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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第35話
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エピソード(外伝) 35-7   ~ケイ視点・カジノ編~






     エピソード 35-7





 追いかける気力も無く、閉まっていくドアを眺めるだけの自分。

 しかしこれで一息付ける。


 はずもなく、入れ替わりに疾風が駆け抜けた。

 でもってそれはベッドの上で小さく弾み、俺の体に抱きついてきた。

「大丈夫そうだね」

「そうでもないよ」

 少し顔をしかめたのが気になったらしく、俺の体をまさぐっていく柳君。

 くすぐったいというか、なんか勘違いしそうだな。

「止めろ」

 その頭をはたき、襟を掴んで床へ下ろす名雲さん。

 彼は数枚の書類とDDを、寝転がったままの俺の胸元へと置いた。

「ブックメーカーの資料だ。一応、目を通しておけ」

「沢さんに渡したんじゃないんですか」

「お前にも渡す。お前が記憶をしておけ」

 どうして俺がと言いたいが、口答えするのもだるいくらい。

 とにかく頷き、書類とDDをラックの上へ置く。

「お疲れ様」

 くすくす笑い、軽く俺の肩に触れる池上さん。


 あれこれと文句を付けて来る人間は数え切れないが、俺をいたわってくれる人間がまだこの世の中にはいたらしい。

 それに多少のおもはゆさを感じつつ、足を撫でて大きく息を付く。

「苦労するわね、あなたも」

「何が」

「何もかもがよ。創設者の言ってた通り、報われてる?」

 少し力を帯びる池上さんの瞳。


 働いた分の見返りを受け取っているかといえば、疑問は残る。

 今回の利益にしろ使い道は確定していて、俺の手元に残る分もあちこちへ配分される。

 そこから残った分も違う用途に周り、今回の件で俺の手元にはまったくと言っていいほど入ってはこない。

「報われては無いでしょうね」

「それでも構わないの?」

「あまり気にした事がないので」

 ショウ達のように人の良さからではない。

 打算とも、少し違う。

 極端な事を言ってしまえば、働かせてもらえるだけありがたい。

 もしくは、居場所を与えてくれるだけで。

 俺みたいな存在はいなくても困らないし、むしろ迷惑。 

 それでもかろうじて受け入れてもらえるのなら、自分に出来る事をせいぜい頑張るしかない。

「報酬だ」

 胸元に置かれるカード。

 何かと思って端末に差し込むと、そこには相当な額の金が入っていた。

 額からして、俺が今回舞地さんへ渡した額とほぼ同じ。

「いいんですか」

「別に必要ない」

 あっさりと言ってのける舞地さん。

 俺も余計な事は言わず、黙ってそれをラックの上へ置く。


 彼女達の気持ち。俺への思い。

 少なくとも、少しは俺を気に掛けてくれる人がここにはいるようだ。

「まあ、たまにはゆっくり休んでろ。俺達はもう帰るからな」

「さよなら」

「お前も来るんだ」

 柳君の襟を掴み上げ、部屋を出て行く名雲さん。

 舞地さんもその後に続き、池上さんが改めて俺の肩に触れる。

「無理しすぎじゃないの。多分あなたが思ってるより、みんなはあなたを心配してるわよ」

「だといいんですが」

「いいけどね。私の人生じゃないんだから。でも、少しは素直になったら」




 素直、か。

 そんな言葉、辞書にしか無いと思ってた。

 いや。俺の周りには結構あるようだが、俺の中には存在しない。

 素直なのは美徳だろうが、その美徳が俺を救ってくれた試しは無い。

 人の裏を掻き、騙し、策を練る。

 素直とは程遠い事ばかりが、俺の体には染み付いている。


 物思いにふける間もなく、ドアがノックもされず開けられる。

 入ってきたのは中川さんと天満さん。

 後ろには木刀を背負った鶴木さんと右動さんもいる。

「沙紀は無事なんでしょうね」

 血相を変えて詰め寄る中川さん。

 ベッドに横たわっている俺は見えていないらしい。

「お土産を持って帰りました。寮に戻ってると思いますよ」

「ならいいけど。全く、とんだ不良娘ね」

 壁を拳で叩き、低い声で唸る中川さん。

 どうも今更ながら、彼女をブックメーカーに送り出したのを後悔しているようだ。

 何も無かったとはいえ、ブックメーカーに行ったという事実は存在する。

 それが中川さんにには、丹下の汚点とすら感じるのかもしれない。

 従兄弟ではあるが、姉のような存在である彼女の優しさや思いやり。丹下への愛情という事か。

 俺にはあまりにも遠すぎて、理屈としてしか理解出来ないが。


「大丈夫なの?」 

 苦笑気味に話し掛けてくる天満さん。

 彼女も、俺を気遣ってくれる数少ない存在。

 普段の浮かれた様子は無く、傷付いた後輩を憂う先輩の姿がそこにある。

 仮に違うとしても、今だけはそのくらいの感慨を抱かせて欲しい。

「苦労するわね、君も」

「あまりそういう気は無いんですけど」

「まあ、確かに「僕は苦労してるんです」って言っても仕方ないけれど」

 くすくす笑い、ラックの上にお菓子とジュースを置いてくれる天満さん。 

 彼女は運営企画局の局長。

 大切なのはイベントを成功させる事であり、自分達が目立つ事でもないし名を売る事でもない。

 むしろその存在は希薄な方がよく、自分達が前に出るのはむしろ失敗と言えるだろう。

「とにかく、よく休む事ね。疲れもたまってるのよ」

「ありがとうございます」

「鍛え方が足りないのよ、鍛え方が」

 時代錯誤かつ、何一つ根拠の無い台詞。

 鶴木さんがどうしてここにと思ったが、SDCの件もあったか。


 しかし咄嗟に言葉が出てこず、考えている内に意識が少し混濁する。

「寝ててくれればいいよ。君の活躍で、SDCは旧連合を全面的に支援すると決定したからね。彼の実力は体力測定で分かったし、人間性もさっきの試合で理解出来たから」

 とりなすように話してくれる右動さん。

 それに手だけを振り、大きく息を付いてペットボトルのジュースを飲む。

 言いたい事は幾つかあったが、少しでも感情が高ぶると意識が弱まる。

 自分で思っている以上に重症らしく、だから面会謝絶になってもおかしくない。 

 面会謝絶なのに、人が尋ねてくるのもおかしな話ではあるが。

「黒沢さんとの窓口は君で?」

「ユウかサトミに」

「分かった。俺は、君がもっと前に出てもいいと思うけどね」

 裏で動く事への忠告か、俺への評価か。

 どちらにしろその気も無いし、俺には似合わない。

「とにかく、よく休む事だよ。それで、真由ちゃんから言う事は?」

「……その、あれ。まあ、今回は助かった。ありがとう」

 ぶっきらぼうに、俺の方も見ないまま礼を言う鶴木さん。

 この人が礼を言うなんて。しかも俺に対して言うなんて、ありえないどころの話ではない。

 彼女も熱でもあるんじゃないだろうか。

「人間、素直が一番だよ」

「うるさいな」

 木刀で軽く右動さんを叩く鶴木さん。

 ただ彼女は普段から素直で、今は意地を張っている部分を取り除いたに過ぎない。 

 俺のように、捻じ曲がっているのとは根本的に違うとも思う。


 そろそろ帰るムードになったところで、中川さんが改めて詰め寄ってきた。

「バニーガールの衣装って、まだあるの」

「あるんじゃないんですか」

 そこまでは確認していないし、1年生も衣装の話はしていなかった。

 丹下のところにありますよ、なんて言ったらもう片方の足にも穴が空きそうだ。

「ブックメーカーがあった地下室に、まだ残ってるんじゃないんですか。持ち逃げした子もいるだろうけど、出勤してない子の分は少しくらいあるでしょう」

「持ってきて」

 分かった、持って来る。とは聞こえなかった。

 つまりは、俺が取りに行くという事か。

「今は封鎖されてるんでしょ。何も無いなら、自分で行くわよ」

「ああ、そういう事。ただ封鎖されてれば、俺も入れないんですけど」

「そこは自分で考えなさい」

 俺が考える事なのか、それは。

 でもって根本的に、俺が取りに行くものなのか?

「謝恩会で、大山君に着させたいんだって。貸衣装もあるけど、ブックメーカーのは本物でしょ」

「何が本物かは知りませんけど、高級な素材は使ってるでしょうね」

「そういう訳」

 どういう訳かは全く分からないし、謝恩会なら大山さんの一着ではなく数着用意した方がいいんだろう。

 天満さんはさすがにそこまで口にはしないが、ここは俺が気を利かせるべきか。

「1年生が内装品を回収するので、その時行って下さい」

「無くならないの」

「封鎖されてるんでしょ。明日になれば行けるようには連絡しておきます」

「仕方ないわね」

 不承不承頷く中川さん。

 どうも彼女は、ブックメーカーにあまりいい印象を抱いてないらしい。

 潰れた今でも足を踏み入れないくらいに。

 この生真面目さが、丹下の性格を作り出した一因かな。


「……何してるの」

 ドアから顔を覗かせ、一人一人の顔を指差していく丹下。

 指先は震え顔は赤く、床を踏みしめる足音が俺にも響く。

「その、話があってね」

「面会謝絶ってプレートが掛かってたでしょ、外に」

 大声を上げ掛け、しかし俺を見てすぐに自制をする丹下。

 この辺りがユウとは違い、あの子なら叫んだ後で気付いてる。

「とにかく、全員出て」

「はい」 

 素直に返事をして、ぞろぞろと部屋を出て行く天満さん達。

 面会謝絶の意味を、ようやく今理解した。


 しかしみんな、あれを何かのカムフラージュと思ってるじゃないだろうな。

 それも結局は日頃の行いで、今は報いを受けている段階。

 その意味では十分に報われているな。

「大丈夫?」

「特には」

「これは預かるわ」

 ラックの上にあった書類やDDを自分のバッグにしまう丹下。

 隠すところまで頭が回らず、それ以前に忘れてた。

 やっぱり、よく休んだ方が良さそうだ。

「ご飯持ってきたけど、食べる?」

「食べる」

 なんとなく背筋に悪寒。

 全身が総毛立つ感じ。

 食事用のキャスターが運ばれ、そこにタッパが幾つか置かれる。


 久し振りの対面を果たす俺と、例のあれ。

 レバー炒め、レバーのソテー、レバーペースト。

 嫌いではないが、好んで食べたい物でもない。

 というか、出来れば10年くらいは見たくなかった。

「出血したって、先生も言ってたから」

「そうですか」 

 反論も出来ず、両手を合わせて細々と食べる。

 まずくは無いが、味はレバー。

 決して、小躍りするような食べ物のではない。

「夜中に抜け出さないでしょうね」

 外で話を聞いていたのか、怖い目で睨んでくる丹下。

 それこそ、外で監視するくらいは言い出しそうだな。

「やる事は明日でも間に合う。今日は寝る」

「ならいいけど」

 いまいち信じていない表情。

 何しろ前科があるので、俺も強くは言い返せない。

「とにかく、今日は何も考えないでゆっくり休んで」

「ああ」




 夜。

 昼間に休みすぎたせいか、寝つきが悪い。

 それでいて体のだるさは抜けず、意識も重い。

 ラジオでも聴こうかと端末を探していると、ドアの向こうから声がした。

 呼び声。

 それもかなり急を要する調子の。

 おそらくは急患。

 こんな時間に医者も患者も大変だ。


 ラックの上にあった端末を手にしたところで、ドアがノックされる。

 入ってきたのは、青白い顔をした看護婦。 

 夜這いにしては生気が無く、何より俺に仕掛けてはこないだろう。

「お休みのところ、申し訳ありません」

 俺の体調はモニターで監視すらされていなく、見回りにもこないはず。

 青白い顔の看護婦が尋ねてくるような重症でもないはずだ。

「ご相談したい事がありまして」

 少なくとも看護婦に頼られるような医療知識は無く、何よりそんな関係でもない。

 逆を言えば、そこまで切羽詰った状態という事か。


「子供の患者が搬送されてきまして。ただ、今先生が全員外に出払ってるんです」

「常駐するのが基本じゃないんですか」

「国道で事故がありまして。こちらへは向かってるんですが、子供の具合がちょっと」

「転送すればいいのでは?いや。転院か。よく分からないけど」

「手配はしてますけど、事故で」

 予想外の、突発的事態って訳か。 


 ただ、それを俺に話してどうなるかとも思う。

 医者でもなければ救急車を手配するネットワークも持ち合わせてはいない。

「インターンがいたでしょ、何人か」

「それは、あまり」

 頼りにならない、という部分は飲み込む看護婦。

 学校を出て試験に受かれば医師にはなれるが、それは資格を得るだけの事。

 治療については、より長い訓練と経験を必要とする。

「インターンはなんて」

「治せるみたいな事は言ってますけど、多分」

 無理か。

 患者と一番接する機会の多い看護婦の見立ては、熟練の医師に匹敵する。

 ひよっこのインターンが束になっても叶う相手ではない。

「それで、俺に何か」

「転送する方法があれば、何か教えて頂きたいのですが。学内の事に付いて、色々お詳しいと伺ったので」

「詳しい訳では無いですが。……揺らすのは?」

「多少なら」

「すぐ手配します」

 端末でショウをコール。

 バイクで来るよう連絡を取り、サトミには交通情報を伝えてもらう。

「……幹線道路は、殆どふさがってるらしい。子供を後ろに乗せて、路地を行ってくれ。少しくらいなら揺らしてもいいらしい」 

 ベッドを降りて部屋を出て、声のする方へと歩いていく。


 廊下で向き合う、、インターンと母親。

 声は、その両者の押し問答。

 自分で治すというインターンと、転送を迫る母親。

 言い分はどちらもあるが、スタッフドクターもレジデントもいない状況で彼に治療を任せるのは危険が高すぎる。

「すぐ転送する。準備を」

「誰だね、君は」

「誰でもいい。治せる自信があるのなら、どうして治療をしてない」

「今、検査中だ」

 どう見ても、大学を出たてという顔。

 早くて24才、一般大学出でも26才。

 医学用語を並べ立ててはいるが、具体的にどうするという話は出てこない。

「もういい。お母さん、子供を連れて外に。迎えが来ます」 


 ガタガタ言うインターンを治療室に閉じこめ、玄関前にバイクを横付けしたショウへ子供を託す。

 心拍や血圧を測るモニター。酸素ボンベも背負わせ、子供の体をバンドで固定。

 後は、彼の技量に任せるだけだ。

「看護婦さん、10分で着くと連絡を」

「10分?」

 驚きの声は、バイクの疾風でかき消える。

 テールランプはすでに遠い彼方。

 すぐに治療室に戻り、インターンを外に出す。


 文句を言っているが半分も理解出来ず、倦怠感と足の痛みで意識が薄らぐ。

「何を騒いでる」

 現れたのは、禿げた外科医。 

 彼はインターンの苦情を聞き、険悪な顔で詰め寄ってきた。

「貴様、何様のつもりだ。この件は、学校に抗議するからな」

「済みません」

「何かあれば、損害請求が来ると思え。今度病室から出たら、警察を呼ぶぞ」




 鬱々とした、まんじりとしない夜を過ごす。

 かと思ったが、その疲労が聞いたのか気付けば朝。

 目を開けると、丹下が枕元に立っていた。

「学校は」

「始まる前よ」

 彼女が示した時計は、早朝。

 それでも熟睡したせいか、普段より体は軽い。

「ジャンキーはいるか」

 けたたましい足音を当てて病室に入ってくる禿げた外科医。

 手術着らしいブルーの服は血まみれで、この調子だと徹夜で手術をしていたようだ。

 人間性はともかく、医者としてのバイタリティーはすさまじいな。

「損害賠償は免れた。とっとと出ていけ」

「退院して良いんですか」

「出て行けといったんだ。学校へは連絡したから、通知を楽しみにしてろ」

 あまり楽しくはない台詞と共に消える外科医。

 こちらは手早く着替えを済ませ、足をさすってドアへと向かう。

「怪我をしたのは、反対側でしょ」

 冷静に指摘する丹下。

 すると今さすっていたのは、血管を摘出した側か。  

 とにかくあちこち痛くて、勘違いしていたようだ。

「寒いんだ。今からブックメーカーに行く」

「もう、あそこはいいでしょ」

 俺だって行きたくはないが、頼まれたからには仕方ない。

 それにどうせ呼び出されるのは分かってるんだから、初めから言った方が話は早い。




 地下室に着くと内装品の搬出は殆ど終わっていて、閑散という言葉が当てはまる光景が広がっていた。

 派手な壁紙やシャンデリアが豪華な分、点々とテーブルだけが残る地下室は妙にうら寂しい。

「中川さん達は」

「全部回収したと言っていました」

 近くにいた1年に話を聞き、胸をなで下ろす。

 これで、俺の仕事はやっと終わったな。

「荷物の搬出が済んだら業者に連絡して、片付けるよう伝えて」

「あ、はい。連合で必要な物があれば、届けますが」

「食べ物が残ってたら、それを適当に」

 これはショウへの報酬。

 試合後に無理をさせたし、このくらいでは償いにもならないが何もしないよりはましだろう。

 でもって、こういう物を素直に喜ぶ奴なんだ。



 特別教棟を抜けて外に出て、大きく背伸びをする。 

 久し振りの開放感。

 頼まれ事も、急を要する用件も何一つ無い。 

 学校からの処分など、今更幾つ増えようと関係ない。

 とにかく、ようやく一息付けた。

 近くの植え込みの前に座り、何となく空を見上げる。


 冬特有の、澄み渡った青い空。

 ただ空気も冷え渡り、日差しも体を温めるまでには至らない。

 清らかさが、必ずしも全てに良いとは言えないの同様に。

「優しいのね」

 思わず咳き込むような台詞。

 気付くと丹下が隣に座り、空を見上げていた。

「それに、慕われてる」

 誰の話をしてるのかと言いたいが、ここにいるのは彼女と俺だけ。

 もしくは、見えない誰かが存在しているかだ。

「面会謝絶中でもあんなに人が来るし、ブックメーカーだってみんなが協力してくれたからでしょ」

「金で動かしただけだ」

「素直じゃないのね」

 くすっと笑い、ポニーテールを掻き上げる丹下。

 何かおかしな事を口走った記憶が蘇るけど、多分夢の中の話だろう。


「……私は、あの時刺せなかった」

 彼女が言っているのは、昨日の件。

 緒方さんは躊躇したかどうかは知らないが、俺の足を刺した。

 この言いぶりからして、丹下も刺す機会はあったんだろう。

 それでも刺さなかったのは何故か。

「あの時、私を遠ざけたでしょ」

「そんな余裕はなかった。倒れてたのは見ただろ」

「でも、緒方さんを指名する余裕はあった。どうして」

 何故自分でなく、緒方さんなのか。


 サトミの事とも絡む、彼女がこだわる部分。

 誤魔化すのは簡単だが、今は都合の良い言葉を思い付かない。

 まだ意識が遠く、空の彼方に飛んでいくようだ。

「……俺だって守りたい事くらいはある」

 なにをかは分からないし、何を言ってるのかも分からない。

 丹下が顔を赤くして、視線を伏せた事くらいしか。




 意識は遠く、だけどいつもより澄み渡っている。

 本当、素直になっていい事なんて何一つ無い。




                            了










     エピソード 35 あとがき




 浦田珪、ブックメーカー編でした。

 今回は丹下さんより、後輩色が強いですね。

 彼女が出ない訳でも無いんですが。


 彼は例により、影で暗躍。

 別にこういう事が好きな訳では無く、やる人がいないからやっているだけ。

 本来はユウ達とも距離を置いて、のんきに暮らしたいと思ってる節もあります。

 彼女達と疎遠になりたい訳では無く、ヒーローヒロインと自分は違うと思い込んでいるから。

 ユウ達は彼を口で言う程悪くは思ってないんですが、彼は自分の行動の悪辣さを嫌という程理解しているので。


 ブラックジャックのルールとか色々不備や矛盾はあると思いますが、一応形にはなったかなと。

 ただ彼をメインにすると、どうしても長くなりますね。

 ユウ達が表なら、彼は裏。

 つまりストーリーを逆側から見るような物なので。

 とはいえ主人公たり得るかと言えば、現段階では若干の疑問。

 彼にはユウのような、明確な目標や意思。

 目的がさしてないので。


 何かを成し遂げようとするユウに対し、彼は何かあるなら解決しよう。

 という、受動的な思考。

 積極的に行動する事はあまりありません。

 あくまでも火消し役。

 アンチヒーロー、ダークヒーローではありますが、主役かと言えば疑問。

 と、私は思ってます。

 とはいえ、それは今の考え。

 明日になれば、「いやー、彼こそが主人公たり得る人物だ」なんて言ってるかも知れませんが。


 ちなみにいつか書こうと思っていた「群雄割拠編」の主人公は、彼に近いタイプ。

 違うのは、その主人公は明確な目標を持って行動をする点。

 基本、浦田珪なんですけどね。

 色々と、汎用性の高いお人です。



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