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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第35話
400/596

エピソード(外伝) 35-6   ~ケイ視点・カジノ編~






      虚実




      6




 体育館を離れ、ブックメーカーへとやってくる。

 昨日と違い、今日はドアを通るのもフリーパス。

 それ以前に警備員は俺に関心が無い様子で、逃げ出すルートでも考えているところか。


 ただ、それは裏方の話。

 店内は普段以上の賑わいで、テーブルはほぼ満席。

 モニターは全て試合を中継していて、勝敗と同時に客の歓声が激しくなる。

「来たのね」

 鼻で笑い、珍しく俺の腕を取って歩き出すバニーガール。

 行き先は、唯一空いているVIP席。

 そこにはオーナーがすでに待機をしていて、その左右には切れ者といった顔の男が二人。

 ブランド風のスーツに落ち着いた物腰。

 年齢は50前後で、いかにも官僚といった顔立ち。

 いや。高級官僚と言うべきか。

「今日は、この二人も参加してもらう。基本的に、我々3人と君との勝負という形式だが。何か不満は」

「まず、先日の勝ち分を全額俺の口座へ。それと、二人の身元を明らかに」

「天崎さんの知り合い、とだけ言っておこう」

 低い声で笑うスーツ姿の二人。


 教育庁と中部庁でのライバル、もしは敵。

 なんにしろ、ここへ出入りしてる時点でろくな人間じゃない。

「この間のバニーガールは」

「子供にああいう服装をさせる趣味はないんでね」

 近付いてきたバニーを見ながらそう返し、手元に伸びてきたグラスを押し返す。

 今日は全てにおいて疑って掛かるべきで、この席に案内された事自体相手の土俵に乗っているような物。

 それを言い出すと、この場にいるのはどうなんだという話になってくるが。



 自分で持ってきてきたペットボトルに口を付け、思わず噴き出しそうになる。

 ボディラインにフィットしたセーターと、スリムジーンズ。

 足元は脳茶のロングブーツで、何故か滑車が付いている。

 ポニーテールを解いた黒髪にはテンガロンハットが被され、濃い色のサングラスがゆっくりと外される。

「なんだ、それは」

 さすがにそう突っ込み、端末を取り出す。

 丹下は恥ずかしそうに胸元を押さえ、しなを作りながら俺の隣へと腰を下ろした。

「池上さんが、これだろうって」

「あの女。……ちょっと、池上さんこの格好は」

「大人しそうな服装って言うから、そういう意図があるのかなと思って」

「どんな意図も無いんです」

 うしゃうしゃ笑う端末をしまい、自分のジャケットを丹下の肩に掛ける。

 仲間内ならともかく、ここで好奇の目に晒しても仕方ない。

 幸い店内を一睨みした範囲では、そういう奴はいないようだが。

「彼女かね」

 下品な笑顔を浮かべる官僚。

 テーブルの上に足を置いてグラスを蹴飛ばし、とりあえずその笑顔を凍り付かせる。

「き、君。気を付け……、た方が良いね」

 もう片方の足を振り上げてテーブルに叩き落とした時点で、ようやく向こうも理解する。

 俺の機嫌、人間性、この場の空気を。

 しかし足を乗せ続けるのは正直辛く、適当なところで降ろしてテーブルを拳で叩く。

 こういう時に酒もたばこも駄目って言うのは、ストレスの逃がしようがないな。

「頭に血が上ってると、勝負になりませんよ」

「余計なお世話だ。ルールは」

「先程の説明通り。我々との勝負。賭けるのは、高校で行われている試合のみ。勝敗に賭けますが」

「俺はショウに賭ければいいんだろ」

 相手が誰だろうと、俺はショウに賭け続けるという事。

 やはりこれもギャンブルとは呼べないが、勝負は勝負だ。

「足りなくなれば、融資しますので。勿論、担保は頂きますが」

「好きにしろ」



 罵声と怒号を沈めリングへと上がるショウ。

 即座に賭ける金額を設定し、勝敗を待つ。

 予想通り、群がってくる男達を次から次へとなぎ倒すショウ。

 あっという間に配当金が、初めの手持ちを上回る。


 官僚二人は青白い顔をするが、オーナーは半笑い。

 ショウを負けさせる何らかの手を打っているのか。

 それとも、俺に何かを仕掛けてくるつもりだろうか。

「ここからは、支払いを倍にしてきましょう。オッズも、倍で倍で」

 オッズは、現在のブックメーカー内の物と連動している。

  ショウよりも相手側の方がオッズは常に高く、負ければかなりの支払額。

「分かった。ただし、双方の合意が無い限りは降りれらない」

「結構」

 自動的に掛け金へと回る俺の金。

 その間にもショウはリングに上ってくる男達をなぎ倒し、相手の口座から俺の口座へ金が移動する。

 見ているだけの楽な仕事。

 官僚二人は脂汗を吹き出してテーブルを叩いているが、オーナーは半笑いのまま。

 リング上から人がいなくなった所で、笑い声が聞こえてきた。

「調子が良いようだな」

 腹を揺すって現れる主。

 その視線がオーナーとテーブルの金額を交互に行き交い、派手な指輪をはめた手がテーブルへと置かれる。

「陣中見舞いだ」

 そう言って笑う主。

 リング上ではショウがリングアナウンサーと対峙し、突然バランスを崩した。

 そんな彼の腕に突き立てられるナイフ。

 それでも彼は、ナイフが刺さったままアナウンサーを吹き飛ばして勝利を得る。

「……審議って」

「武器の使用は認められてませんからね」

 あっさりと答えるオーナー。


 それはそっちの解釈次第だろと言いたいが、運営をしているのは彼等。

 その事を承知して参加しているので、今更異議を唱えるのは無意味。

 言ってしまえば、ナイフで刺されたショウが悪い。

 本人は何一つ悪くなくても、それが金を賭けている人間の心境だ。

「膝が落ちた時点でダウンと見なし、この勝負は私達の勝ちですね」

 一気に目減りする俺の資金。

 掛け金は倍倍で、オッズも倍倍。

 チキンレースではなく、いかに手持ちの金を持つかが勝敗の分かれ目。 

 その意味で元々俺に勝ち目が薄い勝負とも言える。

「殴り倒しただろ」

 一応抗議するが、オーナーは半笑いのまま。

 店内でショウに賭けていた客から不満の声が上がっても、バニーガールのサービスで押さえ込むだけ。

 これは挑発と取るべきか。

「ふざけるなよ」

 相手の意図が分からないままそれに乗り、テーブルへ身を乗り出す。

 言葉ほど感情は高ぶってはいない。

 ただ、油断。

 心の隙は十分に生まれていたと思う。



 テーブルの上に転がる粉末入りの小さなパッケージ。

 色、見た目、形状。

 俺が口にしたのと同じドラッグだと思う間もなく、呼吸が速まり視野が狭まる。


 ドラッグを取り込んだ訳ではない。

 しかし記憶はまざまざと蘇る。

 恍惚感でもなければ倦怠感でもない。

 強烈な不安と悪寒。

 全身に震えが走り、吐き気を催す。


 蘇った記憶は、ドラッグをブロックした時の感覚。

 五感全てが消え、自分の意識だけが宙に浮いているような気分。

 平方感覚は失せ、呼吸しているかどうかも理解出来ない。

 自分の存在すら曖昧で、死んだと言われても納得しただろう。

 その直後、一気に全ての感覚が蘇る。 

 五感が鋭敏になり、痛覚、冷温が同時に襲う。

 血管という血管が音を立て、神経がささくれだったように全身でのたうち回る。


 気付けば頭からテーブルへ倒れ、脇腹を手で押さえていた。

 時間としては1秒もないはず。

 しかし呼吸は戻らず、鼓動も早いまま。

 死因は心筋梗塞といったところか。

 ドラッグのパッケージなんて、随分マニアックな情報を仕入れた物だ。


 指を動かそうとするが、どの部分に力を入れれば良いのかが分からない。

 神経のつながりが寸断され、でたらめにつなぎ直された気分。

 瞬きすら出来ない目に、テーブルへ付着した埃の形が拡大して見える。

「調子が悪いんですか。降りるのなら、全額没収ですよ」

 ふざけた事を言っているオーナー。

 しかしそれへ反応出来ず、薄れていく呼吸をつなぎ止めるので精一杯。

 外から強い刺激があれば。

 誰か。



 太ももに走る激痛。

 そこから感覚が徐々に戻り、辺りへ広がっていく。

 太もも、膝、足首。

 腰、胸、腕、頭。

 足から吹き出る血をタオルで押さえ、強く縛って果物ナイフを抜く。

 ショウの怪我に比べれば非常に軽く、切っ先が少し刺さった程度。

「ウォッカ」

 オーダーする前に、ボトルごとウォッカが目の前に置かれる。

 キャップを取り、透明の液体を足に掛ける。

 再び激痛が走り、意識はさらに覚醒した。

「目が覚めたか、浦田」

 真後ろから声を掛けてくる緒方さん。

 報酬だけの働きはしてくれたか。

「お陰様で。……これで、融資を」

 昨日渡された指輪をテーブルへ叩き付け、オーナーに笑いかける。

 偽物として断れば、これを渡した男自体の存在を否定する事になる。

 オーナーは歯ぎしりしつつ指輪を受け取り、俺の口座にかなりの額を振り込んだ。

 ただ連中が勝てば回収可能な資金であり、ここは想定の範囲内だろう。

「倍掛けは有効だろうな」

「……ああ」

 言質は取った。

 ショウの怒りはピークで、あの程度の怪我は彼にとってかすり傷程度。

 負ける要素は何一つ無く、後は金が増えるのを見てれば良いだけだ。



 のんびりお茶を飲もうとしたところで、間の抜けた呼びかけがスピーカーを通じて響き渡る。

 俺が想定していたのは、今リングを囲んでいる柄の悪そうな男をなぎ倒していく姿。

 それによりショウは学内最強を改めて印象づけ、学内での地位を確立する。

 しかし今モニターに写し出されているのは、安っぽい青春ドラマのワンシーン。

「もう一度お願いしますっ」

「来いっ」

 来なくて良いんだ、来なくて。

 それでもショウは掛かってくる選手達を次から次へと倒し、俺の口座には金が振り込まれていく。

「止めてくれ、もう止めてくれー」

 悲痛な叫びを漏らす官僚二人。

 それは俺の台詞で、出来る事なら今すぐ体育館に戻ってショウを殴り倒したい。

「顔色悪いですよ」

 鼻で笑いながら、俺の顔を覗き込んでくる緒方さん。

 出血量は大した事はないが、ドラッグを見せられたのはさすがに効いた。

 ユウが薬の瓶で倒れそうになるのも当然で、一応俺にも人間としての感覚はあるらしい。

「御剣君は」

「オーナーの部屋に突入。資料を押収してます」

「柳君と名雲さんをバックアップに。サトミには、オッズを下げないように連絡を」

「了解」

 ここまでの実力差になれば、ショウのオッズは1倍になってもおかしくはない。

 それでもオッズが常に2倍以上をキープしているのは、サトミが調整をしているため。

 その分資金は出ていくが、ここでオッズはさら二倍になるため大した目減りではない。




 隣のテーブルから聞こえる小さな拍手。

 静まり返ったこのテーブルとは一線を画す。 

 さらに言うなら、店の雰囲気とはかなり違う。

 さすがに何事かと思い、立ち上がって一段低い場所にある隣のテーブルを確認する。

 そこには、バニーに囲まれて拍手を受けている丹下の姿があった。 

 人の忠告も聞かないで賭けたのか。


 ソファーを飛び越え、従業員を押しのけ隣のテーブルへとやってくる。

 すると丹下は子供のように晴れやかな笑顔を浮かべ、「WIN」と表示されている画面を指差した。

「勝っちゃった」

「ちゃったじゃないだろ。賭けるなって、言わなかったか」

「暇だったから、つい」

 暇? 

 暇な事ってあったかな、今。

 なにやら根本的に話が食い違うまま、彼女の掛け金を確認する。

 しかしカードをテーブルに差し込んでいる様子は無く、掛け金は0。

 いや。賭け金自体は表示されているが、単位が違う。

 そこでようやく、丹下が賭けていたのが何かに気付く。


 WINという文字の下で歩き回るCGのウサギ達。

 このテーブルでの賭け方を説明するための、デモンストレーション。

 ボタン操作を習得するためにある程度の操作は受け付けるが、あくまでもデモンストレーション。

 金は受け付けないし、万が一の誤作動を防ぐためカードは挿入出来ない仕組み。

「私3にしようと思ったんだけど、1にして正解だったわ」 

 なにやら自慢げに語る丹下さん。

 3にしようと思ったのは、「沙紀」と引っ掛けてか。 

 ただしこれは、デモンストレーション。

 勝つのは常に1で、100回やれば100回1が勝つ。


 全身の力が一気に抜け、そのままソファーに座り込む。

 しかし丹下は浮かれた顔で、WINという字を眺めては自分も小さくてを叩いている。

 なんとも馬鹿らしい、だけど和む光景。

 殺伐としていたさっきまでのやり取りが、あまりにも遠く虚しく感じる程の。

「これ、配当ってあるの?」

「あるんじゃないの。・・・済みません、適当にお願いします」

 命令でもなければ指示でもない。

 まして金なんて渡さない。

 ただ誠意だけを込めて頭を下げる。

 バニーたちは顔を見合わせ、それでも困惑気味に頷いてくれた。

「ちょっと待ってて」

「本当、申し訳ない」

「勝ったのに、どうして謝ってるの?変ね」 

 ころころと笑い転げる丹下。

 本当に変だよな、俺は。


 それはそれ。

 ショウの試合はまだ続く。

 次に出てきたのは七尾君。

 普段の実力差からすれば問題の無い相手だが、怪我に加え今は拾うもかなり溜まってきている。

 そろそろ、見極め時か。

「もう、もう勘弁してくれ」

 何度目の懇願か分からない、官僚からの申し出。


 それに不承不承といった顔で頷き、この試合を待たずに終わりを告げる。

 試合としてはショウが勝ったが、欲を掻くのは禁物。

 普段の彼なら何一つ勝利は疑わないが、怪我と疲労。

 そして、スポーツという制約がある。

 ルール無用の殴り合いならまだしも、さっきのようにルールで負ける可能性もある。

「では、清算を」

「ふ、ふざけるな」

 目を血走らせて立ち上がるオーナー。

 官僚達は起こる気力も無いらしく、ソファーに崩れてへたり込んだまま。

 こちらはそれに構わず、リングに上がってきた柳君に目を留める。

 こっちは、普段でも互角の相手。

 さっきで止めて、やはり正解だったな。

「俺は、俺は降りてないぞ」

「・・・いいだろう。これで最後だ。ただし、俺は引き分けに賭ける」

「完全決着のみのルールだろ」

「じゃあ、両方に賭けろよ」

「馬鹿が。あの女もお前も、ただで済むと思うなよ」

 喉を嗄らしながら、有り金全部を二人に分散するオーナー。

 どっちが勝とうと負けようと、俺は支払うだけ。

 オーナー側は受け取るだけ。

 これほど無意味な勝負も無いが、結果はすぐに判明する。


 疲労がピークに達したのか、膝から崩れるショウ。

 そこへ柳君が助走を付けて飛び蹴りを見舞う。

 すかさず割って入る、レフリー役のユウ。

 しかし止まらないと見るや、柳君の足と首をキャッチ。

 そのまま体をそり返し、勢いよくマットへと叩きつけた。

 完全に動きの止まる柳君。

 朦朧としつつ起き上がったショウがやはり飛び蹴りを見舞おうとするが、ユウがそれを上回る高さで宙を舞う。

 彼女の足がショウの肩を捉え、その体は透明なロープにぶつかって勢いよくマットへ倒れこむ。


 スピーカーから流れる雪野コール。

 こうなるともう意味が不明で、ただ試合結果としては引き分け。 

 でもって最後に馬鹿でかい猫がユウの頭に飛び乗り、彼女もマットへ倒れ込んだ。

 神様でも、こんな予想は立てないだろう。


「レ、レフリーが止めた時点で」

「止まってないだろ。さあ、払ってもらおうか」

「誰が払うか、この馬鹿が」

 あっさりと開き直るオーナー。

 動いたのはテーブルに表示される数字のみ。

 現金が行き来した訳ではなく、払わないと言われればそれまでの話。

 ただ、こういう台詞は初めから予想済み。

「じゃあ、適当にもらって帰るよ。御剣君」

「全て回収しました」

「名雲さん」

「口座も含め、全部押さえた」

 突然画面に表示される「調整中」の文字。

 客の一部が、「金が消えた」と騒ぎ出す。


 現在この店に流れ込んでいた金は、全部別口座に転送済み。

 名簿も回収し、オーナーのマンションも事務所も押さえた。

 保身的な人間だけに、顧客名簿や借金をして働いている人間の名簿は本人しか持っていないはず。

 これで、ほぼ終ったか。

「貴様、こんな事をしてただで済むと思ってるのか。俺が誰だと思ってるんだ」

「ヤクザだろ。ただしここは、高校だ。お前のテリトリーじゃないんだよ」

「警察が頼りになると思ってるのか?ここの客には、愛知県警の幹部もいる。もみ消すくらい簡単な事なんだ」

「学内の事は、学内で決着をつける。警察に頼る気は無いさ」

 沢さんから資料を受け取ったの連絡が入り、天崎さんに報告が行くとの事。


 いくら教育庁でも、資料さえ見せられれば知らぬ存ぜぬではいられない。

 明日にもこのブックメーカーは、存在した痕跡すら消えてなくなるはず。

 利用するだけして、余計なものは切り捨てる。

 それが官僚組織のやり方だ。

 もしかすると東京や他の大都市にも、似たような施設があるのかもしれないな。

 そのノウハウがあったからこその、簡単な立ち上げ。

 そこにまで俺が関わる理由も無いが、色々と根は深そうだ。

「今日からは、一日も寝れると思うなよ」

「徹夜したい時は、連絡させてもらう。じゃあな」

 敵意を隠さずに笑うオーナーに背を向け、玄関でバニーガールから大きな袋を受け取っている丹下の元へと向かう。

 しかしこの子は、一体ここへ何しにきたんだ。

「これ、もらっちゃった」

 子供のような笑みで、俺を振り返る丹下。


 袋の中を覗くと、高級そうな洋菓子がこれでもかという程詰まっていた。 

 店は現時点で営業中止状態だし、このくらいはいいだろう。

 しかし下の方を見ると、エナメルの燕尾服がちらりと顔を覗かせている。

 誰だ、バニーガールの衣装を入れたのは。

「文句があるのか、浦田」

 真後ろから聞こえる威圧感のある声。 

 まさか、趣味になったとか言わないだろうな。

「なんでもない。とりあえず、撤収。もうここに用は無い」

「あれ、もう終り?私、何もしてないのに」

 完全にずれた事を言っている丹下。 

 しかし表情は朗らかで、昨日までの陰りや重さは全く無い。

 こういう方法が良いかはともかく、少しの息抜きにはなったらしい。

 それだけでも、連れてきた意味はあったか。

「でも、ギャンブルって怖いわね。私、もう二度とやらない」

 一度もやってないよ、丹下さん。



 医療部に着くと、すでにショウが治療を受けていた。

 なぜかお尻に注射を刺され、獣のようなうめき声を上げている。 

 意味は全く不明だが、今すぐ逃げたくなったのは確か。

 逃げようとしたところで、後ろからはげた親父に捕まえられる。

「何だ、貴様。足をどうした」

 一発で見抜くとは、整形外科医か。もしくは外科か。

 しかし、また癖のありそうな男だな。

「脱げ」

「はぁ」

 隣のベッドに寝かされ、カーテンを閉められる。

 そこでジーンズを脱ぎ、血まみれの足を彼に見せる。

「刺し傷か。貴様、この前のジャンキーだろ」

「いや、これはちょっとした悪ふざけでして」

「貴様のような奴にまで保険が適用されるから、保険事業は収支のバランスが崩れるんだ」

 これについては反論のしようが無く、特に医療部での治療費は基本的に無料。

 出費が増えれば医師の派遣や雇用問題にもつながるだろう。

「縫う程でもないな。・・・ヒーローのつもりか」 

 口元を押さえ、俺の足を押さえる医師。

 ウォッカを掛けたのが、かなり気に食わなかったようだ。

「アルコールを掛けて消毒したつもりか」

「い、いや。そういう意味でも」

「貴様のような奴は、治療される資格も無い。自分でやれ」

 放られるガーゼと包帯。

 そして、はさみと消毒液。

 さて、どうしたものか。



 まずは足を消毒液で洗い流し、傷の部分にガーゼを当てて包帯で巻く。

 かなり不恰好だが、巻くには巻けた。

 上からテープで簡単に留め、血まみれのジーンズをはいて外に出る。

「何してるの」

 醒めた目で。

 もう少し言うなら、白けた目で俺を見てくる丹下。

 言い訳を口にする間もなく、その白けた視線が血まみれのジーンズを捉える。

 ブックメーカーは薄暗くて色の判別は困難。

 外へ出てすぐに別れたので、気付く要素は無い。

 だけど今は冷静さを取り戻しているようで、しかも病室は外からも明かりが差し込んでいる。

 気付かない方がどうかしてる。

 そのまま押し戻され、転がるようにしてベッドへ座る。

「脱いで」

「いやらしい」

 冗談は一切通じず、ぐいぐいとジーンズを下へと引っ張り出す丹下。

 それで怪我が刺激され、思わず悲鳴を上げそうになる。

 襲われる恐怖って、もしかしてこういう感覚なのかもしれないな。

「脱ぐ、脱ぐ。自分で脱ぐ。合意に基づいて脱ぐ」

「何言ってるの」

 目の奥を一瞬光らせ、牙をむいて睨みつけてくる丹下。 

 どうも、これ以上余計な事は言わない方が良さそうだ。


「ふざけてるの」

「何が」

「それ、なに」

 彼女が指摘しているのは、俺が巻いた包帯。

 俺の目にはごく普通で、何一つ問題は無い。

「きちんと巻いて」

「どうして」

「包帯の意味、分かってるの?」

 怪我をしてるってアピールじゃないのか。

 なんて答えたくなるが、正確な答えは良く分からない。

 そう思った途端、止めていたテープごと巻いた形のまま床へと落ちた。

「ガーゼが剥がれ落ちないためにでしょ」

 なるほどね。

 ただしもう一度巻いても結果は同じ。

 こういう時は、自分の不器用さが恨めしい。

 第一には、あの医者を恨むべきかもしれないが。


「私が巻くから。ちゃんと座って」

「はあ」

 足を台に乗せ、ガーゼを剥がす丹下。

 傷といっても小さな穴が空いて、血が固まっているだけ。

 ショウに比べれば、笑ってしまうくらいのレベル。

「消毒するわよ」

「もうしたよ」

 俺の話を聞かず、消毒液を噴霧する丹下。

 当然痛みが走り、思わずベッドのシーツを掴む。

「切り傷にしか見えないけど」

「転んだら、地面にとがった石があった」

「ずっと室内にいたじゃない」

 さっきまでの浮かれぶりはまるで別人。

 いつも通りの冷静な彼女が目の前にいる。

 それは歓迎すべき事なのかどうかは、現段階では保留だな。

「ばい菌は」

「うようよいるだろ、それは」

 ばい菌という言い方はともかく、細菌なんて空気中をこれでもかという程漂っている。

 どれだけ除菌しようと、次の瞬間には菌が付着し連中が住み着く。 

 この傷に侵入してる連中もいるとは思うが、破傷風の心配は無いと思う。 

 果物ナイフに、それ程悪質な菌が付いてるとは思えないから。


「石で怪我したんでしょ」

「ん、ああ。そう。でも、破傷風の心配は無い」

「なら良いけど」

 慎重にガーゼが置かれ、そこで一旦テープを貼られる。

 なるほど。こうすれば、まずここでずり落ちるのを防げる訳か。

 次に包帯を交差するようにして、手早く太ももへ巻いていく。

 見ていれば理屈としては理解出来る。

 ただ、真似は出来ないし出来たらとっくの昔にやっていた。

 巻き終わった包帯を少し切り、そこを利用して器用に結び目を作る。

 俺は面倒だったので、包帯の中に押し込んでいただけだ。

「圧迫感は無い?」

「特に」

 ベッドから立ち上がり、血まみれのジーンズを履いてカーテンを開ける。

 何もかもが終ったと言いたいが、肝心なのは残務処理。

 ブックメーカーは沢さんに任せるとして、まずは官僚を押さえるか。


 幸い駐車場で、天崎さんと話をしている最中。

 口論というよりは、天崎さんが諭しているような感じだが。

「さっきはどうも」

「き、君は」

「あ、あの金は政府の」

 そこで言葉が止まり、天崎さんに刺すような視線を向けられる。

 公金横領なら、額の大小に関わらず実刑は固い。

「手を引くといってるんだし、この際は良いじゃないですか」

「何がいいのかね」 

 その鋭い眼光を俺へと向けてくる天崎さん。

 こちらは鼻で笑い、足の痛みを堪えつつ後ろにそびえる教棟を指差す。

「ここは俺達の学校。決着は、俺達の手で付けますよ」

 俺の言葉にくすりともしない天崎さん。

 むしろ眼光は鋭さを増し、俺の心の中まで貫く。

 それを真正面から受け止め、教棟を背負う。


 俺にその資格が無くても、この場にいるのは俺一人。

 だったら、背負うのも俺の使命だろう。

「……今回の件は、私の預かりとする。両者とも、それでよろしいですね」

「あ、ああ」

「それは、もう」

 今にも揉み手しそうな二人を、一睨みして追い払う天崎さん。

 こちらもすぐに立ち去りたいが、相変わらず視線が突き刺さる。

「娘は」

「首謀者ですよ、首謀者」

「何かの間違いでは」

「間違いなく、首謀者です」

 親馬鹿とは思わないが、かなりフィルターを掛けてみているのは確か。 

 この辺りで真実を認識してもらわないと、こちらも困る。

「彼女を中心に俺達がまとまっていると覚えて置いて下さい」

「そういうタイプだったかな」

「成長したんでしょ、昔より。それと、教育庁長官が来ても俺達は引きませんからね」

「そういうタイプじゃないと思うんだが」

 良い事を言ったつもりだったが、全く聞いてない。

 すでに俺の存在も分かって無いようなので、今の内に逃げるとするか。 


「なかなかの大物ぶりだな」

 拍手とともに聞こえる威厳のある声。

 聞き覚えのある、とも付け加えられる。

 振り向けば、俺にドラッグを見せた男。

 ブックメーカーの主が、左右にバニーガールをはべらして俺に拍手を送っていた。

 違うのはバニーガールが、二人とも紺のスーツを着ている点。

 そして男の目が、少しも笑っていないところ。

「・・・創設者か」

「今気付いたかね」

「まさか」

 さすがにユウとは違い、一応創設者の顔くらいは写真で確認をした事はある。

 ただブックメーカーでは付け髭をして、髪形も変えていた。

 人の顔を見分けるのはそれ程得意ではないため、まさかと思っていたが。

「わしも賭博場など反対だったんだが、部下に押し切られてな。昔から良く働いてくれてるので、一度様子を見るという話になった」

 部下とは、側近と呼ばれている学校問題担当理事。

 屋神さんや塩田さん達と戦い、今現在も俺達と対立している張本人。

 彼が横暴な振る舞いを出来るのも、背後に創設者がいるためとの見方もある。

「わしは現在、経営には関わっておらん。全部孫娘と理事に任せておる。責任が無いとは言わんがな」

「賭博場と借金のかたに生徒の強制労働。学内での暴力の蔓延、汚職。これに責任がないとでも」

「任せておるといった。それに君ら生徒がどう対応しようと、わしは口出しせん」

 都合の言い逃げ口上。


 トップの仕事、責務は責任をとる事。

 それが出来ないのならトップにいる資格は無いし、いるべきでもない。

「わしを殴っても、どうにもならんぞ」

 そんな事は分かってる。

 一瞬、感情が高ぶっただけだ。

 いや。コントロールが利いてない。

 鼓動が早く、視野が狭い。

 意識を冷静に保てず、激情だけが心に渦巻く。

 ドラッグの記憶もそうだが、思った以上に出血していたかもしれない。

「そういう自分はどうなのかね。独断専行であれこれやっているようだが、それは組織のためになると?わしから見るとただの自己満足。むしろ厄介者にしか思えないが」

「余計なお世話だ」

「警察の厄介になるような人間が身内にいては、周りの人間もさぞ迷惑だろう。むしろ君が退学する事こそ、彼らにとってはプラスなのではないかな」

 熱くなる全身の皮膚。

 血管が沸騰し、今にも叫び出しそうな感覚。

 鼓動は依然として早く、呼吸も浅くなる。

 膝が揺れ、立っているのもままならない。


 それだけ痛いところを突かれたと言うべきか。 

 膝から崩れ落ちて地面に倒れ、顔を伏せたまま激しく喘ぐ。

 ブックメーカーの時とは違う、倦怠感と虚脱感。

 明確な自分という存在の否定。

 自分でも気付いていた事の再認識。

 肉体の衰弱が、精神のこう弱を招き寄せる。

「死んだ振りで、襲い掛かる気か?そういう事が通用するのは高校生まで」

 固い、あまり聞きなじみの無い音。

 かろうじて上げた視線に移る、細い影。

 その先に、素人でも分かる銃のシルエット。

 俺を殺すメリットは理解出来ないが、ブックメーカーが側近の肝いりだとすれば口でああいっていても創設者も関わっているはず。

 そこが潰され、資金は全額失った。

 恨みという意味で、殺す理由は十分にある。

「ただわしも、鬼じゃない。こういう時は、とにかく情報が物を言う。少しでいいから協力してもらえると、お互いにとって有益ではないかな」

 ストレートなスパイの申し出。

 間違いなく俺の履歴を見た上での発言。

「周りから責められるばかりで、報われないと思ってるだろ。自分ばかり苦労して、お前達はのうのうと過ごしていると。俺の苦労を少しは思い知れと。一度、君の大切さを彼らに分からせてはどうだね」

 耳に甘い創設者の台詞。

 さながら、最近の俺を見てきたような発言。


 命令、指示、要求。

 一方的に押し付けられる無理難題。

 それに対する報酬が、この怪我。

 ここで一人地面に倒れ、呼吸もままならずに喘ぐ事。

 情報の一つや二つ流しても、コントロールが出来ればいい。

 そのくらいしても、誰も困りはしない。

「君も、もっと評価をされてもいいと思うぞ。学内で君という存在を何人の人間が知ってる?顔も名前も知らない。君ほどの働きをしていながら、評価を受けるのはいつも回りの人間。君はむしろ役立たずとしか思われてない。だったら、それが本当かどうか教えてやったらどうだね」

 俺を馬鹿にしてきた連中への報復。

 それは相当に気分が良いだろう。

 誰も彼もが怯え、震え、俺の前にひれ伏す。

「最終的には、君をトップに据えてもいい。目立ちたくないのなら、代理を立てる。綺麗な女の子がいいかね、それとも可愛い子かね」

「ポニーテール限定にしてくれよ」


 腕を前に向け、ライターのスイッチを入れる。

 俺がこれを所持しているのは、連中も承知済み。

 当然データも分かっているだろう。

 ただ、それは数字上の話。

 実際目の前に火柱が向かってこれば、人間の本能が反応をする。

 火を操り支配はしても、その恐怖は依然として心の奥に住み着いている。

 例え創設者でも護衛でも、その恐怖からは逃れられない。


 悲鳴と共にのけぞる三人。

 頭の上を何かが掠め、腕に痛みが走る。

 プロテクターにひびくらいは入っただろうが、十分に動ける範囲内。

 照準を合わせられる前に距離を詰め、銃を奪い取り改めてライターを突きつける。

 この距離なら一瞬にして炭に変えるのも可能。

 実際今は、そうしたい心境だ。

「たかが火だと思っていたが、なかなかに驚いたぞ」

 尻餅をついた割には、余裕のある発言をする男。

 ただ護衛か秘書も同様で、その手がスカートの裾へと触れる。

「動くな。一瞬でも怪しいと思えば、迷わず燃やす」

 この言葉にどれだけの真実を感じ取ったのか、秘書はその手を止めて俺を睨みつける事でそれに代えた。

「一つ、俺達に関わるな。二つ、あの理事は潰す。三つ、あんたは孫娘ほどの器じゃない。次は警告しない」

「創設者に向かって、良く言えるわ」

「警告はしないと言った」

「まあ、いい。これは、わしからの報酬だ」

 ブックメーカーでの勝負。

 それとも、潰した事への報酬。


 真意はともかく、放られたカードを受け取りポケットにしまう。

「これからは、夜も寝ないで気を付ける事だ」

「何を今更」

「なるほど」

 辺りへ響く、心地よい笑い声。

 俺もそれに合わせて笑い、創設者を引き起こす。

「言っておくが、あの理事は厄介だぞ」

「側近だろうが誰だろうが、この学校はあなた達のものじゃない。俺達のものだ」

「良く言うわい。わしが指揮を執っておれば、学校ごと吹き飛ばしとる」 

 何の話をしてるんだか。

「という訳だ。みなも、分かったかな」

 俺に向かって。

 正確には、俺の付けているマイクに向かって話す創設者。


 要人同士の会談で注意するべきは、盗聴や盗撮。 

 それを防ぐシステムを当然向こうも組んで来ているだろうが、今回は多めに見てくれたと言うべきか。

「さっき、マイクをオフにすればよかったんじゃないのか」

「一応、仲間なんでね」

「何故、今オフにする」

 知るか、そんな事。

「とにかく、好きにやればいい。わしはもう、知らん」

「元々好きにやってますけどね」

「なるほど。新聞に載る時は、草薙高校を退学した後で頼むぞ」



 会話はどの程度も覚えていなく、気付くと空が白かった。

 いや。空ではなく天井。

 そして薬品の匂いと周りを囲む白いカーテン。 

 またかつぎ込まれたか。

「大丈夫なの?」

 不安そうに顔を覗き込んでくる丹下。

 何故ここにと言う間もなく、カーテン越しに幾つもの目が見えた。

 今なら、全員燃やしても何一つ後悔しないだろうな。

「ちょっと疲れれただけだよ。沢さんは」

「一通り済んだって伝えてくれって」

「SDCに行って、黒沢さんと鶴木さん。いないなら、右動さんを」

 言葉はそこで止まり、激しい虚脱感に襲われる。

 高熱が出た時の朦朧とした感覚と同じで、考えが全くまとまらない。

 今日は少し、無理をしすぎたか。

「後は任せて」

「任せてって、誰に」

「みんなによ」

 何を言ってるんだというような顔の丹下。


 それに言い返そうとするが、言葉は全く出てこない。

 もどかしく指先を動かすが、それにすら思考がついていかない。

 何を言いたかったのかも自分で分からず、ただ指先だけが虚しく動く。

「あなた一人で頑張らなくても、みんながいるでしょ」

「出来る事と出来ない事がある」

 かろうじて出る、その台詞。

 もう少し言うのなら、やりたい事とやりたくない事。

 やらせたくない事という言い方もある。

「言いたい事は分かるけど。私達だって子供じゃない。あなたに出来る事は、私達にも出来るのよ」

「人は殺せないだろ」

 これは極端な例だが、つまりはそういう話。

 物理的に可能でも、精神的な制約は存在する。


 そのタブーを犯す事の出来る人間。 

 どこまでそのタブーを犯す事が出来るか。

 何よりそれに、耐えられるかだ。

 俺自体にも負担はあるが、この症状がタブーを犯したショックから来ている訳ではない。

 仮にそうだとしても、この程度なら特には気にもならない。

 誰かがやらなければならないのならば、俺がやればいいだけの話。

 ただそれだけの事だ。





「大丈夫?」

 何がと答える事も出来ず、手だけを振る。

 あれこれ話したつもりだが、少しも伝わってはいない。

 つまり、頭の中で考えていただけで言葉にはなっていなかった。

 言葉にしないと分からないとは、まさにこの事だろう。

「寝る」

「そう」

 安心した声を出し、ベッドサイドに腰掛ける丹下。

 彼女はシーツの乱れを直し、軽く俺の背中を撫でてため息を付いた。

「面会謝絶にしてもらうから、ゆっくりしてて」

「ああ」

「じゃあ、お休み」

「お休み」



 間違いなく、俺がいなくても地球は回る。

 むしろ、俺のいない方が良く回るんじゃないだろうか。

 余計な小細工をする必要も無いメンバーが今は揃っている。

 俺が策を講じなくても、彼らは日の当たる正道を粛々と進む。

 時にその歩みが止まり後戻りしても、前を向いて進む事は変わらない。

 俺がいなくても。

 ふと思い起こされる創設者の言葉。

 俺を試す言葉だとは思うが、あれこそが真実。

 俺は本来厄介者で、ユウ達にはふさわしくない存在だ。


 小さくノックされるドア。

 面会謝絶だと、後から来た看護婦も伝えてきた。

 医者か看護婦なら、ノックをすれば、後はすぐに入ってくる。

 つまりは、それ以外の人間か。

「開いてますよ」

「失礼します」

 恐縮気味に入ってきたのは、数名の男女。

 生徒会に所属する1年で、秋祭りの実行会メンバーだ。

「お休みのところ、本当に申し訳ありません」

「いいけど。何か急用でも」

「ブックメーカーってご存知ですか」

「もうないよ」

 それとも俺の勘違いかと思いカレンダーを確認するが、やはり日付は今日。

 口座の金額も確かめ、夢ではないと確信を得る。

 相当に重症だな、これは。


「浦田さんの活躍は、すでに聞き及んでいます」

 そういう話は、出来るだけ聞かないで欲しいんだけどな。

「その。あそこの資材は、利用可能なんでしょうか」

「カジノでも始めるの」

「い、いえ。捨てるには惜しいですし、でも学校は捨てるような事を言ってまして」

「ゴミの回収業者に伝えれば済むんじゃないの」

「それが、捨てるまでは学校の備品とかで。我々には手が出せないんです」

「でも捨てるのはもったいないですし、どうにかなりませんか」

 面会謝絶の俺に頼む事かと言いたくなるが、ブックメーカーを潰したのは俺にも責任がある。

 備品の扱いも面倒を見ろという事か。

「差し止めてるのは、誰」

「資材課。という部署らしいです」

「始めて聞いたな、そんな名前。・・・すみません、資材課をお願いします」

 学校の代表に連絡し、エリーゼのためを聞きながら相手が出るのを待つ。

「・・・あ、済みません。資材課って。・・・はあ、備品管理課」

 この時点でかなりの脱力感を覚えるが、どちらにしろ長い間付き合う程の体力も無い。

「特別教棟の地下にある物品は、捨てるんですよね。あれをいくつか引き取りたいんですが。・・・駄目、ですか」

 理由は簡単で、ブックメーカーの痕跡を消すため。


 元々表に出せない存在で、高額な内装品が外に出たら追求されるのは必至。

 誰が追及されるかは、それに関わっていた人間。

 ここまで強硬なところを見ると、怪しいな。

「こっちは、顧客リストも入出金のデータもカメラの映像も全部押さえてるんだ。お前の名前を調べて検索するくらい訳無いんだぞ」

 軽く恐喝し、地下室にある全ての品物の権利を得る。

 初めからそう言えばいいんだ、初めから。

「・・・済んだ。何でも欲しい物は持っていってくれ。ただし、搬出搬入までは知らない」

「それは、こちらで。助かりました。各局へ均等に配分し、リサイクル業者に引き取った分は募金へ回します」

 それはもう、どうでも好きにしてくれよ。

「俺、一応面会謝絶なんだ」

「あ、済みません。では、お大事に」

 ぺこぺこと頭を下げ、後ろ向きのまま出て行く1年生。

 ようやく静けさが訪れたと思ったら、今度は北川さんがやってきた。

「生徒会関係者の出入りは、どの程度あった?」

「名簿は沢さんが持ってる。俺は知らない」

「バックアップを見せなさい」 

 その後ろから、怖い声を出してくる矢加部さん。

 さすが、俺の手口は良く知ってるな。


「そこのラックの上にDDに、大体のデータは入ってる。持っていくなりコピーするなりして下さい」

「これは、生徒会が預かります。あなた個人の情報とするには危険すぎますからね」

「それは失礼」

「北川さん、後で彼の部屋の捜索も。必ずそちらにも隠してあります」

 犯人扱いだな、まるで。 

 ただバックアップは幾つも存在するし、俺すら手の届かない場所にも移動済みだ。

「この件に関しては、後日査問会を開きます」

「今、面会謝絶なんだけど」

「処分されないだけましと思って下さい」

「それは失礼」


 何か言い返そうと思ったが、言葉が全く出てこない。

 本当、早く帰ってくれよな。

「ただ、個人的には良くやったと思っています」

 褒められた、と取るべきか。

 矢加部さんの刺すような視線を受け取る限りは、違うような気もするが。

「では、お大事に」

「どうも」

「一生入院してればいいんですよ」

 ひどい捨て台詞と共に閉まるドア。

 そんな物か、結局。

 でもって案外、その通りなんだろうな。












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