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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第33話
374/596

エピソード(外伝) 33   ~ショウ視点~






     自分




 床を指し示す細い指。

 膝を折り、腰を屈めて正座する。

「……ショウ君。何してるの」

「正座してる」

「紙が落ちてると言いたかったの」

 そう言われてみると、レシートが横に落ちている。

 ふ菓子ってなんだ。

「私の評判が悪くなるから、早く立って」

 ため息を付き、手を上に振るモト。

 俺が座っているのは、本部の受付前。

 外部の人間が訪ねてくる事はあまりないが、内部の人間は普通に行き来する。

 外へ通じる場所でもあるため、何をやろうと人目には付く。


 軽く太ももを揉んで立ち上がり、姿勢を正す。

 正座をする必要はないにしろ、呼び止められたのは確か。 

 まずは話を聞くとしよう。

「かしこまらなくて良いの。SDCに行って、プロテクターをもらってきて。鶴木さんが、古い物をいくつか揃えてくれた」

「分かった」

 仕事というまでもなく、危険もなければ緊張感もない。

 こういう事ばかりなら、世の中平和に進むと思う。 

 受け取りに行くのがプロテクターという矛盾はあるが。



 廊下に出たところで、今度はサトミが呼び止めてくる。

「厚生局で、非常食を受け取ってきて。話は付けてあるから」

「今からSDCに行くんだ」

「私の言う事が聞けないの」

 なにやら大げさな話になってきた。

 今すぐ走って逃げたいが、刺すような視線が俺の影を縫いつける。

「順番だ」

「誰に頼まれたの」

「モトに」

「あの子と私、どっちが大切?」

 だから、そういう問題じゃないだろ。

 しかし迂闊に反論すれば、決壊したダムのように話が流れ込むのは必至。

 今は取りあえず、黙っておくとしよう。

「黙っていれば、私が飽きる。そう思った?」

 通用しないか、やっぱり。



 脂汗を流して棒立ちになっていると、本部から出てきたユウが俺とサトミを指さした。

「何してるの」

「大事な話よ」

「モトちゃんが、サトミに構わずプロテクターを取りに行ってだって」

「面白いわね、それ」

 薄く笑い、本部へ舞い戻るサトミ。

 ようやく解放された所で、ユウに礼を言う。

「あの子、前世はお餅だね。ねちねちしつこいから」

 本部の入り口から、目だけを覗かせてこちらを見ているサトミ。

 ユウが言う事も、あながち間違いではなさそうだ。




 一転して晴れやかな気分。

 サトミやモトに含むところはなく、今は建物を出て外を歩いているから。

 風は冷たいが、青空の下を歩くのはいつだって気持ちが良い。

 隣にユウがいれば、なおさら。

「まあ、仲良くなって良かったけどね」

 そう言ってくすくすと笑うユウ。

 サトミとモトは、ついこの間まで顔を合わせれば角を突き合わせていた。

 確かにそれを考えれば、今日の出来事はそよ風のようなものだ。

 一番安心しているのは、誰でもないユウだと思うが。



 SDCの正面玄関前に到着。

 警備をしていた大男達は慌ててドアの前から飛び退き、愛想笑いを浮かべてきた。

 襲いかかられるのも困るが、こういうのはもっと困る。

「誰が評判を悪くしてるんだろうね」

「鏡でも見てるのか」

「あ?」

 真下から睨み付けてくるユウ。

 臑にローが飛んできたのを軽くかわし、大男達に挨拶をして建物の中へ入る。

「暗いぞ」

「そこまで弱ってないよ」

 俺が差し伸べた手を握り、慎重に建物内へ入るユウ。

 普通の人間なら気にもしない、明るさの変化。

 しかし今のユウには、明らかに暗くなったと思うくらいの変化のはず。

 だったら、俺がやる事は一つだけだ。


 彼女の目が慣れてきたところで、手を離す。

 名残は惜しいが、意味もなく手を繋いではいられない。

 残念ながら、俺の周りではそういう決まりらしい。

「でも、どうして鶴木さんがプロテクターを持ってるの?」

「知り合いから譲ってもらったらしい。俺も詳しくは知らない」

「たまに謎だよね、あの人。代表って事も含めてさ」

 それに頷きたくはなるが、ここはSDC内。

 誰が見ているか分からないし、聞いているかも分からない。

 不用意な反応は慎むべきだ。

「多分、猫の方が役に立つと思うよ」

「そこまでひどくはないだろ」

「じゃあ、普段何してると思う?」

 それには無言を貫き、先を急ぐ。

 答えのない質問には、誰も答えられはしない。



 代表執務室に積まれた段ボールの山。

 中は少し古めのプロテクター。

 服の上から着るタイプで、今の俺達には是非とも必要な物である。

「アメフトのプロテクターを改良した物みたい。多少強度は落ちるけど、無いよりはましでしょ」

「ありがとう」

「よきにはからえって事よ」

 冗談っぽく言って、楽しげに笑う真由さん。

 ただ彼女の後ろでは、右動さんが虚しそうに微笑んでいる。

 集めたのは、間違いなく彼だな。

「お菓子とか無いの」

「無いわよ」

「良いけどね、別に」

 そう言いつつ、段ボールの中を漁るユウ。

 しかしここにお菓子が隠れていても、あまり嬉しくはないと思うが。

「運ぶのは私達でやるから、物だけを確認して」

「助かるよ」

 段ボール一つくらいなら良いが、これだけの数だと往復しているだけで日が暮れる。

 やれと言われれば、今すぐにでもやるところだが。



 俺もユウの横に並んで、プロテクターを確認。

 塗装もされていて、強度も別に問題はない。

 インナーのプロテクターだけでは防御出来る部分は限られているし、これを身につけていれば相手への威圧効果もある。

「その代わりといっては何だけど、一つ頼みがあるの」

「俺に出来る事なら」

「野球部の試合に出て。レギュラーが怪我したから、強烈な代役が欲しいって頼まれて」

「部員に悪いんじゃないのか」

 レギュラーの穴を埋めるのは、その名の通り補欠の役目。

 もしくは、それ以外の部員の役目だろう。

「野球部からのお願いなの」

 妙にそこへこだわる真由さん。

 あらかじめ、俺が代役である事前提の話とも思うが。

「仕事を片付けた後で良いかな」

「ええ。場所と時間は連絡する。ただ、早くしてね」

「分かった」

「君は偉いよ、本当に」

 しみじみ言われても困るんだけどな。




 サトミに連絡を取り、そのまま厚生局へ移動。

 今度は、非常食の山と向き合う。

「賞味期限が迫ってるの。切れてるのもあるけど、大丈夫よね」

「一ヶ月くらいは平気でしょ。味を保障しないだけだから」

 さっき同様、段ボールを漁り出すユウ。

 こういう姿を見ていると、つい猫を連想してしまう。

 段ボールに興味を示す姿や、背中の丸みが特に。

「何にやけててるの」

「え」

「惚れ直した?」

「随分、マニアックな趣味ね」

 俺を取り囲み、やいやいと言ってくる女の子3人。

 いつもユウをからかっているクラスメートで、今は俺がターゲットらしい。

 それと、別にマニアックではない。

「自分達、委員会じゃないのか」

「大きい体なのに、細かいわね」

「意外と人の事、気になるタイプ?」

「タイプは誰?」

 知るか、そんな事。


 これも自分一人で運べる量ではなく、ガーディアンを手配して運搬を依頼。

 次の場所へと向かう。

「何やってるんだろうね、一体」

 朗らかに笑いながら廊下を歩くユウ。

 確かに自分でも、それは疑問に思う。

 少なくともガーディアンの仕事ではないな。

「次はどこ?」

「運営企画局。余った物をくれるらしい」

「天満さんか。ちょっと要注意だな」

 彼女自身は俺達に何かと気を配ってくれる、心優しい先輩。

 ただ彼女の思考は、俺達とは少し違う。

 結果もらえる物も、そのセンスが如実に表れる事となる。



 運営企画局で待っていたのは、やはり段ボール。

 さっきまでのよりは小さめで、ただ数はある。

「端末とか機械類が主ね。木之本君や浦田君なら、使い道を思い付くでしょ」

「分かりました」

「それとこっちが、暗視装置。ノクトビジョンって言うの?」

 天満さんが差し出してきたのは、大きめのゴーグル。

 どうして学校にあるのかとか、何故それが余ってるのかとか。

 疑問は果てしなく、尽きはしない。


 それでもゴーグルを装着。

 スイッチを入れて、ロッカーの中を見る。

 確かに良く見えるが、意味の無さは限りないと思う。

「ユウは、止めた方が良いな。万が一って事もあるし」

「ロッカーの中を見てもね」

「俺も今気付いた」

 笑いながらノクトビジョンを外し、段ボールへ戻す。

 用途は思い付かないが、あって困る物でもないだろう。

 無くても困る物でもないが。



 さっき同様運ぶ手配を済ませ、真由さんからのメールを確認。

 今すぐ来いとある。

 時間を教えてくれるんじゃなかったのか。

「済みません。すぐ別な人間が取りに来ますから」

「暇みたいなのに、忙しいのね。あなた達って」

「色々とありまして」

「こき使われてるだけだろ」

 背後から聞こえる、皮肉っぽい声。

 ケイは鼻を鳴らし、段ボールの中を覗き込んだ。

「その辺で売った方が良くありません?」

「メーカーのロゴが思いっきり入ってるでしょ」

「なるほど。メーカーも、頭が良いんだか悪いんだか」

「まあ、悪いわね」

 楽しげに笑う天満さんとケイ。

 所属は違うが、何かあればケイは常に彼女を助けている。

 天満さんの側近と考えてる人も多く、実際そのくらいの役割は果たしているだろう。


 何となくゆっくりしていると、再びメールが舞い込んできた。

 文面は同じで、早く来いと書いてあるだけ。

 文字が大きくなり、真由さんの心情がストレートに現れてはいるが。

「後は任せた」

「たまには、報われる事をしろよ」

「何の話だ」

「分からないなら良い。頑張ってきてくれ」

 寂しげな笑顔を浮かべて手を振るケイ。

 そんな哀れっぽいのかな、俺は。




 グラウンドへ到着するとユニフォームを渡された。

 これを着るのはどうかとも思うが、一人だけジャージというのも相当変。

 近くの更衣室で手早く着替えを済ませ、走って戻ってくる。

「はは」 

 何とも楽しそうに笑うユウ。

 確かにこういう格好は、普段しないからな。

「似合ってるよ」

「そうか?」

「キャップも被ったら」

「ああ」

 手渡されたロゴ入りのキャップを被り、ユウの前に立つ。

 彼女は優しく微笑み、背伸びしてキャップの位置を直してくれた。

「カメラ持ってくれば良かったな」

「七五三じゃないんだ」

「記念だって、記念」

「楽しそうな所悪いが、調子はどうかな」

 金属バットを担いで現れる細身の男性。

 ただその佇まいは、さながら武士。

 彼にとっての獲物はバットで、体の一部のように馴染んでいる。

「走ってきましたから、体も温まってます」

「そう急がなくても良かったんだが」

 誰かから来たメールとは違う言葉。

 予想はしていたので、驚きはしないが。



 それでも試合はすでに始まっていて、夕暮れ時とあってグラウンドは照明が付けられている。

 明るさは十分だが結構肌寒く、動いてないと凍えてしまいそうなくらい。

 ユウもベンチウォーマーを借り、ベンチの前をゆっくりと往復している。

「っと」

 三遊間に飛んできたゴロを逆シングルでキャッチ。

 素早く体勢を整え、ファーストへ投げる。

 アウトを確認して、ピッチャーの言葉に笑顔で応える。

 ガーディアンも良いけど、たまにはこういうのも悪くはない。



 見逃し三振でチェンジとなり、今度は草薙高校の攻撃。

 二塁と三塁とベースが埋まり、自分の打席が回ってくる。

 プレッシャーといえばプレッシャー。

 とはいえ、今更帰りますと言える訳もない。

 引き受けた以上責任は果たさなければならず、何より今は結果を求められている。

 それなら自分に出来る事を、全力でやり遂げるだけだ。


 いきなり鼻の前を通り過ぎるボール。

 デッドボール覚悟での牽制。

 軽い脅しか。

 とはいえ当たって死ぬ訳でもなければ、避ける程もない速度。

 足元をならし、ゆったりと構える。

 いきなり呼ばれて、配球も何もない。

 何であろうと、来た球を打つ。

 背中を回り込んでこようと、何であろうとだ。


 再び胸元をえぐるような鋭い変化球。

 軽く下がり、肘を畳んでボールにバットを添える。

 その流れに逆らわず、足に力を込めて体を返す。

 無理に引っ張りはせず、あくまでも一連の流れに身を任せる。

 力よりも回転。

 この先は反発力に任せれば、ボールは勝手に飛んでいく。

 後はユウの拍手を聞きながら、ゆっくりベースを回れば良いだけだ。




 試合が終わった所で渡される商品券。

 こうストレートのなのも、ちょっと考えてはしまうが。

「鶴木さんによろしく。良かったら、また来てくれ」

「時間がありましたら」

「何かと忙しそうだな、君達は」

 豪快に笑って去っていく男性。

 確かに今の俺達は、学校とも生徒会とも対立している立場。

 のんきに野球をやってる場合ではないと思う。

「この調子で部活を回ろうか」

「忙しいって、今言われただろ」

「戻っても、殺伐としてるからさ。たまには夢も見たいのよ」

 切なげに笑うユウ。


 サトミとモトの諍いは収まった。

 ただ俺達の立場は相変わらず。

 学校や生徒会からは睨まれ、生徒から疎まれるのも時間の問題。

 殺伐とまでは行かないが、以前のような過ごし方は望めない。

「旅にでも出るか」

「戻ってこないの?」

「それも良いかもな」

「私は行かないけどね。そういうのには向いてない」

 ユウはどちらかといえば、根付くタイプ。

 場所に愛着を持つとでも言うのか。

 旧クラブハウスにも、多分まだ思い入れがあると思う。

「まずは中庭に、テントでも張ってみたら」

 そういう事は求めてない。




 本部に戻ったところで、段ボールの山と向き合う事となる。

 SDCや厚生局からの運ぶよう、手配はした。

 その通り、運んでもくれた。

 ただ細かな収納は、また別らしい。

「似合ってるわよ、それ」

「ああ、忘れてた」

 ユニフォームを指さしながら、くすくす笑うモト。

 そんなにおかしいかなと思いつつ、段ボールの影から陰気な緯線を浴びる。

「じゃれてないで、早く運べ」

「たまには一人で頑張ってみたら」

「俺がどれだけ運んだのか、教えてやろうか」

「教えてもらうのは良いけど、感心はしないよ」

 さらりと受け流すユウ。

 ケイはうなだれて、段ボールに顔を伏せたまま動かなくなった。

「運んだのは確かだから、手伝ってあげて」

「場所はあるのか」

「山羊の住んでる部屋があるでしょ、あそこにお願い」

 住んでたのか、あれは。



 言われるままに段ボールを、本部の奥の奥へと運び込む。

 丹下さんのオフィスを使う事も最近は多いため、この辺りに来るのも久し振り。

 山羊ともようやくのご対面か。

「それ、他に持って行くんじゃなかったの」

 付いては来たが、山羊の部屋までは入ってこないユウ。

 そんなに気味が悪いのかと思いつつ、被せてあったシートを剥がす。

 虚ろな瞳に二足の姿勢。

 変な圧迫感は感じるな。

「近い内にどうにかする。夜中に出会いたくないのは、よく分かった」

「早急にお願い。……付いてこないよね、それ」

 廊下に出たところで素早く振り返るユウ。

 そんな早さで振り向いたら、動いてた時どうするんだ。




 段ボールを運び込んだところで、就業時間が終わる。

 一日何をしていたとも思うが、暴れ回るよりはましか。

「……早く戻れ?」

 メールの相手は父さん。

 あまり良い予感はしないが、戻れと言われたからには戻るしかない。

 みんなへの挨拶もそこそこに寮へ走り、駐輪場からバイクを引っ張り出して道路に出る。

 後は交通法規を守りつつ、家へと急ぐ。

 用もなく、赤信号に突っ込む必要はない。


 程なく、自宅のマンションに到着。

 玄関で俺を出迎えてくれたのは、例により段ボール。

 目の錯覚とは思わないし、誰かの陰謀の訳もない。

 昨日という一日があれば、今日や明日という日々もある。

 つまりは、そういう事だ。

「来たな。駐車場まで運べ」

 俺の顔を見るなり、段ボールを指さす父さん。

 数は多いが、一人で運んで運べない程ではない。

 そんな疑問を読み取ったらしく、父さんはにやりと笑って段ボールの一つを開けた。

「……銃?」

「心配するな。非合法な物じゃない」

「でも、どうしてこんなに」

「大人には色々事情があるんだ。本家で保管するから、全部運べ」 

 中身は分かったが、運ぶ理由がやはり不明。

 いくら重くても下まではエレベーターが通じてるし、廊下は荷台を使えばいい。


 その疑問も読み取ったようで、改めて段ボールが開けられた。

「俺が一人で運ぶとする。これだけの量。当然往復するだろう。その間、車に積んだ銃は誰が守る」

「ああ、そういう事か」

「分かってくれて助かった」

「四葉が番をして、あなたが運べば良いんじゃなくて」

 冷ややかな視線を父さんと段ボールへ等分に注ぐ母さん。

 そういう発想は無かったな。 

「子供は親の言う事を聞いてれば良いんだ。だろ、四葉」

「え、ああ」

「四葉、ちょっと待ちなさい」

 段ボールを台車へ一つ乗せたところで、手招きされた。

 こういう状況はあまり歓迎しないが、俺にとっては日常。

 避けていたら、地球の裏まで行く羽目になる。

「あなた、断るという事を知らないの」

「断る?何を」

「……何でも無い。ワインがあるから、それも運んで」

 結局運ぶんじゃないか。




 車を運転し、玲阿家本宅に到着。

 銃を運び、ワインを運び、最後に足へ飛びついてきたコーシュカも運ぶ。

「遊んでる場合じゃないんだ」

「なー」

「乗るなよ」

「ふぅー」 

 頭の上で、暗闇に向かって威嚇し出すコーシュカ。

 俺には何も見えないが、彼女には敵視すべき何かが見えているようだ。

 その辺は俺も興味がないし、見たくもない。

「ふぁー」

 人の頭を踏み台にして、暗闇へ突っ込んでいくコーシュカ。

 全く意味が不明だな。

「ばうばう」

 今度は羽未がすり寄ってきた。

 ユウでないので背中には乗らず、軽く頭を撫でて母屋へと向かう。

「調子、どうだ」

「ばう」

「寒くないのか」

「ばうー」

 一応返事は返してくるコーシュカ。

 ただ、何を言ってるのかは分からない。

 そもそも、返事ではない可能性もあるが。


 羽未とじゃれていると、背後に気配。

 即座に水面蹴りを放ち、サイドキックで距離を保つ。

 しかしどちらも、手応えは無し。

 誰もいない訳ではなく、軽くかわされた。

「犬と話すな」 

 重々しく話すお祖父さん。

 いつから見てたんだ、一体。

「悩みでもあるのか」

「いや。いくらなんでも、犬には相談しない」

「お前は、どうも思い詰めるタイプだからな。父さんに似て無くもないが」

 この場合の父さんとは、俺から見てひいお祖父さん。

 俺が幼い頃に死んだため記憶はあまりないが、かなり厳格な人だったと思う。


 実際玲阿家の中でも、俺は若干異質。

 性格の差こそあれ、全員柔軟な思考の持ち主。

 犬に悩みを相談する人間はいない。

「自分の意見はないのか、お前には」

「無くはないけど、それは通るのかな」

「それを押し通すために、生きているんだろう」

 そんな大げさな話かな。

 というか、押し通せるのかな。




 翌日。

 昼休みに本部へ呼ばれ、段ボールの空き箱を見せられる。

「後で、捨ててきて」

 にこりと笑うモト。

 ここで、昨日お祖父さんから言われた事を思い出す。 

 自分の意見を押し通す、か。

「燃やしても良いのかな」

「処分方法は好きにして」

 軽く流された。

 何より、これを自分の意見と呼ぶのも虚しいな。


 ただ、それはそれ。

 ゴミを捨てなければ、貯まる一方だ。

「他に仕事はないのか」

 段ボールを潰して積み上げていると、ケイに声を掛けられた。 

 言いたい事は分かるが、今は特にやる事はない。

「無駄な事に力を使うなよ」

「だったら、何をすれば良いんだ」

「生徒会を潰して、草薙高校を支配。後は近隣の学校を平定する。卒業しても後輩に影響力を残して、悠々自適の毎日だ」

「何のために」

 普通に尋ねたら、嫌な顔をされた。

 疑問を抱く事すら、彼にとっては悪らしい。

「良い子ちゃんごっこはもう良いんだ。そろそろ大人に脱皮する時期だろ」

「学校を支配する大人って、それこそ恥ずかしいじゃないのか」

「例えだ、例え。まずはこの組織から行こう。目障りな奴の名前を挙げてみろ」

「別にいないぞ」

 ケイを見つつ、ぽつりと呟く。

 皮肉は通じたらしく、にこっと笑って膝蹴りを出してきた。


 訓練や試合なら、100回やって100勝てる相手。

 ただし今は、ルールも何もない状態。

 冗談でやってるならともかく、本気の可能性もなくはない。

 こちらから攻撃する事は控え、飛んできた膝を肘で軽く叩き落とす。

「ちっ」

 肘が膝へ張り付き、体が前へ流れる。

 接着剤が付いていたと気付いたのは、後頭部に気配を感じた後。

 素早く体をひねり、ケイの体ごと壁際に飛ぶ。

 受け身さえ取れば大怪我はせず、後頭部に打撃を加えられるよりはまし。

 いや。そうでもないか。


 今度は背中が壁に張り付き、動けなくなった。

 ケイはいつの間にかジーンズを脱ぎ、短パン姿で手を振っている。

「修練が足りないな。油断だ、油断」

「その格好で言うな」

「それもそうか。さてと、玲阿四葉に勝った男として報道部へ売り込みに行ってこよう」

 俺を残し、鼻歌まじりで歩いていくケイ。

 だから、下を履けよ。



 上着を脱ぎ、取りあえず壁から離れる。

 しかし、この上着自体はどう剥がすんだ。

「……融解剤が必要だと思うよ」

 思うよというか、それを手にしながら話しかけてくる木之本。

 見てたのなら、初めから言ってくれ。

「浦田君が一度試したいって言うから。でも誰もが壁際に飛ぶ訳じゃないし、自分がひっつく可能性もあるからね。あまり有効な方法とは思えない」

「飛ぶようにし向けるって事だろ。というか、これって綺麗に剥がれるのか?」

「洗濯すれば大丈夫。でも浦田君に、手を出さなかったね」

「それはどうかな」

 見える形での打撃は加えなかったが、お互いに密着した状態。

 やれる事はいくらでもあり、即効性の無い技もある。

 多分報道局へ行く前に、医療部へ行き先を変えているだろう。




 段ボールが満載された台車を二人で押し、ゴミの集積所へとやってくる。

 なじみの場所というか、最近は一日に一度は訪れる。

「猫がいるね」

「暖かいからな」

 建物の裏側は少し外へ突き出ていて、焼却炉の熱がそこから放出されるとの事。

 野良猫に気を遣うというのもよく分からないが、悪い話ではないだろう。

「にゃーにゃー」

 随分平坦な声で鳴く猫。

 の訳はなく、舞地さんが腰を屈めて猫の頭を撫でていた。

 しかし猫は愛想の欠片もなく、その手を避けて逃げていく。

「雪野みたいだな」

「はぁ」

「煮干しを買ってきて。木之本は、そのどら猫を学校の外へ」

 話の流れに付いていけないが、煮干しを買ってくる事だけは理解出来た。


 購買に売っていた駄菓子の煮干しを彼女に渡し、猫を眺める。

 勝手気まま、自由の代名詞のような生き物。

 野良猫は生活の苦労こそあれ、その最たる物だろう。

「猫にでも憧れてるのか」

 どうにも鋭いな。

 とはいえ、それに頷くほど子供でもないが。

「諦めろ。お前は一生、そういう人生だ」

「どういう人生なんです」

「人に尽くす人生。それはそれで、悪くないだろ」

「猫、連れて行きました」

 息を弾ませ戻って来るや、そう報告する木之本。

 それに重々しく頷く舞地さん。

 この人は多分、尽くされる人生なんだろうな。

 でもって、木之本の後ろを歩いてる猫は何だろうな。




 尽くす人生か。

 他人からすると、そんなに不幸体質に見えるのかな。

「俺って不幸なのか」

 集積センターからの帰り。

 自販機の前で、お茶を飲みながら尋ねる。

 木之本は苦笑して、俺と自分の顔を交互に指さした。

「似た者同士だから答えにくいけど。多分、バラ色の人生ではないと思うよ」

「俺は至って普通のつもりだぞ」

「本人が良いなら、それで良いんじゃないかな」

 逃げられたというか、遠回しに肯定された気もする。

 つまり、俺が世間からずれてるって事か。

「みんなの言う事を聞いて、何が悪いんだ。それに、自分の意見が正しいって訳でもないだろ」

「僕に言われてもね」

 それもそうだ。


 ただ木之本以外の人間にこんな事を言えばどうなるか。

 鈍い俺でも想像は付く。

 馬鹿にされるくらいなら、まだまし。

 サトミにでも聞かれれば、1時間くらいの説教は覚悟した方が良い。

「どけ」

 荒い声を出し、自販機へ手を伸ばす男達。

 確かにここで立ち話も迷惑か。

 そう思った途端、自販機が派手な音を立てた。

 ジュースが出てきた訳ではなく、蹴りつけられたから。

 そのくらいで壊れるような作りではないが、蹴るために存在もしていない。


 取りあえず男の首にかかとを振り落とし、馬鹿げた行為を止めさせる。

「……他に、やり方は無かったの?」

「見過ごすよりはましだろ」

 倒れた男をまたぎ、一瞥もせずこの場を離れる。

 こんな連中の相手をしていても仕方なく、もしかするとまたゴミが出ているかも知れない。

 今は、そっちの方が気になるな。

「こ、こんな事をして、ただで済むと思ってるのか」

「自販機を壊して捕まるよりはましだろ。むしろ、感謝してくれ」

「ガーディアンでもないのに、調子に乗りやがって」

「いつまでもでかい顔が出来ると思うなよ」

 捨て台詞を残し、仲間を担いで去っていく男達。

 すぐに追いかけようと思ったが、木之本に袖を引かれた。

「殴られるよう、誘ったのかも知れないね。トラブルになるよう、初めから計算してたとか」

「だったら、それを防げば良いだけだろ」

「そうなんだけど。一度相談してみよう」

「俺はしたくないな」




 同じ顔で、一緒にげらげら笑われた。

 だから嫌だったんだ、相談なんて。

「君は若いね。挑発に乗るね。冷静さって物がないね」

「控えめにやったつもりだ。大体、あの場で全員倒せば終わりだろ」

「映像撮られてるぞ、絶対。木之本君みたいに」

 にやにや笑いながら指摘するケイ。

 それは困るかも知れないが、だったらその映像も消せば良いだけ。

 どうやって消すも知らないが。

「まあ、俺に任せろ。悪いようにはしない」 

 映画に出てくる悪役って、大抵こういう台詞を口にする。

 でも、本物もそう言うんだな。

「相変わらず、元気だね」 

 ケイよりは品の良い笑顔で笑うヒカル。

 そんなに微笑ましいエピソードとも思えないが、昔だとこういう事は日常茶飯事。

 懐かしい気持ちは無くもない。


「木之本君、連中の特徴覚えてる?」

「全員大柄で、統率は意外と取れてた。運動部だと思うよ」

「ふーん。ショウは」

「俺もそう思う。拳にタコがあったから、空手部かもな」

 この辺の因縁は相変わらず。

 中等部に入学して以来、ずっと引きずっている。

 俺は引きずりたくもないが、相手がそれを許してくれない。


 ケイは卓上端末を引き寄せ、学内にある空手部のリストを表示した。

「前揉めたのがここで。……この中には」

「暗かったから言い切れないが、多分いると思う」

「身元が割れても問題なし、か。覚悟はあるんだな」

 あまり性質の良くない微笑み。

 こいつに相談したのって、絶対失敗。

 今なら目の前にいるのが悪魔だと言われても、俺は素直に頷ける。

「心配するな。SDCとのトラブルには発展しない。代理を立ててやるから」

「武士にでも頼むのか」

「そんな芸の無い事はしない。決行は明日。今日は準備があるから、少しだけ残ってくれ。なんか、わくわくしてきたな」

 全く読めない話。

 だが今は、こいつの話にすがるしかない。

 悪魔と契約を交わした人間って、もしかするとこんな心境なんだろうか。




 翌日。

 相棒を伴い、空手部へとやってくる。

「交渉は俺がやる」 

 喉元で笑いながら、部室のドアを叩くケイ。

 インターフォンや監視カメラは事前に壊してあり、それ以外に呼び出す方法も無いんだが。

「……なんだ、お前ら」

 俺達を見るや、露骨に動揺する道着姿の部員。

 その反応に、ぞろぞろと空手部が部室からあふれ出してくる。

「廊下になるけど、どうだ」

「むしろやりやすい」

「頼もしいね。……済みません、ちょっとお話があるんですけど。最近、自販機を壊す生徒がいるって聞きまして。今生徒会で調査してるんですが、俺達はその下請けを頼まれましてね」

 ねちねちとした入り方。

 相手がそれでも話しに付き合っている間に、相手の人数と立ち位置を確認。 

 野次馬や壁との距離も。


 ケイの長話に相手が飽きてきた所で、軽く足を踏みならす。

 状況が確認出来たという合図。

 事前に話し合った訳ではないが、それは今更だ。

「……木之本、煙幕玉みたいのあるか?」

「あるよ」

 ウェストポケットから小さな球を取り出す木之本。

 今日は妙に積極的だな。

「俺が突っ込んだら、それを部室に放り投げてくれ」

「分かった」

 今度はケイが調子の良い台詞を並べ立てながら、後ろへ下がる。


 それを合図に前へ出て、ケイの肩を掴んでの跳び蹴り。

 その上を小さな球が飛び、すぐに煙が部室から吹き出てくる。

「出来るだけ、背中を向けよ」

 嫌な忠告を受け、仕方なく体をひねって後ろ回し蹴りに切り替える。

 次いで裏拳から肘打ち。

 やりにくくて仕方ない。


 息が上がる前に、部室から出てきた部員は全滅。

 中にいた部員は煙で、そもそも身動きが取れないだろう。

「これはひどいな」

 ドアの横で警棒を構えていたケイが、中を覗き込んでぽつりと漏らす。

 出てきた奴を、片っ端から殴り付けていた人間の台詞ではない。

「お待たせしました」

 のたのたと、廊下を走ってくる大根。

 もう少し正確に言うと、巨大な大根のぬいぐるみを背負った武士。

 ケイはそれを見て床に転がり、木之本もさすがに肩を振るわす。

「へ、蛇を借りて来いって言っただろ」

「こっちの方が面白いって言われたんです。ここへ来るまで、笑われ通しですよ」

「笑わない奴がいるか」

 涙を流して床を転げ回るケイ。

 というか、大根のぬいぐるみって何だよ。

「四葉さんだって、山羊じゃですか」

 不満そうに俺の背中を指さす武士。

 そこには例の、山羊のぬいぐるみが縛り付けられている。

「好きで背負ってるんじゃない」

「俺だって」

 日頃の鍛錬とか努力とか、家風とか。

 お互いの背中を見ていると、何もかもが馬鹿馬鹿しくなってくる。

 ご先祖様が見たら、泣くか殺されるかのどちらかだ。




 本部へ戻ったところで、床を指さされる。 

 今度は間違いなく、正座をしろと言う顔のモト。

 俺も武士も、大人しくそれに従う。

 木之本も、ケイもまた。

「山羊が暴れたって、評判になってるけど」

「じゃあ、暴れたんだろ」

 げらげら笑いながら答えるケイ。

 空手部には、俺達の名前を出さないよう強く言い含めてある。

 連中の口から出てくるのは、何があろうと山羊と大根の話だけだ。

「本当、ごめん」

 低く頭を下げる木之本。

 俺と武士もそれに倣い、ケイはわざとらしく土下座する。

「……今日は木之本君に免じて許すけど、同じ事をやったら分かってるわよね」

「山羊だけに、大目に見てくれよ」

「命日って考え方もあるわよ」 

 物騒な台詞を残して去っていくモト。

 ケイは足を崩し、まだ肩を揺すって笑っている。


 例え山羊を背負いながらでも、それは言い訳にすらならない話。

 むしろ性質の悪い冗談とも言える。

 ただ相手が山羊としか答えない以上、モトも追求のしようがない。

 また今回は俺だけではなく、武士とケイ。

 そして木之本の連帯責任。

 責任は4等分され、俺への負担も軽減された。

 木之本が積極的だったのは、その辺に理由があるんだろう。

 自分が責めを負ってでも、俺への負担を和らげるようにと。

「悪いな」

「僕は何もしてないよ」

「ほのぼのするな」

 嫌な突っ込みをされ、苦笑気味に立ち上がる。

 確かに、のんびりしてる場合でもないか。




 ゴミ集積所へ段ボールを運び込み、指定された場所へ置く。

 もはや最近の日課で、ここに通うのが当たり前。

 むしろ通わないと、違和感を感じてしまう。

「あの山羊、やっといなくなったね」

 晴れやかな笑顔で見上げてくるユウ。

 ケイが山羊を背負わせたのは下らない言い訳より、多分ユウのため。

 この笑顔を見れば、そうだはっきり分かる。

 あいつ自身は、絶対認めないだろうが。

「でも、山羊はどこに行ったの?」

「一人部屋をもらったから、しばらくそこで過ごすんだろ」

「贅沢な話だね」

 ころころと笑い、集積所に集まっている猫へ駆け寄るユウ。

 日は傾き、焼却炉の熱が淡く外へ漏れ出ている。

 ユウの影と猫の影が重なっては離れ、切ない鳴き声がどこからか届く。

「今日も終わりだな」

「平和で何よりじゃないの」

「それもそうだ」



 空手部とのいざこざはあったにしろ、今は何もない時間を過ごしていられる。

 無為に過ぎる時間。

 そんな時を過ごせる幸福。

 自分の意見も主張も、決して無くは無い。 

 だけどこの平穏な日々に比べれば、それは取るに足らない事。

 この平穏な時を守る事。

 それだけが、俺の願いなんだから。






                              了












     エピソード   33 あとがき




 使い走りに甘んじるような人では無いんですが、本人は納得してる様子。

 そういう性格だから慕われ、頼られるんでしょう。

 その是非はともかくとして。


 本編でもあるように、彼は「学校最強」

 また作中内では、基本的に最強キャラ。

 彼が苦戦するシーンはほぼ皆無。

 そのくらい図抜けた存在という設定です。

 ケイが指摘する通り、「本気になれば学校の支配も可能」な人。

 能力的にそれが出来るのは本人も分かってますが、性格上不可能。

 自分の事より、まず他人。

 そういう人です。


 ただ彼の設定を「最強」にしたのは、今思えば助かったかなと。  

 つまりこの手の話でありがちな、「強さのインフレ」を起こさないので。

 常に彼が最上位。

 より強い存在が出てくる事はなく、それに伴い強さを増す必要もありません。

 逆を言うと毎回圧勝で、そういう意味では面白くも何ともないんですが。

 その分玲阿流など、学校外ではまだまだ未熟な存在。

 彼の父親達は前回の大戦を戦い抜いた精鋭揃いなので、当然と言えば当然。

 そんな環境に育ったからこその強さとも言えます。





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