どうなんだろうね」

「何が」

 当然尋ね返してくるモトちゃん。

 言葉足らずどころではなかったか。

「どうも身内ばかりに意識が向きすぎる気がして。別に他の子を構わない訳じゃないけどさ。まずは身内優先になってると思う」

「それ自体は普通でしょ。知らない人より、親しい人を構うのは」

「そうだけどね。程度がちょっと過ぎるのかなって」

 モトちゃんの言う通り、知っている人を優先するのは当たり前の事。

 知らない人を優先する事は、確かに普通はしないと思う。

 ただ自分の場合は、どうもその差がはっきりし過ぎてるような気がする。

 悪いとは言わないが、程度の問題ではある。



 モトちゃんと何か話したはずだが、半分も頭に入らずSDCに到着。

 その正面玄関で止められ、ようやく意識が戻ってくる。

「ああ、着いたんだ」

「大丈夫?」

「悩み多き思春期なの」

「随分長い思春期ね」

 軽く笑い、IDを提示するモトちゃん。

 正面玄関を警備していた大男はそれを見て、ぞんざいに突き返してきた。

「生徒会に用はない」

「あなたに用はなくても、私はあるの」 

 穏やかに微笑み、一歩前に出るモトちゃん。

 虚勢を張る訳でもなく、怒りもせず。

 自分の使命と自信を相手に示す。

 この子は、思春期という不安定な時期はもう過ぎつつあるようだ。

 そしてその彼女を守るのは、私の使命。

 さっきの悩みのループになるが、まずは現実に対処するのが大切。

 悩む事は、いつでも出来る。



 なおも行く手を阻もうとする大男達。

 困惑気味に首を振るモトちゃんを下がらせ、スティックを抜く。

「程々にね」

「分かってる」

「だと良いけど」

 あまり信用の無い台詞。

 それは、自分の過去を振り返れば当然とも言えるが。

「アポは取ってるんだから、そこをどいて」

「生徒会に用はないと言っただろ」

「分かってやってるなら、後悔するわよ」

「お前、雪野だろ。最近復学したらしいが、調子に乗るなよ」

 全く意味が不明で、調子に乗っているのはどちらかという話。

 春の出来事が、未だに尾を引いているようだ。


 ただそれはここでは関係ないし、中へ入らない事には始まらない。

 そしてモトちゃんが誰で私が何者かを知っていてのこの振る舞いなら、対応も自ずと決まる。

「調子に乗ってるからなんなの。そこをどくか、地面で寝るか。選んでみる?」

「それを調子に乗ってるって言うんだ。玲阿がいなくて、俺達に勝てると思ってるのか」

「知名度も善し悪しね」

 苦笑気味に呟くモトちゃん。

 確かにショウ程の体型なら、見ただけで強いと分かる。

 一方私は明らかに小柄。

 モトちゃんも身長は高いが鍛えている体型には見えず、強さを感じさせる要素はない。

 得か損かは判断にくいが、今は少なくとも損をしている。

「相手を見て、対応を変えるの。良く恥ずかしくないわね」

「なんだと」

「強い相手にこびて、弱い相手を脅すのは最低って言っただけよ。違うなら、説明して」

 顔を赤くして唸る男達。

 図星どころの話ではないな。

「分かったなら、そこをどいて」

「そこまで言って、通れると思ってるのか」

「私達を止めて、ただで済むと思ってる」

「それはこっちの台詞だ」



 どんな台詞か知らないし、どう出てこられようと対処は出来る。

 スティックを後ろに突き、背後から迫っていた男を地面へ這わせる。

 目で見える事が全てではないし、足音が大きすぎるっていうの。

「卑怯どころの話じゃないわね。今度は、落とし穴でも掘ってある?」

「くっ」

 ようやく自分で突っ込んでくる大男。

 その出足をスティックで払い、バランスを崩させ軸足をかかとで蹴る。

 後は放っておいても、自分から地面へ倒れていく。

 追い打ちを掛けるまでもなく、とにかく相手をした事にすら後悔をする。

 もう一人の方は形勢が悪いと判断したのか、あっという間に逃げ出した。

 元々SDCとガーディアンなのでそれ程友好的な関係ではないが、露骨にこういう態度を取られるとは思っても見なかった。

 過去正面玄関で止められたのは、学内の緊張がピークに達していた頃くらい。

 今はそこまで張り詰めたムードではなく、むしろリラックスしている。

 つまり原因は別な所。

 もしくは、私達の個人的な所にありそうだ。




 どちらにしろ、大男を難なく突破。

 大手を振って、SDC内に入っていく。

 さすがにここで行く手を阻まれる事はなく、ただ時折気になる視線は投げかけられる。

「どこに行くの?代表執務室?」

「会議室。そこを右に曲がって」 

 言われるまま右へと曲がり、軽く肩に触れられる。 

 見れば、「第3会議室」というプレートがドアの前に掛かっていた。

「私は話す事は無いけどね」

「隣で笑ってればいいのよ」

「そういうタイプでもないんだけどね」

 ドアを開け、中を確認。

 騙されて、中に武器を持った連中が密集してるなんて事が無いとも限らないので。


 しかしそんな事はなく、小さな会議室にいたのは黒沢さん達。

 そして、構えていたスティックに視線が集まる。

「何でもない」

「玄関で、一暴れしたみたいね」

「中に入れないって言うからさ。子供じゃないんだから」

「最近多いのよ」

 つまらなそうに鼻を鳴らす黒沢さん。

 いわゆる改革派。

 反体制派側の人間という訳か。

「お久しぶりです」

「青木さん」

 駆け寄ってきた彼女の体に触れ、再開の喜びを分かち合う。

 退学後も何度か会ったが、学校で会うのは半年ぶり。

 黒沢さんに比べれば彼女は私に理解があり、その意味でも感動はひとしお。

 小さい者同士、気が合うのかも知れない。




 どうやら私達が最後だったらしく、すぐに黒沢さんが会合の開始を告げる。

 私はあまり参加したくないが、今更出て行く訳にも行かないだろう。

「議題は、我々執行部に対して否定的な意見を持つグループへの対応です」

 対応も何も、全員吊し上げて終わり。

 という事は、口に出すのもまずい雰囲気。

 SDCは運動部部長の親睦会という名目で、まさしく体育会系。

 もっと上意下達。

 理屈は抜きで行動すると思っていたが、意外に慎重。

 ただそれはSDCの体質ではなく、黒沢さんの正確かもしれない。

 だからこそ、反体制派の跋扈を許す結果になるのだろうか。

 とはいえ力尽くで押さえ込むのもどうかという話で、当たり前だが結構難しい。


 しかし私にしろモトちゃんにしろ自警局の人間で、SDCではない。

 つまりその内紛には、本来関わらない立場。

 呼ばれた意味が、よく分からない。

 それとももしかして、ガーディアンに協力を要請するという事か。

 だがそれでは自治というか、SDCの独立性が保たれない気もする。

 そういった独立性より大切にしたい事があるなら、それに拘泥しすぎる必要はないだろうが。



 何となくみんなの話を聞いてるが、意見は非常に慎重。

 大人しめと言おうか。 

 根本的に、力尽くで解決しようとする意志が感じられない。

 私からすれば、それは不可能。

 相手がやる気になっている以上、それに対抗するにはこちらも一定の力を持つべきである。

 非武装中立は聞こえは良いが、相手が必ず遠慮をしてくれるとは限らない。

 それが荒んだ考えでも、現実は現実。

 ガーディアン削減や廃止を思いつきはしたけど、それはやはり理想でしかない。

 こういう現実を目の当たりにすると、余計にそう感じてしまう。



「どう思うかって」

 不意に肩へ触れてくるモトちゃん。

 どう思うも思わないも、全然話を聞いてなかった。

「何が」

「反体制派の主張をどう思うか」 

 丁寧に教えてくれるモトちゃん。

 サトミなら、まず説教が飛んでくる。

「今から相手の首謀者を捕まえてくるか、本拠地みたいな所に乗り込んで終わりじゃないの」

「その根拠は」

「連中の主張みたいのは聞いたけど、あれは建前でしょ。本当はSDC内で権力を握りたいだけじゃないの」

 すっと静まりかえる会議室。

 そんなに変な事言ったかな。


「それは、誰から聞いた意見かしら」

 ペンを片手に尋ねてくる黒沢さん。

 誰かから聞いた意見かは覚えてない。

 覚えてないから、多分自分の意見がかなり含まれてるんだろう。

 多分。

「私の個人的な意見。誰かから聞いた話かも知れないけど、私はそう考えてる」

「分かった。でも、それが通用すると思ってる?」

「理屈として?物理的に?倫理的に?」

「そのどれも」

「通用するでしょ」

 再び静まりかえる会議室。

 さっきのが感心のそれなら、今度は呆れ気味に。

 雪野株は、乱高下が激しいな。



 すぐに私の意見は却下され、一旦休憩へと入る。

 批判じゃないけど、どうもみんな考え方が甘いというか穏健すぎる。 

 向こうがやる気なら、こちらもそれに対抗するだけの力は最低限備えるべき。

 学校との戦いで私達が最後まで立場を保てたのも、力を備えていたからこそ。

 それは攻撃としての力だけではなく、資金や結束。理論武装という面においても。

 今の黒沢さん達にそれがないとは言わないが、私からするとかなり悠長に見える。

 もしくは、私が一人で突っ走りすぎてるかだ。

「相変わらず熱いですね」

 苦笑気味に声を掛けてくる青木さん。

 やはり、私一人が過激派らしい。

「だって、相手はやる気なんでしょ。だったら、それに対抗しないと」

「そうなんですけどね。格闘系クラブに対抗するのはちょっと」


 これが多分問題の一つ。

 相手は格闘系クラブの集まり。

 対して黒沢さん達は、それ以外のクラブが主流。

 私の言う対抗手段を持ち合わせていない。

「だったら私が対抗するからさ」

「雪野さん一人で?」

 頼もしいですね、くらいの視線を向けられた。

 しかし私でもさすがに、一人で格闘系クラブ全部を敵に回す真似はしない。

「自警局としてとか。ガーディアンとして。駄目なのかな」

 以前の草薙高校は、ガーディアンとSDCは相互不干渉。

 お互いの力を認め合い、だからこそ不用意な干渉はしない。

 それが学内のパワーバランスを守ってきた。

 ただ私は半年離れていたので、今がどうなってるかは分からない。

 何より黒沢さん達が、それを良しとするか。

 学内的に、どう思われるのかも。


 その疑問は青木さんも抱いたのか、難しい顔で腕を組む。

 私もその彼女を説得するだけの材料も自信もない。

 言ってしまったは良いが、それ程根拠のある事でもないので。

 感情だけが上滑った意見とでも言おうか。

「以前のように、全く相容れないという事ではないんですけどね。ただSDCにも一応体面はありますから。外部の力を借りて、という部分は引っかかる人もいるでしょう」

「なるほどね」

 これはあくまでも、SDCの内紛。

 私達が首を突っ込む話ではない。

 それでもこの場に呼ばれているという事は、ある程度その覚悟を黒沢さん達がしている。

 もしくは、モトちゃんがしているんだろうけど。




 結局結論は出ず、会議が再開。

 話は同じ所を回り続ける感じ。

 私としては青木さんとの話に全てが集約されている。

 自治、独立を取るか。

 それとも、外部の力を借りて対抗するか。

 SDC自体生徒会から独立した組織で、そういう意識は強いはず。

 私達個人の力は借りても、自警局全体となれば話は違ってくる。

 理論的には、相手からその部分を突かれる可能性も出てくる訳だし。

「難しいね」

「簡単な事なんて、そうそう無いわよ」

 苦笑気味に呟くモトちゃん。

 彼女にそう言われては、私などは何もかもが難題になってしまう。

「じゃあ、どうしてモトちゃんは呼ばれたの」

「ユウが思ってる通り、ガーディアンに協力を仰ぐという意見も一部ではあるの。ただこれはSDC内の内紛で、ガーディアンが介入すべき問題では無いと私は思うのよね」

「そうだけどさ。多分今のままだと、野犬と羊だよ」

 野犬はいわゆる改革派。

 羊は黒沢さん達。

 理屈は理念はともかく、相手が圧倒的な力を持っているのは間違いない。

 いくら黒沢さんの足が速くても、木刀を持って突っ込んでくる相手とは勝負にならない。

 どこまでも逃げるという事なら、話は別だが。



 やはり話し合いは堂々巡り。

 結論としては、自力での対抗手段は存在しないとすでに出ている。

 しかし相手が話し合いに応じる意志が無いのも明らか。

 自分達の限界などと口にする子まで現れ始める。

「なんか、悲観的だね」

「気持ちが優しいのよ」

「ふーん」

 そういう言い方をされると、自分が優しくないみたいに思えてくる。

 こうして話し合ってる暇があるなら、今すぐでも相手の本拠地に突っ込みたいくらい。

 実際そうする訳ではないが、そういう気持ちは持っている。

 結局どっちなのかは、自分でもよく分かってない。

「悠長というかさ。話し合って解決するの?」

「するように、話し合ってるの」

 分かったような分からないような話。


 ただそれは、モトちゃんの基本的な考えと同じ。

 実力を行使するよりも、まずは話し合い。

 お互いの立場と意見を議論し合い、妥協点を見いだすという。

 非常に根気と努力が必要で、私にはおおよそ無理な事。

 何より努力すれば済む訳ではなく、当たり前だが結果が求められる。


 力尽くで行動すれば、成功しようと失敗しようと結果はすぐに出る。

 無理を通せば、成功の率も高くなる。

 しかし話し合いでは、そうすぐに結果は出ない。

 いつ出るとも知れないその結果のために、時間を費やす作業。

 そしてモトちゃんは、過去それを成し遂げてきた。

 今回彼女が何かをしている訳ではないが、黒沢さん達がやっているのは同じ事。

 モトちゃんは私のように先走ろうとするでもなく、ただ見守るだけ。

 そういうゆとり、余裕。

 他の人への信頼が、やはり私とは比べものにならない。




 ただそれは、彼女達の性格だからこそ。

 私は付いていけず、正直眠くなってくる。

 会話は半分も頭に入らず、その分前に傾いてくる。

 モトちゃんが注意している声すら、良く聞こえない。


 肩の揺すられる感覚。

 それに少し顔を上げ、目を閉じながら返事をする。

「何、タオルケット?」

 今度は、頭をはたかれる感覚。

 これでさすがに、目が覚める。

「眠いですか、雪野さん」

 くすくすと笑う青木さん。

 まさか、眠くないよとは答えようもない状況。

 小さく欠伸をして、答えに代える。

「あなたね」

 呆れ気味に肩を揺すってくるモトちゃん。

 こっちはまだ半分くらい寝ているため、恥ずかしいも何もない。

 完全に目が覚めた後は、ともかくとして。

「雪野さんは、何か意見はありますか」

 いまいち、今の流れを読んでいない黒沢さんの質問。

 もしくは、最も的確な質問とも言おうか。

 寝るくらいに退屈だと言っているようなものだから。


 勿論そこまで露骨な指摘はせず、欠伸をかみ殺して頭の中で整理する。

「結論は大体出てるんじゃないの」

「外部の力。ガーディアンの協力を仰ぐ、ですか」

「黒沢さん達が武装しても良いけどね」

「力に力で対抗する愚を犯せと」

 愚と言われても困るし、力に押し負けるよりはまし。

 最善の策が無いのなら、次善の策を選ぶべきだろう。

 ただし選ぶのは私ではなく、彼女達。

 こちらはあくまでも、意見を述べるに過ぎない。


「考え方は人それぞれでしょうけど。私達は、そういう方法は出来れば取りたくないんです」 

 大体予想していた答え。

 そうでなければ、ここまで同じ議題で話し合ってないはず。

 それが良いかどうかは、私にはちょっと分からないが。

 正直自分としては、目の前で火事が起きているのにどうやって消すかを議論しているように見える。

 自分達で消すには水も何もなく、すぐ側にダムがある。

 ダムを壊せば、火事は収まる。

 収まるけど、ダムは壊れたまま。

 私達にそこまでの威力があるかはともかくとして、簡単に頼れない相手なのは確か。

 自治、独立を考えれば余計に。




 結局結論は出ないのかなと思っていると、ドアが開いて人が入ってきた。

 いつか経験したパターン。

 そして状況としては、その時と程同一。

 武装した体格の良い集団が、会議室へとなだれ込んできた。

 中にはその時見た顔も、ちらほらと混じっている。

「何か、ご用ですか」

 相手の意図は分かってるはずだが、丁寧に尋ねる黒沢さん。

 この対応からも、彼女の考え。

 姿勢が伺える。


 しかし相手は、彼女のように他人へ敬意を払うタイプではなかった様子。

 先頭にいた男は鼻で笑い、空いていた椅子を蹴り飛ばした。

 会議室内の空気は一気に張り詰め、重くなる。 

 ここにいるのは半数以上が女の子で、それも格闘系クラブではない部活ばかり。

 この手の事には縁のない生活を送ってきたはず。

 顔が青くなり、震え出すのも仕方ない。

 そして、私の我慢も決して長くは続かない。



 モトちゃんが何か言うより前に立ち上がり、背中からスティックを抜く。

 彼等には、ショウが以前警告をした。

 それを踏まえての、この行動。

 確信犯としか言いようが無く、だったら私もそれなりの対応をさせてもらう。

「何か用」

 黒沢さんが、「それは私の台詞だ」と言いたげだが気にしない。

 また彼女の台詞だとしても、連中と対峙するのは私の仕事。

 彼女を危険に晒す訳にはいかない。

「誰だ、お前」

「自警局の人間よ」

「それが、何の用だ。俺達は黒沢に話がある。子供は引っ込んでろ」

「ぞろぞろと仲間を連れてこないと、話も出来ない訳?どっちが子供なのよ」

 軽くやり返し、スティックを担ぎ直す。

 男の顔が固くなるが、本当の事を言ったまでだ。


 空気は重さに加え、きな臭さを増す。

 自分でましたとも言えるけど、その辺は深く考えない。

「関係ない人間が出しゃばるな。引っ込んでろ」

 突き飛ばそうとするように、肩へ伸びてくる手。

 それをかわし、スティックを喉元へ突きつける。

「今度やったら、容赦しない」

 もしこれが黒沢さん達なら、床に転がっていてもおかしくはない。

 それを構わないと思って行動している連中。

 ますます、私が下がる訳にはいかない。


 腰を落として足に力を入れていると、ドアからまた人が入ってきた。

 連中の仲間ではなく、私もよく知った顔。

 何があっても、絶対に忘れるはずもない顔が。

「どういう事、これは」 

 醒めた声を出し、押しかけてきた連中を見渡すニャン。

 しかし連中からすれば、彼女も所詮与しやすい相手。

 オリンピック候補だろうが、それはあくまでも陸上競技での話。

 殴り合いとなれば、彼女に抗う術はない。

 彼女には。

「どかしてもらえる?」

「分かったよ、ニャン」

「今度そう呼んだら、屋上から吊すわよ」

「ユウの次に殺す」

 訳の分からない事を言って、彼女の前に立つケイ。

 ショウを呼んでくるかと思ったが、よりによってこの人か。

 これもまた、間違えた選択ではないが。



 ただ見た目のインパクトは、ほぼ皆無。

 中肉中背で、地味な顔立ち。

 今は警棒すら所持しておらず、訓練を積んだ動きでもない。

 どこにでも良そうな、普通の男の子。

 連中はそう思ったのか、後ろにいた一人が彼を突き飛ばした。

 それにあっさりとバランスを崩し、床へ倒れるケイ。

 失笑が巻き起こり、会議室内の空気は最悪となる。


 そんな失笑に重なる悲鳴。

 大きくなる笑い声。

 ただそれはすぐに収まり、悲鳴が逆に大きくなる。

 一斉に散らばる押しかけてきた連中。

 その輪が崩れた所で、床から起き上がってきたケイの姿が見える。

 手には菜切り包丁を握りしめ、薄ら笑いを浮かべた彼の姿が。

「研いできたばかりだ。並べ」

 並んだ後、どうなるのか。

 床に滴る血が全てを物語り、もはや笑い後へどこからも聞かれない。

 ケイが包丁を振り上げると、連中は悲鳴を上げて我先にと会議室を飛び出ていった。


 冷静に対処出来る状況なら、包丁だろうとナイフだろうと彼等は臆さなかったかもしれない。

 しかし徒党を組み、相手を見くびっていた今は違う。

 何より包丁を、本気で振り回すような相手と戦った経験もないだろう。

「馬鹿が」

 包丁片手に、そう呟くケイ。 

 誰が馬鹿かは、全く理解が出来ないが。

「何よ、それ」

「おもちゃだよ。刃は無い」

 腕に包丁を添え、軽く引くケイ。

 本物なら血飛沫が上がり、それこそ腕が垂れ下がっている。

 しかし血はわずかにも吹き出ず、腕には傷も付いてない。

「マジシャンって偉いよな」

 そう言って、げらげらと一人で笑い出した。

 赤かったのは血糊。 

 マジシャンより、詐欺師とも思うが。

 ただおもちゃでも、見たところ金属製。

 勢いよく叩けば、臑なら大抵の人間は激しい苦痛を受ける。

 そこで赤い液体を見れば、勘違いしても仕方ない。




 では、床に飛び散った血糊はどうするか。

「どうして俺が」

 文句を言いながら、雑巾掛けをするケイ。 

 だけど汚したのは彼で、それなら責任を取るのも彼。

 大体おもちゃでも、包丁を振り回すってどうなんだ。

「ショウ君の方が良かったかな」

「良かったかもね」

 苦笑気味に答えるモトちゃん。

 ケイは床から陰険な目で睨み、赤く染まった雑巾を振り回した。

「悪かったな。地味で陰気で、駄目人間で」

 そこまでは私達も言ってない。

 ただ本人も、どうやら自覚はあるらしい。


「助かったって言えばいいのかしら」

 ニャン程は笑っていない黒沢さん。

 彼女からすれば、こういうまとめ方すら不満の様子。

 ただケイの肩を持つ訳ではないが、これ以外のまとめ方も無いと思う。

 方法や手段は別として。

「話し合いに応じる連中でもないだろ」 

 ストレートに、その事を指摘するケイ。

 今まで、この会議室にいなかったタイプ。

 ニャンが彼を呼んできた理由は、むしろこちらにあるかも知れない。

「応じなくても、話し合う必要はあるでしょ」

「オウムに話せって言ってるようなものさ。音は真似るけど、意味は理解してない」

 辛辣どころではない発言。

 これには黒沢さんも顔をしかめるが、私も意見としては似たような物。

 以前警告をしていて、平然と同じ事を繰り返す連中。

 話し合いが大事だとは思うが、相手は同じ場所に立とうと思っていない。

 だとすれば、もはや話し合いの段階ではない。


 ただそれは私やケイの意見。

 さらに言うと、ガーディアンや自警局としての意見。

 黒沢さん達や、SDCとしての意見ではない。

 立場が異なれば意見も変わるし、行動も異なってくる。 

 そのどちらが正しいのかは、私には分からない。

 分からないが、事態は切迫しつつある。

 正しい正しくないかは別にして、対応する手段は持つべきではないのだろうか。




 どうやら空気がそぐわないとの事らしく、私達は退室を促される。

 何のために来たのかとも思うが、これ以上あそこにいても本格的に眠るだけ。

 むしろ、その点では助かった。

「寝るなよ」

「寝てない」

 即座に嘘を言い、口を拭く。

 よだれは出てなかったと思う。

 多分。

「ニャンは、練習良いの?」

「もう終わったわよ」 

 笑いながら、腕時計を指さすニャン。

 確かにすでに時刻は夜。

 部活動の終了する時間は過ぎていて、生徒会の終業時間もまもなく。

 私も寝てしまう訳だ。



 学校近くのファミレスへ入り、モトちゃんが持っていた優待券でセットメニューを頼む。

 残暑お見舞いセットって、こういうネーミングもどうなんだ。

 冷たいご飯とお刺身。

 そして、暖かい味噌煮込み。 

 分からないけど、何となく分かるな。

「あの話し合いって、まだ続けるのかな」

「続けるでしょうね」

 すぐに答えるモトちゃん。

 彼女が言うんだから間違いはなく、ただ感心する以外にない。

 あれ以上、何を話し合うか想像も出来ないから。

「ニャンはどう思う、あれ」

「ガーディアンの力を借りるのも問題かも知れないわね。ただ、話し合いで解決するともあまり思ってない」

「だったら?」

「説得するしかないんじゃなくて。仲間内では無くて、相手を」

 これは意外に新鮮は発想。

 私個人に関しては、という注釈は付くが。


 いわば工作活動。

 相手の本拠地に突っ込む寄りはましで、仲間も増える。

 殴り合いで解決するよりは数段良いだろう。

「でも、出来る?」

「話し合いよりは良いと思うわよ。出来るかどうかは、やってみないとね」 

 自分でも、効果はあまり期待していない顔。

 ただ彼女がそう答えるのも分からなくはない。

 話し合う相手が、身内から敵に変わっただけの話。

 それはむしろ、困難さがつきまとう。

 上手く行けば仲間は増えるが、失敗すれば相手の反発を招くだけである。

「私達はどうすればいい?」

「ユウは黒沢さんを護衛したら。私は渡瀬さんでも御剣君でも良いから」

「良いの?」

「今更、引く訳にも行かないでしょ」

 優しく笑い、頭を撫でてくれるモトちゃん。

 これはすでに私の問題でもある事を分かった上での。


 黒沢さんや青木さん。

 そしてニャン。

 彼女達を守るのは、私の使命。

 誰が命令した訳でも、言った訳でもない。

 自分でそう思いこんでいるだけ。

 サトミやモトちゃんがそうであるように。

 彼女達も、また。




 という訳で、SDCにしばらく常駐する事が決められた。

 改革派との話し合いに目処が付くまでの限定だが、付かなかったらどうするのか。

 ちょっと汗が出てきたな。

 家に戻ると、リビングでサトミがくつろいでいた。

 すでにパジャマへ着替え、ソファーに横へなって文庫本を読んでいる。

 ここって、誰の家だったっけ。

「遅かったのね」 

 視線だけをこちらへ向けて来るサトミ。

 起き上がって再会を祝い合うという心境ではないらしい。

 まあ、夕方に会ったばかりだけどさ。

「話が長引いた。しばらく、SDCで黒沢さん達の警備をするから」

「あなた、たまに訳の分からない事を言い出すわね」

「訳は分かるでしょ。友達を守るって事だから」

「それって、褒めればいいの?困ればいいの?」

 そんな事、私に聞かれても困る。


 確かに自警局。

 もしくはガーディアンである私がSDCに常駐するのは問題かも知れない。

 だけどそれ以前に、私は黒沢さん達の友達。

 まずは、そちらの立場を優先させたい。

「別に、私がいなくてもそっちは困らないでしょ。モトちゃんの警備は、渡瀬さん達がいるし」

「そういう意味ではね。でもあなた、自警局の人間よ」

 あくまでもその部分にこだわるサトミ。

 ただ頭から否定はせず、彼女としても私の行動に賛成する部分あるんだろう。

「すぐ戻る」

「まさか、ユウが暴れて決着を付けるつもり?」

「それこそ、まさか」

 私もそこまで馬鹿ではないし、血の気も多くない。

 いや。昔はそうだったかも知れないが、今は違う。

 違えば良いなと思いたい。




 自分もお風呂に入り、パジャマに着替えてリビングへとやってくる。

 食事は済ませた後で、後は体を休めるだけ。

 宿題とか予習とか復習とか。

 その辺は、一度頭の中から追い出しておこう。

 サトミは相変わらず、本を読みふけっている。

 多少さっきと姿勢が違うくらいで、本から目を離すつもりは無いようだ。


 何をそんなに集中しているのか気になり、それとなく表紙を確かめる。

 作者名は、「master」

 サトミの両親のペンネームになっている。

 両親とは未だに疎遠だが、こういう姿を見る限りつながりが完全に絶たれた訳ではない。

 そう思いたい、私の願望かも知れないが。

 何よりお互い、相手を心の底から憎んでいるという事でもない。

 不幸な出来事、やりとりは確かにあっただろう。

 ただそこには誤解や感情のもつれ。

 時の経過に任せ、何も手を打たなかったのも関係がこじれた理由の一つだと思う。

 全てが終わってしまった訳ではない。

 私としては、そう思いたい。


 とはいえそれも、私の願望。  

 サトミや、その両親の気持ちとは異なっていてもおかしくはない。

 人の気持ち。心の中を完全に理解するのは不可能だから。

 逆を言えば、だからこそ理解しようと努める。

 相手の気持ちを思い行動をする。

 それが結果として、お互いの関係を深める事にも繋がる。

 本当の心は分からなくても、近付こうとする意志が大切なのではないだろうか。


 そう思うと、モトちゃんや黒沢さん達の考え方も少しは理解出来る。

 初めから相手を否定しても仕方ない。

 少しでも理解しようと努める事が大切。

 そこから分かる事、気付く事もある。

 全てを否定しては何も始まりはしないし、解決もしない。

 ただそれにはかなりの努力と時間が必要で、決して楽な道でもないが。



 考え込み過ぎたせいか、気付くと床に寝転んで丸くなっていた。

 しかし時計を見ると、時間の経過はほんの少しだけ。

 それだけ、意識が集中していたようだ。

 自分としては何時間も考え込んでいたような感覚すらあり、人の思考はすごいんだなと改めて思い知る。

 明確な結論が出なかったのは、ともかくとして。

「あーあ」

 欠伸混じりに立ち上がり、まだ本を読んでいるサトミを見下ろす。

「面白い?」

「邪魔しないで」

 一言で片付けられた。

 ここは誰の家で、自分は何者なのか。

 それすらも、あまり分かってないようだ。

 いや。分かっているからこその、この振る舞いかも知れない。



 取りあえず軽くお腹を押してみる。

 鍛えていないので、手応えは柔らかめ。

 感触が良いと思う一方、ちょっと肉付きが良すぎる気もする。

「太った?」

 これにはさすがに飛び起きるサトミ。

 どうやら、自分でも多少は気にしているようだ。

「最近ずっとデスクワークでしょ。訓練とかしてる?」

 顔は赤く、体は震え。

 怒りは伝わってくるが、反論は聞かれない。

「良いけどね。私の体でもないし」

 ソファーが空いたところで自分が転がり、文庫本を読んでみる。

 いきなり英文か。

 私としては、これを読んでいるだけで痩せてくる気がするな。

「辞書無いの」

「平易な英文でしょ」

「天才だけど、カロリー計算は出来てるの?」

 すぐに押し黙り、胸の前に置いた拳を振るわすサトミ。

 日頃やられてる一方なだけに、気分が良いな。

「……私も行くわよ。SDCに」

「仕事があるんでしょ。それに、来ても痩せないよ」

 というか、こっちが気苦労で痩せる気がする。

 なんか、余計な事を言った気もするな。



 とはいえ、それもまた楽しみ。

 親しい友と過ごす時間が増えるのも。

 こうしてじゃれ合うのも。

 小さな幸せ。

 私にとっては、何にも代え難い。












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