38-4
38-4
教室へ戻り、まずはさっきの話を報告。
ショウには牛丼の残りを渡す。
「少ないな」
文句を言いつつ食べるショウ。
ただお昼はお昼で食べたはずで、何に対しての文句が全く分からない。
「そこまではっきりと宣言しなくても良かったと思うけどね」
苦笑気味にたしなめる木之本君。
今考えるとそうだけど、あの時は冷静なようでやはり頭に血が上ってた。
反射的に言葉を返し、ついついそれがエスカレートしてしまった。
ただ間違った事を言ったつもりはないし、また問われれば同じ答えを返す。
表現や口調が多少変わるにしろ、基本は変わらない。
モトちゃんも特に私を咎めはせず、受け入れてくれる様子。
それに安心をしてリュックを探す。
「……どこにやったかな」
「不思議ね」
地の底から響くような低い声。
冷房よりも冷たい視線が、屈んでいた私の首筋へ突き刺さる。
顔を上げると、サトミが今にも飛びかかりそうな顔で睨んでいた。
「何よ。私は間違ってないわよ」
「短慮に走るなって言わなかった?」
「言われたかもね。でも、今更冗談でしたでは済まないでしょ」
「あなたの生き方が、冗談ではなくて?」
何とも刺々しい口調。
ただこのくらいで動じるような付き合いでもないし、性格でもない。
適当に頷いて、リュックを探す。
「どこにやったのよ。子供じゃないんだから」
「あなたの行動は、子供じゃないの」
「うるさいな」
「なんですって」
机を叩き、顔を近づけてくるサトミ。
今はそれ程嬉しい気分ではなく、数歩下がって距離を置く。
そこでようやく、サトミの後ろにリュックを発見。
灯台もと暗しって、多分こういう時に使うんだろう。
「また自警局?」
「他にどこへ行くの」
「名前の響きがね。どうも馴染まない」
メンバーは旧連合の人も多いし、それ以外の人も基本的には知り合いばかり。
ただ自警局に良い思い出はなく、出来たら改名したいくらいだ。
何に改名するかは、卒業するまでには思い付かないにしろ。
とはいえここへこない事には始まらない。
ただ、始まらないのはモトちゃんやサトミ達。
私は別にやる事もなく、目の前に置かれた飴を見つめるくらい。
舐めるか舐めないか、下らない事で少し悩む。
我ながら、とことん馬鹿げてるな。
「暇そうだね」
卓上端末を操作しながら声を掛けてくる神代さん。
それに頷き、飴を手で転がす。
猫じゃないけど、こういう単純な刺激は楽しく感じる。
「仕事しないの?」
「やる事がないからね」
「一度、これを読んでみたら」
差し出される会議の議事録。
夏休み前までに行っていた物らしく、日付は7月までとなっている。
適当にページをめくり、興味を引く部分を読んでいく。
モトちゃんが言っていた通り、その主張はかなりの少数意見。
また、転校生や新入生の発言がかなり目立つ。
「この辺の転校生って、何なの。傭兵?」
「地方の系列校から流れてきたエリートよ。草薙高校再建のために」
鼻で笑うサトミ。
実際この内容では、私も笑うしかない。
いかにも自分達が草薙高校の代表だと言わんばかりの主張。
生徒である限り誰もがその自覚は持って良いが、自分達だけがという論調。
こういう人間とは相容れず、笑いながらも議事録を破りたくなってくる。
「先輩、破らないでよ」
「分かってる。この会議、いつやるの」
「いつでしたっけ」
「今日も代表が集まるけど。出席するつもり?」
あまり歓迎しないという顔のモトちゃん。
親友というのは、多分私の勘違いだな。
自警局から場所を移動。
どこかは分からないが、かなり広い会議室へとやってくる。
すでに先客もいて、空気は少し固い感じ。
私は新参者なので、端っこに座る。
円卓上に机が配置されてるため、どこが端かという議論はあるが。
「俺は帰って寝たいんだ」
露骨に不快感を表すケイ。
それが聞こえたのか、先にいた生徒がこちらの方を見てくる。
「済みません。この人、馬鹿なので」
嫌な説明をして、愛想良く笑うモトちゃん。
間違ってはないけどね。
「そういう事は言わないように」
「だったら、帰らせてくれ」
「あなたも今は、生徒会幹部なの」
「冗談でしょ」
思わずそう叫び、今度は私に視線が集まる。
だけど、あり得ないんだから仕方ない。
「自警局自警課課長代理。立派な幹部じゃない」
「……待って。そうなると私は?」
「ユウは課長待遇だから、もう一つ上に位置する」
「なんか、嫌だな」
今までの自分は、生徒会を批判してきた立場。
その体質や雰囲気、運営方法に対して。
だが自分が生徒会に参加し、しかも幹部ともなれば話は別。
正直自己矛盾と言えなくもない。
「もう少し、嬉しそうな顔をして」
「好きでやってる訳じゃないし。なんか違うんだよね」
「違っても良いの。……大体集まったみたいね」
モトちゃんの指摘通り、いつの間にか人数が増えていた。
席が全部埋まるまでは行かないが、代表者だけなのでこのくらいか。
「今日は新学期が始まったばかりですので、簡単に挨拶程度で済ませたいと思います」
なにやら場を仕切り始める矢田局長。
この辺でかなり違和感を感じるが、それは私だけの様子。
集まっている生徒は、特に異議を唱えもしない。
「休み中も特に大きな出来事はなく、今後も学内はスケジュール通りに推移していくと思います。私達もそれに向かって、努力をしていきましょう」
どうでも良いとは言わないが、ありきたりな。
書いてある文章をなぞるような台詞。
面白おかしい事を言う場面でないのは分かってるが、これでは出席した意味もあまりない。
油断ではないと思うが、気を抜いていたら急に自分の名前が呼ばれた。
「ご挨拶をお願いします」
「え、私?」
真横で、当たり前でしょという顔をするサトミ。
話を聞いてなかったので、こちらは何がという顔をする。
「初めてこの集まりに出席なされた方は、自己紹介をお願いします」
簡潔な説明。
そこでようやく意味を理解する。
「変な事は言わないで」
「分かってる。……初めまして。3年、雪野優。自警局自警課所属です。何かとご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」
サトミの指示通り変な事は言わず、無難にまとめる。
それに対しての、おざなりな拍手。
私を知っている人は半笑いだが、知らない人は大して興味もない様子。
実際興味を抱かれる対象でもない。
サトミとショウも簡単に挨拶を終え、最後にケイの番が回ってくる。
この人もこういう場面でおかしな事は言わないので、大丈夫だとは思う。
「浦田珪。所属は今の3人と同じ。現在は学校外生徒。草薙高校には、籍のみがあります」
思わず立ち上がろうとして、ショウに腕を掴まれる。
そんな話、今知った。
これは会議室にいる生徒達も意外だったらしく、少し空気が乱れ出す。
私語があちこちで聞かれ、彼に対しては蔑むような視線も向けられる。
「皆さん、静粛に。この会議も草薙高校も、門戸は広く開かれています。また籍は草薙高校にある以上、彼を拒む理由はありません」
後半はともかく、少なくとも前半は良い事を言う矢田局長。
取りあえずそれで、表面上場は収まった。
「挨拶も済みましたし、今日はここで終わります。皆さん、ご苦労様でした」
まずは正座。
そこから始まる。
「学校外生徒って何」
「傭兵って言い方もあるらしい」
下らない返答には、拳で答える。
という訳には行かないが、丸めた紙で頭を叩く。
ケイはへらへらと笑い、土下座の真似をした。
この人の土下座には何の意味もないので、こっちは手を踏む真似をしてそれを止めさせる。
「籍はあるから良いだろ」
「何のために、学校外生徒なのよ」
「自由な立場としてさ」
言わんとしている事はなんとなく分かる。
また籍がある以上、そして学校に通っている以上。
彼は他の生徒とは特に変わりはない。
ただ先ほどの反応のように、一部の生徒からは一段下に見られる。
それを分かっていながら、彼は学校外生徒という立場を貫こうとする。
立派な覚悟があるのか、よこしまな考えがあるのか。
間違いなく後者としか思えない。
ケイへの詰問は保留として、ご飯を食べに行く。
このところ呼び出されたり気分が重かったりで、集まって食べに行くのは久し振り。
「あー、懐かしいな。ここ」
訪れたのは、学校近くのレストラン。
軽食中心の、草薙高校の生徒もよく利用する店。
ファミレスのような安定した味も良いが、こういう個人店の味は格別。
取りあえず定番のピザとパスタを頼む。
今は、運ばれ来る間の時間さえも楽しい気分。
本当、現金な性格だ。
ピザの端をかじり、焦げたチーズの味を満喫。
これだけで、幸せ一杯という感じ。
後はパスタを少し食べればいいかな。
「あれって、この先も矢田君が仕切るの?」
「総務局主催だから」
あっさりと答えるモトちゃん。
彼女は別に、不満は抱いてないようだ。
私も今は大して不満はない。
ただ過去の経緯を考えると、大賛成とはとても言えない。
「どのくらい学内は荒れてる?」
「前ほどでもないとも言えるわね。ただ小競り合いが増えて、件数自体は増加してる」
「そうなんだ」
「転校生と在校生の対立もあるし、色々と面倒よ」
ため息混じりに呟くモトちゃん。
彼女はそんな中、自警局のトップとして働いてきた。
私の知らない気苦労をたくさん抱えているんだろう。
「ユウはどうだったの」
「平凡な学校生活を送ってた」
学内は基本的に平穏。
柄の悪い生徒もいたが、それはごく一部。
生徒数自体も少なく、非常にアットホームな空気に包まれていた。
刺激が足りない気はしなくも無かったが、ああいう生活も悪くはない。
今はあの学校も、私の母校。
何かあれば、私は迷わず駆けつける。
「モトちゃんも一度行ってみれば。こういう駆け引きとか下らない揉め事もないし、楽しいよ」
「行って良いなら、今すぐ行くわよ」
苦笑気味に答えるモトちゃん。
彼女は私のように自由な立場ではない。
自警局の責任者。生徒会の幹部。
そして反体制派のリーダー。
責任やしがらみをいくつも抱え、それを全て投げ出す事はまず不可能。
彼女が望もうと、周りが許しはしないだろう。
「大変だね、色々と」
「その分、ユウが助けるのよ」
フォークでこちらを差してくるサトミ。
刺されないだけ、まだましか。
家へ帰る前にRASのトレーニングセンターへ寄る。
先日の件もあるし、少し体を動かしておいた方が良いと考えて。
平日の昼間とあって、練習生はまばら。
取りあえずサンドバッグと向かい合い、軽く拳を繰り出していく。
当たり前だがこれに対する抵抗は無く、スムーズに拳を当てられる。
多分人でも、この場所でなら問題はない。
やはり日常生活においての格闘に、精神的なブレーキが掛かったんだろう。
「少しなまってますね」
笑いながら話しかけてくる水品さん。
動きは以前より切れがあると思うが、彼が言うのは私の精神的な部分。
それを読み取っての発言だと思う。
「平凡な生活に慣れてたので」
「悪い事ではないですよ。平和が一番ですからね」
確かに、それももっともな話。
日々緊張を強いられ、戦いが当たり前の毎日なら技術も精神も研ぎ澄まされていく。
ただそれが素敵な事かと言われれば、かなりの疑問が残る。
「何かありましたか」
「学校で暴れてた生徒を殴るのに、躊躇してしまって」
「平凡な生活に慣れて?」
「ええ」
今は多少気持ちが鋭くなりつつあるが、前ほどではない。
やはり、それが悪い事か良い事かは判断がしづらいが。
とはいえ動いていれば、そういった意識も少しずつ剥がれ落ちていく。
純粋に目の前の敵を倒す。
その意識が高まっていく。
サンドバッグは敵ではないが、今の私にとっては倒すべき相手。
より的確に急所へ攻撃を加え、相手の反撃を絶つ。
最後に膝蹴りを叩き込み、サンドバッグを跳ね上げて終わる。
何より、私の体力が尽きた。
「動きは前より良くなってるんですが。色々考えすぎのようですね」
「はぁ」
「勿論悪い事ではありませんよ。機械ではないので、考えるのは当然ですから」
今の私を否定はしない水品さん。
ただ私は、今の自分で良いとも言い切れない。
サトミやモトちゃんを守るためには、非常になりきる必要もある。
その時精神的なブレーキは掛からないとは思うが、万が一を考えれば出来るだけ意識を前に戻したい。
「どうしてもというなら、出稽古に行ってきたらどうですか」
「道場破り?」
「出稽古です」
苦い顔で言い直す水品さん。
特に、暗喩ではなかったようだ。
「鶴木さんの所なら、結構人も揃ってますし」
「分かりました。今から行ってきます」
「それと気持ちを研ぎ澄ますのは結構ですが、手加減も必要ですからね」
私を気遣っているのか危ぶんでいるのか不明な言葉。
精神的なブレーキが薄れた途端、暴走するって言いたいのかな。
そんな事は無いと思いつつ、鶴木道場の門を叩く。
すでに敷地の門はくぐっているので、精神的な意味で。
「済みません。出稽古に来たんですけど」
「部活?」
木刀片手に、怪訝そうな顔をする大男。
見た事のない顔で、この人も他所からの出稽古だろうか。
それとも最近新設された、スポーツ部門の関係者かもしれない。
「まあ、そんな所です」
知り合いとやり合うより、こっちの方が気持ち的にも新鮮。
今の自分には合ってるはずだ。
「練習させてもらって良いですか」
「ああ」
スティックはさすがにまずいので、竹刀を使う。
木刀は重くて、長時間振り回せない。
強度は木刀に敵わないが、そこは技術で補うしかない。
「じゃあ、打ってきて」
「分かりました」
中段に構える相手へ、まずは竹刀を足下に。
剣道ではないので、打ち込む箇所はほぼ自由。
相手が下がったところで、その動きのまま腕を返して脇を薙ぐ。
今度は木刀で受け止められ、軽く押し返された。
反動で体が浮き、木刀が耳元をかすめた。
なかなかの手練れ。
逆に言えば、こちらの血も騒いでくる。
すり足を止め、竹刀を抱えるようにして一直線に相手へと走る。
鋭い小手を半身になって避け、木刀を握り様そこを軸に跳び回し蹴り。
腕でブロックされたところで竹刀を片手で振り下ろす。
それを掴む相手の大男。
木刀と竹刀を二人で握り合う構図。
相手が動くより早く両手を離し、後ろに回って膝の裏にロー。
若干バランスを崩したところでサイドに動き、脇腹へ掌底。
がむしゃらに薙いできた木刀をスェーでかわし、下から改めて掌底を放って木刀を落とす。
とどめに……。
「そこまで」
不意に聞こえる制止の声。
構えていた肘をたたみ、バックステップで相手の射程圏外へとすぐに逃げる。
声を放ったのは、鶴木さんのお父さん。
つまりはここの道場主である。
「何してるのかな」
「出稽古をしてます」
「……君は、少し向こうへ」
「あ、はい」
小さくなって、練習生の間へと消えていく大男。
道場主の前では、多分誰でもああいう態度になると思う。
私は昔からここに通っているので、そこまで恐縮はしないが。
「誰だか知ってる、あの人を」
「新設されたスポーツ部門の選手とか?」
「警察のSPだよ」
思わず鼻を押さえ、顔も手で覆う。
別に悪い事はしてないが、警察と聞いて嬉しい気分になりはしない。
「自信をなくすから、止めてくれないかな」
「自信って、犯罪者が子供の場合もあるじゃないですか」
「跳び膝蹴りをする子供なんて、そういないよ。大体、出稽古って何」
改めて、ここに来た理由を説明。
おじさんは何度か頷き、床に転がっていた竹刀を足で拾い上げた。
「制約、ね。それが普通といえば普通なんだろうけど」
「私も悪いとは思ってません。ただ、いざという時に体が動かなかったら」
「なるほど。どうとも言えないな、そういう問題は。何より優ちゃんの問題というより、学校の問題だから」
少し私とは違う視点。
今までは自分の行動や気持ちに問題があると、私は思っていた。
だけど彼は外部が原因だとも言う。
またよく考えてみればそれもそうで、学校が平穏なら私が暴れる必要もない。
「出稽古も良いけど。相手は選んでね」
「選んでって、みんな強そうじゃないですか」
「一度、自分のレベルを知った方が良いね」
苦笑気味に語るおじさん。
別にそこまでの域に自分が達してるとは思わない。
前より多少動きにキレはあるが、以前体力は皆無。
筋力も笑ってしまうようなレベル。
一瞬での勝負ならともかく、長期戦になれば多分小学生にも負ける。
「じゃあ、スポーツ部門の選手とやらせて下さいよ。プロなんだから、間違いなく私よりは強いでしょ」
「俺もそうだと思いたいが。男子で良い?」
「……女子をお願いします」
やってきたのは長身の女性。
大学生か、もう少し年上。
木刀を構える姿に隙はなく、ただ私を見る目は非常に軽い。
子供相手に、という意識が手に取るように分かる。
こういう場合は燃えるんだけど、これは自分に敵意が向いているから。
全く無関係な場面では、多分まだブレーキが掛かると思う。
「優ちゃん、出来れば集中してね」
苦笑気味に声を掛けてくるおじさん。
それもそうかと思い、竹刀を担ぐ。
その姿を見て失笑する女。
木刀に竹刀で挑む馬鹿と思ったんだろう。
「スティック使って良いんですか」
「駄目だよ」
「だったら、素手で良いです」
竹刀を床へ置いた所で、相手がいきなり打ち込んできた。
スポーツ部門なのでルールはあるが、油断は禁物。
ただこのくらいは予想済み。
腕のプロテクターで木刀を受け流し、そこを伝って手首を掴む。
軽くひねって足を払い、相手の体が宙に舞った所で上からかかとを振り下ろす。
お互いプロテクターは付けているが、その分受け身は取りにくい。
女はマットの上で大の字になったまま、動こうともしない。
「そこまで」
すぐ止めに入るおじさん。
こちらは不満もあるが、これはスポーツ。
指示に従い、一歩下がる。
「君は少し休んでくるように」
女に労るような声を掛けるおじさん。
一方私には、ため息を付いてくる。
「仮にも向こうはプロなんだから。自信をなくすような事は止めてくれないかな」
「負ける事こそ、プロとして問題でしょう」
「理屈としてはね。ただ、誰も街中に虎がいるとは思わないだろ」
誰が虎かは考えたくもないし、虎の力をここで振るう気もない。
来るんじゃなかったな、これは。
「私はその辺で、小さくなって座ってれば良いんですか」
「自分の力を少しは知った方がいいね」
「普通ですよ、私は」
体力も持久力も筋力もない。
あるのは若干の瞬発力。
動体視力も以前よりは落ちた。
体型は言うまでもなく、数値的には平均以下だろう。
「俺が分からせてやると言いたいが、怪我をしてる暇もなくてね」
「大げさな。鶴木流当主でしょう」
「寄る年波には勝てないさ。それと、自重って言葉は覚えた方が良い」
なにやら嫌な言葉を持ち出すおじさん。
聞き慣れた、なじみの言葉とも言える。
「帰ります、もう」
多少居心地が悪くなってきたし、周りの空気が不穏。
ただ私に襲いかかるという意味ではなく、恐れている感じ。
練習生をいきなり二人倒し、今も道場主に食ってかかっている。
知らない人からすれば、おおよそまともな人間とは思えない。
自重という言葉が、頭の中で行き来する。
「格闘家としては伸び盛りなんだろうけどね。落ち着いた方が良いよ」
「私はいつでも落ち着いてますし、格闘家ではありません」
「その時点で、冷静さを欠いてるよ。じゃあ、また」
ひどい台詞と共に追い出され、仕方なく場所を移す。
次にやってきたのは御剣家。
ここは練習生もおらず、もはや普通の家。
敷地に入れば古武道宗家を思わせる物は多数あるが、それは意識してみて回ればの話だ。
「一暴れしたようだね」
苦笑気味に出迎えてくれる、御剣君のお父さん。
早速連絡網に情報が回ったか。
「暴れたというか、私は普通に」
「基準は様々だからね」
それを言われると答えようが無く、玄関先の木を手の平で叩く。
「ここはもう、門下生や練習生を取らないんですか」
「元々玲阿流や鶴木流と同系だし、今はRASの運営も忙しい。御剣流としては子供が継いで行くだけで十分だと思ってね。その子供がいなくなった時点で、絶えるのかな」
「絶える」
「所詮殺し合いの技術だから、その方が良いとも思うんだが」
しみじみと語るおじさん。
私からすれば言いたい事はいくつもあるが、当主本人がそういうのなら口のはさみようは無い。
実際玲阿流も鶴木流も純粋な門下生は減り始め、RASが主体。
二つの流派も、いずれは家族だけが継いでいくのかもしれない。
「それで、何か用だった?」
「ええ、まあ」
「人を殴る事への抵抗と、鶴木さんからは聞いてるけど。それは悪い事じゃないよ。抵抗なく殴る方が、余程問題だからね」
笑って答えるおじさん。
それはもっともで、そんな人間は一般社会にいるべきでも無いだろう。
「ただ戦場では俺達は、そういう意識もなく戦ってたけどね。いちいち良心の呵責を感じてたら、自分が死ぬ」
一気に重くなる話。
私が口を挟む余地はなく、黙って話に耳を傾ける。
「つまりそのくらいの極限な状況にならない限り、制約も無しに人を襲う事は無いんだよ。だから優ちゃんの反応は普通だし、今までも好きで暴れてた訳でもないだろ」
「それは勿論」
「だったら正常に戻ったと考えて良いじゃないのかな。自分や友達の身を守るくらいはあっても良いにしろ、疑問を抱く方がまともだからね」
非常にためになる話。
そう考えると鶴木さんには軽く受け流されたというか、あしらわれたと思えなくもない。
彼らしいと言えば、それも彼らしいんだけど。
最後に知恵を借りに来たのは、玲阿家。
ここも門下生は、以前に比べればかなり人数を減らしている。
住み込みの弟子も最近はおらず、道場に人がいない事もしばしば。
中学生の頃は庭を門下生が走る姿をよく見かけたが、今は羽未が気持ちよさそうに走っているくらい。
時の流れなんて事を、しみじみと感じてしまう。
「なー」
足下にまとわりついてくるコーシュカ。
この子も出会った頃はもう一回り小さく、顔立ちも子供っぽかった。
今は精悍そのものと言った雰囲気で、大人の風格が漂っている。
私自身はその頃と比べてどのくらい変わったのかと思いつつ、彼女と共に母屋へと向かう。
出迎えてくれたのは瞬さん。
ソファーに寝転び、アイスをかじりながら。
この人は、出会った頃と何も変わらないな。
良くも悪くも。
「人生に悩んでるんだって」
そんな大げさな話ではないが、悩んでるのは確か。
話をスムーズにさせるためにも、ここは素直に頷いておく。
「片っ端から殴り倒せば良いんだよ。問答無用でさ」
「それでは、自分が捕まります」
「そういう風にルールを変えてみたら。学校の支配者になるようにさ」
言いたい事は分かった。
何一つ、参考にはならなかったが。
「今の話は、一切聞かなくて良いですからね」
苦笑気味に瞬さんをたしなめる月映さん。
それには深く頷き、瞬さんから睨まれる。
「鶴木さんや御剣さんから聞いて考えはまとまってると思いますが、私も同意見ですよ。制約が掛かって当然。むしろその感覚を大事にすべきですね」
「いざという時、体が動かないって事は?」
「そこまではどうとも言えないんですが。話を聞く限り、それは問題ないと思います。危機に対しては、人間は意外と柔軟に対応しますから。都合良く、自分の中で言い訳をするとも言えるんですが」
言い訳、か。
確かにその通りだな。
自己防衛や仲間を守るためという大義名分。
好き勝手に暴れ回る。
意識としては、全く別。
ただ殴られる方は、私の意識や考えなど一切関係はない。
それはまさに、私の中だけでの問題だ。
膝に乗ってきたコーシュカの毛をまさぐり、ノミを見つける。
それを爪で潰した所で、我に返る。
「あ」
「どうした?」
「ノミを殺してしまって」
「博愛主義?」
げらげらと笑う瞬さん。
その言い方に顔が赤くなるけど、言いたい事は分かった。
そして、自分の行動一つ一つの意味を考え出せばきりがないとも。
「結局自分の都合なんでしょうか」
「それはそうだろ。人の気持ちなんて考える余裕もないし、心が読める訳でもない。押しつけとエゴだよ。後は自己満足」
「自己満足」
「後は妥協だな。その自己満足が、自分の親しい人間をどの程度傷付けないかって。そのせめぎ合いとも言える」
ちょっと新しい見方。
あまり納得したくない意見でもある。
それも、言いたい事自体は分かるのだが。
私がよかれと思って行動しても、周りの人間にとって歓迎するべき行動とは限らない。
ただ重なり合う部分があればお互い妥協して、それを受け入れる事も出来る。
その分相手との距離は狭まり、近さを感じる。
とはいえ一つになるとか、相手を全て理解する事はあり得ない。
昔はそう思う事もあったし、全てをお母さんに委ねていた幼い頃は別かも知れない。
しかし今は、良くも悪くも知恵が付いてしまった。
感覚よりも理性が先に立つ。
私のような人間ですら。
誰かと一つになり、同じ意識を抱く。
それは自分の勝手な思い込みだというのは、少しずつだが理解出来るようになっていた。
そう思えるだけ相手と重なる部分があり、妥協出来る故の意識。
一つになると思えるだけの状況や心理状態だからこその話。
心を一つにしたいと思う事はあっても、本当に一つになる事はとても難しい。
それを素直に信じてしまう時期は、遠くに過ぎ去ってしまった。
家に帰り、ぼんやり過ごしていると夕食になった。
席に付き、もそもそとご飯を食べる。
意識が少し浮いている感じ。
あれこれ考えすぎて、疲れてしまったようだ。
「大丈夫?」
「……何が」
じっとみそ汁に見入っている自分。
間違いなく大丈夫ではなく、何より空になっている。
「少し疲れただけ。デザートは」
「全部食べてからにしなさい」
お母さんにたしなめられ、混ぜご飯をもそもそ食べる。
美味しいが、気持ち的に低調なため気分も高揚しない。
正直良くない兆候で、どうにか切り替えたいところ。
そう都合良く行けば、誰も苦労はしないと思うが。
それでもご飯を食べ終え、時期はずれになりつつあるスイカを食べる。
まだまだ毎日暑いけど、少しずつ夏は遠ざかってる感じ。
朝晩は涼しい日が増え、日差しも真夏のそれとは変わりつつある。
当たり前だが永遠に夏は続かないし、とはいえ秋も冬も春も続かない。
季節は移り、私も年を取る。
同じ所に留まる事はなく、成長かどうかは知らないが考え方も変わる。
その時の流れに、ただ身を任せていただけだとしても。
スイカを食べ終え、気を抜きながらテレビを見る。
特に内容は頭に入らず、良くあるニュースが淡々と放送されていく。
昨日も見たような事件や事故。
当事者はともかく、傍観者からすればどれも同じ。
明日これを放送されても、気に留めないと思うくらいに。
「……中華連邦とインドとの間で行われていた国境紛争は、国連軍の介入により休戦に入りました。今後は双方の政府代表が」
これには何となく反応し、画面に見入る。
紛争と言っても川を挟んで、散発的に迫撃砲を撃ち合う程度。
勿論当たれば大問題だが、想像してた光景とはかなり違った。
「日本への影響はどうでしょうか」
「一部輸出入品に滞りが生じる可能性はありますが、大きな影響はないと思われます」
アナウンサーと解説員の話を聞き、そんな物かと思う。
これも結局は、遠い所での出来事。
人の生死に関わる事でも、身近な影響がないとなれば流してしまう。
ただこの先何年も紛争が続き、国連軍がより本格的に参入し。
その時ショウが部隊に参加していれば、彼はこの場へ赴く事となる。
それは決して遠い世界の話ではなく、あまりにも身近な話。
お茶のグラスを片手に、ぼんやりと眺めてはいられないだろう。
気持ちが沈んで来たので、チャンネルを変える。
良くあるヒットチャートの音楽番組。
それを何となく見つつ、新聞へ手を伸ばす。
読むのは国際面。
中華連邦とインドの紛争の記事に目を通す。
内容はテレビで言っていたのと大差なく、解説が多少詳しい程度。
あくまでも地域紛争で、ヨーロッパや北米は無関心。
前回のような世界大戦に結びつく事はないと書いてある。
それには少し安心をして、ページをめくる。
経済面でもやはり中印紛争。
インド産の紅茶や中華連邦産のお茶が値上がり傾向にあるとの話。
このくらいの影響ならと思い、ページをさらにめくっていく。
するとスポーツ面にも、中印紛争の事が書いてあった。
アジア大会で両国が対戦し、観客同士が暴動を起こしたとの事。
殺伐なんて言葉が思い浮かぶ。
「どうかした?」
優しく声を掛けてくれるお父さん。
すぐに新聞をたたみ、曖昧に笑ってテレビを見る。
今の悩みは、あまりにも漠然とした。
そして、未来の話。
悩む必要があるかどうかも不明な程の。
ただ不安とはそういう性質の物で、明確な要因があれば対処法も分かる。
漠然としているからこその不安とも言える。
「思春期かな」
「へ」
「いや。優が色々悩むのは」
なんかすごいところに話を持っていくな。
全く間違えてるとは思わないけどね。
「お父さんも、高校生の時は悩んでた?」
「優ほど波瀾万丈な人生は送ってなかったけど。僕は僕なりに、小さい悩みはいくつもあったよ」
別に波瀾万丈な人生を送ってるつもりはないが、お父さんの目からすればそうらしい。
つくづく親不孝な娘だな。
「丁度世界大戦の前だったし、自分の進路をどうしようかっていう単純な悩みもあった。爆弾が降ってきたらどうしようとか」
「降ってきたの?」
「当時は色々噂があってね。ゲリラが山から下りてくるとか、海からやってくるとか。空から降りてくるとか。今考えると北米の情報操作なのかな。ただ爆弾は降ってこなかったけど、ビラはたまに降ってきたよ」
ますます戦争中って話になってきた。
確かにそういう時代なら、不安は数え切れない程あっただろう。
それに比べれば、私の悩みなど枯れ葉にしか思えない。
何となく沈黙が続き、テレビから流れる音楽が頭の中を通り過ぎる。
歌詞は全く理解出来ず、メロディもよく分からない。
自分の意識も、定かではない。
「良い曲だね」
「え、うん」
唐突な台詞に、何となく返事を返す。
どんな曲かは全然分かって無く、誰が歌ってるかも分かってなかった。
意外と真剣に見入っているお父さんに釣られ、テレビに目を向ける。
「わっ」
歌っていたのは、派手な格好のバンド。
去年文化祭で見た、あのバンドだ。
今日は暴れる事無く、普通にバラードを歌っている。
歌詞も確かに悪くはなく、演奏も上手。
こういう事も出来るのか。
「私が見た時は、お餅撒いてたけどね」
「家でも建てたの?」
「いや、文化祭で。こういうタイプじゃなかったんだけどな」
「人は変わるからね」
そういう物かな。
悩んでるのも少し馬鹿らしくなり、彼等の演奏に耳を傾ける。
切ない、もの悲しいメロディ。
以前とのギャップに戸惑いつつ、歌詞を理解しようとする。
「……分かった」
「何が」
「この人達は、ふざけてる」
「真面目に演奏してるよ」
ごく真剣な顔で答えるお父さん。
確かに演奏は真面目かも知れない。
ただ、歌詞は決して真面目じゃない。
いや。歌詞自体は問題ない。
問題なのは、その冒頭。
画面には字幕が2行ずつ表示される。
その先頭二文字。
これを上から下へと読んでいく。
「わらびもち」
「何が」
「歌詞の頭。えーと全表示はと」
リモコンを操作し、歌詞を全部表示させる。
……思った通り、行の冒頭は全てつながるようになっている。
しかも歌のタイトルが、和の心。
ふざけすぎるにも、程がある。
「変わらないんだって、人間は」
「まあ、本質の部分はね」
何となく軌道修正される、お父さんの台詞。
本当、真剣に聞き入らなくて良かったな。
「どうかしたの」
騒いでる私を怪訝そうに見つめるお母さん。
私はテレビを指さし、リモコンを激しく振り回す。
「甘い、甘くて冷たい」
「何一つ理解不能ね」
すでに彼等は演奏を終えた後。
今は綺麗な女優さんが、化粧品のCMに出演してる。
「もういい」
「熱でもあるの」
「私は至って正常よ。世の中がおかしいんだって、世の中が」
「本当に大丈夫?」
「僕からは、なんともね」
本人を前にして嫌な会話を交わす二人。
それに構わずリモコンを振り回し、今の感情を表現する。
怒りか気恥ずかしさが、馬鹿馬鹿しさか。
自分でもよくは分からない。
分かったのが、薄い膜のように自分を包んでいた鬱積が吹き飛んだ事。
少なくとも、その意味では助けてもらったとも言える。
だからこそ余計に馬鹿馬鹿しく、怒れてくるのだが。
人は変わるのか、変わらないのか。
勿論成長もするだろうし、全く何もかもが同じではいられないと思う。
でもお父さんが言ったように、本質は変わらないはず。
私もそう思いたい。
彼等の演奏を聴くまでもなく、自分自身を振り返ってそう思う。
それは自分のしてきた事を否定するような気もするから。
仲間と共に過ごしてきた時間をも。
それだけは、決して譲れはしないから。




