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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第5話
41/596

エピソード(外伝) 5-1 ~モトちゃん視点~





     元野智美




     前編



 放課後の廊下。

 すれ違う人達はみな楽しそうで、窓際で外を眺めているカップルは何となくはにかみ気味だ。

「生卵って、白身入れる?」

 彼等以上に素敵な笑顔。

「ええ。その方が、まろやかになるから」

「ふーん。私は、黄身だけの方が濃くって好きなんだけど」

「それより。ちゃんと回り見てる、ユウ?」

「勿論。モトちゃんと違って、私は背中にも目があるの」

 明るい、朗らかな口調。 

 聞いているこっちまでが、楽しくなってくるような。

 愛らしい顔によく似合う、小さくて可愛らしい体。

 身につけている制服は、彼女のためにデザインされたと思える程。

 ユウは背中のスティックを抜き、手首のみのアクションでそれを伸ばした。

「こういうのは、使わない方がいいんだよね」

 彼女は私が、ケンカや暴力を嫌っているのを知っている。

 当然ユウだって、暴力は嫌いなのは同じだ。

 ただ格闘技という側面を持つ場合は、話が違ってくる。

 それは彼女にとって、天から授かった何にも代え難い才能なのだから。

「必要ならば、使った方がいいわ。でも、無闇にはという意味で」

「モトちゃん、警棒は?」

「オフィスに置いてある。ユウと一緒なら、私は見学していればいいから」

「ケンカが嫌いなのはともかく、パトロールの時は持ってた方がいいよ」

 彼女のやや下がった瞳が細くなり、姿勢が変化する。

 薄く茶色掛かったショートカットが、わずかに揺れる。

 それが戦いへの準備だと分かった時には、彼女の姿は視界から消えていた。


「……来るなら、本気で来なさいよ」

 ユウより頭一つは大きい男の子が、彼女と向かい合っている。

 その左右にも、やや体格で劣るが数名。

 しかし、それに臆する様子は微塵もない。

 私も、止めるような真似はしない。

 彼等の手が腰へと伸びる。

「ガッ」

 手を押さえ、その場にうずくまる男達。

 ユウはスティックを、その中の一人へと向けた。

 床に転がったナイフが、虚しい輝きを見せている。

「私を倒して、名を上げるっていう気?女の子相手にナイフ?どういうつもりよ」

「ち、違うんだ。俺はただ」

「木之本君、全員のIDチェック。モトちゃん、データ調べて」

「了解」

 私達の後ろに控えていた、優しげな顔立ちの男の子が前に出る。

 木之本敦きのもと あつし君。

 中等部以来の付き合いで、彼とはずっと同じガーディアンズに所属している。

 みんなからは気が弱いと言われる子だけれど、こういう場面で臆する人ではない。

 彼の気の弱さは、「人が良い」、「真面目で誠実」という言葉で置き換えられる。


 全員のIDをチェックした結果、生徒会自警局の特別監察を受けている者が2名。

 残りは、今回の経緯を報告すれば停学という状態。

「どうする、ユウ」

「報告はしない」

 彼等に安堵の表情が浮かぶのもつかの間。

「その顔、2度と見せないで。冗談で言ってるんじゃないわよ」

 愛くるしい顔が、戦士のそれへと変わる。

 言葉通り一目散に逃げていく彼等。

「ID忘れてるよ」

 束になったIDカードを、木之本君は自分のウエストポーチへとしまった。

 きっと後で、一人一人に届けてるのだろう。

 優しい子だから。

 彼女には、もっと優しいという話も聞いた。

「相変わらずすごいね、雪野さん」

「木之本君こそ。僕に任せて、くらい言ってよ」

「そういうの苦手だから」 

 恥ずかしそうに頭へ触れる木之本君。

 彼もガーディアンなので、それなりの体術は収めている。

 さっき程度の連中なら、一人で対応で来るくらいは。

 ただ能力があるからといって、実行に移すとなれば話は別になる。

 とはいえそれが臆病と呼ばれる物でないのは、ユウも勿論分かっている。


「いいじゃない。怪我人も無かった事だし」

 一緒にパトロールをしていた、私の仲間へ視線を向ける。

 現在私が参加しているガーディアンズに所属している人達で、2年と3年生ばかり。

 みんな今のユウに感心したらしく、熱い眼差しを彼女へと向けている。

 私や木之本君は見慣れた光景なので、特にどうという事もないが。

「さて、次はどっち?」

「右へ行って。突き当たりまで行ったら、階段を下」

「了解」

 その視線に照れたユウは、スティックを背中のアタッチメントに戻し先を急ぎ出した。

 謙虚とでもいうのだろうか。

 自分の力は知りつつも、それにおごらない彼女の態度。

 私がユウを好きな理由の一つ。



 オフィスに戻り、個室でさっきまでの報告書を書いていた。

 その報告書に書き込まれない活躍を見せた少女の姿は、ここにはない。

 おっとりした人の多いこのガーディアンズに新鮮な空気を入れて欲しくて、私が呼んだだけなので。

 今は何人かを連れて、トレーニングをやってくれてるはずだ。

「……ふぅ」

 電子サインを入れ、DDデジタルディスクにプロテクトを掛ける。

 後は生徒会自警局とガーディアン連合へ提出して終わり。 

 机に積んであるDDをワイヤレスでリンクさせ、中身をチェックしていく。

 訓練レポート、合同訓練計画表、各種スケジュール、運動部警備人員、シフト表……。

 全部出来ている。

 私だけの仕事ではないが、最終チェックはここのリーダーから任されている。

 基本的に事務方の人間なので、こういうのは得意なのだ。

 先輩もそれを分かって、私にやらせてくれている。

 期待と言う程大げさな物ではないが、自分にやれる事ならば出来るだけ応えてみたい。

 出来なければ素直にそう言って、私同様事務の得意な木之本君へ頼むだけだ。

 やれない事を無理してやる程熱血漢ではないし、そこまで自意識過剰でもない。

 自分の限界を、これでも分かっているつもりだから。

 それに私は、ユウみたいに限界を越える能力を発揮出来るタイプでもない。

 あくまでも普通の、どこにでもいるような人間なのだ。


 報告書を提出しに行こうと、ドアの前へと立つ。

 向こう側はオフィスの控え室みたいになっていて、仕事のない人達が待機をしている。

 その会話が、ドア越しに聞こえてきた。

「……雪野さん、すごいよな」

「可愛いし、強いし。ちょっと憧れるわね」

 さっきの事を話しているようだ。

「元野さんと、昔からの知り合いなんだろ。でも、タイプが全然違わないか?」

「事務系と、現場型。確かに」

「元野さん事務は得意だけど、ガーディアンとしてはどうかな」

 私がここで仕事をしているのを知らないらしい。

 陰口という訳でもないが、私を前にしては言えない事を口にしている。

「ケンカが嫌いって、いつも言っているわよね。でもガーディアンなんだから、ケンカを怖がってるようじゃ仕方ないと思う」

「ああ。いざとなれば、怪我してでも実力で制止するくらいの事しないと。あの子って、話し合いで解決させるのはやるけど。殴って止めたりはしないもんな」

「立派といえば立派。でも、ちょっと綺麗事過ぎるわよね」

 それを聞いて私は、強い怒りを感じていた……。


 という訳でもなかった。

 彼等の言う事はもっともで、自分でもよく分かっている。

 自身の手を汚さずに、口先だけで解決しているというイメージ。

 ガーディアンという性質上、格闘技の実力が高く評価される面が強い。

 その点において私は、全く自信がない。

 捕縛術や多少の体術は学んでいるが、一般のガーディアンに比べればそのレベルはかなり低い。

 また戦いを嫌うという考えが、彼等にとっては気にくわないのだろう。

 嫌おうがどうしようが、戦いは目の前にあるのだから。

 それ止めるのは、自分達の実力をおいて他にない。

 のんびりした彼等でも、その意識は強く持っている。

 だから私は、やや軽く見られている。

 それは十分分かっている。

 とはいえ、改める気もないが。


「どうなんだよ、木之本君」

 木之本君もいたのか。

「僕は、彼女をそう悪く思ってませんよ」

「何も、悪口じゃないわ。ただ、もう少し現実を見ればっていう事。ケンカをやってるのに、話し合いで解決しようだなんて」

「逆に聞きますけど。元野さんは、話し合いでケンカを収めるのは下手ですか?」

 会話が途切れ、何となく気まずい空気が感じられる。

「上手いよ。彼女が出れば、ケンカは大抵収まるから」

「だったら、それが一番じゃないんですか」

「そうだけど。でも……」

「確かに殴って制止した方が、手っ取り早いです。けど、それだと後を引くと僕は思うんです。当事者にも、ガーディアンにも。だから彼女は、それを嫌うんですよ。僕の推測ですけどね」

 その通りよ、とドア越しに思う。

 付き合いが長いので、私の考えくらいは分かってくれているようだ。

 人を常に肯定的な面から見る、彼らしい意見でもある。

 後で、彼女には内緒で何かをプレゼントしてあげよう。

 それとも、彼女に何かあげようかな。

 何にしろ、ありがとう。


 とはいえいつまでもこもっている訳にも行かないので、早々に部屋を出た。

 木之本君に端末で連絡して、それとなくみんなに出ていってもらったのだ。

 真面目なだけではなく、そういう機転も効く。

 これで押しが強ければもっと良いんだけど、それでは木之本君でないとも言える。

 控えめさと大人しさが、彼の魅力でもあるから。

「……これで、全部です」

「はい、ご苦労様」

 ここは自警局生徒会ガーディアンズ、I棟統轄本部。

 各種の報告書や申請書は、ここへ提出する事になっている。

 ネットワークを使えばもっと楽なのに、という意見が時折上がる。

 確かにそうだけど、人と顔を合わせる意味を私は大事にしたい。

「……ガーディアン連合の幹部だったわよね、元野さん」

「幹部といっても、見習いと言ったところです。それに生徒会とは比べ物にならない、小さな組織ですし」

「しかもまだ1年。これだけの仕事をこなして、組織の運営もして。大変じゃない」 

 ボブカットの、小柄な女の子。

 3年で、情報処理担当の人だ。

 誉め言葉だが、微かに陰がこもっている。

 「たかが1年。ケンカも出来ないくせに」という顔にも見える。

 本人は隠してるつもりで、大抵の人は分からないだろう。

 どうして私に分かるかはともかく、彼女が反感を抱いているのは確かだ。


「先輩達に教わりながら、何とか。私一人では、とても仕事をこなせません」

「連合の代表、塩田さんと仲が良いようね。将来は代表、それとも今空席の議長かしら」

 話している内に、ついつい本音が現れてくる。

 いつまでも、隠し通せる物ではない。

 妬み、怒り。

 人として当然の、誰しもが抱く感情。

 私はそれをぶつけやすいと見られる事が多い。

 笑っているような顔と、ケンカが嫌いで怒らないという印象が強いのだろう。

 勿論私でも腹を立てる事はあるし、この顔も笑っているように見えるだけだ。

 でもそれを、素直に表現すればいいという物でもない。


「いえ。幹部達は、佐島さんを推すようですよ。あ、これは内緒にしておいて下さいね」

「佐島さんって、後期に転入してきた子でしょ」

「ええ。今は事務局にいますけど。それは研修みたいな物で、近い内J棟の隊長くらいに就任すると思います」

「へぇ」

「これ、私から聞いたって言わないで下さいね」

 小さく頷く彼女。

 瞳は好奇心で輝いている。

「……わっ。これ申請書が入ってないっ」

 突然叫ぶ私に、彼女が震える。

「ど、どうしよう。これ、提出期限が今日なのに」

 すると机の上に置いたDDが、一つ彼女の手に収まった。

「いいわ。私が適当に書いておくから。いつもと一緒なんでしょ」

「で、でも」

「大丈夫。それよりさっきの話、続きがあったらまた教えてね」

「あ、はい」

 私は彼女に深く頭を下げ、端末の並ぶ一角を後にした。


「さすが」

 後ろから、笑いを押さえた声がする。

 振り向かなくても、誰かはすぐに分かる。

「俺も報告書を出しに来たんだけど。面白い物を見させていただきました」

 私はため息を付き、右手にある小会議室を指差した。


 5、6人程度が会議をする小さな部屋で、机と端末以外に殆ど調度品はない。

「演劇部にでも入ったら」

「そういう事言わないで。私だって、好きでやった訳じゃない」

「人が良過ぎるんだよ、モト」

 薄く微笑み、背もたれに倒れるケイ君。

「嫌み言われたからって、下手に出る事ないのに。しかもわざわざデータを消して、同情まで誘って。ずるいというか、何というか」

「どうとでも言って」

 断っておくと、彼は私を責めている訳ではない。

「そういうずるさを、サトミが持ってるといいんだけど」

「彼女、元気になった?」

「ああ。今はまた、シスター・クリスの歓待委員会へ行ってる」

 よかった。

 ユウ達が何とかしてくれたようだ。

 手を差し伸べるのは簡単だし、声を掛けるのもたやすい。

 逆にただ見ているだけなのは辛く、苦しいけれど。

 でも今回は、自分の力で立ち直ってくれた。

 自分達、と言い代えてもいいだろうが。


「サトミは変に張りつめてる所があるから。少しはモトみたいに柔軟というか、遊びの部分をがあればいいんだけど。あれは性格だから無理かな」

「だからあなた達が付いてるんでしょ」

「それはユウの役割。あのニコニコちゃんのおかげで、サトミも気が楽になってるじゃないの」

「そこまで分かってて。でも、何も知らない振りするのね」

 髪をかき上げる事で、それに応えるケイ君。

 みんなはこの人を、分かりにくいとか醒めていると評する。

 でも私からすれば、もっと簡単な子だ。 

 ただ韜晦と皮肉な態度が、それを分かりにくくしているだけで。



「ん、どうかした」

「何でもない」

 一言こう言えば、彼はそれ以上聞いてこない。

 関心すら抱いてない様に振る舞ってくれる。

 こういった、さりげない気遣いが出来る人なのだ。

 これでもう少し普通だったら、丹下さんも救われるのに。

 それも含めて気に入っているのなら、いいのだけれど。

 おそらく、違うだろう。

「みんなは?」

「ユウは、モトの所にいただろ」

「ええ、パトロールを手伝ってくれたわ。今はトレーニングの指導をしてるはず」

「サトミは今言ったように、委員会。ショウは、名雲さん達と遊んでる」

 ショウ君か。

 あの子は申し分ない。

 格好良くて、人もよくて、真面目で。

 おそらく、ユウ一途で。

 最近、それに自分でも気付いている様子だし。

「おかげで俺は一人でパロトールして報告書書いて、自警局に提出するレポートもまとめて」

「私に愚痴らないで」

 素っ気なく突き放し、机の上にあった彼のDDをワイヤレスでリンクさせる。

 的確かつ、簡潔にまとめられた報告書。

 アイディア先行だけではなく、数パターンもの策を練った各種の試案。

 この人も事務系の人なので、こういうのは得意なのだ。

「生徒会辞めたのは失敗じゃないの。クビと言っても、実際はケイ君の方から辞めたんでしょ」

「早まったって?自分でも多少はそう思うけど、こうして気楽な立場にいる方がいい。隊長補佐なんて、俺の柄じゃないし」

 鼻を鳴らし、「GU」と書かれたガーディアンのIDに触れるケイ君。

 この間までは「SG」という、生徒会ガーディアンズのIDがそこにはあった。


「ユウだって、あなた達のリーダーじゃない」

「あそこまでの魅力はないから、俺は。見た目だけじゃなくて、人間的にも」

「だから、隊長補佐なんでしょ」

「同じ事。人の上に立つ器じゃない。ユウやサトミはともかく」

 意味ありげな笑み。

 名前の出なかった人が、一人いる。

「ショウ君は」

「あれは甘いから。人を引っ張ってくのは無理がある、少し前までは」

「今は?」

「最近、ちょっと格好良くなってきた。男の俺から見ても。人間的にっていう意味でね」

「分かる、それ」

 肩肘を張っている訳でも、気取っている訳でもない。

 あくまでも自然体で、控えめな態度を崩さない。

 でもそれが、格好いい人。

「ユウも、早く付き合えばいいのに」

「いいんじゃないの、今のままでも。あの二人と付き合おうとする奴なんて、もういないさ。本人達はともかく、周囲公認って訳さ」

 いつになく優しい口調と、穏やかな笑顔。

 この人はこの人なりに、ユウ達の事を気にしているのだろう。


「とはいえ、その格好いいお兄さんが仕事しないんだ。俺に全部押し付けて」

「あの子だって、たまには息抜きしないと。玲阿流の跡を継ぐ責任と、お父さんに倣って軍に進む目標。大変なのよ」

「目標の大きさだけが価値じゃない。俺が今日出るマンガを読みに行きたいのも、大事な目標だ」

 立派な事と下らない事を同時に言ってきた。

 それがケイ君の本質であり、楽しいところだ。

 人によっては、訳の分からないと思う部分だろうけど。

「分かった。説教すれば良いんでしょ。言っておくけどね、私はあなた達の保護者じゃないのよ。その辺分かってる?」

「俺に愚痴られても」

 さっきの私と同じ事を言う。

 確かに。



 笑いながら部屋を出ると、ため息が洩れそうになった。

 膨らむ胸と、それを普通と思わせる均整の取れた体格。

 浮かぶ表情は涼しげで、なおかつどこか鋭さを湛えている。

「丹下さんも、報告書持ってきたの」

「というか、チェックに少し……」

 何となく気まずそうな顔。

 視線が、それとなくケイ君へと向けられる。

「もう終わったよ。期限が過ぎたくらいで、そう気にする事無いんだって」

「そうだけど。私も一応、隊長としての立場があるから」

「俺の立場はどうなる」

 軽く笑い、ケイ君は廊下へと歩き出した。


 話を聞くと、丹下さんが提出し忘れていた報告書をケイ君に頼んだらしい。

 彼はどうやったのか知らないが、何のペナルティもなくそれを受付させたのだ。

 ただケイ君がそれを恩に着せるとか、何か要求する様子はない。

 冗談で何か言うにせよ、彼の本心はもっと素直である。

 多分。

「本当、助かった」

「頼ってるのね、随分」

「ん、まあ」

 少しはにかむ丹下さん。

 その浦田君はこのラウンジにいなく、今は自分のオフィスで別の書類を作っている。

 彼女に気を遣わせたくないと思ったのだろう。

「局長直属隊の隊長に、もう未練はないの」

 聞きづらい事だが、あえて聞いた。

 それ程深い理由がある訳ではなく、興味も多少混じっている。


「なくはないけど。でも仕事としては、今の方が大変よ。Dブロック全体を管理しないといけないんだから」

「それが、面白い」

「ええ。生徒会ガーディアンズだけじゃなくて、沢さんや優ちゃん達も協力してくれるし。やりがいはあるわ」

 瞳に、強い力が生まれる。

 単なるガーディアンとしてだけではなく、責任者としての自分を弁えている眼差し。

 大勢の人をまとめ、適材適所を考え、それを率いる能力。

 例えばユウにも、人を惹きつける魅力はある。

 だがそれはまた異なった物であり、丹下さんのような統率力を持つ物ではない。

 少なくとも、現時点においては。

 それぞれが過ごした環境が、きっとそうさせるのだろう。

 周りに優秀な人間が大勢いて、人を率いる必要が無かったユウ。

 均一化した人ばかりの中で、必然と頭角を現し努力を惜しまなかった丹下さん。

 二人の環境が入れ替わっていたら、今の彼女達はまた違う人間になっていたと思う。

 とはいえ丹下さんにしても、優秀な人達の指導や協力があったからこそ今の能力を培ったともいえるが。 



 丹下さんと別れ、中庭へと回る。

 日のよく当たる場所で、一面に敷き詰められた芝生が目に青い。

 カップル、友人、昼寝をする子。

 その横を抜けながら、さらに奥へと進む。

 少しずつ人の姿が無くなり始める。

 やがて私は、木々の生い茂る小さな林へとやってきた。


 素早い動きと、生き生きした表情。

 私には殆ど理解出来ないが、そのすごさだけは伝わってくる。

「……くぅ。止めだ」

「先輩、息上がってるんじゃないのか」

 構えを解き、短い髪をかき上げるショウ君。

 名雲さんは肩をすくめ、芝生の上にしゃがみこんだ。

「凝ってるね、名雲さん」

 いつもの可愛らしい笑顔で彼の肩を解す柳君。 

 みんなTシャツと短パン姿。

 ケイ君の言っていた通り、スパーリングをやっていたようだ。

「あのな。俺はお前ともやってたんだぞ。格闘馬鹿二人相手に。少しは考えろ」

「だってさ。どうだよ、柳君」

「いや。ここで妥協しちゃ駄目なんだ。年寄りを甘やかすなって言うじゃない」

 大笑いするショウ君と柳君。

「ただ、さっき玲阿君が投げ飛ばしたから」

「自分だって、ローキック連発しただろ」

「はは。気のせい気のせい」

「随分、楽しそうね」

 私は額をTシャツで拭っている名雲さんに、ハンカチを差し出した。

「嬉しいけど、汚れるぞ」

「ハンカチは、そのための物です」

「なるほどね」

 精悍な顔をほころばせ、汗を拭いていく名雲さん。

「洗って返す」

「今言いましたよ、汚れる物だって」

 彼の手からハンカチを持っていき、ポケットへと戻す。

「モト、俺には」

「元野さん、僕にも」

「ウェットティッシュしかないわ」

「冷たいな」

「冷たいね」

 と言いつつ、私から受け取ったウェットティッシュを使う二人。

 何が冷たいのかは、あえて聞かない。


「ケイ君怒ってたわよ。ショウ君が仕事しないって」

「いいじゃない。浦田君なら、一人でやれるんだから。頑張れ、浦田珪」

 拳を振り上げて笑い出す柳君。

 彼等は仲が良いので、その不幸を喜んでいるのだろうか。 

 どちらにしろ、可愛らしい笑顔だ。

 ユウがファンなのも、素直に頷ける。

 とはいえショウ君への思いとはまた別の、「素敵な男の子」に対する単純な憧れだろう。

 私も彼を見ていると、悪い気はしない。

 それはここにいる、他の二人にも当てはまるのだが。


「前から思ってたんだけど。どうして、元野さんはモトなんだ?」

 運動後の、やや上気した顔を向けてくる名雲さん。

「元野智美。モトノトモミ。ミがなければ、モトノトモだろ。どっちにしても、モトになる」

「回文?よく分からんな」

「意味はないんじゃない。そうだよね、元野さん」

「私も知らないの。ユウ辺りが言い始めた事だから」

 しかし「美」が無いというのは、結構失礼な話だ。

 今度ユウに、一言言っておこう。

 何を今さらという気もするけれど。

「美がないって言うのは、結構失礼な話だな」

「俺に怒るなよ。ユウに言ってくれ」

「今度会ったら、一言言ってやる」

 その甘い顔をほころばせて、私に手を振る名雲さん。

 私は何も言う事が無くて、取りあえず頭を下げた。

「僕だったら柳司だから、リュウツカサ。サが無くて、カツウ……」

「意味無い事するな。でも玲阿も、ショウじゃなくて四葉なんだろ。本名は」

「言いにくいから、四葉って。親とか関係者以外は、みんなショウだよ」

 四葉。

 確かに何度も呼んでいると、自然に「ショウ」となる。


「由来ってあんのか。変わった名前だけど」

「一応、玲阿流の理論に沿ってる。風を身にまとい、激流を内に秘め、烈火を拳に込め、その守りは巌を思え。もう一つは、打投極避。四つの教えを極められるようにと付けられた名前らしい」

 はにかんだ、照れ気味の笑顔。

 話によると、玲阿家の人はみんなその理論にちなんだ名前だとか。

 彼のお姉さん琉衣さんは、「流れる様な衣をまとい全てを退ける」という意味。

「……羨ましいね、そういうのは」 

 ちょっと悲しげな笑顔。

 柳君は微かに視線を落とし、芝生に触れた。

 彼の悲しさと辛さが伝わってくる。

 流れ込んでくる。

 両親がいないという過去が、彼にその重みを背負わせている。

 それに耐えるため、彼は頑張っているのだろう。

 強さという鎧で、悲しさから耐えるために。


「そんな顔するな」

 明るい、屈託のない口調。

 柳君の背中が軽く叩かれ、その髪が無造作に撫でられる。

「駄目な弟の面倒は、俺が見るって言っただろ。この兄貴が」

「名雲さん……」

「お前が何をやっても、どうなっても。俺は絶対お前を弟だって思ってる。絶対に守ってやる。それじゃ、不満か」

 柳君は一瞬動きを止め、すぐに笑顔を取り戻した。

 春の日差しのような、柔らかな暖かい笑顔。

 家族に対して向けられる、強い信頼の込められた。

「っと、恥ずかしい事言っちゃったな」

「いや。あんたはやっぱりすごいよ。伊達に年取ってない」

「一才しか違わないだろ」

 軽く拳を重ね合う名雲さんとショウ君。

 私はただそれを見守っていた。

 男の子達のぶっきらぼうな、でも強い絆を。 



 ショウ君と柳君は、アマレス部へ練習を兼ねて遊びに行った。

 日差しがやや翳り、少し肌寒い。

「寒くないですか、名雲さん」

「少し。早く着替よ、年だし」

「よかったら、これ」

 羽織っていたジャケットを脱ごうとすると、そっと制された。

「元野さんが風邪引くだろ。俺はそれ程ヤワじゃないし、汗で汚れるぞ」

「確かに、ジャケットは汚す物ではありません。でも別に」

 無理にでも渡そうと思ったけど、それは彼の本意に背くだろう。

 余計な事だろうし、却って気を遣わせる事になる。 

「寒くなったら、言って下さいね」

「ああ。俺だって、風邪引きたくない……。クシュッ」

 体を折り、派手にくしゃみをする名雲さん。

 言わない事ではない。

「ほら。取りあえず羽織ってください。サイズは小さいけど、無いよりはましですから」

「悪い。うー、格好付け過ぎた」

 素直にジャケットを受け取り、肩に掛ける名雲さん。

 意地になって受け取らない人よりは、何倍も立派だ。

「これこそ、洗って返す。明日にでも、元野さんのオフィスに持ってく」

「汗が汚いなんて、私は思いませんよ」

「自分のは、だろ。でも俺みたいな、むさい男の汗はまた別さ」

「鏡、見た事あります?」

 皮肉っぽい口調と笑顔で、彼の顔を見上げる。

 甘さを漂わせた、精悍な顔立ち。

 ショウ君のような幼さのない、大人びた佇まい。

「お褒めにあずかるのは嬉しいけど、……クッシュッ。うー、駄目だ。真面目になれん」

「急ぎましょう。本当に風邪引きますから」

「ああ」



 ロッカールームで着替えを済ませた名雲さんが、丁寧にたたんだジャケットを差し出す。

「本当に良いのか、洗わなくて」

「ええ。それより、風邪は大丈夫ですか?」

「ビール飲んで、軽く寝れば完璧さ」

 彼の指が、廊下の突き当たりを差す。

 そこには階段があり、上へ行けば食堂がある。


 まだ食事前なので、食堂に人気は少ない。

 私達はカウンターに陣取り、ピッチャーとグラスを前に楽しんでいた。

 ビールだけではなくて、会話を。

 無論、ビールは無条件で楽しいのだけれど。

「前も言ってましたけど、しばらくこの学校にいるんですか?」

「ああ。「渡り鳥」が同じ場所に居続けるのはおかしいんだけどな。そろそろ俺達も、落ち着こうかと思って。色々事情もあるし」

「聞きませんよ、その事情というのは」

「ありがたい」

 私のグラスにビールを注ぎ、軽くグラスを重ねる名雲さん。

「心配しなくても、元野さん達に迷惑を掛ける気はない。俺達は確かにろくでもない連中だけど、最低限のルールがある」

「ルール、ですか」

「ああ。簡単に言えば、「裏切らない、信頼する、助け合う」だ。これは、仲間にだけじゃなくて、雪野達にも元野さんにも当てはまる。あの沢にだって、一応は」

 一瞬表情にすごみが増し、グラスがきしむ。

 憎しみや、怒りではない。

 もっと深い感情。

 時折ユウが舞地さんに対してみせる、強い感情によく似ている。

 単純に言えば「ライバル」

 そんな意識が、最も近いのではないだろうか。

 とはいえ彼等はどこかしら結びついている部分もあり、一概にそうとも言えない。

 だから「ライバル」なのだと言われればそれまでだが。

 どっちにしろそれは私のたわいもない想像であり、名雲さんやユウにとってはまた違う思いがあるのだろう。   


「辛くないですか、転校ばかりなんで」

「池上や舞地は、そうかもな。俺も多少はそう思う。でもずっとこんな生活ばかりしてると、そういう感覚は薄れてく。寂しいとか、辛いとか、悲しいとかは」

「そうでしょうか。私から見ると、みなさんはもっと感情豊かに見えます」

「だといいんだけどな」

「私には分かります。みなさんは、私達と変わらない普通の高校生だって」 

 真っ直ぐに彼を見つめる。

 感じたままを、思ったままを率直に伝える。

 その眼差しに重ねて。

「池上さんを見ての、私なりの意見ですよ」

「あいつか。でも年中うしゃうしゃ笑ってるからって、あのままの奴じゃないぜ」

「思慮深くて、細やかな気遣いを持ち、強い信念を持つ。とはいえ笑顔はそれを隠す物ではなく彼女の本質で、柳君のような過去の出来事にとらわれた物ではない。勿論彼女にも悲しみや苦しみはあるけれど、それを前へ進む力へと代えられる」

 ……話し過ぎてしまったようだ。

 少し不安になって、上目遣いで彼に向き直る。


「心でも読むのか?」

 笑いを湛えた、やや低い声。 

 グラスを傾ける仕草は、先程までと何も変わらない。

「正確には、「視える」んです。相手の思考や、性格的な物が。でもそれは、あくまでも相手を理解出来るだけです。その時相手が何を考えるかまでは、全く分かりません」

「だろうな。ちょっと期待してたんだが」

 笑顔が、もっと軽くなる。

 子供のような、無邪気な笑顔。

「ギャンブルにでも使うつもりですか?」

「それも面白いけど、好きな女の子の心を読むってのはどうだ?相手が気に入る事を、先回りしてやるんだよ」

「それこそ、怖がられません?薄気味悪いですよ、そんなの」

「悪くないと思ったんだけどな」

 唸りつつグラスを空にする名雲さん。

 私はそれにビールを注ぎ、ピッチャーの冷たさを楽しんだ。

「でも、ケイ君が言いそうな事ですよね」

「浦田?俺は、あいつと同レベルかよ」

「一応、褒めたつもりですけど。確かにあの子と一緒というのは、ちょっと問題かな」

「だろ。あの野郎は、俺達より性質が悪い。玲阿みたいに、もっとまともになれないのか」

「私に言われても。あの子達の保護者じゃないんですから」

 ちょっと強気に睨み付け、グラスを一気にあおる。

「お、怒るな。ほら、飲んで飲んで」

 注がれたビールをすぐ飲み干し、もう一度睨む。

 私だって、たまには。

「悪かった。冗談だって」

「分かってますよ」

「ただ相手に怒られるくらいの度量が無いと、人間的にもあれだけどな」

 そう。

 こういう考え方が出来る人なのだ。

 懐が深く、相手を受け入れられる。

 私なんて到底及ばない、本当の大人。


「遠野はどうしてる。池上が言うには、少し機嫌が悪かったらしいが」

「何とかなりました。ユウ達のおかげで」

「あいつは、張りつめ過ぎなんだよな。今度は雪野達がいたからよかったけど、誰もいなくなったらって事も考えておいた方がいい」

 その精悍な顔に、厳しさが宿る。

 視線が遠くなる。

 舞地さん達に共通する、過去への眼差し。

「さっきも言ったように、俺達は辛さや悲しさが薄れてる。年端もいかない内に、色々と経験し過ぎて。大抵の事では、感情が動かないんだ」

「私は、そうは思いません。名雲さんは、普通の高校生ですよ」

「さっきもそう言ってくれて、嬉しかった」

 素直な笑顔。

 普通の高校生が浮かべる、年頃の男の子。

 自分でそれに気付いているのだろうか……。


「俺にも一杯」

 突然背後から手が伸び、グラスが差し出される。

「塩田さんっ」

 無愛想な顔で、私と名雲さんを見つめている。

「全然気配を感じなかったぞ。これでも、少しは分かる方なんだが」

「忍者なんです、塩田さんは」

「下らん事言うな、元野。……あんた、名雲さんだったよな」

「さんは、いいよ。塩田、さん」

 にやりと笑い、彼のグラスにビールを注ぐ名雲さん。

 塩田さんはそれを軽く掲げ、一気に飲み干した。

「元野もそうだが、雪野達が世話になってるみたいで。一度会ってみたかったんだ、こういう形で」

「俺も、草薙高校の忍者に会ってみたかったんだ。他にもおかしな奴がいるって話だが」

「……辞めた奴も何人かいる。生徒同士で、ごたごたがあってな」

「平和な学校に見えるけど、中は別か。まあ、今の俺には関係ない」

「今、ね」

 意味ありげな視線に、名雲さんはグラスをかかげる事で応えた。      

「沢と親しいらしいな」

「そのごたごた絡みで、ちょっと。あいつ一度出てったのに、また戻ってきやがった。何があったんだか」

「長野で少し揉めたんだ。俺もそこにいたから、あいつの気持ちはよく分かる」

 塩田さんはそれを尋ねようとせず、名雲さんも何も言わない。


「他の連中はどうした。愛想の無いのと、うしゃうしゃ笑うの。後、可愛い顔してる子供」

「舞地さんと、池上さん。それに、柳君です。名前覚えてくださいよ」

「ああ。「渡り鳥」。あちこちの学校を渡り歩く、アシスタントスタッフか。前いたんだ、この学校にも」

 交錯する二人の視線。

 一瞬熱い物をはらみ、感情が高まっていく。

「お前達は大丈夫だと思うが、一応な」

「分かってくれればいい。もしそういう連中が来たら、俺達に知らせてくれ」

「身内の事は自分達で処理するって?身内っていう言い方も、腹が立つ話か」

「外から見れば、どっちも同じさ。行き先を間違えるかどうかの違いだけで」

 自嘲ですらない、薄い微笑み。

 名雲さんは私の肩に軽く触れ、手を振った。

「今日は世話になったな。その内、礼をさせてもらう」

「私はそういうつもりで……」

「分かってる」

 もう一度手を振り、ドアへと去っていく。

 私はその背中に小さく手を振り、グラスを手の中で転がした。

「最近、あいつと仲良いって聞いたぞ」

「連合代表としての質問ですか。疑問点があるのでしたら、これまでの経緯をレポートにして提出しますけど」

「つっかかるな。お前も分かってるだろうけど、あいつはその辺にいる格好良い男とは訳が違う。俺達とは、違う世界で生きてきた人間だ。それだけは、頭に入れておけ」

 助言、忠告。

 そうではなくて、単純に私を気遣っているだけだろう。

 その気持ちは嬉しい。

 ただ、素直に受け入れられる訳でもない。

「不満そうだな」

「私みたいに、心の中でも覗きました?」

「そんなの、顔を見れば分かる。雪野達もあの連中と親しいらしいが、深入りするなら覚悟をしておけ」

「塩田さんの、過去の経験から?」

「ああ。例えどれだけ良い連中でも、基本的には「渡り鳥」なんだ」

 私は思わず、グラスを強く握りしめていた。

 自分でそれに気付き、赤くなった指をそっとさする。

「差別してるんじゃない。腕が立つ連中だからこそ、背負ってる物も大きい。下手に関わると、後で辛くなるぞ」

「別れって事ですか」

「それもある。でも本当に問題なのは、連中の過去に関わった時さ。お前達に、それを受け止める事が出来るのかどうか。その時は身に危険が及ぶ場合だって、十分に考えらえる」

「あの人達は、それ程重い過去を背負っているとは思いません」

 断言は出来ないが、言い訳っぽく答える。

「だけどお前は、あいつ等の全部を知ってる訳じゃない。心は覗けても、過去を遡るなんて出来ないから」

「私達に、彼等から離れろって言いたいんですか。塩田さんだって、沢さんと付き合ってるじゃないですか。あの人は、フリーガーディアンなんですよね。それなら、舞地さん達と同じですよ」

「だから俺達は、それなりの危険や重さを背負ってる」

 塩田さんの精悍な顔が翳る。

 人の心の中にある、暗い闇の部分によって。


「……お前らをそんな目に合わせるはず無いと、俺も思ってる。それでも、最低限の覚悟だけはしておけよ」

「心配性なんですね」

「先輩だからな。浦田だけなら俺も心配はしないが、雪野は相手を信用し過ぎる。その保険に元野をって考えたんだよ」

「御指名、恐れ入ります。でも、私はあの子達の保護者じゃありません」

 目付きを鋭くして、塩田さんを睨み上げる。

 今日はこんなのばかりだ。

「目付き悪いな、そんなのどこで覚えた。とにかく、今の話はよく考えておけ」

「はい。塩田さんも内緒にしている話を、早く教えて下さいね」

「そう来たか」

 鼻を鳴らし、私に背を向ける。

「ここは、俺が……」

「名雲さんが、もう払ってくれてます」

「へっ。そういう連中なんだ、「渡り鳥」ってのは」

 よく分からないが、文句を言う塩田さん。

「それと、もう一つ言う事がある」

「何です」

「最近、I棟におかしな奴がいるらしい。何でもガーディアンに絡むんだと」

「前期に、そんな人達がいたそうですね。でもそれは、ユウ達が何とかしたって聞いてますよ」

 塩田さんは首を振り、面白くなさそうに笑った。

「オフィスに殴り込む程、度胸のある奴じゃない。言葉通り、絡んでくるんだ。言い掛かりって言えばいいのかな」

「無視すればいいじゃないですか」

「お前はそれで済むさ。でも雪野とか、さっきの名雲か。あいつらは、それで収まる連中じゃないだろ」

 確かにそうだ。

「そうですけど、さっきも言ったように」

「保護者じゃないって?でもお前が、雪野達に面倒を見てもらう事もあるんじゃないか」

「ええ……」

 微かに頷く。

「それに、あいつらの世話をしろって訳じゃない。お前もそういう連中に気を付けろって事だ」

「あ、はい」

「前遠野にも言ったが、お前も少しは自分の事を考えろよ」

 鼻先に指を立て、歩み去っていく塩田さん。 

「後輩の世話ばかり焼いている人には、言われたくないです」      

 その呟きが聞こえたのかどうか。

 私は最後の一杯を飲み干し、グラスを静かに置いた。

 自分の事を、考えながら。









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