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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第37話   2年編最終話
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     37-4




 どうにか無事に教棟を脱出し、モトちゃん達との合流に成功。

 集まっているのはG棟無いと、その周辺。

 建物の各玄関はガーディアンとSDCが警備。

 周辺も、こまめにパトロールが続けられている。

 私はとりあえず教棟内に入り、モトちゃん達がいる正面玄関脇の教室を訪れる。

 そこにいるのはいつもの人達。

 彼らも全員無事で、それにもほっと胸を撫で下ろす。


「ご苦労様。ほぼ、避難は完了した。寮や実家に帰った子もいるし、今日はこのまま解散ね」

 インカムを外しながらそう告げるモトちゃん。

 確かにこれでは授業も何も無く、この場にいる事事態に不安を覚える子もいるだろう。

「ただ、こういうのもあるのよね」

 モニターに表示される、「生徒会長選挙の結果」という文字。 

 そんなの、あった事すら忘れてた。


 さらに表示される「当選……鈴木」という文字。

 不正操作と言ってしまえばそれまでだが、ただこれで今までと何が変わるのかという話。

 今までも生徒会は彼やその取り巻きが支配していて、執行委員会自体生徒会長の代行組織。

 彼が本当の生徒会長になっても、肩書きが変わるくらいのイメージしかない。

「前会長も善戦はしたんだけど、集計を向こうでやってる以上仕方ないわね」

 半ば諦めにも似た口調。

 どうも私とは違い、生徒会長就任という事態に彼女は危惧を抱いているようだ。

「何か困るの。今までと同じでしょ」

「まあ、ね」 

 曖昧な返事。

 しかし具体的に何かは語らず、再びインカムを付けて生徒の誘導を始め出した。

「なんなの、一体」

「全然分からん」

 あっさり考えるのを放棄するショウ。

 見れば頬のばんそうこうは汗で剥がれ、今にも取れそう。

 とはいえ元々必要が無いくらいの擦り傷で、今は違うところにも傷がある。

 消毒した方がいいのかな。



「よう。ガキ大将」

 馬鹿げた台詞と共に現れるケイ。

 彼は何をしていたのかインカムも付けていなければ、生徒の誘導もしていない。

 ただ私達とは行動原理も思考も違うので、こちらからとやかく言う事ではない。

 それにモトちゃんの手伝いくらいは軽くこなせる人なので、それをしないからには何かの理由もあるんだろう。

「生徒会長の事なんだけど、何か困る?」

「学校のシステム自体としては、今までと変わらない。執行委員会を解体して、肩書きがあいつ一人になるだけで」

「それ以外には何かあるの」

「生徒会長の命に従うという契約をしてたら、少し困るかな」

 そこまで言われ、ようやく理解する。

 モトちゃんが憂鬱な顔をしていた意味。

 あえて生徒会長に就任した理由を。


「舞地さん達が敵に回るって事?でも契約はもう、破棄したじゃない」

「破棄されたかどうかも怪しいし、今まで彼女達は全ての契約をこなしてきた。最後の最後でそれを失敗するなんて、ありうるかな」

 静かな口調で語るケイ。

 私達の中で彼らと最も親しいのが彼。

 舞地さん達ではないが渡り鳥と一緒に仕事をした経験もあり、彼らの行動や心情については私達よりも理解が深い。

 だからこそその言葉には説得力があり、真実味を帯びる。

「敵に回るって事なの」

「生徒会長の命に従うって意味なら」

 やはり曖昧な言い方。

 断言をしないのは彼なりの気遣いなのか、それとも何か違う考えを彼が持っているのか。


 分かったのは、彼らはやはり渡り鳥。

 学校外生徒であり、私達とは違う存在だという事。 

 心情としてはこの学校の生徒だとしても、行動原理は全く別。

 何より彼の言うようにここで契約を破棄するのは、最後の最後で汚点を残すようなもの。

 それを彼らが、本当によしとするかどうか。

 最悪の覚悟だけはしておいた方がいいのかもしれない。


「ショウはどう思う」

「敵に回るなら、やるしかないだろ」

 あっさりと、敵という言葉を使うショウ。

 表情は重く、拳は固く握り締められる。

 それでも彼は立ち向かう決意を見せる。

 そう。私達に乗り越える壁があるとすれば、それは彼ら。

 だとすれば、ここで躊躇する事は決して出来ない。

「サトミは?」

「信じるしかないんじゃなくて」

「舞地さん達を?」

「まあ、ね」

 ショウとは違う考え方。

 醒めているようだが、それが彼女の本質。

 人を信じたいという心は、その醒めた雰囲気に隠されて普段は見えない。 

 でも今のように語るのは、彼女なりの変化。 

 気持ちの現れだろうか。



「甘いな、随分」

 突然現れ、そう呟く塩田さん。

 甘いというのは間違いなく、サトミの台詞に対してだろう。

「甘くて悪いんですか」

「その辺は俺に発言権も無いんだが。この馬鹿騒ぎが収まったら、沢にでも聞いてみろ」

「お前が馬鹿騒ぎの張本人だろ。たまには先輩らしいところを」

 途中で言葉を失うケイ。 

 後ろから首を締められているので、もしかしたら意識も失っているかもしれないが。

「怪我人は、どの程度出た」

「直接交戦したガーディアンとSDCに若干名。一般生徒は皆無です」

 モトちゃんの報告に塩田さんは小さく頷き、モニターに学内の地図を表示させた。

「思った以上に、弱体化してるのかも知れんな。ピークは、管理案導入時じゃないか」

「確かに協力者は多いです。ただそれは、塩田さん達の成果が実を結んだ結果だと思いますよ」

「俺は、何の役にも立ってないさ」

「当たり前だろ」

 軽くすねを蹴られ、床に転がるケイ。

 本当に懲りないな、この人も。

「とにかく、ワイルドギースだったか。あの連中をどうするかは、お前達次第だ。俺なら、先に手を打つが」

「私もサトミ同様、彼女達を信じてますので」

「偉いな、お前らは」

「駄目な先輩を見続けて来たからだろ」

「だったら、その目にしっかり焼き付けろよ。俺が卒業しても、絶対忘れないくらいにしてやる」

 ぼろ雑巾の完成も間近いな。




 やがてG棟から正門へのルートが確保され、ガーディアンとSDCに守られた生徒達が寮や自宅へ帰っていく。

 残ったのは今日も私達だけ。

 後は沢さんの話を聞きに行くか。 

 そう思っていると、正門に向かう途中で彼の方から私達の所へやってきた。

「塩田君から聞いたよ。舞地さん達を信じてるんだって」

 彼にしてはかなりの笑顔。

 おかしくてたまらないといった表情。

 それは私達の馬鹿さ加減へ対するものだろうか。

「悪いんですか」

「悪くは無いよ。彼らは信用に足る存在だからね。だからその分契約も遵守する」

「結果として、私達と対立するって意味ですか」

「生徒会長の命に従う。この契約はおそらく今でも有効。破棄を受け入れはしたが、あの時点でも契約を破った訳ではない。雪野さんとの契約と整合性が保たれれば、破棄する理由も無い」

「私は間さんにも申し出ましたよ」

「契約違反ではないと言ってただろ」

 まるであの場に居合わせたように語る沢さん。

 おそらくは彼も、その契約内容について知っているんだろう。


「無闇に人を疑うのは良くないが、用心は必要だ。彼等が信用出来る存在であれば、なおさらね」

「契約を遵守するって事ですか」

「ああ。今から襲った方が……。いや。遅いか」

 懐に手を入れ、銃を取り出す沢さん。

 私もそれに反応し、背中のスティックを素早く構える。



 夕暮れの正門前。

 長く伸びる影。

 横一列の、4つの影。

 こちらからは逆光で、その表情は読み取れない。

 決意、彼等の思いは痛い程に伝わってくるが。

 腰に提げた警棒。

 肩に掛かっているショットガン。

 彼等は真っ直ぐと、私達へ向けて歩いてくる。

 迷いも躊躇も何もない。

 ただ私達へと、その歩を進める。

「これでも信じると?」

「悪いですか」

「悪くはないよ。賢くもないが」

 苦笑して、しかし銃を構える沢さん。

 私はスティックを背中へ戻し、息を整える。


 彼女達との決着は、私の中はもう付いている。 

 それでも彼女達が何かの意図を持つのなら、その先は彼女達に委ねるだけだ。

 何があろうと責任は彼女達ではなく、信じた私達にある。

「さて、ここからが本番だ」

 後ろから聞こえる笑い気味の声。

 振り向いた先にいたのは、委員長。

 次期生徒会長と、金髪の傭兵。


 彼等の意図は言うまでもない。

 生徒会長という立場を利用し、舞地さん達を私達と戦わせる事。

 渡り鳥にとって契約は絶対。

 何より最後の最後で、その契約を反故にするのは汚点を残す事となる。

 それが彼女達にどんな意味を持つかは、私が思っている以上のはず。

 だからこそ、私は何も出来ない。

 あの時契約を破棄すると私が言った事。

 それがどれだけ彼女達の気持ちをないがしろにしたのか。

 どれだけ軽い意味しか持っていなかったたのか。

 逆光の中佇む彼女達の張りつめた空気に、自分の浅はかさを知ってしまう。



 深く被られたキャップ。

 引き締められた口元。

 私が何か言うより早く、彼女の拳が真っ直ぐ伸びる。

 何のためらいも無い早い一撃。

 それは鋭くケイの鼻を捉え、彼の体を吹き飛ばした。

 倒れこんだ彼の脇腹を蹴りつける名雲さん。 

 池上さんは警棒を容赦なく彼へと振り下ろす。

「いいぞ。他の連中にもやってやれ」

 本人にとっては最高の。

 私達にとっては最低の表情で高笑いをする委員長。

 やがてケイへの暴行が終り、彼らの視線が今度は私へと向けられる。


 彼らの立場、人生、プライド。 

 それを考えれば、私達は邪魔な存在でしかなかったのかもしれない。

 私は彼らに甘え、頼り切っていた。

 彼らの気持ちや立場も考えず。

 先輩という意識ばかりを持って。

 仲間、かけがえの無い友達だと思って。

 だけどそれは私の勝手な都合。

 彼らの過ごしてきた生活の中には無かった事かもしれない。


 真っ直ぐ私に拳を向けてくる舞地さん。

 それが視界の中で広がっていくのを感じながら、ふと思った。

 いつか、これに似た事があったなと。




 頬に感じる温かい感触。

 夕暮れの冷えた空気の中、赤く染まる舞地さんの笑顔。

 少し口元を緩めただけの、だけどはっきりと笑っていると分かるような。

「茶番は終わりだ。生徒会長の指示に従え」

「従ったから、そこに一人倒れてるだろ。義理は果たしたぞ」

「契約違反はどうなるか」

「お前に契約のなんたるを言われたくないな」

 鼻先で笑い、構えを取っているショウに手を振る名雲さん。

 私達への敵意は微塵も感じられず、実際何もしては来ない。

 倒れているケイへの暴行を除いては。


「今ので、一応義理は果たした。本来お前の指示を受ける理由は無いが、特別サービスだ」

「生徒会長の命令に」

「それは間違った情報だ。生徒会長の指示に従うんじゃない。俺達が生徒会長だと認めた人間の指示に従う。そういう契約だ」

「なん、だと」 

 顔色を変える委員長。

 倒れているケイへ柳君が駆け寄り、怒りを湛えて名雲さん達を見上げる。

「ここまでやらなくてもいいんじゃないの」

「勢いだ、勢い。で、続きをもう一つ。無期限盲目に従う訳じゃない。期間も従う従わないも、俺達で判断する契約だ」

「ふざけるな」

 警棒を抜き、雑な構えを取る委員長。

 隣では金髪が薄ら笑いを浮かべ、ジャケットの懐に手を入れた。

「生徒会長は俺なんだ。俺の指示に従え」

「話を聞けよ。俺はお前を生徒会長とは認めてない。だから指示に従う理由も無い。もう少し言ってやると、この学校の誰一人としてお前を認めてないからな」

「言いたい事はそれだけか」

「いくらでもあるが、今更言っても仕方ない。やりたいならこいよ。新カリキュラムの実力を見てやる」

「くっ」

 スラックスのポケットに手を入れ、構えすら取らない名雲さん。

 一方、委員長の方も動かない。


 感情としては高ぶっているが、初めの一歩が踏み出せない。

 知識としての戦い。

 単純な身体能力は、普通の生徒より上かもしれない。

 だけど実戦においての経験は、大人と子供。  

 名雲さんに見据えられただけで動きが止まってしまうのも仕方ない。



「ここは一旦下がろう。まだこれからだ」

 半笑いで、委員長の肩に手を掛ける金髪。

 その手を振り払う勇気さえあれば、まだ彼にも救いはある。

 しかし時はもう戻らないし、何もかもが遅い。

 そして彼も頷き、殺意すら漂わせた視線を私達へと向けてくる。

「これで終わりと思うなよ。ここは誰の学校かを思い知らせてやる」

「ここは生徒の学校で、お前の私物じゃない。頭悪いな」

 名雲さんの台詞を聞きもせず、背を向けて立ち去る二人。

 金髪が一瞬不穏な動きを見せるが、隣で固い金属音がして突然走って逃げ出した。 

 何かと思ったら沢さんが銃をジャケットにしまい、足元に落ちた小さな物を拾い上げていた。

 薬きょうに見えなくも無いが、まさか本物でもないだろう。

「実弾じゃなくて、スタンガンだよ」

 そうですか、だったら安心ですね。

 という話ではなく、スタンガンを発射させられる銃というのもあまり普通ではない気がする。

「金髪の方は、僕に任せてくれればいい。あいつを野放しにしてたのは、僕や塩田君の責任でもあるしね」

「じゃあ、頼んだ。これにて一件落着だな」

 そう名雲さんが宣言したところで、床に倒れていたケイが鼻を押さえながら立ち上がった。


 顔は傷だらけで、押さえた手からは血が滴り、服は土と血で汚れきっている。

「なんで、俺が」

「義理くらいは果たしてもいいだろ。一応は生徒会長みたいなものだったんだから」

「ここまでやる必要が」

「このくらいで止めた、と思って欲しいわね」

 なにやら低い声を出し、警棒で手の平を叩く池上さん。

 確かに私なら、骨の1本や2本はと思いたくもなる。


「その契約って、結局なんだったの」

「さっき言った通りだ。生徒会長と認められる人間の指示に従い、自分達の思うように行動するという内容。生徒会長だったら誰でもいいって訳じゃない」

「だったら、今は誰が生徒会長なの」

「今は生徒会長がいないから、生徒から指示されてる生徒だろうな。前会長でもいいし、例えば元野さんでもいい」

「私でもいいの?」

 それには全く答えない名雲さん。

 代わりに舞地さんに睨まれた。

「何よ」

「別に」

「まあまあ。さあ、みんな帰るわよ。明日から、また一騒動ありそうね」

 言葉とは裏腹に、楽しそうな池上さん。


 吹っ切れた。

 押さえていた重石が取れたというような顔。

 そう考えると初めはここに来た理由すら不明だった。

 その後は生徒会長の指示に従うという話を、私も信じていた。

 出会ってから今日の今日まで、よくそれを黙っていられたな。

 私なら途中で耐え切れなくなって、どこかで爆発してしまう。

 逃げ出すのか自暴自棄になるのか、カミングアウトしてしまうかで。

 ただ、それを隠す理由がどの程度あったかは疑問だが。

「なんで隠してたの」

「都合よく利用されないためよ。それに私達が恣意的に選ぶんだから、誤解も招くでしょ。その点生徒会長は一人しかいないし、簡単に就任出来る物でもない。生徒会の中枢に入るのも楽になるしね」

「ふーん」

「今考えるとそれが良かったのかどうかは私達も考えなければならないけど。終わりよければ全て良しって事にしておいて」

 まだ終ってはいないが、終わりは間近。


 年度内が色んな意味でのタイムリミット。

 東側の土地の借地権。

 生徒達の支持も、そういつまでも続きはしないと思う。

 そして何より、3年生の卒業。

 それまでにどうにか目処をつけ、解決をしたい。

 彼らには、清々しい思い出でこの学校を卒業してもらいたい。

 彼らの先輩が果たせなかった分も含め。

 それを、私達の手で成し遂げたい。




 寮に戻り食堂へとやってきたが、ご飯が無い。

 生徒の数もまばらで、厨房は照明が落ちている。

「何、これ」

 近くにいた女の子へ話し掛けると、そのまま私の顔を指差してきた。

「騒ぎが大きくなったので、職員は一時休暇だそうです」

「そ、それと私と」

「関係なくは無いでしょう。どうしてくれるんですか」

 彼女の言葉に合せ、一斉に睨んでくる女の子達。

 ここ最近で、一番敵意を感じた瞬間じゃないのかな。

「外で食べれば」

「お金がもったいです」

「分かったわよ。あーあ」

 こっちも一日暴れまわって何もしたくないが、食べ物が無ければ話が始まらない。

 勝手に厨房へ入り込み、照明をつけてまずは冷蔵庫を確認する。

 幸い食材は残っていて、数日間はどうにかなりそう。

 とりあえず、今食べる分に関しては問題ない。

 今食堂にいるだけの人数ならば。



「チャーハンでも作るか」

 適当に野菜を取り出し、女の子を何人か呼んで切ってもらう。

 その間に中華鍋を熱し、中華スープを探し当てる。

「卵といて」

「これ、勝手に使っていいんですか」

「良くないかもね」

 なんとなく引き気味の女の子達。

 しかしこのまま食べ物を放っておく方が罪になると私は思う。

 という理屈を、自分の中で打ち立てる。


 まずは油を引いて、といた卵を投入。

 手早くかき混ぜ、半熟のところでご飯を入れる。

 本当は鍋をざくざく動かしたいところだけど、それをやったら多分鍋を被って終る。

 その代わりにお玉でご飯を軽く押し付け、水分を飛ばす。

 野菜とミンチも入れて、最後にスープ。

 こちらは完成で、残りのスープで卵スープを作る。

「これだけですか」 

 何か、ショウみたいな事を言い出してきた。

 これだけって、チャーハンに卵スープならご馳走じゃない。

「もう少しボリュームが欲しいんですけど」

 私は十分だと思うが、育ち盛りの彼女達には物足りないらしい。

 ただし年齢は同じか上下に1才違うだけなので、もしかすると私も育ち盛りかもしれないが。



「腹減った」

 育ち盛りどころか、多分一生育ち盛りの子がやってきた。

 でもってチャーハンの盛られた皿をじっと見て、そのまま視線を私に移す。

「どうして来たの」

「寮の食堂がやってない。外で食べる金も無い」

 だから匂いを辿ってやってきた、くらいは言いそうだな。

 しかも後ろには御剣君もいて、この調子だと寮の外にもいるはずだ。

「まあ、いいか。残して悪くなっても困るし。とりあえず、ある分だけ運んで」

「俺の分は」

「順番よ、順番」

「腹が減ってるんだ、俺は」

 理屈抜きか、この人は。

 仕方ないので鰹節を包丁の柄で叩き割り、その欠片をショウと御剣君へと渡す。

「これでもしゃぶってなさい」

「おい」

「いらないならいいのよ」

「覚えろよ」

 そう言うなら、お代わりしないでよね。




 テーブルに並ぶチャーハンと卵スープ。

 そして揚げた肉団子に春雨サラダ。

 男女も学年も組織も関係なく、和気藹々と食べる生徒達。

 和やかで暖かい空気。

 多分私が望んでいた、以前は当たり前のように見られた光景。

 この場所にいるだけで心が満たされ、胸が一杯になるような。

「もう無いのか」

 空の皿をスプーンで叩くショウ。

 物の哀れとか情感って言葉を、一度教えてやりたいな。

「水飲んでなさい、水を。それと、食器は各自で洗ってね」

 さすがにこれだけの人数分を洗う気にはなれず、何よりさすがに疲れてきた。

 少しだるくて、このまま寝てしまいそう。

 ただ出来れば、甘い物でも食べたいところだが。


「メリー・クリスマス」

 相当に時期外れかつ、多分その時期でも聞かない台詞。

 でもってそういう事を言う人は、世の中にそう何人もいない。

 思った通り、にこやかな笑顔で現れるヒカルサンタ。

 彼が押している台車には、「非常食」とかかれたダンボールが山積みされている。

「大学で余っててね。捨てるのもどうかと思って」

「中身は?」

「果物の缶詰じゃないかな。まだ一ヶ月くらいは良いと思うよ」

 随分微妙な賞味期限だが、果物の缶詰というのは少し嬉しいな。

 とりあえず一番上のダンボールを開け、いつのまにか缶切りを用意していたショウにミカンのシロップ漬けを渡す。

 例の猫が喜ぶ音と共にふたが開き、周りの生徒の表情も自然にほころぶ。


「私は、何にしようかな」

 ミカン、白桃、黄桃、アンズ、ブドウなんて物もある。

 スイカに少し興味を惹かれるが、おそらく外れなので距離を置く。

 サクランボか。

 生の方が好きだけど、スイカよりはましだろう。

 柔らかい歯応えと微かな風味。

 味よりも甘さが先に立ち、ただ美味しいには美味しい。

 疲れれている今は特に、こういった甘い物が嬉しかったりする。

「随分楽しそうね」

「楽しいよ。食べる?」

「お寿司を食べてきたからいいわ」

 怖い事を平然と言ってのけるサトミ。

 私は炒飯と卵スープで、彼女はお寿司。

 生まれついた時からの差は縮まるどころか、広がっていく一方の気もする。


「モトのお父さんと話してたのよ」

「お土産は」

「食べられるの」

 サクランボを指でつまみながら尋ねてくるモトちゃん。

 多分この缶詰ももう必要なくて、後はお茶さえあれば満足だ。

 本当、安上がりな体で助かった。

「教育庁が、重大な関心をもっているそうよ」

「持ってるからなんなの。その教育庁の指導監督がなってないから、ああいう理事がのさばってるんじゃないの」

「あなた、たまにすごいわね」

 褒められた。

 もしくは、かなり呆れられた。


 ただし間違った事を言ったつもりはなく、実際その通り。

 ここまで混乱する前に教育庁としてやるべき事はあったはずで、賭博場で職員を遊ばせておくなんてもってのほかだ。

「で、関心を持ってるからなんだっていうの」

「体勢に反抗的な生徒。特に主導的な役割を果たしている生徒の身元を照会。各省庁と連携して事態に当たるですって」

「当たってもらおうじゃない。ここは私達の学校で、教育庁の学校じゃないのよ」

「ユウを呼ばなくて良かった」

 しみじみと語るモトちゃん。

 何も、ため息を付かなくても良いでしょうに。

「で、具体的に何かしてくるの」

「お父さんは視察名目で、地方出張を命じられた。沢さんは解任って話よ。従うかどうかはともかくとしてね」

 さらりと言ってのけるモトちゃん。


 命令はつまり、中央省庁。

 国家としての命令。

 それに逆らうのは、国に逆らうのと同じ。

 世が世なら、逮捕されてもおかしくはない。

「本当にそれで良いの?」

「今更引いても仕方ないでしょ。それとユウみたいに、TVで批判した訳でもないし」

「え。私の方が程度は重いって意味?」

「当たり前じゃない。その件も、教育庁で話題になってるらしいわ。あなた、大物ね」

 人の頭を撫でながら笑うサトミ。

 こちらとしては何一つ笑い事ではなく、少し手の平に汗が出てきた。

「日本政府対雪野優。すごいね」

 怖い言い方をしてくるヒカル。

 そこまで大袈裟な話ではないと思うが、構図としてはそれに近い気もする。

「警察が捕まえに来るとか?」

「批判する事自体は犯罪ではないから、逮捕はされないわよ」

「そう」

 少し安心して胸をなで下ろす。

 なで下ろす程の胸がないという意見は聞かない事にする。


「ただし今後の混乱状況によっては機動隊が導入されるでしょうし、間違いなく最重要のターゲットでしょ」

「それは私達全員じゃないの。……軍が動くって事はないよね」

「さすがに高校生相手に軍も無いとは思うけど」

 そう言って笑うサトミ。

 ただし完全には否定しないし、モトちゃんもサトミ程は笑っていない。

 軍としての出動はなくても、それに類する組織やリタイヤした人間が関わる事は考えられる。

 これはちょっと、考えた方が良さそうだ。

「……もう遅いかな」

「何が」

「守山駐屯地に行こうかと思って」

「はい?」

 声を裏返すサトミ。

 お茶をむせ返すモトちゃん。

 何も、そんな変な事を言ったつもりはないけどな。

「用心に越した事はないでしょ」

「そうだけど。軍は出動しないわよ」

「だから、万が一。ショウ、おじさんに聞いてみて」

「ああ」

 端末で連絡を取り出すショウ。

 すぐに返事があったらしく、彼は軽く頷き缶詰を一つ手にして立ち上がった。

「今からなら会ってくれるらしい」

「二人で行くの。……サトミ、付いていって」

「私一人に押しつけないで。大体、何を話すの?」

「それは私も知りたいわ。仕方ない、みんなで行くわよ」




 正門を警備している歩哨の人に挨拶をして、持ち上がったゲートを車が通過する。

 車が通りきった所でゲートが閉まり、パトロール中らしい自動小銃を肩から掛けた集団とすれ違う。

「撃たれないでしょうね」 

 声を潜め、外の様子を窺うサトミ。

 私達が乗ってきたのは、例のメガクルーザー。

 装甲車と見間違えてもおかしくない形状で、サトミの不安も笑い飛ばす事は出来ない。

「ここに止めればいいのかな」

 来客用の駐車スペースに車が停められたところで、軍服姿の若い女性が現れる。

 きびきびした動きと精悍な笑顔。

 敬礼する姿も様になっていて、思わず見とれてしまう。

「玲阿中尉からお話は伺っています。どうぞ、こちらへ」

 規則正しい歩幅で歩いていく女性。


 襟章から見て、彼女は中尉。

 階級で言えば同等で、何よりショウのおじさんはすでに退役している。

 ただ過去の立場や軍歴を考えれば、今でも崇拝の対象なのかも知れない。

 もしくは、女性に対しての受けがいいかだ。

「瞬さんと親しいんですか」

「いえ。数度お目に掛かっただけです。私は、戦後に入隊しましたので。ただ玲阿中尉や少佐の偉大さは、誰もが承知しています」 

「偉大さ。偉大?偉大、ですか」

 思わず3回言ってしまった。

 軍人としてはおそらく偉大で、功績のある人だと思う。

 ただ普段の行動を見る限りは、その欠片も感じはしないが。



 案内をされたのは、本部のかなり奥。

 応接室ではなく、師団長執務室。

 これにはさすがに全員が緊張の面持ちで、余裕を見せているのはヒカルくらい。

 この人が緊張するというのも、ちょっと想像は出来ないが。

「ご苦労。下がれ」

 敬礼して去っていく女性。

 何となくショウに注がれていた熱い眼差しが気になるが、それは気にし始めるときりがない。 

 大きな執務用のデスクから顔を上げ、私達の方へと歩いてくる壮年の男性。

 精悍な顔立ちと、一分の隙も無い立ち振る舞い。

 師団長はにこやかに笑い、ソファーへ座るよう勧めてくれた。

「瞬から話は聞いている。軍が出動するかどうかだが、公式にそういった要請は無い。また高校での騒乱程度では、要請自体ありえないだろう」

「そうですか」

 安心するのもつかの間。 

 師団長はソファーへ深くもたれ、さらに話を続けた。


「機動隊を訓練するようにとの話が、幾つかあったのは事実だ。暴動鎮圧用の機材や装甲車を貸してくれという話もあった」

「それって」

「あくまでも訓練だと連中は言ってたがね。私の方で、それは断っている。依頼してきたのは地元の政治家と、官僚だ」

 今までの経緯と符合する内容。

 軍自体が動く事は無さそうだが、協力するように要請があったというのは事実。

 それも、高校生相手に。

「ただ学内で銃撃戦があって機動隊の手にも負えないともなれば、治安維持活動として軍にも命令が下るが」

「私達は銃を持ってませんから。学内で銃と呼ばれてるのも、ゴム弾を発射するものですし」

「それなら、私達が動く理由も無い」

 はっきりと断言する師団長。

 今度こそ、ようやく胸を撫で下ろす。


「しかし軍に協力要請をさせるなんて、何をやってるのかな」

「大した事は、別に」

「国家に対する反逆行為だ。なんて言っていた議員もいてね」

「私達は単なる高校生に過ぎませんから」

 苦笑気味に語るモトちゃん。

 実際その通りで、私達は今まで認めてられていた権利を主張しているに過ぎない。

 それも過剰な権利ではなく、必要最低限の部分。

 金銭や権限をよこせとは言ってないし、権限については委譲も認めている。

 私達は高校生として振舞っているのに、それを過剰に反応しているに過ぎない。

「あまり穏やかな話ではないが。我々が動く、という事はありえないから安心しなさい」

「ありがとうございます。ただ、政治家というのは」

「法律に基づいた命令なら私も従う。ただし個人的な思惑や感情では動かない。シビリアンコントロール以前の問題だがね」

 強い誇りと自負心。 

 この国を守っているという。

 そしてこの国を守ってきたという。 

 だからこそ私も彼に会いに来た。


「ただ警察は機動隊を導入するらしい。大丈夫かな」

 多少探るような口調。

 その視線は私と、ショウへと向けられる。

「それこそ銃撃戦にならなければ、とりあえずは」 

 控えめに語るショウ。

 それには師団長も声を出して笑い、何度も手を叩いた。

「君達が羨ましい。私も今から、高校生に戻りたいくらいだよ」

「はあ」

「仲間と共に戦う感覚は久しく忘れていたが、昔を思い出したよ」

 遠い目で語る師団長。

 笑顔の中に少しだけ垣間見える苦い部分。

 仲間と共に戦った記憶。

 それはまた、仲間が戦死した記憶にもつながるのだろう。

「少なくとも軍は介入しないし、私がさせない。そう思っていてくれ」

「ありがとうございます。それでは私達はこの辺で失礼します」

「ああ。瞬達によろしく。お前こそ介入するなと言っておいてくれ」




 メガクルーザーはデータを取るとの事で、駐屯地に置いてくる。

 という訳で、帰りは地下鉄。

 車内は会社帰りや一杯飲んできたらしいサラリーマン。

 遊びに出かける雰囲気の若者達の姿が目立つ。

 席も埋まっているので、運転席の後ろに張り付き運転手気分をしばし味わう。

 ただ前も思ったが、どこまでも続く暗いトンネル。

 良く眠くならないなと感心する。

「きゃー」

 突然の悲鳴。

 振り返ると若い女性が床に倒れて、その周りを人が取り囲んでいた。

 殴られたのか、なんなのか。 

 ただ私達が駆け寄るより早く、赤いバンダナをした集団が彼女を助けおこし話を聞く。


 どうやらお酒の飲みすぎで、カーブに差し掛かりバランスを崩しただけの事。

 人騒がせだが、大事には至らなくてよかたっと言うべきか。

「お久しぶりです」

 笑顔で私達に挨拶をする女の子。

 確か何度か顔を合せた事のある子で、こんな時間にまで頑張っているようだ。

 彼女達とは確執もあったが、こういう姿を見ると素直に関心もしてしまう。

 私達のように生徒相手ではなく、中には相当達の悪い大人もいるはず。

 それにも怯まずこうして続けているのは、尊敬に値する。

 値はするが、過去の経緯もある。

 少し、話は聞いた方が良さそうだ。


 地下鉄を降り、駅のホームの片隅で彼女と話をする。

 聞く事はただ一つ。

「ディフェンス・ラインとして?ああ、警察から話がありましたよ。草薙高校が騒乱状態にあるので、なんらかの対策を取って欲しいって」

「それで」

「私達は学内に立ち入る権利はありませんからね。学校の外で暴れるのなら対処もしますし対策も練りますが、学内に付いてはお断りしました」

 あっさりと答える女の子。

 以前の組織なら学内だろうと介入をしたはずで、また今は生徒以外も学内に入り込んでいる状態。


 規則上はともかく、学内に入るのは容易。 

 それでも彼女は介入をしないと明言をしてくれた。

 彼女なりの信念か。

 私達への気遣いか。

 何にしろ、その言葉とその気持ちは素直に嬉しい。

「ありがとう」

「いえ。私達も草薙高校について関心は払ってます。悪い意味ではなく、学外での問題についてはある程度私達も協力しますので」

「それって」

「傭兵や不審な生徒に付いては多少マークしています。こういう事をすると、また文句を言われそうですか」

「いえ。助かるわ」

 優しい笑顔を浮かべ、彼女の肩に触れるモトちゃん。

 女の子ははにかみ気味に笑い、バンダナへ手を触れた。


 それはおそらく彼女にとっての誇りであり、象徴。 

 立場は違うし目的も違う。

 それでもこうして協力を申し出てくれる彼女。

 それを考えると、少しでも疑ってしまっていた自分が恥ずかしく思えるくらいだ。

「警察も内部で意見が割れているようですけどね。高校生の問題に介入して良いのかどうかと」

「でも、結果的に介入はすると」

「私の知る限りでは、間違いありません。少年課の一部と機動隊が、学校の要請に基づいて生徒の鎮圧に当たるらしいです」

 静かに語られる内容。


 ただし私達は警察の導入が必要なほど暴れてはいないし、暴れるよう仕向けたのはむしろ学校側。

 自作自演にも程があり、何より警察を使う事での評判や今後の問題については何も考えていない気がする。

 警察が導入された学校に子供を通わせたいと思う親はいないだろう。

 その程度の考えにも及ばないまで、混乱しているという事かもしれない。

 私達はあくまでも話し合いでの解決を望んでいるが、向こうには全くその気は無いようだ。

「とにかく、お気をつけて。私達に大した事は出来ませんが、微力ながらお手伝いします」

「ありがとう」

「では」

「ええ。お疲れ様」

 部下を引き連れ、ホームに滑り込んできた地下鉄へ乗り込む女の子。

 私達へ向けられる敵意。

 ただそれと同時に、支えてくれる人達もいる。

 私達は決して孤独ではなく、孤立もしていない。


 そう思っていた時期もあったけど、今は違う。

 横のつながり、縦のつながりを強く意識する。

 それぞれの組織、大勢の人。

 それが重なりあい結びつき、一つとなる。

 ただ一つ、学校のために。

 それは自分達のためにでもあり、仲間のため、子供のためでもある。

 理由は人それぞれで、目的が違う場合もある。

 例えば今の彼女のように。

 それでも目指す方向はきっと同じのはずだ。

 誰もが笑って過ごせる生活。 

 行き着くところはそこにあると思う。




 寮に戻るとすでにラウンジや廊下に生徒の姿は無く、自販気の周りに数人が集まっている程度。

 思った以上に遅くなってしまったようだ。

 正直眠く、着替えずにこのままベッドに倒れたいくらいの気分。

 欠伸交じりで廊下を歩いていたら、自販機に集まっていた子に呼び止められた。

「あ、あの。お話があるんですけど」

「ん、何」 

 眠いには眠いが、かなり深刻な表情。

 明日にしてくれとは言えそうに無い。

 とりあえずお茶を買い、壁にもたれて一口飲む。

 その冷たさに少し意識が覚醒したところで、女の子が話し始めた。

「そ、その。寮の事なんですけど。追い出されるって話を聞いたんですけど」

「私が?」

 それは知らなかったが、十分にありうる話。 

 退学には幾つかの手続きや承認が必要だろうが、寮は別。


「私は出て行っても良いんだけどね。実家も近いし」

「近くない人はどうするんですか」

「サトミやモトちゃんは私の家に泊まれば良いし、木之本君もショウの家に泊まれば良いんじゃないの」

「他の人は?」

「他って、私達だけじゃないの?」

 その質問に小さく頷く女の子。 

 まさか私ですとは言わないだろうが、こっちが思っているよりは人数が多いらしい。

「渡瀬さんや神代さんも、退寮させられるって話です」

「まあ、その気になればショウの家に10人や20人は泊まれるけどね」

 母屋には以前門下生の使っていた部屋もあるし、なんなら庭にテントを設営してもいい。

 それなら100人くらいは行けるだろう。

 この時期のテント暮らしはかなりきつそうなので、あまり現実的ではないが。

「つまりは私達の知り合い全部って事?」

「そう、聞いてますけど」

「困るには困るのか。いや、なんとかなる。みんなは、渡瀬さん達の友達?」

「ええ」

「なら、彼女に伝えて。後で私の部屋に来るようにって」



 という訳で、渡瀬さん達を集めてカードを一枚渡す。

 現金ではなく、カードキー。

 屋神さんから預かっている、高級マンションの鍵を。

 先日は結局使い損ねたが、あそこで手放さなくて助かった気分。

 私の家やショウの家だけではさすがに限界があるし、距離を考えればマンションの方が楽。

 マンションは10戸以上あり、一つのマンションに10人は暮らせるはず。

 かなり独断で決めたが、特に問題は無いだろう。

「一応、持ち主にも聞いてみるね。……夜分済みません。……いえ、マンションを使いたいんですけど。……寮を追い出される可能性があって。……ええ、助かります。……そういう真似をしたら、スタンガンで済まないので。……ええ、失礼します」

 まさか合鍵は持ってないだろうが、敵は意外と身近にいたらしい。 

 ただ屋神さんが夜這いにきたら、喜んで迎え入れる子もいそうだが。

「家賃は誰に」

 何か生真面目な事を言い出す神代さん。 

 それは必要ないと教え、地図を端末に転送する。

「家財道具もある程度は揃ってると思う。ただ1年以上使ってないから、掃除だけしておいて」

「分かりました。寮から今度はマンション暮らしですか。追い出されて良かったんじゃないんですか」  

 なんとも楽しげに笑う渡瀬さん。 

 多分良くは無いともうが、こういう発想も大事だろう。


「先輩はどうするの」

「実家に帰る。近いしね」

「何のために寮に住んでるの」

「自立するため」

「自立してるの?」

 随分根本的な事を聞いてくるな。

 少なくとも寮では一人で生きてるし、お母さん達に頼り切りでもない。

 その分サトミやモトちゃんに頼ってるという気はしなくもないが。

「私の事は良いんだって。とにかく、追い出されたらマンションに移って」

「大丈夫かな」

 私はそんな頼りなく見られてたのか。

 というか実家に戻るんだから、頼りなくても良いと思うんだけど。

 もしくは、今以上に自堕落になると言いたいのかな。

「ナオはつまり、いざという時雪野さんがいないと困るなって言いたいんですよ」

「あたしは、別になにも」

 赤らめた顔を大袈裟にそむける神代さん。

 随分遠回しな先輩への思慕という訳か。

 なるほど。結構可愛いところもあるじゃない。


「呼んでくれればすぐに来るから、泣かなくてもいいよ」

「誰も泣いて無いじゃない」

「先輩の、この胸で泣きなさいよ」

「胸も無いじゃない」

 とりあえず、涙が枯れるまで泣かしてやろうかな。 













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