34-7
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創設者と別れて医療部の建物を出た途端、慌しい足音が駆け抜けていった。
視力はまだ回復していないため、ショウの腕にすがったままの自分。
見えてはいないが、その異変は肌を通して伝わってくる。
緊迫し、張り詰めた空気。
今まで思っていた堅苦しさやわずわらしさ。
生徒会の横暴と言っていた状況が、所詮は子供のお遊びに過ぎないと思えて来る程の。
「危ない事にはなってない?」
「警備員が走り回ってるだけだ。でも、学校にいる警備員とは違うな」
ゆっくりと歩いていくショウ。
私の中でもどかしさが募っていくが、多分それは彼の比ではないはず。
彼は目が見えていて、また人を守るだけの力を備えている。
でも今は、私の面倒を見なければならない状況。
だがそんな事は口にせず、態度にも示さない。
今はただ、私のためだけに尽くしてくれている。
それが嬉しくもあり、また心苦しくもある。
今更恨んでも嘆いても仕方ないが、この症状はこれからの自分達にとって致命的な事なのかもしれない。
「玲阿四葉だな」
足を止めないショウ。
自然と私も彼に付き従い、歩を進める。
追ってくる足音。囲まれる気配。
それでも彼は、ゆっくりした歩調を止める事は無い。
「ターゲットAを確認。ターゲットBを帯同しています」
遠くから聞こえるささやき。
口調からしてAがショウで、Bが私。
ケイの推測通りなら、講堂は今警備員で溢れている筈。
その際私達は監視対象で、だが私と彼の姿が無い。
その事を何かの策略ととったのかはともかく、捜索の対象へと切り替わったのだろう。
「今まで、どこにいた」
質問に、一切答えないショウ。
彼が答えないなら、私も答える義理は無い。
今は全てを彼に委ねていて、それは歩く事に関してだけではない。
見える物、感じるもの、何もかも。
だからこそ私は彼の腕にすがり、一緒に歩く。
彼が私を守ってくれるから。
私は彼を信頼してくれるから。
「答えた方が、身のためだぞ」
かすかに響く金属音。
警棒を抜いたと考えるのが妥当だろう。
ショウはやや私の前を歩き、ポケットから取り出した皮のグローブをはめた。
普段は大抵素手で、グローブをするのは怪我を防ぐ事よりも決意の証。
戦うという明確な意思を伝えるためのもの。
相手に、そして自分自身にも。
「力尽くというのは好みじゃないが。ガキに付き合ってる程暇じゃない。手っ取り早く済ませるか」
「やれるのか」
「学校最強らしいな。本当、ガキは気楽で良い。高校で一番強いからって、世の中じゃ下から数えた方が早いんだ」
震脚にも似た足の運び。
激しく揺れる地面。
正面からの圧力が一瞬弱まり、相手がひるんだところで彼の腕が横に振られる。
相手の動きを止めておいての大きなフック。
技を出すタイミングと特性を把握した、力任せではない攻撃。
相手はどれだけ吹き飛んだのか、遠くの方からうめき声が聞こえてくる。
「こっちは急いでるんだ。早く掛かって来い」
挑発的な。
しかし今は、圧倒的な実力差に裏付けられた自信として彼らには映るはず。
足音がして、周囲を警戒しつつ再びショウが歩き出す。
おそらくは囲みを割った警備員の間を抜けて。
畏怖と怒りに満ちた空気の中を歩いてく。
だがそれも、彼と共にいればわずかにも気にする必要は無い。
さっきの一撃が効いたのか、それきり止められる事も無く第一講堂へと到着する。
あちこちにたむろする警備員。
数自体はそれ程いないが、その存在感と威圧感が彼らの存在を強調させる。
その間を通り抜けながら先へと進み、控え室へとやってくる。
入り口にも警備員がいて、ここではさすがに止められた。
「お名前をお願いします」
「玲阿四葉と雪野優」
「確認をさせていただきます。・・・はい、分かりました。中へどうぞ」
さっきの連中よりも礼儀正しいが、対応はあくまでも事務的。
この入り口を警備はするが、仕事だからという態度に見える。
「中は無事なんですか」
「勿論です。安全上の理由から、私達はここにいるだけですので」
「安全」
「お友達に話を伺った方が早いかと思います。どうぞ」
ドアをくぐり控え室に入った途端、その重苦しさに逃げ出したくなる。
会話は一切無く、ただ空気は張り詰めてると言うより淀んだ感じ。
険悪な雰囲気では無いが、可能なら今すぐ外に出て行きたい。
「何があったの」
「そっちは壁よ」
笑いもせずに指摘するモトちゃん。
音の反射で、人の位置の特定が難しいのよ。
「結局、さっきの話通り。生徒が暴れてガーディアンがそれを止められなかった。保安部と一緒に警備員が大勢出てきて、一気に鎮圧。多少の手違いは合ったけど、結果としてはこの通り。警備員が常駐する方向で話が進んでる」
「手違いって何」
「暴れた生徒を捕まえて、話を聞いた。暴れるよう頼まれたという言質は得てる」
机に置かれるDD。
だったらこれを提出すればいいと思うが、それこそ自作自演と言われそうな雰囲気が今の学内には漂っている。
「ここまでやるとは思わなかった。生徒の自治どころじゃないわね」
大げさに両手を上げるモトちゃん。
サトミは一瞬彼女に視線を向け、そのまま顔を伏せた。
怒りもしなければ、反発もしない。
ただ黙って机を見つめ、じっとする。
「あなたを責めてはいない。ただ、こういう事があると言ってくれれば私達もこの結果をもっと早く導き出せたかもしれない」
「モトちゃん」
「いいのよ。私が情報を抱えて、言わなかったのは事実なんだから。私が悪いのよ」
淡々と、感情を交えず語るサトミ。
それが却って痛々しく、私の心を苛んでいく。
「でもこんな事が許されるの?今言ってた、生徒の自治はどうなの」
「議員団の前で大暴れしたの。さすがにそれでは、生徒の自治も何も無いでしょ」
「シスター・クリスの時は話題にもならなかったじゃない」
「今回来たのは、学校の運営方針に意見を述べられる議員であり官僚。生徒の自治という曖昧な概念は、彼らの権力の前には通用しない」
「冗談でしょ」
思わず机を叩き、席を立つ。
しかし反応は無く、虚しい空気が頬に触れるだけ。
それでも構わずもう一度机を叩き、身を乗り出す。
「議員がどうとか官僚がどうとかって話じゃないでしょ。自治っていうのは。法律や規則とはまた別な事じゃないの。どうなの?」
「理屈としてはね。ただ、今の状況が現実よ。警備員がうろうろしてる以上、自治も何も無い」
「だったら、自治を確立すればいいじゃない」
「熱でもあるの」
後ろから、額へ伸びてくる手。
どうやら、また壁に向かって話していたらしい。
「私は至って健康よ。いや。目は悪いけど、今は関係ない」
「それで?」
「自治って言うくらいだから、人から与えられるものじゃない。自分達で改めて、自治を確立すればいいだけじゃないの」
いまいち薄い反応。
突然何を言い出したのかという空気で、実際それは私も分かっている。
だけど今までの経緯。
そして今の状況。
ただ漫然と日々を過ごしていた時期も、私は決して嫌いではない。
その穏やかな日々は、私にとっても大切な時だったから。
でもそれが脅かされ、なくされつつあるのが今の学校。
それを推し進めているのが生徒会であり、学校。
以前なら人任せにして、何も感じはしなかった。
ただ怒りを表すのがせいぜいで。
でも今は違う。
自分で感じ、自分で考え、意見を出す。
それが至らない考えでも、頼りない意見だとしても。
私はこの学校の生徒であり、ここで過ごしてきた。
それを壊す存在は許さない。
どうしてこんな事を考えるようになったのか。
理由はたくさんあるだろう。
辛い経験、苦しい思い、絶望、挫折、屈辱。
そのどれもが私を育て、今の自分を作り上げてきた。
苦しむ人が一人でも減るように。
穏やかで、その時の流れの中で学校生活を送る事が出来るように。
私にどれだけの力があるかは分からないけど、今はそのわずかな力でも振り絞る時ではないだろうか。
「急に何を目覚めたのか分からないけど、具体的にどうするの」
「それは任せる」
「何言ってるの」
頭を抱えてため息を付くモトちゃん。
はっきりとは見えていないが、多分私を睨んでるんだとも思う。
「いや。無くはないけど、多分反対する」
「まずは、言ってみて」
「管理案は反対。警備員の導入も反対。彼らの建物への立ち入りの制限と行動の制限。それに従わない場合は、こちらで排除する」
「そんな事出来るの?」
「だから、言わなかったの」
相手は高校生ではなく、訓練を積んだ大人。
体力的技術的に劣るのは勿論、彼らは学校の命を受けて常駐するはず。
それに逆らうのは、学校への反抗と同じ。
退学へ直結する行為である。
「サトミ、どう思う」
話を振られた彼女は気だるそうに顔を上げ、何も言わず首を振った。
「意見は無いの?」
「不可能な事はやれないと言いたいだけ」
「何が不可能なの」
「決められた事は覆せない。社会の枠組みから、私達だけが逸脱するなんて事はあり得ない。高校生が敵う相手でもない」
否定的な言葉を並べていくサトミ。
モトちゃんは顎を引いて、正面から彼女の顔を見つめた。
「それは、初めから分かってた事でしょ。今急に不可能になった訳でもない」
「だったら、初めから無理だったのよ」
「本気で言ってる?」
「嘘でも冗談でも、不可能なものは不可能でしょ。それとも、状況を覆す切り札でも?」
順番に私達へ視線を向けていくサトミ。
しかし誰も返事を返さず、反論もしない。
再び室内は重苦しい空気に包まれ、その視線が私で止まる。
「ユウの言ってる事は正しいと思う。でも現実的じゃないわ」
「だからって、諦めてどうするの」
「私が事前に、議員の事を話したとする。それで何かを察知したとする。今回は防いでも、いつか警備員は導入された。それで、どうする」
「どうするもこうするも、戦うまでじゃない」
「あなたは警備員と互角にやり合えるかもしれない。でも、普通の生徒はどうかしら。ガーディアンの誰が協力する?今回の行動は、明確な学校への反抗。高校生同士の小競り合いとは意味が違うのよ」
あくまでも淡々と説明をするサトミ。
私はそれに返す言葉も考えも持たない。
ただ気持ちが空回りし、何の結論も出てこない。
でも、この状況を見過ごせないからこそみんなこうして集まったはずだ。
初めから諦めているのなら、ここにいる理由が無い。
不可能なのも、無謀なのも初めから分かっていた。
確かに打つ手は何も無いかもしれないけど、だからと言ってここで諦めていては何も始まらない。
学校の言いなりになって、素直に従って、規則正しい生活を送って。
将来は約束され、奨学金も手厚くもらえるかもしれない。
だけど自分の気持ちを犠牲にしてまで得る程の価値が、それにはあるんだろうか。
「反論は無いようね。どっちにしろ公開形式での会合は今後行われない。もう、終ったのよ」
書類を片付け、席を立つサトミ。
反射的に私も席を立ち、彼女の前へと歩いていく。
「まだ、何かあるの?」
「私は諦めてない」
「何を」
「何もかも」
管理案の事、今の学校の体制。
何より、サトミとその両親の事も。
不可能でもあり得なくても、なんでもいい。
今ここで諦めて後悔し続けるのなら、ここでどれだけでもあがいた方が良い。
それが仮に虚しい結果に終るだけだとしても、背を向けて逃げ出すよりは余程ましだ。
「じゃあ、頑張って。私はもう、関係ないから」
「関係なくは無いでしょ。天才じゃなかったの。何も考えは無いの?」
「あれば苦労しないし、別に天才でもないわ。さよなら」
振り返りもせず部屋を出て行くサトミ。
すぐにその後を追いかけ、私も廊下へ飛び出す。
飛び出したまでは良かったが、暗くてサトミどころか壁すら見えない。
周りは薄い暗闇で、進む方向すら分からない。
まるで今の状況だなと思いつつ、手を前に出して壁に触れる。
迷路の進み方でずっと一定方向の壁に触れると言うのがあるけれど、今は何も関係が無い。
支離滅裂と言うか、考えが何もまとまらない。
深呼吸して気持ちを落ち着かせ、壁に背をもたれてしゃがみ込む。
まずは自分のおかれている立場を認識しよう。
視力が極端に低下し、物が見えなくなる時がある。
学校からは完全にマークをされ、学外の組織からも狙われている。
仲間はいるが、協力者は少ない。
相手は強大で、国会議員を動かすほど。
警備員が導入された。
その責任を感じ、サトミが落ち込んでいる。
悪い事しか思い浮かばず、明るい材料は何もない。
ため息も出ないとは、まさにこういう時の気分だろう。
展望も開けず、何よりこの場から動く事すら難しい今の自分。
まずは、自分の足で立ち上がる事から始めよう。
全てはそれからだ。
「よいしょと」
壁伝いに立ち上がり、姿勢を制御。
薄暗いが、どうにか左右の壁は見えている。
天井に灯った、わずかな明かりも。
進む道は見えないけれど、自分の意志で進む事は出来る。
眼鏡を掛け、足場を確かめ、大きく深呼吸。
まだまだ、これからだ。
「……何してるの」
ドアが開き、不思議そうな顔をしたモトちゃんと目が合った。
聡美を捜しに出たはずの私が、廊下でぼんやり立ったまま。
彼女ではなくても尋ねたくなるだろう。
「全然見えなくてね。追う前に、歩けなかった」
「大丈夫なの?」
「目は大丈夫。サトミは分からないけど」
「人の事より、自分の心配をしなさい。ショウ君、ユウを病院へ連れていって」
モトちゃんの後ろから現れ、背中を見せて腰を屈めるショウ。
一瞬負ぶさりたい衝動に駆られるが、今はそこまでの症状ではない。
「大丈夫。歩けるから」
「分かった。今は、まだ診療時間内か」
「予約取るわ。眼科で良いのね」
「お願い」
何か頼りっぱなしで、自分では何もやっていない。
サトミも見つけられていなく、自分の不甲斐なさを改めて痛感する。
病院から自宅へと送ってもらい、玄関で彼を見送る。
遠ざかる背中へと手を振り、その姿はすぐに見えなくなる。
今まですがっていた存在が消え、周りは闇へと包まれる。
自分一人では、低い階段を上るのもやっと。
手すりにしがみ付いて、それを頼りに一段ずつ上がっていく。
「危ないから、じっとしてなさい」
前から聞こえるお母さんの声。
肩と手に掛けられる暖かい感触。
それがお母さんの手だと思う間もなく、優しく体が寄せられる。
「いるんだから、呼べばいいでしょ」
「共倒れになると思ってね」
「そこまで非力じゃないわよ。優の一人や二人、なんて事は」
一瞬バランスを崩し、慌てて手すりにしがみ付く。
私の体重、プラスお母さんの体重。
多分、今日一番のピンチじゃないかな。
手すりが壊れるか私の腕が壊れるかという瀬戸際だったけど、お母さんが体勢を持ち直したらしく最悪の事態は免れた。
今の状況が最悪という考え方もあるが、それはこの際気にしない。
「た、倒れるなら倒れるって」
「そのために、助けてもらってるんじゃない。玄関はくぐった?」
「ええ。そこに座って」
「何が」
「靴靴」
単語で話さないでよね。
それでも言われた通り、玄関先に腰を下ろして靴を脱ぐ。
何をするかと思ったら、お母さんがしゃがみ込んでもう片方の靴を脱がせてきた。
「靴くらい、自分で脱げるわよ」
「いいから、動かないで」
優しく、慈しむように靴を脱がせてくれるお母さん。
まるで幼い子供を相手にするかのように。
それに少しのくすぐったさを感じつつ、身を任せる。
「私が行くまで、立たないでよ」
「どうしたの、今日は」
「あなた、壁と話したって言うじゃない。どのくらい見えてるの」
誰だ、余計な事を言った子は。
「あれは、部屋が狭くて音が反射したから。今は、ぼんやりとは見えてる。それに学校と違って家の中なら、目をつぶっていても大丈夫だから」
「どっちにしろ、一人では動かないで。お父さん、優を連れてって」
「ああ」
改めて、肩に手を添えられる感覚。
そのまま手も握られ、私を守るようにして歩いていくお父さん。
それに身を任せ、慎重に歩いていく。
二人の優しさに感謝しながら。
でも歩くのは、自分自身なんだと思いながら。
おにぎりとやきそばを少し食べ、お風呂へと向かう。
「一人で大丈夫?」
「大丈夫。それに、さっきまでよりは見えているから」
視力が回復するのは、時間の経過と共に。
それと、実家にいる安心感が大きいかもしれない。
お父さんとお母さんがそばにいるという事が。
あまり色の無いバスルームに入り、シャワーを頭から浴びる。
体が温まり、思い気分が一瞬晴れる。
あくまでも一瞬。
完全に消え去る訳ではなく、意識をしなくなるだけの事。
ここを出て少し休んでいれば、すぐに思い返すのは間違いない。
体をお湯が伝っていく感触。
おぼろげに見えるボディライン。
暖かいが、はっきりとは見えていない。
ふと、いつまでこんな状況が続くのかと思ってしまう。
重苦しい考えは遠のいたはずだった。
でも、自分の置かれている状況がそれを許さない。
つかの間だけでも、忘れさせてはくれない。
わずかな距離を歩くのも人を頼り、階段の上り下りもままならない。
役に立つどころか足手まといに過ぎず、実際これでは自分の面倒すら見られない。
サトミの言っていた潮時という言葉が、胸に突き刺さる。
彼女は気持ちの上で追い込まれ、そう口にしただけ。
彼女はまだみんなから頼りにされているし、それに応えるだけの力もある。
今はちょっとやる気を失い、気持ちが揺らいでいるだけに過ぎない。
でも私は、気持ちどころか体が付いていかない。
考えを出し、それを指示する役割なら問題は無い。
でも私に求められているのは、力の部分。
彼女達を守り、時には自分が打って出る事。
しかし今の私は、自分の力で歩く事すら難しい。
それではみんなと一緒にいる意味すらない。
潮時。
私も一歩引いて、邪魔にならないようそれを傍観するしかないのだろうか。
背を向けて逃げ出すしか。
強い悔しさと申し訳なさ。
だがその中にかすかに混じる、安堵感。
激しい緊張感や重圧感から開放される事への、素直な気持ち。
今まで、その場その場での緊張や重苦しさは経験をしてきた。
それに麻痺していたとは思わないが、今こうして落ち着いて考えると自分にとってどれほどの負担だったのか分からない。
身を引く言い訳はある。
今もこうして視力が低下し、歩く事すらやっと。
医者からは、ストレスを受けないよう忠告を受けている。
何なら、診断書も書いてもらえるだろう。
私がここで下がっても、責める人はいない。
笑顔で私を送り出してくれるはずだ。
そして彼らは、戦い続ける。
サトミも脱落した訳ではなく、気持ちが落ち着けばまた彼らと一緒に戦うはず。
残されるのは、私一人。
緊張や重圧、退学といったプレッシャーから開放されるのは。
苦しみから解き放たれて、普通の学校生活を送る事が出来る。
管理案が施行されて、少し窮屈な思いはするかも知れない。
でもそれは、卒業するまでの1年ちょっと。
もしかするとその間に、サトミ達がどうにかしてくれるかもしれない。
私は遠巻きに、それを眺めていればいい。
私は何も出来ないんだから。
浴槽に浸かり、浮かんできた細い腕をお湯の中で軽くさする。
暖かさが染みいる心地いい感覚。
いつまでもずっとこのままでいたいと思えるぬくもり。
浮力もあってか体は軽く感じられ、開放感で一杯になる。
後は湯上りの感覚を楽しみ、何も考えない時を過ごす。
波立つ水面。
前髪から滴った水滴が、水面を揺らし波紋を作る。
小さな、肌に触れても意識しないくらいの弱さ。
「え」
何気なく差し伸べた手に落ちる水滴。
思わず声を出してしまう程の冷たさ。
たった一滴。
波紋は、見ていなければ気付かないくらいの頼りなさ。
肌に触れても気付きもしない。
でもそれは、確実に存在する。
そして、いつまでもぬくもりに包まれるなんて事は無い。
それが現実であり、私の置かれた状況だ。
でもそれから目を逸らし、この暖かさに身を委ねる自分。
分かってはいても、何も出来ない無力さ。
滴る水滴は冷たく、だけど儚い。
朝。
昨日よりは回復したが、まだはっきりとは見えていない。
それでも自分で立ち上がり、歩くくらいは出来るまでに回復した。
スティックを杖代わりにすれば、それ程問題は無いだろう。
リビングまで降り、これは手探りで椅子とテーブルの位置を確かめ腰を掛ける。
TVの音と、おそらくはお母さんの足音。
少しの眠気を覚えつつ、目の前に出されたおにぎりに手を付ける。
「学校に行くの?」
「見えてるから大丈夫」
「休んでもいいんでしょ」
私を気遣っての言葉だとは思う。
また私が休んでも、何かに影響がある訳ではない。
昨日、髪から滴った水滴と同じ。
かすかに波紋は出来るけど、それは力なく一瞬で消えていく。
とはいえ休んでやる事がある訳でもなく、こうして物思いにふけってしまうだけ。
それなら、多少無理をしてでも外へ出た方がいい。
「無理はしてないよね」
私を見ながら尋ねてくるお父さん。
それに頷き、お茶へ手を伸ばす。
掴んだつもりだったが指先が触れただけ。
集中をすれば目を閉じて歩き回る事も出来るが、神経を相当すり減らす覚悟をした上での行動。
お茶を取るために、今日一日の気力を使い果す事は出来ない。
「病院はいいの?」
「今のは気を抜いてたから」
そう言い訳をして、今度は慎重に湯飲みを掴む。
目の前にある湯飲みを掴む。
ただそれだけの事。
それすらも集中し、距離を測って手を伸ばす必要のある自分。
普段なら考えもしない、気にも留めない事。
自然な流れの中で出来ていた事。
その一つ一つに幾つもの意味があり、理由がある。
もしかするとサトミは、こんな具合に世の中を見ているのかもしれない。
私達が何気なく見過ごしている事の意味を考え、価値を見出す。
彼女は初めからそれを分かっていて、私は目を患ってようやく気付きだした。
気付いたと言っても、彼女のレベルには及ぶべくも無いが。
「学校まで送ろうか」
「仕事はいいの?」
「仕事より子供の事の方が、僕には大切だからね」
優しい、心に溶けていくような言葉。
ぼんやりと見える先に映るお父さんとお母さんの姿。
私はこういう中で過ごしてきたので、これを当たり前だと思っていた。
でもサトミは違う。
それが彼女の心にどう作用しているのかは分からない。
ただ彼女の頑なさ、壁を作る理由にはなっているだろう。
両親との断絶が。
だけど今の私には、何の力にもなれない。
ただふがいなさを嘆き、歩く事すらやっとの今の自分には。
でも、見えていたら彼女の手助けが出来るのだろうか。
ただ、見えない事を都合のいい言い訳にしているのではないだろうか。
心の中に渦巻く自分自身への疑念。
自分の心すら、おぼろげに感じる今の私。
車から見える景色ははっきりせず、シートから伝わる振動で車が走っていると理解出来る。
「気分は悪くない?」
「平気。今、どの辺り?」
「熱田神宮が見えてきた。もうすぐ付くよ」
家から学校までは、その気になれば歩いて行けるくらいの距離。
車ならすぐで、バスの路線も走っている。
無理に寮に住む必要は無く、こうして十分に通える範囲内。
こうして目を患っている今は、家に泊まる事も増えている。
寮に、無理をしてまで部屋を借りる必要は無いのかもしれない。
「優、着いたよ」
お父さんの声で、車が正門前に止まっている事に気付く。
女子寮で私を待ってる子達は大丈夫かと思ったが、今は人の心配をしている余裕があまりない。
「ありがとう」
車を降り、リュックを受け取ってそれを背負う。
そしてスティックを伸ばし、足元に軽く添えて辺りを探る。
危ない物は特に無く、ぼんやりと見えている正面にも障害物は無い。
「じゃあ、気を付けて」
「ありがとう」
かすかなエンジン音を残して走り去る車。
私は一人取り残され、スティックを頼りに正門へと向かう。
最近は声を掛けるどころか、近付いてさえこない規則改正派の生徒達。
だが今日は、なぜか私の周りを大勢の生徒が取り囲む。
スティックを杖代わりにしているので、視力が低下しているのは分かっているはず。
ただ、それがむしろ危険な存在なのも今までの経験で認識しているはずだ。
それでも女子生徒達は私を囲み、半笑いでこちらの様子を窺っている。
彼らの背後に見える、制服姿の男。
警備員だが、正門を警備する警備会社とは違う制服。
彼らは基本的に生徒同士のトラブルには不介入。
その仕事は不審者から生徒を守る事であり、生徒同士の問題を解決するためではない。
また学内には立ち入らないし、学内にいる警備員は教職員の特別教棟の警備専門。
しかし今見えている警備員は、生徒と会話を交わし意思の疎通を見せている。
これが昨日言っていた、学校へ導入する警備員という訳か。
「武器の持ち込みは禁止よ」
「許可は得てる」
「誰の許可よ。これ、取り上げて下さい」
「分かりました」
無表情で前に出てくる警備員。
この職務をどう思ってるのかは表情からは読み取れず、何よりそこまで視力が回復していない。
「武器をこちらに」
「生徒会の許可も、学校の許可も得てます」
「それを確認するまで預かります」
あくまでも事務的に話を進める警備員。
こちらは怒りに任せる気力も無く、ただ譲る気も無い。
今の自分にとって目の代わりであるのは勿論、これは私が私である事の証。
大勢の人に支えられてきた、そんな人達の思いの結晶。
例え相手が誰だろうと、これを奪おうとするのなら私も全力で戦わせてもらう。
「どうかしたのかな」
落ち着いた、こういうトラブルに慣れた感じの声。
ぼやけた視界には、スーツの襟に付けられた議員バッチが見えている。
「朝から大勢で、物騒だね」
「いえ、そういう事ではなく。学内に武器を持ち込むのは禁止されていまして、それを注意しているところです」
「これは、所持する許可を得ています。疑うのなら、私のIDで確認を取って下さい」
「今、端末を持っていないんです」
この時点で、私をはめるつもりなのが決定する。
仮に本当に忘れたとしても、人の端末を借りて確認すれば済む話。
それもしないのは職務怠慢以前の問題だ。
「確認が出来ないのでは、どうしようもないね。君、それは一度預けたどうだね」
「私の端末でも誰の端末でも良いから、それで照会をして下さい。このスティックは、今の私にとって必要不可欠な物です」
「と、彼女は言ってるが」
「口頭ではなく、カードを読み取らないと正確な照会が出来ません。やはり、その武器は渡してもらわないと」
「という事だ。何も奪う訳じゃない。一時的に預かって、確認が取れれば返すんだろ」
「ええ、勿論」
納得をしあう議員と警備員。
思わず出来レースかと言いたくなるが、何の確証も無い。
あるのは、私が追い込まれているという事実だけ。
ただ、何をどう言われようとスティックを渡す気は無い。
それだけははっきりしてる。
「どうかなさいました」
落ち着いた、だが多少の刺を感じる口調。
それは私に向けられてる訳ではないようだが。
「どなたですかな」
「彼女の授業を受け持っているものです。その棒は、武器ではなく彼女の杖代わりです。それを取り上げるのはどうかと思いますが」
「だが、警備員さんは武器と言っているが」
「許可も得ていると、私は利いてますよ。それとも、個人的に彼女へ何か恨みでも」
「私は何も無いが」
素早く身を引く議員。
サトミのお父さんが言っていた言葉を、今身をもって知った。
国会議員全員がこうだとは思わない。
ただ、今目の前にいる人物は信用が出来ないと。
「しかし生徒の話を聞く限り、かなり危険な武器です」
私にクレームを付けて来た女子生徒達を振り返る警備員。
村井先生は鼻で笑い、私の肩へ手を置いた。
「そっちの生徒の言い分は聞けて、こっちの生徒の話は聞けないの?明らかに矛盾してるじゃない」
「それは」
「まあ、そのために一度預かろうという訳ではないのかな。代わりになる物なら、学校にいくらでもあるだろう」
一旦態度を変えたと思ったはずの議員が口を挟み、流れを変える。
こういう言い方をされると意地になっている私だけが悪い事になる。
だけど絶対にこれだけは譲れない。
単なる武器や杖ではなく、人の思いが込められた結晶なのだから。
「困ったわね。・・・私が預かっても駄目なのかしら」
小声で提案をする村井先生。
彼女が信頼に足る人間なのは分かっている。
何よりこうして抗議をしてくれる事こそ、その証だ。
だが、それでもこれを預けるのにはためらいがいる。
そして、いつまでもこうしていられないのも分かってはいる。
騒ぎは大きくなり人は増え、余計なトラブルを引き起こしかねない。
何より少し疲れてきた。
「・・・分かりました」
スティックを縮め、専用のポーチへ入れて村井先生へ渡す。
両手を添えて、思いを込めて。
我が子を送り出すような心境で。
「命を預けるような事だと思って下さい」
周りから漏れる失笑。
あまりにも大げさな、馬鹿げた発言とでも思ったらしい。
でも私にとっては笑い事ではない。
村井先生も笑いはしない。
私の手を握り、スティックを大切そうに受け取ってくれる。
「分かった。これは私が何に代えても守り抜く。肌身離さず持って、誰が来ても渡さない。触らせもしない」
私の手を取り、目を見つめ。心を込めてそう言ってくれる村井先生。
今はその思いを信じ、彼女を信じてスティックを託す。
この手から離れていくスティック。
それを小さなショルダーバッグへとしまう村井先生。
警備員と生徒がなにやら話し合い、今度は彼女へと歩み寄っていく。
「そこまで。これは私が預かった。確認も、私がとる。何か問題でもある?」
「学内の警備は、我々に一任されています」
「見たところ、そこの生徒の使いっぱしりじゃない。そういうのを、狗って言うのよ」
言葉に混じる強烈な刺。
警備員の顔色が変わるが、村井先生は一瞥すらその横を通り過ぎていく。
私の手をしっかりと握り締めたまま。
「話はまだ」
「終ったわよ。こっちはガードマンごっこに付き合ってる程暇じゃないの。文句があるのなら、職員室に来なさい。それと議員」
「何だね」
「どういうつもりか知りませんが、発言にはお気をつけ下さい」
厳しい口調で指摘する村井先生。
しかし議員の方は肩を揺らし、ポケットからタバコを出して箱の中を覗き込んだ。
「私は一般論を言ったに過ぎんよ。どちらの味方でもない、公正中立だ」
「どうだか。それと、学内及び学校の周辺は禁煙となっています」
「それは失礼。ただ、君もあまり議員を舐めない方が良い」
「脅しですか、それは」
「どうとでも取ってくれ」
二人の間で飛び散る火花。
警備員も女子生徒達もすでに蚊帳の外で、その存在すら彼女達は意識していないかもしれない。
「・・・サトミ」
気付くと私の後ろにサトミが立ち、物憂げな表情で二人の様子を眺めていた。
昨日の事を引きずっているように見えるが、それにしては視線が険しい。
「どうかなさいましたか」
「彼女の棒。スティックだった?あれを取り上げるって言うから、私が代わりに預かった」
「学校の許可も生徒会の許可も得てますし、警察の所持許可も下りています。それに何か不備でも」
「端末が壊れてるので、IDを読みとません。口頭の照会では不正確ですので」
ここぞとばかりに声を上げる警備員。
その後ろでほくそえむ女子生徒達。
私だけでなく、サトミもやり込める良い機会だ思ってるらしい。
「確認を取ってどうするんですか」
「学内に、危険物を持ち込まないようにです」
「分かりました。では、今日訪れている全議員の所持品を確認して下さい。先日重火器の持込を断ったはずですが、その確認を取って下さい」
「え?」
「生徒だけを調べるのは片手落ちでしょう。まずは、議員から」
物憂げな視線を正面へ向けるサトミ。
視線を向けるのもわずらわしいといった態度。
議員は一瞬瞳の奥に敵意を宿らせ、口元だけを緩めて見せた。
「我々に、捜査権は及ばないよ」
「現行犯は、その限りではありません」
「捜査する事自体、認められてない。仮に私が銃を持って今それを君達が見つけ出しても、それは罪には問われない」
武器の所持は匂わせておいて、しかし自分は安全な場所にいると宣言する議員。
今度は村井先生の顔付きが変わるが、サトミは目線で彼女を制する。
「任意で調べるのは可能ですし、それを全校に告知するのも可能です。法律論の是非はともかく、倫理面でその理屈が通用するとお思いですか」
「君達の証言と私の証言。マスコミはどちらを信じると思う」
「試してみましょうか」
「いや、結構。君達は、学校生活を楽しみたまえ」
高笑いをして去っていく議員。
その背中を蹴り付けたくなる衝動に駆られるが、サトミは何事も無かったかのように髪を撫で付け歩き出した。
「あれで終わり?」
「議員と戦っても仕方ないでしょ。牽制をすれば十分よ」
「武器を持ってるかもしれないのに?」
「仮に持っていたとしても、それを乱射する訳でもない。この場を切り抜けられたんだから、それでいいじゃない」
気の無い口調で返してくるサトミ。
言っている事はもっともで、感謝もしてる。
でも、何か納得は出来ない。
「あなた、調子悪いの」
「別に、これといって。現実を悟っただけです」
「そう。じゃあ、彼女の事は任せた」
私の手をサトミの手に添える村井先生。
彼女は自分のショルダーバッグに軽く触れ、颯爽と歩いていった。
「スティックは、彼女が?」
「他に選択肢が無かったから。帰ろうかとも思ったけどね」
「上手くやり過ごせばいいのよ、何事も」
心ここにあらずといった表情。
尋ねれば答えるし、それは先ほどのように的確な内容。
ただ、心がどこにあるのかは分からない。
「目の調子は?」
「昨日よりは良い。ただ、スティックが無いから」
「運営企画局か医療部に、杖はあると思う。行きましょ」
医療部には現在無いとの事で、運営企画局へとやってくる。
明るくて華やいでいて、今の私やサトミの雰囲気とはまるで違う。
ここも組織が解体されるという話だが、陰のようなものは感じられない。
「来た来た。杖なら、何本かある。魔法の杖は無いけどね」
そう言って明るく笑う天満さん。
私もつられて笑い、お菓子を受け取る。
「元気ないね。どうかしたの?」
「いえ、特には」
「そう。えーと、何種類かあるけど使い勝手までは分からないのよね」
テーブルの上に置かれる何本もの杖。
形状は同じで、色も白で統一されている。
ファッション性を求める物ではないし、白は盲人である事を現している。
「確かセンサーが付いてて、それがイヤホンに伝わるみたい。一度使ってみて」
「あ、はい」
杖を手にとり、小型のイヤホンを耳にはめる。
すると杖がテーブルの脚に近付いたと思う前に、イヤホンが警告を発した。
「すごいですね、これ」
「性能がいいと、相手が人かどうかも判断するみたいね。・・・えーと、これか」
イヤホンを近くのモニターにつなげる天満さん。
それとセットの杖を自分の腕に近づけると、スピーカーから声がした。
「他の方に接触する危険があります。ご注意下さい」
なるほどと思ったが、見えてないんだから注意のしようが無い。
むしろこの音は、自分ではなく回りに聞かせたほうがいいようにも思えるが。
「多分これが一番高性能だと思う」
「強度はどうですか」
「数人ぶら下がっても大丈夫って、メーカーは言ってたよ。どういう状況を想定してるのか知らないけどね」
「とりあえず、これを借りていきます」
「いいよ。試供品だから、上げてもいいんだけどね。レポート書くのは面倒でしょ」
「ええ、まあ」
「年度内は持ってていいから。それに、壊しても許す」
最後の言葉がただの冗談なのか。
それとも私の日頃の行動を知っての意味なのか。
しかし、今これを壊すような事にはならないだろう。
「本当に大丈夫?元気なさそうだけど」
「いえ、平気です。どうも、ありがとうございました」
「お礼はいいんだけど。何か負担になってる事があるとか」
さりげない指摘に一瞬身を震わせ、目元に手を持っていく。
これは意識をしない、緊張から来る癖だと医者も言っていた。
「学校との事が負担なら気にしなくていいのよ。私達が退学覚悟で学校と対決してもいいんだから」
「いえ。そんな事は」
「というか、他人に負担を掛けてまでこの事を託したくは無いのよね。あなた達に任せたつもりで、実際良くやってると思う。今回の警備員導入にしたって、学校がそれだけ追い詰められた証拠でしょ。保安部とか風紀委員会とかが有効に機能しないから、強引な手に出ただけで。それは雪野さん達の、努力の成果だと思うわよ」
優しい口調でそう語ってくれる天満さん。
甘い、心地良いささやき。
だが、それに私は甘えていいのだろうか。
サトミは何も言わず机を見つめたままで、話を聞いているのかどうかすら分からない。
それでも天満さんは、気分を害する様子も無く穏やかに笑っている。
「ちょっと誤解してたわね」
「え、何をですか」
「私達はとにかく思いつめ過ぎて、必死になりすぎて失敗した。とにかく全部自分達だけで抱えて、仲間以外を頼ろうとはしなかった。それが敗北の原因だとも思ってる。あなた達はもっと明るくて、他の人も信用して、とにかく前向きに頑張ってる。そう思ってたけど、やっぱり私達と似たような部分もあるなって」
多分それは買いかぶりだと思う。
他の子はともかく、私はそこまで前向きではない。
人を頼るというよりは依存しがちで、それに助けられてここまでやってこれたようなもの。
外から見たら上手く言っているように見えているだけで、そうした無理の積み重ねが今一気に吹き出たと言えなくもない。
「少し、休んだら」
「でも」
「なんていうのかな。先輩が言ってたらしいんだけど、私達がいなくても世界は回るのよ。キリスト様が死んだって、私達は普通に生きてる訳じゃない」
「ええ、まあ」
随分極端な例を出すとは思ったが、言ってる事は理解出来る。
それも自分を卑下する意味ではなく、少し肩の荷を軽く出来た気分。
自分の力不足を嘆く割には、過剰に責任を感じていた。
私の穴は簡単に埋まるだろうし、目が見えなかった頃も誰かがその代わりをやっていた。
ましてキリスト様でもなければお釈迦様でもない私がいなくなったからと言って、全てが終わりになる訳でもない。




