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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第38話   3年編(外伝扱い)
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38-1






     38-1




 正門の遙か先に見える教棟。

 そして正門に掛かる、「草薙高校」のプレート。

 ほぼ半年ぶりの学校。

 懐かしさと切なさに胸が熱くなり、なんとなくそのプレートに手を触れてみる。

「何してる」

 Gジャンとジーンズ、赤のキャップ。

 見慣れた出で立ちで正門から出てくる舞地さん。

 おかしいな。

 この人大学生になったはずなんだけど、気のせいか。

「留年したの?」

 無言でプレートを叩く舞地さん。

 よく見ると、高校のプレートの隣に「草薙大学」という新しいプレートも掛かっている。

「高校が縮小した分、空いた場所へ大学が移転してきたんだ」

「ああ。サトミがそんな事言ってたかな」

 何しろこちらは久しぶりで、草薙グループ関係の事には疎い。

 聞いた事は聞いたんだけどね。

「それで、何しに来た」

「晴れて復学したのよ、草薙高校に」 

 鼻で笑う舞地さん。

 そんなおかしな事は言ってないと思うが、もしかすると信じてないのかな。



「ほら、これ」

 先日郵送されてきた、草薙高校のIDを彼女に見せる。

 顔写真入りで、当たり前だが正規の物。

 これで私も、草薙高校の生徒の一人。

 半年間通った前の学校に名残も愛着もあるけれど、私にとっての学校はやはり草薙高校であり中学だから。

「まあ、好きにしろ」

「自分は何してるの」

「私は色々忙しい。退学になった生徒とは違って」

「ちっ」

 背中に飛びかかろうとしたが、ぞろぞろと職員が出てきたので愛想笑いをして彼らを見送る。

 復学して即退学なんて、後でどうなるか分かったものじゃない。

 私の立場がではなく、サトミが何をしてくるか。

 想像しただけで、立ちくらみしそうになる。

 とにかくここは、おとなしくするに限るか。


「あーあ。それで、高校はどっち?」

「右が大学、左が高校。グランドは併用」

「ありがとう。で、自警局ってどこ」

「……この学校に、何年通ってた」

 仕方ないじゃないよ、退学したんだからさ。

 それ以前は、通ってたけどさ。




 それでも端末に表示される地図を頼りに、右往左往しながらどうにか自警局へと辿り着く。

 以前の特別教棟は一般教棟として使われ、右側。

 つまり今は大学として機能している。

 生徒会として独立したブースは存在するが、以前のように建物全部を使うという事は無くなったらしい。

「やっと来たわね」

 にこにこと笑い、席を勧めてくれるモトちゃん。

 これがサトミなら、迷っていた時間とルートを聞いてくるはず。

 つくづく人間性の違いというか、モトちゃんの優しさを感じるな。


「まだ夏休みなのに、仕事してるの?」

「ユウ達が復学するし、後期から転校してくる人もいるの。その準備も含めてね」

「ふーん」 

 何をやっているか分からないが、忙しそうに立ち振る舞う木之本君や神代さん達。

 そこで、ふと疑問に思う。

「ここって、自警局だよね」

「ええ。だから、ここに来てって言ったでしょ」

「連合は、もうないんだよね。じゃあ、モトちゃんはここで何してるの」

「元野さんは、自警局長だよ」

 私の頭越しに書類を渡す神代さん。

 何となくその脇を付き、軽く悲鳴を上げさせる。

「冗談でしょ」

「何が。先輩の生き方?」

「軽いスキンシップじゃない。でも、局長って」


 前年度の一件で、私とサトミとショウが退学。

 ケイはそれ以前に、自主的に退学。

 モトちゃんや沙紀ちゃんは、無期限停学だったはず。

 その停学が解除されたのは聞いていたが、局長というのは初耳だ。

「今までは生徒会長が兼任してたのを、後期からは私に任せてもらったの。本当は2年が良いんだろうけど、まだ多少ごたごたしてるから」

「そうなると、他の子も自警局に?」

「ええ。まだ内定段階だけど、会長と総務局長の許可は得ている。見る?」

「見る」

 机に置かれる、自警局の組織図。

 そこに書かれる、役職の名前。

 上位は殆ど私の知っている人ばかり。



 その中に、私の名前があるのは気のせいか。

「ユウにも頑張ってもらうわよ」

「私は良いんだけどさ。学校的には良いの?生徒会的にも」

「それも含めて許可は得てる。あなたがいなくて、誰を入れるのよ」

 なんか嬉しい事を言ってくれた。

 友達の情実でもなんでも、褒めれれば素直に嬉しい。

「みんな、これは知ってるの?」

「呼んでるから、そろそろ集まるんじゃないかしら」

 モトちゃんの言葉が呼び水となったかのように、部屋に入ってくるサトミ。

 彼女は家を出たところまでは一緒だった。 

 ショウも昨日会った。

 沙紀ちゃん達も会ったばかり。



 ただ一人。

 久しぶりに会った人がいる。

 向こうはそれ程、こちらを懐かしがる様子はないが。

「何だよ」

「お土産は。沖縄に行ってきたんでしょ」

「俺の元気な姿が」

「下らない話は良いから、お土産ちょうだいよ」

 舌を鳴らし、それでも大きなバッグを机の上に置くケイ。

 スパムの缶詰と、パイナップルのキャラメル。

 泡盛の古酒、星の砂?

 とりあえずお酒はモトちゃんに献上し、キャラメルを食べる。

 ほどよい甘さと、南国の風味。

 名古屋でも買えなくはないだろうけど、わざわざ現地で買ってきた事に意味がある。

「で、編成がこれか」

 やはりこれといって懐かしむ事も無く、書類を覗き込むケイ。

 私は身長の関係上、覗き込まなくても普通に見える。



 モトちゃんは卓上端末を起動させ、そちらにも同じ組織図を表示させた。

「北川さんが総務課課長。丹下さんが自警課課長。この二人は、副局長待遇と考えて。それと、七尾君はガーディアン全体の隊長。以前のF棟隊長ね」

 自警局の組織図を指さしながら話すモトちゃん。

 言いたい事は色々あるが、別に不満ではないのでそれは後でゆっくり聞こう。

「サトミと木之本君は私の補佐。そしてユウは、私直属の隊長という訳。ショウ君はその補佐で、ケイ君は丹下さんの補佐をしてもらう」

「序列は」

 ケイの問い掛けに、別な画面を開くモトちゃん。


「自警局長である私で、その次は北川さん。自警課課長の丹下さんという流れ。七尾君も副局長待遇だけど、組織構成上全ガーディアンは自警局に属すので丹下さんの次」

「各課長は」

「今言ったように、総務課が筆頭。次いで、自警課。後は各課が横並びで、直属班であるユウは課長待遇だから彼等と同列。サトミと木之本君も課長待遇だけど、あくまでも補佐だからその下ね」

 よく分からないが、みんな偉くなったらしい。


「じゃあ、私達では誰が一番なの?」

「課長待遇のユウで、次はサトミ。自警課課長補佐のケイ君、最後はユウの補佐であるショウ君」

「来たな、俺の時代が」

 そんなのは一生来ないし、来るなら止める。 

「それで私が長期間不在の場合は、北川さんと丹下さんが代行という形になる。そして基本的に、現場のガーディアンが自警局長の代行をする事はないと考えて」

「継承順位は?」

「総務課課長、自警課課長。つまり、北川さんが第一位で、丹下さんが第二位」

 再び切り替わる画面。

 今度は各課の横に、数字が書き込まれていく。

「後は各課長、局長補佐のサトミと木之本君の合議制、そして自警課長補佐のケイ君。これ以降は、総務局から招聘する事になる」

 聞いてもやっぱり、よく分からないな。 

 サトミ達は興味深げに聞いてるけど。


「つまり、完全にシビリアンコントロールを貫く訳ね」

「ええ。私達の代はともかく、将来ガーディアンを私有化する人が出てこないとも限らない。その抑止力とでもいうのかな。現場の上には、絶対事務職を置くシステムになってるのよ」

「仮に現場が暴走した場合は、直属班でそれに対応すると」

「全ガーディアンに対抗するのは難しくても、やはり一定の抑止力にはなるわ。だからそれだけ優秀な人間を、直属班に据えないとね」  

 笑い気味に私の顔を指差すモトちゃん。

 はっきりはしないが、責任重大という事だけはよく分かった。

 今さらガーディアンを使って揉めさせる人がいるとは思えないけどね。




 ケイとの再会もだけど、学校に来るのも久しぶり。

 という訳で、挨拶回りをする事となる。

 先導するのはモトちゃん。

 新局長として忙しいはずだが、そこは彼女の優しさ。

 もしくは、私達単独では危険と思ったのかも知れない。

「まずは生徒会長ね」

 ドアを守備するガーディアンに声を掛けるモトちゃん。

 この辺りは以前と同じで、生徒会や学校の規則やシステムは変わったようだが安全性は大差ないらしい。



 二重のドアを通り抜け、ようやく執務室へとたどり着く。

 部屋は前の半分くらい。

 調度品もかなり質素になり、ガーディアンの教棟の隊長が使うくらいの規模。

 それでも高校生が使うには異例なんだろうけどね。

「戻ってきたか」

 苦笑気味に出迎えてくれる生徒会長。

 つまりは元会長であり、名前は何だったかかな。


「石山という」

 向こうから名乗ってくれて助かった。

 というか副会長もだけど、名前で呼ばないから出てこないのよ。

 それで一つ思い出した。

「副会長はいないの?」

「臨時職だから、置いていない。大山さんが副会長だったのは、生徒会長がいなかった事が大きい」

「ふーん。私は、元野生徒会長でも良いんだけどな」

「彼女が立候補していたら、そういう事もあっただろう」 

 あっさり認める会長。

 知名度、実績、経験。

 前会長に劣る部分は何もなく、またその実績では管理案を廃案に追い込んだ立役者。

 むしろ生徒会長を上回ると言っても良いくらい。


「私は、そこまでの柄じゃないのよ。自警局長でも重いくらいだから」

「じゃあ、遠野生徒会長は」

「復学前でしょ、選挙は。それに私こそ、そういう柄じゃない。雪野生徒会長なら、今から画策しても良いわよ」

 目の前に現会長を置きながら、平然とそんな事を言ってくるサトミ。

 多分それが出来るという前提での話。

 私こそ柄じゃないというか、今度の直属班の指揮だけでも一杯一杯。

 学校全体を統括するなんて、おおよそ無理な話。

 何より、なった途端サトミにいびられるのは目に見えている。



「まだ生徒会としても立ち上がったばかりだし、詰める部分も多い。それに我々に反抗的な生徒もいるから、自警局としては頑張ってもらいたい」

「反抗的って何」

「前会長派もいれば、転入組もいる。つまり以前の学校に回帰したい人間が」

「管理案廃止で、めでたしって訳でもないんだ」

 予想とは違うというか、現実は決して甘くないというか。

 つまりは私も、そう気楽にはしていられない。

「総務局局長には会ったかな」

「まだだけど」

「会わない方が良いとも思うが、会わない訳にも行かないだろう」

 なにやら思わせぶりな台詞。

 つまり、あまり親しみたくはない相手。

 まさか、矢加部さんじゃないだろうな。




 幸いそういう事はなく。

 ただ、幸いという言葉が合ってるかは微妙。

 呼び出されたのは、矢田局長。

 今は、総務局兼情報局局長か。

 管理案廃止の時も決定的に学校側に付いていた訳ではなく、詳しくは知らないが上手く立ち回ったとの話。

 また事務的な能力はそこそこあるらしく、会長とすれば気心の知れた相手。

 コントロールのしやすさもあるのかも知れない。

 などとサトミやモトちゃんはいっているが、私はあまり納得したくもない。


「お久しぶりです」

 さすがに席を立ち、デスクを越えて私達を出迎える矢田局長。

 後ろに、陰険な視線を感じるのは気のせいか。

「……何か」

「自警局じゃなかったの」

「私は自警局局長代理兼、総務局局長代理です」

「嘘ばっかり」

「あなたの生き方程ではありません」

 ひどい言い方だな。

 まあ、これはお互いに。

「矢加部さんは大出世。とにかく人がいないから、出来る人には何でもやってもらうのよ」

「ふーん」

 彼女が出来るのかどうかはともかく、二つも兼任してるから偉いには偉いんだろう。

 まあいいけどね、どうだって。

「それで雪野さんの事ですか」

「何よ」

 矢田局長の言葉に、即座に反応。

 反発と言っても良い。

 前回の抗争で彼が私達の敵に回ったとは言わないが、味方をしてくれた訳でもない。

 それは賢い生き方で、混乱を招かないためには仕方ない行動かも知れない。

 ただそれは理屈。

 私は常に、感情で生きている。



「今回の復学については、各方面から賛否両論ありました」

「それで」

「行動については、慎重に。あなたが周りに与える影響は、良くも悪くも非常に大きいです」

 褒めているのか、けなされているのか。

 自分では自覚もないし、退学になった女子高生というイメージしかないと思ってた。

「また生徒会改革の会合には、皆さん出席して頂きますので」

「また改革?」

「いわゆる管理案とは別物と考えて下さい。今回は完全に学校と合議して、一方的な押しつけとはなりません。ただ、今まで通りの何もかもが自由な生活は保障されませんので」

 それは困ると思う一方、私達は半年後には卒業。

 正直言えば、規則が変わった頃にはもういない。

 とはいえ渡瀬さん達は来年も学校に通うし、その後にも生徒は当然入学してくる。

 彼らの事を思えば、下がる訳には行かないだろう。




 結局今回も後味の悪いまま、情報局を引き上げる。

 どうも鬼門だな、あの人は。

「規則を変えるって、どういう事?」

「矢田君が言ってたように、自由すぎるって批判が教育庁から示されたの。前期の段階で基本的に授業は出席するとか、施設の管理は学校に委譲するまでは決めたんだけど。細かい事で、色々揉めて」

 肩をすくめるモトちゃん。

 当たり前と言うべきか、彼女はその改正にはそれ程乗り気では無い様子。

 それさえ分かれば十分だ。


「食堂って開いてるの?」

「生徒がいないから、まだ開いてない。学校が始まってからね」

「そうなんだ」

 ご飯はどこでも食べられるが、よその学校に通うとここの食堂がいかに充実しているかに気付かされる。

 メニューは豊富で、味も申し分なし。

 支払いはわずかな維持費のみの負担で、毎日朝昼晩と食べられる。

 それは残念だけど、休み明けのお楽しみとするか。




 という訳でモトちゃん達も早めに学校を引き上げ、街に出る。

 向かった先は、尹さんの焼き肉屋さん。

 ここなら気兼ねしないで済むし、サービスも満点。

 私は、キムチとスープとご飯だけでも良いけどね。

「復学おめでとう」

 何故か大きなケーキを持ってきてくれる尹さん。

 ただ、好意は好意。

 ありがたく切り取って、デコレーションのイチゴを確保する。

「俺も停学は経験したけど、退学はなかったな」

 勝ち誇ったような顔。

 これについては反論のしようがなく、キュウリのスティックをかじってストレスを逃がす。

「また暴れるなら、飛行機を用意するけど」

「そこまでの事態にはならないと思います。経営陣や理事会のメンバーも一新しましたから」

 さりげなく制止するモトちゃん。

 尹さんは寂しげに頷くと、肩を落として厨房へと消えた。

 冗談かと思ってたけど、本気だったのか。



 ちまちまとイカをかじり、その香ばしさとジューシーさを堪能する。

 肉は正直言って、数切れ食べれば満足。

 後はサラダとスープだけで十分だ。

「相変わらず小食ね。背、縮んだ?」

 笑いながら私の頭を撫でるモトちゃん。

 成長期は終わったが、縮んではないだろう。

 というか、この子が大きくなってないか?

「ちょ、ちょっと、立ってみて」

 無理矢理彼女を立たせ、壁際で並ぶ。

 前は、肩と私の頭が並ぶくらい。

 目線は丁度胸の辺り。

 それが以前より、少し低くなった。


「成長期でしょ、まだ」

 さらりと答えるな、この人は。

 実際ショウは確実に背が高くなっていて、服も数年前のは着られないくらい。

 私の場合は、10年前のも無理すれば着れるのに。

「あー」

 心の底から吠えて、壁を叩く。

 このストレスは、どうやろうと逃げないな。

「成長しない女だな」

 下らない事を呟く男が一人。

 ただ実際そうなので、これも反論のしようがない。

 本当、神様って普段私のどんなお願いを聞いてくれてるのかな。

 一度、膝を交えてゆっくり話させてもらいたい。




 翌日。

 寮へ荷物を運び込む。

 正確には、ショウが荷物を運び込む。

 私に机を持ち上げろって方が無理なのよ。

「苦労してるわね、相変わらず」

 狭いドアへ机を入れているショウに笑いかけるモトちゃん。

 彼は苦労と思ってないので、問題ない。

 心から、そう思いたい。

「実家でも良いんじゃなくて」

「そうなんだけどね」

 退学なってからは自宅に戻り、そこから高校に通っていた。

 草薙高校はその高校より近いくらいで、寮に住む理由は無い。

 ただこの学校に通うなら、やはり寮というイメージがある。

 理由は特にないけどね。


 部屋はどうも空室になっていたようで、以前の所にそのまま移れた。

 誰もここに住みたがらなかったという話もあるが、それもやっぱり気のせいだ。

「サトミは?」

「始業式前には引っ越してくるって」

「ショウ君は?」

「しばらくは、家から通う。落ち着くまでは」

 慎重というか、堅実というか。

 私にはあまりない思考。

 また半年後に寮を出るのは確実なので、そう考えると引っ越す事自体かなり面倒。

 短慮すぎたと思わなくもない。




 でもって、実家へ戻ってくる。

「寮に住むんじゃなかったの」

 せんべいをかじりながら話しかけてくるお母さん。

 リビングを覗き、自分の分も確保して2階への階段を上る。

「まだ荷物が残ってる。……私がいないと、寂しいとか?」

「誰が」

 ごく普通の、平坦な口調。

 泣いてすがられても困るけど、こういうのもちょっと困る。

 だったら寮に住むなと言われるのも困るんだけど。



 細々した私物をバッグに詰め、リビングで一服。

 やっぱり我が家は落ち着くな。

「寮なんでしょ」

「え、ああ。そうか」

 今から戻るのは正直面倒。

 目が覚めたら寮にいた。

 なんて事は、まさに夢の話。 

 一気に疲れてきたな。

「あーあ」

「寝ないで」

「今日、ご飯何」

「寮に戻りなさい」

 お母さんでは話にならないので、顔の向きを変えてお父さんに微笑みかける。

 お父さんもすぐに微笑み返してくれて、新聞の広告を見始めた。

「たまには外食でもしようか」

「だって」

「またそうやって、甘い事を」

 だったら、今見てたファミレスの広告はなんなのよ。




 やってきたのは、近所のスーパー。

 その中にテナントして入っているラーメン屋さんを訪れる。

 豚骨ベースの、それでいてあっさりした味。

 少し大きめのスーパーには大抵テナントが入っていて、昔はラーメンと言えばこれだった。

 何より安くて、子供のお小遣いでも十分食べられる値段。 

 セットメニューを頼んで、ようやく普通のラーメンと同じくらいになる。

 その分量は少ないけれど、私にとって見れば十分だ。

「あー」

 久し振りに食べたせいか、感動もひとしお。

 薄いチャーシューを頬張るだけで、泣けてくる。

 子供の頃、ニャン達と食べた記憶が蘇る感覚。

 まだ高校生の自分だけど、こういうのを郷愁というのかも知れない。



 デザートを何にしようかメニューを見ていると、カウンターの方から怒号が聞こえてきた。

 決して広くはない店内。

 何をやっているか、何をやっているかはすぐに分かる。

 叫んでいるのは客で、脅されているのは店員。

 原色で染めた髪と、耳にいくつも付いたピアス。

 煙草をくわえた高校生風の男を客と呼ぶならの話だが。


 言っている内容は、良くある話。

 注文を取りに来るのが遅いといった。

 遅いと言っても、5分10分という単位ではない。

 厨房が急がしくて、少し待ってもらうように声も掛けたはず。

 それに対して怒る男。

 どちらに非があるかは明白だが、男の格好がまず第一。

 次に、その後ろにいる仲間達。

 彼等を諫めようとする者は誰もいない。


 いないなら、私が立ち上がれば良いだけだ。

 目を患って以来、外出の時は常にスティックを携帯している。 

 当然今も、それは腰のフォルダーに下げてある。

 後はこれを抜いて、男に詰め寄るだけ。



 心の中では理解していても、何故か体が動かない。

 男に臆する気持ちは微塵もない。

 言ってみれば、枯れ葉が揺れている程度。

 それを気に留める事は、誰もしない。

 私にとっては、その程度の感覚。

 だけど足が動く事はなく、スティックを伸ばす手も固まったまま。

 はやる気持ちとは裏腹に、体はわずかにも反応を示さない。




「邪魔だ」

 前蹴り一撃。

 男は鼻血を吹く間もなく宙を舞い、店から叩き出された。

 これを見て逆らう者がいる訳もなく、仲間も慌てて逃げていく。

 無茶苦茶な人がいると思ったら、足を振り上げていたのは屋神さん。

 その後ろには、三島さんと塩田さんに大山さんもいた。

 草薙高校のOB。

 もしくは、草薙大学の現役生と言った方が正確か。

「お前、大人しくなったんだな」

 苦笑気味に指摘する塩田さん。

 確かに以前の私なら、前蹴りの代わりに私のローを食らっていたはず。

 その理由は特に告げず、レジで道をふさいでいる彼等を見上げる。

「たまには甘い物をと思いまして」

 優雅に答える副会長。

 ではなく、大山さん。

 この人の場合、蜜豆だな。

 いや。イメージ的に。



 不安そうにこっちを見ているお父さんに手を振り、塩田さん達のテーブルへと移動。

 私はソフトクリームをちまちま舐める。

「調子でも悪いのか」

 なおも尋ねてくる塩田さん。 

 殴りかからなかったのが、余程意外だったようだ。

「私だって、いつも暴れてる訳ではありません」 

 やはり理由は告げず、適当にごまかして流す。

 というか、自分でも体の反応しなかった理由が分かってない。

「……お前って、3年生だよな」

 人の顔。

 もしくは体をじろじろ見ながら尋ねてくる3年生。

 聞かれるまでもないし、彼が大学2年生なら私も自然と3年生だ。


「中学3年生じゃ……」

 ここは迷わずスティックが出て、屋神さんの喉元へ先端を突きつける。

 今は全く淀みも躊躇も無かったな。

「おかしいな」

「何がだ。お前の生き方がか」

「私は高校3年生で、生き方は何一つ問題ありません」

「退学したんだろ。俺でも退学はしなかったんだぞ」

 非常に地味な嫌み。

 しかしこれが事実としては、反論のしようがない。

「三島君。君から言う事はないのかね」

「俺達が出来なかった事を、彼女達は成し遂げた。するとしたら、頭を下げるくらいだろう」

 何とも大人の。

 そして先輩として誇らしく思える発言。

 ソフトクリームを取り合っている屋神さんと塩田さんが、遠くにかすんで見えるような。


「下らん。俺達はもう大学生だぞ。高校がどうなろうと、知った事か」

 鼻を鳴らし、拳でテーブルを叩く屋神さん。

 それが周りを刺激。

 もしくは威嚇したらしく、店内は一瞬にして静かになる。

 そういう馬鹿な真似は慎んでもらいたいので、スティックを伸ばし軽く突く。

「今度やったら、スタンガンを作動させますからね」

「面白いな、それ」

「冗談だと思ってます?」

 にこりと笑い塩田さんを見る。

 そして塩田さんは苦い顔で、首を振る。

 屋神さんもそれを見て、小声で周りに謝った。

 始めからそうすれば良いのよ、そうすれば。

「何者だ、お前は」

「ただの高校生です。草薙高校には復学しましたけどね」

「前途多難だな」

 しみじみ呟く屋神さん。

 それは私の学校生活なのか、学校自体の事を差しているのか。

 返答次第では、やっぱりスタンガンを作動だな。




 自宅に帰り、改めてスティックを手に握る。

 手首を返すとすぐに伸び、体もスムーズに動いていく。

 何の制約も感じないし、異変を感じもしない。

 さっきのは一体なんなのかと自問するが、答えは出ない。

 専門家を呼んだ方が早いかな。



 ヒカルに来てもらい話をするが、反応はいまいち。

 珍しく苦笑気味で、困ったようにも見える。

「僕の専門じゃないからね」

「心理学の大学院生でしょ。カウンセリングって、心理学じゃないの」

「ジャンルとしては含まれるよ。ただ心理学といっても幅広いから。例えるならフランス料理のシェフに、チャーハンを作ってくれって言うのと同じかな」

 なるほど。

 分かりやすい例えだな。

「一応僕も臨床系だけどね。カウンセリングはそれ程勉強してないし、向いてない」

 向いてないとは思わないが、よく考えてみればタイプは微妙に違う。

 人の悩みを聞くだけで、特に何もしない人。

 カウンセラーというより、お坊さんだろう。


「だったら、全く理由は分からない?」

「簡単だろ」

 お土産のどら焼きをかじりながら口を挟んでくるケイ。

 この人こそカウンセラーには向いてないが、心の闇には聡いからな。

「どういう事?」

「前にいた学校で、乱闘騒ぎとかあった?」

「全然」

 ケンカはたまに見かけたが、草薙高校で起きていた集団が入り乱れるような混乱は一度も出会った事がない。 

 生徒達は全員比較的大人しく、よく言えば従順。

 教師の言う事を素直に聞く言い子達だった。

「つまり、ユウも暴れる機会はなかった。そういう事だよ」

「ブランクって意味?」

「推測としては。その内元に戻るだろ。それが良いかどうかはともかく」

 嫌なまとめ方をするケイ。

 ただ言いたい事は何となく理解出来た。

 確かに、良くも悪くもか。



 私達の会話を聞いていたお母さんは、夏みかんを器用にナイフで剥きながら尋ねてきた。

「優は、いつも暴れてるの?」

「母上。今更何を。暴れなければ、退学もしないでしょう」

 腹を抱えて、げらげらと笑うケイ。

 別にそこまで面白い話でもないと思うけどな。

「そんなに面白い?」

「だって、退学って」

「あなたも退学したんでしょ」

「俺は自主退学。させられたのとは、訳が違います」

 どちらも退学ではあるが、彼の言うように違いはある。

 理由はともかく、彼は「自分から見切りを付けた」という言い訳が出来る。

 しかし私は退学させられたので、「学校から見切りを付けられた」という事になる。


 その意味では、彼が馬鹿笑いするのも頷ける。

 お母さんが果物ナイフ片手に、彼へ微笑みかけるのも。

 娘を笑われて、黙っているタイプではないから。

「冗談です、冗談。とにかく暴れないんだから、問題ないでしょう」

「一生暴れないって事?」

「それは娘さん次第では」

 今度は、当然私へ視線を向けてくるお母さん。

 ここもやはり親としては、暴れない事を期待するのが自然。

 私が親の立場でも、そう思う。


 ただ私は草薙高校ではガーディアン。

 自分から仕掛ける事はなくても、必要とされれば力を振るう事はためらわない。

 また、ためらうべきでもないはず。

 その意味において、このブランクはむしろ足かせ。

 前の学校では何も問題なかったし、だからこその今の状況。

 それがむしろ普通であり、私も疑問には思わなかった。


 つまり草薙高校がそれだけ特殊な環境にあるとしか言い様はないが、そこへ戻った以上その流儀に合わせるしかない。

 これもまた、言い悪いは別にして。




 腕を組んで唸っていると、バスタオルを首から掛けたサトミが目の前を通っていった。

 風呂上がりか長い黒髪はしっとり濡れて、白い肌はうっすらと赤い。

 見るとは無しに彼女を視線で追い、気付くと後に付いていた。

 こういう事に関しては、自然に体が反応するようだ。

「どうかしたの」

 そんな私には慣れているらしく、特に不思議そうな様子も見せないサトミ。

 色香に誘われたとは答えず、さっきの事を説明する。

「そう」

 あっさりとした、特に何の感慨もない返事。

 この人はヒカルとは違う意味で、相談相手には向いてないな。

「何か、意見はないの」

「ケイの言った通りでしょ。すぐに元へ戻るわよ」

「戻って良いの?というか、戻るって表現であってるの?」

「たまに難しい事を言うわね」

 床に転んでいたケイをまたぎ、ソファーへ座るサトミ。

 私も彼を飛び越え、サトミの隣に座る。



「その状況を見てなかったから、はっきりした事は言えないんだけど」 

 彼女は今帰って来た所。

 この暑い中、図書館に行ってきたらしい。

 無論館内は涼しいが、外は炎天下。

 そこまでして読みたい本というのが、理解出来ない。

「聞いてる?」

「え、ああ。聞いてる」

 聞いてないといえば耳くらい掴まれるので、すぐに頷く。

 サトミはため息を付き、改めて始めから話し出した。

「つまり、困る人がいるかいないかよ」

「私はどちらでも困らないけどね」

 ぎろっと睨んで来るお母さん。

 少なくともお母さんは、私が暴れるのは反対。

 それはお父さんも同じだろう。



 いつの間にかペンを握り、広告をめくって白い部分に文字を書き出すサトミ。

 一方は、私が暴れた場合。 

 もう一方は、私が暴れない場合。

 さらにその中で、困る人と困らない人に分割される。

 そこに名前が書き込まれ、サトミは小首を傾げて私を見てきた。

「こういう事よ」

「どういう事よ」

 比率は半々。

 分割された表は、ほぼ均等に名前や組織が埋まっている。

「改めて書いてみましょうか。あなたにとっての敵だけ、赤く丸を付けてみて」

「敵か」


 浦田珪という名前に丸を付けようと思ったけど、視線を感じたので取りあえずパス。

 まずは武装グループという漠然とした部分に丸。

 不良グループにも丸。

 つまり今まで敵対していた相手に丸を付ける。

 この辺で、サトミの言いたい事は少し分かった。


 丸が集まっているのは、私が暴れた場合に困る部分。

 それは当然、私の敵。

 そうすると、自ずと私が取るべき道も見えてくる。

「やっぱり、暴れるしかないって事?」

「それはあなた次第でしょ」

「なんか、曖昧だな」

「後は、今の学校の状況ね。前にいた学校と同じくらい平和なら、優は何もしなくて良いんだから」

 そう言って、お母さんが剥いた夏みかんを食べるサトミ。

 そんな様子を見つつ、モトちゃんの話を思い出す。


 私達を、彼女は直属の班に指名した。

 何より草薙高校には、ガーディアンが存在する。

 平和ならそのどちらも必要はない。

「答えは出たって顔ね」

「出たかどうかは分からないけど。仕方ないかと思って」

「せいぜい頑張って」

 人ごとのように言ってくれるサトミ。

 ただ彼女は現場よりも、指揮命令系統に属するはず。

 私の悩みを共有するには至らない。

 ケイは悩むタイプではないし、あまり共有したくもない。



「夏みかん?」

「嫌い?」

「肉が好きなんだ、俺は」

 そう言いつつ、夏みかんを剥き始めるショウ。

 ナイフではなく、指を突っ込み素手で。

 パイナップルや西瓜ではないから不可能ではないが、私だと多分指自体が入らない。


「話って、夏みかんの事か」

「そんな訳無いでしょ。今日、ちょっとした事があって」

 改めて、ラーメン屋さんでの話を彼にもする。

 やはりそれ程反応はなく、夏みかんを食べるだけ。

 聞いてるのかな、この人。

「どう思う?」

「確かに、人を殴るのは多少慣れがいるからな。スポーツとは根本的に異なるし」

「それで?」

「俺が代わりに殴れば良いだけだろ」

 軽く。

 ごく自然にそんな事を口にするショウ。

 思わず顔が赤くなり、言葉に詰まる。

 何だ、一気に解決したな。

「ちっ。恋愛至上主義者め」

 下らない事を言っている男にスティックを伸ばし、黙らせる。

 大体、主義者じゃないっていうの。

 多分。



 少し胸の軽くなった気分。

 その分彼に負担が掛かったのかも知れないけど、それは今更の話。

 それに彼への負担は、私の心の負担には繋がらない。

 都合の良い解釈。

 身勝手な考え。

 きっと、彼だけに向ける思い。









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