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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第36話
412/596

エピソード 36-1   ~IF編・とあるフリーガーディアン編~






     IF



     1




「監査局って、ここですよね」

 無言で顎を振る、受付の女性。

 美人ではあるが、愛想はない。

 俺の顔を見た途端、その頬が赤らんだのは見逃さないが。

 とはいえ今は、先を急ぐ身。

 ウインクだけで済ませ、指示された通路を歩いていく。


 カードキーを差し込むスロットがあるだけのドア。

 その上にある監視カメラへIDを提示し、ゆっくり開いたドアの中へと入る。

 どこにでもありそうな、役員の執務室といった雰囲気の室内。

 馬鹿でかい机の奥にいたのは、やはりこういう場所が似合いそうな壮年の男性。

 俺を呼んだ相手でもある。

「君が、あの有名な?」

「有名かどうかは知りませんけどね。履歴書に書いてあるような事はしています」

「治安の悪化した高校の沈静化、か。フリーガーディアンと言うらしいが、そういう役職があるのかね」

「呼び方はどうにでも、お好きなように。俺は金を貰って仕事をするだけ。無論、納得していただけるだけの結果は残します」

 一応決めたつもりだが、男性は俺のプロフィールに目を落としたまま。

 まあ、男相手に格好付けても仕方ない。

「所属は警備局。それでも立場としては、高校生なんだろう」

「年齢が年齢ですからね。で、監査局0が俺になんのご用ですか」

「草薙高校という名前は」

「聞いた事はあります」

 そう答え、思わず心の中で叫び声を上げる。



 草薙高校は名古屋市南部に存在する、大企業のバックアップを受けた公立校。

 優秀な生徒を排出すると共に、一つの噂が流れていた。

 ある生徒グループが、学校全体を支配。

 そのグループを壊滅させた者には、報酬も出世も思いのままだとも。

「知っているという顔だな。我々も職員を何度か派遣したが、結果ははかばかしくない。連中に取り込まれたのか、失踪したのか。とにかく、一筋縄ではいかない相手らしい」

「所詮高校生。俺もと言われればそうですけど、大した事はないですよ」

「言葉通りの活躍を期待しているよ。警備局長にはすでに話を通してある。出発は明日。報告は随時、私へ直接送るように。何か、質問は」

「ありません」

 あるのは報酬への期待だけ。

 そしてこれを足がかりに、教育庁からのステップアップを目指す。

 相手はたかが高校生。

 百戦錬磨のこの俺の相手ではない。




 名古屋駅でJRの在来線へ乗り換え、神宮駅へ到着。

 ここからは歩いても行ける距離らしいが、情報収集もかねてタクシーを拾う。

 駅前で列をなしているタクシーの先頭車に乗り込み、草薙高校と行き先を告げる。

 大きな森に沿って走るタクシー。

 つまりはこれが、熱田神宮か。

「お客さん、転校生?」

「ん、ええ。どうですか、草薙高校って」

「エリート校らしいね。私も息子は地元だから通わせてもらってるけど。良い学校らしいよ」

 気楽に話へ応じる運転手。

 悪い感情も不審さも、草薙高校には抱いてないようだ。

「不良っているんですかね。俺、ちょっと気が弱くて」

「いなくはないけど、生徒会にそういう連中を取りしまる組織があるって聞いた事があるよ。ガードマンだったかな」

 ガーディアンだと内心で告げ、朗らかに笑う。

 生徒の支配といっても、やはり表だっては無いか。



 正門前でタクシーを降り、リュックを背負い直して歩き出す。

「こんにちは」

 行く手をふさぐ、柄の悪い男達。

 今は授業中の時間帯。

 さっきの運転手に、一言文句を言いたくなる。

「入場料がいるんだよ、悪いけど」

「え」

「気持ちで良いさ、気持ちで。まさか、鼻血で払いたくはないだろ」

 一斉に笑う男達。

 叩きのめすのはたやすいが、あまり目立ちたくもない。

 取りあえず財布から数枚紙幣を抜き出し、腕を無理矢理振るわせて金を支払う。

「分かってるだろうけど、誰にも言うなよ」

「は、はい」

「素直で結構。また会おうぜ」

 どうやら良いカモと思われた様子。

 だけどそれはこっちの台詞。

 すぐに、倍返しで回収してやるからな。




 職員室で手続きを済ませ、パンフレット片手に学内を歩く。

 表向きは転校生という身分。

 草薙高校を内偵する教育庁のスタッフという事は、学内の誰にも伝えていない。

 また生徒数が3万人を超す巨大校。

 転校生も日に数名いるとの事で、俺の存在を疑問に思う者など誰もいない。

「財布君、ちょっとこっちに」

 教棟の外へ出た所で、見知らぬ男に呼び止められる。

 それはむしろ好都合。

 学校の内情を知る、良い機会でもある。


 一応怯えた振りをして、連中に従い教棟の裏手へとやってくる。

 恐喝やリンチには定番の、全国共通とも言える場所。

 少し意外なのは、相手が二人しかいない点。

 こういう連中は群れる傾向にあり、そこには明確なランクも存在する。

 胸の奥に違和感を覚えつつ、その疑問を口にする。

「二人、だけ?」

「十分すぎるだろ。それとも、もっと大勢用意した方が良かったか」

 自意識過剰な笑い方。

 ただ裏を返せば、それだけ自信があるという意味。


 群れるのは言うなれば、弱さを自覚しているから。

 その辺を歩いている生徒だって、本気になれば不良連中の一人くらいを倒す可能性はある。

 だからこそ連中は群れて、自分の弱さをごまかす。

 しかしこいつらは、二人きり。

 そして、この余裕。

 草薙高校の支配者とはとても思えないが、幹部かそれに類するレベルだろう。

「金を出すか、金を出すか。無くても作ってもらうけどな」

「こういう事が許されるんですか」

「強い奴は、何をやっても良いんだよ」

「草薙高校で一番強いって意味?」

 この質問に固まる二人。

 どうやら、そのレベルではないらしい。

「……何者だ、お前」

 でもって、意外に勘も良い。

 話を聞く価値は、十分にありそうだ。

「お前達みたいな馬鹿を取り締まる……」


 言葉を言い終えない内に、前蹴りが鼻先をかすめていった。

 構えを取ろうとした腕が捕まえられ、そのまま顔へ押しつけられる。

「ちっ」

 足を振り上げて腕をふりほどき、大きく下がって距離を保つ。

 しかし二人は即座に距離を詰め、微妙な時間差を付けて左右から襲いかかってきた。

 単純な反射だけでは反応出来ない、嫌な間。 

 案の定頬に一撃くらい、かろうじてローを返す。 

 ここまでの手練れは久し振り。

 俺も、たまには本気を出すか。




 痛む足を引きずりつつ、医務室へとやってくる。

 この学校では何故か医療部と呼ぶらしいが、この際呼び方はどうでも良い。

「……どうかした?」

 怪訝そうに尋ねてくる、セミロングの大人しそうな女子生徒。

 顔にあざを作って足を引きずっていれば、不思議に思うのも無理はない。

「ちょっと転んで」

「ケンカしたって顔に見えるけど」

「じゃあ、ケンカした」

「受付を済ませておくから、診察室へ行って」

 軽く手を振り、何かを要求する少女。

 それが身分証明書の事だと理解し、彼女に渡す。

「あなた、転校生?」

「どうして分かる」

「IDカードを見れば、色々分かるのよ。それより早く」

「ん、ああ」



 頬にガーゼ、腕に包帯。

 さすがに松葉杖は勘弁してもらい、湿布の匂いに辟易しながら受付のロビーへ戻ってくる。

 するとさっきの少女が、身分証明書と一緒に薬を差しだしてきた。

「抗生物質と、熱を下げる薬。医療費は必要ないわよ」

「ありがたいね」

「それで、ケンカの理由は?」

「どうして、そんな事を」

「学内の治安を預かる者としてはね」

 今度は彼女の身分証明書が見せられる。

「自警局長、元野智美。……生徒会の幹部?」

「と言っても、私の権限はたかが知れてるけど」

「どういう事だ」

「大した話でもない。怪我、早く治してね」

 優しく微笑み、軽く俺の肩に触れて去っていく元野さん。

 彼女が見えなくなるまで俺は受付のロビーに立ち尽くし、その肩を押さえていた。




 与えられた寮の部屋に戻り、学内の主要人物を再確認。

 自警局の項目を見ると、確かに彼女のプロフィールが載っている。

 初めに見た時は強い印象もなく、女かと思った程度。

 ただ学内の治安に関わる人間なら、今後も接触した方が良いだろう。

 私情ではなく、仕事という意味において。


 部屋を出て自販機でお茶を買い、それとなく周りを見渡す。

 特につけ狙われてる雰囲気はなく、通りかかる生徒は皆普通。

 支配されてるような様子は感じられない。

 そう思わせないだけのレベルに達しているとすれば、ちょっと感心してしまうが。


 部屋に戻るのも下らなく、寮の外へ出てお茶を飲む。

 秋もそろそろ終わり。

 薄着でふらつく気温ではないが、部屋にこもってるよりはまし。

 それとも、何か偶然を期待してだろうか。

 心の奥で微かに願った思いが叶えばと。




「こんばんは」

 昼に出会った時と同じ、優しい笑顔。

 元野さんは口元に手を寄せ、寒そうに息を吹きかけた。

「こんな所で、何してるの」

「え、いや。外の空気を吸いに」

「友達がいなくて寂しいのかなと思ってた」

 屈託のない笑顔。

 そんな冗談が言える性格なんだと、ふと嬉しくなってしまう。

「元野さんは」

「知り合いを探しに来たんだけど、留守みたい」

 見せられる端末の画面。

 そこには「不在」の文字が見て取れる。

「何か相談事でも?」

 これは良いとっかかり。

 相談事はおそらく、学内の治安に関する話。

 裏から行動するのは基本だが、表だって動いても問題はない。

 そう自分に言い訳をして、俺で良かったら話を聞くと控えめに告げる。


 元野さんは思案の表情を浮かべ、困ったように小首を傾げた。

 こちらは今日であったばかりの、誰とも知れない男。

 それもケンカをするという粗暴なイメージ付きの。

 少し、安心させる材料が必要か。

 彼女の信頼を勝ち得るような材料が。

「こう見えても、ケンカは強いよ」

「ケンカは好きじゃないの。そのために、治安を守る組織にいるんだから」

「でも、弱いよりはましだろ」

「まあね」

 不満気味に、それでも納得する元野さん。

 ここでさらに話を進める。

「今日ケンカした相手。結構強かったんだ。この学校の不良でも、かなりの奴じゃないかな」

「根拠は?」

「特にないけどね。俺が手こずった」

 少し言い過ぎたか。

 これでは自信過剰な馬鹿に思われてしまう。

 どうも良い格好をしたいいう意識が強く出てしまった。


 彼女はその部分には突っ込まず、相手の特徴を尋ねてきた。

「一応、写真がある」

「嫌な趣味ね」

「後で揉めないようにだよ」

「意味が分からないけど、見せてみて」

 俺の後ろへ回り、肩越しに覗き込む元野さん。

 背が高い分顔が俺のすぐ側に来て、髪が頬を撫でる。

 指が震えないようにと念じつつ、その画像を表示させた。

「……誰」

 予想外の反応。


 あれだけの相手なら、治安組織のトップである彼女も必ず知っていると思っていた。

 最低限不良グループの幹部。

 連中の力を削いだはずで、彼女の力にもなれたはず。

 しかしその彼女が、連中の事を知らないという。

「IDは見なかった?」

「え、ああ。番号を控えてある」

「随分用意が良いのね」

 小声で呟く元野さん。

 少しやりすぎたと思ったが、彼女はやはり深くは追求せずその番号を端末で照合し始めた。


 彼女のアクセスしたデータベースと連中のデータが合致。

 幹部どころか、かろうじて組織の末端にいるとの説明文が表示される。

 あの実力で末端?

 自慢ではないが、こっっちは10人を相手にしても難なく切り抜ける自信がある。

 情報が間違ってるのではないかと言いたくなったが、元野さんは至って冷静。

 間違ってるのは、もしかして俺の方か。

「転校したてだから知らないだろうけど、この学校にはあの程度の人間なら普通にいるわよ」

「じゃあ、もっと強い連中も?」

「私も何がどう強いのかは知らない。ただ連中を束ねている人間がいるのは確か。当然、強いからでしょうね」

 恥ずかしさと不安。

 ただ、核心に一歩近付いた気もする。

「こいつらを束ねてるのは、誰」

「聞いてどうするの?」

 警戒気味に尋ねてくる元野さん。


 ここは分岐点。

 身分を明かして情報を得るか。

 それともただの転校生として、距離を取るか。

 表だって行動するのは、本来の規則に反する行為。

 ただ情報を得るなら別。

 相手は治安組織のトップで、申し分のない相手だ。

 そう。迷う事はない。

 彼女と距離を縮めるのは、決して悪い事ではない。

 俺が誰かを知れば彼女も喜んでくれるはず。

 そうに違いない。


 周りに誰もいないのを確かめ、パーカーのポケットからカードを取り出す。

 この学校の身分証明証ではなく、教育庁から発行されたもの。

 カード自体はありふれているが、このランクのカードを持つのは10人といないだろう。

「教育庁警備局特別監査官。……何、これ」

「フリーガーディアンって言うんだ」

「ああ、聞いた事ある。マンガの話だと思ってた」

 いまいち薄い感動。

 確かにこれだけでは、単なる寒い奴。

 もしかして偽造のカードと思われてるかも知れない。

「一応、銃も持ってる」

 懐から小銃を取り出し、パーカーで隠しながら彼女に見せる。

 そこでようやく表情が変わり、俺の顔へと視線が向けられる。

「何をしに、この学校へ来たの?」

「今言ってた、不良グループを一掃するためさ」

「私の力になってくれるって事?」

 すがるような熱い眼差し。


 事前の情報で知る限り、ここの不良グループは最悪の相手。

 彼女はそんな連中と戦い、おそらくは日々無力感を感じていたはず。

 相手は教職員まで支配下に置くような連中。

 それでも彼女は諦めず、戦い抜いてきた。

 不安と無力感に苛まれながら。

 だからこそ俺の申し出に、驚きと喜びを示す。

 肩に手が触れられ、その体が俺へと近付いてくる。  


 しかし彼女はすぐに顔を伏せ、肩を振るわせながら口元を押さえた。

「駄目よね。知らない人に迷惑を掛けても」

「い、いや。これは仕事だから」

「仕事?」

「い、いや。単に元野さんの手伝いをしたいって事もある」

 自分でもよく分からないままそんな言葉を告げて、顔を赤くする。

 今のはあくまでも方便。

 俺の本音ではない。

 無いはずだ。

 だけどその言葉は効果的だったのか、元野さんは嬉しそうに微笑み俺の肩に手を触れた。

「ありがとう。本当に」

「俺も、元野さんの力が必要だと思うから」

「そうね。二人で頑張りましょ」

 優しい、暖かい笑顔。

 心の奥で鳴り響く鐘の音。

 その意味が分からないまま、俺はただ彼女に頷いて見せた。




 翌日。

 自警局とプレートの下がった、寂れた場所へとやってくる。

 受付には誰もおらず、その前に並ぶいくつもの机は空の状態。

 適当に見て回ると、去年の日付が入った連絡用のプリントが置いてあった。

「これが現状」

 失笑気味に告げる元野さん。 


 彼女が言うには、自警局は解体。

 もしくは、壊滅状態。

 治安が保たれている現在、治安維持組織である自警局は不要との意見が生徒会で大勢を占めた。

 結果残務処理のため、局長である彼女が一人だけ残っているらしい。

「実行部隊がいるだろ、治安維持の」

「不良グループに取り込まれてる。表だって悪い事はしてないけど、最悪よね」

 吐き捨てるように告げる元野さん。

 それに頷きつつ、話を進める。

「結局、誰が一番悪いんだ?生徒会長か?」

「生徒会は所詮傀儡。彼女達は、表だって出てこない」

「彼女」

「女子生徒よ、この学校を取り仕切ってるのは。後で、見に行ってみる?」



 昼休み。

 事前の約束通り、食堂前に待っていると元野さんがやってきた。

 周囲を警戒しながら、慎重を期した顔つきで。

「どうかしたのか」

「私は相手にされてないけど、絶対とは限らない。その私の側にいると、あなたも危ないって事」

「腕は立つって言っただろ」

「だと助かる。さてと、取りあえず食事にしましょうか」

 依然周囲を警戒しながら食堂へ入る元野さん。

 こちらも一応辺りの様子を窺いつつ、その後へと続く。


 それこそサッカーコートが入るのではと思うくらいの広さ。

 奥のテーブルはかすんで見えない気がする程で、食事をしている生徒の数もそれに比例する。

 しかも食堂はここ一つではなく、各教棟に複数存在するとの事。

 根本的に、今まで俺が赴任した高校とは規模が違う。

 よく分からないままフリーメニューなる物を頼み、身分照明証で支払いを済ます。

 額としては殆ど無料なような物。

 それでいてトレイに並ぶ食事は、そこそこ豪華。

 たかが食事だが、こう言うところからもこの学校の特別さを実感する。

「……来たわよ」

 声を潜める元野さん。

 彼女が視線で示した先を、それとなく探る。



 そこにいたのは、小学生と見まごう小柄な少女。

 少女はカウンターに出来た列へ並び、落ち着きなく前の様子を探っている。

「子供だけど」

「見た目はね」

「それに、悪そうには見えないけど」

「自覚がないタイプなの」

 うどんをすすりながら答える元野さん。

 そんな物かと思いつつ、少女を監視。

 列の前に割り込むでもなく、生徒をなぎ倒すでもない。

 小柄な点を除いては、ごく普通の女の子。

 後は、愛らしい顔立ちをしているなと思うくらいだ。



 やがてトレイを抱えた彼女が、とことことこちらへ近付いてきた。

 俺の身分を知っているとは思えず、ただそれとなく上着のポケットに手を入れ警戒をする。

「はは、かやくご飯」

 何が楽しいのか、一人笑う少女。

 そして手を合わせ、「頂きます」と言ってから食事を始めた。

 俺の斜め前。

 元野さんの、すぐ隣で。

「食べないの」

「食べるわよ」

 彼女の質問に素っ気なく返す元野さん。

 どうやらお互い顔見知りの様子。

 治安組織のトップと、不良グループの幹部。

 どう見てもそうは思えないが、面識くらいはあるだろう。


 少女は半分程残して食事を済ませ、お茶を飲みながら元野さんの髪を引っ張った。

 強くではなく、子供がじゃれるような感じで軽く。

 元野さんはそういう事に慣れてるのか、構いもしない。

「こっちの人、誰」

「転校生。学校を案内してるの」

 さらりと答える元野さん。

 少女は適当な感じで頷き、デザートのプリンを食べ始めた。

「良い学校でしょ」

「まあ、そうだね」

「悪い人もいないしね」

 平然と語る少女。

 しかし元野さんはわずかにも反応せず、うどんに乗っていた揚げを頬張っている。



 そんなやりとりをする中、周りの空気が変わる。

 音が消え、時が止まり、清澄な調べが流れ出す。

 無論周りは会話と雑踏の入り交じった、雑然とした状況。

 その空気を呼び寄せたのは、一人の少女。

 凛とした面立ちに艶やかな黒い髪。

 綺麗に伸びた姿勢でしなやかに歩く彼女は、真っ直ぐ俺の所へと歩いてくる。

 かき乱される胸の奥。

 トレイが目の前に置かれても、俺は何の言葉も口に出せなかった。

「ちょっと、手を洗ってくる」

 素っ気なく告げて、どこかへ消える元野さん。 

 綺麗な少女は開いた席の隣へ座り、見た目通りに優雅な仕草で食事を始めた。


 思わず食事を取るのも忘れ、少女に見入ってしまう。

「……君、名前は」

「雪野優」

 美少女の髪を引っ張りながら答える小さい方。

 そんな彼女へにこやかに笑い、改めて美少女へ話しかける。

「聞こえてるよね。君、名前は」

「答えたくないんでしょ」

 くすくすと笑う小さい方。

 改めて彼女に笑いかけ、首を振る。

「何か、怒らせたかな」

「見ず知らずの人間と話したくもないんでしょ。恰好良い男の子ならともかくさ」

「格好良い」

「ああ。もしかして、自分でいい男と思ってる?多分、鏡が壊れてるよ」

 聞いてもいない。

 そして楽しくもない事を話し始める小さい方。


 ただそれは彼女の誤解。

 自慢ではないが、町を歩けば10人が10人振り返るだけの容姿。

 他校へ赴任した時も、隠れて行動するのが難しいくらいに目立っていた。

 単に照れているか、周りの手前反応をしないだけ。

 二人きりにでもなれば、誰だろうと落とす自信はある。


 しかし少女は笑いっぱなし。

 俺など、評価の対象ですら無いようだ。

「勘違いは勝手だけどね」

「勘違い」

「普通だよ、普通。その辺りに普通にいるタイプ。大して特徴もないしね」

 さすがに怒りが込み上げ、懐へ手が入りそうになる。

 挑発としてはなかなかの物。

 もしかして、俺の身分が知れてる訳ではないだろうな。

「……ここ、ここ」

「たまには、全部食べろよ」

「よく食べた方だって」

「全く」

 ため息混じりに小さい方の前。

 つまり俺の隣へ座る大柄な男。

 その横顔に、思わず息を飲む。


 精悍さの中に甘さを漂わせた、男らしい顔立ち。

 座っていても分かる均整の取れた体型。 

 動きの一つ一つに隙はなく、スパゲッティを食べる仕草も上品そのもの。

 男としてこう生まれたいと思わせる要素を全て備えたと言っても過言ではないくらい。


 少女はくすくすと笑い、彼と俺を交互に指さした。

「ショウ。この人どう思う?」

「何が」

「恰好良いって、自分で思ってるんだって」

「まあ、いい男だろ」

 自然な口調で褒める男。

 その言葉に、悔しさと恥ずかしさで顔が真っ赤になる。

 この男にそんな事を言われて、嬉しいはずもない。

 熊の前でケンカ自慢をしているチンピラのようなものだ。


 含み笑いの少女と、何もないように食事を進める美少女。

 そして愛想良く笑う美少年。

 いたたまれず、俺は食事もせずにその場を逃げ出した。




 放課後。

 今日は何もやる気が起きず、すぐに教棟の外へ出る。

 後は帰って、寮の部屋で寝るだけ。

 明日になれば、もう少し気分も晴れるだろう。

「あら、もう帰るの?」

 正門へ続く通路を歩いていると、元野さんに声を掛けられた。

 昼休みに嫌な形で別れて以来。

 だが急に俺がいなくなった理由を尋ねては来ず、それに少し安心する。

「雪野さん達、どうだった」

「美男美女って事は分かった」

 逆を言えば、それ以上の感情はない。

 後は、小さい方がむかつく。

 それだけだ。

「彼等とケンカはしなかったのね」

「する理由がない」

「それで正解よ。特に玲阿君。大きい男の子いたでしょ。彼は、学内最強だから」

「ふーん」

 その手の呼称は正直食傷気味。

 街で一番。

 この地域で一番。

 学校で一番。


 だが、本当にそう呼ばれるだけの実力を持つのはごく一部。

 大抵はそう名乗ってるだけか、周りにおだてられてるだけ。

 あの男も強いのは確かだとは思うが、所詮は高校生レベル。

 実力的に俺を上回る可能性はあるにしろ、武器さえ持てば敵ではない。

「それで、私を手伝ってはくれないの?」

 優しい、ささくれだった俺の心を癒してくれる微笑み。

 背中を向けるのは簡単。

 だがこの学校の不良グループを一掃するのは、俺の仕事。

 だとすれば、彼女の誘いを断る理由はない。




 誰もいない自警局の受付。 

 資料が散乱した机を間に挟み、お茶を飲む。

「初めに言っておくけど、直接彼女達と戦おうとは思わない事ね」

「男はともかく、後の二人は女の子だろ」

「今まで、あなたみたいな人は何人もいた。教育庁から派遣された職員だったり、腕自慢だったり、功名心に流行った生徒だったり。でも全員、いなくなった。そういう事よ」

 陰りのある表情で呟く元野さん。

 消えてどうなったのかは語られず、俺がどうなるかも語られはしない。

「俺がそいつらより劣るって」

 多少冗談っぽく尋ねるが、元野さんはくすりともしない。

 その代わりに、身分証明証がいくつか机の上に放られる。


 顔から血の気が引いていく感覚。

 いくつかは、明らかに見え覚えのある名前と顔写真。

 彼女の言うように教育庁のスタッフもいれば、各地の学校を荒らし回る傭兵もいる。

 全員この世界では名の知られた存在で、中には俺など足元にも及ばない顔まである。

 その中に一枚、とんでもない物が紛れ込んでいた。

「……沢、さん」

「知り合い?」

「教育庁でもトップのフリーガーディアンだよ。最近姿を見ないと思ってたんだが」

「結構頑張ったわよ。でも、結果はこの通り。いなくなった」

 やはり、いなくなったで終わらせる元野さん。

 その後どうなったのかは、聞くのをためらわれるような顔で。

「あなたは、いなくならないわよね」

 すがるような瞳。

 机に置いた俺の手に重ねられる、大きな手。

 胸の奥で何かが鳴り響き、気付けば俺は頷いていた。

「約束する」

「あ、ありがとう」

 自分の行為に今気付いたといった様子で、慌てて手を離す元野さん。 

 俺の手にそのぬくもり、感触を残したままに。


 力不足は認めよう。

 だけど負けはしない。

 俺は最後まで、この学校に居続ける。

 もしかすれば、不良グループを一掃した後も。

 それはきっと、元野さんのために。




 いくつかの資料を見せてもらい、俺も教育庁から渡された情報を彼女に伝える。 

 合致する部分もあればしない部分もあり、これはやはり現地にこないと分からない部分。

 何より、不良グループを束ねているのがあんな連中だったのは意外だった。

 女がトップなのは、それ程珍しくはない。 

 腕力では劣るが、武器を使えばそこはカバー出来る。

「だけど、あの小さいのはどうなんだ?」

「雪野さん」

 少し怖い顔で言い直す元野さん。

 よく分からないが、こういう呼び方は好まない様子。

 俺もそこは改める。

「雪野さんは、普通の女の子って感じだけど。あの男。玲阿君だったか。彼も」

「二人は、比較的普通よ。雪野さんは特に、悪い事をしてる自覚は薄い。単にやりたいように振る舞ってるだけ」

「玲阿君は」

「彼は、雪野さんの命令なら何でも従う。神戸牛が食べたいと言われれば、牛一頭さらってくる。あっという間にさばいてもくれる」

 決して冗談には見えない、陰りのある表情。

 自警局の壁に見える、変な染み。

 もしかして、本当の話じゃないだろうな。


「もう一つ聞きたいんだけど」

「牛は全部食べたわよ」

「いや、そうじゃなくて。これ、全員100点。A+になってる」

 俺が指摘したのは、彼女達の成績表。

 常識ではあり得ない好成績で、しかもそれが全員と来ている。

「綺麗な子がいたでしょ。彼女が改ざんしてるの」

「そんな簡単な物でもないだろ。成績のデータは教育庁が管理してるんだし」

「彼女はFBIやCIAの情報網にアクセス出来るって話よ。それにあの子だけは、テストを受ければ多分全部100点でしょ」

 これも決して冗談ではない様子。


 彼女達は高校生。

 例えば小学生の問題なら、100点を取るのも難しくはない。

 だが元野さんは高校生の問題でと言っているはず。

 俺でも90点程度なら取る自信はあるが、全部100点など漫画の世界にしか過ぎない。

 これは思っていた以上に厄介な相手だな。



 それでもやはり、初めの疑問は完全には拭えない。

「その遠野さんにしろ、大悪党って雰囲気ではないんだけど」

「彼女はあくまでも、雪野さんのために行動してるだけ。雪野さんがやれと言えば、軍事衛星で国会を焼き払う」

 先日国会議事堂でぼやが起きたニュースを見たが、多分偶然だろう。

 それはもはや、国家に対する反逆のレベルだ。

「もう少し聞きたいんだけど」

「次はホワイトハウスかクレムリンって言ってた」

「……そうじゃない。彼女達の仲間は、これで全部?」

「主要な人間はね。ただ実行をしている人間が、一人」

 廊下から響く靴音。

 それは自分の居場所を告げる意図を感じさせる、やや大きめな。

 つまり俺達がここにいると分かった上での行動。

 懐に手を入れ銃を確認。

 次いで警棒へ触れ、いつでも抜けるよう準備する。



 しかし現れたのは、どこにでも良そうな普通の男。

 すれ違っても印象すら残らない、特徴も何もないタイプ。

 少し猫背なのと、皮肉っぽい表情が気になるくらいで。

「彼よ」

 苦々しい表情で呟く元野さん。

 つまり、この男が不良グループの実行部隊。

 汚れ仕事を一人で引き受けてるのか。

「俺の話?もしかして、また教育庁の刺客?」

 一瞬でそこまで話を持って行く男。

 遠野さんはおそらく、論理的な思考をする天才だと思う。

 こいつは、決して天才では無いだろう。

 だが、判断力と推測力に長けたタイプ。

 むしろ厄介なのは、こいつの方か。

「早く帰った方が良いと思うけどな。今なら、まだ間に合う」

「学校を私有化しておいて、人に指図か」

「教育庁が思うほど迷惑は掛けてないし、甘い汁を吸ってる連中もいる。下手に叩くと、自分の首が飛ぶよ」

 非常に嫌な笑い方。


 しかしそれも一理ある。

 彼女達が今まで見過ごされてきたのはその実力だけではなく、おそらくは強力なコネクションがあるから。

 内部告発を握りつぶすような奴が、教育庁内にいると考えて間違いない。

「俺は局長クラスの権限を有してる。この場で校長の首をすげ替える事も出来るんだ」

「大物だね。だけど、頭は良くない。本気でやるのなら、100人単位で連れてこないと。仮に生徒が全員君に襲いかかってきたらどうする?」

「なに」

「いいよ、君の事は分かってるから。手柄を立てて、出世と報酬を同時にゲットだろ」

 そう言ってにやにやと笑う男。

 心底嫌な奴だな。


「……それで、何か用?」

 少し苛立ったように尋ねる元野さん。

 男は肩をすくめ、俺の顔を指さした。

「彼に警告をと思ってね」

「今度こそ、自分達が捕まるって思わないの」

「少年法もあれば、卒業って期限もある。捕まる前に、時間切れさ」

 狡猾に笑う男。

 だがそれも事実。

 特にこいつは、そこを十分に分かって行動をしてるはずだ。


 ターゲットにすべきは、小さい方や綺麗な方ではない。

 裏を取り仕切るこいつを、まずは始末すべきだろう。

「ここで俺を消すつもりか?」

「だとしたら、どうする」

「判断としては悪くない。俺なら、顔を見た時点で殴り倒してるけどね」

 どこまでも嫌な奴。

 しかしそれを今実行すれば良いだけの話。

 今のところ大した恨みはないが、まずは初めの第一歩だ。


 警棒を抜きながら立ち上がった途端、首筋に冷たい感触が走った。

「動くなよ。その途端、首の骨が折れる」

 静かに警告する男。

 後ろを振り向く事は出来ない。

 その警告のためではない。

 後ろから発せられる、肌を刺すような殺意のために。

「言っておくけど、彼は玲阿君じゃない。ああいう人間は気配を感じるっていうけど、何か感じた?」

 気配どころか、足音一つ聞こえなかった。

 受付に誰もいなかったのは、事前に確認済み。

 だとすればこの男と同時にやってきて、一瞬の内に受付へ潜入。 

 俺の背後で、飛びかかるタイミングを窺っていた訳か。

 つまり連中は、いつでも俺を好きに出来た事になる。


 再び味わう屈辱。

 手も足も出ないどころか、良いようにやられっぱなし。

 これでは元野さんにも顔向けが出来ない。

「早く教育庁へ戻るか。俺達の仲間になってくれてもいい」

「断る」

「恰好良いね」

 皮肉っぽく笑う男。

 元野さんは彼女へ冷たい視線を向け、俺を解放するよう声を掛けた。

「元野さんがそう言うなら仕方ない。もういいよ」

 首筋から離れる何か。


 改めての屈辱。

 すぐに振り向くが、そこには無人の受付が広がっているだけ。

 やはり気配も物音もない。

「無理無理。レベルが違うんだから」

「なんだと」

「実際、後ろに立たれても気付かなかっただろ。あー、俺は優しいな」

 ふざけた台詞を残して去っていく男。

 その背中に飛びかかりたい衝動に駆られたが、これ自体男の罠という可能性もある。



 だが、負けるのは大して問題ではない。

 最後に自分が立っていれば良いだけの事だ。

 そう自分自身へ言い聞かせ、自制心を保つ。

「大丈夫?」

 不安げな顔で駆け寄ってくる元野さん。

 あれだけ恥を晒しては、今更取り繕う事など無い。

 無言で頷き、ただため息を付くだけで。

「あいつは、相手にしない方がいいわよ」

「普通だろ、あれも」

「見た目はね。でも悪い事は基本的に、あの男が一手に引き受けてる」

 やはり奴がポイント。

 逆を言えば、あいつさえ倒せばどうにかなる訳か。

「あいつがリーダー?」

「まさか。単なる使いっ走りよ。でも会計も何も彼が全て行ってる」

「逆にさっきの小さい……。雪野さん達を操ってるとか」

「それこそ、まさか」

 一笑に付す元野さん。

「例え1円でも会計をごまかせば、遠野さん。綺麗な女の子に気付かれる。あの子は、1000桁程度の数字なら、一瞬で記憶するわよ」

「何者なんだ、連中」

「それは私も知りたいわね」

 深く漏れるため息。


 そして再び、俺の手に彼女の大きな手が重ねられる。

「あなただけが頼りなの」

「俺、が」

「そう、あなただけが」

 すがるような眼差し。

 近付く優しげな顔。

 俺に出来るのは、彼女の目を見つめ返して頷く。

 ただそれだけ。




 誰のためでもない彼女のために。

 俺は彼女のためだけに行動する。

 教育庁も使命も出世欲も今は関係ない。

 ただ、彼女のためだけに。











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