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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第33話
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33-9






     33-9




 ようやくの週末。

 学校は休みで、ゆっくり布団の暖かさを満喫出来る。

 何よりサトミやモトちゃんの間に入って、気分を悪くせずに済む。

 どうして自分が苛々しなければならないのかは、疑問としてはある。

 ただ昨日沙紀ちゃん達が言っていたように、あの二人を叱る人間がいない以上私が何とかするしかない。

 そんな事を考えていると、すっと眠気が薄れてきた。 

 仕方ないのでベッドから出て、布団を窓に干して顔を洗う。

 まだ早いし、軽く外を走ってくるか。


 この前とは違い、目の前が暗くなる事もなく近所を一周して戻ってくる。

 結局あれの原因は不明。

 とはいえそれは今回に限った事でもなく、毎回何が原因かは分かっていない。

 医者でさえ推測によって説明するくらいだから、素人の私に分かる訳もない。

 またストレスから来るのだとしたら避けようもなく、やはりこれとの付き合い方を上手くしていく以外に無いだろう。



 シャワーを浴び、着替えを済ませて食堂へ足を運ぶ。

 テーブルにトレイを置き、手を合わせてパンをかじる。

 早朝という程の時間でもないが、休みとあって食堂に人影はまばら。

 今いるのはどこかへ出かける子か、生活習慣を規則正しく守るタイプの子だと思う。

 私は規則正しいとは言えないまでも、一応は後者のタイプとしておこう。

「おはよう。早いのね」

 トレイが置かれ、石井さんが前へと座る。

 その左右には、山下さんと土居さんも。

「説教じゃないけど、あの二人何とかならないの。学校もだけど、寮の空気も悪いわよ」

「努力はしてます。ただ、言って聞くような子達でもないから。大体3人とも先輩なんだし、注意するとしたら自分達でしょう」

「私達は北地区だから」

「あたしは昨日、睨まれたよ」 

 大袈裟に身震いする土居さん。

 冗談でやってるとは思うが、今の二人に睨まれたら寒気くらいはするかも知れない。


 だけど今言ったように、彼等は3年生。

 さらに言ってしまえば、サトミ達もただの女子高生だ。

「ちょっと気にしすぎじゃないんですか。誰にも食ってかかる訳でもないんだし」

「あなたは、怒られ慣れてるから耐性が出来てるんでしょ」

 コロコロと笑いながら、ご飯に生卵を掛ける石井さん。

 そういう部分は確かにあるだろうけど、どうも彼女達が誤解されているようで気分は良くない。

「何か不満?」

「そこまで気にしなくても良いって言いたいんです」

「そうかな。……と、来たわよ」

 不意に声を潜める石井さん。

 山下さんと土居さんは振り向きもせず、視線を自分のトレイへ落としたまま。

 私は構わず、顔を上げて周囲を見渡す。


 食堂に来ていたのはモトちゃん。

 少し眠そうで、私と目が合うと反対側へと歩いていった。

「おーい、こっち」

 そう声を掛け、半ば強引に呼び寄せる。

 でもって、石井さん達にすごい目付きで睨まれる。

「何も、呼ばなくても」

「友達と一緒にご飯を食べて、何が悪いんですか」

 ここはさすがに声を荒げ、机を叩く。

 しかし彼女達はこの世の終わりみたいな顔で、もそもそと食事を始めた。

「おはようございます」

 丁寧に挨拶をして、私の隣へ座るモトちゃん。

 石井さん達も小声で挨拶を返し、黙々と食事を進めていく。


 するとモトちゃんは最近あまり見た事のない愛想の良い笑顔を浮かべ、話を始めた。

「備品が返却されてないと伺ってますが」

「伺ってるって、土居さん」

「伺ってますが、石井さん」

 改めて言い直すモトちゃん。

 石井さんは顔の前で箸を回し、しかし何も答えは出てこない。

「卒業までに返した方が良いと思いますよ」

「何を借りたか記憶にないのよ。書類もないし、何も言ってこないし」

「北地区の英雄には、クレームを付けにくいようです」

 多少冗談っぽいセリフ。

 これもやはり、最近の彼女には珍しい。


 石井さんは鼻で笑いそれに応え、湯飲みに手を伸ばした。

「私は英雄でもなんでもないわよ。返却するリストを後で届けるよう言っておいて」

「分かりました。それと、山下さん」

「全部返したわよ、私は」

「ええ、引き継ぎも完了しています。お疲れ様でした。ただ、私物が幾つか残っているそうですのでその引き取りを」

 怪訝そうな目付きで見返す山下さん。

 モトちゃんはそれを受け止めながら、おかゆに口を付けていく。

「あれは後輩のために置いていったの。みんな、ゴミとでも思ってるの?」

「高額な物もあったので、一応。では、その旨を伝えて頂けますか」

「分かった。分かりました」

「それで、土居さん」

 ため息混じりに顔を上げる土居さん。

 モトちゃんはポケットから小さな紙袋を取り出し、それを彼女の前へと差し出した。

「プレゼントだそうです」

「あ、誰から」

「それはちょっと。直接渡すのは、心苦しいとかで」

「参ったね」

 表情を緩め、大切そうにポケットへとしまう土居さん。

 急に空気が、ほのぼのとし始めたな。


 モトちゃんは残りのおかゆを食べ終え、湯飲みでゆっくりとお茶を飲み出した。

「私よりも、皆さんの方が怖がられているようですね」

「どうかな」

「さあ」

「あたしは慕われてるんじゃないの」

 これでは人の事を言えないな。


 ただ、疑問が少し残ったまま。

 疑問というより、好奇心だろうか。

「で、北地区の英雄って誰?」

「それは土居さんや風間君。私は別に」

「学校と生徒会に敢然と立ち向かった英雄よ。間違いないわ」

 薄く微笑みながら説明する山下さん。

 対して石井さんは仏頂面でサンドイッチを口へと運び、土居さんは鼻歌混じりでお茶漬けをすすっている。

「紙袋がどうっていう、あれ?」

「それはきかっけというか、本筋ではないんだけど。後、本当は北地区じゃなくて南地区で仕掛けるって計画もあったらしいわよ」

「ふーん」

「何にしろ、昔の話。過ぎた事よ」

 幾つもの出来事、思い、感慨。 

 それを一言で片付ける石井さん。

 私も今の日々を、そうしていつか振り返る事が出来るのだろうか。




 結局モトちゃんとはその後話も出来ず、自室へと戻る。

 特に予定はない。

 だったら、あの二人をどうにかするのが先決。

 モトちゃんはとりあえず一度顔を合わせたので、次はサトミか。


 まずは彼女の部屋に行き、一応は遠慮してドアの外から連絡をする。

 気だるげな声だが、ロックが解除されてドアが開く。

 部屋に入るとサトミはベッドサイドに腰を下ろして、目を閉じたまま端末を手に持っていた。

「寝てるの?」

「今起きたばかり」

 パジャマ姿で、長い黒髪も乱れたまま。

 端正な顔にも血の気は薄く、放っておけばこのまま寝てしまいそうだ。

「……はい。……強化の遅延では対応出来ないんですか。……ええ、定率強化で。……はい、また後ほど」

 ため息と共にベッドへ置かれる端末。

 しかしすぐに彼女はそれを手に取り、耳元へと近付ける。

「……アイソトープの計測では、年代も一致していましたが。……紋章を見る限り、周辺のカーブが若干異なると思います。……それはケルトの専門家に伺って頂いた方が。……はい、では」

 落とされる端末の電源。

 サトミは目を閉じたままため息を付き、手元を動かしてテーブルの上にあった書類を手に取った。


「何か、用」

「用というか、モトちゃんとの事なんだけど」

「私達の問題であって、他人にあれこれ言われる事じゃないわ」

 引っかかりをかじる言葉。

 確かに彼女とは血縁ではない。

 ただ、他人という一言で終わらせる関係ではないとも思っている。

 少なくとも、私としては。


「他人って、誰の事言ってるの」

「ユウ以外に、誰かいるの」

 はっきりと。これ以上ないくらい明確に指摘するサトミ。

 思わず彼女を強く睨み返し、裏拳で壁を叩く。

「それ、何」

「言った通りの意味よ」

「本気で言ってるの」

「本気って何」

 もう一度壁を叩き、部屋を飛び出す。


 これ以上は我慢の限界を越える。

 自制心とか落ち着くとか、そういう事は全く不可能。

 不機嫌さを隠す事もなく廊下を進み、自室へと戻る。


 悲しさや理解されない事の辛さ。

 そういう気持ちは無くもない。

 だがそれ以上に怒りが先に立つ。

 壁を睨み、震える拳を何度も押しつける。

 荒い息、真っ白な頭の中。

 今はもう、何も考えられない。


 どれだけそうしていたのか。

 気付くと床にしゃがみ込み、右の拳を左手で包み込んでいた。 

 血が出ていたり、赤くなっている事もない。

 時計を見ると、もうお昼前。 

 せっかくの休みに何をやってるのか、自分でも馬鹿馬鹿しくなる。




 気付けばお昼を過ぎていた。

 部屋にこもっていても仕方なく、食堂でご飯を食べる。

 朝ほどではないが、やはり人の姿は少なめ。

 ふと見ると、モトちゃんが1人でナポリタンを食べていた。

 天ぷらうどんの乗ったトレイをその前に置き、彼女の様子を窺いつつうどんをすする。

「どうかした」

 一応は、私に関心を向けてくれるモトちゃん。

 ただ普段のような明るさや親しみやすさはなく、前に来たから尋ねたという感じ。

 それに多少引っかかりを覚えつつ、サトミの事を口にする。


「他人、ね」 

 含みを持った言い方。

 言葉以上に物語る表情。 

 彼女が何か言うより早くうどんを食べ終え、トレイを片付ける。

「聞かないの」

 背中に掛けられる声。

 彼女もトレイを返却用のカウンターへ置き、私の顔を覗き込んできた。


「だって、結局は他人でしょ」

「誰が」

「私達は。ユウも、サトミも」 

 本当、うどんを食べ終えていて良かった。

 もし目の前にあれば間違いなくひっくり返していたか、床へ叩き付けていた。

「本気で言ってる?」

「じゃあ、他人以外の何」

 ここまで言われて、あれこれ言葉を並べ立てる気もしない。

 すでに結論が出ている問題であり、それを覆す事は容易ではない。


 いや。もう不可能だろう。

 二人の仲が、とまでは言わない。

 だけど、私の限界はもう越えた。

 言い訳にもなるが、これ以上は視力にも関わって来かねない。

 後は、二人で好きにやればいい。

「分かった。もう、私は知らない」

「世話を焼いてなんて、頼んでない」

「だから、知らないって言ったでしょ」

 壁に拳を叩き付け、ヒビを入れてどうにか感情を抑え込む。

 一瞬にして食堂が静まりかえるが、それも私の知った事ではない。

 もう私には、何も関係のない事だ。

 だからここにいる理由もないし、話す事は何もない。

 振り返る事もなく、私は早足で食堂を後にした。




 自分なりにあれこれ考え、心を砕き、痛めたつもりだった。

 でもそれは、何の意味もなかった。

 二人には迷惑だったというだけで。

 だったら、私に出来る事は何もない。

 部屋の中を見渡し、壊せる物がないか探す。 


 クッションを壁にぶつけ、雑誌を床に叩き付け、端末をベッドの上に落とす。

 そのままキッチンに行って食器棚を開け、中から皿を取り出す。

 それを持ち上げたところで、ふと思い出す。

 どこにでもある、量産品の皿。

 だけど、彼女達と一緒に食事をした時の事を。

 震える手で棚へと戻し、グラスを手に取る。


 夏の暑い日。

 このグラスに氷を浮かべ、夜遅くまで話し込んだ事もあった。

 たわいもない事をいつまでも、3人肩寄せ合って。

 グラスを戻し、目の生えたジャガイモを持ってシンクに投げる。

 食べ物を粗末にするのはやはり抵抗があり、勢いとしては知れた物。

 せいぜい水が跳ねて、顔に掛かる程度。

 キッチンは諦め、部屋に戻って何かを探す。


 机の上にある小さな置き時計。

 二人が可愛いと褒めてくれた物。

 壁に掛かったブルゾンも。

 今着ている服も。

 二人に手伝って模様替えした部屋の中。

 一緒に運び込んだローテーブル。

 棚の上には、みんなで撮した写真が飾ってある。

 勿論、サトミとモトちゃんも写った写真が。




 一気に疲れが押し寄せ、ベッドに倒れ込んで目を閉じる。

 何もしたくないし、それ以前に出来そうにない。

 絶望。

 そんな言葉すら脳裏をよぎる。

 二人がいないのなら、人生には何の価値もない。

 二人がいるからこその自分であり、自分の人生。

 ケンカをしようと、仲違いをしようとそれは変わらない。


 変わらないけど、二人はいない。 

 自分からその手を離したから。

 自分から離れてしまったから。

 つなぎ止めようと頑張ったつもりが、むしろ逆に遠ざける結果となった。

 全ては自業自得で、自分の責任。

 だが、今更悔やんでも仕方ない。

 私自身まだ気持ちの整理は出来ていないし、笑顔であの二人に接するだけの余裕もない。

 何よりあの二人が、私を許してくれるかどうかも分からない。


 ケンカ別れなんて自分には縁の無い事だと思っていた。

 ドラマか映画の中だけの、遠い出来事だと。

 所詮は作り物で、虚構の世界。

 自分には関係がないんだと。


 だけど人間が考えた話。

 誰にも起こりうる出来事なんだと、今は強く理解出来る。

 出来たからといって、何の解決にもなりはしないが。

 とりあえず少しだけ散らかった部屋を片付け、キッチンでジャガイモを野菜入れに戻す。

 良くも悪くも、自暴自棄になる程の度胸は備わってないらしい。

 部屋に閉じこもっていると、多分もっと落ち込んでくる。

 どこでも良いから、一旦外に出よう。



 特に当てもなく、駅前へと向かう。

 心境としては、姉妹とケンカしたようなもの。

 姉も妹もいないので、正確には分からないが。

 コーヒーショップでテイクアウトのホットミルクを頼み、冷たい風に吹かれながらロータリー前でそれを飲む。

 体が冷えた分ホットミルクの温かさが嬉しく、少し気分が楽になる。

 ロータリーには家族連れやカップル達。

 友達同士で楽しそうにしている姿が多く目に付く。


 休日のありふれた光景。

 少しまでなら、私もそちらの側にいた。

 でも今は、1人ホットミルクを抱えている。

 もう二度と、あの頃へは戻れない。

 ただそれは、当たり前の事。

 時を遡れはしないし、やり直しも利かない。


 だからこそ、今の私達が存在する。

 小さな幾つもの出来事の積み重ねによって。

 振り返れば、決していい思い出ばかりでもない。

 思い出したくないような事、腹立たしい事も数多くあった。

 私はそれに目をつぶり、都合のいい面だけを追い続けていたのかもしれない。

 なんにしろここで悔やんでいても仕方なく、ただ解決方法がある訳でもない。

 だから結局は、ここで一人風に吹かれる以外にする事は無い。




「彼女、一人?」

 かなり軽い口調。

 地面へ落ちていた視界に入る、幾つもの靴。

 ナンパかと思い、顔も上げず無視を決め込む。

 今は相手をする気にもなれず、口を利くのすら腹立たしい。

「あれ、無視?冷たいな」

「中学生かな。もっと暖かい所で飲もうよ」

「何もしないって、何も。いや、本当に」

「ちょっと顔を見せて……」

 視界によぎる腕。

 意識するより前に体が反応し、それを避けて横へステップを踏む。


 人数は4人。

 端から順に、一撃で終らせる。

「どうかしましたか」

 少し固い、慣れた口調。

 一瞬この間の議員が脳裏をよぎる。

 あの場合は、演説や挨拶に精通していた。

 この場合は、トラブルに精通してると考えるべきだろう。

「なんだよ、俺達は今楽しい所……」

「馬鹿っ。ディフェンス・ラインだ」

 小声で叱責する誰か。

 それに空気が一変し、全員が一斉に下がり出す。


 良く見ると人の事は言えないが、幼い顔ばかり

 彼等こそ、間違いなく中学生だろう。

「ナンパも良いけど、相手が困ってるなら止めて下さいね」

「それは勿論」

「はは、失敬」

「というか、毎回失敗じゃないか」

「いつか、いつか成功するんだよ」 

 手を振りながら、そして楽しそうに去っていく中学生達。

 私が手を振る義理は無く、さすがにそんな心境でもない。

 隣に立っている、赤いバンダナを巻いた女の子は違うようだが。


「ご迷惑かとも思いましたが」

「いや。そうでもないけど。まだ、やってたんだね」

「勿論です」

 自身と誇りの込められた、揺らぎ無い返事。 


 不祥事によって一度は組織が壊滅に近い状態にまでなった、ディフェンス・ライン。

 それでも彼女達はこうして活動を続け、また認知も受けている様子。

 またそれは、かつての強引な手法とも違うように見受けられる。

 きっと彼女達は努力を惜しまず、日々精進し、今の自分達を気付いたんだろう。

 そして今の立場を。

 あの頃の状況を考えれば決して楽とは言えない道のりだったと思う。

 またそれに終わりも無い。

 だけど彼女はその歩みを止める事無く、前へと進んでいる。


「大丈夫ですか」

 不安げに声を掛けて来る女の子。

 そういえば、名前も聞いた事なかったな。

「えと、ごめん。名前は?」

笹岡ささおかと申します」

「私は雪野優。今日も仕事?」

「仕事というか、ボランティアですね。余計なお節介というのは承知してるんですが、それが1日に1度でも役に立てばいいと思って」

 明るい、自信に満ちた笑顔。

 今の私には眩しい、遠い昔に忘れてしまったような。

「よかったら、私達の所へ来ますか?ここよりは暖かいですし」

「迷惑じゃないの。前、色々あったでしょ」

「それは昔の事ですから」

 笑顔でそう答える笹岡さん。

 一度は敵対したはずの私に対しても。

 今はそんな彼女が、ただ眩しく見える。



 彼女に連れられ、雑居ビルの2階へとやってくる。

 神宮駅と金山駅の中間地点辺りで、多分借りるだけでもそれなりのお金が必要なはず。

 ドアの前には「ディフェンス・ライン」と大きく書かれたプレートが貼ってあり、ガラス張りのそのドアからは中の様子も窺える。

「どうぞ」

 勧められるまま中へと入り、こちらをトレースしてくる監視カメラと目を合わせる。 

 これは保安上、どうしようもないだろうな。

 私としては、全く馴染まないシステムではあるが。


 壁には本棚や装備品が並び、幾つかのテーブルには若い子が集まっては楽しそうに話している。

 彼らのトレードマークである赤のバンダナは巻いてなく、ディフェンス・ラインではないようだが。

「あの子達は、遊びに来ているだけです。別に情報を取るとか協力してもらうって事ではないので」

 そこまで疑っては無いが、以前の彼らを知ってるだけにそうですかと素直には頷けない。

 とはいえ見ている限りはかなり慕われているようで、私が穿った見方をしすぎなんだろう。

「今、お茶をお持ちします」

「ありがとう」

 誰もいないテーブルの端に座り、置いてあった広報誌をめくる。


 「東海地区・ついに独立。今後は提携団体として協力関係に」


 東海地区というからには、間違いなくここも含まれるはず。

 どこも、平穏無事な毎日とは言っていないようだ。

 ただ記事の内容は、広報誌のせいもあるだろうけど比較的円満な関係だとなっている。

 話半分にしても、解体されるよりはましだろう。

「冷めない内に」 

「どうも」

 差し出されたのは、ティーカップ。

 透き通った茶褐色の紅茶の中に、緑色のハーブが揺らめいている。

 随分手の込んだ物というか、どこかで聞いた話を思い出す。

 誰かが、こういう事をやっていた……。



 咄嗟にスティックを掴み、席を立つ。

 紅茶を運んできたのは、笹島さんじゃない。

 鋭い目つきと隙の無い佇まい。

 忘れもしない顔。

 いや。忘れてはならないと言うべきか。

「峰山、さん?」

「久しぶりだな。というほど顔を合わせた訳でも無いが」

 動揺する私を尻目に自分の分をテーブルへ置き、席に座る峰山さん。 

 笹岡さんは他の子達と話をしていて、ここに加わる様子は無い。

「警戒をするのは良いが、程ほどにしてくれ」

「え、ええ。分かってます」

 スティックを元の長さへ戻し、ブルゾンのポケットにしまって席に付く。


 彼に悪意が無かったのは、今となってはもう分かっている。 

 ただそれは知識としての部分。

 私の中のイメージや記憶。

 なにより感情として、そこまですぐには割り切れない。

「連合が解体されたが、大丈夫かな」

「組織としては、どうにかまとまっています」

「生徒会も敵に回してか。俺達の頃でも、そこまで無茶じゃなかった。少なくとも生徒会は掌握してたからな」

「私に用なんですか」

「偶然だ。別に話す事も無い」

 少し拍子抜けのする返事。

 笹岡さんを使って私を連れてこさせたとも思ったが、それは自意識過剰だったようだ。


「自分こそ、ここに何の用だ」

「笹岡さんに誘われまして。暇なら、遊びに来いって」

「暇?」

 微かに動く眉。

 鋭くなる視線。

 私の行動パターンや性格を把握していれば、そこから答えを導き出すのは大して難しい事ではない。

「他の友達は」

「ちょっと、事情がありまして」

「仲違いか。まあ、そういう事もある」

 非常にそっけない返事。

 変に慰められたり、詮索されるよりはましか。


 ただ若干の反発を覚え、多少強めの口調で聞き返す。

「自分こそ、ここで何してるんですか」

「昔を懐かしんでるだけだ。今は何の関わりも無いが」

 彼は草薙高校の自警局長という肩書きを以前持っていた。

 退学後はここで支部長を務めていた。


 今は、そのどちらも辞めている。

 何のためにかは、言うまでも無く学校のために。

 彼が辞めてしまった原因は、無論本人の意思が前提にあるとはいえ形としては私達が追放した事になっている。

 その責任は、私達が負うべきものだろう。

「今更言えた義理でもないが、一言」

「なんですか」

「そういう心の隙を突いて来る人間は必ずいる。仲違いも結構だが、気を付けた方がいい」

「分かってます」

「だといいが、君はそういうタイプには見えない。それと仲間の事より、まずは自分の事を考えろ」

 思わず彼を見返し、テーブルに両手を付く。

 仲間を犠牲にして自分だけが助かって、何の得があるというのか。

 その後で、どんな人生が待っているのか。

 いや。私が言わなくても、彼が一番理解しているか。



 物思いに沈んでいると、再び声を掛けられた。

「なんか、奇妙な取り合わせだな」 

 珍しく声を立てて笑う阿川君。

 いつのまにというか、どうしてここに。

「この組織とは、多少接触があってね。たまに顔を出している。名古屋に戻ってきてるのなら、連絡くらいしたらどうだ」

「今更連絡する義理も無いだろ」

「つれない男だ」

 苦笑して彼の隣に座る阿川君。 

 彼らは中等部、北地区からの知り合い。

 お互いの気心は十分に知れていて、今までの経緯は自分達の過去そのものでもある。


「小泉君は?」

「さあ。年末に連絡を取ったが、会ってない」

「冷たいな」

「君に言われる程じゃない。高校生をいじめるのは、もう止めたのか」

「今は、俺が高校生だよ。本当、時が経つのは早い」

 しみじみと呟く阿川君。


 中等部も含めれば、6年。

 もう少しすれば、卒業の時期。

 そうなれば、関わりたくても関わる事は出来ない。

 峰山さんにしても、いくら学外にいるとはいえそれは同じ事だろう。



 ここで、ふと気付く。

 目の前にいるのは3年生二人。

 彼等は対学校という面でも、私達の先輩のはずである。

「私達がふがいないとは思わないんですか」

 ずっと抱いている疑問。

 不安とでも言うべきか。

 なしくずしに規則が改正され、連合も解体。

 全てが学校のペースで進み、彼らは卒業というところまで追い込まれている。

 全てが自分達の責任とは言わないが、私達の力不足の面は否めない。

「ふがいないのは俺達で、君達は良くやってる。生徒会すらも敵に回して、五分にまで持ってきてるんだから」

「そういう実感は無いんですけど」

「組織が解体された時点で終ったと、俺は外から見てて思っていた。だから傭兵を動かす事も考えたんだが、今でも君達は抵抗を続けているし学内でも支持を得ている。少なくとも自信を持って良いし、誇れる事だ」

 法外と思える程に誉めてくる峰山さん。


 しかし私は自分で言った通り、何の実感も無い。

 組織は消え、内部では分裂し、停学者まで出た。

 支持と言っても明確なものではなく、むしろ避けられる事もしばしばある。

 自分達の立場すら危うく、管理案を廃止させる前に自分達がいなくなる可能性もある。



 私の思いをよそに、峰山さんは話を続ける。

「もう一度言おうか。屋神さんや河合さん達の時は、生徒会として学校に対抗をしていた。それでも俺達はあっさりと追い込まれ、敗北した。だけど君達は学校も生徒会も敵に回して、それでも負けずに今の立場を維持している。無論生徒会にも手助けしてくれる存在があるにしろ、組織として敵なのは変わりない」

「そうですけど。規則は導入されたし、今の話し合いにしても規則の変更が前提ではなくて単なる意見聴取ですよ」

「それだけ学校も努力をしたんだろう。だが当時は、生徒会の幹部のみで戦ったのが敗北の理由でもある。学内全体に支持を広げる前に、処分を下された」

「私達も支持を受けているとは思えませんが」

「それは君の主観だ。生徒会や学校は支持を受けてると判断したからこそ、交渉相手に選んでいる。単なる武装集団と思われてるのなら、力ずくで押さえ込めば事足りる」

 冷静に分析をする峰山さん。 

 ただ阿川君はその隣で、興味なさげに警棒を磨いている。


「退学までしたのに、随分熱いな」

「お前が覚めすぎてるんだ」

「それは失礼した」

 全く取り合わない阿川君。

 ただ彼が全く無関心かどうかは、分からない。

 少なくとも当時の経緯を知っている数少ない3年生の一人であるし、当時学校と戦った人達とのつながりも深い。

 こうした素振りからだけでは判断出来ないだろう。

「……なにか、騒がしいな」

「嫌な予感がする」

 多分珍しいだと思うが、峰山さんの顔に焦りの色が浮かぶ。

 それは阿川君も同様。

 この二人が慌てるという事態はめったにないはずで、もしくは彼らを困らせる存在と言うべきか。


「どうした」

「それが、その。銃を持った男性が」

「俺達の知りあいだ。通してくれ。銃を持ったままでいい」

「でも」

「下手だから、撃っても当たらない」

 ドアの辺りの騒ぎが少し収まり、人込みの中から本当に銃を持った男性が現れた。

 銃口をこちらに向け、大声で笑いながら。

 知り合いでなければ正気を疑ったところで、実際正気かどうかも分からない。


「何だ、同窓会か」

 銃をテーブルの上に置き、さらに大笑いする風間さん。

 峰山さんは銃倉を取り出し、空なのを確認して銃をテーブルの下へと置いた。

「どうしてここが分かった」

「下に、お前のバイクがあった。ナンバーも前のままだったしな」

「なるほど」

「しかし、良く戻ってこれたな。袋叩きに遭うぞ」

 げらげらと笑い、峰山さんの頭を無遠慮に叩く風間さん。

 彼でなければどういう事態を招くかは想像も出来ず、また峰山さんがそれほどこの状態を受け入れてるとも思えない。

 抵抗も何もしないのは、そうしても虚しいだけだと悟ってるのかもしれない。


「雪野。お前も、こんな連中とは付き合うな。峰山は退学、阿川は小学生で高校生を恐喝。ろくなにんげんじゃない」

「悪かったな」

「俺達はどうしようもないよ。君と違ってね」

 皮肉っぽく笑う阿川君。

 峰山さんも微かにだが笑顔を浮かべる。

 信頼しあった、距離と時を経ても変わらない関係。

 それを今私は、確かな現実として知る事が出来た。


「みんなは、ケンカしないんですか」

 何気ない、ただ今の私には大切な質問。

 事情の分かっている風間さんと阿川君は苦笑して、峰山さんは何の事かという顔をしている。

「こいつらは落ち着いてるから、俺が何をやってもケンカにならん」

「無かった訳では無いんですよね」

「まあな。言い合いくらいはしょっちゅうあった」

 つまりはそのくらい親しい間柄、という事でもあるんだろう。

 私達もそうだった。

 と、過去形でしか言えないのが残念だが。

「しかし、町の自警団か。何が楽しいんだ」

「俺に言われてもね。峰山君に聞いてくれ」

「基本的にはガーディアンと変わらない。学内という枠に捉えられないと考えればいい」

「良く分からん。大体評判悪いだろ、ディフェンス・ラインって」

 げらげらと笑い机を叩く風間さん。

 ここがどこの事務所か分かってるんだろうか。


「さてと。まったりしてても仕方ない。峰山、お前いつまでいるんだ」

「今日中には発つ。一応やる事もある」

「何をやるのか知らんが、せいぜい頑張れ。それと、1度くらいは高校へ来い」

 それには答えない峰山さん。

 答えを待たず去っていく風間さん。

 阿川さんも、黙ってその後に付いていく。


「こういう言い方もどうかとは思うが、俺には何も出来ない。後は、君達自身で頑張って貰う以外に無い」

「学校には戻らないんですか」

「退学した以上、それは出来ない」

 低い、苦渋に満ちた口調。

 退学していても、立ち寄る事は不可能ではない。

 ただ彼は、学校に足を踏み入れようとはしない。

 おそらくは自分自身のルール。 

 そして推測だが、辞めていった仲間達を思って。

「大した力にはなれないが、陰ながら援助はする」

「ありがとうございます」

「後は、自分達が退学しないよう気を付けるように」




 先輩。

 まさに先輩の言葉の意味は重い。

 ただ彼にしろ他の人達にしろ、自分から退学したと聞いている。

 そこまで追い込まれたというよりは、退学しなければ申し訳ないと心情的に思ったのだろう。

 そのくらい悲壮な覚悟で、先輩達はこの事態に望んでいた。

 ただ私は、自分から辞めるという選択を選ぶ気は今のところ無い。

 その理由も無いし、辞めて何かが解決するとも思えない。

 ただ先輩達も、もしかすると始めは私と同じ心境だったかもしれない。

 それでも彼らは、自ら退学という道を選んだ。

 少し、身辺整理くらいはした方が良さそうだ。



 寮の部屋を簡単に片付け、食堂へとやってくる。

 廊下まで聞こえていた笑い声は、私が中へ入った途端波が引いていくように消え去った。

 何事かと思いつつ和食のセットを受け取り、空いてるテーブルへ腰を下ろす。

 笑い声も話し声も無い、静かな食堂内。

 食器をテーブルへ置く音が時折響き、まるでそれすらも咎めるような空気。

 一体、何事なんだ。

「こんばんは」

 目の前に置かれる、ビーフ・ストガロノフ。

 食欲はそれ程そそられず、何より目の前に座った人間に力を落とす。


「何か、用」

 怪訝さを隠せずそう尋ね、動かしていた箸を止める。

 矢加部さんは大きな肉の塊を器用に切り分け、それをゆっくり口元へ運んだ。

「評判悪いですよ」

「誰が。自分が」

「なんですってっ」

 声を荒げ、テーブルを叩く矢加部さん。

 それに大して一斉に注目が集まり、何人かは慌ててトレイを片付け逃げ出した。

「失礼を。あなたの事を言ってるんです」

「サトミとモトちゃん。で、今度は私?」

「お昼に食堂で、壁を壊したでしょう」

「ああ、そういえば」

 ただよくあるとは言わないが、壁を壊すなんて今更の話。

 それに少し表面が割れたくらいで、塗装すれば直るくらいの事だ。


「あの二人とケンカしてるんですか」

「どうして」

「非常に迷惑です」

 あの二人には言わなくて、私には言う訳か。

 この辺は、如実に人間関係が現れるな。

「あの子達はともかく、私がケンカしてても問題ないでしょ」

「本気で言ってます?」

「何を」

「自分の立場を理解しているのかと聞いているんです」

 そんなにすごまれても困るし、立場と言う程の立場は無いと思う。

 大して目立つ存在でもないし、実際小さくて目立たない。

「あまり私からは言いたくないんですが、あなた達の立場をご説明しましょう。まず元野さんは、誰もが認めるリーダー。誰にでも好かれて、敵も少ないです。統率力もあって、実行力も伴っています」

「サトミは」

「あの才能とあの容姿。それについては、誰も否定のしようが無いでしょう」

 多少表情が曇るけど、これはモトちゃんに比べ彼女との距離があるせいだろう。

 ただそれは私も分かってる事で、改めて言う話でもない。


「私は?」

「え」

 そんなに驚かれても困るし、始めから私の話じゃなかったのか。 

 しかし矢加部さんはそこで話を終らせ、綺麗に切り分けたお肉を食べ出した。

 誰が敵って、間違いなくこの人だから仕方ないか。


 二人で何となく睨み合っていると、笑い気味に声を掛けられた。

「へろー」

 かなりずれた挨拶とともに現れる池上さん。

 その後ろからは、影のように舞地さんも付いてきた。

「どうしたの。寮に用事?」

「もうすぐ卒業だから、私物を片付けてたのよ」

「寮には住んでないじゃない」

「部屋が無いとは言ってないじゃない」

 うしゃうしゃと笑い、人の頭を撫でる池上さん。

 それで室内の空気が少し和み、小声ではあるが話し声も起き始めた。

「それにしても、すごい取り合わせね」

 私と矢加部さんを指指し、もう一度笑う池上さん。

 私が彼女なら、もっと大笑いしてる状況だと思う。


「雪ちゃんのいいところは、強い所でしょ。その辺の男なんて目じゃないし、玲阿君とでもやり合える。そんな女の子、この学校にいないわよ」

「私より強い人はいるんじゃないの」

「それと、親しみやすさね。智美ちゃんはやっぱり、頭一つ上の存在。聡美ちゃんは、雲の上の存在。その点雪ちゃんは、こうして肩を並べられるじゃない」

 私の肩を抱き、くすくすと笑う池上さん。


 彼女が私をここまで評価してくれているとは知らなかったし、口に出すとも思わなかった。

 それはそれで素直に嬉しく、ついそのぬくもりに甘えてしまいたくなる。

 今は無い、自分から捨ててしまったぬくもりに。

「あの二人は」

 そんな池上さんとは対照的に、覚めた口調で尋ねてくる舞地さん。

 彼女が私を誉める事は、多分一生無いだろう。

「部屋にいると思う」

「話はしないのか」

「今はちょっとね。昼に揉めたし」

 その答えに満足したのか、それとも呆れたのか。

 舞地さんはそれ以上は尋ねず、静かにお茶を飲み出した。


 彼女のフォローという訳でも無いだろうが、代わって池上さんが口を開く。

「私達があれこれ言う事でもないけど、仲直りした方が良いとは思うわよ」

「まあ、ね」

「確かに、雪ちゃんへ言っても仕方ないと言えば仕方ないんだけど」

 実際ケンカをしているのはあの二人であり、私とのトラブルはそのついで。 

 あくまでもおまけに過ぎない。

 ただ私から働きかける事は出来るんだけど、今のところそれは功を奏していない。

 ここでも結局は、自分の力不足を痛感する。


「お嬢様は、どうお考えなの」

「私におっしゃってるんですか」

 多少険のある表情で問い返す矢加部さん。 

 池上さんは手掴みで切り取られたお肉を口に運び、指先を舐めている。

「心配で話に来たんじゃないの」

「誰が、誰の、何を、どうして」

 露骨に動揺する矢加部さん。

 それこそ私がそう言いたい。

「違うならごめんなさい。それにしても、あなたも結構苦労するタイプなのね」

「自分では苦労ともなんとも思っていません」

 なんとなく真剣みを帯びる二人の会話。

 池上さんはそれ以上は何も言わず、黙ってお茶を飲んでいる舞地さんのキャップを手に取った。


「私達も卒業だから、あれこれ世話を焼きたいんだけど。そう出来ない事情もあるのよね」

 契約、傭兵。

 彼女達の持つ、もう一面。

 普段は見えない陰。

 もしくは、本来の姿と言うべきか。

「では、失礼します」

「あら、もうお帰り?」

「私も用事がありますので」

 そう言い残して食堂を出て行く矢加部さん。

 彼女が心配していたのは誰だったのか。

 それとも、単に学内での混乱を憂いただけの事か。

 どちらにしろ、私達の行動が回りに迷惑をかけているのは間違いない。


「また真剣な顔して」

「誰が」

「雪ちゃん意外に誰がいるの。真理依なんて、年中寝てるじゃない」

 うしゃうしゃ笑い、舞地さんの頭を撫でる池上さん。

 そういう彼女の優しさや気遣いが、今は嬉しい。

「池上さんからは、サトミ達に何も言わないの」

「言って聞くのなら、怒鳴りつけたいところだけど。どう思う?」

「多分、無理だと思う」

「でしょ。一応先輩面してるけど、私なんてその程度よ。あーあ、ビールでも飲もう」

 若干重い言葉の割には、鼻歌交じりでカウンターへ向かう池上さん。

 その間も舞地さんは何もせず、両手で包み込んだ湯飲みをじっと眺めている。


「何も言わないの」

「映未の言った通り、私達が何をやっても意味は無い。それにこれは、私達が口を出す問題でもない」

「深刻とは思ってないの」

「程度の度合いは知らない。それに私の話も聞かないだろう、あの二人は」

 多少自嘲気味に呟く舞地さん。

 彼女達でも匙を投げ、塩田さんも諦め気味。

 沙紀ちゃん達も大差ない。 

 私ですら、もう希望を捨てかけている。


「私なら、どうにか出来ると思う?」

「世の中、そんなに都合よく出来てはいない」

 冷たい、突き放した台詞。

 彼女らしい言葉とも言える。

「誰が悪いのかな、結局」

「全員だろ」

 胸に突き刺さるさりげない言葉。

 ケンカをしている彼女達。

 それを見過ごしてきた自分達。

 何の手も打てず、傍観をするだけの自分達。 

 そして混乱を招いていると分かっていながら、その状態を変えようとしない彼女達。

 それはあの二人だけではなく、私達にも責任があるという事になる。

「明日、もう一度話してみる」

「好きにしろ」

 そっけない、突き放した台詞。

 ただ、彼女から優しい台詞を期待しても仕方ない。

 逆に甘やかされたら、却って不安になってしまう。


「なんか重いわね。ビール飲む?」

「飲まない。私はもう寝る」

「寝る子は育つ」

 気楽な事を言って、ジョッキをあおる池上さん。

 そんな訳無いと呟いた舞地さんを睨みつけ、食堂を後にする。


 ベッドへ入り、明かりを消して目を閉じる。

 何の手立ても無いし、見通しも無い。

 会ってくれるかどうかも分からない。

 何より私は、自分から手を離しかけた。

 いや。離してしまったのかもしれない。

 でも、まだ間に合う。

 そう信じたい。


 彼女達が私を見捨てても、愛想を尽かしても。

 私から背を向ける事はしたくない。

 今日は良く寝よう。

 そして、明日改めて出直そう。

 日は沈むけど、いつかまた昇る。

 それと同じように、私達の関係もずっとこのままの訳は無い。

 それをただの願望、夢で終らせないためにも。

 明日という日を待とう。












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