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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第37話   2年編最終話
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37-10






     37-10




 白い日差しと爽やかな風。

 淀みのない静謐な空気。

 時は静かに、ゆっくりと流れていくような感覚。

 カーテンを開けた窓辺に立ち、朝日を浴びながらそう思う。

 今日という一日の始まり。

 どうなるかは分からないが、私は自分に出来る限りの事を。


「おーい」

 下の方から聞こえる声。

 降られる木刀。

 殴り込みにしては随分早起きで、かつ親しげな表情。

「……何してるんですか」

「気合いを入れてるのよ、気合いを」

 そう言って木刀を振り回す鶴木さん。

 ちなみにここは住宅街。

 後ろを通りか掛かったサラリーマンが、ぎこちない愛想笑いを浮かべて足早に去っていく。

 笑っている内は良いけど、このままだと通報されかねないな。



 すぐに1階へ下り、玄関を出て木刀を降ろすようお願いする。

「で、気合いって何の気合い」

「今日、大暴れするんでしょ。私は何でも知ってるのよ」

 何を知ってるのか知らないし、鶴木さんに暴れてくれと頼んだ覚えもない。

 彼女の後ろにはショウと御剣君と右動さん。

 昨日御剣君がため息を付いてたのは、これを予期しての事か。

「暴れるにしても、それは私達でやりますから。鶴木さんは、落ち着いてて下さい」

「どうせ風間君や塩田君には頼むんでしょ」

「いざとなれば、協力を仰ぐでしょうね。ただ、鶴木さんは一旦落ち着いて。……少し待って下さい」

 彼女を押さえられるのは矢加部さんだが、彼女と連絡を取るのは気が進まない。

 ただとてもではないがこのままにはしておけず、ショウに合図をして連絡を取ってもらう。

「鶴木さん、通話」

「私に?……何よ、この忙しいのに」

 文句を言いつつ端末を受け取る鶴木さん。

 曇っていた表情が徐々に和らぎ、最後には低い声で笑い出した。

 通話を終えて端末を返した彼女は木刀を腰のフォルダーへ戻し、胸を反らして私を見下ろしてきた。

「後は任せたわよ」

「はぁ」

「総大将として、あなた達を見守る責任が私にはあるんだから」

 瞳を輝かせ、真顔でそう語る鶴木さん。

 モトちゃんも、またすごい言い訳を考えたな。

 大体総大将って、何時代の言葉なんだ。


「悪いね。俺も一応止めたんだけど」

 苦笑気味に謝る右動さん。

 しかし彼が言おうと止まる人ではないし、せいぜい真剣を木刀に変えたくらいだと思う。

 本当、この人も苦労するな。

「ここまで走ってきたとか言わないでしょうね」

「お嬢様がだだをこねたんで、途中からバスで来たよ」

「自分で走るとか言いだして?」

「その通り。悪い子じゃないんだけどね」

 しみじみ呟く右動さん。

 だけど、決して良い子にも思えない。

「お茶でも飲んでいきます?」

「いや。家族の人に悪いから」

「良いじゃない、お茶の一杯や二杯」

「良くないよ。ファミレスがあったから、あっちに行こう」

 文句を並び立てる鶴木さんを引っ張っていく右動さん。

 とりあえず、目の前の危機は回避された。

 まさか、朝から身内の襲撃を受けるとは思わなかったが。


「二人とも、大丈夫?」

「俺は別に。朝呼び出されただけだから」

 そう言って隣へ視線を向けるショウ。

 御剣君は欠伸を噛み殺し、彼にはあまりに阿合わない頼りない笑顔を浮かべた。

「世の中、そういう事もあるでしょう」

 どういう事があるのか知らないし、かなり疲れてるな。

 肉体的というより、精神的に。

「少し寝る?」

「いや。足が痺れてるだけなので」

 何をやったのか不明だが、あまり楽しく無い事なのは確かなようだ。

「右動さんも一緒に?」

「俺が真由さんの家に行ったら、もう正座してましたよ」

「なんのために」

「真由さんの気まぐれのためにじゃないんですか」

 そう言って、肩を落とし去っていく御剣君。

 良く分からないけど、彼は彼なりに苦労をしてるらしい。




 という訳で、家に上がったのはショウ一人。

 ただし今日は何があるのか分からないので、食事は軽め。

 スクランブルエッグとサラダとパン。

 後はホットミルクだけ。

 その辺りは彼も分かっているのか、食べ過ぎるなんて事はない。

 私は食パンにバターを薄く塗り、砂糖を入れたホットミルクだけ。

 これだけでも十分幸せで、笑いがこみ上げてくるくらい。

 本当、安上がりな体質で助かった。


 テーブルに置いてあった端末が音を立てる。

 画面にはサトミの写真が表示され、パンを持ちながら小指で通話ボタンを押す。

「ユウ?今はどこ?」

「家で、ご飯食べてる」

「食べ終わったら、学校の正門前に来て。準備も整えてね」

「分かった。すぐ行く」

 通話を終えると、今度は隣の端末が音を立てる。

 反射的にボタンを押したところで、サトミの写真。

「……一緒にいるの?」

 誰がボタンを押したかなんて分かるはずはないんだけど、タイミングの早さに事態を悟ったらしい。

 端末をショウへと渡し、私はホットミルクの残りを飲み干す。

「話は聞いた。何か持って行く物はあるのか」

「あなたは体だけあれば十分でしょ。ただ、プロテクターは着てきて」

「分かった」

「それと、一応覚悟はしておいてね」

 向こうから切られる通話。


 すでに覚悟は出来ているので、今更同様はしない。

 お父さん達に言う事も何もない。

 後は支度を済ませ、家を出るだけだ。

 まだ引き返せると、心のどこかで誰かが言っている。

 耳を貸すのは簡単で、そうすれば私一人助かる可能性もある。

 だから分かる。 

 学校側に付いた人の気持ちも、私達に協力しない人の気持ちも。

 最もこの件に関わってきた自分ですら、そんな誘惑を感じてしまう。

 それなら他の子達がどんな考え方をしようと、またどんな行動を取ろうと私に責める資格はない。



 玄関先でお父さんとお母さんの見送りを受け、家を出る。

 普段よりかなり早い時間だが、サトミの様子だと急ぐに越した事はないだろう。

「プロテクターは?」

「中に着てる。それより、スカートなのか」

「卒業式だからね」

 スカートどころか、制服を着ている自分。

 ショウが呆れるのも当然だが、塩田さん達の卒業式ならこの服装で出席するのは当然の事。

 式が今日行われるかはともかく、気構えは失いたくない。


 バスに乗ってしばらくすると、途中でアナウンスが入る。

「本日草薙中学、草薙高校では停車いたしません。あらかじめご了承下さい」

 学校側の要請か、バスの運営側がトラブルを避けたのか。

 どちらにしろこのまま乗っている訳には行かなくなった。

 神宮駅前で半数以上の乗客が降り、私達もその流れに続く。

 駅前には草薙高校の生徒らしい子が集まっていて、友達と合流しては学校の方へ向かっている。

 らしいというのは、誰も制服を着ていないから。

 なんか、嫌な汗が出てきたな。

「暑いね、今日」

「熱でもあるのか」

「今は、あったらいいなと思ってる」




 風邪を引いたどころか、体は軽く気分も良い。

 悪いところは何もない。

 強いて言えば、制服姿で来てしまった事くらいだ。

 学校の塀沿いに歩く草薙高校の生徒達。

 その流れはやがて道路にまで溢れ、ただ車のクラクションが鳴らされる事はない。

 卒業式の当日は車線の規制が行われ、父兄の車が道路の左右に停車出来るようになっている。

 今も道路の規制は行われているようだが、それは父兄のためではなく混乱を避けるためだろう。

 その代わりというのか、道路には生徒達が溢れている。

 正門はコンテナが置かれたままで中には入れず、全くの立ち往生。

 ただよく見ると、コンテナの前に少しだけ隙間が空いてそこを中心に騒ぎが起きている。

「何してるの?」

「サトミ達が、スーツを着た連中と話してる」

 私より頭二つくらい高い位置から様子を見ているショウ。

 慌てて走り出しはしないので、緊迫した状況ではないらしい。

 それでも生徒達の間を抜け、コンテナの前までやってくる。

「とにかく、許可を得た生徒以外は入れません」

 強硬な口調で話す職員。

 サトミは私を見つけ、目線で動かないように制して職員との話し合いを続ける。

「卒業式に出席する卒業生を選別するのが、現在の学校の方針ですか」

「必要事情の混乱を招かないためです」

「すでに混乱していますが。学校問題担当理事との交渉を要求します」

「理事はただ今多忙に付き、アポイントは取れません。これ以上の議論は」

 スティックを横に振り、コンテナを引き裂く。

 確かに、これ以上議論をしても仕方ない。

 話を聞きたくもないし、聞く気も無い。

 スティックを縮めて背中へ戻し、深呼吸してコンテナを拳で叩く。

「帰って」

「な」

「二度は言わない」

「ひっ」

 書類を投げ捨てて逃げる職員達。

 よく見るとコンテナの脇にわずかな隙間が出来ていて、ただし彼等が門をくぐると同時にバリケードがコンテナの上まであっという間に積み上げられた。


「何してるの」

「あれ以上話し合っても無意味だと思って」

「それは間違ってないわね」

 あっさりと認めるサトミ。

 彼女の隣にいたモトちゃんがコンテナに地図を貼り付け、私達を手招きした。

「一応、義理は果たした。さて、どうする」

「職員では埒が開かないんだし、あの理事に直接交渉するしかないでしょ」

 地図を指でなぞり、教職員用の特別教棟を指先で叩く。


 正門からはやや距離があり、当然相当の警備を引いているはず。

 話して通じる相手では無いとも思うが、言いたい事はどれだけでもある。

 何より、私達の意見を伝える必要がある。

「どのくらい集まった?」

「ほぼ全校生徒分。ただ、全部は持って行けないでしょ」

「少しで良いよ。中川さんから借りたアタッシュケースをショウに背負わせて。小さいのがあったはず」

 木之本君が持ってきた小さなアタッシュケースに詰め替え、ベルトを通してショウに背負わせる。

 小さくて軽くて、強度も十分。

 いざという時は、防具の役目も果たすだろう。

「要望としては卒業式の全員参加。管理案の本質の追求。つまりは、生徒の選別と権力の乱用。その責任は現生徒会と理事会にある。という主張ね」

「ん、ああ。そう」

 険しい目付きで見下ろしてくるサトミ。

 それは気にせず、ショウのアタッシュケースの具合を確かめる。

「よし、問題ない。じゃあ、行ってくる」

「どこに」

「理事のところに」

「卵を買いに行くのとは違うのよ。計画があるから、それに従って」

 人の襟を掴んで引き戻すサトミ。

 子供扱いとはまさにこの事で、少なくとも私達は何の緊迫感もないな。




 やがてコンテナの前に、見知った顔が集まってくる。

 全員腰に警棒を提げ、かなり張りつめた雰囲気。

 卵を買いに行く気分なのは私くらいのようだ。

「では、映未さんお願いします」

 サトミの言葉を受け、地図の脇に立つ池上さん。

 彼女は指示棒を取り出し、それでまずは正門を指し示した。

「本隊が正門を突破。基本的には正攻法で行く。ただそれを支援する形で、それ以外の門からも別働隊が進入。非常口や塀からも可能なら、ゲリラ的に進入させる。ただしあくまでも、メインは本隊。彼等をサポートする事を考えて、危険だと思ったら引き返して」

 指示棒が移動し、西、東、北門と動いていく。

「東門からは北地区を主力としたグループ。西門は傭兵を中心としたグループ。北門は忍者グループ。行動については、各自の判断に委ねる。ただ当然抵抗が予想されるし、おそらく警察にも通報されるはず。止めたい人は、今すぐここから立ち去って。それを咎めはしないし、誰も批判はしない」

 誰一人として動きはせず、それに池上さんは満足そうに頷いた。


 ここまで来れば、後は仲間を信じるだけ。

 そして自分を信じて、突き進むだけだ。

「通話は盗聴される可能性もあるから。木之本君」

「各自端末に、このアタッチメントを付けて下さい。アマチュア無線の帯域を利用するので、傍受はされにくいと思います。随時こちら側で暗号も帰るから、今日一杯は大丈夫だと思います」

 小さなチップを今まで見た事も無かった端子に接続し、テストをする。 

 すぐにサトミと通話が可能になり、音声も普段と同じ。

 システムや技術的には難しい事かもしれないが、利用する自分達には何の負担もなさそうだ。

「本隊を除いた各グループは持ち場へ移動。進入時間のみ合わせて突入する。私からは以上」

「ありがとうございました。では、皆さんの無事を祈ります」

 敬礼の仕草をするモトちゃん。

 ある者はそれに敬礼を返し、ある者は胸を叩いて走り出す。

 私は小さく頷き、拳を固める。

 今からする事はもしかすれば、無意味で馬鹿馬鹿しいと言われるかも知れない。

 それでも何もせずに、ただ傍観している訳には行かない。



 勿論これだけ混乱してしまったら、卒業式も何もない。

 昨日ホテルで譲歩していれば式は開けていた。

 今日ここに集まらなければ、少なくとも一部の生徒は式に出席出来ていた。

 それを駄目にしてしまったのは、誰でもない私達。

 ただ、その責任を取るためだけに行動する訳でもない。


 学校の申し出を断るだけの理由。

 学校が進めるままの卒業式に反対する理由があったからこそ、私達はそれらを断りこの場に挑んでいる。

 例え報われなくても非難を浴びても、私は自分の決断に決して後悔はしない。

「配置完了。全員準備良し」

 インカムのイヤホンに手を当てそう告げる木之本君。

 モトちゃんは軽く頷き、私の肩に手を置いた。

 私もその手を軽く握りしめ、スティックを抜いて門を指し示す。

「全員突入。健闘を祈る」




 宣言をしたが、目の前は巨大なコンテナ。

 私やショウはともかく、サトミやモトちゃんがここを突破するのは不可能だろう。

「ショウ、御剣君。塀から門を越えて、バリケードを向こう側から撤去して」 

「分かった」

「了解」

 塀に手を掛け、軽々と乗り越えていく二人。

 当然監視カメラはこちらの映像を捉えているはずで、正門にいる警備員との交戦も想定される。

 二人の負担を減らすために、私も少し動くとするか。

「サトミ達はこの場で待機してて。すぐ戻る」

「戻るって、どこに」

 サトミの言葉が終わる前にコンテナを蹴り、舞い上がったところで切れ目に足を乗せてさらに飛び上がる。

 コンテナ同士の間は、人一人がどうにか通れるくらい。

 こういう山羊がいたなと思いつつ、最後にコンテナをスティックで突いてその上へと舞い降りる。


 上がってくれば一瞬。

 振り返れば、正門を中心として道路を全て生徒が埋め尽くす。

 ここにいる人はきっと私達を支持してくれている生徒達。

 つまりここにいて処分を受けるの覚悟している。

 胸にこみ上げる熱い思い。

 ただ感慨に耽るのはいつでも出来る。

 今はただ彼等の勇姿を心に焼き付け、ショウ達の支援に向かう。



 長いコンテナの上を走り、反対側へ行き着いたところで足を止める。

 足元はバリケード。

 少し距離を置いて正門。 

 その後ろにさらにバリケードが積まれ、丁度ショウ達が警備員ともみ合っている。

 高さとしては3階から下を覗いている気分。

 バリケードは、街路樹といったところかな。

 ジャングルジムを積み上げたような外観で、多分そう簡単に崩れる構成にはなってないと思う。

 何より、突破を防ぐためのバリケードだから。


 そう自分に言い聞かせ、コンテナを踏み切り下に見えていたバリケードの上に乗る。

 下からの突撃には備えているが、上に乗る想定はしていないのか。

 大きく前後に揺れるバリケード。

 それが倒れきる前に踏み切り、正門を飛び越えて学校内のバリケードに飛び移る。

 加速が付いた分揺れ幅も大きく、端的に言えばバリケードごと倒れていく。

 良く言えば、胸の空くような感覚。

 違う言い方をすれば、地面が目の前に迫ってくる。

「どいてっ」

 この声に反応したのはショウと御剣君だけ。

 二人は顔を青くして一目散に走り去り、バリケードの倒壊から免れる事が出来た。

 出来なかったのは、彼等ともみ合っていた警備員達。

 プラスチックの樹脂性のため大怪我をする程では無いと思うが、直撃を受けた警備員達はバリケードの下でうめいたまま。

 直撃を免れた警備員達は、ショウ達以上の早さでどこかへと逃げ去っていった。



「倒すなら倒すって」

「手間が省けていいじゃない。ほら、次は門を開けて」

「本隊に組み込まれたのは失敗だったな」

 小声で文句を言いながら、門に絡み合っている鎖を引っ張る御剣君。

 さすがの彼もそれを引きちぎるのは不可能で、ショウも同様。

「木之本、ワイヤーカッターかチェンソー」

「警備員は」

「全滅した」

 そういう言い方は止めてよね。

 すると正門越しに木之本君が手を伸ばし、鎖に付けられている南京錠を手に取った。

「これなら、僕でも開けられる。バリケードも撤去してくれたんだね」

 そう言って、あっさり南京錠を開ける木之本君。

 後は絡み合った鎖をどかすだけ。

 みんなで協力すれば出ない事は何もない。

 私が何をやったかはともかくとしてだ。




 正門も開けられ、コンテナの狭い間をサトミ達が抜けてくる。

 学校の内側にガーディアンを何人か配置し、私達はそのまま前進。

 ただ不思議と不安は感じない。

 いつ襲われるか、誰が狙ってくるか。

 危険は常に付きまとう。

 だけどここは私の学校。

 迷いもすれば未だに分かってない場所も多いけど、ここにいる限りは誰にも負けるつもりは無い。


 正門から一般教棟までは一本道。

 ただ左右は街路樹と植え込みが茂っていて、隠れようと思えば簡単な事。

 意識を集中し、目を凝らして慎重に前へと進む。

 仮に遠くから監視されているとしても、そこから攻撃される訳ではない。

 だとすれば今気にするのは監視の目よりも、すぐそばにいる人間だけ。


 小さな電子音。

 どこかにセンサーがあり、それに触れた様子。

 咄嗟にスティックを構えるが、ゴム弾が降り注いだりする事は無い。

 単に侵入者を確認するだけのものか。

「全員、もう少し集まって。ショウは前、御剣君は後ろ。木之本君、何か聞こえる?」

「通話が慌しくなってきてる。警備員がこっちに何グループか向かってる。警察には、もう連絡したみたい」

「少し急ごう」

 スティックを背中に戻し、早足で歩く。

 グローブをはめ直し、歩くペースに呼吸を合わせていく。

 少し早めで、体の中へ酸素を十分に取り込む。

 意識は常に周囲へ配り、万事に備える。


「伏せろ」

 手を下に下げるショウ。 

 反応の遅いサトミとモトちゃんを強引に引き倒し、頭上を過ぎていくゴム弾を見ながら街路樹の方へ引っ張っていく。

 行く手にはバリケードと縦と、何台かの車。

 第二防衛線と言ったところで、ここは攻撃の意志を示している。

 距離があるのでゴム弾の威力もたかが知れているが、その分こちらは容易に近づけはしない。

 走っていけば何発かは体に浴びる可能性もある。

 ただ、それを気にしている猶予はすでに無い。

「盾は」

「軽いのを二つ」

 背負っていた薄い鉄板をショウに渡す御剣君。 

 もう一つは自分の腕へと通し、キックミットを持つような格好で構えを取った。

「二人で前進して。私は街路樹に沿って相手に近付く」

「分かった」

「サトミ達はここで待機。危ないと思ったらすぐに逃げて」

「了解」



 小さな石をバリケードに向かって投げるショウ。

 それに釣られてゴム弾が激しく打ち込まれ、私達も移動する。

 ショウと御剣君は盾を構え、ゴム弾を浴びながら通路を直進。

 それに併走して、私は街路樹と植え込みの間を駆け抜ける。

 横でショウ達の姿を見ていると痛々しいが、他のグループとの連携を考えれば時間を掛けている暇は無い。


 池上さんが言っていたように、私達は正攻法で攻めて行く。

 それが私達の誇りでもあり主張。

 引きもしないし下がりもしないと言う私達の意思を明確に学校へ伝えるためにも。

 ゴム弾を浴びながらバリケードに取り付くショウ達。

 高さがない分安定しているのか、ショウ達が押しても簡単には動かない。

 時間さえあれば問題は無いが、この距離でゴム弾を浴びるのはあまりにも無謀。

 ようやく街路樹を抜けたところでバリケードに取り付き、素早く上へよじ登ってスティックを抜きざま飛び越える。


 ゴム弾が頬を掠めたが、かすり傷も追わない程度。

 そのまま警備員の集団にスティックを振り下ろし、何人かを床に倒す。

 他の連中が殺到する前に、どうにかショウ達がバリケードを撤去。

 押し寄せてくる警備員を難なくなぎ倒す。

 私達は完全に囲まれている状況だが、つまりここでゴム弾を撃てば同士討ち。

 銃へ頼っていた連中は切り替えが聞かず、腰に提げている警棒を掴む間もなく地面へ倒れていく。

 初めはどうなるかと思ったが、意外にあっさりとここも突破。

 バリケードをもう少し撤去し、サトミ達が通りやすいようにする。

「意外に少ないね。列を作って待ってるくらいに思ってた」

「他の門への警備もあるし、そちら側が余程派手にやってるんでしょ」

「派手って何が」

 そう言う間もなく、西の方から上がる白い煙。

 細いのが一本伸びていくだけだから火事ではないと思うが、あまり学内で煙が上がるのを見た事は無い。


「ショウ君達は大丈夫?」

「問題ない」

「下もプロテクターを履いてますから」

 ジーンズを拳で叩く御剣君。

 手にはグローブをしているので、顔以外はどうにか我慢出来るという事か。

 ただそれにも限界があるし、いつまでも相手がゴム弾だけとは限らない。

「今は、どの辺り?」

「一般教棟の手前。このまま通路に沿って左へ行けば一般教棟。右に行けば旧クラブハウス」

「特別教棟は一般教棟の奥だから、道に沿っていけば」

「……元野ですが。……了解。……では、そのように。……一旦下がる」

「どこに」

「旧クラブハウスまで。実弾を使われたって、丹下さんが言ってる」




 一般教棟を目の前にして大きく後退。

 この間に相手へ体制を整えられる可能性もあるが、実弾を使われたと言うのなら話は別。

 さすがにプロテクターでも貫通を防ぐのがやっと。

 装着していない部分なら、最悪の場合も考えられる。

 廃材の間を抜け、久しぶりに旧クラブハウスへ到着。

 玄関先には沙紀ちゃんや七尾君達がいて、苦笑気味に私達へ手を振っている。

「実弾って、本物の銃?」

「改造銃じゃないかな。ただ、威力は桁外れだった。鼻血が出るかと思ったよ」

 彼の足元に転がる、上の1/3が割れた盾。

 人の手で壊せるような強度ではなく、ただ彼の鼻が少し赤いのを見ると相当強烈な威力だったのは間違いない。

「相手の全員が持ってる訳ではないだろうけど、今のまま前進するのは危険すぎる思って」

「映未さん達は?」

「連絡したけど、「じゃあ、気をつけて」ですって。慣れてるみたいね」

 ため息交じりに首を振る沙紀ちゃん。

 盾を叩き割るような銃に慣れているのは、頼もしいのか呆れるのか。

 ただ塩田さん達も何も言ってこない以上、彼等は事前の予定通りのペースで移動しているはず。

 私達がここで留まり続ける訳には行かない。

「さっきの所に車があったから、あれで少し移動しよう。最悪ドアが盾になるでしょ」

「誰が持つんだ」

 ショウの言葉には何も答えず、とりあえず今盾になりそうなものを探す。

 ……いや、探すまでも無かったな。



 廃材から鉄板をいくつか選び、取っ手をつけてショウに持たせる。

 さっきまでの盾とは重さが違うが、彼の持ち方を見る限り何の違いも感じない。

 しかしあれほど迷惑だと思っていた廃材に助けられるとは、私も彼等に謝らないといけないな。

 いや。廃材に感情は無いけど、私の心情的に。

「男の子は出来るだけこれを持って。木之本君、後どのくらい作れる?」

「人数分は可能だよ。重さはともかく」

 取っ手を溶接しながら指摘する木之本君。

 多分さっきの盾よりは強度は上。

 それに七尾君達の話だと、弾自体はゴム弾のまま。

 今回は射出する銃を改造していたんだろう。

 だけど銃弾を改造されたら。

 さらに、本物の銃を使われたら。

「ショウと御剣君の分は、厚めの鉄板で。ただ、持てる範囲でね」

「分かった」

 地面に並んだ鉄板へ、廃材の一部を使って手早く取っ手をつけていく木之本君。

 そして最後に何かのドアみたいな物の上に乗り、それへ取っ手とベルトを取り付けた。


「少し重いけど、これなら実弾でも耐えられると思う」

「素材が違うの?」

「多分、飛行機か何かの複合金属だと思う。どうしてここにあるのかは知らないけど」

 木之本君の説明を聞き、盾を手にしているショウに触らせてもらう。 

 表面はサビも浮いていなく、傷の付いたアルミといった感じ。

 拳で軽く叩いてみるとショックが吸収される感じで、内部に何か入ってるようにも思える。

「重くない?」

「ずっと構え続ける訳じゃないから、大丈夫だろ」

「じゃあ、お願い。御剣君も」

「了解」 

 男の子全員に盾が行き渡ったところで、改めて一般教棟へと向かう。

 途中でモトちゃんへ通話が入り、それぞれ一般教棟に辿り着いたとの事。

 そうすると、遅れてるのは自分達か。

 向こうは先輩であり傭兵。

 今まで私達が頼りにして来た人達ばかり。

 ただこれからの学校は、私達が中心になっていかなければならない。

 だったら、ここで後れを取ってはいられない。



 廃材の積み上げられた薄暗い通路を抜け、一般教棟へと歩いていく。

 以前は早く処分をしてしまいたいとしか思っていなく、ただの薄気味わるい場所に過ぎなかった。

 でも今はこれがあるお陰で、身を守る事が出来るようになっている。

 何が役に立つのかは、時が経たなければ分からない事もある。

 大げさに言えば、何のために存在してるか。

 私達の行動や考えすら、運命で決められているのかも知れない。

 ただ仮にそうだとしても、今回の運命は私達の勝利で終わる。

 そういう運命でなければ、そうなるようにすればいいだけの事。

 例え誰がどんな運命を描こうと、私は自分の中にある結論を変える気はない。




 幸い何事も無く、さっきの防衛線にまで辿り着く。

 崩れたバリケードと、地面に転がる警棒。

 しかし当てにしていた車は無く、古ぼけた軽トラックが二台だけ置き捨てられてある。

 それこそ動くのかどうかも怪しい雰囲気で、車体にはサビが浮いて窓ガラスも割れている。

「車の方が何かと便利だし、これで行こうぜ」

 そう言って、荷台に乗り込む風間さん。

 そちら側の軽トラックには北地区チームが乗り込み、車内には女の子達が座る。

 こっちは運転を木之本君に任せ、サトミとモトちゃんを車内に据える。

 ただ人数の関係上、溢れた渡瀬さんが私達の荷台へと乗ってくる。

「お邪魔します」

「大歓迎。ショウ、御剣君。渡瀬さんを盾で守って。木之本君、準備は?」

「とりあえず、前には進むね」

「じゃあ、前進って事で」

 激しい揺れを一瞬して、とりあえず前に進む軽トラック。

 後ろからは風間さん達が付いて来て、ただ向こうもあまり快調な走行とはいえない様子。

「重いって事じゃないよね」

「ガソリンが殆ど入ってないし、サスもミッションもタイヤもぼろぼろだね。今止ってもおかしくないと思う」

 右手を外に出しながら走る木之本君。

 別にだらしない格好をしている訳ではなく、そうしないとドアが開くらしい。


 歩くのと変わらない速度で進むトラック。

 震動も激しく、景色は上下に大きく揺れる。

「末期的だな」

 銃を荷台の床に付きたて、それを支えにして寄り掛かるケイ。

 彼は私の視線を感じたのか、鼻を鳴らして足元。

 つまりは軽トラックを指差した。

「今にも止りそうな軽トラ。盾は廃材。相手は中央政府がバックに付いてる草薙グループ。ゲリラでも、もう少しまともだと思う」

「私達は正規軍よ」

「ゲリラも大抵、そういう事を言う。あーあ、やっぱり学校側に付けばよかったな」

 よかったの、「よ」辺りで空から黒い雨が降ってきた。


 いや。雨と思ったのは、その色のせい。

 実際はボウガンの矢で、幸い盾を屋根代わりにしていたため直撃は免れる。

 ただ、落ちてきた矢を拾い上げて怒りがこみ上げる。

 学内でもボウガンは持ち込み禁止だったが、それでも暗黙の了解が存在した。

 顔を狙わない。

 至近距離では撃たない。

 そして、矢の先端を尖らせない。

 勿論尖らせなくても金属の塊が当たればかなりのダメージで、細い箇所なら骨折する場合もある。

 しかし今は先端を尖らせ、しかもおそらくは教棟の上から撃ったはず。

 こちらが盾を上に構えているのが前提にしろ、骨折どころか生死に関わる。



「銃、銃は」

「知るか。というか、刺さった」

「え、どこっ」

 慌ててケイの体を確認すると、ブルゾンの肘に矢が一本刺さっていた。

 プロテクターのお陰か大怪我には至っていないようだが、慎重に矢を抜くと先には鮮血が滴っていた。

「その銃で撃てないの?」

「距離的に届かないんだよ。これは近距離戦用に借りてきたんだから」

「じゃあ、撃たれっぱなし?」

「ゲリラはただ耐え忍ぶのみ。あーあ、本当学校側に付けばよかった」

 こういう状況になれば、彼の詠嘆も仕方ない。

 軽トラは教棟の間を抜けていくが、散発的にボウガンの矢が降り注ぐ。

 こちらはそれに対抗する術は無く、盾が激しい金属音を立てるくらい。

 金属の盾にして良かったとは思うが、だからといって事態が好転する材料は無い。

「木之本君。大丈夫?」

「どうにか、ガラスで止ってる。ただ、限界だね」

「ガラスが?」

「僕達の精神状況が」

 苦笑気味に答える木之本君。


 上を見てボウガンが振ってこないの確かめ、荷台から運転席の様子を覗き込む。

 フロントガラスにはこれでもかという程矢が刺さり、尖った先端がガラスを突き抜け木之本君達の目の前に並んでいる。

 ガラス自体は全体が樹脂で覆われているため、ボウガンの矢はネットで止められているようになっている。

 状況としては盾の盾の間に隙間がある私達より安全だろうが、相当ストレスがたまるだろうな。

「……降ってこなくなったね」

「雲が晴れたんだろ」

 そう言って盾の外へ立つケイ。

 危ないと思う間もなく、教棟の上で何かが光った。

 ケイがそちらへ向かって小さく手を振ると、別な教棟でも光が走る。

「何?」

「その内分かる」

 ここに来て、まだ言うか。

 ただ安全が確保されたのは確かなようで、私も周囲を警戒しつつ荷台の上に立つ。

「特別教棟までどのくらい?」

「まだかなりあるわよ。この教棟の間を抜けて、周りが開けたその先」

 助手席にいるサトミと端末で話し、行く手に目をこらす。

 再び現れるバリケード。

 ただし今回は、さっきまでとは状況が違う。

「木之本君、つっこめる?」

「そういうのは、僕はちょっと」

「分かった。ショウ、運転代わって。それとサトミ達は一旦降りて」




 「でも、矢がこっちに向いてるんだから危なくない?」

「途中で逃げ出せばどうにかなるだろ。アクセルを固定するか」

 運転席の足元に屈み込み、ベルトで縛り付けるショウ。

 改めてエンジンが始動され、軽トラックはゆっくり前に走り出す。

「遅いんだけど」

「僕はずっとアクセル全開で走ってたよ」

 苦笑気味に呟く木之本君。

 それでも軽トラックは小走り程度の速度で前進を始め、バリケードに突き進んでいく。


 猛烈に浴びせられるゴム弾。

 しかしさすがにそれで止まる事は無く、とうとうバリケードに到達してそのまま前へと押し始めた。

「止ったんだけど」

「ガソリン切れだろ」

 盾を構えて走り出すショウ。

 私達も彼に続き、どうにか出来たバリケードの間から侵入する。

 ただ正面ばかりに意識を向けているが、意外に側面から攻撃を受ける事が無い。

 最も恐れているのは、教棟から降り注ぐボウガン。

 しかし今はその様子は全く無く、またこの位置で撃たれれば警備員にも当たるので無事に済んでいるのだろうか。

 ここも難なく突破と言いたかったが、少し先に今度は古タイヤや廃材が積み上げられていた。

 手抜きと言うか、途中でバリケードが足りなくなったんだろう。

 ただし行く手を塞ぐには十分で、そちらからは依然としてゴム弾が降り注ぐ。

「この距離だったら届かないの?」

「届くけど、当てる技術が無い」

 頼りない事をを言って、銃を担ぎ直すケイ。


 仕方ないので、銃を持っているもう一人。

 風間さんに話を振る。

「お願いします」

「その言葉を待ってたぜ。俺が突っ込むから、援護しろ」

「いや。逆でしょ」

「問答無用だ」

 全く意味不明な事を言って、ショットガンを乱射しながらゴム弾の嵐の中を突っ込んでいく風間さん。

 動きが早いので直撃は殆ど無いが、狙い撃ちされるのは時間の問題。

 今までの行動は多少なりとも演技だと思っていたが、殆どが素だったらしい。

「仕方ない、俺も行くか」

 舌を鳴らし、盾を捨てて銃を胸元に構えるケイ。

 彼がその引き金を引くと、乾いた音と共に細かい弾が辺り一面に飛び散った。

「何、それ」

「ゴム弾じゃなくて、樹脂製の弾だよ。構造としてはマシンガンに近い。俺達が引き付けるから、その間に回りこむなり乗り越えるなりしてくれ」

 そう言い捨て、銃を乱射しながら走っていくケイ。

 彼と風間さんには容赦なくゴム弾が浴びせられ、さすがに体へ当たる頻度が高くなってきた。

「御剣君は右。ショウは正面。私は左。サトミ達はここで援護」

「了解」


 姿勢を低くして走り出す私達。

 その後ろから、木之本君とヒカルが途中で拾った銃で発砲。

 向こうから降り注ぐ弾の量には及ばないが、防御一辺倒の向こうに対してこちらは積極的に攻めている状況。

 勿論それに犠牲は伴い、決して無事に済みはしない。

 ただここで足を止める訳には行かないし、誰も引き下がろうとはしない。

 ゴム弾を浴びようと、傷を負おうと、この後にどんな処分が待っていようと。

 私達は自分の信じる道を進むだけだ。



 ケイと風間さんがバリケード前に止った軽トラックに取り付き、そこから発砲。

 拠点を確保し、ショウが素早く合流。

 御剣君が左側に到着したのを確認し、端末で合図。

 同時に古タイヤを上り、体に当たるゴム弾に顔をしかめる。

 今はせめて、これがボウガンで無くて良かったと考えよう。


 私より先に古タイヤと廃材の上に立ち上がる御剣君。

 彼にゴム弾が集中した所で私も上に立つ。

 その彼の気遣いに感謝しつつ、顔をブロックしたまま古タイヤと廃材を飛び越え銃を乱射している警備員にスティックを振り下ろす。

「ん」

 手に感じる違和感。

 腕を直撃したはずで、プロテクター越しでも卒倒させるだけの威力だったはず。

 しかし警備員は銃こそ落としたが、それ程大きなダメージを追った様子は無い。

 鍛えてどうにかなるレベルではなく、動きから見て相当強度の高いプロテクターを着込んでいる様子。


 掛かって来いという顔で、両手を下げる警備員。

 全身プロテクターで覆われ、頭部もヘルメットを被っている。

 おそらく強度はどこも同レベルで、それがこの過剰な自信につながっているんだろう。

「せっ」

 左肩をスティックで付き、右足が浮いたところを素早く刈る。

 体が浮いたところで改めて顔を付き、上からスティックを振り下ろす。


 ショックを吸収する素材を使っているのは分かっている。

 ただし振動に耐えられるのは、人間側に限界がある。

 脳震盪でも起こしたのか警備員はうめき声だけ上げ、地面に倒れたまま。

 重さのせいで動きが鈍い分、むしろこっちの方がやりやすい。

 ショウ達はもっと手っ取り早く、相手を掴んで体重を乗せ地面に投げ飛ばす。

 プロテクターが固い分受身も取れず、警備員達はあっさり床へ倒れていく。

 しかしバリケードはともかく、警備員の装備や武器は徐々に質が上がっている。

 この先は、より慎重に行動した方がいいだろう。


 残っていた逃げ出したところで、古タイヤと廃材の山を見上げる。

 バリケードは道を塞ぐための道具。

 道具なので、撤去する事も考えられて作られた構造。

 手順さえ踏めば簡単にどかす事は出来る。

 ただ古タイヤや廃材はまさにゴミで、移動させるのは容易ではない。

 古タイヤの隙間から反対側を覗き、顔を出している風間さんに話しかける。

「軽トラックで動かせそうですか?」

「まず、こっちので確かめる。最後に一回くらいは動くだろ。下がってろよ」



 少しずつこちら側にずれてくる古タイヤと廃材。

 上の方は揺れに耐え切れず、大きくしなってあっさり地面に落ちていく。

 手前側に落ちる物もあるが、軽トラック側に落ちる物もある。

 それでも軽トラックは古タイヤを浴びながら突破を果たし、廃材の真ん中で完全に動きを止めた。

「後は少しタイヤをどかして、後ろの軽トラックを通す。阿川」

「今行く」

 端末に聞こえる阿川君の声。

 ショウ達が古タイヤや廃材をどかし、その狭い間を軽トラックが抜けてくる。

「後は特別教棟までだ。女と、盾だけ乗せて突っ込むか」

「その前に一旦休憩しましょう。それと、怪我の手当てを」

 今にも走り出しそうな風間さんの顔を指差すモトちゃん。

 頬には擦り傷やあざが出来、ジャケットの袖からは血が垂れている。


 前で戦っていた人達は大体同じような状況で、私も気付くと頬に傷が出来ていた。

「それと水分と糖分の補給を」

「糖分って、これか」

 差し出された乾パンに顔をしかめるショウ。

 しかし文句を言う割にはやたらと手が伸び、最後には御剣君と掴み合いを始めた。

 あれだけ暴れてもこの元気。

 ただそれが、今はうらやましくもあり頼もしい。

「他のグループは?」

「ほぼ同じくらいの進行状況。ただ、警察が到着したみたい。機動隊がね」

「機動隊」

 乾パンを齧り、後ろを振り向く。


 警官が追ってくる様子は無く、ただ彼等が本気になれば掴まるのは時間の問題。

 今は私達が攻める側だが、目指す場所は特別教棟。

 当然警察もそれは分かっていて、彼等はそこを目指せばいいだけだから。

「それで、警察は?」

「真田さんと緒方さん達が説得してる。通用はしないだろうけど、時間は稼いでくれる」

「無理はしないように伝えて。間違っても、実力で止めようなんて思わないでって」

「それは大丈夫だと思うけど」

 笑いながら端末でそう伝えるモトちゃん。

 一瞬彼女の表情が険しくなり、ため息混じりに私が言った事を改めて伝えた。

「あの子達って、あんなに熱かった?」

 私を見ながら話すモトちゃん。

 そんな事は知らないと言いたいが、後輩は先輩の背中を見て育つとも言う。

 今回の是非はともかく、彼女達の思いは私の心を熱くするのに十分だ。

「そろそろ、塩田さん達が特別教棟近くに到着する。私達も移動するわよ」

 手を叩いて私達を促すモトちゃん。

 最後に一口水を飲み、プロテクターとグローブの具合を確認。

 制服は汚れてしまったが、下に着ているプロテクターの強度に問題は無い。


「ただ、あれが気になるんだよね」 

 そう言って、空を指差す七尾君。 

 低いエンジン音を唸らせ、教棟の上を旋回する数台のヘリ。

 連日マスコミの話題になっているため、今日の出来事は格好の取材材料。

 ヘリから撮影するのが一番分かりやすいかもしれない。

 ただ彼の指摘通り、良く見ていると1台気になる動きをするヘリがいる。

 他のは学校全体を大きく旋回しているのに対し、その一台は決まった位置を順に回っているだけ。

 七尾君が言うには、その動きが徐々に狭まってきているとの事。

「警察が監視してるんじゃないの」

「いや。その前から飛んでた。警察のヘリは、まだ来てない」

「どういう事?」

 ポイントだけを狙って動くヘリ。

 つまりは、私達や塩田さん達の居場所だけを狙って動いているヘリ。


 しかし向こうが何者かは確かめようが無く、また確かめられたとしても手の出しようも無い。

 バリケードや古タイヤなら突破も可能だが、見上げた空に浮かぶヘリはその言葉通りただ見ている事しか出来はしない。

「何もしてこないよね」

「そう思いたいんだけどね。さっき上がった煙。あれって、もしかしてヘリから」

 途中で止る言葉。

 一斉に走り出し、教棟の陰に隠れる私達。

 ヘリが突然急降下して、ローターの強烈な風が辺りの木々を激しく揺らす。

 砂煙が舞い上がり、周りは一面茶色に塗りつぶされる。


 人が降りてきたり撃たれる事は無かったが、威圧するには十分な内容。

 この調子で続けられてはどうしようもなく、また教棟が途切れるこの先は遮るものがあまり無い。

 あの風と砂煙に晒されながら進んでいてては、狙って下さいと言っているのと同じ事だ。

「撃っても、届かないよね。あの風だと」

「と言うか、やりすぎだろ」

 鼻を鳴らしてヘリを見上げるケイ。

 つまり学校はそれだけ本気である事の証明。

 他のヘリはTV局の取材のはずで、近くにいたヘリは今の映像を押さえたはず。

 それが放映されれば相当非難を浴びるだろうが、それも承知の上なのかそこまでの判断がすでに付いていないのか。

 どちらにしろヘリは未だに頭上でホバリングを続け、こちらの動きを監視している。

「軽トラックでピストン輸送するか」

「ガソリンが無いでしょう」

 冷静に指摘するサトミ。

 風間さんは舌を鳴らし、空に向かって銃を放った。


 その途端ヘリが急降下して、撃った弾が彼へと戻ってくる。

「最悪ね」

「馬鹿」

「死んでよね、もう」

 一斉に罵声を浴びせる石井さん達。

 しかしそれでも風間さんはめげずに、今度は石を投げ始めた。

 そう。彼はひるんでもいないし諦めてもいない。

 例え無意味でも無駄でも、抵抗を続けている。

 私が学ぶのはその姿勢であり、彼の心。

 地区は違っても、この先輩からだって学ぶ事はいくらでもある。


 振動する端末。

 誰かを確認する余裕も無く、空を見上げながら通話に出る。

「雪野さん。そこから動かないように」

 その言葉は、耳を覆いたくなるような轟音に掻き消される。

 私達を覆い隠す黒い影。

 空を軽やかに舞う流線型のしなやかな機体。

 わずかにせり出している羽にはミサイルが搭載され、機体の先端には機銃が二門並んでいる。

「戦闘機の飛行ルートだった?」

「それにしては低いでしょ」

 呆然としながら会話を交わすモトちゃんとサトミ。


 私はすぐに事態を悟り、空に向かって両手を振る。

 それに合わせるかのように、大きく急上昇して一気に急降下をする戦闘機。

 ヘリはその動きに翻弄され、私達の頭上から逃げていく。

 素早くその後ろに付き、前に進むよう促す戦闘機。

 ヘリはおそらく全速力で、私達の目の前から消え去った。

 VTOL機なのか、今度は戦闘機が私達の頭上で止ったまま。

 轟音が鳴り響く中、改めて空に向かって両手を振る。




 私の先生に向かって。

 私が唯一そう呼んでいる人に向かって。 

 心にこみ上げる思いと感謝の念。

 やってる事は無茶苦茶だけど、今はそれが嬉しくてたまらない。

 そして先生と出会ってよかったと心の底から思う。

 彼の弟子である事を心から誇りに思う。













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