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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第35話
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35-5






     35-5




 思い悩んで解決する訳ではない。

 何よりストレスを溜めるのは、目に悪い。

 しかし性格は今更変えようが無い。

 それでも気持ちを出来るだけ切り替えるよう、努力する事は出来る。

 自宅へ帰り、一家団欒の食事を楽しむのは私にとって最も効果的な手段の一つ。

 ご馳走と呼ばれるようなものではなくても、家族と食事をする事に意味がある。


「銃撃戦?お父さん知ってる?」

「一部の学校ではあったらしいね。僕は、銃を見た事自体軍に入った後だから」

 という会話を交わすお父さんとお母さん。

 玲阿兄弟は銃撃戦に関わったような話を匂わせていたが、やはり我が家の家系でには縁遠い出来事だったらしい。

「あなた、学校で銃を撃ってるの」

「まさか。ゴム弾で撃たれる事はあるけどね」

「ちょと」

「大丈夫。プロテクターを来てるし、距離によっては打ち返せる」

 至近距離で黙視すら困難だが、遠くから撃たれれば言ってみればボール球。

 真芯で捉え、そのまま相手を倒すのも出来なくは無い。

 そういう真似をするくらいなら、走って殴りかかった方が早い気もするが。


「どちらにしろ、物騒な話ね。あなた、学校で何やってるの」

「大丈夫。悪い事はしてない」

「それは優の主観で、学校の意見ではないでしょ」

 少し怖い顔で迫ってくるお母さん。

 それもその通りで、言ってみれば私達の正しい事は学校にとっては間違っている事。

 その逆も当然成り立つ。

「本当に、頼むわよ。退学なんてならないでしょうね」

「大丈夫」

 少し声が小さくなり、漬物に伸びていた手も止まる。


 いざという時の覚悟は出来ているし、今更それにひるみはしない。

 ただこれはさっきの言い方を借りるなら私の主観であって、お母さんの主観とはまた違ってくる。

 娘が退学になって喜ぶ親は、世の中に一人もいないだろう。

「お父さんも、何か言ってやってよ」

「怪我をしないようにね」

 いつもと変わらない、優しさといたわりに満ちた言葉。

 これを聞くためだけに、実家に帰ってきてもいいくらい。

「またそうやって、すぐに甘やかして。我が家は、父性と母性が逆転してるのよ。本来なら父親がしかって、母親がなだめるものでしょ」

「何時代の話なの、それ」

「神武天皇の頃から、男は狩をして女は家を守るって決まってるのよ。元始女は太陽なのよ」

 最後のは全く意味不明だが、お母さんが保守的な考えだというのは理解出来た。 

 ただお父さんが進歩的で男女同権を訴えるタイプとは思えず、これは単に性格の問題だろう。


それでも、疑問が全て解決された訳ではない。

「大体、その原始太陽って何の話」

「原始太陽じゃなくて、元始以来女は太陽なの。平塚らいちょうを知らないの」

「女性の権利を主張した人でしょ。でも、それだとさっきの話と矛盾してない?」

「家を守るとは言ったけど、戦わないとは言ってない」

「お母さんは、アマゾネスだね」

「せめて、ウーマンリブって言ってよ」

 何が楽しいのか二人して笑い出すお父さんとお母さん。

 私は別に面白くも無いし意味も分からないので、TVのチャンネルを大きくする。


「シスター・クリスは現在印中国境の紛争地帯において地雷原の除去を」

 サトミが聞いたら小躍りしそうなニュースがやっていた。

 しかしこの人もどっしり構えていればいいのに、とにかく現場へ行きたがるんだな。

 大体地雷の除去って、この人レベルがやる事なのか?

「地雷の除去って危ない?」

「戦車や車両用の地雷は、人間が踏んでも問題ないけどね。対人地雷は熱源を感知したり振動で作動するものもある。ただ爆発するだけじゃなくて、釘を散乱させるとか」

「全然大丈夫じゃないじゃない」

「最近は機械を使って除去するし、当然防護服は着ると思うよ。ああいうのを」 

 TVの画面を指差すお父さん。

 そこには宇宙服のような格好の人間が地面にしゃがみ、ぺたぺたと地面を拳で叩いている。

 テロップには「シスター・クリス」とあるが、これでは「雪野優」でも関係ない。


「これこそ、原始的だね」

「性能がいいほど、人間じゃないと感知しないようになってるんだよ。つまり、無駄を防ぐために」

 随分嫌な効率化だな。

 やがてニュースは次の話題へと移り、国会が紛糾してるとの話になった。

 いかにも切れ者といった感じの解説員が今の状況を説明しつつ、下院の解散もありうると推測している。

 あの議員はかなり浮かれていたけど、この調子なら本当に選挙がもう一度ありそうだな。

「優、ご飯は」

「もういい」

 食器を片付け、冷蔵庫からデザートのプリンを持ってくる。

 バナナもいいけど、やっぱりこっちの方がしっくり来るね。

「それと、あなた進級出来る訳」

「出来るでしょ、それは」

 成績は、良くはないけど悪くもない。

 出席日数は問題ないし、内申書もごく普通。

「学校とトラブルを起こしてるんじゃなかったの」

「それはそれ、これはこれじゃないの」

「誰がそう言ったの」

「いや。私が」

 もう知らんとばかりに首を振るお母さん。

 とりあえず危機は脱出出来たので、プリンを口に運びその食感と甘みを楽しむ。

 後からカラメルの焦げた味が追い掛けてきて、幸せとしか言いようがない。

 しかしまさかとは思うが、私の人生も後から苦さが追い掛けてくるんじゃないだろうな。




 翌朝。

 少し早めに家を出て、学校ではなくまず女子寮に向かう。

 今まではそのまま学校に行っていたが、今日は目の調子の問題もない。

 わずかとはいえ、私を待っていてくれる人がいる可能性もある。

 そう思って寮の門をくぐり、正門へと歩いていく。

 流れとしては当然逆で、すれ違う生徒達は半分笑い気味に私を見てくる。

 それは私個人に対してと言うより、この時間に寮へ戻ってきた事へ。

 朝帰りという評判が、しばらくは付け加えられるかも知れないな。


「あれ、実家に帰ったって聞いてましたけど」

 丁度寮の建物を出てきた、いつも私と一緒に登校していた子が声を掛けてくる。

 見た感じ私を待っている人はいなく、完全に取り越し苦労に終わったようだ。

「一応、様子を見に来たの。でも、来なくても良かったみたいね」

「良くはないと思うんですが」

 苦笑する女の子。

 どうやら彼女は、私に対して敵意は抱いてないらしい。

「誰も待ってはいないんだよね」

「寮にはいないって分かってましたから。でも、いれば一緒に登校したいって人はたくさんいますよ」

「そうかな。私と一緒に登校しても、今度は警備員に睨まれるだけじゃないの」

 別に皮肉ではなく、真実を言ったまで。

 前までは風紀委員を避けるために、私の存在もそれなりには有効だったと思う。

 だけど今は明確に学校と敵対し、警備員ともトラブルを起こしている状態。

 それならまだ、風紀委員に目を付けられた方がましだろう。

「風紀委員や警備員の事はそうでしょうけど。一緒に登校するっていうのが楽しいんだと思いますよ」

「楽しい。誰が」

「いや。誰がと言われると、私も困りますけどね」

 改めて苦笑する女の子。

 彼女が歩くよう促したので、私もきびすを返してその隣へ並ぶ。


「雪野さんや遠野さん達は、人気はあるけどやっぱり遠い存在で近付きがたいんですよね」

「サトミはともかく、私は普通だよ」

「そう思ってる以上に、周りはやっぱり壁ではないけど距離を感じてるんですよ。でも、今回一緒に登校する事でそういう印象もだいぶ変わったと言いますか」

 学校へ向かう路地を歩きながら説明してくれる女の子。 

 ごくたまにこういう話は聞くが、私には実感がないし自分がそんな特別な存在にも思えない。

 サトミやショウは容姿やその能力から敬意を表され崇拝の対象にまでなっているのは理解出来る。

 ただ、私は小さいだけでこれと言った取り柄もない。

 多少運動能力に優れている事はあっても、ずば抜けているという程でもない。

「バレンタインディのデート、申し込みが殺到しましたよね」

「ああ、そんな事もあったか。あれはサトミやショウの知り合いだから、そのおまけみたいな感覚じゃないの」

「では、そういう事にしておきましょう」

 何やら含みを持たせる言い方。

 褒めてもらうのは嬉しいが、実感がないだけにこちらとしては反応のしようがない。


 そんな会話を交わしている内に路地を抜け、学校の塀が見えてきた。

 後は他の生徒に混じりながら、ここに沿って歩けばいい。

「あなたは、警備員の事気にならないの?」

「ならないという訳でもないんですが。避けてばかりいても仕方ないですから」

「好戦的なんだ」

「そういう訳でもないんですけどね」

 やんわりと否定された。

 ただ彼女のようなタイプはやはり少数派で、大抵の子は警備員睨まれるのは避けたいはず。

 まして学校に目を付けられたくなど、絶対に無いだろう。

「それに支持してる人は多いと思いますよ。雪野さん達がやってる事を。今の話にあった警備員が怖くて、直接態度に出さないってだけで」

「そんなに警備員は怖いの?」

「その辺は、認識の違いですね。私もですけど、逆らおうとすら思いません」

 苦笑気味に答える女の子。

 こういう言われ方をされると、私達の行動が以下に常軌を逸しているかが分かってくる。

 私の周りは警備員がどうしたという人間ばかりで、彼等に反発を抱きこそすれ恐れる子は一人もいない。

 朱に交わればではないけど、もう少し世間一般との認識のずれを確認した方がいいいかもしれない。



 やがて正門も見えてきて、いつも通り制服の着用を呼びかける集団や服装をチェックする集団が群れている。

 その後ろには警備員が控えていて、確かに威圧感めいたものは感じてしまう。

 ひいてはそれが反発を招くとも思うが、警備員に頼るだけのメリットが彼等にはあるんだろう。

「……あの子」

 制服の着用を呼びかける集団に掴まり、周りを囲まれている小柄な女の子。

 昨日焼却炉の前であった、気の弱そうな子。


 今も周りに責められ、顔を伏せて頷くか首を振るだけ。

 どう考えても彼女がそれを望んでいるとは思えず、ただ周りの人間はそれを良い機会だと言わんばかりに通り過ぎていくだけ。

 自分さえ良ければ、誰が困っていようと関係はない。

 大切なのは自分。

 私にしてもそう。

 迷惑とまで言われ、それでも彼女を助ける必要はあるのだろうか。

 責められ、周りに流されるのを選んだのは彼女。

 私が何かをしても、それは彼女にとって迷惑な事でしかない。


「その辺にしたら」

 びくりと体を震わせ、一斉に振り向く生徒達。

 私は上着の懐に手を入れ、そこからスティックを抜いて肩に担いだ。

「何を着ようと自由だって、前言わなかった」

「だ、だから何よ。私達には」

「警備員が付いてるって?だったら、早く呼べば」

「言われなくても」

 視線を彷徨わせるが、警備員はすでに遠く逃げた後。

 残ったのは彼等と私。

 そして、小さくなっている女の子だけだ。

「勧めるのは勝手だけど、強制しないで。それと同じような場面を見かけたら、覚悟してて言わなかった」

「止めて下さい」

 目の前から聞こえる震えた声。

 私が助けたはずの彼女は私を睨み付け、険しい表情で詰め寄ってきた。

「余計な事をしないで下さい」

「余計って、私は何も」

「迷惑なんです、本当にっ」

 そう叫び、正門を駆け抜けていく女の子。

 こちらとしては文句の付けようもなく、ただ口を開けて彼女の背中を見送るだけ。

「で、では失礼を」

 何を感じ取ったのか、私の前から逃げ出す制服着用を呼びかける集団。

 これで残されたのは、本当に私一人だけとなる。


「すごいですね」

 苦笑気味に声を掛けてくるさっきの子。

 ただその視線は正門。

 女の子が遠く去った彼方へと向けられる。

「雪野さんに逆らうなんて」

「私に逆らっても、別に」

「警備員も逃げ出すくらいですよ。多分あの子に嫌がらせをする人なんて、もういないと思います」

「ああ、そういう事。で、どういう事」

 この質問には答えず、正門をくぐる彼女。

 これも人助けなのかと思いつつ、あまり納得の出来ない結末だなとも思う。




 教室に着いたところで、疎外感に気付く。

 誰もが自分とは違い、誰もが自分とは遠い。

 気まずさともの悲しさ。

 いたたまれなさが私を包む。

「何してるの」

 黒板の前で棒立ちをしている私に声を掛けてくるサトミ。

 正確に言うと、ジャージ姿のサトミ。

 黒板には、「本日体育測定・全員ジャージに着替える事」とある。

「全然忘れてた。あの子も言ってくれればいいのに」

「あの子?」

「いや。こっちの話。寮に戻る」

「急がないと、遅刻するわよ」



 寮から学校まではすぐ近く。

 軽く走るくらいならいいウォーミングアップ。

 登校していく生徒達の冷たい視線を再び浴び、それでも寮へとたどり着く。

 まずは息を整え、着替えを済ませてお茶を飲む。

 今からどう急ごうと、どうせ遅刻。

 だったら少しくらいの落ち着きを持った方が良い。

「……え。まさか、そんな。……もう出たから」

 サトミからの通話に、そば屋の出前みたいな事を言う。

 しかしよく、お茶を飲んでる事まで分かったな。

 これ以上は身に危険が及ぶので、マグカップを洗ってさすがに部屋を出る。


 寮の建物を飛び出たところで、何人かの女の子が私の前を走っていくのが見えた。

 理由はそれぞれだろうが、全員同じ遅刻なのは間違いない。

 時計を確認すると、このペースで走っていては間に合わない。

 少しギアを上げ、彼女達を追い抜き先を急ぐ。

 中距離長距離は苦手だが、無理と言うほどのペースでもない。

 少し息が上がりだしたところで、小柄な背中が見えてくる。

 私に食ってかかった、あの子。

 朝とは違う、大きなリュック。

 どうやら仲間がいたらしい。

 ただ、彼女のペースでもやはり遅刻。

 ここは無慈悲に横を通り過ぎ、そのまま路地を駆け抜ける。



 彼方に見える正門。

 塀越しに聞こえるチャイム。

 ようやく追い付いてくる、さっきの女の子。

 寮で私が追い抜いた子達も。

 それこそ人生が終わったとでもいうような顔。

 以前なら遅刻は、軽く叱られる程度。

 しかし今は、正門に風紀委員や警備員が常駐している。

 嫌み程度で済むとは思えず、何らかのペナルティも予想される。

「塀、そこから乗り越えて」

 見上げるような位置にある塀を叩きながら、彼女達に声を掛ける。

 しかし反応は薄く、ただ正門へ向かう事もない。

 私の提案と、正門でのペナルティ。

 今それが彼女達の中で揺れ動いてるんだろう。


「無理にとは言わないけどね」

 決めるのは彼女達で、強制は出来ない。

 こちらにしろ、塀を乗り越えたのが知れたら違うペナルティが待っている。

 そのリスクを冒す必要があるかまでは、私に判断出来ない。

 ただ彼女達が迷っているのは、どうやら他にも理由があるようだ。

「乗り越えるって、どうやって登るんですか」

 塀の側に立って手を伸ばす一人の子。

 その指先が掛かるかどうかという高さで、不審者の侵入を妨げる目的は十分に果たしている。

「3、4、5人か。5人いれば、大丈夫でしょ」

「え、何が」

「下から支えて、上に上げる。後はその繰り返し」

「目立ちません?」

 最後のは聞かなかった事にして、少し後ずさってそのまま塀に突っ走る。

 激突寸前で小さく跳び、塀を足に掛けてさらに高さを確保。

 やや後ろに流れた体をひねって修正し、軽く両腕を横へ開いてバランスを保ちながら塀の上へと舞い降りる。


「靴脱いで。下から二人くらいで、足を支えて。そう。後は、大丈夫でしょ」

 自分達の身長プラス、支えてくれる人の高さ。

 私も上から手を差し伸べ、登ってくる人を引っ張り上げる。

「あ、あの。反対側へはどうすれば」

「飛び降りるだけ」

 青白い顔で私を睨む女の子。

 怖がられるって言うのは、どうやらあの子の勘違いらしい。

「仕方ないな。ちょっと待ってて」

 素早く学校側へ飛び降り、土の感触を確かめながら足場を固める。

 木々が植わっているのはもう少し後ろで、塀の側面はやや開けたスペース。

 ここなら何とかなるだろう。

「私が抱きしめるから、飛び降りてきて」

「冗談は良いんです」

 本気で言ったつもりだが、全く信用に欠けている。

 という訳で塀を登ってくる時同様、今度は下から差し出した手に乗ってもらう。

「塀を掴まって降りて、足乗せて。……そこの雑草の上なら裸足で」 

 これ以上は言葉が続かず、腰が抜けそうになるのを我慢して体重を支える。

 降りてくる方も必死だと思うが、私も結構限界に近い。

「あー、死ぬかと思った」

 雑草の上に降り立ち、胸を押さえて大きく息を付く女の子。

 それはこっちの台詞だと思いつつ、再び塀の上へと戻る。

「どんどん行くよ。それと、靴を塀の向こう側に投げて」



 最後の一人を塀の反対側へ下ろし、私も降りる準備をする。

 いや。最後の一人ではなかったか。

 塀に沿った道を隔てた路地の手前。 

 俯き加減で立ちつくしている女の子。

 今更正門には迎えず、寮へ戻る事もままならない。

 だけど、いつまでもそこへ立ち尽くしている訳にもいかない。

 進む事も戻る事も、留まる事も出来ない。

 選ぶのは自分だけれど、その決断を誰もが簡単に下せはしない。

 自分の行きたい道に進むのもままならず、ただ流されてしまう。

 何より、自分がそうだったから。


「早く」

 後ろから彼女を押し、強引に塀の前まで連れてくる。

 上から差し伸べられる幾つもの手。

 彼女のリュックを掴み、靴を掴み。 

 彼女自身の手を掴む。

 私は下から彼女を支え、その重さを実感する。

 私に出来るささやかな事。

 本人はそれを望んでいなくても、その顔を悲しみに曇らせないために。

 私は、私に出来る事をするだけだ。

「あ、あの」

「これ以上ここにいると目立つから、早く教棟へ行って。私は正門で目立ってくる」

「あ、あの」

「じゃあね」

 正門に並んでいる人達に会いたいとは思わないが、それが私のやる事なんだと思う。




 閑散、とでもいうのか。

 冷たい風が正門を吹き抜けていった。

 私の前髪が虚しく揺れて、足元を枯れ葉が滑っていく。

 嫌みな台詞どころか、姿すらない。

 遅刻をとうに過ぎ、普段なら授業が始まるような時間。 

 風紀委員も警備委員も、いつまで経っても戻ってこない私を待つほど暇じゃないだろう。


「なー」 

 足元を通り過ぎる黒猫一匹。

 不吉な陰ではないけれど、決して心は晴れ渡らない。

 第一猫は私に見向きする事無く、正門をくぐってどこかへと消えた。

「ちょ、ちょっと。置いてかないでよ」

 慌てて猫を追い掛け、私も正門をくぐる。 

 猫は植え込みを越えて木々の間を抜けていったのか、その姿はどこにもない。

「おーい、おーい」

「何してるの」

「いや。黒猫がね」

「猫がどうしたって」

 背筋に走る悪寒と恐怖。 

 後ろを振り向くと、黒髪をたなびかせた美少女が私を見下ろしていた。

「猫がいたんだけどね」

「ずっと猫と遊んでたの?」

「いや。遅れたのは違う理由。さすがにこの時間は、誰もいないね」

 閑散とした正門に立っているのは、私とサトミ。

 後は、遠くから猫の鳴き声が聞こえるくらい。

 虚しいどころの騒ぎじゃないな。

「もう始まってるわよ、体力測定」

「こんな時期にやって、何か意味あるの。普通、新年度が始まってからでしょ」

「例の試合が近いから、有力選手のデモンストレーション代わりじゃないのかしら」

「デモンストレーション、ね。単に、ショウのすごさを実証するだけだと思うけどな」

 太ももを軽く叩き、体を解す。

 さっきたまった乳酸もすでに分解が始まっているのか、疲労感はかなり和らいできた。

 疲れるのは早いけど、回復も早いのよ。

 それでも完全ではなく、今はまだ少し休んでいたい気分ではる。



 慌てて飛び起き、時計を探して転げ落ちる。

 床へ落ちる前に首を下へ向け、高さと位置を確認。

 すかさず両手両足を開き、難なく着地。

 猫だね、まるで。

「えーと」

 誰もいない、無機質な白い部屋。

 鼻を突く消毒の香り。

 どうやら、医療部のベッドで寝てたらしい。

「あーあ」

 枕元にあった端末をジャージのポケットへしまい、髪を整えベッドサイドに腰掛ける。

 静かな病室内。 

 足音どころか、人の気配すらしない。

 しかし再び眠りに落ちる事はなく、静けさの中意識が覚醒していく。

 軽く頬に手を添え、そのぬくもりを確かめて立ち上がる。


 腕を伸ばし、欠伸を噛み殺しながらグラウンドへとやってくる。

 相変わらず周囲の視線は冷たく、誰も私に近付いてこない。

 私を指さして、顔を寄せ合って何かをささやきあっている子達もいる。

 気にはなるがどうする事も出来ず、ソフトボールを投げている集団の隣を通り過ぎる。

「あ」

 誰の声かは知らないし、故意かどうかも分からない。

 とにかく振り向けば、ソフトボールが目と鼻の先まで迫っていた。

「とっ」

 そのままもう一度身を翻し、後ろ回し蹴り。

 かかとでボールを捉え、そのまま振り下ろして地面にめり込ませる。

 避ければ済んだ話ではあるが、体の調子を測るために少し大袈裟に動いてみた。

「す、済みません」

 血相を変えて飛んでくる、体格の良い男の子。

 当たらなかったから問題は無いけど、どうも私の行動が誤解されたようだ。

「いや、別に。当たってないし」

「そ、その、済みません」

 こうして謝られる事が一番イメージを悪くする原因で、わざとやってるんじゃないだろうな。

「私は大丈夫だから。もう、行って」

「は、はい」

 背を向けて、一目散に逃げていく男の子。

 残されたのは私と冷たい視線だけ。


「見えてるの?」

 心配半分、疑問半分といった声。

 振り向くとサトミが、怪訝そうな顔で立っていた。

「気配だね」

「ボールに気配なんてある?」

 何か、彼女の疑問。 

 探求心を呼び起こした気がしないでもない。

 ボールは無機質。

 また飛んでくる間は音もないので、その接近を感じるのはちょっと難しい。

「深く考えなくて良いから。それより、呼びに来てくれたの?」

「呼びに来たというか、ずっと寝てたでしょ。大丈夫?」

「全然。まだまだこれから」

「まだ、何もしてないでしょう」

 冷静な突っ込みを受け、ショウ達が集まっている教棟の玄関前へと連れてこられる。

 どうやら彼等はすでに幾つかの種目を終えたらしく、首から提げられたカードにはスタンプが押されてある。

 私もモトちゃんからカードを受け取り、種目の一覧を確認する。

 内容はどれも、オーソドックスな物。

 張り切る理由もないし、張り切っても大した成績は出ないのでのんびりやるとしよう。

「あーあ」

 もう一度欠伸をして、日だまりの中にしゃがみ込む。

 冬にしては暖かいし、風もないし。

 さっきの猫は、今何をしてるのかな。



 ぼんやりしてると、サトミが改めて不安そうに声を掛けてきた。

「調子悪いの?」

 軽く手を振り、伸びをしながらゆっくり立ち上がって大きく深呼吸をする。

「春が来たと思ってね」

「年中春だろ」

 ぼそりと呟いた男の脇腹を掴み、悲鳴の度合いから握力を測定。

 しかし、どうも正確では無いな。

「順番は無いんだよね」

「時間は有限なのよ。原子レベルでは、常に崩壊してるのよ」

 真剣な顔で、端末に表示された時刻を指差すサトミ。

 言っている事は根本的に不明だが、反論するとまた疲れてくるのでここは大人しく受け入れる。


 サトミが個人的に考えてるらしいスケジュールに従い、近いところから攻めていく。

 教室内で行われていたのは、握力や背筋力の測定。

 しかし私達が入ると、それまで喧騒に包まれていた教室内が一気に静まり返る。

 中には外へ出て行く生徒もいて、ここまで露骨だとさすがに多少は気になってくる。

「怖いところ、見せてあげてよ」

 机の上に置いてある握力計を手渡してくるヒカル。

 この人、私の体格を見て物を言ってるのかな。


 教室内には一応ここの受け持ちらしい生徒もいるが、特に私達へは反応を示さない。

 無視をしているというより、測定自体は生徒が個人個人で行うもの。

 彼らはあくまでも、機材の管理を受け持っているようだ。

「めきめきって、壊すくらいに」

「……指が回らないんだけど」

 壊す以前に、握れない。

 調整用のねじを回してグリップ部分を限界まで下げるが、それでもようやく手が回るかどうか。

 これって、大人用の握力計だな。

「……出た」

 表示された数値を書き込み、係りの人に握力計を渡す。

 それにはさすがに反応を示し、しかし数値を確認して改めて私の顔を確認する。

「もう一回やる?」

「やらないわよ」

 侮辱とは言わないが、プライドは痛く傷付いた。

 確かに数値は低いけど、わたしにはこれが限界。

 筋力だけを取るなら、私は同年代の平均を明らかに下回る。

 というか、この体型で上回る方がどうかしてる。

「非力な女だ」

 ぼそりと呟くケイだが、それに一番助かっているのは彼かもしれない。

 もし私が握力計を握りつぶすくらいの力があれば、当然彼の脇腹も今ごろは半分くらいにへこんでいる。


 次は、背筋。

 これはレバーを持って引っ張るだけ。

 ただ、紐の余裕がかなりある。

 つまりは、私が持った時点ですでに結構紐が余っている。 

 力をいれて引っ張れるポイントが胸元辺りで、これでは測定のしようが無い。

「世話の焼ける子ね」

 くすくす笑い、紐の調整をするモトちゃん。

 どうにか紐は私が屈める位置くらいにまで下がり、それでも多少膝が伸びている。

「……えい」

 力は無いが、その分体重も無いので乗っている台は持ち上がる。

 この瞬間だけは、自分がすごい力持ちに思えるな。

 表示される数値は、多分小学生並だとしても。

「調子悪い?」

 そう声を掛けてくる、機材を管理している女の子。

 この数字を見れば、そう思うのが当然。

 そんなところですと適当に答え、次の装置にへと向かう。


 スポーツジムで見るような、座った状態で足を振り上げる装置。

 こんなの測定してどうするんだと思うが、あるからには仕方ない。

 でもって椅子に座り、足を装置に差し入れる。

「……始めて下さい」

 どうもこれは高額な機器らしく、生徒ではなくメーカーの関係者らしい人が付いている。

 しかし私の足はびくともせず、ただ顔が赤くなるだけ。

 これ以上はどう考えても無理なので、足を抜いて一礼する。

「壊れてました?」

「いや。全然」

「足が短いんだろ」

 ローからミドルにつなぎ、壁に手を付いて後頭部を足の甲で刈る。

 卒倒した男を放っておき、大げさな機械をぺたぺた撫でる。

「これって、プロのスポーツ選手が使うトレーニング機器じゃないんですか」

「その廉価版というか、普及タイプです。ロケーションテストも兼ねて、本日は場所をお借りしています。それで、今のは」

「え、なにが」

「いえ、こっちの話です」

 愛想良く笑い、機械を手で撫でる男性。

 どうも、私が蹴り倒したケイの事を言いたかったらしい。

「ああ。でも足を振り上げる筋力と、回り蹴りのエネルギーは別ですよね。この場合は、体の回転だから」

「なるほど。とにかく、数値はこれです」

 感心はしつつ、無慈悲にモニターへ表示された数値を示す男性。

 数字としては限りなく0に近く、書き込むのが少し恥ずかしいくらい。

 ただこれが私の現実で、否定のしようがない。

「これを見る限りは、深窓のお嬢様ね」

 私の数値に目を通して笑うモトちゃん。 

 数値自体なら彼女の方が全てにおいて上回っていて、それはサトミも同様。

 つまり単純な力比べになれば、私は彼女達には敵わない。

 とはいえ腕相撲の大会に出る訳ではないし、それならそれで戦いようもある。



「次は?」

「これ。動体視力」

 壁に置かれた、大きなパネル。

 ようやく巡ってくる得意分野。

 視力は衰えたが、短期的なら全く問題は無い。

 ジャージの上を脱ぎ、改めて体を解し軽く目を押さえる。

 調子は悪くなく、パネルの位置がやや高いのが気になるくらい。


 パネルの下にあるスタートボタンを押すと、カウントの意味を持つアラーム音が鳴る。

 それが3回鳴り終えると、パネルのあちこちが点灯し出す。

 かなり大き目の分割で、これはプロ用ではなく体力測定用の機材らしい。

 正直押していくのは余裕で、一回押すと少し間が空いてリズムが狂うくらい。

 上の方はやや押しづらいが、それでも小さく跳ねて一つ一つ確実に押していく。

 最後に長いアラーム音が鳴り、測定が終了。

 今度の結果はかなり満足の行くもので、ようやく口元が緩んでくる。

「こういうのは得意なのね」

「サトミは」

「目は、文字が読めればいいのよ」

 言ってる事は最もだが、今の状況にはあまりそぐわない発言。

 カードを見ると、この項目は「測定不能」とある。

 端的に言えば、一つもパネルを押せなかったんだろう。

 一つを追うたびにまごついて、その間に次が光るの繰り返し。

 見てはいなかったけど、その光景はありありとまぶたの裏に思い浮かぶ。

「何よ」

「いや。別に。これで終り」

「まだまだ、勝負はこれからよ」



 勝負事ではないと思うし、ここの種目では差が出すぎる。

 筋力系は私は全く駄目で、勝負にすらならないので。

「反復横跳びか」

 敏捷性を競う、やはり私に向いた種目。

 サトミは間違いなく転んだなと思いつつ、靴紐を結び直し太ももを叩く。

 室内なので、体はある程度温まった状態。

 それに朝から走ったので、十分に解れてもいる。


 靴を床にこすり、どの程度滑るかを確認する。

 一応床には滑り止めのマットが敷いてあるが、そのマット自体がずれる事もある。

「参加される方は、中央のラインに並んで下さい」 

 拡声器から流れる事務的な声。 

 それに従い、何人かの生徒が一直線に並ぶ。

 男女の区別は無く、私の前は見上げるほどの大男。 

 明らかにスポーツ経験者で、私を振り向くと不適に笑って鼻を鳴らした。

 本当、勝負はこれからだな。

「あくまでも身体測定なので、無理はしないように。では、合図と共に始めます」

 カウントは、靴に取り付けた薄いシートがマットに引かれたラインをまたぐ事で反応する。

 やがてアラームが鳴り、独特の緊張感が辺りを包む。


 大きくなるアラーム。 

 それと同時に横へ動く生徒達。

 この時点で、私が半歩飛び出す。

 着地と同時に、すぐ踏み切り。

 足首に負担が掛からないように力の加減を取り、マットの滑り具合も確認して制動を掛ける。

 姿勢は低く、リズミカルに。

 目の前の大男も決して遅くは無いが、すでに私が3回ほど追い抜いている。

 体重がある分速度は自然と遅くなるし、膝や足首への負担も大きい。

 何より勝負事は、熱くなったら負けた。

 それに私の足音が後ろから聞けるのは、かなりのプレッシャーだと思う。

 自分の事だけに集中するのはなかなか難しく、私は相手を見てペースを調整出来る。

 しかし向こうは何も見えないので、とにかく全力を出し切るしかない。


 再び大きくアラームが鳴り、終了が告げられる。 

 どっとマットに転がる生徒達だが、拡声器が場所を空けるよう事務的に告げてくる。

 言ってみれば、たかが体力測定。 

 真剣になる必要は無いし、息が上がるまでやっても仕方ない。

 ただそれは、始まる前までの話。

 いざ始まってしまえば、プライドとか見栄とか体面はあっさりとどこかへ消えてしまう。

 格好良い言い方をするのなら、汗と共に流れ出していくんだろう。

「負けたぜ」

 青春ドラマみたいな台詞を残して去っていく大男。

 彼の健闘を称え、私もその背中へ軽く手を振る。

 見知らぬ者同士。

 もう二度と会う事は無いかもしれないけど、一緒に戦った思い出はいつまでも記憶に残る。




 思い出は残るが、疲労感も募る。

 廊下でしゃがみ込み、一旦休憩。

 とにかく長時間動く事は不可能で、今は何もしたくない。

 これで毛布があれば最高だけど、ここで寝たら恥ずかしいどころの騒ぎじゃ無いな。

「あったかいね、今日は」

 廊下に転がり、陽だまりで体を丸くするヒカル。

 他人なら笑えるんだろうけど、身内なら恥ずかしいだけ。

 というか、絶対に止めて欲しい。

「起きろ、この馬鹿」

 強引にヒカルを引き起こすケイ。

 彼の場合は恥ずかしいというよりも、廊下の往来に邪魔だという判断だと思う。

 これを恥ずかしいと思うくらいなら、落ちたチャーハンを食べないだろうし。

「猫は丸くなるよ」

「お前、全身に毛が生えてるのか。素っ裸で生きてるのか」

「裸なら、寝ていいの」

「許す」

 許すな。

 でもって、脱ぎ出すな。


 とりあえずヒカルの頭をはたき、床から起き上がって大きく伸びをする。

 疲労感はかなり解消されて、また動けるようになってきた。

 私の方が、むしろ猫に近いな。

「次はと。……これか」

 隣の教室のドアから覗く、壁に吊下げられた板。

 それに向かって飛び上がる生徒達。

 垂直跳びなら、多少なりとも自信はある。

 とりあえず列に並び、横からの威圧感に顔を上げる。

 今度は背の高い女の子。

 ただ体型としては華奢で、バレーよりもバスケ部か。

「あら」 

 あらってなんだ。

 魚のアラか。

 なんて言っても通じないので、ここは黙ってやり過ごす。

 やがて自分の番が回ってきて、当然今の彼女と並ぶ事となる。

 私が手を伸ばした位置に、ちょうど彼女の頭があるくらい。

 本当、しみじみ自分の小ささを感じるな。


 これは全く自分のタイミングで跳べば良く、私も軽く跳躍をして体を解し大きく膝を曲げてそのまま宙へと舞い上がる。

 肩に掛かる強い重さ。

 ふっと軽くなるお腹の辺り。

 視界が一気に開け、人の頭が下に見える。

 普段は決してありえない、あくまでもかりそめの光景。

 もう限界というところに達したところで体を反らし、最後に大きく伸びて板を叩く。

 降りる時も膝を曲げ、十分落下のダメージを吸収してしゃがむように床へ手を付く。 

「熱かったわよ」

 人の頭を撫で颯爽と去っていく女の子。

 室内なのであったかくはあるが、別に熱さは感じない。

 どうもスポーツ系の人は、勝負にこだわる傾向があるな。


「嘘、こんなの初めて見た」

「3桁なんて、表示出来るの?」

「いや。バレー部に一人いたぞ」

 私が叩き出した数値を取り囲んで騒ぎ出す生徒達。

 納得のいく跳躍ではあったが、ベストの記録という訳でもない。

 それでもさっきまでの冷たい空気が少し緩んだのは、素直に嬉しい。

「跳んだだけじゃない」

 後ろで文句を言ってる子もいるし、ここは早々に立ち去った方が良さそうだ。




 再び休憩というか、正確にはお昼休み。

 今日は食堂が終日開放され、ソフトドリンクや軽食が無料で提供されている。

 運動をするんだし、あまり重い物をとっても体には良くない。

「駄目だっていうの」

 トレイの皿に唐揚げばかり乗せるショウの手を叩き、隣にあったサラダを山盛りにする。

 私も申し訳程度にサラダを盛り、後はスクランブルエッグを少しとおにぎり一つ。

 最後にお茶のパックを乗せて終了となる。

「面白く無いな」

 それでも隠れて食べるという事はせず、席に付いて黙々とサラダを平らげていくショウ。

 本当に人間が出来ているというか、従順というか。

 反抗するとか、逆らうって事が基本的に無い人だからな。 

 頼まれれば嫌とは言わないし、自分に不利益な事も厭わない。

 いや本当は断りたいのかもしれないが、実際断るのは余程の例外なケース。

 木之本君といい彼といい、人生のどのくらい他の人に比べて損をしてるんだろうか。

「サラダ食べたぞ」

「じゃあ、野菜ジュース飲めば」

「その内、芽が生えてくるんじゃないのか」

 意味の分からない嫌味を言って、それでも野菜ジュースを取りに良くショウ。

 ただその理屈だと、彼のお尻からは尻尾が生えてくる事になる。


「調子いいみたいですね」

 こっちは唐揚げ山盛りでやってくる御剣君。

 そんな彼をぎっと睨み、戻すように無言でプレッシャーを掛ける。

 彼も背を丸め、無言でこの場を去っていく。

 ショウのように素直であったり従順ではないが、言われた事を守らない子ではない。

 そんな二人が野菜ジュースとサラダ山盛りで戻り、黙々とジュースを飲んではサラダを食べ始めた。

「来るんじゃなかったな」

「何か言った」

「いえ、別に」

「あなたのためを思って私は言ってるの。……すごいね、これは」

 彼のカードを手にとり、その成績に圧倒される。


 筋力で言えば私の二倍三倍。

 跳躍力や瞬発力も同レベルで、おおおよそ同じ人間とは思えない。

「今年は、四葉さんに勝てそうかな」

 どうやら、これを言いに来たようだ。

 彼らは兄弟のような関係であると共に、やはりライバル。 

 御剣君にとっては、越えるべき壁の一つだろう。

 これにはショウも即座に反応し、御剣君の肩に手を置いた。

「寝てるのか、お前」

「いつまでも、玲阿四葉の時代じゃないでしょ」

「俺がいる限り、御剣武士の時代は来ないんだ」

「だったらここで、世代交代だ」

 世代って1才しか違わないじゃない。

 言いたい事は分かるけどね。

「御剣君は、一人で回ってるの?」

「俺はそうしたいんですが、事情がありまして」

 事情ってなんだと思ったら、後ろから小谷君達が現れた。

 渡瀬さん、神代さん、真田さん、緒方さん。

 どうも、1年生同士で楽しんでいるようだ。

「あんた、何一人で食べてるんだよ。……何で野菜なの」

 御剣君の前に置かれた山盛りの野菜と、私を交互に見比べる神代さん。

 でもって私は彼女を睨み、余計な事は言わせないようにする。


「仲良いんだね」

「良くは無いですけどね」

 はっきりとそう言う神代さん。

 ただこういう事を口に出来る程の、良好な関係だとも言える。

 そこに渡瀬さんがちょこちょこと近付き、私の顔を笑いながら指差した。

「最近、雪野さんに間違えられてよく睨まれます」

「睨まれる。……ああ、警備員の。ごめん」

「いえ。私は気にしてませんから」

 そういって私の手にそっと触れてくれる渡瀬さん。

 そのぬくもりと優しさが、今はただ嬉しい。

「いい事ですね」

 こちらは多少皮肉っぽく笑う真田さん。 

 彼女の隣では緒方さんが、ケイを親の敵で見るかのように睨みつけている。


「どうかしたの」

「個人的な問題です」

 こう言われてはコメントのしようが無く、また恨まれる理由は数え切れない人なので私からはなんとも言えない。

「大変ですね、色々と」

 かなり漠然とした台詞でまとめる小谷君。

 彼もケイを見てはいるが、緒方さんのような敵意は感じない。

 友好的な雰囲気も感じはしないが。

「玲阿さん、試合はどうですか」

「俺は出ない」

「仮に出た場合です」

「そうなれば全力を尽くすし、勝つ努力をする」

 自信と誇りを込めてそう語るショウ。 

 小谷君は微かに頷き、再び視線をケイへと向けた。




 彼らの思惑、心情、つながり。

 私はそれに応えられるだけの人間なのだろうか。 

 ショウのように言い切れる程の自信は無い。

 ただ、そうでありたいという気持ちは持ち続たい。

 持ち続けていたい。 













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