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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第38話   3年編(外伝扱い)
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     38-9




 今日も自警局に来るが、やる事がない。 

 トラブルがないのは良い事にしても、正直時間をもてあます。

「暇そうね」

 書類の山を整理しながら話しかけてくるサトミ。 

 その山越に彼女を見つつ、頷いてみせる。

「どこかのオフィスを借りてさ。パトロールとかしてた方が良いんじゃないの」

「そういう時期は、もう過ぎたのよ。私達は」

 サトミやモトちゃんは、確かに過ぎたかも知れない。

 でも私は、意識も今までと大して変わらない。

 ガーディアン。

 引いては、旧連合の気持ちを引きずったまま。

 どうも、末端意識が抜けきれない。

「モトが出掛けるから、付いていって。ショウもお願い」

「やっと仕事か。プロテクターは?」

「インナーだけで十分だと思う。やりすぎないでよ」

「襲ってくる相手によるんじゃないの」

 大抵の相手なら、軽くあしらって終わらせる事も出来る。

 ただ向こうが諦めない場合は、こちらもそれなりに覚悟を決める。 

 自分自身のためにではなく、守るべき人のために。



 そこまでの決意が必要かは分からないが、モトちゃんを私とショウで挟んで歩く。

 廊下に生徒はそれ程おらず、不穏な気配も特にない。

 とはいえ、油断は禁物。

 慎重に廊下を歩いていく。

「どこ行くの」

「職員室」

 聞かなければ良かったな。

 というか、付いてこなければ良かったな。

「そういう顔しないで」

「村井先生がいるんでしょ」

「顧問だから。彼女に会いに行くのよ」

 足に鉛をつけられた気分。

 出来ればこのまま引き返したいくらいだ。



 勿論そんな訳に行かず、職員室へ到着。

 答案を採点していた村井先生の前に来る。

「先週のレポートです」

「ご苦労様」 

 赤ペンを放り出し、モトちゃんが差し出した書類を読み出す村井先生。

 これって、私達のクラスの分か。

 サトミは満点。 

 私は、まあそれなり。

 ……なんだ、これ。

 ケイの解答用紙は、丸が一つ。

解答にではなく、右隅に一つ。

「はは」

 笑いごとではないけど、笑う以外に仕方ない。

 しかし0点って、本当にあるんだな。


「勝手に見ないで」

「だって、0点」

「何点でもいいでしょ」

「良くは無いでしょ」

 良くはないけど、ケイの解答。

 確かに何点でも良い。

 ただこれだと誰が留年するって、あの子が留年するんじゃないのか。

「もう帰って良いよね」

 私は初めから用はなく、ケイの解答も見られただけでもう十分。

 後は帰って、彼をからかうくらいだ。

「少し話があるから、座りなさい」

「モトちゃん、座れって」

「あなたも座るのよ」

 手の平を上に向け、椅子を指さす村井先生。

 説教じゃないだろうな、まさか。



 お茶とお菓子を出され、村井先生が足を組む。

 私もやってやれなくはないが、後ろにひっくり返るので止めておく。

 短いのよ、絶対的に。

「ガーディアンを削減すると聞いたけど」

「生徒会改革の一環と捉えて下さい。これに対しての反対意見は少ないかと」

「ガーディアン全体の意見は?」

「反対意見もあるでしょうね」

 いとも簡単に答えるモトちゃん。

 だったら駄目なんじゃないのかと言いたくなるが、彼女は特に問題とは思ってない様子。

 それは村井先生も同様。

 こうなると、意味も無くガーディアンの肩を持ちたくもなる。

「意見は聞わよねね」

「ええ。とはいえ、今の数のままではいられません。生徒会予算の半分とは言わないまでも、かなりの割合をガーディアン関連で占めてますから」

「問題は予算だけ?」

「ガーディアンがいなくても問題ない学校にするのが私たちの使命。ガーディアンありきという発想を変える時期だと思っています」

 広い視野。

 高い位置からの発想。

 漠然とガーディアンを減らせば良いと思っていた私の上を行く考え。

 彼女が局長になったのも、当然すぎる話。

 漫然と過ごしている私とは、本質的に違うんだろう。

 何もかもが。



 ただ、それはそれ。

 人間一人一人に個性があるし、役割がある。

 違うからこそ、補いあえる。

 そう好意的に解釈して、あられの袋をポケットに入れる。

「……どうして入れるの」

「お腹一杯だから」

 不思議そうに私を見てくる村井先生。

 何しろ向こうは、結局の所高嶋財閥のお嬢様。

 あられくらいいつでも食べられるし、残す事も気にしない。

 所詮私とは相容れないんだ。

 持って帰る私の方がおかしいという理屈は、この際気にしないでおく。




 あられを携え、職員室を後にする。

 とにかくここは馴染まない。

 また、馴染む生徒がいるとも思えないけど。

「邪魔だ」

 廊下を全て遮るように横一列に並び、こちらへと歩いてくる生徒の集団。

 何かの冗談かと思うくらいの話である。

「邪魔なのは、お前達だろ」

 静かに指摘するショウ。

 前は彼に任せ、私はモトちゃんを伴い後ろへ下がる。

「私から離れないでよ」

「穏便にね」

 耳元でささやくモトちゃん。

 私達はそのつもりでも、これは相手次第。

 初めからケンカ越しの連中に、穏便も何もない。


 わずかにも道を譲ろうとしないショウ。

 構わず突っ込んでくる男達。

 自然両者の距離は詰まり、体が触れあう事となる。

 相手は横一列だけではなく、後ろには3列ほど。

 その圧力は、軽自動車一台くらいなら軽く押し切るはず。

 しかしショウはわずかにも下がらず、彼の場所だけ流れが止まる。

「お前、逆らう気か」

「立ってるだけだろ。頭悪いのか」

 久し振りに、血の気の多そうな発言をするショウ。

 最近大人しかっただけに新鮮というか、なんか格好良い。

 などと、浮ついている場合でもないが。


 相手は体格から見て、運動部。

 アメフトか、それに近い部活のはず。

 何をしたいのかは不明だが、ショウが言う通り頭が悪いのは間違いない。

「ああいうのが、どうして普通に歩いてるの」

「他校から流れてる場合もあるし、元々いた生徒が増長してる場合もある。困った話ね」

「なんか納得出来ないな」

「ガーディアンが弱体化してる以上、運動部が力を付けるのは仕方ないのよ。バランス的にもね」

 諦めにも似た口調。

 実際にこういう状況を諦めているのではなく、あまりにも頻発するケースで飽きているのかも知れない。

「SDCは。黒沢さんは何してるの」

「一部の部活はコントロール外なのよ。昔も、空手部とかはSDCの意向に沿ってなかったでしょ」

 それは彼女の言う通り。

 表面上従いはしても、裏ではそれに反発。

 好き放題ではないが、良いようにやっていた。

 やっていたらどうなるか。



 気付くと悲鳴が聞こえ、ショウの姿が男達の中へと消えた。

「大丈夫なの?」

 彼が集団で襲われると思ったのか、不安そうな声を出すモトちゃん。

 これが通常の反応。

 第一普通なら、あれだけの大人数に立ち向かおうとは思わない。

「問題ないよ」

 それこそ、さっきのあられでも食べたい心境。

 私からすれば、そのくらいの余裕がある状況である。


 少しずつ広がる、男達の輪。

 その密度が薄れ始め、バタバタと人の倒れる音がする。

「何してるの」

「至近距離で殴ってるんでしょ」

 大勢を相手にするならまずは逃げて、少人数と戦う状況を作るのがセオリー。

 とはいえその人数差。

 油断を逆手に取り、中へ突っ込むのも一つの手。

 今のショウが、まさにそう。

 ここからだと人が倒れる所しか見えないが、やっている事は何となく分かる。


 小馬鹿にしている連中の中へ、一気に割って入る。

 まずは一人倒し、そこを背にしてもう一人。さらに一人。

 三方に壁が出来た所で、正面の相手を倒す。

 そうする内に初めへ倒した相手が床に崩れ、壁が消える。

 今度はそちら側に攻撃。

 彼を囲もうにも人が多すぎて、相手は身動きが取れない。

 また殆ど密着しているような距離。

 殴っても威力はなく、掴んで投げるのがせいぜい。

 ただそこは、技術次第。

 若干の隙間があれば、相手を卒倒させるのは訳もない。



 気付けば男達は半数以上が床に倒れ、残りは悲鳴を上げて逃げていく。

 ここでようやくショウの姿が現れ、息を整えながらこちらへと歩いてきた。

「もう少し、大人しく出来ないの」

「ああいうのを許しておく事こそ、問題だろ」

 いつになく強気な発言。

 激しく戦った後。

 感情が高ぶっているせいもあるだろう。

「許してはないの。それに職員室と、大して離れてないのよ」

「だったら余計に問題じゃないのか」

「……どっちが問題だと思う?」

 若干低くなる声。

 それは言うまでもなく、ショウは早足で歩き出す。

 彼が圧倒的に強かったせいか、わずかな時間で方は付いた。

 職員室から人が駆けつけてくるのは、もう少し先の話だろう。




 3人でバタバタと走り、追っ手が来ないのを確認して階段にしゃがむ。

「本当に、頼むわよ」

 あえぎあえぎ話すモトちゃん。

 ショウはまだ何か言いたげだが、今の行為が一時的な解決法。

 対症療法に過ぎないは、彼も理解している。

 とはいえ目の前の状況を見過ごすなど、彼にも私にも出来はしない。

 長期的な視野で考えれば、今の行動は賢くないかも知れない。

 だからといって、笑って道を譲れるくらいなら私はここに座っていない。

「お前か、元野は」

 階段の上から聞こえる横柄な声。

 さっきの連中の仲間かと思ったが、雰囲気が違う。

 あれはあくまでも偶発的な接触。

 しかし今回は、明らかにモトちゃん目当て。

 今度もショウを前に立て、私は彼女をかばって後ろに下がる。


 下がろうと思ったが、後ろからも人が来た。

 人気のない場所へ逃げてきたので、ここにいるのは私達だけ。 

 相手は好都合と思ってるかも知れないが、それはこっちも同じ。

 自由に動けるという物だ。



「自分こそ、誰よ。まずは名乗ったら」

 モトちゃんに変わって声を上げ、相手を睨む。

 見た感じ、インナーのプロテクターを着用。

 外には無いが、シャツの懐に警棒か武器を隠してる様子。

 確信犯だな、これは。

「俺は元野に用があるんだ」

「名乗れないような人間に用は無いのよ」

「誰だお前」

「だから、自分が名のれって言ってるでしょ。頭悪いんじゃない」

 思わずさっきのショウと同じ台詞を口にする。

 しかし、実際に悪いんだから仕方ない。


 男達は目配せをして私達を囲もうとするが、こっちは少なくともこういう事に掛けては馬鹿ではない。

 それに併せて立ち位置を変え、下へ降りる階段の方へと動いていく。

 相手が上で、こちらが下。

 馬鹿な選択をしたと向こうは思ってるだろう。

 ただ上が有利なのは一般の理屈か、猫の理屈くらい。

 私からすれば、気になる程でもない。

「……この連中、誰」

「ガーディアンで見た顔ね。私が気にくわないらしい」

「七尾君を怒るしかないな、後で」

 舌を鳴らし、背中からスティックを抜く。

 すると男達が小さくどよめき、反射的に警棒を抜いた。


「お前、雪野か」

「だから自分が名乗れって言ってるでしょ」

 これにこだわる私も、あまり頭は良くないな。

 ただ、良い機会といえば機会。

 精神的な制約も今は殆ど感じず、怒りが体に満ちている。

 憶する気持ちは微塵もなく、戦いに必要な意識が漲り出す。




「元野をこっちに寄越せ」

「馬鹿じゃない。それと七尾君は、この事を知ってるの」

 この一言でひるむ男達。

 その程度の覚悟と認識。

 底が知れたな。

「話にならないわね。早く帰って、訓練でもしてきたら」

「大物振りやがって。ちょっと有名だからって調子に乗るな」

「乗ってないわよ。でも、自分達も乗ってないみたいね。女の子一人に、大勢で押し寄せてくるんだから」

 鼻で笑い、スティックを担ぐ。

 男達は顔を真っ赤にして、陰気な目で私を睨んできた。

 感情を高ぶらせるのは、戦いには必要。

 ただそれも程度加減で、相手の挑発に乗る形は最悪。

 良いようにコントロールされるだけの結果に終わる。



「ショウ、少し下がって」

「大丈夫だろうな」

 自分が言わないでと反論したくなるが、それは自重してモトちゃんを彼に預ける。

 階段を後ろ向きに下がりつつ、相手の動きを確認。

 警棒とスティックのリーチ差があるため、打ち込まれる心配は薄い。

 そう思った途端、蹴りを放つ男。

 足が顔に迫ってくる。



 無抵抗の女の子を蹴りつけようとする感覚。

 手加減をする必要は一切無い。

 軽く顎を引き、後ろに飛んでそれを避ける。

 体は落下するが、本来あるべき位置に床がない。

 それは階段なので当然。

 一瞬下へ視線を向けて、段差を確認。

 その隙に相手が二撃目を放つ。


 この程度の誘いに乗る相手。

 やはり顎を引いてそれを避け、スティックを下から上へ振り上げる。

 相手は足を引き、素早く避ける。

 避けた気になった、と言った方が良いだろうか。


 手首を返し、スタンガンを作動。

 火花が迸り、男の膝を貫いた。

 予想していなかった痛みに悲鳴を上げて倒れる男。

 下は階段。

 結果がどうなったか、私が知った事ではない。


 こちらは後ろ向きのまま数回飛んで、踊り場まで飛び降りる。

 当然転ぶなんて無様な真似はせず、普通に着地。

 スタンガンを停止させつつ、それを背負う。

「次は誰」

 手の平を上にして軽く振るが、反応無し。

 倒れている男を助けようとすらしない。

「今度見かけたら、こっちから仕掛ける。せいぜい訓練しておく事ね」

 悲鳴を上げて逃げていく男達。

 あの程度の覚悟で、良く襲ってこられたな。

 もしくはあの程度の覚悟しかないから、女の子一人を襲おうと思ったかだ。



「助かったと言いたいけど。それは大丈夫なの」

 スティックを避けるようにして声を掛けてくるモトちゃん。

 私からすれば何一つ問題はなく、むしろ愛おしさを感じるくらいだが。

「電圧はかなり押さえてあるよ。直接触れても、痺れる程度」

「過剰防衛の気もする」

「ケースバイケースで使い分けるって。今でも、軽く当てただけだし」

 手首を振り、改めて稼動。

 軽くスティックを振り、階段の段差すれすれで止める。

 別な機能を使えば、段差を切り取る事だって可能。

 やらないけどね。

「それよりガーディアンは七尾君の管轄でしょ。言った方が良いんじゃないの」

「運動部にも色々いるように、ガーディアンにもいるの。全てを押さえ込むのは不可能よ」

「だけどさ」

「理想は理想。現実は現実。分けて考えないとね」

 襲われた割りには、冷静な反応をするモトちゃん。

 私ならさっきの仲間を全員つるし上げる所だが、本人がこれなら大人しくしてる以外にない。

 今度出会った時は、つるし上げるでは済まないが。




 怒りを抱えつつ、自警局に帰還。

 しようと思ったが、ドアの所でサトミに出迎えらえる。

 腕を組み、薄く微笑み、口元を横に裂いた彼女に。

「随分活躍したみたいね」

「したよ」

 悪びれずそう答え、脇を抜けて通り抜ける。

 抜けようとしたが、後ろから襟首を掴まれた。 

 猫の子じゃないって言うの。

「その一言で済ます気?」

「廊下に広がって歩いたり、見下した態度で近付いてきたり。ああいうのは、許せないの」

「落ち着くようにって、前に言わなかった?」

「聞いたかもね。でも、無理だった」

 首を振って襟に掛かっていた手を離し、壁を叩いて床を踏む。

 とにかく、ああいう連中は我慢が出来ない。

「あー」

「あなた、ストレスでも溜まってるの?」

「さっきたまった。あー」

「もういい。始末書でも書いてなさい」

 なにやら聞き慣れない言葉。

 いや。前は嫌と言う程聞いていたが、この半年は縁がなかった。

 それが復学早々ご対面か。



 とはいえそこは、慣れた物。

 署名を書いて短く一文添えて、すぐに完成。

 始末書としての意味は全く成してないが、書いてしまえばこっちのものだ。

「また、始末書、ですか」

 私を見て、くすくすと笑う高畑さん。

 おかしいな、中学生がどうしてここに。

「ああ、一年生。全然見なかったね」

「色々と、仕事がありまして」

「高畑さんもガーディアン?」

「まあ、そんなところです」

 どんなところか知らないが、こんな細い体で大丈夫だろうか。


 なんて思いつつ彼女に近付き、違和感を感じる。

 もしくは、背筋に悪寒を。

 彼女は椅子に座っていて、私は普通に立っている。 

 なのに目線が合うという状況。

 草薙高校の七不思議に申請したいくらいだな。



 勿論そんな不思議な事ではなく、彼女の背が伸びただけ。

 だけ、で片付けられる程簡単な話でもないが。

 高畑さんを立たせてみて、またびっくり。

 頭一つ分、私より背が高くなっている。

 多分渡瀬さんより高いくらいで、ちょっとめまいがしてきた。

「何、それ」

「何が」

「背。身長」

「成長期、ですよ」

 一言で片付ける高畑さん。 

 よく見ると胸は膨らみ、ウェストはくびれ、足も長くなっている。

 顔も少しふっくらとして、前の繊細さが影を潜める。

 とはいえそれが悪い訳ではなく、非常に健康的な印象。

 本当、ため息しか漏れないな。




 やる気がなくなったので、部屋の隅に行きゲームをする。

 成長期なんて外国の言葉、私には関係がない。

「拗ねるなよ」

 にやけながら近付いてくるケイ。

 それを怒る気にもなれず、端末でゲームを続ける。

「背の事はどうでもいいんだけどさ」

 私にとってはどうでも良くないので、さすがにここはきつく睨む。

 そこから何を感じ取ったのか、彼は顔を青くして後ずさった。

「私は今の自分を駄目とは思ってないけど、別に満足もしてないの」

「知らんよ、そんな事は。それより、話」

 少し小さくなる声。

 私がみんなから離れている事も関係があるんだろう。


 とはいえ積極的に話したい心境でもなく、ゲームをしたまま耳だけを彼に向ける。 

 別に猫のように動かすのではなく、顔の位置を変えて。

「アメフトの同好会に手を出しただろ」

「同好会かどうかは知らないけど、変な連中は叩きのめした」

「あれ、良くないぞ」

 彼が言う意味は、倫理的にではない。

 おそらくは、アメフトの同好会とトラブルを起こしたのが良くないという意味だろう。

「運動部って意味?」

「まあね。相互不干渉って取り決めがうやむやになったとはいえ、だからこそ余計にその辺の関係は難しい」

「だったら、大人しく頭を下げてろって事?」

「そこまでは言わないけど。SDCも困るだろ」

 さらに小さくなる声。


 SDCは運動部部長の親睦会。

 つまり運動部の集合体で、今は黒沢さんが代表。

 私にも全く無縁な組織ではない。

 それを考えると、確かにトラブルを起こすのはまずい。

 今までそういう機会が無かっただけに、あまり深く考えては来なかっただ。

「黒沢さん達に迷惑を掛けたかな?」

 不安になってそう尋ねるが、横目で伺っていると彼は小さく首を横へと振った。

「誰が悪いって、この場合は相手の方。ただ、言い逃れようはいくらでもある。証人もいないし、映像が残ってる訳でもない」

「何、それ」

「ユウ達を非難する。ガーディアンや自警局への非難なら、大した問題じゃない。ただそれが黒沢さん達に関わる可能性もある。SDC内部から、「黒沢さんの友達が暴れてるんですけど、どういう事ですか」って」

 淡々と話すケイ。

 さすがにゲームを止めて、彼を見る。


「それって結局、黒沢さんに迷惑を掛ける事になるんじゃないの」

「迷惑かどうかは知らないけど、相手に利用される可能性はある。反体制派、反黒沢派に」

「何、それ」

「どこにもそう人間はいる。俺達だって現状は反体制派だから」

 そう指摘され、なるほどとも思う。

 自分はよかれと思って今の立場を貫いているが、SDCの反体制派もよかれと思って行動してるかも知れない。

 そう考えると、一概に彼等を非難する気持ちにもなれない。

 とはいえ黒沢さん達への反抗というのは、面白い話でもない。

 こういう入り組んだ、複雑な状況は正直苦手。

 しかしそこに自分が巻き込まれているのも事実である。


 ケイは壁に背を持たれ、前を見ながら話し始めた。

「その反体制派から声を掛けられる可能性もある」

「一緒に戦おうって?」

「まあね。向こうはSDC内の改革を標榜してるし、こっちは自警局の改革を標榜してる。名目上は、一致しやすい」

 少し含みのある言い方。

 同じ立場、とは言い切らない。

「どうすればいいの?」

「友情を取るか、自分達の信念を貫くか。難しいところだな」

 鼻で笑い軽く受け流すケイ。

 真剣なようでいて、しかしあまりこの話に熱心でもない様子。 


 彼からすれば反体制派との共闘は、悪くない話。

 人数が多ければそれは即ち力になるし、SDCというのは学内でも影響力が強い。

 そこを味方に付けられれば、改革にも大きな前進となるだろう。

 ただSDCの改革派が黒沢さんと対立してるなら、話は別。

 彼女は私の友人で、心情的には彼女と共闘をしたい。

 一方で改革という事を考えると、それが許されるのか。

 ジレンマではないが、少し考えてしまう。



 しかし判断材料に乏しいのも確か。

 一番の問題を、まずは聞いてみる。

「改革って、向こうは何を改革する気なの」

「代表の公選化と、多数決の採用。民主主義を謳ってる」

 これは確かに、悪くはない話。

 今までのSDCは、完全な上意下達。

 上の指示は絶対で、下はそれに従うだけ。

 意見としては聞くだろうが、最終的な決定権は代表に委ねられている。

 それに不満を持つ人は多いだろうし、公選化というのは結局響きが良い。

「黒沢さん達は?」

「選挙制度や多数決は、時期尚早。導入は検討するが、まだその時期ではないと言ってる」

「そう」

 少なくとも、改革とは距離のある立場。

 私達が協力すると言い出すのは難しい気がする。

 彼女の言ってる事も分かるが、現状の私達が協力するのならおそらくは反体制派を名乗ってる連中。

 だがそれでは、黒沢さん達と相容れなくなってしまう。

「……ちょっと、SDCに行ってくる」

「面白くないと思うけどな」

「だからって、このままで良い訳じゃないでしょ。ショウ、ちょっと来て」




 ボディーガードではないが、彼を伴いSDCに到着。

 ドアの前で型通りのチェックを受けて、中へと入る。

 雰囲気としてはそれ程殺伐としてはおらず、怒号が行き交ったり極端に対立してる雰囲気もない。

 あくまでもここは廊下なので、判断するのはまだ早いが。

「話して解決するのか」

「話さなければ、何も進まないでしょ」

「まあ、そうだが」

 危ぶむような視線。

 私が暴れると思ってるのか、話し合いに向いてないと思ってるのか。

 どちらにしろ、あまり面白い事でもない。

「私は私で考えてるの。それにじっとしてても、事態が解決する訳でもないだろ」

「サトミかケイか。誰か連れてきた方が良かったんじゃないのか」

「これは私の問題なの。だから、私が解決する」

 そう言いきり、行きすぎたところで呼び止められる。

 興奮しても良い事は何もないって、よく分かった。



 SDCの代表執務室に通され、黒沢さんと体面をする。

 話は事前に通していて、後は彼女の説明を待つだけ。

 とはいえ急に彼女が考え方を変えるとは思えず、どういう答えが返ってくるかは大体想像が付く。

「今の段階では公選制も多数決も採用しない。それでは一部の力がある運動部が組織を牛耳る、以前の状態に戻るだけよ」

 やはり、思っていた通りの答え。

 これは私も理解出来る話。


 公選制といっても、投票権があるのは部長かせいぜい運動部の部員。

 有形無形の圧力もあれば、思惑も絡む。

 口で言うほど民主的な選挙が行われる可能性は低い。

 それは公選制に限らず、その後の多数決制度の採用もそう。

 結局一部意見。

 力のある物の意見が押し通るような気もする。

 やってみなければ分からない側面もあるので、それを完全に否定は出来ないが。


 私の不満を読み取ったのか、靴音を立てて部屋を歩く黒沢さん。

 それに前から違和感というか、不自然さを感じる。

 理由はすぐに分かる。

 彼女が履いている革靴のせい。 

 スニーカーならここまで音はせず、また乾いた音もしない。

 運動部の部員なら、大抵はスニーカーを履いている。

 そちらの方が当然動きやすく、また彼女は陸上部で練習にはスニーカーを使うはず。

 だけど今は、革靴を履いている。


 何を履こうと、個人の自由。

 ましてここはグラウンドではないし、練習の時間でもない。

 革靴を履いていて悪い理由は何一つない。

 ただ距離感。

 運動部。

 陸上部という印象からは程遠い。

 彼女はSDCという組織を率いているのだから、それも当たり前の話ではある。

 あまりくだけた服装をしているより、革靴の一つも履いていた方が良い場面もあるだろう。

 それが余計に、違和感を感じるのだが。



 何となく沈黙する、私と黒沢さん。

 ショウもいるが、こういう場面で口を出す子ではない。

 静かな執務室内に気まずい空気が流れ、ただ私から切り出す材料がない。


 その静寂を唐突に破る物音。

 床に響く激しい足音。

 革靴とかスニーカーとかそういう事ではなく、圧倒的な人数による。

「来客中ですが」

 押し寄せる大勢の男女を一瞥し、下がるように訴える黒沢さん。

 しかしその連中は小馬鹿にした顔で笑うだけ。

 所詮陸上部。

 か弱い女、くらいの表情。

 まずは深呼吸して、気持ちを落ち着ける。

「公選制について、考えてくれましたか」

 どうやら反体制派の様子。

 この人数を背景に、分かりやすい形で圧力を掛けに来たようだ。

 それも今だけではなく、過去何度も同じ事を繰り返してきたはず。


 黒沢さんは陸上部出身で、格闘系クラブとは無縁。

 対立はしてないにしろ、共通性はない。

 だからといって前の彼女は格闘系クラブをないがしろにしていた訳ではなく、どの部活も平等に扱ってきたはず。

 文句を言われる筋合いはないし、彼女は一生懸命SDCの運営を行ってきた。 

 人間万能ではないから、至らない点もあるだろう。

 だったらそれを支えるのが、また人間ではないだろうか。

 こんな大勢で押し寄せて、脅しに来るのではなくて。



 改めて深呼吸するが、あまり効果無し。

 頭の中が熱くなる。

「まずは臨時集会を開いて、公選制を採用するか決めましょう」

「その時点ですでに多数決制の導入に繋がります。認められません」

「多数決の何が悪いんです。代表一人の独断で決めてる今の方が、よっぽど問題じゃないんですか」

「私は広く意見を集め、皆さんと話し合ってから決断を下しています。私が独断で決めている訳ではないですし、少数意見も採用しています」

 静かに反論する黒沢さんだが、状況は圧倒的に不利。

 あくまでも彼女は一人。

 大して相手は、20人以上。

 中には大男や武器を持っている者も混じっていて、たじろがないのが不思議なくらい。


 そう。

 彼女は下がる事無く、ここにいる。

 立場はもしかして、私と違うかも知れない。

 だけど、その心は信じられる。

 学校のために、大勢の人のために頑張ろうとする彼女の心は。

 だとすれば、私の取る道は一つだけ。

 あれこれ考えていた自分が恥ずかしいくらい。

 私の力は、彼女を守るためにもあるんだから。




 スティックを抜き、それを担いで黒沢さんの前に出る。

 彼女の視線が首筋に刺さるが、気にしない。

 何がプレッシャーって、それが一番じゃないだろうか。

「どうする気」

「私に任せて」

「本当に任せて良いの?」 

 でもって、信用もないと来た。

 何しろ過去が過去だけに、言い訳のしようもないが。

「誰だ、お前」

「ガーディアンよ」

 正確には少し違うが、気持ちとしては今でもガーディアン。

 またこれは多少インパクトがあったのか、連中が気持ち体を引く。

「話し合いなら、もっと人数を絞り込んで来れば。これだと、脅してるだけじゃない」

「ガーディアンに関係はない」

「だったら、言い直す。黒沢さんの友達として、私はここにいる」

 後ろから伸びてくる大きな手。

 それをそっと握り返し、決意を新たにする。

 このぬくもりのためなら、私は何だってやってみせる。


 小さいだけの、子供みたいな女。

 連中の印象は、おそらくその程度。

 実際その通りで、間違った解釈ではない。

 ただガーディアンの一言が意外に効果的だったのか、初めの勢いは全く感じれられない。

「どういう事、これ」

「元野さんとは協力しているの」

 初めて聞く話。

 つまり黒沢さんは格闘系クラブの後押しがない代わりに、ガーディアンが全面的にバックアップしている訳か。

 だったら私も、遠慮無く動けるという物だ。

 こうなれば、立場も何も関係ない。

 私は自分の感情のまま動くだけ。

 黒沢さんを守る、それだけを考えればいい。


「とにかく下がって。話は終わりよ」

 ガーディアンに遠慮はするが、私に遠慮はしない様子。

 とはいえスティックで押し返す訳にも行かず、ずっと遠くで佇んでいたショウを呼び寄せる。

「追い払えとか言うなよ」

「じゃあ、私がやって良いの」

「……下がっててくれ」 

 ため息混じりに私を下げるショウ。

 何を想像したのか、ちょっと聞きたいし聞きたくもないな。



 圧倒的な体格とその風格。

 拳を振るわずともちょっとした仕草や足の運びで、相手の実力は自然と知れる。

 何かをかじっていれば、下がらない方がどうかしている。

 それでも下がらないのは、虚勢を張っているのか仲間が大勢いる事への過信。

 この時点で、私が前に出たくなる。

「雪野さん、大丈夫なの」

 小声で尋ねてくる黒沢さん。

 相手は格闘系クラブの部員が20名以上。

 大してこっちは、ショウが一人に私が一人。 

 黒沢さんを含めても三人だけだ。

「全然問題ない。何よりこの部屋で同時に動ける人数は限られるから、多い方がむしろ不利だよ」

「少ないよりは良いんでしょ」

「まあね」

 それは多分、間違いない。

 普通のケースならばという前提は付くが。


 軽く左足を踏み出すショウ。

 それに釣られ、前に出る先頭にいた男。

 ショウはすぐに足を引き戻し、突っ込んできた男の首筋に振り上げたかかとを添えた。

 右足は固定したまま。

 立ち位置も変えないまま。

 男もそのまま動きを止め、顔中に汗をかいて小さく唸る。

「慌てない方が良いぞ。俺も、この人数を相手にはしたくないからな」

 控えめな、あまり自信を感じさせない発言。

 それは相手に引く猶予を与える事にも繋がる。


 目配せをして後ろの方から帰り出す集団。

 ショウも振り上げていた足を下ろし、男に向かって顎を振る。

「帰れよ。それとも、続きをやるか」

「い、いや。結構です」

 敬語で返し、仲間をかき分けて逃げる男。

 実際に対峙してみれば、彼の実力は嫌でも分かる。

 自分との実力差。

 床を舐めていない幸運を。

「貴様、顔は覚えたからな」

 ドアの所で余計な事を言ってくる、道着姿の男。

 ショウは何も答えず、早く帰るよう手を振るだけ。

 結局倒さなかった事に付けいる隙を感じたのか、相手は小馬鹿にした笑顔を浮かべる。

 人の心。

 優しさが分からないとは、まさにこの事だな。


 床を踏み切り、宙に浮きながらスティックを抜く。

 その間に手首を返し、スタンガンを作動。

 着地の勢いのまま、男の目の前で床に振り下ろす。

 激しく飛び散る火花。

 悲鳴を上げてのけぞる男。

 その鼻先に、青い火花をまとうスティックを突きつける。

「覚えたから何なのよ。テストにでも出るの」

 後ろから感じる醒めた視線。

 この際それには構わず、青白い顔をしている男を睨み付ける。

「今度大勢で出来たら、私が話を聞く。分かった?」

「お、お前。何様の」

「それは自分達でしょ。文句があるなら、いつでも連合……。自警局に来なさい」

 スティックを振り上げ、勘違いした男に悲鳴を上げさせ背中に戻す。

 馬鹿馬鹿しい意外の言葉が思い付かず、暴れた事自体が腹立たしい。



 怒りは収まらないが、さすがに戻ってくる者は一人もいない。

 いたらこの感情が、一気にそこへなだれ込むだろうな。

「助かったと言いたいけど。最後のは何?」

「殴るより良いでしょ」

「本当、良く復学出来たわね」

 そんなしみじみ言わなくても良いでしょうよ。

 確かに、スタンガンはやりすぎたかも知れないが。

「とにかく今度からは、ああいう大人数とは会わないで。どうしてもって時は私達に連絡してくれれば、立ち会うから」

「子供じゃないのよ」

「一方的に脅されるより、ましでしょ」

「だったら、改革の件はどうなの。意見としては、彼等はあなた達寄りだと思うけど」

 自分からそう口にする黒沢さん。

 確かにそれは、その通り。

 だけど私の気持ちは、もう決まっている。


「私は黒沢さん寄りだから。意見はどうでも良いの」

「何よ、それ」

 顔を赤くして、だけどそっと手を差し伸べてくる黒沢さん。

 私も手を差し伸べ、指先を軽く絡める。

 大切なのは気持ち。

 その心。

 理屈ではない。


 彼女を守りたいというこの思いを、私は優先した。

 判断としては間違ってるかも知れない。

 だけど、これ以外の選択肢もあり得ない。

 私が私である以上は。

 この思いは、決して譲れない。 












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