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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第36話
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36-2






     36-2





 その日の夜。

 男子寮の、ケイの部屋へとやってくる。

 以前にも増して物が無く、マンガもゲームも殆ど買い戻せてはいないようだ。 

 この間のブックメーカーの勝ち分も個人的に流用はしていないようで、その意味では偉いと思う。

 それ以外の部分では知らないが。


「集まり、ね。楽しくないぞ、絶対」

「でも、ケイはずっと接触してきたんでしょ。その関係を、ここで壊して良いの?」

「随分立派になったなと言いたいけど。今日遭った事なんて、軽い挨拶みたいなもんだぞ」

 鼻を鳴らして私を見てくるケイ。

 つまり彼はああいった蔑まれ方をしながら、それでも彼等と接触を続けてきたのか。

 今日はちょっと見直したな。

「お前が今まで断ってた理由はそれか」

「何も好き好んで、嫌な思いはしたくないだろ。連中をコントロールする方法は他にもある」

「その集まりには出ない方が良いって事?」

「罠しかないって分かってるのに、誰が行く?」

 それもそうか。


 確かにあの空気は出来れば味わいたくは無い。

 ただ、ケイ一人に負担をかけるというのも気が引ける。

 ブックメーカーでは相当苦労したようだし、ここでまた彼一人に頑張らせるのはどうなんだろうか。

「大丈夫。それに、大した連中ではないんでしょ」

「聞いてたのか、俺の話を」

「聞いてた」

「理解したかという意味だ。知らんぞ、もう」

 端末を取り出し、無愛想な声で話し始めるケイ。

 相手はおそらく親睦会で、その集まりに参加するのを了承したと告げている。

「……もう逃げられないからな」

「思ったんだけど。学外の組織なら放っておけばいいんじゃないの」

「執行委員会への転入生は、大体親睦会ルート。そこを押さえるのは、転入生を抑えるのにもつながる」

「……あの車は持ち出せるか。おじさんの、装甲車みたいなの」

「メガクルーザー?別にいいけど、何のために」

「いざという時のために。人数も乗れるし、ぶつけられても平気だろ、あれなら」

 かなり物騒な想定で話すケイ。

 そういう事態にならないのが一番だけど、誘拐を企てたのが連中だとしたらそのくらいの警戒は必要か。




 いまいち面白くない空気になったので、ゲームを起動して適当なのを探す。

「だるまさんがころんだ?どんなゲームなの、これ」

 血を模した不気味な題字と、おどろおどろしい音楽。

 画面は暗く、何か嫌だな。

「声でプレイするの?」

「それなりには面白い」

 どうだろうかと思いつつ、怖いもの見たさでプレイ開始。


 一人称の視点で、方向ボタンを押すと顔。

 つまり視点が動く仕組み。

 前を向いて数を数えている時は、暗い状態。

 振り返る時は明るくなるが、周り全体も薄暗く遠くにろうそくが灯っているだけ。

 この時点で、かなり背中が寒くなる。


「だるまさんが」

「うぉおぅおー」

「うわっ」

 言葉を止めて振り向いた途端、背後に気配。

 正確には、画面にぼんやりとした白い影が現れた。

 でもって不気味な泣き声も。

「気持ち悪いんだけど」

「始めてしまった物は仕方ない」

 何の救いも無い事を言ってくるケイ。

 ただ気持ち悪いが、全員が動くのを見破れば良いだけだ。

「ころんだ」

「うぅおぉおーっ」

 視線を足元に向けると、長い爪の生えた血まみれの手が這ってきてた。

 でもって真後ろには、白い影。

 すすり泣く声が遠くから聞こえ、青白い炎が周りを巡る。


 ……止めた。

 何一つ面白くないし、このままだと悪い夢を見る気がする。

「もっと楽しいのはないの」

「モードを代えたら」

「お化けが虎になるだけでしょ。……えーと、これか」

 ポップな音楽と明るい画面。

 遠くに見えるのマリンブルーの綺麗な海。

 砂浜を歩いてくるのは、金髪をなびかせた可憐な美少年達。

「だーるまさんがころんだー」

 あっという間に美少年達が殺到し、顔の前に迫ってくる。

 これは照れるな、結構。

「真剣にやれよ」

「だってさ。……これって、男の子用のモードもあるの?」

「当然だろ。身悶える人妻編、なんてのもある」

 果てしなく馬鹿馬鹿しいな。




 翌日、寮へ差し向けられた車に乗って矢加部家へ向かう。

 私は来たくなかったが、ケイ達が言うにはここで色々揃える必要があるそうだ。

「公園?」

 真顔で尋ねてくる神代さん。

 生い茂る木々。

 道沿いに小川が流れ、小鳥の群れが水浴びをしている。

 ただし人の姿はどこにもなく、変わって遠くに大きな家が見えてくる。

「あれが、母屋ですか」

 渡瀬さんの言葉に頷き、車が止まったところで外へ降りる。

 放っておくと運転手さんがドアを開けるか、外からスーツ姿の偉そうな人が開けてくるので。

「日本ですか、ここは」

 綺麗な女性の手を借りながら、車を降りる高畑さん。


 居並ぶスーツ姿の男性と、メイド姿の女性達。

 自分が並ぶ側になる事はあるけど、迎えられる側になる経験はそうありはしない。

 というか、こういう事は止めてくれって頼んだんだけどな。

「解散、解散。仕事に戻ってもらって結構です」

「はあ」

 困惑気味に笑う、スーツ姿の男性。

 それに構わず、手を叩いて全員を促す。

「お嬢様のわがままでしょ、どうせ。へいへいって聞き流してくれればいいですから」

 背後に肌を突き刺すような気配。

 悪口の一つでも言おうと思ったが、先にお嬢様の方が来てしまった。

「あなたを出迎えた訳ではありません。防犯訓練で集まっていただけです」

「あ、そう。済みませんね、このお嬢様は融通が利かなくて」

「何言ってるの、先輩」

「世間知らずだから、みんなに迷惑掛けてるって事。構わず、どんどん叱ってあげて下さいね」



 こっちが矢加部さんに怒られた。

 リビングか客間か。

 とにかくやたらに広くて豪華な部屋に通され、足の長いじゅうたんの上に座り込む。

 ソファーもあるんだけど、私が座ると間違いなく埋まって出てこられなくなる。

「やあ、しばらく」

 温和な笑みを浮かべ、悠然と現れる矢加部さんのお父さん。

 その隣には、何やら浮き立った顔のお母さんも。

 さらにはメイド姿の女性がずらりと並ぶ。

「服が欲しいんですって」

「いや、借りるだけですから。それと、あまり派手なのは」

「とりあえず、見て」 

 人の話を聞かずに、私を引き起こして服を当てていくおばさん。


 目にも眩しい純白にフリルと刺繍。

「大人しいのをお願いします」

「可愛いじゃない。こっちは?」

 背中の大きく開いた赤のドレス。

 でもって次は、毛皮のコートと来たもんだ。

「普通のです、普通の。ブラウスとシャツとか。でも下はジーンズがいいかな」

「その言葉、待ってました」

 何を待ってたのか知らないが、擦り切れたジーンズが現れる。

 当然使い込んで擦り切れたのではなく、それだけの年代を経た品物。

 つまりはビンテージ物か。

「長いね」

 ポツリと漏らす神代さん。

 当てる前から言わないでよね。

「優ちゃんのサイズに合わせて、切ればいいじゃない」

「お母様」 

 遠くで様子を窺っていた矢加部さんが怖い声を出し、おばさんが不思議そうに彼女を振り返る。 

 少なくともこの件については、私も矢加部さんに賛成だ。


 ビンテージ物の端切れを集めてるのならともかく、何もなっていないジーンズを切るなんて発想私にはない。

 というか、切った部分だけでも相当の値が付きそうな気がする。

「いいじゃない。美帆ちゃんも履いてないんだから」

「そうですけど。お母様が思っていいる以上に高いですよ、それは」

「優ちゃんのために一肌脱ぐと思って」

「それはそれでどうかと思うんですけどね」

 おい。 

 言いにくい事をはっきり言うな。

「とりあえず、下はこれで良いわね。上は……」

「その辺の派手なのは、彼女達に」

「あら、そう?選び甲斐があって困るわね」

 今度は私そっちのけで、神代さん達に服を合わせていくおばさん。

 多分矢加部さんはこういう事には付き合わないタイプなので、楽しくて仕方ないんだと思う。

 子供の服を自由に選ぶのは、親の特権だから。


「えーと、これか」

 メイドさんが運んできた衣装用のキャスターを眺め、Gジャンを取り出す。

 下がジーンズなら、上はこれに限る。

 ただ舞地さんに倣うのなら、キャップも必要か。

「キャップありますか」

「こちらを」

 一言言うだけで、20種類くらいを取り出してくるメイドさん。

 その中から赤いキャップを一つ選び、床に置いたジーンズとGジャンに合わせてみる。


 後は、中に着る服。

 舞地さんはシャツを着ていたはずで、ここはそれに見習おう。

「これでいいかな」

 適当に青のシャツを一枚抜き出し、上着を縫いで羽織ってみる。 

 これも明らかに袖が余り、指先がかろうじて見えている程度。

「仕立て直しましょうか」

「出来るんですか?」

「寸法だけ測らせていただきます」

 肩腕、首周りと手際よく測っていくメイドさん。

 こうなると家に服屋さんがいるようなもので、この家の奥深さを思い知らされる。

「靴はどうなさいますか」

「スニーカーか、革靴。出来るだけ、頑丈なのを」

 シンデレラのガラスの靴よろしく、足元に並べられるいくつもの靴。

 当然サイズが合わず、王子様とは出会えそうに無い。

「靴は、自分のを履いていきます。慣れないと足元が不安だし」

「承りました。では、ジーンズの裾直しも致しますのでこちらへどうぞ」



 こじんまりとしたゲストルームで服をひん剥かれ、あれやこれやと測られた。

 しかも作業は事務的で手際がいいため、さながら人形気分。

 間違いなく恭しさはなく、作業の一環といったところ。

 あまり大げさにやられても困るので、私としてはこの方が楽ではあるが。

「以上で結構です。お疲れ様でした」

「あ、どうも。ご苦労様でした」

 一礼して、荷物をまとめさっさと部屋を出て行くメイドさん達。

 私は一人、下着姿で狭い部屋に取り残される。

 しかも正面には大きなドレッサーがあり、間抜けな姿が映りこんでいる。


 背は低いは足は短いは胸はないは。

 後一ヶ月すれば高校3年生とは思えない体型。

 とはいえバランスが崩れている訳ではなく、背が小さいから足も短いし胸も無い。

 本当、神様っていうのは良く考えてるな。

 でも、もう少しアバウトに考えてくれても良いと思う。

「あーあ」

 もぞもぞとスカートを履き、シャツを羽織ってボタンを止める。


 背後に気配。

 腰を屈めて靴下を引き上げ、床に置き忘れてあるベルトを掴んで腕を素早く横へ振る。

 鋭くしなったベルトはドアを叩き、開く事を押しとどめさせる。

「な、何を」

「それはこっちの台詞よ。ノックくらいしてよね」

「ここは私の家です。誰に許可を得るんですか、誰に」

 血相を変えて怒る矢加部さん。

 それはもっともだと言いたいが、着替えてるところを見られない権利すら私には無いんだろうか。

「何か用?」

「親睦会の事です。付き合いがあるんですか?」

「ケイはね。私は、それが何なのかも分かってない」

「それで結構です。彼女達を連れて行くともおっしゃらないように」 

 固い表情で忠告する矢加部さん。

 初めからその気は無いが、つまりはそのくらいの相手という事だろう。

 私も連中の人間性だけは、昨日の時点で十分に理解出来ている。

「所詮は貴族趣味の下らないお遊びです」

「貴族趣味って、自分もじゃない」

「私は趣味ではなく、貴族ですから」

 言っちゃったな、この人は。


 ただし家系を辿れば実際貴族。

 それに伴う責任や、矜持というかプライドは持ち合わせている。

 昨日の連中と決定的に違うのは、その部分だと思う。

 貴族としての特権だけをふりかざすのではなく、その責務や使命を果たすという。

 ただ現代日本に貴族制度は存在しないので、その時点で相当に矛盾はしているが。

「親睦会って、ただのおぼっちゃまお嬢様じゃないの」

「幹部はそういう人間ですが、組織としては優秀な人もいるにはいます。ただ上が腐っているため、有効に機能はしていません」

「ふーん。じゃあ、全員がお金持ちって事でもないの」

 すねかじりのサロンみたいなのを想像してたが、それはごく一部の事らしい。

 ただ結局組織が腐っているのなら、誰がどうでも関係ないか。

「知り合いでもいるの?」

「顔くらいは知っている人間もいます。ろくな人間ではありませんが」 

「草薙高校にもいるんでしょ、親睦会に参加してる人は。それは大丈夫なの?」

「大丈夫ではないから、今回のような事になっているんでしょう」

 一瞬険しくなる表情。


 私と違い、彼女は生徒会の中枢にいる人間。

 そういった不正や癒着。

 それこそ腐りきった状況を、日々目の当たりにしているのかもしれない。

「まあ、なんとかするからさ」

「そういう簡単な問題ではありません」

「難しく考えすぎじゃないの」

「子供は気楽で結構ですね」

 鼻で笑い部屋を出て行く矢加部さん。

 見直した気になったけど、やっぱり彼女とは相容れ無いな。

 多分向こうも思ってる事だろうけど。

 それと、ドアは閉めていけ。




 リビングに戻りじゅうたんの上でシャム猫と遊んでいると、うしゃうしゃという笑い声が聞こえてきた。

「着せ替え人形はどこよ」

 何とも楽しそうな表情で現れる池上さん。

 でもって私のそばを通り過ぎ、なぜかティアラを被っている高畑さんを捕まえた。

「可愛いじゃない」

「それほどでも」

「謙虚な子は好きよ」 

 指先で顎を下から撫でる池上さん。

 高畑さんは目を細め、そのままゆっくりと顎をそらして顔を出す。

 何をやってるんだ、何を。

「矢加部さんに用事でもあるの?」

「大事な用事で来てるのよ。これを」

 一転表情を改め、抱えていた大きな封筒を差し出す池上さん。

 ソファーに座ってにこやかにしていたおじさんは中から書類を取り出し、それに目を通して下の部分に素早くサインを走らせた。

「矢加部家としても、全面的に協力いたしましょう」

「ありがとうございます。舞地家を代表し、御礼申し上げます」

 丁寧に頭を下げる池上さん。

 それはいいけど、後ろに舞地家の長女がいるように見えるのは気のせいか。

「それは?」

「草薙高校でのトラブルに付いて、矢加部家と舞地家は学校側に組しないという誓約書」

「誓約書って、それは生徒側に付くって意味?」

 以前天満さんがしていた話。

 いざという時は協力者。

 例えばこういった外部の力を借りるのも選択肢の一つだと聞かされた。


 それは確かに有効な手段かもしれないが、私は素直には納得出来ない。

 舞地家や矢加部家がどうという事ではなく、出来るだけ自分達。 

 生徒の力で解決したいと思っているから。

「ご不満かしら、雪ちゃんは」

「不満というか。そこまでの話でもないでしょ、まだ」

「教育庁や中央政府と対立しても?」

「そんなに困る事?」

 そう言った途端、全員にすごい目で睨まれた。

 何か間違った事を言ったかな、今。

「教育庁が大きな組織なのは分かるけどさ」

「何が分かってる訳」

 怖い顔で近付いてくる池上さん。

 顔立ちが綺麗な分凄みが増し、思わずこちらも後ずさる。


 教育庁が中央官庁で、学校行政を管轄する組織なのは私も理解してる。

 中央官庁なので、当然相手は国家権力。

 いわば、日本国であり日本政府。

 大して私は、名古屋の高校の単なる女子高生。

 まさしく天と地ほどの差があると言っていいだろう。

「今、少し分かった」

「今まで、分かってなかったの?」

「まさか」

 曖昧に笑い、猫を抱えてその手を振る。

 池上さんは眦を上げ、猫を取り上げ机を叩いた。

「だから何も分かってないのよ、あなたは。それだから、すぐによだれをたらすのよ」

 関係ないでしょう、それは。

「それはもう分かった。で、具体的に何するの」

「何もしない。つまり、不干渉。トラブルが起きても介入しないし、学校からの要請でこちらが動く事も無い」

「意味あるの、それ」

「資金も潤沢で組織として確立している学校にとって、両家の支援は全く必要ないわ。ただ、アピールにはなる。草薙高校の方針には賛成していないと」

 後ろ向きというか、遠いやり方。


 ただ両家が介入すればそれは草薙高校という枠に留まらず、それこそ政府対両財閥の戦いになってしまう。

 そう考えれば、出来る限りの最良の選択肢という訳か。

「でも教育庁は、まだ介入してないんでしょ」

「される前に防ぐって事。事前にアピールしておけば、余計な混乱も防げる。棒を振り回して暴れれば済む問題でもないのよ」

 人を孫悟空みたいに言わないでよね。

 それには反論のしようもないけどさ。

「美帆お嬢様を見習ったら?両財閥間の交渉と、教育庁との折衝。教育族との会合。全部彼女がやってるのよ」

「私は何も」

「それに引き換え雪ちゃんも真理依も、どうしようもないんだから。みんなも、真理依や雪ちゃんみたいになっちゃ駄目よ」」

「はーい」

 なんか、やけにいい返事だな。

 というか、本当に私は彼女達の先輩なのかな。 


 池上さんや矢加部さんが私よりも大局的に事態を見ているの確かで、逆に私は目の前の事すら追えていない。

 これは間違いなく能力の差で、私がそれだけ矢加部さんに劣っていんだろう。

 とはいえ私は指揮官タイプではないと自分でも理解しているし、そういう事をやろうとも思わない。

 あくまでも自分に出来る事を、自分なりにやるだけだ。

「怒らないのね」

「怒る理由が無いからね」

 あられをかじり、のんきに答える。

 そういう事はサトミや矢加部達に任せ、私は自分の仕事を果たすだけ。

 それは彼女達の身を守る事。

 彼女達が何の不安も無く、自分達の仕事に専念出来るよう体を張るのが私のなすべき事だろう。

「悟りきっちゃって、面白くないわね」

 別に、池上さんを楽しませるために生きてる訳でもないんだけどな。




 矢加部家の帰り道。

 トランクに入りきらなかった荷物が、膝の上や足元にまであふれてきてる。

 洋菓子、電化製品、化粧品。

 こっちは生ハムの固まりか。

 これは全部矢加部さんから、神代さん達へのプレゼント。

 私のはトランクに入っている服一式だけ。

 あれだけでも十分すぎるほどで、敵から塩を送られる言われも無い。

 やがて車は女子寮に到着し、ロータリーを回り込んで玄関前へとやってくる。

「荷物を降ろしますので、お待ち下さい」

「いえ。こちらでやりますので」

 私の言葉へ意味ありげに振り向く執事の女性。

 どうしてこの人が運転してきてるのかは知らないが、なんとなく空気が冷たくなったのは間違いない。

「高畑さんの分以外、全部降ろして」

「あ、はい」

「すぐに」

 素早く車を降り、トランクへ取り付く神代さんと渡瀬さん。

 矢加部家ではどれだけお嬢様待遇を受けようと、ここは草薙高校の女子寮。

 人に頼り前にまずは、自分の力でやるのが基本。

 そして自分で出来ない事は、みんなで助け合えばいい。

「親睦会に、ご興味がおありなんですか」

「私は全然。むしろ、関わりたくないくらい」

「なら結構です」

 少し和らぐ空気。

 そんな上昇志向に見えるのかな、私は。

「美帆様は大変頑張っておられます。その努力を無駄にしないようお願いいたします」

「お願いはいいけどさ。私よりもサトミやモトちゃんに頼んだら。あの子達がリーダーなんだし」

「お願いいたします」 

 低い声で念を押してくる執事さん。 


 何で私に頼むかは知らないが、猫の家でも世話になってるので頭から嫌だとも言えないか。

「私なりにはやってみるけど、大して役に立たないよ」

「自信も無く、今の行動に走っているんですか」

「私は責任者じゃないからね。自分の意志で参加はしてるけど、おまけみたいなものでしょ」

「一度、ご自身の立場をよく考えられた方がいいようですね」

 微かに笑う執事さん。

 おかしい事を言ったつもりは無いが、笑うからには彼女なりに面白い部分があったんだろう。

「先輩、全部降ろしたよ」

「雪野さんのも」

「ああ、そうか。ごめん」

 外からの呼びかけに車を飛び降り、運転席の横へ並んでお礼を言う。

 執事の女性は窓を開け、そこから顔を覗かせて改めて私に話し掛けてきた。

「ご自身の立場を良くお考えになって下さい」

「立場って何」

「私からこれ以上言う事はありません。それでは」

 なんだ、それ。

 黒塗りのセダンはあっという間にロータリーから走り去り、後には荷物だけが残される。

「立場って何」

「反省しろって事じゃないの」

 とりあえず神代さんの生ハムを奪い、先輩としての威厳を保つ。

 私の立場なんてあってないようなもので、再認識するような事でもない。

「渡瀬さんはどう思う?」

「プリンを、早く冷蔵庫に入れたいですね」 

 少なくとも、彼女達の私に対する見方だけは良く分かった。



 二人からお裾分けをもらい、それを持ってサトミの部屋を尋ねる。

 彼女はいつも通り、英文の文庫本を読んでいたところ。

 訳者も「殿」となっていて、これがわざとなのか無意識なのかは分からないし尋ねるのもためらわれる。

「これ、矢加部家からのお土産」

「ユウに?」

「いや。神代さん達に。それを勝手にもらってきた」

「あなたもひどいわね」

 苦笑して、テーブルに置いた品物を見定めていくサトミ。

 彼女が目を付けたのは、大きなチーズ。

 良く分からないがかなり高価な物らしく、下手な牛肉よりは値が張るとの事。

 それ以前にどこへしまったらいいのか困るサイズで、高畑さんが押しつけてきた理由も良く分かる。

「舞地家と矢加部家で、草薙高校とのトラブルには介入しないらしいよ」

「教育庁と交渉してるんでしょ。週末は東京都と名古屋の往復ですって」

「そんなタイプだった、あの子?」

「さあ。人間、成長するんじゃないから」

 多少距離のある口調。

 私ほどではないが彼女も矢加部産とは確執があり、手放しで褒め称えるという心境にはならないんだと思う。

 私の知り合いで彼女を褒めるのは、モトちゃんと木之本君くらいだし。

「教育庁と対立してるっていうけど。具体的に対立してる?」

「この間、政治家と官僚が来たでしょ。天崎さんにも圧力が掛かってるようだし、以前より職員の出入りも増えてる。何より、学校と対立している時点で教育庁とも対立してるのよ」

「なるほどね」

 出されたお茶を飲み、浮かんでいる茶柱に気付く。

 めでたいにはめでたいが、人に言っては意味がないらしい。

 しかしこれを人に言わない事こそ苦痛であって、あまりおめでたくもない。

「茶柱でも浮いてるの」

 マグカップを凝視してる私に気付き、あっさりと読み取るサトミ。

 この時点で、御利益も何もなくなった。


「あーあ」

「茶柱が、そんなに惜しかったの」

「そうじゃなくてさ。なんか重苦しくて嫌だなと思って。学校も揉めてるし、外からもあれこれ言ってくるし。どうなのよ、これは」

「そのために戦ってるんじゃなくて」

 何とももっともな話。

 私も分かってはいるが、閉塞感というかやりきれなさがどうしてもある。


 生徒からの疎外も、その理由の一つだろう。

 彼等のためにやっているとか、理解されなくて悔しいとまでは思わない。

 ただ、少しの虚しさを感じるのは確か。

 後は何より、成果らしい成果が無い事。

 連合という組織が解体され、塩田さんは辞任に追い込まれた。

 木之本君は停学になり、ケイもショウも傷付いた。

 失った物は数多いが、何を得たかと言われれば答えに窮する。

 出てこない、と言った方が正確かもしれない。

「そんなに不満?」

「事態の進まないのがね。このままでいいのかな。もうすぐ卒業式だよ」

「モトが言ってた話ね。確かに塩田さん達に花道を飾ってもらうには、それへ間に合えばいいんだろうけど」

「急ぐ必要がないのは私も分かってる。ただ塩田さんの事を抜きにしても、悠長にしていたら相手思うつぼじゃないの」

 焦るつもりはないが、私達自体来年には卒業。

 その後を託すとすれば神代さん達になるんだろうけど、そこまで彼女達に押しつけて良いのかとも思う。

「短慮に走らないでよ」

「それは大丈夫だけどさ。何とかならないのかな」

「ユウが思ってる以上に、事態は進んでると思うわよ」

 何となくどこかで聞いた話。

 さっき、執事さんが言っていた事に重ならなくもない。

「私の立場ってどうなの」

「急に言われても」

「私は自分の立場が良く分かってないんだって」

「分かってはないでしょうね」

 笑い気味に答えるサトミ。


 何より私よりも私の事を知っているので、彼女には立場も意味も理解出来ているようだ。

「多分ユウが思ってる以上に、あなたは支持されてるわよ。尊敬されている、慕われてるとでもいうのかしら」

「モトちゃんみたいに?そんな、馬鹿な」

 どう考えてもそういう扱いを受けた記憶はない。

 怯えられたり恐れられている事ならまだしも、敬意は誰も抱いてないだろう。

「モトとはまた違うだろうけど。慕われてるのは確かよ」

「私が叫べばみんな付いてくるの?」

「それはどうかしら」

 なんだ、それ。



 良く分からないまま自室へ戻り、荷物を片付ける。

 ジーンズとGジャン、後はシャツにキャップ。

 でも、サトミの分はもらってこなかったな。 

 どうしようかとも一瞬思ったけど、多分それは無意味な悩み。

 周りがどれだけ着飾ろうと、Tシャツ一枚だけでモデルもかすむ。

 私は何を着ようと、所詮子供服から抜け出せない。

「あーあ」

 ため息を付き、ローボードの上にある小物入れを開ける。

 そこにしまわれたアクセサリーを適当に身に付け、すぐにしまう。


 今回のために持って行くのはしゃくだけど、一度くらいは身に付けた方が良いかも知れない。

 そういう訳で机の引き出しを開け、奥の奥にしまい込んでいた宝石箱を取り出す。

 中から出てきたのは、青い光を放つアメジスト。

 アメジストに入り込んだ光は中で細かく反射し、幾筋もの光となって周りを照らす。

 実際にどの程度の価値があるかは分からないけど、私にとってはこれに勝る物はない。

「後は」

 リュックからスティックを取り出し、一通り確認。

 ケイの口調だとトラブルもありそうで、その意味でもこれは手放せない。

「プロテクターは」

 かなり無粋だとは思うが、用心に越した事はない。

 一度プロテクターを着てからシャツとGジャンを身に付ける。

 それ程違和感はなく、プロテクターと言っても薄いシャツと同じ感覚。

 しかしこの用意を見ていると、何をしに行くのかという気がしないでもない。



 セキュリティが来客を告げ、モニターに人の姿が映る。

「今開ける」

 玄関の方から遠慮気味な声が聞こえ、数人の女の子が入ってきた。

 執行委員会に所属している、自警局と総務局の子。

 後は、いつも学校へ一緒に登校している子もいる。

「どうかしたの。何か困った事でも」

「そういう訳ではないんですが。明日親睦会と接触すると伺いました。大丈夫ですか」

 全員を代表する形で尋ねてくる、自警局の子。

 大丈夫も何も、心配されるような事とは思ってなかった。

「特に気にはしてないよ。万が一に備えて準備もしてるし」

「正直生徒会内でも、あまりいい噂は聞きませんから」

「そうなんだ。でも、大丈夫。わざわざありがとう」 

 私みたいな人間を気遣ってくれるのは少し意外で、また嬉しくも思う。

 中等部の頃は本当に身内だけで活動していて、心配した後輩が駆けつけるなんて事はまずなかった。

 そう思うと、私自身も以前とは何かが変わっているのかも知れない。

「お茶飲む?」

「いえ。もう遅いので。私達に出来る事があれば協力しますけど」

「協力」

 これも意外な申し出。


 後輩に頼むような事は思い付かないし、昼間のように荷物を運ぶくらいしか頼んだ事はない。

 そういう立場に立った事が無いとも言う。

 ガーディアンとしてはサトミ達を率いるポジションにはいたけど、それは名前だけ。

 実際の所、私が一番下に位置すると思っていた。

 事務や交渉においてはサトミにもケイにも敵わない。

 格闘術や捕縛術、体力においてはショウに敵う訳もない。

 どちらも卑下する程出来なくはないが、人に指示を出来る程のレベルでもない。

「サトミが何か聞いてきたら、それに答えてあげて」

「雪野さんからは?」

 目を輝かせて答えを待つ彼女達。

 良く分からないが、何か言わないと終わらない雰囲気。

 その期待に応える言葉は持ち合わせていなく、しかし多少なりとも威厳のある発言は必要だろう。


 とはいえ無理はさせられず、少し困ったな。

「卒業式も近いから、式とか謝恩会を手伝える人はそれをお願い。それか寮にいる3年生に、何か出来そうな事があれば友達と相談してやってあげて。今は、そのくらいかな」

「分かりました。明日は、気を付けて下さいね」

「お休みなさい」

 丁寧に頭を下げて部屋を出て行く彼女達。

 やがて玄関からドアの閉まる音がして、セキュリティがドアの自動ロックをつげる。

 今の発言が妥当だったのかは分からず、何よりどうして尋ねて来てのかも分からない。



 神代さん達はまだしも、彼女達との付き合いはそれ程深い訳ではない。

 名前すら知らない子もいるくらいだ。

 ただ訪ねて来た事に、大して深い理由はなかったのかも知れない。

 友達同士顔を合わせ、暇だったから通りかかった部屋を訪ねた。という程度の話。

 そう結論づけ、テーブルの上を片付けて食器を洗う。

 トイレを済ませてベッドへ潜り込み、明かりを消して目を閉じる。

 考える事はまだ幾つもありそうだけど、それは薄い意識の彼方に消えていく。

 また明日起きたら、ゆっくり考えるとしよう。




 朝。

 何か忘れてるなと思いつつ食事の準備をする。

 この時点で思い出せないのは決定で、きっかけがなければ何かを忘れたという感覚すら消え失せるだろう。

 とりあえず焼けたトーストにバターを塗り、牛乳で流し込む。

 ご飯にはお茶。  

 パンには牛乳。

 神様も、良くこんな組み合わせにしてくれたなと素直に感心してしまう。

 これがもし逆の習慣だったら、毎朝相当憂鬱な時を過ごすと思う。

 下らないと人は言うかも知れないが、私にとっては食事こそ一番大切な事。

 それ自体が下らないという人とは意見が合わないし、初めから付き合いもしない。

 別段グルメを気取っている訳ではなく、単に自分にとって美味しければそれで良い。

 などと、朝から深く考える事でもないか。


 ヨーグルトを食べ終え、食器を洗い着替えを用意する。

 出かけるにはまだ早いが、何事も早め早め。

 後になって慌てるよりはましだ。

 とはいえ、まだ日が上がって間もない時間。

 端的に言えば早朝で、非常に眠い。

 服は出したし、少し寝よう。

 休日で良いのは、何と言っても二度寝が許される事。

 意味もなく、布団にくるまり眠りに付く。

 これほどの贅沢は他に知らず、食事に負けず大切な事だ。




 肩が揺すられ、毛先が頬を撫でていく。

「起きて」

 目を開けると、サトミが私の顔を覗き込んでいた。

 こうして朝から天使に会えるのも、休日の特権か。

 たまに、鬼に会う時もあるけどね。

「まだ早いでしょ」

 欠伸混じりに起きあがると、サトミが自分の後ろを振り返った。

 そこにいたのは小牧さん。

 最近サトミと行動を共にする事も多いようなので、別段珍しい事ではない。

「おはようございます」

「おはよう。どうかしたの」

「親睦会の集まりに、私も行きたいんですけど」

 真剣な顔付きで申し出てくる小牧さん。

 彼女こそ上昇志向が強いとは思えないし、表情からして何かの理由があるんだろう。

 ただ、どうして私に確認を取るのかという部分は疑問だが。

「行けば良いんじゃないの。誰を連れて行くかは自由でしょ。私の代わりに行ってもいいんだしさ」

「警備上の問題よ。私とケイ。あなたとユウ。最悪ケイを捨てる覚悟なら、人数的に問題はないの」

「だったら、問題ないじゃない」

 半分寝ながらそう答え、間違ってもケイがどうかされる訳もないと考える。


 基本的にあの子は単独行動を得意とするし、お嬢様やお坊ちゃまに負けるとも思えない。

 相手がどれだけ武装してようと仮に誰かを雇っていようと、根本の精神や発想が異なる。

「ちなみに私も、自分の身くらい自分で守れるわ」

「そういう言い方をされると、何か不安になってくる。今日の集まりは、危ないの?」

「おそらくね。そこに乗り込んでいく私達、というのも相当間が抜けてるんだけど」

「良く分からないけど、護衛を増やせばいいのね。名雲さんか御剣君は」

 二人とも出かけてると答えるサトミ。

 名雲さんがいないなら、柳君もいない。

 塩田さんや風間さんには頼みづらいし、阿川君はかなり気が引ける。

「……あの子、前島君は。お金を払えば、ビジネスライクにやってくれないかな」

「誰が払うの」

「誰かでしょ。最悪、ケイが払えばいい」

「前島君に頼むんですか?」

 露骨に嫌悪感を示す小牧さん。


 そういえば、何か因縁のあるような事を前言ってたな。

 だけど今は半分寝ているので、その深刻さが理解出来ない。

「悪い子じゃないでしょ。それに間違いなく腕は立つ」

「どうしてもと言うのなら」

「どうしても。……あ、雪野だけど。ちょっと、小牧さんの護衛をして欲しいの。……そう、その事で。……ええ、お願い。契約金は、ケイから受け取って」

「何よ、それ」

「私にも全然分からない」

 勝手な事を言って端末をベッドに放る。


 少ししてケイから着信があり、声だけを聞く。

 何か文句を言ってるようだけど、布団の下にしまったので半分以上聞こえない。

「じゃあ、用意してきて。良く分からないけど、良い服を着ないと駄目なんだって」

「一応、持ってるから。すぐ戻る」

 硬い表情で出ていく小牧さん。

 思い詰めているのは、もしかすると前島君との確執となっている部分とも重なるかも知れない。 

「何か知ってる?」

「別な学校に雇われていた時、あの金髪達に裏切られたとは聞いてる。金髪達は親睦会ともつながっているし、各地区の親睦会ともネットワークがある。その部分じゃないかしら」

「前島君の件はどうなの」

「彼は親睦会側に所属していたみたいね。その辺りで、意見の行き違いがあったんじゃなくて」

 そんな軽い程度の確執には思えないが、小牧さんが思い詰めている事実は確かに存在する。

 彼女についても注意を払っておいた方がいいだろう。



 女子寮の前に止まる、メガクルーザー。

 ケイが装甲車と呼んだのも十分に頷け、異常な程の威圧感がある。

 RV車を研ぎ澄ませ、軟弱な部分を全てそぎ落とした感じ。

 前も思ったけど、これが後ろに付いたら嫌でも道を空けたくなる。

「意外に普通の格好だな」

 普段通り、ジーンズに革ジャンのショウが私を見てそう指摘する。


 こちらは矢加部さんから借りたジーンズとGジャン。

 後はキャップにサングラスという、それ程目立ちはしない服装。

 スリムジーンズに白のブラウス、茶のコートを羽織っているサトミと比べるとかなり子供じみている。

 小牧さんもサトミと同じような服装で、羽織っているのがボアの付いた革のジャケット。

 何分二人ともよく似合う。

 でもって私は、親戚の家へ遊びに行く子供みたいだな。

「おはようございます」

 カジュアルな濃茶のスーツ姿で現れる前島君。

 彼を見て小牧さんが一瞬何かを言い足そうになるが、それはどうにか思いとどまったらしい。

「連中の所へ行くのは、危険だと思うんですが」

「誰かがやる必要があるんでしょ。良く分からないんだけど」

「学校への介入、生徒の流入を考えれば押さえたい相手ではあります」

「だったら行くしかないんじゃないの」

 キャップを深く被り、助手席に乗り込む。

 決意、使命、それとも無謀。

 何にしろ、私は私に出来る事をするだけだ。



 流れていく町並み。

 退いていく車。

 私が思う事は、他の人も思う事。

 この車の威圧感に、自然と周りの車が避けていく。

 露骨に柄の悪そうな車さえ近付いては来ず、すぐに車線を開けてしまう。

 無骨な外観もそうだし、ぶつかり合えばどちらが負けるかという話。

 歩いていても避けたくなる。

「小牧さんは、親睦会に何か不満でもあるの」

「多少。よからぬ輩よ、連中は」

 時代がかった事を言ってくる小牧さん。

 それはともかく、親しみたくない相手なのは間違いない。

「具体的にどうするの」

「会ってから決めるわ」

「何を」

「何もかもを」

 どうも良くない兆候。

 もう少し注意した方が良さそうだ。

「前島君は、何もないの」

「特に。雇われただけですし」

「連中に?」

 皮肉っぽく告げる小牧さん。

 前島君は少しも動ぜず、流れていく景色を眺めているだけ。

 心の内は読み取れない。


 重苦しい空気の中、景色は閑静な住宅街へと変わる。

 八事よりも新しい雰囲気。

 特に高層マンションが目立つ。

 道は広くて緑も多く、区画整理が進んだ町並みと言った印象。

 親交高級住宅街といったところか。

 車が左へ寄り、そのまま速度を落として止められる。

 ショウが私を見てきたので、軽く頷き話をする。


「一応確認しようか。キーは全員共通にするから、誰でも運転出来る。場合によっては、ショウとケイを置いていっても構わない」

「おい」

「武器の確認もしよう。何も持ってないのは」

 それには誰も反応せず、多分素手なのはショウ一人だけ。

 私はスティック、サトミとケイは警棒。

 前島君と小牧さんも、それに類する物は所持しているだろう。

「前島君は、小牧さんを優先して逃がすように。サトミは私かショウが意識するから、その事は考えなくて良い」

「了解」

「何かあったら、各自の判断で動いて。逃げ時だと思ったら、構わず逃げて。自分が残るとか、しんがりを勤めるとは考えなくて良い。私からは以上」

 これにも反応はなく、全員が頷く程度。

 何より、今更あれこれ語る必要も無い人達だ。

「私は混乱を望んではないけど、みんなの話を聞く限りあまり良い雰囲気では無いみたい。ただ、たやすく挑発には乗らないでね」

「鏡でも見てるのか」

 ケイの頭をスティックで叩き、車を降りる。


 マンションは右正面。最上階と聞かされていて、ワイヤーがあれば降下は可能か。

 今のところ周辺に不審車両は無し。

「車は、ここに置いていこう。駐車場だと、少し気になる」

「ああ」

 車を降り、私よりも鋭い視線を周囲に向けるショウ。

 視力は私を上回るため、違う何かが彼には見えているかも知れない。

「地下の駐車場にはいるかもな」

「中に入れる?」

「いや。シャッターが閉められる可能性もある。窓から車も確認出来るし、ここでいいだろ」

 全員が降りたのを確認し、キーをロックするショウ。

 私はスティックをGジャンの懐へしまい、大きく息を吸う。

「よし行こう」



 この先に何が待ち受けているのか。

 私が関わるべき事なのか。

 不快感しか待ち受けていないと分かりつつ、それでも向かうべきなのか。

 だけど迷う事はない。

 私は、自分に出来る事を果たすだけだ。





     







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