36-7
36-7
二人の手を借りて寮の部屋へと戻り、服を着替える。
いや。その前にお風呂へ入るか。
「お風呂、お風呂」
「世話の焼ける子ね。サトミお願い」
「ええ」
すぐ横で聞こえる、ベッドへ倒れる音。
熱が出た後なので、モトちゃんはお風呂どころではないらしい。
手早く服を脱ぎ、バスルームに入ってシャワーを浴びる。
でもってボディーソープで体を洗い、頭も洗って顔も洗う。
最後にもう一度シャワーを浴び、浴槽に浸かって息を付く。
「一人で入れるじゃない」
ドアの辺りから、反響して聞こえるサトミの言葉。
確かに今のところ彼女の手は借りてなかったか。
「万が一とも思ってね。一緒に入らないの」
「そんなには広くないでしょ」
「この壁、汚れてない?」
なんか、小姑みたいな事を言い出すな。
「さあ。私は見えてないから」
「そういう問題ではないでしょ。洗剤は」
「脱衣所の棚に入ってないかな。ブラシはその辺にあると思う」
少しして足音が戻ってきて、なにやらがたがた音がし出した。
この人、私がお風呂に入ってるって分かってるのかな。
「寒いんだけど」
「薬品中毒になったらどうするの」
一体何を使おうとしてるんだか。
とにかく、ここは早く出た方がいいな。
「私はもう出るよ」
「体を良く拭いて」
言葉はそこから、下へと流れる。
咄嗟にタオルをを前へ振り、それでサトミの手首を絡める。
そのまま勢いよく引き上げ、浴槽の縁をもう片手で掴む。
どうにか転倒は免れ、ただバケツくらいはひっくり返したらしい。
「……私も入る」
「壁はどうするの」
「壁なんて、汚れてたっていいじゃない」
なんだ、それ。
頭からバスタオルを被り、そのまま部屋へと入ってくる。
何も見えないが、元々目は閉じているのでそれほどは変わらない。
という事でもなく、顔に風が感じないと周囲の状況が掴みにくい。
目が見えない分、皮膚感覚がその代わりを務めてくれているらしい。
「悲鳴が聞こえたけど、大丈夫?」
「どうにかね」
サトミが転んだなどと言うとお風呂から這い上がってきそうなので、適当にごまかす。
何にしろ、無事でよかったという事はあるが。
「お茶飲む?」
「少しはじっとしてて。それとお茶はあるから」
「そう」
ちょこりとベッドサイドに座り、手探りでポットを探す。
次はマグカップ。
インスタントコーヒーはこれで、砂糖がこっちか。
「私がやるから」
「自分でも出来るんだけどね」
「見てるこっちが怖いのよ」
何て言ってる口から悲鳴。
ポットが傾いたのをすぐに支え、つんのめったモトちゃんの腕を引いてベッドに戻す。
「大丈夫?」
「頭は打たなかった」
暗に他の打ったと伝えてくるモトちゃん。
それでも頭から熱湯を被るよりはましだと思って欲しい。
「今思ったんだけどさ。二人とも見えてるの?」
「見えてる」
低い声で返してくるモトちゃん。
ただし見えて無くても動けなくては同じ事。
これだとどっちが大丈夫かという話だな。
「いいや。ちょっと、ジュース買って来る」
「私が行くわよ」
「いいから。モトちゃんはサトミの面倒見てて」
疲労と目が見えないとのどちらか大変かといえば、多分見えない方だと思う。
ただ全く見えていない訳ではなく、それにここは女子寮。
ある程度勝手は分かってるので、自宅や寮の自室程ではないが自由に動ける。
何より、得体の知れない健康ドリンクを買ってこられるのが一番困る。
「えーと。どれだ」
さすがに自販機の前では目を開け、リンゴ炭酸のボタンを押す。
ノンカロリーのものもあるが、今日は少し贅沢にリンゴ100%。
カロリーは高いが、その分味は最高。
これなくして、女子寮の生活は語れない。
何て言う程、大げさな話でもないが。
背後に気配を感じ、スティックを正眼に構えて壁を背にする。
敵意と言うほどでもないが、決して友好的な空気でもなかったので。
「私です」
やや甲高い上品な声。
多分矢加部さんで、最近やけに話し掛けてくるな。
「元野さんの具合はいかがですか」
「問題ないよ。疲れただけだって」
「彼女はあなた方の要。よくいたわってあげて下さい」
「私も目が見えてないんだけどね」
これには全く答えない矢加部さん。
さっきの気配の時点で、スティックを振り下ろせばよかったな。
「あなた達、仲良かったの」
穏やかでこちらの心が和むような声質。
これは多分石井さんか。
「別に、良くはありません」
はっきり言い切る矢加部さん。
ここまで言われると、むしろ清々しいな。
「まあ、いいんだけどね。ああ、二人とも南地区か」
「何か問題でも」
「多少クレームが来ててね。あなた達の組織が、南地区主導じゃないかって」
「北川さんも沙紀ちゃんも北地区じゃないですか。それに現場は七尾君が最高責任者で、むしろ北地区の方が多いくらいですよ」
「それは表面上の話でしょ。中核となる旧連合、つまり元野さんの周りには誰がいるかって話」
苦笑気味に指摘する石井さん。
それは私達だが、そこは北地区も南地区も関係ない話だ。
「私はこの辺で」
「あら。つれないのね」
「そういう話は興味がありませんし、私は仲間ではないので」
なんかすごい事を言い残して去っていく矢加部さん。
まあ、仲間だと言い切られるよりはましだけどね。
ただ矢加部さんが去ったからと言って、私の怒りが消えた訳では無い。
「それに小牧さんや舞地さん達は、北地区でも南地区でもないんですよそこはどうなんですか」
「私が言ってる訳じゃないのよ」
「誰が言ってるんですか、だったら」
一気に怒りがピークに達した気分。
今更こういう話を聞かされるとは思わなかった。
取り繕って仲良くしろとまでは言わないが、仲間内で揉めている場合でもないはず。
それを言うのなら私だって矢加部さんと一緒に行動するのは気が進まないが、お互いをそれを越える目的で行動をしている。
何よりどの勢力がとか、誰が得をしているという状況ではないはずだ。
「そう思わない、神代さん」
「見えてるの」
「違った?」
「いや。私だけど」
戸惑い気味に認める神代さん。
人の接近は足音や息遣い、空気の動き。
相手の特定は呼吸のペースや香り。
誰もを理解出来る訳ではないが、知り合いなら大体は見当が付く。
そして彼女も北地区でもなければ南地区でもないが、組織の中核にいる。
「違う、渡瀬さん」
「私も雪野さんには賛成なんですけどね。世の中、良い人ばかりや物分りのいい人ばかりではないようですよ」
「知り合いなの?」
「いえ。聞いた話だと、生徒会のメンバーみたいですね。地区の問題もあるけど、連合に頭を越されたのが気に食わないらしいです」
その言葉に、一層怒りが込み上げてくる。
私達は目立ちたいとか主導権を取りたくて今の組織を作った訳ではない。
誰も行動しないから、出来なかったからこその決断。
特に今回の混乱の原因は、言うまでもなく生徒会にも大きな責任がある。
彼らが執行委員会にブレーキを掛けていれば学校の介入も防げたし、ここまでの事にはなっていなかったはず。
それを今更、誰が上だとか誰が仕切るという問題ではない。
「そんなに言うのなら、自分達でやればいいじゃない」
「そういう事は言わないの。あなた達の実績は誰もが認めてるし、今となってはあなた達抜きでは話が進まないんだから」
「それは石井さんの意見であって、異議を唱えててる人の意見ではないですよね」
「まあ、ね。余計な事言っちゃったかな」
「全然余計じゃありません。みんなが何を考えてるか良く分かりました」
まとまろう、一致団結してやっていこうという人達がいる。
一方で未だに、誰が上だという事にこだわる人もいる。
まだ、この時点でそれに気付いてよかったと言うべきだ。
そうでも思わないと、とてもじゃないがやっていられない。
「誰なんです、その文句を言ってるのは」
「あなたの知らない人達よ。例えば、生徒会各局の幹部とか。執行委員会には付きたくないけど、旧連合の下につくのも面白くない。地区の事はそれをごまかすカムフラージュね。元々生徒会の幹部は、北地区が多いから」
「だったら、北地区主導じゃないですか」
スティックで床を突き、強く握り締める。
お風呂上りの気持ちよさはすっかり消えうせ、感じるのは不快感のみ。
馬鹿馬鹿しくなって、何もかもを投げ出してしまいたくなる気分。
しかし石井さんの言うように、今更逃げる事は許されないだろう。
私一人下がるのはともかく、モトちゃん達の上に生徒会の幹部が横滑りしたとして生徒が支持をするかどうか。
私が考えても、それは無理がある。
「少し落ち着いたら」
「今の話を聞いて、落ち着けと」
「そのジュースを、まず飲みなさい」
「飲みますけどね」
プルトップを開け、口を付けてリンゴ炭酸を喉へと流し込む。
程よい酸味と炭酸の感覚。
甘酸っぱさが口全体に広がり、鼻へリンゴのいい香りが抜けていく。
「あー」
「何、それ」
「え、何が」
「いや。こっちの話。それで、気分は」
少しは良くなったと思う。
いや。かなり良くなった。
人間、やっぱり甘い物を口にするとかなり違うな。
もしくは、私は。
「この件は明日改めて、元野さん達に報告するから。あなたは短慮を起こさないでよ」
「今から襲うとか思ってるんですか。そんな真似はしませんよ」
「そう願うわ。じゃあ、また明日」
小さくなっていく足音。
それが消えたと同時にスティックをゆっくり前に出して、横へ振る。
「あれ、気付いてた?」
「音は、ずっとその位置からしか聞こえてません」
つまり石井さんはその場で足踏みをして、音を小さくしていただけ。
このくらいで引っかかるようなら、とても外を出歩けはしない。
「雪野さんはそういう事も負担になるんだから、止めてください」
少し怖い声を出して石井さんをたしなめる渡瀬さん。
そして神代さんは私の肩を後ろからそっと抱いてくれる。
彼女達は北地区出身であり、学外からの転入生。
それでもこうして私を気遣い慕ってくれる。
どこ出身であるとか、どこに所属していたかは関係ない。
私達はお互いを理解しあい、信頼している。
それが出来さえすれば、何も問題は無い。
「ごめんなさい」
素直に謝る石井さん。
もしかしてこの事を伝えたかったのかとも思ったが、彼女がそこまで語る事は無い。
今度こそ足音は遠ざかり、やがてその音は完全に聞こえなくなる。
「雪野さん、大丈夫ですか」
「ん、平気。とりあえず、部屋までお願い」
「はい」
素直に返事をして私を支えてくれる二人。
頼る事の心地よさ。
それに応えてくれる人がいる事の喜び。
その大切さを、今一度噛み締める。
朝。
腕時計で確認すると、起きるには早い時間。
外を走るにはちょうどいいが、今は走るどころか歩くのもやっと。
もう一度布団に潜り込み、目を閉じて眠りに付く。
何が気持ち良いと言って、二度寝は堪えられないな。
「ん」
もぞもぞと動く足元。
なにやら生温かく気持ちいい。
ぼんやりした意識の中それに抱きつき、悲鳴を上げられる。
「な、何?」
それにはこっちが飛び起き、ベッドから転げ落ちそうになる。
でもってそっち側にも生暖かい塊があって、その塊が床へ落ちた。
「……朝からふざけてるの」
床から聞こえるモトちゃんの声。
壁際からは、刺すような視線が飛んでくる。
どうやら昨日は、一緒に寝たらしい。
「だってサトミが叫ぶから」
「冷たいのよ。とりあえず、口を拭いて」
「体は暖かいじゃない」
「口を拭いてと言ってるの」
無慈悲に突きつけられるティッシュの束。
叫ばれる程ひどい事とも思えないが、よだれが垂れていたのも確か。
それを拭いて、丸めてゴミ箱へと放る。
「ちゃんと捨て……」
それ以上は続かないサトミの言葉。
どうやらティッシュは、ゴミ箱へ上手く収まったようだ。
「まだ寝てていいんでしょ」
「いいわよ。私達はもう出かけるけど」
「まだ早いんじゃないの」
「色々と準備もあるの。学校は一緒に行けないから、誰か頼む?」
「渡瀬さん達がいるから、連絡してみる。一人でも大丈夫だけどね」
最後の方は自分でも殆ど記憶が無く、気付いたら服を着替えていた。
二度寝しても、次に目が覚めればさながら一瞬の出来事だ。
とりあえず部屋を出て、スティックを頼りに玄関へ向かう。
コースさえ決めれば危ない事はあまり無く、無事に玄関へ到着。
大勢の人の気配を感じつつ、立ち止まれそうな場所をそれとなく探す。
ただこれだけの人数がいると気配も何も無く、音も振動も入り乱れるので感覚が乱されがち。
集中するならともかく、寝起きでは余計に感覚が働かない。
「雪野さん、こっちに」
渡瀬さんの声に反応し、後ろへ下がる。
そのまま手が握られ、彼女だと改めて理解する。
「元野さんから連絡があったので」
「ごめんね」
「私は全然。憧れの雪野先輩と一緒に登校出来るんですから」
冗談っぽく言って笑う渡瀬さん。
気分は一層軽くなり、鼻歌でも歌いたいくらい。
本当に、人間とは現金なものだ。
もしくは、私が。
「時間、いいの」
なにやら生真面目な事を言い出す神代さん。
ただそれは最もで、腕時計で時間を確認。
私のペースを考えれば、そろそろ出かけた方がいいだろう。
「ではみなさん、学校へ行きますので。よろしくお願いします」
「よろしくー」
渡瀬さんの言葉に、一斉に返って来る返事。
普段よりも数が多く、声も甲高い感じ。
「どういう事?」
「知り合いにも声を掛けたので。一人より二人、二人より三人ですよね」
そういう問題なのかは分からないが、彼女が頼りになるのは良く分かった。
もう少し暴走機関車型と思っていたが、それはどうやら違ったらしい。
仲間が一人減ったという気はするが。
私の事を考えてか、周囲に人の気配は少ない。
すぐ側にいるのは渡瀬さんと神代さんだけ。
後の子は私達を取り巻いてはいるが、距離はかなり空いている。
これで外部からの私への接近は防げるし、至近距離で負担を掛ける事も無い。
そういう配慮がただ嬉しい。
正門に到着するが、以前のように制服着用を呼びかける声は聞こえてこない。
代わって雰囲気は一気に冷え込み、自然と会話も無くなっていく。
前なら学校へ入る前までの、かろうじてあった活気。
良くも悪くもそれは彼らが演出をしていた。
でも今はそれすらなく、憂鬱な空気が辺りにたれこめる。
「警備員はいる?」
「ぞろぞろと。トンファー持ってますね。ただ、特に何もしてはきません」
「分かった。そのまま正門をくぐって」
「了解」
声を掛けられる事も無く正門を突破。
やや拍子抜けだが、それは私の感想。
武装した大人が列をなして立っていれば、大抵は萎縮する。
生徒には決していい影響は与えないし、何より無言で立っているのが不気味。
怒鳴る訳でもなく、呼び止めもしない。
ただ無言で立ち尽くし、プレッシャーを与えてくる。
何をするのか分からないというのが、もしかすると一番効果的なのかもしれない。
「ここまででいいよ。教室までは、一人で大丈夫だから」
「無理をしなくても」
「本当、大丈夫。今日はありがとう」
「いえ。いつでも声を掛けて下さいね」
手の平に感じる少し力強い感覚。
私も軽く握り返し、その気持ちに応える。
彼女の思いやり、優しさ。
そのつながりを確かめる。
「神代さんはいいの」
「一つ聞きたいんだけど」
少し真剣な口調。
私も姿勢をただし、彼女に向き直って言葉を待つ。
「本当に、どこ出身とかどこに所属してたとか気にしてない?」
「私はね。その文句を言ってくる連中は知らないけど」
「私は外から来た人間だから良く分かるんだけど。多分先輩達がまとまりすぎてるのが気に食わないんじゃないかな。何もかもが、先輩達の意見で決められると思ってるんじゃないの」
思わず反論しそうになるが、多分その指摘は間違っていない。
ただしそれは間違っているのか。悪い事なのかと問いたくもなる。
友達と一緒に行動し、思いを共にした結果が今の私達。
それまで否定されるのは、私にとっては我慢出来ない。
「あたしは先輩達に近い立場にいるからそうは思ってないんだけど。遠くから見てると、先輩達の独断で進むんじゃないかって不安もあると思うよ」
「独断って、私達は自分達の利益のためにやってる訳じゃないんだけど」
「世の中、なんにでも文句をつけたがる人がいるんだよ。そういう事もあるって、気にしておいて」
教室で、神代さんの話を思い返す。
言いたい事は分かったが、やはり納得は出来ない。
それは大げさに言えば、私達という存在自体の否定。
確かに仲間内で集まっているのは確かだが、それは連合が母体になっているから。
今では北川さんや沙紀ちゃん達もいて、私達の独断で物事が決まる事は無い。
ただ彼女が言っていたように、外部から見ればそうは思えないんだろう。
教室にサトミもモトちゃんの姿は無く、そのまま目を閉じて机に伏せる。
石井さんの話と神代さんの話。
神代さんの話は、まだ分からなくも無い。
ただ石井さんの話は、そういう考え方をする人間がいるのかと思う程度。
共感なんて絶対出来ないし、それは私達という存在の否定ですらある。
冷静になったつもりだったが、少し思い出すと怒りが込み上げてくる。
誰も好き好んで今の立場になった訳ではないし、今私達が恵まれているかといえば決してそうでもない。
旧連合時代の手当ては全部停止しているし、奨学金の一部も止められている。
何より退学前提で事を進めていて、学校も隙さえあればそれを狙っているはず。
身の危険を感じたのも一度や二度ではなく、大きな傷を負った人もいる。
表面上は生徒を率いる立場に見え、またそのポジションを私達が独占しているように思えるのかもしれない。
ただ内実は全く違うし、私達のリーダーであるモトちゃんも独断で物事を決めはしない。
それは私達に諮るという事だけではなく、今までだって北川さんや矢加部さん達と意見の調整を続けていた。
それをまるで私達が学校を支配しているように思われてはたまったものではない。
「へろー、子猫ちゃん」
朝から相当にふざけた。
もしくは、相当に馬鹿げた台詞。
「へろー、子犬ちゃん」
「馬鹿じゃないの。何それ」
おい、それはないだろう。
とりあえず、スティックのスタンガンを作動させておくか。
「冗談よ、冗談。目の調子はどう?」
「眩しいから閉じてるだけ。見えない訳じゃないよ。それより、何しに来たの。もうすぐ授業だよ」
「とんだのんきちゃんね」
子猫だのんきだと、たまにはもう少し良い例え方をして欲しい。
池上さんは私の頭をもぞもぞ揉み出し、耳に息を吹きかけてきた。
「ちょっと」
「授業なんて言ってるの、多分雪ちゃんくらいよ。例のデモ騒ぎ、どうも尾を引いてるみたいね」
「昨日は授業をやってたけど」
「それはこのクラスだけじゃないの。私が知る限り、殆どのクラスは授業どころじゃなかったって聞いてる」
「それはいい事なの?」
「学生としては褒められるんだろうけど。相当に浮いてるのは間違いないわね」
確かに。
ただそれだけこのクラスは秩序が保たれている事の証であり、統率が取れているのはモトちゃんやサトミがいるからだろう。
「おはよう」
「へろー。相変わらず格好いいわね」
「誰が」
すごい事を言ってくるショウ。
この子が格好良くないなら、世の中の人全員は鏡を叩き割る羽目になる。
「真面目に学校へ来て授業を受けて。何が楽しい訳」
「それが普通の生徒じゃないの」
「普通の生徒が、学校に楯突くの」
「自治じゃないの、自治」
こっちはまだ半分寝ているので、いまいち池上さんのペースに付いていけない。
それ以前に、起きていても彼女と議論して勝てるとも思えないが。
「本当、能天気スターね」
「他の言い方は無いの」
「じゃあ、お花畑のヒロインは」
「もういい。早くしないとHRが……。始まらない?」
「さあ。このクラスだけでも授業が行われるのなら、真面目な教師は来るんじゃないかしら」
「不真面目な教師も来るんじゃないの」
バインダーは振ってこなく、どうやら1時間目は村井先生ではないらしい。
代わりに初老の男性教師がやってきて、席に付くよう促した。
「ほら。普通にHRをやる気だよ」
「ここがおかしいんだって。この教室だけ次元が切り離されてない?」
「だったら、他の教室に行ってみようか」
「雪ちゃん達がいるって時点で、相手も警戒するからどうかしら」
それなら、私達がいる所ではずっと真面目に授業が行われるという事か。
勿論いい事ではあるけど、何か嫌だな。
「とにかく、頑張って」
「何を」
「さあ。私は少し寝る」
後ろから聞こえる彼女の呼吸音。
どうも、開いている私の後ろへ座ったらしい。
「今の話、どう思う?」
「真面目に勉強しろって事じゃないのか」
随分立派な答えが返ってきたな。
私の聞きたい事とは少しずれているが。
警備員も教室には入ってこず、淡々と公民の授業が進められる。
昨日も警備員が来たのは初めだけ。
教室内だけを取れば、それきり姿は見ていない。
つまりこの教室内は、今までと変わらない。
「現在の国連安保理常任理事国は」
不意に質問を振る教師。
押し黙り、気配を消そうとする生徒達。
この光景は多分、100年前から変わってないと思う。
「では、そこの見慣れない女の子」
「北米、ロシア、中華連邦、EU、インド、ブラジル、エジプト、エチオピア、日本」
簡単に並び連ねていく池上さん。
教師はすぐに正解だと告げ、彼女を褒める。
「かつては安保理が強大な権限を持っていましたが、現在重要事項については全加盟国で構成される国連総会の多数決で決定されるケースも増えています。つまり少数の大国で国際社会を牛耳る方向から、より広範な意見を取り入れようという事ですね。ただそれでも多数派工作も行われていますし、議論が長引くという弊害も指摘されています。時には強大なリーダーシップも必要で、安保理が未だに影響力を行使出来るのもそういった期待があるからです」
半分寝ている頭に入ってくる教師の台詞。
全体に諮るよりも、一部で意志を決定した方が混乱している時は早く対処出来るという部分は理解出来た。
迅速さを取るか、公平性の高い方法を取るか。
ケースバイケースと言ってしまえばそれまでで、ただ私達も独裁的に物事を決めている訳ではない。
それに学校全体からの意見を集約する方法もなければ、それこそ時間もない。
「ただ国際紛争に関して国連は一定の抑止力調停力はあるものの、完全ではありません。あくまでも各国の意志を決定するのはそれぞれの政府ですから。EUのように全世界が政治統合、経済統合されるのはまだ100年は掛かるでしょうね。またEUでも西欧と東欧の対立が存在し、決して一枚岩ではありません」
どこかで聞いたような話。
私達の場合は西と東ではなく、北と南だが。
また、対立している訳ではない。
そうやって、私が思い込みたいだけかも知れないが。
「人が人である以上争いは絶えないという考え方もあります。有史以来、人の歴史は戦いの歴史。そうなぞらえる人もいるくらいですから。実際現代社会においても紛争は絶えず、第3次世界大戦は記憶に新しい所。種としての変化がない限り争いは無くならないとの意見もありますが」
授業が終わったので、筆記用具をリュックに入れる。
やはり警備員の気配はなく、教室内は普段通り。
生徒の会話と笑い声。
教室を出て行く足音が警戒に響く。
「さながら陸の孤島ね」
「教室を移動するから、今度は違うかもよ」
「どうだか。サトミちゃん達は?」
「良く分からないけど、何かやってる」
「何をよ」という視線を感じだが、分からないって言ってるじゃないよ。
「仕方ないわね。このお姉さんにすがりなさい」
「そのために来てくれたの?」
「さて、どうかしら」
はっきりとは答えず、それでも私の手を取ってくれる池上さん。
私も素直にその手を握り、スティックを床に付けて歩き出す。
昨日から人に頼りっぱなしだけど、それは精神的な負担にはならない。
割り切れたのか、意識が変わったのか。
これが本当にいいとまでは思えないが、頑なに自分で何でもやろうとするよりはいいのかも知れない。
やってきたのは理科準備室。
そうと分かるのは薬品の香り。
医療部とはまた違う、神経に障る匂いとでも言おうか。
正直避けたい場所ではあるが、授業なら仕方ない。
「ケイもいないの?」
「浦田君も頑張ってるのよ」
「悪い事してるんじゃないの」
「それも含めてね。昔はこういうので火を起こしたなー」
突然詠嘆し出す池上さん。
おそらく机の上にあったバーナーの事を言ってるんだと思う。
「理科準備室に行って来いですって」
「それは俺が」
後ろを通り過ぎる気配。
一瞬鼓動が早まり、意識が薄れる。
その薄れた意識に浮かぶ記憶。
自然と手が目元を押さえ、浅い呼吸を繰り返す。
「大丈夫?」
「……ちょっとお茶」
事前に持ってきていたお茶を飲み、どうにか気持ちを落ち着ける。
顔から引いていた血の気が戻っていく感覚。
「大丈夫」
「無流して来なくてもいいんじゃなくて」
「まあね」
他のクラスで授業が行われていないのなら、律儀に出席する必要はない。
それに理科に関しては、すでに出席日数を満たしているはず。
休む事に問題はなく、目の事を申し出れば欠席にすらならないだろう。
池上さんの言うように、無理をする理由もない。
ただ私にも譲れない事、引けない事もある。
ここで意地を張るのに何の意味があるのかは分からない。
だけど、ここから逃げ出すことこそ問題だと思う。
「汗出てるわよ」
額にハンカチの触れる感覚。
頬は熱く、鼓動も呼吸も速いまま。
それでもそういった事を考えるくらいの意識は保っている。
「持ってきた」
机から伝わる振動。
当たり前だが触れはせず、むしろ距離を開けたいくらい。
「花の染色ですって。なんか、夢見がちな事をやるのね」
「難しいの?」
「維管束から水、養分を吸い上げる事の応用。つまりは染料を溶かした水に、花の茎を差しいれるだけ。この場合は生成された養分ではないから、師管は染まらず道管が染まるかどうかの検証を必要とするわ」
すらすらと出てくる説明。
とりあえず目を開けて、机の上を確認。
染色用のビーカーと、多分染料の入った瓶。
そして小さなまな板とナイフ。
後は、白い花。
「ハルジオン」
細長い花弁が多く、中央が黄色いめしべ。
春というイメージの強い花だが、早咲きか教材用の物だろう。
「外来種よね、この花って」
「そうなの?」
「基本的に、外来種の方が逞しいのよ」
確かに国産種よりも、外来種の方が自然界では幅を利かせている。
ただそれは考え方の違いで、力の強い外来種だけが生き残るから目立つのかも知れない。
中には日本に根付けず、消えていく物も多いはずだ。
「赤、青、黄色。あなた色に染めてって事かしら」
「意味が分からないんだけど」
「あなたは寝てなさい。私と玲阿君で楽しむから」
そういう言い方をされると気になるが、あまり目を開けたくはないしそれ程興味の引かれる事ではない。
頬杖を突き、周りから届く楽しげな会話を聞くとはなしに聞く。
普段と変わらない空気。
いつもと同じ過ごし方。
当たり前の、何も変化のない時の流れ。
それがずっと続くと思っていた。
だけどそれは、このクラスだけの話らしい。
他のクラスでは授業も行われていなく、学校は混乱状態。
平穏な日々という言葉とは程遠く、それは私も分かっている。
大袈裟に言えば、これはかりそめの静けさ。
虚構と呼ぶ人もいるだろう。
「いや、違う」
「何が。青の方が良かった?」
「何が」
「え」
頭上から感じる冷たい視線。
どうも知らない内に、何か口走っていたらしい。
「何が違うの」
「このクラスは間違ってない。ここが普通で、他がおかしい」
「理屈ではね。でもこの混乱の中で授業をやってる方がおかしいんじゃないの」
「違うね。それは絶対違う。生徒は授業を受けるために学校へ来てるんでしょ」
口をついて出る、どこかで聞いたような台詞。
理事長の常々口にしていた言葉。
私達のなすべき事とは何なのか、それに今更ながら気が付いた。
ただ気が付けば良いという訳ではなく、そのためには混乱を収拾する必要がある。
そして収集するためには、現体制を変える必要もある。
道筋としては結局代わりはない。
それでも、目指すべき道はより明確に見えたような気はする。
「分かった。分かった」
「何が」
「いや。分かんないけど」
「本格的に意味不明ね。熱でもあるの」
額に添えられる柔らかな手。
多分普段以上に熱はあり、体調もおかしいとは思う。
精神的なバランスを若干欠いているのも確かだろう。
だけど、今の考えが間違ってるとまでは思わない。
そう。間違ってはいない。
「緑、緑に染めて」
「はい?」
「草薙って言うくらいだから、緑じゃないの」
「緑?剣が緑?で、何が緑なの」
質問されても困るし、私だって分かってない。
草薙高校という名前は熱田神宮のご神体である、草薙の剣から来ている。
ただ彼女の言う通り、緑色ではない気もする。
「叢雲の剣でしょ。あれは草を薙ぐんだから、違うんじゃなくて。バッチとか無いの」
「校章?カードには確か」
ポケットを探り、学校のIDを取り出す。
ゆっくり目を開け、カードの左端を確認。
そこには銀色の剣と、それと交差する格好で稲穂が印刷されていた。
「少なくとも緑ではないわね。この学校のシンボルカラーって何」
「海が近いから、青じゃないの」
「今、緑って言ってなかった。青か」
紺色の瓶を手に取り、ガラス棒を伝わせてビーカーに注ぐ池上さん。
そこにハルジオンが挿され、実験は終わり。
後は染まるのを待つだけだ。
「そうだよ。分かった、やっと分かった」
「何が」
「自治を貫いて、維持してどうするかって事。学校から独立する訳でもないんだからさ」
「勉強、ね。それこそ熱でもあるんじゃなくて」
あまり乗ってこない池上さん。
確かに勉強をしたいかしたくないかと言えば、私もしたくはない。
ただ逃げ回って済む事ではないし、したくないのなら学校へ来る理由もない。
彼女の場合は渡り鳥だけど大学卒業資格も持っていたくらいなので、勉強に関しては私よりも熱心な部分もあるはずだ。
「卒業資格もあるんでしょ」
「勉強が好きな人なんてごく一部でしょ。大したスローガンにはならないと思うわよ」
「耳障りのいい事ばかり言っても仕方ないんじゃなくて」
「おおよそ雪ちゃんらしからぬ台詞ね。本当に熱があるんじゃないの」
そこまでおかしな事を言ったとは思えないが、普段の言動が余程ひどいんだろう。
ただこれは決して間違ってはいないし、否定される事ではない。
私達が求めているのは生徒の自治であって、単なるの自治ではない。
あくまでも生徒という但し書きが付く。
それは言うまでもなく、勉強する事と直結する。
「なんて舞い上がってるけど。玲阿君はどうなの」
「学生なんだから、当たり前じゃないのかな」
「聞いた相手が悪かった」
深くため息を付く池上さん。
しかし少なくとも仲間が一人いるのが分かっただけでも心強い。
それは決して自分の考えが独りよがりではない事の照明でもある。
何より、彼と思いを同じくしているのが嬉しかったりもする。
「勉強も良いんだけど。北地区と南地区が何かって話も聞いてるわよ」
「私達は別にポストを独占してる訳じゃないし、文句を言われる覚えはないんだけどね。大体池上さん達は、北地区でも南地区でも無いじゃない」
「それはそうなんだけど。仲間内で集まるのが気に入らないんじゃなくて。悪い悪くないは別にしてね」
冷静に指摘する池上さん。
彼女の言いたい事は、私も理解している。
ただこの組織が出来たのは、連合以外誰も学校と対峙しようとしなかったから。
そして当時の連合幹部がモトちゃん達で、彼女と行動を共にしたのが私達だけだったから。
後から私達が加わったのなら文句を言われても仕方ないが、決してそんな事はない。
「別に何か得してる訳でもないし、ショウは腕にナイフを刺されたんだよ。それでも、私達が悪いって言うの?」
「妬みや恨みは怖いのよ。あなた達が立派なら立派な程ね」
「じゃあ、どうしろっていうの」
「本当、大変よね」
人事のように言ってくれる池上さん。
いや。彼女はもうすぐ卒業で、その思いとは関係なく人事になってしまう。
こうしてアドバイスをしてくれる間にも、彼女との時は過ぎていく。
彼女と共に過ごした日々、受けた恩、思い出。
それに報いるためには、私も求めるばかりでは済まされない。
突然に何か出来る訳ではなく、それ以前にこちらはろくに目も開けられない。
それこそ教室から誰もいなくなって、残ってるのは自分一人だけになっても分からない。
まずは目を治し、少し落ち着くのが先だろう。
以前のサングラスに戻し、ゆっくりと目を開ける。
景色は暗くなるが、負担は減った。
見えているのはテーブルと食事。
和風セットが一皿減って置かれている。
「目に良いのって何かな」
「ザリガニだろ」
そう言って、エビフライを食べるショウ。
以前玲阿家で食べたのは美味しいかったが、そう手には入らないしやっぱりあれを食べるのは勇気がいる。
「いいや。デザートにブルーベリー食べよう」
「治す方法って無いのか」
「視神経を移植するっていうのはあるらしいけどね。まだ臨床実験の段階なんだって」
その処置を受ければ早く治る可能性もある。
ただ必ずではないし、絶対良くなるとも限らない。
何より視神経の移植なんて、どこをどうするのかと考えただけで逃げたくなる。
注射くらいなら我慢も出来るが、手術なんて冗談じゃない。
「とにかく、安定すれば良いんだって。……レバーとウナギ、ごまと豆か。後は、緑黄色野菜」
「バランスよく食べれば良いんじゃないのか」
なんか、栄養ドリンクのCMみたいな事を言い出した。
とにかく目の前の食事をショウの方へ押して、うな丼を持ってくる。
ふっくらした食感とこくのあるタレ。
間違いなく美味しいが、量を食べたい物でもない。
「もういいや」
「目に良いんだろ」
「少なくとも、私の体は求めてないみたい。やっぱり野菜にしよう」
さっきのトレイから野菜の煮物を取り戻し、それを一つずつ食べていく。
薄味で、やや生徒には不評なおかず。
そのため分量も少なめに設定されていて、私には丁度良い。
何より食べていると気分が落ち着き、軽くなっていく。
「肉を食べればいいと思うんだけどな。そういうのを食べないから、駄目なんじゃないのか」
「脂っこいのは、どうもね。豆腐食べよう。豆だし」
今度は冷や奴を頼み、醤油を掛けて薬味と一緒に口へと運ぶ。
あっさりとした食べ応えで、やはり気持ちが落ち着く。
「坊主じゃないんだし、そんなのでいいのか」
「別に血湧き肉躍っても仕方ないでしょ。……美味しいな」
最後はブルーベリーヨーグルトを食べて、幸せを噛みしめる。
何となく目もよく見えるようになった気もする。
即効性はないので、あくまでも気のせいに過ぎないが。
「サトミ達はご飯食べないのかな。というか、まだ何かやってるの?」
「授業どころじゃないんだろ」
ご飯にみそ汁を掛けて、犬食いをするショウ。
どうも身内が授業に出ないというのは気になるな。
J棟A-1オフィス。
その会議室で端末片手に書類を読み耽っているサトミ。
モトちゃんは歩きながらインカムに話し掛けていて、食事も取っていない様子。
この様子を見て、私が言える事は何もない。
「サングラスに戻したの?」
「ん、一時的にね。これなら、少しは目を開けてても負担にならないから」
「無理しない方が良いわよ」
あくまでも書類から目を離さないサトミ。
見ると食事の用意すらしていなく、これでは昨日休んだ意味がない。
「止め、一旦中止。全員手を止めて」
手を叩き、会議室にいた全員の作業を止めさせる。
視線が集まったところで改めて手を叩き、ドアを指さす。
「ご飯、ご飯食べてきて」
「それどころじゃ」
「食べないで何するっていうのよ。はい、行った」
文句を言いつつ会議室を出て行く生徒達。
なんか評判が悪いけど、気のせいか。
「サトミ達も。ほら、もう止めて」
「私達は忙しいのよ」
「また熱でも出たら大変でしょ。これ、持ってきた」
食堂で買ってきたお弁当とサンドイッチを机に並べる。
さすがに二人もお腹は空いていたらしく、書類を片付けて手を洗いに行った。
「本当に忙しいのよ、私達は」
「それはそれ、これはこれ。……ちょっと何してるの」
「食べるのは基本なんだろ」
黙々とおにぎりを食べ始めるショウ。
まあ、余るよりはいいけどね。
「とにかく授業は出来るだけ出る」
「どうして」
「私達は生徒だから。勉強するために、学校へ来てるから」
「熱でもあるの」
そういう言い方をされても困るが、多少唐突すぎたかも知れない。
私は干したブルーベリーを食べて、その酸味と甘みに頬を緩める。
「自治も良いけど、自治を貫いてどうするかって事じゃない。自治を貫くのは結果であって、目標ではないでしょ」
「考え方の違いだとは思うけど。それで」
「学校に来ている以上、勉強しないのはおかしいじゃない。違う?」
「違わないわよ。自治と授業を受ける事がどうつながるのかはともかく」
さすがに鋭いサトミ。
私が考えてないところへあっさりと辿り着く。
「とりあえずは、結びつけなくても良いんじゃないの。ユウが言ったように、自治は目標ではないんだから」
「そう?私は自治も目標の一つだと思うけど。少なくも現在は自治が確立されていないんだし」
「理屈は良いんだって。だったらどっちも目標にすればいいじゃない」
机を叩き、サトミの話を止めさせる。
何かすごい目で睨まれた気もするが、目が悪くて見えなかった事にしておこう。
「理屈や理論は任せる。とにかく、そういう事だから」
「アピールとしては悪くないけど。警備員の導入は、それを阻害してる原因だから。少し考えてみる」
「お願い」
何となく話がまとまり、サトミ達もご飯を食べ出す。
私一人では先に進まない事で、この先は彼女達に頼ればいい。
そう。私一人でやっている訳ではない。
その事実を一つ一つ確かめるのも、また大切な事だ。
仲間がいる事実。
彼等を頼る事が出来るという現実を。




