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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第34話
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34-9






     34-9




 総務局前を固めるガーディアンと警備員。

 これは正面玄関と変わりない。

 違うのは前列で銃を持っている警備員が、全員こちらへその銃口を向けている事。

 あくまでも、中へ入れる気はないという事か。

「どうにかなりません?」

「彼らは、我々と別会社なので」

 そう言われてみると、制服が若干違う。

 どうも生徒について動く警備員が、彼らや以前からいる警備員とは根本的に異なる様子。

 端的に言えばろくでもなく、敵という表現が当てはまる。

「一応、話はしてみます。……すみません、執行委員会のどなたかにお会いしたいのですが」

「許可が無い限り、ここから先は通れない。早く帰るように」

 話し合いの余地すらないといった口調。

 モトちゃんは小さく肩をすくめ、一歩前に出た。

 それに反応して警備員が銃を構え直す。

「常識の通じる連中じゃないだろ。仕方ない、呪文を使うか」

「危ない事じゃないでしょうね」

「大丈夫。……新カリキュラムの取得条件は」



 彼が言葉を発した途端、警備員が割れて執行委員長が現れた。

 青白い、敵意に満ちた表情。

 少しのきっかけで怒りが爆発しそうなのは誰の目にも明らかで、それはかなり危うい自制心で留められているのだろう。

「貴様、何の用だ」

「初めから出てきてくれれば、俺もあれこれ言う気は無い」

「ただで済むと思うなよ」

 殺意すら漂わせた鋭い目付き。

 ケイは鼻で笑い、それをあっさりやり過ごしてモトちゃんを手で促した。

「分かった。……すでに情報は伝わっていると思いますが、我々は自治エリアを設置しそこを活動拠点とします。パトロールに関しては警備員の立ち入りを許可します。ただ生徒に危害を加える、もしくは威圧的な行動を取る場合は実力を持ってこれを排除します」

「お前達に、そんな権限があると思ってるのか」

「あるからこその発言です。これに賛同する組織生徒の参加を募り、学内全体を自治エリアにするのが目標です」

「調子に乗るな。貴様ら、全員退学させてやる」

 委員長の後ろから出てくる職員。

 その手には書類の束があり、どうも私達の学籍に関するものらしい。

「そんな簡単な事かしら」

 モトちゃんの肩に手を置き、前へと出るサトミ。


 彼女にしては珍しい積極性。

 何より違うのは、その雰囲気。

 張り詰めた人を寄せ付けない、冷たさを覚えるようなものではなく。

 燃え盛るような感情を内側に秘め、しかしそれが溢れ出ている感じ。 

 その理由は分からないが、彼女の心に炎が宿ったのは間違いない。

「教育基本法第2条。 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。私達が教育を妨げられる理由はありませんし、何よりこの精神にのってっとって学校は我々を受け入れるべきです」

「黙れ」

「先程の議員の介入は、第10条に抵触をしていますが、それについてのご意見は」

「黙れ」

「それでは、子供の権利条約について。生存、発達、保護、参加の権利。今回は参加する権利が該当すると思います。私達は集い、意見を交換し、発言する権利が与えられています。第15条、結社集会の自由。無論他者の権利を侵さない範囲おいてですが、現状において我々は他者の権利を侵しているという認識はありません。それについての意見を」

「黙れっ」



 辺りに響き渡る怒号。

 それほど感情を乱す事を、サトミが言ったとは思えない。

 ただ委員長の表情は尋常ではなく、顔からは脂汗が滴り落ちる。

 息は荒く視線は泳ぎ、手足は小刻みに震えている。

「どういう事」

「痛い部分を突かれたんだろ」

「良く分からないけど、サトミが読み上げたのは子供の人権や権利じゃないの」

 そういった文面を全て把握し理解しているからこそ出来る事。

 ただそれは私にとっては見慣れた事で、驚くような話ではない。

「新カリキュラムなら、このくらい知ってるでしょ。多分」

「苦手なんだろ」 

 はっきりとしない答え。

 サトミが東海地区の条例を読み上げたところで、委員長が銃を抜きそれを彼女へとポイントした。

「黙れと言ったんだ」

「一般的な権利を上げてみただけよ。あなた達の行為がいかに不当であるが、分かっていただけたかしら」

「退学に関しては、学校の裁量に任せられている。権利など知るか」

「話にならないわね。改めて、試験をやり直したら」 

 乾いた音がして、後ろの方から悲鳴が聞こえる。

 ショウと私が同時にサトミへ飛びついた場所を通り抜けた銃弾が、後ろの壁に穴を開けたらしい。


「何やってるのよ」

「事実を話しただけじゃない」

「死にたいのか」

「私だって、たまには前に出てもいいでしょ」

 冗談っぽく表情を緩めるサトミ。

 笑ってる場合ではないと思うが、私も少し笑いショウの手を借りて二人一緒に立ち上がる。


 一方で発砲をした委員長は警備員に囲まれ、難しい顔で何かを言われている。

 今のは単なるゴム弾ではなく、殺傷能力があるくらいの威力を持った銃弾。

 それこそ所持をしているだけで、警察に捕まるような。

 また銃火器の許可はそう簡単には降りず、私の警棒にしろ審査にも時間が掛かった。

「揉めてるじゃない」

「揉めるだろ、あんなの撃てば。それこそ子供じゃないんだから、撃てばどうなるかくらいは誰にでも分かる」

「サトミ、大丈夫?」

「押しつぶされて痛いくらいよ」

 狙われたのは彼女だが、冗談を言う余裕はあるらしい。

 またこういう事に動じる人間は、この場には来ていないだろう。

「こちらの話は終りましたので、失礼させて頂きます」

 一礼して背を向けるモトちゃん。

 彼女が終わったと言うのなら、私もここに用は無い。

 正面はショウに任せ、私は後ろ向きのままスティックを構えて下がっていく。


 しかし彼らはこちらに構う様子は無いらしく、委員長を囲んでまだ揉めている。

 ただ気になるのは、撃った後の顔。

 驚きと焦りがストレートに出ていた。

 それこそ、撃った自分も知らなかったというような。

 一瞬こちらへ向けられる銃口。

 それを撃つ真似をする金髪の傭兵。

 気付いたのは私と、隣にいたヒカルだけ。

「どう思う?」

「弾をすり替えたのかもしれないね。向こうとすれば、学校が混乱すればする程いいみたいだから」

 珍しく強まる語気。

 固く握り締められる拳。

 撃たれたのは誰だったのかは、身をもって知ってもらうしかない。


「ユウ、ヒカル」

 ドアを確保し、私達の名前を呼ぶショウ。

 彼に手を振り、後方を確認しながら下がっていく。

「どうした」

「金髪が弾をすり替えたかなと思って」

「ありうるな。ちょっと、待ってろ」

 私達を廊下へ出し、ジャケットのポケットに手を入れるショウ。

 彼は素早くそれを抜き、ドアを閉めた。

「何したの」

「投げただけだ」

 広げられた手の平には何も無い。

 たださっき彼が握り締めていたのははさみの塊。

 ドアは防音設備がしっかりしているらしく、中がどうなってるかは分からない。

 ただ追っても来ないので、それどころではない状況になってるかもしれない。

「これで終わり?」

「いくつか回らないと。自治エリアと言っても、勝手に出来る事でもないし。とりあえずG棟。丹下さんのオフィスを中心に設定する」

 そう言って歩き出すモトちゃん。


 ただ沙紀ちゃんは生徒会ガーディアンズであり、私達に協力的。

 ただ学校への反抗の意思は、今までとは比較にならない。

 それでも彼女が協力してくれるかは疑問だし、仮にしてくれてもそれは彼女に犠牲を強いる事になる気がする。

「一応、内諾は得てる。警備員導入は、北川さんも反対よ」

 その言葉を聞いて、少し安心をする。

 ただ、沙紀ちゃんの立場が辛いままなのは変わらない。

 生徒会ガーディアンズとしての立場。

 私達の友達としての立場。

 板ばさみの状況を彼女は味わう事になる訳で、それは正直心苦しい。

「これは、沙紀ちゃんにメリットはあるの?」

「無いわね」 

 一言で終らせるモトちゃん。

 それでも沙紀ちゃんは、協力してくれるという。


 私達のように走り始めて止まる事が出来なくなっているのとは、立場が違う。

 それでも彼女は私達に協力をし、なおかつ今前の自分の立場も保ち続けている。

 それがどれだけ困難な事なのか。

 単に協力を募ると言っても、そういった犠牲の上に成り立っているのを分かっておいた方が良さそうだ。

「ただ、それは丹下さんの個人的な意思から。ガーディアンズ全員の意思ではないし、自警局の意思でもない。勿論、一般生徒も」

 やや声を低くするモトちゃん。


 生徒の支持なくして、私達の行動はありえない。

 学校に自治を回復し、規則改正を撤回させる。

 それは言うまでも無く、生徒のため。

 それこそ私達個人のためなら、管理案は心情的にはともかく制度的には問題ではない。

 サトミやケイも成績面から行けば、優遇される立場。

 私やショウも、スポーツの成績で優遇を受けるはず。

 窮屈な思いを我慢さえすれば、将来をも約束される。

 生徒のためだけに戦うとは言わないし、そこまでのヒーロー志向でやっている訳でもない。

 規則改正の矛盾と学校のやり方への反発。

 自分達の望む学校とは異なる方向へ動いている事への異議。

 生徒達のためというのは、結果として部分でもある。

 また私達の行動が、生徒の支持を受けるかといえば疑問もある。

 あるからと言って、今更下がる事も出来ないが。




 まず初めにやってきたのは、その沙紀ちゃんのオフィス。

 彼女の執務室へと通され、モトちゃんがさっきの話をより詳しく説明をする。

「自治エリア。私はこの際構わないんだけど、それは可能なの?規則も改正されるし、相手はプロの警備員よ」

 当然とも言える疑問を呈する沙紀ちゃん。

 するとモトちゃんではなく、サトミが机の上に数枚の書類を置いて指を差した。

「学内において紛争があった場合、生徒は自治権を主張する事が出来る。明文化はされていないけど、この学校の自治制度はこの言葉から始まってる」

「戦後って。明文化もされていない慣習を活用するって意味?」

「今言ったように、自治制度の根幹はこの言葉から始まってる。草薙高校の規則にしろ規範にしろ、この頃の生徒活動がベースになってるの。つまりこれは規則が改正されようと変えられない原則と思ってる」

「そういう考えもあるんだろうけど」

 いまいち納得はしない沙紀ちゃん。


 それは私も同感で、言ってる意味は分かるが論拠とするにはやや弱い。 

 あくまでもそういう事実があったという、過去の一事例に過ぎない。

「歴史的意義としては大切だろうけど、学校はそれに縛られないでしょ」

「すでに10年以上自治制度は続いてる。その根拠となっているのが、今の言葉。10年守られてきた原則であり、かつ学校もそれに異議は唱えていない。慣習法として私は認識してる」

「学校は、どう認識してるの?」

「これを見て」

 書類の下から出てくる、対外向けのパンフレット。

 表紙は学校の正門で、春なのか桜の花びらが舞い散っている。

 それを一枚めくると、草薙高校の理念という文章が目に入る。



 「生徒による自治」



 いきなりこの文章から始まった。

 そこには生徒活動おける自治制度の優位性が、幾つも並べられている。 

 ただ内容的には型通りの、心身の育成や自主性を育むといったもの。

 将来の進学、就職に有利といった文章も書いてある。

「どの年度のパンフレットを見ても、冒頭は必ずこの言葉。生徒の自治制度は、学校も認めているしそれを守ってきた。今更覆す事は出来ないし、一方的に押し付けるのは論外よ」

「少し分かった。でも、まだ弱くない?」 

 なおも要求をする沙紀ちゃん。

 サトミは書類とパンフレットをどかし、簡素な年表の記された紙を取り出した。

「草薙高校の前身となったいくつかの学校は、当時の情勢からどこも荒れていた。それに対して有効な治安回復策として取られたのが、ガーディアン制度。これは生徒だけでなく、学校からの要請でもある。警備員を導入するだけの予算は、少なくとも草薙グループにはあった。だけど、自治は貫かれた」

「歴史的な事実としては認めるけど。どうも、ね」

 やはり納得しない沙紀ちゃん。


 協力はするが、それは制限されたものになるという表明とも取れる。

「過去10年、生徒の自治が存続したのはどうしてだと思う?」

「生徒が守ってきたからでしょ」

「そう。自治制度の危機は何度もあった。屋神さん達の時、私の兄さん達の時。兄さんの場合は、自治を勝ち取るためだったけど。私達にその役目があるとまでは言わない。ただ、途絶えさせていい事でもない。私達にその力があるのなら、惜しむべきじゃない」

「それは心情的に?使命として?」

 あくまでも引き下がらない沙紀ちゃん。

 サトミは机に手を付き、身を乗り出して彼女に顔を近づけた。



 「私情に過ぎないわ」

 はっきりと言い切るサトミ。

 沙紀ちゃんは強い眼差しで彼女を見つめ返し、机の上にあった端末を手に取った。

「……神代さん?……この間の件を、全員に通達。……ええ、離脱しても構わない。……人数と動向だけ連絡を。緒方さんと真田さんにも伝えて。……ええ、お願い」

 静かに置かれる端末。

 沙紀ちゃんは肘を付き、指を組んでそれに顎を添えながらサトミを見上げた。

「J棟隊長として、全面的に協力する。3系統ある内、学校に組する警備会社は徹底的に排除。パトロールを除いては、立ち入らせない」

「ありがとう。でも」

「いいのよ。私だって、これも私情でやってるんだから」

 机の上に置かれた、自分のプレートを指で弾く沙紀ちゃん。

 サトミは彼女の手にそっと自分の手を重ねて、視線を伏せた。


「気にしないでって。元々、私も今の学校のやり方には賛成じゃない。なにより、自治は守られるべきよ」

 沙紀ちゃんの私情とはおそらく、小泉さんや峰山さんの事。

 さらには以前の抗争で学校を去った、北地区の先輩達の事だろう。

「風間さんも協力してくれると、約束は得てる。阿川さん達も、多分」

「舞地さん達は?」

「聞いてないけど、彼女達は彼女達の立場があるからどうかしら」

「そうね」

 はっきりとは言わない沙紀ちゃんと、それ以上は尋ねないサトミ。

 次に行くべき所は決まったな。

「とにかく、ありがとう」

「いいのよ。それと七尾君も勿論協力するから。あの子も色々やってるみたいだけど、一応学校のためだって分かってやって」

「ええ」

「じゃあ、そういう訳で。せいぜい、退学にならないよう気をつけましょ」




 次に来たのは、自警局直属班。

 他でもない、舞地さんが統括するオフィス。

 彼女達も学校からは睨まれているはずだが、部下の人達の人数は以前のまま。

 落ち着いた雰囲気も変わらず、ここに集まっている人達の資質が自ずと分かる。

「聞いたわよ。なんか、面白い事やったらしいじゃない」

 現れるや、人の頭を撫でてくる池上さん。

 私は何もしてないが、撫でられるのは気持ちいいのでそのままにさせておく。

 犬や猫扱いという意見は、この際気にしない。

 「それを踏まえて、皆さんにも協力して頂きたいんですが」

 モトちゃんの言葉を聞き、後ろを振り返る舞地さん。

 そこには腕を組み、キャップを深く被る舞地さんがいた。

「私達に、何をしろと」

「契約や立場があるでしょうから、多くは望みません。ただ、心情的として私達寄りに行動していただければそれで」

「いいだろう。ただし」

 かすかに上げられる顔。

 キャップのつばから覗く視線。

 それは一瞬私を捉え、すぐにモトちゃんへと流れた。

「今言ったように、私達は私達独自の行動原理がある。全て、お前達の意に添えはしない」

「それは構いません。協力するという意思さえ示してくれれば」

「そんなに私達は頼りないか」 

 自嘲気味に口元を緩める舞地さん。


 そういう事では無いとモトちゃんは言いたげだが、彼女達に制約があるのは事実。

 先日も、その部分を突かれたばかりだ。

「とにかく、お前達へ協力する事は了承した」

 伸びてくる手の平。

 それを見つめるモトちゃん。

 舞地さんは何も言わず、手だけを差し伸べ続ける。

 握手にしては手の平が上を向いていて、しかも指が少し動く。

 お金を要求してるんじゃないだろうな、この人。


 仕方ないのでポケットを探り、出てきた飴とチョコを置く。

「ふざけてるのか」

「自分こそ、後輩のお願いをお金に代えるなんてどういう話よ」

「契約は契約だ」

「それに妥当な契約金を払っただけじゃない」

 二人して睨み合い、目を吊り上げる。 

 猫同士だったら多分、背中の毛が逆立ってるだろうな。

「もういいわよ、あなた達は」

「ほら、ユウも下がって」

 舞地さんを池上さんが。

 私をモトちゃんが、肩を抱いて下がらせる。

 こんな状態で協力しようって言うんだから、恐れ入る。


「それで、名雲さん達は」

「狩りに出かけたわよ」

「狩り。まさか、警備員に何かをしに出かけたのでは」

 笑顔をこわばらせ、後ろを振り向くモトちゃん。 

 サトミは肩をすくめ、ゆっくりと首を振った。

 意味が分からないのではなく、呆れたという態度を示すように。

「冗談、ですよね」

「私も一応は止めたんだけど。血の気が騒いだみたい」

「どうしてですか?」

「警備員には、良い思い出が無くて。その恨みでしょ」

 逆恨みどころの騒ぎではないし、狩りってなんだ。

 一方的な攻撃という意味では、それ以外の言葉は見つからないけどさ。

「大丈夫、なんですよね」

「手加減は心得てる。それに殴るばかりが狩りじゃないわよ」

「もう結構。呼び戻して下さい」

「そういうところは真面目なのね。・・・私。すぐ戻って。・・・鬼が出ても知らないわよ」

 そう言って、通話を終える池上さん。

 この場合の鬼がモトちゃんを指すのか指すのかは不明だが、鬼が出る事自体は間違いない。



 少しして、息を切らした名雲さんと柳君が戻ってきた。

 名雲さんの方は大きな袋を背負い、そこからは警棒が数本はみ出ている。

「これは?」

「殴りに行った訳じゃない。少しからかっただけだ。例えば、玲阿を警備員とする」

 彼を手招きし、広いスペースへと立たせる名雲さん。 

 彼は腰から自分の警棒を抜き、それを顔の前で軽く振った。

「今の状況だと、警備員は必ず呼び止めてくる。そこで俺が逃げると、追って来る」

 数歩下がる名雲さん。

 その言葉通り彼を追うショウ。

 すると後ろから柳君が近付き、ショウの腰に手を添えた。

「こいつは警棒を持ってないから奪いようも無いが、理屈としてはこうだ。これを交互に繰り返せば丸裸に出来る」

 警棒を担ぎ、高笑いする名雲さん。

 だけどそれって、山賊じゃないの。

「お話は分かりました。ただあまり挑発的な事は行わないよう、お願いします」

「ん、ああ。そうだな」

「お願いします」

「勿論」

 がくがくと頷き柳君の頭を撫でる名雲さん。

 どの程度分かったかは疑問で、猫の子へボールにじゃれつくなと言ってるようなものだろう。


 モトちゃんは大きくため息を付き、さっきの話を改めて名雲さん達にも説明した。

「自治エリア、ね。出来るのか、それは」

「問題ありません」

 モトちゃんに代わって、強く主張するサトミ。

 それには舞地さん達も顔を見合わせ、サトミの様子を窺いだす。

「熱でもあるの」

「私は至って冷静です」

「どうかしら。大体、自治エリアってどこから出てきた言葉?」

「草薙高校の前身になる幾つかの学校で、生徒の管理する地域をそう呼んでいました」

「ああ、統合前の。その時代に戻るって事?」

「学校が戦前の体勢に戻すというのなら、私達はそれを今に近付けるしかありません。それにはまず、生徒の自治を確立する事が求められます」

 今までと同じ論理を展開するサトミ。

 池上さんは何度か頷き、サトミの髪にそっと手を添えた。

「本当に、大丈夫?らしくないんだけど」

「でしたら、今までの私がどうかしてたんでしょう」

「今までって、生まれてずっとじゃないの」

「だったら、今この瞬間だけでもおかしいという事にしておいて下さい」

 自分の入れ込み方が平静を欠いているのは認めつつ、それを曲げようとはしないサトミ。

 そう判断出来るくらいの落ち着きはあると考える事も出来るが。



「あなたの言いたい事は、大体分かった。浦田君は、何か無いの?」

「一般生徒からは相当反感を買うというくらいで、後は別に。俺達がいれば、必然的に学校から睨まれる。そこにいる生徒は俺達のせいにする。それに耐えられるのなら、別に問題は無いでしょう」

「なるほど。それに対しての意見は?」

「覚悟の上です。それに生徒へ犠牲を強いる事を容認している訳ではありません。正しい行動をしてるとは言えませんが、理解をしてくれると思っています」

「だといいけど。浦田君、他には?」

「近々金が要るので、渡り鳥の集めてる金を貸してくれれば助かります。多分使わないので、残高を証明出来るようにさえしてもらえれば」

 冗談かとも思ったが、その言葉に池上さんは何も答えず舞地さんを振り返った。

 彼女は変わらず腕を組んだまま、キャップの下からケイを見る。

「私の一存では決められないから、さつき達と相談する」

「お願いします。俺からは以上」

「他に、何か言いたい人は」

 特に反応は無く、私も意見は無い。

 言いたい事、考えている事は殆どサトミとモトちゃんが話してくれた。 

 私の思いは彼女達の思いでもあるのだから。


「無いみたいね。真理依は」

「別に。私達は卒業するんだから、今更出来る事も無い」

「拗ねないでよ。名雲君は」

「俺に発言権は無いんだろ」

「分かってればいいのよ。柳君」

「僕はその気になれば、1年生だからね。まだまだ戦える」

「却下。留年は許さない。それで私から一言」

 真っ直ぐと伸びてくる指先。

 それは私の鼻を通り越し、掛けている眼鏡へと触れた。

「目は大丈夫なの」

「問題なし。見えて無くても、見えてるから」

「そう。不安定な要素は多いけど、頑張る事ね。真理依の言ったように私達は卒業するからもう手助けは出来ないけど、あなた達を応援する気持ちはいつまでも持ってるから」

「ありがとうございます」

「私情だから、気にしないで」

 くすっと笑う池上さん。 

 それはサトミも口にした言葉。

 彼女の私情とは、私達への愛情。

 では、サトミの言っていた私情とは誰を指すのか。



 草薙高校の自治を勝ち取ったお兄さんの遺志を継ぐ。 

 お兄さんへの、肉親としての情は勿論ある。

 ただここまで感情を高ぶらせる程かといえば、少しの疑問が残る。

 愛情は深いだろうが、それは常日頃示しているし今突然芽生えた訳でもない。

 ここで熱くなる理由には、やや弱い。


「どうかしたの」

 人の頬を引っ張りながら尋ねてくる池上さん。

 それはこっちの台詞だと思う。

「いや。なんでもない。池上さんは、この学校の歴史は知ってる?」

「来る前に少し調べたわよ。中核となる学校がこのすぐ近くにあって、白鳥庭園を買収した後に移転。その後で少しずつ旧名古屋市内の高校を統合していったみたいね」

「それに、サトミのお父さん達は関わってる?」

 モトちゃん達と話しているサトミの様子を窺いつつ、小声でそう尋ねる。

 池上さんは小首を傾げ、ソファーに寝転がろうとしている舞地さんへ声を掛けた。

「あなた、何か知ってる?」

「聞いた事無い。眠い。寝る」

「ですって。ただ有名な英文学者だから、授業のカリキュラムに付いて話くらいは聞いてるかもしれないわね」

 なる程とは思うが、納得するには至らない理由。


 カリキュラム作成くらいで、ここまでの思い入れをするのかどうか。

 何より、お父さん達が関わっているからといってサトミが力を入れるかどうかも分からない。

 これはそうであって欲しいという、私の願望に過ぎない気もする。

「それがどうかしたの」

「サトミが随分力を入れるから気になったから。一時的に興奮してるだけかもね」

「両親か。・・・図書館は。ここだと、図書センター。あそこは、誰が管理してる?」

「生徒と、司書。司書は外部契約だと思う」

「自治の原則が崩れれば、司書だけになる。なって何か困る?」

「別に困らないでしょ」

 サトミは図書センターによく出入りしているが、話をするのは司書の方が多いくらい。

 何しろ向こうは専門家なので、生徒に聞くより話が早いし本にも精通している。

 自治と言っても図書センターは、そういう部分とはややかけ離れた存在にも思える。


「本と自治と関係ある?」

「特には結びつかないけど。真理依は、どう思う?」

「遠野みたいなタイプがこもるのは本のある部屋」

「だから?」

「知らない」

 おい。

 思わずソファーに飛び乗り、毛布の上から体を押さえる。

 しかしそれが適度に気持ち良かったらしく、寝返りを打って背を向けてきた。

「私は、真剣に聞いてるのよ」

「親の寄贈した本があるんじゃないのか」

「それと自治と関係ある?」

「映未はどう思う」

「少なくとも自治制度があれば、どの本を保存しておくかの選定には関われる。でも、そんなのは自治制度が無くても関われるわよ」

 確かにそうだ。

 そういう事はあるかもしれないし、無いかもしれない。



「分かんないな」

「本当に、親が関わってるのか」

「知らない。でも、サトミは親を嫌いって訳ではないから。口では色々言うけど、本心から嫌ってる訳じゃない」

「そうなの?」

「そうなの」

 これは私の意見で、サトミの意見ではない。

 ただ自分が間違っているとも思わない。

 池上さん達の言うように親は関係なく、一時的な興奮から来ているだけかもしれないが。

「・・・待って。両親は、戦前生まれよね」

「間違いないだろうね」

 もし戦後生まれなら、サトミは何才の子かって話になる。

 しかし池上さんは至って真剣で、端末で年表を調べ出した。

「安保闘争って知ってる?」

「大昔の話でしょ。日米安保条約を締結するかどうかって」

「一時期それが下火になって、その後アメリカ。今の北米との関係が悪化した。その時、大学が荒れたのよ。安保反対、自治回復ってね」

「何、それ」

「前回の安保闘争で、学生は完全に敗北。理由は幾つかあるけど、それまでの自治権も奪われた。それの再燃といったところね」

「ふーん」

 その時サトミの両親が、ちょうど大学生という訳か。

 ただそれは、大学での話。

 草薙高校は関係ない。


「関係ないと思ったでしょ、今」

「だって、大学と高校じゃない。それに、二人は秋田でしょ」

「東大よ、二人とも」

 なるほどね。

 そういう大学があると聞いた事はあるが、本当にあるとは今知った。

「でも、どっちにしろ東大と草薙高校と何か関係ある?名大なら名古屋だから、まだ関係あるだろうけど」

「そこは直接つながってないと思う。多分、親から当時の安保闘争の話を聞いてるのよ。自治の大切さを」

「なんか、はっきりしないな。大体あの二人ってインテリタイプで、闘争するようには見えないよ」

「安保闘争は、インテリが先頭になって戦ったの。第二次安田講堂攻防戦知ってる?」

 ニュースで見た記憶はある。

 下からは放水、上からは火炎瓶。

 長い棒を持った、ヘルメット姿の集団が機動隊に襲い掛かるという光景を。


「東学とか、総学はその安保闘争の流れを汲んでる。だから、服装がレトロなのよ」

「ふーん。つながったような、つながらないような」

 あくまでも池上さんの推測にしか過ぎず、両親が闘争に関わったかどうかは不明。 

 サトミが話を聞いているかも。

 さらには、それに感化されたかも。

「舞地さんは、どう思う?」

「もう少し下」

 誰が揉んで欲しい場所の話をした。




 埒が開かないので、もう少し話の分かりそうな人を探した方が良さそうだ。

「ああ、第2期安保闘争。私は安保賛成派として戦ったけどね。かなり非難を浴びたよ」

 遠い目で語る天崎さん。

 特別教棟へ今行く気にはなれず、忙しいとは思ったが沙紀ちゃんのオフィスに来てもらった。

 ただ闘士とかゲバ棒とか、聞きなれない単語が飛び出てくる。

「サトミのお父さん達の事、知ってます?大学生の頃の話を」

「随分唐突な話な。確か東大で、自治会の幹部やっていた。それと彼等はゲバ棒を持って暴れる訳ではなく、参謀として知恵を出しててたと思う」

 この言葉を聞くと、天崎さんは棒を持って暴れ回ったという事になる。

 今の彼からは想像が付かず、何より似合わない。

「私は安保賛成派だったけど、大学の自治権については共闘した。警官の導入にも断固として反対したからね。学内については生徒の自治が貫かれるべきだよ」

「それって、この学校の自治と同じものですか」

「大学と高校だしここはかなり特殊だからイコールとは言えないが、理念としては変わらない」 

 最後の一言が、関係あると言えばある。 

 ただ、サトミがそれを聞いているかどうかだろう。


「そういう話って、子供にしますか?」

「いや。場合によっては、そういった活動自体を隠す。反社会的な行動で、現体制への批判だったから。さんざん大企業や政府を批判した学生が、卒業と同時にその大企業に入社したり官僚になった人も多い。日和見って言うんだけど、あまり褒められた行動でもないから学生運動については隠す人が多い」

「サトミのお父さん達も?」

「官僚でもないし、企業にも就職しなかったと思うよ。あの二人は学者としての道を進んだから、日和ったとも言えないね。それに自治会の幹部であって、政府や大学を批判してた訳じゃない。大学当局からは睨まれていたが」

 少し見えてくる話。

 サトミが自治にこだわる理由が、なんとなくだが分かってきた。

「昔この学校で自治制度を確立した生徒達は、そういった過去の例を調べたと思う。その中には東大での闘争もあっただろうし、二人の事も名前くらいは載ってるはずだ」

「サトミがそれを読んだと」

「かもしれないね」

 断言はしないが、読んだのは間違いない。


 両親が青春を傾けた、自治の確立。

 それに何か影響を受け、自分と置き換えたとしたら。

 彼女が自治について力を入れるのも理解出来る。

「君達の言っている自治エリア。あれは、戦後の混乱時の話だよ」

「サトミは、今がそれに該当すると考えてるみたいです」

「混乱しているという意味では、同じだけどね。私はあまり関心しないな」

 ストレートに諫めてくる天崎さん。

 彼の教務管理官としての立場としては当然で、私はただ頭を下げるほか無い。




 翌日の朝。

 私達は名古屋駅のホームにいた。

 秋田へ帰るという、サトミの両親を見送りに。

 肝心の彼女の姿は、どこにも無いが。

「私の言葉で迷惑を掛けてしまって、申し訳ない」

「ああ、議員の。あれは全然気にしないで下さい。今揉めるか、後で揉めるかの違いだけですから」

 軽く流すモトちゃん。

 サトミのお父さんは少しだけ笑い、大きなキャリーバックを手に取った。

「それはこっちで運びますから。御剣君」

「え、俺が?」

「議員にボールぶつけたの誰だった?」

「俺ですね」

 乾いた笑い声を上げ、キャリーバッグを担いでリニアに乗り込む御剣君。

 引いて乗りなさいっていうの。

「彼が、何か?」

「いえ、なんでもありません。秋田まではどのくらい掛かりますか」

「東京まで1時間。そこから2時間。地方線に乗り換えて30分もあれば」

「そんなに遠くは無いですね」

 モトちゃんの言葉に両親は何も答えず、さびしげに笑ってリニアへ乗り込んだ。

 窓越しに見える二人の姿。

 私達も彼らの席がある窓まで移動する。

「遅いな。・・・あの子、降りてないってオチじゃないでしょうね」

「あの、俺はそこまで馬鹿ではないんですが」

 発車を告げるベルと同時に現れる御剣君。

 時間的に駆け込む人が多かったので、たまたま出られなかっただけの事か。

 いっそサトミをこの方法でとも思ったが、あの子なら非常停止のレバーくらい平気で引きそうだからな。


「東京経由北海道行きリニア。間もなく出発します。お見送りの方は白線までお下がりください」

 動き出すリニア。

 そしてサトミの両親。 

 彼らに手を振り、彼らも手を振り返す。

 並んで歩けたのは一瞬。

 防護壁越しのリニアはすぐに加速し、サトミの面影を思わせる顔は風を切る音とともに走り去る。

 あまりにもあっけない別れ。

 余韻も何も残らない。

 何も無い線路へ振る手が虚しさを覚えるだけの。

「行っちゃったわね」

 ため息混じりに呟くモトちゃん。

 その声も到着や発着を告げるアナウンスに掻き消され、ホームを慌しく急ぐ乗客達は私達を柱とでも思っているのか一瞥もせず通り過ぎていく。

「サトミがどこかにいるって事は。無いね」

 ぼやけた視界の中に彼女の姿は無く、また他の子も見つけたとは口にしない。

 少しの期待はあったけど、そこまで彼女の感情は和らいでいなかったようだ。


「駅弁買わないんですか」

 人の感慨を逆撫でするような台詞。

 しかしあまりにも恨めしそうに売店を眺めている御剣君に苦笑して、彼の背中をそっと押す。

「私、鳥メシ」

「元野さんは」

「ひつまぶしでお願い」

「俺は幾つ買おうかな」

 最後のは聞かなかった事にして、少しの違和感に気付く。

「ケイは?ヒカルも」

「用事があるとか言ってたぞ」

 売店へ向かった御剣君を恨めしそうに睨むショウ。

 彼は口にしないだけの自制心はあったらしいが、睨む事までは止められなかったらしい。

「駅弁は高いし、駅を出れば店はいくらでもあるじゃない」

「ああ」

 拳が白くなるまで握り締めるショウ。

 そこまで興奮する事とは思えないが、彼の心の内までは彼にしか分からない。 

 例えるのはどうかとも思うけど、サトミにしろ同じ事だ。

「帰ろうか。・・・木之本君、何してるの」

「リニアが来ると線路に電気が走って、小さい鉄くずが浮くんだよね。超伝導で」

 その瞬間を狙ってるのか、線路にカメラを向けたまま微動だにしない木之本君。

 この3人の姿を見ていると、真剣に悩んでいた自分が馬鹿らしくなる。

「どこか行きたくなってきた」

「同感」

 二人して肩に手を置き、ため息を付く。


 たださっきまでの重苦しさ、切なさからは少し開放された気分。

 彼らがそれを狙ってた訳ではないにしろ、いつまでもそれを引きずってはいられない。

 何より、サトミと両親の関係もここで終った訳ではない。

 距離が近付いたとは言えないけれど、決して遠のいたとも思わない。

 焦る事は無い。

 これこそ、一歩一歩確実に進んでいけばいい。

「みんな、帰るわよ」

 恨みがましい視線を一身に浴び、それでも階段を下りていくモトちゃん。

 ブーイングを上げつつ,ショウ達が後に続く。


 私も階段を降り始め、たまたま現れた大きな路線図に目を向けた。

「東京行きで、市内はどこを通ってるの」

「このまま一気に南下。金山のそばを通って西に行くよ」

 すらすらと語る木之本君。

 路線図は撮らなくて良いんだって。

「金山。・・・学校のそばも?」

「結構近くを通るよ。高い場所に上れば、上からも見える」

「そう」

 それ以上は口にせず,心の中で思う。 

 もしかしたら、そこにいるのかもしれない。


 遠くから。 

 その高い場所から。

 走り去るリニアを見送っているのかも。

 あくまでも、そうであって欲しいという私の願望に過ぎないが。

 幾つか場所は思いつき,そこにサトミはいるかもしれない。

 でも探し出す程無粋ではないし、彼女もそれを望んではいないだろう。

 私やモトちゃんを誘わなかった時点で、それは明白だ。 

 誰にも邪魔されず、一人思いたい事もあるだろう。

 それは彼女だけの時間であり、空間。

 私が立ち入るべきではない。

「時間は正確なんだよね」

「リニアは秒単位で時間を修正するよ」

「そうなの」

「通過するポイントポイントで調整するんだけどね。走っているリニアの速度を計測していれば分かるんだけど、カーブの手前での減速が遅かった場合は大抵速度調整を・・・」

 なにやら語っている木之本君を放っておいて、改札を出る。



 リニアの改札は、駅の西口。

 そこには電車の待ち合わせや、遊びでの待ち合わせをする大勢の人がいてホーム以上の慌しい雰囲気になっている。

 確かにこれでは、落ち着いて見送るという気分にはなれないか。

「ご飯、どうする」

「え」

 怖い事を言い出すショウを振り向き、手に提げている駅弁を指出す。

 ご飯を食べて、じゃあこれはどうするんだ。

「駅弁は、別だろ」

「そうそう」 

 何か納得してる人もいるので、この際深くは考えないようにしよう。

「駅弁買ったし、お金ないよ」

「食べる物は聞いてないんだ。食べるかどうかを聞いてるんだ」

「そうそう」

 もう良いんだって。

 これ以上はもうついていけないので、目の前にあったうどん屋さんへと入る。



 場所柄やはり雰囲気は慌しく、電車へ乗る前に腹ごしらえをするだけという雰囲気の人ばかり。

 腰を落ち着ける店ではなさそうだ。

「食べて、すぐ帰るよ」

「てんぷらうどん大盛り、とご飯」

「山菜そば、大盛り。俺もご飯」 

 全然人の話を聞いてないな。

 しかしカウンターが高いので、こちらはオーダーするのもやっと。

 顔だけカウンターから出している状態だ。

「月見そばの小」

 それほどお腹は空いていなく、あくまでも軽めに済ます。

 でもって間を置かずに、どんぶりが目線の位置に運ばれてきた。 

 やはり駅という場所柄、茹で置きのようだ。

「頂きます」

 とりあえず卵をかき混ぜ、ツユを白くしてそばをすする。

 潰さず残すという食べ方もあるが、私はその時々の気分で変える。

 などと言う程、大げさな話でもないが。


「木之本君、リニアは今どの辺りかな」

「もう市内を出てると思うよ。ここからはウイングが出て、一気に加速するんだよね。F1とかは浮き上がらないようにウイングで揚力を押さえるんだけど、この場合は翼代わりに揚力を得て」

 後半部分を聞き流し、ツユを飲みながら店の外を見る。


 慌しく行き交う大勢の人達。

 仕事へ向かう人、遊びに行く人。

 家族に会いに行く人もいるだろう。

 電車の線路が交錯し、すれ違うように。

 人の心もまた、同じような事が起きる。

 私はサトミやモトちゃんの事で、それを嫌と言うほど味わった。

 同じ方向へ向かっていると思っていても、同じ道を歩いてはいないと。

 それは友達だけでなく、家族についてもまた言える事だろう。

 私も親元から離れ、寮で住んでいる。

 ずっとその後を追い、いつまでも追いつづけると思っていた自分ですら家を出ている。

 サトミがどうするかは、サトミ自身の問題で私が口を挟むべきでははい。


 ただ、道は違っても重なる時もある。

 こうして知らない人同士がすれ違うように、集まってくるように。

 どこかで重なる場所が、必ずあるはずだ。

 今は違うかもしれないけど、いつかそんな日が来ると私は信じている。




 願望だけではなく、そうなるよう努力をしたい。

 両親のために。何より、サトミのために。

 今の私には願望にしか過ぎないが、いつかきっと。






    


                      第34話 終わり










     第34話 あとがき




 第33話に引き続き、サトミ編。

 終盤がちょっと弱いかなとも思いましたが、ご了承を。

 また開始当初よりも、サトミの意識を変化させてます。

 元々両親への思いはありつつ、それに決別したというのが当初の設定。

 その辺を、多少変更した格好。

 詳しくは、エピソード 34にて。


 作中にもあるように、本来は孤独を好むタイプ。

 自分の思考内のみで過ごせると言いますか。

 外部の情報は、あくまでもその補足。

 正答を求めると言うよりも、自分を納得させる材料を求めるため。

 ユウやモトちゃんがいなければ、大学の研究室にこもっていたのかも知れません。

 つまりは彼女達=自分と外界のつながり。

 もしくは、彼女達=自分の手が届く範囲。

 本音では、管理案も何も関係ないと思ってる節もあります。

 ただユウ達がそれに力を入れるので、自分も付き合うという態度。

 本質的には、管理案側ですしね。

 第33話での行動でも、そういう行動を取ってますし。

 何にしろ、彼女も悩み多き高校生。

 一人で歩くには、まだ少し時が必要なのでしょう。


 それはともかく。

 2年編は残り3話となります。




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