37-14
37-14
やがて舞地さん達は観客席へ移動し、私達だけが控え室に残る。
時計を見るとそろそろ式が始まる時間。
私達も移動した方がいいだろう。
そう思ったところでドアがノックされ、遠慮がちに数名の男女が入ってきた。
プロテクターを完全装備し、全員バトンを持っている。
私服警官がいるのでそこまでの警備は必要ないと思ったが、彼等は無言で私達を囲みだした。
「今から、舞台袖までご案内しますので」
「護送の間違いだろ」
聞こえるように呟くケイ。
ガーディアン達はそれに耳を貸さず、歩くようにバトンで促した。
一瞬頭の先まで熱くなり、背中に手を伸ばすが触れるのはブレザーの襟。
構わずバトンを奪おうとしたところで、前島君が現れる。
「彼等に護衛は必要ない」
「しかし」
「不満があるなら、俺も敵に回るが」
凍り付く室内の空気。
一斉に私達から離れていくガーディアン達。
隠そうとしても、お互い素性は結局どこかで表に出てしまう。
「全員プロテクターを外し、護衛に付くのは5人程度」
「は、はい」
あっという間に部屋から飛び出ていくガーディアン達。
どうやら、私達よりも印象は悪そうだ。
「数を減らす分、俺が護衛に付きますので」
「それは良いけど、どうして停学になってないの」
「学校側の配慮らしいです」
たまに聞くな、この台詞。
でもって、私達にはどんな配慮をしてくれるのかな。
前島君の先導を受け、狭い通路を歩いていく。
誰かとすれ違う事は無く、また壁にはドアが一つもない。
隠し通路とまでは行かないにしろ、関係者しか通れないのは間違いない。
「式は、まだ間に合うよね」
「時間には余裕を持ってます」
冷静な受け答えと落ち着いた態度。
とても同じ高校生とは思えない。
実は留年してるんですとか言われても驚かないな。
「皆さん、先輩思いなんですね」
「そうだよ」
素直に笑われる。
こちらとしては変な事を言ったつもりはないので、何も恥ずかしくはない。
約一名、露骨に嫌な顔をしてる子はいるが。
「……ここから舞台袖に入れます。ただ何度も言いますが」
「分かってる。私だって、今更恥は掻きたくない」
「本当にお願いします」
改めて念が押され、ドアが開けられる。
討論会の時に来た事もある舞台袖。
ただその時とはルートが違い、またあの時もどこをどう通ったかは分かってない。
結局はこの学校について殆ど知らないまま退学か。
色んな意味で泣けてくるな。
控え室風の部屋を抜け、緞帳伝いに前へと歩く。
位置的には丁度舞台を真横から見る感じ。
出来るだけ姿勢を低くして歩き、こそっと緞帳の隙間から観客席を眺めてみる。
席はほぼ埋まっていて、ただ薄暗くてどこに誰がいるかは不明。
「塩田さんはどこにいるの」
「後ろじゃなくて。前に座るタイプとは思えないけど」
双眼鏡で観客席をチェックするサトミ。
それを渡され、指示された場所を覗いてみる。
暗視用なのか色は付いていないが、確かにそれっぽい人影が見えた。
「拍手とかしていいの?」
「人目を引かないようでしたら、ご自由に」
「分かった」
やがて式が始まり、淡々とスケジュールがこなされていく。
ハプニングやトラブルは殆ど無く、来賓の挨拶が少し眠い程度。
なんとなく体が揺れ始めたところで、前会長がが壇上へと現れる。
「在校生答辞。在校生代表、石山烈」
そんな名前だったのかと思いつつ、彼の話に集中をする。
「卒業生の皆様、本日はおめでとうございます。先輩方が入学してはや三年。2年生は2年間同じ時を、1年生は1年間同じ時を共有し同じ思いを抱きこの学校で共に過ごしてきました。それは決して楽しい思い出ばかりではなく、時には対立をしぶつかり合い。それでも私達は先輩方とこうして、今日という日を迎える事が出来ました」
滔々と語る前会長。
定番であるが、一つ一つが頷ける内容。
自然と講堂内の雰囲気も暖かく、ただ少し湿り気を帯び始める。
「……以上を持って、送辞とさせていただきます。卒業生の諸先輩方は、改めておめでとうございます」
講堂内を包み込む柔らかな拍手。
私もそれに合わせて手を叩き、感謝の気持ちを先輩達に送る。
「続きまして、卒業生答辞。卒業生代表、大山真」
私達とは反対の舞台袖から現れる大山さん。
彼は一瞬こちらに向かって笑いかけ、式壇の前に進むと胸を張って答辞を読み始めた。
「3年前。私達は桜舞い散る正門をくぐり、意気揚々と」
去年も聞いたような定番の挨拶。
それでも言葉が一つ語られる度に、時が過ぎ、彼等の別れが近付いていく。
言葉の中身よりもそちらに意識が向き、切なさが胸に募り出す。
かろうじて見える前の方の席では女子生徒がハンカチを取り出し、目頭を押さえている。
その行為通り、泣いても笑っても今日で最後。
彼等の人生はこれからだが、高校生としては今日で終わり。
「……以上を持って、答辞の言葉と代えさせていただきます。卒業生代表、大山真」
静かに巻き起こる温かい拍手。
私達も舞台の袖から拍手を送る。
大山さんはちらりとこちらへ視線を向け、軽く頭を下げてくれた。
私にはそれだけで十分で、拍手が鳴り止む寸前まで手を叩く。
淡々と進むスケジュール。
刻々と近付く終わりの時。
そして司会を務めていた小牧さんが、閉会の言葉を語り出す。
「以上をもちまして、第10回草薙高校卒業式を終了させていただきます。全員起立」
一斉に席を立つ卒業生と、出席している在校生や父兄。
「卒業生退場。在校生と父兄の方々は、拍手でお見送り下さい」
通路に出て、整然と出口に向かう卒業生達。
彼等を送る絶え間ない拍手。
静かに流れる蛍の光。
姿の見えない塩田さんに。
舞地さん達に拍手を送る。
私達を時には優しく、時には厳しく導いてくれた先輩達に。
彼等と出会って今日までの思い出をありがとうと。
胸を熱く焦がしたあの日の事は今も忘れない。
淡く切ない、恋とも呼べない幼い感情。
それが年上の先輩への憧れだと気付いたのはずっと後の話。
だけど私にとっては大切な一生の宝物。
今は遠い、胸の奥底にある。
目頭を押さえ、精一杯の拍手を送る。
今の私に出来る唯一の事を。
心を込めて、思いを伝える。
ありがとう。
そして、さようならと。
「いらっしゃいませ」
謝恩会の会場に入った途端、しなを作って近付いてくるバニーガール。
さっき立派な答辞を読んでいた人にも見えるが、気のせいか。
「答辞、どうしでした?」
「え?ああ、良かったですよ。オーソドックスだけど、堅苦しくなくて」
「ありがとうございます」
朗らかに笑う、バニー大山。
この人、相当に本気だな。
「本当、泣けるぜ」
その耳飾りだけ付けて現れる塩田さんと風間さん。
ちょっと、さっきの涙を返して下さいと言いたくなる。
「好きで付けてるんじゃないぞ、俺は」
「似合ってるから良いじゃない」
「素敵素敵」
無責任に請け合うやはりバニーガール姿の天満さんと中川さん。
彼女達は女性なので普通に似合うが、まさか他の人にも強要してないだろうな。
「これは、いつ取ればいいのかな」
仏頂面で現れる沢さんと阿川君。
だから、この二人は止めてっていうの。
「謝恩会が終わるまでは付けてるのよ。取ったら、下も着てもらうから」
「良い思い出だよ」
しみじみ語り、いずこへと消える沢さん。
いたたまれない以外の言葉が見つからないな。
見てみると身内は全員バニーの服装で、男性は耳飾り。
さすがに網タイツまで履いているのは大山さんだけだが。
「……中途半端じゃないの」
耳飾りだけで現れた舞地さんに抗議し、ブレザーを指さす。
しかし彼女は露骨に嫌な顔をして、天満さんを睨み付けた。
「私はこういう柄じゃない」
「ヒョウ柄でも何柄でも良いの。池上さんは着てるじゃない」
「私は好きよ、こういうの」
くるりと身を翻す池上さん。
よく見るとこの人のだけ、腰の下に白いふわふわが付いている。
やり過ぎという気がしないでもないが、謝恩会ならこのくらい弾けても罰は当たらないか。
「……宴もたけなわではございますが、短くスピーチをお願い出来たらと思います。自薦他薦は問いません。話す内容が決まりましたら、私までご連絡を」
広い会場の正面でインカムを付けた小牧さんがそう説明する。
確かにちょっと聞きたいな。
「では、早速。天満運営企画局局長です。天満さん、どうぞ」
「皆様、本日はお忙しい中お集まり頂きありがとうございます。余った食事やプレゼントは各自で持ち帰り、出来るだけゴミが出ないよう……」
誰が注意事項を述べろと言った。
話は途中で切り上げられ、中川さんにマイクが渡される。
「北地区最高。私から言えるのはそれだけ」
限定的に巻き起こる拍手。
少しアルコールも入っているので、発言が多少感情的になるのは仕方ない。
「他にどなたか」
「池上映未。一昨年転校してきたんだけど、ここが唯一の母校です。今までありがとう」
何やらしんみりした事を言ってくる池上さん。
優しい拍手が降り注ぎ、彼女は軽く手を挙げそれに応える。
「では、私からも指名したいと思います。塩田さん、どうぞ」
飲んでいたお茶をむせ返す塩田さん。
問答無用でマイクが渡され、会場内は再び静まりかえる。
「言う事なんて、別にないぞ」
「ぐだぐだ言ってないで、さっさと喋れ」
その背中を蹴り付け、前へと押し出すケイ。
塩田さんは牙を剥いて振り返るが、会場にいる全員の注目は彼へと集まっているため襲いかかるのは止めたらしい。
軽い咳払い。
そしてマイクを持ち直し、小さく息を整える。
「今日という日が来るとは思わなかった。去年屋神さんも言ってたが、卒業式に出席出来るよう頑張ってくれた人達に感謝する」
お茶のペットボトルへ口を付け間を取る塩田さん。
改めてマイクが持ち直され、晴れやかな笑顔が浮かぶ。
「色々あったが、管理案は撤廃されると思う。後は任せた」
素っ気ない、だけど彼の気持ちが込められた言葉。
拍手を送るのは事情を知っている私達や一部の3年生。
後は何となく付き合いで拍手をしている感じ。
管理案が導入された最近の出来事はともかく、それ以前の屋神さん達の時の事は知っている人の方が少ないはず。
だから反応が鈍くなるのも仕方ない。
ただ今の言葉は、私達には関係がない。
退学になった私達には。
単に忘れているのか、それも含めてなのか。
少しの寂しさはあるが、後を託されたのにそれを反故にしてしまったのは私達自身。
私達に、彼から言葉をもらう資格はない。
「何だ、重いな」
お茶を飲みながら戻ってくる塩田さん。
無理矢理笑顔を作ると、彼は私の頭を優しく撫でだした。
「今日までよくやってくれた。ありがとう」
遠い、どこか違う世界で響いている感覚。
それが現実だと認識するにはあまりにも唐突で、聞き慣れない言葉。
「なんだよ」
「だって、お礼なんて今まで一度も聞いた事なかったから」
「そうか?」
明るく笑って大山さん達のところへ去っていく塩田さん。
私は撫でられた頭に手を添え、そのぬくもりを確かめる。
すぐに消えてしまった。だけど私の心には残り続ける暖かさ。
謝恩会も終わり、家に帰って一休み。
お風呂に入って少しぼんやりした意識のまま、リビングでテレビを見る。
その薄れた意識によぎる、一つの考え。
階段を駆け上がって服を着替え、上着を抱えて一階へ戻る。
「お母さん、ちょっと出かけてくる。すぐ戻るから」
「戻らなくてどうするの」
それもそうだ。
バス停を降り、街灯に照らされる正門を眺める。
見回りが終わったのか警備員の姿もなく、冷たい夜風が枯れ葉をゆっくりと滑らせる。
戻って来たのは、草薙高校。
どうしてかは自分でも分からない。
ここへ来て、何かがある訳でもない。
それでも私は、ここにいる。
時は過ぎ、思い出は重なり、人は変わっていく。
大勢の人と出会い、時に絶望を味わい、時に最高の瞬間を分かち合った。
そんな機会を与え続けてくれたこの学校に感謝をし、私もここを去る。
誰もいない正門に向かい、改めて告げる。
「さようなら」
そして
「ありがとう」と。
第37話 終わり
スクールガーディアンズ 2年生編 後編 了
第37話 あとがき
という訳で、2年編のラストでした。
どうにか、それっぽい形にはなったかと。
細かい矛盾や伏線の回収忘れは、この際置いておくとして。
結果としては、ユウ達の勝利。
退学という代価は払いましたが、生徒の自治は貫いた恰好。
ただ、それが本当に正しかったかどうかは今後次第。
自治という制度自体、草薙高校以外では根付いていないので。
などと、ラストになって書いてみました。
それにしても、とにかく長かったです。
足かけ10年以上。
当初は5年内で終わる予定。
各学年で7~8話程度のつもりでした。
そのため、1年生編は第4話で夏休み。
ペースがかなり早め。
しかし話が進むにつれ、ひたすら長くなる一方。
本当、ご迷惑をお掛けしました。
キャラの性格も、当初とはかなり変化。
ユウは体型のコンプレックスをあまり前面に出さなくなり、内省的な面と活発な面が二極化。
サトミは、天然キャラになった気がします。
ショウも軽い性格だったのが、いつの間にか苦労人。
あまり変わってないのは、ケイくらいですね。
モトちゃんが主要キャラの一人になったとか、ワイルドギースの活躍が薄かったとか、屋神達3年生の扱いに苦労したとか。
予想外の連続。
また手直ししたい点は山のようにありますが、その時間も気力もありません。
舞地さん達はユウ達のライバルとして活躍する予定だったんですけどね。
気の良い先輩達になってしまいました。
そのためユウ達に対抗する、分かりやすい敵勢力がいまいち力不足。
後半金髪の傭兵なども登場しましたが、自分でもその辺は失敗したと後悔してます。
前島君も、いまいち活躍の場面を作れませんでしたし。
また時間の方が先に追いついたと申しますか、各種装備品は現代の方がむしろ進み気味。
端末は、今発売されている携帯の方が上なくらい。
時の流れとは、つくづく恐ろしい限りです。
当面見通しが立たない事も、多々ありますけどね。
とにもかくにも、これでラスト。
本来この2年編までを書きたかったので、自分の中では終わった気分。
今後公開する3年編は、表現は悪いですがおまけ。
外伝として考えて下さった方が良いかも知れません。
「退学したのに3年って、変じゃない?」
という突っ込みもあるかとは思いますが、その辺はまたいずれ。
それはともかく。
長い間お付き合い頂き、ありがとうございました。
ストーリーはもう少し続きますので、よろしければ今しばらくお付き合い下されば幸いです。




