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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第37話   2年編最終話
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     37-6




 正門に戻ってきたが、ドアは再び閉まった状態。

 警備員は仕事が済んだという事なのか、その姿はどこにもない。

「私はいいんだけどね」

 さっき同様柵の間から外へと出る。

 さらに言ってしまうと、バリケードが少し置いてあるくらいなら私の通行には大した支障は生じない。

 トラックも隙間無く止めるのは余程の技術がないと不可能で、私一人分くらいの隙間は空いている。

「開けてもらえます?」

「ああ」

 柵に取り付き、腰を入れて押し出す名雲さん。 

 辛いのは初めだけ。 

 さっきのショウの時同様、一度勢いが付けば後は慣性の力も働きある程度は勝手に動く。

 例えば私が飛び乗っても、普通に動く。


「何してるの」 

 怖い顔で睨んでくるモトちゃんとサトミ。

 いいじゃないよ、楽しいんだから。

「挟まれたらどうするの」

「そこまで鈍くないんだけどね」

 とはいえ柵は塀の内側へ入っていくので、雷が落ちる前に飛び降りる。

 いっそここを固定して、閉められないようにした方がよくないか。

「何かで止めておく?」

「今はいいわ。柵自体は低いから、乗り越えられるし」

 軽く言い放つモトちゃん。

 でもって塀を眺めてみる。

 高さは塀と同じで、彼女なら手を伸ばせば届く距離。

 まあ、本人が出来るというのならそういう事にしておこう。

「で、どうするの」 

 集まろうにも学校が閉鎖されている状態。

 食堂もオフィスもラウンジも使えない。

「一旦寮に戻って、その後考えましょう」



 その寮に戻ると、スーツ姿の職員が青い顔で近付いてきた。

 女子寮なので、基本的に尋ねてくるのは女性。

 ただいま目の前にいるのは男性だが、女子高の寮に気後れしているという訳でも無さそうだ。

「これをどうぞ」

 手渡されたのは、退寮の勧告書。

 ただ事前に話を聞いていたので、驚きはしない。

 驚きはしないが、面白くもない。

「理由は」

「教職員への反抗は、寮の利用規則に反しますので」

 最もな理由で、それについての反論は無い。

 にこやかに笑って受け入れるというほどの余裕も無いが。

「今週中の立ち退きをお願いします」

「分かりました。ただし、それまで部屋には一歩も入らないで下さいね。もし入った場合は、私にも覚悟があるので」

「それは、勿論」

 青い顔で何度も頷く職員。

 もしかすると頷いたのではなく、震えたのかもしれないが。

「リストを見せて下さい。退寮する人のリストを」

「それは」

「プライバシーも何も、私達しかいないんでしょう。今分かるか、後で分かるだけの違いです」

「それでは」

 あまり納得しない顔で書類を渡してくる職員。

 思った通り、並んでいるのは私達の名前だけ。

 逆を言えば関係ない人は巻き込んでいないので、その意味だけにおいては安心した。




 とりあえず必要最小限の荷物だけをまとめ、屋神さんから預かっているマンションへとやってくる。

 広いエントランスと広い廊下

 磨きこまれた大理石の床と汚れ一つ無い壁。

 エレベーターは振動も無く最上階へとたどり着き、そこを降りると再び広いロビーが現れる。

 ドアは幾つかあるが、それは全部私の持っている鍵で開く。

 つまりこのワンフロア全部が私達の部屋。

 言ってみれば、このロビーに布団を引いて寝ていても困らない。

 しかも誰も尋ねてこないので、恥もかかない。

 やらないけど、ちょっと考えはしておこう。

 というかこのロビーだけでも寮の部屋の数倍はあり、ここへ住めと言われても何一つ不満は無いか。

「ここに住むとか言わないでしょうね」

 軽く私の考えを呼んでくるサトミ。

 適当に笑ってそれをごまかし、カードキーで一番近くのドアを開ける。


 ドアが開いた途端、無機質な香りが漂ってくる。

 どういう家であれ人が住んでいれば何らかの匂いや雰囲気を感じる。

 しかしここから感じるのは冷たさだけ。

 屋神さん達がこのマンションを手に入れてからの数年、多分誰も立ち入ってはいないんだと思う。


 私達が以前訪れたのは、こことは違うマンションだった。

 空調が作動しているためか床にホコリがたまっている事は無いし、照明をつけた今は廊下もその先も明るく照らされている。

 ただ無機質さが濃いのは否めず、正直一人では住みたくは無い。

「まずは、部屋割りをしましょう」

 リビングに着くなりそう宣言し、ノートを広げるサトミ。

 ずっと住む訳ではないし、個別の部屋を割り振る理由も特に無い。

 そう言いたかったが、ノートにはすでに間取りが書き込まれている状態。

 でもって良くみると、私達の名前まで書いてある。

 決めましょうでは無くて、この通りにしましょうだろうが。


 食事や掃除の割り振りまで始めたので、付き合ってられずキッチンに入る。

 広くて設備も整っているが、冷蔵庫は当然空。

 とはいえ、3年前の卵が出てこられても困るけど。

 まずは今日のお昼をどうするかだな。

「何か無いのか」

 のそのそとキッチンへやってくるショウ。

 どうやら彼等も寮を追い出された口か。

「何年も使ってないんだから何もないよ。下に、コンビニかスーパーがあったでしょ。多分、こう言うところは出前してくれるんじゃないかな」

「贅沢な話だ」

「だったら、買いに行く?」

「当然だろ」


 何が当然かは知らないし、おにぎりの棚を空にしていく理由も分からない。

 しかしこの棚に並んでいる商品は大量生産品ではなく、本当の手作り。

 その分値は張るが、食欲をそそるのは間違いない。

 「一回学校と寮の様子を見て、家に帰ろうかな」

「ここに泊まらないのか」

「サトミがうるさくてさ」

 そう言って笑ったところで、背後に気配。

 幸いサトミの姿はどこにも無く、風格漂う美青年が立っていた。

 佐古さんをよりもワイルドで、もっとにやけた感じではあるが。

「なんだ、お前ら。二人で住んでるのか」

 なにやら怖い事を言い出す屋神さん。

 しかしその発想は全く無く、一瞬生活設計を立ててしまいそうになった。

「そうじゃなくて、寮を追い出されたんです」

「大変だな、それは」

 他人事のように呟き、チョコシュークリームをかごに入れる屋神さん。

 そう言えばこの人の口から「、ごめんなさい」とか「悪かった」って言葉を聞いた記憶が無いな。

「なんだよ」

「言う事は何も無いんですか」

「一つくらいいいだろ」

「シュークリームの事じゃなくて、学校全般について。何か私達に言う事は無いですか」

「特に思いつかん」

 どうやら謝る気は全く無いらしい。


 とりあえずシュークーリームは棚へ戻し、彼に背を向け歩いていく。

「なんだよ、俺が言う事って」

「済みませんでしたとか、ごめんなさいとか。迷惑掛けましたとか」

「誰が、誰に。なんのために。むしろ俺に感謝して、貢いで来るくらいの気持ちが必要だろ。ほら、なんか言えよ」

「ここの支払いをお願いします。それと、荷物を上まで運んで下さい」



 文句を言いたそうだったので、スティックを抜いて後ろに付く。

 頼り甲斐のある先輩だと思っていたけど、どうも河合さん達とは本質的に異なるようだ。

 だからこそ最後まで学校に残り、戦い続けられたのかもしれないが。

「ご飯買ってきた」

「ご苦労様。……どうかなさったんですか」

「それは俺の台詞だ」

「近付くと、死にますよ」

 薄い笑みを浮かべ、果物ナイフをちらつかせるサトミ。

 どうやら、今日のお昼はサトミが料理当番らしい。

「お前らは、先輩を敬うって気持ちが無いのか」

「先輩の背中を見て私達は育ってきましたので」

「塩田か。確かにろくでもない先輩ではあるな」

 そう呟き、咄嗟に後ろを振り向く屋神さん。

 しかし何をやってるのかと笑う人は誰もいない。

 それこそ、呟いた瞬間に卒倒していてもおかしくは無い相手なんだから。

「面白くない。俺も食べるぞ」

「それはご自由に。お箸をお皿を用意しますね」

「そんなの必要……、不可欠だよな」

 刺すような目で振り向いたサトミに激しく頷き、ため息を付いて床に座り込む屋神さん。

 でもっておにぎりを取り出そうとしたところで、ショウに低い声で唸られた。


「……俺をからかって楽しいのか」

「みんな悪意は無いんですよ。ただ、少し変わっているので」

 楚々とした仕草でお茶を差し出すモトちゃん。

 変わっているという言い方をされると困し、暗に自分はまともですよとアピールしているようで気になるな。

「人が心配して見にきたっていうのに」

「心配?何が」

「毎日毎日新聞でもニュースでも草薙高校の事を扱ってるだろ」

「ああ。それはわざわざどうも」

「自覚してないのか。すごいな、お前ら」

 感心したのか呆れたのか、ため息を付いてお茶をすする屋神さん。

 でもって、部屋に入ってきたケイとヒカルを見て吹き出した。

「双子か」

「そういう事になってます。あなたは」

「屋神大。お前らの先輩だ」

「初めまして。草薙大学大学院生、浦田光です」

 その挨拶に「え」という声を漏らす屋神さん。

 彼は草薙大学の大学生。

 ただし制度的に大学院は大学の上。

 でもって彼はすでに大学を卒業した身。

 厳密に捉えれば、彼の方が先輩に当たる。

「僕は気にしませんよ。先輩とか後輩とか」

「それは助かるね」

 小声で呟く屋神さん。

 彼にとっても勝手が悪いとか、多分居心地の悪い場所なんだろうな。ここは。


「まあ、いい。それで状況としてはどうなってるんだ。さっき見てきたら、学校の前にトラックが止まってたぞ」

「ロックアウトされたようです」

「なんだ、それ」

「格好いい響きですよね。ロックでアウトな奴なんて」

 誰も奴とは読んでない。

 屋神さんがヒカルを、「本当に院生か」という目で見るのも当然だ。

「この人は放っておいて下さい。とにかくロックアウトされたのは確かで、卒業式自体がどうなるかも分かりません」

「もうそんな時期か。しかし卒業式を取りやめたら、今まで以上の騒ぎになるからな。そうやってお前達を誘ってるんだろうが」

 冷静に分析し、お茶をすすったまま立ち上がる屋神さん。

 彼は湯飲みをテーブルへ置き、軽く身支度を整え玄関へと歩き出した。

「帰るんですか」

「俺も一緒にと言いたいが、大学生なんでな。何もかもが遠い昔だ」

 そう言い残して、部屋を出て行く屋神さん。



 軽い調子で受け答えていた彼でも、立ち入れない部分。

 それはつまり、私達だけに許された。

 そして彼らから託された事。

 学校と対峙するのは誰でもない、私達だ。

「これ食べたら、もう一度学校を見てくる。それと寮も」

「さっき連絡があって、正門はまだ閉じたままらしいね」

「式は?」

「特に中止の発表はされてない。実際どうなるかは分からないけえrど」

 難しい顔をしておにぎりを頬張るモトちゃん。

 少なくとも屋神さんは、去年の卒業式に出席出来た。

 それはサトミ達の説得の成果。

 次は塩田さんや天満さんの番。


 その彼らに私達が出来る事と言えば、卒業式を開かせて出席してもらう事。

 確かに式自体はセレモニーに過ぎず、そこに義務や制約は存在しない。

 式に出なくても卒業は出来るし、初めから出席しない人だっているだろう。

 それでも卒業式は、生徒にとって最後の晴れ舞台。

 これに出られなくて後悔しても、もう一度やり直す事は決して出来ない。

 3年間のさまざまな出来事や思い出。

 その総決算が卒業式。


 しかし今の学校に、厳粛な空気でそれを迎える雰囲気は無い。

 仮にロックアウトを解除出来ても、まともな式になるのかどうか。

 これなら少し妥協して、せめて式だけ開いてもらった方がいいのだろうか。

「ユウ、どうかした」

「ん、式の事でちょっとね。少しくらい譲歩しても、式だけはやってもらいたいなと思って」

「それは構わないけど。こっちが譲歩して、向こうが下がる?」

「かなりこじれているから、難しいわね。ロックアウトまでしてるんだから、それを解除するにも理由が必要だろうし。私達が騒いだところで、どうにもならないでしょ」

 諦めムードのサトミとモトちゃん。

 彼女達は学校と直接交渉を重ねてきているので、相手の意思や思惑は私以上に理解している。

 つまり向こうはそう簡単には折れないし、妥協しないと。

「いいや。とにかく、正門だけ見てくる」




 マンションを出て、数歩歩いて振り返る。

「何してるんだ」

「いや。寮の調子で歩こうとしたけど、学校はどっちかなと思って」

「見えてるだろ、向こうに」

 住宅街の屋根の上を指差すショウ。

 彼には見えているかもしれないが、私に見えているのは民家の屋根がせいぜい。 

 別に視力のせいではなく、身長のせいだ。

「何か無いかな」

「おにぎりなら持ってきてるぞ」

 何の話をしてるんだ、この人は。

 ただよく考えたら、殆ど何も食べないで出てきてしまった。

 とりあえず、おにぎりはもらっておくか。

「……オカカか」

 別にそれが不満という事ではなく、自分の中で確認を下だけの話。 

 具が分からない時、変に中身を想像して食べると騙される事があるので。

 別におにぎりがだましていたり、中身が変化する訳でもないんだけど。


 おにぎりを食べ終え、公園の柵に腰を掛けて空を眺める。

 青い空に薄い雲がたなびき、ゆっくりと流れていく。

 以前に比べて風もぬるく、こうして日差しを浴びていると気持ちよさを感じるくらい。

 いつまでも冬が続くような気でいたけど、春はもうすぐそこまで来ているようだ。

「行かないのか」

「え、ああ。そうか。まったりしてる場合じゃない」

 柵から降りて、歩き始めていたショウの後へとついていく。

 しかしよく見るとカメラを持った大人の姿がやけに目立つ。

 最近は自分の事ばかり考えていて周りに意識を向けていなかったが、思った以上に取材陣が集まっているようだ。

 どうやら近隣の住民に聞き込みをしている様子。

 そして制服姿の私は目立つらしく、自然とこちらに近付いてくる。

 ただそれも一定の距離まで。


 ある程度来たところで、後ろ向きのまま下がって逃げ出した。

 この前サトミが脅したのは相当に効き目があったようだ。

「こんな事されたら評判も落ちるし、学校には何も良くないよね」

「マスコミは煽るのが好きだからな」

 他人ごとのように答えるショウ。

 ただ彼らも取材をするのが仕事で、節度さえ守ってもらえれば私達もそれを断りはしない。

 この間のは、勝手に写真を取られたからだ。

「ひっ」

 ちょうどドアを出てきたところの若い女性が、悲鳴を上げて仰け反った。

 もしかして、私の手配書が出回ってるんじゃないだろうな。

「何も、そこまで怯えなくても」

「す、済みません。私は先を急ぎますので」 

 何だ、それは。

 露骨と言うにも、度が過ぎるな。


 いや。待てよ。

「ちょっと聞きたいんですけど」

「隠し撮りなんて、全然。まさか、そんな怖い事は」

 誰もそんな事は聞いてない。

 どうも誤解がありそうなので、ここはショウを前に押し立てる。

「俺達は何もするつもりはありませんので。彼女は単に、話をしたいだけですから」

「話」

 顔を赤くし、瞳を輝かせてショウを見入る女性。 

 気付けば彼に寄り添わんばかりで、さっきまでの怯えを思い出させたくなる。

「ユウ」

「ああ、そうか。この辺で、大勢が集まれるような場所ってありますか」

「学校は?」

「学校以外で」

 勿論それが理想だが、ロックアウトされた状態では立ち入ることは不可能。

 つまりはそれに代わる場所を探したい。

「レインボーホールとか、少し遠くに行かないと大勢が集まれる場所なんて……。いや、まさかね」

「どうかしたんですか」

「お正月になると、大勢の人が来るでしょ。この辺は」

「お正月」

 一瞬言っている意味が分からず、ただその光景はすぐに脳裏へ蘇る。


 屋台と渋滞。

 晴れ着に破魔矢。

 どこからか聞こえる除夜の鐘と、鶏のいななき。

「熱田神宮、ですか」

「三が日で100万人は来るんだから、中も広いわよね」

「広い、のかな。何万人も集まれそうですか?」

「ある程度分散すれば可能じゃなくて。何やる気」

 興味半分、怖さ半分といった様子。

 この辺りはジャーナリストとしての顔になる。

「特に考えてないけど、学校に入れないから他に場所が無いかと思って。そうか、熱田神宮か」

 立ち入りは誰でも自由で、大げさに言えば国家権力も及ばない場所。

 しかも学校からは近く、敷地も広い。

 ただ問題は、生徒がぞろぞろ集まっていいのかどうかだが。

「許可って要るんですかね」

「さあ。集まった事無いから」

 分からないという顔をする女性記者。 

 この件は、サトミ達に任せるか。

「……それ、取材していいかしら」

「広報に連絡して下さい。遠野聡美か元野智美に。連絡先は、マスコミに配布してるはずですから」

「分かった。それで、熱田神宮で何をするの」

「何をすればいいんでしょうね」

「面白い子ね。じゃあ、また」

 そう言って笑って去っていく女性記者。

 最後のは、私が上手くはぐらかしたと思ったらしい。


「で、何するんだ」

 彼女よりは私に詳しいため、少し呆れ気味に聞いてくるショウ。 

 それは何も考えてないとは言わず、ようやくたどり着いた学校の塀を軽く撫でる。

「最悪ここを壊すのかな。でも、壊れる?」

「多分トラックがぶつかったくらいでは崩れないだろ。戦中戦後の名残ってあれだ」

 強度が優れているのは建物だけではなく、塀にまで及ぶのか。

 学校の中にいる時はなんとも頼もしく安堵感を生み出すものだったが、今となっては余計なお世話だな。

 本当、戦争反対だ。


「正門はどうなってる?」

「トラックはもう無いな」

 目を凝らしてそう答えるショウ。

 私はそこまで視力が回復していないので、遠くの景色はなんとなく色が分かる程度。

 回復はしてきたが、薬品を浴びる前のように見える事は無い。

「目の調子はどうなんだ」

「最近はいいよ。少し疲れるけど、暗くはならない」

「ならいいけど」

 不安げに私の様子を見てくるショウ。

 どうも彼には余計な心配を掛けているようで心苦しい。

 私がお荷物とか迷惑とは言わないしそうは思ってないにしろ、彼に負担を掛けているのは間違いないんだから。



 正門へと辿り着いて私にも景色は見えてくるが、朝見かけたトラックは1台も無い。

 バリケードも撤去され、ただし門は閉じたまま。

 しかも鎖が何重も巻かれ、さらには南京錠が3つくらい付いている。

「ふーん」

 ヘアピンを取り出そうとしたが、留める程髪は長くないので持ってない。

 それ以前に、ピンで開ける技術も無い。

 当然私が引っ張ったくらいではびくともせず、それ以前に鎖が持ち上がらない。

「壊せそう?」

「さすがに無理だな」

 片手で鎖を持ち上げ、首を振るショウ。

 この前引きちぎったのは、ケイのライターで熱した後。

 この状態で引きちぎれたら、多分車を素手で真っ二つに出きると思う。


 とはいえ鎖がしてあろうと、私にとっての障害は何も無い。

 体を横にして、柵の隙間から入るだけ。

 ショウは柵の上に手を添え、軽やかに飛び越えてきた。

「警備員くらいか。一度講堂に行ってみよう。卒業式の準備が気になる」

「ああ」



 講堂の前は、作業着を着た業者風の人達が忙しそうに動き回っていた。 

 大きな花瓶や大きな垂れ幕。

 ダンボールが次々運び込まれ、どうやら卒業式の準備をしている様子。

 それには少し安心をして、近くにあったダンボールの中を覗き込む。

「……新入生?」

 私が見つけたのは、胸に飾る赤い花。

 花から下がっている布には、確かに「新入生」とある。

 卒業式に出席するのは、父兄に在校生。

 そして、「卒業生」

 間違っても、新入生はやってこない。

 卒業生が学校を去らない限りは。

「ちょっと、どういう事よ」

「声を出すな」 

 呆れ気味に顔を押さえるショウ。 


 それは、私が叫ぶ前に言って欲しい。

 でもってさすがに注目を浴びたらしく、見て見ぬ振りをしていた業者の人達が近付いてきた。

「何か、用事でも」

「卒業式は、卒業式」

「入学式の準備と聞いてるけど。新入生?」

「待ちきれないんだよ、この子は」

 明るく笑う業者の人達。 

 彼らに悪意は無いので、その笑顔を凍りつかせる理由は無い。



 ダンボールを叩きそうなるのをどうにか堪え、深呼吸して気持ちを落ち着ける。

 無論完全に落ち着きはせず、その間にもダンボールは目の前を行き来する。

「冗談じゃないわよ」

「確かに、な」

 賛意を示しつつ、不安さも見せるショウ。

 それに構わず、足音を激しく立てて歩き出す。 

 いや。歩こうと思ったが、足が痛くて止めた。

「あー」

「なんだよ、もう」

「だって、こんなの。ええ?どういう事よ」

 怒りに思考がついていかず、とても言葉になりもしない。

 とにかく手当たり次第に当り散らしたい気分で、ただその当たる物が見つからない。

「あー」

「もうそれはいいんだ」

「何も良くないわよ。大体これって責任者は誰なの」

「職員とか、理事とか。よく分からんが、そっちだろ」

「そうだよね。さすがに、今行くのは問題か」

 多少冷静さを取り戻し、殴りこむのは断念する。 

 その分ストレスがたまり、顔が熱くなってくる。


 目が見えなくなる時の兆候ともまた違う、ただ比較的馴染みのある感覚。 

 理不尽さへの怒り、憤り。

 それのやり場の無さ。 

 今まで何度と無く味わってきた感情。

 ただ、それをそのままにしておいた事は一度も無い。




「何よ、用って」

 学校の外へ村井先生を呼び出し、講堂で見た事を説明する。

 彼女は小さく息を付き、それは知っていると告げてきた。

「知ってるなら」

「落ち着きなさい。教職員にも、卒業式をやらないのは問題があるという意見が強いの。今は理事会と協議している段階で、教育庁の幹部も来てる」

「私は話し合う合わないじゃなくて、式をやるかやらないかを聞いてるんです」

「多分学校は、今まで従順だった生徒に対しては式の参加を認めるんだと思う。それ以外の生徒は卒業自体は認めるけど、式には参加させないらしいわ」

 静かな口調で説明する村井先生。

 卒業は出来るという部分に、少し安心をする。

 ただ式がいくらセレモニーとはいえ、それだからこそ大切だとも私は思う。

「大体今日は休校で、どの門も閉じられてるでしょ」

「だから」

「もう、良い。あなたと話してると、疲れてくる」

 おい、そういう言い方は無いだろう。

 疲れるのはこっちも同じで、ただ私の場合は怒りから。


「ミルクケーキ、お待たせしました」

 目の前に置かれる、真っ白なケーキ。

 ナイフを添えると溶けるように中へ入り、わずかな抵抗を感じつつ下へと降りていく。

 スポンジケーキを牛乳に浸し、冷やして固めたのだろうか。

 それともクリームと混ぜて、冷やしたのか。

 フォークで端の方を少し取り、口へと運ぶ。

 牛乳の香りと程よい甘さ。

 舌触りは滑らかで、ババロアやプリンともまた違う触感。

 ちょっとこれは、真似してみようかな。

「なに笑ってるの」

「ケーキが美味しいなと思って」

「怒ってるんじゃなかったの」

「え、ああ。そう、怒ってますよ」

 フォークで軽く皿を叩き、そのままケーキをすくって口へと運ぶ。

 今度は、このチョコソースを掛けて食べてみるか。


「……とにかく理事会とは交渉してるから、目立つような真似は控えなさい。退学はしたくないでしょう」

「だって」

「ずっと我慢していろとは言わない。ただ、今くらいは我慢しなさい」

 優しい声でそう諭してくる村井先生。

 それは彼女なりの気遣い。

 私達への思いやりかもしれない。

 でもって彼女のフォークがケーキを掠め、そのまま口元へと消えていった。

 我慢しろって、まさかこの事を言ったわけじゃないだろうな。


 ファミレスの玄関で村井先生と別れ、時計を見る。

 まだお昼を回ったばかりで、時間はいくらでもある。

 学校にいる時は授業やガーディアンとしての仕事に追われ、気付けば1日が終っていた。

 でもこうして予定がないと、1日の長さをしってしまう。

 休日はまだ「明日学校がある」という気分が、どこかに働く。

 夏休みに似た感覚でははあるけど、やはり「もう8月か」と思う時もある。

 でも今は何の予定も無ければ、目処もたたない。

 時間だけが無駄にあり、する事もやるべき事も無い。

 自由といえば聞こえはいいが、無為とも言い換えられる。

「一回、家に戻る」

「俺も戻るかな。ごたごたしてるし」

「じゃあ、また後で」

「ああ」



 ショウと別れ、バスで家へと戻ってくる。

 玄関を開けて中に入ると、奥から笑い声が。

 そう言えば靴が幾つか並んでいたな。

「学校はどうしたの」

 せんべいをかじりながら尋ねて来るお祖母さん。

 お母さんのお母さんの方で、幸いTVは見てないようだ。

「色々あってね」

「TV、出ないの」

 見てたのか、やっぱり。

 これはもう、一生言われそうな気がしてきた。

「出ないのよ。これ、お土産」

 さっきのケーキをテーブルへ置き、部屋に戻って制服から私服に着替える。


 出来れば制服で通したいが、機動性優先。

 ジーンズかパンツの方が、動きやすいかもしれないな。

「このプリン、固いぞ」

 予想通りの反応を示すお祖父さん。

 多分ババロアを出しても同じ事を言いそうで、あまり期待はしていなかったが。

「出掛けるの?」

「ん、どうかな」

 お母さんの問いかけにせんべいの欠片をかじり、少し考える。

 どうやら退寮の連絡はまだのようで、それが知れたらさすがに怒られそうな気はする。

 荷物だけまとめて、一度マンションに行った方がいいかのかな。

「そこに座ったら」

「え。ああ、うん」 

 ソファーに座ったところで、床を指差された。

 なんか、汗が出てきたよ。


 取りあえず横座りをしたら、両膝に手が置かれた。

「優ちゃん、そうじゃないでしょ」

「どうじゃないのよ」

「怒られる時は正座なの」

 怖い声を出して見下ろしてくるお母さん。

 やっぱりかと思いつつ、足を組み直して正座する。

「退寮のお知らせが、さっき速達で届いたわよ」

「届くだろうね、追い出されたし。でも、私は悪くないよ。追い出されたのは良くないけど、その理由は無いから」

「あなた何したの」

「それはお母さんも一緒じゃない。TVで吠えたのが1番悪かったのかもね」

 その言葉にきらりと目を光らせるお祖母さん。

 でもって、気まずそうに視線を反らすお母さん。

 この人。人を怒っておいて自分の事は黙ってたのか。


「沙耶。座りなさい」

「座ってるじゃない」

「優の隣に座りなさい」

「この年になって、どうして正座なのよ」

 文句を言いつつ、私を押しながら座るお母さん。

 こちらも対抗上お母さんをぐいぐい押して、二人で必死に体を押し合う。

「誰が遊べって言ったの」

「だって」

 二人で同時に答え、お祖母さんにため息を付かせる。

「まあ、いいじゃないか。二人とも悪い事をした訳でもないんだし」

 意外なところから救いの手。

 お祖父さんはケーキを食べつつ、お祖母さんに話し掛けた。

「そうやって甘やかすから、こういう事になってるんじゃないの」

「悪い事はしてないんだから、問題ないだろ。むしろ学校の理不尽さに文句を言うべきじゃないのか」

 予想以上に理解のある台詞。

 もっと保守的な考え方だと思っていただけに、かなり意外だな。

「まあ、そう言うのなら」

「二人とも立て立て。プリン食べろ」

 ケーキだよと突っ込みたいが、今はお祖父さんの優しさに甘える。


 控えめで、でもなんともいえない優しい味。

 本当、家族というのはありがたい。

「では、今日は投書を読んでみようと思います。差出人は「優の祖父」となってますね。えーと。「現学校経営陣の方策は目に余るものがあり、生徒の育成には全く持ってよろしくない」なるほど、なるほど」

 TVから流れるアナウンサーの朗読。

 随分甘いと思ったら、こういう事か。

「何してるのよ。大体、私の名前を使わないでよね」

「微力ながら応援しただけだ。子供は勉強だけしてしてろ」

「だったら、今の内容はなんだったの」

「祖母さんが出し忘れてた封筒の、名前だけ変えて送ってやった」

 なんか、頭が痛くなってきた。

 ただこれもまた、家族の愛情。

 今はただその思いやりが嬉しいだけだ。

 さっきの正座の意味については、とことん問い詰めたくなるが。



 やり方はともかく、白木家は一族上げて私を応援してくれている。 

 ではという事で、雪野家へとやってくる。

「投書?そんな事するか」

 そんな事で片付けてしまうお祖父さん。

 こっちはお父さんのお父さん。

 だったら、そんな事をした白木家はどうなのかという話だな。

「可愛い孫娘のためにって気は無いの?」

「言いようにマスコミに利用されるだけで、面白おかしく伝えられて終わりだ。大して意味は無い」

 冷静な、どうも白木家には無い発想。

 勢いとか感情とか、そういう部分はまるでない。

「面白くないな」

「面白さを求めてやる事でもないだろ。大体学校に反抗してどうするつもりだ。今後社会に出れば理不尽な事はいくらでもあるぞ」

「だったら、それと戦うまでじゃない」

「ちょっと睦夫を呼んで来い。どういう育て方をしてきた」 

「私は至ってまともに育ってるわよ」

 反発気味にそう答え、お祖母さんが差し出してきたお茶を飲む。

 なんとなく笑いを堪えているようなお祖母さん。


 それが少し気になり、視線の先を辿っていく。

 閉じられたふすま。

 今まで閉じていた記憶はあまり無く、やや不自然な眺め。

「奥に何かあるの?」

「何も無い」

 即答するお祖父さん。

 この時点で答えは出た。

「そっちにお菓子は無いぞ」

「子供じゃないんだからさ」

「ほら。ガム、ガムやる」

 コタツの上にガムを置くお祖父さん。

 そんなのには釣られないと思いつつ、ガムは回収してふすまを開ける。


 その光景に、思わず鼻を押さえて息を呑む。

 ダンボールとダンボールとダンボール。

 部屋中足の踏み場も無いくらいダンボールが置かれてあり、その山に遮られた先にもダンボールが見えている。

 ダンボールにはラベルが貼られていて

 「近所」とか、「父兄」、「卒業生」と書いてある。

「なに、これ」

「知らん」

 ここまで占領されて、知らんはないでしょう。


 構わず一番近くのを開けると、書類の束が現れた。

 今までこういうのにいい経験は無かったが、書類といっても殆ど手書き。

 印刷部分は冒頭だけで、「草薙高校管理案に対する異議申し立て」とタイトルがある。

 その左には、手書きの署名が並んでいる。

「これ、全部署名?」

「本当、どうするのかしら」

 おっとりと答え、ほほと笑うお祖母さん。

 確かにこれは笑うしかない光景で、それこそ寝る場所も無いくらい。

 そこまでして私達のために頑張ってくれてるとは知らなかった。 

 さっきまでの自分の短慮が恥ずかしく、そして今はお祖父さんとお祖母さんが誇らしい。


「何も、やる気で始めた訳じゃない。「お孫さんが大変ですね」と近所の人に言われたんだ。その時冗談で「署名でもしますか」と答えたら、こうなってた」

 ぶっきらぼうに答えるお祖父さん。

 そんな簡単な事ではないと思うが、今はそういう事にしてこう。

 それとこれ以上二人に負担を掛ける訳にはいかない。

「荷物は全部回収するね。……ショウ?ちょっと荷物があるから、取りに来て。出来れば御剣君と名雲さんも呼んで。えーと、お祖父さんの家。雪野家の方。小さ目のトラックでお願い。はい、また後で」

「運べるのか?」

 なんとなく安心した顔のお祖父さん。

 発端はともかく、多分ここまで集まるとは本人も思っていなかったんだろう。

 確かにこの調子だと家をダンボールに乗っ取られそうで、もしかして今部屋の隅にあるミカン箱も署名じゃないだろうな。

「……待てよ。署名って、偽名の場合もあるよね」

「法的な効力は無いぞ。あくまでもアピールとして意味合いで、総意を伝えるという目的だ」


 意見の集約、か。

 何か心に残る言葉。

 それが何かは分からないが、もやもやしたイメージが湧き上がってきた。


「で、何を運ぶんだ」

「何が」

 目を開けて顔を上げると、ショウが私の顔を覗き込んでいた。

 格好良いとしばし見とれ、何をしているんだと疑問に思う。

 とにかくコタツが暖かくて眠くて、もう少しこのままゆっくり。

「……いや。寝てる場合じゃない」

 コタツから這い出て、お茶を飲んで一息付く。

 でもってあられをかじり、手を叩く。

「ダンボール。そこのダンボールを全部運び出して」

「全部って、すごい量だな」

 そう言いつつ、一つ抱えて歩き出すショウ。


 中は紙の束で、多分私なら持ち上げるのも一苦労。

 しかし彼は、猫の子を運ぶように軽々と持っていく。

「分担して運んで。ショウが家の中。名雲さんが家から出して、御剣君はトラックに積んで」

「そういう訳で、お願い」

 この先私に出来る事はなく、コタツに入ってお茶をすするだけ。

 ただショウ達は軽々運んでいるが、二人はどうやって運び入れたんだろう。

「これ、家の中には誰が運んだの?」

「分からん。持ってきた人が、自分で運び入れてくれた」

「ふーん」 

 随分親切というか熱心というか、私が思っている以上に世間の関心は高いのかもしれない。

 少なくとも、この署名分は私達を支持してくれる人がいるようだ。

「とにかく、ありがとう。お陰で助かった」

「別に、礼を言われる事でもない」

「照れないでよ、もう」

 つんつんとお祖父さんの肩をつつき、TVのチャンネルを変える。


 時間帯的にローカルニュースが多く、草薙高校の話題もちらほらと扱っている。

 好意的な場合もあれば批判的な場合もあり、さらにはどちらでも良くてゴシップに近い内容もある。

 しかしここまでの騒ぎになるとは想像もしていなく、多少不安にはなってくる。

「退学とかになるんじゃないだろうな」

「ん、それはどうかな。まあ、無いとは言えないけどさ」

 少なくとも寮は追い出され、この時点で警告と思っていい。

 木之本君は停学処分を受けているので、向こうはその気になればいつでも私達を処分出来る。

 大丈夫、心配しないでとはとても言えそうに無い。

「止める事は出来んのか」

「出来ない」

 はっきりと、何の迷いも無く答える。


 この問題は学校としての問題でもあるが、私の問題でもある。

 逃げて済むのならそれに越した事は無いし、私も今更退学なんてしたくはない。

 だけど逃げていい場面と良くない場面くらいは分かっているつもりで、ここで逃げ出す事が良いとは決して思えない。

 批判されようと馬鹿にされようと、私にも一応プライドや信念はある。

 例え将来を棒に振るとしても、ここで目を背けて逃げ出した後に掴んだ将来など何の意味も無い。

「まあ、睦夫の育て方も間違っては無かったという訳か」

 さっきとは違う事を言い出すお祖父さん。

 お祖母さんは優しく私の頭を撫で、そっと体を引き寄せてくれる。

 世間が誰も理解してくれなくても、こうして家族は分かってくれる。

 形は違っても、私を応援してくれる。

 だから私は頑張れる。

 この思いを胸に、私は前に進む事が出来る。



 トラックの荷台を眺め、少し呆れる。

 積みも積んだというか、私の身長より高い位置までダンボールが積み上げられている。

 しかも奥までぎっしりと詰まり、お祖父さんの話では今日もまだダンボールが届くとの事。

 ちょっと、これの保管場所を考えたいな。

 とりあえず今はマンションの駐車場にトラックを止め、しばしこれの行き先を考えてみる。

「ショウの家は?」

「別に良いぞ。トラックごと置いておけば」

「でも、まだ増えるって。どこかに溜めてあった分が来るとか言ってた」

「レンタル倉庫とかありますよね。矢加部さんなら持ってるでしょ」

 随分嫌な名前を出してくる御剣君。

 「私は知らないからね。御剣君がどうしてもというのなら仕方ないけど」

「そういう言い方をされても困るんですけどね。……御剣です。ちょっと、倉庫を借りたいんですが。……いえ、トラックを一台分。……ええ、すぐに動かします。……運んでいいそうです」

 あっさり了承を得る御剣君。

 ただそれは彼が交渉したからであって、私がすればその台詞の間にそれぞれ嫌味が入ってくる。

 入ってこなくても、そう思い込む。




 トラックに乗ってやってきたのは、学校近くの綺麗な倉庫。

 レンタル倉庫かと思ったが、見た感じ新しい工場の様子。

 ただし機材は何も無く、今は倉庫としての用途には問題ない。

「これで湿る事はないか」

 ただ保管場所は確保出来たけど、後はこれをどうするかだな。

 私が持ち続けていても仕方ないし、卒業式が終れば終業式もすぐ訪れる。

 それまでにこれを学校へ渡す必要がある。

「明日学校へ運ぶから、その時またお願い」

「おい。これを下ろすとか言うなよ」

 険しい顔で睨んでくる名雲さん。

 それは見なかった事にして、手を叩いて終了を告げる。

「はい、終り。ご苦労様でした。じゃあ、帰ろうか」

「どうやって」

 ポツリと漏らすショウ。


 どうやってって、今来たトラックで。

 いや。トラックはここに置いていく。

 だったら、どうやって帰るのか。 

 工場自体は学校の側だが、歩きたいような距離でもない。

 そこにクラクションが鳴り、大きな黒塗りの車が工場の外に停められた。

「ご苦労様でした。皆さん、こちらへどうぞ」

 ひらひらとした服装で現れる矢加部さん。

 ただ文句を言っている場合ではないので、私も車に乗り込もうとする。

「何か仰りたい事は」

 人の行く手を遮り、なにやら聞き出した。

 変な服だね、とでも言って欲しいのか。

「特に、これといって」

「お礼とか、お礼とか。お礼でもよろしいんですよ」

 じゃあ、他に何がよろしいんだ。

 とはいえ恩義は受けたし、お礼を言っても罰は当たらないだろう。

「どうも、ありがとう」

「そんな、構いませんのよ。この程度の事でお礼を言わなくても」

 工場に響く高笑い。

 優越感に浸った表情。




 それに文句を言う気にもなれず、車に乗り込み目を閉じる。

 少しずつ過ぎていく時。

 だがそれらが無為ではなかったと思え出してきた。

 例え私が無為に時を過ごしていても、誰かが頑張っている。

 彼らが休んでいる時は、今度は私が頑張ればいい。

 名も知らない人たちの署名。

 そうしたつながりがきっと成果を結ぶ時が来る。






    







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