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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第36話
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36-8






     36-8




 食事を終えて教室に戻ると、全員帰り支度を始めていた。

 理由は簡単で、私の端末にも送信されてきた「午後から休校」の連絡。


 いくらこのクラスだけ授業が行われていようと、それは例外。

 全体を見れば授業どころか学校の体制が揺らいでいる状態。

 むしろ学校に生徒を留めておく方が問題だという判断だろう。

「帰るの?」

「帰らなくてどうするの?」

 小首を傾げて聞いてくる髪全体にウェーブのかかったお嬢様風の女の子。

 そう返されると私も困る。

「雪野さんこそ帰らないの」

「帰るのかな」

「帰るんでしょ」

 笑い気味に答える前髪にウェーブを掛けた優しげな顔立ちの子。

 すでに彼女はリュックを背負ったところ。

 後は教室を出て行くだけだ。

「帰ったら」

「どうして」

「学校や生徒会と揉めるのはいいけど。生徒もいない教職員も帰った。残ったのは雪野さん一人。で、どうするの」

「どうするんだろうね」

 処置無しといった様子で首を振る清楚な顔立ちの眼鏡っ娘。

 すでにクラスメートの半数は教室を後にしていて、彼女達も浮き足だっている感じ。

 ただし本来は授業があった時間なので、予定は入っていないはずだ。

「暇なんだよね」

「やる事は無いけど。無意味に学校へ残る程でもないと思う」

「だったら、ちょっと来て。話を聞きたい」




 彼女達をJ棟のオフィスまで連れてくる。

 私は手を引かれていたので、正確には連れてこられたんだけど。

「ここが秘密基地?」

「誰もいないじゃない」

「雪野さんの幻なんでしょ」

 言いたい放題だな、この子達。

 というか、私は慕われてたり恐れられてるんじゃなかったのか。

 それはともかく、本題を聞くか。

「まず一つ。今の学校をどう思う?」

「良くは無いわね。でも、ここまでこじれたらそう簡単には解決しないでしょ」

 冷静に返してくるお嬢様風の子。

 それに頷く後の二人。

「一応自治の回復と授業の続行を目標にしてるんだけど、それは?」

「悪くは無いと思うわよ。ただ、今の話のように混乱してるじゃない。そう簡単に行くかしら」

 多少言いにくそうに告げる、優しい顔立ちの子。

 後の二人は、やはり頷く。

「もう一つ。私達、つまり旧連合の組織が独断で行動する事に批判があるんだけど」

「それはあるでしょ。仲間内だけで好き放題やってるじゃない」

 ストレートに突きつけてくる眼鏡っ娘。 

 ちょっとショックを覚える言葉だが、彼女達の立場は一般生徒寄り。

 その意見は、一般生徒の考えに近いはずだ。


「ただし」

 注釈をつける眼鏡っ娘。

「批判してるのは、ごく一部でしょ。始めたのは雪野さん達なんだし、行動してたのもそうなんだから。気にする必要は無いんじゃなくて」

「そうかな?」

「気にしてもいいんだけどね」

「どっちなのよ」

「ちょっと真面目な話をしようか」

 リュックから取り出されるルーズリーフ。 

 その中央に書かれる学校という文字。

 彼女はそれを大きな丸で囲い、丸の中の端に連合やSDCと書き出した。


「つまりどの組織にしろ、学校の中にいる訳じゃない。生徒会にしろ、何かの同好会にしろ。その意味では仲間じゃないの」

「仲間。……仲間だから、文句を言ってる子達とも一緒に行動しろって事?」

「理屈としては。私は関わってないから、好きに言えるんだけど」

 ペンをしまい、肩をすくめる眼鏡っ娘。

 お嬢様風の子はルーズリーフの上に指をなぞらせ、文字の間をすり抜けさせていった。

「それと私達みたいに、特定の組織に属さなかったり肩入れしない人もいる。委員会も組織は組織だけど、立場や心情は一般の生徒と変わらないから。そういった人達をどうするかよね。大抵連合には同情的で、この前の件もあってそのムードは良くなってるとは思うけど。即連合を支持するとまでは、まだつながりきれてないから」

 冷静な分析。

 そして聞くに値するだけの言葉。


 サトミにしろモトちゃんにしろ、彼女達は指示を出す側。

 勿論一般生徒の事を考えてはいるが、彼らそのものではない。

 それは立場上仕方ないし、全く同じ目線になる必要も無いんだけど。

 ただ彼女が言うように、学校にいるのは大多数がその一般生徒。

 私達の行動も大げさに言えば、彼らのためにやっている。

 だったらその意見をより受け止めるのも大切だと思い、話を聞いてみた。

 極端にサトミと違いはせず、ただ気負いは感じない。

 どちらかと言えば受身の姿勢。

 自分達で行動するという言葉は出てこないし、そうでないからこそ一般の生徒なんだろうけど。


「目は大丈夫なの?サングラスになってるけど」

 心配げに聞いてくる優しげな顔立ちの子。

 特に問題ないと告げ、サングラスに変えて失敗だったかとも思う。

 周りに余計な気を遣わせすぎているように思えるから。

 ただし目を開けるにはこちらの方が楽で、どちらを取るかの問題でもあるが。

「私達は従うだけの立場から、あれこれ言う資格は」

「……や、違う」

「何が」

「席は空いてる。いつでも座れる」

 何の話だという顔の三人。

 それに構わず、ルーズリーフをめくり丸を書く。

「ここが連合、ここがSDC。ここが生徒会。今集まっている人達の席順。で、ここに傭兵や渡り鳥がいてここは一般生徒が座る予定って言ってた」

「だから」 

 逃げ腰の三人。

 体を這うようにして彼女達の前へと回り込み、ドアを背にする。

「そういうヒロイン体質じゃないのよ、私達は」

「私だって、別にヒロイン体質じゃないよ」

「それには疑問があるけど、また今度」

 あくまでも逃げようとするお嬢様風の子。

 その腕を掴み、握る手に力を込める。


 私の力などたかがしれていて、何より無理やり参加させる事ではない。

 だけど自分の思い、この気持ちは分かって欲しかった。

 言葉にはならない部分を。 

 私の胸の中を。

「……本当に、役に立たないわよ」

「大丈夫。私は、何一つ役に立ってない」

「言い切らないでよ。それで、私達はどうすればいいの」

「会合があれば、サトミか誰かから連絡が行くはず。後は好きにしてて」

「好きには出来ないのよ」

 後ろから頭をはたかれる感覚。

 振り向くと、サトミが穏やかに微笑んでいた。

「協力ありがとう。私達も至らないところばかりだけど、手伝ってもらえると助かるわ」

 なにやら殊勝な事を言い出すサトミ。

 しかしこういう事を、一度でも私に言った事はあるのかな。


「何」

「いや、別に。それで、どうするの」

「北地区南地区の件も合わせて、一度意見を聞くわ。まだ学校に残ってる生徒もいるだろうし、暇なら寮から戻ってくるでしょ。とりあえず、講堂を抑える」

 端末で使用許可を取るサトミ。

 今の私達に許可が下りるのかと思ったが、あっさりと許しが出たらしい。

「押さえ込むのが学校も苦しくなってきたのよ。勿論こちらも、暴れたり騒いだりしないのが前提だけど。暴発するよりコントロール出来る範囲でって事ね」

「ふーん。良くわかんないけど、私は用も無いでしょ」

「とりあえず、ショウと遊んでなさい。三人はこっちに。状況を説明するから」

「結局秘書が欲しかったんじゃなくて」

 文句を言いつつ消える三人。

 よく考えれば彼女達はクラスメートで、言うなれば身内。

 そこをまた突かれる可能性もありそうだ。




 とりあえずやる事は無くなったので、机に伏せる。

 気付くと目の負担はかなり軽減されていて、サングラスの効果はそれなりにあった様子。

 後は、前向きな姿勢がいいのかもしれない。

 内にこもるのは、当たり前だが精神的に沈んでくる。

 結果ストレスもたまり、目への負担が増える事となる。


 とはいえ無意味に騒いでも良くなりはしないし、むしろ疲れて負担になるだけ。

 とにかく無理をせず、出来る事を少しずつやっていこう。

「講堂を見回ってきて。丹下さんの所から何人か行ってるけど、二人もお願い」

 書類の束を抱えながらそう言ってくるモトちゃん。

 講堂で具体的に何をするのかは知らないが、人が集まれば不測の事態も考えられる。

 私もここで寝ている場合じゃないな。

「分かった。ショウ、行こう」

「ああ」




 講堂の大きな玄関を守っているのは、武装したガーディアン。

 いや。ガーディアンかと思ったら、北川さんだった。

 彼女も広い範囲で考えればガーディアンだが、現場に出る立場ではないと思う。

「何してるの」

「警備の人手が足りないのよ」

「多分、北川さんの仕事じゃないと思うよ」

「部屋にこもるのも少し飽きたの。外はやっぱり気持ちいいわね」

 大きく伸びをして、ヘルメットのシールドを上げる北川さん。

 こちらはいつも外へ出ているので、そんなものかなと思うくらい。

 こもりっぱなしだと、息が詰まるのは同感だけど。

「北川さん、困るな」

 警棒を担ぎ、笑い気味に現れる七尾君。

 その後ろからは沙紀ちゃんも。

 彼らは全員北地区で、同級生。

 その絆は言ってみれば、私とサトミ達のようなものだろう。


 語らなくても分かり合える関係。

 心から信頼しあえる仲間。

 その形やつながり方は違っていても、心の中は同じだと思う。

「ここは私達で固めるから、優ちゃん達は中を確かめてきて」

「分かった。寒くなったら代わるから」

「お願い」

 私へ手を振るのもそこそこに、3人で楽しげに話す沙紀ちゃん達。

 彼らは全員生徒会の幹部であり、生徒会ガーディアンズの幹部。

 七尾君はまだしも沙紀ちゃんも現場に出る機会は少なかったはずで、自然に気分も高揚するのかもしれない。 

 冬の空に吸い込まれていく笑い声を聞きながら、私達は彼らが守る玄関をくぐった。




 広いロビーを抜け、脇にある階段を上がって二階へ向かう。

 すれ違うガーディアン達に挨拶をしながら廊下を進み、適当なところでドアをくぐる。

 まだ殆ど人のいない講堂内。

 いるのは警備中のガーディアンと、壇上で配置を指示している小牧さんとその仲間くらい。

 一見したところ問題は無く、また照明も暗めにしてあるため近くしか見えていない。

「何やるって言ってたっけ」

「よく分からんが、なんでも話し合うんじゃないのか」

「余計揉めるような気がするけどな」

 何か題材を決めているのならともかく、集まってくる人すら特定の団体や組織ではない。

 それぞれが好きな事を言い合い、単に意見の押し付け合いになるような気もする。

 そうならないだけの目論見は、サトミ達にはあるんだろうけど。

 私はそうなった場合を考え、もう少し見回りを続けよう。


 少し背伸び。

 それに意味は無いが、そこで何となく壇上に狙いを定める。

「ゴム弾とかボウガンって、ここから壇上に届く?」

「倒す目的なら、ちょっと遠いな」

「だよね」

 前進して、より壇上へと近付いていく。

 私達が歩いているのは、二階の廊下。

 以前は壇上に並ぶ側だったけど、今回は人数も増えたから私で頭数を揃える必要もない。

 何よりあそこに座るのは相当のストレスで、出来るだけ避けたい行為。

 今は少し気楽なポジションに置かせてもらうとしよう。

「このくらいの距離でも、痛いと思うくらいかな」

 ショウが立ったのは、二階席の一番壇上に近い端。

 小牧さんの表情が読み取れる距離ではあるが、彼の言うようにあの銃から発射される威力は知れたもの。

 至近距離ならともかく、これだけ離れていたらテニスボールを子供にぶつけられたくらいの感覚だと思う。

「とりあえずここに何人か配置するとして、やっぱり舞台袖か最前列だろ」

「なるほどね」

 面倒なので、ワイヤーを使って降下。

 すでに目への負担は感じず、回復期に入ったのを理解する。

 薬品を浴びる前に戻る訳ではないが、日常生活には支障が無いレベル。

 サングラスから眼鏡に替え、改めて壇上を確認する。

 壇上の真下は照明。 

 これで接近を防ぐと共に、盗撮といった馬鹿げた行為も防ぐ。

 仮にそんな人間がいれば、腕のニ三本は折らせてもらうが。


 今度は観客席の最前列へ移動。

 そこから壇上を見上げる。

「飛び越えられる?」

「棒高跳びの要領でなら可能だけど、棒を持ち込む時点で多分止められるぞ」

「確かにね」

 試しにスティックを伸ばして、照明の間に差込み床を踏み切る。

 そのまま伸々で宙を舞い、反ひねりで壇上に着地。 

 出来ない事は無いが、この間にガーディアンが殺到して取り押さえられる。

「現実的じゃないね」

「……あなたの行為が?」

 呆れ気味に話し掛けてくる小牧さん。 

 そんなひどい事をしたとは思えないが、わざわざやる事でもなかったか。

「目の調子が悪いんって聞いたけど」

「だいぶ治った。とりあえず、私も警備するから」

「あら。席も用意したのに」

「そこは3つ空けといて。代わりを連れてくる」

 例の3人組を生贄に差出し、壇上から観客席を見る。


 今はこちらが明るく観客席側が暗いため、すぐ側にいるショウの姿がどうにか見えるくらい。

 緊張する人にはこういう照明でもいいが、安全上は全体の明るさを均等にしたい。

「観客席側も明かりは付けるよね」

「ええ。今は誰もいないから落としてるだけ」

「袖も確認しようか。ショウ、回り込んできて」


 端末で彼が到着する時間を確認。

 小走り程度なら、プロテクターをはめる余裕があるくらい。

 当然袖は最もガーディアンを配置するので、たやすく突破は出来もしない。

「具体的に何をやるの?」

「前みたいな連合対生徒会ではなくて、自由な質疑応答。ある程度の混乱は覚悟済み。発言時間以外は特に制限を設けず、自由に話してもらう」

「余計混乱するような気もするんだけど」

「それはやってみないと分からないわよ。マイクチェックするから、玲阿君下がって」

 観客席に向かって放られる小さな端末。

 ショウはそれを受け取り、後ろ向きのまま下がりだした。

「……問題ないみたいね」

「警備で不安な箇所とかある?」

「壇上にはガーディアンも並ぶし、心配しすぎじゃない」

「そうかな」

 本当に不安を抱いていないのか、それとも私達に任せるという事か。


 どちらにしろ私はそこまで楽観的にはなれず、袖から袖へゆっくりと歩く。

 今回の集会は学校が黙認しているとはいえ、いわば反体制派の集まり。

 妨害を前提で考えた方が良い。

「信用出来ない?」

「学校を?」

「生徒をよ」

 突きつけられる鋭い質問。

 出来ると言えればどれだけ楽かと思う。

 だけど今までの経緯。

 私達へ向けられていた敵意や、実際の暴力は現に存在した。

 忘れたくても忘れられない事もある。

 甘い感情だけで、ここへ集まる人を危険な目に遭わせたくはない。



 やがて少しずつ生徒が入ってきて、後ろの方から席を埋め始める。

 後ろや二階が埋まると必然的に前の方へ流れ出し、それでも最前列付近は空いたまま。

 そこへ座る事を制限はしていないが、今日はフリートークの集会。

 壇上に近い位置は、それだけ発言に関わる可能性もある。

 話は聞きたくても、好き好んで目立ちたい人はあまりいない様子。

 結果として前の方は、いかにもといった感じの生徒会関係者が占めていく。

 こうなるのを予想してゆっくり来たのかもしれないが、そういう余裕が多少気にならなくも無い。

 今でこそ私達の相手は執行委員会であり学校。

 ただ中等部の頃は、明確に生徒会だった。

 良い思い出は殆ど無く、殺伐とした出来事ばかりが脳裏をよぎる。


 観客席側にも明かりが灯り、壇上に用意された席へも生徒が並び出す。

 現れたのはモトちゃんや黒沢さん。

 つまりは旧連合と、それに賛同する人達。

 北川さんもプロテクターを外しつつ、モトちゃんの隣へ付く。

「では席もほぼ埋まったようなので、始めたいと思います」

 舞台の袖辺りから、マイクを使ってそう宣言する小牧さん。

 まばらに拍手が起こる程度で、それ以外の反応はない。

 ただ空気が濃いというか、独特の熱気をはらんでいるようには感じる。

 それをあえて押さえ込んでいるような感じで、きっかけさえあれば一気に噴出して来るかもしれない。

「今回の集会は特にテーマを設けず、自由に話し合おうと思います。壇上に旧連合の方々が並んでいますが、あくまでも便宜上の事。始めは彼らへの質疑応答から始めますが、テーマは設けないので自由に発言して下さい。ただし発言時間は厳守するように。では、どなたかありますか?」

 その呼びかけと同時に最前列へ座っていた、三つ編みの女の子が手を上げる。


 生真面目そうで、今まで冗談を言った事も無いという顔。

 彼女はマイクを受け取ると、その視線をモトちゃん達へと定めた。

「元野さんにご質問します。皆さんの目的とその理由をお聞かせください」

「目的は自治の回復と秩序の維持。そして授業を受ける体制を整える事。理由は言うまでも無く、私達が生徒だから。この場合は、草薙高校の生徒だからと付け加えさせて頂きます」

 台詞自体は、執行委員会と大差ない。

 違うのは冒頭の、生徒の自治という言葉。

 私達はこれを前提にし、学校はこれを剥奪した上で進めようとしている。

 目指す方向自体はもしかしたら同じなのかもしれないが、その過程や行き着く先は違うと思う。

「では、もう一つ。皆さんは旧連合の方が多数を占めていますが、その理由は」

「生徒会規則が改正され、連合が解体されたのはご承知だと思います。その後我々は学校へ異議を申し立てると共に、規則改正に付いても異議を申し立てていました。その際中心となったメンバーです」

「みたところ、南地区の人ばかりですが」

 ようやく本題に入る話。


 生徒達もどよめきつつ、一気に関心を高めていく。

 どうやらこの話は比較的有名というか、よく言われている事なんだと今更気付く。

 私は当事者でもあるので、北地区も南地区も関係なくただ仲間だとだけ思っていた。

 だけど学内全体としてみれば、身内で固まっているようにしか見えていないのかもしれない。

 ただ、それを非難される覚えは一切無いが。



 モトちゃんはゆっくり頷いて間を取り、机に肘を付いて身を乗り出した。

「これは同じ答えの繰り返しになりますが、規則改正に異議を申し立てたメンバーが旧連合の関係者。そして旧連合は元々、南地区出身の生徒が多いのはご承知だと思います。北地区に、連合は存在しないので」

「北地区を排除してるのでは?」

「連合には北地区の方もいらっしゃいますし、規則改正反対を唱える方もいます。ただ当時の組織内で主要なポストを占めていたのは南地区の人間です」

 その言葉に、ほら見ろといった顔をする女子生徒。


 私達が組織を私的に運用し、今の立場を気付いたとでも言わんばかりの。

 これにはついスティックに手が伸び、呼吸が浅くなる。

 だったら私達が学校や執行委員会と戦っている間、誰が手を差し伸べてくれたのか。

 助けてくれたのは、ごく一部の知り合いだけ。

 だから私達は身内で固まるしかなかった。

 参加を申し出た生徒はいなかったし、むしろ近付いてすら来なかった。

 それを流れが私達に向き始めているからといって、今頃言われては話にならない。


 そういう私の怒りとは逆に、至って落ち着いた表情を見せるモトちゃん。

 彼女は姿勢をただし、静かに話を続けた。

「今言ったのは、旧連合組織内の話です。当時それに異論を唱える人はいなかったし、私達は自警局の傘下にあった。特に優遇された記憶もありません」

「それは」

「また連合解体後私達は他の方の参加を拒みませんでしたが、特に参加者は現れませんでした。それに付いてはどうお考えですか」

 逆に切り返すモトちゃん。

 女子生徒が押し黙ったところで、彼女は柔らかく笑い自分の左右を手で示した。

「ただここに並んでいる方々は、以前から私達に協力をしてくれています。彼女達の大半は北地区であり、もしくは転入組。学校外生徒の方もいます。ただ組織を私物化しているように思われるのなら、それは私達の不徳の致す限りです」

 頭を下げるモトちゃん。

 女子生徒はそれ以上質問をせず、うなだれ気味に席へ付いた。


 ただ多少はやり込めたが、いまいち弱いというか言われた言葉程は返していない。

 私からすれば叫び出して怒鳴りたいくらいの心境で、今頃虫の良い事ばかりを言われても困る。

 権利を独占するとか手柄を自分の物だけにするという事ではない。

 名誉も権限も別に欲しくは無い。

 評価されたくてやってきた訳でもない。

 私達は学校のため、生徒のためという思いを持って戦ってきた部分もある。

 だけどその生徒がこんな事を思っていたのなら、私達がやってきた事はなんだったのかと思ってしまう。



「では、次はどなたか。……どうぞ」

 彼女の隣に移るマイク。

 マイクを手にしたのは、神経質そうな感じの男子生徒。

 彼はやや聞き取りにくい声で、しかも早口で話し始めた。

「結局ヒーローを気取りたかっただけじゃないんですか。でもって、それに酔ってるとか」

 相当挑発的な台詞。

 講堂内がどよめき出し、ガーディアンがインカムで細かく連絡を取り合う。

 私もスティックに手をかけるが、視線は観客席より今発言した生徒へと向けてしまう。

 以前から良く言われる、ヒーロー気取りという言葉。

 私達が独断で行動する事への反発。


 言いたい事は分かるが、だったらどうして自分達は何もしなかったのかと問いたい。

 失敗すれば非難され、成功してもこう言われる。

 だったら私達はどうすれば良いのかと聞いてみたくなる。

「落ち着けよ」

 隣にいたショウが、そっと私の肩に触れる。

 その手は激しく上下する肩に合せて動く。

 私もそれを見て、自分の状態を確認する。

 確かに、それもそうか。


 深呼吸して息を整え、軽く体を動かす。

 男子生徒の言葉が聞こえなくなり、気持ちも少しずつだが落ち着いてくる。

 ここで苛立っていても仕方なく、文句があるなら私も手を上げればいいだけ。

 その意味では、私も都合のいい場所に身を置いているとも言える。

 何より批判をされるのは、今に始まった事ではない。

 そうして中等部の頃から、周りからは好きなように言われていた。

 でしゃばるな、目立つな、生徒会の言う事だけを聞いていろと。

 それに従わず行動していたのは、自分達が正しいと信じていたから。

 批判をされても処分を受けても、それでも貫くだけの理由があったから。

 周りの声を気にした事はあっても、屈した事は無い。


 そう。この光景は、何も今に始まった事でもない。

 形を変え、場所を変え、私がずっと過ぎてきた道。

 決して良い道には見えないが、間違ったところを歩いてきたとも思わない。

 だからこそ私は、憤りを感じながらもここにいる。

 自分を信じているから。

 言うまでも無く仲間を。



 どうにか気持ちが収まり、男の長話も終わりに差し掛かった。

 よくモトちゃんは我慢して聞いているなと思いながら、視線を周りへ向ける。

 よく見るとあちこちで、生徒同士が激しい口調で言い合っている。

 止めに入ろうかと迷うくらいの勢いで、それも一箇所や二箇所ではない。

「……七尾君?……外よりも中に配置して。……ええ、お願い。一回そっちへ行く」

「外へ出るのか」

「混乱させて、外から仕掛けてくるかもしれない。念のためにね」

 激しい言い合いを背中に受けながら、廊下を駆け抜け外に出る。



 廊下に溢れる生徒達。

 中でのやり取りは端末やスピーカーから流れて来るので、ここは席があるかないかの違いだけ。

 ただ広いロビーを生徒が埋め尽くし、かろうじて外へ出られるだけの細い隙間が出来ている。

 中へ人達を待機させる場所でもあるのでロビー自体はかなり広く、玄関のドアも同様。

 それでも生徒がこれでもかという程溢れ、やはりここでも激しく言い合っている。


 ただ言い合っているのは、取っ組み合いには発展しそうに無い人達が多い。

 ケンカをしているというより、純粋に意見をぶつけ合っているようだ。

 玄関の大きな扉は開けっ放しだが、外の冷たい風も生徒達の熱気を冷ますには至らない。

 むしろこの場にいると、その熱気でこっちも熱くなるくらい。

「外、外に出よう。ここは熱い」

 狭い隙間を掻き分け、どうにか講堂の外へ出る。


 ここにもやはり生徒が集まっていて、たださすがに講堂の中よりは生徒同士の距離はある。

 変わらないのは激しい言い合い。

 そして言い合っている生徒が、ごく普通の子達という印象。

 議論好きのタイプや、相手を脅すようなタイプではない。

 普段は大人しく、意見を求められても曖昧に笑って答えないような子達。

 それが今は顔を赤くして、激しく手を動かして話している。

 もしかして他のクラスでは、こういう事が起きていたのかもしれないな。




 講堂を振り返ると、玄関の階段に七尾君が腰を下ろしてこっちに手を振っていた。

 ヘルメットは被っていなく、プロテクターは寒さ避けといった感じ。

 ただしバトンは手の届く位置にあり、生徒達の間をガーディアンが巡回している。

 ひとたび何かあれば講堂と外を遮断出来る場所で、見た目程は気を抜いていないようだ。

「熱いな、みんな」

 のんきに笑い、バトンを引き寄せる七尾君。

 それをショウに突きつけ、彼が掴んだところでバトンをたぐって立ち上がる。

「熱いって何が」

「熱気だよ、熱気。この数日、こんな感じだけどね」

「私たちのクラスは、至って普通だったよ」

「雪野さんは普段から熱いから、燃え上がる必要もないんだろ」

 人を薪ストーブみたいに言ってくれるな、この人は。

 つまり元々熱いから、今更この熱気には浮かされないという事か。


「で、何に燃え上げてるの。みんなは」

「学校への不満でもあり、生徒会への不満でもあり、SDCへの不満でもある。勿論、連合への不満もある」

「何それ」

「誰だって言いたい事の一つや二つはあるさ。でも、そういう事を言える空気が最近はなかった。で、この前のデモ騒ぎ。学校の狙い通り混乱はしたけど、ちょっと方向性が変わったという訳」

 私の頭にペットボトルの当たったのが、そんなに流れを変える事とは思えない。


 言ってみれば頭に当たって倒れただけ。

 それ以上でもないし、それ以下でもない。

 怪我もしていないし、少しスカートが汚れた程度。

「私の頭に当たったくらいで、何が起きるっていうの?」

「それは俺も良く分からないけどね。元野さんや遠野さんともまた違う事を、みんなは雪野さんに期待してるんじゃないの」

「期待されるような事は出来ないんだけど」

 私に出来るのはサトミ達を守る事くらい。

 今はそれすらも危うく、自分の身すら守れていない。

 そんな私に何を期待するのかと思う。

「元野さんはリーダーで、遠野さんは憧れ。雪野さんは希望ってところじゃないの」

「漠然として過ぎて分からないんだけど」

「多分、誰も分かってないよ。だから、いいんじゃないのかな」 

 禅問答みたいな事を言い出すな。




 結局何一つ理解出来ず、その間に日は傾き風も冷たくなってきた。

 正直外にいるのは辛く、じっとしていると足の下から寒くなる。

「これは、いつ終わるの?」

「終わらないだろ」

「え」

「終了予定時刻なんて聞いてないし、集まるのも変えるのも自由意志。警備担当だから、一応最後まで残るけどね」

 そう言って、バトンを担ぐ七尾君。

 彼の決意、この集会への思いは伝わってきた。


 ただ、少しの疑問は残らなくもない。

「あのさ。私達も責任者なの?」

「俺が総責任者だとしたら、副責任者くらいの立場じゃないのかな」

「それって、私?それともショウ?」

「どっちもだろ」

 あっさりと答える七尾君。

 目の間が暗くなったのは、日が陰ってきた訳でも体調のせいでもないだろう。

 ちょっと汗が出てきたな。

「雪野さんは女の子だし、帰っても良いよ。目の事もあるし」

「本当?後で文句言われない?南地区はやっぱりとか」

「そういう奴がいれば、俺が……と言いたいけど。玲阿君がどうにかしてくれるんじゃないの」

 苦笑気味に指摘する七尾君。


 ショウは私を風からかばうように立っているだけ。

 私には何も言わず、悟らせようともせず。

 体は冷える一方だけど、彼の思いはただ暖かい。

「それと、北地区がどうこうって言ってるのはごく一部。気にしなくても良いと思うけどな」

「本当にそう思う?」

「少なくとも、俺はね。そういう腹にためてる事もここで吐き出せば良いんじゃないの」

「腹に、ね。七尾君もためてるの?」

 その質問に一瞬彼の目付きが鋭くなり、口元が引き締められる。

 私が見た事のない厳しい表情。

 ただしそれは一瞬で、今は普段通りの落ち着いた顔付きに戻っている。

「俺の場合は、先輩達の仇を討つ事かな」

「先輩って」

「右動さんや河合さん達。別に南地区へって事じゃなくて、学校に対してさ」

 初めて聞く、仇という言葉。


 彼等は退学や転校という形で、この学校を後にしている。

 北地区で残っているのは風間さんや阿川君達だが、もう少し言葉は続くような気がする。

 人の名前、と言うべきか。

「端的に言えば、峰山さんと小泉さんの事かな。あの二人が学校を去った事は忘れないし、忘れる気もない。学校と戦って、その結果二人はここを去った。逆恨みでも何でも、俺はそのためにここにいる」

 はっきりと言い切る七尾君。

 彼がここまで自分の内心を語るのも珍しく、これも周りの熱気に当てられたせいだろうか。

「二人はないの、何か言いたい事とか」

「私は別に。普段から言いたい事は言ってるし」

「なるほどね。玲阿君は」

「俺も別に」

 苦笑気味に答えるショウ。


 ためているストレスは多分私の非ではないはず。

 学校ではサトミ達に責められ、家ではお父さん達に責められ。

 気の休まる場所など彼にはどこにも無いのではと思うくらい。

 しかし不平や不満を口にする事はあまりない。

 ある時突然爆発した記憶もない。

 今も特段何かを言いそうには見えないし、実際何も言いはしない。

「ストイックというか、苦労する性格だね」

「別に、苦労はしてない」

 多少むくれるショウだが、苦労してるのは確か。

 少なくとも、気楽な人生は送ってないはずだ。

「酒でも飲む?」

「警備するんだろ」

「本当に真面目だな。学校最強にしては」

 バトンを担ぎ直し、階段を下りて歩き出す七尾君。

 彼はそのまま生徒の間をすり抜け、どこかへと消えた。

「何だったの、一体」

「ここの警備をしろって意味じゃないのか」

「え」

 多分彼にそういう意図は無いと思うが、ここを守る人がいなくなったのは確か。

 外にも中にも人が溢れている今、ここを警備する理由があるかは知らないが。




 さすがに寒いので、玄関のドアを閉めてロビーに入る。

 隅には小さいながらも警備本部のような場所があり、ガーディアンが並んでいるその周囲には生徒達も近付かない。

 生徒達の姿は、二階の窓から差し込む夕日に照らされ薄い赤に彩られる。

 彼等の熱気を形にするかのように。

「これって、いつ終わるの?」 

 そう話し掛けると、沙紀ちゃんがインカムを外して近付いてきた。

 ポニーテールの黒髪が鼻先を過ぎ、何とも良い香りが漂ってくる。

 こういうのを見ると、ロングヘアに憧れを抱く。

 私が似合うかどうかはともかくとして。

「もう終わるわよ。使用時間も来てるし、いつまでも残っていても仕方ないでしょ」

「良かった」

「一度、元野さんに確認するわね。……ええ、時間。……はい、了解。良いみたい。……全員撤収準備開始。正門までの通路を確保」

 沙紀ちゃんの指示と共に、周りにいたガーディアンが講堂の玄関とロビーの奥にあるドアを確保。

 すぐにロビー内へ、大勢の人が通れるだけのスペースが確保される。

「優ちゃん達は、一度中の様子を見て」

「分かった」


 階段を上り、廊下を歩いて二階席のドアを開ける。

 中の雰囲気は、講堂の外と同じ。

 生徒同士の話し合いは続いているが、先程までのつかみ合いになりそうな迫力はない。

 雰囲気は落ち着き、それでも熱気自体は保たれている。

 壇上には大勢の生徒が立っていて、サトミ達の姿はその中にかろうじて見える。

「では、今日はこれで解散します。お疲れ様でした」

 モトちゃんの声が講堂内にに響き、生徒達は整然と通路へ向かう。

 それをガーディアンが誘導し、講堂から人が消えていく。


 やがて壇上にはサトミ達と北川さん達だけが残り、彼等は笑顔で握手を交わす。

 声は聞こえなくても分かる彼等の絆。

 立場も歩んできた道も違うけど、目指す所。

 進む道は同じ。

 その事を、彼女達は改めて確かめ合えたのかも知れない。



 講堂内の無事を確認し、外へ出る。

 正門までの通路に灯る街灯。

 その下を歩いていく大勢の生徒達。

 高揚の名残を残した赤い顔。

 途切れない会話。

 夜風は冷たく、立ち止まっていると凍えそうなくらい。

 ガーディアン達はそれでも街灯の下に立ち、去っていく生徒を見送っている。

 星の瞬きは遙か遠く、夜空は綺麗に澄み渡る。


 やがて生徒の列が途切れ、最後と思われる集団が正門を抜ける。

 その後からサトミや北川さんが現れ、改めて握手を交わす。

「お疲れ様」

「こちらこそ」

 短いやりとり。

 それだけで分かり合えるという表情。

 こうして、語らなくても分かる事もある。 

 語らなければ分からない事もある。

 例えば今日の集会のように。

 ああして熱く語り合っていた人達も、お互いの顔も知らない同士だったかもしれない。

 それとも、もしかすれば敵対しているような関係の場合もあっただろう。 


 だけど今日という日をきっかけに、少しでも何かが変わればいい。

 相手の立場を考え、理解しようと努め、尊重し合う。

 今日という一日は、振り返れば一瞬で。 

 だけど彼等には、この日を忘れないで欲しい。

 思いをぶつけ合い、語った時を。

 例え何の成果もなかったとしても、そうして過ごした時がどれだけ大切かを。

「さてと。そろそろ見回りに行くか」

「え」

「さっき、言わなかった?」

 笑い気味に尋ねてくる七尾君。

 聞いたは聞いたが、それは出来れば忘れたい思い出の方だ。

「俺は旧クラブハウスの方に行くから、雪野さん達は一般教棟の方を」

「あ、うん」

「なんか出そうだなー、今日は」

 怖い事を言いつつ暗闇に消えていく背中。

 私なら、出来るだけそういう考えを排除していくんだけどな。



 出来るだけショウに寄り添い、一般教棟の間を抜ける通路を歩く。

 ここは街灯も多いし、道も開けているので怖い事はそれ程無い。

 あくまでも、それ程は。

 サーチライトを左手に、スティックを右手に持って慎重に進む。

「別に誰が残っていようと関係ないんじゃないの」

「さっきの気分のままだと、ガラスを割ったりする生徒が出るかも知れないのよ」

「割ってどうするの」

「若さゆえの憤りじゃなくて」

 少し恥ずかしい言い方で答えるモトちゃん。

 ケイなら、ガラス業者と結託してるくらい言うところが。

「……いたぞ」

「お化け、じゃないよね」

「足はある」

「足がないのは幽霊よ」

 下らない指摘をして、サーチライトをショウが指を向けた方向へ照らす。

 しかしすでに人影は見えず、それと今の私では暗がりだと殆ど見えないのも同じ事だ。

「とりあえず追おう」



 先を行くショウの裾を掴み、足元をサーチライトで照らす。

 通路から外れた所で足元はコンクリートから芝へと変わる。

 踏み応えはこっちの方が心地良いけど、街灯は遠ざかり街路樹の枝振りが妙に不安感をかき立てる。

 やがて地面は雑草が増え始め、膝の辺りまで生い茂っている。

 ショウにスティックを渡して足元の雑草を掻き分けてもらうが、出来れば昼間でも来たくないような場所。

 この先は多分教棟の裏手に出るはずで、何の用かと思ってしまう。

「止めた方が良いんじゃなくて。多分、かなり馬鹿馬鹿しいわよ」

「そうね」

 サトミの指摘にすぐ応じるモトちゃん。

 その台詞を受けて、私も少し考える。


 夜の学校。

 人気のない教棟の裏。

 通路から消えた二人組。

 確かに、追い掛けるのは止めた方が良さそうだ。

「もう遅いらしい」

 苦笑して行く手をスティックで示すショウ。

 サーチライトをそちらへ振ると、制服姿の男女が無愛想な顔でこちらを睨んでいた。

 暗闇の中で目だけが光り、あまり楽しい気はしない。

「なんだ、お前ら」

「邪魔しないでよ」

 本当、彼等の言う通り。

 さっさと帰ってお風呂にでも入りたい。

「子供は早く帰れ」

「それとも、羨ましくて追いかけてきた?」

 そんな訳あるかかと心の中で答え、鼻を鳴らす。

 こちらからライトを当てているので、私がどういう表情をしているかは殆ど見えていないだろう。

「ちょっと」

 顔色を変えて前に出かけたショウを押しとどめ、後ろに下げる。

 私のために怒ってくれるのは良いけど、何もこんな連中のために彼の拳がある訳ではない。

 例えそれが、殴るためだとしても。


 しかしせっかくの気分が台無しで、来なければ良かったという思いは強い。

 多分さっきの集会に参加していればこんな事をする訳はなく、多分それとは別系統。

 何となく学校を怪我されるようで、その意味でも気分が悪い。


「羨ましいのはどっちなの?」

 くすくす笑いながら、ショウの腕にしがみつくモトちゃん。

 サトミも反対側の腕に抱きつき、彼の頬を撫でて胸元に顔を寄せた。

「な、なに?」

 サーチライトの光に照らされる美少女二人の姿。

 そしてその中央に見えるのは、モデルもかくやという美少年。

 男の表情から力が抜けていくのも仕方ない。

「何しろこの体でしょ。一人くらいじゃ我慢出来ないのよ」

「出来ないのかしら?」

 喉元で笑い、頬から耳へ指をなぞらせるサトミ。

 前髪が切れ長の瞳を覆い、その瞳が濃い色を帯びる。

「その、帰ります」

「あら、良いのよ。あなた達が先にいたんだから」

「いえ、失礼しました」

 消え入りそうな声でそう答え、背を丸めて去っていく男。

 女がヒステリックな声を上げて追い掛けるが、男の姿はすでに無い。

 美少女二人に囲まれる美少年。

 かたや自分の相手は化粧の濃さだけが目立つ女で、自分自身もぱっとしたところは別いない。

 私が彼の立場なら一週間は立ち直れない。

「はしゃぎすぎじゃないの」

「良いじゃない、このくらい」

「誰も困らないでしょ」

 嬌声を上げて、ショウにしだれかかる二人。

 その間ショウは身じろぎ一つせず固まったまま。

 彼がこの状態では、私も責めるに責められない。


 ただしいつもの二人らしくはない行為。

 そしてはしゃぎ方。

 これもまた、さっきの集会。

 生徒達の熱に当てられたのかも知れない。

 冷静な彼女達の心をも浮き立たせた今日という一日。

 誰にとっても特別な、大切な一日。

 きっと永遠に忘れない。

 心を熱く燃やす。

 私の心も、違う意味では燃えているが。  













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