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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第34話
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34-5






     34-5




 突然の閃光。

 後ろにいた車が、ヘッドライトをつけたらしい。

 ただ、そのくらいは想定済み。

 明るくなると思った瞬間に目を閉じ、音と気配を頼りに立ち位置を変える。

 目の前を過ぎていく足音に反応してスティックで下段払い。

 微かに感じる風圧を半身になって避けて、横から膝。

 その後ろを過ぎていく音に反応し、スティックを戻して後ろに突き。


 光が消えたところで目を開き、神代さんと真田さんの間を縫うように走って反対側へと抜ける。

 二人の肩に手を掛けて地面を踏み切り、突っ込んできた顔に飛び蹴りを見舞う。

 彼女達を狙うと見せかけて動揺を誘うのは分かっていて、それは逆に動きが読めるとも言える。

 相手の思惑よりも早く動けば良いだけで、むしろこちらとしてはやりやすいくらい。

 囮ではないが、彼女達がいるからと言って絶対的に不利にはならない。


 残ったのは、命令を下していた男一人。

 しかし未だに余裕を見せていて、逃げ出す様子も無い。

 また後ろの車も残ったまま。

 次の手を残しているか、もしくはそのつもり。

 引き際を全く理解していない。


「お待たせしました」

 統制の取れた動きで私達を囲む女性の警備員達。

 彼女達は一斉に警棒を抜き、目の前にいる男と向き合う。

 それでも男は笑ったまま。

 カメラをコントロールしてるのなら、警備の人間を装う事も難しくは無い。

「・・・何をする」 

 数名の警備員が男を囲み、腕を取って後ろで指錠を掛ける。

 腰にも紐が巻かれ、左右の警備員がそれを掴む。

「話が」

「カメラのコントロールや回線を奪ったくらいで駄目になるようなセキュリティじゃないのよ」

「なんだと」

「大体、こんな所で大騒ぎしてるのに誰も出てこないなんておかしいと思わないの」

 今気付いたという顔の男。


 理由は簡単。

 この通りの住居全部学校や警備会社から委託を受けている。

 異常があった時は無論通報をするし、警備員が住んでいるアパートもある。

 男子寮は知らないが、女子寮に関してのセキュリティは過剰な程厳重と言っていい。

「助かりました」

「こちらこそ。カメラとネットワークのブースターを全部チェック。連中が出てきた建物も一度調べて。それと、警察にも連絡を」

 警察という単語に身を固くする神代さんや緒方さん。

 確かにあまり聞きたい言葉ではないが、そうも言ってはいられない状況だ。

「寮は、大丈夫ですよね」

「ええ。特に不穏な状況にはなってない。ここは処理しておくから、みんなは寮へ戻って」

「分かりました」




 寮へ着くと、玄関でサトミとモトちゃんが待っていてくれた。

 それ程心配そうな様子は無く、私よりも先に渡瀬さん達へと声を掛けるくらい。

 これはこれで、多少面白くないが。

「一応私も襲われたんだけど」

「ユウを狙って、みんなは巻き添えでしょ」

「え」

「大体、学校へ行く用事はあったの?みんなを連れてまで」 

 どうにも手厳しく責めてくるサトミ。

 理屈では太刀打ち出来ないので、聞こえなかった振りをしてさっさと寮の中へと入っていく。

 いや。待てよ。

「ちょっと待った。私のとのデート券は存在するんだから、サトミ達はどうなの」

「デート券?何それ」

 怪訝そうに尋ね返す二人。

 どうやら本当に知らない様子。

 今から学校に行きたそうな顔にも見える。

「まさか、学校には行かないよね。計画したケイは、学校にいるけど」

「まさか」

「ねえ」

 顔を見合わせ、にっこり微笑む二人。 

 握り締めた拳が震え気味で、笑顔に余裕が無いのはこの際仕方ないだろう。


「明日、ゆっくり話を聞けばいいだけよ」

「そうね。とにかく、みんなも中へ入って。事情聴取は、ユウだけでいいから」

「え」

「あなた主犯でしょ」

 醒めた口調でそう指摘するモトちゃん。

 主犯ではないと思うが、首謀者なのは間違いない。

 それに遅いし、みんなを引き止めるのもさすがに悪い。

「じゃあ、お休みなさい」

「失礼します」

「また明日」

「さよなら」

 素直に頭を下げて自室へと戻っていく渡瀬さん達。


 その後姿を見送り、確かに彼女達を連れて行ったのは失敗だったと反省する。

 自分は悪くないと思いたいが、結果が結果。

 それに付いては、言い訳のしようも無い。

 小さくため息を付き、顔を上げて二人を見つめる。

「それで、事情聴取って警察が来てるの?」

「ええ。あくまでも参考に話を聞くだけとは言ってたけど。襲ってきた連中の事を聞きたいみたいね」

「捕まえたんだし、向こうから聞いたほうが早くないかな」

「色々事情があるみたい。今、案内するわ」



 サトミに連れてこられたのは、やはり多目的ホール。

 どうもここは、嫌な思い出ばかりが積み重なるな。

 そこにいたのはスーツ姿の若い男女が数名。 

 壁際には、年配の男性が数名。

 かなりの物々しさに、つい身構えてしまう。

「ご心配なく。あくまでも、お話を伺うだけなので」

「はあ」

「先日のドラッグの件以来、上層部も草薙高校へは関心を示していましてね。多少大げさになるのはご了承下さい」

 未だにその件が尾を引いているとは知らなかった。

 私にとっては思い出したくも無い話だが、警察からすればそうも言ってはいられないんだろう。

「連中は、どうやらこの地域の中学校や高校で作る親睦グループのメンバーらしいですね。この組織は評判がよくなくて、少年課だけではなく生活保安課や捜査2課。つまり経済関連の部署でも調べています」

「犯罪者集団なんですか?」

「結果として犯罪を犯しているのなら、そう言ってもいいでしょう。ただ彼らは未成年なので、警察としても極端な対応が取れないんですよね。監視はしていますが、法律が彼らを守っています。過剰な程に」

 多少皮肉っぽく告げる刑事。


 ただ、言いたい事は分かるつもり。

 大人なら逮捕されるような事でも、未成年というだけで青少年法に助けられる場合がある。

 それと世論は、未成年に甘くなりがち。

 更正の余地がある、子供だから、やり直すチャンス。

 こういう言葉が先行し、その行為や結果には目をつぶる事も多い。

 勿論更正する可能性は否定しないが、全員が全員とは限らない。

 むしろ少年法を利用して、犯罪に手を染めているケースだってあるだろう。


 とはいえ今は法律の是非を話し合ってる時ではない。

「それで彼らに付いて、何か情報がありましたら」

「スパイになれとでも?」

 素早く口を挟むサトミ。

 刑事は手を上げて、大げさに首を振った。

「それはやはり、少年法の壁がありましてね」

「私が知っている子は、公安の要請でドラッグの売買組織を探っていましたが」

「公安は警察の中でも特殊ですから。警察というよりは、情報機関と思って下さい」

 他人事のように話す刑事。

 それは自分達の都合で、こっちの都合とは関係ない。

「スパイを要請するつもりはありません。ただ、彼らに付いて我々が関心を持ってる事は、お伝えしたいと思いまして」

「犯罪に巻き込まれる可能性があるんですか」

「現に、誘拐未遂を起こしていますからね。過去も数例あったんですが、やはり少年法が物を言いまして。組織犯罪が適用されにくいんですよ」

「それは警察の都合です」 

 きっぱりと言い切るサトミ。

 刑事は改めて首を振り、険しい表情で彼女を見つめた。。


「今聞いたように、彼らの評判は芳しくありません。当方としても監視はしていますが、限界があります。是非、ご注意を」

「本人達に警告はしてるんですか」

「ええ。ただ一部の生徒は警察上層部ともコネクションがありましてね。それがどうという訳ではないんですが、自分達は大丈夫だと過信しています。つまり、容易に犯罪へ走りやすい」

 たまに聞くような話。


 彼らが言う通り、親が誰だろうと犯罪は犯罪でそれが見逃される訳ではない。

 ただ本人達は過信をする。

 そして過信した結果、行き過ぎた行動へ出る場合が多い。

 捕まった後では遅く、何よりそれは被害が出た後だ。

「よろしければ発信機などを提供しますが」

「結構」

 これは3人とも声を揃えて拒否をする。

 GPSは個別に持っているし、警察に監視される理由は無い。

 彼らは警備というだろうが、その目的を考えれば同じ事だ。

「分かりました。ドラッグについては事後調査になっていますが、それ以外の案件もある事を念頭に置いて下さい。また草薙高校においては慣例上警察は不介入になっていますが、これは法律上の権利ではありませんので」

 一瞬鋭くなる目付き。

 それを受け止め、即座に睨み返す。


 辺りの空気がきな臭くなるが、ここで引く気は全く無い。

 警察が介入しないのを特権とは思ってはいないが、彼らの必要以上の関与も求めてはいない。

 この学校は私達の学校で、それを守るのは私達。

 少なくとも現段階で、警察を頼るつもりはない。

「皆さんは我々を必要ないとお思いでしょうが、学校から要請があれば立ち入る事もありえます。暗にそういう話も出ていますので」

「学校に警察を導入するという事ですか」

「スクールポリスですか?それも含めて、協議が進んでいるようですね。私も学校へ警察が常駐するのは教育上どうかとも思いますが、海外では良くある事らしいですし。我々は、上の決定に従うだけです」

 淡々とした語り口。

 逆に言えば、命令さえあれば淡々と学校へ突入する事もあるのだろう。


「誘拐未遂については、こちらの方でも親睦グループに聞き込みをしてみます。周辺のパトロールも強化しますので、多少窮屈かも知れませんがご了承を」

「学内に、協力者がいるという事は」

「積極的に作ってはいませんが。・・・売り込んでくる人間はいるとだけ言っておきます」

 否定はしない刑事。

 警察への協力者なので、別に悪い事ではない。

 ただ、それ程いいイメージも抱かない。

 何より、警察が介入するような状況になってる事に気が重くなる。

「お時間を取らせてしまい、申し訳ありません。またお伺いするかも知れませんが、その際はよろしくお願いします」

「こちらこそ、ご苦労様でした」

「では、我々は失礼します。それと棒は、使用許可って取ってます?」

 何気ない質問。

 棒とはつまり、スティックの事か。

 単なる自衛の道具としては過剰な攻撃力。

 彼が目付きを悪くするのも致し方ない。

「一応。玲阿瞬の名前で、武器登録が警察に出ていると思います」

「玲阿。・・・あの玲阿」

「知ってるんですか」

「大戦の英雄ですからね。軍用品ですか。なるほど」

 何がなるほどかは知らないが、目つきの悪さは落ち着いた。

「ただ過剰防衛に取られる可能性もあるので、使用にはご注意を」

「ええ」

「では、また」

 そう告げて去っていく刑事達。

 警察にまた会う事を匂わされても、あまり楽しい気分ではないが。




「俺は忙しいんだ」

 憮然とするケイをローテーブルの前に座らせ、警察のから聞いた話を繰り返す。

 多目的ホールではなく、サトミの部屋。

 警察が使った後なので、まさかとは思うが盗聴の心配をしてしまう。 

 心配をしたのは私ではなく、サトミだが。

「好きにやらせればいいだろ。少年法と言っても、昔と違って卒業すれば遡って昔の案件を捜査するケースもある。誘拐未遂なんて、懲役10年は固いね」

「今の話をしてるのよ。それに、スクールポリスの件は」

「自治という面から見れば問題でも、学校は導入を推し進めるだろ。で、こちらが反対。折衷案で、警備会社が常駐する」

「ああ、そういう事」

 こういう話になると、すぐに答えが出てくるな。 

 それが正しいのかはともかく、本質に近い答えなのは間違いない。

「ガーディアンじゃなくて、警備会社が警備をするって事?」

「生徒の負担を軽減するっていうお題目にも合致する。良いシナリオを書く奴がいるな」

「誉めてる場合じゃないでしょ」

 お茶をすすり、ローテーブルを指で叩いて苛立ちを逃がす。


 結局のところ、ここに来ても後手後手に回る。

 有効な手を打てないまま、相手のペースにはまってる状態。

 本当にこれでいいのかと不安が胸の中に広がっていく。

「あんまり考えすぎるなよ」

 優しく笑い掛けてくるショウ。

 彼も無意味に気楽さを装ってる訳ではない。

 今の状況は誰もが理解している。


 ただ、私一人悩んで解決する事でもない。

 どうして私達はこうして集まっているか。

 どうして、私達と呼べるのか。

 言うまでも無く、仲間がいるからだ。 

 私一人では不可能な事も、仲間が集まれば出来るかもしれない。 

 いや。やってみせると言うべきか。

 展望も開けなければその自信も無いけれど、ただ状況を見過ごすつもりはない。



「親睦会は、今の通り警察にマークされてるくらい。中部庁も内偵してるって話だから、大した相手じゃない。焦って勝手に自滅する」

「そうなの?」

「余裕があれば、誘拐なんてやる訳が無い。東学も同じ。学外よりも、やっぱり問題は学内かな」 

 モニターでゲームをやりつつ呟くケイ。

 相変わらず審査をやっているようで、下の方に合否の札が幾つか上がる。

「それよりも議員が来てるんだし、そっちも気にしたら」

「ああ、そんな事もあったか」

 色々立て込みすぎて、すっかり忘れてた。


 言ってみれば、重要度の違い。

 最も優先されるのは、サトミと両親の事。

 次にさっき襲われた事。

 バレンタイン、会合と続く。

 議員団も本来ならもっと気に掛けるんだろうけど、今は正直それどころではない。

「それはそれで考える。今は他の事で忙しいから」

「好きにしてくれ。ただ、討論会でのアンケート。あれは信用しない方が良い」

「どうして」

「所詮、匿名の意見。風向きが変われば、態度も変わる」

 情も何も感じない、ただ事実のみを語ると言った口調。

 彼らしい発言ではあるが、あまり聞きたくない話でもある。

 信じたくない、と言うべきか。

「私達は頑張ってるんじゃないの」

「頑張るのと支持されるのとは違う。特に俺達の行動は」

「支持されないと困るんでしょ」

「理屈としては。最悪、支持無しで行動する事も考える必要はある」

 低い声でそう呟くケイ。

 ただそれが学校のやっている事とどう違うのか。

 勿論彼はその事を分かっていて、敢えて口にしているのだろうけど。

「さてと、もう遅いし俺は寝るよ」

 ベッドへ倒れ込んだケイを蹴り付けるサトミ。

 冗談っぽくではなく、鋭いえぐるような蹴りで。

「こ、この」

「どこで寝るって」

「さあね。まあ、女子寮のセキュリティなんてぬるいもんだ」

 そう言って、欠伸をしながら部屋を出て行くケイ。

 やっぱり一番警戒した方が良いのは彼らしい。




 翌日。

 学校へ登校し、着替えの準備をする。

 今日は一時限目から体育。

 この寒さなので、準備運動は怠らない方が良さそうだ。

 体育の場合は着替えもあるのでHRは無く、直接更衣室へ向かう生徒も多い。

 というか、私も普通はそうしてる。



「何してるの」

 すでにジャージへ着替え、私を待ち受けているサトミ。

 間違えて教室に行ったとは告げず、ロッカーに荷物を入れて制服を脱ぐ。

 これなら、初めからジャージを着てきても良かったな。 

「チーム分けはしてあるから、確認しておいて」

 更衣室の中にある簡素な掲示板を指差すサトミ。

 更衣室を綺麗に使いなさいとか荷物を持ち帰るようにといった、注意事項が張られている場所。

 普段は誰もが素通りするそこへ、今は人が集まっている。

「きゃっ、玲阿君と一緒」

「ぎゃっ、雪野さんと違うチーム」

 ぎゃって、なんだ。ぎゃって。


「私はどうなってるの」

 人込みの後ろから覗き込むが、見えるのは人の背中と頭だけ。

 仕方ないので下をもぐり、もぞもそと人の間をすり抜ける。

 下着姿なので、人の肌の感触が心地良い。

 痴漢だね、まるで。

「えーと私は・・・。Bチーム。サトミがAか」

 チームは全部で4つのトーナメント形式。

 A対B、C対Dで。勝った方同士が最後に当たる。

「モトちゃんもBか」

 この辺りはサトミの配慮というか、作為を感じる。

 私達が友達だからではなく、足を引っ張らせようとしているんだと。

 私達に勝てば決勝進出。

 そうするためには、相手に不確定要素を与えておいた方が良い。


 もぞもぞと人の間をすり抜け、改めて肌の感触を楽しんで外へ出る。

「服、着たら」

 ごく冷静に指摘してくるモトちゃん。

 この様子だと、チームの事もサトミの意図も知らないな。

 知ったからと言って、彼女の鈍さではどうしようもないんだけど。

「どうかした」

「いや。全然。寒いし、準備運動した方がいいよ」

「ええ」

 単なる挨拶程度の話と思ったのか、これといった反応は示さないモトちゃん。

 ちょっと待てよ。

「ショウとはどうなってたのかな」

「あなたとは別。Cチームよ」

 彼女はAなので、決勝へ進まないと当たらない。

 こういうのを不正って言うんじゃないのかな。  


 体育館へと移動し、床へ足を伸ばしているモトちゃんの背中を押す。

 さっきの話をしても、これといった反応は無し。

 せいぜい「あの子も、負けず嫌いね」というくらい。

 達観している訳ではないが、サトミほど勝利への執着は持っていない。

 それにこれから行うのは、体育の授業。

 語弊はあるにしろ、勝っても負けてもあまり気にする事ではない。

「固いな。酢でも飲んだら」

「そ、そういう問題じゃ」

 指はつま先に触れてはいるが、体はそれ程倒れない。

 背中に乗ってやろうかとも思ったけど、後が怖いのでそれは止める。

「わ、私はもういい。こ、交代」

 逃げるようにして立ち上がるモトちゃん。

 室内で暖房も効いている為、すでに頬は上気気味。 

 少し押し過ぎたくらいだとは言わず、床に座って足を前へと伸ばす。


「押して」

「・・・なにこれ」

 嫌な声を出しながら人の背中を押すモトちゃん。

 指はつま先を通り越し、胸は膝に付いている。

 運動は筋力もそうだけど、柔軟性が大事。

 体が柔らかければさまざまな動きに対応出来るし、怪我もしにくい。

「猫みたいに柔らかいわね」

「モトちゃんも練習すれば、このくらいは出来るよ」

「結構。私は平凡に生きていく」 

 彼女の人生が平凡かは知らないが、極端な上昇志向やヒーロー願望が無いのは確か。

 ただそれは、私達全般に言える事だが。

 だからこそ友達として付き合っていられるし、輪が保たれている。 

 除外する訳ではなく、初めから付き合っていこうと思わないから。

「よっと」

 体を起こし、立ち上がって足を高く振り上げる。

 真っ直ぐ天井まで足を伸ばし、そのままゆっくり下ろしてモトちゃんの肩へ乗せて筋を伸ばす。

「折れないの?」

「大丈夫。次、反対ね」

 足を下ろし、軸足の左を上げて肩へと乗せる。

 ゆっくりと呼吸して酸素を取り入れ、体を解す。

 勝ち負けにはそれ程こだわらないとは言ったが、勝負は勝負。

 手を抜くつもりも無い。


「みんな、集まって」

 舞台前から聞こえる体育教師の声。

 今日は男女混合なので、いつもの倍の人数が彼女の前へと集まってくる。

「では、事前に知らせたチーム通りに分かれて。みんなから見て右からABCD。はい、分かれて」

 わいわい騒ぎながらグループに分かれていく生徒達。

 私もモトちゃんの後につき、Bグループの場所へと向かう。

 このくらいでは迷子にならないが、人の波には押し流される。

 体は柔らかくても、非力で小さいのはどうしようもない。

「・・・ふーん」

 集まったメンバーを確認し、そう声を出す。

 これといってずば抜けたタイプはいなく、平均的な子が揃っている。

 人を批評する程の立場でもないが、可もなく不可も無い。 

 この辺りがサトミらしく、極端にひどければ文句のつけようもあるがそれをさせないためのチームだろう。



 まずはモトちゃんとペアになり、軽くボールを投げあう。

 山なりのゆっくりしたボールで、これはさすがにキャッチする。 

 名雲さんとやったというバスケの経験が、多少は効いているのかもしれない。

「少し早く行くよ。・・・避けてね」

 受け止められるくらいの速さでは投げるが、多分失敗をする。

 それなら、始めから逃げる選択をした方がいい。

「に、逃げるってどこへ」

「そこまでは知らないわよ。逃げた後は後ろも気にしてね」

 ドッチボールなので、ボールは前からだけではなく後ろからも飛んでくる。

 ちなみに今の後ろは体育館の壁で、バウンドして返ってくるだけ。

 人間ではないので、軌道の予想が立てにくいともいう。

「いくよ」

「どこへ」

 これ以上は埒が開かないので、軽く振りかぶってボールを投げる。

 あくまでも軽く。

 しかしモトちゃんは右へ動いたと思ったらすぐに左へ走り、そのまま床へと倒れこんだ。

 ボールに当たりはしなかったが、壁にぶつかって転がってきたボールが彼女の頭で止められる。

「冗談は言いからさ」

「じゃあ、どうすればいの」

 伏せたまま尋ねないでよね。

「どっちでもいいから、思い切って逃げて。迷うのが一番危ない。猫が車にひかれるパターンだよ」

「どんなパターンか知らないけど」

 のそりと立ち上がり、ボールを構えるモトちゃん。 

 手本を示せという事らしい。

「いいけど、ちゃんと狙ってね」

「この距離なら、私だって」


 多少格好悪いフォームと共に投げられるボール。

 十分に目視出来るスピードで、受け止めるのは簡単。

 ただ避けるという事なので、前に出ながら半身をずらす。 

 大きく避ければ回避の可能性は高まるが、その分隙も大きくなる。

 ボールは脇腹を掠め、いつのまにか後ろにいたサトミの背中に当たった。

 そのボールを拾い上げ、にやりと笑うサトミ。

 魂を集まる魔女って、もしかするとこんな顔かも知れないな。

「わ、わざとじゃないって。そ、それにぶつけたのはモトちゃんだから」

「受け止めれば済む事でしょ」

 両腕に抱きすくめられるボール。

 多分今ボールにはすごい力が掛かっていて、男の子だったら悲鳴をあげているくらいだと思う。

 それがどんな種類の悲鳴かは知らないが。

「覚えておきなさいよ」

 低い声でそう呟き、ボールを足元へ落とすサトミ。

 あまり怒らないのが却って不気味で、身の危険を感じてしまう。

「大変ね」

 人の頭に手を置き、のんきに言ってくるモトちゃん。 

「あれは、モトちゃんがぶつけたんでしょ。それに多分、狙われると思うよ」

「え」

 さっきのボールも避けられないようなら、誰を狙うかという話。

 もしくはコート内での障害物とさせるため、あえて狙わない手もある。

「あの子は、どうしてああ向きになってる訳」

「性格なんでしょ」

「そうだけど。ちょっと固執しすぎなのよね」

 思案の表情を浮かべ、サトミの背中を見つめるモトちゃん。

 そう言われると、過剰に気合が入っているように思える。

 勝負事に関してはいつもそうだが、わざわざドッヂボールを指定する部分もおかしいと言えばおかしい。


「いいわ、それはサトミの都合だから。私は早く当てられて、外野に逃げる」 

 気楽に笑い、ボールをドリブルし出すモトちゃん。

 それでも彼女の視線はサトミからは離れない。

 私達が知らない、サトミがこだわる理由か。

 モトちゃんは口にしないし、私も確信は無い。 

 ただこの勝負は、真剣にやった方がいいだろう。

 誰のためでもない、サトミのために。



 コートのセンターラインで向き合うAチームとBチーム。

 リーダーはこっちがモトちゃんで、向こうがサトミ。

 必然的に彼女達が顔を合わせる事となる。

「一応遠野さんが仕切ってくれたので、敬意を表して選ぶ権利を与えるわ。コートかボール。どっち?」

「こちらのコートをお願いします」

 体育館なので、床の条件はどちらも同じ。 

 窓からの日差しもそれ程気にする必要は無く、また特定の方向を向く訳ではない。

 それでもコートを選ぶのだから、何か理由があるのか。

 もしくは、そうやってこちらの動揺を誘っているのか。

 なんて事を考えてる時点で、彼女の術中にはまってる気もするが。


「では、ボールは元野さん達に。はい、握手して」

 不適に笑い握手をするサトミとモトちゃん。

 私も、目の前にいる大男と握手をする。

「・・・何してるの」

「俺もさっぱり」

 首を傾げ、サトミの様子を窺う御剣君。

 あの女、助っ人まで呼んだのか。

「先生、この子1年生ですよ」

「時間を振り替えただけ。問題は無い、らしいわよ」

 くすくすと笑う体育教師。

 サトミから、甘い物でも送られたんじゃないだろうな。

 そっちがその気なら、こっちだって覚悟がある。

 体育の授業だと今までは甘く見てたけど、少し本気にならせてもらおう。

「御剣君。モトちゃんには遠慮して投げてよ、鈍いから」

「分かってます」

「何が分かってるの」

 低い声を出して、引きつった顔で笑うモトちゃん。

 御剣君は首をすくめ、逃げるようにして後ろへ下がっていった。

「脅さないでよ」

「みんなが言う程鈍くは無いの。あなた達が特別なのよ」

「そうかもね。まずは、軽くボールを回して。パスワークって事だからね」

 手の上でボールを回そうとしていたモトちゃんを止めて、ボールを受け取る。

 今、絶対素でやったな。

「大きく投げてね」

 相手コートのはるか上を狙い、ボールを投げる。

 まずは肩ならしと、それぞれのコンビネーションを確認。

 誰が上手いかを把握して、作戦を少しずつ練っていく。 



「ゆっくり、落ち着いて。落としても気にしない。回りがフォローしてー」

 何やら良い事を言い出すモトちゃん。

 これで技術がついて来れば問題なしだが、そのフォローは私が受け持つとしよう。

「では、議員の方もお入り下さい」

 思わず「え」と言いそうになり、どうにか無理やり笑顔を作る。

 コートに入ってきたのは、丸みを帯びた年配の女性達。

 ジャージははちきれそうで、足元もおぼつかない。

 多分、運動なんて数年ぶりだろうな。

 対してサトミチームは、比較的若く動きも機敏。

 ここでハンディをつけてきたか。

「先生方もボールを持って下さい。当てずにパスで」

「え、えい」

 思った通り、見当違いの方向へ飛んでいくボール。

 それは相手のコートで軽く跳ね、御剣君の足元へと転がった。

 虎に生肉を見せても、ここまで嬉しそうな顔はしないだろうな。

「ちょっと、手加減してよ」

「分かってます」

 思いっきり肩を回し、足を伸ばす御剣君。

 何が分かったんだか。


「先生方は、逃げる事だけを考えて下さい。冗談抜きで、怪我をしますので」

「ボールは柔らかいんじゃ・・・」

 ずどっという音がして、太鼓腹の男性が地面に倒れた。

 ボールは柔らかいが、速度があれば威力は増す。

 気絶はしてないだろう。多分。

「選手は外野へ。当てれば、戻れますからね」

「はは」

 乾いた笑い声を上げ、外野へと飛んで逃げる議員先生。

 今のを食らって、コートに戻る勇気は湧いてこなかったらしい。



 口元に手を当て、微笑みを湛えるサトミ。

 作戦勝ちとでも言いたそうだが、まだ序盤。

 何よりこれは団体競技で、個人の力が全てではない。

「きゃっ」 

 可愛らしい声を出してしゃがみ込むモトちゃん。 

 反応は良かったが、ボールは彼女のはるか頭上。

 さっきの私達同様、パスワークを始めただけだ。

「何よ」

「別に。とにかく、今みたいに逃げればいいから。特に、御剣君のはね」

「あれは逃げられるの?」

 それには答えず、今度は相手の選手の動きを観察。 

 ずば抜けているのは御剣君だが、ボールを彼に集中し過ぎ。

 必要以上に彼へ頼ってしまい、チームとしては機能していない。 

 勿論それを覆す程の実力を彼が持っているとはいえ、世の中そう甘くは無い事を教えてやろう。


 早くなるパスワーク。

 少しずつ逃げ遅れる議員先生。

 そこへ突き刺さる剛速球。

 どうでもいいけど、これは後で抗議されないんだろうな。

 それでも尊い犠牲の甲斐もあり、ボールがこちらへと渡って来た。

「モトちゃん、投げて」

「いいの?」

「いいよ。相手に渡ってもいいから」

 こちらとしては、まだ様子見。

 ここで無理をする必要は無く、私なりにも一応考えてはいる。

「え、えい」

 一応恨みを込めてか、御剣君めがけて思いっきりボールを投げるモトちゃん。

 当然彼は難なくキャッチし、センターラインまで突っ込んできた。

 助走を付けて繰り出される剛速球。

 また一人議員先生が倒れ、すごすごと外野へ走り去る。

「すごいね」

 小さく拍手し、薄く笑う。

 それに御剣君は怪訝そうな顔をし、一応小声で礼を言ってくる。

 サトミの指令は、おそらく彼をキーにして全員を倒す事。

 それが出来る実力は持っているが、世の中予想通りに行かないから面白い。


「そろそろかな。パス回すよ」

 まずは右回しで素早く。

 次いで左、そして右。

 こちらは外野が多いので、素早いパス回しが可能。 

 対して相手はコート内に人が多すぎ、ともすればぶつかってしまいがち。

 シャチや鯨が獲物を追い込むように相手を一塊にして、徐々に距離を小さくさせる。

 後は、どこで狩を始めるか。

 そして目の前に相手の一群が現れたと同時に、私のところへボールが飛んできた。


 まずは議員先生の背中に一撃。

 ワンバンドで戻ってきたボールを拾い、すぐに2、3、4。

 逃げていく背中に当てて、そのまま外野にパス。

 そこでも連続してヒットさせ、相手の数を一気に減らす。

「ひ、卑怯よ」

 何やら言ってる子もいるが、それはこっちの台詞だと言い返したい。

 それにコートから減っても、その分外野へ人が増えるルール。

 つまり状況としては、立場が入れ替わる事にもなる。

「さてと」

 ボールを片手で掴み上げ、首を回す御剣君。


 その視線が私の頭上を通り過ぎ、後ろに立っているモトちゃんへと突き刺さる。

 今コート上で一番狙いやすそうなのは彼女。

 彼が肩を大きく回したところで軽く睨み、私の意志を伝える。

「分かってますよ、俺だって」

 軽く笑う御剣君。

 分かって貰わなければ困るし、万が一の時は跳び蹴りの一つも覚悟して欲しい。


 多少は私の意志が伝わったのか、比較的緩やかに投げられるボール。

 しかしモトちゃんの避けられる速度ではなかったらしく、腰の辺りで大きく跳ねた。

 でもってボールが天井高く舞い上がる。

 気付けばモトちゃんは腰を押さえて、床へとしゃがみ込んでいた。。

 ただ、ボールはまだ浮いたまま。

 つまり、終わった訳じゃない。

「よっ」 

 床を踏み切り、ボールをキャッチ。

 その勢いのまま空中で姿勢を取り、ボールを投げる。

 真上からの急角度と、手元での微妙な変化。

 ボールは御剣君の膝を軽くかすめ、そのまま床へと転がった。

「やっぱり、雪野さんか」

「こんなものでしょ」 

 床に降り立ち、差し伸べられた手を掴む。


 今は敵同士だけど、お互いの健闘をたたえ合う。

 その頑張りを認め合う。

 全力を尽くして戦った事を、それが決して無駄な事では無かったと。

「そんな爽やかな場面なの」

 腰を押さえつつ、御剣君を睨むモトちゃん。

 とはいえ人間が出来ているので、怒鳴り散らしたり殴りかかるような真似はしない。

 勿論、私達のように清々しい心境とも程遠いだろうが。

「では、俺は外野へ回るので」

 逃げるようにしてコートから去る御剣君。

 相手コートに残ったのは一人だけ。

 腰までの黒髪を束ね、端正な顔を上気させて気高く佇む孤高の少女。




「……このままだと、可哀想でしょ。それとなく、ボールを渡せないの」

 同情、温情。

 どちらにしろサトミが聞いたら血相を変えそうな話だが、モトちゃんのささやきも理解出来る。

 このままだと私達の勝利は間違いない。

 ただドッジボールをやると決めたのはサトミで、モトちゃんの推測通りなら底には何らかの意図があるはず。

 それをこんな結果で終わらせるのは、彼女の本意ではないと言いたいのだろう。

「分かった。パスする振りをして、ボールを投げて。足元に放れば、ワンバウンドで取れるでしょ」

「気付かれない?」

「普段はともかく、今は大丈夫だと思うよ」

 平素の彼女ならその程度の策はたやすく見抜く。

 だが今は、相当血の気が上っている状態。

 今までの経験上、現在彼女の頭にあるのはボールから逃げるか追い掛ける事だけだ。 

 本当この子は現場には向いて無く、完全に指揮や指導者タイプだな。


 ボールをモトちゃんへ渡し、背伸びして耳元にささやきかける。

「ゆっくり投げて。当てないでよ」

「自信ない」

 何か怖い事を言って、ボールを構えるモトちゃん。

 それに反応し、腰を落とすサトミ。

 二人の世界が出来上がったな。 

「え、えいっ」

 中途半端に弧を描いて飛んでいくボール。

 何を思ったのか、それに向かって走り出すサトミ。

 つい、猫じゃらしに飛びかかる猫を連想してしまう。

「え、えいっ」

 モトちゃんと同じ声を出し、大きく前に飛び出すサトミ。

 その目の前へ落ちていくボール。

 彼女の体が宙を舞い、ボールは軽やかにその頭の上へと舞い降りる。



 静まりかえった体育館。

 倒れたままのサトミ。

 審判のホイッスルが虚しく響き、私達の勝利が確定する。

 歓声を上げる者は誰もなく、ただ隣のコートからは拍手が届く。

 どうやら、向こうの試合も終わったらしい。

「終わったよ」

 そう声を掛けるのがやっと。

 サトミは膝に手を掛けて立ち上がり、顔を伏せたままコートを去った。

 さすがに今は声を掛けるのも忍びなく、また何を言っていいのか分からない。

「ナイススライディング」

 私でもとても言えそうに無い事を、平気で口にする誰か。


 サトミはゆっくり顔を上げ、垂れ下がっていた前髪を掻き上げた。

 怒り、屈辱、恥ずかしさ。

 ただそれらは一瞬で消え、仕方なそうに首が振られる。

「慣れない事をするものじゃないわね」

「そういう時もあると思うよ」

「どんな時よ」

 のんきに答え、タオルを差し出すヒカル。 

 サトミはそれを受け取り、顔を拭きながら歩いていった。

「面白すぎるよ、あんた」

 鈍い音と共に、床を滑っていくケイ。 

 こっちは何がやりたいんだか。




 一旦休憩となり、壁際で水分と糖分を摂る。

 言い方を変えればジュースを飲んでお菓子を食べる。

「選抜って、負けたチームから選んで良いの?」

「その方が盛り上がるでしょ」

 何となく訴えかけてくるような視線を向けてくるサトミ。

 私は構わないが、選ぶとなれば私の権限を越えている。

 という訳で、そのままモトちゃんへ視線を向ける。

「別にいいんじゃなくて。やりたい人もいないだろうし」

 気のない調子で。

 そういう素振りで返事をするモトちゃん。

 また実際彼女の言う通り、体育の授業でそこまで張り切る理由はない。


 だからこそさっきまでの話。

 何故サトミがここまでこだわるかに突き詰められる。

「俺にもくれ」

 伸びてきたショウの手をはたき、ミネラルウォーターだけを彼の方へと放る。

 なんと言っても今は敵。

 ただスポーツマンシップの手前このくらいは良いだろう。

「もっとくれ」

 うるさいので、チョコバーを滑らせる。

 でもってサトミに睨まれる。

「良いじゃないよ、このくらい」

「試合と愛情と、どっちを取る気」

 そんな大袈裟な話ではないと思うが、今は感情が高ぶってるようなので反論はしない方がいいだろう。

 という訳で、彼女には見えないように後ろから飴を滑らせる。

 なんか、駄目な男に貢ぐ女の心境になってきた。


「ショウ達は、補強しないの」

「勝ったんだから、その必要もないだろ」

 なるほどと思わせる答え。

 変に補強するより、現状維持でチームとしてのまとまりを大切にするという考え方か。

「こっちはサトミを増やすから、そっちも一応一人追加して」

「じゃあ、武士」

 思わず鼻を押さえ、彼の顔を指さす。

 別に間違った事は言ってない。

 ただ、それ程この場の空気を読んでもない。

「お呼びですか」

 ボールを片手で掴み、のしのし歩いてくる大男。

 サトミとは違う意味で、やる気に満ち溢れてるな。

「ああ、お前は俺達のチームに入れ」

「待ってました」

 牙を剥き、両手の中でボールを交互にやりとりする御剣君。

 ただ彼もだが、ショウもやる気自体は十分に感じられる。

 彼等からすれば、日頃の怨みを晴らす良い機会と思ってるのかも知れない。

 ただ晴らした後どうなるかまでは、あまり考えてないようだが。



 試合開始早々、やはり議員団から倒されていく。

 こうなると、的というか単なる盾。

 議員団が何のために参加してるかという疑問もあるが、それは私が気にする事でもないだろう。

 実力差が物を言い、残っているのは私達3人だけ。

 相手チームは半数以上コートにいて、正直勝機は薄い。

 ただ、それはチームとしての勝敗だ。


「では、遠慮無く」

 ドッジボールをハンドボールのように握り、足場を固める御剣君。

 彼のボールを受け止めるのは、私でも困難。

 だが、ここが正念場なのは全員が分かっている。

 視線を交わし、一瞬指先を重ね、それぞれが背を向ける。

 この戦いに勝つために。

 何より、サトミのために。

「せっ」

 豪腕から繰り出される剛速球。

 それは私の腕に辺り、天井高く舞い上がる。

「任せてっ」

 全力で駆け出すモトちゃん。

 外野の間を縫って駆け抜けた彼女の腕をボールがかすめ、それをサトミが高く上げる。

 最後に私が二人の頭を飛び越えてキャッチ。

 その体勢で、すぐさま御剣君へ投げつける。

 ほぼ真上からの、つま先へのヒット。

 やったと思った瞬間、スライディングでショウがそれを拾い上げる。

 サトミ、モトちゃん、私の順ですぐにボールを当てていくショウ。

 勝負はあっけなく終わりを告げ、終了の笛が鳴る。 


 チームとして負けて、個人としても負けた。 

 だけどそれに悔いはない。

 私達の力が及ばなかっただけの事。

 正々堂々と、正面から戦った結果。

 お互いの手を取り、肩を抱き、その健闘を称え合う。

 お互いの気持ちを伝え、重ね合う。

 戦った事。

 肩を並べ合った事。

 その大切さを分かち合う。

 そして心の中に焼き付ける。

 いつかそれぞれの道を歩む時が来ようとも、この思いは永遠なんだと。 






  







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