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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第37話   2年編最終話
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37-12






     37-12



 ただ、彼も責任者の一人。

 負うべき責任もあれば、ここにいた理由も存在するはず。

 まずは銃を取り上げ、金髪や理事の行方を糾す。

「逃げた」

 乾いた声でそう答える委員長。

 以前の強気で癇に障る面影は無く、感情が壊れたような印象すら感じてしまう。

「逃げたって、理事も?」

「逃げた」

 その言葉だけを繰り返す委員長。

 そこには「自分を残して」、という言葉が消えているのかもしれない。

「どこかにドアでも。……ああ、あるのか」

 今気付いたが、委員長の真後ろがドアだった。 

 でもって、みんなに白い目で見つめられた。

「目、目が悪いから」

「それ以前の問題でしょ。……ここは、鍵は掛かってないわね」

 コンソールを操作し、小さく頷くサトミ。


 私はすぐにでも飛び出して行きたいが、この人をここにおいていくのも少し気が引ける。

 敵であり、混乱の元凶でもあった人。

 ただ仮にも生徒会長としての職務は果たしていた訳で、それへの恩義は多少なりとも感じているのかもしれない。

「彼は私が見ましょう。一応、元副会長として」

「では、警備責任者として俺も」

 残留を申し出る大山さんと前島君。

 彼等は比較的委員長と近い関係で、二人が残るのなら問題は無いだろう。

「そろそろ警察も上がってきますし、少しは食い止めます」

「済みません」

「謝恩会はバニーで出席するので、よろしく」

 そう言って手を差し伸べる大山さん。

 彼の大きくて暖かい手を握り、今までの手助けに感謝をする。

 そして前島君とも握手を交わす。

「結局こういう事になりましたが」

「見捨てないでくれて、嬉しかった」

「そういう理由だけでもないんですが」

 苦笑して答える前島君。

 確かにそれは私の都合がいい解釈かもしれないが、彼がここに残るのは事実。

 それは委員長のため、という部分もわずかとはいえあると思う。

「では、御武運を」




 大げさな言葉で見送られ、ドアをくぐる。

 どうやら今いた部屋は、秘書や職員が職務を取る部屋のよう。

 狭い通路を慎重に抜け、再び現れたドアに木之本君が取り付く。

「……すぐに開けます?」

「ちょっと待って。ショウと御剣君を前に。沢さんがその後ろで」

 木之本君の前に回り込み、盾を床に据えるショウ。

 御剣君はやや上に構え、撃たれるスペースを少しでも減らす。

 さっきの大山さん同様、コードを伸ばして端末を操作する木之本君。

 彼が振り返ったところで、小さく頷く。

「開けるよ」


 小さな電子音と共に開くドア。

 同時に聞こえる発砲音。

 御剣君の体が一瞬揺れて、すぐに体勢を立て直す。

「なんか、へこんでるけど」

 へこんだのは、ちょうど彼の鼻先辺り。

 盾が無ければ、へこむどろか彼の顔に穴が空いていた。

 続けてもう一発。

 今度はショウが揺れ、彼等もじれたのか腰を浮かし出す。

「慎重に前へ出て。後は全員でフォローを」

「了解」

 慎重に前へ出る二人。

 今度は床から煙が上がり、誰かが叫び声を上げる。

「かすったぞ」

 何やら言っているケイだが、彼は銃を撃ち続ける。

 言ってみれば当たらなければ幸いというレベルで、盾で防げる範囲にも限界がある。

「ショウッ」

「追い詰めた」

 その言葉を聞き、慎重に入っていく私達。

 ただサトミ達は待機させ、万が一に備える。


 おそらくここが執務室。

 大きな机と派手な調度品。 

 机の後ろはガラス張りの窓で、名古屋市外の景色が一望出来る。

 壁際に追い詰められ、なお銃を構える



「勝負あったな」

 そう宣言し、金髪に詰め寄る塩田さん。

 しかし向こうは不敵な笑みを浮かべ、銃口を塩田さんへポイントした。

「眉間に穴が空くよ」

 その背後に回り、後頭部へ銃口を突きつける沢さん。

 そこでようやく銃を床へ落とすが、笑みが消える事は無い。 

 理事が遠くへ逃げるための時間稼ぎ。

 だが、とてもそういうタイプには見えそうにない。 

 いや。結果としてそうなるかもしれないが、意図として別にある気がする。

「……外へ出てっ」 

 突然叫ぶ木之本君。

 彼が叫ぶ程の緊急事態。

 誰もがすぐに反応をし、一旦ドアの外まで待避をする。


「どういう事」

「アラームが鳴ってるからおかしいと思ったら、これ」

 端末の画面に表示されるいくつもの数値。

 その中で赤い文字になり点滅している部分がある。

「二酸化炭素?」

「消火システムだと思う。死ぬ訳ではないけど、酸素が取り入れられない分活動量は落ちる」

 そう説明する木之本君。

 今時点で息苦しさは感じないが、長時間あの場にいればやがて異変は訪れると思う。

 動きは鈍くなるし意識も薄れる。

 金髪はおそらく体を慣らしているため、そうして弱ったところを突けばいい。

「少しなら問題ないよね」

「数値が低い程度だから。でも、もう逃げてないかな」

「逃げ場があればの話だろ」

 開いたままのドアを指差すショウ。

 すでに部屋は二つ突破。

 この先にいくつあるのか知らないが、いくら理事長室でも必ずどこかで部屋は尽きる。

 警察が来るのを待っているのかもしれないが、それより私達に追い詰められる方が早いだろう。


「中は?」

「あの馬鹿、まだ笑ってやがる。笑気ガスじゃないのか」

「……少し検出されます」 

 そう言って苦笑する木之本君。

 確か麻酔に関わるガスで、これも私達の動きを鈍らせるためのものだろう。

 もしくは攻撃を受けても、痛みを麻痺させるためか。

「状況は分かった。あの馬鹿を押さえて、理事を追いかければ済むんでしょ」

「まあね」

「ショウ、御剣君。もう一度突入。沢さん達はバックアップ」

 何のためらいも見せず突っ込む二人。

 沢さんがすぐに発砲しながら続き、ケイ達はドアの脇から銃を撃つ。

「追い詰めた」

 さっき聞いたような言葉。

 それに従い、慎重に中へと入る。


 状況もさっきと同じ。

 金髪は部屋の隅に追い込まれ、相変わらず薄ら笑いを浮かべたまま。

 今度も銃をすぐに落とすが、笑いが消える事は無い。

「指錠を掛けて、服を」

 瞳が陰惨な光を帯び、私を捉える。

 まさかと思った時はすでに遅く、男の手が素早く返る。

 盾に遮られて落ちるナイフ。

 だがそれは牽制に過ぎなかった。

 ショウ達が突っ込んでくるわずかな間を突き、改めて手首が返る。

 宙を舞う小瓶。

 中で揺れる液体。




 顔から血の気が引いていき、意識が薄らぐ。

 猛烈な震えと吐き気。

 足元が溶け、それが自分の体にまで及ぶような気分。

 目の前が真っ暗になり、自分という存在すら曖昧になる。

 視界が途切れる前、誰もが私を見てしまった。 

 金髪を押さえ込もうとしていたショウ達も。

 その隙に逃げ出すのが見えたが、誰もそちらを気にしてはいない。

 私を気遣ってくれたから。

 全てをなげうってでも、私を思ってくれたから。

 だったら私はそれに応えるだけだ。


 仰け反りかけていた上体を戻し、歯を食いしばって腰を落とす。

 スティックを抜いて横に構え、グリップを引き絞る。

 イメージした小瓶の軌道にスティックを合わせ、わずかな振動を感じ取る。

 瓶を割らないよう慎重にスティックを添え、改めて左足で壁を作り腰を返す。

「このっ」

 真芯で捉えた感触。

 風の切る鋭い音がして、気付くと壁が泡を立てていた。

 その真下にいた金髪は悲鳴を上げて床に転げまわる。

 どうやら硫酸か塩酸か、その類のものだったらしい。



「大丈夫っ?」

 ようやく回復した視界に映る、不安げなサトミの顔。

 すぐに頷き、何も問題は無いと告げる。

「どこにも浴びてないのね」

「割れたのは、壁にぶつかった後でしょ」

「あなた、目を閉じてたじゃない」

「見えて無くても見えてるの」

 この辺はあくまでも感覚の問題で、口で説明するのは難しい。

 空気の振動や音で定位を見分け、それ以外は気配や勘。


 ただ外すというイメージは全く無く、実際瓶の破片は壁一面に飛び散っている。

「俺には掛かったたぞ」

 どこからか聞こえる恨み節は放っておき、金髪の様子を確かめる。

 顔と手に少し浴びたらしく、ところどころ皮膚が赤くただれている。

 浴びたのはわずかなはずで、もしあの小瓶が私に掛かっていたらどうなったか。

 見た目からするとやりすぎたと思わなくも無いが、このくらいでは生ぬるいという気も残る。

「さてと。この金髪は俺達が見張ってる。まだ何かしたいって顔だからな」 

 どういう顔かは知らないが、そう言って指錠をはめる塩田さん。

 沢さんは銃をポイントしたまま。

 もはや戦意を喪失しているように私からは思えるが、彼等は私達以上にこの男を知っている。

 この男の手口、本性を。

 だとしたら、後は彼等に任せた方がいい。

「お世話になりました」

「何だ、それ」

 鼻で笑う塩田さん。

 そして彼はもう行けとばかりに手を振った。


 名残は尽きないが、生涯の別れという訳でもない。

「卒業式は必ずやりますから」

「分かったよ、もう。それより、お前達が卒業出来るかどうかの方が心配だ」

「なるようになるよ」 

 笑い気味にそう言って、優しく笑う沢さん。

 彼等に深く頭を下げ、その奥に見えるドアに取り付く。




 鍵は掛かっていなく、塩田さん達の見送りを受け狭い通路を抜ける。

 初めが秘書や職員の部屋。 

 今のが、理事長の部屋。

 この先は休憩用のスペースか。

「ショウ、前はどうなってる」

「ドアがもう一つ。それより、息苦しい」

 おそらく二酸化炭素の消化システムのせい。

 私も少し体が重い気もする。

「止められないの?」

「システムは止めたけど、二酸化炭素がすぐに無くなる訳ではないからね」

 もっともな説明をする木之本君。

 これで警察の到着とは別に、急ぐ理由が出来た。

「キーは、掛かってない」

「開けて。出来るだけ急ぎたい」

「分かった」


 蹴破るように開けられるドア。

 ショウと御剣君が盾を構えるが銃撃はなく、代わりに冷たい空気が伝わってくる。

 冷たいのは物理的にではなく、精神的に。

 それ程広くはない応接セットと簡素なベッドの用意された部屋。

 予想通り休憩用のスペースで、横になるだけなら十分すぎる。 


 ショウ達の行く手をふさぐ二人の男。

 グレーのスーツとコート。 

 似たような服装と似たような顔。

 二人は同時に懐へ手を入れ、顔写真付きのIDを見せてきた。

「熱田署の生活保安課の者です。生徒が学校を襲撃するという事で、身辺警護を要請されまして」

 冷静に告げる刑事。

 その後ろで、下品な笑みを浮かべる理事。

 これでは意見を言うどころか、ここで全てが終わってしまった。


 いや。そうでもないか。

 警察がいる分、私達の言い分を告げる事が出来る。

 機動隊の突入による混乱を考え彼等の到着を引き延ばしてきたが、こういう冷静な対応をされるならむしろ好都合と言える。

「全員逮捕するので、大人しくするように」

「その前に」

「前も後ろもない。ルールを犯したのなら、裁きを受ける。それが社会というものだ」

 低い声でそう告げ、手錠を取り出す刑事。

 彼等が信用出来るのなら、従う以外に無い。

 ルールを犯しているのは確かで、それについて反論の余地はない。

「どうする」

 小声で後ろにいるモトちゃんへ尋ねる。

 私達のリーダーは彼女。

 今までその指示に従わなかった事は多々あるが、ここは彼女に委ねるのが筋。

「ちょっと待って。サトミ、さっきのIDは?」

「本物。ただし本当に身辺警護する気なら別な場所に避難するでしょ。第一、二人だけで警備する?」

 刑事達に視線を向け、私達を振り返るサトミ。


 向こうは二人に対し、こっちは10人以上。

 襲撃を想定していてるのに護衛がこの人数だけなのは、確かに不自然だ。

「それで」

「身辺警護を依頼すれば、理由も告げる必要がある。襲撃された後なら言い訳はいくらでも作れるけど、襲われる前に何を説明するの?個人的な知り合いと考えるべきでしょうね」

「という訳で、従う必要はない」

 自分の意見というより、サトミの意見を尊重するモトちゃん。

 らしいと言えばらしく、また二人は元々同じような存在。

 仲違いしていたのも進め方の問題で、基本的に変わりはない。

 その二人が下した決断なら、何一つ迷う事はない。


「大人しく従うのなら、手錠はしない。逆らうのなら、多少手荒な真似をしてでも連れて行く」

 懐に手を入れる刑事。

 出てきたのは、IDではなく拳銃。

 手荒な真似どころではなくなってきた。

「一度熱田署に確認させて下さい。お二人が、今現在職務中かどうか」

「その必要はない」

「無くはないです」

 端末を取り出し、二人の名前を告げるサトミ。

 どういう答えが返ってきたのかは知らないが、醒めた表情で首が振られて答えが分かる。

「職務中でないのなら、民間人と同じ。現行犯の緊急逮捕とでも言うつもりですか」

「理屈は聞いてないんだ、ガキ。どうやってここに来たかは知らないが、大人の理屈って奴を教えてやる」

「理事も初めから我々を頼ってくれればいい物を。それをこんな大騒ぎにして。後始末はしますが、頼みますよ」

「分かってる」

 半笑いで答える理事。

 混乱の収拾も含め、この二人に後を任すという訳か。


「何度もこちらで処理すると言っていたのに」

「理事長が何かと厄介でな」

「ああ、あの女。それはともかく、手こずるほどの相手でもないでしょう」

 銃を構えたまま薄笑いを浮かべる刑事。

 この口ぶりだと私達を以前から知っている様子でもある。

 もしかすると過去にあった襲撃や誘拐に関して、この連中が関係しているのかも知れない。

 特に学外においては、その可能性は相当強い。

「脇腹の傷は大丈夫か?」

「ついでに、逆側へも開けてやれ」

 そう言って笑いあう二人。


 ケイを見て笑っている訳ではない。

 彼が斬られた事は知っている。

 でもそれが誰かは知らない。

 それでも笑う刑事達。

 人一人が斬られ、大怪我を負い、生死の境をさまよった。

 それを、どうでもいい事のように笑い事へと変える感覚。

 あれ以来警察の介入は無いと思っていたが、完全な思い込みに過ぎなかった。


「とりあえず、適当に撃たせてもらおうか。少し血は出るが、縛れば止まる。抵抗するなら、殺すからな」

 足元へと向かう銃口。

 盾で防ごうにも、もう1人の刑事が私達の横側へと回る。

 そして理事も小さな銃を持ち、別な角度から私達に狙いを定める。

 この部屋に逃げ込んだのも。

 別な場所へ避難しなかったのも。


 もしかすると、初めからこうするための罠。

 敢えて私達を引き込み、今までの恨みを晴らすために。

 相手は警察で、襲撃をした以上言い分は自然と相手側に有利。

 身辺警護ではなく、たまたま友人としてこの場に居合わせたとでも言い逃れするつもりだろう。

 三方から銃を向けられ、完全に進退窮まった。

 後は少しでも怪我をしないよう懇願でもするくらいに道はない。



 などと考えるようなら、初めからここには来ていない。

 銃の方向は3方向。

 盾は二つで、最低限二方向は遮断出来る。

 スティックが弾に当たれば、はじき返すのも可能。

 秒速100mで跳んでくる銃弾を見切るのは不可能だが、銃口の向きから大まかな予測は付く。

「動くな」

 私の肩に手を置く舞地さん。

 だけどそれは、ただ私の短慮を諫めるためではない。

 深く被られるキャップ。

 押さえられる頭。


 何事かと思う間もなく、窓ガラスが蹴破られて人影が飛び込んできた。

「真打ち登場」

 相当にずれた台詞。

 反射的に銃口がそちらへ向いたところでショウと御剣君と柳君が飛びかかり、銃を蹴り飛ばして相手を組みひしぐ。

「遅い」

 舞地さんの台詞に、ヘルメットのシールドを上げて笑う林さん。

 彼と一緒に飛び込んできた伊達さんは何も言わず、池上さんの肩に軽く触れた。

「何してるのよ」

「上が寒かった」

「冗談なんて言うタイプだった?」

「そのくらいの気分なんだ」

 そう言って、少しだけ笑う伊達さん。

 池上さんはくすりともせず、それでも肩に置かれた手へ自分の手をそっと重ねた。

「これにて一件落着。後はこいつらを、ここから吊そうか」

 林さんの話は無視して、理事を引き起こして無理矢理応接セットソファーへと座らせる。

 未だにふてぶてしい表情で、私達を見下げた眼差し。

 これは一生変わらないだろうし、ここまでくればどうだって良い。

 今から私が言う事に聞く耳を持たなくても関係ない。

 だけどこれから言う事が真実。

 私達の総意であり、生徒の思い。

 私はただ、それを伝えるだけだ。


「まず一つ。卒業式に出席する生徒を選別するなんて、言語道断。撤回して」

「誰を出席させるかは、学校の裁量に委ねられている」

「もう一つ。管理案は、誰からの指示も受けていない。これも撤回して」

「校則を決めるのも導入するのも学校の裁量に委ねられている」

 ぶっきらぼうに答える理事。

 ただしそれは予想の範囲内。

 では学校がなんなのかを言わせてもらう。

「父兄や近隣住民からの署名は100万人近く集まってる」

「外部の人間が何を言おうと関係ない。学校の事は、学校で決める」

「教職員も、私達を支持してる」

「決定権は理事会にある。教職員はそれに従いさえすればいい」

 あっさり突っぱねる理事。

 構わず私も話を続ける。


「今現在草薙高校の東側半分は、私達が借地権を所有してる。西側の建物の所有権に関しても、半数以上は私達にある」

「ふざけた事を」

 その旨が書かれた書類を机に叩き付け、理事の言葉を止めさせる。

「父兄の署名、教職員からの支持。土地と建物の権利。他に何が必要だって言うつもり」

「生徒の代表などと偉そうな事を言うが、実際誰が支持してる。少し熱田神宮に人を集めたくらいで勘違いするな。あれは勢いで集まっただけで身元が特定されないからだ」

「そこまで知ってて、何も思わないの」

「今言った通りだ。所詮お前達が騒ぎ立ててるだけで、他の生徒は興味も関心もない。ただ黙って学校の言う事を聞いている。それだけの連中だ」

 侮蔑気味に答える理事。


 拳を机に叩き付けようとしたところで違和感を感じる。

 息苦しさや体の重さではない。

 この状況で、どうしてこの男は笑っていられるか。

 刑事達なら、反抗するだけの体術を持っているかもしれない。

 だがこの理事にそんな物があるようには思えず、実際それが出来そうな体型ではない。

 だけどふてぶてしい笑顔は消えず、目付きは悪いまま。

「とにかくお前らが何を言おうと、この状況は覆らん。今回の件に関わった生徒は全員退学。借地権など、すぐに裁判で取り戻す」

「そのために、こうして私達を誘ったって言いたいの?」

「要所要所での映像も残してある。当然、ここのもな。続きは、カナディアンロッキーのホテルで見るとしよう」

 自分こそおおよそ状況を把握していない台詞。

 ただ錯乱している訳ではなさそうで、腕時計に視線が動く。


「全員下がれ」

 理事ではなく、そう声を出したのは名雲さん。

 裏切りにも似た台詞だが、ここでそうする理由はない。

 それでも疑問を感じつつ理事と距離を置き、唇を噛みしめている名雲さんを見上げる。

「どうしてこんな狭い部屋に隠れてるかと思ったら。こいつ、爆発物を抱えてるぞ」

「え」

「勘は鋭いな。そっちの刑事二人は好きにして構わん。次からは、もっと役に立つ人間を雇う。窓からお前達が来るのも想定済み。これで屋上には誰もいない」

 間を置いて立ち上がり、タバコに火を付ける理事。

 今の爆発物を意識しての行動なのは間違いなく、誰も近付こうとはしない。

「爆弾を抱く度胸なんてあるの?」

 そう呟いて前に出ようとしたら、理事は脂汗を流して腕時計に手を添えた。

 腕時計が起爆装置か、それに関係した物という訳か。

「下がれ。外側への指向性を持ってる場合もある」

 私の肩を掴んで強引に下げさせる舞地さん。


 確かにそれなら自分は無事で、周りだけ吹き飛ばせる。

 しかもこの部屋の狭さなら、ここにいる全員を。

「退学通知が届くのを、せいぜい泣いて待ってろ」

 そう言い捨て、部屋を出て行く理事。

 すぐにでも追い掛けたいが、通路は狭い。

 まずは塩田さんに連絡を取り、無事を確保する。

「……理事長室にはいないんですね。……いえ、追い掛けるのはこっちで」

 ドアの様子を見ていた柳君が小さく手を上げ走り出す。

 その後をショウ達が続き、私も端末をしまって追い掛ける。

「下よりも上。ヘリポートから逃げる気でしょ。誰かいる?」

「突入して解決すると思ってね」

 暗にいない事を告げる林さん。

 どちらにしろ廊下やその途中で捕まえるのは危険。

 ヘリポートでの勝負か。




 その廊下へ出たところで、盾を構えた大男達と目が合った。

 ヘルメットに長い棒。

 黒のブーツに紺の制服。

 一見警備員と変わらないが、空気はもう少し張りつめている。

「待ちたまえっ」

 今までそう言われて待った人は一人もいない。

 全員すぐに走り出し、さすがにショウ達も盾を捨てる。

 おそらくは警察の機動隊。

 いきなり襲っては来ず、警告から入るところからもそれは理解出来る。

「タイミングとしては、ほぼ理想的ね」

 喘ぎながらそう言うサトミ。


 理事に私達の言い分を伝え、後は全てを委ねる。

 さっきもう少し時間があれば完璧だったが、機動隊が重装備な分距離はすぐに開く。

 ただこの先はヘリポートで行き止まり。

 かなり危うい綱渡りなのは間違いない。

 それ以前にこっちの体力も限界で、サトミ達も走るのがやっと。

 私達の意図を伝えようとどうなる訳でも無く、その後は逮捕されるだけ。

 こんな事ならもっと違う方法もあったのではと、今更ながらに後悔する。

 ただ、それはそれ。

 学校側が交渉を拒んだからこそ、私達はここにいる。

 全てを相手の責任にするつもりはないが、聞きたくなくてもこちらに伝えたい事はある。

 それは私のわがままではなく、生徒の代表としての主張。

 だからこそ、まだここで引き下がる訳には行かない。



 廊下の行き止まり。

 最上階だが、壁には上に行ける事を示す標識がある。

 つまりはここからへリポートへ通じる階段があるんだろう。

 機動隊が来るのは時間の問題。

 ドアはあっさり開き、柳君が入っていこうとしたところで名雲さんが呼び止める。

「待て。話がある」

「警察が来るよ。それと、さっきの男が逃げる」

「すぐ済む。これ、持って行け」

 腰から抜かれる細い警棒。

 柳君はそれを受け取り、名雲さんを。

 そして伊達さんを交互に見つめた。

「ああ。大昔に伊達からもらった奴だ。お前に警棒は必要ないだろうが、持って行け」

「どうして」

「玲阿」

 柳君の問いには答えず、ショウにももう片側に差していた警棒をフォルダーごと渡す名雲さん。

 こちらは彼がいつも使っている物で、ショウは黙ってそれを腰に付ける。

「私はこれを」

 首からペンダントを外す池上さん。

 青いのを木之本君、赤をサトミ、ミドリをモトちゃんへとその手を取って渡していく。

「これは」

「もらったのはそれだけって訳じゃないし、気にしないで」

 手を取り合い、深く頷く4人。


 そんな彼等を眺めていると、頭に何かが被せられた。

 視線を上げると、赤い何かがちらっと見えた。

「何、これ」

 何も答えない舞地さん。

 沙紀ちゃんは深く頭を下げ、黒のキャップを深く被り直す。

 私は被り直す前に手を後ろへ回し、サイズを一番小さくした。

「今、一番良いシーンだったんだ」

「サイズが合わないんだから仕方ないじゃないよ。それと、まだ緩いんだけど」

「顎紐でも付けてろ」

 何やらひどい事を言ってくる舞地さん。

 仕方ないので耳元の髪をキャップの隙間に入れ、ずれないように固定する。

 余計子供じみて見えるとは思うが、このキャップは私に託された。

 だとしたら、何があろうとこれを外す事はない。


 自然と視線はケイへと集まる。

 私、サトミ、ショウ、柳君、モトちゃん、木之本君、沙紀ちゃん。 

 それぞれが、舞地さんから託された物がある。

 御剣君とヒカルは、こういう言い方もどうかとは思うが私達よりは付き合いが浅い。

 だからこそ、彼女達は私達に託してくれた。

 物を、その気持ちを、これからを。

 でも、ケイには何も渡さない。 


 この中では最も彼女達に近く、親しい存在の彼に。

 ケイがそれに拗ねるとか、気分を害する事はないと思う。

 少し面白くはないな、くらいに感じるくらいで。

 ただ彼以上に、私の心が痛みを感じる。


「……なに」

 池上さんにつつかれ、目付きを悪くする舞地さん。

 でもって名雲さんにも睨まれ、ため息を付く。

「浦田」

「何か」

 咳払いをしてケイを招き寄せる舞地さん。

 彼もそれに従い、その前に立つ。

「特に渡す物もない。ただ」

 伏せられる視線。

 胸元に添えられる拳。

 舞地さんは上目遣いで彼を見つめ、少しだけ拳を動かした。

「一応、私達の仲間に入れてやる」

「仲間って」

「ワイルド・ギースに」

 小さく、ささやくような声。

 あまりにも儚く切ない音色。

 不安そうな表情。

 重い空気。


 それがどうしたと答えられてもおかしくはない。

 舞地さんは、今日で卒業。

 柳君は残るが、4人としての組織は実質的に解散。

 ワイルド・ギースとしての存在は、今日で終わる。

 それに加えられると言われても、何の意味があると。

「参ったな」

 顔を伏せ、頬を撫でるケイ。

 頬は赤く、口元が少し緩む。

「俺でよければ、是非」

 小さく、ささやくように答えるケイ。

 舞地さんは軽く彼の頭に触れ、優しく微笑んだ。

「歓迎する」

「嫌な仲間が増えたな」

「って、今日限りじゃない」

「はは」

 手を取り合い、肩を抱き合い、嬉しそうに笑う舞地さん達。

 多分これが、彼等の一番託したかった事。

 願っていた事ではないだろうか。

「退学届けを出したんで、どうしようかとは思ってたんだ」

「はい?」

 さらりと聞き流せない事を言い出すケイ。

 全員の顔色が変わったところで、彼がドアをくぐる。

「ちょっと」

「今退学になるか、後で退学になるかの違いだけだろ」

「何を勝手に」

「俺の事より、時間がない」

 強引にせき立てるケイ。


 上手くはぐらかされたような気もするが、時間がないのも確か。

 今は睨むだけで気持ちを抑え、急な階段を駆け上る。

「舞地さん達は」

「都合が良いところまで警察を食い止める。急げ」

 警棒を抜く舞地さん。

 掛ける言葉はどれだけでも思い付く。

 彼女の側に駆け寄る余裕くらいはまだあるだろう。

 だけど私は振り向かない。

 彼女達は私達にこれからを託してくれた。

 だったら私は、彼女達に背中を託すから。

 ただ前を向き、みんなの思いを背負って先を行く。



 階段を上りきったところで、やはりドア。

 今日何度これをくぐったか分からないが、おそらくこれが最後。

「開けるぞ」 

 わずかにあるドアと壁の隙間に身を寄せ、靴の裏で器用にドアノブを回すショウ。

 柳君が階段の下から警棒でドアを突き、隙間を作る。

「……ヘリが見える。足も。……スーツ姿が一人。後はパイロットだね。乗り込む寸前みたい」

「分かった。急いで捕まえて」

 ドアを蹴り付け、その勢いのまま飛び出していくショウ。

 柳君もすぐさま続き、私達も後を追う。



 広い、サッカーが出来そうなくらい広いヘリポート。 

 以前東海エアポートへ行く時に利用したが、印象的には同じ。

 遮る物の何もない最高の見晴らし。

 私達を守る物は無いが、密閉された室内よりはまだしもとるべき手段は考えられる。

「近付くなっ」 

 ヘリのローター音に掻き消される理事の声。

 それに構わず距離を詰めるショウと名雲君。

 パイロットが素早く反応し、懐に手を入れる。

 横飛びに左右へ逃げる二人。

 その間を貫く銃声。


 それは地面で跳ね上がり、私達の頭上をかすめてどこかへ消えた。

 後一歩というところで銃を目の前に突きつけられる二人。

 適度に取られた距離。

 踏み込んで相手を倒すにはやや遠く、ただ銃の狙いは外さないくらいの。

 二人の実力を信じ、ここからの逆転を期待するか。

 大人しく引き下がるか。

 それとも、奇跡を願うか。

「全員動くな。少しでも動けば、二人とも殺す」

 おおよそ教育者とは程遠い発言。

 いや。この男を教育者と呼ぶ事自体に無理があるか。


 風はフォロー。

 足はやや重いが、十分温まっている。

 一瞬の隙さえあれば届く距離。

 ショウ達よりも遠いが、それを補うだけの自信はある。

「沙紀ちゃん。一瞬だけお願い」

「二人は大丈夫なの?」

 否定はせず、確認を取る沙紀ちゃん。

 その手は警棒に添えられ、腰がわずかに落ちる。

「一瞬で大丈夫。木之本君、あの爆弾はどうする?」

「腕時計から微弱な電波が出てるから、それを壊せば良いと思う」

「分かった。サトミ、池上さんに連絡して。機動隊をもう少し押さえるようにって。それと真田さん達の無事を」

「確認済みよ」

 話が早い。

 そして彼女は、私が何をやるかも理解しているだろう。


 だから私の手を握る。

 モトちゃんがそこに手を重ねてくれる。

「程ほどにね」

「勿論、無茶はしない。後始末の事でも考えておいて」

「誰が始めたの、これは」

「そこは、友達って事で」

 都合の良い言い訳で追及をかわし、沙紀ちゃんに視線を向ける。



 床に銃を落とすケイとヒカル。

 唯一の飛び道具がそれで、自然とパイロット二人の視線もそちらへ向く。

 大きく振りかぶり、警棒を遠くへ投げる沙紀ちゃん。

 注目を引くには十分な、ただ相手の警戒心を呼び起こすにも十分な動き。

 視線だけでなく、銃口が一瞬そちらへ流れる。



 勢いよく地面を蹴り付け、低い姿勢から飛び出す。

 頬に当たる向かい風。

 背中を押す追い風。

 それを上回る速度に体を乗せて、ヘリポートを走る。

 指先で床を捉え、膝を伸ばし、足首を返し。

 真っ直ぐに腕を振り、姿勢のブレを減らす。

 沙紀ちゃんに向いていた銃口が私へと動く。

 肘が横へ流れ、体が開く。

 それを横目で見ながら、一瞬でその前を行き過ぎる。


 隙は一瞬。

 横へ流れた肩へ掌底が決まり、腕がしなりながら体に巻き付く。

 反動で銃が落ち、崩れた体に上からの回し蹴りが叩き込まれる。

 ほぼ同じ動きで勝負を決する二人。

 私はスティックを抜き、ヘリを回り込もうとした理事に追いすがる。


 目の前に迫る尾翼のローター。

 スライディングでそれを抜け、理事の前に出る。

 舞い散った毛を手で払い、腕時計に添えていた理事の手を蹴り付ける。

 腕が上がったところでスティックを叩き付け、時計を吹き飛ばす。

 骨くらい折りたいところだが、それは一言告げた後でも出来る。

「勝負あったわね」

 手首を押さえながら、鬼のような形相で見上げてくる理事。

 混乱と屈辱と怒りと。

 負の感情が入り交じり、しかしこの状況を認めたくないという顔。


「分かったなら、まずは卒業式だけでも認めて……」

「子供が調子に乗るな。生徒はすぐにでも集まる。草薙高校の名を出せば、金を積んでても入学を希望する」

「往生際が悪いわよ」

「黙れっ。子供が大人に命令をするなっ。この学校の最高責任者は私だ。何をどうするかは、全て私が決める。お前らは、黙ってそれに従っていろ」

 何一つ変わらない態度と発言。 

 人は変わり、成長をする。 

 それは決して子供だけに限らない。

 どんな人間でも変わる余地はある。



 だけどこの男は違う。

 一度自分の行動と考えを否定され、反省するよう促された。

 その結果は、より狡猾に同じ事を繰り返すようになっただけ。

 四面楚歌で全てが破綻した今ですら、自分の過ちを認めない。

 教職員から離反され、土地と建物も私達が押さえた。

 父兄の支持もない。

 教育庁の人間を今日は一切会っていなく、そこから見限られたのも確か。

 そして何より生徒が誰一人として付いていない。

 いたのは委員長とあの金髪だけ。

 裸の王様でも、子供に指摘されれば服を着ていないのに気付く。

 だがこの男は、着ていないのを承知で暴れ回る。



「殺すか」

 そう呟き、理事の襟首を掴むケイ。

 ここは教棟の最上階。

 ヘリポートのため柵も何もなく、端まで行けば後は落ちるだけ。

 落ちればどうなるかは考えるまでもない。

「ま、待て。わ、分かった。全員退学は取り消す。卒業式もやる。管理案も廃止する」

「もう遅い。お前がいる時点で、物事が進まないのはこの2年で分かった。つまりお前が死ねば、片が付く」

「た、退学は取り消すと」

「俺はもう退学してる」

 そう言い捨て、男を引きずっていくケイ。

 まさか本気とは思わないが、適当なところで止めた方がいいだろう。

 そう思って数歩歩くと、突然ヘリが舞い上がった。

 パイロット二人は床に倒れたまま。

 つまり、それ以外にまだ中にいた訳か。


 確認しなかったのを悔やむのは後で良いが、今はその暴風に吹き飛ばされないよう耐えるのでやっと。

 ただこのままだと、落ちるのは理事だけではなく私達という事にもなりかねない。

「水品さんは?」

「呼べば来るだろうけど、時間が掛かるだろ」

 私とサトミとモトちゃんを掴み、低い姿勢でドアへと向かうショウ。

 彼は例のワイヤーをドア脇の壁に投げ、それを固定してワイヤーを引っ張り始めた。

 木之本君とヒカルもすぐにそれへすがり、柳君がドアの向こうで手招きをしている。

「浦田君が危ないんだけど」

 今にも走り出しそうな顔。

 ただ彼も、この風の中では歩くのもままならないとは分かっているはず。

 実際私達もショウに支えられていなければどこかへ吹き飛んでいてもおかしくはない。

「ちょっと待ってて」

 自分もワイヤーを抜き、ヘリに向かってワイヤーを投げる。

 それは風に押し戻され、大きくしなりながらケイの腕に巻き付いた。

 数度試すつもりだったが、意外に上手く行った。

 それと、首に巻き付かなくて助かった。

「巻くよ」

 何か言ってるが、ローターの音がすごくて聞こえない。

 構わずウインチを起動させ、強引に彼を引きずっていく。

 多分この事を言ってるんだと思うが、死ぬよりはましだろう。

 一応理事も掴んだままで、ただそれは命を助けると言うよりは証人としての意味を考えてるかも知れない。



 一旦退避し、端末で水品さんのアドレスをコールする。

「先生、今どこに。……え、誰?」

「何だって」

「別な人が来るって」

 頭上に響く轟音。

 空が一面暗くなり、巨大な機体がヘリをローターごとヘリポートへと押しつけた。

 激しく飛び散る火花。立ち上る煙。

 やがてローターが止まり、ヘリの上半分が潰れたところで巨大な機体が空へ舞い上がりヘリの横へ降りてくる。

 コクピットが上に開き、機敏な動きで男性が一人降りてきた。

「御剣さん」

「間に合ったみたいだね」

「え、何が」

「いや。理事が逃げるかと思って」

 潰れたヘリに向けられる視線。

 ただそこからはい出てきたのは、パイロット一人だけ。

 理事は、ショウが腕を極めて地面に組み伏せている。

「……まあ、それはそれとして。違う意味でも間に合った」

「何がです」

「着きましたよ」

 コクピットの後部座席へ声を掛ける御剣さん。


 そこに座っていたのは、ヘルメットと酸素吸入器を付けた女性。

 ミラー式のシールドで顔は見えないが、体型的な特徴から何となくイメージが沸いてきた。

「理事長?」

「誰が」

 無愛想な答え。

 ステップを上ってヘルメットと酸素吸入器を取ると、やはり理事長の顔が現れた。

「ヨーロッパにいるって聞いてたけど」

「成層圏飛行をすれば、とっくに着いてたんだけどね」

「宇宙旅行なんて、頼んでません」

「という訳で、ブースターだけ使って来た。北米上空で空軍に追われて参ったよ」 

 体を解しながら笑う御剣さん。

 ため息を付いた理事長は私の手を借りて戦闘機を降り、大きく背伸びをした。

「話は大体聞いたわ。理事をここに」

 襟首を掴まれ、私達の前へと引き立てられる理事。


 理事長は髪を掻き上げ、厳しい表情で彼を見下ろした。

「解任された私に何も言う資格はないって顔ね」

「そこまでは思いませんが」

「では、高嶋家当主として発言する。今回の件に関して、高嶋家及び草薙グループは草薙高校の生徒を全面的に支持する。これはお祖父様の意志でもある」

「ふざけるな。ここは私の学校だ。高嶋家も何も関係あるか」

 顔色を変えて叫ぶ理事。

 全てを断たれ、見放され、だがそれをまだ認めようとはしない。

 引き際はとっくに過ぎていて、もはやその判断すら出来ていない。

 だったら改めて、明確にその事実を突きつけるしかない。


「ふざけてるのは自分でしょ。誰の学校?生徒の学校に決まってるじゃない」

「子供は黙ってろ」

「その子供が通うのが、学校でしょ。いい加減にしたら」

それに構わずショウを呼び寄せ、背中に背負っていたアタッシュケースを地面に降ろす。

「改めて言う。私達は生徒の代表として話をしてる。卒業式への全員の出席。管理案の撤廃、もしくは見直しを」

「数十人で何が、生徒の代表だ。署名も教職員も関係ない。それを言うなら、生徒一人一人を連れてこい」

「来ようじゃないの」

「何」


 アタッシュケースを開き、逆さにして中をばらまく。

「カード?」

 怪訝そうに呟く理事。

 そしてそれがどんなカードかを確かめ、表情を変える。

「そう。生徒のIDカードよ。草薙高校の生徒である事を示すための」

 生徒である事の証明であり、本人を確認する手段。

 キャッシュカードの機能も備えてていて、学外でもこれを提示すれば通常のIDの代わりにもなるくらい。

 草薙高校の生徒なら肌身離さず持っている物で、本人しか持ち得ない。

 学内における全ての個人情報を引き出せる、いわば生徒の代わりである。

「ここに持ってきたのは、その極一部よ。別な場所には、ほぼ全校生徒のIDを保管してある」

「なんだと」

「草薙高校の生徒の代表として、私達は彼等に託された。そう言ってるだけよ。それとも、全員を退学させる?一人も生徒がいない学校なんて、そう呼ばれる学校が残るだけじゃない」

 青い顔でカードを睨む理事。


 教職員も父兄の支持も、教育庁と草薙グループの支援もない。

 そしてそこに通うべき生徒もいない。

 それを誰が学校と呼び、理事を名乗れるのか。

 理事はついにうなだれ、体を震わせ床に伏した。

 もはや私達の言葉は届いていなく、自分が何をしてきたかも分かっていないだろう。

 反省する時間はこれからどれだけでもあるし、ゆっくりとすればいい。

 それが自宅でなのか、より暗い場所でなのかは知らないが。

 でも、そんな事はどうでもいい。

 私は生徒達の思いを伝え、勝利をつかみ取った。

 みんなの思いが私の力となって、勝利を勝ち得た。

 一人一人の力は例え小さくても、みんなが一つに心を合わせればどんな事だって成し遂げられる。

 そう。私はついに……。



 頭をはたかれる感触。

 でもって、刺すように冷たい視線。

「あなた、何がしたいの」

 今にも襲いかかってくるんじゃないかと思える顔で両肩に手を置くサトミ。

 その意味が分からず、反射的に睨み返す。

「カードの事を、私は言ってるの」

「効果的に使ったじゃない。我ながら、上手い演出だったと思う」

「これがどれだけ大事な物か、分かってるわよね」

「まあね」

 脇の下辺りから汗が滴る感覚。

 これだけ寒いのに、おかしいな。

「何かあってもすぐ返却出来るように、名前順にも揃えてあったのよ」

「そうだったの?」

「木之本君のはどれ」

 地面に散乱するカードを見下ろすサトミ。

 どれもこれも、散らばっていて分かる訳がない。


「みんなの代わりなんでしょ、それは」

「例えじゃない、例え。……あった」

「木之下になってるわよ」

 誰だ、それ。

 というか、紛らわしい名前を付けないでよね。

「木之下さんは悪くないわよ」

「分かってる。えーと、あった」

 見つけたと思った途端に突風が吹き付け、風に舞ってカードはヘリポートの端から落ちていった。

 木之本君は笑っているが、笑っているのは彼くらい。

 散乱したカードを黙々と拾うショウの姿が痛々しい。

「さ、再発行すればいいじゃない。もう、春休みだし」

「それには及ばないわよ」

 何やら優しい顔で言ってくる理事長。

 さすが責任者。

 私達の活躍に免じて、即時発行の手続きでも取ってくれるんだろうか。


「理事は解任されたけど、草薙高校を経営する高嶋家として決断します」

 顔は優しいが、目元はわずかにも笑っていない。

 やがて機動隊と舞地さん達が駆けつけ、その不穏な空気に押されるように動きを止める。

「今回学内へ侵入した生徒は全員停学。最高は無期限、最低でも今年度内」

「そんな」

「被害届は出さないので、警察の方は申し訳ありませんがお引き取りを。そこに倒れている大人達だけ連れて行って下さい」

 引き立てられていく理事とパイロット。

 即私達を捕まえに来ない所を見ると、真田さんや池上さん達の説得は効果があったようだ。

「でも、停学なんて」

「誰が停学って言ったの」

 愛想の良い、あまりにも良すぎる笑顔。

 脇からの汗は止まらず、背筋が寒くなってきた。

「首謀者は全員退学。自主退学扱いにして上げるから、系列の高校へ転校しなさい」

「誰の事」

「あなた達以外に、誰がいるの」

 一人一人指を差していく理事長。

 ケイ、ショウ、サトミ、そして私。


 冗談じゃないと言いたい気持ちもあるが、それで済んで良かったという気持ちもある。

 警察の逮捕は免れ、転校先も見つけてくれる。

 モトちゃん達は学校に留まる事も出来、これからは彼女達に後を託すだけだ。

「私達4人だけですよね。それと、彼はもう退学してるらしいので、実際は3人ですが」

「素直じゃない、随分」

「少し、分かった気がしたので」



 分かったのは、河合さん達の気持ち。

 騒ぎを引き起こし、とても学校には残れないという。

 そして塩田さんの苦渋。

 多分残されたモトちゃん達の方が私達より数倍辛く、心に苦しい思いをするはず。

 自分が彼等の域に追い付いたとは思わないけど、その気持ちは共有出来たかもしれない。

 大切なのは自分達が留まる事ではなく、信念を貫く事。

 それを後に引き継いでいく事。


 少なくとも私達は、その道筋を付ける事には成功したと思う。

 実を結ぶ瞬間には立ち会えそうにないけど、後悔はない。

 サトミとショウの手を取り、嫌そうな顔をしているケイの手も強引に掴む。

 誰一人欠けても成し遂げられなかった今日という日。

 道半ばで私達はここを去ってしまうけど、私達のしてきた事は決して無駄ではないと思う。




 どこからか聞こえる校歌。

 本当なら今日は塩田さん達の卒業式。

 それを祝うように、熱田神宮からの風に乗って校歌が届く。

 これを聴く日はもう無いかも知れない。

 みんなより一足早い卒業式を、私達は今日迎えたから。






  







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