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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第36話
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36-5






     36-5




 G棟。生徒会ガーディアンズA-1オフィス。

 その会議室内に集まる、管理案撤回派の面々。

 大半が知った顔で、私も一応その末席に小さく座る。

 円卓上に並べられた机だが、配置は一応考えてあるらしい。

 3年生。つまり卒業する彼等は、円卓でも中央からは遠い位置。

 疎外という訳ではなく、これは後を私達に託したという彼等の意思の表れでもある。


 中央。

 大きなモニターを後ろに背負う場所に位置するのは、旧連合。

 そこから見て右に生徒会ガーディアンズ、左にSDC。

 生徒会ガーディアンズ側に生徒会関係者。

 SDCの横には、文科系クラブの参加者。

 ただ生徒関係者と文科系クラブの隣は3年生の座る場所まで空席がある。

「あれは」

「一般生徒用。それと」

「お待たせ」

 珍しくというべきか。

 制服姿で現れる池上さん。


 冗談で着ていたのは何度も見たかけたが、今日はそういう浮ついた雰囲気は感じられない。

 彼女なりの決意の現れと取っていいのだろうか。

「傭兵、渡り鳥が座る席よ」

「ふーん」

「ちょっと。私がここってどういう訳。この私に、誰がここへ座れっていうの」

 テーブルを叩き強硬に抗議する池上さん。 

 サトミは額を押さえ、沙紀ちゃん達に席をずれるよう促した。

「では池上さんは、モトの隣にお願いします」

「初めからそうしてよね」

「3年生ですし、学校外生徒ですので」

「そういう頑ななところが駄目なのよ。でも、そこがいいところ」

 どっちなんだ。

 大体自分はわがままを押し通しただけじゃないさ。

「真理依の席は」

「……一度席の配置をし直すので、全員立って下さい」

 引きつった笑みを浮かべつつ、そう宣言するサトミ。 


 池上さんはニコニコとして、一番中央の席へ座ってポインターを手にして遊んでいる。

「怒らせると、後で怖いよ」

「怒らす機会も何度も無いんだから、いいんじゃなくて」

 さりげなく。

 しかし重い言葉を口にする池上さん。

 勿論からかっていたり冗談でやっている部分もあるが、サトミが言うように。

 そして彼女が今言ったように、池上さん達が卒業するのも間近。

 一緒に過ごせる時間も決して多くは無い。

 ただしそれは池上さんの都合であって、私の都合ではない。

 少なくとも私は、最低後1年は彼女と同じ時を過ごすんだから。 

「どこでも、好きな所へ座ればいいじゃない」

 そう言った途端、刺すような目で振り返るサトミ。

 こういう経験を懐かしむ日なんて、とても来るとは思えない。



 どうにか席も決まり、全員が改めて着席する。

 椅子と椅子の間には若干のスペースが設けられ、そこへ改めて椅子を配置するのも可能。

 初めからこうすればよかったと思うんだけど、そこはサトミなりの美意識か美学があったんだろう。

「ほぼ集まったようなので、始めたいと思います。進行は私と小牧さんで行います」

 軽く起きる拍手。

 サトミはそれを手で静め、隣にいるモトちゃんに視線を向けた。

「今更では簡単にそれぞれの自己紹介をお願いします」

「元野智美。旧連合出身。一応、この集まりの代表をさせていただいています」

 ぱらぱらと起きる拍手。

 次にショウとケイが素っ気無く挨拶をして、私に順番が回ってくる。

「ああ、雪野優。旧連合出身です。よろしく」

 突然の大きな拍手。

 今までとはまるで違う、大げさに言えば熱狂的な。

 何故と思う間もなく、自己紹介の順番は沙紀ちゃん達に進んでいく。

「何よ、あれ」

「人気者なんだろ」

 皮肉っぽく笑うケイ。

 昨日の事を、まだ根に持ってるな。



「……以上ですね。では何か質問や疑問があれば、まずそれを承りますが」

 そう言って席を見渡す小牧さん。 

 特に反応がないと思ったところで、阿川君が不意に手を上げた。

 こういう場所で発言するタイプとは思えないので、やや意外な感じはする。

「どうぞ」

「君は傭兵だが、ここにいる理由は」

「ご心配なく。すでに契約は解除されています。私は期間ではなく、一日ごとの更新ですので」

「向こうとのつながりは」

「無論顔を合わせていたので関係が全て遮断された訳ではありません。ただ、私から彼等に何らかの意図を持って接触する事は無いとお考え下さい」

 特にそれ以上は語らない小牧さん。

 つまりは自分を信用しろという意味であり、その先は私達に委ねられる。

 上手いやり方でもあるし、やや卑怯な手と言えなくも無いが。

「分かった。君を信頼しよう。と言うほど、人間は出来てない。それを保証する証拠なり、証言をする人は」

「……私が保証いたします」

 手を上げたのは、矢加部さん。


 ここにいるのも意外なら、今手を上げたのもかなりの違和感を感じる。

 傭兵と財閥のお嬢様にどんな接点があるのかと思うが、情にほだされる人ではない。

 どちらにしろ、私の知らない部分でのつながりがあるんだろう。

「私では不服でしょうか」

「君は生徒会の人間だからね」

 意外に頑なな阿川君。

 ただし彼の発言は誰もが抱く考えであり、また口にしづらい事。

 その意味において、彼の発言は尊敬に値する。

「という事ですが、他にご意見のある方は」

 小牧さんに代わり、進行を受け持つサトミ。

 だったら私がと言いたいが、それこそ根拠の無い話。

 阿川君にあっさり却下されるのは目に見えている。

「固い事言うな」

 笑い気味の口調でそう言う風間さん。

 阿川君は鋭い視線を彼へ投げかけ、その言葉の続きを促した。

「雪野が言ってただろ。信じてるって。証拠だ何だと言っても、それに尽きるんじゃないのか」

「では、彼女達を信じろと」

「それは個々の自由さ。監視してもいいし調査したっていい。ただ雪野は信じるって言ったんだから、ここはそれに従おうぜ」

「では、雪野さん預かりと言う事で」 

 勝手に話をまとめる阿川君。


 今気付いたが、そこへ話を持っていくための出来レースじゃないだろうな。

 もしかするとこの先何かあるたびに、私に全部の責任が覆いかぶさってくるような気がして来た。

「陰謀じゃないの、これは」

「誰の、なんのための」

「分かんないけどさ」

「あなたは笑ってればそれでいいの。では、今の件に付いてはユウに一任させて頂きます」

 勝手に決めるサトミ。

 なんか騙されてるような気がするけど、大丈夫かな。

「では、他に質問のある方は。……丹下さんどうぞ」

「失礼します。質問というか確認ですが、決定事項は多数決で決めるのですか。それとも、元野さんの判断ですか」

「という事ですが。元野さん」

 小牧さんに話を振られ、姿勢を正すモトちゃん。

 少し表情も改まり、それへ釣られたように私達もより真剣に耳を傾ける。

「基本的には話し合い。多数決のスタイルもとらない。ただ意見が割れた場合、最終決定は私が下します。それに付いては従ってもらいますが、拒否をしても構いません。言うまでもなく、強制ではありません。ただし急を要する事態においては、各自の判断で決断してもらっても構いません。皆さんが間違った判断をするとは思いませんし、そういった人間はこの場にいないでしょうから」

「助かった」

「ただし問題があると私が判断した場合は、後日厳しく追及するのでよろしく」

 それこそ、厳しく釘を刺すモトちゃん。

 ケイは知らんという顔で、頬のガーゼを撫でている。

 本当に、ここまで懲りない人も珍しいな。


「分かりました。基本的には協議をして、最終的には元野さんの判断。ただしケースによっては、個別の決断も認めるという事ですね」

「ええ。今は仮に私が代表を勤めていますが、万が一私が欠けた場合の継承順位も考えています。サトミ」

「モトが負傷病気などで学校に来られない、もしくは指示が出せない状態にあった場合の措置として考えて下さい。序列第2位は北川さん、3位丹下さん、4位矢加部さん。5位、私」

「現在の組織内での序列に近い内容ですが、ご不満は。それと、3年生は卒業という事で除外してあります」

「女ばかりですね」

 皮肉っぽく笑うケイ。

 そう言われてみると、男の子の名前は一人も上がっていない。

「例えば七尾君が遠野さんの前に来てもいいんじゃないんですか」

「彼は現場指揮を担当してもらうので、序列には加わりません」

「シビリアンコントロールにすると?」

「大げさに言えば。現場の人間が組織の上に立つのは、危険すぎるという判断です。先ほども言ったように急を要する場合はそれでもいいけど、現在は七尾君に継承順位はない。彼が現場指揮を離れて、運営側に回るのなら、丹下さんの上に組み込んでもいい」

「結構。俺は現場で十分。上に立つ器でもないし」

 苦笑気味に手を振る七尾君。

 ショウも組織の上に立つタイプには見えないし、御剣君は言わずもがな。 

 後は能天気なお兄さんがいるけど、彼は基本的に大学院生。

「いいのよ。ケイ君が代わってくれるのなら、私の代理に据えるけど」

「結構。聞いてみただけ」

 あっさり逃げるケイ。


 ただ、今の話ですでにそんな部分にまで考えを及ばしているとは今の質問で始めて知った。

 急ごしらえの組織と思っていたが、もしかすると彼女達はもっと先を見据えて組織作りをしているのかもしれない。

「現状において私は病気をしていないし、現場に出ないから怪我も負わない。これは万が一の例と考えておいて。さて、他には」

 ようやく反応がなくなったところで書類が回ってくる。

 数枚の書類をクリップでとじた簡素な物だが、一応タイトルと目次も付いている。


「管理案撤回要求に伴う活動指針」


 随分大げさなタイトルだな。 

 まあ、これ以外のタイトルも思いつかないけどさ。

「細かな部分は各自読んでもらうとして、趣旨はタイトル通り。管理案の撤回要求。場合によっては、管理案の大幅な変更。これは従来の主張そのまま。そして協力組織と連携し、一致して学校へ要望をするのが活動の基本」

 表紙の裏に、モトちゃんが言った通りの概要がもう少し細かく書かれている。

 結構長い文章だし、もしかするとこれも事前に用意していたのかもしれないな。

「次に、組織図を見て」

 ページをめくり、組織図を確認する。


 モトちゃんが代表で、サトミと木之本君が補佐。

 沙紀ちゃんと北川さんが、運営全体を統括。

 現場の代表が七尾君。

 その下にガーディアンやSDCが付く。

 両組織の運営部門に所属していた人達は、沙紀ちゃんと北川さんの下に。

 私は七尾君の下で、ショウと同列。

 二人で特別班なる物を率いるらしい。

「ユウとショウは、基本的に遊軍。特定の任務は命じないから、自由に動いて構わない。平時は、私達の護衛と考えて」

「備品。プロテクターとかは?」

「生徒会ガーディアンズの物を流用する。返還要求ははねつける」

 随分強硬だが、プロテクターはあるに越した事はない。

 単なる殴り合うくらいならともかく、ゴム弾で撃たれたりボウガンで撃たれる事を考えれば。


「SDCに関しては、運営側に参加してはもらうけど出来るだけ私達とは距離を置けるポジションにいてもらう。ただし、退学覚悟という人はその例から除外する」

「ガーディアンズだけで責任を取っていくと?」

 黒沢さんの発言に、モトちゃんは軽く頷き机の上に肘を突いて組んだ指先に顔を寄せた。

「対集団戦での経験。今までの経緯からの判断。別に私達もヒーローを気取る訳ではないし、みんなを疎外するつもりもない。ただ、学校と決定的に対立したら困る人もいるはず。その人達の逃げ道は作っておきたいの」

「分かった。ただし、私にそういった配慮は必要ないからそのつもりで」

「ありがとう。黒沢さんはサトミと小牧さんと組んで、対外的な交渉に当たって。他校やマスコミ対策では、あなたの方が上だと思うから」

 議事をそつなくこなしていくモトちゃん。


 こういう素質のある子だとは分かっていたが、印象としては塩田さんを支えているというイメージの方が強かった。

 でも彼女は今大勢の人の上に立ち、それを率い責任を担っている。

 人は成長するんだなと、今更ながら深く感じ入る。



「……失礼。改めて、お名前を」

 含みのある表情でそう告げるサトミ。

 すると丸っこい体型の男の子が立ち上がり、机に頭が着くくらい深々とお辞儀をした。

「生徒会総務局、大石進です」

 そう言えば、こんな子もいたな。

 それとサトミの意味ありげな表情はつながらないが。

「お話は理解出来たんですが、資金の問題はどうなってるんでしょうか。何をするにしても、元手が必要だと思いますが」

「生徒会所属の方々が現在保有している権限内での資金を利用するつもり」

「可能なんでしょうか、そういう事は。倫理的や規則的にではなく、物理的に」

「予算編成局から問題はないとの回答は得てる。書類上の手続きさえクリアすれば、ある程度の資金は一括して入金される」

 その説明に対し大石君は穏やかに笑いつつ、さらに質問を続けた。

「今回の行動は学校への反抗。予算編成局は生徒会から独立した組織ですが、学校や自治体の職員が出向してますよね。彼等はなんと?」

「生徒活動の範囲内だとして認めてくれている。ただし年度内についてはという注釈付きで。それ以降は別予算になるので、改めて審議する。つまり成果が出なければ資金を断つし、場合によって返還請求をされると思う」

「僕達に協力的な職員もいると考えて良いんですね」

「ええ。ただし彼等は我々以上に自分達の立場があるから、協力してくれる事も限られている。頼りにはなるけど、あてにはならない。このくらいの意識でいいんじゃなくて」 

 その答えに満足したのか、もう一度頭を下げて席に付く大石君。


 みんなよく考えているというか、私が思っている以上に事態は進んでいるようだ。

 勝ち目もなければ何も出来ていないと思っていたけど、実際は職員が協力する所まで展開している。

 そういった事に興味を示していなかったせいもあるけど、意外に道は開けているんだろうか。

「今出た話とも関係するけど、職員や教員との会合がセットされてる。サトミ」

「会合は今夜。出席者は中部庁、教育庁の職員。出資企業の担当社員。そして教員。今言った協力者との協議の場と考えて下さい。ただし彼等が私達には任せられないと思った場合は、支援が打ち切られる可能性もあります」

「希望者は全員参加して下さい。場所は、特別教棟ラウンジ。これは彼等にとってもリスクの大きい事なので、それも踏まえてお願いします」

 淡々と説明するサトミと小牧さん。

 私は別に希望しないので、大変だなと人ごとのように思う。

「時間もないから、今日はこれで解散します。各自での話し合い、顔合わせは積極的に行って下さい。それと襲撃も予想されるので、身辺には気を付けて。特に女性は」

「では、お疲れ様でした。会合に出席する人は、遅れないように」




 閑散としたラウンジの隅。

 一つのテーブルに付く生徒と教職員。

 さっきよりもお互いの距離は近く、お互いが手を伸ばせば相手に触れられるくらいの距離。

 親睦を深めるには、多分このくらいの方が良いんだと思う。

 つまりさっきのは親睦よりも大切な事があったという訳か。

「お酒とは行きませんが、どうぞ」

 笑顔で飲み物を勧めてくる職員。

 どうして私がここにいるのかと思いつつ、ホットチョコを口にする。


 微かな苦みととろりとした食感。

 幸せが体に流れ込むような感覚で、これ一つあれば他に何もいらないと言った気分。

 ケーキはケーキで食べるけどね。

「事前にお話しした通り、我々は皆さんへの協力をしていくつもりです。指針も読ませて頂き、おおむね問題は無いと思っています。ただ」 

 身を乗り出す職員。

 モトちゃんは至って落ち着いた表情で、話の続きをゆったりと待つ。

「これは草薙高校への反抗。つまり、教育庁や中部庁。出資企業への反抗とも取られかねません。その部分については、どう説明をしていくつもりでしょうか」

「指針にも書いたように、我々の主張は管理案の撤回。そして一部理事と生徒の排斥。それを推進している教育庁や中部庁への意見も持ってはいますが、全体を否定するつもりはありません」

「という言い訳は通用しないとしたら。このままでは、教育庁も介入してくるでしょう」「一部生徒が政治家と官僚に根回しを進めています。また本格的に介入するとなれば私達も、交渉に当たります。場合によっては、父を頼っても良い」

 意外とも言える発言を口にするモトちゃん。


 お父さんは教務管理官で、教育庁においても幹部クラス。

 しかしそのお父さんを頼るなんて事は今まで一度も口にした事はないし、彼女自身が頼ろうとした事もなかった。

 なりふりを構わないその姿勢が、彼女がより本気であると知らしめる。

「では我々も、それを踏まえて行動をしましょう。この場にいる全員は、一応草薙高校の発展に貢献したと自負しています。かつての状況を取り戻す事に、労は惜しみません」

「ありがとうございます」

「もう少し言うと、全員当校の卒業生でもあります。私情で行動していると言ってしまえば、それまでですが」

「ごめん。遅れた」

 バタバタと足音を立てて、会議室に入ってくる村井先生。

 そして空いている席が見つからなかったらしく、私の隣に腰を下ろした。


「何よ」

「理事長の妹なのに、ここへ来てて良いのかなと思って」

「姉さんと私は立場も違うし、考え方も違う。もう少し言ってしまうと、今現在姉さんは解任に近い状態。理事会でクーデターが起きたのよ」

「クーデター?創設者の孫なのに?」

「その意味では民主的と言えるわね。ヨーロッパに視察というのは名目で、日間暇島でタコを眺めてるらしいわよ」

 面白くもないといった顔でそう呟く村井先生。

 一瞬赤い炎が彼女の肩から立ち上がったようにも見えるが、それはすぐに消えて無くなる。

「それに姉さんは途中で北米に留学してるし、創設者の孫という事を過剰に考えすぎてる。自分はこの学校に関わるべきではないくらいにね」

「だからって」

「そのために私がいるんでしょ」 

 これはモトちゃんにも多分まだ備わってはいない、力強さ。

 経験を積んだ大人の自信。

 私はただそれに頷くしかない。


「矢加部っちにも連絡は取ってあるから、政治家の介入はそっちでも防ぐわ」

「……ああ、矢加部さんの親戚」

「狸親父に良いようにされるほど甘くないって教えてやりなさい」

 やけに威勢が良いというか、突然空気が変わったな。 

 もしくは、この人一人で浮いてると言うべきか。

「何よ」

「高嶋さん。……じゃなくて、村井さんは昔から熱いなと思って」

「醒めすぎてるよりはましでしょ。それにここは名実共に私の学校なんだから、やりたいようにさせてもらうわ」

「姫には敵わん」

 誰かの呟きに、一斉に笑う教職員達。


 どうも姫というのは彼女のあだ名で、昔からこんな調子だったようだ。

 ただ決して悪い意味ではなく、あくまでも親しみのこもった呼び方。

 彼女という人柄を良く言い表したあだ名だと思う。


「一つお伺いします。村井先生のお考えは理解しましたが、高嶋家としてはどう対応されるおつもりでしょうか」

 若干声のトーンを落として尋ねるモトちゃん。

 それには村井先生も表情を改め、私の前にあったペットボトルを手に取った。

「原則不介入と考えて。理事長として姉さんを立てているし、実際の経営権は高嶋家にある。カリキュラムのノウハウ、不動産、各種機材教材もね。つまり影響力が大きすぎるから、介入出来ない。学校法人法にもあるけど、結局お金は出せても大して口は出せないのよ」

「それは、理事長のご意見でしょうか」

「祖父の意見と考えて。世話になった例だと言ってたわ」

 私を見ながら話す村井先生。

 別に世話をしたという程の事はしていないが、本人がそう言うのなら行為は素直に受け取った方が良いんだろう。

「学校問題担当理事だった。彼は祖父のかつての側近で、ここまで学校を拡大させた功績者でもある。ただ今となっては、この規模にまで成長させたのが成功だったかは疑問だと祖父は思ってる」

「お父様は」

「父も母も研究者だから、対して興味はないわ。生徒は勉強だけしてればいいって考え方ね」

 理事長が良く口にする言葉。

 彼女はつまり、両親の教えを素直に受け取っているという事か。

「ただ私はいいんだけど、他の人は良いの」

 首に手を添えて、怖い顔をする村井先生。


 学校へ反抗する事の意味合いは、私達とは根本的に違う。 

 こちらは退学になっても他の学校に行けばいいという選択肢を取れる。 

 しかし教職員は、学校のために働くのが仕事。

 場合によっては、懲戒免職という処分も下るだろう。

 自分で辞めるのと懲戒免職では、次の就職に大きな差が付くのは私にも分かる。

 それでも教職員達は笑うだけで、この場から立ち去ろうとはしない。

 彼等の決意に見合うだけの結果を残せるかどうか。

 まさに、私達の真価が問われると言える。




 ここまでは私達に好意的な人達。 

 一緒に戦ってくれる人達ばかりとの集まり。

 当然誰もが仲間なら、戦う必要すらなくなってくる。

 つまり、仲間がいれば敵もいる。

「今更お互い自己紹介も必要無いと思うので、指針だけお渡ししておきます」

 生徒会総務局内の会議室。

 席に付かず、ドアの前に並ぶ私達。

 代表してモトちゃんが先程の小冊子を、委員長に手渡す。

「協力者が多いと言いたいが、これで勝ったつもりか」

 小冊子を後ろに控えていた部下へ放り、刺すような目を向けてくる委員長。

 彼の隣には金髪がいて、こちらは半笑い。

 お互いの心理状態の現れといった所か。


 委員長にとって混乱は欲していても、極端な混乱は不必要なはず。 

 逆に金髪の方は、混乱すればする程自分の勢力を伸ばす事が出来る。

 彼等は表裏の関係といえるだろうが、どちらが上なのかはこうなってくると分からない。

「話し合う用意はありますので、いつでもご連絡を」

「話し合いだと?お前達にそんな権限など無い」

「それでも結構。我々も、もう躊躇はしませんので」

「宣戦布告か」

 厳しさを増す委員長の視線。

 それはモトちゃんから離れ、金髪の後ろに控えていた前島君へ向けられる。 

 もし彼に主導的な役割を担わさせるとしたら、私達はかなりやりにくくなる。

 物理的にも、何より心情的にも。

「お前はどちらの立場で行動しているつもりだ」

「生徒の立場、ですが」

 軽く受け流す前島君。


 委員長が血相を変えて拳を振り上げるが、彼はそれを一瞥しただけ。

 そんな二人のやりとりを見ていた金髪が、口元を緩ませ委員長に話し掛ける。

「俺を取るかこいつを取るか。選べ」

「なんだと」

「優等生か俺。どちらの方が役に立つと思う?どちらが、お前のために働いてきた?俺はなんでもやってきたぞ」

 恩を着せているつもりか。

 それとも暗に脅迫しているのか。

 委員長は迷う素振りも見せず、前島君に向かって顎を振った。

「お前は必要ない」

「契約解除と判断して良いのかな」

「俺への裏切りによる、契約不履行だ。契約に基づいた違約金と条件を行使する」

「それで良い」

 薄く笑い、委員長の肩を抱く金髪。


 どちらを選ぶべきかは誰から見ても明らかだが、結果としては金髪を選択した。

 確かに使い勝手は良く、本人も認めるようにどんな事でもするかも知れない。

 ただそれがしがらみとなり足かせとなって、今度は離れられなくなる。

 気付けば利用されているのは自分の方という事もありうるだろう。

 もしかすると、現時点でそこまでの事態になっているのかも知れないが。

「条件って」

「転校だ」

 ぽつりと漏らす前島君。

 しかし私が前に出るのをケイが手で制してくる。

「違約金は知らんが、転校するまでは間がある。何しろこれだけ混乱していたら、手続きどころじゃない」

「それで」

「どうしてもというのなら、格安で雇っても良い。浦田さんお願いしますって事で」

「元野さん、お願いします」

「おい」

 ケイを無視して、モトちゃんに頭を下げる前島君。

 彼女はすぐに頷き、それを了承する。

 ただ彼を見るケイの目は鋭さを帯びていて、頼もしい仲間に対するそれとはまた違うような気もする。


「仲が良くて結構な事だ」

 皮肉っぽく笑う委員長。

 自分達が破滅に向かっているという意識はないのか、それとも余程の秘策があるとでも言うんだろうか。

 確かに大幅にこちらの味方に付いた勢力が増えたとはいえ、学内を実行支配しているのは彼等。

 何よりその後ろには学校が控えている。

 当然私達もそちら側を本来の相手とするべきで、今までとはやり方も気概も改める必要があるだろう。

「最後にもう一度。話し合いには、いつでも応じる」

 そう言い残し、会議室を出て行くモトちゃん。

 委員長は鼻で笑い、それをあっさり拒否する。


 今更道を変える事が出来ないのは、むしろ彼の方。

 今の道を突き進む以外、彼には選択肢がないのも実情といえる。

 つまり、今更和解をするにはあまりにもやりすぎた。

 全ての原因が彼にあるとまでは言わないが、ここまでの状況に追い込んだのは彼の責任。

 例え学校に利用されていたとしても、自分の意志で行ったのは間違いない。 

 それにモトちゃんが救いの手を差し伸べても、今まで虐げられてきた生徒が素直に受け入れるかは大いに疑問だ。

 そこまでの度量を示すのは、私にもとても不可能である。 




 会合を重ねる内に一日が過ぎ、そのまま寮へと戻る。

 私が思っている以上に誰もが協力的であり、またモトちゃんやサトミ達の準備も進んでいた。

 印象としては、ダムが放水を始めたような感じ。

 それまでたまっていたもの。

 この場合は学校や生徒会への不満が一気に噴き出し、大きな流れとなって学校全体を覆い尽くしたとでも言おうか。


 事態が動いてきたんだろうけど、その速さにやや戸惑っているのも事実。

 今までは変化がない事へ苛立っていただけに、身勝手だなとは自分でも思う。

 食堂でもらったサンドイッチを食べ、何となくTVを観る。

 飲みかけた牛乳が口元へ戻ってきて、慌ててティッシュで口を押さえる。


 TVに映ったのは、草薙高校の正門。

 道路まではみ出た生徒と、行く手を遮られる車の列。

 マスコミが来ているとは聞いていたが、TV局まで来ているとは知らなかった。

 事態が進むと言うより、規模が大きくなりすぎてるんじゃないのかな。

 幸い私はどこにも映っていなく、他のチャンネルでのニュースも同じ。

 しかし悪意という程ではないが、こういう形で草薙高校が報道されるのは私の知る限りにおいては初めて。

 ただそれはこの数年の話なので、もっと以前の事は知らないが。

「なるほどね」

 何がなるほどかは知らないが、これ以上見ていても仕方ない。

 マスコミ対策をするとも言っていたし、私は映らないようにするだけだ。

「……あ?大丈夫、私は何もしてないから。……映ってないでしょ。……そう、大丈夫」

 お母さんからの通話を切り、チャンネルを変える。

 心配してくれるのか怒ってるのか不明だな。

「ん」

 今度は座り直し、姿勢を正して画面を見る。

 TVに出てきたのは、アナウンサーとゲスト。

 今の映像。

 つまり草薙高校の混乱に対する解説を始め出した。


 コメントは、生徒に対してかなり否定的。

 自治制度を廃止すべきだとも唱えだした。

 肩書きは、教育庁の政務次官。

 この間学校へ来た政治家か。

 矢加部さんが政治家対策をしているというが、あまり役には立ってないな。

 もしくは、政務次官ともなるとさすがにそう簡単には押さえ込めないのかも知れない。


 そう思った途端突然CMに入り、ニュースが再開すると政務次官の姿が消えていた。

 今入ったCMは矢加部財閥のグループ企業。

 まさかとは思うが、スポンサー権限で降板させたのか。

 これはさすがに汗が出てきたな。

 ニュースは東山動物園で、熊に子供が生まれたという内容を放送し始める。

 戦いは学内だけではなく、学外でも行われていると強く実感出来た。




 食事を終え、食器を洗いお風呂に入る。

 ぬるめのシャワーをゆっくり浴び、一日の疲れも洗い流す。

 肌を伝うお湯。

 珠になった水滴が流れ落ち、浴槽の床に消えていく。

 そのまま浴槽に入り、肩まで浸かってため息を付く。

「え」

 突然暗くなるバスルーム内。

 いや。電気が切れたにしては、浴槽から出てくるお湯は温かいまま。

 シャワーのお湯も温かく、視力の低下が暗い原因だ。


 最悪のタイミング。

 緊急時の非常ボタンもあるが、見えていないのでそれすら探れない状態。

 これからは、端末を持ち込んでいた方が良い。

 しかし今は、まずここから出るのが先決。

 慎重に浴槽から足を出し、床を探す。

 不意に崩れるバランス。

 咄嗟に手を伸ばすが、それは空を掴み床に倒れる。

「くっ」

 足を前に出し、壁との激突を回避。

 平衡感覚を把握し、もう片足でバランスを取る。


 目と鼻の先に壁の気配。

 音の反射と呼吸の返りでそれを判断。

 改めて慎重に壁へ手を這わし、凹凸を確認。

 シャワーの位置を確かめ、すり足でバスルームを出る。

 段差で一度つまずきそうになったが、どうにかまたぎフェイスタオルか何かで体を拭く。

 後は大きそうなタオルで体を覆い、指先の感覚で着替えを手に取り身に付ける。


 どうにか一息付き、壁伝いに部屋へと戻る。

 こうなった場合のために、床には物を置いていない。

 テーブルの角は緩衝剤を取り付けてあるので、怪我もしない。

 ただ油断というか、一番危ないはずのバスルームは何の対策もしていなかった。

 これは明日にでもどうにかした方が良さそうだ。 

 手探りで端末を探し当て、サトミに連絡。

 すぐに来てもらうよう頼む。



 ドアの開く音と、慌て気味の足音。

 そして肩に手が触れられ、そのまま体全体を触れられる。

「怪我は?」

「大丈夫。お風呂の電気消しして」

「目は痛まない?頭は」

「それも大丈夫」

 前髪に掛かる吐息。

 そっと抱きしめられる体。

 彼女の優しさと思いやりが、私を癒してくれる。

「モトも来るから、その後で病院行くわよ」

「分かった。着替え出して。というか、今は、服ってちゃんと着れてる?」

「見えてない割には良くやった方ね」

  多少気になる言い方だが、今は自分の部屋なのでそれ程問題はない。

 それでも下着とタオルを体にまとっているだけなので、どちらにしろ着替えた方がいいのは確かだろう。


「でも、サトミ達忙しくないの」

「ユウの方が大切でしょ」

「そうなのかな」

 着替えを手伝ってもらいながら、そう呟く。 

 私はあくまでも病院に良ければいい。

 ただ二人は私へかかりきりになれば、待っている間を無駄に過ごす事になってしまう。

 病院の待合室やロビーで出来る事は限られてくるし、時間もどれだけ掛かるか分からない。

「いいよ。タクシー呼んで」

「そういう訳には行かないでしょ」

「迷惑を・・。じゃなくて、私は大丈夫だから」 

 そう。私が足手まといや迷惑なら、自分で身を引けばいい。

 それに今はそうは思っていないし、病院まで行けば後はスティックさえあればどうにかなる。

 寮前のロータリーまでタクシーが来るのなら、困る事は特にない。

「……分かった。渡瀬さんに送ってもらう」

「彼女は忙しくないの」

「あなたはもう、そういう事を気にしないの。余計ストレスになるわよ」

 そう諭され、ベッドサイドに座らされる。


 着替えは済んだようで、体を触ると後は上着を着るだけのよう。

 そして手にスティックを握らせてもらい、軽く肩が抱かれる。

「本当に大丈夫ね」

「今までと同じ感覚だし、暗い以外はおかしい事もない。病院に付いたら連絡する」

「必ずよ」

 もう一度肩が引き寄せられ、私も彼女に体を寄せる。

 心に染みていくような暖かさ。

 言葉とは違う、体で感じる彼女の思い。 

 このぬくもりさえあれば、私はきっと大丈夫だ。



 サトミの手とスティックを頼りに寮の玄関までやってくる。

 やってきたんだという彼女の言葉と、歩いてきたルートからの推測だが。

「来たわね。渡瀬さん、ユウの事お願い」

「お任せを。助手席にします?それとも後ろに」

「横へなれるよう後ろにして」

 私よりも分かっている事を言うモトちゃん。

 ただし今乗り込んでいるのが助手席なのかどうかは即座には判断出来ず、シートが分離していないので多分後部座席なんだと認識する。

「小谷君が来てるので、運転は任せますね」

「いいの?」

「むしろ助かるといいますか」

「女の子に取り囲まれてましたよ」

 なにやら楽しそうな話をしてくる渡瀬さん。


 小谷君は印象として多少とっつきが悪そうなんだけど、女の子から見るとまた違うものが見えているのかもしれない。

 今の私には薄暗い影が見えているような気がするだけだが。

「じゃあ、お願い。病院に連絡はしてあるから」

「分かりました。では、行ってきます」

 軽い振動と加速の感覚。

 体が傾くのは、ローターリーを回っているためだろう。

 やがて直線から左折して、少し走り今度は右折。 

 大通りに出たようだ。


「ごめんね、二人とも」

「気にしないで下さいよ。雪野さん、最近疲れてたんじゃないんですか」

 いたって明るい調子で話し掛けてくる渡瀬さん。

 疲れているか。

 確かに立て続けに色んな事があったし、ペットボトルが当たる前後はストレスがピークに達していたかもしれない。

 その後で休めばよかったんだろうけど、少し無理をしすぎた気と今振り返れば思いもする。

「雪野さんがいない事には始まりませんけど。倒れたりしたら、元も子もないですからね」

「私がいなくても始まるでしょ」

「やっぱり、よく分かってませんね」 

 明るく笑い飛ばす渡瀬さん。

 そんなにおかしな事を言ったかな。

「小谷君はどう思うの」

「他の人が言ってるように、雪野さんあっての連帯だし集まりですからね」

「私は何もしてないし、頭にペットボトルをぶつけただけなのに?」

「それは目に見える事でしょう。別に、今の雪野さんと引っ掛けてる訳ではないですよ」

 分かったような分からないような話。


 塩田さん達は象徴と言っていたが、自分では自覚がないしそこまでの存在とも思えない。

 サトミ達は私を大切に思ってはくれていても、それは友達として。

 学校との対立で、シンボリックに祭り上げられた事は無いし私にそういう利用法があるとも聞いてない。

 友達だからそうしなかった、と言われればそれまでだが。

「元野さんが実際に引っ張っていく存在で、リーダーなのは確かですよ。ただそれは、組織としての事だと思うんですよね」

「で、私はなんだって言うの」

「それは言葉では説明しにくいんですが。元野さんが欠けても問題だろうけど、代わりはいる。継承順位の話聞いてません?」

「あれは、組織の話でしょ」

 そう言って、今の話も組織の事だと気付く。

 ただやはり私はそれ程重要な人間だとは、どうにも思えない。

「あまり気にすると、負担が掛かりますよ」

 優しく、冷静に諭してくる渡瀬さん。

 普段は私以上に落ち着きが無い時もある子だけど、こういう醒めた部分もある。

 これは本人の性格もだし、北地区出身というのも関係あるかもしれない。

 ただ南地区で落ち着きが無いのは私くらいで、周りにそういう人はお母さんくらい。

 遺伝も環境もなら、なってしかるべきという訳か。




 やがて病院に着き、意外とスムーズに診察室まで通される。

 ただそれは待ち時間の話。

 診察自体が、私にとってスムーズという訳でもない。

「……特に問題ないですね」

 病院へ来るたび聞かされる言葉。 

 ただこの言葉を聞くまではどうしても不安で、悪い事ばかりを考えてしまう。

 これを聞きたくて病院へ聞いてるような気もしてくる。

「TVで、草薙高校の事をやってましたけど。あれは何か関係ありますか」 

 かなり核心を突いた質問。

 自分でも思っていたが、最大の要因はあのトラブルなのは間違いない。

「多少。大勢の前で、ペットボトルを頭に当てまして。それと、騒動に多少関わってます」

 具体的には告げず、関わってると適当にごまかす。


 キーを叩く音と紙の上をペンが走る音を聞き、目元に手を添えられる。

「頭痛や吐き気は」

「多少気分が悪い時もありますけど、平衡感覚の問題だと思います」

「脳波も問題なしですね。ただストレスの要因がここまではっきりしているのなら、今日は泊まっていってもらいます」

「え」

 私の戸惑いをよそに、看護婦さんへ入院の手続きを指示する医師。

 何か反論しようと思ったが、その材料が何一つない事に自分でも気付く。

「休校する程ではないですが、今回は一旦距離を置いた方が良いでしょう。寮に連絡とかあると、悪化しないとも限りませんし」

「はぁ」

「一日休んで、良くなるようだったら明日の朝に退院しても結構です。ただし外部との連絡は取らないように。端末はこちらで預かっておきます」




 渡瀬さんと小谷君にサトミ達の連絡を頼み、病室のベッドで横になる。

 着替えは病院に備え付けのパジャマ。

 まさかこういう事態になるとは思っていなく、ただ気分はそれ程悪くは無い。

 軽い、とでも言うのだろうか。


 つまりどれだけ学校の事が私にとっての負担だったのか、それが明確な形で示される。

 外部とは隔絶され、こちらから連絡を取る事も出来ないし向こうも取れない。

 学校の事に関わりたくても関われない。

 だから何も考えなくていい。

 少なくとも、そういう言い訳が立つ場所。

 医師もその目的で、私を入院させたんだと思う。

 大げさに言えば私がいなくても地球は回るし、モトちゃん達は学校と戦える。

 こうなってみて、その事実を改めて理解する。

 いない方がいいとまでは言わないが、いなくてもいいくらいは言っても良いだろう。


 これは卑下でもなんでもない。 

 世の中で偉人と呼ばれる人達がこの世を去っても、世の中は何事も無かったかのように進んでいく。

 ましてただの女子高生である私が欠けても、大勢に影響は無い。

 シンボリックな意味合いがあるとは言っていたが、多分昨日の出来事でその役目も済んだ。

 ここからはサトミやモトちゃん達の仕事で、私は彼女達の身辺警護。

 それこそ、絶対に私で無ければならないという理由は無い。



 必要以上に思いつめないで済む今の自分。

 焦燥感も不安感も無い。

 とはいえ自暴自棄でもない。

 今の自分を冷静に見つめ、それを客観的に把握出来る。

 誰かの意見ではなく、誰かの考えでもない。

 ここにいるのは私一人。

 判断を下すのも私だけ。

 どう考えるかどうすべきかは、私が決めれればいい。



 暗い景色。

 明かりはどこにも見えず、ベッドや布団の感覚も薄れてきている。

 ただここに私がいるのは間違いない。

 誰に気付かれなくても、誰の目にも届かなくても。

 自分の感覚すら失っても。

 私の思いは確かに、この胸の中にある。

 考えるゆえに人が存在するなんて言葉もあるが、本当に少しだけその真理の淵に触れた思い。

 それが間違った解釈でも間違った淵に触れていてもいい。

 私の思いは、私以外の誰にも否定出来ない。

 ただそれだけの事なんだから。

 そして改めて分かる、自分の無力さ。

 一人では何も出来ないと、ここにきて痛感させられるとは思わなかった。

 だが、まだ戦いはこれから。

 私一人では何も出来なくたって、誰かの助けを借りる事は出来る。


 心のどこかで抱いていた、頼る事へのためらい。

 でも今は、素直にそれを受け入れられる。

 足手まといでも迷惑にでもなったら、その時は素直に下がろう。

 だけど今は、まだその時ではないと思いたい。

 人の力を借りながらでも、私にも出来る事はあるはずだ。

 それが例え利用されるような事だとしても、誰かの役に立つのなら厭う必要は無い。 

 それもまた、私に出来る事なんだから。 

 明日は、ショウに迎えにきてもらおう。

 これは頼っているのか甘えているのかは分からない。

 でも、その事を考えるだけで私の心は軽くなる。




 翌朝。 

 チャイムとともに目が覚める。

「検温しますね」

 きびきびとした調子で私の脇に体温計を挟む看護婦さん。 

 窓からは白い日差しが差し込み、カーテンが朝の冷たい風に揺れている。

「調子はどうですか」

「なんとなく見えてます」

「これは」

「3本。2本。ぐー」 

「最後は0本」

 そう言って笑う看護婦さん。

 確かに、ぐーは無かったか。


「……体温は平熱、血圧も脈も問題なし。先生を呼んできますね」

 少しして、頭の薄くなった白衣姿の男性が入ってきて私の目の前で指を振った。

「反応も問題ないね。感覚としては?」

「明るく感じて、少し疲れます」

「少し瞳孔が開いてるかな。サングラスを掛ければ大丈夫だと思う」

「退院して良いですか」

「ああ、良いよ」

 あっさり許可を出し、手続きをするよう看護婦さんに指示する医師。

 それと同時に、看護婦さんから端末を借りてショウのアドレスをコールする。

「……出ないな」

「誰か迎えに来てましたよ」

 頼んでも無いのに、迎えが来る。

 正確に言うと、今日退院出来るかどうかは今決まった。

 誰か、随分気の利いた人がいるようだ。

「お世話になりました」

「良いけど、パジャマは着替えてね」

「それは勿論」 

 そんな事、今言われて気付いたよ。













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