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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第5話
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エピソード(外伝) 5-2 ~モトちゃん視点~





     元野智美




     後編




 静けさと落ち着きの空間。

 手入れの行き届いた観葉植物や、おそらくは名のある作家の絵画。

 機能美と格調を兼ね備えたロビーを歩いて行く。

 すれ違う人達はみな颯爽とした雰囲気で、足早に先を急いでいる。

 私は「関係者以外立入禁止」と書かれたプレートを横目に、ドアを開けた。


 さっきまでのロビーとは違い、人の気配が無い。

 私の足音だけが、磨き込まれた廊下に響いていく。

 やがてドアが幾つか現れ、その一つから若い男性が出てきた。

「あ、君」

 驚きと焦りの混ざった表情。

「はい」

「ここは、生徒が入ってくる場所じゃないんだ。それに君は、高等部の生徒のようだけど」

「ええ。1年の元野智美です」

 会釈をして、彼の脇を抜けようとする。

「ちょ、ちょっと。だから、ここは生徒が来る場所じゃないんだよ。教育庁や、自治体の職員とかじゃないと」

「呼ばれたんです、私」

「誰に。そういう話は聞いてないけど」

 私のIDをチェックして、首を傾げる。

「……教務監査官と面会予定。中等部の監査官が、どうして高等部の君に」

「それは、御本人に御確認下さい。私は、ただ呼び出されただけですから」

 戸惑いの色が浮かぶ。

「木戸君、私の客に何か」

 笑いを含んだ声。

 木戸君と呼ばれた彼は、慌てて後ろを振り向いた。

「あ、あの。天崎あまさきさんに面会予定の方、です」

「分かってる。私が呼び出したんだから」

「は、はぁ」

 曖昧に頷き、訝しげな視線を私達に向けてくる。

「愛人だよ、愛人。成績と奨学金をネタにしてる」

「えっ?」

「冗談だ。私の遠い親戚で、参考に高等部の授業を報告してもらうよう頼んだんだ」

 釈然としない様子で、視線がさらに疑わしくなる。

「それより木戸君。オンライン授業の受講率データ。まだ届いて無いんだが」

「あ、はい。今すぐっ」

 すっ飛んで、さっき出てきた部屋に戻っていく木戸さん。

 私達はそれを確かめて、隣のドアへと消えた。



 柔らかな、体が埋まってしそうなソファー。

 広い室内にある調度品は、値段を聞くのも恐ろしい程である。

 私の前にいる紳士然とした男性は、茶褐色のグラスを傾け小さく息を付いた。

「どうだ。智美も」

「結構です」

「いつからそんなに真面目になった」

「ウイスキーじゃなくて、薬酒でしょそれ」

 アルコール度は殆ど無いが、その味はすでに経験済みだ。 

 はっきり言えば非合法にしたいような代物で、これを飲むくらいなら死んだ方がましである。


「体に気を遣う暇があったら、仕事したら。お父さん」

「もう終わったよ。さっき彼に言ったデータは、明日までに見ればいい」

「あの人、本気にしたんじゃない。私、知らないわよ」 

「私も知らない。それに、困る事でもない」

 平気な顔でグラスを空ける。

 日頃の激務に備えてだろうが、我が親ながら勘弁して欲しい。

「母さんには、ちゃんと会ってるか」

「ええ、毎週。自分こそ、どうなの」

「ここへ来る度に会ってたさ。それと正式に、赴任の辞令が下った。お前が卒業するまでは、この学校にいられそうだ」

 教務監査官として、各学校の授業状況を監督する任に付いている父。

 学校との癒着を防ぐため転勤が多く、小等部の頃などは殆ど会った記憶がない。

「それにしても、まだ母さんの姓を名乗ってるのか。いい加減、天崎にしてくれ」

「教務監査官が父親って分かったら、周りの目が辛いの。そういう娘の気苦労を分かって欲しいわ」

「父親の寂しさも分かって欲しいね」

 今度は、気味がいいとは言えない木の枝をかじり出す。 

 滋養強壮に良いと聞いては、各地で見つけたおかしな物を手に入れてくる。

 別段体に悪いところはなく、趣味の一つだ。


「成績はいいようだな。出席率が低いのは、少し気になるが」

 私のデータを見ながらの、重い声。

「ガーディアンの仕事が忙しくて。それでも、出来るだけ出席しているつもりよ」

「警備を外部委託にしたらどうだ。現に他校では、そういうのも珍しくないぞ」

「学内の自治はどうなるの」

「生徒は、勉強のために学校へ来ている。学校運営のために来ている訳じゃない」

 教務監査官らしい発言。

 過去これで揉めた事を、ふと思い出した。

 今はもう大丈夫だけど、譲れない物が私にだってある。

「現状に、多少の無理があるのは分かるわ。でも一度その原則を崩したら、歯止めが利かなくなる。私達は学びに来ているのであって、管理されに来ている訳じゃないの」

「高等部の方は詳しくないが、問題でもあるのか。内密な話だが、警備監査官がいると聞いてるぞ。沢……」

「沢義人さん。フリーガーディアンでしょ」

 面食らったように頷くお父さん。

「ちょっと知り合いなの。学校が不穏な動きをしているのは確かよ。ユウ達も、何だか狙われてる見たい」

「雪野さんが?教育庁に、私から連絡しておこう。管轄外とはいえ、見過ごせる話じゃない」

「でもそれだったら、沢さんからもう報告が行っているはずよ。それがお父さんの所へ届いていないという事は」

「智美」

 私を制し、ネクタイピンに触れる。


「これで、音声にノイズが混じる。解析ソフトに掛けると、別な言語に変換されるようになった」

「盗聴?」

「癒着、昇進、妬み。公務員とはいえ、楽な仕事じゃない。今の教育庁長官は、支持母体に学校法人が多数付いている。そしてこの草薙グループは、その筆頭格に当たる」

 父親ではなく、教務監査官の顔付き。

「警備監査官は、長官直属って話よ。上が駄目なら、報告のしようがないって事?」

「決まった訳じゃない。長官は優秀な人で、議会の評判もいい。将来ある若者の未来を塗りつぶそうと考える人とは、私だって思いたくない」

 思いを託すようなささやき。

 ピンに触れる指が、苛立たしげに揺れる。

「その沢君に一度会って、話を聞いておこう。娘の通ってる学校くらいは、きちんと把握しておきたい。といっても私は教務担当だから、その辺りの権限は殆ど無いんだが」

「もう教師には戻らないの」

「授業のやり方なんて、もう忘れた。最近はデスクワークしか出来なくなってるよ」

 わずかに表情が和む。

 それを見て、私も少し気持が落ち着いた。

「ご飯はもう食べたのか」

「ビールをちょっと。でも、軽くなら付き合えるわ」

「最近の高校生は嘆かわしい物だ。日本が滅ぶ日も近いな」

 呆れた顔でハンガーに掛かっていたスーツを手に取るお父さん。

 「ちょっと」ではなくて結構なのだが、親を余計に心配させる必要もない。

 これも相手を考えての気遣いだ。

 そう自分に言い訳をして、私は部屋を出ていった。



 翌日。

 授業が終わり、昨日と同様ユウが手伝いに来てくれている。

 サトミが例の委員会に行っているので、今は暇との事。

「ケイ君、昨日怒ってたわよ。みんな仕事しないって」

「いいの。あの子は」

 笑い飛ばし、人混みの後ろで壁へ落書きをしようとしている子に指を差す。

 まさか見られていると思わなかったのか、向こうは慌ててペンを投げ捨てた。

「よく見えるわね」

「集中力の問題。モトちゃんが「視る」のと同じ」

「ユウのは、獣に近い」

 そう言ったら、急に眼差しが鋭くなった。

 私の発言に怒った訳ではない。

 前から歩いてきた男性を睨み付けている。

「……ちょっと、警棒しまって」 

 ユウに注意された男性は、長い前髪をかき上げ薄気味悪い笑みを浮かべた。

 見た目は良いようだが、私にとっては良くない。

「人に危害は加えてない。それに携帯許可も持ってる」

「威圧感を与えてるって言ってるの」

「生徒会規則で見てみようか。警棒を肩に担ぐ事を禁ずるって載ってるかどうか」

「理屈じゃなくて……」

 むっとした顔でユウが姿勢を低くする。

「無防備な人間を攻撃する気?ガーディアンも随分だな」

 周り聞こえるような大きい声。

 自然と注目が集まり、男の表情に意図的な物が混じり出す。

「一般生徒を抑圧し、力尽くで解決するガーディアン。報道部辺りに持ち込みたい記事だな」

「な……」

 ユウの手が、背中のスティックへ伸びる。


「ちょっと」

 すると木之本君が、ユウと男の間に割って入った。

「雪野さん、まずいって」

「分かってる。だからって、言われっぱなしで気が済むと思ってる?」

「そうだけど。始末書も増えるし、報道部の記事になったら、予算がまた減るから。第一雪野さんが処分される」

「それがなによっ」

 ついにスティックを抜くユウ。

 男は胸元のカメラで一部始終を押さえていたらしく、大げさに肩をすくめた。

「もう結構。映像は撮れたから。来週辺りには、面白い記事が出来そうだ」

「待ちなさいっ」

「駄目だって」

 木之本君が行く手を阻み、男は変な高笑いをして来た道を去っていった。

「どういうつもりよ。ああいう連中は、口で言っても分かる訳無いでしょ」

「力尽くで抑え込む場面じゃない。実際に規則は犯して無いんだから」

「始末書なら、何枚でも書くわ。でも、何か起きた後で騒いでも仕方ないじゃない」

「それでも僕達は、ルールに従って行動しないと」

 どこまで行っても結論にたどり着かない議論。

 お互い、相手の言い分は分かっている。

 木之本君の「気が弱い」というのも、基本的に原則からははみ出さない点にある。

 それはユウ達のように優れた資質を持つ人間から見た視点であり、普通に考えれば「気が弱い」という指摘はやや的外れである。

 またその「気の弱さ」は「堅実さ」であり、自分の信念に従い行動している事にも通じる。


 ユウ達にも共通した、強い信念。

 私にそこまでの物は無く、ただその場の空気で臨機応変に立ち回るだけだ。

 ケイ君が言うところの「ずるさ」

 それでもかまわない。

 みんなが穏やかに過ごせるのなら、どうだろうと。

 戦いを避けて、陰口をたたかれても。



 一人で廊下を歩いていた。

 ユウは木之本君達と一緒に、私のオフィスに向かっている。

 昨日に続いて、体力トレーニングの指導をしてくれる約束なのだ。

 私はその気にならないというか、あまり好きではないので遠慮させてもらった。 

 また何か言われるかもしれないが、出来ない事をするよりはいい。

 少なくとも、自分の耳に入ってこない訳だし。

「ん、一人?」

 伏せ掛けていた視線を上げると、池上さんが手を振っていた。

 今日はストレートヘアで、ベレーを被っている。

 ワンピースにベスト、やや長めのスカートと、髪に合わせた服装。

「名雲君から聞いたわよ。私達の事で、忍者君に何か言われたって。こうして話してるのも、まずいのかな」

「そうじゃありません。塩田さんは以前いたアシスタントスタッフに、少し気分を害しているだけで」

「同じよ。私達だって、ろくな人間じゃない」

 うしゃうしゃと笑い、近くのエレベーターを指さす。

「今暇でしょ。暇じゃなくても、連れて行くけど」

「え、どこへ」

「自警局長直属隊、待機室」


 何となくという形で、私は池上さんの後に付いていった。

 場所は生徒会のある特別教棟内で、一般教棟にも分室が幾つかあるとの話。 

「昔沙紀ちゃんが、ここにいたでしょ。出来れば、一緒に働きたかったわ」

「ユウ達を懐柔するために、Dブロックへ移りましたから。本人は、クビだと言ってますけど」

「直属班の子に聞いても、評判良いわよ。1年生なのに、しっかりしてたって」

 IDを通し、開いたドアの中に入る。

「真理依は」

「奥にいますよ。寝るとか言ってました」

 茶髪を長くした男の子が、眠そうにあくびをする。

 ここにいる人はみな文武に優れ、今のような態度も表層に過ぎない。

 事が一度起きれば、最前線で行動する人達なのだから。

「君も眠そうじゃない」

「暇ですから。矢田君は部屋にこもってるし、応援要請もない。直属班なんて、入るんじゃなかった」

「丹下さんがうらやましいわよね。Dブロックって、エアリアルガーディアンズがいる所でしょ。荒れてはないけど、揉め事は多いって話」

 妙に盛り上がる直属班の人達。

 池上さんは手に提げていた購買部の袋を机に置いて、側にいた女の子の顎へ指を滑らせた。

「これは、差し入れ。それとお姉さんは奥にいるから、入って来ちゃ駄目よ」

「は、はい」

「いい返事ね」

 耳まで赤くして池上さんを見上げる彼女。

「さ。行きましょ、智美ちゃん」 

 その彼女が、熱い眼差しとやや棘のある眼差しを向けてくる。

 私は見えなかった振りをして、「隊長室」と書かれた部屋に入った。


「また誤解された」

「え、何の事」

「こっちの話です」

 私達の話し声に気付いたのか、ソファーに横たわっていた舞地さんが体を起こす。

「……どうした」

「こっちが聞きたいわよ。寝ないで」

「暇なんだ。補習でも受けてた方がましだな」

 舞地さんは乱れていた髪を整え、机に置いてあったキャップを手に取った。

 いつもという訳ではないが、大抵は赤か黒のキャップをしている。

 理由は知らないけれど、彼女のボーイッシュな外見にはよく似合っている。

「元野」

「はい」

「映未とは一緒にいない方が良い」

 素っ気ない舞地さんの言葉に、一瞬身を固くする。

「おかしな趣味があると思われるから」

 口調に笑いが含まれ、目元が緩む。

 そこで、さっきの女の子の事を思い出す。

 なるほど。

「あれは冗談よ」

「向こうは、結構本気の顔をしてる。後でどうなっても知らないから」

「参ったな」 

 珍しく困惑した顔を見せる池上さん。 

 舞地さんは、ただ笑っているだけだ。


「それと忍者の事だけど」

「塩田さんです」

「ああ。その塩田の言う事も、一理ある。私達と一緒にいると、余計な危険に巻き込まれかねない」

 二人の表情に、厳しさが宿る。 

 昨日名雲さんや塩田さんが見せた、あの雰囲気。

「同業にも、おかしな連中がいるのよ。多分塩田君が出会ったのも、そういう奴だと思う」

「金のためなら、何でもする手合い。認めたくはないけれど、現に存在はする」

「この学校は比較的平和だから、そういう連中の入り込む隙がないわ。でも荒れている学校では、奴らがかなりの力を持っている場合だってあるの」

「金で雇われて、気の向くままに行動する。それは私達も同じなんだけれど」

 苦笑した舞地さんは、机の上にあった池上さんのペンダントを指先で触れた。 

 記憶を辿れば、確か3色ある。

 薄い赤と青と緑。

 水晶か何かだとは思うが。

「何のあてもなく、ただ全国を回る日々。別れと戦いを繰り返して、ただ過ぎていく。ワイルドギースとか「渡り鳥」とか格好良い呼ばれ方してるけれど、実際は根無し草だものね」

「映未は当てがあるだろ。絵を描くっていう」

 宙に指を走らせる舞地さん。

「うるさい女ね。それ見て文章書くのは、どこの誰よ」

「え、そうなんですか」

「この子って、結構メルヘン娘なの。見た目はヒョウだけど、中身は乙女なのよ」

 池上さんは机の上にあったベレーを放り、舞地さんの頭に乗せた。

 彼女の精悍な顔が和らぎ、可愛らしい詩人が目の前に現れる。

「似合いますよ、それ。今度二人で同人誌でも出したらどうです。企画局の子に、話をしておきますから」

「映未はともかく、私のは人に見せられる代物じゃない。それに」

「何です」

「……私にだって、イメージっていう物がある」

 はにかんだ表情で、小さくささやく。

 でも今の彼女を見れば、文学少女というのも決しておかしくない。

 むしろ似合っている。


「じゃあ、ポエム書きなさい」

「だから、そういうのじゃない」

「ペンネームって、どうですか」

 二人の動きが止まる。

 そして、私を見つめてくる。

「え、どうかしました」

「い、いえ。良いアイディアだなと思って」

「私はやらない。もしやるとしても、全部映未が書いた事にしてもらう」

 という割には、ペンをプリントの上に走らせる舞地さん。

「何でもいいわ。私もそれなら発表していいかな」

「考えておいて下さいね、名前。それと、作品も」

 すると、プリントが差し出された。

 裏に書かれた大きな字が。

「いけがみみえ、でどうだろう」

「池上未映になってますよ。本名じゃないですか、殆ど」

 おかしいなという顔をされた。

 冗談ではなく、本気だったようだ。

「この子は、そういうの駄目なの。舞地ポエミはどう。私の映未えみも入ってて、素敵でしょ」

「地とミで韻を踏むのは良いけれど、語感がな」

「そういう問題でしょうか」

 そんな事を話しながら笑う私達。

 昨日の名雲さんや柳君がそうであったように。

 彼女達も、普通の高校生だ。

 愛情、寂しさ、悲しさ。

 彼等は、それを忘れてしまった訳ではない。

 むしろ人より強く感じている。

 自分を無感情の様に語るのは、そうでもしないと辛過ぎるのだろう。

 私は彼等の過去を視る事は出来ない。 

 でも、きっと……。



 三日続けて、ユウとパトロール。

 昨日の出来事で、少し頭に来ているらしい。

 塩田さんの話に何か考えるところがあったのか、名雲さんも一緒に来てくれている。

「怒るなよ、雪野」

「だって。私はああいうのが、あー」

 感極まったのか、突然叫び出すユウ。

 他のガーディアンの子が、何事かと振り返ってくる。

「恥ずかしいから止めて」

「止めない」

「思うんだけど。昨日の彼と、そう都合良く会えるかな」

 私も思っていた疑問を口にした木之本君に、ユウが自分の顔を指差した。

「あれの狙いは、私よ。見覚えあるもの」

「また恨み買ってるの?あなたこそ、困った子じゃない」

「違うんだって。前期にあれが、変な道具見せびらかせてきたの。その時私達にへこまされたのを、多分根に持ってるのよ」

 今にも唸り出しそうなユウ。

 そういう理由、つまりは逆恨みか。

 下らない人間だけれど、放っておく訳にもいかない。

 今は単にユウを誘い出して、他のガーディアンをからかっているだけで済んでいる。 

 でも、いつどちらかが暴発しないとも限らない。

 何にしろ、揉め事は無いに越した事はない。


 私達の担当地域を回る事しばし、特にトラブルもなく帰りのコースへと差し掛かっていた。

 エアリアルガーディアンズの雪野優。

 そして直属班である名雲さん。

 いつもならもう少し何かあるのだけど、さすがにみんな自重しているようだ。

 しかし、そのユウを狙っているという昨日の男はどうだろう。

 ある意味注目が集まっている状態。

 ユウに恥をかかすのには、絶好の舞台。

 霊感などという物は無いが、あまり良い予感もしない。


 案の定、それとも当然と言うべきか。

 前方から、その男が現れた。

 パトロールコースはある程度決まっているので、先回りしたのだろう。

「あれか」

「ええ。相手にしないのが一番ですよ。その内、向こうで飽きると思います」

「木之本、誰もがお前程悠長じゃないんだ」

 名雲さんはそれとなく私達の前に出て、他のガーディアンも後ろに下がらせた。

「報道部には連絡したよ。来週には、記事にしてくれるって」

「個人の記事は、双方の合意が必要です。僕らには、そういった連絡が来てないけれど」

「部員が仲間内でやっているニュースチャンネルで、記事になる」

 ユウの顔色が変わる。

 自分の事が記事になるからではなく。

 そのやり方に。

 そして、人の迷惑を顧みない報道部の部員という連中に。

「兄ちゃん、程々にしろ。俺達だって、そういつまでも甘い顔してないぜ」

「直属班、名雲祐蔵さん。他校からの転入者で、「渡り鳥」と称して学校を渡り歩いているとか。お金目当てで、軽く寝返るんでしょ」

「面白いな、お前」

 名雲さんの気配が濃くなる。

 しかし男は鼻で笑い、例の警棒を取り出した。

「昨日も言ったけれど、何もしてない。無抵抗な一般生徒を取り押さえるなんて事、するつもりかな」

「名雲さん。もういいわよ、私がやるから」 

 スティックを抜いたユウが、名雲さんの隣に並ぶ。

 彼の手は、腰にある警棒に触れっぱなしだ。

「な、なにを」

「俺達いたぶって、気持よかったろ。今度はお前を殴って、俺がいい気持になる番だ」

「そ、そんな事したら、退学になるぞ」

「他の学校に行けば済む。何たって、「渡り鳥」だからな」

 一歩前に出ると、男は2歩下がる。

 ユウも、じりじりと距離を詰め出した。


 周りを囲んでいた人達から、どよめきが走る。

 一緒にいるガーディアン達は二人の剣幕に押され、止めに入る事も出来ないようだ。

「まずいね。雪野さんは僕が止めるから、元野さんは……」

「いいわ。ここは私に任せて」

「大丈夫?」

 不安そうな木之本君に、軽く頷く。

「一応医療部へ連絡出来るようにしておいて。それと、連合と自警局にも」

「分かった。無理しないで」

「ええ、ありがとう」


 今にも動き出しそうな二人。

 対して男の方は、身動きが取れない状態になっている。

 私は彼等の間に割って入り、ユウ達に下がるよう手で仕草を見せた。

「二人とも、下がって」

「え、でも」

「ちょっと待てよ」

 不満気味な声が後ろから掛かる。

 彼等を振り向き、ゆっくりとした口調で告げた。

「私は、下がってと言ったわよ」 

 息を飲み、下がり出す二人。

 顔色が悪かったようにも見えたけど、今はそれを気にしている場合ではない。

「それと、あなた」

 体を正面に戻し、警棒を持って震えている男を見つめる。

 木之本君とは違い、本当に「気が弱い」のだろう。

 だからこそ、その反動であんな事をしてしまう。 

 偶然にその行動が上手く行っていたので、つい過信してしまったのだ。

 自分を。

 自身の能力もわきまえず。


「警棒を渡して。昨日彼女が言った通り、それは人に見せないでおくべき物よ。規則以前の問題として」

「お、俺がどうしようと自由だろ」

「わがままと自由は別。あなたの自己満足のために、みんなが怯えて言い訳無い」

 厳しく言い放ち、一歩前に出る。

 男が警棒をしまう様子はなく、手には却って力がこもっている。

「近寄るな。それ以上来ると……」

「殴るつもり、無抵抗の人間を。あなたの論理を借りるならね」

「くっ」

 顔が強ばり、警棒を持つ手が上がる。

 私は気にせず、距離を詰めた。

「早くしなさい。取り返しが付かなくなっても、誰も責任は取ってくれないわ。あなた自身を除いては」

「う、うるさい」

 警棒が鼻先をかすめた。 

 ユウ達が後ろで何か言っている。

「今のは、見なかった事にする。警棒を渡すか、すぐにこの場から立ち去るか。選びなさい」

「だ、黙れっ」

 警棒を完全に振りかぶる。

 振り下ろされれば、私の肩に当たる位置。

 でも、私は下がらなかった。

 ユウ達の助けも求めなかった。

 無謀、自暴自棄。

 自分でも、そう感じている。

 それでも、私は下がらない。

「10秒待つ。その間に、警棒を降ろしなさい。これは警告じゃなくて、あなた自身への言葉と思って」

「う、ううっ」

 警棒の揺れが激しくなり、表情はめまぐるしく変わる。

 いつ振り下ろされてもおかしくない。

 ユウ達が騒ぐのも無理は無い。

 自分自身、今すぐ逃げだしたい気持だから。


 それなのに、私は彼を見つめている。

 無防備なまま、何の構えも取らず。

 避ける技も、耐える体もないのに。

「後5秒」

 そう落ち着いた声で告げる。

 駆け寄ってくる足音が、はっきり聞こえるくらい。

 骨くらいは折れるだろうなと、何となく考える。

 照明の光に鈍く輝く、警棒の先端を眺めながら。

「3、2、1……」



 警棒が振り下ろされる。

 私の肩にではない。

 静かに、ゆっくりと。 

 差し出した、私の手の中に。

 私は震えと共にそれを受け取り、彼を取り押さえようとしていた名雲さんに渡した。

 まだ震える警棒。

 そして、自分も震えていたのだとようやく気付く。 

「今回は、IDのチェックも生徒会への報告もしない。その意味を、今日一日よく考えて」

 頷いたのか、首が微かに動いた。

「とにかく、お互い怪我がなくてよかったわ」

「え?」

 戸惑ったような表情。

 私は笑顔を作り、お互いの顔を指差した。

「怪我が無くて良かったって言ったの。そう思わない」

「あ、ああ」

 曖昧な返事。 

 何を言われているのか、分かっていない様子だ。

 その意味は、さっき言ったようによく考えて欲しい。

 ただ、そんなに物分かりが良いのならこんな事はしないだろう。   

 後は時間が彼に、何を教えてくれるかだ。

「さあ、私達はパトロールを続けましょうか」

「あ、ああ」

 彼以上に戸惑いつつ頷く名雲さん。

 ユウは元気なさそうに、後ろへと戻っていった。



 しばらく歩いていると、みんなが遠巻きに私を見ている。

 少しだけ、そのささやきが聞こえてきた。

「雪野さんと名雲さんを下がらせたぜ。一喝で」

「結構怖い人かも、元野さんって」

 かなり誤解を受けたようだ。

 あの振る舞いは、自分でもどうかと思っている。

 何か深い考えがあった訳ではない。 

 彼に警棒を降ろしてもらいたかっただけだ。 

 それが力では無理だと、最初から分かっている。

 私にあるのは、説得する話術と心を視る力。

 でもさっきの彼の精神状態と、あの雰囲気では何の役にも立たない。

 だから、前に出た。

 ただ、前に。


 ユウ達のように戦う事は、私には出来ない。

 したくないとも言える。

 誰もがそうであるように、私は争い事が嫌いだ。

 その度合いが人より強い分、「気が弱い」のかもしれない。

 戦うなら逃げた方がいいと思うくらいに。

 だから、今のような真似はもう出来ない。

 本当、良く倒れなかった。

 ユウとは違う意味で、少々無鉄砲過ぎたようだ。


 そのいつも元気な彼女が、後ろの方で顔を伏せている。

 私は歩みを緩め、彼女の側へ近付いた。

「どうしたの」

 悲しそうな顔を上げるユウ。

「だって、モトちゃんが」

「私が、何」

 すると再び顔が伏せられ、声が小さくなる。

「さっき、私の事怒るもん……」

 拗ねたような口調。

 小さな彼女の体が、もっと小さく見える。

「ごめん。さっきは私も言い過ぎた」

「もう、怒ってない?」

 不安と期待の混じったような顔で、上目遣いに見上げてくる。

「最初から怒ってないわよ」

「本当に?」

「ええ。本当」 

 すると彼女は愛らしい顔を花咲かせたようにして、私の腕に抱きついてきた。

「何よ、子供みたいな真似して」

「へへ」

 安心しきった、可愛らしい表情。

 さっきまでの落ち込みようも、戦士のような鋭さもそこにはない。

 小さな、可愛い女の子がいるだけだ。

「へへ」

 何が嬉しいのか、満面の笑みを湛えるユウ。

 私は苦笑混じりに、視線を彷徨わせた。

「……名雲さんは」

「さっき、帰って行った」

 目の合った木之本君が教えてくれる。

「大丈夫、笑ってたから。これ以上怒られない内に逃げるって」

「私は、怒ったつもりはないんだけれど」

「気迫勝ちってところだね。雪野さんも、ああいうのなら見習った方がいいよ」

「へへ」

 ユウは全然話を聞いていない。

 すると後ろから、しっとりした声が掛けられた。


「ちょっと、誰の許しを得てそんな事してるの」

「いいじゃない、ねー」

 私の顔を見上げ、にこっと微笑むユウ。 

 正面に回ってきたサトミは、鼻を鳴らして反対側の私の腕を取った。

「ユウもショウもいないから、捜してたのに。何遊んでるのよ」

「自分こそ。あなたはシスター・クリスの世話でもしてれば」

「それはそれ、これはこれ。モトは、私の物なの」

「物じゃない、私は」

 全然聞く耳を持たず、私を挟んで騒ぐ二人。

 腕の重みを感じながら、こんなのもいいなと思った。

 頼られる事が。 

 私に、人を守る力はないけれど。

 でも、こうして何かを感じてくれる人達がいる。

 そのためなら。

 もしかして、もう一度ああいう事が出来るかもしれない。

 足はすくみ、震えて、どんなに怖くても。


 戦わなくて人を守る。

 理想であり、今日私が出来た事。

 平凡な私には似合わない、人目を引くような行動。

 どちらかと言えば、ユウ達がやりそうな事。

 たまには、そういうのもいいだろう……。




 木漏れ日の中



 影と光の微妙な重なり。

 木々を抜ける冷たい風が、火照った体に心地良い。

 Tシャツの袖で顔を拭い、芝生の上へ倒れ込む。

 上がる息と、震える手足。

 日頃の運動不足を、改めて理解する。

 基礎トレーニングは毎日行っていても、その枠を越えれば今の通りだ。

 この間のトラブルで自分の力不足を痛感して、少し気合いを入れてみたのだが。

 そのやる気も数日持てばいい方で、それより前に自分の体が持たないかもしれない。

 そう思うとショウ君達は、よくこんな事を続けていられる。

 素質の時点で、根本的に違うのだろう。

 また、たゆまない努力を惜しまない点においても。

 とにかく、疲れた。


 視界に影が差し、その向こうから声が掛けられる。

「風邪、引くぞ」

 投げられるタオル。

 私はそれで顔の汗を拭き、自分の傍らに置いた。

「後で、洗って返します」

「タオルは、汚れる物だろ」

「そうですけど」

「女が洗う物だ、何て言うなよ」

 そのタオルを手に取り、彼は自分の肩に掛ける。

 どこかでトレーニングしてきたのか、すでに頬は上気している。

「それと、ほら」

 肩に掛けられるジャケット。 

「……ありがたく、貸してもらいます」

 袖を通すと、思った以上に大きい。

 立ち上がってみると、腰の辺りまで隠れてしまいそうな程だ。

 ユウなら、膝まで行くかもしれない。

「これは、私が洗います」

「じゃあ、自分のは洗ったのか」

「洗いましたよ。……その、ずっと着てたらかなり汚れてきたので」

「意味が違うだろ、それ」

 木漏れ日の中輝く笑顔。

 屈託のない、優しい男の子の顔。

 落葉樹の枯れ葉が、風に舞う。

「でも、どうしてここに?」

「捜してたんだ。この前の、礼を言おうと思って」

「ああ。あの時は、済みませんでした」

 しかし彼は手を振り、それで前髪をかき上げた。

「ケンカなんて、しない方が一番だ。昔の癖で、つい力尽くで解決したくなって。昔は何かあれば他に行けばいいって考えてたから、余計」

「気にしないで下さい。そういうのをフォローするのが、私の役目ですから。先輩に言う台詞では無いですけどね」

 失礼かなと思いつつ、口にする。

「じゃあ、これからも頼めるか」

「ええ。程々になさって下されば。私の出来る範囲で、やらせて頂きます」

「その内、ちゃんと礼をするからな」

「期待してます」

 着替えの入ったリュックを背負おうと、芝生へと屈む。

 すると頭の上で、派手な音が聞こえてきた。

「……クシュッ。わ、悪い」

「風邪引きますよ。これ、使って下さい」

 リュックから取り出した、薄手のパーカーを渡す。

 小さいけれど、冷えるよりはいいだろう。

「ああ」

 私のパーカーを羽織る彼。

 彼のジャケットを羽織る私。

 並んで、教棟へ続く小径を歩いていく。

「俺、空回りしてるじゃないのか」

「そのくらいの方がいいですよ。そう演じてるかどうかは、別にして」

「俺の演技くらい、お見通しって?心を視る人は、言う事もきついな」

「私が上着を持ってきている事くらい、分かっていたはずです。お互い様ですよ」

「なるほどね」

 さっき私のリュックからわずかに顔を覗かせていた、グレーのフードを触れる。

 木々が切れ、木漏れ日は秋の日差しへと代わる。

 今彼が見せている、爽やかな笑顔へと。

 その笑顔と、いつか別れる時が来るのかもしれない。

 それがいつなのか、どういった理由なのか。

 私にそれを知る術はない。

 でも、今はこうして見上げていられる。

 遥か視界の彼方に見える、3つの笑顔も。

 こちらを見て、何か言っている。


 少なくとも今彼等は、笑っていられる。

 その笑顔を守るために、あの勇気をもう一度持てるだろうか。

 何の力もない、平凡な私が。

 自分の心を、自分で視る。

 無論そこに答えはなく、人を見続けている自分がいるだけ。

 踏み出す事のない、一線を引く自分が。

 私はあくまでも彼等とは、ユウや舞地さん達とは違う。

 でも、だからこそ出来る事があるはずだ。

 負け惜しみではなく、そう思う。

 あの時の震えを思い出せば、確信を持って言い切れる。



 私は私であり続ける。

 変わる必要もない。

 ガーディアンとしてではなく。

 学生としてでもなく。

 元野智美として。

 それが譲れない、私の思い。 



                                         終わり










     エピソード5 あとがき





 彼女自身の気持ち以前に、他のキャラへの印象を中心に書いてみました。

 一歩引いた部分でみんなを見守る彼女のスタンスが、私としては気に入ってます。

 かなりの「大人」で、おそらく彼女がメインキャラ達の屋台骨を支えてるんでしょう。

 本編では印象が薄いですし、今のところ(第5話現在)さしたる活躍の場面もありません。

 でもこういう子なんだと分かっていただければ幸いです。


 丹下沙紀と共に、サブよりはメインに近いキャラ。

 同年代と先輩キャラはほぼ登場しましたので、そろそろ彼女達も目立ってくるかと。

 じゃあ後輩キャラなんているのかと言われると、答えようがありません。

 一人二人はいますが、2年編を書かない事には私も分からないので。

 その辺りの整合性を保つために、中等部編が書けないというのもあります。

 高校編でいたキャラが、中等部編ではいないという事になりかねないので。

 ちゃんと考えて書けばいいんですけどね。

 本当、いい加減な話なんです・・・。


 教務監査官であるお父さんとの関係については、中等部編で明らかになるかも。

 ユウ達とこれほど仲が良いのに、どうして一緒のガーディアンではないのかとか。

 前述の理由もあり、中等部編が書ければの話ですが。  

 ただ、さほど大した事情ではないと思います。

 多分。


 それと今回やっと登場した木之本君。

 彼こそ本当に普通の子で、私のお気に入りです。

 その内彼のエピソードも書こうかと思ってます。

 その前に、本編へ登場させてあげたいですが。


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