37-11
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戦闘機は急上昇をして、そのまま空の彼方へと消え去った。
しかし冷静に考えれば、水品さんはすでに退役している。
何より、学校の真上で戦闘機を飛ばしていいのかどうか。
疑問は尽きないが、ここは水品さんの厚意にただ感謝をしよう。
それと、お礼も言っておくか。
「先生、ありがとうございました」
「いえ。練習飛行を手伝っていて、ちょっとルートを間違えただけです」
何やらすごい言い訳をする水品さん。
それについ笑っていまい、改めてお礼を告げる。
「では、雪野さん達の健闘を祈ります。グッドラック」
「グッドラック」
空に向かって親指を立て、端末をしまう。
本当、持つべきものは師匠だな。
「何だ、あれは」
口を開けたまま空を見上げる風間さん。
他の子も何が起きたか理解していない顔で、動じてないのはショウと御剣君だけ。
彼等は戦闘機を間近で見た事もあるだろうし、お父さんは軍の英雄。
もしかして、というくらいの予想はしていたと思う。
「制空権は確保した。今の内に前進しよう」
「確保する必要は無いと思うんだけど。まさか、ミサイルを撃ったりしないわよね」
「ルートを間違えただけだって。もう基地に戻ってるんじゃないの」
「ならいいけど」
不安そうな顔で空を見上げるモトちゃん。
今は青空に雲が薄くたなびいているだけ。
ヘリが威圧してくる事もなければ、戦闘機が急降下してもこない。
それでも水にはいられないくらいのインパクトが彼女にはあったんだろう。
もしくは、私とショウ達を除いた全員に。
なんとなく腰を引き気味に前へと進み、ようやく特別教棟の正面までやってくる。
正面玄関は鉄板のようなもので完全にふさがれ、入る余地はまるで無い。
バリケードと警備員こそいないが、中に入れなければ同じ事だ。
「遅かったな」
頬の血を拭いながら近付いてくる塩田さん。
舞地さん達もすでに到着をしていて、結局一番遅かったのは私達か。
この辺りは力量の差を思い知られるな。
「ヘリが攻めてきたとか、誰か言ってなかった」
中川さんの言葉に、青い顔で空を指差すモトちゃん。
今は彼女の顔よりは澄んだ青空が広がっている。
「戦闘機が来たって、誰か言ってたけど」
もう一度空を指差すモトちゃん。
どうやら攻められたのは私達だけで、あの煙はやはり舞地さん達が自主的に上げたものだろう。
何のために上げたとか、その結果どうなったかは少し怖くて聞けないが。
「今のところ、全員軽症のようですね。サトミ、警察は?」
「門を突破してる。同時に真田さん達が説得をしつつ帯同してるから、それ程進行速度は速くないわ。ただ、いずれは来るわよ」
「そうね……。この教棟玄関を私達の防衛ラインとして、改めて警官の突入を阻止します。その間に、主力が内部へ侵入。理事との接触を果たす方向で」
「よし。女はここに残れ。かなり派手になるからな」
私の頭越しに話す名雲さん。
どうやら、私は女に含まれてないらしい。
「睨むなよ。お前は首謀者だから、当然行くんだろ」
「たまには主張してみたかったんです」
「分かったよ。行きたい奴は止めんが、責任は自分で取れよ。手、上げろ」
手を上げたのは、サトミとモトちゃん。
それに沙紀ちゃんと渡瀬さんと土居さん。
後は私。
残るのは中川さんと天満さんと石井さん。
そして七尾君がここを守備する責任者となり、風間さんと阿川君もここへ残る。
実質北地区チームがここを守る格好となる。
「傭兵や警備員はともかく、警官には抵抗しなくて結構です。あくまで説得と言う形で留めてください」
モトちゃんの言葉に頷く中川さん達。
その彼女達と握手を交わし、私達は改めて突撃の準備をする。
プロテクターとグローブは良し。
男の子達は拾った銃と盾を背負う。
後は、どうやって突入するかだが。
「ポンコツ二号機に働いてもらうか」
軽トラックに触れ、鉄板の打ち据えられた特別教棟の正面玄関を指差すケイ。
「これで突っ込むの?」
「そのくらいでは開かないと思う。とりあえず、みんなで力を合わせようか」
周囲を警戒しつつ、軽トラックを押していく塩田さん達。
ギアがニュートラルに入っていれば、物理的には押せば動く。
軽トラックの重さを一切考慮に入れなければの話だが。
「まだか」
「まだまだ。先輩の心意気って奴を見せて下さいよ」
「この馬鹿」
顔を真っ赤にして車を押していく風間さん達。
その間ケイは銃を構え、周辺を警戒。
サボってる訳ではないと思う、多分。
「……そこでいいです」
「全然遠いぞ」
風間さんがそう言ったのも当然。
軽トラックは正面玄関のやや手前で止められ、言ってみれば場所だけ移動した格好。
ただケイは薄い笑みを浮かべ、愛想良く沢さんに声を掛けた。
「お願いします」
「言いたい事は分かった。ただ、感心はしないよ」
「そこはそれ。時間も無いですし」
「他に方法はいくらでもあると思うんだけどね。……全員下がって」
腕を大きく横へ振る沢さん。
私達がさっきの場所辺りまで下がり街路樹の陰に隠れたところで、沢さんも少し下がって懐から銃を抜く。
ただそれは日差しに黒い光を跳ね返し、この距離からでも重厚感が伝わってくる。
「多分大丈夫だとは思うけど、耳を押さえてて」
言われるままに、両手で耳を塞ぐ私達。
沢さんとケイが会話を交わし、沢さんの表情がすっと引き締まる。
両手で銃を構え、その動きの流れで引き金が引き絞られる。
塞いでいる耳に届く小さな音。
次いで目の前が赤くなり、顔が熱くなって来た。
銃を懐へしまった沢さんは私達を手招きし、耳からも手を離すよう促した。
燃え盛る軽トラックを背にして。
「大丈夫、なんですよね」
「空襲にも耐えられるというし、このくらいでは燃えないよ」
「はぁ」
軽トラックを燃やした炎はやがて正面玄関の周りに移り、教棟自体に火が回りだす。
「本当に、大丈夫なんですか?」
「どうなんだろうね」
人事のように呟く沢さん。
その隣にいるケイは、相変わらず薄ら笑いを浮かべながら私達に前進するよう促した。
「出てきたら、その隙に突入する」
「そのために燃やしたって事?」
「外から入られないように塞いでるんであって、中から出られないようにしてる訳じゃない。そろそろ限界だろ」
彼の指摘通り鉄板が手前に倒れ、軽トラックに寄り掛かる。
そこから血相を変えた大人が何人か飛び出てきて消火器やホースで炎に水を浴びせかけた。
当然こちらもその隙を見逃さず、ある程度炎が収まったのを確認して教棟の壁沿いを走る。
足元で揺れている炎を飛び越え、スティックを振り上げながら消火活動をしている人達の間へ乱入。
彼等は完全にパニックを起こし、消火器を投げ捨て教棟の外へと逃げ出していった。
それって、炎より私の方が怖いって事か。
「何よ、あれ」
「知らないわよ。ショウ君達は消火活動を続けて。名雲さん達は玄関を確保。サトミ、状況は」
「警察が一般教棟の手前まで来てる。その前に消防車と救急車が到着しそうね」
「それは通して。時間的に、ぎりぎりかな」
こげた教棟の壁を見上げ、そう呟くモトちゃん。
特別教棟には辿り着いたが、理事を探すまでの時間が必要。
建物内では守る側の方が有利な面もあり、何よりここにいなかったらという話にもなる。
「ここにいるのは確かなの?」
「それは確認してある。ただしヘリポートから逃げられる可能性もあるんだけど」
ヘリ、か。
水品さんはおそらく小牧基地に戻ったはず。
またヘリと違い戦闘機は燃料を大量に消費するし、何より学校の上を飛行するのは問題が多すぎる。
「上はどうにかなる」
さっき軽トラックの荷台に乗っていた時と同じような表情をするケイ。
理由は良く分からないが、誰か教棟の上にいると考えて良いらしい。
「じゃあ、そっちは任せた。ショウ君」
「消えた。ただ、警備員が集まってきてるぞ」
燃え尽きた軽トラック越しに見える大勢の警備員。
今までは私達が突破する側だったが、今度は立場が逆になる。
しかも全員でここを守るならともかく、半数以上は特別教棟へ侵入する。
数的不利は否めず、この場ばかりは逆に警察の到着が待ち遠しい。
私達が理事に会い、そこで警察が教棟に辿り着くタイミングがちょうどいいんだろう。
あまりに身勝手で、都合のいい考え方ではあるが。
「ユウ、行くぞ」
教棟内に入り、私を促すショウ。
彼はもう前に進む事しか考えていない。
この場にいる人達との別れは済ませた。
後は彼等に託すと決めた。
だから私達は前に進む。
彼等を信じて。そして自分達も信じて。
「後をお願いします」
「任せろ。久しぶりに燃えてきたぜ」
「さっきもそう言ってただろ」
風間さんの台詞へ冷静に突っ込む阿川君。
周りからは笑い声が漏れ、ただそれはすぐに収まる。
押し寄せてくる警備員。
発砲されるゴム弾。
それが激しく行き交うのをこの目に収め、私は教棟の中へと駆け込んだ。
彼等への気遣いも必要だが、自分達もかなり危険な状況にあるのだとすぐに認識する。
人気の無いロビーを通り、受付の前を抜けて階段に辿り着く。
エレベーターもあるが、途中で止められる事を考えれば利用は無理。
階段で一つずつ上がり、上を目指すしかない。
「人数が多いし、二手に分かれるか。雪野達は、そっちの傭兵と一緒に行け」
塩田さんが指を差したのは舞地さん達。
そして彼の側には、土居さんや前島君。右動さんが合流する。
「じゃあ、俺もそっちに」
私達に手を振り、塩田さん側に回る七尾君。
そして沙紀ちゃんがこちら側に合流し、振り分けが決まる。
「雪野側が本体で、俺達はサポート。こっちは派手に進むから、お前達は出来るだけ急げ」
「最後まで済みません」
「気にするな。おととしの借りをいつか返すつもりだったんだ」
そう言って私の肩に触れる塩田さん。
卒業式。
彼のために頑張っているつもりだったけど、結局はこうしてまた助けられてしまう。
それに頼ってしまう。
だけどそれも今日で最後。
だったら、私は今まで通り彼に甘えればいい。
「分かりました。みんな、気をつけて」
「お前達もな。俺達も一応理事長室を目指すから、出来たらそこで合流しよう」
「必ず」
手を振って去っていく塩田さん達。
その後姿を最後まで見送り、彼等の足音が聞こえなくなるまでその場に留まる。
ここからはもう、彼等には頼れない。
後は自分たちの力で進むだけだ。
「で」
警棒を担ぎ、小首を傾げて尋ねてくる舞地さん。
いたな、まだ。先輩達が。
この人が頼れるかどうかは、ともかくとして。
「塩田さんが言ったように、出来るだけ急ぐ。サトミ、理事長室までは?」
「最上階まで上がるしかないわね。気が滅入るけど」
ため息を付くサトミとうなだれるモトちゃん。
これはもう仕方なく、ただ彼女達には来てもらうしかない。
この場にいる全員で辿り着いてこそ、今回の行動に意味がある。
混乱を招いたのが私達なら、それに最後まで責任を取るのも私達。
ここで引き下がる事は、誰も自分自身が認めないだろう。
階段を上り始め、すぐにサトミとモトちゃんの息が荒くなる。
先頭はショウ。しんがりが御剣君。
サトミとモトちゃんを私と沙紀ちゃんが護衛し、柳君は一人先行している。
その柳君から通話が入り、軽快な足音が聞こえ彼の姿が見えてきた。
「上にいる。少し倒したけど、ぞろぞろ来るよ」
「分かった。次の階で一旦止って、そこで迎え撃つ。御剣君、後ろは」
「特に気配はなし」
「分かった」
全員階段を上り、一旦廊下側に退避。
狭い階段にひしめき合っているところを襲われてはひとたまりも無く、時間は多少掛かるがこうするのが得策。
「お荷物で悪かったわね」
壁に手を付き、喘ぎながらそういうサトミ。
ただし顔は笑っていて、それを気に病んでいる訳でも無い様子。
まだ冗談を言うくらいの余裕はあるらしい。
「いいよ。最後は私が背負うから」
「どうやって」
「気持だけね」
サトミを背中に乗せ、その重さであっさり床に膝を付く。
世の中、気持だけではどうにもならない事もある。
「何遊んでるの」
「楽しいと思ってね」
横に転がりサトミの重圧から逃れ、今度はモトちゃんを背負う。
背が高い分重さはサトミ以上。
ただしそこはサトミとは違い、私を後ろから支えて起こしてくれる。
多分起こすつもりだったんだと思うが、力尽きて倒れてきた。
精神的にはともかく、私達は物理的には助け合わない方が良さそうだ。
「楽しそうね、あなた達」
うしゃうしゃ笑いながら近付いてくる池上さん。
緊迫感がないと言われるかとも思ったが、それはむしろ彼女の方かもしれないな。
もしくは、リラックスしていると装って私達を落ち着かせてくれているのかもしれない。
「退学どころか逮捕される可能性もあるっていうのに。でも、それがいいのかしら」
「え、何が」
「そういう、陰のないところがよ」
壁を指差す池上さん。
ただ彼女が指したのはそのはるか先。
別な階段を上っている塩田さん達だと思う。
「どうも陰があるというか、気合が変に入り過ぎているというか。私からすれば以前学校と戦った事だって、それだけでも十分な成果だと思うのよ。あの時点での管理案は阻止したんだから。でも、なんか重いのよね」
「まあ、そう言われてみれば」
普段はともかく、この件に関して塩田さん達は彼女の指摘通り陰を見せる。
先輩達が学校を去った事。
自分達が何も出来ないと思い込んでいる事。
管理案の問題を、私達に回してしまったと思い込んでいる事。
それらは彼等の責任だけではないしどうしようもない部分もあると思うが、彼等の心にはそれらが深く根を張っている。
逆に風間さんの異常な行動も、その反動の一つと思えなくも無い。
「ただそういった下地があるから、雪ちゃん達は比較的気楽にやれるのかもね。彼等はその下地が殆ど無い状態で、学校とやりあったんだから」
「そういう事」
「あくまでも私はそう思うだけよ。……のんきに語ってる場合でもなさそうね」
腰の警棒に手を添える池上さん。
階段からは足音が聞こえ始め、すでにショウ達は廊下の前で迎え撃つ準備中。
私もスティックを抜き、今回はサトミ達の護衛に回る。
「こうしてると、昔を思い出すわ」
「いつもこんな事してたの」
「相手の規模も装備も全然違うけどね。校舎を占拠する事は、たまにあった」
遠い目で語る池上さん。
視線の先には名雲さんと柳君がいて、階段を駆け下りてきた警備員を蹴り倒している。
「今思うと、本当何をやってたんだか」
「じゃあ、私達は今何してるの」
「後で後悔するためじゃないの。ねえ、真理依」
「何が」
キャップのつばを少し上げ、欠伸をする舞地さん。
多分池上さんは今良い事を言ったと思うが、台無しどころの話ではないな。
「寝てなさい。本当、私は今まで何をやってきたんだか」
ただ、池上さんの嘆きもそう長くは続かない。
意外に相手が多く、ショウ達が後ろへ下がりだした。
押し返すのは簡単だが、倒れた人間が足元にたまるのでそれを避けるためどうしても下がる必要がある。
加えて押し寄せる人数が多過ぎて、結果下がっていくしかない。
「埒が明かないわね。浦田君、銃は」
「お任せを」
呼吸を整え、銃を構えて突っ込んでいくケイ。
その彼にゴム弾が浴びせられ、銃を構えたまま床に倒れる。
大怪我はしなかったようだが、立ち上がるのがやっとの様子。
前で戦っているショウ達も相当ゴム弾を浴びていて、あまりここで長引くのは良くないな。
「ここから動かないで」
「じっとしていられないの?」
「いられないの」
スティックを構え、まずはどうにか立ち上がったケイに駆け寄る。
飛んできたゴム弾をスティックで叩き落し、そのまま銃を担いで前に出る。
「撃てるのか」
よろめきながら付いてくるケイ。
撃つ際の反動は無かったはずだが、銃自体がかなり重い。
以前学校で配備された物とは根本的に違うらしい。
「ちょっと私には重いかな」
「仕方ない。もう一度死んでくるか」
そう言って、今度は壁沿いに走り出すケイ。
階段側からは比較的死角に位置し、直撃はかなり減る。
とはいえ当たっていない訳ではなく、プロテクター以外の場所にはあまり当たっていないという程度。
それでもどうにかショウ達の後ろへ辿り着き、そこで引き金を引く。
ゴム弾があくまでも単発なのに対し、ケイの銃はまさに散弾。
しかも至近距離で浴びるとかなりの威力らしく、押し寄せてきていた警備員が一斉に下がりだした。
「だいぶ盛り返したね」
私もあの中へ突っ込みたいのは山々だが、今はサトミ達の警護が優先される。
いきなり廊下側から来ないとは限らず、階段での攻防に集中するあまりこちらを忘れてしまっては話にならない。
みんなを危険に晒しておいて自分だけ安全な場所にいるのはかなりのストレスで、いつかの石井さんの立場を思い出す。
あの時は彼女の気持の半分も理解していなかったんだろう。
「よし。もういいぞ」
廊下側から手を振るショウ。
スティックを抜き、背後を警戒しつつサトミ達を先に行かせて階段に向かう。
倒れている人、人。そして人。
下も上もうめき声を上げる警備員で溢れていて、これでは下も上にも行けそうに無い。
「仕方ない。別な階段から行こうか。サトミ、ルートは分かる?」
「この廊下を少し進めば、別な階段がある。ただ、塩田さん達はもう上のフロアへ抜けてるわよ」
「早いな」
あっちは完全な戦闘集団で、かつ手加減抜きで進んでいるはず。
こちらはサトミやモトちゃんを守りつつだし、私もそれ程戦闘には参加していない。
その分どうしても進行速度が遅れるのは仕方ない。
「ショウ、休憩は?」
「俺はいい」
頬から滴る汗を拭い、大きく息をするショウ。
疲れてはいるが疲労困憊という雰囲気ではなく、彼にすれば軽くアップした程度だと思う。
御剣君と柳君、名雲さんも健在。
主力はこの4人で、彼等が無事なら何の心配をする必要も無い。
「あたしは出番なし?」
バトンを担ぎ、そう話しかけてくる土居さん。
この人レベルなら警備員など物の数ではないと思うが、出来れば後方に控えて護衛に回って欲しい。
本来なら2年生だけで挑みたいくらいの心境で、ただ名雲さんや塩田さんは好きにやらせてもいい気分。
この辺りは、付き合いの長さの分遠慮が無いんだろう。
つまり、土居さんには遠慮がある。
「多少は役に立つよ。あの連中の強さが桁外れなだけでさ」
「それは勿論。ただ、今はその場面ではないので」
「良いけどね。暴れないと我慢出来ないって訳でもないし」
バトンを腰に戻し、警戒気味に歩いていく土居さん。
先程同様柳君が先行。
ショウを前に立て、御剣君が後ろ。
名雲さんは自由に動かせ、私と沙紀ちゃんでサトミ達を護衛。
土居さんが暇そうにするのも確かに分かる。
「向こうの方が、暴れられたのかな」
「そうかも知れないけど。多分向こうはかなり無茶をしてると思いますよ」
全員学校や生徒会に恨みつらみがある人達ばかり。
特に塩田さんは2年越しで、ここぞとばかりに発散しているはず。
その分無理も生じ、怪我を負う可能性も高くなる。
「まあ、丹下に守られるなんて昔は思いもしなかったけど」
「土居さん」
「細くておどおどしてて、頼りなくて。本当、良く成長したよ」
目を細め沙紀ちゃんの頭を撫でる土居さん。
沙紀ちゃんははにかみ気味にそれを受け入れ、しかし視線は油断無く周囲に配られる。
彼女が言っているのは、中等部の話。
今は沙紀ちゃんも高校2年生で、体格も経験も知識も何もかもが当時とは違う。
だけど土居さんが先輩であり、彼女の背中を追ってきたという事実は永遠に変わらない。
「セオリーだろうな」
そう呟く名雲さん。
前には机の山。
後ろには警備員の足音。
机は丁度ドアの手前で、教室を迂回するのは不可能。
廊下では軽トラックも何もなく、撤去しつつここで迎え撃つしかない。
「土居さん出番。ショウ達は机を撤去して。警備員は、私達が迎え撃つ」
「ようやくか」
腰から抜かれるバトン。
私達の前に出る土居さん。
それはとも思ったが、彼女は先輩。
私達の後ろに下がるという事自体あり得ないと考えているのかもしれない。
「少し離れてて。当たると危ない」
軽くバトンを回す土居さん。
私と沙紀ちゃんは数歩下がり、その半径から距離を置く。
「よし。ここからは、女の力っていうのを見せてやろうじゃないの」
「了解」
軽い、しなるような動きでバトンを振る土居さん。
力任せに振り下ろすのではなく、あくまでも体の回転としなりを利用した動き。
ただバトンが長い分それが威力を生み、先端のスピードも目では追えないくらい。
ひとたび横へ薙げば相手はその半径に入って来れず、もぐりこめば即座にバトンが振り下ろされる。
私達は彼女が打ち漏らした分を叩けば良く、人数差では負けていながらそれでも数的に不利にはならず戦う事が出来る。
「机はっ?」
「どうにか通れる」
「分かったっ」
少しずつ下がる私達。
それに隙が生まれた訳ではないが、必然と攻撃の手は緩まってしまう。
ここぞとばかりに一斉に押し寄せてくる警備員。
土居さんのバトンが掴まれ、警備員の行く手を遮っていた壁が消える。
私の背後に周り、銃を構えるケイとヒカル。
しかしそれが発砲される前に、土井さんが薄く微笑んだ。
「見てなって」
下に入る腰。
脇に抱えられるバトン。
膝が一旦落ち、警備員の体勢が前に崩れる。
「せっ」
そのまま体を横へひねる土居さん。
体の動きを増幅させ、大きく横へしなるバトン。
膝が大きく伸び、一瞬だけ顔に赤みが差す。
鋭く振りぬかれるバトン。
その先端に警備員を掴ませたまま。
大の男が軽々と宙に舞い上がり、仲間をなぎ倒しながら自分はそのまま壁に叩きつけられる。
「早くっ」
後ろ向きに走る土居さん。
私達は彼女に背中を預け、前を向いて走り出す。
今はただ彼女を頼り、誇らしく思いながら。
地区も何も関係なく、立派な先輩を慕う。
わずかに空いている机の隙間を通り、反対側へと抜ける。
私、沙紀ちゃん、土居さん。
3人突破したところで隙間の脇で銃を構えていたケイとヒカルも隙間を抜けて来る。
「後は、と」
蹴りつけられる机の山。
小さな揺れが大きくなり、やがて上の方から倒れ始めてわずかな隙間はあっさり埋まった。
「理事長室まで、どのくらい?」
「もうすぐよ。ただ、ここからが本番じゃなくて」
冷静にそう指摘するサトミ。
今まででも十分な抵抗にあっていたが、それは彼女の言う通り。
相手に近ければ近い程警備は厳重になるはず。
こちらは大怪我こそ無いが、擦り傷は当たり前。
ショウや御剣君達は、打撲も起こしているだろう。
ただそれに泣き言を言う人はいないし、言っている場合でもない。
「後3階上ね」
「塩田さん達は?」
「向こうも抵抗にあってるみたい。警察は、特別教棟の玄関に辿り着いた」
色んな意味で時間が無いか。
ここでもう少し休みたいが、そういう余裕はなさそうだ。
一旦大きく呼吸をして、軽く手足を拳で叩く。
マッサージという程にもならないが、多少なりとも疲労が抜けた気にはなる。
「今は、とにかく急ごう」
慎重に階段を上り、あっさりと階段が途切れてしまう。
すでに三階分は上りきり、どうやらここが最上階の様子。
さっきの繰り返しになるかと思っていただけに拍子抜けだが、勿論残念ではない。
ゆっくりと廊下側に出ると、ジャージ姿の男達が暇そうにしゃがみ込んでいた。
服装もだが、雰囲気からして明らかに警備員とは異なる存在。
表情はかなりにやけていて、中にはタバコを吸っている者もいる。
「サトミ達は下がって。多分、プロか軍隊経験者だと思う」
「大丈夫なの?」
「相手のレベルによるかな」
プロを名乗るだけ。
軍隊に所属しているだけなら、さっきまでの警備員と同じ。
ただプロで食べているのなら。
実戦経験のある軍人なら、話はまた違ってくる。
どちらにしろここを突破する以外に道は無く、相手が世界チャンプだろうと戦う以外に道は無いが。
「本当に子供だな」
「悪いが、金はもらってるんでな」
「逃げるなら今の内だぞ。ただ、女は逃げなくても問題ない」
最後の一言で、全てが決まった。
全員、完膚なきまで叩きのめす。
プロだろうと特殊部隊だろうと関係ない。
仲間を侮辱されて黙っていられる程、大人になりきれてはいない。
「可哀想だから、1対1でやってやる」
馬鹿笑いする男達。
今すぐスティックを構えて突っ込みたいところだが、ショウが黙って前に出る。
「ちょっと」
「すぐ終わらせる」
そう一言告げ、静かに歩き出すショウ。
その背中はいつにも増して大きく、頼もしく見える。
彼に勝てる人など、どこにもいない。
それが私の勝手な願望、思い込みでもいい。
出会った時から、今この瞬間まで。そしてこの先も。
彼に敵う人はいないと。
冗談っぽく拳を前に出す男。
ショウはそれを回し蹴りで跳ね除け、やや低い構えを取った。
「玲阿流の子供って、お前か。高校生にしては強いらしいが、本物って奴を見せてやる」
ローからジャブへつなぎ、上着が脱がれショウの顔に掛けられる。
フェイントには十分で、またかなり実践慣れした動き。
ここであっさり勝負が付いてもおかしくは無い。
何ともあっけない幕切れ。
上着越しに飛び掛ろうとした男は、上着を巻き込んで突き進んできたショウの前蹴りを受けてあっさり後ろへ吹き飛んでいく。
彼にとってこの程度フェイントにもならず、視界がふさがれるくらいはあらかじめ想定済み。
男は血相を変えて立ち上がり、一瞬腰に手を添えた。
「死ねっ」
先ほどと同じローからジャブ。
それを軽くいなすショウ。
大きな横のフックをかわしたところで男の手が改めて腰へ伸び、横に光の筋が走る。
ナイフを抜いたと思った瞬間その手が捕まれ、横へ振った勢いのまま宙を舞う。
投げざま自分も宙を舞い、体重を掛けて床に押しつぶすショウ。
全く持って相手にならず、ショウは少し呼吸が乱れた程度。
男達もさすがに目付きを悪くする。
「まあ、一対一も無いか」
今更ふざけた事を言い出す男達。
それに構わずショウが走り出し、その中の一人にとび蹴りを見舞う。
それを合図に走り出す名雲さん達。
確かに警備員より腕は立つが、あの人達なら問題ないレベル。
私が加わるまでも無く、サトミ達を守るのに専念を。
突然音を立てる天井。
素早くサトミ達を下がらせ、スティックを構える。
すると天井が破れ、馬鹿でかいブーツが目の前を取りすぎた。
現れたのは、映画に出てきそうな大男。
目付きは以上に鋭く、立ち姿に隙は無い。
ジャージの袖は長く緩く、何かを仕込んでいるようにも見える。
「子供か」
「だから」
「子供をいたぶるのはたまらんな」
いきなりの貫手が首へと突き進む。
さっきのショウ同様回し蹴りでそれを叩き落し、バックステップで距離を取る。
あの連中よりも強いのは間違いなく、何より動きに制約が無い。
つまりはどんな事でも平気でやるタイプだ。
「逃げても無駄だぞ。一人一人可愛がってやる」
嗜虐性に満ちた表情。
口元から漏れる荒い息。
優秀だが、問題を起こして軍を追われた口か。
どちらにしろ逃げる気などさらさらなく、一生後悔するくらいの目に遭わせるつもりしかない。
「みんな下がって。土居さん、沙紀ちゃん」
「分かった」
私がやられた場合を考え、後を託す。
1対3でもいいが、乱戦が得意なタイプであればこちらが不利。
何より、この外道を倒すのに二人の手を汚す必要は無い。
「友達を頼った方が良くないか」
「自分こそ、仲間を連れてきたら」
「しつけがなってないな。俺がじっくり仕込むしかないか」
ひらめく左手。
目の前を走る白い筋。
何かは理解が出来ず、ただ体が先に反応する。
気付くと顔の前に構えたスティックにワイヤーが絡まり、男がそれを引き寄せていた。
「預からせて」
言葉は最後まで続かず、ワイヤーを手繰る手が空回りする。
スティックの継ぎ目を利用して切断しただけで、厚い合金でも寸断出来る。
男は目付きを悪くして、ワイヤーを袖へと戻した。
「まずはそれをもらおうか」
「寝言は寝て言えば」
「大体どうして、そんな物を所持してる」
どうやらこのスティックがどんなものかくらいは知っているらしい。
つまりは元軍人。それも特殊部隊かそれに近い部隊へ所属していた可能性もある。
「とはいえ、子供が扱えるものでもない。ハンディだ」
小さく跳んでのミドル。
そこからの飛び後ろ蹴り。
さらに回し蹴り。
下がってかわすのは簡単な事。
だけど後ろにはサトミ達がいる。
私が下がれないと考慮に入れた上での攻撃。
だったら下がらなければいいだけで、全てをスティックで受け流し肘や膝を叩いていく。
重さはあるが十分対応出来る速度。
絶縁体のジャージなのかスタンガンは効き目が無いが、不安は何も感じない。
それにいつまでも攻められっぱなしではいられない。
「せっ」
足払いをフェイントにして体をそらせ、後ろに倒れながらスティックを振り下ろす。
そのまま後ろに回転して一旦下がり、床をしっかり捉えて素早く前に出る。
上下のフェイントと前後のフェイント。
腰をためて連続して突きを繰り出し、そこにローを織り交ぜる。
ブロック越しにも効くくらいの勢いで突きを繰り出し、じりじりと男を下げていく。
しかし体に当たっても手ごたえが無く、かなり厚いプロテクターを着てる様子。
ただこのまま押し続ければショウ達にも合流出来、そっちで連携を取って倒してもいい。
「……卑怯だな」
何やら呟く男。
その視線は体を突きまくっているスティックへと向けられる。
さっきのワイヤーはどうなんだと言いたいが、ここはとことんまで分からせるしかない。
スティックを畳み、背中のアタッチメントに取り付けアップライトに構える。
その途端男が袖からナイフを抜き、腕へと突き立ててきた。
前に出ながら半身になってかわし、顎にジャブ。
揺らいだところで連打。
ナイフを持っている腕を下から膝で叩き、上から肘を落とす。
それでも男は強引に腕を振り回し、それが私のこめかみを捉える。
一瞬白くなる視界。
腕力もそうだが、腕に重りか何かをつけているのかその分威力が増している。
サトミ達の声が遠くに聞こえ、それでも体は意識とは別に反応をする。
鼻先に跳んで来た膝を、顔を逸らしてかわす。
鼻が熱くなり、頭上に気配。
横へ飛びざま肘を避け、壁を蹴って宙を舞う。
がら空きの顎にとび蹴りを食らわせ、そこを踏み場にもう一度舞い上がり反対側の壁を蹴る。
顔を抑えてガードの空いた脇腹につま先をめり込ませ、さらに続けようとしたところでスティックが落ちた。
止め方が悪かったのか、アタッチメントが壊れたのか。
理由はともかく、スティックは床に倒れた男の手に渡る。
「形勢逆転だ」
よろめきながらもスティックを伸ばし、それを振りかぶる男。
私は何もせず、ただそれを見上げるだけ。
いや。何もする必要も無い。
信頼。
そう。今まで私を守ってきてくれた存在を。
だから今も、その心は変わらない。
「死ねっ」
怒号は悲鳴に変わり、男は手首を押さえて床に崩れる。
後は緩やかに弧を描いて舞い降りてくるスティックを掴めばいいだけ。
やっぱりこの子は、私のために頑張ってくれる。
多分手首は折れて、肘と肩も使いものにならないはず。
軽く振っただけでも外れるくらいで、あれだけの勢いなら砕けちっていてもおかしくはない。
「守るつもりでいたけど、大恥をかくところだった」
笑いながら歩み寄ってくる土居さん。
沙紀ちゃんは私のこめかみを確認し、口を開けるよう言ってくる。
「少し切れてる?」
「どうかな」
ペットボトルを受け取り、うがいをして床に吐く。
わずかだが水は赤く染まっていて、少し痛むような気もする。
「歯は大丈夫だと思う」
「私の煮干を食べてたからじゃないのか」
何やら下らない事を言ってくる舞地さん。
もう少し労わりの気持とか、労いの言葉とかないのかな。
「大体さ」
「また振って来たぞ」
キャップを深く被り、警棒へ手を添える舞地さん。
彼女の言葉通り、今の穴から同じような雰囲気の男達が落ちてきた。
すぐにスティックを構え直し、サトミ達をかばいつつ出来るだけ下がる。
やはり警備員とは全く異質な存在で、さっきの男と同レベルかそれ以上。
ただ1対1なら負ける気はしないし、それは人数が増えても同じ事。
何があろうと私は自分に出来る限りの事をして、サトミ達を。
「俺が相手してやるよ」
肩に手を置き、そう呼びかけるショウ。
男がその手を掴み警棒を振り下ろすが、ショウの腕が一瞬早く回転して体ごとひねられる。
バランスを崩して床へ倒れこむところへ、追い打ちのローキック。
首が真横にずれて、そのまま完全に動かなくなる。
「こっちは急いでるんだ。早くしろ」
圧倒的な実力と、それに裏打ちされた自信。
その背中はやはり誰よりも大きく頼もしい。
「僕の相手は誰が?」
ショウの肩越しに飛び上がり、真上へのとび蹴りを放つ柳君。
相手はそれを両腕でガードするが、そのガードごと吹き飛んでいく。
体勢を立て直そうとしたところで柳君が素早く追い付き、ジャブの連打を難なくかいくぐって鳩尾に簿膝がめり込む。
そのまま体が後方宙返りで顎を蹴りつけ、軽やかに床へ着地する。
「大した事無いね」
「じゃあ、俺の相手は」
逃げ出そうとした男を捕まえ、そのまま無造作に壁へ叩き付ける御剣君。
テクニックも何も無い、力のみの攻撃。
しかしそれがどれだけの威力だったかは、壁で跳ね返って戻ってきた男が動かなくなったのを見るまでもない。
「獣か、お前らは」
ため息を付き、残りの連中に下がるよう促す名雲さん。
意外に甘いと思ったが、男たちが下がらないと見るやその鼻先に銃を突きつけた。
「1数える。その間に決めろ。……1」
放たれる銃。
そのまま仰け反り、床に倒れたまま顔を抑え続ける男。
これを見て逃げない人間がいたら教えて欲しい。
「勝負ありだ。それと、今のは序の口と思えよ」
背筋が凍りそうな低い声。
改めて知る彼という存在。
穏やかに笑う先輩ではなく、傭兵としての影の部分。
だが今は、それが私と守る光となる。
少し進んだところで、壁際にもたれている塩田さん達と合流。
こちらは私達以上に傷付いていて、ただ返り血の方が多いかもしれない。
「全員無事みたいだな」
「どうにか」
「後は、ここだけだ。いれば、の話だが」
そう言って大きなドアを叩く塩田さん。
この先は理事長室。
あの男はあくまでも理事だったはずだが、理事長を解任してからはここを利用しているとの事。
大山さんがコンソールを操作し、小さく何度も頷いている。
「ロックはされてますが、解除は難しくないですね。入ります?」
「余韻に浸りたいところだが、時間も無いな。開けろ」
「了解」
小さな電子音がして、それと同時にドアが横へスライドする。
ただし大きなドアが完全に開いても、その向こうにもう一枚ドアが現れる。
侵入者を防ぐための構造で、場合によってはこの間に閉じ込めるのも可能。
例えば今なら、私達を。
という訳で近くにあった観葉植物や花瓶の乗っていた台で無理矢理ドアを固定。
最後にコンソールを壊し、完璧を期す。
「次は。……こっちも開きます」
「全員下がれ。何があるか分からん」
彼の言う通り下がっていく私達。
大山さんも端末から伸ばしたコードをコンソールに付け、ドアが開いた際の死角に入る。
「さて、二年越しの再会ですが」
「まさか、またここに来るとはな」
「では」
ゆっくりと開くドア。
目の前を行過ぎる乾いた音。
何がと思う間もなく、二撃目が放たれる。
ゴム弾ともボウガンとも違う音。
さっき沢さんが使った銃と酷似した。
「実弾?」
「間違いないね」
そう答え、懐から銃を抜く沢さん。
ショウ達は盾を構え、息を殺す。
「塩田。出て来い」
理事長室から届く声。
そして高笑い。
あの金髪がいると思って間違いない。
最後に頼ったのがこいつとは、今の学校の状況が推し量られる。
「どうします?」
「俺が突っ込むと言いたいが、さすがに無理だな」
そう言って試案のそぶりを見せる塩田さん。
その間に
銃撃の間隔が短くなり、足音が近付いてくる。
「その盾、大丈夫なのか」
「試してみようか」
そう言って、薄い盾を理事長室へ放り込むショウ。
何やら叫び声が聞こえ、少し間を置き盾が外に放り出された。
中央の部分に小さな穴が開いて戻ってきた。
「これは無理っぽい」
「沢さん」
「そっちの厚い方は大丈夫だと思うよ。今の銃弾ならね」
違う銃弾ならどうなるとは言わない沢さん。
それを聞いたショウは盾を構え、隣の御剣君も姿勢を構える。
「俺達が突っ込むんでフォローを」
「非常に心苦しいな」
「先輩達は見てろって事で」
「この野郎」
二人の頭を軽く叩き、そっと背中に触れる塩田さん。
大きく深い呼吸を繰り返す二人。
そして塩田さんと視線を交わし、最後に二人で頷きあって部屋に飛び込む。
それに合わせて発砲を始める沢さん。
ケイ達も銃口だけを室内へ向け、一斉に発砲をする。
「ショウッ」
「逃げられた」
撃たれたとは言わなかった事に安堵して、慎重に室内へ入る。
いたのはショウと御剣君。
そして、一人呆然と立ち尽くす委員長。
手に銃は持っているが視線は定まっていなく、自分がどうしてここにいるのか分かっていない様子。
おそらく金髪に見捨てられたのだろう。
「大丈夫?」
一応声を掛けるが反応はない。
この事態すら理解していなく、自分がどうしてここにいるかも分かってないかもしれない。
一時はこの学校を支配下に置き、方向はともかく導いてきた。
だがその責任は、こういう形で現れた。
彼の周りには誰もいなく、私達に囲まれ銃を突きつけられる。
支える人も、助けに来る人もいない。
それが彼の現実であり、残したもの。
同情はしないが、心は痛む。




