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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第36話
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36-4






     36-4




 正門に集まって来る生徒達。

 正確には正門前に人が集まっているため中に入れず、人の流れが遮られる。

 混乱を押し留めるはずの風紀委員や保安部の人間はどこにも見当たらず、以前から正門を警備する警備員が移動を促してはいるが人数差がありすぎる。

「連合解散だっ」

「そうはさせるかっ」

 次第に声はより大きくなり、怒号が飛び交うようになる。

 気付けば頭上をペットボトルが通り過ぎ、小競り合いも始まり出した。

「なに、これ」 

 私の口を付いて出たのは、その一言。 


 突然として巻き起こったシュプレヒコールと、それに続く混乱。

 生徒達はあっさりそれに便乗し、騒ぎを拡大していく。

 塀沿いに歩いていた通行人はこの騒ぎを見て、慌てて反対側の歩道へと逃げる。

 すでに生徒は車道にまであふれ、車の通行も阻害し始めた。

 このままでは警察が来てもおかしくは無く、近所の人が通報をしているかもしれない。

 混乱を引き起こすために起こされた事だとしたらその狙いは完全に成功していて、ここまでの規模だと私にはすでになす術は無い。

 無意味に立ち尽くし、騒ぎを傍観する以外には。



「ごめん。状況は」

 息を切らして駆けつけるモトちゃん。 

 サトミは軽く顎を振り、正門を埋め尽くす生徒達を示した。

「見ての通り。デモとシュプレヒコール。それが二グループあって、小競り合いが始まってる」

「登校してる旧連合関係者を招集。生徒会ガーディアンズにも連絡を取って。北川さんには後で報告する」

「了解」

「私達が見られると刺激して危険かもしれない。下がるわよ」

 遠ざかるモトちゃんの声。

 それと同時に腕が引かれ、私の体も下がっていく。

「聞こえてるの、ユウ」

「放っておく訳、これを」

「私では止められない。ここまで来ると、モトでも無理。あなたは、何か策でもあるの」

 厳しい口調で諌めてくるサトミ。


 彼女の言う通り策は無く、モトちゃんが言う通り私達がいては混乱の原因にもなりかねない。 

 だけどここから下がる。

 逃げるという事が、納得は出来ない。

 それが私のわがままでしかないと分かってはいても、この混乱を見過ごしていい訳はない。

「すぐにガーディアンも集まってくるし、混乱させた誰かも納めどころは考えてるはずよ」

「保安部と警備員って事?本当に、止められる?」

 正門からの流れに押される格好で、わずかながら前に進む生徒の列。

 学外に入った生徒達は連合解散派と賛成派に別れ、激しく野次を飛ばしあう。


 人数はおそらく千人単位で、その衝突を回避する手段を例え警備員達でも持っているかどうか。

 何より空気は殺気立ち始めていて、言いたくは無いが生贄を差し出せばそれにあっさり飛びつくような状態。

 迂闊に止めに入れば、不測の事態も起きかねない。

「……何人か集まった」

 正門から大きく離れたところに集まる私達とガーディアン。

 見知った顔も何人かいるが、表情は重い。

 言葉にはしないものの、あの騒ぎを自分達が止められるとはとても思えないだろう。

 モトちゃんは全員を前にして、表情を引き締めて一瞬正門へ視線を向けた。

「衝突に割って入る事はしない。まずは正門の流れを一旦切って、人数を減らす。学内は警備員が少しずつ排除するはずだから。サトミ」

「バス停と地下鉄の出入り口でアナウンス中。正門以外に向かうよう連絡中。寮も同様で、誘導員を常駐中」

「これで、余計な混乱は押さえ込める。私達も今正門へ向かっている流れを、他の門へ誘導する事から始める」

 モトちゃんの指示通り、正門へ向かう生徒達へ個別に当たり別な門へ向かうよう伝えるガーディアン達。

 彼等は正門の混乱を目の当たりにしていないので、不満は見せるが一応従ってルートを変える。

 情報として多少聞いてはいても、現場にいるといないとでは感情が全く違うだろう。

 逆に正門へ近付いていけば生徒達の興奮が高まり、私達の言葉には従いにくくなる。


 ただ大勢の人数で個人に当たるため、反発はしても逆らう人間は出てこない。

 ある程度までは成功したと思ったところで、正門前の列に再びぶつかる。

 ここからは学内でのシュプレヒコールが聞こえてきて、異様な熱気も伝わってくる。

 何が起きているのか理解している生徒は少ないと思うが、その何かが起きている事への期待が彼等の興奮を掻き立てる。

 今まで鬱積していた分、その反動がここに来て一気に噴出した形。

 狙いとしては申し分ないタイミング。


 すでに私達も手に負える状況ではなく、混乱の規模を小さくする事で精一杯。 

 衝突自体を止めるにまでは、到底至らない。

 自分の中にあった経験は何も意味を持たず、自負心は砕かれる。

 私達のやってきた事は、所詮高校生のお遊びに過ぎないんだと。


「今までの事が無意味だとでも?」

 腕を組み、正門に殺到する生徒を眺めなら語りかけてくるモトちゃん。

 それに小さく頷き、目元に触れる。

「確かに私達は今、何も出来ていない。でも、まだ始まってないわよ」

「何が」

「人数さえ揃えば、衝突は回避出来る。連合といっても、私達だけじゃないでしょ」

 その言葉に、自分の馬鹿さ加減を思い知る。


 彼女の言う通り、連合は私達だけではない。

 大勢の人が集まり、つながって出来ていた組織。

 私達だけの力では限界があるのは当たり前で、だからこそ私達は連合の中にいた。 

 彼等と協力し、一緒になって行動をしていた。

 だからこそ、どんな困難も乗り越えてきた。

 今目の前で起きている事態は、確かに常軌を逸した騒動。

 それでも、決して押さえられない程ではない。


 私達だけでなら無理だろう。

 だけど以前の連合なら、無理とは思わなかったはずだ。 

 自分一人で戦っている気になっていた事に、今は恥じ入るしかない。

「問題は人数が揃えばの話なんだけど」

 背筋が寒くなるような台詞。 

 今の話が根底から覆り、足元が揺らぐ感覚に襲われる。 

 連合はすでに解散していて、今集まっているのも数十人。

 生徒会ガーディアンズも多少集まってはいるが、これだけの混乱を押さえ込むには人数が少なく装備も無い。

 寮に装備を置いてある人などいるはずも無く、普段のように強引に割って入るという行動も取りにくい。

 それを狙って仕掛けているのかもしれないが。



「すごい事になってるな」

 肩を回しながら現れるショウ。

 それだけで私達の周りにいた生徒達は一瞬たじろぎ、それとなく正門から離れ出す。

 ただそれは、彼の存在を知っている人。

 もしくは、まだ冷静さを比較的保っている人。

 大多数は彼にすら気付いていなく、いかに正門を抜けて衝突に参加出来るかだけを考えているようだ。

「無理矢理割って入れないのか」

「人数が多すぎる。それに参加したくないのに、流れに巻き込まれている人も多いはず」

「放水車でも用意出来ないのか」

 だるそうに現れるケイ。

 ただ視線は正門へ向けられたまま離れず、表情はいつにも増して固い。

「木之本君」

「この混乱は収まるけど、借りるって事は消防署か警察に通報する必要があるからね。それに高校生のデモに放水するのは、多分警察もためらうと思う」

「プール、は遠いか。とにかく止めないとまずい。この雰囲気だと、始めた連中もコントロール出来てないだろ」

 私が恐れていた事を口にするケイ。


 混乱を起こした張本人達ですら収集が出来ない事態。

 それを私達に押さえ込めるかという事だ。

「ヒカル君は、どう思う」

「話せば分かるって言いたいんだけどね。ここまで来ると、珪が言う通り力押ししかない」

「押せるだけの人がいないのよ」

「困ったね」

 さすがに彼もいつのも明るさは無く、正門に殺到する生徒を眺めている。

 強引にこの中へ割って入る以外に策は無いのか、それとも別な手があるのか。

 私には、その判断すら付きかねる。

「……モト、学内の保安部から連絡。収集出来ないから、どうにかしてくれって」

「指揮権は」

「ちょっと待って。……大丈夫、私達に一任すると確約を得た。北川さんの了承も得てる。ただし」

「責任を取れば良いんでしょ。それは任せて。……西門から学内に入り、責任者を全員召集。出来るだけ迅速に」




 西門から入った生徒達は生徒会に誘導され、教棟へ入っていく。

 ただ正門へ向かおうとする生徒が時折現れ、流れを整理するのに精一杯の生徒会はそれに対応出来ていない。

「寮には戻せないの?」

「出席率の兼ね合いで、寮に留まりたい人は限られる」

 窓から外の様子を眺め、ため息を付くモトちゃん。

 私達が集まっているのは、正門を遠くに確認出来るF棟の教室。


 集まったのは旧連合関係者。

 風間さん、沙紀ちゃん、新妻さん。

 沢さんと七尾君、阿川君や石井さん達もいる。

 そして、前島君も。

「端的に聞く。この混乱をどうする気」

「俺が起こした訳ではないので答えようも無いんですが、初めは旧連合批判。その振り戻して連合擁護。大規模なデモに発展させ、連合危険論を主張するつもりだったようです」

「それで、結果がこれ」

「学内の鬱積した空気を読み誤ったんでしょう。もしくは、学内の更なる混乱を狙ったグループがいたか」

 重苦しい、モトちゃんと前島君の会話。


 彼にとっては自身が認めるように、混乱自体には関わっていない。

 ただ所属は生徒会なので、批判の矢面に立つのは仕方ない。

「ごめんなさい。あなたを責めるつもりは無いんだけど、私達の立場を明確にしておきたくて」

「構いません。組織として我々は執行委員会に属していますが、今回は命令も出ています」

「ありがとう。まずは動員出来る人数と状況の把握。サトミ」

「生徒会ガーディアンズが100名程度、旧連合50名。保安部50名。状況は正門前で、1000人を越える規模での衝突。現在は散発的な小競り合いで、武器の使用は報告になし。若干の怪我人が医療部に運ばれている模様。警察、そしてマスコミが来ているとの情報が数件」

 警察はともかく、マスコミというのは初めてではないだろうか。


 確かに単なる生徒同士の小競り合いの域は越えていて、学外にも生徒があふれている状態。

 マスコミからすれば、これほど興味を掻き立てられる状況も無いだろう。

「サトミ、警察と交渉。学内には入らないようにして」

「了解」

「マスコミは学校が対応すると思うけど、質問についてはノーコメントで。後で生徒としてコメントを発表するとだけ伝えて」

 机の上に広げられる正門付近の地図。

 そこにペンで大きく楕円の丸が二つ書かれる。


 一つが旧連合解散を叫ぶグループで、もう一方が擁護派。 

 ただそれが信念に基づいた行動なのかはかなり疑わしく、自分の立っている場所や周りの空気に反応しているようにしかさっきの段階では思えなかった。

「首謀者、命令指揮系統、中心人物の特定。生徒会執行部、保安部、風紀委員、学外に駐車している車。動向を探って。動員出来る人数は増やせない?」

「SDCに協力を仰げば、100人は」

「それもお願い。黒沢さんか鶴木さんに連絡をして」

「了解」



 着々と進んでいく準備。

 ただあくまでも情報収集の段階であり、この騒動をどう収めるかという話には至っていない。

 学内に入った今はこちらも武装をして突入出来るが、相手は草薙高校の生徒。

 暴動を起こした観客への対応とは心情的に違ってくるし、そこまでも割り切れない。

 割り切るしかないのは分かっているが、私には少し難しい気もする。

「誰か、具体策は。……沢さん」

「武装したガーディアンを中央に配置。まずは強引に両勢力を分断する。後はそれを四方から囲み、細分化。中央には負担が掛かるけど、分断しない事は何も始まらないし不測の事態も考えられる」

「異論のある人は。……では、その方針を元に詳細を詰めて」

 配置と突入のタイミング。

 指揮と伝達系統を確認していくサトミ達。


 私は彼等の背中を眺めつつ、スティックを握り締めてその感覚を確かめる。

 わずかに冷たい金属の手触り。

 グリップ部分は逆に手へと馴染み、吸い付くような感じ。

 ただ、気持が落ち着くまでには至らない。

「ユウは参加しないで」

 私の前に来て、そう告げるモトちゃん。

 どうしてと反論するより先に、目元へ指が向けられた。

「今、かなりのストレス状態になってるでしょ」

「少しはね」

「小規模なトラブルならまだしも、乱戦状態に送り出すのは危険過ぎる」

「私だけ座って見てろって言うの」

「言うのよ。あなたのプライドよりも、無事を優先させたいの」

 相当言いづらい事をはっきりと告げて来るモトちゃん。

 これには反論のしようがなく、実際自分でも相当今の状態が負担になってるのは分かっている。

 まだ視界が暗くはなっていないが、今までの経験から行くとかなりの確率で視力は低下する。

 モトちゃんの言う通り、私の下らない意地でみんなに迷惑を掛ける事はない。

「少し横になったら」

「分かった」



 椅子を並べ、横になって体へジャケットを掛ける。

 遠くに聞こえるみんなの話し声。

 学内の混乱はすでに、私には関わりのない事になっている。

 自分の無力さを嘆く気も起きず、目元を押さえて深呼吸する。

 結局自分はここまで止まりなんだなと思いながら。

 肝心の所で役に立てず、今もこうして寝ているだけ。

 無理をすればみんなに迷惑が掛かり、自分の負担も増大する。

 何より、私一人欠けていても大勢には影響しない。

 それなら、余計に無理をせずここで大人しくしていた方が良い。

「え」

 突然の振動。

 顔を上げると、ドアが開き武装した集団が教室に侵入してきた。

 私がスティックに手を伸ばすより早くショウと御剣君が前に出て、侵入していた集団をあっさり押し返す。

 さらに前島君がショットガンを構え、机の上から発砲。

 後続は進入を許されず、背を向けてすぐに逃げ出した。


「リークされたな。……別に、疑ってる訳じゃない」

 振り向いた前島君に向かって手を振るケイ。

 彼はそのまま視線を、私に寄り添っていたモトちゃんへと向けた。

「連合の誰かに売られたって言いたいの」

「この場所を知ってるのは?」

「私達と、一部の連合関係者」

「この中で、誰か裏切ると思う?」

「話は分かった」

 硬い顔で頷くモトちゃん。 

 彼女はサトミと一緒に私を立たせ、上着を羽織らせた。

「場所を移す。作戦は今話し合った通りに実行。スケジュールの変更は無し」

「続きが来たぞ」

 廊下を覗き込んでいたショウがそう声を発し、私達を促す。


 こうなっては私も目がどうとは言っていられず、スティックを伸ばして肩に背負う。

「大丈夫?」

「移動する間だけならね。それに、歩かない事には仕方ないでしょ」

「分かった。特別教棟まで移動するから、全員準備して」

 先行して飛び出ていく御剣君。

 ショウがドアを確保し、前島君がショットガンを持って廊下に出る。

「僕も、使うか」

 懐から銃を抜き、銃倉を確認する沢さん。

 彼はサトミ達の護衛に周り、私は全員が出ていくの確認する。


 鎮圧する立場が、今は狙われる立場。

 だったら身を挺してでもサトミ達を守るのが、私の成すべき事だ。

「ショウ、全員出た」

「了解」

 私が最後に出たのを確認し、ドアから離れるショウ。

 廊下にはすでに武装グループが集まっていて、前島君のショットガンを警戒してか距離を置いている。

 ただしそれは時間の問題だろう。



「前島君、構わず撃って。御剣君」

「階段まではクリア。下の方から声がします」

「階段を確保したまま、私達の到着を待って」

「了解」

 御剣君との通話を終え、前進するようショウに手で合図する。

 後方から迫る武装グループへ前島君が容赦なく発砲し、接近を防ぐ。

「前島君、先行して御剣君と合流。玄関までのルートを確保。沢さん、後をお願いします」

「了解」

 私の指示通り移動する前島君と沢さん。

 私より経験も実績もある人ばかりだが、これは私達の戦い。

 だったら彼等を頼る前に、私が先を行くべきだ。


 後続の接近を防ぎ、御剣君と合流。

 そのまま階段を下り、教棟の廊下に辿り着く。

 教棟の外は、デモ隊が集まっている状態。

 ここへ誘導させられたという気はするが、今更後戻りは出来ない。

 それにルート的には、どうしてもデモ隊。

 こう呼んで良いかはともかく、彼等の中を突破する必要がある。

「密集して、サトミとモトちゃん達を守るように。最短ルートで突破する」

 迂回する手もなくはないが、事態は一刻を争う。

 出来るだけ早く他のガーディアンと合流し、特別教棟で指揮を執る必要がある。

「すぐに移動を……」

 そう言おうとした瞬間、突然目の前にいた生徒が振り向き声を張り上げた。

「ここにいるぞっ」

 連絡が入っていたと思うが、すでに遅かった。

 すぐにスティックを構え、サトミ達をさらに奥へ入れる。

「ショウ、御剣君前に。沢さんと前島君は後ろ。改めて、最短ルートで突破」 

 殺到する生徒達。

 敵意。

 それとも、単に反射的な動きなのか。

 どちらにしろかなりの興奮状態で、正直身の危険を感じる。


 手を上に振り、即座に合図を出す。

 それに反応し、前島君と沢さんが空へ発砲。

 生徒の突進は止まるが、今度は私達を囲んで動かない状態になる。 

 彼等と私達の睨み合い。

 敵意、期待、妬み、諦め、絶望、怒り。

 様々な感情が入り乱れ、私達へとのし掛かる。

 彼等と私達の間にあるわずかな距離。

 そのわずかな間に、濃厚な空気が存在し私達を圧迫する。

 胸を締め付けるような息苦しさ。

 混乱を収めるのは無理でも、ここの突破だけなら可能。

 だけど私の足は前に出ず、言葉も発する事が出来ない。



 人の思い。

 私達への思いがこれほどまでに大きく、重い物とは気付いていなかった。

 単なる敵意だけではない、私達への期待。要求、希望。

 それが私の心を押し潰す。

「ユウ」

 軽く肩に触れるショウ。

 それに意識を取り戻し、深呼吸して目元に手を運ぶ。

「大丈夫。考えすぎただけ」

 そう、考えすぎだ。

 彼等の期待は、私にではない。

 意識が向けられているのはモトちゃんやサトミ、ショウ達。

 私はあくまでも、彼等と一緒にいるだけの事。

 良くも悪くも、私への期待は薄い。

 それに気を軽くするのもどうかとは思うが、少し気分は和らいだ。

「ごめん。体勢を立て直して、突破を」

 三度目の言葉も最後までは続かない。




 私達を囲む群衆。

 数にして2000人以上。

 精神的な圧迫だけではなく、物理的な圧迫も尋常ではないはず。

 足を止めてはいるが、後ろからは人が次々に押し寄せている状態。

 衝突による怪我よりも、将棋倒しによる被害の方が怖い。

 そして、その不安が的中する。


 この場には明らかに場違いといえる、制服姿の女の子。

 どう見ても自分の意志で前に出てきたとは思えず、表情には不安と恐怖に溢れている。

 しかし後ろに下がる事も出来ず、周囲は押し寄せる生徒達で埋め尽くされた状態。

 明らかに平静を失っていて、自分でもどうしてた良いのか分からないと言った様子。


 そのせいか。

 怒号と野次の飛び交う中、彼女が躓いても誰もそれには意識を向けない。

 地面に倒れ、呆然と座り尽くす彼女。

 少しずつ迫る生徒達。

 将棋倒しになれば、当然だが一番下になる彼女などひとたまりもない。

 何よりつまづき地面に倒れた事で、全員の注目が一斉に彼女へと向けられる。

 ていの良い獲物、生け贄。

 嗜虐的な空気が辺りにたれ込め始めるのを肌で感じる。

「俺が行く」

 一番近いケイがそう呟き、低い姿勢で走り出す。


 しかしそれが何を刺激したのか、数人の生徒が飛び出しいきなり彼に襲いかかった。

 恐れていた事態と言いたいが、逆にチャンス。

 全員の目は彼に逸れ、倒れている女の子への注目は薄れだした。

 警棒を振るっているケイの腕は見えているので、彼の救助はこの後だ。 


 次に近いのは私で、この中で一番足が速いのも私。

 いくら非力でも、手を引いてここまで連れてくるくらいは出来る。

 彼女が座っているのは、すぐ目の前。

 慌てなくても、少し走って手を伸ばせば簡単に助けられる。

「待ってて、今すぐ……」


 突然暗くなる景色。

 頭に感じる鈍い衝撃。

 ペットボトルが当たったと分かったのは、自分が倒れ込んだ後。

 見えていれば除けるのは簡単で、見えなくなった後でも音と気配を察知出来たはず。

 しかし見えなくなったタイミングと同時にペットボトルが飛んできたため、何一つ反応が出来なかった。


 気付けば目の前には無数の足が並び、女の子を押し潰そうとしている。

 私がかばってもどうなる物でもない。

 それでも女の子の体を抱き寄せ、覆い被さる。

 必死で私にすがりついてくる彼女。

 目も見えなくて、立つ事もままならない。

 そんな私を頼ってくれる。

 だったら私も嘆いている場合じゃない。

 見えなくても震えても、立ち上がる。

 倒れてもよろめいても、彼女を助ける。

 たった一人の人間しか救えなくてもそれでいい。

 私は一人一人を助け、目の前にいる困った人達に手を差し伸べる。

 大勢の人のために何かをする事は出来なくても、それなら私にだって出来るから。

 それが私の生きてきた道だから。




 右からサトミ、左からはモトちゃんが私を支えてくれる。

 女の子は小牧さんが抱え、私の隣へと寄り添っている。

 さっきまで見ていた無数の足は遠ざかり、怒号も野次も聞こえない。



 静寂。

 清涼な静けさが、辺り一体を押し包む。

 敵意も無い、期待も無い。

 そこにあるのは私の無事を願う気持。

 誰も何も言わないけれど、その目を見れば分かる。

 私もまた、彼等に慕われ思われているんだと。


「道を開けて」

 静かに告げるサトミ。

 自然に、波が引いていくように割れる生徒達。

 言い争いも諍いも無い。 

 誰もが自分から後ろへ下がり、少しずつ人と人との間にスペースが出来ていく。


 割れた生徒の間を、サトミとモトちゃんに支えられながら歩いていく。

 ただ、混乱が収まった事を素直に喜べない自分がいるのも確かだった。

「同情、なの」 

 憐憫や哀れみ。 

 混乱は収まりはして、大きな事故も避ける事が出来ただろう。

 だけどそれは単なる私への同情。

 可哀想な子供への哀れみから来る感情だったら。

 無事に済んだという安堵感と、心の奥に走るわずかな痛み。


 だが、それはすぐに掻き消される。

 目の前に走る薄い陰。 

 ショウ達の反応は無く、伏せ気味だった視線を上げるとケイが私の行く手を遮っていた。

「不満があるみたいだな。同情で混乱が収まったのは気に食わないって?」

「だって」

「……一ついいか。その前に誰が倒されたと思う」

「誰って、それは」

 汚れた服、口元を押さえた手から漏れる鮮血。

 頬には傷を負い、片足は痛むのか極端に浮かしている。

「そうだよ。俺は袋叩きに合ったんだよ。で、誰が俺に同情した」

「する訳無いでしょ。邪魔だからどいて」

 邪険に言い放ち、ケイを突き飛ばすサトミ。

 彼はそのままあっさりと地面に倒れるが、やはり誰も見向きもしない。


「どういう事」

 後ろから一人私をケイの声を聞きながら、サトミに問いかける。

 彼女は仕方なさそうに微笑んで、そっと私の頭を撫で付けた。

「それだけ、あなたが慕われてるって事でしょ」

「同情じゃないの」

「どう取らえるかはあなたの自由だけど、誰にも同情してくれる訳でもない。ケイではなくても私が倒れたら、どうなっていたかは疑問ね」

 寂しげに呟くサトミ。


 彼女のコンプレックスになっている、人との距離。 

 自分は慕われていないという思い込み。

 今それが、強烈な形で彼女の目の前に突きつけられたという事か。

 それでも彼女は私を支えてくれる。

 今も決して全ての危険が去った訳ではない。

 再びペットボトルが飛び、誰かが飛び出してくる可能性もある。

 それでも彼女は、私に寄り添いかばってくれる。

「大丈夫。その時は、私が助けるから」

「麗しい友情ね」

 押し黙ったサトミの代わりに、くすくすと笑うモトちゃん。


 サトミだけじゃない。

 この場の誰が困っていようと、私は手を差し伸べる。

 例えそれが偽善だろうと同情と言われようと。 

 私が今日みんなに助けてくれたように。 

 それが私に出来る事。

 私がするべき事なんだと思う。

 この小さな手に出来る事は限られてはいるけれど、誰も決してこぼしはしない。

 私が。

 そしてみんなの力を借りて、成し遂げてみせる。




 医療部で簡単な診察を受けて、特に問題は無いとの結果を告げられる。

 特に今回は程度が軽く、見えなくなったのはペットボトルが飛んできた数秒間だけ。

 今は鮮やかにと言う程ではないが、日常生活を送るのに問題ない程度には見えている。

 サトミ達の支えが無くても、スティックを杖代わりにすれば普段通りの行動も出来ると思う。

「なにかあれば、八事の第3日赤へ。頭の方は」

「ペットボトルが軽く当たっただけなので」

「はれも、無いか。分かりました。では、お大事に」


 診察室を出て、隣の治療室にと入る。

 こちらではケイが治療を受けていて、顔にはガーゼが派手に貼られていた。

「そんなに殴られたの?」

「殴られる、蹴られる。踏みつけられる。で、同情がどうしたって」 

「しつこいな。良いじゃない、生きてるんだから」

「悟った人は、言う事もでかい。というか、差がありすぎじゃないのか」

 今頃怒りがこみ上げてきたのか、突然声を荒げるケイ。


 私は軽くペットボトルが当たって倒れたところで、みんなが諍いを止めてくれた。

 ケイは袋叩きにあっても、誰も見向きもしなかった。

 それは確かに、文句の一言も言いたいだろう。

 私達に言うべき事かどうかは、ともかくとして。

「怪我人は、どのくらいいるんですか」

 ケイを治療していた看護婦さんに尋ねるモトちゃん。 

 看護婦さんは隣のカーテンを指差し、その数を一つずつ数え出した。

「とにかく、この人数分はいるわよ。消毒くらいで帰った子もいるから、実際にはもう少し多いわね」

「かなり問題になってますか」

「職員が事情を聞きにきてた。私もここまでの衝突は知らないわね」

 最後に注射をして、特にいたわりの言葉も掛けずに去っていく看護婦さん。

 これを見ていると、彼がひがむのも良く分かる。

「大丈夫?」

「警察が介入してくるのは防いだみたいだし、マスコミが問題かな」

 上着を羽織って立ち上がるケイ。

 私が聞いたのは彼の体調に関してだけど、本人が気にしていないのでこのまま流した方がいいんだろう。

 やはり彼に、同情なんてものは似合わない。


「衝突は回避出来たとしても、あれだけの騒ぎになったのは事実なんでしょ」

「警察はパトロールを強化するだろうし、マスコミも取材を掛けてくる。何より生徒に火が付いた」

「火って何」

「集まって騒ぐのは、意外に面白いって事。今回のような行動はともかく、集会やデモはこの先起きる可能性は高い。当然生徒会も学校も押さえに掛かるから、今まで以上に揉める」

 冷静に分析をするケイ。

 それに対してサトミも小さく頷き、彼の話を裏付ける。

「私達が行動するより先に、学校側で動かしてくれたって事。問題ない」

 モトちゃんはそう断言し、颯爽と身を翻して治療室を出て行った。

 自信。それとも決意の表れ。

 今更後に下がる事は出来ないという。

 勿論それは彼女だけではなく、私達全員の思いでもある。




 医療部を出たところで、風間さん達の出迎えに会う。

 中まで来ればと思ったが、彼等なりに気を遣ってくれたのかもしれない。

「調子はどうだ」

「特に問題はありません」

「ならいい」

 優しく笑ってくれる風間さんや石井さん達。

 それにふと心が軽くなり、気持が和む。

「俺も怪我を」

「お前の事など知らん。丹下」

「はい。F棟、G棟、J棟の生徒会ガーディアンズは、全面的に旧連合に協力します」

 差し出される一枚の紙。


 上には誓約書と書かれていて、短い文章の後に風間さんと沙紀ちゃんと新妻さんのサインが入っている。

 これはすなわち生徒会への反抗で、除名の対象ともなる。

「いいの?」

「遅すぎたくらいよ。もっと早く協力していれば、今日みたいな事にはならなかったのに」

 そっと私の肩に触れる沙紀ちゃん。 

 その手に自分の手を重ね、私の思いを彼女に伝える。

 気持だけではなく、言葉でも。

「今までずっと助けてくれてたじゃない。それでも十分すぎるよ」

「ありがとう。今日からは、本当に協力させてもらうから」

「頼りにしてる」

 お互いの指を絡め合い、視線を交わしてはっきりと頷く。

 連合も生徒会ガーディアンズも関係は無い。

 今は同じ気持でつながった仲間。

 立場も、もしかすると目的も違っているかもしれない。


 それでも思いは同じ。

 この学校のために尽くす。

 戦うという思い。

 かつての学校の空気を取り戻すという決意は。

「泣けたわよ」

 嫌な台詞と共に、街路樹の陰から現れる鶴木さん。

 その彼女を強引に後ろへ押しのけ、代わりに黒沢さんが前に出た。

「SDCとして、前面的に旧連合へ協力するわ」

「ありがとう」

 私が差し伸べた手をしっかりと握る黒沢さん。

 ニャンは私に寄り添い、そっと頭を撫でてくれる。

 それを青木さんがにこやかに見守ってくれる。

 私のもう一つの居場所。

 心の拠り所。

 無条件で私を受け入れてくれる人達の気持に心を暖かくする。


 「でも、いいの?」

 ニャンは草薙高校所属として、大会に出場している。

 明確に学校へ反抗する姿勢をとれば陸上部を除籍され、大会へ出場する道を閉ざされる可能性だってある。

 それでも彼女は爽やかな笑顔を浮かべ、私の肩をそっと引き寄せた。

「実業団や地域のクラブに所属したって良いんだし。何より、ユウユウが困ってるのなら助けるのは当然でしょ」

「ニャン」

「私は、ユウユウのために生きてるんだからさ」

「私も、ニャンのために生きてる」

 二人で抱き合い、その思いを新たにする。

 自分の気持を確かめ、相手の気持を受け止める。


 それが例え一方的な思いだとしても、二人が同じ事を思えば気持は重なるはずだ。

 そして私と彼女の気持が離れるなんて事は無い。

「という訳で、SDCとしての協力は惜しみませんが」

 最後を、「が」で締める黒沢さん。

 当然その後には、逆の意味が続くはずだ。

「一部格闘系クラブが反対して、SDCを離脱したわ」

 静かに告げる黒沢さん。 


 ただそれは折込済みというか、予想された事態。

 旧連合のガーディアンですら、全員が私達に協力している訳ではない。

 SDCでも意見が分かれるのは当然だ。 

 ただ離脱した要員は、生徒会との利害関係だけではない気もするが。

「なんだよ」

 びくりと身を震わし、後ろに下がるショウ。

 連合とSDCは良好な関係にあったし、今でもこうして個人的なつながりもある。

 ただ、中には対立というか敵対している人もいる。

「離脱をしたのは空手部が中心なのよね」

「悪い奴等だ」

「玲阿を倒すとか言ってたわよ」

「それは、俺が悪いのか。……いや、悪いんだろうな」

 認めないでよね、すぐに。


 確かに比率としては空手部が9割悪いとしても、ショウがもう少し押さえれば決定的な対立は防げた可能性もある。

 お父さんの事を揶揄されて、彼が黙っているとも思えないが。

 それに彼が何もしなかったのなら私が一暴れして、私が空手部と対立してた事になる。

「好きにすればいいんじゃないの。学校に付きたいなら、付けば。絶対に私達が正しいって言い切れるわけでもないんだし」

「随分、理解のある発言ね」

 指先で、下から私の顎を持ち上げるサトミ。

 意味は分からないけど、少し背筋が寒くなった。

「物理的対抗手段を相手が手に入れたという事よ、これは」

「大丈夫。ショウ一人で片付けるから。元々、ショウに敵わなくて逆恨みしてるんだからさ。そんな大げさな話じゃない」

「さっき襲ってきたのが、空手部だったら」

 それには答えず、ショウを前に出して議論から逃げる。 


 確かに傭兵やガーディアンにしては手際が悪く、やけに白兵戦を好んでいた。

 今考えると「押忍」という言葉を聞いたような気がしないでもない。

「どっちにしろ、それは大丈夫」

「たまには根拠を言って。では、SDCの参加を歓迎します」

 改めて、今度はモトちゃんと握手を交わす黒沢さん。



 「役に立たん奴だ」

 そう言ってげらげら笑うケイ。

 どうやら、もう片頬にもガーゼが欲しいらしい。

「どちらにしろSDCの大半、つまり運動部はほぼ協力すると思っていいわ」

「・・・運動部って事は、文科系のクラブもあるよね」

「あっちはまとまらないと思うわよ。誰が何をやっていようと関係ないって人も多いし、統一組織も無いから」

「そうなんだ」 

 特に期待はしていないし、思いつきの発言なのでそのまま自分でも軽く流す。

 協力を得られるに越した事は無いが、それぞれの立場もあれば考え方もある。

 まして学校に公然と反抗するんだから、無理強いするような事でもない。




 そのまま生徒会の特別教棟へ移動し、中川さんと天満さんから正式に協力するとの言葉を得る。

 ただ彼女達の場合に限っては立場は逆で、私達が協力する関係にもあるが。

「ガーディアンとSDCは協力を申して出るようね」

「雪野さんの人望なのよ、人望」

「人望なの?」 

 天満さんの言葉に、疑問調で問いかける中川さん。

 私も人望というのとは、また違うような気がしないでもない。

「端的に言えば、雪野がこの学校の代表だって言う意味だろ」

 ぽつりと漏らす塩田さん。 

 彼は戸惑う私の前を通り過ぎ、モトちゃんとサトミを順番に指差した。

「統率するのは元野で、企画や計画を立てるのは遠野達。実際に行動するのは玲阿であり、浦田達」

「それで?」

「お前は自由で、誰にも縛られない。良くも悪くも、草薙高校の校風そのものだ」

 校風そのものという例えは嬉しいが、良くも悪くもという部分は引っかかる。 

 というか、別に悪くは無いんじゃないの。

「言っただろ、自由だって。お前、何かを我慢した事あるか」

「いつも我慢してるじゃないですか」

「で、それが続くのか」

「続くって、それは。我慢には限界があるじゃないですか」

 全員が一斉に、私を真っ白い目で見てきた。 

 さっきまでの暖かさはすっかり消えうせ、秋の風みたいに乾ききってる空気だな。


 塩田さんは苦笑気味に表情を緩め、私を顎で示した。

「そういう分かりやすさが、生徒達には受ける。浦田の兄貴もそれに近いが、こいつは大学院生だしとぼけすぎてるからな」

「はは、褒められた」

 褒めてないよ、誰も。

「別にお前へ期待をしてるとか、してないとかじゃない。存在そのものが有意義なんであって、何をしろという具体的な欲求は無いはずだ」

「じゃあ、どうするんですか」

「今まで通り好きにやってろ。後は、遠野なり浦田なりが面倒を見る」

「見きれるか」 

 余計な事を呟く男を睨み、小さな自分の手をじっと見つめる。


 塩田さんはああ言ってくれたが、何も期待が無い訳ではないはずだ。

だけど今は、とりあえず自分の出来る事を一つ一つやっていこう。

「調子は良さそうですね」

「ええ。一時的に暗くなっただけなので」

「塩田が言ったように、雪野さんは草薙高校の象徴みたいなものですからね」

 笑い気味にそう言ってくれる大山さん。

 しかし私にその実感は薄く、単なる冗談にしか聞こえない。

「私はそこまでの存在とは、自分では思えないんですけど」

「自分で思うような人は、雪野さんのようには慕われません。意識せず、自然と周りが思う事ですから」

「大山さん達の時にも、そういう人はいたんですか」

「タイプは違いますが、新妻さんがそうですね」

 新妻さんと言えば、深窓のお嬢様を連想させる綺麗な女性。

 私が彼女に似てるのか。

「タイプが違うって言っただろ」

 ぽつりと呟くケイ。

 そんな事は、言われなくても分かってるっていうの。

 だけど、少しくらいは夢を見たっていいじゃないさ。


「新妻さんって、大人しいタイプですよね。よく知らないけど」

「彼女の場合は校風というより、学校への思いです。自分よりも何よりも学校を大切にしていました。三島さんや屋神さんが心酔していたのも、その強い思い故です」

「思い」

「大袈裟に言えば、学校を具現化した存在とでも言いますか。その意味においても、雪野さんとは違うタイプですね」

 だったらその意味ではない部分では、私とどう違うのか聞いてみたいな。




 着実に増えていく協力者。

 ただ協力を申し出てくれる組織の中でも、反対や離脱者は存在する。

 SDCでは、空手部。

 生徒会でも、総務局や内局は執行委員会側に付いている。

 ただ情勢としては、反体制派の数が多いと思う。

「へろー。アイドルがいるって聞いたけど、どこ」

 馬鹿げた事を言いながら。

 というか、初めから私に視線を合わせながら現れる池上さん。

 でもって人の頬を左右からつまみ、ぐいぐい引っ張り出した。

「なかなかの人気者じゃない」

「見てたのなら、初めから助けてよ」

「3年生がでしゃばってどうするの。これからは、あなたたちの時代でしょ」

 少し寂しげに。

 だけど誇らしげに語る池上さん。


 礎を築き、私達に道を残してくれたのは彼女達。

 その彼女達もまた、先を行く人達に道を切り開いてもらったはず。

 私達がこうしていられるのも、そうした先輩達の努力と成果の上に成り立っている。

「恥ずかしい」

 鼻を鳴らし、覚めた目で私を見てくる舞地さん。

 いたわりどころか、同情の言葉も無いな。

「こっちは目が見えなくて」

「恥ずかしい」

 じゃあ、私が投げるペットボトルが避けられるか試してもらおうじゃないのよ。

 ホットはないのかな、ホットは。

「止めなさい」

 人の頭をはたいてくるサトミ。

 どうもここにいる人達は私に対して同情的では無いらしい。


「なんだ。今更だが、俺達もお前等には協力するって事だ」

 ようやく話を元に戻す名雲さん。

 でもって柳君は、臆面も無くケイの腕にしがみついた。

「何でも言ってよ。何でもやるよ」

「困ったな、これは」

 にやけながら柳君にすがるケイ。

 困ったのはこっちの方だよ。

「ではみなさん。一言よろしいですか」

 声を張り上げ、全員の注目を集めるモトちゃん。

 それに従い全員が姿勢をただし、彼女へと向き直る。

「ここの意図や目的使命はともかく、一つの考えによって集まっているんだと私は思ってます。管理案の撤回。つまりは生徒の自治の回復。我々の手に、学校を取り戻す事だと」

 小さく頷く私達。

 モトちゃんもそれに頷き返し、話を続ける。

「今までも決して平坦な道ではなく、この先困難も予想されるとは思いますが。みんなで一致結束して頑張っていきましょう」

「おー」 

 突然拳を振り上げるヒカル。

 別に、間違ってはいない。

 ただ、この雰囲気でやる事でもない。


 軽い咳払い。

 モトちゃんは少し間を置き、私達を見渡した。

「……私からは以上。他に意見は」

「雪野」 

 唐突に私を指名する塩田さん。

 嫌だと言いたい所だが、今回のきっかけとなったのは私。

 何かを言う義務はあるんだろう。

 仕方なく居並ぶみんなの前に進み出て、頭の中で考える。 

 しかし大体の事はモトちゃんが口にして、しかもかなり分かりやすく言ったものだからそれを真似も出来ない。

 ただ、余り深く考える事でもないか。


「今日は色々と済みませんでした。それと、ありがとうございます」

 「どっちなんだ」という目をするケイに睨みを利かせ話を続ける。

「大体はモトちゃんの言った通り。私これ以上言う事も特にはありません。私はみんなを信じてるし、みんなも信じあってると思ってる。だから、きっと大丈夫だと思います」

 小さく起きる拍手。

 ヒカルのそれに合わせ、少しずつ拍手が起きていく。




 初めは小さな出会いだった。

 それがいつしか大きな輪となり、ここまでのつながりが作られていた。

 勿論それは私で出来た事ではない。

 大勢の人の気持が重なり合い、つむぎあわされたから。




 この先に何が待ち受けているのか。どんな結果になるのかは、正直一抹の不安も残る。

 それでも、この仲間達と一緒なら恐れる事は何も無い。






  







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