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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第38話   3年編(外伝扱い)
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38-3






     38-3




 モトちゃんの先導で辿り着いた先は、自警局。

 以前は鬼門というか、近付きたくなかった所。

 今は建物自体が別な場所で、雰囲気も一変。

 言ってみれば、ガーディアン連合に近い。

 トップにいるモトちゃんが元連合なので、当然といえば当然か。


 まずは受付の前を通過。

 並んでいる机の脇を抜け、奥にあるドアから中に入る。

 この辺は以前の自警局や生徒会と同じ作り。

 ドアの先は廊下。

 その左右に、各課が並んでいる。

 規模が縮小したと分かるのはこの辺り。

 前は一つの課だけで、これだけの部屋をもしかしたら使っていたかも知れない。



 廊下を奥へと進み、局長執務室とプレートの掛かった部屋の前に到着。

 ここばかりはカードキーが必要らしく、モトちゃんはドアの脇にあるスリットへ自分のカードを差し入れた。

「ふーん」

 執務室内は、連合の議長室と同じ雰囲気。

 結構下らない私物が、机の上に転がっていたりする。

 塩田さんみたいに、カエルのおもちゃは置いてないが。

「ここには会議室も併設されてるから、話し合いは基本的にそちらで行う」

 部屋の脇にあるドアを指さすモトちゃん。

 言われるままにそちらへ向かい、中へと入る。

「お久しぶりです」

 苦笑気味に私を出迎えてくれたのは渡瀬さん達。

 時たま顔を合わせてはいたが、毎日という訳ではない。

 懐かしいのは私もで、その顔ぶれにしばし感慨に耽る。


 元連合もいれば、生徒会、生徒会ガーディアンズ、傭兵もいる。

 言葉にはしにくいが、私が望んでいた形。

 色んな垣根や境界を越えて、分け隔てなく一つになる。

 その最も象徴的なつながりが、ここにあった。

「今日は迷いませんでしたか?」

 くすくすと笑うエリちゃん。

 その頭を軽く撫で、私も笑う。

 懐かしさと暖かさ。

 そして改めて実感する。

 ここが、私の居場所なんだと。


 お茶が配られ、特に席へ着く事もなくモトちゃんが話を始める。

「さっき言ったように、私達は現在の状況に対して異議を唱えている。それに伴う活動もね」

「生徒会に反抗してるの?」

「主流となる意見に反抗してるの。私は一応自警局局長で生徒会としての立場もあるけど、それ以上に譲れない点もあるから」

 何とも頼もしい言葉。

 学校が彼女を退学させなかった理由がよく分かる。

「ただ反主流というくらいで、私達は非常に少数勢力。言ってみれば、分が悪い」

「今更、何を」

 鼻で笑うケイ。

 確かに今まで私達が主流だった事はあまりない。

 基本的に反主流。

 メインからは外れていた。

 分が悪いのが当たり前で、大抵は向かい風の中を過ごしてきた。


 彼に微笑んだモトちゃんはお茶を口にして、そのグラスをこちらへと向けてきた。

「それと正直、私達だけでは限界があったのよね。いまいち押しが弱いというか」

「私達は、それを補えると?」

 目を細めて尋ねるサトミ。

 モトちゃんはこくりと頷き、お茶を飲み干した。

「知名度を抜きにしても、あなた達がいれば可能になる事も多い。それとさっきみたいな場面を考えて、行動にも制限があった。ユウやショウ君がいれば、その辺はほぼクリア出来る」

「御剣君がいるでしょ」

「俺一人では、さすがに」

 そう言って苦笑する御剣君。

 まだ細い感じはあるが、身長ではショウを上回る感じ。

 顔立ちは精悍さが増し、以前の落ち着きの無さは逆に薄れた。

 もしかすると、今は人気があるかも知れないな。

「彼と渡瀬さん達だけでは、確かに限界がある。ユウは取りあえず私達の警備をお願い」

「分かった。七尾君は?」

「彼はガーディアンの指揮で忙しいのよ。それと丹下さんがいるから、彼女に警備をお願いしてた面もあってね。負担を掛けてたの」

「そうなんだ」

 人手不足ではないが、頼りにされるのは素直に嬉しい。

 私に出来る事は限界があるにしろ、彼女達を守るのは指示も何も必要ない。

 それこそ素直な気持ちから行動するだけだ。



 ここまでは、私の話。

 当然、それだけでは終わらない。

「サトミは私の補佐。丹下さんや北川さんの補佐もお願い」

「分かったわ」

「情報はあなたが一元的に扱ってくれればいいし、些末な事ならサトミが対応してくれて構わない。私達の許可を得る必要もない」

 補佐どころか、代理くらいの扱い。

 ただそれは当然で、異議を唱える人は誰もいない。

「後で丹下さんと北川さんとも話し合って、分担を決める。木之本君、二人は?」

「職員と会ってから来るって」

 相変わらずの秘書振りだな、この子も。

 似合っていると言えば、似合ってるけど。

「ショウ君はユウの補佐と、やはり私達の警備。問題はないわね」

「ああ」 

 すぐに頷くショウ。


 彼ならもっと上の立場も望めるし、例えばここを飛び出して運動部に入るという選択肢もある。

 力の使いどころを間違ってると指摘する人もいるだろう。

 ただ彼もきっと、ここを自分の居場所と思ってるはず。

 だからこそこうして、私の側にいて。

 私達の中にいる。

 それは彼に限らず、サトミもだ。



 後は、最後に残った案件か。

「ケイ君も、一応私達の補佐。それと、1年生の指導もお願い」

「冗談でしょ」

 ケイが否定するより前に、声を出す。

 さすがに彼も睨んでくるが、あり得ないんだから仕方ない。

「結構要望があったのよ。浦田さんを是非って」

「どうやって脅したの」

「おい」

「地味な努力の積み重ねよ。自警局と、旧運営企画局の子が多いわね」

 それを聞いて鼻を鳴らすケイ。

 私には分からないが、彼には思い当たる節もあるらしい。

「演説が効いたんじゃなくて」

 小声で呟くサトミ。 

 ケイは目付きを悪くして、彼女を睨み付けた。

「独り言よ、独り言。浴衣でも着て、熱田神宮でも行こうかしら。真夜中に」

「絶対殺す」

 陰険にやり合う二人。

 結束の欠片も感じないな、相変わらず。




 そうしている内に、沙紀ちゃんと北川さんが到着。

 しばし、旧交を温め合う。

「さっき言った通り、サトミは二人の補佐も兼ねる。ケイ君は自警課課長代理でもあるから、基本的に丹下さんの補佐をお願い」

「よろしく」 

 はにかみ気味に微笑む沙紀ちゃん。

 ケイは適当に頷き、にやついているエリちゃんに視線を向けた。

「この子は」

「サトミの補佐ね。なんと言っても局長候補だから」

「ほう。偉いもんだ」

 特に驚きはしないケイ。

 私も意外とは思わず、そのくらいはあるだろうと考える。


 2年生はここに大勢いるが、上に立つ素質。

 人を率いる素質がある人は限られる。

 渡瀬さんは格闘面はともかく、それ以外で人を引っ張るタイプではない。

 それは御剣君も同様。

 神代さんは、下から支えるタイプ。

 強いて上げるなら小谷君で、彼が次期局長候補かも知れないな。




 少しくつろいだ所で、ふと嫌な事を思い出した。

 嫌という言い方も悪いが、それはもうどうしようもない。

「矢加部さんは?」

「あの子は総務局に出向してるの。籍はここにあるけど、仕事は主に向こうでやっってる」

「ここには来ないんだよね」

「基本的には」

 絶対とは言わないモトちゃん。

 それでも彼女がいないお陰で、羽が伸ばせるのは確か。

 その辺りはみんな分かっていて、わざわざ呼び寄せようとはしないだろう。

「一度他の局にも挨拶へ行くわよ。ユウ達だけ来て」



 いくつかの局を回り、形式的に挨拶。 

 全部ではないが、雰囲気はやはり依然の生徒会に似た感じ。

 堅苦しく、やや取っつきが悪い。

 エリート意識は前ほど感じないにしろ、全く消えた訳でもない。

「運営企画局は、無いんだよね」

 分かってはいるが、つい尋ねてしまう。

 私にとっての生徒会は、自警局よりも運営企画局。

 つまりは、天満さん。

 彼女との思い出が、生徒会の思い出だ。

「今は内局が業務を引き継いでる」

「まあ、いいけどね。天満さんがいないなら」

 私にとっては、彼女ありき。

 その彼女がいないなら、局はあってもなくても変わらない。

 とはいえ運営企画局という名前がない寂しさは感じなくもない。

 それは結局、天満さんがいない事を示してもいる。



 予算編成局は予算局へ組織変更し、生徒会内に吸収。

 依然のような独立性は保っているけど、これもまた感慨がある。 

 中川さんのいた場所。

 彼女の影を探す事も、もう出来ない。

 当たり前だけど当時の3年生はみんな卒業し、ここで会う事はない。 

 隣の大学に通っていれば、物理的に会うのは可能。

 ただそれは、卒業生と在校生としての立場。

 同じ学校に通う、先輩と後輩ではない。



 少しの寂しさを抱えつつ、建物を外へ出る。

 炎天下の中を歩いて辿り着いたのは、SDC。

 特に警備をしている者もおらず、普通に中へ入るモトちゃん。

 ガーディアンとSDCの相互不干渉という暗黙の了解は、かなり意味を失ったようだ。

「入って良いの?」

「ええ。前ほど力に訴える組織でもなくなってきてるし」

「そうなんだ」

 彼女の言う前は、ある意味ガーディアン以上の存在。

 格闘系クラブが主流となり、学内でもかなりの立場を占めていた。

 仮にガーディアンが存在しなければ彼等がそれに変わる立場にあったかも知れず、相互不干渉というのも頷ける話である。



 やがて代表執務室に到着。

 ここはさすがに警備がいて、彼等の案内を受けて中へと入る。

「こんにちは」

 朗らかに私達を出迎えてくれたのは黒沢さん。

 彼女が今の代表で、隣には青木さんもいる。

 懐かしい顔に、思わず胸が熱くなる。

「私もいるわよ」

 後ろから肩を揉んでくるニャン。

 彼女とは毎日連絡を取っていたし、それこそ数日前に遊んだばかり。

 それでも嬉しい事に代わりはない。



 黒沢さんは靴音を響かせながら、執務室をゆっくりと歩き出した。

「今のところ、私達は学校に対して異議を唱えるつもりはないわ。問題視する程の状況でもないから」

「だって」

「堅苦しいのは認めるけど。いわゆる管理案の時とは状況も違う。困ってる人はいないでしょう」

「まあね」

 これは認めるしかなく、反論のしようがない。

 ただ雰囲気や規則で縛り付けるのは、私達が目指した物でもない。


「異議を唱えない理由はもう一つ。私達が行動をすれば、やはり影響力が強い。ガーディアンと対立するような事にもなれば、学内を二分する事になるわ」

「一緒に行動すればいいじゃない」

「相変わらず気楽な人ね」

 褒められた。 

 もしくは、呆れられた。

 気楽で何が悪いのよ。

「それに奨学金や遠征の費用が学校から支給されている以上、迂闊な行動は取れないの」

「だから何」

「……今の話、聞いてた?」

「聞いてたよ。お金は大事だけど、もっと大切な事があるでしょ」

 ぎろりと睨み付けてくる黒沢さん。

 そんな事は、今更言われなくても分かってると言いたげに。


「まあ、金はどうにでもなるよ」

 事も無げに言い放つケイ。

 冗談を言っている様子はなく、全員が彼に注目をする。

「この学校には財閥の子弟も通ってる。その辺から寄付を募るなり、基金を設立するなりすればいい」

「出来るの?」

「善意だよ、善意。人の心」

 酷薄な、それこそ悪魔みたいな微笑み。

 おおよそ、この人の口から出る言葉ではないな。


「……分かった。取りあえず協力とは言わないけど、あなた達と敵対する行動は取らないと考えて」

「ありがとう」

 全員に代わって礼を告げるモトちゃん。

 私はにこにこ笑い、ニャンの手を握る。

「玲阿財閥からいくら受け取る?」

「財閥だったの?」

「少なくともお金持ちでしょ。ね」

「家には金はあるのかもな。俺はないけど」

 何とももの悲しい返事。

 とはいえお金のない理由は、私のスティックのローンを払ってるため。

 まさしく人ごとではない。




 しかし楽しいだけでは、世の中は過ごせない。

 財閥はいくつかあるが、身近な存在は決して多い訳ではない。

 正門前の並木道。

 木陰の下で話し合う私達。


「ええ、構いませんよ。私は」

 優雅に微笑んでみせる、財閥令嬢。

 話は済んだとばかりに帰ろうとしたら、ぎっと睨まれた。

 対抗上、こちらもすぐに睨み返す。

「止めなさい」

 モトちゃんにたしなめられ、一旦下がる。

 先に睨んだのは向こうじゃないよ。

「何か一言あるのでは」

「無いわよ、何も」

「ユウ」

 低い声を出してくるモトちゃん。 

 今すぐ机でも何でもひっくり返したくなるが、机もなければひっくり返す力もない。


「……お願いします」

「仕方ありませんね。どうしてもという事ですので、父と相談してみます」

 おほほと笑う矢加部さん。

 スティックの使い方を、改めて試してみたくなるな。

「ありがとう。詳しい話はまた今度するから」

「お気になさらずに」

「ユウ、行くわよ」

 ようやくお許しが出たので、木陰から飛び出し日向へと出る。

 日差しは相変わらず強烈だが、開放感は格別。

 大声で叫びながら、その辺の物を投げ飛ばしたくなる。

 やっぱり、投げる物はないけどね。



 学校の中を歩きながら、ついつい文句を言ってしまう。

 言いたくはないが、言わずにはいられない。

 誰が敵って、あの子が敵じゃないのかな。

「矢加部さんに頼らなくても、お金持ちはいるでしょ」

「気前よく出してくれる所は限られてるの。それに一つの家だけに出資してもらうと、余計な勘ぐりをされる」

 私のような浅い考えではなく、広い視野で語るモトちゃん。

 ただそれは理屈で、私の感情とは相容れない。

 ニャンのためじゃなかったら、絶対断ってたな。


「……ここ?」

 足を止め、立て看板を手で触れる。

 そこには、「この先、草薙大学・高校生の不要な立ち入りを禁じる」と書いた看板を。

「昔の一般教棟や旧クラブハウスね」

「へぇ」

 そう言われてみると、何か懐かしい建物が視線の先に並んでいる。

 旧クラブハウスまでは見えないが、どちらかというとこちらを高校にして欲しかったな。

「なー」

 足下を通り過ぎていく、猫一匹。

 猫に人間のルールは適用されず、その子は普通に大学の敷地へと入っていく。

 私も特に制約を感じず、敷地に足を踏み入れる。


「不要な立ち入りは禁じる」

 真正面から聞こえる声。

 視線の先にいたのは舞地さん。

 その隣には池上さんもいて、相変わらずへそを出している。

「へろー」

 懐かしい挨拶。

 つい胸が熱くなり、言葉に詰まる。

「感動で言葉も出ないって?」

 くすくすと笑う池上さん。

 そのからかいに返事も出来ず、目線を伏せる。

「情にもろいタイプなのね」

「そうかな」

「そのままじゃない。それが雪ちゃんの良い所よ」

 優しく撫でられる頭。

 もう昔には戻れないし、戻る必要はない。

 だけどこの感触は昔のまま。

 それを今は、心から受け止める。



 事前に話は通してあり、舞地さんはすぐに了承。

 これで用は済んだ。

「相変わらず、変な事をしてるのね」

 さすがに炎天下での話し合いは止め、大学内のラウンジで休憩する私達。

 池上さんはうしゃうしゃと笑い、アイスティーのストローに口を付けた。

「少しは大人しくしてられないの?」

「私は関係ないわよ、今回は」

 これは間違ってはいないと思う。

 体制への反抗は、モトちゃん達の意見や考え。

 私はそれに賛同しているだけで、私が主導したり意見を述べた訳ではない。  


「池上さんこそ、今は何してるの」

「優雅なキャンパスライフを楽しんでるわ」

 軽く伸びをして、気楽に笑う池上さん。

 傭兵も何も関係はなく、自分のために生きているという顔。

 開放感という言葉がそのまま当てはまるような、のびのびした雰囲気。

 多分今の私には無い感覚だ。

「舞地さんは」

「私は真面目にやってる」

 そう言われると肌は薄く焼け、少し体も引き締まった感じ。

 確かこの人、武道科へ進学したはずだったな。

「強くなったの」

「今更強くはならない。体力が付いただけだ」

「ふーん」

 私にすればそれだけで羨ましい話。

 何が無いって、体力と筋力がとにかく無い。

 身長とか胸とか、そういうのは今更だ。


「名雲さんは」

「元野の方が詳しいだろ」

 自然と彼女に集まる視線。

 彼は今、士官学校で猛特訓を受けてるとの事。

 当たり前だがここに彼の姿はなく、会おうと思って会える距離にも場所にもいない。

「元気でやってるようです。私もあったのは、春と夏に一度だけですが」

「休みも無し?」

「私の都合もあるし、向こうの都合もあるし。仕方ないわね」

 しみじみと呟くモトちゃん。

 まずは遠距離。

 そして名雲さんは休みだからといっても、今は外出出来る範囲や時間も限られてるとの事。

 モトちゃんも学校の事で忙しく、その二人が会うのは結構難しいらしい。

 正直身につまされるというか、来年の事をふと考えてしまう。

 ショウが士官学校に進んだ後の事を。



 何となく沈んでいると、話題は柳君の話へと移っていた。

 彼は高校に一応籍はあるが、今はRASレイアン・スピリッツの試合を優先。

 学校に来る事は殆ど無いという。

 両立は、現段階では難しいようだ。

 またプロ格闘家は片手間にやれる事ではないし、それも当然といえば当然。

 ただ彼の姿を見られないのは、やはり寂しい。

 やはり、何もかも昔のまま。

 変わらないでいられるのは出来ない話。

 良くも悪くも、時の流れは私達のあり方を変えていく。




 舞地さん達と別れ、そのまま帰宅。

 家でご飯を食べ、目に手を添える。

 意識した動きではなく、習慣というか癖の一つ。

 眼鏡を掛けていた時や、目に不快感を感じていた時の名残。

 これは当分続きそうだと思う。

「調子悪いの」

「大丈夫」

 お母さんに軽く首を振り、自分でも周りを見て確かめる。

 軽いところははっきりと見え、暗いところもぼんやりと見える。

 完全に昔に戻りはしないが、日常生活には支障がないレベルは維持している。

「病院は」

「ああ、そうか」

 調子が良くなってきているので、定期検診をつい忘れがち。

 今からならまだ間に合うし、何より自分の事。

 受けないという選択肢は取りづらい。



 お母さんの運転で、八事の第3日赤へとやってくる。

 夜間の診療時間とあって、駐車場はかなりの混み具合。

 ここに来ると、当たり前だが病気の人が世の中にどれだけいるのかと思ってしまう。

 普通に生活している時は意識もしない、もしくは目を背けている部分。

 自分がこうして目を患わなかったら、一生意識もしなかっただろう。


 さすがに夜は視力が落ち、街灯の明かりだけだと物がぼやけて見えがち。

 以前のように杖を付く程ではないが、一応お母さんに手を引いてもらう。

「見えて無いじゃない」

「念のため。暗いと見づらいの」

「玄米でも食べてみれば」

 何の話をしてるんだか。



 待合室で待たされる事しばし。

 名前を呼ばれ、眼科の診察室へと入る。

 今日は採血だけで、これは善し悪し。

 何が嫌って、検査では採血が一番嫌だから。

 何度やっても慣れない、注射の感覚。

 叫びそうな程痛い訳ではないが、やらないで済むならそうしたい痛み。

 多分これも、ストレスの一つだと思う。


 検査結果を待つまで、軽く問診を受ける。

「最近、変わった事は」

「特にありません。ただ、少しストレスを感じるかも」

「新学期が始まったから?」

「それもあると思います」

 学校の方針に逆らおうとしてますとは、背後にお母さんがいる場所では口に出来ない。

 今度退学したら、逆さ吊りにされるんじゃないだろうか。

「目で追ってみて下さいね」

 医師の指を目で追いかけ、自分でも異常がないのを確認。

 物が見えるというのは、普段は気にもしないがどれだけ大切な事かを実感する。


「……検査結果も特に悪くはなってませんね」

 すぐに、それ程回復もしてないと付け加えられる。

 数値的には統計を取ると良くはなっているけど、目に見えて回復はしてないとの事。

 ゆっくりと、本当に少しずつ元に戻っているらしい。

「何度も言いますが、ストレスを感じない事と避ける事」

「はい」

「数値は少しずつでも良くなっているので、数年もすれば元に戻ると思います。それまでには検査の期間も月に一度や半年に一度にもなるでしょう。とにかく焦らない事ですね」

 色んな意味で先生の話に頷き、お礼を言って診察室を出る。

 焦らない、か。

 これは少し、胸に留めておこう。




 よたよたと車に乗り込み、やはり目に手を添える。

 さすがに暗いところを歩くのは、若干の負担。

 倒れそうではないが、少し休みたくはなる。

「本当に良くなってるの?」

 車を走らせながら尋ねてくるお母さん。

 確かに普段から目に手を添える仕草が多いので、不安がるのは当たり前。

 これは癖だと説明はしてるが、症状は他人には分からない。

 もしかして、私がやせ我慢をしていると思ってるのかも知れない。

「大丈夫。暗いところが苦手なだけ。それも我慢出来ない程でもないし」

「学校はどうなの。わざわざ復学する必要はあったの?」

 なかなかに鋭い追求。


 これは私も少し悩んでいる所。

 モトちゃんの話を聞いてしまうと、復学すべきだったとも言える。

 ただ自分の事。

 目への負担を考えれば、前の学校の方が良かったとも思う。

 あの頃は普通に授業を受けて、家に帰り、のんびりと時を過ごしていた。

 学校の方針に反旗を翻すなんて事は、夢のまた夢。

 ごく平穏な生活に溶け込み、それを疑問に思わなかった。


 視力が悪化した事はその間殆ど無く、多分医師もこういう生活を勧めているはず。

 だがそれは、自分の事だけを考えた場合。

 おこがましい話だがモトちゃんが私を必要としている以上、自分の事ばかりを言ってはいられない。

 また現段階で悪化するとは言い切れず、適度な刺激も必要。

 そう自分に言い訳している部分もあるが。


「必要はともかく、私は草薙高校の生徒だから」

「どうなの、それも」

 あっさりと否定された。

 お母さんからすれば、どの学校でも同じ事。

 娘への負担が無い所の方が良いと言いたいのだろう。

 その気持ちは嬉しいし、ありがたい。

 ただ私にも私の気持ちもある。

 それに自分の人生。

 という程大げさな話ではなくても、進む道は出来るだけ自分で決めていきたい。

「大丈夫。今のところ問題はないから」

「今後はあるの」

 無いとは言えず、もごもご答えて外の景色に目を向ける。

 見えるのはぼんやりとしたヘッドライトや店の明かり。

 これだけ流れが速いと、それが何かを判別するのは少し難しい。

 夜の運転は、まだ控えた方が良さそうだ。


「あなた、変なところで張り切るから怖いのよ」

「変ってなに」

「春の出来事よ。あなたが退学になった」

 今更ながらにこの話をするお母さん。

 ただこれについては反論のしようもなく、私は頭を低くする以外にない。

 あの時も張り切った訳ではないが、そう言われても仕方ない状況では確かにあった。

 そしてこれから、似たような状況にならないとは言い切れない。

「まずは自分の事を考えなさいよ」

「ん、そうだね」

 適当に答え、それを暗に否定する。

 お母さんは呆れ気味に首を振り、車を走らせる。

 親不孝なんて言葉を、今更思い出してしまった。




 翌日。

 昨日よりは晴れやかな気持ちでバスに乗る。

 大勢の生徒に埋もれる感覚に、少し昔を思い出す。

 前の学校は地下鉄で通っていて、サラリーマンやOLの方が多かった。

 どちらにしろ混み合っているのに変わりはなく、押しつぶされそうになる感覚には嬉しさも込み上げては来ない。

「草薙中学。草薙中学をご利用の方は、ここでお降り下さい」

 降りたくはないし、降りる必要は何もない。

 しかし降りていく中学生の圧力に負けて、外に出る。

 良くある事だし、再び乗り込むのはかなり間抜け。

 何より高校の正門はすぐそこで、混雑を避けるのにも丁度良い。

 そう自分に言い訳をして、とぼとぼと塀沿いに歩いていく。


 今日も聞こえる、元気な挨拶。

 別に挨拶自体は悪くないが、朝から声を張り上げられると少し困る。

 眠い時にこれをやられたら、かなり苛々するだろう。

「おはよう」

 そんな私の気持ちを読み取ったのか、苦笑気味に挨拶をしてくる七尾君。

 今の時点でここにいるという事は、もっと早くから登校する必要がある。

 その意味では、感心するな。


「眠くない?」

「俺は眠いよ。こんな事もやりたくないよ」

 本音を漏らす七尾君。

 だけど今の彼は、ガーディアンの筆頭的立場。

 人を率い、模範になる事が求められている。

 私のように、自堕落に自分の事だけを考えて生きてれば済みはしない。 

「現状に満足してるの?」

「俺はしてないよ。自由に、好き勝手にやりたいよ」

「どうしてやらないの?」

「しがらみがあるんだ、これでも。何かやる時は、声を掛けて。まずは、この挨拶から止めさせる」

 別にこれを止める必要は無いと思うが、彼にすればこの挨拶が象徴的な意味なんだろう。

 それに付き合わされる心境は、あまり想像もしたくないが。




 教室に到着して席に着くと、今更ながら気付く事があった。 

 周りの生徒の服装に。

 かなりの率で、制服を着ていると。

 元々半数程度が制服派で、私もその一人。

 ただどんなタイプを着るかは自由。

 基本的にブレザーだが、色や組み合わせは多種多様。

 私服と合わせている子もいた。


 だがクラスメート達が着ているのは、管理案導入の時に奨励されたクラッシックな制服。

 オードドックスとも言える、無難な物。

 前の学校は全員同じ制服着用だったため、この光景に違和感を感じなかったのだろう。

 でも自分に余裕が出てきて、周りを見れるようになってきた結果。

 逆に今までは、自分の事しか考えられてなかったようだ。

「おはよう。今日は調子良さそうね」

 そう声を掛け、私の後ろに座るサトミ。

 一緒に登校してきたモトちゃんもにこりと笑い、後ろの席へ行く。

「良いよ。吹っ切れた」

「切り替えが早いのね、相変わらず」

「私は前向きに生きてるの。過去にすがらないの」

「全然意味が分からない」

 そういう言い方は無いじゃないよ。


 サトミと言い合っている間に、今度はショウと木之本君がやってくる。

 今までとは違う登校風景。

 前はモトちゃんや木之本君は連合の本部にいたりして、教室へ来る機会があまりなかった。

 だから少し新鮮というか、こういう物なのかといちいち感心してしまう。

「ケイは」

「一緒には来たくないみたいだね」

 くすくすと笑う木之本君。

 確かに、朝から友達と一緒に登校する彼の姿も想像はしにくい。

 ……いや。待てよ。


「ショウって、実家から通うって言ってなかった?」

 あまりにも自然な入り方で、全然気付かなかった。 

 だけど落ち着いて考えれば、二人が一緒に登校してくるのはやはり不自然。

 自宅生と寮生で、待ち合わせでもしなければ時間は合わせづらい。

「寮の方が、動きやすいだろ」

「狭いよ」

「……活動しやすいだろ」

 そう言い直され、自分の放った台詞が下らない事に気付く。

 彼は自分のために、入寮を決めたのではない。

 万が一のために。

 仲間を守るために、より彼らの側に近い場所を選んだ。

 私は寮へ荷物を運んでいるのに、まだ実家から通っているというのに。

彼のそんな姿勢には、ただ頭が下がる。

「大変だね、なにかと」

「そうかな」

 そして自覚もないと来た。

 神々しさが増してきたな。



 遅れてケイも到着。

 特に挨拶もせず、さっさと後ろの席へと着く。

 彼が伏せたところで頭をペンで突き、反応を確かめる。

 嫌そうに首を振るが、起きはしない。

 多分、どこかに限界点。

 もしくは、彼が我慢出来なくなる時がある。

 それを少し見極めよう。

 メモでも取った方が良いのかな。


 まずは押して、離して、押して離す。

 嫌そうにするが、やはり起きない。

 もう少し長めに押すが、同じ事。

 時間では、良い反応は得られない。

 今度は強さに切り替え、少し力を込めて押してみる。

 すると反応が顕著に表れ、首の振りが強くなった。

 そろそろ限界点が近付いてきたな。


 手渡されるコンパス。

 サトミはにこりと笑い、私を促す。 

 これはまずいだろうと思いつつ、針を窓へとかざす。

 何とも鋭い先端。

 たまにノートを突き破る時もあり、人の体を突き破る事もあるかも知れないな。

「……いい加減にしろよ」

 さすがに不穏な空気を読み取り、顔を上げるケイ。

 私だってコンパスは使わないっていうの。

 多分。

「大人しくしてろ」

「HRが始まらないもん」

「来てるだろ、もう」

「どこに」

 古い向いた先にいたのは、鬼みたいな顔をした村井先生。 

 どうやら、コンパスを持った時点からいたらしい。

 サトミがどうして急にこれを渡してきたか、今頃分かった。

 これは後で制裁だな。

「昼休みに、職員室へ来なさい」

「ご飯は」

「……職員室へ来なさい」

 声を震わせて、同じ事を言う村井先生。

 これ以上は私が制裁を受けそうなので、取りあえず黙る。

 勿論、納得はしていないが。




 昼休み。

 時計を気にしつつ、職員室へとやってくる。

 教師達も当然お昼で、お弁当を机に広げたり購買のパンを食べたり。

 店屋物を取ってる人もいる。

 こういうストレスで目が悪くなったら、泣くに泣けないな。

「来ましたけど」

 小さい弁当箱を広げていた村井先生の前に立ち、弁当箱を睨む。

 ノリ弁だ?

 最高じゃない。

「何よ、上げないわよ」

 子供か、この人は。

 別に期待はしてなかったが、改めて言われると面白くないな。

「ご飯。私、急いでるんです」

「すぐ済むわよ。あなた、調子はどう」

「普通ですよ」

 体調は、可もなく不可もなし。

 飛び跳ねたくなる程ではないが、寝込む訳でもない。

 視力もそれなりに保たれていて、暗くなる予兆も感じない。


「気持ちは」

「特に、これといって」

「学校に反旗を翻すとか、噂を聞いたけど」

 誰だ、そういう情報を流すのは。

 やっぱり後で、ケイには制裁を加えるべきだな。

「本気で言ってるの」

「現状を見過ごす訳にはいかないでしょう。それと、ご飯」

「……これ」

 差し出される牛丼弁当。

 そういう気分ではないが、何もないよりはまし。

 取りあえず、ありがたく頂く事にする。


 程よい甘辛さと牛肉の風味。

 紅ショウガと唐辛子がそれを引き締め、次の一口を誘ってくる。

 たまに食べると美味しいな、これも。

「聞いてるの」

「何を」

「……もう一度言うわよ。今更学校を混乱させてどうする気」

 そんな事言われたかな。

 牛丼に必死で全然記憶の欠片もない。

 ただ、答えは決まっている。

「今の状態がおかしいと思う限り、私達の行動で混乱するのも仕方ないでしょう」

「あなた達が望んだんでしょ、今の学校を」

「まさか」

 一言で終わらせ、彼女の顔を曇らせる。

 こればかりは、誰に何を言われようと譲れない。


「私達が目指したのは生徒の自治と秩序です。今みたいな規則に縛られた、規律ばかりを重視する生活ではありません」

「生徒も交えた話し合いで、今の体制を作り上げたのよ。それはどう考えるの」

「考えるも何も。誰が参加したのか知らないけど、私の周りにいる人は現状に否定的ですよ」

「あなた達の周りが否定的で、他の多数は肯定的よ」

 そう切り替えされるが、多数が正しいとは私は思っていない。

 それなら以前だって、初めの私達は本当に少数派。

 だけどあの時の気持ちや行動が間違っていたとは思わないし、だからこそ今の気持ちに繋がる。

 こんな学校にするため、戦ってきたのではないと。


「……何してるの」

「食べられないので、持って帰ります」

 牛丼弁当のふたを閉めて袋に入れ、割り箸は捨てる。

 ショウなら数口で食べ終えるだろう。

「話は終わってないわよ」

「だったら、どうしろって言うんですか。今の状況を受け入れろって事ですか」

「不満を感じるのは認める。だけど妥協って言葉もあるでしょう」

「それは大人の理屈でしょう」

 軽く切り返し、席を立つ。

 管理案の時は、まだ感情が先走っていた。

 今もそれに変わりはない。

 ただ理屈も少しは考えるようになったし、自分達の置かれている立場も理解した。


 確かに今を受け入れる事も大切だとは思う。

 管理案程の制約を受けはしないし、学内も安定している。

 今更異議を唱えて、変革を推し進める必要はないという意見もあるだろう。

 生徒の自治も守られている。

 さほど大きな問題はない。


 そんな考えもあるだろうけど、私は違う。

 規則と規律で動く、画一的な生活を望んではいない。

 学校はその方が生徒を扱いやすいし、生徒もただ従えば良いだけだから楽は楽。

 ただ自治もだけど、自主や自立はそこにはない。

 かつてこの学校には普通に備わっていた、大切な根幹が。



「前みたいに暴れる事は無いと思います。だけど、現状を受け入れるつもりもありません」「それが許されると思ってるの」

「許されるされないも、理屈で行動はしてません」

 そう言い放ち、頭を下げて職員室を出る。

 周りの教師は爆弾でも見るような目付きで私を避ける。

 多分今の学校では、私は異分子。

 輪を乱す存在でしかない。




 だけど譲れない事のために、私は前を向き続ける。

 後へ続く生徒のために。

 よりよい学校を目指して戦ってきた先輩達のために。

 何より、今ここで過ごす自分達のためにも。

 私は退きはしない。











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