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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第35話
395/596

エピソード(外伝) 35-1   ~ケイ視点・カジノ編~





     虚実     




     1




「王手」

 無慈悲に、俺の王将へ銀を突きつけてくる光。

 間は抜けているが理詰めの論理では到底叶わず、こちらは手駒すら満足に残っていない。

「待った」

「いつまでも待つよ、僕は」

「……一手戻せという意味だ」

 「ああ」と言って、銀を手元へ引っ込める光。

 兄の優しさに感謝と言いたいが、今更一手や二手戻されたところで光の勝利は揺るがない。

 しかもTVゲームなので、将棋盤をひっくり返すという荒業も不可能。

 電源を落としてもバックアップが働き、次の瞬間から全く同じ状況での勝負が可能。 

 文明の進歩も良し悪しだな。



 そこへ、来客を告げるインターフォン。

 俺に珍しいなと思いつつ、画面をセキュリティに変えて外のカメラの映像を確認する。

 人の事は言えないが、あまり親しみたくは無い陰気なオーラをまとった集団。

 襲撃にでも来たのかな。

「済みません。是非ご相談したい事がございまして」

「今、忙しいんだけど」

「お手間は取らせません。これには、人類存亡の危機が掛かっています」

 この時点で警備員を呼びたいくらいだが、将棋から逃げるにはいいチャンス。

 とりあえず了承をして、ライターをポケットにしまい警棒を腰に提げる。

「僕も行くよ」

「どっちにしろ、つまらない話になると思うぞ」

「人類存亡の危機と聞いて、黙ってる訳には行かないからね」

 まさか、本気で言ってるんじゃ無いだろうな。



 男子寮内の多目的ホールに連れ出され、初めの一言で帰りたくなった。

「もう一度言ってくれるかな」

「だから、打倒バレンタインディですよ。浮ついた輩に、我々の手で制裁を加えるんですよ」

 振り上げた拳は頼りなく、それに合わせて上がる声もしおれ気味。

 打倒する前に、どうしてもてないかを考えてくれよな。

「打倒って、学内でテロでもやる気?」

「め、滅相もない。我々は穏健派ですから。ただ戦前のインドでは打倒バレンタインディの元、勇士が結集し大規模なデモを行ったと聞いています。その故事に我々は、強い感銘を受けまして」

「だったら、デモをやるって事?」

「いえ、滅相もない。出来るだけ、目立たつ騒がず」

 何を言ってるんだ、こいつらは。

 目立たず騒がず打倒するって、忍者でもあるまいし。

「気持は分からなくもないけどさ。チョコなんてもらっても仕方ないし、バレンタインディ当日だけだろ。別に、気にする事でも」

「浦田さんは変わりましたね」

「え、何が」

「もう、そっち側の人間なんですよ。だから、そういう余裕をもてるんですよ。思い出して下さい。あの屈辱を。我々が受けた仕打ちを。枕を濡らして過ごした日々の事を」

 そんな記憶は無いし、そっち側ってなんだ。


 しかし空気が一段と悪いというか、気味が悪くなってきた。

 テロに走ったり抗議の自殺をする度胸はなさそうだが、この先付きまとわれても厄介だな。

「それで、俺に何をやれって?」

「実行するのは我々だけで大丈夫です。賛同者も大勢いますので」

 それもどうかと思うけどな。

 口では「いやー。俺なんて全然」とか言ってる奴が、バレンタインディ当日に教棟の裏へ呼び出されるのは良くある話。

 ここに集まってる人間から脱落者が出てもおかしくはない。

「浦田さん、何か」

「いや、なんでもない。無難にビラを撒くとかポスターを貼って回るかすれば?夜中にやれば、目立たないし」

 アイディアと呼べるような事でもないが、これ以外には思い付かないしあれこれ策を練りたくもない。


 連中も多分このくらいの事は考えていただろうが、言ってみれば俺に背中を押された心境か。

 全員が頷いて、メモ用紙にビラやポスターのアイディアを書き出した。

「……欲しがりません、勝つまでは」

 何に勝つんだよ、何に。

 こんな事してる時点で、すでにコールド負けだろ。

「チョコレートの取りすぎは、体に害を与える恐れがあります」

 女の子相手ならともかく、もらうのは男だからな。

 ちょっとインパクトに欠ける。 

 思わず指摘をしそうになり、慌ててその場を離れる。

 下手に関わったら、こっちまでとばっちりを食いかねない。

 この時点で、十分に関わりすぎてる気もするが。

「……何してる」

「バレンタインディだから、掛けてみた」

 ヒカルが書いたのは、地球の絵とそれを取り巻く磁力場。

 つまりは、バン・アレン帯という意味か。

 というか、どんな意味なんだ。

「真面目にやれ、真面目に」

「多分、僕が一番真面目にやってると思うよ」

 苦笑気味に反論する光。 

 そう言われてみればもっともで、恨みつらみを書き連ねている連中の方がどうかしてる。

 俺もちょっと、染まってきてるんじゃないだろうな。


「珪は書かないの?」

「アイディアもないし、絵も書けない」

「ビラは文章だけだから、問題ないよ。ほら、頑張って」

 何を頑張るのか知らないが、嫌な状況になってきた。

 とりあえず書いた振りだけして、後で捨てるとしよう。

「我等ここに集いし面々は、その心純粋なれど世に知らしめる術を知らず。光求めてさ迷うも、我等を照らす事はない」

 ……間違いなく面白くないし、意味が分からんな。

 懲りすぎだ。

「チョコを受け取った人は、三日後に不幸になります」

 ……書いていて、こっちが落ち込んでくる。

 もっとシンプルで、誰にも分かるようなものがいい。

「バレンタインディは、お菓子メーカーの陰謀です」

 オーソドックスだが、比較的誰もが共感出来る内容。

 それ程悪いものでもないだろう。

「これ、いいですね」

「どれどれ」

「ああ。これは是非採用します」

 俺が書いた紙を奪い取り、勝手に話を進める男達。 

 名前は書いてないので別に問題は無いが、かなり嫌な気分だな。

「俺はもう良いだろ。後は頑張ってくれ」

「あ、あの。学校へはどうやって侵入したら」

「そこまで俺が?」

「我々のためだと思って」 

 熱のこもった顔で懇願してくる男達。

 それで余計にやる気がなくなるが、薄暗いとはいえ情熱は情熱。

 日の目を見させるのも大切か。

「手引きだけはする。時間になったら、連絡して」

「助かります。報酬は?」

「結構。俺の名前を出さなければ、それだけで十分だ」




 部屋を出たところで、颯爽と歩いてくる美少女と目が合った。

 すらりとした長身。腰に届きそうなポニーテール。

 同性なら誰もが嫉妬するようなプロポーションに大きな胸。

 瞳には力がみなぎり、鋭さを増したそれが俺へと突き刺さる。

「何してたの」

「ちょっと集まりが」

 余計な事は言わず、丹下の横を通り過ぎて部屋へと戻る。

 戻ろうとしたところで、手首を掴まれた。

「嫌な噂を聞いてるの。打倒バレンタインディって合言葉、知ってる?」

「知らないよ」

 満面の笑顔で答える光。

 それを世間では、知ってると言うんだ。

 ドアに手を掛けた丹下を、今度は俺が手首を掴んで引き戻す。

 陰気だろうが非生産的だろうが、思いは思い。

 それにあの連中の苦悩は、俺にも分からなくもない。

「慈悲だ。見逃してやってくれ」

「毒物でも混ぜられたらどうするの」

「そういう度胸もない、かといって義理チョコをもらうような工作も出来ない悲しい連中だ。問題ない」

「まさか、指揮を執ってるんじゃないでしょね」

 それは心外と言いたいが、多分参謀くらいは勤めたはず。

 言い返す事も出来ず、思わず視線を背けてしまう。

「こっち見て」

「恥ずかしいから」

「冗談は聞いてないのよ。バレンタインディは、女の子にとって何よりも神聖なものなのよ」

 そんな乙女チックな事を言われても知らんよ。

 などと口走った日には、首の骨でも折りかねない顔をしてる。

 しかし、俺に言われても困るんだけどな。


 タイミング良く。

 もしくは悪くか。

 ドアが開き、打倒バレンタインディを掲げる面々が外へと出てきた。

 でもって俺と丹下を交互に見つめ、「裏切り者」とか言いやがる。

 何がと思ったら、俺と丹下でお互いの手首を握り合っていた。

 これでは確かに、言い訳のしようもないな。

「俺の事はいいから、早く解散しろ」

 相当に文句は言いたそうだったが、さすがに打倒バレンタインを公言するのも恥ずかしいのかどうにか引き下がる男達。

 しかしこれって、俺が気を揉む事なのか?

「あの連中?」

「バレンタインディには、砂を噛むような思いをするんだ。少しくらいは大目に見てやってくれ。情報はどの程度伝わってる」

「知ってるのは自警局と情報局の一部だけ。ただ、全員上層部よ。明日、北川さんに会って事情を説明して」

 それって俺の仕事なのか?

 丹下の鋭い目つきを見る限り、俺に間違いなさそうだ。

「今度のショウの試合にしろ、生徒のガス抜きだろ。これも同じだよ」

「私に言い訳しないで。あなた、最低」

 そうですか。

 なんかこのまま死にたくなってきたな。


「自分は、ここで何してるんだ。男子寮だぞ」

「卒業式の打ち合わせ」

「ああ。もう、そんな時期か」

 何しろこちらはすでにガーディアンでもなければ、むしろ混乱を起こす側。

 大体名残を惜しむような先輩もそう多くはいなく、むしろ恨みつらみの方が多い。

「あの馬鹿。下忍は卒業出来るのかな」

「下忍って誰」

「俺の事だ」 

 首筋に焼けるような感覚が走り、次の瞬間には床が目の前に見えていた。

 この男、相変わらず気配の欠片も感じさせないな。

「塩田さん。それで、下忍って?」

 変なところに食いつく丹下。

 押し黙る塩田さんに代わり、光が笑いながら説明し出す。

「下級の忍者。下働きというか、末端のね」

「ああ、下の忍者という意味」

「塩田さんは伊賀の里から、日本の現状を探りに遣わされた密偵なんだよ」

「そうなんですか」

 真剣に頷くなよ。 

 ただしこの男の本性はやはり謎で、密偵はともかく忍者の家系というのは間違いない。

 ただしここまで目立っては密偵も何もなく、しかしそういう裏をかいてという可能性もあるが。


「それで、お前ら何してるんだ」

「打倒バレンタインですよ。あんたみたいな、もてもて男を誅するんです」

「俺はもてんし、興味もない」

「そういう余裕がむかつくんだよ」

 文句を言った途端、背中に激痛。 

 未だに床へ倒れ、塩田さんに上から乗っかられている状態。

 ここで吼える必要はなかったな。

「良く分からんな。お前が主催なのか?」

「そこまで暇じゃないです。ただ暴発するのを防いだだけで」

「虚しい青春だな。そのエネルギーを、他に使ったらどうなんだ」

 それはもっともだが、そういう考えに至らないからこそ彼等はチョコにありつけない。

 卵が先か鶏が先か。

 どちらにしろ、救われない堂々巡りではある。

「丹下は、誰かに上げるのか」

「へ」 

 間の抜けた声を出し、よろめく丹下。

 その足元が俺の目の前に来て、長い足が上まで続く。

 覗いていいのか、これは。

「上を見るな」

「見るのが男ってものでしょう」

 なんて事が言えるのも上に乗っているのが塩田さんであり、立っているのが丹下なら。

 上に乗っているのがショウだったらこのまま首を絞められて意識を失ってるし、ユウやサトミなら鼻から血を吹き出してる。

 その意味では、この二人も結局は甘い。

 というか、どうして俺はいつも床から人を見上げなければならないんだ。

「しかし、バレンタインディね。楽しそうで結構だな」

「塩田さんはもらわないんですか」

「付き合ってた先輩に逃げられ」

 この辺りで言葉が止り、息も止る。

 もしかすると、命も止るんじゃないだろうな。




 翌日。

 自警局まで出向き、居並ぶ生徒会の幹部の前に連れ出される。

 向こうは横一列に座り、俺は立ったまま。 

 ドアはガーディアンが固めるという、あまり楽しくはいシチュエーション。

「打倒バレンタインって騒いでる連中がいるらしいですが、真偽の程は」 

 聞くのも馬鹿らしいという口調で尋ねてくる北川さん。

 こっちだって答えるのも馬鹿馬鹿しいが、一応それを肯定する。

「特に大きな騒ぎになるとは思いません。ビラを撒いて、ポスターを少し貼るだけです。変に押さえ込むと、暴発しますよ」

「誰かに危害を加えるとか、特定の人間に付きまとうという真似はしないんでしょうね」

「そんな気概もないでしょう。大体、どうしてこんな事知ってるんですか」

 話す事はないとばかりに視線を伏せ、書類を指でなぞる北川さん。

 間違いなく、あのメンバーの誰かがリークしたな。 

 情報を渡す代わりにチョコをくれとか、悲しい話になってなければいいんだが。

「ビラにしろポスターにしろ、いつ実行する。昼間にやれば、物笑いの種だが」

 落ち着いた口調でひどい事言う前生徒会長。 

 分かって聞いてるな、この男。

「決行は深夜。勿論問題なのは認めるけど、このくらいは大目に見て下さい。もてない男にとってバレンタインディなんて、生き地獄でしかないんですから」

「私は別に興味はない」

 だったら聞くな。

 こういうむっつりしたタイプに限って、当日はダンボールが二箱くらい埋まるんだ。

 本当、世の中が公平に出来てるっていうのは絶対に嘘だな。


「私からもいい?」

 一転陽気に尋ねてくる天満さん。

 でもってどこから手に入れたのか、すでに着色まで済んでいる大きなポスターを顔の前で振り始めた。

「私は面白くて良いと思うし、場所を提供しても良いのよ。ただ、怒ってる人がいてね」

「当たり前じゃない。こういった材料やコピー代印刷代。経費を、まさかどこからか横領してるんじゃいでしょうね」

 鬼みたいな顔で睨んで来る中川さん。

 そんな事知るかと言いたいが、彼女の恨みは理屈じゃない。 

「そういう度胸はないと思いますよ。大した額じゃないし、個人で出し合ってるはずです」

「発覚したら、あなたから取り立てるからね」

 冗談を言っている様子には見えず、首をすぼめて恭順の意志を示す。

 それがまた気にくわないのか目付きが一層鋭くなったが、天満さんが彼女をなだめてとりあえずは事なきを得た。

「浦田君から言いたい事は」

「繰り返しになりますが、問題視する程の連中でもないしそこまで大それた事もしない。ただ一人気になる人間がいまして」

「具体的には」

「馬鹿騒ぎで浮かれてる中、一人だけ笑ってない生徒がいました。この騒ぎ自体に乗じて、学校への侵入経路を探ろうとしてるスパイかも知れません。ここにはまさか、いないと思いますけどね」

 押し黙ったままの矢田君に視線を向け、顔色が変わったところでこちらから視線を逸らす。


 執行委員会の構成員でありながら、こうした場所にも顔を出す。

 完全に敵ではないと思うが、味方と呼ぶには距離を置いている。

 俺達を両天秤に掛けて、最後に勝った側へ付こうという考え方のはず。

 屋神さんも似たような事をやったらしいが、あの人は負けるのを分かっていて敵側に付いた。

 そういった部分で評価が低くなるのは致し方ないだろう。

「それでは、今回の件は一任してよろしいんですね」

 全然よろしくはないが、どうやら拒否権は無い様子。

 不承不承頷き、とりあえずこの場をやり過ごす。

「分かりました。では、これで査問会を終わります」

 おい、査問会ってなんだ。




 その日の夜。

 馬鹿馬鹿しさを堪えきれないまま、学校の塀に寄りかかって腕を組む。

 あの連中、絶対に俺を首謀者と決め付けてるな。

「浦田さん、全員揃いました」

「その服装は」

「夜、目立たないように」

 意味ありげに笑う男達。

 全員黒のジャージ姿で、確かに暗いところでは目立たない。


 しかし学校周辺や寮までの道は、普通に街灯が灯っている。

 そこに黒尽くめの集団がいたら、嫌でも目立つ。

 私服なのは俺と、愛想の無い男一人。

 ただ端正な顔立ちで、笑わない以外の違和感がそこ。

 この顔なら、それこそ黙っていてもチョコの一つや二つはもらえるだろう。

 俺が女の子なら、間違いなく。

「浦田さん。はしごは?」

「え、ああ。そんなのは使わない。よじ登れない奴は、誰かを踏み台にして。そろそろ警備員が回ってくる時間だから、急いで」

 連中の戸惑いを無視して、塀に飛びつきそのまま上によじ登る。

 塀の上にはセンサーや監視カメラが設置されているが、それは全体の一部。

 これだけ広い敷地の全体をカバーするのは不可能で、その分の資金や労力は女子寮と教棟へと回っているはずだ。


「くじけるなっ。歯を食いしばれっ」

 馬鹿げた台詞を吐きながら塀を乗り越える男達。

 一体何の義理でこの連中に付き合ってるのかと思い、こっちの方が泣きたくなる。

「済みません」

 素っ気無い顔で俺を見上げ、手を差し伸べてくる愛想の無い男。

 初めて聞く声質は、やや高め。 

 これはもしかすると、もしかするな。

 その手を掴み、相手が塀に足を掛けたのを確かめ上へ引き上げる。

 男は意外に俊敏な動きで塀の上に乗り、その勢いのまま学校の敷地内に飛び降りた。

 俺はその背中を見つつ、未だに感触の残る手を握り返す。

 間違いないだろう、これは。

「も、もう駄目です。俺は置いていって下さい」

「馬鹿野郎。仲間を見捨てられるかっ」

「愛情より強いものがあるって事を教えてやるぜっ」

 本当、もう帰っていいのかな。



 良いのか悪いのか、とりあえず脱落者もなく侵入に成功。

 これだけ騒いでも警備員が来ないところを見ると、誰かが手を回したな。

「……この地図にある箇所の窓が開いてるから、そこから侵入する。帰る時もそこから出て、閉めて帰る。鍵は気にしなくても言い」

 地図のコピーをグループのリーダーに渡し、背を向ける。

 侵入の手助けはしたし、これ以上関わる必要は無い。

 何よりバレンタインディ前日にやる事か、これは。

「俺は、今日という日を忘れないっ」

「地獄絵図が、目に浮かぶようですよ」

 なにやら意味不明な事を呟き出す男達。

 派手な事をする度胸は無いと思ったが、学校へ侵入した背徳感が変な興奮を呼び起こしたか。

 このまま帰るのは、さすがにまずそうだな。

「浦田さん、我々の勝利は近いですよ」

 ここにいる時点で敗北だが、それは俺も同様。

 それとなくリーダー格の男に付いていく。

「一緒に良いですか」

 背後から声を掛ける愛想の無い男。

 断る理由は何も無く、むしろ好都合。

 それに頷き、並んで歩き出す。



 非常灯だけの灯る暗い廊下。

 生徒の笑い声も話し声も無く、俺達の足音が行く手の闇に吸い込まれては戻ってくる。

 しかも今は窓が無いところを歩いているため、外からの明かりも無い状態。

 暗いところが苦手な人間なら、恐慌を起こしてもおかしくは無い。

「ポスター貼りますね」

 壁にポスターを張り付け、肩を揺するリーダー格の男。

 何を貼ったのかは暗くて見えず、ただ確認するような物でもない。

 隣に並ぶ無愛想な男はポスターも貼らなければ、ビラも撒きはしない。

 ただ時折その視線が異常に鋭くなり、気配が濃くなる。

「何か」

 俺の視線に気付いたのか、その鋭い目付きで睨み付けられた。

 何でもありませんとすぐに答え、ほぼ確信をする。

 端正な顔立ち。華奢な体型。

 手の柔らかさと、この過剰な反応。

 間違いなく、女だな。


 男装をしてここにいる理由は不明だが、いるのは事実。 

 打倒バレンタインディを叫ぶ男達を見てせせら笑っているのか、他の目的があるのか。

 この子が、こいつらにチョコを上げればそれで終わるような気もするが。

「……あれ、あの男は」

「いませんね」

 緊張感のある声を出す女の子。

 俺と二人きりになったからという理由ではなく、消えた男の方を気に掛けているのは間違いない。

「あのさ。どうしてここに?」

「……打倒バレンタインディです」 

 屈辱に顔を歪ませながら答える女の子。

 俺でも泣きそうな状況。

 部外者の彼女なら、あの男達を全員殴り倒しても誰も文句は言わないと思う。

「誰かに頼まれた?」

「何をですか」 

 腰に伸びる手。

 俺もすぐ壁際まで下がり、上着のポケットに手を入れる。

 俺への敵意は感じなかったが、武器を所持しているのは明らか。

 しかも素性が知れないと来ては、警戒しない訳にはいかない。

「俺は、この集まりに興味も何も無いから」

「私……。僕もありません」

 潜入しての行動は慣れてないか。

 私なら私で押し通せばいいんだが、ここは甘さが出たな。

 そうやって油断させて、後ろからという可能性も無くは無いが。

「えいっ」

「えっ」 

 突然腹にめり込む前蹴り。

 油断したというより、完全に不意を疲れた。 

 ただ蹴ったというよりも、足を添えて押された感覚。

 どちらにしろそのまま床に転がり、体をこすりながら滑っていくんだけど。


「俺の恨みを思い知れっ」

 何やら物騒な台詞を吐いて、壁にナイフを突き立てている男。

 しかしそこに俺の姿は無く、鉈みたいなローを膝の裏に食らってひっくり返る。

 やはりスパイか、この子。

「助けてくれて、ありがとう」

 床に転がったままそう答え、礼を言った馬鹿馬鹿しさに気付く。

 ただ警告とか、軽く突き飛ばすだけでも事足りたんじゃないのかな。

「前島君の部下?」

「どうして」

「愛想が無い」 

 自分の感情を押し殺し、仕事に徹する姿勢。

 この学校には少ないタイプで、ただ彼の周りには非常に多い。

 それに俺を助けるような人間は、この学校にそう何人もいない。

「護衛をするよう頼まれまして」

「それはどうも。しかし、こいつは俺に何の恨みが」

 ペンライトを取り出し、男の顔を照らしたところで理解する。 

 その頭上に張られた一枚のポスター。


 「浦田、死ね」


 の赤い文字が、目に眩しい。

「ビラは……、大丈夫か」

 ビラの文面は、打倒バレンタインディを掲げたものばかり。

 言ってしまえばこのポスターも問題は無いが。

 それでも一応剥がし、丸めて男の頭を叩く。

「俺にどういう恨みが?」

「丹下さんを、俺の丹下さんを」

「お前のじゃないよ、少なくとも」

 鼻先を蹴り、とりあえず黙らせて脇腹に膝を落とす。

 俺に仕掛けて来る分には構わないが、丹下にまで類を及ぼす訳には行かない。

 もう少し、きつめにやっておくか。

「利き腕は?」

「み、右。い、いや。左」

「両利きか」

 肩と肘、手首に膝を落とし、最後にもう一度鼻を蹴る。

 別に折っても構わないが、身動きの取れないままここに置いていくと明日の騒ぎが大きくなる。


「仲間はいないんですか」

 背後からの、感情を交えない低い声。

 今を見ていても、顔色一つ変えていないはず。 

 正直こういう人間に背中へ立たれるのは負担だな。

「単独行動が基本だから、この手の連中は」

「ご自身も?」

「さあね」 

 IDと財布を抜き取り、男を無理矢理立たせて壁へと投げる。

「ポスターは全部剥がせ。丹下の事は、二度と口にするな。もし近付くような事があれば、今度は指から折っていく」

「え、ああ」

「消えろ」

 俺の言葉も待たず、腕をだらりと下げたまま走っていく男。

 その背中を見送り、IDで闇金融から金を借りる。

 こういうところは本人だろうがなんだろうが関係なく、元々非合法なのでむしろ本人でない方が好都合と思っている節もある。

 借りた金だけ別口座に振り込み、IDは二つに折ってポケットにしまう。


「後で問題になるのでは?」

「本人が口を割れば、問題になるのかな」

 口封じの方法はまだあるし、この程度で終わったと思われても困る。

 ユウやサトミへ近付く連中同様、地獄を見るのはこれからだ。

「仲間思いなんですね」

「それはどうも」

 骨を折りかけた人間への台詞ではないなと思いつつ、財布の中身を確認する。

 丹下の写真でも入ってるかと思ったら、入ってたのは俺の写真。

 しかも丁寧に、「殺せ」と書いてある。

 泣けてくるな、本当に。


「あ、あの。一つ良いですか」

 薄闇の中、頬を赤らめて視線を伏せる女の子。

 誰もいない夜の学校。

 いるのは俺と彼女の二人きり。

 高まる鼓動、震える手足。

 甘酸っぱさと高揚感が、胸の中に渦巻いていく。


 意を決した表情で近付いてきた彼女は、熱を帯びた瞳で俺の顔を見上げてきた。

「れ、玲阿さんは、来ないんですか」

 言うと思ったよ。

 どうせ俺を警護する代わりに、ショウに会えるとかなんとか前島君に吹き込まれたんだろ。

「玲阿君は今頃、雪野さんと楽しい時間を過ごしてる」

「やっぱり」

 落胆した顔でそう呟き、ため息を漏らす女の子。


 世間の二人に対する認知とはそういったもの。

 指先が触れるだけで頬を赤らめるようなものだとは思っていない。

 何よりあの二人に割って入るのは至難どころか、おそらく不可能。

 体格を除いて、あそこまでかみ合ってるのも珍しいだろう。

「俺とデートしてくれたら、玲阿君を紹介してもいいけど」

「本当?」

 暗闇の中でぎらりと光を放つ鋭い瞳。

 この手を使えば、安直にハーレムが出来上がるんじゃないだろうか。




 それはこちらから丁重にお断りして、寮へと帰る。 

 連中はリーダー格の男がいないのも気付かないくらい舞い上がっていて、その意味ではやって良かったとも言える。

 数日後、あまりの虚しさに死にたくなってもそれは俺のせいじゃない。

「浦田さん、遅かったですね」

 玄関先で俺を出迎えたのは小谷君。

 布団を暖めてもらうような関係ではないが、わざわざ待っていたからには用があるんだろう。

「忘れてます?」

「バレンタインディは明日だろ」

「忘れてますね、やっぱり。玲阿さんのデートの相手の選考ですよ。最終選考に残った分を確認して下さい」 

 他人のデートの品定めか。 

 品が悪い上に、これ以上馬鹿馬鹿しい話も無いな。

「分かった。俺の部屋に来てくれ」


 光を見るや、そのまま後ずさって廊下に出て行く小谷君。

 どうも俺と同じ顔でこの柔和さに、どうしても違和感を感じてしまうようだ。

「今度は、妥当なバレンタイン?」 

「全然面白くないんだ。卓上端末出してくれ」

「色々と大変だね」

 端末を起動させ、キッチンへと消える光。 

 気を利かせてお茶でも持ってくるのかと思ったら、馬鹿でかい夏みかんを持ってきやがった。

「何だよ、それ」

「さっき、木之本君が持ってきた。北米のバイオ技術で、通常の3倍らしいよ」

「サイズの分、大味だろ」

「浦田さん、選考を」

 指先でテーブルを叩き、俺を促す小谷君。

 俺は、息抜きすら許されないのかな。

「全員、背後関係に問題なし。成績優秀で温厚。容姿も端麗です」

「それはそれでむかつくな」

「浦田さんが言った基準で選んだんですけど」

「分かってる」 

 何せデートの相手には、戦の神が付いている。

 うかつな相手を差し出せば、どこにその怒りが落ちるかという話だ。


 まずは文句のつけようの無い人間を選び、かつユウにも納得出来るような女の子が理想。

 この際ショウの好みは一切考慮する必要は無く、とにかくあの子の怒りをどれだけ抑えられるかがポイントだ。

「どれもこれも、似たようなプロフィールだな」

「いわゆる、良家のお嬢様です」

「ふーん。……これ、何」

 束になっていたプロフィールの一番下。

 そこに乗っている顔写真。

 髪は金髪で、瞳は青。 

 容姿もモデル並で、ユウが見たら卒倒しかねない。

「これは除外。血の雨が降る」

「玲阿さんの親戚とありまして」

「外人の親戚なんて。……ああ、先祖の事か」

 真偽は定かではないが、玲阿家の祖先には「レイアン」という外国人がいたらしい。

 玲阿家の家系図や古い書物に記述があるだけで、今となっては調べようも無い話とはいえ。

「面談は?」

「俺はやってませんが、彼女は別室に待機してます。会いますか?」

「ああ」



 場所は昨日と同じ、多目的ホール。

 待っているのは陰鬱な男達ではなく、目も眩むような金髪の美少女。

 ただ美少女だ美少年だというのには耐性が出来ているので、別段動揺もしない。

 何より俺を相手にはしてくれないため、動揺しても仕方ない。

「I heard that an ancestor was the same as a person of Reia.」

 何語が通じるかは知らないが、世界の共通言語といえば英語。

 たどたどしい発音でそう告げると、彼女は金髪を大きく掻き上げ愛らしく微笑んできた。

「日本語、分かります」

 初めからそう言えよ。

 ただ彫りの深さや陰りの具合から見て、スラブ系。

 英語より、東欧系の言語が母国語かも知れないな。

「私の先祖、昔、日本に来ました。その人、玲阿家の先祖です」

「その親戚が、何故今頃。玲阿家でも、数度調査をしたと聞いてますが」

「戦争で、家族が国を出ました。私は、修道院に預けられました」

 なるほど。

 パーツが一気に埋まったな。


「是非、彼をシスター・クリスの護衛にお願いします」

「それは、彼女の希望?」

「いえ。私の独断です」

 頬を赤らめ、胸元で十字を切る美人。

 神への操よりも男が優先されるとは、随分世俗的な宗派だな。

 ただ先代のシスター・クリスも結婚してるので、婚姻やそれに類する処女性の戒律は希薄なのかも知れない。

「……では、あなたを候補に」

「本当ですか」

 瞳を輝かせ、改めて十字を切る美人。

 その途端、背後から刃のような視線が突き刺さった。


「そんなすぐに決めていいんですか」

 異議を申し立てたのは、男装の麗人。

 まだいたのかよ。

「良いも悪いも無い。これは俺の独断で決める」

「ひどい、最低」

 舌を鳴らし、足音を立てて部屋を出て行く男装の麗人。

 追い掛けて文句を言う気にもなれず、プロフィールの一覧をまとめてため息を付く。

「どうも、ありがとう、ございました」

 たどたどしい日本語で礼を言う美人。

 明るいが儚い、透き通った笑顔。

 目の前にいるのに、どこか現実感のない。



 金髪美人も帰り、残ったのは俺と小谷君だけ。

 彼女を選んだ理由は説明しないし、彼も聞いてこない。

 俺の意図を理解したかどうかはともかく、こういうところは非常に助かる。

 彼女が言っていたように、シスター・クリスは関与していないはず。

 先祖かどうかというのも非常に怪しい。

 どちらにしろシスター・クリス自体が日本へ来てショウに会う事は、彼女の立場上もスケジュール上も敵わない。


 だったら代わりに私がという話。

 自分ではデートも出来ない。

 人を介して、その話を聞くだけしか。

 それでも満足をしないと行けない立場の彼女。

 あまりにも悲しく切ない話。

 俺には何も出来ないが、攻めてこのくらいの事はしてやってもいいと思う。

「小谷君は、もらう予定でも?」

「いえ。義理ではあるかも知れませんが」

 曖昧に笑い、書類をまとめて席を立つ小谷君。

 実際大して興味はないという顔で、こういう余裕がまた女性を惹き付ける。

 さっきの連中に欠けている部分であり、かつ埋まらない差だろう。

「俺は帰るけど、浦田さんは?」

「もう少し、プロフィールを見る」

「では、お疲れ様でした」

「ああ」



 個々の人間としては独立していても、まとまってみればつながっている可能性もある。

 一見全員が敵というショウのデートへの申し込みにしろ、相手を蹴落としたりサポートする方法はいくらでもある。

 ライバルと被っているタイプを強引に申し込ませるとか、自分より微妙にランクの落ちる人間を申し込ませるとか。

 ただそれは、あくまでもデート目当て。

 可愛いとは言わないが、目的としては比較的軽め。

 何より、このデートへの申し込みだけで固定して見る必要もない。

 今回の打倒バレンタインディの連中。

 首謀者が初めから俺を狙っていたのだとしたら、今回落選した連中の中にそそのかされた可能性もある。


 それなら別に問題はなく、落選した人間への通知は微妙に時間をずらしているため打倒バレンタインディの企画が立ち上がった時間を調べれば候補はかなり絞られる。

 企画としては馬鹿馬鹿しく、一笑に付される話。

 ただ一瞬とはいえ学内に波風は立つ。

 今回の件が他の出来事とリンクしてる気配は今のところ無いが、半年後に関わってくるケースだってある。


「……まだいたの」

「それは俺の台詞だ」

 廊下に出たところで、丹下と顔を合わせる。

 この容姿と、親しみやすい性格。

 俺を殺そうとする人間がいても、確かにおかしくはないな。

「学校は?」

「潜入には成功した。明日は、バレンタインディに浮かれた連中へ鉄槌が下される」

「酔ってるの?」

 間違いなく、さっきの雰囲気に感化はされているだろう。

 立場としては、俺も連中により近い。

 世の中全員が幸せになるというのは幻想で、誰かが幸せになればその分不幸を味わう者が出る。

 その最たる例が、バレンタインディだ。

「ちょっと、部屋に行っていい?」

 本当、後ろから刺されても文句は言えないな。




 物憂げな表情。

 時折漏れるため息。

 床に足を投げ出し、ベッドに背をもたれたまま黙りこくる丹下。

「今日は帰りたくないの」

 なんて言いだしてもおかしくはない。

 その彼女がすがるような目付きで、俺を見上げてくる。

「ブックメーカーって知ってる?」

 あまり色気のない、ロマンスにはおおよそ縁遠い単語。

 とりあえず頷き、テーブルを挟んで彼女の前に座る。

「借金のカタに、そこで働かされてる子がいるらしいの」

「今って、江戸時代?」

 俺の隣で大笑いする光。

 こいつもまだいやがるんだ、これが。


「笑い事じゃないのよ。それに、他校の生徒が多いみたい」

「胴元は誰」

「胴元って、何

 全く噛み合わない会話。

 お嬢様は、これだから困る。

「つまりは、ブックメーカーの主催者。普通は、バックに暴力団がいる」

「学内にあるって聞いてるわよ」

「聞いてるのは良いけど、首を突っ込まない方が良い。この前の、ドラッグと同じなんだから」

 暴力団は相手を傷つけるのを何とも思わないし、むしろそれが仕事。

 傷つけるのが好きだから暴力団員になるとも言える。

 そういう人間に関われば、大怪我を負うかこの世から消えて無くなる。

 さらに表情を陰らせる丹下。

 儚く、今にも消え入りそうな程に。


 暴力団に関わったあの時、俺がどうなったかは彼女も良く分かっている。

 無理を押し通せないのも、俺に関わる理由がない事も。

「阿川君に聞く。あの人の方が、俺よりは詳しいだろ」

「ごめんなさい」

「謝られる覚えはない」

「照れてるよ」

 ふざけた事を言った光を引き立て部屋を出る。

 本当、照れるだけで済めば苦労はしないんだが。



 刃のような鋭い眼光。

 テーブルの上に置かれるサバイバルナイフ。

 阿川君はそれを手に取り、照明に掲げて見せた。

「骨まで切れるらしい」 

 だから何だと言った途端、手首にナイフが刺さるような気がする。

 落ち着いた内装の、ただ物があまり目立たない部屋。

 当たり前だが、自室というのはその人の性格がストレートに表れる。

「SDCの反主流派が関わっていると聞いた事がある。ただ学校が出資してるとの噂も聞いた」

「学校が。カジノ経営でも始めるんですか」

「大人の接待じゃないのか」

 面白くもないと言った具合に鼻を鳴らす阿川君。


 高校生。

 場合によっては、中学生の接待。

 確かに、悪くはない考えだ。

「それがどうした」

「丹下さんが調べてくれと。良く分からないんですけど、知り合いか誰かが関わってるみたいですね」

「またマフィアと揉めるのか」

 再びの刺すような視線。

 睨まれる覚えはないが、睨まれるだけの事は確かに言っている。

「ここのレートとか、扱ってる内容は分かります?」

「学生相手のレートと、企業や官庁相手のレートがある。扱っているのは、学内での出来事がメイン。誰が始めに正門をくぐるとか、階段を上りきると言った」

「それって、恣意的に操作出来ません?」

「そこも含めてのレースらしい」

 これだけの知識量から言って、足を運んだ経験はありそうだな。

 一応、頼りにはしておこう。

「俺も借金があるから、支払いを頼む」

「はい?」

「多少何かあった方が、君も色々やりすいだろ。頑張ってくれ」

 なんか、どんどん追い込まれているようだけど気のせいか。



 阿川君の部屋を出て、ずっと押し黙ったままの光を振り返る。

「今の話、どう思う?」

「あれ、まだ学校に行ってないの?」

 完全に寝てるな、こいつ。

 とはいえあまり内容を理解されると、義憤に駆られて暴走する可能性もある。

 ここは寝ていて正解か。

 バレンタインはどうにかなった。

 当日も、それ程問題はないだろう。

 後はブックメーカーと阿川君の借金か。

 親睦会は大人しいし、土地の買収はまだ先の話。

 今はブックメーカーを中心に考えよう。

「僕、もう帰るよ」

「ああ」

「珪も寝たら」

「ああ」

 今度は俺が話を聞かず、自分の考えに没頭する。

 上手く行けば、これを機に他の問題も片付けられる。

 万が一失敗しても、相手は非合法組織。

 借金なんて、知った事かという話だ。




 部屋に戻ると、ベッドに描けていた布団が丸く盛り上がっていた。

 光が寮の玄関へ向かったのは確認しているし、犬を飼ってる覚えもない。

 まさかと思いつつ覗き込むと、長い黒髪がベッドの上に広がっていた。

 どうやら寝る時は、束ねていたゴムを取るらしい。

 なんて発見をしている場合ではなく、では俺はどこで寝るかという話だ。


 布団部屋に入り、その奥に布団を敷く。

 場所が場所なので布団はどれだけでも余っているし、何より静か。

 布団の山に囲まれた何とも言えない眺めだが、明かりを消せば同じ事。

 暗くなった途端すぐに眠気が訪れ、意識が薄れていく。

 脳裏に浮かぶ幾つもの案件。

 急を要する物もあるが、心配で眠れないという事もない。

 全てを完璧にこなせはしないし、失敗もする。

 その失敗した時の策。

 失敗と見せないだけの方法。

 どうしても駄目なら、学校に火でも放てば良いだけだ。


 こう考える事自体追い込まれいると思いつつ、眠りの中に落ちていく。

 明日も朝からバレンタインディ絡みで揉めるのは必至。

 本来なら俺とは全く関わりのないイベントなのに、それに巻き込まれている自分。

 どうしてなんかと考える間もなく、意識は闇に消えていく。 






 





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