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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第38話   3年編(外伝扱い)
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38-4






     38-4




 教室へ戻り、まずはさっきの話を報告。

 ショウには牛丼の残りを渡す。

「少ないな」

 文句を言いつつ食べるショウ。

 ただお昼はお昼で食べたはずで、何に対しての文句が全く分からない。

「そこまではっきりと宣言しなくても良かったと思うけどね」

 苦笑気味にたしなめる木之本君。

 今考えるとそうだけど、あの時は冷静なようでやはり頭に血が上ってた。

 反射的に言葉を返し、ついついそれがエスカレートしてしまった。

 ただ間違った事を言ったつもりはないし、また問われれば同じ答えを返す。

 表現や口調が多少変わるにしろ、基本は変わらない。


 モトちゃんも特に私を咎めはせず、受け入れてくれる様子。

 それに安心をしてリュックを探す。

「……どこにやったかな」

「不思議ね」

 地の底から響くような低い声。

 冷房よりも冷たい視線が、屈んでいた私の首筋へ突き刺さる。

 顔を上げると、サトミが今にも飛びかかりそうな顔で睨んでいた。


「何よ。私は間違ってないわよ」

「短慮に走るなって言わなかった?」

「言われたかもね。でも、今更冗談でしたでは済まないでしょ」

「あなたの生き方が、冗談ではなくて?」

 何とも刺々しい口調。

 ただこのくらいで動じるような付き合いでもないし、性格でもない。

 適当に頷いて、リュックを探す。


「どこにやったのよ。子供じゃないんだから」

「あなたの行動は、子供じゃないの」

「うるさいな」

「なんですって」 

 机を叩き、顔を近づけてくるサトミ。

 今はそれ程嬉しい気分ではなく、数歩下がって距離を置く。

 そこでようやく、サトミの後ろにリュックを発見。

 灯台もと暗しって、多分こういう時に使うんだろう。

「また自警局?」

「他にどこへ行くの」

「名前の響きがね。どうも馴染まない」

 メンバーは旧連合の人も多いし、それ以外の人も基本的には知り合いばかり。

 ただ自警局に良い思い出はなく、出来たら改名したいくらいだ。

 何に改名するかは、卒業するまでには思い付かないにしろ。




 とはいえここへこない事には始まらない。

 ただ、始まらないのはモトちゃんやサトミ達。

 私は別にやる事もなく、目の前に置かれた飴を見つめるくらい。

 舐めるか舐めないか、下らない事で少し悩む。

 我ながら、とことん馬鹿げてるな。

「暇そうだね」

 卓上端末を操作しながら声を掛けてくる神代さん。

 それに頷き、飴を手で転がす。

 猫じゃないけど、こういう単純な刺激は楽しく感じる。

「仕事しないの?」

「やる事がないからね」

「一度、これを読んでみたら」

 差し出される会議の議事録。

 夏休み前までに行っていた物らしく、日付は7月までとなっている。



 適当にページをめくり、興味を引く部分を読んでいく。

 モトちゃんが言っていた通り、その主張はかなりの少数意見。

 また、転校生や新入生の発言がかなり目立つ。

「この辺の転校生って、何なの。傭兵?」

「地方の系列校から流れてきたエリートよ。草薙高校再建のために」

 鼻で笑うサトミ。

 実際この内容では、私も笑うしかない。

 いかにも自分達が草薙高校の代表だと言わんばかりの主張。

 生徒である限り誰もがその自覚は持って良いが、自分達だけがという論調。

 こういう人間とは相容れず、笑いながらも議事録を破りたくなってくる。


「先輩、破らないでよ」

「分かってる。この会議、いつやるの」

「いつでしたっけ」

「今日も代表が集まるけど。出席するつもり?」

 あまり歓迎しないという顔のモトちゃん。 

 親友というのは、多分私の勘違いだな。




 自警局から場所を移動。

 どこかは分からないが、かなり広い会議室へとやってくる。

 すでに先客もいて、空気は少し固い感じ。

 私は新参者なので、端っこに座る。

 円卓上に机が配置されてるため、どこが端かという議論はあるが。

「俺は帰って寝たいんだ」

 露骨に不快感を表すケイ。

 それが聞こえたのか、先にいた生徒がこちらの方を見てくる。

「済みません。この人、馬鹿なので」

 嫌な説明をして、愛想良く笑うモトちゃん。

 間違ってはないけどね。


「そういう事は言わないように」

「だったら、帰らせてくれ」

「あなたも今は、生徒会幹部なの」

「冗談でしょ」

 思わずそう叫び、今度は私に視線が集まる。

 だけど、あり得ないんだから仕方ない。

「自警局自警課課長代理。立派な幹部じゃない」

「……待って。そうなると私は?」

「ユウは課長待遇だから、もう一つ上に位置する」

「なんか、嫌だな」

 今までの自分は、生徒会を批判してきた立場。

 その体質や雰囲気、運営方法に対して。

 だが自分が生徒会に参加し、しかも幹部ともなれば話は別。

 正直自己矛盾と言えなくもない。



「もう少し、嬉しそうな顔をして」

「好きでやってる訳じゃないし。なんか違うんだよね」

「違っても良いの。……大体集まったみたいね」

 モトちゃんの指摘通り、いつの間にか人数が増えていた。

 席が全部埋まるまでは行かないが、代表者だけなのでこのくらいか。

「今日は新学期が始まったばかりですので、簡単に挨拶程度で済ませたいと思います」

 なにやら場を仕切り始める矢田局長。

 この辺でかなり違和感を感じるが、それは私だけの様子。

 集まっている生徒は、特に異議を唱えもしない。

「休み中も特に大きな出来事はなく、今後も学内はスケジュール通りに推移していくと思います。私達もそれに向かって、努力をしていきましょう」

 どうでも良いとは言わないが、ありきたりな。

 書いてある文章をなぞるような台詞。

 面白おかしい事を言う場面でないのは分かってるが、これでは出席した意味もあまりない。



 油断ではないと思うが、気を抜いていたら急に自分の名前が呼ばれた。

「ご挨拶をお願いします」

「え、私?」

 真横で、当たり前でしょという顔をするサトミ。

 話を聞いてなかったので、こちらは何がという顔をする。

「初めてこの集まりに出席なされた方は、自己紹介をお願いします」

 簡潔な説明。

 そこでようやく意味を理解する。

「変な事は言わないで」

「分かってる。……初めまして。3年、雪野優。自警局自警課所属です。何かとご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」 

 サトミの指示通り変な事は言わず、無難にまとめる。

 それに対しての、おざなりな拍手。

 私を知っている人は半笑いだが、知らない人は大して興味もない様子。

 実際興味を抱かれる対象でもない。


 サトミとショウも簡単に挨拶を終え、最後にケイの番が回ってくる。

 この人もこういう場面でおかしな事は言わないので、大丈夫だとは思う。

「浦田珪。所属は今の3人と同じ。現在は学校外生徒。草薙高校には、籍のみがあります」

 思わず立ち上がろうとして、ショウに腕を掴まれる。

 そんな話、今知った。


 これは会議室にいる生徒達も意外だったらしく、少し空気が乱れ出す。

 私語があちこちで聞かれ、彼に対しては蔑むような視線も向けられる。

「皆さん、静粛に。この会議も草薙高校も、門戸は広く開かれています。また籍は草薙高校にある以上、彼を拒む理由はありません」

 後半はともかく、少なくとも前半は良い事を言う矢田局長。

 取りあえずそれで、表面上場は収まった。

「挨拶も済みましたし、今日はここで終わります。皆さん、ご苦労様でした」




 まずは正座。

 そこから始まる。

「学校外生徒って何」

「傭兵って言い方もあるらしい」

 下らない返答には、拳で答える。

 という訳には行かないが、丸めた紙で頭を叩く。

 ケイはへらへらと笑い、土下座の真似をした。

 この人の土下座には何の意味もないので、こっちは手を踏む真似をしてそれを止めさせる。


「籍はあるから良いだろ」

「何のために、学校外生徒なのよ」

「自由な立場としてさ」

 言わんとしている事はなんとなく分かる。

 また籍がある以上、そして学校に通っている以上。

 彼は他の生徒とは特に変わりはない。

 ただ先ほどの反応のように、一部の生徒からは一段下に見られる。

 それを分かっていながら、彼は学校外生徒という立場を貫こうとする。

 立派な覚悟があるのか、よこしまな考えがあるのか。

 間違いなく後者としか思えない。




 ケイへの詰問は保留として、ご飯を食べに行く。

 このところ呼び出されたり気分が重かったりで、集まって食べに行くのは久し振り。

「あー、懐かしいな。ここ」

 訪れたのは、学校近くのレストラン。

 軽食中心の、草薙高校の生徒もよく利用する店。

 ファミレスのような安定した味も良いが、こういう個人店の味は格別。

 取りあえず定番のピザとパスタを頼む。

 今は、運ばれ来る間の時間さえも楽しい気分。

 本当、現金な性格だ。


 ピザの端をかじり、焦げたチーズの味を満喫。

 これだけで、幸せ一杯という感じ。

 後はパスタを少し食べればいいかな。

「あれって、この先も矢田君が仕切るの?」

「総務局主催だから」

 あっさりと答えるモトちゃん。

 彼女は別に、不満は抱いてないようだ。

 私も今は大して不満はない。

 ただ過去の経緯を考えると、大賛成とはとても言えない。

「どのくらい学内は荒れてる?」

「前ほどでもないとも言えるわね。ただ小競り合いが増えて、件数自体は増加してる」

「そうなんだ」

「転校生と在校生の対立もあるし、色々と面倒よ」

 ため息混じりに呟くモトちゃん。

 彼女はそんな中、自警局のトップとして働いてきた。

 私の知らない気苦労をたくさん抱えているんだろう。


「ユウはどうだったの」

「平凡な学校生活を送ってた」

 学内は基本的に平穏。

 柄の悪い生徒もいたが、それはごく一部。 

 生徒数自体も少なく、非常にアットホームな空気に包まれていた。

 刺激が足りない気はしなくも無かったが、ああいう生活も悪くはない。

 今はあの学校も、私の母校。

 何かあれば、私は迷わず駆けつける。

「モトちゃんも一度行ってみれば。こういう駆け引きとか下らない揉め事もないし、楽しいよ」

「行って良いなら、今すぐ行くわよ」

 苦笑気味に答えるモトちゃん。


 彼女は私のように自由な立場ではない。 

 自警局の責任者。生徒会の幹部。

 そして反体制派のリーダー。 

 責任やしがらみをいくつも抱え、それを全て投げ出す事はまず不可能。

 彼女が望もうと、周りが許しはしないだろう。

「大変だね、色々と」

「その分、ユウが助けるのよ」

 フォークでこちらを差してくるサトミ。

 刺されないだけ、まだましか。




 家へ帰る前にRASレイアン・スピリッツのトレーニングセンターへ寄る。

 先日の件もあるし、少し体を動かしておいた方が良いと考えて。

 平日の昼間とあって、練習生はまばら。

 取りあえずサンドバッグと向かい合い、軽く拳を繰り出していく。

 当たり前だがこれに対する抵抗は無く、スムーズに拳を当てられる。

 多分人でも、この場所でなら問題はない。

 やはり日常生活においての格闘に、精神的なブレーキが掛かったんだろう。


「少しなまってますね」

 笑いながら話しかけてくる水品さん。

 動きは以前より切れがあると思うが、彼が言うのは私の精神的な部分。

 それを読み取っての発言だと思う。

「平凡な生活に慣れてたので」

「悪い事ではないですよ。平和が一番ですからね」

 確かに、それももっともな話。

 日々緊張を強いられ、戦いが当たり前の毎日なら技術も精神も研ぎ澄まされていく。

 ただそれが素敵な事かと言われれば、かなりの疑問が残る。

「何かありましたか」

「学校で暴れてた生徒を殴るのに、躊躇してしまって」

「平凡な生活に慣れて?」

「ええ」

 今は多少気持ちが鋭くなりつつあるが、前ほどではない。

 やはり、それが悪い事か良い事かは判断がしづらいが。



 とはいえ動いていれば、そういった意識も少しずつ剥がれ落ちていく。 

 純粋に目の前の敵を倒す。

 その意識が高まっていく。

 サンドバッグは敵ではないが、今の私にとっては倒すべき相手。

 より的確に急所へ攻撃を加え、相手の反撃を絶つ。

 最後に膝蹴りを叩き込み、サンドバッグを跳ね上げて終わる。

 何より、私の体力が尽きた。

「動きは前より良くなってるんですが。色々考えすぎのようですね」

「はぁ」

「勿論悪い事ではありませんよ。機械ではないので、考えるのは当然ですから」

 今の私を否定はしない水品さん。

 ただ私は、今の自分で良いとも言い切れない。

 サトミやモトちゃんを守るためには、非常になりきる必要もある。

 その時精神的なブレーキは掛からないとは思うが、万が一を考えれば出来るだけ意識を前に戻したい。


「どうしてもというなら、出稽古に行ってきたらどうですか」

「道場破り?」

「出稽古です」

 苦い顔で言い直す水品さん。

 特に、暗喩ではなかったようだ。

「鶴木さんの所なら、結構人も揃ってますし」

「分かりました。今から行ってきます」

「それと気持ちを研ぎ澄ますのは結構ですが、手加減も必要ですからね」

 私を気遣っているのか危ぶんでいるのか不明な言葉。

 精神的なブレーキが薄れた途端、暴走するって言いたいのかな。




 そんな事は無いと思いつつ、鶴木道場の門を叩く。

 すでに敷地の門はくぐっているので、精神的な意味で。

「済みません。出稽古に来たんですけど」

「部活?」

 木刀片手に、怪訝そうな顔をする大男。

 見た事のない顔で、この人も他所からの出稽古だろうか。

 それとも最近新設された、スポーツ部門の関係者かもしれない。

「まあ、そんな所です」

 知り合いとやり合うより、こっちの方が気持ち的にも新鮮。

 今の自分には合ってるはずだ。

「練習させてもらって良いですか」

「ああ」



 スティックはさすがにまずいので、竹刀を使う。

 木刀は重くて、長時間振り回せない。

 強度は木刀に敵わないが、そこは技術で補うしかない。

「じゃあ、打ってきて」

「分かりました」

 中段に構える相手へ、まずは竹刀を足下に。

 剣道ではないので、打ち込む箇所はほぼ自由。

 相手が下がったところで、その動きのまま腕を返して脇を薙ぐ。

 今度は木刀で受け止められ、軽く押し返された。

 反動で体が浮き、木刀が耳元をかすめた。

 なかなかの手練れ。

 逆に言えば、こちらの血も騒いでくる。


 すり足を止め、竹刀を抱えるようにして一直線に相手へと走る。

 鋭い小手を半身になって避け、木刀を握り様そこを軸に跳び回し蹴り。

 腕でブロックされたところで竹刀を片手で振り下ろす。

 それを掴む相手の大男。

 木刀と竹刀を二人で握り合う構図。

 相手が動くより早く両手を離し、後ろに回って膝の裏にロー。

 若干バランスを崩したところでサイドに動き、脇腹へ掌底。

 がむしゃらに薙いできた木刀をスェーでかわし、下から改めて掌底を放って木刀を落とす。

 とどめに……。



「そこまで」

 不意に聞こえる制止の声。

 構えていた肘をたたみ、バックステップで相手の射程圏外へとすぐに逃げる。

 声を放ったのは、鶴木さんのお父さん。

 つまりはここの道場主である。

「何してるのかな」

「出稽古をしてます」

「……君は、少し向こうへ」

「あ、はい」

 小さくなって、練習生の間へと消えていく大男。

 道場主の前では、多分誰でもああいう態度になると思う。

 私は昔からここに通っているので、そこまで恐縮はしないが。


「誰だか知ってる、あの人を」

「新設されたスポーツ部門の選手とか?」

「警察のSPだよ」

 思わず鼻を押さえ、顔も手で覆う。

 別に悪い事はしてないが、警察と聞いて嬉しい気分になりはしない。

「自信をなくすから、止めてくれないかな」

「自信って、犯罪者が子供の場合もあるじゃないですか」

「跳び膝蹴りをする子供なんて、そういないよ。大体、出稽古って何」

 改めて、ここに来た理由を説明。

 おじさんは何度か頷き、床に転がっていた竹刀を足で拾い上げた。


「制約、ね。それが普通といえば普通なんだろうけど」

「私も悪いとは思ってません。ただ、いざという時に体が動かなかったら」

「なるほど。どうとも言えないな、そういう問題は。何より優ちゃんの問題というより、学校の問題だから」

 少し私とは違う視点。

 今までは自分の行動や気持ちに問題があると、私は思っていた。

 だけど彼は外部が原因だとも言う。

 またよく考えてみればそれもそうで、学校が平穏なら私が暴れる必要もない。

「出稽古も良いけど。相手は選んでね」

「選んでって、みんな強そうじゃないですか」

「一度、自分のレベルを知った方が良いね」

 苦笑気味に語るおじさん。


 別にそこまでの域に自分が達してるとは思わない。

 前より多少動きにキレはあるが、以前体力は皆無。

 筋力も笑ってしまうようなレベル。

 一瞬での勝負ならともかく、長期戦になれば多分小学生にも負ける。

「じゃあ、スポーツ部門の選手とやらせて下さいよ。プロなんだから、間違いなく私よりは強いでしょ」

「俺もそうだと思いたいが。男子で良い?」

「……女子をお願いします」



 やってきたのは長身の女性。

 大学生か、もう少し年上。

 木刀を構える姿に隙はなく、ただ私を見る目は非常に軽い。

 子供相手に、という意識が手に取るように分かる。

 こういう場合は燃えるんだけど、これは自分に敵意が向いているから。

 全く無関係な場面では、多分まだブレーキが掛かると思う。

「優ちゃん、出来れば集中してね」

 苦笑気味に声を掛けてくるおじさん。

 それもそうかと思い、竹刀を担ぐ。

 その姿を見て失笑する女。

 木刀に竹刀で挑む馬鹿と思ったんだろう。


「スティック使って良いんですか」

「駄目だよ」

「だったら、素手で良いです」

 竹刀を床へ置いた所で、相手がいきなり打ち込んできた。

 スポーツ部門なのでルールはあるが、油断は禁物。

 ただこのくらいは予想済み。

 腕のプロテクターで木刀を受け流し、そこを伝って手首を掴む。

 軽くひねって足を払い、相手の体が宙に舞った所で上からかかとを振り下ろす。


 お互いプロテクターは付けているが、その分受け身は取りにくい。

 女はマットの上で大の字になったまま、動こうともしない。

「そこまで」

 すぐ止めに入るおじさん。

 こちらは不満もあるが、これはスポーツ。

 指示に従い、一歩下がる。

「君は少し休んでくるように」

 女に労るような声を掛けるおじさん。

 一方私には、ため息を付いてくる。

「仮にも向こうはプロなんだから。自信をなくすような事は止めてくれないかな」

「負ける事こそ、プロとして問題でしょう」

「理屈としてはね。ただ、誰も街中に虎がいるとは思わないだろ」

 誰が虎かは考えたくもないし、虎の力をここで振るう気もない。

 来るんじゃなかったな、これは。

「私はその辺で、小さくなって座ってれば良いんですか」

「自分の力を少しは知った方がいいね」

「普通ですよ、私は」


 体力も持久力も筋力もない。 

 あるのは若干の瞬発力。

 動体視力も以前よりは落ちた。

 体型は言うまでもなく、数値的には平均以下だろう。

「俺が分からせてやると言いたいが、怪我をしてる暇もなくてね」

「大げさな。鶴木流当主でしょう」

「寄る年波には勝てないさ。それと、自重って言葉は覚えた方が良い」

 なにやら嫌な言葉を持ち出すおじさん。

 聞き慣れた、なじみの言葉とも言える。

「帰ります、もう」

 多少居心地が悪くなってきたし、周りの空気が不穏。 


 ただ私に襲いかかるという意味ではなく、恐れている感じ。

 練習生をいきなり二人倒し、今も道場主に食ってかかっている。

 知らない人からすれば、おおよそまともな人間とは思えない。

 自重という言葉が、頭の中で行き来する。

「格闘家としては伸び盛りなんだろうけどね。落ち着いた方が良いよ」

「私はいつでも落ち着いてますし、格闘家ではありません」

「その時点で、冷静さを欠いてるよ。じゃあ、また」




 ひどい台詞と共に追い出され、仕方なく場所を移す。

 次にやってきたのは御剣家。

 ここは練習生もおらず、もはや普通の家。

 敷地に入れば古武道宗家を思わせる物は多数あるが、それは意識してみて回ればの話だ。

「一暴れしたようだね」

 苦笑気味に出迎えてくれる、御剣君のお父さん。

 早速連絡網に情報が回ったか。

「暴れたというか、私は普通に」

「基準は様々だからね」

 それを言われると答えようが無く、玄関先の木を手の平で叩く。

「ここはもう、門下生や練習生を取らないんですか」

「元々玲阿流や鶴木流と同系だし、今はRASレイアン・スピリッツの運営も忙しい。御剣流としては子供が継いで行くだけで十分だと思ってね。その子供がいなくなった時点で、絶えるのかな」

「絶える」

「所詮殺し合いの技術だから、その方が良いとも思うんだが」

 しみじみと語るおじさん。

 私からすれば言いたい事はいくつもあるが、当主本人がそういうのなら口のはさみようは無い。

 実際玲阿流も鶴木流も純粋な門下生は減り始め、RASが主体。

 二つの流派も、いずれは家族だけが継いでいくのかもしれない。


「それで、何か用だった?」

「ええ、まあ」

「人を殴る事への抵抗と、鶴木さんからは聞いてるけど。それは悪い事じゃないよ。抵抗なく殴る方が、余程問題だからね」

 笑って答えるおじさん。

 それはもっともで、そんな人間は一般社会にいるべきでも無いだろう。

「ただ戦場では俺達は、そういう意識もなく戦ってたけどね。いちいち良心の呵責を感じてたら、自分が死ぬ」

 一気に重くなる話。

 私が口を挟む余地はなく、黙って話に耳を傾ける。

「つまりそのくらいの極限な状況にならない限り、制約も無しに人を襲う事は無いんだよ。だから優ちゃんの反応は普通だし、今までも好きで暴れてた訳でもないだろ」

「それは勿論」

「だったら正常に戻ったと考えて良いじゃないのかな。自分や友達の身を守るくらいはあっても良いにしろ、疑問を抱く方がまともだからね」

 非常にためになる話。

 そう考えると鶴木さんには軽く受け流されたというか、あしらわれたと思えなくもない。

 彼らしいと言えば、それも彼らしいんだけど。




 最後に知恵を借りに来たのは、玲阿家。

 ここも門下生は、以前に比べればかなり人数を減らしている。

 住み込みの弟子も最近はおらず、道場に人がいない事もしばしば。

 中学生の頃は庭を門下生が走る姿をよく見かけたが、今は羽未が気持ちよさそうに走っているくらい。

 時の流れなんて事を、しみじみと感じてしまう。

「なー」 

 足下にまとわりついてくるコーシュカ。

 この子も出会った頃はもう一回り小さく、顔立ちも子供っぽかった。

 今は精悍そのものと言った雰囲気で、大人の風格が漂っている。

 私自身はその頃と比べてどのくらい変わったのかと思いつつ、彼女と共に母屋へと向かう。


 出迎えてくれたのは瞬さん。

 ソファーに寝転び、アイスをかじりながら。

 この人は、出会った頃と何も変わらないな。

 良くも悪くも。

「人生に悩んでるんだって」

 そんな大げさな話ではないが、悩んでるのは確か。

 話をスムーズにさせるためにも、ここは素直に頷いておく。

「片っ端から殴り倒せば良いんだよ。問答無用でさ」

「それでは、自分が捕まります」

「そういう風にルールを変えてみたら。学校の支配者になるようにさ」

 言いたい事は分かった。

 何一つ、参考にはならなかったが。


「今の話は、一切聞かなくて良いですからね」

 苦笑気味に瞬さんをたしなめる月映さん。

 それには深く頷き、瞬さんから睨まれる。

「鶴木さんや御剣さんから聞いて考えはまとまってると思いますが、私も同意見ですよ。制約が掛かって当然。むしろその感覚を大事にすべきですね」

「いざという時、体が動かないって事は?」

「そこまではどうとも言えないんですが。話を聞く限り、それは問題ないと思います。危機に対しては、人間は意外と柔軟に対応しますから。都合良く、自分の中で言い訳をするとも言えるんですが」

 言い訳、か。

 確かにその通りだな。


 自己防衛や仲間を守るためという大義名分。

 好き勝手に暴れ回る。

 意識としては、全く別。

 ただ殴られる方は、私の意識や考えなど一切関係はない。

 それはまさに、私の中だけでの問題だ。


 膝に乗ってきたコーシュカの毛をまさぐり、ノミを見つける。

 それを爪で潰した所で、我に返る。

「あ」

「どうした?」

「ノミを殺してしまって」

「博愛主義?」

 げらげらと笑う瞬さん。

 その言い方に顔が赤くなるけど、言いたい事は分かった。

 そして、自分の行動一つ一つの意味を考え出せばきりがないとも。

「結局自分の都合なんでしょうか」

「それはそうだろ。人の気持ちなんて考える余裕もないし、心が読める訳でもない。押しつけとエゴだよ。後は自己満足」

「自己満足」

「後は妥協だな。その自己満足が、自分の親しい人間をどの程度傷付けないかって。そのせめぎ合いとも言える」

 ちょっと新しい見方。

 あまり納得したくない意見でもある。

 それも、言いたい事自体は分かるのだが。



 私がよかれと思って行動しても、周りの人間にとって歓迎するべき行動とは限らない。

 ただ重なり合う部分があればお互い妥協して、それを受け入れる事も出来る。

 その分相手との距離は狭まり、近さを感じる。

 とはいえ一つになるとか、相手を全て理解する事はあり得ない。


 昔はそう思う事もあったし、全てをお母さんに委ねていた幼い頃は別かも知れない。

 しかし今は、良くも悪くも知恵が付いてしまった。

 感覚よりも理性が先に立つ。

 私のような人間ですら。

 誰かと一つになり、同じ意識を抱く。

 それは自分の勝手な思い込みだというのは、少しずつだが理解出来るようになっていた。


 そう思えるだけ相手と重なる部分があり、妥協出来る故の意識。

 一つになると思えるだけの状況や心理状態だからこその話。

 心を一つにしたいと思う事はあっても、本当に一つになる事はとても難しい。

 それを素直に信じてしまう時期は、遠くに過ぎ去ってしまった。




 家に帰り、ぼんやり過ごしていると夕食になった。

 席に付き、もそもそとご飯を食べる。

 意識が少し浮いている感じ。

 あれこれ考えすぎて、疲れてしまったようだ。

「大丈夫?」

「……何が」

 じっとみそ汁に見入っている自分。

 間違いなく大丈夫ではなく、何より空になっている。

「少し疲れただけ。デザートは」

「全部食べてからにしなさい」

 お母さんにたしなめられ、混ぜご飯をもそもそ食べる。

 美味しいが、気持ち的に低調なため気分も高揚しない。

 正直良くない兆候で、どうにか切り替えたいところ。

 そう都合良く行けば、誰も苦労はしないと思うが。



 それでもご飯を食べ終え、時期はずれになりつつあるスイカを食べる。

 まだまだ毎日暑いけど、少しずつ夏は遠ざかってる感じ。

 朝晩は涼しい日が増え、日差しも真夏のそれとは変わりつつある。

 当たり前だが永遠に夏は続かないし、とはいえ秋も冬も春も続かない。

 季節は移り、私も年を取る。

 同じ所に留まる事はなく、成長かどうかは知らないが考え方も変わる。

 その時の流れに、ただ身を任せていただけだとしても。



 スイカを食べ終え、気を抜きながらテレビを見る。

 特に内容は頭に入らず、良くあるニュースが淡々と放送されていく。

 昨日も見たような事件や事故。

 当事者はともかく、傍観者からすればどれも同じ。

 明日これを放送されても、気に留めないと思うくらいに。

「……中華連邦とインドとの間で行われていた国境紛争は、国連軍の介入により休戦に入りました。今後は双方の政府代表が」

 これには何となく反応し、画面に見入る。

 紛争と言っても川を挟んで、散発的に迫撃砲を撃ち合う程度。 

 勿論当たれば大問題だが、想像してた光景とはかなり違った。


「日本への影響はどうでしょうか」

「一部輸出入品に滞りが生じる可能性はありますが、大きな影響はないと思われます」

 アナウンサーと解説員の話を聞き、そんな物かと思う。

 これも結局は、遠い所での出来事。

 人の生死に関わる事でも、身近な影響がないとなれば流してしまう。

 ただこの先何年も紛争が続き、国連軍がより本格的に参入し。 

 その時ショウが部隊に参加していれば、彼はこの場へ赴く事となる。

 それは決して遠い世界の話ではなく、あまりにも身近な話。

 お茶のグラスを片手に、ぼんやりと眺めてはいられないだろう。




 気持ちが沈んで来たので、チャンネルを変える。

 良くあるヒットチャートの音楽番組。

 それを何となく見つつ、新聞へ手を伸ばす。

 読むのは国際面。 

 中華連邦とインドの紛争の記事に目を通す。

 内容はテレビで言っていたのと大差なく、解説が多少詳しい程度。

 あくまでも地域紛争で、ヨーロッパや北米は無関心。

 前回のような世界大戦に結びつく事はないと書いてある。


 それには少し安心をして、ページをめくる。

 経済面でもやはり中印紛争。

 インド産の紅茶や中華連邦産のお茶が値上がり傾向にあるとの話。

 このくらいの影響ならと思い、ページをさらにめくっていく。

 するとスポーツ面にも、中印紛争の事が書いてあった。

 アジア大会で両国が対戦し、観客同士が暴動を起こしたとの事。

 殺伐なんて言葉が思い浮かぶ。



「どうかした?」

 優しく声を掛けてくれるお父さん。

 すぐに新聞をたたみ、曖昧に笑ってテレビを見る。

 今の悩みは、あまりにも漠然とした。

 そして、未来の話。

 悩む必要があるかどうかも不明な程の。

 ただ不安とはそういう性質の物で、明確な要因があれば対処法も分かる。

 漠然としているからこその不安とも言える。


「思春期かな」

「へ」

「いや。優が色々悩むのは」

 なんかすごいところに話を持っていくな。

 全く間違えてるとは思わないけどね。

「お父さんも、高校生の時は悩んでた?」

「優ほど波瀾万丈な人生は送ってなかったけど。僕は僕なりに、小さい悩みはいくつもあったよ」

 別に波瀾万丈な人生を送ってるつもりはないが、お父さんの目からすればそうらしい。

 つくづく親不孝な娘だな。

「丁度世界大戦の前だったし、自分の進路をどうしようかっていう単純な悩みもあった。爆弾が降ってきたらどうしようとか」

「降ってきたの?」

「当時は色々噂があってね。ゲリラが山から下りてくるとか、海からやってくるとか。空から降りてくるとか。今考えると北米の情報操作なのかな。ただ爆弾は降ってこなかったけど、ビラはたまに降ってきたよ」

 ますます戦争中って話になってきた。

 確かにそういう時代なら、不安は数え切れない程あっただろう。

 それに比べれば、私の悩みなど枯れ葉にしか思えない。


 何となく沈黙が続き、テレビから流れる音楽が頭の中を通り過ぎる。

 歌詞は全く理解出来ず、メロディもよく分からない。  

 自分の意識も、定かではない。

「良い曲だね」

「え、うん」

 唐突な台詞に、何となく返事を返す。

 どんな曲かは全然分かって無く、誰が歌ってるかも分かってなかった。

 意外と真剣に見入っているお父さんに釣られ、テレビに目を向ける。


「わっ」

 歌っていたのは、派手な格好のバンド。

 去年文化祭で見た、あのバンドだ。

 今日は暴れる事無く、普通にバラードを歌っている。

 歌詞も確かに悪くはなく、演奏も上手。

 こういう事も出来るのか。

「私が見た時は、お餅撒いてたけどね」

「家でも建てたの?」

「いや、文化祭で。こういうタイプじゃなかったんだけどな」

「人は変わるからね」

 そういう物かな。


 悩んでるのも少し馬鹿らしくなり、彼等の演奏に耳を傾ける。

 切ない、もの悲しいメロディ。

 以前とのギャップに戸惑いつつ、歌詞を理解しようとする。

「……分かった」

「何が」

「この人達は、ふざけてる」

「真面目に演奏してるよ」

 ごく真剣な顔で答えるお父さん。

 確かに演奏は真面目かも知れない。

 ただ、歌詞は決して真面目じゃない。

 いや。歌詞自体は問題ない。

 問題なのは、その冒頭。


 画面には字幕が2行ずつ表示される。

 その先頭二文字。 

 これを上から下へと読んでいく。


「わらびもち」

「何が」

「歌詞の頭。えーと全表示はと」

 リモコンを操作し、歌詞を全部表示させる。

 ……思った通り、行の冒頭は全てつながるようになっている。

 しかも歌のタイトルが、和の心。

 ふざけすぎるにも、程がある。

「変わらないんだって、人間は」

「まあ、本質の部分はね」

 何となく軌道修正される、お父さんの台詞。

 本当、真剣に聞き入らなくて良かったな。


「どうかしたの」

 騒いでる私を怪訝そうに見つめるお母さん。

 私はテレビを指さし、リモコンを激しく振り回す。

「甘い、甘くて冷たい」

「何一つ理解不能ね」

 すでに彼等は演奏を終えた後。

 今は綺麗な女優さんが、化粧品のCMに出演してる。

「もういい」

「熱でもあるの」

「私は至って正常よ。世の中がおかしいんだって、世の中が」

「本当に大丈夫?」

「僕からは、なんともね」

 本人を前にして嫌な会話を交わす二人。

 それに構わずリモコンを振り回し、今の感情を表現する。


 怒りか気恥ずかしさが、馬鹿馬鹿しさか。

 自分でもよくは分からない。

 分かったのが、薄い膜のように自分を包んでいた鬱積が吹き飛んだ事。

 少なくとも、その意味では助けてもらったとも言える。

 だからこそ余計に馬鹿馬鹿しく、怒れてくるのだが。




 人は変わるのか、変わらないのか。

 勿論成長もするだろうし、全く何もかもが同じではいられないと思う。

 でもお父さんが言ったように、本質は変わらないはず。

 私もそう思いたい。

 彼等の演奏を聴くまでもなく、自分自身を振り返ってそう思う。

 それは自分のしてきた事を否定するような気もするから。

 仲間と共に過ごしてきた時間をも。

 それだけは、決して譲れはしないから。













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