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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第38話   3年編(外伝扱い)
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38-6






     38-6




 サトミの案を持ち帰って検討するとモトちゃんが決めて、会合は終了。

 何もやってないのに疲れたな。

「まだご飯には早いわね」

 時計を見て、私の顔を見るモトちゃん。

 どうして私に聞くのか知りたいが、聞かなくても分かる気はする。

「村井先生は」

「今日は呼んでないから。どうしてもというなら、出席してもらうけど」

 そんな時が来るとは思えないし、朝と帰りに会うだけでもう十分。

 私から話す事は無い。

 向こうには、山のようにあるようだが。



 時間が早いので、一旦学内のラウンジへと向かう。

 放課後とあって、テーブルは半分も埋まっていない。

 懐かしいリンゴ炭酸を早速買って、口を付ける。

「あー」

 濃厚なリンゴの味と、それに重なる炭酸の感覚。

 幸せが凝縮されたような飲み物で、ずっとこれを飲んでいたいくらい。

 ただ、それは願望。

 実際には、一口で限界に達する。

「もういいや」

 殆ど残った分をショウに渡し、サトミのお茶をちびちび飲む。

 こっちの方が、落ち着くな。

「初めからお茶を買いなさい」

「リンゴ炭酸が飲みたかった気分なの」

「計画性って言葉を知らないの?」

「他所の国にはあるのかもね」

 適当に答え、目の前にあったクッキーをかじる。

 これは市販のか、良くも悪くも無難な味。

 重さは何も感じない。


「本当、変わらないね」

 しみじみ呟く神代さん。 

 変わるも変わらないも、半年で見違えて変わる訳がない。

 渡瀬さんの身長とかは、ともかくとして。

「……髪、伸ばしてる?」

「ええ。少し」

 後ろ髪を撫で付けながら答える渡瀬さん。

 私が知っている彼女はショート。

 今もそんなに長くはないが、ショートと呼ぶには無理がある長さ。

 顎の辺りまで髪先が伸び、後ろも首筋を隠すくらいにまでなっている。

 印象が変わったと思ったのは背が伸びた事だけではなく、髪型にもあったのか。

 ちなみに私も伸ばそうと思ったけど、すぐに止めた。

 座敷童みたいという評判が立ったので。



 しかしこうなるとますます、置いて行かれたという気持ちが強くなる。

 変わったのは外見だけだとしても、そこは拠り所の一つ。

 小柄でショートというのが、私と彼女の共通点。

 また髪型はともかく、体型の変化はつくづく身に染みる。

 神様って、普段私の何を見てるのかな。




 またもや気持ちを沈ませつつ家へと戻る。

 悩んでも仕方ないと言えばそれまでだが、ここまで身につまされる話もない。

「……何よ」

 怪訝そうに見返してくるお母さん。

 元はと言えば、原因はここ。

 親がこの身長なら、私が小さくて当たり前。

 悩む以前の問題だな。

「どうしてそんなに小さいの」

「遺伝でしょ」

 さらりと、一番聞きたくなかった事を答えてくれるお母さん。

 お母さんのお母さんも、かなりの小柄。

 それでも世代を重ねるごとに若干は変化して、私が一番大きいくらい。

 まさしくドングリの背比べ状態だけど。


 気になったので柱に背を付け、テープでマークを付ける。

 でもって振り返ると、その下にテープを貼った後を発見。

 それが、わずかにも変わらない位置にあると来た。

「成長期っていつ」

「いつって。中学生から高校生くらいでしょ」

「私って、高校生?」

「それ以外の何なの」

 おかしいな。

 高校生は成長期。

 そして私は高校生。

 なのに身長は、少しも変化しない。

 まあ、体重だけが一方的に増えるよりはましだけどね。

「今から、背が伸びると思う?」

「あはは」

 思いっきり笑われた。

 そんなに面白い事を言ったかな、今。




 無駄なあがきとは分かっているが、近所のスーパーで牛乳と煮干しを買ってくる。

「カルシウムを取っても、背が伸びる訳じゃないわよ」

 栄養士の資格もあるので、お母さんの言う事はもっとも。

 ただ私は、そういう理屈を求めてはいない。

 今のもやもやした気持ちを、少しでも和らげるために食べるだけ。

 だけといっても、あまり好んで食べたい取り合わせでもないが。

「シチューにして」

「煮干しはどうするの」

「みそ汁に使って」

「シチューとみそ汁なんて、組み合わせとしておかしいでしょ」

 牛乳煮干し計画は、あっさり却下。

 私の背が伸びるわずかな可能性は、摘み取られた。



「あーあ」

 ため息混じりにリビングを出る。

 窓から庭を覗くと、丁度そこを歩いていた猫と目が合った。

 そう考えるとこの子達は、若干の個体差はあるにしろ大人になれば大体同じ体型。

 余程太らない限り、大きさは同じだと思う。

 猫に嫉妬してもなんだけど、結構羨ましいな。

「煮干し、食べる?」

 窓を開けて声を掛けるが、反応なし。

 ただ耳だけをこちらに向けて、肩の辺りを舐めている。

「人の話、聞かないよね」

 いや。耳は向いているので聞いているが、聞くという態度を示さない。

 それが、誤解を招く理由でもあるだろう。

 猫に、何を誤解するかという話だけど。


「最近、どう?」

 一方的に話しかけるが、返事なし。

 「毎日、大変だよ」なんて言われても、困るには困るが。

「何か、楽しい事ある?」

 鼻を鳴らし、さっさと立ち去る猫。

 そこでようやく、自分のやってる事の馬鹿さ加減に気付く。

 猫相手に愚痴るとは、私も相当追い込まれてるな。

 ただ猫だからこそ愚痴れるというか、一方的に何でも言える。

 向こうが反論をする事はないし、今みたいに黙って話を来てくれるから。

 その分猫にはストレスが貯まってるかも知れないけど。




 ただ少しストレスを発散したせいか、気分は良くなった。 

 お陰でシチューも美味しく食べられる。

「お父さんって、背は普通だよね」

 スプーンをくわえながら頷くお父さん。

 遺伝は当たり前だが、両親の性質を受け継ぐ物。

 だったらお父さんの身長を受け継いでも良かったんじゃないのかな。

 いや。私に選ぶ権限はないんだけど。

「どうかしたの」

「後輩の子が、背が高くなってさ。成長期だって。成長期って何」

「背が高くなったり、体型が変化する時期だよ」

「それって、いつ」

 この質問には答えないお父さん。

 そんなに難しい質問をしたつもりもないんだけどな。

「私って、成長期あった?」

「その分反抗期が長いんでしょ」

 鼻で笑い、サラダを頬張るお母さん。

 そういう関係の物なのか?


「多少小さくても、健康ならそれで良いと僕は思うよ」

 何か良い事を言うお父さん。

 ただそれは、持つ者の余裕。

 持たざる者の気持ちではない。

 そんな大げさな話でもないけど。

「それで思い出したけど。優、目はどうなの」

「普通。悪くはなってない」

 最近はストレスが多かったので多少不安に思っていたが、変化はない。

 それらしい兆候も感じる事はない。

 とはいえ治る兆候も特にはなく、言ってみれば変化無し。

 夜は依然見えにくいし、遠くの物ははっきり見えない。

 元に戻ると思えるには、医者が言うように数年掛かりそうだ。

「定期検診って、まだだった?」

「この前言ったばかりでしょ。いいよ、もう」

 病院で嫌な事は採血くらいだが、それだけで十分行きたくない理由になる。


 後は病院の雰囲気。

 当たり前だがあそこは病人や怪我人ばかり。

 そこにいると、自分もその一員という意識が強まる時もある。

 勿論実際そうなんだけど、決して気分が晴れやかになる事ではない。

 用がなければ足を向けたくはなく、用があっても出来れば行きたくはない。




 お風呂を上がってリビングでアイスを食べていると、セキュリティが来客を告げた。

 こんな時間に誰がと思って、モニターを確認。

 ショウの顔が写っていた。

 私が迎えに行く間もなく、お母さんが玄関へいそいそと向かう。

 何をやってるんだか。


「どうしたの、急に」

「調子はどうかなと思って」

 唐突に、そんな事を言い出すショウ。

 猫との会話でも見てたのかな。

「学校で、たまに考え事してるだろ」 

 やっぱりそっちか。

 猫が彼に相談しに行った訳でもなさそうだ。

「考え事というか。今の学校はどうかと思ってさ。勿論管理案の頃よりはましなんだろうけど。自分の思ってた草薙高校と、イメージが違ったら」

 私の意識としてはもっと自由で、楽しい印象があった。

 生徒はのびのびと過ごし、自信に溢れ、率先して物事をこなす。

 今もそういう部分はある。

 また私が懐かしさのあまり、勝手に想像を膨らませすぎたとも思う。

 ただ現状が、決してバラ色でないのも確か。

 明らかに制約という言葉を感じてしまう部分が多い。

 退学の事を今更言いたくもないが、ああいう学校にしたくて戦った訳ではない。



 簡単にそう話すと、ショウは食べ終えたアイスの棒を手の中で何度か回してみた。

「間違ってるのかな」

「いや。俺も、同じ事は考えてた。ただ、モト達はそれでずっと過ごしてきてるんだろ。規則を変えようとしてるとはいっても、一応は今の状況でやってきてる。だから、俺は何も言いようがなかったんだけど」

「モトちゃん達も、今の学校に馴染んでるって事?」

「少なくとも、俺達よりは馴染んでるだろ」

 あっさりと答えるショウ。

 彼女達も現状を良いと思ってないのは知っている。

 ただ現実を考えればそれを受け入れるしかなく、一応は合わせてもいる。

 だからこそ明確に反対する私の行動が浮き上がる結果ともなる。


「もっと、大人になった方が良いのかな。高校生なんだし」

「大人、ね」

 自嘲気味に笑うショウ。

 年齢としては、私達はもう17、8才。

 卒業すれば選挙権が与えられ、それは即ち公的にも大人として認められる年齢。 

ただショウが笑ったように、その実感は薄い。

 自分は今でも親に甘えているし、寮で住むにしろ食事など大抵の事は周りがやってくれる。 

 少なくとも、大人としての義務を果たしているとは思えない。

 無論、成人という意味での大人ではないにしろだ。

「俺達が、駄目って事は無いのか」

「浮いてるって意味?」

「まあな。何しろ、退学になったくらいだから」 

 改めて自嘲気味に笑うショウ。

 それを言われると返事のしようがない。

 退学になるほどの事をした過去があり、また今もそれを反省している訳ではない。

 当時の感情そのままに今振る舞う事自体がこの学校では問題だとすれば、私達こそが問題。 

 排除される存在になる。

 自分ではよかれと思って取った行動が、周りの人には迷惑でしかない。 



 そう考えると、自分達は本当に正しいのかどうか。

 自分のエゴを、他人に押しつけてるだけではないのかとも思ってしまう。

「やっぱり、駄目なのかな」

「何とも言えないけど。歓迎はされないのかも知れん」

「そこまでやる必要があるのかな」

「分からん」

 重くなる空気。

 元々、気付いてはいた。

 草薙高校に戻ってきてからではなく、退学する前から。

 だけどそれが、全体のためになる。

 良い方向へ向かうと思ったからこそ、自分達の考えを貫き通してきた。

 でもここまで自分達が浮いた状態だと、正しいとはとても言い切れない。

「とはいえ、今更転校する訳にも行かないだろ」

「まあね。だからって、本当に私達の行動が正しいと思う?」

「それを言われると、困るんだが」

 苦笑するショウ。

 私も明確な答えを期待はしていない。

 答えがあるようにも思えない。


 不意に着信を告げる端末。

 ため息混じりに端末を手に取り、通話に出る。

「……明日?朝?誰が。……いや、私だけど」

 結局了承をして、端末をテーブルへと戻す。

 改めて、ため息を付いて。

「明日、朝の挨拶に加われって。正門でやってる、あれに」

「ふーん」

 特に異論はない様子のショウ。

 むしろやるべきだ、くらいに思ってるかも知れない。


 私も挨拶自体は悪いとは思わない。

 その励行は問題ないだろう。

 ただ朝は早いし、露骨に目立つ。

 正直、気は進まない。

「当たり前だけど、ショウもだよ」

「ん、ああ」

 分かってると言う顔で頷くショウ。

 間違いなく断らないな、この人は。

「朝早いみたいだし、帰って寝る。じゃあ、また明日」

「うん。お休みなさい」




 翌朝。

 空席の目立つバスに乗り、草薙高校へとやってくる。 

 正門前にいるのは、生徒会や職員ばかり。

 登校する生徒は、殆ど見あたらない。

 欠伸混じりにバスを降り、白い日差しにため息を漏らす。

 眠い以外の言葉が無いな。

「おはようございます」

 何を勘違いしたのか、私へ挨拶をしてくる生徒達。

 ケイじゃないけど、朝はもう少し静かに過ごしたいな。

「おはようございます。それと、私は今日ここの警備をするガーディアンですので」

「そうでしたか」

 やたら爽やかに笑う生徒達。

 根本的に感覚が違うようだな。


 彼等から少し離れ、壁を背に目を閉じる。

 出来ればこのまま寝たい気分。

 実際意識はかなり遠く、ただ眠いだけだ。

「眠そうね」

 私同様、欠伸混じりに現れるモトちゃん。

 ただそれ程眠そうではなく、今から一仕事出来そうな顔。

 気構えみたいな物が違うかも知れないな。

「眠いよ。サトミは」

「一応、起こしてきた。遅れてくるんじゃなくて」

 あの子は覚醒すれば、後は普通。

 目覚めもそれ程悪い訳ではない。

 ただ、機嫌は最悪。

 少し放っておいた方が良いだろう。


 そうする間に、ショウもやってくる。

 いつもの朝とは違う順番。

「木之本は」

「見てないよ」

「まだ寝てるのか」

 そんな訳はなく、私より先に来ていると思ってた。

 思ってたけど、ここにはいない。

「わっ」

 思わず声を上げ、鼻を押さえる。

 たすきを掛け、何とも困った顔で現れる木之本君。

 そのたすきには「朝の挨拶・元気の始まり」とある。

 本当に、こういうのは止めて欲しい。

「好きでやってる訳じゃないよ」

 何とも悲痛な声。

 もしかしてこれって、強制じゃないだろうな。

「私は付けないわよ」

「僕も付けたくて付けてる訳では無いけどね。早く来すぎた」

 生真面目さも、善し悪しか。

 本当、早く来なくて助かった。



「よろしければ、みなさんも」

 爽やかな笑顔と共に差し出されるいくつものたすき。

 これを付けるくらいなら、死んだ方がまし。

 いや。死にたくはないけれど、退学くらいはしても良いと思う。

「私達は結構。彼の分も」

 美意識が許さなかったのか、木之本君のたすきも強引に外して返すサトミ。

 男の子は怪訝そうな顔をして、それでも素直に受け取った。

「はちまきの方が、よろしかったですか」

「それも結構。私達は、警備に専念しますので」

「そうですか。残念だな」

 何が残念か知らないし、多分このたすきを付ける方が残念だと思う。

 取りあえず彼にはお引き取り願い、ほっとしている木之本君の肩に触れる。

「断れば良かったのに」

「あの笑顔にね」

 苦笑する木之本君。 

 人の良さはお互い様か。

 だけどショウがいれば、多分彼もたすきを付けていたはず。

 想像しただけで、冷や汗が吹き出てくるな。



 荷物を置いて正門に戻ると、生徒がちらほらと現れた。

 バスが到着したか、神宮駅に電車か地下鉄が到着したのかも知れない。

「おはようございます」

 元気に声を掛ける生徒会や教職員の面々。

 こちらはそこまで元気にはなれず、また私達の役目は警備。

 そう自分に言い訳して、登校してくる生徒達に目を光らせる。

「……特に、問題ないね」

「あれは」

 サトミが警棒で指し示したのは、猫背の男子生徒。

 今にも倒れそうな顔で、足下もしっかりしない。

「要注意かな」

 無言で正門をくぐろうとした男子生徒の肩を掴み、足を払う。

 つんのめったところで膝を鳩尾に添え、地面へ倒す。

「な、何を」

「遅刻でしょ」

「早いくらいだ」

「今日は朝からここに来る予定じゃない」

 スティックを出し、喉に先端を添える。


 ケイは陰気に笑い、欠伸をしてそれを手の甲で避けた。

「朝から挨拶する奴は馬鹿だ」

 この状況を、根底から否定する発言。

 ただ今は、彼の言う事もわずかには分かる。

 口はさすがに出さないが。

「たすき付けて」

「そんなの付けるなら、俺はこの場で自決する」 

 何を言ってるんだか。



 二人で遊んでいる間に、生徒の数も増えてきた。

 こうなると自然、不審者も増えるはず。

 所持品検査をする訳ではないので完全には防げないが、ガーディアンがいるだけで七尾君が言っていたように抑止効果はあるだろう。

「間近だと、かなりうるさいな」

 耳を押さえ、露骨に嫌な顔をするケイ。

 言うまでもなく、彼の側で大声を張り上げている集団に対しての文句。

 彼等が悪い事をやってる訳ではないが、声が大きいのは確か。

 機嫌が悪ければ、睨むくらいはするかも知れない。


 彼等は善意に基づき、挨拶の励行を行っている。

 ただそれが、誰しもが納得して受け入れてもらえる事なのかは微妙。

 登校してくる生徒達も挨拶は返すにしろ、声を張り上げる者はいない。

 この場合は度合いの問題で、挨拶自体が悪い訳ではない。

 しかし彼等は声を小さくしようとしないし、自分達がどういう目で見られてるかをあまり気にしていない様子。

 自分自身さえ信じていれば、それでいい。

 それで問題ない場合もあるだろうが、人を巻き込む場合は別。

 挨拶程度はともかく、明らかに迷惑なケースもあると思う。



 ぼんやりとそんな事を考えつつ、声を張り上げている生徒や教職員を眺める。

 特に悪い人達ではなく、昨日のような教師は例外。

 声が大きいとは思っても、それ以外で不快に感じた事は無い。

 迷惑という点から考えれば、私達の方が数段問題。

 器物破損や怪我など、実際の被害を出してきた。

 それについては、言い訳のしようもない。




「また、露骨な奴が来たぞ」

 ショウの声に、我へと帰る。

 正門の左側から歩いてきた、生徒の集団。

 その中に混じる、柄の悪い数名の生徒。

 大きなケースを抱えていたり、細長い大きな包みを抱えていたり。

 彼の言う通り、不審としか言いようがない。

「通す?」

「敷地に引き込めば、こっちの物だろ」

「なるほどね」

 その意見に頷き、一旦やり過ごす。

 小馬鹿にした、品の悪い表情。

 連中が正門を完全にくぐったところで、私達も後に続く。


 すぐに回り込み、行く手をふさぐ。

「それを開けて」

「武器でも入ってると思ってるのか」

「だったら、何が入ってるの」

「個人的な物だ。調べて違ったらどうする」

 下らない理屈。

 この時点でケースを叩き壊したくなるが、モトちゃんにそっと制止される。

「では、何が入ってるかだけ証明して」

「そんな義務はない」

「不審物の持ち込みを認める訳には行かないのよ。違ってたら謝るし、壊したら保障もする。大体人に見せられない物を持ち込む事自体、問題でしょ」

 簡単にやりこめるモトちゃん。

 男はぐっと唸り、強引に私達を抜けようとする。


 勿論そんな真似はさせず、スティックを伸ばし改めて行く手をふさぐ。

「どけっ」

「どく訳ないでしょ。中を見せろって行ってるのよ」

「中身が何でもなかったら、どうするつもりだ。土下座でもするか」

「ああ?」

 一歩前に出た所で、ケイに肩を押さえられる。

 こういう相手には最も向いた人。

 彼なりの推測、考えがあるようだ。

「やり過ごせばいい。後で調べる」

「大丈夫なの」

「良いように料理してやるさ」

 喉元で低く笑うケイ。

 これこそ決して品は良くなく、こういう笑顔を向けられたくはないな。

「もう結構。教室へ行ってくれ」

「ちっ。調子に乗りやがって」

「馬鹿が、警備員気取りか」

 捨て台詞を残し、馬鹿笑いをして去っていく男達。

 やはり、今すぐ追いかけてケースを壊したくなる。



 怒りを抱えたまま、正門脇に佇み生徒を睨み付ける。

 しかし、ここでの警備の難しさもよく分かった。

 持ち主の許可がない以上、所持品検査はほぼ不可能。

 つまり今のような事が、まかり通る。

 今の連中もマークはしたから、ケイが言うように後から対処すれば済む話。

 ただ私は、そこまで悠長な方法は少し苦手。

 悪いと思ったら、今すぐ対処したい。

「向いてないって顔ね」

 あっさり私の考えを読み取るサトミ。

 事実向いていなく、さっきの連中を追いかける事しか考えていない。

「どう考えても怪しいんだからさ。片っ端から取り締まれないの」

「中身がぬいぐるみだったらどうするの。土下座する?」

「まさか。というか、ぬいぐるみって何」

「例えばの話よ。恥ずかしかったらケースに入れた、なんて言い訳をする可能性もある。難しい話ね、本当に」

 しみじみと呟くサトミ。

 難しいのは分かったが、それだけで流すのも癪。

 胸のもやもやは薄れない。


 取りあえず塀を叩き、ストレスを逃がす。

 実際に無くなる訳ではないが、何かしないと収まらない。

「猪か」

 ケイの台詞にむっと来て、思わず彼を叩きそうになる。

 それ自体が猪だと言われそうだが。

「俺達の目的は武器を持ち込ませない事で、馬鹿を懲らしめる事じゃない」

「そうだけどさ。まずは人間を取り締まるべきでしょ」

「理想としては。だからといって、俺達は警官でもない。捜査権も何もないから、相手の意志を無視して行動は出来ない」 

 非常に大人の、物わかりの良い台詞。

 それは分かるが、私達の今までの行動は自分で言うのもなんだけど相当に問題。

 規則やルールを逸脱するのもしばしば。

 ああいう連中は、問答無用で対処してたはず。

 結局彼も、今の学校に合わせるしかないと言いたいのか。



 もやもやした気持ちのまま、正門前に立つ。

 挨拶の声など出る訳もなく、あるのは不満と怒りと居心地の悪さ。

 どうも、精神的に不安定だな。

「また来たぞ」

 さすがに笑うショウ。

 それとも、笑うしかないといった所か。

 大きな荷物を持った柄の悪い連中が正門の右側からやってきた。

 ケースのサイズや色は違うが、顔つきは雰囲気は同じ。

 単に私達をからかうのが目的なのか、実際に武器を持ってるのか。

 分かってるのは、私達には手出しが出来ない事。

 それを分かっての行動。

 苛々するなと言う方に無理がある。


「通るぜ」

 わざわざ声を掛けて通っていく男達。

 思わず呼び止めそうになるが、サトミに目線で止められる。

 実際現時点で、彼等を止める理由はない。

 中に何が入っているか分からない以上、不審だと思っても為す術がない。

 自分達を無力とは言わないが、為す術がないのは確か。

 虚しさだけが募っていく。




 極めつけと言うべきか。

 今度は、露骨に木刀を抱えた男が現れた。

 これはさすがに私より先に、教職員が呼び止める。

「俺は、剣道部だ」

「木刀だろ、それは」

「部活で使うんだよ」

 取り出されるID。

 それをチェックすると実際に剣道部に所属していたらしく、職員はそこで押し黙る。

 実際使うと言われては、彼も追求のしようがない。


 ただ、私の我慢も限界。

 端的に言えば、ふざけるなとしか言いようがない。

 理屈、規則、決まり事。

 そんな事は関係ない。

 今目の前で起きている不正を取り締まる方法が無い訳じゃない。

 私達が一歩踏み出せば良いだけだ。

 それで秩序が崩れるなら、そんな秩序は必要ない。

 少なくとも、私はそんな形式的な決まり事を求めてはいない。


「まあ、待てよ」

 私を軽く押しとどめ、前に出るショウ。

 どうやら彼も、同じ思いを抱いている様子。

 サトミも止めはせず、モトちゃんや木之本君は苦い顔をしているが黙認。

 ケイは唯一、にやにやとしているが。

「剣道部なら竹刀だろ」

「誰だ、お前」

「ここの警備をしてるガーディアンだ。どうしてもというなら、剣道部に後で行くからな」

「おお。待ってるぜ」

 馬鹿にしたように笑い、木刀を担いで正門をくぐる男。

 自分から蟻地獄に入り込む馬鹿、くらいにショウを思ってるかも知れない。

 正直これでも緩いが、暴れ回るよりはまだましだろうか。

「剣道部は危ないですよ」

 難しいい顔で忠告をする男の子。

 私達を気遣ってか、連中に怯えてなのか。 

 ただ、そんな弱腰で良いのかとも疑問に思う。

「あんな連中をのさばらせて良いの?」

「良くはないですけど。ああいう連中だからこそ、手が出しにくいというか」

「だったら、何のための生徒会なのよ。それと、ここの警備なの」

「強いですよ、あの連中は」

 端から、この態度。

 これが本当に草薙高校の生徒会の発言なのかと、耳を疑いたくなる。



 前の生徒会にも色んな人間はいて、嫌なタイプの人も多かった。

 例えば権威を笠に着た人間とか。

 逆にそうだからこそ、ああいう連中にも引かなかったはず。

 それは生徒会という後ろ盾があってこそ出来る話で、大して褒められた事ではない。

 むしろ否定するような事だとも思う。


 だけど今私の前にいる子は、目の前の恐怖にただ怯えるだけ。

 生徒会に対しての信頼。 

 その力すら、認めてはいない。

 単なる生徒の集まり、程度にしか。

 つまり、これが今の草薙高校の現実か。



 呆れ気味に突っ立っていると、モトちゃんに軽く肩へ触れられた。

 こういう事は仕方ないわよと言いたそうな顔で。

 またここで、彼を責めても何にもならない。

 悪いのは、さっきの連中。

 彼自身に、そこまでの非はない。

「強いのは分かったけど。強いからって見過ごすの?もう一度言うけど何ための生徒会で、ガーディアンなのよ」

「暴力で解決するとでも?」

「話し合いで解決出来た?」

「力尽くで従わせる事が出来ますか?」 

 あくまでも懐疑的、消極的な意見。

 これを聞くと彼にではなく、モトちゃんの姿勢にすら疑念が及ぶ。


 生徒会の威信。

 この場合力の象徴としてのそれを支えているのは、自警局。

 つまりはガーディアン。

 少なくともあの程度の人数で、ガーディアンの集団に逆らう生徒はいなかった。

 それだけの力をガーディアンは持っていたし、示しても来た。

 だけどさっきの光景を見る限り、今のガーディアンにそこまで望むのは無理らしい。

「基本は話し合いでしょ。それに、周りと合わせる事も大事だから」

「周りって何」

「今みたいな事よ」

 そう言って、私の前から去っていた男の子に目線を向けるモトちゃん。

 彼のような生徒が、今の草薙高校の標準。

 一般的な生徒会の構成員であり意識という事か。


「話し合いというのも、悪くないとは思ってるし」

「程度問題でしょ。武器を持ってるのを分かってて、「怖いから」って理由は何よ」

「今日は極端なケースだったかも知れないわね。それに私は暴れないってみんな知ってるし。ユウ達の事は逆に知らない。自分達だけでは何も出来ない以上、やり過ごすのが一番でしょ」

「一番?一番なの?」

 思わず二度聞き、答えを待たずに彼を見る。

 今も熱心に挨拶を呼びかけ、笑顔を絶やさない。

 よく言えば、穏健。柔和。

 ただ、目の前の困難から避けているだけにも思えてくる。


「誰もがユウみたいに強くないし、勇気もないのよ」

「そのためのガーディアンでしょう」

「今言ったように、私達では頼りにならないと思われたんじゃなくて」

 大して気には留めてない。

 もしくはそういう素振りのモトちゃん。

 彼女からすれば力尽くの解決より、こちらの方を好ましいと思うはず。

 実際それは間違ってはいないとは思うけど、私は納得しがたい。

 これではガーディアンの存在意義すら疑ってしまう。

「今のガーディアンってどの程度のレベルなの」

「訓練は積んでるし、人数も多い。ユウ達がいた頃と、それ程変わってないはず」

「学内的な認知度が低いかも知れないわね。他校ではガーディアン自体いないところもあるから」

 軽く補足するサトミ。 

 例えそうだとしても、新体制が発足してからすでに半年。

 ガーディアンの立場を示す機会はいくらでもあったはずだ。

 無闇に暴れろとは言わない。

 ただデモンストレーション的な事を、もう少しやっても良かったのではないだろうか。



「邪魔だ」

 正門の端にいた私を、敢えて突き飛ばして通ろうとする柄の悪い男子生徒。

 その腕を難なく避け、足を払って地面に倒す。

 反撃しようとする前に喉へスティックの先端を突きつけ、正門に向かって顎を振る。

「これだけ広いのよ。どこでも勝手に通れば良いでしょ」

「え、あ」

「一度、出直してきたら」

 悲鳴を上げて正門を引き返す男。

 私の肩口にはガーディアンのIDが見えていて、それを分かった上での行動。

 根本的な部分からやり直す必要があるんじゃないのか。

「……何してるの」

 低い、地の底から響くような声を出すモトちゃん。

 サトミは額に手を添え、だるそうに首を振る。


「力尽くで解決しない方法を、私は目指してるの。そのための実績を積もうともしてるの。単純に力だけを背景にして、威圧するような組織ではなくて」

「理屈は良いよ、もう」

「え」 

 世にも邪悪な台詞を聞いたという顔。

 そんな変な事を言ったかな、今。

「り、理屈以外に、何を言うの」

「そういうのは、モトちゃんやサトミに任せる。私は自由にやる」

「あなた、私の話を聞いてた」

「聞いてたよ。だから任せるって言ったじゃない」

 それこそ、卒倒しそうな顔。

 サトミが支えなかったら倒れるか、もしくは私に飛びかかってきただろう。



 勿論私もモトちゃんの言う事。

 その理想は理解出来る。

 だけどやはり、それは理想。

 今の現実ではない。

 決して賢くはない行動でも、それに対処する事もまた必要。

 力を振るい、それを示す事が。

 例え今の流れに逆行する事になったとしてもだ。

 今の私にはそれしか思い付かないし、出来そうにもない。

 だけど理想論を唱えているだけでは、解決しない事もあるはず。

 それなら後ろ指を指されようとも、私は力を振るってみせる。

 今すぐ、後ろから刺されそうな気もするけれど。











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