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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第35話
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35-1






     35-1




 いつもの資料室。

 机の上に置かれる卓上カレンダー。

 ある日付に打たれた、二つの赤い丸。

 一つは、先日迎えた私の誕生日。

 そしてもう一つ。

 そこには、小さなチョコとハートのイラストも印刷されている。

 言うまでもなく、バレンタインディに。

「これが、例のデートの書類審査をパスした人間。拒否したい奴は、今抜き出してくれ」

 目の前に置かれる書類の山。

 見た感じは履歴書で、左端には顔写真も付いている。

 人を選ぶような立場ではないが、何より自分の事なのでさすがになりふりは構っていられない。

 それにしても、私とデートってどういう事だ。




「……全部、女の子だけど」

「羨ましいね」

 マンガを読みながら、気の無い返事で答えるケイ。

 その首筋にスティックを伸ばし、上から延髄を軽く押す。

「落としていいの」

「意識をか、首をか」

「聞いてるのは私よ」

「男のリストもあるにはある。ただ、それだと本当に血を見るぞ」

 男の子同士が私を巡って殴りあう。という意味ではないと思う。

 一部の子には受けそうなシチュエーションかも知れないが、私にとってははた迷惑なだけだ。

「血はともかく、女の子とデートするの?」

「禁断の恋なんだろ」

 真実味の欠片も無い言い方。

 ただ私としても男の子を相手にするよりは抵抗が無く、ショウの事を考えればこっちの方が気は楽だ。


 いや。待てよ。

「ショウのデートの相手は、男の子?」

「そんな訳あるか。全員女、教職員まで応募してきた」

 当然の話だが、それはそれで面白くない。

 ただ決めた事なので、今更言っても仕方ない。

 後悔先に立たずとは、本当よく言ったものだ。



「……パス」

 お嬢様風の写真が貼られた一枚目から横へのける。

 容姿は問題ないし、それをとやかく言える立場ではない。

 ただしコメントの欄に、「私をもらって下さい」とある。

 少し背筋が寒くなってきた。

「暖房上げて。それか、上着」

「いいじゃない、もらえば」

 書類を手に取り、ころころと笑うモトちゃん。

 私は笑うどころの話ではなく、彼女が持ってきたベンチウォーマーを羽織って次を読む。

「パス」

 次は、ツインテール。

 「朝まで二人で」って、どういう状況を想定してるんだ。

 デートに関しては学内で、時間制限付き。

 まさか、私をさらうって話じゃないだろうな。

「お茶、あったかいの」

「可愛い子じゃない。何が不満?」 

 まだ笑ってるモトちゃん。

 彼女のところにこの書類が集まってきたら、私も同じ反応をしてるだろうが。


「……待って。サトミやモトちゃんはやらないの」

「二人は忙しいだろ」

「私は暇なの?」

「忙しいのか」

 聞かれると困るし、返事のしようも無い。

 という事は、間違いなく暇なんだろうな。

「とにかく、今のもパス。本当に、書類審査したの?」

「コメントは読んでない。在校生で、履歴が綺麗な子は全部持ってきてる」

「コメントも読んでよね。……パス」

 「一生ついて行きます」って、どこ行く気なのよ。




 結局選び出せたのは、10人程度。

 どうやら、ここから本格的に身辺調査をするらしい。

「情報局に行って来る。ショウの分はどうする?」

「それは、あの子が選ぶんじゃないの」

「あいつにそんな権限は無い」

 だったら誰にあるんだと思ったが、書類は目の前に置いてある。

 どうやら、私にはあるらしい。

 でもってショウは、壁際で黙々と鉄アレイを持ち上げている。

 本当、泣けてくるな。

「後は頼む。それと、全員却下は無しだから」

 人の心を読んで、部屋を出て行くケイ。

 とりあえずため息を付き、山の数から数えてみる。


 もしかして女子生徒全員が応募してるんじゃないかと思える量。

 この時点で圧倒されたというか、気疲れしてきた。

「モトちゃんも選んで。サトミも」

「私は忙しいのよ」

 そう言いつつ、文庫本を机に置きこちらへやってくるサトミ。

 彼女にしてはかなり浮ついた表情で、声が掛けられるのを待っていた様子。

 冷静さが売りというのも困ったものだ。


「この子に決めたら」 

 一枚目を手に取り、いきなり判断を下すモトちゃん。

 見てみたら、年配の職員。

 年齢としては、理事長より少し上くらいだろうか。

 冗談にも度が過ぎるので、即刻却下。

 というか、これで本気でも困るんだけど。

「へろー。楽しそうな事やってるって聞いたけど」

 春を先取りしてか、薄手のセーターとタイトスカート姿で現れる池上さん。

 でもって寒いのか、壁に掛かってていたジャケットを羽織って手をこすり始めた。

「寒いのなら、初めから着込めば」

「雪だるまみたいな格好はしたくないのよ」

 それって私に言ってる事なのか。

 反論しようとも思ったが、実際にもこもこの格好なので言うのは止めた。

 雪だるま、好きだしね。

「これは」

 無愛想に一枚差し出してくる舞地さん。

 モデルもかくやという、黒髪の美少女。

 成績優秀で、中等部に入学以来学年学内トップを維持とある。

「サトミじゃない、これ」

「あら、私は応募する資格は無いの」

「無いの。これは却下」

 まさかとは思うが、他に池上さんとか渡瀬さんとか混じってないだろうな。



 選ぶ人数は増えたものの、一人見るたびに全員がそれを批評するので全く先へ進まない。

 それでも書類は半分以上減り、どうにか目処はついて来た。

「休憩。ちょっと休む」

 最終的に誰を選ぶのは抽選なので、後は私の仕事ではない。

 そこに作為が含まれる可能性もあるが、悪意は含まれないだろう。

「見ないの」

 壁際で黙々とスクワットをするショウに声を掛ける。

 彼は机に置いてあったタオルで顔を拭き、気弱な笑顔で首を振った。

「俺が選ぶ事でもないだろ」

「そうかな」

 だったら私はなんなんだという話で、話が終ってしまう。

「気にならない?」

「なるさ。でも、俺の意見は参考になるのか」

 そう言われて、後ろを振り向く。


 サトミ、モトちゃん。

 舞地さんと池上さん。

 いつのまにか沙紀ちゃんと神代さん、渡瀬さんもいる。

 あの輪にショウが入って発言したとして、どの程度の影響力があるかは疑問。

 というか、何を言っても却下だと思う。

「そういう事もあるわよ。……重いな、これ」

 床に転がっていた鉄アレイを両手で持つが、腰の辺りで限界に達する。

 無理をして頭上に掲げるのは可能かもしれないが、多分そのまま後ろへひっくり返る。

「片手で持ってなかった?」

「鉄アレイは、普通片手で持つだろ」

 何を言ってるんだという顔。

 これは私が非力なのか、彼が尋常でないのか。

 多分、両方だと思う。

 私も一応パワーリストやアンクルは付けているが、彼のに比べれば少し厚手のサポーター程度。

 多分彼のパワーアンクルを付ければ、寮から学校に来るだけで体力を使い果たす。


「ちょっと、腕上げて」

「こうか」

 上を向いてくの字になった彼の腕。

 そこに飛びつき、ぶら下がる。

 体力自慢でこういうシーンがあるけど、どうも私一人くらいでは気にもならない重さらしい。

「それに、意味はあるのか」

「無いかもね」

 自分でも馬鹿馬鹿しくなり、すぐ床へと降りる。

 ただいざという時は彼の腕1本で私を支えられるのは十分に分かった。

 そのいざ、という時が来るかどうかはともかくとして。


「前より、体大きくなった?」

「成長期だからな」

 あっさりと答えるショウ。

 彼と私は同級生で、同い年。

 というか、私の生まれたのは遅い。 

 つまり成長する余地は、私の方があるはず。

 それにしては、身長も手も足も何一つ成長していない。

 胸なんて、本当大丈夫なのかな。

「毎日牛乳飲んでる?」

「いや、別に」

 どうやら、あれは俗説だったらしい。

 なんにしろ彼との差は開く一方で、隣にいるとさすがにコンプレックスという言葉が思い浮かぶ。

 男と女なので比較の対象ではないとも思うが、並ぶ機会が多ければ自然と気にはしてしまう。

 大体彼との場合は、腕を組むというよりすがる感じ。

 親にじゃれ付いてる子犬になってしまう。



「こんにちは」

 長いバトンを担ぎ、資料室へと入ってくる御剣君。

 彼はそれも器用に部屋の中へと入れ、両手で胸を押さえている私をじっと見てきた。

「何よ」

 それは彼の台詞だと思うが、この際理屈は関係ない。

「いえ、別に。それより四葉さん、試合は?」

「なんだ、試合って」

「ほら、今度生徒会が主催してやる学内のトーナメント」

「俺は出ないんだ」

「新しいポスターにも、写真載ってるけど」

 壁に立てかけたバトンを机の上に置き、端の方から広げていく御剣君。

 つまりは巨大なポスターだったのか。


 「草薙高校オープントーナメント開催決定!龍虎血戦。牙食らい、血唸る。近日開催」


 良く分からないし、牙って食べるものなのか。

 雰囲気としては、伝わってくるけどね。

 ちなみ肝心の写真は草薙高校をバックに、ショウがやたら大きく上半身のアップで載っている。


 その下には出場予定選手の一覧。

 ただ見た事の無い顔ばかりで、仮にショウが虎だとしたら龍である御剣君やそれこそ柳君が載っていない。

「出ないの?」

「申し込みには言ったんですけどね。推薦人がいないと駄目だって」

「ショウの代わりに出たら」

「いや。別にどうしても出たいって訳でもないので。強そうなにのも出ないし、勝っても面白くないでしょ」

 勝つ事を前提として話を進める御剣君。


 ただしそれは過信ではなく、実力に裏打ちされた言葉。

 筋力だけ取ればショウより上かも知れず、少なくとも横幅ではショウよりも一回り大きくなってきた。

 それ以外の実力も拮抗していて、学内最強の称号を継ぐとしたら彼以外は思い当たらない。

 言ってみれば彼らは獣で、私達人間と比較するからおかしい事になってくる。

 私が主催者でも、まず出場は断るだろうな。

「雪野さんは出ないんですか」

「女子部門もあるの?」

「さあ。聞いてませんけど」

 おい。 

 むさくるしい大男に混じって戦えって言うのか、この人は。

 いや。ショウはむさくるしくないけどね。

「3試合も4試合も続けてやるんでしょ。体力が持たないから、無理。スティックを使っていいなら、まだ勝ち目はあるけど」


 一回や二回くらいは勝ちを拾う自信はあるが、続けての試合は絶対に不可能。

 これは去年の体育祭の予選で、嫌と言う程思い知った。

 RASレイアン・スピリッツのプロを目指さないのは、実力が無いのもそうだが体力的な問題から。

 長期戦になれば絶対に負けるし、トーナメント戦も同様。

 それに、そこまでの闘争本能も無いのが一番の理由だと思う。

「身元を洗って来た……。なんだ、それ」

 机に広げられたポスターを見て、げらげら笑うケイ。

 笑う要素は一つも無いと思うけど、彼の感覚は私たちとは違う何かを感じ取ったらしい。

「笑い事じゃないぞ」

「気にするな。あの馬鹿息子が言ってたように、どうせ試合は無理やりにでも出場させられるんだ。コンディションだけ、適当に整えておけばいい

「どうして俺が」

「学内最強っていうのが効いてるんだろ。な、次期学内最強」 

 げらげら笑って、御剣君の肩を叩くケイ。 

 やっぱり何一つ面白くないし、涙を流す事でもない。

「馬鹿じゃないの」

「馬鹿結構。それとこのポスター、どこで手に入れたんだ」

「SDCで配ってますよ。でもこれはまだ小さい方で、教棟の横から吊下げるのもあるとか」

 かなり他人事で話す御剣君。 

 実際他人事なんだけど、そこまで勝手に準備をされるのは面白くないな。





 やってきたのはSDCの本部前。

 ジャージ姿の、格闘系クラブと思われるクラブ生が声を上げてチケットを売っている。

 どうでも良いけど、ダフ屋にしか見えないな。

「良い席余ってるよ、良い席」

 だみ声でそう呼びかけてきたが、私達を見て背を向けるクラブ生達。

 全員私よりも大きいどころか、岩石か小山といった具合の大男達。

 しかしどうやら、私達の良からぬ評判を知っている人達らしい。

「全然格安。バックマージンも取ってない」

 そんな事は聞いてない。


 とにかく埒が開かないので、長い机に積んであったパンフレットを一枚取る。

 前ページカラーで、紙も上質な物を使ってる。

 チケットも有料だし、学内のイベントにしては度が過ぎてるな。

「これ、どこの企画?運営企画局じゃないでしょ」

「いや、運営企画局も一枚噛んでる。ただ主催は執行委員会で、SDCは共催」

「収支は、どこか管理してるの」

「さあ。俺達は、上がりの20%をもらうだけだから」

 なんだ、上がりって。

 ますます嫌な話になってきた。

「鶴木さんか黒沢さん呼んで。ちょっと話がある」

「これは格闘系クラブが各クラブで請け負ってる事だから、SDCは関係ないんだ」

「共催なんでしょ」

「チケットを押しつけられたんだろ」

 鼻を鳴らして事情を語るケイ。 

 随分世知辛いというか、物悲しい話だな。

 つまり格闘系クラブにそういう圧力を掛けられる存在があるという事か。

「SDCは独立組織じゃないの」

「こびを売りたがる奴はどこにもいる。上がなびけば、下は従うしか仕方ない。それより、胴元に会いたいんだけど」

 無言で顎を振る一人のクラブ生。

 その先には、簡素なプレハブ小屋が立っている。

「レートと上限は?」

「どちらも限度無し」

「分かった。さてと、根こそぎもらってくか」



 プレハブ小屋の中は、物置といった感じ。

 古いハードルやサンドバッグ、崩れた跳び箱が壁に寄りかかっている。

「誰もいないじゃない」

「入り口よ、ここは」

「知ってるの?」

「入り口じゃないか、と思っただけ」

 言い直すサトミ。

 なるほどと思いつつ、ただどれもほこりを被っているので調べる気にもなれない。 

 何より薄暗くて、あまり楽しい場所でもない。

「賭けなんていいから、もう帰ろう」

「良くは無いさ。ここか」

 扉から真っ直ぐ伸びた行き止まり。

 正確には、何かのネットで行く手をふさがれている場所で足を踏み鳴らすケイ。

 何をしてるのかと思ったら、彼が足をどかした途端その床が外れて手が出てきた。

「わっ」

 咄嗟にショウへしがみ付き、スティックを抜く。

 それを投げる寸前で、ケイがこちらを振り向き手を振ってきた。

「開けてくれたんだ。入り口が、この下にあるんだよ」

「ああ、そういう事ね。そういう事」

 スティックをしまい、視界の高さに気分を良くする。

 何より頼りがいと安心感が心の底から沸いてくる。

 今ならお化けだろうと幽霊だろうと問題ない。

 いや。出てこられても困るけどさ。

「あれ」

 少し下がる視界。

 以前の視界に戻ったと思ったら、さらに下がってさっきのネットが上に見えてきた。

 でもって下から手がせり上がり、外れた床を頭上で閉めた。


 さすがに慌てて飛び降り、笑ってごまかす。

 ショウは気にするなという顔で、サトミ達は気にしたくもないという顔。

 いいじゃないよ、背中に乗るくらい。


 ちなみに上の物置とは違い、照明は明るく床も壁も手入れが行き届いている。

 ただ私トレースするカメラは気にくわないが。 

「どなたですか」

 いきなり襲い掛かりはせず、それでも一応は制止する華奢な女性。

 彼女の後ろには小さなドアがあり、周囲にはやはりカメラとセンサーが取り付けられている。

 どうでもいいけど、こんな所にこもったら踏み込まれた時逃げ場が無いんじゃないのかな。

「中に、ブックメーカーがあるって聞いたんだけど」

「失礼ですが、IDを」

「俺のだけで」

 自分のIDを無造作に渡すケイ。 

 女性はそれを端末のスリットに通し、画面に大きな瞳を向けた。

「今まで、ご参加の経験は」

「小さい胴元でなら数度」

「資金のご確認をさせていただきます」

 随分ストレートな事を聞いてくるが、向こうとすれば死活問題。

 賭けたはいいが払えないでは、話にならない。

「いくらでもいいんだよね」

「ええ。融資もさせて頂いておりますし、信用貸しも致します」

「それはどうも。とりあえず、手持ちはそこにある通り」

 端末に刺さったままのIDを指差すケイ。

 彼の手持ちはどれ程も無いと思うが、女性はそれでも愛想よく笑って後ろに手を触れドアを開けた。

「ようこそ、草薙ブックメーカーへ」



 幾つかのモニターとそれに見入る生徒や大人。

 照明は廊下よりも暗く、少し離れると人の顔が見えないくらい。

 少しだが、アルコールの匂いも漂ってくる。

「カジノじゃないの」

「言い方は好き好きさ。えーと、これか」

 冗談で言ったつもりだが、ケイは軽く流して空いていたテーブルに私達を座らせた。

 テーブルには卓上端末が数台。

 そしてテーブル自体にはモニターが組み込まれ、操作用のパネルがそれぞれの席の前にある。

 その横にはカードを差し入れるためだろうスロットも。

「こんな大々的に、学内で営業していいの?」

「良くないわよ。つまり学校が黙認をしていて、資金も流れてるんでしょ」

「何を考えてるんだか」

 今すぐ片っ端から壊したくなるが、ホットミルクが運ばれてきたのでとりあえずそれを飲む。

「これって、サービス?」

「当然。賭け金の20%は店が持っていくんだから、このくらい訳無いわよ」

「そんなもの」

 ショウと御剣君もジョッキで牛乳を飲み、次に何を頼むかを相談してる。

 ここがブックメーカーだって分かってるのかな。


「さてと、とりあえず資金を増やすか」

「全戦全敗なんでしょ」

「そこはそれ。裏情報というのも、世の中には存在する」

 不意に聞こえるファンファーレ。

 何かと思ったら、画面内にジャージ姿の数名の男女が登場した。

 グラウンドのようで、ただ競争をするという雰囲気では無い。

「どこかのクラブのウォーミングアップだと思う。データ無しか、これは」

 一斉に卓上端末を操作する周りの客達。

 どうやら、顔写真と学内のデータベースを照合してるらしい。

「ちょっと待って。これって、陸上部も賭けの対象になってる?」

「なるだろ、それは」

「絶対潰す」

 ホットミルクのグラスを握り潰し、低く唸る。

 いや。潰れはしないけど、精神的にはそのくらいの心境。

 ニャンをそういう目で見られるなんて事は絶対に許されないし、私が許さない。

 彼女の走りはもっと神聖で尊いもの。

 人の心に夢と希望を与え、幸せを感じさせる。

 それをこんな汚れた目では見て欲しくない。


「絶対に潰す」

「だからこうして来てるんだよ」

「……他のブックメーカーでも、賭けの対象になってるの」

「当然だろ。スポーツ関連は、殆どそうだから」

「許さんな、もう」

 拳をテーブルにぶつけ、怒りを発散させる。

 この程度では気休めにもならないが、とにかく何かしないと気が済まない。

「揺らすなよ。わっ」 

 なにやら声を上げ、こちらを睨みつけてくるケイ。

 どうしたのかと思ったら、頼りなさそうな男の子に彼の賭け金が賭けられていた。

「いいじゃない、もう。私はここの存在すら許さない」

「許さないのは結構だけど、俺のお金はどうなるんだ。ったく」

 文句を言いつつ、薄く笑うケイ。

 見た事は無いけど、人の姿をした悪魔は多分こういう顔で笑うんだと思う。


 だらだらと走り出すジャージ姿の集団。

 やがて少しずつ集団は前後に伸び始め、ケイが賭けた男の子は最後尾についてしまう。

 さすがにこうなると私も気まずいが、ケイは怒った様子も無く画面に見入っている。

 周りからは賭けている子への声援が飛び交い、非常にヒートアップしてきた。

 沈み込んでいるのは私達のテーブルくらいか。


「いくら賭けたの」

 恐る恐る聞くと、ケイは両手を差し出してきた。

 多分手持ち全部という意味だろう。

「ちょっと」

「いいのよ。どうせ、わざと押したんでしょ」

 辛辣な口調で指摘するサトミ。

 ケイは聞こえないという顔で、運ばれてきたお茶のグラスに口をつけた。

「すごいのに賭けてるわね」

 くすくす笑う、お茶を運んできたスーツ姿の女の子。


 オッズは最下位。

 実際の走りでも最下位。

 でもって、掛け金は全額。

 彼女ではなくても笑うだろう。

「だったら、賭ける?個人的に」

「え」

「彼のデートと、オッズの倍を賭けて」

「冗談でしょ」

 そう言いつつ、瞳の奥が鋭く輝く。

 こういう場所のためか化粧は濃い目。

 それが一層色香を放ち、妖しげな笑みに艶が増す。

「でも、オッズの倍なんて」

「上客にはやってるんだろ。そこを曲げて、さ」

「……絶対ね」

 さらに鋭くなる瞳。

 ただそれはショウではなく、その隣。

 彼とメロンソーダを奪い合っている御剣君へ向けられている。

「嘘」

「え、なにが」

「いや。こっちの話」

 考えてみれば、別に不思議な話でもない。


 背は高いし、良家の家柄。

 良く言えば、精悍な顔立ち。

 もしかすると、私が思っているより世間的な評価は高いのかもしれない。

 私達の評価はともかくとして。

「他の子を誘っても良いよ。その分、オッズは上げてもらう」

「気前いいのね」

「ここは初めてだから、気を遣ってるんだよ」

「ちょっと、呼んでみるわ」


 どれ程も間を置かずに集まってくるウェイトレスの女の子達。

 スーツは太もものかなり上。

 中には胸元を大きく開けている子やバニーガールもいて、正直目のやり場に困る。

 オッズは当初の10倍。 

 でもって、ショウと御剣君への指名がされる。

「俺へは無しか」 

 低い声で笑うケイ。 

 女の子達は嬌声を上げ、少し馴れ馴れしく彼に触れた。

「良いじゃない。通ってくれたら、もっとサービスするから」

「二人を連れてきたら、だろ」

「きゃー」

 辺りへ響き渡る、甲高い笑い声。

 その盛り上がりに回りの客もこちらを意識出す。


「ちょっと」

 ショウのデートも気になるし、何よりこの騒ぎ。

 カウンターの奥では、黒服の男性がささやきあってこちらの様子を窺っている。

「問題ない。勝つか負けるか。ただそれだけだよ」

 冷静な顔で画面を指差すケイ。

 彼が賭けた男の子は、依然として最後尾。

 先頭はすでに設定されたゴール。

 画面上に赤くラインが引かれた、クラブハウスみたいな建物と木々の間に辿り着くところ。


 そこで一人の女の子が後ろを向きながら抜け出し、そのままゴールを目指す。

 周りから響く怒号と歓声。

 それは勝利が決まった事への声だと思っていたが、様子が違う。

 後ろ向きのままゴールへ向かう女の子。

 その横から、突如血相を変えて駆け抜ける一人の男の子。


 誰でもない、ケイが賭けた子だ。

 明らかに不自然な走り方。

 女の子が慌てて前を向いて走り出すが、時すでに遅し。

 男の子は、設定されたゴールラインを駆け抜けた。

 飛び交う怒号とグラス。

 青い顔で立ち尽くすウェイトレス達。

 ケイは冷静な顔で、払い戻しのボタンを押す。

「あなた、仕組んでたわね」

 醒めた口調で尋ねるサトミに、ケイは後ろ向きで走っていた女の子を指差した。

「元々、出来レース。純粋な試合ならともかく、こういう偶然が重なる場合は大抵八百長だよ」

「どうして分かったの」

「情報局で、色々聞いてきた。カメラを仕込んだり無関係の人間同士が接触すれば、自然と情報はあちこちに伝わる」

 事も無げに答え、お茶のお代わりを注文するケイ。

 しかし女の子達は全く耳に入っていない様子で、立ち尽くしたまま動こうともしない。

「お客様、おめでとうございます」

 その彼女達の間から現れる、作り物のような笑顔を浮かべた黒服の男。


 生徒ではなく、年齢はおそらく30前後。

 物腰は柔らかいが、あまり親しみやすい雰囲気でもない。

 言うなれば、蛇が人の皮を被ったらこうなるという見本だ。

「それはどうも。お茶下さい。後、払い戻しを」

「申し訳ありません。高額のため、ただいま現金をご用意いしております」

「じゃあ、今度取りに来ます」

「今度」

 細められる瞳。

 全身から発せられる悪意。 

 ケイは女の子が震える手で差し出したグラスを受け取り、隣にいるショウの肩に触れた。

「彼の試合に全額賭けるので」

「なるほど。他のブックメーカーを潰してる生徒がいるとは聞いてましたが」

「出入り禁止のリストに載ってませんでした?」

 薄い笑顔で尋ねるケイ。

 男は何も言わず、口元だけを緩めてそれに応える。


 多分ケイが差し出したのは、ヒカルのID。

 籍自体は高校にあるし、何より同じ顔。

 だまされない方がおかしいだろう。

「素人が、プロに敵うと思ってるのか」

 威圧感のある低い声。

 ケイは空のグラスをテーブルへと戻し、それに顎を振った。

「ヤクザ崩れに負ける気がしないんでね。それとこっちは客だ。お茶のお代わりを」

「図に乗るなよ」

「高校生は調子に乗るのが相場なんだ。早くしないと、他の客も白けるんだけど」

 薄く笑ったまま指摘するケイ。

 大音量のBGMと客の喧騒で、彼らの会話は聞こえていない。

 ただ大穴と当てた客と、店の関係者の長話。

 必然的に、その対応へは注目が集まる。


「今日は、これで勘弁してやるよ。試合当日に、また来る」

「そのガキが勝てると思ってるのか」

「証明してやろうか」

「面白い」

 血走った目で請合う男。

 ケイは鼻で笑い、目の前にあるテーブルを指差した。

「軽くやってくれ」

「絶対弁償しないからな」

「細かい事はいいから、早く」

「そういう問題なのか」 

 ため息を付き、それでも立ち上がって袖をまくるショウ。

 拳が後ろへ引かれ、小さな吐息と共にそれが出る。

 消える照明、飛び散る火花。

 真っ二つに割れたテーブルが、地響きを立てて床へ倒れる。

 表面は樹脂のコーティングで、素材はプラスチック。

 中に機械が埋め込まれている作りだと思う。

 半分に割れて中が覗けるため、それは間違いない。


 ただ割ろうと思って割れる物ではないし、それ以前に自分の拳が砕ける事もある。

 しかしショウは怪我をした様子も無く、少し拳が赤くなっている程度。

 これがもし体のどこかに当たったらどうなるか。

 割れるのはなんなのか。

 男の顔色が青くなるのも当然だ。

「という事。じゃあ、また今度」

「俺は割らなくていいんですか」

 肩を押さえ、腕を振り回す御剣君。

 この子の場合は加減を知らないので、テーブルどころか店ごと潰しかねないな。

「弁償するのなら、どれだけでもやってくれ」

「面白くないな」

 床に横たわっているテーブルの残骸へかかとを振り下ろす御剣君。

 それは機械の部分を四散させ、再び火花を散らしてブーツが床へと辿り着く。

「危ないでしょ」

 スティックを彼の鼻先へ突きつけ、動きを止める。

 まずはこの子を押さえ込んだ方が、余程学内の安定につながるんじゃないのかな。

「それとお姉さん方。玲阿君は駄目だけど、御剣君とのデートはいつでも受け付けてるので。さっきオッズに協力してくれた人で、希望する場合は連絡を」

 一斉に上がる悲鳴にも似た歓声。

 その中で、一人暗い陰を宿す男。

 ケイは後ろ向きのまま手を振り、店の奥へと歩いていった。




 厨房を通り、食材の並んだ狭い廊下を歩き、さびの浮いたドアへと辿り着く。

「何よ、ここ」

「本当の出口。あんなプレハブ小屋から出入りしてたら、すぐに気付かれる」

 本当こういう事は如才ないというか、変に慣れてるな。


 今度は長い階段。

 さっきが地下一階だと仮定するのなら、今は3階くらいまでは上っていると思う。

「どこに出るの、結局」

「特別教棟。職員の」 

「何それ」

「戦争の名残で、建物は地下同士がつながってるところもある。生徒会と職員の特別教棟とか」

 ようやく見えてきた踊り場を指差すケイ。 

 そこには非常ドアがあり、どうやらここから外へ出るらしい。

「今でも使ってるの?」

「癒着を防ぐのと使用理由がないから、今は隔壁で閉鎖されてる。ただこうして私達が通れるのを見る限り、それも過去の話みたいね」

 息を荒くしながら踊り場に辿り着くサトミ。

 それはつまり、教職員と生徒会の癒着が始まってるという事か。

「ここはどこに出るの?」

「さあ。出入り口は複数あるし、表示板は毎日変えるって話だから」

 鼻で笑い、ドアを開けるケイ。


 その途端、向こうからもスーツ姿の男性が何人か入ってきた。

 ドアを挟んだ狭い踊り場。

 自然とお互い見つめ合い、相手を探る事となる。

 ただしこちらはやましい事など無いし、詮索される覚えはない。

 いや。詮索される理由はあるか。

「き、君達は」

 これを裏返す男。

 ケイは非常ドアを示す、頭上の表示板を指差した。

「避難訓練です」

「ここで?」

 さらに裏返る声。

 すでに全員逃げ腰で、顔を見られたくないのかそむけている人もいる。

「皆さんは、見回りでも」

「そ、そう。でも今日は忙しいから、また今度にでも」

「残念だ」

「実に残念だ」

 ケイの言葉を合図とするかのように、ばたばたと逃げていく男達。 


 非常ドアの奥は狭いスペースになっていて、その奥にもう一つドアがある。

 ここで煙や熱を遮断するシステムだろうけど、閉じ込められたら嫌だなとは毎回思う。

「あれが客って事」

「多分。利用出来るのは教職員と生徒会メンバーだけって感じだな」

「さっき私達も入れたじゃない」

「ヒカルのIDは色々いじってある。本当、持つべき物は兄だな」

 持つべきでないのは弟じゃないの。



 奥のドアもくぐり、ようやく廊下へ辿り着く。

 薄暗い廊下を抜けて広い廊下へ出ると、スーツ姿の男女が忙しそうに行き交っていた。

 ケイの推測通り、特別教棟で間違いなさそうだ。

「今日は、何の用かな」

 優しい笑顔で現れる天崎さん。

 でもって視線が少しだけ鋭くなる。

「酒の匂いがするね」

「牛乳しか飲んでませんよ」

「……これは?」

 ケイの胸元に指を向ける天崎さん。 

 今気付いたが、そこには派手な色の名刺が何枚か突っ込まれている。

「これは」

「大人の社交場へ少し」

「……話を聞こうか」



 通されたのは、教務管理感執務室。

 あのブックメーカーのような雑然とした雰囲気は無く、良く言えば落ち着いた。

 もう少し言えば、張り詰めた雰囲気の場所。

 物音一つ立てるのにも気を遣いそうで、なによりソファーへ埋まりそうになって困る。

「ブックメーカー。非合法だろ、それは」

「ええ、まあ。小規模なものとか、イベント時のみに賭けが行われるのは良くあったんですけどね」

「それは私も聞いているが。少し、担当者に聞いてみる。……天崎ですが、生徒指導課の課長を。……ブックメーカーが学内にあると伺ったんですが。……なるほど。……いや、結構。……結構と言った」

 仏頂面でテーブルへと置かれる端末。

 眉間にはしわが寄り、組んだ腕の上で指が何度となく腕を叩く。


「もしかして、誘われました?」

「これは教務管理官として看過出来ない。高嶋君に……。ああ、今はいないのか」

「結構職員も出入りしてる様子でしたし、学校公認だと思いますよ」

「教育庁公認ではない。……学校運営担当理事を。……ブックメーカーの件について伺いたい。……では、今日中に回答書を提出して下さい。この件は、教育庁にも連絡をします……ええ、それでは」

 変わらない苛立ち。

 むしろそれが増したようで、とうとう足まで揺らし始めた。

「ご自由にと言ってきた。政治家と官僚を抱きこんだのか」

「どうします?」

「残念だが、私は教務を担当する役職でね。カリキュラムはともかく、それ以外の権限は皆無に等しい」

「では、もう一人の管理官を呼びますか」


 少しして、苦笑気味に沢さんが現れる。

 彼は簡単な説明を聞いて、仕方ないといった具合に首を振った。

「信賞必罰。その飴の方でしょう、これは」

「笑ってる場合じゃないんだよ、これは。学内に賭場があるなんて、誰が認める」

「現在の草薙高校は、そういう体質なんです。教育庁も黙認しているようですし、俺からはなんとも」

 あまり話に乗ってこない沢さん。 

 天崎さんは唇をかみ締め、改めて端末を手にとった。

「……教育庁長官を。……お久しぶりです。……草薙高校内にあるブックメーカーの件ですが。……廃止で構わないんですね。……ええ、覚悟してますよ。……それはお互いに。では、失礼」

 少し晴れる表情。

 ただ聞こえた台詞は、それほど楽観出来るものでもない。

「廃止するとの確約は得た。私の権限でならという前提だが」

 一転して固くなる表情。


 自分で認めているように、天崎さんの権限が及ぶのはカリキュラムなどの授業内容。

 学内の施設や設備は範囲外。

 それを教務に影響があると主張する事は出来るが、存続廃止の決定権限までは無いだろう。

 だからこそ、廃止をするといってもそう簡単に出来る事ではない。

「沢君。君の方で、どうにか出来ないのか」

「俺は教育庁の指示を受けて、行動するだけなので。今のところ、教育庁からは指示を受けてません」

「私も教育庁の職員だ」

 見詰め合い、頷きあう二人。

 沢さんは席を立ち、腰に提げている警棒に触れた。

「後はお任せを。ただし、人的物的被害については責任を取れませんが」

「死人が出ないのなら構わない」

「助かります」

 一礼して去っていく沢さん。 

 天崎さんは、まだ苛立ちを現したまま端末を睨みつけている。

「いつから、こういう学校になったんだ」

「それはなんとも。ただ、教育庁の意向も含まれてはいるでしょう」

「授業に専念するのはいい傾向だとは思っていたが。少々、甘い顔をしすぎたな」

 険しさを増す表情。

 私達も、そろそろ潮時のようだ。

「では、私達もこの辺で」

「待ちたまえ」

「大丈夫。沢さんが早いか、俺達が早いかです」

「待ちたまえと言ったんだ」

 ブックメーカーの店員とは比べ物にならない威圧感。

 スーツの懐から取り出される、粉末の入ったパッケージ。

「どうも君達は、ストレスがたまっているようだね」

「まさか、そんな。子供にストレスなんて」

「遠慮せずに、飲んでいきなさい。最後の一粒まで、しっかりとね」



 気分が悪いの悪くないのって、どうやって資料室まで戻ってきたのかも覚えてないくらい。

 あの粉の方が、余程ストレスじゃないのかな。

「大丈夫?」

 少し笑い気味に声を掛けてくるモトちゃん。

 誰のせいでと言いたいが、今は口を利く気にもなれず机の上にあったペットボトルのお茶を飲む。

「あー。死ぬかと思った」

「SDCで何かあったの?」

「その後でモトちゃんのお父さんに会って、変な粉を飲まされた」

 思い出しただけで寒気が走り、この世の終わりを感じるくらい。

 あれを飲むなら死んだ方がましって人がいても、私は決して笑わない。

「何か悪い事したんでしょ」

「むしろ、良い事だと思うけどね」

 ブックメーカーの話をして、残りのお茶を全部飲み干す。

 ショウと御剣君は、3Lのペットボトルを回し飲みしてるけどそれは見ない事にする。

 私が真似をしたら、間違いなく溺れるな。


「学校が胴元なの」

「さあね。ただ黙認はしてるだろうし、教職員も出入りしてた」

「あなたのお父様は、気にいらないみたいよ」

「賭け事とかが、好きじゃないの。真面目な人だから」

 そう説明するモトちゃん。

 遊び程度くらいの賭け事ならともかく、あそこまでの規模になると私も嫌悪感を感じる。

 何よりショウやニャンが賭けの対象になっているのが、正直面白くない。

「そっちは沢さんに任せればいいでしょ。それと、執行委員会からショウ君の試合について話がきてた」

「俺は出ないんだ」

「断ったけど、また連絡するって言ってたわよ。勝てる気でいるのかな」

 苦笑してメモ用紙に視線を向けるモトちゃん。

 試合に関してショウに通話があったというだけの、簡単な連絡事項。


 ただここまで執拗に誘うからには、モトちゃんの言う通り勝機があると思ってるのだろう。

 負ければ彼の強さが改めて立証されるだけで、執行委員会側には何のメリットも無い。

 そして私達は彼の勝利を疑わないし、負ける姿自体を想像出来ない。

「妨害される可能性は?」

「あるでしょうね。ただ、この子に襲い掛かってどうするの」

 何をやってるのか知らないが、御剣君と部屋の隅で取っ組み合っているショウ。

 言ってみれば彼に襲い掛かるのは、虎に襲い掛かるのと同じ。

 そして今この学校に、その虎と対等に戦える人間が何人いるだろうか。


 取っ組みあっている御剣君にしても、ショウの遠縁であり弟のような存在。

 柳君や名雲さん、右動さん。沢さん、風間さん。

 名前は幾つか上がるけど、彼の敵に回る可能性は無い。

 またその中でも五分の勝負に持ち込めるのは御剣君くらいで、彼にしてもショウとの勝率は低い。

 それでも執行委員会は、彼に勝つという自信を持っている様子。

 妨害、反則。

 とにかく、正攻法以外の方法以外で攻めてくるはずだ。 

 その攻め方が、試合にしろ試合外にしろ。


「それと、明日はデートだからよろしく」

 ポツリと不吉を告げる陰一つ。

 まさかとは思うが、この子こそバックマージンを取ってるんじゃないだろうな。

「誰に決まったの」

「それは明日のお楽しみ。大丈夫、まともな子だから」

 ここは一応、真面目な顔をするケイ。

 とはいえそうですかと答える気にもなれず、それとなくショウを伺う。


 どうも話は聞いていなかったらしく、木之本君とヒカルとで仲良くゲーム中。

 あまりにもきゃっきゃっと楽しそうなので、こっちが妬けてくるくらい。

 女の子よりも、ああして男の子同士の方がまだ楽しい時期なのかもしれない。

 とりあえず、彼に関しては。

「服装は、これで良いんだよね」

「ああ。授業後に、正門集合。それとチョコはこっちで用意する」

「はい?」

「チョコの無いバレンタインディのデートなんて、ありえないだろ」

 意外にまともというか、夢見がちな事を言い出すな。

 別に、悪くはないけどね。

「ショウに渡す子達の整理券はもう配ってあるから、それは昼と授業後に分けて行う。明日は忙しくなりそうだな」

「自分の予定は無いの」

「無いよ。バレンタインディなんて、菓子業界の陰謀だ」

 これ以上は、何も聞かないほうが良さそうだ。






    






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