38-7
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ころうどんをつるつるすすり、そののど越しを楽しむ。
暑い時期は、エアコンが効いててもやっぱりこういうのが美味しいな。
「随分楽しそうね」
あまり楽しく話さそうに尋ねてくるモトちゃん。
この熱いのに、熱々のおでん。
理由は分からないし、今は出来れば彼女との接触は避けたい気分。
目の前にいる以上、そういう事は出来ないけど。
「だってさ。ああいう馬鹿を放っておく訳にも行かないでしょ」
「それはそうだけど。他にやり方あるんじゃなくて」
「いや。無いね」
「言い切らないで」
しみじみとため息を付くモトちゃん。
ただ彼女だからこそ、まだこの辺で済んでる話。
これがサトミの怒りに触れよう物なら、今頃私は正座をしてるか食事抜きだ。
「大丈夫。迷惑は掛けないから。それ程は」
「私達が穏健な行動を取ってたのは、方針もあるけど人がいなかったからよ」
「七尾君とか渡瀬さんとか御剣君とか。いるじゃない」
「七尾君はともかく、それ以外は2年生でしょ。指示に従って行動はしても、自分から積極的に動く訳にも行かないの」
なにやら意外な話。
それに私達が退学したのは、2年の時。
積極的どころか、やりすぎた結果。
そう考えると、大人しくしているべきかなとも少しは思う。
「御剣君が大人しいの?」
「中学校の時みたいな事は、もう無いわよ」
「それも意外だな」
彼はどちらかと言えば、私達寄り。
時には私達以上の場合もあり、彼には手を焼いてきた。
それが今は大人しいと聞けば、驚く以外に方法がない。
「……何か、騒いでる」
半笑いで、腰を浮かすケイ。
私も釣られて、彼が見ている方向へ視線を向ける。
見えるのは野次馬と、聞こえてくるのは怒号だけ。
何をやってるのかは不明だが、トラブルなのは確か。
食事中とはいえ、放っておく訳にもいかないか。
そう思ってスティックに手を伸ばした所で、野次馬が半分に割れた。
そしてその真ん中から、警棒を担いだ御剣君が現れた。
彼が悪い事をしたとは思っていない。
血の気は多くても、無意味に暴れる子ではないから。
ただ多少やりすぎたり、空気を読まないだけで。
今も多分、そのケース。
力の加減が、少し違ったくらいだろう。
「こんにちは」
私達を見つけ、ぎこちなく挨拶をしてくる御剣君。
片手に警棒。
もう片手には、ラーメンが乗ったトレイ。
まさかと思うが、これのために暴れたんじゃないだろうな。
「割り込んできた馬鹿を追い出しただけですよ」
「悪い事とは言わないけれど、もう少し穏やかにね」
「はあ。済みません」
忘れてたという顔で、モトちゃんに頭を下げる御剣君。
そしてそのモトちゃんは、小さく息を付いて私を見てきた。
「私は何もしてないわよ。というか、全然大人しく無いじゃない」
「前期までは大人しかったの」
「じゃあ、夏休みに何かあったのかもね」
「夏休み後に、でしょ」
私の鼻に指を向けながら話すモトちゃん。
まさか私に刺激されて、彼が元に戻ったと言いたいのか。
そこまでの影響力があるとは思えないが、彼が暴れたのは確か。
冷たいころうどんを食べてるのに、冷や汗が出てくるな。
「彼の監督も頼むわよ」
「分かった。御剣君。これからは、大人しくしてね」
「俺はいつでも大人しいですよ」
全く、自分の事を分かってない発言。
とはいえ目の前で割り込まれたら、私も同じような行動をしたはず。
つまり彼の行動を否定は出来ず、むしろ当然だと言いたいくらい。
見過ごしなんて、それ自体があり得ない。
「つくづく、諸刃の剣ね」
「何が」
「ユウ達がよ」
そんな物騒な物とも思えないけどな、私自身は。
なんて思いつつ残りのうどんをすすっていると、女子生徒の集団がテーブルの周りに集まってきた。
「早くどいて」
あまり聞き慣れない言葉。
昼時とあって食堂内は混み合っているが、テーブルにはまだ十分な余裕がある。
また食堂は学内にここだけではないし、学外にも飲食店は多い。
購買で何かを買ってもいいし、昼で授業は終わりなので寮で食べたって良い。
無理にこの食堂で食べる理由は薄く、何よりこのテーブルにこだわる意味が分からない。
「比較的、良い場所よ」
小声でささやくサトミ。
カウンターから近く、セルフサービスのお茶や調味料が置いてあるスペースからも近い。
それでいて窓際で、木々の枝葉から漏れる夏の日差しを見て楽しむ事も出来る。
「だから、何だって言うの」
「それは向こうに聞いてみたら」
興味もないとばかりに、グラタンを食べるサトミ。
少なくとも彼女は、この場所を譲る気は無いようだ。
またそれも当然で、私達は食事の最中。
それが終わればここを移動するし、それから食事をしたって遅くはない。
ここを移動する理由こそ見あたらない。
「早く、どきなさいよ」
「どうして」
「どうして?あなた、私達が誰だか知らないの?」
知る訳がないし、知りたくもない。
まさか、遅れて矢加部さんが来るってオチじゃないだろうな。
しかし食堂内に彼女の姿はなく、ここまでの事もするタイプではなかったはず。
あらかじめ席を確保するくらいは、平気でやりそうだが。
「私達は生徒会よ」
来たな、久し振りに。
正門にいた弱腰の子に意外さを感じていたが、やはりいたか。
だからこそ燃えるというか、沸々と怒りが沸き上がる。
これだけたくさんテーブルがあって私達がここに座り、彼女達が声を掛けてくる。
やはり生徒会とは相性が悪い。
「何がおかしいの」
「あなた達の馬鹿さ加減が」
「生徒会に逆らう気」
私も生徒会だとは告げず、うどんをすする。
お椀一杯だと、さすがに私でも一人で食べられる。
後はお茶をのんびり飲んで、デザートの事でも考えようか。
「ああ、ここは空いたから。誰か、座れば」
グラス片手に立ち上がり、空いた席に顎を振る。
ただ、空いた席は一つだけ。
周りは今も、ショウやサトミ達が座っている。
食事中の彼等がどく気配はなく、何より彼女達を恐れる空気は一切無い。
全くの無関心か、もしくは敵意。
生徒会の名前を出したまではいいが、その権威にひれ伏すような人間はここにはいない。
「ふ、ふざけないで。早くどきなさい」
「生徒会って、食堂無かった?」
「特別教棟が無くなって、専用の食堂も廃止されたんでしょ」
ようやく食事を終え、文庫本を読み出すサトミ。
この子は、それこそ雷が落ちてきてもどかないだろう。
「元野局長、こんにちは」
朗らかな笑顔で声を掛けてくるエリちゃん。
学内で局長と呼ばれる存在は、生徒会の各局長くらい。
この時点で、女達の顔が青ざめる。
こういうところは、本当にお兄さん似だな。
「どうかしたんですか」
トレイ片手に、怪訝そうに尋ねて来る渡瀬さん。
その姿を見て、女達が一斉に後ずさる。
「わ、渡瀬知恵っ」
「私が何か」
一瞬にして目付きが鋭くなり、何がと思った瞬間には右のハイキックが女のこめかみに添えられていた。
打ち抜いたか抜かなかったかの違いだけで、相手に与えた精神的ダメージはほぼ同等。
しとやかになったと思ったのは、どうやら外見だけだったようだ。
「ひぃっ」
最後には、悲鳴を上げて逃げていく女。
渡瀬さんは何事も無かったかのように、トレイをテーブルへと置いた。
「すごいね」
「雪野さんに比べれば、ぜんぜん。うふふ」
なにが、「うふふ」か知らないし、じゃあ私はどうなのかという話。
ちょっと、汗が出てきたな。
食事を終え、食堂から自警局へと移動。
ここで、ふと気付く。
「私も生徒会?」
「そのものじゃない」
何を今更という顔のサトミ。
確かにそうだけど、今までの経緯から生徒会はむしろ敵。
自分とは対極に位置する存在。
それに対抗し反発してきた経緯からすると、それこそ今更ながら居心地の悪さを感じてしまう。
「まあ、いいか。今日は何。また会議?」
「ユウとショウ君は、後輩の指導をお願い。そういう事は、まだやってないでしょ」
「指導する柄でも無いけどね」
もう一つ自覚の無いのが、この最上級生という立場。
未だ後輩気分が抜けきらないというか、先輩後輩という関係自体元々なじみがない。
前から先輩と呼べる人は塩田さんや物部さん達くらい。
後輩は、エリちゃんや御剣君くらい。
彼等はむしろ仲間という意識が強く、あまり先輩後輩を意識してこなかった。
去年から多少そういう関係に慣れてきたとはいえ、やはり違和感を感じてしまう。
とはいえ、それも仕事。
着替えを済ませ、指定された体育館へとやってくる。
そこにいるのは、整然と並んだ大勢の生徒。
彼等は私やショウを見ると姿勢を正し、一斉に敬礼をしてきた。
これは馴染まないというか、圧倒されるな。
それでも一応返礼をして、彼等の前に立つ。
「何か言った方が良いの?」
「俺に聞くな」
だったら誰に聞くのよ。
仕方ないので、軽く咳払い。
息を吸い、笑顔を浮かべる。
「3年生、雪野優です。本日は、皆さんの指導をする事になりました。指導などという柄ではありませんけど、よろしくお願いします」
頭を下げようとしたところで、「よろしくお願いします」との唱和が聞こえてくる。
人によっては癖になるような事だろうけど、私からすると戸惑うばかり。
今まで向こう側にずっといただけに、とにかく居心地が悪い。
「では、体育館内を数周してウォーミングアップ。後はストレッチをして下さい」
いわれるままに走っていくガーディアン達。
私もその最後尾について、走り出す。
全員の頬が赤くなり、息が弾んできたところで再度前に立つ。
「適当に組んで、スパーリングを。ただし、体には当てないように」
やはり素直に従うガーディアン達。
全体的に動きは悪くなく、特に注意するような事も無い。
これなら指導も何もないな。
走って疲れたので、床に座って一休み。
食後だし、正直眠い。
寝ないけどね。
「何もやらないのか」
シャドーボクシングをしながら声を掛けてくるショウ。
やるもやらないも、眠いんだって。
「任せる」
「寝るなよ」
「大丈夫」
ふにゃふにゃと彼に答え、小さく欠伸。
毛布が欲しいな、ちょっと。
「おい」
「起きてるよ」
起きてはいるが、何もしたくない。
大体今日は早起きで、眠くならない方がどうかしてる。
後は放っておいても大丈夫そうだし、少し休むとしよう。
ショウに体を揺すられ、その感覚にむしろ心地よさを感じていた頃。
突然空気が張り詰め、ガーディアン達が挨拶をし始めた。
よく分からないけど、誰か偉い人が来たらしい。
らしいというのは、目を閉じていて見てないから。
本当、眠いんだってば。
「誰が来たの」
「俺だよ」
苦笑気味な、七尾君の声。
目を開けなくても、今は大抵の人は判別可能。
目が見えなかった頃の副産物である。
なんていう程、大した事でもないけど。
「どうかした?」
「何してるかなと思って。一応、ガーディアンの責任者としては気になってね」
「……思い出した」
即座に立ち上がり、前に立っていた彼に詰め寄る。
その剣幕に彼が慌てて下がり、両手を振る。
「な、何。俺、何かやった?」
「やったというか、やってないというか。正門のあれ、なに」
「全く分からないんだけど」
「ああ、そうか」
簡単に朝の事を話し、床を踏む。
踏む事に意味はない。
私の怒りを自分なりに表現しただけだ。
七尾君は腕を組なら話を聞き、最後に小さく鼻を鳴らした。
「前ほど、ガーディアンの立場も良くなくてね。元野さんの穏健路線もあるし」
「モトちゃんが悪いの」
「いや。批判じゃないよ」
やはり慌てて下がる七尾君。
別に脅してないんだけどな、多分。
「もしくは差が激しいって言った方が良いのかな。元々草薙高校にいたガーディアンや、中学校からの繰り上がり組は以前と変わらない。ただ他校から来たガーディアンは、どうしても甘くてね」
「端的に言えば、舐められてるよ。まあ、怖がられるよりは良いのかも知れないけどさ」
「その辺は、善し悪しだな。確かに。だからこそ、雪野さんと玲阿君の存在が重要になってくる」
何となく変わる話の方向。
ここからは、慎重に聞いた方が良さそうだ。
不審を感じているのに気付いたのか、七尾君は苦笑しつつ話を続けた。
「俺とか、御剣君とか渡瀬さんとか。その辺は多少は影響力もあるし、勿論舐められる事もない。ただ前みたいに、ガーディアンの名を出せば場が収める事は少ないんだよ」
「それが穏健路線って事?」
「元野さんの考えもあるし、そういう他校の生徒は暴力沙汰になれてない子も多くてね。まさか、殴り合う事を推奨も出来ないだろ」
軽く見られていた方が、平和といえば平和。
ガーディアンの地位が下がるのは、それだけトラブルの頻度が低いとも言える。
ただ今朝のような事があると、手放しでも喜べない。
少し考えていると、いつの間にかガーディアンが整列してこちらの方をじっと見ていた。
どうやら、指示してたスパーリングが終わったようだ。
「ここにいる子は?」
「その、他校からの生徒。悪くはないけどね」
つまり、甘いという事か。
私はガーディアン全体を率いる立場ではないけど、今は一応上に立つ一人。
そういうものか、だけでは済まされない。
「……ここで半分に分かれて。そう、ここで」
大体真ん中くらいに立ち、両手を左右に広げる。
ガーディアンは私を境に左右へ分かれ、中央には隙間が出来る。
「じゃあ、両方で押し合って」
怪訝そうに私を見て来るガーディアン達。
そんな変な事を言ったとは思えないが、集団戦の訓練自体やってないのかな。
「大丈夫、だよね」
「これで逃げ出すなら、そこまでだよ」
冷ややかに告げる七尾君。
たまにこういう部分が見えるな、この人は。
また今はガーディアンを率いる立場なので、彼こそ甘い部分をそぎ落とす必要があるのかもしれない。
しばし押し合い、気付けば全員床に倒れて喘いでいる。
怪我をしている訳ではなく、単なる疲労。
これは前からの圧力だけではなく、後ろからの圧迫もある。
また自分の意志だけでは体をコントロール出来ず、疲労は嫌でもたまっていく。
「こんなものかな」
出来たらプロテクターを装着してもっと激しくぶつかりたいが、今は何も出来そうにない。
七尾君が言うように、明日には何人かがいなくなっていてもおかしくはないだろう。
「相変わらず、何も言わないね」
「ん、俺か」
軽く肩を回しながら笑うショウ。
これは彼の性格でもあるし、おそらくは私の補佐という自分の立場を考えての事。
知識としては彼の方が豊富で、同じ事かそれ以上の事も出来るはず。
ただわざわざ私を差し置いて、という人間ではない。
「強いところを見せてくれると、一番助かるんだけど」
「そういう柄じゃない」
どこかで聞いた台詞だな。
ただ助かるのは、彼へ無闇に挑む者がいない事。
そういう煩わしさから解放されるのは、正直助かる。
そんな事を考えたのが悪かったのか。
体育館のドアが開き、警棒を担いだ生徒が何人か入ってきた。
単なる不良。
ガーディアンへの襲撃という様子ではなく、喘いでいたガーディアンが一斉に彼等へ挨拶をする。
「誰」
「他校の3年。元の学校で、ガーディアンみたいな事をやってたらしい」
「随分大物って感じだな」
失笑気味のショウ。
もしくは、大物ぶってるといった所。
私はまだ眠いし、何より関わりたくないタイプ。
欠伸をして、彼等の言葉を黙って聞く。
「そいつか、玲阿は」
「自分から名乗った方が良いぞ」
一応忠告する七尾君。
彼には何かあるのか、顔色を変えて口をつぐむ男。
この程度で怯えるなら、そういう態度を取るなと言いたい。
「それで、何か用事でも」
「元学校最強なんだろ。一度、指導してもらおうと思ってな」
下品に笑う男達。
相手は5人。
そして警棒。
対してショウは一人。
つまりは後輩の前で彼を叩きのめし、自分達の強さをアピールするつもりか。
馬鹿馬鹿しくて、笑う気にもなれないな。
七尾君は肩をすくめ、静かに佇んでいるショウを振り返った。
「なんて言ってるけど」
「何もやる事は無いだろ。今日はもう解散だ」
「逃げる気か」
背中からスティックを抜き、前に出た所でショウに止められる。
しかし今の言葉を聞いて、私も黙ってはいられない。
「じゃあ、私が相手になるわよ」
「おい」
呆れ気味に私を下げるショウ。
そのやりとりに、今度は男達が失笑する。
「女の方が元気だな」
「後ろに隠れるのが仕事か」
体育館に響く馬鹿笑い。
これでガーディアンを、良く名乗ってこれた。
それでもショウは冷静。
前ならこの時点で、床を顔に付けていたはず。
間違いなく彼は成長をしていて、良い意味で大人になっている。
対して自分は、いつまで経っても怒るばかり。
色んな意味で、自分の小ささが身につまされる。
「どうしてもというなら、掛かって来いよ」
静かに。
落ち着いた態度で声を掛けるショウ。
あくまでも自然体で、気負う様子もない。
いきり立ち挑発する男達が、あまりにも稚拙に思えてしまう。
それは私だけではなく、ここにいる全員の印象。
その事を一番感じているのは、挑発している本人達だろう。
一気に緊迫感を増す空気。
私は別に緊張してないし、ショウもしてないはず。
しているのは男達や、ガーディアン達。
油断は禁物だが、手に汗をかくような相手でもない。
「七尾、今の話を聞いたな」
今後の言い訳を考えてか、確認を取る男。
七尾君は適当に頷き、後ろに下がった。
「好きにやれよ。どうなっても、俺は責任を取らないから」
「次はお前だって忘れるなよ」
「勇ましい事だ」
鼻で笑い、腕を組む七尾君。
この時点で飛びかかりたくなるが、改めてショウに肩を押さえられる。
「だって」
「ユウがやるまでもない」
「そうだけどさ。気分的に、我慢出来ないの」
「だから」
なおも何か言おうとするショウ。
それを遮るような悲鳴と注意の喚起。
理由は簡単で、男の一人が警棒を構えて彼に打ち込んできたから。
卑怯といえば卑怯。
ただショウが背中を向けている以上、それは隙を作った彼に非がある。
そう考えるのが、私達。
とはいえ彼にとって、それは隙でも何でもないが。
後ろ回り蹴りが相手の手首を捉え、警棒を落として相手をひれ伏させる。
この程度は不意打ちの内にも入らず、彼や私にとっては日常茶飯事でしかない。
「まだ話してるんだ」
少し濃くなる、彼の気配。
男達は全員警棒を構え、じりじりと詰め寄ってくる。
「私も」
「落ち着けっていうの」
「私はいつでも冷静よ」
「その時点で、もう間違ってるだろ」
間違ってたのは確か。
今戦うべき相手は、ショウのようだ。
「見てるだけ、なんて事は無いよな」
今度はショウからの挑発。
しかし今の動きに恐れをなしてか、彼を囲みはするが仕掛けては来ない。
だったらと私がと思った矢先、ショウの方から動き出す。
真っ直ぐ前に出て、その勢いのままでストレート。
ガードも何も関係なく相手は吹き飛び、床を滑っていく。
次は横蹴りを左右に繰り出す。
結果は同じで、吹き飛ぶ方向が違うくらい。
残った一人は内股で投げ飛ばされ、それきり動かなくなった。
「やり過ぎじゃないの」
ぽつりと呟き、後ろを振り返る。
今まで指導していたガーディアンは、ただ呆然と立ちつくすのみ。
言葉もないとは、まさにこの事だろう。
「普通じゃないのか」
「私からすればね」
そう。
それはあくまでも、私達の基準。
今の、草薙高校の基準ではない。
雰囲気が乱れてしまったので、今日はここで解散。
悪い印象だけ与えたような気もするが、あのままだと何をやっても身に入らないと思う。
「いいね。頼もしいよ」
私の考えとは違うのか、至って気楽に笑う七尾君。
ショウの行動を、彼は問題と捉えてないのだろうか。
「ん、どうかした」
「いや。ああいう事をして良いのかなと思って」
「ガーディアンは、ああいうものじゃないの」
明快に答える七尾君。
ただこれはガーディアンを率いる者の意見というより、彼の個人的な意見。
また、この学校で主流となっている意見ではない。
「不満があるって顔だけど」
「だってみんな真面目だし、暴れないから」
「雪野さんこそ、意外に真面目だね」
意外は余計だと言いたいが、確かに細かく考えすぎかも知れない。
以前ほど気楽に行動し、それを後悔する事がない。
それは成長した故の事なのか、私も今の雰囲気に染まりつつあるからなのか。
何より、それが良いのか悪いのかも分からない。
「俺も無闇に暴れるのが良いとは思わないけど。現状が良いとも思ってないからね」
「でも、ガーディアンは軽く見られてるんでしょ」
「まあ、今に始まった事じゃないよ。北地区では、大体こんな雰囲気だった」
ちょっと意外な話。
私からすればガーディアンは力の象徴。
そのIDさえ見せれば逃げていく者もいるくらいで、軽く見られる事自体あり得ない。
襲われた事は何度もあるが、それはガーディアンへの反発。
権力への反抗という意味合いが強い。
少なくとも与しやすい相手と思われて襲われてきた訳ではないはずだ。
ただ七尾君からすれば、これが普通とは言わないまでもそれ程不思議ではない状況。
彼にすれば、自然な事なのかも知れない。
「私達も、大人しくしてた方が良いの」
「まさか。好きにやってくれればいいよ。今まで通りに」
「問題ない?」
「無闇に暴れない限りは良いと思うけどね。少なくとも、軽く見られるよりはましだから」
醒めた顔で呟く七尾君。
それが本当に良いのかどうかは、彼自身分かってないかも知れない。
力を示して、威信を保つ事が。
とはいえガーディアンの拠り所は、その力。
存在理由も、そこにある。
何もなく軽んじられる方が究極的には良いにしろ、現状そこまで学内が平和とも思わない。
ただそこに目指すべき道があるような気がしないでもない。
ガーディアンが存在しない、平穏な学校生活。
そんな単語すら誰も知らないような。
それこそ理想。
現実的ではない話。
しかし理想を目指すのが、人としての生き方だろう。
自警局に戻る間、その事をずっと考えてみる。
現状ではおおよそ不可能。
でも、決して出来ない事ではないはず。
現に今は、前より治安は良くなっている。
ガーディアンが軽く見られても、問題がない程に。
段階的な変化。
ガーディアンが縮小していく過渡期。
そう捉えるのは言い過ぎにしろ、全く無茶な見方でも無いと思う。
「どう思う」
「何が」
当然尋ね返すショウ。
自分では再三頭の中で繰り返していたので、彼も分かっていた気になっていた。
簡単に今思っていた事を説明し、改めて尋ねてみる。
「まあ、理想だよな」
頭から否定はしない。
ただ、その言葉に全てが集約されている気もする。
決して現実的ではないという意味も含めて。
「私もすぐ出来るとは思ってないよ。ただ、そういうのを目指しても良いんじゃないのかって話」
「それは悪くないだろ。ただ納得するかな」
「誰が。ガーディアンがいなくて困る?」
「平和になれば、生徒は困らないだろ。でも、ガーディアンは困るんじゃないのか」
何を言っているのか、全く不明。
小首を傾げていると、ショウは肩口に付いているIDを指さした。
「偽造された事あったよな」
「まあね」
それは中等部での話。
私のIDが破損してみんなに迷惑を掛けた、多少苦い記憶でもある。
勿論彼は、その事を言っている訳ではないが。
「つまり、さ。偽装してでも、ガーディアンになりたいっていうのかな。軽く見られてるにしろ、ガーディアンはガーディアン。立場を利用する方法はある」
「なんか、ケイみたいな事言うね」
「それは嫌なんだが。後は、単純に金の問題。ガーディアンを辞めるって事は、手当も無くなるって事だから」
「そんなの、別に」
どうでも良いと言いかけ、すぐに自分の中で否定する。
当たり前だが、お金は無いよりあった方が良い。
これは理想以前の、非常に現実的な問題だ。
この時点で、すでに行き詰まった気分。
思いつきの考えでは、やっぱり駄目か。
「悪くないと思うけどな。俺は」
そっと呟くショウ。
軽く撫でられる頭。
そんな彼に少し寄り添い、感謝の気持ちを伝える。
あくまでも少し近付くだけ。
彼に触れる事もないくらいの距離。
でも私には、それだけで十分過ぎる程だ。
「熱でもあるのか」
げらげら笑う男。
取りあえずテーブルの上にあった飴を投げ、馬鹿笑いを止めさせる。
「私は真剣なのよ。いや。考えとしては練り込んでないけどさ」
「そういう事も考えるようになったのね」
ケイとは違い、優しく微笑んでくれるモトちゃん。
本当、持つべき者は友達だな。
でもって、この男は絶対敵だな。
「検討しても良いわよ。その考えは」
「いや。しなくても良いけどね」
「考えとしては、元々あるの。具体的になってないだけで」
そう言って、卓上端末を起動させるモトちゃん。
画面には「ガーディアン削減に伴う学内状況の変遷予想」とある。
「全廃じゃなくて、段階的に削減した場合どうなるかの簡単なシミュレーション。今の学校の規模だと、半減した時点で破綻する」
「破綻って何」
「無秩序状態になって、授業も何もなくなるって事」
「ガーディアンにそこまでの影響力がある?」
「機械の言う事だから」
笑いつつ、端末に触れるモトちゃん。
確かにコンピューターは、計算は得意。
間違える事はないし、どんな入り組んだ計算だってしてのける。
ただ出来るのは、与えられた数字を元に解析する事。
自分なりに考える事は無いし、あり得ない。
だからこそ信用が出来ると同時に、意外な答えは出てこない。
当たり前だけどね。
「モトちゃんはどう思うの」
「ガーディアンの廃止。活動停止は、究極よね。つまりは、理想」
「出来ないって事」
「現状では無理でしょう。端末が言うように、これだけ生徒が多いと何らかの歯止めが必要だから。それを全てガーディアンが担ってる訳ではないにしろ、物理的に押さえ込んでいるのはガーディアン。それにガーディアンを今廃止するとなったら、変わりに警備員が導入される。そうなると、学内の自治はどうなるかって事」
なかなかに難しい話。
思ってたように、ただ理想を抱くだけでは物事は先へは進まないようだ。
「やらない内から、やれないと言っても仕方ないでしょ」
静かに、私をたしなめるように呟くサトミ。
確かに、それもそうだ。
今はただ、アイディアを口にしただけ。
それを勝手に、自分が否定していても仕方ない。
「分かった。やろう」
「……やるとは誰も言ってないわよ」
じゃあ、どっちなのよ。
彼女と睨み合っていると、木之本君が苦笑気味に話しかけてきた。
「考え自体は悪くないと、僕も思うよ。ただみんなが言うように、現状では不可能だからね。それ以外に、考えはある?どういう道筋でやるとか。具体的な個別のアイディアとか」
「ある訳がない」
げらげら笑いながら答えるケイ。
彼も睨むが、その通り。
あるのは、ガーディアンを削減。
その後廃止に持って行くという漠然とした考えだけ。
具体的も個別も何もない。
ただ木之本君も、それを責めている訳ではない。
実行へ移すには、そういう細かい事を積めていくのも大事だと言っているだけで。
とはいえ私に何か思い浮かぶ様子はなく、廃止の所で考えが止まっている。
「いいわ。サトミ、これは生徒会改革のスケジュールと同時に考えておいて」
「私が?」
「忙しいなら、他の人に頼むけど」
「いいわよ。私がやるわよ」
ムキになって返すサトミ。
モトちゃんは満足げに頷き、私に向かって小さくピースサインを見せてきた。
さすが、この子の扱いには慣れてるな。
「他に意見のある人は」
「まず、自分が辞めろよ」
そう言って、お腹を抱えて笑うケイ。
削減第一号は、間違いなくこの男だな。
不評なのか好評なのか分からないので、広く意見を求める事にする。
訪れたのは、自警課課長室。
都合良く北川さんもいて、私の訪問を意外そうな顔で振り返る。
「何か、問題でも?」
「聞きたい事があって」
サトミが作った簡単な説明書きを彼女達に渡し、意見を待つ。
それ程大げさに驚く事もなく、かといって頭から馬鹿にした様子もない。
心境としては、答案用紙を出した生徒のようなもの。
決行緊張するな、これは。
説明を読み終えた二人は書類を机に置き、軽く頷き合った。
「良いと思うわよ」
「私も」
その言葉に喜ぶのもつかの間。
話には、続きがあるようだ。
「あくまでも、個人的な意見としてね」
さっきサトミ達と話していたのと同じ内容。
自分達は問題ない。
ただ広くガーディアンなどに意見を求めた場合、どうかという事。
また治安という現実を考えた場合、削減はともかく廃止は不可能。
あくまでも理想でしかないと言いたいようだ。
「これは、ユウちゃんの考え?」
「考えというか。モトちゃん達も考えてたらしいけどね、似たような事は。沙紀ちゃんは?」
「イメージとしては、無くもない。ただ削減するだけでも反発は大きいから、廃止ともなれば相当混乱するでしょうね」
「予算局は喜ぶんじゃなくて」
くすくすと笑う北川さん。
なるほど。
私はガーディアンの事ばかり考えていたが、ガーディアンも単独で成り立ってる訳ではない。
特に予算は最も重要な事。
お金がなければ、何一つ始まらない。
「予算局って、勝手に行って良いの?」
「優ちゃんは生徒会の幹部だから、誰も止めないわよ」
おかしそうに笑う沙紀ちゃん。
生徒会ですら馴染まないのに、幹部となればそれこそ現実的ではない。
悪い夢を見て騙されてるんじゃないかと思う程だ。
「幹部の座に未練もないも無い?」
静かに尋ねる北川さん。
未練も何も、その自覚すらない。
とは答えず、特にないとだけ口にする。
「誰もがあなたみたいに執着心が薄い訳ではないから。ガーディアンの権限や手当を失うのは、面白くない人もいるでしょうね」
「そんなものかな」
「そんなものよ。意外とお嬢様なのね」
褒められた。
多分違うと思うけど、そう思いこんで生きていく事にしよう。
沙紀ちゃんが言った通り、予算局の受付をフリーパス。
お金を扱う部署とあり、さすがにここは厳重。
ガーディアンではなく、警備員がドアの前に立っていたりする。
ショットガンを担いでる警備員の隣を通り、ドアをくぐる。
ゴム弾だろうけど、あまり楽しい気分じゃないな。
なじみのある、厚い金属製風のドア。
その左右を守る警備員。
彼等に声を掛けると、ここは金庫だと告げられた。
「局長室は?」
「隣です」
またすごいところに作ったな。
前みたいに独立した建物ではないので、その辺は多少雑というか思い通りには配置出来ないのかも知れない。
そしてこちらはガーディアンが立っているだけのドア。
近いから良いけど、人は人でもう少し大切にして欲しい。
「局長にお会いしたいのですが。自警局局長、元野と申します」
「承っております。どうぞ」
丁寧な応対をして、ドアを開けるガーディアン。
前みたいにドアは二重ではなく、開けるとすぐに机が見えた。
あれはやり過ぎだと思っていたが、無ければ無いで寂しいな。
私達を出迎えてくれたのは、綺麗な女性。
ケイも前に言ってたけど、圧倒的に女性が幹部を占めている。
それが良いか悪いかは、私には分からないけれど。
「久し振りね」
穏やかに微笑む新妻さん。
この人、前はガーディアンじゃなかったっけ。
「元々暴れるのには向いてないのよ」
自分から説明もしてくれた。
この辺がいかにも切れるというか、私の考えが浅いというか。
何にしろ、優秀だからこそここにいるのは間違いない。
「ガーディアンを削減すると、どのくらい助かる?」
「随分唐突だけど。手当や経費。建物の維持費や備品。特に備品関連は結構な出費だから、減れば減るほど助かるわね」
思っていた通りの答え。
ただ唐突というくらいで、彼女はそれを行おうとはしてない様子。
もしやっていたら、それこそ反発するガーディアンを私は前もって目にする事が出来ただろう。
「削減する気?」
「したいなとは思ってる。私個人としては」
「相談には乗るわよ」
そうは言ってくれる新妻さんだが、まだ何も決まった訳ではない。
あくまでも私や私達の、個人的な意見。
ガーディアン全体に聞けば、やはり反発が起きるだろう。
「取りあえず、どのくらい予算が助かるかだけ計算出来る?」
「やっておくわ」
「それと、生徒会内ではガーディアンの削減が受け入れられるか」
「分かった」
私に代わっていくつか頼むサトミ。
新妻さんは素直に頷き、メモを取った。
「自分達の立場が悪くなるかも知れないのに、よくこんな事を考えるわね」
褒めているのか、呆れているのか。
ただそう言われても仕方ないくらいの提案なのは確か。
もしかすると、あまり賢い意見では無いのかも知れない。
「駄目かな」
「私個人としては面白いけど。一般の生徒がどう思うかね。ガーディアンがいない事で不安に感じる人もいるだろうし。勿論、自分で何でも解決出来る人もいるだろうし」
「新妻さんが前にいた学校では?」
「ここまでの規模では無かったけど、多少はいたわよ。風紀委員的な役割で、権限ももっと小さかった。そう考えると、ちょっと不思議な存在ね」
くすくと笑う新妻さん。
私達がこの間までいた学校にも、ガーディアンは存在しなかった。
それは治安もだけど、学校の規模にも関係する。
生徒数が草薙高校とは比べものにならず、それこそ今のガーディアンの人数くらいの生徒数しかいない。
今でこそ草薙高校も生徒数は減ったけど、やはり人数は多いし敷地も広い。
問題点はその辺りにもあるんだろう。
ただそこは、私達が関与出来る事でもない。
まずは自分に出来る事を、一つずつ片付けていこう。




