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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第36話
413/596

エピソード 36-2   ~IF編・とあるフリーガーディアン編~






     IF




     2




 翌日。

 普通に授業をこなし、休憩時間を過ごし、昼休みを迎える。

 幸か不幸か、あの連中とはクラスが別。

 ただ元野さんとも別で、そこは少し残念だが。


 食堂へ向かいながら、監視カメラへのハッキングをするか自分で設置するかを考える。

 出来れば連中のたまり場に、一つくらい仕掛けたい所だが。

「本当、むかつくよね」

 俺を追い越しつつ、そんな事を言っている小さい方。

 相手は例の良い男。

 二人とも、俺の事など全く気にしてない様子。

 それに微妙な気持ちを抱きつつ、騒がしい後ろを振り返る。


 俺が目にしたのは監視カメラ。

 床に落ち、レンズが外れ、破片が飛び散った。そのなれの果てと言おうか。

「これって、あの小さいのがやったの?」

 監視カメラを囲んでいた男子生徒の一人に声を掛けるが、返事はない。

 すぐに背を向けて逃げられた。

 他の連中も同様で、気付くと俺一人カメラの脇に立っていた。

 このままでは、俺が犯人にされかねないな。



 廊下を駆け抜け、食堂へ到着。

 列に並び、食事を手に入れて開いてるテーブルに付く。

 さっきの小さい女は、窓の外が見えるおそらくは特等席で食事中。

 都心にしては緑の多いこの学校の景色を眺めながら食べるご飯は、一際美味しいといったところか。

「監視?」

 くすくす笑いながら、俺の前に座る元野さん。

 そうではないが、そうとも言える。

 向こうが俺を意識しないのは、屈辱ではあるがやりやすくもある。

「弱点とか無いのかな」

「あったら、誰かがどうにかしてるでしょ」

「だったら金は。多少なら動かせる」

 現金なら数百万。

 見せ金で良ければ、億単位も可能。

 そう告げてみるが、反応は薄い。

「彼女達は資金源をいくつも持ってるし、お金に執着してる訳でもない。見ての通り、贅沢もしてないでしょ」

 確かに学食で、他の生徒と同じような食事をしているくらい。

 やりにくい要素がまた増えた。


 食事を終えてのんびりする連中。

 デザートを前に、仲間同士で楽しく談笑といった所。

 優雅というか、これを見る限り不良グループの幹部とは思いにくい。

「……久し振りに来たわよ」

「何が」

「多分、あなたの同類。どういう系統は知らないけど」

 連中の座ってる方へ視線を向ける元野さん。

 そのさらに先から近付いてくる、木刀を持った男。

 一人ではなく、全部で10人。

 彼女の説明を待つまでもなく、奴らの意図は読み取れる。


 いわば政権交代。

 上を倒し、自分達がその後釜に座る。

 行為としては最低かも知れないが、労力の掛からない有効な手段。

 しかも先頭にいるのが、昨日俺とやり合った奴。 

 あの時はかろうじて勝ちを拾った相手。

 つまりは、俺と連中の実力差がここで……。



 床を滑っていく男。

 その体を飛び越えた黒い影が集団の間に突き刺さり、一人また一人と床に倒れる。

 距離を置いているので、動きはどうにか見て取れる。

 すぐの前だったら、気付く事無く全てが終わっていただろう。

「どう?」

 興味なさげに尋ねてくる元野さん。

 彼女に全てが終わったと告げ、俺も食事に戻る。

 昨日俺があれだけ手こずった相手を、全く歯牙にも掛けなかった。

 いや。武装して仲間を連れていた分、より手強かったはず。

 それなのに、だ。

「強いでしょ」

「それは認めるよ」

 悔しさを押し隠しつつそう答え、伸び始めたラーメンをすする。

 最低、スタンガンは必要。

 銃も、弾を入れ替えた方が良さそうだ。

「勝てる?」

「勝つよ」

 これは虚勢でも強がりでもない。


 素手での実力では敵わない。

 それは認めよう。 

 ただこちらにはそういう相手用の武器が揃っている。

 防具も勿論。

 卑怯と言われればそれまでだが、そんな事を言っている理由はどこにもない。

 負ければ全てを失う以上、下らないヒロイズムを持ち出すつもりもない。

「頼もしいね」

 にやりと笑い、元野さんの隣に座る例の陰気な男。

 高揚していた気分。

 何より、元野さんと二人きりという大切な時間が台無しだ。

「怖い顔するなよ。それで、連中を倒すのは諦めた?」

「むしろやる気が出てきた。強いのは認めるが、所詮は高校生。手の内ようはいくらでもある」

「ミサイルでも撃ち込む気?北米くらいから発射すれば、もしかすると勝てるかもね」

 チャーハンをこぼしながら話す男。

 くだらない冗談に付き合う気はなく、トレイを持って立ち上がる。

「スタンガンとか銃とか。そんなのは、今までここに来た連中なら全員持ってきたよ」

「何」

「戦利品を見せてやっても良いし、必要なら貸してやろうか。買い手がいなくて困ってるんだ」

 下らない軽口。

 ただ、過去この学校を訪れた人間が武装をしていたのは真実だろう。

 それが有効な手段となり得なかったのも。




 昼休みの残り時間を利用し、教棟の裏手にやってくる。 

 周りを雑木林に囲まれた、都会の学校とは思えない場所。

 周囲からの目を逃れるには好都合とも言える。

 懐から銃を取り出し、地面へ置いていたペットボトルを狙う。

 どうにかペットボトルだと分かるくらいの距離にあったそれは、乾いた音を立てて宙を舞った。

 そこを改めて狙い、次々上へ上げていく。

 ちょっとした曲撃ち。

 実戦にはそれ程役に立つ事でもないが、狙いを定めるのはそれなりに難しい。

 複雑に動く相手を想定した訓練としては、さほど悪くはない。

「サーカスみたいね」

 褒め言葉なのか。

 一応拍手をしながら笑う元野さん。

 それに少し気分を良くし、懐へ銃を戻す。


 ライフルでもあれば良いが、狙撃ポイントを探るのも一手間。

 しかもこちらの顔が割れている以上、大きな動きをすれば察知されやすい。

 中距離から銃でダメージを与え、一気に制圧。

 さっきの陰気な男は、それだけで片が付く。

 大きな男も、素手はともかく銃撃に耐えられるとは思えない。

 後は、いつ決行するかを考えるだけだ。

「それで撃つの?」

「ん、まあね」

 今更元野さんへ隠し事をしても仕方ない。

 何かを言われるかと思ったが、反応は無し。

 それがむしろ気になってしまう。

「駄目かな」

「彼女達を追い出してくれるなら、何をしても構わないと思う」

 意外に非情な答え。

 あの小さい方とはそれなりに親しそうだったので、意外な答えではある。




 放課後。

 さっきは無言で別れたため少し気まずかったが、自警局へとやってくる。

 元野さんはすでに受付前にいた。

 彼女の気持ちは分からない。

 だが追い出せと言われれば、俺はそれに従うだけだ。

 仕事としてではなく、彼女の気持ちに応えるために。

「昔は、普通の女の子だったの」

 遠い目で語り出す元野さん。

 俺は空いてる席へ座り、その話に耳を傾けた。

「全員、普通の子達だった。頭が良かったり強かったりはしたけど、本当に普通で毎日が楽しかった。でもそれは、所詮夢だったのね。あの男が来るまでの」

「男」

「そう、あの男のせい。そそのかされて、騙されて、操られて。気付けば全員が、この学校に君臨してた。でも今は、逆。彼女達は、自分の意志でその座に留まってる。あの男はただの使いっ走りに成り下がって、もしかしたら一番後悔してるのは彼かしら」

 自嘲気味に笑う元野さん。

 それはかつての友の有様に付いてか。

 止められなかった自分への笑いか。

 俺は黙って、彼女の笑い声を聞くしか出来なかった。



 正直、俺一人では手に余る相手。

 だとすれば、協力者を募るのが定石。

 連中に不満を抱く生徒の中で、使えそうな奴を引き込むか。

 だが報酬を考えると、多少無理をしても自分だけでやった方がいい気もする。

 この辺は、もう少し慎重に考えるとしよう。

「……何してるのかな、あれは」

「お菓子を食べてるみたいね」

 元野さんの言う通り、ラウンジでふ菓子を食べている小さいの。

 どこからどう見ても子供。

 とても不良グループのリーダーとは思えない。

「音楽が聴きたいな」

 唐突な呟き。

 すると綺麗な女が視線を横へ走らせ、例の陰気な男を捉えた。

「……軽音楽部?……いや、選曲は任せる。……ああ、予算は弾む」

 あっさりと終わる通話。

 何をやったのかは、大して待つ事もなく知らされた。



 楽器を持ってラウンジへ集まる生徒達。

 彼等は比較的開けているスペースに陣取ると、チューニングを始めた。

「何だ、あれは」

「音楽が聴きたかったんでしょ」

「どうして」

「理由はないわよ」

 素っ気なく答える元野さん。

 そんな彼女の言葉は、ベースの低い音色にかき消される。


 モダンジャズの音色が響くラウンジ内。

 たまにはこう言うのもいいなと、場違いな事を考える。

 生徒達はそれに聞き入り、いつしか照明も落とされている。

 ムードは満点。

 甘い調べが心をくすぐる。


 ジャズの世界に浸っていたのもつかの間。

 不意に演奏が止み、軽音楽部らしい集団が帰って行く。

「飽きたみたいね」

 唖然とする俺に説明をしてくれる元野さん。

 そして軽音楽部に例の男が歩み寄り、何かを手渡した。

「お金よ」

「何?」

「持ちつ持たれつって事。彼女達の振るまいが表だって糾弾されない理由の一つね」

 皮肉っぽい笑い。

 人間、誰だって金をもらって悪い気はしない。

 下手に逆らっていたい思いをするよりは、余程まし。

 そう考える人間は多い。

 誰しもそうとまでは言わないが。

「つまりあなたの行動を、ここの生徒が支持するとは限らない」

「良くある話だよ。甘い汁を吸いたい奴は、どこにもいる」

「最後まで、戦い抜ける?」

「そのために、俺はここにいる」




 首筋に冷たい感覚。

 前に立つのは、例の男。

 相変わらずの醒めた笑顔で、奴は俺を見つめていた。

「希望があれば、演劇部でも呼ぶけど」

「そこまでの力があるのに、随分無駄な事に使ってるんだな」

「一番まともな使い方だろ。自分達の楽しみに使うのは」

 悪びれず、そう答える男。

 今すぐ飛びかかりたくなる衝動に駆られるが、背後からのプレッシャーが尋常ではない。

 虎か狼にでも狙われてるような心境だ。

「どうかしたの」

 大きい男にまとわりつきながらこちらへ歩いてくる小さい方。

 元野さんは別にと答え、陰気な方を睨んだ。

「彼を誘っただけですよ、仲間にならないかって」

「何のために」

「教育庁のエリートだそうです」

「ふーん」 

 全く関心のない態度。

 俺が、自分達の立場を脅かす存在だと分かった上での。

「そうは見えないけど」

「人間、見た目じゃないですよ」

「良いけどね、どうでも」

 あくまでも興味を示さない小さい方。

 とはいえ陰気な男も、是が非でもという訳ではない様子。

 退屈しのぎ。

 たまたま見かけたから、ついでに声を掛けたくらいの意識しか読み取れない。


 ただ見ていて、連中の役割は大体把握出来た。

 小さい女がリーダーで、子供っぽいわがままな態度で振る舞う。

 綺麗な女がその意図を受け、陰気な男に指示を出す。

 大きい男は、小さい女のボディーガード。

 それとは別に、影で動く人間がいる。

 今、俺の首筋に警棒を当てているような奴とか。


 やはり要は、この陰気な男。

 小さい女中心に回ってるとはいえ、どう見てもガードが堅い。

 先手を取られなければ、大した相手ではない。

 また学内も警備が厳しい訳ではなく、むしろ緩いくらい。

 隙はいくらでもある。




 連中と別れ、元野さんを自警局に残し外へ出る。

 居所を探るのは、学内に巡らされた監視カメラを使えばいい。

 連中が独自に設置した方も含め。

 こちらは教育庁が開発したソフトを所有している身。

 高校生の組んだシステムに侵入するのは造作もない。

「……いたな」

 事前入力したデータ通りに、連中の映像を検索。

 大して待つ事もなく、陰気な男が表示された。

 正門前か、ここは。

 あれだけ挑発しておいて、護衛も付けずに一人。

 罠の可能性もあるが、一人なのは間違いない。

 こっちは、むしろそれを利用させてもらうだけだ。



 装備を確認し、街路樹の影に隠れながら男の背後に迫る。

 周囲には普通の生徒しかおらず、仲間の姿は見あたらない。

 一応背後も振り向くが、勿論誰もいない。

 上、か。

 良い枝振りの木々を見上げるが、やはり問題なし。

 懐から銃を抜き、スタンガン内蔵の弾の装填。

 大した恨みはないが、自業自得と思ってもらおう。


 銃を構え、引き金に指を掛ける。

 エアガンなので、この距離なら音は聞こえない。 

 後は狙いを定め、引き金を引き絞るだけ。

 結局の所は、たやすい相手だ。



 額に軽い衝撃。

 虫でも当たったのかと思い手を伸ばすと、冷たい感触が伝わってきた。

「血?」

 赤い、ただ血にしては不自然に鮮やかな赤。

 そこでようやく、ペイント弾だと気付かされる。

 しかし周囲に人影はおらず、俺に対して背を向けている陰気な男が撃ったはずもない。

 再び額。

 続いて頬。

 銃を握る右手に衝撃が走る。

 額や頬からは何かが滴り、手は真っ赤。

 顔を上げた先に見えたのは、教棟の屋上。

 人影が動いたような気もする。


 位置としては、俺を狙うのに絶好のポジション。

 ただエアガンの飛距離は限られていて、これだけの距離だと風で吹き流される。

 仮に届くとしても、狙った的へ当てるのは困難。

 それだけの性能を持つ銃。

 そして、技量。

「ぐっ」

 今度は痛烈な痛みが肩に走り、思わず膝を突く。

 実弾ではないが、あざくらいは出来たはず。

 すかさず木陰に身を隠すが、逃げ込む寸前でふくらはぎを狙い撃たれる。



 ポケットから煙幕用のボールを出し、さっきまで自分がいた場所へ放る。

 すぐに煙が立ち上り、これで姿は見えなくなるはず。

 今の内に、この場を……。



「ぐぁっ」

 立ち上がった途端、首筋に激痛。

 赤外線スコープか。

「ちっ」

 懐に手を入れ道具を探るが、その腕を肩から手首に掛けて連射された。

 それでもポケットから別なボールを取り出し、地面へ放る。

 今度は蒸気が吹き出て、ようやく射撃が収まる。

 とにかくこれ以上ここに留まるのは危険すぎる。

 何より、今は何も出来そうにない。




 学内の医療部とかいう場所は避け、近所の総合病院で治療を受ける。

 服を着ていたせいか、どうにか軽度の打撲で済んでいた。

 それでも右腕は動かす事が出来ず、左足は完全に引きずってしまう。

 隙だらけなのは、むしろ今の自分という訳か。


 まさに満身創痍で病院を出ると、車が目の前に横付けされた。

 出てきたのは、例の陰気な男。

 俺にとっては、不吉を運ぶカラスにも見える。

「送ってやるよ。純粋に」

「目的は」

「疑り深い男だ。乗って損はしないだろ。……彼を中へ」

「ああ」

 俺の腕を掴み、荷物でも放り込むように車内へ引っ張り込む大男。

 でもって車内には、どう見ても本物としか思えないライフルが転がっている。

 間違いなく、さっき俺を撃った物だな。

「おもちゃ、おもちゃ。出してもらえますか」

「ああ」

 後部座席から声を掛けられ、車を走らせる大男。

 俺が座っているのも後部座席。

 不意を突く方法はいくらでもあるし、自分だけ逃げる事だって出来る。

 そういう簡単な相手ではないと、ついさっき思い知ったばかりだが。


 陰気な男はダッシュボードからビールを取り出し、それを勧めてきた。

 酒を飲むような状況ではないし、発熱をしてそれどころではない。

 無愛想に断ると、陰気な男は肩をすくめてダッシュボードにそれを戻した。

「分かったかな、俺達の実力が」

「ライフルなんて、どこで手に入れた」

「北米軍の横流し品さ。このくらい、すぐ手に入るだろ」

 戦後すぐなら、銃は高校生でも入手出来たとは聞く。

 だが今は、前大戦から10年以上立っている。

 所持をしている事自体が犯罪で、俺ですら本物を見たのは数度でしかない。

「君も良くやったよ。失敗でしたと報告しても、上司は咎めないさ」

「銃で撃たれただけだ」

「名が通ってる不良を何人か警察に引き渡させば、多少の言い訳は立つだろ。手はずはこっちで整えてやる。金一封くらいは出るかもな」

 駄目な子供に手を貸すような口調。

 頭に血が上り、思わず男の襟に手を掛ける。


 男はにやけながら俺の手を払い、胸元を指さした。

「俺達も、教育庁と決定的に対立はしたくない。だから、妥協案を示してるんだ」

「子供の使いか、俺は」

「考え方一つだろ。最後まで意地を貫くなら、それで良い。ただし、これが最後通牒と思ってくれ」

「ありがたくて、泣けてくるな」

 婉曲に申し出を断り、車を止めるよう前の男に声を掛ける。

 意外に車は滑らかに止まり、道の左へと寄せられた。

「残念だな、実に」

「お前達こそ、今の内に観念した方が良い。俺は仲間を呼ぶ事だって出来るんだ」

「100人でも1000人でも呼んできてくれ。それとも、軍でも要請するか?」

 小馬鹿にした笑みで笑う男。

 最後に殴ってやろうと思ったが、それまで運転していた男の視線がバックミラー越しに俺へと突き刺さる。

 不審な行動をすれば、手にしているライフルの台座くらいは飛んできそうだ。


 苦痛を堪えながら車を降り、ガードレールにもたれかかる。

 ここがどこか知らないが、我ながら下らない意地を張った。

「寮まで送ってやるよ。最後の情けで」

「断る。明日からは学校にも圧力を掛ける。自分達こそ逃げ出す相談でもしてろ」

「フリーガーディアンのお手並みを、せいぜい拝見させてもらうよ。今日からは、寝ない方が良いぞ」

 何かを放り、窓を閉める男。

 車はすぐに走り出し、その直後足元で爆音が響く。

 爆竹と分かったのは、ジーンズの裾が丸焦げになった後。

 下らない、だが非常に勘に障る悪戯。

 あの男だけは、何が何でも制裁を加えてやる。




 男の忠告を受けたからではないが、さすがに寮を引き払う。

 神宮駅前のビジネスホテルへ移り、盗聴装置とカメラを確認。

 何も無いのを確かめたところで、自分のカメラとマイクを仕込む。

 侵入された際の証拠にもなるし、その場合は相手の行動も監視出来る。

 むしろ侵入してくれと言いたいくらいだ。

「……ルームサービスです」

 ドアの向こうから聞こえる愛想の良い声。

 そんな物は頼んでないと思いつつ、懐に手を入れてドアを開ける。

 立っていたのは、さっきフロントで見た従業員。

 ワゴンにはサンドイッチとペットボトルのお茶が乗っている。

「頼んでないけど」

「サービスですので」

 こちらの意志を無視した台詞。

 不審以外の何者でもなく、ワゴンに足をかけて押し戻す。


 従業員は廊下の壁際まで吹き飛び、その隙にドアを閉める。

 居場所を特定されるとは思ったが、ここまで露骨に攻めて来るか。

「開けて下さいよ。サービスですから」

「警察を呼ぶぞ」

「すぐに、呼んで下さい」

 ドアを執拗に叩きながらの、処置無しの答え。

 とはいえ夜通しこの押し問答をやるのも面倒で、言われるままに呼んでみる。



 すぐに制服姿の警官が数名駆けつけ、男と俺を向かい合わせる。

「ルームサービスを頼んだと言ってますけど」

「頼んでないし、ドアを叩き続けられても困る」

「そういうサービスだとも言ってますよ」

 どんなサービスか知らないし、この警官からして妙。

 やけに、従業員の肩を持っている。

「……警察手帳、見せて下さい」 

「手帳ね」

 ニヤニヤと笑い、顔写真の入った手帳を示す警官。

 不審な点は特にない。

 つまり偽警官などではなく、本物。

 それがこの態度だとすれば、ここからの行動は慎重になるべきだ。

「俺の勘違いでした。ルームサービス、頼んでましたよ」

「そうですか。では、我々は引き上げても良いですか」

「ええ。お手数をお掛けしました」

「いえいえ。警察官として、当然の仕事をしたまでです」




 すぐにドアを閉め、荷物をまとめて部屋を出る。

 これ以上ここに留まるのは危険。

 警察権力があてにならないような場所で、何が起きるか想像もしたくない。

「お出かけですか」

 フロントで声を掛けてくるさっきの従業員。

 カウンターに適当な額の金を叩き付け、正面玄関へと足早に急ぐ。

「出て行くよ」

「またのお越しを」

 二度と来るか。


 考えが浅はかだったと言うべきか。

 どのホテルに入っても、満室だと断られる。

 大抵は手元のプリントに視線を向けながら。

 ひどい場合だと、俺の顔写真が入ったそれをカウンターに置きながら。

 金を積まれても泊まりたくないようなホテルでも結果は同じ。

 いかがわしそうなホテルでもそれは変わらず、泊まる事は諦める。

 マンガ喫茶かスーパー銭湯という手もあるが、個室でないためあまり環境は良くない。

 むしろ連中の思うつぼだろう。


 たかが高校生にここまでの事が出来るとは思えないが、起きているのは事実。

 仕方なく段ボールを抱えて、広い公園の奥へと向かう。

 改めて周囲を確認。

 先客は無し。

 大きな木を背にして、段ボールを三つばかりつなぎ合わせる。

 見栄えはともかく、多少の雨風なら十分に防げる。

 後は明日に備えて、早く寝よう。



 緊張で眠れないかと思ったが、疲れもあったのか気付けば意識が飛んでいた。

 飛んでいたと分かるのは、目が覚めたから。

 段ボールの中で、時計をチェック。

 時刻は日付をまたいだ頃。

 カチカチという音がする。

 時計はあくまでも端末の機能。 

 設定でもしない限り、音などでない。


 明るくなる足元。

 朝日が昇るのは、まだ先の時間。

 だけど、俺の足元は赤く染まって見える。

「冗談、だろ」

 眠気は即座に消え去り、段ボールを蹴りつけ外へ逃げる。

 その途端、背中に一撃。

 枯れ葉の上へ転がった所で、燃えさかる段ボールが目前に迫る。

 ホームレス狩りか。

 しかしそれにしては、随分手慣れた手口。

「寒いと思って、暖かくしてやったのに」

 聞き慣れた。

 二度と聞きたくはない声。 

 銃を取り出し乱射するが、反応はない。

 すでに襲撃した相手は逃げた後。

 声は、足元に転がっている端末から聞こえていた。

「人間、一週間くらいは寝なくても生きていける」

「お前だけは殺す」

「勇ましくて結構だ。今日はこれで、許してやるよ」

 一方的に切られる通話。

 そんな事が信じられる訳はなく、端の方が焦げたリュックを背負い歩き出す。

 これなら、まだ街中にいた方がまし。

 少なくとも、いきなり火を付けられる事はないだろう。




 足を引きずりつつ、それでも学校にはやってくる。 

 無理して登校する理由はないが、ここで背を向けるのはプライドが許さない。

 また連中と直接接触出来る場所であり、自然とチャンスも生まれるはずだ。

 正門をくぐったところで足を止め、大きく息を付く。

 鎮痛剤のお陰で痛みはあまりないが、その分だるい。

 いつもは気にもしない距離が、今はフルマラソンのコースにも思えてくる。

「医療部へ行ったら」

 元野さんにしては感情のこもらない、素っ気ない口調。

 ふと漂うコロンの香り。

 黒い髪が目の前をよぎり、切れ長の綺麗な瞳が俺を捉える。

「君、は」

「教室に行っても寝るだけでしょ。付いてきて」



 医師の簡単な診察を受け、そのまま病室で横になる。

 罠かとも思ったが、自由が効かないのは確か。 

 少しくらい休むのは、むしろ助かる。

「良いのか」

「何が」

 あくまでも素っ気なく返す美少女。

 声を聞いたのは初めて。

 綺麗な面差しによく似合った澄んだ声。

「俺を助けて」

「一緒に歩いてきただけでしょ」

 ベッドサイドに座り、じっと足元を見てくる美少女。

 変な靴を履いてはいないが、彼女に見られてると思うだけで気恥ずかしくなってくる。

「ナイフが仕込んであるわね」

「え」

「見れば分かるわよ」

 やはり素っ気ない美少女。

 格闘技の達人とは思えないし、そういう身のこなしでもない。

 ただナイフを仕込めるような靴の形状は限られ、オーダーなど不可能。

 その辺の知識があるか、それなりの修羅場はくぐってきてるようだ。


 会話はそれきり。

 一体何が言いたかったのか全く分からないまま、沈黙の時だけが過ぎていく。

「仲間になる気はないの?」

 唐突に切り出す美少女。

 彼女は俺が口を開くより先に、言葉を繋いできた。

「あの男に何を言われた知らないけど、私達に拒む理由はない。協力してくれたら、助かるわ」

「助かる」

 どこかで聞いた台詞。

 鎮痛剤のせいか、いまいち頭が働かない。

 それとも、心のどこかでブレーキを掛けているかだ。 



 さすがに返答へ困り、唇を噛んで床を見つめる。

 ただこれに乗る理由は無い。

 彼女の容姿を除いては。

「これは、私とあなただけの秘密。二人きりの約束よ」

「二人?」

「そう。私と、あなたの」

 素っ気ない口調。

 そこへわずかにこもる感情。

 切れ長の瞳は、真っ直ぐと俺の心に突き刺さる。

「この事は誰にも言わないで。勿論、私も誰にも言わないわ」

「どうして」

「理由なんて、いるのかしら」

 薄く笑い、伸ばしかけた俺の手を避けて病室から出て行く彼女。

 胸の中でで繰り返される彼女の言葉。

 脳裏に焼き付く、刺すような視線。

 決して忘れる事の出来ない。




 昼休み。

 授業にも出ず、学食へ向かう。

 相変わらずの生徒の群れ。

 よく分からないままカウンターで食事を受け取り、一番近い席へ座る。

「どけよ」

 後ろから、頭を押される感覚。

 つい感情が先走り、フォークを振って威嚇する。

 何か鳴き声も聞こえるようだが、気のせいだ。

「こ、この野郎」

「食事くらいさせろ」

 目立つのは本意ではないが、痛みと空腹とだるさで気分は最悪。

 こういう下らないやりとりに関わる気も起きない。

「お前達のランクは」

「ランク?」

「分からないなら、ひっこんでろ」

 いっそ銃でも抜こうかと思ったが、男達の方から勝手に俺から離れていった。

 正確には、逃げ出した。


 俺の側を通りかかった、小さい女を避けるようにして。

 どこからどう見ても、普通の少女。

 せいぜい小学生と見間違えるくらいで。

 逃げる理由は何もない。

 こいつがリーダーなら、ここですぐに……。



 鼻が焦げたような感覚。

 後ろ蹴り。 

 いや。ソバットか。

 女がそれを放ったと分かったのは、鼻血が床に滴った後。

 俺はせいぜい、一歩前に出ただけ。

 わずかな敵意を抱いて。

 女はそれに反応し、反射的な攻撃を仕掛けてきた。

「まだいたの?」

 不思議そうに俺を見つめる小さい女。

 今の動きが本人も意図しないと示す台詞。

 だが仮に意図した動きだったなら、俺の首は今頃後ろに反り返っていただろう。


「何か用?」

「い、いや。別に」

「ふーん。取りあえず、鼻血拭いたら」

 冷ややかにそう言い放ち、すぐに背を向けて歩き出す小さい女。

 単に小柄で愛嬌の良いマスコットという訳ではないようだ。

 だが、隙はある。

 彼女の動きは、あくまでも寸止め。

 敵意を感じた時点で相手を倒す性格ではない。

 甘さは美徳かも知れないが、戦いの場面においてはむしろ害でしかない。



 テーブルへ戻り連中を遠くに見ながら食事を進める。

 基本的に、やはり小さい女が中心の様子。

 綺麗な女も大きい男も、彼女の面倒を見るのに一所懸命。

 陰気な男は彼等の命令を受けて実行という構図。

 生徒が表立って糾弾しないのは、先日見た癒着もあるが無意味に暴れない点か。

 それを連中が、意図してるかどうかはともかくとして。

「事故にでも遭ったの?」

「ちょっと転んでね」

「階段から落ちた?」

 さすがに不安そうな顔をする元野さん。

 肌が出ている場所はガーゼか包帯。

 箸も満足に握れないと来ては、何を思われても仕方ない。

「それより、教職員か理事に会いたいんだけど。元野さんも来る?」

「圧力を掛けて、彼女達を追い出す気?多分、無理よ」

「どうして」

「行ってみれば分かるわ」




 一般の教棟からは別な建物に案内され、慣れた調子で歩いていく元野さんの後に続く。

 教師や職員達は彼女を知っているのか、その挨拶へ気軽に答えている。

「私も一応、生徒会の一員だから」

「学校に相談をした事はあると」

「当然。子供達で解決出来ないなら、大人を頼るしかないでしょ」

 自嘲気味に語る元野さん。

 それは現実的な対応であると共に、自分の力不足を認める事にも繋がる。

俺はそこまで割り切っておらず、今回ここに来たのはあくまでも力を借りるだけ。

 そう、自分に言い聞かせている。



 生徒指導課課長という肩書きを持つ男と応接室で向き合い、事情を話す。

 しかし態度はいまいち煮え切らず、教育長の名前を出しても同じ。

 あくまでも生徒同士の問題と告げられる。

「多少度が過ぎているのは我々も認めていますけどね。物を壊して回ったり、生徒に危害を加えてる訳ではないですから」

「専横的に振る舞ってるんですよ。他の生徒を支配するような形で」

「これだけの規模の学校です。むしろそうやってまとめてくれる生徒がいると、我々も助かります。いわゆる不良連中を押さえ込んでる訳ですし」

 根本的に噛み合わない会話。


 確かに治安が極端に悪い訳ではないし、柄の悪い連中もあの女達の前では大人しくするより他ない。

 ただ本当に実害が無いのかどうかは、生徒に聞いてみないと分からない。

 俺の印象では甘い汁を吸ってる連中以外は、決してその存在を歓迎してるとは思えない。

「これは教育庁として解決すべき案件です。俺はそのために、この学校へ派遣されてるんですから」

「公式な書面でもお持ちですか?」

「……隠密行動が基本なので、そういった類の物は持ち合わせてません」

「では、教育庁に問い合わせてから再度お願いします。我々も連中を放置している訳ではありません。ただ生徒の自治という原則がある以上、介入は出来るだけ避けたいんです。それは生徒だけでなく、学校の総意でもあります」

 連中をかばうような台詞。

 さすがに耳を疑うが、どうやら本気の様子。

 これ以上の話し合いは無意味と思った方が良さそうだ。




 怒りというか、むしろ虚しさが先に立つ。

 別に生徒のためとか学校のためという大義を抱いてはいない。

 ただこれは、この学校の問題。

 当事者があの態度では、俺の意気込み自体が非常に無駄な物へ思えてくる。

「あれが現実よ」

 醒めた口調で呟く元野さん。

 冷たい風が彼女の髪をかき乱し、その表情をも隠す。

「だからこそ、あなたが頼りなの」 


 かすれ気味の声。

 震える肩。

 彼女はずっと、この空しさとやり切れなさとも戦ってきた。

 誰の手助けも得られないまま、最後の一人になるまで。

「私を助けて」

 すがるように、俺の肩へ触れる彼女の手。

 上着越しに伝わるその重さ。


 そして違和感。

 デジャブ。

 似たようなやりとりが、脳裏の片隅によぎる。

 それは先日の出来事か、それとも。

 ただ思い出されるのは、切れ長の奇麗な瞳とコロンの香り。

 二人だけの秘密という言葉。


 そう。 

 あれは二人だけの秘密。

 決して他言は出来ない。

 例え元野さんであろうとも。

 これは最後の切り札。

 連中を動揺させるための、有効な手段となりうる。

 だから彼女には明かせない。

 やましい理由は何一つない。

 何一つ。




 お茶を買いに、自警局の受付を出て行く元野さん。

 誰もいない受付に一人きり。

 ゆっくり考え事でもと思った矢先、靴音が響く。

 忘れ物を取りに来たのなら、少しくらい小走りになるはず。

 だが聞こえてくるのは、もっと単調なそれ。

 誰であるかは、見なくても分かる。

「よう、色男」

 人の心の隙を見計らったように現れる陰気な男。

 もしかして、どこかで監視でもしてるのか。

「両手に花で結構だな」

「……なんだと」

「看護婦さんといちゃついてただろ、医療部で」

「あれは、向こうが勝手に」

 実際保健室。

 この学校で言う医療部で、そういう事は確かにあった。

 口外する事でもないが、こういう勘違いならむしろ助かる。

 さすがに彼女。

 遠野さんとの会話は知らないはず。

 あれがもし罠なら、俺は首を吊るしかない。


 カウンターに背をもたれ、ニヤニヤと笑う男。 

 今すぐ飛びかかりたくなるが、昨日の例もある。

 こいつに仕掛けるのは、本当に二人きりになった時だけだ。

「よく眠れたか」

「おかげさまで。お前はどうなんだ」

「子供は、早寝早起き。段ボールの中では寝ないよ」

 昨日の出来事は、明らかにこの男の主導によるもの。

 しかしこいつに手を出しても、今の段階では無意味。

 絶対という時を窺い、後悔という言葉しか思い浮かばないようにしてやる。

「今日は、よく眠れると良いな」

「いつまでも、こんな事が許されると思うなよ」

「それもそうだ」

 気楽に笑い、受付から去っていく男。


 それと入れ替わるように、怪訝そうな顔をした元野さんが戻ってくる。

「あの男、何しに来たの」

「からかいに来ただけだろ。俺は大丈夫だよ」

「だと良いけど。体だけは大事にしてね」

 そっと重ねられる大きな手。

 早まる鼓動。

 熱くなる胸の奥。




 俺は彼女を見つめながらはっきりと頷いて見せた。

 重なる二つの言葉を、胸の奥で繰り返しながら。













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