表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第37話   2年編最終話
421/596

37-7






     37-7




 学校の前で車を下ろしてもらい、時計を確認。

 文字盤が赤く染まり、風は冷たさを増してきた。

 自分では何もしていなかったのに、気付けばもう夕方。

 振り返れば、時が過ぎていくのは一瞬だ。

「俺、そろそろも帰るか」

「ご苦労様でした」

「言っておくけど、俺は卒業式はどうでもいいからな。短慮を起こすな」

 そう言い残して去っていく名雲さん。

 彼も3年で、ただ今の言葉からも分かるように固執はしていない様子。

 今まで警備はしたかもしれないが、自分が卒業生として出席した事は無いはず。

 今回を逃せばその機会は無く、彼には是非とも出てもらいたい。


「私達も帰ろう。また明日、お願いね」

「明日?」

 怪訝そうに聞き直す御剣君。

 ショウは特に反応は無い。

「さっき言ったでしょ。署名を学校へ運ぶって」

「ああ。そういう事。場合によっては、下ろすんですよね」

「明日じゃなくても、いつか下ろす時は来るだろうね。じゃあ、お休み」

「本当、お疲れ様でした」

 翳った表情を残して去っていく御剣君。

 それは日暮れのせいにしておこう。

「じゃあな」

「うん。またね」

 軽く私の肩に触れて去っていくショウ。

 ダンボールの事は何も言わないし、名雲さんの事も口にしない。

 彼はただ自分の出来る事を黙々とこなしていく。

 不平や不満の一つや二つ、勿論彼にもあるだろう。

 だけどそれを表には出さず、自分に出来る事を成し続けている。

 私も、その姿勢を少しでも見習いたい。




 家に帰ろうかとも思ったが、少し気になりサトミ達のいるマンションへとやってくる。

 ドアを開けた途端に漂ってくる良い香り。

 そして言い争うような台詞。

 何事かと思い声を辿り、キッチンへ入っていく。

「遅かったのね」

 包丁片手に振り向くサトミ。

 他意はないだろうが、包丁は置いて欲しい。

「色々忙しくてね。ご飯作ってるの?」

「モトがうるさいのよ」

「あなたが何でも計ろうとするからでしょ。魚は何グラムでもいいのよ。一尾なら一尾。それ以上でもそれ以下でもないの」

「同じ種類でも個体差がある以上、調味料も変わってくるじゃない」

「それはその都度味見をすればいいの。……ちょっと、疲れた」

 そう言って、床にしゃがみ込むモトちゃん。


 私やモトちゃんはレシピが頭に入っている料理なら、後は感覚だけで作っていける。

 サトミも、レシピは私達以上に記憶しているはず。

 でもって、何事も機械的に数字だけを見て作る傾向がある。 

 レシピはあくまでも目安であり、大まかな基準。

 それを書いた人の好みや、雑誌のタイプによって違う。

 さらに言えば雑誌で使っている調味料と同じ物を使える訳ではないし、素材も種類は同じでも鮮度や品質は当然違う。

 それを考えてという事は、まあサトミには無理か。


「それで、何してたの」

「いわしを煮てた」

 しゃがんだまま答えるモトちゃん。

 小鍋のふたを開けると、確かに綺麗に色づいたいわしが数尾泳いでる。

「それで、他には?」

「他って何」

 しゃがんだまま呟くモトちゃん。

 やる気も何もかも失ってるな、この子。

「おかずがイワシだけって事は無いでしょう。いや最低限それでも良いけど、せめて味噌汁とか」

「味噌汁って何」

 重症だな、この人は。


 4つあるコンロの上に置いてある鍋は、イワシを煮ている小鍋だけ。

 後はまな板と野菜が少し、テーブルに置いてある。

「もう、夕方だよ。インスタントで適当に作る?」

「ああいうのは、体に悪いのよ。炭水化物や糖分塩分の取りすぎになるわ」

 真っ向から否定するサトミ。

 モトちゃんは何も言わず、膝を抱えてうずくまったまま。

 多分、お昼からずっとこの調子なんだろうな。

「分かった、外に行こう」

「イワシはどうするの」

「それは持ってきて。外、外で食べよう」




 別に、料理屋さんへイワシを持ち込む訳ではない。

 ましてこの寒空の中、イワシの入った小鍋を囲んで食事はしない。

 静かに上がっていくエレベーター。

 怪訝そうにこちらの様子を窺う、綺麗なマダム。

 いや。マダムかどうかは知らないが、ふかふかした毛皮を着ていたので。

「イワシです、イワシの煮付け」

「そ、そうなの」

 自分が見ていた事への答えだと分かったのか、曖昧に笑うマダム。

 確かに小鍋を抱えて高級マンションのエレベーターに乗り込んでくる女の子達は、かなりの不思議な存在だろう。

「引っ越してこられた方?」

「友達がいるので、おすそ分けに」

「そう。楽しそうで良いわね」

 最後は優雅に笑い、エレベーターを降りていくマダム。

 多分ここに住んでいる人は全員あのくらいのクラスで、私達は相当異質なんだと思う。

 少なくとも、イワシの入った小鍋を持ってエレベーターには乗ってこないはずだ。




「イワシ、ですか」

「美味しいと思うよ、多分」

 味見はしていなかったので断定はせず、それをコンロに乗せて火を点ける。

 その隣には大きな土鍋。

 ふたからは湯気が吹き上がり、そろそろ完成といった風情。

「鍋?」

「ええ、まあ」 

 不審そうな目で見てくる神代さん。

 それには構わず、コンロの温度を下げてイワシをつつく。

「いいね、鍋」

「食べる?」

「だったら、お言葉に甘えて」

「お裾分けじゃなくて、たかりに来てるんじゃない」 

 サトミの台詞を聞き流し、イワシを皿へ盛る。

 モトちゃんがついていたせいか、出来としては悪くない感じ。

 これもテーブルへ運び、中央は当然鍋へ譲る。

「大勢の方がおいしいですよね」

 優しい事を言ってくれる渡瀬さん。

 緒方さんは鼻で笑い、ビールを傾けているが。

「遠野さんが作ったんですか」 

 怪訝そうに尋ねる真田さん。


 彼女が知っているサトミは、中等部のサトミ。

 料理をする柄ではなかったし、それは今でも違う。

 彼女にとってサトミは憧れの存在で、また料理をするというイメージはまるで無いんだと思う。

 それは私にも無いし、モトちゃんにも無い。

 これも、私達の成長の証なんだろう。

「まあ、まずくは無いですね」

 かなり率直な感想。

 もう少し言い方があると思うけど、そこは親しい間柄という事にしておこう。

「何がまずくないの。時間も分量も全て完璧よ」

「温度も?鍋全体の温度は、必ずしも一定にはならないでしょう」

 ぐいぐいと追い詰める真田さん。

 サトミは歯ぎしりしそうな顔で彼女を睨みつけ、イワシの煮つけを口に運んだ。

「美味しいじゃない」

「自分で作ったから、バイアスが掛かってるのでは」

「可愛くない子ね」

 思わずどっちがと言いそうになり、箸を鍋に伸ばして白菜を掴む。


 よくダシが染みていて、かといって白菜の風味が失われている訳でもない。

 鶏がら系のスープだが、かすかにカツオの香りもする。

 サトミでは出せない、こなれた熟練の味とでも言おうか。

 多分調味料は目分量で、本来のレシピとも違うはず。

 この辺りの融通が出来てこそ料理も美味しくなり、大抵はそういうステップを踏んでいく。

 サトミに関しては、一生このままだと思うけど。

 第一物事にアバウトなサトミなんて、らしくないし見たくも無い。



「誰か来てるよ」

 来客を告げるモニター。

 そこに映ってるのはケーキの箱。 

 ではなく、石井さん。

 素早く玄関へ向かい、ドアを開けて出迎える。

「どうかしたんですか」

「チィちゃんが鍋やってるって聞いて」

「ごめんなさいね。食い意地が張ってて」

 そう言いつつ、部屋に上がりこんでくる山下さん。 

 誰の食い意地なのかは知らないが、石井さんから箱を受け取り匂いを確認。

 昼もケーキは食べたけど、夜は食べないという理屈は無い。

 ただこれは、重さからみてプリン系だな。

「全く。それで、出来たの?」

「今食べ出したところです。それは?」

「一応、持ってきた」

 土居さんが差し出したのは、綺麗に焦げ目のついたグラタン。

 鍋にグラタンというのも意味不明だが、和風ばかりでは口が飽きるという配慮かもしれない。


 テーブルを追加して、改めて全員で食事を始める。

 人数の関係上鍋も一つ増やし、その真ん中にグラタンやサラダ。

 イワシの煮付けも並べ、和気藹々と楽しい食事を楽しむ。

 ただ自然と北地区の人達と私達や真田さん達という構成になる。

「いつもこうなんですか」

 お茶のグラス片手に尋ねてくる緒方さん。

 彼女の視線は私達、そして隣のテーブルで鍋をつついている石井さん達に向けられている。

「みんなで食べるって事?」

「ええ」

「いつもという事はないけどね。寮だと、それぞれ勝手に食べてるし。時間が合えば、一緒にも食べるけど」

「いい事ですね」

 思わず食べていた糸こんにゃくを噴き出しそうになった。

 お酒でも飲んでるのか、この子。

「変な事言いました、私?」

「い、いや。変ではないけど。改めて言われてもさ」

「毒とか入れられる心配は無いですものね」

 笑いながら語る緒方さん。

 彼女が言いたいのは、そっちの話か。

 ただ名雲さん達も彼女と同じように修羅場をくぐってきただろうけど、あまり食べ物に気を払ってる様子はなかったな。

「名雲さんは、何でも食べてたよ」

「世の中、例外もあります」

 例外なのか、あの人は。

 確かに、分からなくもないけどね。

 彼等も外食はするけど、舞地さんの食事に関しては池上さんが作っているというイメージがある。

 それは単に世話を焼いているだけではなく、何かを混入されないためだったという事か。


「甘い物欲しいな、もっと」

 そう言いながらキッチンへと消える石井さん。

 私は持ってきてないし、渡瀬さん達もちゃんも首を振る。

 だったらここには、何もない。

「みりんしか無いじゃない」

 無いじゃないって言い方も無いじゃない。

 すると渡瀬さんが立ち上がり、上着を羽織って玄関へ歩き出した。

「下のコンビニで買ってきますね」

「そんな、悪いわよ。ミルフィーユなんて」

 なんだ、それは。

 私ならこの時点で鍋をひっくり返しそうだが、渡瀬さんはにこにこと笑って部屋を出て行った。

 よく分からないけど、これが先輩と後輩の阿吽の呼吸なんだろうか。


「いつも、ああなんですか」

 今度は私が石井さんに問い掛ける。

 彼女は何がという顔で、豆腐を鍋からすくい上げた。

「ああやって頼んだりするのは」

「別に強制はしてないんだけど。なんか、変だった?」

「それを言われると、ちょっと」

 私が先輩と呼べるのは塩田さんと、彼の友人の数人。

 最近は舞地さんや天満さん達がいるけれど、いわゆる先輩後輩という付き合い方はあまり慣れていない。

 良く言えば自立。

 もしくはこれが、仲間内だけで固まっていると言われる原因か。

「よく分からないけど、私もチィちゃんも無理にやってる訳じゃないから。勿論、先輩として多少勝手な事は言うにしてもね」

「勝手」

「そこは少し早く生まれた人間の特権じゃないかしら。ミルフィーユまだー?」

 端末に向かって叫ぶ石井さん。

 私には無かった世界。

 それを一方的にどうと私が決め付ける事も出来はしない。


 ただ本当にないのか、少し試してみよう。

「お茶飲みたいな」

「キッチンにありますよ」

 素っ気無く答える緒方さん。

 彼女も年齢的、学年からすれば後輩に当たる。

 でもって、この態度。

 ただ、私はこのくらいの方が心地いい。

「はは」

 軽く緒方さんの頭を撫で、鼻歌交じりにキッチンに向かう。

 石井さんと渡瀬さんが、普通の先輩と後輩の関係。

 ただ、私は私の関係を築けばいい。

「レンゲもお願いします」

 別に、そういう関係は望んでない。




 渡瀬さんに肩を揉ませて悦にいる石井さん。

 そんな事もあるだろうなと思いつつ、箸を置く。

 これ以上は限界で、プリンに取っておく分も必要だ。

「疲れてる?」 

 笑い気味に話し掛けてくる山下さん。

 食事が残っているのに端を置いたのを気にしたのかもしれない。

「いえ。これ以上はもう入らないので」

「小食なのね。お酒は?」

「いえ」

 差し出されたビールの缶に手を振り、それを断る。

 嫌いではないし、彼女が持ってきたのは低アルコールの物。

 ただしこれからは何があるか分からず、出来るだけ体の動きを鈍くするものは控えたい。


「卒業式の事を気にしてるとか」

「それは当然でしょう。例えセレモニーだとしても、大切な事じゃないんですか」

「そういう気持ちはありがたいけど、それがあなた達の負担になるのなら式はどうでもいいと私は思うの」

「はぁ」

「ただ中には、「あいつらが暴れたせいで、式が中止になった。どうしてくれる」と思う人もいる。難しいわね」

 静かな口調で説明する山下さん。

 私達にとっては耳の痛い、ただもしかすると多数派の意見を。

「助言するような柄でもないんだけど、あまり思いつめられても困るから」

「いえ。私達は、特に無理はしてませんから」

「だと良いんだけど」

 少し笑い、イワシの煮付けに箸をつける山下さん。

 そして少し眉を動かし、小さく頷いた。

「遠野さんって、何でも出来るのね」

「そんな事は」

 照れ気味に顔を伏せるサトミ。


 頭が良いと誉められるのは今更で、外見を褒められるのも同様。

 ただ、料理の関して良く言われる経験は今まで殆ど無かったはず。

 彼女の顔が赤くなるのも当然といえよう。

 これもまた先輩と後輩の関係。

 先輩としての優しさ、包容力だろうか。

「モンブランじゃないってばー」

 何か叫んでる人はともかくとしてだ。


「なんかまた、難しそうな事話してるね。卒業は出来るんだから、あんた達は大人しくしてれば良いんだよ。管理案にしろ、素直に従ってればさ」

 良く言えば柔軟。

 少し弱腰とも取れる発言をする土居さん。

 式はともかく、管理案にこう言われるとは思ってなかった。

「変だった?」

「私達は一応、管理案の廃案もしくは大幅な変更を求めてますから」

 苦笑気味に説明するモトちゃん。 

 土居さんはお茶のグラスを傾け、小さく息を付いてそっと両手で包み込んだ。

「結局昔の話になるんだけど。屋神さんや河合さん達も、今思えば自己犠牲の面が強かったんだよね。私はその時他の学校にいたから、直接は知らないんだけど」

「今の私達がそうだと?」

「まあ、ね。場合によっては停学、退学にもなるだろうし。気持ちはありがたいけど、あんた達が退学になるくらいなら式も管理案もどうでもいいんだよ」

 諭すような口調と伝わってくる彼女の思いやり。

 私達のやや行き過ぎた行動への戒め。

 それを気に掛ける人がいると、彼女は教えてくれた。

「でも止めないって顔だね」

「済みません」

 そう謝るモトちゃんの頭を撫でる土居さん。

 多分池上さんでも彼女の頭はあまり撫でないはずで、それには自然と顔が赤くなる。

「まあ、頑張ってよ。あたし達は今更何も出来ないけどさ」

「ええ」

「草薙中学来北地区、石井唯。校歌斉唱ー」

 突然の歌声。

 多分防音設備は整っていて、楽器の演奏も問題は無いと思う。

 しかし歌い出したのは、歌詞を聴く限り北地区の校歌。 

 それに山下さんと渡瀬さんが声を揃えて歌い出す。


「まあ、あれでも先輩だからさ」

 ため息混じりにそう言って、お茶のグラスを傾ける土居さん。

 そこに石井さんが駆け寄り、彼女を引き立て渡瀬さん達の所へ連れて行く。

 笑い声と歓声と、歌声と。

 時はただ楽しく過ぎていく。




 とはいえ親切な小人は、このマンションには住んでない。

 鍋と皿と、床に散ったお菓子の袋。

 この辺は石井さんだな、どうも。

 それでも彼女達に後片付けをさせる訳にも行かず、先輩達は先に帰らせ後片付けを自分達でする。

「雪野さん達はいいですよ。私達でやりますから」

「え」

 渡瀬さんの言葉に声を裏返す緒方さん。

 真田さんと神代さんは何も言わず、すでに食器をキッチンへ運び込んでいる。

「だったら、お言葉に甘えて」

 床に座り、ソファーへ背をもたれるモトちゃん。

 サトミはTVで英語のニュースを見出し、私は少し考えてみる。

 今回の式の件は、やっぱり管理案というか今の学校の体制がそのまま出た形。

 選ばれた人。

 つまりは学校にとって都合の人間だけを優遇するという形が。

 この件自体は直接管理案とは関係ないが、本質的な部分は同じ。

 だからこそ見過ごす訳にはいかないし、やはり式は全員出席で行うべきだ。



 真剣に考え込んでいると、モトちゃんが顔を覗き込んできた。

「どうかしたの」

「式はやりたいなと思って」

「結婚式の事?」

 なにやら怖い事を言い出すモトちゃん。

 誰と誰のかはともかく、挙式の無い結婚というのも少し寂しいとは思う。

 勿論役所に届けてで籍を入れるのも大切ではあるが、ささやかでもいいから式は上げたい。

 ウェディングドレスを身にまとい、仲間や家族からの祝福を受ける。

 そして愛する人との誓いをかわす。


 勿論それこそ形式であるけど、ここまで明確に目的や願望が現れる物も無い。

 それこそ籍はどうでもいいから式だけ挙げたいという人もいるだろう。

 私ならとりあえず熱田神宮で神前式を挙げて、後はホテルかどこかで披露宴かな。

 規模は小さくてもいいから、友達や家族を呼んで楽しくやりたい。

 それにはまず、相手が必要なんだけど。

「いや。妄想に浸ってる場合じゃない」

「ご飯食べたばかりでしょ。なに焦ってるの」

「式、式」

「どうもそれにこだわるわね」

 嫌な兆候を感じ取ったという顔のモトちゃん。

 私としては至って冷静で、特におかしい事は無い。

 私の冷静が、彼女にとってはすでに異常だったら仕方ないが。

「だって、式はやるべきでしょう。3年間の総決算なんだよ」

「具体的な考えでもあるの?

「無いけどさ。とにかく、式はやる」

「今、ロックアウトされてるのよ。それはどうするの」

「第一学校が式を主催するんだから、ユウ一人では開けないでしょ」

 TVを見ながら冷静に指摘するサトミ。

 確かにそれは最もで、やるもやらないも学校次第。

 つまりはその説得も必要な訳か。

「村井先生は、交渉してるって言ってたけど」

「はかばかしくないみたいね。向こうは向こうで意地になってるんだろうけど」

「式をやらない方が、評判は悪くなるんでしょ」

「評判よりも、今までの恨みを晴らしたいんじゃなくて」

 誰への恨みかは、それぞれ思い当たる節があるので言わないサトミ。

 それは私も、怖くて口に出せそうに無い。



 式の話は一旦置いて、別に思い付いていた事を提案する。

「ただ、アピールの仕方は一つ分かった」

「アピール?何の話」

「お祖父さんが署名を集めてたでしょ。だから、それに似た事もやれるんじゃないかと思って」

 私の考えを伝えると、サトミとモトちゃんは顔を見合わせしばし無言で見つめあった。

 そんな変な事を言ったつもりは無いが、多少無理があるのは私も分かっている。

「それで、集まってるの?」

「まだ、これから。二人の意見も聞こうと思って」

「私達は構わないけど。他の子はどうかしら」

「確かに、良い考えよね」

 初めての協力者はこの二人。

 そのために、他の子からは集めていなかったという事もある。

「ちょっと、ショウの家に行ってくる」

「今から?」

「まずは仲間から集めたいの。渡瀬さん達の分もお願い」

「ちょっとこんな時間に」

「すぐ戻る」




 さすが高級マンションだけあり、車のレンタルまでやっている。

 夜の空いた道を軽快に走り、玲阿家の本宅に到着。

 駐車場へ車を停め、羽未の出迎えを受けて母屋へ向かう。

「こんな時間に、なんだよ」

 怪訝そうな顔で、それでも玄関まで出迎えてくれるショウ。

 そんな彼に手を差し出し、事情を説明してにこりと笑う。

「分かった」

 素直に応じてくれるショウ。

 これで事は成った。

 後はこのまま帰って、寝るとするか。

「もう帰るのか」

「帰るよ。また明日」

「それ、さっきも聞いたぞ」

 背中に笑い声を受け、そのまま駐車場へと向かう。

 すると幽鬼のような影とすれ違い、咄嗟にスティックをジャケットの懐から抜く。


「……なんだ」

 歩いていたのはケイで、ただこれならスティックを振り下ろしても良かったな。

「この家に泊まってるの?」

「三色昼寝付きで、美人なお姉さんも住んでる。言う事ないね」

「ふーん」

 確かにあのマンションとこっちとどちらの待遇がいいかといえば、間違いなくこっち。

 美人のお姉さんはともかく、イワシを煮るのに1日掛かる人は住んでないだろう。

「ああ、そうだ。話がある」

 彼にも事情を説明し、有無を言わさず奪い取る。

「御剣君とかにも伝えておいて。それと、ケイは男子寮に行って話して来て」

「おい」

「卒業式はあさってなの。時間が無いのよ」

 強引に彼を引き連れ、駐車場までやってくる。

 しかし、彼に運転させるのも少し怖いな。

「いいや。運転は私がする」

「目、大丈夫なのか」

「じゃあ、運転出来るの?」

「今のユウよりはましだろ」

 手の汗をぬぐいながらハンドルを握るケイ。

 私もなんか、嫌な汗を掻いてきた。

「俺はどうすればいい」

「ショウは、マンションへ戻ってサトミ達と話してみて。すぐ連絡する」

「明日じゃなかったのか」

「状況は刻一刻と変わってるのよ。じゃあね」

 我ながら、ひどいとしか言いようのない台詞だな。



 その報いは受けたと言うべきか。

 ケイの慎重運転で男子寮へと辿り着く。

 慎重なのは良いが表情はいつになく真剣。

 見ているこっちが疲れてくるくらいで、全くもって気が休まらない。

 その彼は車をどこに停めるかと思ったら、ロータリー前に横付けした。

「いいの?」

「救急車が停めるくらいのスペースはある」

「そういう問題?」

「今は寮生じゃないし、このくらいは問題ない」

 基本的に他の人へ迷惑を掛ける事はしない人なので、彼には彼なりの考えがあるはず。

 とりあえず、今はそういう事にしておこう。

「で、どうするの」

「おい」

 目を釣りあがらせて振り返るケイ。

 何も、そんなに怒らなくてもいいじゃない。

「とにかく話を聞いてもらう」

「話、ね」

 まるっきり関心のない様子で、それこそ今すぐ寝たいという顔。

 まだそんな時間では無いが、私と付き合うならそちらの方がましらしい。

「卒業式がどうなっても良いの」

「知るか、そんなの。あの下忍を退学させる方法なら、考えても良い」

「もうあさってなんだから、退学にはならないでしょう」

「適当にでっち上げて、大学への進学も出来ないくらいの」


 「ぐっ」とうめいて卒倒するケイ。

 塩田さんは振り上げていた足をゆっくりおろし、靴のつま先でケイをつついた。

「お前が退学しろ。この馬鹿が。で、卒業式がどうした」

「学校に反抗的な生徒は、式に出席出来ないそうです」

「随分露骨な事をやり始めたな。ただもしそれが本当なら、やらない方が良いだろ。そこまで揉めたら、他の人間にも迷惑が掛かる」

 大人の意見。

 理解のある発言。


 彼に限らず山下さん達も同じような事を言っていた。

 自分達のために、私達が不利益を被る必要はないと。

 それは正しい意見なのかも知れない。

 だけど私は、納得出来ない。

「それは塩田さん達の意見で、私の意見ではありません」

「おい。出席するのは俺達だ」

「知りません。とにかく、意見を集約するのでお願いします」

 事情を話し、彼からも受け取る。

 今気付いたけど、量が増えると結構かさばるな。  

「どうしよう、これ」

「木之本君に頼めば管理してくれるだろ」

「悪くない?」

「だったら、自分で管理すればいい」

 決して俺が管理するとは言わないケイ。 

 何より、彼へ渡すのは色々と問題がありそうだ。

「保管方法は知らんが、集めたいのなら何人か呼ぶぞ」

「助かります」

「確か風間達が、寮にまだいるはずだ」

 端末でメールを一斉送信する塩田さん。



 程なくして、その風間さんや阿川君達が現れた。

 彼等全員からも受け取り、大切に袋へしまう。

 よく考えれば署名は紙一枚で10人分くらい。

 段ボール一箱で数千人か。

 改めて、お祖父さん達が集めた署名のすごさを思い知る。

「なんだ」

「署名は多分、数十万の規模で集まってるんです。それに比べたら私のは、ちまちましてると思って」

「他人と比較する事でもないだろ。まして、数を競うものでもない」

 優しく諭してくれる塩田さん。

 その優しさに、つい心の奥が熱くなる。

 私に先輩と呼べる人は少ないけれど、彼という先輩に付いてきて正解だったとも。


「卒業式なんて、どうでもいいだろ。なあ、阿川君よ」 

 何やら含むところがあるような言い方をする風間さん。

 阿川君は視線をそらし、興味がないという態度を明確に示す。

「最近こいつの所に、女が押し寄せてきやがってさ。「阿川君、卒業式の後の予定は?私達と一緒に食事しない?」だってよ」

「俺が申し出た訳じゃない」

「お前、全部スケジュールに組み込んだだろ。俺にはないのか、そういう話は」

「さっき、部屋の前に紙袋が置いてあったぞ」

 ぽつりと呟く塩田さん。

 それが一体彼にどう作用したのか、突然叫び声を上げて壁に拳を叩き付けた。

「お前は合コンで、俺は紙袋か」

「そういう態度が問題じゃないの」

 思わずそう指摘すると、風間さんはもう一度叫んで壁を叩いた。

 少なくともこんな人間に近付こうとは思わないし、まして卒業式の後一緒に過ごしたいとは考えない。

 この人も見た目は悪くないけど、間違いなく性格の面で損をしてるな。


 しかし石井さんと言い彼と言い、この人達は私のイメージするいわゆる先輩像とはやや違う。

 壁を叩き続ける彼に興味も示さず、黙りっきりの阿川君もどうかと思うが。

 それを考えると、やっぱり私は先輩に恵まれてるな。

「沢さんは、予定はないんですか」

「長野に行くよ。知り合いが向こうにいてね」

「長野」

「高校を卒業すればフリーガーディアンでもなんでもない。大学生ですらない。そう言う気楽な立場を満喫するよ」

 はにかみ気味にそう答える沢さん。

 彼こそフリーガーディアンという肩書きに縛られ、ずっと苦労をしてきた人。

 教育庁の特別公務員でもあり、言ってしまえば私達側に付く必要もなかったはず。

 それでも彼は何かと気を遣い、私達を助けてくれた。

 彼の思惑が全て私達と一致するとは限らないけれど、頼りになる先輩だったのは間違いない。



「何やら騒々しいですが、どうかしましたか」

 タオルを首に巻き、Tシャツと短パン姿で現れる大山さん。

 彼が制服以外を着た姿は殆ど見た事が無く、このラフな服装にこちらが少々戸惑ってしまう。

 ただ彼には女装してもらった事もあり、それは良い思い出だったとしておこう。

「阿川がもてて面白くないんだとよ」

「それは世の常でしょう。で、部屋の前にあった紙袋は?」

「知るか。……いや、待てよ。音はしてなかっただろうな」

「そこまでは気にしてませんでしたが。音がしたら何か」

 大山さんの質問には答えず、視線を交わし合う風間さんと沢さん。

 そして二人の間で意見があったらしく、小さく頷いて走り出す。

「どういう事なんですか」

「昔、中等部のオフィスに紙袋が毎日届けられた。その中には、燃えたり爆発するものもあったって事だ」

「あさってには卒業ですよ」

「本当、人の恨みって奴は恐ろしいな」



 同じようなドアが並ぶ廊下の先。

 私の目にも見える、何の変哲もない紙袋。

 ただ誰もそれには近付かず、自然と沢さんに視線が向く。

「どうして僕が」

「プロだろ」

「あれが爆発物だとして。別に、僕の体がそれに耐えられる訳ではないよ」

「理屈は良いんだ。時期が時期だけに、やばいものかもしれん。浦田、阿川達の部屋も見てこ。もしかして、そっっちにもあるかもしれん」

「了解」

 すぐさま廊下を引き返すケイ。

 そしてこっちは、沢さんがため息混じりに紙袋へと近付いていく。

「盾とかいらないんですか」

「あるに越した事はないけどね。火薬の匂いは多少するかな」

「ショウは、いないのか」

 これなら彼の方を連れてくれば良かったと思っても、いないのはしかたない。

 何より彼だって、いつまでも私の側に居続ける訳ではないのだから。


「あーあ」

「え」

 怪訝そうに振り向く沢さん。

 確かに、ため息を付くタイミングでもなかったな。

「何か必要な物はあります?」

「消火器と、バケツか段ボール。あの紙袋を覆えるくらいの」

「分かりました。塩田さんは消火器を。風間さん達は段ボールを探してきて下さい」

「俺に出来るのは、それくらいだな」

 冗談っぽく笑い、駆け出していく塩田さん。

 風間さんの方は、もう少し露骨に嫌な顔をするが。

「いいんですよ。代わりに処理してもらっても」

「この野郎。阿川、行くぞ」

「行くのなら、文句を付けるな」

 こちらは特に何の感情も見せず走り出す阿川君。

 それはそれでどうかと思うが、私も今は紙袋に集中しよう。

「危険ですか。確かに、火薬の匂いはするけど」

「量と、中身による。釘や金属片が入っていたら、大怪我では済まなくなる」

「じゃあ、早く」

「時限式か、リモートコントロールか。振動で反応するのか。慎重に行動しないとね」

 言葉の割に、紙袋の目の前でそう話す沢さん。

 声や腕の動きによる振動は大丈夫なのかと言いたいが、これは彼の専門。

 表情はいつになく生気に満ち、この状況をむしろ楽しんでいるような顔。


 いや。楽しんでいるは言い過ぎかもしれないが、恐怖も不安も感じていないのは確か。

 普段は物静かな人という印象だけの彼も、やはり私には想像出来ない程の修羅場をくぐり抜けてきたんだろう。

「沢さんは、卒業したらどうするんですか」

「まだ迷ってる。ここの大学に進むか、東京へ行くか。長野へ行くか」

「遅くないですか、進路を決めるのが」

「一応大学卒業資格もあるし、1年遊んで暮らしても良いね。などと、悠長な話をしている場合でもない」

 苦笑気味に足元の紙袋を指さす沢さん。

 そこにあるのはもしかすれば、殺傷能力すら持ち合わせた爆発物。

 確かに進路をのんきに聞いている場合ではなかったか。

 それに答える彼も彼だとは思うが。


 訳もなくまったりしている所に、息を切らせた塩田さんが戻ってきた。

「消火器持ってきたぞ」

ありがとう。中身を入れ替えるから、全部空にして」

「簡単に言いやがって。窓開けろ、窓」

「大丈夫なんですか」

「爆発するよりはましなんだろ」

 わずかに開けた窓の隙間へノズルを差しいれ、消火器のレバーを握る塩田さん。

 一瞬にして窓の外は雪景色のようになり、薬品の香りが隙間から漂ってくる。

「……空になったぞ」

「上のふたを開けて、このスプレーを装着して。で、ノズルにジョイントを付ける」

「……綺麗にはまりますね」

「自分の所持品は出来るだけ少なく、小さく。後は、その場にある物を利用するのが基本なんだよ。……これで、遠くからでも噴霧出来る」

 だったら紙袋へ近付いたのは何なのかとも思ったが、彼に彼なりの考え。

 感慨みたいなものが合ったのかも知れない。


 そこへ風間さん達も到着。

 小さな段ボールを振りながら、沢さんへ声を掛けてきた。

「段ボール、持ってきたぞ。これを被せるのか」

「処理した後でね。。みんな、少し下がって。温度に反応するタイプかも知れない」

「良く分からんが、全部燃やせば良いんだ」

「寮ごと、燃えるよ。ほら、下がって」 

 風間さん達を下がらせ、サングラスとグローブをはめる沢さん。

 彼が消火器のレバーを引くと白い筋が真っ直ぐ伸び、かなり遠くにあった紙袋が一瞬にして凍り付いた。

「これで、とりあえずは大丈夫。溶けるまではね。後は段ボールに詰めて、煮るなり焼くなりすればいい」

「持ち主へ返すのが基本だろ」

 低い声でそう呟く風間さん。

 今の冷気が生ぬるいと思えるほどの冷たさ。

 彼にこんな感情があったのかと思えるような。 

「……浦田か。……ああ、絶対触るな。……分かった他の連中にもそう伝えろ。……阿川の所にも、俺と大山の所にもあったらしい」

「全部回収するよ。ただ、持ち主は一応分かったんじゃないのかな」

「なんか、楽しくなってきたな」

 やはり低い声でそう呟く風間さん。

 何一つ楽しい事は無いと思うが、彼の中では何かのスイッチが入ったらしい。



 やがて段ボールが、寮の玄関前に山積みとなる。

 時期的には3年生の引っ越しとも重なるため、それ程人目を引く事はない。

「丁度良いところに車があるな」

 眼光を鋭くさせて、私達が乗ってきた車に狙いを定める塩田さん。

 ケイはトランクを開け、そこに段ボールを詰め始めた。

「借り物なので、手荒には扱わないように」

「足もつかないって事か。本当に悪いな、お前は」

「良いんですよ、自転車で運んでもらっても」

「冗談だ、冗談。阿川、運転しろ」

 塩田さんとケイを交互に睨み、それでも運転席へ乗り込む阿川君。

 その隣に風間さんが乗り込み、窓から顔を出してケイを呼び寄せた。

「地図は、地図」

「端末でリンクしますね。この時間だと愛人のマンションかも知れないので、候補を幾つか。場所の方は、その都度確認して下さい」

「楽しくなってきたな」

 彼の場合は、それこそ自転車で運びかねない勢い。

 こうなったら、もう絶対に止まらないのは私にも分かる。

「あまり良くはないと思いますけどね」

 苦笑気味に後部座席へ乗り込む大山さん。

 ただし乗るようにとは誰も言っていなく、彼もまた自分の意志で行動をしている。

「僕は帰って良いのかな」

「当然お前も乗るんだ。雪野達は、すぐにここから帰れ。車はマンションに戻しておく」

「何分、ほどほどに」

「お前が言うな」

 窓から出た塩田さんの手が軽く振られ、それを合図とするかのように車は走り出す。

 その行き先に何が待っているかはあまり考えてはなく、ただ彼等の複雑な感情の動きを見ているとそれを止める気にもなれない。


「このために、車をここへ停めたの?」

「そこまで深い理由は無かった。すぐ帰る気だったし、逃げるにも丁度良いかなと思って」

「で、人じゃなくて爆弾があったって事?」

「ああ。爆弾なのか脅迫状なのか知らないけど。一体何しに行ったんだか」

 半ば自分でけしかけておいて、この台詞。

 本当に悪いのは誰かという話だな。



 寮からマンションまでは歩いていける距離。

 車を乗ったのは寒さを避けるためと、もしかして他に寄る場所があるかも知れないと思ったから。

 街灯の灯る路地を二人で歩き、このシチュエーションに違和感を感じる。

 少なくとも夜に、ケイと二人で歩くなんて事はあまり記憶にない。

 とはいえ信頼感という事で言えば、ショウにも劣りはしない。

 口に出しては決して言わないが。

「結局塩田さん達はどこに行ったの」

「あの理事の家。か、愛人宅」

「ふーん」

 それなら私も行けば良かったな。


 今回の件をあの男が直接命令を下した訳ではないと思うが、その意に沿って行動している人間がいるのは確か。

 あくまで自分は安全な立場にいて、その権力を振りかざす。

 とにかく、そういう姿勢が気にくわない。

「良いけどね、別に」

 実際は何も良くはないが、あの場では塩田さん達の高いテンションにやや圧倒された部分もあった。

 彼等が異常に盛り上がっていたので薄々感じてはいたが、その盛り上がりにいまいちついて行けなかったのも事実ではある。

 私の場合はまだ間接的な被害しか受けていないので、彼等ほどの感情の高ぶりがないんだろう。


 マンションへ戻り、モトちゃんに事情を説明してため息を付かれる。

 確かにあまり賢い行動とは思えないが、あれは多分誰にも止められないだろう。

「危険ではないのね」

「ああ、捕まらない。爆発物の方は知らないけど」

「……明日、一度塩田さんから話を聞く」

 頭を押さえ、ベッドに背をもたれるモトちゃん。

 そう言えば、イワシ女が見当たらないな。

「サトミは?」

「キッチンで、ショウと料理してるわよ」

「ふーん」

 それはそれで、また面白くないな。

 いや。やってる事は面白そうだけど、その組み合わせが。

「邪魔しちゃ駄目よ」

「二人にしろって言うの?」

「自分も、ケイ君と一緒に来たじゃない」

「そんなの、比較にならないわよ」

 陰険な視線をかわし、とにかく今はキッチンへと急ぐ。

 何より、この二人が料理をするという時点でかなり背筋が寒くなる。



 キッチンに入ると、二人で同じ色のエプロンをしてジャガイモの皮を剥いていた。

 美少年と美少女と、少しのからかい。多くの笑い声。

 ちょっといたたまれなくなり、忍び足で下がっていく。

 今度は脇の下から汗が出てきたよ。

「戻ってきたの?」

「来たの。結局、あの二人は何してる訳」

「カレーを作ってる。明日の夜のカレーをね」

 ちなみに私達は、さっき夕ご飯を食べ終えたところ。

 勿論一日寝かした方が好きな人もいる。

 あの二人が、そこまで意図しているかは知らないが。

「指、切った」

 ぶっきらぼうな口調で私の前に現れるショウ。


 切ったと言っても、左手の人差し指に少し赤い筋が付いている程度。

 この前はナイフが刺さっていても平気な顔をしていたが、それは気のせいか。

「子供じゃないんだかさ。モトちゃん、消毒と絆創膏」

「舐めれば治るんじゃないの」

 救急箱をテーブルの上に置くモトちゃん。

 とりあえずショウの手をその横へ並べ、消毒を吹きかける。

 これくらいなら、絆創膏も必要ないだろう。

「ケイ、代わりにサトミを手伝って」

「俺は元々、お払い箱だ」

「私は絶対やらないわよ」

 明確に拒絶する二人。

 ここでようやく、どうしてショウが手伝っていたかを理解する。

「仕方ないな」



 エプロンを掛け、手を洗ってサトミの様子を確認する。

 器用ではあるが、神経質で固い動き。

 大体とか、おおざっぱという言葉とは最も遠い位置にあるのが彼女だから。

「形なんてどうでも良いからさ。火が通れば良いんだって、火が通れば」

 ニンジンの皮を剥き、まな板の上で適当にざく切りする。

 何なら丸ごと鍋に入れたいくらいで、お母さんはたまにそうしてる。

 ただその場合は、1日煮込む必要があるだろう。

「ジャガイモも同じ。ほら、適当に切って」

「私は、レシピ通りに」

「レシピはレシピ。これはこれ」

「ユウと作るのは疲れるわ」

 何やら天地のひっくり返りそうな事を言い、それでもさっきよりは雑に切り出すサトミ。

 楽しく進んでいく時間。

 出来ていく下ごしらえ。

 誰よりも彼女の隣にいたから出来る事、言える事。

 永遠は決して無いけれど、この瞬間は私の中で永遠になる。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ